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特許7385680変異型RSV Fタンパク質及びその利用
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-14
(45)【発行日】2023-11-22
(54)【発明の名称】変異型RSV Fタンパク質及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/45 20060101AFI20231115BHJP
   C07K 14/135 20060101ALI20231115BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20231115BHJP
   C12N 15/62 20060101ALI20231115BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20231115BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20231115BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20231115BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20231115BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20231115BHJP
   A61K 39/155 20060101ALI20231115BHJP
【FI】
C12N15/45 ZNA
C07K14/135
C07K19/00
C12N15/62 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
A61P31/14
A61K39/155
【請求項の数】 32
(21)【出願番号】P 2021567567
(86)(22)【出願日】2020-12-23
(86)【国際出願番号】 JP2020048254
(87)【国際公開番号】W WO2021132379
(87)【国際公開日】2021-07-01
【審査請求日】2022-06-20
(31)【優先権主張番号】62/952,673
(32)【優先日】2019-12-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】000002956
【氏名又は名称】田辺三菱製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鳳桐 智治
(72)【発明者】
【氏名】岸田 寛行
(72)【発明者】
【氏名】武富 啓
(72)【発明者】
【氏名】ブランデュアルディ,ダビデ
(72)【発明者】
【氏名】オールー,エリウド
(72)【発明者】
【氏名】フェイファント,エリック
(72)【発明者】
【氏名】市原 収
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/160463(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/109629(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/172890(WO,A1)
【文献】Science,2013年11月01日,Vol.342, No.6158,pp:592-598
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C07K 1/00-19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシン又は142位のロイシンに相当するロイシン、及び373位のロイシンに相当するロイシンシステイン置換されたアミノ酸配列を含み、前記システイン間でジスルフィド結合が形成され、RSVのpre型Fタンパク質に対する抗体を誘導する能力を有する、変異型RSV Fタンパク質。
【請求項2】
前記変異型RSV Fタンパク質が、RSVサブタイプA又はRSVサブタイプBに由来する、請求項1に記載の変異型RSV Fタンパク質。
【請求項3】
前記RSVサブタイプAがRSV A2株又はRSV Long株である、請求項2に記載の変異型RSV Fタンパク質。
【請求項4】
前記RSVサブタイプBがRSV 18537株である、請求項2に記載の変異型RSV Fタンパク質。
【請求項5】
さらに、pep27領域のC末端側に存在する、フーリン認識部位を構成するアミノ酸が、前記フーリン認識部位がフーリンによって認識されないように置換されており
前記フーリン認識部位を構成するアミノ酸が、配列番号1のアミノ酸配列の133位のアルギニンに相当するアルギニン、135位のアルギニン相当するアルギニン、及び136位のアルギニンに相当するアルギニンからなる群から選択されるアミノ酸であり、
当該アミノ酸が、非塩基性アミノ酸に置換されており、
前記非塩基性アミノ酸が、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、及びメチオニンからなる群から選択される、請求項1~4のいずれか一項に記載の変異型RSV Fタンパク質。
【請求項6】
配列番号3のアミノ酸配列90%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシン又は142位のロイシンに相当するロイシン、及び373位のロイシンに相当するロイシンがシステインに置換され、さらに、配列番号1のアミノ酸配列の133位のアルギニンに相当するアルギニン、135位のアルギニン相当するアルギニン、及び136位のアルギニンに相当するアルギニンからなる群から選択されるアミノ酸が、非塩基性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列を含み、前記非塩基性アミノ酸が、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、及びメチオニンからなる群から選択され、前記システイン間でジスルフィド結合が形成され、RSVのpre型Fタンパク質に対する抗体を誘導する能力を有する、変異型RSV Fタンパク質。
【請求項7】
前記非塩基性アミノ酸がアスパラギンである、請求項またはに記載の変異型RSV
Fタンパク質。
【請求項8】
さらに、配列番号1のアミノ酸配列の189位のスレオニンに相当するスレオニン、及び/又は190位のセリンに相当するセリンが疎水性アミノ酸に置換されており
前記疎水性アミノ酸が、それぞれ独立して、バリン、イソロイシン、及びロイシンからなる群から選択される、請求項1~のいずれか一項に記載の変異型RSV Fタンパク質。
【請求項9】
さらに、配列番号1のアミノ酸配列の42位のリジンに相当するリジンがアルギニンに置換されており、及び/又は、384位のバリンに相当するバリンがスレオニンに置換されている、請求項1~のいずれか一項に記載の変異型RSV Fタンパク質。
【請求項10】
さらに、配列番号1のアミノ酸配列の60位のグルタミン酸に相当するグルタミン酸が非酸性アミノ酸に置換されており、
前記非酸性アミノ酸が、メチオニン、フェニルアラニン、ロイシン、スレオニン、及びセリンからなる群から選択される、請求項1~9のいずれか一項に記載の変異型RSV Fタンパク質。
【請求項11】
配列番号2のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列の60位のグルタミン酸に相当するグルタミン酸非酸性アミノ酸置換されたアミノ酸配列を含み、RSVのpre型Fタンパク質に対する抗体を誘導する能力を有し、
前記非酸性アミノ酸が、メチオニン、フェニルアラニン、ロイシン、スレオニン、及びセリンからなる群から選択される、変異型RSV Fタンパク質。
【請求項12】
前記非酸性アミノ酸が、メチオニンである、請求項10又はに記載の変異型RSV
Fタンパク質。
【請求項13】
請求項1~1のいずれか一項に記載の変異型RSV Fタンパク質と、前記変異型RSV Fタンパク質のC末端に融合された多量体化ドメインを含む、融合タンパク質。
【請求項14】
前記多量体化ドメインがフォルドンドメインである、請求項1に記載の融合タンパク質。
【請求項15】
配列番号10~13のいずれかのアミノ酸配列を含む、請求項1に記載の融合タンパク質。
【請求項16】
請求項1~1のいずれか一項に記載の変異型RSV Fタンパク質の多量化体であって、前記請求項1~1のいずれか一項に記載の融合タンパク質が前記多量体化ドメインを介して会合したものである、前記多量化体。
【請求項17】
前記多量化体が3量体である、請求項1に記載の多量化体。
【請求項18】
請求項1~1のいずれか一項に記載の変異型RSV Fタンパク質または請求項16若しくは7に記載の多量化体の粒子化体であって、前記変異型RSV Fタンパク質または前記多量化体は粒子化ドメインを含み、前記変異型RSV Fタンパク質または前記多量化体が該粒子化ドメインを介して2個以上集合して粒子を形成している、前記粒子化体。
【請求項19】
前記粒子化体は、前記変異型RSV Fタンパク質または前記融合タンパク質のC末端に粒子化ドメインが結合した粒子化体製造用融合タンパク質が、前記粒子化ドメインを介して2個以上集合したものである、請求項18に記載の粒子化体。
【請求項20】
前記多量化体が請求項14に記載の融合タンパク質からなる量体である、請求項18または19に記載の粒子化体。
【請求項21】
前記粒子化ドメインが配列番号30のアミノ酸配列からなるFcドメインであって、当該粒子化ドメインが改変型HBs抗原由来のVLPに固定化されているプロテインAのZドメインと結合することにより集合したものである、請求項2に記載の粒子化体。
【請求項22】
前記粒子化ドメインが配列番号42のアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項2に記載の粒子化体。
【請求項23】
請求項1~1のいずれか一項に記載の変異型RSV Fタンパク質と、そのC末端に融合した粒子化ドメインとを含む、または請求項1~1のいずれか一項に記載の融合タンパク質と、そのC末端に融合した粒子化ドメインを含む、粒子化体製造用融合タンパク質。
【請求項24】
前記粒子化ドメインが配列番号30のアミノ酸配列からなるFcドメインである、請求項2に記載の粒子化体製造用融合タンパク質。
【請求項25】
前記粒子化ドメインが配列番号42のアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項2に記載の粒子化体製造用融合タンパク質。
【請求項26】
請求項1~1のいずれか一項に記載の変異型RSV Fタンパク質、請求項1~1のいずれか一項に記載の融合タンパク質、または請求項2~2のいずれか一項に記載の粒子化体製造用融合タンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項27】
請求項2に記載のポリヌクレオチドと、プロモーター配列及び/又は転写終結シグナル配列とを含む、ポリヌクレオチド。
【請求項28】
請求項2に記載のポリヌクレオチドを含む、宿主細胞。
【請求項29】
請求項1~1のいずれか一項に記載の変異型RSV Fタンパク質、請求項1~1のいずれか一項に記載の融合タンパク質、請求項16若しくはに記載の多量化体、又は請求項18~2のいずれか一項に記載の粒子化体を含む、免疫原。
【請求項30】
請求項2に記載のポリヌクレオチド、又は請求項29に記載の免疫原を含む、医薬組成物。
【請求項31】
請求項2に記載のポリヌクレオチド、又は請求項29に記載の免疫原を含む、RSVワクチン。
【請求項32】
ヒト用である、請求項3に記載の医薬組成物または請求項3に記載のRSVワクチン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変異型RSV Fタンパク質及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
呼吸器合胞体ウイルス(RSV)感染症は世界的に流行を見せている呼吸器感染症である。特に5歳未満の児において重症化リスクが高く、RSV感染によって年間3千万人以上が下気道炎に至り,年間3百万人以上が入院治療を要している。そこで、RSV感染症を予防するワクチンの開発に向けて、これまでに多くの取り組みがされてきた。古くは1965-66年のシーズンで、ホルマリンで不活化したウイルスをワクチン抗原とした臨床試験(対象は乳児)を実施したが、感染症を低減するどころか逆にRSV感染による入院率を16倍増加する結果となった。原因の一つとして、不活化処理の過程でウイルスの表面抗原の一つであるF抗原を変性させ、RSV中和活性の低い抗体ばかりを誘導することで免疫反応をかえって妨げたことが考えられている。その後も様々な取り組みがなされたが、未だに有効なワクチンの開発には至っていない。
【0003】
そのような状況の中、健常成人はRSVに感染してもほとんど重症化しないことに注目し、健常成人血清を用いた調査が行われた。調査の結果、健常成人血清には高いウイルス感染能中和効果があること、そしてその感染中和効果は抗RSV Fタンパク質抗体に起因することが分かった(非特許文献1)。RSV Fタンパク質の研究も進められ、成熟したFタンパク質は準安定な融合前コンホメーション(本明細書では、「pre-F」や「pre型Fタンパク質」と称することがある。)と最安定な融合後コンホメーション(本明細書では、「post-F」や「post型Fタンパク質」と称することがある。)を持ち、融合前コンホメーションはその不安定さのために、一般的なワクチン製剤溶液中では融合後コンホメーションに早期にリフォールディングする傾向があることがわかった。
また、安定的に取得することが困難であったpre-Fの構造が明らかとなった(非特許文献2)ことにより、pre型Fタンパク質は3量体を形成していること、また、pre型Fタンパク質に存在するエピトープ(エピトープΦ、I、II、III、IV、V等)のうち、いくつかのエピトープはpost-Fへの構造変化によって失われることが分かった。
【0004】
成人ヒト血清をより詳細に調べた研究では、血清中に含まれる抗Fタンパク質抗体のうち、ウイルス感染中和能の高い抗体は主にpre型Fタンパク質に存在するエピトープΦやエピトープVに特異的に結合する抗体であり、それらはpre型Fタンパク質を特異的に認識するが、post-Fには結合しない性質を持つこと、上記血清中にはpost-Fにも結合する抗体も含まれているが、そのウイルス感染中和能は低いことが明らかとなった(非特許文献3)。また、免疫成熟が不十分な乳幼児期は感染時に症状が増悪するリスクが高いが、それは初感染時あるいは感染回数の少ない児はエピトープΦやVをターゲットとした免疫をほとんど誘導できていないことが原因とされる(非特許文献4)。ワクチン抗原においてウイルス感染中和能の高い抗体を効率よく誘導することは重要であり、理想的なワクチン抗原は、中和能を有するエピトープΦやVに対する抗体を優先的に誘導可能な抗原であると考えられている。
【0005】
RSV Fタンパク質に人工的なジスルフィド結合を導入する変異等によってエピトープΦやVを有するpre型Fタンパク質の安定化の試みがなされている。例えばDS-Cav1変異体(特許文献1、非特許文献5、非特許文献6)やその他の変異体(特許文献2)が報告されている。しかしながら、pre型Fタンパク質の安定化が十分とはいえず、現在も研究が続けられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2017/172890号
【文献】国際公開第2017/109629号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Ngwuta JO et al. Science Translational Medicine 2015; 309: 309ra162
【文献】Jason S McLellan et al. Science 2013; 340: 1113
【文献】Morgan S. A. Gilman et al. 2016. Science Immunology. 1(6). pii: eaaj1879
【文献】Eileen Goodwin et al. Immunity 2018; 48(2): 339
【文献】Jason S. McLellan et al. Science 2013; 342:592
【文献】M Gordon Joyce et al. Nature structural and molecular biology 2016; 23(9): 811
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、RSV感染中和能の高い抗体を効率よく誘導するための技術の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、特定のアミノ酸変異を含む変異型RSV Fタンパク質が、RSV感染中和能の高い抗体を効率よく誘導することを見出し、本発明を完成させた。
本発明は以下の通りである。
【0010】
[]配列番号2のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシン又は142位のロイシンに相当するロイシン、及び373位のロイシンに相当するロイシンシステイン置換されたアミノ酸配列を含み、前記システイン間でジスルフィド結合が形成され、RSVのpre型Fタンパク質に対する抗体を誘導する能力を有する、変異型RSV Fタンパク質。
[2]前記変異型RSV Fタンパク質が、RSVサブタイプA又はRSVサブタイプBに由来する、[]に記載の変異型RSV Fタンパク質。
[3]前記RSVサブタイプAがRSV A2株又はRSV Long株である、[]に記載の変異型RSV Fタンパク質。
[4]前記RSVサブタイプBがRSV 18537株である、[]に記載の変異型RSV
Fタンパク質
[5]さらに、pep27領域のC末端側に存在する、フーリン認識部位を構成するアミノ酸が、前記フーリン認識部位がフーリンによって認識されないように置換されており
前記フーリン認識部位を構成するアミノ酸が、配列番号1のアミノ酸配列の133位のアルギニンに相当するアルギニン、135位のアルギニン相当するアルギニン、及び136位のアルギニンに相当するアルギニンからなる群から選択されるアミノ酸であり、
当該アミノ酸が、非塩基性アミノ酸に置換されており、
前記非塩基性アミノ酸が、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、及びメチオニンからなる群から選択される、[][]のいずれかに記載の変異型RSV Fタンパク質
[6]配列番号3のアミノ酸配列90%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシン又は142位のロイシンに相当するロイシン、及び373位のロイシンに相当するロイシンがシステインに置換され、さらに、配列番号1のアミノ酸配列の133位のアルギニンに相当するアルギニン、135位のアルギニン相当するアルギニン、及び136位のアルギニンに相当するアルギニンからなる群から選択されるアミノ酸が、非塩基性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列を含み、前記非塩基性アミノ酸が、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、及びメチオニンからなる群から選択され、前記システイン間でジスルフィド結合が形成され、RSVのpre型Fタンパク質に対する抗体を誘導する能力を有する、変異型RSV Fタンパク質。
[]前記非塩基性アミノ酸がアスパラギンである、[]または[]に記載の変異型RSV
Fタンパク質。
[]さらに、配列番号1のアミノ酸配列の189位のスレオニンに相当するスレオニン、及び/又は190位のセリンに相当するセリンが疎水性アミノ酸に置換されており
前記疎水性アミノ酸が、それぞれ独立して、バリン、イソロイシン、及びロイシンからなる群から選択される、[][7]のいずれかに記載の変異型RSV Fタンパク質
[9]さらに、配列番号1のアミノ酸配列の42位のリジンに相当するリジンがアルギニンに置換されており、及び/又は、384位のバリンに相当するバリンがスレオニンに置換されている、[][8]のいずれかに記載の変異型RSV Fタンパク質。
[10]さらに、配列番号1のアミノ酸配列の60位のグルタミン酸に相当するグルタミン酸が非酸性アミノ酸に置換されており、
前記非酸性アミノ酸が、メチオニン、フェニルアラニン、ロイシン、スレオニン、及びセリンからなる群から選択される、[1]~[9]のいずれかに記載の変異型RSV Fタンパク質。
[1]配列番号2のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列の60位のグルタミン酸に相当するグルタミン酸非酸性アミノ酸置換されたアミノ酸配列を含み、RSVのpre型Fタンパク質に対する抗体を誘導する能力を有し、
前記非酸性アミノ酸が、メチオニン、フェニルアラニン、ロイシン、スレオニン、及びセリンからなる群から選択される、変異型RSV Fタンパク質。
[1]前記非酸性アミノ酸が、メチオニンである、[10]又は[1]に記載の変異型RSV Fタンパク質。
[1][1]~[1]のいずれかに記載の変異型RSV Fタンパク質と、前記変異型RSV Fタンパク質のC末端に融合された多量体化ドメインを含む、融合タンパク質。
[1]前記多量体化ドメインがフォルドンドメインである、[1]に記載の融合タンパク質。
[1]配列番号10~13のいずれかのアミノ酸配列を含む、[1]に記載の融合タンパク質。
[1][][2]のいずれかに記載の変異型RSV Fタンパク質の多量化体であって、[3][5]のいずれかに記載の融合タンパク質が前記多量体化ドメインを介して会合したものである、前記多量化体。
[1]前記多量化体が3量体である、[1]に記載の多量化体。
[18][1]~[1]のいずれかに記載の変異型RSV Fタンパク質または[1]若しくは[17]に記載の多量化体の粒子化体であって、前記変異型RSV Fタンパク質または前記多量化体は粒子化ドメインを含み、前記変異型RSV Fタンパク質または前記多量化体が該粒子化ドメインを介して2個以上集合して粒子を形成している、前記粒子化体。[19]前記粒子化体は、前記変異型RSV Fタンパク質または前記融合タンパク質のC末端に粒子化ドメインが結合した粒子化体製造用融合タンパク質が、前記粒子化ドメインを介して2個以上集合したものである、[18]に記載の粒子化体。
[2]前記多量化体が[1]に記載の融合タンパク質からなる量体である、[18]または[19]に記載の粒子化体。
[2]前記粒子化ドメインが配列番号30のアミノ酸配列からなるFcドメインであって、当該粒子化ドメインが改変型HBs抗原由来のVLPに固定化されているプロテインAのZドメインと結合することにより集合したものである、[2]に記載の粒子化体。
[2]前記粒子化ドメインが配列番号42のアミノ酸配列からなるペプチドである、[2
]に記載の粒子化体。
[2][][2]のいずれかに記載の変異型RSV Fタンパク質と、そのC末端に融合した粒子化ドメインとを含む、または[3][5]のいずれかに記載の融合タンパク質と、そのC末端に融合した粒子化ドメインを含む、粒子化体製造用融合タンパク質。[2]前記粒子化ドメインが配列番号30のアミノ酸配列からなるFcドメインである、
[2]に記載の粒子化体製造用融合タンパク質。
[2]前記粒子化ドメインが配列番号42のアミノ酸配列からなるペプチドである、[2
]に記載の粒子化体製造用融合タンパク質。
[2][][2]のいずれかに記載の変異型RSV Fタンパク質、[3][5]のいずれかに記載の融合タンパク質、または[2]~[2]のいずれかに記載の粒子化体製造用融合タンパク質をコードするポリヌクレオチド。
[2][2]に記載のポリヌクレオチドと、プロモーター配列及び/又は転写終結シグナル配列とを含む、ポリヌクレオチド
[28][2]に記載のポリヌクレオチドを含む、宿主細胞。
[29][][2]のいずれかに記載の変異型RSV Fタンパク質、[15][17]のいずれかに記載の融合タンパク質、[1]若しくは[17]に記載の多量化体又は[18]~[2]のいずれかに記載の粒子化体を含む、免疫原。
[3][2]に記載のポリヌクレオチド又は[29]に記載の免疫原を含む、医薬組成物。[3][2]に記載のポリヌクレオチド又は[29]に記載の免疫原を含む、RSVワクチン。
[3]ヒト用である、[3]に記載の医薬組成物または[3]に記載のRSVワクチン。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、RSV感染中和能の高い抗体を効率よく誘導するための技術を提供することができる。pre型Fタンパク質としての安定性が従来よりも著しく向上した変異型RSV Fタンパク質を提供することができる。本発明の変異型RSV Fタンパク質は、特にヒトにおいて、ウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を、あまりウイルス中和に寄与しないと考えられる抗体群よりも優先的に誘導する効果(以下、ウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導する効果と称する)を有する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一態様に係る実施例1におけるエピトープΦの保存性を示すグラフ。
図2】本発明の一態様に係る実施例2におけるエピトープΦの保存性を示すグラフ。
図3】本発明の一態様に係る実施例2における三量体化を示すグラフ。
図4】本発明の一態様に係る実施例3におけるエピトープΦの保存性を示すグラフ。
図5】本発明の一態様に係る実施例3における三量体化を示すグラフ。
図6】本発明の一態様に係る実施例3における発現量を示すグラフ。
図7】本発明の一態様に係る実施例4におけるエピトープΦの保存性を示すグラフ。
図8】本発明の一態様に係る実施例4における三量体化を示すグラフ。
図9】本発明の一態様に係る実施例5におけるエピトープΦの保存性を示すグラフ。
図10】本発明の一態様に係る実施例5における三量体化を示すグラフ。
図11】本発明の一態様に係る実施例5におけるエピトープIの認識性を示すグラフ。
図12】本発明の一態様に係る実施例5における、ヒト血清中のウイルス中和抗体の吸着試験の結果を示すグラフ。
図13】本発明の一態様に係る実施例5における、ヒト血清中のウイルス中和抗体の吸着試験の結果を示すグラフ。
図14】本発明の一態様に係る実施例5における、マウス免疫で誘導された抗体の検証の結果を示すグラフ。
図15】本発明の一態様に係る実施例6におけるエピトープΦの保存性を示すグラフ。
図16】本発明の一態様に係る実施例6における三量体化を示すグラフ。
図17】本発明の一態様に係る実施例6におけるエピトープIの認識性を示すグラフ。
図18】本発明の一態様に係る実施例6における、マウス免疫で誘導された抗体の検証の結果を示すグラフ。
図19】本発明の一態様に係る実施例7におけるエピトープΦの保存性を示すグラフ。
図20】本発明の一態様に係る実施例7における三量体化を示すグラフ。
図21】本発明の一態様に係る実施例7におけるエピトープIの認識性を示すグラフ。
図22】本発明の一態様に係る実施例7におけるエピトープΦの保存性を示すグラフ(挿入リンカーの検討)。
図23】本発明の一態様に係る実施例7における三量体化を示すグラフ(挿入リンカーの検討)。
図24】本発明の一態様に係る実施例7におけるエピトープIの認識性を示すグラフ(挿入リンカーの検討)。
図25】本発明の一態様に係る実施例7における粒子直径を示すグラフ。
図26】本発明の一態様に係る実施例8におけるポリアクリルアミドゲル電気泳動結果を示す写真(その1)。
図27】本発明の一態様に係る実施例8におけるポリアクリルアミドゲル電気泳動結果を示す写真(その2)。
図28】本発明の一態様に係る実施例8におけるエピトープΦの保存性を示すグラフ。
図29】本発明の一態様に係る実施例8における三量体化を示すグラフ。
図30】本発明の一態様に係る実施例8におけるエピトープIの認識性を示すグラフ。
図31】本発明の一態様に係る実施例8における粒子直径を示すグラフ。
図32】本発明の一態様に係る実施例8における、マウス免疫で誘導された抗体の検証の結果を示すグラフ。
図33】本発明の一態様に係る実施例9におけるポリアクリルアミドゲル電気泳動結果を示す写真。
図34】本発明の一態様に係る実施例9におけるエピトープΦの保存性を示すグラフ。
図35】本発明の一態様に係る実施例9におけるエピトープIの認識性を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一態様は、変異を有する変異型RSV Fタンパク質であって、前記変異は、配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシン又は142位のロイシンに相当するロイシンのシステインへの置換、及び373位のロイシンに相当するロイシンのシステインへの置換であり、前記システイン間でジスルフィド結合が形成される、変異型RSV Fタンパク質である。
【0014】
天然のRSV Fタンパク質は、F0ポリペプチド(前駆体)としてまず発現する。F0ポリペプチドは小胞体移行シグナルが切断されたのち、2つの部位で細胞内フーリン様プロテアーゼによってプロセシングされ、F1ポリペプチド、F2ポリペプチド、およびPep27ポリペプチドを生成する。ここで、Pep27ポリペプチドは切除されるため、成熟Fタンパク質の一部を形成しない。F2ポリペプチドは、F0ポリペプチドのN末端側部分に由来し、2つのジスルフィド結合を介してF1ポリペプチドに連結する。F1ポリペプチドは、F0ポリペプチドのC末端側部分に由来し、膜貫通ドメインを介して、成熟Fタンパク質を膜に固定する。F2-F1 ヘテロ二量体の3つのプロトマーは3量体として成熟Fタンパク質を形成し、それは、ウイルス膜と標的細胞膜とを融合させる機能を持ったpre型Fタンパク質である。
【0015】
本発明の変異型RSV Fタンパク質は、N末端側からF2ポリペプチド、F1ポリペプチドを含む。当該F1ポリペプチドは膜貫通領域および細胞内領域を含まないもの(以下、F1ポリペプチド(細胞外領域)と呼ぶことがある)が好ましく用いられる。さらに、後述する変異によりフーリン様プロテアーゼ認識部位の一つを消失させることにより、本発明の変異型RSV Fタンパク質はF1ポリペプチドのN末端側にpep27ポリペプチドが含まれる場合もある。また、F2ポリペプチドのN末端側にシグナル配列、F1ポリペプチドとF2ポリペプチドとの間にリンカーと、さらにそのC末端側に精製等に用いるタグなどをそれぞれ含むこともできる。さらに、本発明の変異型RSV Fタンパク質は三量体を形成しているものが好ましい。
【0016】
本発明の変異型RSV Fタンパク質は、RSVサブタイプA又はRSVサブタイプBに由来することが好ましい。
前記RSVサブタイプAとしては、具体的にはRSV A2株、RSV Long株、RSV S2株、RSV line 19株が例示でき、中でも、RSV A2株又はRSV Long株であることが好ましい。
前記RSVサブタイプBとしては、具体的にはRSV 18537株、RSV B1株、RSV 9320株が例示でき、中でも、RSV 18537株であることが好ましい。
【0017】
配列番号1のアミノ酸配列はRSV A2株のFタンパク質のF0ポリペプチドのアミノ酸配列であるが、これを参照して、F0ポリペプチドの各構成要素を説明する。
配列番号1において、シグナル配列のアミノ酸配列は、1位~25位のアミノ酸配列である。
配列番号1において、F2ポリペプチドのアミノ酸配列は、26位~109位のアミノ酸配列である。
配列番号1において、pep27領域のアミノ酸配列は、110位~136位のアミノ酸配列である。
配列番号1において、F1ポリペプチド(細胞外領域)のアミノ酸配列は、137位~513位のアミノ酸配列である。
配列番号1において、F1ポリペプチド(膜貫通領域と細胞内領域)のアミノ酸配列は、514位~574位のアミノ酸配列である。なお、F1ポリペプチド(膜貫通領域と細胞内領域)のアミノ酸配列は、配列番号1の514位~574位のアミノ酸配列と85%以上、90%または95%以上同一性を有する配列であってよい。
【0018】
RSV Fタンパク質は、F2ポリペプチドと、F1ポリペプチド(細胞外領域)を含むことができる。F2ポリペプチドと、F1ポリペプチド(細胞外領域)を含むRSV Fタンパク質は、配列番号1の26位~109位のアミノ酸配列と、137位~513位のアミノ酸配列をこの順で含む、配列番号2のアミノ酸配列が例示される。
RSV Fタンパク質は、F2ポリペプチドと、pep27領域が連結したF1ポリペプチド(細胞外領域)を含むことができる。F2ポリペプチドと、pep27領域が連結したF1ポリペプチド(細胞外領域)をこの順で含むRSV Fタンパク質は、配列番号1の26位~513位のアミノ酸配列を含む、配列番号3のアミノ酸配列が例示される。
なお、これらのポリペプチドは別々のポリペプチド鎖であることができ、好ましくは、それらはジスルフィド結合で連結されている。すなわち、RSV Fタンパク質は、このようなポリペプチドの複合体であることができる。
【0019】
(ロイシンをシステインに置換する変異)
本発明の変異型RSV Fタンパク質は、配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシン又は142位のロイシンに相当するロイシンのシステインへの置換、及び373位のロイシンに相当するロイシンのシステインへの置換の変異を含む。前記変異型RSV Fタンパク質は上記アミノ酸変異を有することにより、天然に生じるジスルフィド結合に加え、導入されたシステイン間で新たなジスルフィド結合が形成され、これにより、エピトープΦの保存性(pre型を維持)の向上という効果を奏する。3量体の形成のためには、特に配列番号1の141位のロイシンに相当するロイシンがシステインに、373位のロイシンに相当するロイシンがシステインへ置換されているものが好ましい。
【0020】
なお、本明細書において変異型RSV Fタンパク質の変異位置は、配列番号1で表される参照配列のアミノ酸番号で示される。
【0021】
配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシン、142位のロイシンに相当するロイシン、及び373位のロイシンに相当するロイシンとは、変異型RSV Fタンパク質の由来を問わず、配列番号1のアミノ酸配列でいうところの141位のロイシンに相当するロイシン、142位のロイシンに相当するロイシン、及び373位のロイシンに相当するロイシンをいう。すなわち、変異を導入すべきRSV Fタンパク質のアミノ酸配列について、配列番号1のアミノ酸配列とアラインメントを行ったときに、配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシン、142位のロイシン、373位のロイシンのそれぞれに位置づけられるロイシン残基のことをいう。
例えば、N末端側が配列番号1のアミノ酸配列と比較して1アミノ酸短い変異型RSV Fタンパク質のアミノ酸配列の場合、配列番号1のアミノ酸配列における141位のロイシンは140位となるが、そのようなロイシンは配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシンということができる。
尚、変異を導入すべきRSV Fタンパク質のアミノ酸配列について、配列番号1のアミノ酸配列とアラインメントを行ったときに、配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシン、142位のロイシンに相当するロイシン、及び/または373位のロイシンに相当するロイシンの位置にロイシン以外のアミノ酸が存在する場合、当該アミノ酸をシステインに置換する態様も本発明の変異型RSV Fタンパク質に含まれる。また、当該ロイシン以外のアミノ酸がシステインである場合には、システインへの前記置換を要さず、そのままシステインであってよい。
【0022】
本発明の一態様は、配列番号1のアミノ酸配列において、141位のロイシン又は142位のロイシン、及び373位のロイシンがシステインに置換されたアミノ酸配列を含む変異型F0ポリペプチドから生成されるF2ポリペプチドとF1ポリペプチド(細胞外領域)を含み、前記システイン間でジスルフィド結合が形成される、変異型RSV Fタンパク質である。具体的には、配列番号2のアミノ酸配列において、89位のロイシン又は90位のロイシン、及び321位のロイシンがシステインに置換されたアミノ酸配列を含む。
【0023】
本発明の一態様は、配列番号1のアミノ酸配列と85%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、より好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシン又は142位のロイシンに相当するロイシン、及び373位のロイシンに相当するロイシンがシステインに置換されたアミノ酸配列を含む変異型F0ポリペプチドから生成されるF2ポリペプチドとF1細胞外領域ポリペプチドを含み、前記システイン間でジスルフィド結合が形成され、RSVのpre型Fタンパク質に対する抗体を誘導する能力を有する、変異型RSV Fタンパク質である。具体的には、配列番号2のアミノ酸配列と85%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、より好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシン(配列番号2では89位)又は142位のロイシンに相当するロイシン(配列番号2では90位)、及び373位のロイシンに相当するロイシン(配列番号2では321位)がシステインに置換されたアミノ酸配列を含む。
【0024】
本明細書において、アミノ酸配列に関する「パーセント(%)同一性」とは、配列を整列させ、最大の%同一性を得るために必要ならば間隙を導入し、如何なる保存的置換も配列同一性の一部と考えないとした後の、特定の参照ポリペプチド配列のアミノ酸残基と同一である候補配列中のアミノ酸残基のパーセントとして定義される。%同一性を測定する目的のためのアラインメントは、当業者の技量の範囲にある種々の方法、例えばBLAST、BLAST-2、ALIGN、又はMegalign (DNASTAR) ソフトウエアのような公に入手可能なコンピュータソフトウエアを使用することにより達成可能である。当業者であれば、比較される配列の完全長に対して最大のアラインメントを達成するために必要な任意のアルゴリズムを含む、配列をアラインメントするための適切なパラメータを決定することができる。しかし、ここでの目的のためには、%同一性値は、ペアワイズアラインメントにおいて、配列比較コンピュータプログラムBLASTを使用することによって得られる。アミノ酸配列比較にBLASTが用いられる状況では、与えられたアミノ酸配列Aの、与えられたアミノ酸配列Bとの% 同一性は次のように計算される:
分率X/Yの100倍
ここで、Xは配列アラインメントプログラムBLASTのA及びBのプログラムアラインメントによって同一であると一致したスコアのアミノ酸残基の数であり、YはBの全アミノ酸残基数である。アミノ酸配列Aの長さがアミノ酸配列Bの長さと異なる場合、AのBに対する%同一性は、BのAに対する%同一性とは異なることは理解されるであろう。特に断らない限りは、ここでの全ての%同一性値は、直ぐ上のパラグラフに示したようにBLASTコンピュータプログラムを用いて得られる。
【0025】
所定のアミノ酸配列と所定の同一性を有するアミノ酸配列とは、該所定のアミノ酸配列において置換、欠失、挿入、又は付加がなされたことによるものである。該置換は保存的置換が好ましい。「保存的置換」とは、タンパク質の活性を実質的に改変しないように、アミノ酸残基を、別の化学的に類似したアミノ酸残基で置換えることである。例えば、ある疎水性残基を別の疎水性残基によって置換する場合、ある極性残基を同じ電荷を有する別の極性残基によって置換する場合等が挙げられる。このような置換を行うことができる機能的に類似のアミノ酸の例として、非極性(疎水性)アミノ酸としては、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニン等が挙げられる。極性(中性)アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システイン等が挙げられる。陽電荷をもつ(塩基性)アミノ酸としては、アルギニン、ヒスチジン、リジン等が挙げられる。また、負電荷をもつ(酸性)アミノ酸としては、アスパラギン酸、グルタミン酸等が挙げられる。
【0026】
(60位のグルタミン酸の変異)
本発明の変異型RSV Fタンパク質の他の態様は、変異を有する変異型RSV Fタンパク質であって、前記変異は、配列番号1のアミノ酸配列の60位のグルタミン酸に相当するグルタミン酸の非酸性アミノ酸への置換である、変異型RSV Fタンパク質である。
【0027】
前記非酸性アミノ酸は、前記変異型RSV Fタンパク質が、エピトープΦの保存性の向上と三量体化の促進およびウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導するという効果を奏する限り限定されないが、具体的には、中性アミノ酸、塩基性アミノ酸、非極性(疎水性)アミノ酸が例示できる。より具体的には、中性アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システインが例示でき、塩基性アミノ酸としては、アルギニン、ヒスチジン、リジンが例示でき、非極性(疎水性)アミノ酸としては、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンが例示できる。
前記非酸性アミノ酸は、中性アミノ酸、及び/又は非極性(疎水性)アミノ酸であることが好ましい。
また、中性アミノ酸の中でも、スレオニン、セリンが好ましく、非極性(疎水性)アミノ酸の中でも、メチオニン、フェニルアラニン、ロイシンからなる群から選択されることが好ましいため、前記非酸性アミノ酸は、メチオニン、フェニルアラニン、ロイシン、スレオニン、及びセリンからなる群から選択されることが好ましい。
【0028】
本発明の一態様は、配列番号1のアミノ酸配列の60位のグルタミン酸が非酸性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列を含む変異型F0ポリペプチドから生成されるF2ポリペプチドとF1ポリペプチド(細胞外領域)を含む変異型RSV Fタンパク質である。具体的には、配列番号2のアミノ酸配列において、35位のグルタミン酸が非酸性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列を含む。
【0029】
本発明の一態様は、配列番号1のアミノ酸配列と85%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、より好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列の60位のグルタミン酸に相当するグルタミン酸が非酸性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列を含む変異型F0ポリペプチドから生成されるF2ポリペプチドとF1ポリペプチド(細胞外領域)を含み、RSVのpre型Fタンパク質に対する抗体を誘導する能力を有する、変異型RSV Fタンパク質である。具体的には、配列番号2のアミノ酸配列と85%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、より好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列の60位のグルタミン酸に相当するグルタミン酸(配列番号2では35位)が非酸性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列を含む。
【0030】
なお、60位のグルタミン酸の変異は、上記のロイシンをシステインに置換する変異と併せて導入されてもよい。
【0031】
(フーリン認識部位の変異)
本発明の変異型RSV Fタンパク質は、さらに、pep27領域のC末端側に存在する、フーリン認識部位を構成するアミノ酸が、前記フーリン認識部位がフーリンによって認識されないようなアミノ酸に置換されている、変異型RSV Fタンパク質であってもよい。このようなアミノ酸置換を有することにより、変異型RSV Fタンパク質は、F2ポリペプチドと、pep27領域が連結したF1ポリペプチド(細胞外領域)を有し、それによりエピトープΦの保存性を保ったまま、三量体化が促進されるという効果を奏する。
【0032】
pep27領域とは、配列番号1のアミノ酸配列の110位~136位に相当する領域であり、細胞内でフーリンによってそれよりN末端側の第1認識部位とそのC末端側の第2認識部位とが切断される。pep27領域よりN末端側がF2ポリペプチドであり、C末端側がF1ポリペプチドであり、前記切断の結果、F2ポリペプチドとF1ポリペプチドとが生成し、これらはそれぞれのポリペプチドが本来有するシステイン残基間でジスルフィド結合を形成して複合体化する。よって、通常は、RSV Fタンパク質には、pep27領域が含まれないが、当該変異により、第2認識部位は切断されず、F2ポリペプチドのC末端側とpep27領域の間に存在する第1認識部位のみがフーリンによって切断される。該切断の結果、pep27領域を連結するF1ポリペプチドを含むポリペプチドと、F2ポリペプチドとが生成し、これらはそれぞれのポリペプチドが本来有するシステイン残基間でジスルフィド結合を形成して複合体化する。よって、本態様は、pep27領域を連結するF1ポリペプチドを含むポリペプチド断片とF2ポリペプチドとを含む複合体であってよい。
【0033】
当該置換は、前記フーリン認識部位を構成するアミノ酸のうち一又は複数のアミノ酸の置換でよい。具体的には、フーリン認識部位を構成するアミノ酸が、配列番号1のアミノ酸配列の133位のアルギニンに相当するアルギニン、135位のアルギニン相当するアルギニン、及び136位のアルギニンに相当するアルギニンからなる群から選択される1以上のアミノ酸であり、当該アミノ酸が、非塩基性アミノ酸に置換されていることが好ましい。
配列番号1のアミノ酸配列の133位のアルギニンに相当するアルギニン、135位のアルギニン相当するアルギニン、及び136位のアルギニンに相当するアルギニンは、それぞれ独立に、非塩基性アミノ酸に置換されていてもよい。
【0034】
前記非塩基性アミノ酸は、エピトープΦの保存性を保ったまま、三量体化が促進されるという効果を奏する限り限定されないが、具体的には、中性アミノ酸、酸性アミノ酸、非極性(疎水性)アミノ酸が例示できる。より具体的には、中性アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システインが例示でき、酸性アミノ酸としては、アスパラギン酸、グルタミン酸が例示でき、非極性(疎水性)アミノ酸としては、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンが例示できる。中でも、中性アミノ酸が好ましく、アスパラギンがより好ましい。
【0035】
本発明の変異型RSV Fタンパク質の一態様は、配列番号3のアミノ酸配列において、116位のロイシン又は117位のロイシン、及び348位のロイシンがシステインに置換され、かつ、108位のアルギニン、110位のアルギニン、及び111位のアルギニンからなる群から選択されるアミノ酸が非塩基性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列を含む。
【0036】
本発明の変異型RSV Fタンパク質の一態様は、配列番号3のアミノ酸配列と85%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、より好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシン(配列番号3では116位のロイシン)又は142位のロイシンに相当するロイシン(配列番号3では117位のロイシン)、及び373位のロイシンに相当するロイシン(配列番号3では348位のロイシン)がシステインに置換され、かつ、配列番号1のアミノ酸配列の133位のアルギニンに相当するアルギニン(配列番号3では108位のアルギニン)、135位のアルギニン相当するアルギニン(配列番号3では110位のアルギニン)、及び136位のアルギニンに相当するアルギニン(配列番号3では111位のアルギニン)からなる群から選択されるアミノ酸が非塩基性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列を含む。
【0037】
本発明の変異型RSV Fタンパク質の他の一態様は、配列番号3のアミノ酸配列において、35位のグルタミン酸が非酸性アミノ酸に置換され、かつ、108位のアルギニン、110位のアルギニン、及び111位のアルギニンからなる群から選択されるアミノ酸が非塩基性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列を含む。
【0038】
本発明の変異型RSV Fタンパク質の他の一態様は、配列番号3のアミノ酸配列と85%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、より好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、配列番号1のアミノ酸配列の60位のグルタミン酸に相当するグルタミン酸(配列番号3では35位のグルタミン酸)が非酸性アミノ酸に置換され、かつ、配列番号1のアミノ酸配列の133位のアルギニンに相当するアルギニン(配列番号3では108位のアルギニン)、135位のアルギニン相当するアルギニン(配列番号3では110位のアルギニン)、及び136位のアルギニンに相当するアルギニン(配列番号3では111位のアルギニン)からなる群から選択されるアミノ酸が非塩基性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列を含む。
【0039】
なお、配列番号3または配列番号3と85%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、前記pep27領域は人工リンカーに置換されてもよい。前記人工リンカーとしては、その配列は特に制限されないが、6~27のアミノ酸残基長であることが好ましく、Gly及び/又はSerを含む配列が好ましく、より具体的には、Gly-Ser-Gly-Ser-Gly-Ser(配列番号18)、(Gly-Gly-Gly-Gly-Ser)2(配列番号19)、(Gly-Gly-Gly-Gly-Ser)3(配列番号20)が例示できる。
【0040】
(その他の変異)
本発明の変異型RSV Fタンパク質は、上記配列番号1のアミノ酸配列の141位のロイシンに相当するロイシン又は142位のロイシンに相当するロイシン、及び373位のロイシンに相当するロイシンをシステインへ置換する変異(以下、ロイシンをシステインに置換する変異と称する)、60位のグルタミン酸の変異、および/またはフーリン認識部位の変異に加えて、さらに、配列番号1のアミノ酸配列の189位のスレオニンに相当するアミノ酸、及び/又は190位のセリンに相当するアミノ酸が疎水性アミノ酸に置換されている、変異型RSV Fタンパク質であってもよい。
本態様に係る変異型RSV Fタンパク質は、エピトープΦの保存性に優れ、三量体化が促進するという効果およびウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導する効果も保ったまま、発現系において発現量が著しく向上するという効果を奏する。
配列番号1のアミノ酸配列の189位のスレオニンに相当するアミノ酸、及び/又は190位のセリンに相当するアミノ酸は、それぞれ独立に、疎水性アミノ酸に置換されていてもよい。
また、当該置換を含む変異型RSV Fタンパク質は、エピトープΦの保存性に優れ、三量体化が促進するという効果およびウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導する効果も保ったまま、発現系において発現量が著しく向上するという効果に加えて、ウイルス感染の中和に効果のない又は乏しい抗体によって認識されにくい。逆に、ウイルス感染の中和に効果のない又は乏しい抗体が誘導されると、ウイルス感染の中和に寄与しない又はほとんど寄与しない免疫細胞が活性化し、かえって症状を悪化するリスクが想定されるところ、後述する実施例から分かるように、本態様に係る変異型RSV Fタンパク質は、ウイルス感染の中和に効果のない又は乏しい抗体によって認識されにくいため、従来のワクチンよりもそのリスクが低い。
具体例を挙げれば、本態様に係る変異型RSV Fタンパク質は、エピトープIを認識する抗体によって認識されにくい。エピトープIは、ウイルス感染の中和能の著しく低い抗体を誘導することから、抗体によってエピトープIが認識されると、ウイルス感染の中和にほとんど寄与しない免疫細胞の活性化によって、かえって症状を悪化するリスクが想定されるところ、後述する実施例から分かるように、エピトープIを認識する抗体によって認識されにくい本態様に係る変異型RSV Fタンパク質は、従来のワクチンよりもそのリスクが低い。
【0041】
前記疎水性アミノ酸は、前記変異型RSV Fタンパク質が、エピトープΦの保存性に優れ、三量体化が促進するという効果およびウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導する効果も保ったまま、発現系において発現量が著しく向上するという効果に加えて、ウイルス感染の中和に効果のない又は乏しい抗体によって認識されにくいという効果を奏する限り限定されないが、具体的には、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンが例示できる。中でも、バリン、イソロイシン、及びロイシンからなる群から選択されることが好ましい。
【0042】
なお、配列番号1における189位は配列番号2の137位のアミノ酸であり、配列番号1の190位は配列番号2の138位のアミノ酸であり、配列番号2またはそれと85%以上、90%以上または95%以上同一性を有するアミノ酸配列において、これらの一方または両方の変異が、上記ロイシンをシステインに置換する変異、および/または60位のグルタミン酸の変異に加えて、導入されてよい。
また、配列番号1における189位は配列番号3の164位のアミノ酸であり、配列番号1の190位は配列番号3の165位のアミノ酸であり、配列番号3またはそれと85%以上、90%以上または95%以上同一性を有するアミノ酸配列において、これらの一方または両方の変異が、上記ロイシンをシステインに置換する変異、60位のグルタミン酸の変異、および/またはフーリン認識部位の変異に加えて、導入されてよい。
【0043】
本発明の一態様は、上記ロイシンをシステインに置換する変異、60位のグルタミン酸の変異、および/またはフーリン認識部位の変異に加えて、さらに、配列番号1のアミノ酸配列の42位のリジンに相当するアミノ酸がアルギニンに置換されており、及び/又は、384位のバリンに相当するアミノ酸がスレオニンに置換されている、変異型RSV Fタンパク質であってもよい。
本態様に係る変異型RSV Fタンパク質は、エピトープΦの保存性に優れ、三量体化の促進という効果およびウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導する効果も保ったまま、発現系において発現量が著しく向上するという効果を奏する。
【0044】
なお、配列番号1における42位は配列番号2の17位のアミノ酸であり、配列番号1の384位は配列番号2の332位のアミノ酸であり、配列番号2またはそれと90%以上同一性を有するアミノ酸配列において、これらの一方または両方の変異が、上記ロイシンをシステインに置換する変異、および/または60位のグルタミン酸の変異、さらには上記189位および/または190位の変異に加えて、導入されてよい。
また、配列番号1における42位は配列番号3の17位のアミノ酸であり、配列番号1の384位は配列番号3の359位のアミノ酸であり、配列番号3またはそれと90%以上同一性を有するアミノ酸配列において、これらの一方または両方の変異が、上記ロイシンをシステインに置換する変異、60位のグルタミン酸の変異、および/またはフーリン認識部位の変異、さらには上記189位および/または190位の変異に加えて、導入されてよい。
【0045】
前記変異型RSV Fタンパク質は、前記変異型RSV Fタンパク質の効果を妨げるものでなければ、公知の変異をさらに含んでもよい。例えば、発現系において発現量の向上のための変異をさらに含んでもよい。具体的には、配列番号1のアミノ酸配列の102位のプロリンに相当するアミノ酸がアラニンに置換されていること、379位のイソロイシンに相当するアミノ酸がバリンに置換されていること、及び、447位のメチオニンに相当するアミノ酸がバリンに置換されていることからなる群から選択される一以上の置換が例示できる。
【0046】
なお、配列番号1における102位は配列番号2の77位のアミノ酸であり、配列番号1の379位は配列番号2の327位のアミノ酸であり、配列番号1の447位は配列番号2の395位のアミノ酸であり、配列番号2またはそれと85%、90%または95%以上同一性を有するアミノ酸配列において、これらの一方または両方の変異が、上記ロイシンをシステインに置換する変異、および/または60位のグルタミン酸の変異、さらには上記189位および/または190位の変異や42位および/または384位の変異に加えて、導入されてよい。
また、配列番号1における102位は配列番号3の77位のアミノ酸であり、配列番号1の379位は配列番号3の354位のアミノ酸であり、配列番号1の447位は配列番号3の422位のアミノ酸であり、配列番号3またはそれと85%、90%または95%以上同一性を有するアミノ酸配列において、これらの一方または両方の変異が、上記ロイシンをシステインに置換する変異、60位のグルタミン酸の変異、および/またはフーリン認識部位の変異、さらには上記189位および/または190位の変異や42位および/または384位の変異に加えて、導入されてよい。
【0047】
本発明の変異型RSV Fタンパク質の具体的態様は、配列番号6~9のいずれかのアミノ酸配列を含む、変異型RSV Fタンパク質である。具体的には、下記のアミノ酸変異を含んでいる。
【0048】
配列番号6(FH_50に含まれる変異型RSV_Fタンパク質)のアミノ酸配列は、配列番号3において、配列番号1の141位のロイシンがシステインに置換され、配列番号1の373位のロイシンがシステインに置換され、配列番号1の135位のアルギニンがアスパラギンに置換され、配列番号1の136位のアルギニンがアスパラギンに置換され、配列番号1の189位のスレオニンがバリンに置換され、配列番号1の190位のセリンがバリンに置換され、配列番号1の102位のプロリンがアラニンに置換され、配列番号1の379位のイソロイシンがバリンに置換され、配列番号1の447位のメチオニンがバリンに置換されたアミノ酸配列である。ここで、実際は、配列番号6のアミノ酸配列はF2ポリペプチドのアミノ酸配列と、pep27付加F1ポリペプチド(細胞外領域)のアミノ酸配列に分かれるが、ここではそれらを結合した一つのアミノ酸配列として表す。したがって、下記のアミノ酸配列の同一性を算出する場合は、対象タンパク質のF2ポリペプチドのアミノ酸配列と、pep27付加F1ポリペプチド(細胞外領域)のアミノ酸配列をこの順で結合したアミノ酸配列と比較する。以下同様である。
【0049】
配列番号7(FH_81に含まれる変異型RSV_Fタンパク質)のアミノ酸配列は、配列番号3において、配列番号1の141位のロイシンがシステインに置換され、配列番号1の373位のロイシンがシステインに置換され、配列番号1の135位のアルギニンがアスパラギンに置換され、配列番号1の136位のアルギニンがアスパラギンに置換され、配列番号1の189位のスレオニンがバリンに置換され、配列番号1の190位のセリンがバリンに置換され、配列番号1の60位のグルタミン酸がメチオニンに置換され、配列番号1の102位のプロリンがアラニンに置換され、配列番号1の379位のイソロイシンがバリンに置換され、配列番号1の447位のメチオニンがバリンに置換されたアミノ酸配列である。
【0050】
配列番号8(FH_82に含まれる変異型RSV_Fタンパク質)のアミノ酸配列は、配列番号3において、配列番号1の141位のロイシンがシステインに置換され、配列番号1の373位のロイシンがシステインに置換され、配列番号1の135位のアルギニンがアスパラギンに置換され、配列番号1の136位のアルギニンがアスパラギンに置換され、配列番号1の189位のスレオニンがバリンに置換され、配列番号1の190位のセリンがバリンに置換され、配列番号1の42位のリジンがアルギニンに置換され、配列番号1の384位のバリンがスレオニンに置換され、配列番号1の102位のプロリンがアラニンに置換され、配列番号1の379位のイソロイシンがバリンに置換され、配列番号1の447位のメチオニンがバリンに置換されたアミノ酸配列である。
【0051】
配列番号9(FH_85に含まれる変異型RSV_Fタンパク質)のアミノ酸配列は、配列番号3において、配列番号1の141位のロイシンがシステインに置換され、配列番号1の373位のロイシンがシステインに置換され、配列番号1の135位のアルギニンがアスパラギンに置換され、配列番号1の136位のアルギニンがアスパラギンに置換され、配列番号1の189位のスレオニンがバリンに置換され、配列番号1の190位のセリンがバリンに置換され、配列番号1の60位のグルタミン酸がメチオニンに置換され、配列番号1の42位のリジンがアルギニンに置換され、配列番号1の384位のバリンがスレオニンに置換され、配列番号1の102位のプロリンがアラニンに置換され、配列番号1の379位のイソロイシンがバリンに置換され、配列番号1の447位のメチオニンがバリンに置換されたアミノ酸配列である。
【0052】
本発明の一態様は、配列番号6~9のいずれかのアミノ酸配列と85%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、より好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、それぞれが上記のアミノ酸の置換を含み、前記システイン間でジスルフィド結合が形成され、RSVのpre型Fタンパク質に対する抗体を誘導する能力を有する、変異型RSV Fタンパク質である。
尚、所定のアミノ酸配列と所定の同一性を有するアミノ酸配列の定義は、既述の内容と同一である。
【0053】
(融合タンパク質)
本発明の他の態様は、前記変異型RSV Fタンパク質と、少なくとも多量体化ドメインとを含む、融合タンパク質である。
融合タンパク質は変異型RSV Fタンパク質および多量体化ドメイン以外のポリペプチドを含んでもよく、当該変異型RSV Fタンパク質および多量体化ドメイン以外のポリペプチドは、前記変異型RSV Fタンパク質の効果を妨げるものでなければ特に限定されないが、具体的には、トロンビン切断モチーフなどのモチーフ、His-tagやStrepTagIIなどの精製用タグが例示できる。
【0054】
多量体化ドメインは変異型RSV Fタンパク質が多量体化するのに必要なポリペプチドであれば特に制限されないが、三量体化のためのフォルドンドメインが例示できる(Yizhi Tao et. al. 1997. Structure 5(6):789)(Frank S et. al. 2001. Journal of molecular biology 308(5):1081)。
フォルドンドメインとしては、バクテリオファージT4フィブリチン由来のフォルドンドメインが例示できる。そのアミノ酸配列としては、配列番号21のアミノ酸配列が例示できる。
【0055】
融合タンパク質の例としては、配列番号6~9のアミノ酸配列を有する、変異型RSV Fタンパク質のC末端にフォルドンドメインが連結した融合タンパク質が挙げられる。
具体的には、配列番号10~13のアミノ酸配列を有するものが挙げられる。
実際は、配列番号10~13のアミノ酸配列はF2ポリペプチドのアミノ酸配列と、pep27付加F1ポリペプチド(細胞外領域)のC末端にフォルドンドメインが連結したアミノ酸配列に分かれるが、ここではそれらを結合した一つのアミノ酸配列として表す。
【0056】
(多量化体)
本発明の他の態様は、前記融合タンパク質の多量化体である。前記多量化体は、前記融合タンパク質がフォルドンドメインなどの多量体化ドメインを介して会合したものである。多量化体は、前記融合タンパク質の3量化体であることが好ましい。
【0057】
(ポリヌクレオチド)
本発明の他の態様は、前記変異型RSV Fタンパク質、又は前記融合タンパク質をコードするポリヌクレオチドである。
前記変異型RSV Fタンパク質をコードするポリヌクレオチドは、変異導入前のRSV Fタンパク質をコードするポリヌクレオチド配列(配列番号74)を参考に、標準的な遺伝子工学技術により、所望の変異が導入されたポリヌクレオチドとして得ることができる。
また、前記融合タンパク質をコードするポリヌクレオチドも、前記変異型RSV Fタンパク質をコードするポリヌクレオチド、及び当該変異型RSV Fタンパク質以外のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを用いて、標準的な遺伝子工学技術により得ることができる。
【0058】
具体的には、本発明の融合タンパク質を発現させて宿主で産生させるために使用されるポリヌクレオチド配列としては、配列番号14~17のポリヌクレオチド配列が例示される。
配列番号14は配列番号10のアミノ酸配列を有する融合タンパク質を発現させて宿主で産生させるためのポリヌクレオチド配列であるが、当該融合タンパク質をコードする配列の5’末端側にシグナルペプチドをコードする配列が付加されている。
配列番号15は配列番号11のアミノ酸配列を有する融合タンパク質を発現させて宿主で産生させるためのポリヌクレオチド配列であるが、当該融合タンパク質をコードする配列の5’末端側にシグナルペプチドをコードする配列が付加されている。
配列番号16は配列番号12のアミノ酸配列を有する融合タンパク質を発現させて宿主で産生させるためのポリヌクレオチド配列であるが、当該融合タンパク質をコードする配列の5’末端側にシグナルペプチドをコードする配列が付加されている。
配列番号17は配列番号13のアミノ酸配列を有する融合タンパク質を発現させて宿主で産生させるためのポリヌクレオチド配列であるが、当該融合タンパク質をコードする配列の5’末端側にシグナルペプチドをコードする配列が付加されている。
【0059】
尚、各コドンは意図したアミノ酸をコードしていればどれを用いてもよい。例えば、GlyをコードするコドンはGGT、GGC、GGA、GGGの4種あるが、このうちどれを用いてもよい。また、各コドンは最適化されていてもよいし最適化されていなくてもよいが、最適化されていることが好ましい。
【0060】
変異型RSV Fタンパク質をコードするポリヌクレオチドは、上記特定の変異を含み、RSVのpre型Fタンパク質に対する抗体を誘導する能力を有する、変異型RSV Fタンパク質をコードする限り、これらのポリヌクレオチド配列の相補配列を有するポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであってもよい。ここで、ストリンジェントな条件とは、例えば、サザンハイブリダイゼーションの後、68℃、0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度で洗浄を行う条件が挙げられる。
【0061】
(発現ユニット)
本発明の他の態様は、前記ポリヌクレオチドを含む、発現ユニットである。
前記発現ユニットは、前記ポリヌクレオチドを発現させる機構を含むものであればよく、例えば、プロモーター配列や転写終結シグナル配列等の発現に必要な要素を含んでよく、標準的な遺伝子工学技術に用いられる発現ユニットでよい。発現ユニットは、例えば、組換えベクターに含まれてよい。組換えベクターとしては、プラスミドベクターやウイルスベクターが例示でき、原核細胞において発現可能なベクターや、真核細胞において発現可能なベクター、哺乳動物由来の細胞において発現可能なベクターが挙げられる。
【0062】
(宿主細胞)
本発明の他の態様は、前記発現ユニットを含む、宿主細胞である。好ましくは、前記発現ユニットを含む組換えベクターで形質転換された宿主細胞である。
前記宿主細胞としては、前記発現ユニットから前記ポリヌクレオチドがコードするタンパク質が発現されれば特に限定されず、標準的な遺伝子工学技術に用いられるものでよい。具体的には、大腸菌、枯草菌のような原核細胞や、真核細胞、哺乳動物由来の細胞が例示できる。
宿主細胞へのポリヌクレオチド導入は、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法などの公知の手段を用いて行うことができる。
宿主細胞を適当な条件で培養することで、前記変異型RSV Fタンパク質または融合タンパク質を発現させ、前記変異型RSV Fタンパク質、融合タンパク質またはそれらの多量化体を生産することができる。生産された前記変異型RSV Fタンパク質、融合タンパク質またはそれらの多量化体は公知の手段により、精製することができる。
【0063】
(免疫原)
本発明の他の態様は、前記変異型RSV Fタンパク質、前記融合タンパク質、前記多量化体、又は下記粒子化体を含む、免疫原である。
すなわち、前記変異型RSV Fタンパク質、前記融合タンパク質、前記多量化体、又は前記粒子化体は、免疫原として使用することができる。当該免疫原は、前記変異型RSV Fタンパク質の効果を妨げない限り、前記変異型RSV Fタンパク質、前記融合タンパク質、前記多量化体、又は前記粒子化体のいずれか1種を含んでもよく、いずれか2種を含んでもよく、すべてを含んでもよい。このうち多量化体、特に三量体が好ましく、また粒子化体が好ましく、免疫原として用いられる。多量化体の製造については、上記の通りであり、粒子化体については、以下に詳細に説明する。なお、本発明の免疫原は標準的な免疫原が含む保存剤や賦形剤等を含んでもよい。
【0064】
(粒子化体)
本発明の他の態様は、前記変異型RSV Fタンパク質または前記多量化体の粒子化体である。
粒子化体は、変異型RSV Fタンパク質または多量化体が2個以上集合して粒子を形成したものであって、中和能の高い抗体を効率よく誘導できるものであれば特に制限されないが、例えば、前記変異型RSV Fタンパク質または前記多量化体が粒子化ドメインを介して2個以上集合して粒子を形成したものである。ここで、粒子化体および粒子の形状は必ずしも球状に限られず、一定方向を向いて集合していれば足りる。
すなわち、前記変異型RSV Fタンパク質または前記融合タンパク質にさらに粒子化ドメインを融合させ、前記変異型RSV Fタンパク質または前記融合タンパク質の多量化体が該粒子化ドメインを介して集合して粒子を形成したものであることが好ましい。
前記変異型RSV Fタンパク質または前記融合タンパク質のC末端に粒子化ドメインが結合した粒子化体製造用融合タンパク質を用いて粒子化させることが好ましい。粒子化体製造用融合タンパク質については後述する。
【0065】
粒子化体においては、前記粒子化ドメインは、変異型RSV Fタンパク質または多量化体の立体構造上、エピトープΦよりもエピトープIに近い位置に存在することが好ましい。すなわち、粒子化ドメインが集合することによりコアを構成し、変異型RSV Fタンパク質または多量化体のエピトープIが内側に存在し、エピトープΦが外側に露出した粒子化体であることが好ましい。
したがって、本発明の一態様にかかる粒子化体は、変異型RSV Fタンパク質または多量化体が、粒子化ドメインを介して少なくともRSV Fタンパク質のエピトープΦが露出し、少なくともRSV Fタンパク質のエピトープIが露出しないように2個以上集合したものである粒子化体である。ここで、「エピトープIが露出しないように」とは、エピトープIが完全に露出しないことまでは要さず、エピトープIへの抗体や各種免疫細胞のアクセシビリティが低下する程度であればよい。
【0066】
本発明の粒子化体の一態様においては、変異型RSV Fタンパク質のエピトープΦとエピトープIが該タンパク質の立体構造上両極にあるので、コアを形成する粒子化ドメインがエピトープΦよりもエピトープIに近いことにより、不要エピトープであるエピトープIが抗原としてマスクされ、有用エピトープであるエピトープΦが抗原として機能しやすい構造をとることができる。ここで、不要エピトープとは、当該変異型RSV Fタンパク質、その融合タンパク質、それらの多量化体、又はそれらの粒子化体を免疫原として用いたときに、ヒトにおいて一般的にRSVウイルス感染中和能の低い抗体を誘導するエピトープを意味し、具体的にはエピトープIが挙げられる。一方、有用エピトープとは、当該変異型RSV Fタンパク質、その融合タンパク質、それらの多量化体、又はそれらの粒子化体を免疫原として用いたときに、ヒトにおいて一般的にRSVウイルス感染中和能の高い抗体を誘導するエピトープを意味し、具体的にはエピトープΦやエピトープVが挙げられる。この構造をとることによって、不要エピトープに対する抗体や各種免疫細胞のアクセシビリティを立体障害効果によって低下させる効果を奏する。
【0067】
粒子化のための粒子化ドメインは、変異型RSV Fタンパク質または多量化体を粒子化させるポリペプチドであり、足場粒子へ結合し得るもの(例:足場粒子結合ペプチド)、疎水集合し得るもの(例:疎水性ペプチド鎖)、または自己会合性を有するもの(例:自己会合性ペプチド)などが挙げられる。
【0068】
まず、足場粒子を用いた粒子化の態様について説明する。すなわち、足場粒子に、変異型RSV Fタンパク質または多量化体が結合した態様である。
足場粒子の材料としては、特に制限されないが、粒子形成能を有するタンパク質、脂質二重膜、エンベロープ、リポソーム、ニオソーム、virosome、フェロソーム、金ナノ粒子、樹脂、シリカ、高分子ミセル、ゲルなどが挙げられる。
粒子形成能を有するタンパク質の例として、VLP (Virus-like particle)やVP (Virus Particle)を形成する、ウイルスタンパク質やウイルスタンパク質の改変体が挙げられる(例えば、特開2004-2313号公報)。例えば、本来の肝細胞に対する感染能を欠失するように改変され、さらに足場分子を提示するように改変されたB型肝炎ウイルス表面抗原タンパク質が挙げられ、当該タンパク質は、真核細胞で発現させると、小胞体膜等の膜上に膜タンパク質として発現、蓄積され、VLPとして放出される。
足場粒子としてより具体的には、B型肝炎ウイルス表面抗原(HBs抗原)タンパク質のPreS領域に、プロテインAのFc結合ドメイン(Zドメイン)を挿入して作製したタンパク質由来のVLPが挙げられ、例えば、Bionanocapsule-ZZ(Beacle社カタログ番号:BCL-DC-002)が使用できる。
足場粒子の表面には、粒子化ドメインとしての足場粒子結合ペプチドと結合する分子(足場分子)が固定化されていることが好ましい。
例えば、プロテインAのFc結合ドメインを挙げることができ、足場粒子結合ペプチドを介して変異型RSV Fタンパク質またはその多量化体を結合させることができる。
【0069】
なお、足場分子と足場粒子結合ペプチドの結合は、共有結合、非共有結合のいずれでもよい。共有結合の例としては、クリックケミストリーと総称される手法(アルキン(アセチレンなど)-アジド結合、システイン-マレイミド結合、1級アミン-NHSエステル結合が例示される)、電荷シフト結合を生じる手法(ヒドラジド-アルデヒド結合が例示される)、ポリペプチドに依って共有結合を生じる手法(SpyTag-SpyCatcherを用いる方法など)などが挙げられる。非共有結合の例としては、イオン性相互作用、疎水結合、水素結合などが挙げられる。
具体的には、Protein tagとProtein tag結合分子の組み合わせ(ビオチン-アビジン、Fc-Protein A、GST(Glutathione S-transferase)-グルタチオン、MBP(Maltose binding protein)-マルトース、His Tag-ニッケル、SBPタグ-ストレプトアビジンが例示される)、抗体と抗原の組み合わせなどが挙げられる。
足場分子と足場粒子結合ペプチドの組み合わせとしては好ましくは、IgG1 のFcドメイン(配列番号30)とプロテインAのFc結合ドメイン(Zドメイン)の組み合わせである。IgG1 のFcドメインを足場分子に、プロテインAのFc結合ドメインを足場粒子結合ペプチドに使用してもよいし、IgG1 のFcドメインを足場粒子結合ペプチドに、プロテインAのFc結合ドメインを足場分子に使用してもよい。
なお、上記足場分子または足場粒子結合ペプチドは互いに共有結合または非共有結合できる限り、それらの部分断片を使用したり改変したりすることができる。
【0070】
次に、粒子化ドメインとして、疎水性ペプチド鎖を用いた粒子化の態様について説明する。
この態様では、変異型RSV Fタンパク質または融合タンパク質に疎水性ペプチド鎖が結合しており、該疎水性ペプチド鎖を介して変異型RSV Fタンパク質または融合タンパク質が粒子を形成する。
疎水性ペプチド鎖は、疎水性アミノ酸を含み、自己集合して当該粒子化体を形成する、アミノ酸残基数5~50、好ましくは10~30のペプチド鎖を意味する。ここで、疎水性の強いアミノ酸としては、バリン、ロイシン、フェニルアラニン、イソロイシン等が挙げられ、ロイシンまたはイソロイシンがより好ましい。疎水性ペプチド鎖における疎水性アミノ酸の割合は好ましくは20~60%である。
疎水性ペプチド鎖においては、疎水性アミノ酸が疎水性ペプチド鎖の表面に現れることが好ましい。表面の疎水性アミノ酸の割合は10%以上であることが好ましいが、比率が高すぎると、細胞内で凝集して分泌されないため、表面の疎水性アミノ酸が50%以下、30%以下、20%以下が好ましい。一方、内側の疎水性アミノ酸の比率は高いほうが、疎水性ペプチド鎖の構造が安定するため好ましい。
疎水性アミノ酸以外のアミノ酸は、いずれのものでもよいが、特に分泌効果を高めるためにヒスチジンを20%以上含むことが好ましい。
疎水性ペプチド鎖を7アミノ酸からなるペプチドの繰り返し配列とすることにより、ヘリックス構造を形成し、かつ上記設計が行いやすいため、好ましく用いられる。例えば、疎水性ペプチド鎖は、1、3、5番目に疎水性アミノ酸が配置される7アミノ酸からなるペプチド配列の繰り返し配列が好ましい。繰り返し数は例えば2~5であり、2~3であることが好ましい。
疎水性ペプチド鎖の好ましい例としては、CC02、CC03、CC07、CC08(順に、配列番号40、41、42、43)が挙げられ、この中ではCC07(配列番号42)がより好ましい。
【0071】
次に、粒子化ドメインとして、自己会合性タンパク質ドメインを用いた粒子化の態様について説明する。
この態様では、変異型RSV Fタンパク質または融合タンパク質に自己会合性タンパク質ドメインが結合しており、該自己会合性タンパク質ドメインを介して変異型RSV Fタンパク質または融合タンパク質が粒子を形成する。
自己会合性を有するタンパク質(Self-assembly protein)の例としては、B型肝炎ウイルスのコア抗原(HBcAg)、ヒトパピローマウイルスのカプシドタンパク(HPV L1)、E型肝炎ウイルスのカプシドタンパク(HEV capsid)、Bacteriophage Qβ coat protein、ノーウォークウイルス(ノロウイルス、NoV) Capsid、Parvovirus B19 capsid、Alfalfa mosaic virus、Feritin、encapsulinなどが挙げられる。自己会合性を有するタンパク質は自己会合性を有する部分断片でもよいし、改変体でもよい。
HBcAgを使用する場合には、本発明のRSV Fタンパク質または多量化体と結合する際には、HBcAgの自己会合のための会合面から遠い部位でかつ、自己会合したものの外側の部位とRSV Fタンパク質または多量化体とを結合させることが好ましい。さらに、このような結合を行った場合、HBcAgの本来の立体構造を取らせるために、α3ドメインのヘリックスとα4ドメインのヘリックスの間にリンカーを挿入することが好ましい。リンカーは例えば10~30アミノ酸のポリペプチドであり、例えば、GSリンカーである。このようなHBcAgの改変体にFLAGタグが結合している配列としては、配列番号54が挙げられる。
【0072】
<粒子化体製造用融合タンパク質>
粒子化体製造用融合タンパク質は、上記の粒子化体の作製に使用されるタンパク質であって、本発明の変異型RSV Fタンパク質のC末端、または融合タンパク質のC末端に融合する、上述した足場粒子結合ペプチド、疎水性ペプチド鎖、自己会合性タンパク質ドメインなどの粒子化ドメインを含む。
本粒子化体製造用融合タンパク質が粒子化ドメインを介して、集合することにより粒子化体となる。
なお、本発明の多量化体を構成する融合タンパク質のC末端間の距離が、粒子化ドメインと結合することによって変化してしまう場合には、粒子化ドメインと当該C末端(多量体化ドメイン)との間にリンカーを挿入することによって、上記C末端間の距離への影響を小さくすることができる。リンカーは特に制限されないが、5~20アミノ酸のペプチドであることが好ましく、5~10アミノ酸のペプチドであることがより好ましい。配列は融合タンパク質のワクチン効果を阻害しない限り特に制限されないが、例えば、グリシンとセリンからなるGSリンカーである。
リンカーの位置は、変異型RSV Fタンパク質または融合タンパク質の多量体化ドメインと粒子化ドメインの間であればよく、リンカーの前後にタグ配列を含んでもよい。タグ配列は特に制限されないが、タンパク質の精製に通常用いられるタグ配列が好ましく用いられ、例えば、FLAGタグ(配列番号28)、His-tag(配列番号25)、Strep-tagII(配列番号26)などが例示できる。
【0073】
粒子化体製造用融合タンパク質は、変異型RSV Fタンパク質または融合タンパク質をコードするDNAに、粒子化ドメインをコードするDNA、さらには必要に応じてリンカーやタグをコードするDNAを、読み枠を合わせて連結し、宿主において発現させることによって得ることができる。発現及び精製方法は前記変異型RSV Fタンパク質または融合タンパク質の発現及び精製と同様にして行うことができる。
【0074】
粒子化体製造用融合タンパク質の具体的な例としては、変異型RSV Fタンパク質に足場粒子結合ペプチドが結合した態様(それらの前駆体タンパク質の配列:配列番号31~39、またそれをコードするポリヌクレオチド配列:配列番号57~65)、変異型RSV Fタンパク質に疎水性ペプチド鎖が結合した態様(それらの前駆体タンパク質の配列:配列番号44~49、またそれをコードするポリヌクレオチド配列:配列番号66~71)、変異型RSV Fタンパク質に自己会合性タンパクドメインが結合した態様(それらの前駆体タンパク質の配列:配列番号55~56、またはそれをコードするポリヌクレオチド配列:配列番号72~73)が挙げられる。
なお、粒子化体製造用融合タンパク質は、FLAGタグ(DYKDDDDK:配列番号28)、FLAGタグに3アミノ酸(GGS)が付加したタグ(GGSDYKDDDDK:配列番号29)などのタグ配列を含んでもよい。
【0075】
(粒子化体製造方法)
粒子化体は、上記で得られた粒子化体製造用融合タンパク質を用いて粒子化させたのちに、必要に応じて粒子化体を精製することで得ることができる。
粒子化工程は、足場粒子を用いる場合は、粒子化体製造用融合タンパク質を足場粒子と混合して粒子化させたのちに、粒子化されていない変異型RSV Fタンパク質またはその産物を除き、粒子化体を精製することにより行うことができる。足場粒子としては、例えば、HBsAg VLP(Beacle社カタログ番号:BCL-DC-002)が使用できる。
疎水性ペプチド鎖を含む粒子化体製造用融合タンパク質を用いる場合、粒子化工程は、粒子化体製造用融合タンパク質を、疎水性ペプチド鎖を介して会合させて粒子化させたのちに、粒子化されていない変異型RSV Fタンパク質またはその産物を除き、粒子化体を精製することにより行うことができる。
自己会合性タンパクドメインを含む粒子化体製造用融合タンパク質を用いる場合、粒子化工程は、粒子化体製造用融合タンパク質を、自己会合性タンパクドメインを介して会合させて粒子化させたのちに、粒子化されていない変異型RSV Fタンパク質またはその産物を除き、粒子化体を精製することにより行うことができる。
【0076】
本発明の粒子化体においては、1粒子化体当たり、例えば三量体としては2個以上、好ましくは10個以上、より好ましくは20個以上が結合していることが望ましい。
また、本発明の粒子化体においては、粒子化体表面積1 nm2あたり、例えば三量体としては0.0001個以上、好ましくは0.0005個以上、より好ましくは0.001個以上が結合していることが望ましい。ここで、粒子化体表面積とは、粒子化体を、動的光散乱法により測定された理論直径を直径とする球体と仮定したときの表面積のことである。粒子化体表面積あたりの個数は、例えば1粒子化体あたりの個数を粒子化体表面積で除する方法で算出できる。
粒子化体を生成し、エピトープIに対する結合能が低く、かつ、エピトープΦに対する結合能が高いものを選択することにより当業者は最適な1粒子化体当たりの個数や粒子化体表面積1nm2あたりの個数を選択できる。
【0077】
なお、本発明において、粒子化に用いられるRSV Fタンパク質または多量化体は、本発明の変異型RSV Fタンパク質または多量化体に限られず、RSVワクチンとして使用可能なものであれば特に制限されず、本発明の変異型RSV Fタンパク質以外の変異型RSV Fタンパク質やその多量化体を使用することもできる。例えば国際公開第2017/172890号や国際公開第2017/109629号記載のものでよい。すなわち、本発明の粒子化技術は、RSV Fタンパク質またはその多量化体の粒子化において一般的に使用でき、本発明の粒子化体には、RSV Fタンパク質またはその多量化体の粒子化体であって、RSV Fタンパク質またはその多量化体は粒子化ドメインを介して2個以上集合して粒子を形成した粒子化体が含まれ、粒子化ドメインや粒子化の方法は上記の変異型RSV Fタンパク質または多量化体の粒子化で説明した粒子化ドメインや粒子化法を適用できる。
【0078】
(医薬組成物)
本発明の他の態様は、前記発現ユニット又は前記免疫原を有効成分として含む、医薬組成物である。
前記発現ユニット又は前記免疫原は、RSウイルス感染症の予防又は治療のための医薬組成物とすることができる。
また、本発明の他の態様は、前記発現ユニット又は前記免疫原を含む、RSVワクチンである。これは、前記態様に係る医薬組成物がRSVワクチンである態様でもある。
【0079】
前記医薬組成物(RSVワクチンを含む、以下同じ)の投与経路は特に限定されず、非経口投与(例えば、皮内、筋肉内、皮下、経皮、粘膜)、及び経口投与のいずれかの投与経路で哺乳動物に投与することができる。哺乳動物としては、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ブタ、サル、チンパンジーなどが例示されるが、ヒトが好ましい。
【0080】
前記医薬組成物の剤型およびその調製方法は当業者に周知であり、前記発現ユニット又は前記免疫原を、薬学的に許容される坦体等と配合することにより医薬組成物を製造することができる。
【0081】
薬学的に許容される坦体とは、例えば固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤及び崩壊剤、あるいは液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤及び無痛化剤等が挙げられる。更に必要に応じ、通常の防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤、吸着剤、湿潤剤等の添加物を適宜、適量用いることもできる。
【0082】
医薬組成物はアジュバントを含んでもよい。アジュバントとしては、ゲルタイプ、菌体タイプ、油乳濁液タイプ、高分子ナノ粒子タイプ、合成タイプ、サイトカインタイプなどが例示できる。
ゲルタイプとしては、水酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム、リン酸カルシウムなどが例示できる。
菌体タイプとしては、CpG、コレラ毒素、大腸菌易熱性毒素、百日咳毒素、ムラミルジペプチド(Muramyl dipeptide;MDP)などが例示できる。
油乳濁液タイプとしては、フロイント不完全アジュバント、MF59、SAFなどが例示できる。
高分子ナノ粒子タイプとしては、免疫刺激複合体、リポソーム、生分解性マイクロスフェア、サポニン由来QS-21などが例示できる。
合成タイプとしては、非イオン性ブロックコポリマー、ムラミルペプチドアナログ、ポリホスファゼン、合成ポリヌクレオチドなどが例示できる。
サイトカインタイプとしては、IFN-γ、IL-2、IL-12などが例示できる。
【0083】
非経口投与のための剤型は、注射用製剤(例えば、点滴注射剤、静脈注射剤、筋肉注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、脳内投与製剤、脊髄内投与製剤)、外用剤(例えば、軟膏剤、パップ剤、ローション剤)、坐剤吸入剤、眼剤、眼軟膏剤、点鼻剤、点耳剤、リポソーム剤等が例示できる。
経口投与のための剤型は、固体または液体の剤型、具体的には錠剤、被覆錠剤、丸剤、細粒剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤、トローチ剤等が例示できる。
本発明の医薬組成物は好ましくは液体の剤型であり、注射剤が好ましい。
【0084】
前記医薬組成物の有効投与量は、例えば、投与経路、疾患の種類、症状の程度、患者の年齢、性別、体重、疾患の重篤度、薬物動態および毒物学的特徴等の薬理学的知見、薬物送達系の利用の有無、並びに他の薬物の組合せの一部として投与されるか、など様々な因子を元に、医師により決定される。
【実施例
【0085】
以下に実施例を記載するが、いずれの実施例も、限定的な意味として解釈される実施例ではない。
【0086】
〔実施例1〕
タンパク質の構造の安定化には、システインを用いた共有結合(ジスルフィド結合)の形成が有用である。先行研究では、RSV Fタンパク質(以下、「Fタンパク質」と称することがある)においてpre-F構造を安定化する様々なジスルフィド変異が報告されている(国際公開第2017/172890号、国際公開第2017/109629号)が、2次構造のメンバーであるアミノ酸をシステインに置き換えていたり、距離が遠い部分にジスルフィドを形成させていたりするため、得られる変異体は天然構造(天然型Fタンパク質がタンパク質発現時に取ると考えられる融合前構造)と異なる構造となるリスクが大きい。そこで、2次構造を取っておらず、かつ、システインに置き換えたときのS原子間の距離が5Åよりも近いアミノ酸ペアをシステインに置き換えることで構造の安定化を実施することとした。距離の計算においては、公開されている構造モデル(PDB登録番号:4MMS)を用いて、任意の2アミノ酸をシステインに置き換えて二面角N-Ca-Cb-Sがエネルギー的に安定な配座を発生させ、最短となるS原子間の距離を算出した(表1)。その結果、後述する抗原FH_08およびFH_09に含まれる変異型RSV Fタンパク質(本明細書では、「変異タンパク質」と称することがある。)の変異箇所が候補として挙げられた。この2候補は、変異箇所における変異前のアミノ酸の側鎖に極性のある官能基が無いため、天然型Fタンパク質に存在する極性基間相互作用(水素結合など)を失わせることに起因する構造不安定化のリスクが無い点でも優れていることが考えられた。尚、表1中の「L141C」は、配列番号1のアミノ酸配列における141位のロイシンがシステインに変異していることを表す。以下、表中では同様の表記を用いている。なお、F_native抗原の前駆体タンパク質(配列番号4)はA2株の天然型F0タンパク質からF1ポリペプチドの膜貫通領域と細胞内領域を除いたポリペプチド(配列番号1のアミノ酸番号1~513)において、P102A、I379VおよびM447Vの変異を有するポリペプチドのC末端側に、順に、フォルドンドメイン(配列番号21)、Thrombin認識配列、HisタグおよびStrepTagIIを含む配列(配列番号22)を融合したポリペプチドである。本実施例ではいずれの変異体もF_native抗原の前駆体タンパク質を元に作成されたため、P102A、I379VおよびM447Vの変異を有する。なお、F_native前駆体タンパク質は発現過程でプロセシングを受け、シグナルペプチドとpep27領域が脱落する。
【0087】
【表1】

【0088】
上記F_native抗原は、F_native抗原の前駆体タンパク質(配列番号4)をコードするポリヌクレオチド(配列番号5)を、哺乳類細胞を宿主として発現させて製造したものである。F_native抗原は、F_native抗原の前駆体タンパク質(配列番号4)が発現過程のプロセシングを受けた後に4次構造を形成したものである。プロセシングによってシグナルペプチドとpep27領域は脱落し,残ったF2ポリペプチド配列とF1ポリペプチド(細胞外領域)、フォルドンドメイン、Thrombin認識配列、Hisタグ、Strep-Tag IIを含む配列はジスルフィド結合によって結合され、さらに主にフォルドンドメインが生じる結合力によってホモ3量体を形成していると予測される。
F native抗原の具体的な製造方法を以下に示す。上記ポリヌクレオチド(配列番号5)をpcDNA3.4ベクター(Thermo Fisher Scientific社)に標準的な遺伝子工学技術により挿入した。目的のDNA配列が挿入されていることを塩基配列解析によって確認し、F_native抗原の前駆体タンパク質を発現する哺乳類細胞用発現ベクターを構築した。細胞に導入するためのベクターを標準的なプラスミドベクター精製方法により精製した。
【0089】
F_native抗原の発現はExpi293 Expression System(Thermo Fisher Scientific社)を用いた哺乳類細胞分泌発現によって実施した。精製された上記ベクターを同キットの遺伝子導入試薬であるExpi Fectamin 293 Reagentを用いてExpi293細胞に導入し、5日程度培養することでコードされたF_native抗原を分泌発現させ、遠心分離および孔径0.22 μmのフィルターを用いて上清成分のみを取得した。
【0090】
F_native抗原の精製はNi Sepharose High Performance(GE Healthcare社)を用いたアフィニティークロマトグラフィーによって実施した。Ni担体を、上記培養上清成分をbinding buffer(20 mmol/L Tris-HCl pH7.4, 500 mmol/L NaCl, 20 mmol/L Imidazole)で約3倍程度希釈したものと一昼夜反応させた後、elution buffer(20 mmol/L Tris-HCl pH7.4, 500 mmol/L NaCl, 500 mmol/L Imidazole)に供して各抗原を溶出させた。その後、限外濾過膜を用いてPBS(pH7.4)に溶媒置換し、F_native抗原として用いた。
【0091】
F_native抗原の前駆体タンパク質にL141CとL373Cの2重変異が導入された抗原FH_08の前駆体タンパク質をコードするポリヌクレオチドを上記と同様に準備した。また、F_native抗原の前駆体タンパク質にL142CとL373Cの2重変異が導入された抗原FH_09の前駆体タンパク質をコードするポリヌクレオチドを上記と同様に準備した。これらを上記の方法で発現、精製して抗原FH_08、およびFH_09を製造した。
【0092】
各抗原の各抗体への結合性は、Octet QK384(ForteBio社)を用い、PBS(pH7.4)、25℃、1000 rpmの条件下で測定した。PBS(pH7.4)にて平衡化したProtein Aセンサーチップ(ForteBio社)に対して各抗体溶液を180 sec供することでセンサーチップに各抗体を結合させ、続けて各抗原溶液を180 sec供した時の検出値の上昇量を各抗体に対する各抗原の結合シグナルの値とした。センサーチップに供する抗体には、エピトープΦを特異的に検出可能なD25抗体を用いた。結合シグナルの値は、F抗原のコンホメーション変化に依らず結合可能なPalivizumab(シナジス筋注液、アッヴィ)を用いた際の結合シグナルの値との比を求めることで正規化した。
【0093】
以上の操作により、ジスルフィド結合形成のために2か所にシステイン点変異を導入した変異タンパク質を含む抗原FH_08およびFH_09は、当該変異導入前のFタンパク質を含むF_native抗原に比べて著しくエピトープΦの保存性が向上していることを示す結果を得た(図1)。
【0094】
〔実施例2〕
天然型Fタンパク質は、まず第1フーリン認識部位の切断を受けて単量体構造を取った後に、第2フーリン認識部位の切断を受けてpep27領域が消失することによって、三量体化が促進されるとする報告がある(Anders Krarup et al. 2015. Nature communications 6:8143)。ところが、pep27領域は天然から単離されたウイルス株間で配列の長さ及びアミノ酸の種類が高度に保存されているため、寧ろ、抗原の立体構造形成に不可欠な効果がある可能性を考えた。そこで、第2フーリン認識部位に変異を導入してpep27領域の切断を阻害するとともに、該変異の三量体形成に対する効果を調べることとした。下記で作製した各抗原の前駆体タンパク質の変異内容は、表2にまとめた。表2中の「FH_08 + R135N, R136N」は、抗原FH_08の前駆体タンパク質において、さらに、配列番号1のアミノ酸配列における135位のアルギニンがアスパラギンに変異し、かつ、136位のアルギニンがアスパラギンに変異していることを表す。「FH_09 + R135N, R136N」は、抗原FH_09の前駆体タンパク質において、さらに、配列番号1のアミノ酸配列における135位のアルギニンがアスパラギンに変異し、かつ、136位のアルギニンがアスパラギンに変異していることを表す。なお、抗原FH23~25では抗原FH08の前駆体タンパク質におけるpep27(p27)配列を各種GSリンカーに置換した。GSリンカーはGSGSGS(配列番号18)、(GGGGS)(配列番号19)、(GGGGS)(配列番号20)を用いた。
【0095】
【表2】

【0096】
上記各抗原の前駆体タンパク質をコードするポリヌクレオチドをpcDNA3.4ベクター(Thermo Fisher Scientific社)に標準的な遺伝子工学技術により挿入した。目的のDNA配列が挿入されていることを塩基配列解析によって確認し、各抗原の前駆体タンパク質を発現する各哺乳類細胞用発現ベクターを構築した。細胞に導入するためのベクターを標準的なプラスミドベクター精製方法により精製した。
【0097】
各抗原の発現および精製は、実施例1と同様の操作で実施した。
各抗原の各抗体への結合性も実施例1と同様の操作で測定したが、センサーチップに供する抗体として、pre-Fの三量体形成を検出可能なAM14抗体を追加した。D25抗体およびAM14抗体の結合シグナルの値は、F抗原のコンホメーション変化に依らず結合可能なシナジス抗体(アッヴィ、シナジス筋注液)を用いた際の結合シグナルの値との比を求めることで正規化した。
【0098】
以上の操作により、第2フーリン認識部位に変異を追加した変異タンパク質を含む抗原FH_21、FH_24、FH_25は、変異追加前の抗原FH_08に比べて、エピトープΦの保存性を保ったまま三量体の形成が向上していることを示す結果を得た。中でも、pep27領域を人工リンカーに置換したもの(FH_24,FH_25)に比べ、F_native抗原のpep27領域により近い抗原FH_21で三量体形成の向上が顕著であった(図2図3)。
【0099】
〔実施例3〕
F_native抗原の前駆体タンパク質の189位と190位のアミノ酸はスレオニンとセリンであり、側鎖にヒドロキシル基を持つという点で親水性アミノ酸である。ところが、189~190位のアミノ酸の立体構造上の近位に存在するアミノ酸は57位のイソロイシン、167位のイソロイシン、171位のロイシン、179位のバリン、260位のロイシン等であるが、それらはいずれも疎水性アミノ酸であるため、構造の安定性を損ねている可能性が考えられた。そこで、189~190位のアミノ酸を疎水性アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)に変異させることで構造を安定化させ、発現量向上に寄与する可能性を考えた。下記で作製した各抗原の前駆体タンパク質の変異内容は表3にまとめた。表3中の「FH_21 + T189I」は、抗原FH_21の前駆体タンパク質において、さらに、配列番号1のアミノ酸配列における189位のトレオニンがイソロイシンに変異していることを表す。「FH_21 + T189V」は、抗原FH_21の前駆体タンパク質において、さらに、配列番号1のアミノ酸配列における189位のトレオニンがバリンに変異していることを表す。「FH_21 + T189I, S190V」は、抗原FH_21の前駆体タンパク質において、さらに、配列番号1のアミノ酸配列における189位のトレオニンがイソロイシンに、190位のセリンがバリンに、変異していることを表す。「FH_21 + T189L, S190V」は、抗原FH_21の前駆体タンパク質において、さらに、配列番号1のアミノ酸配列における189位のトレオニンがロイシンに、190位のセリンがバリンに、変異していることを表す。「FH_21 + T189V, S190V」は、抗原FH_21の前駆体タンパク質において、さらに、配列番号1のアミノ酸配列における189位のトレオニンがバリンに、190位のセリンがバリンに、変異していることを表す。「FH_50 + K42R, V384T」は、抗原FH_50の前駆体タンパク質において、さらに、配列番号1のアミノ酸配列における42位のリジンがアルギニン、384位のバリンがトレオニンに変異していることを表す。さらに、天然のウイルス単離株にて生じている点変異を抽出し、それぞれ単独変異の検討を行ったところ、2つの点変異(K42R,V384T)で発現量を向上させる効果が認められたため、この変異も併せて導入して検討を行うこととした。
【0100】
【表3】

【0101】
上記各抗原の前駆体タンパク質をコードするポリヌクレオチド を、pcDNA3.4ベクター(Thermo Fisher Scientific社)に標準的な遺伝子工学技術により挿入した。目的のDNA配列が挿入されていることを塩基配列解析によって確認し、各抗原の前駆体タンパク質を発現する各哺乳類細胞用発現ベクターを構築した。細胞に導入するためのベクターを標準的なプラスミドベクター精製方法により精製した。
【0102】
各抗原の発現および精製は、実施例2と同様の操作で実施した。
各抗原の発現量は、標準的な分光光度計を用いた吸光度測定によって測定した。精製後の抗原溶液の吸光度(280 nm)A280、アミノ酸一次配列情報から推定されるモル吸光度係数εと分子量M、精製後の抗原溶液量Vp、発現培養液量Vcを用い発現培養体積当たりの発現量y(y=A280xM/εxVp /Vc)を算出した。
【0103】
各抗原のD25抗体およびAM14抗体への結合性は実施例2と同様の操作で測定した。
以上の操作により、189~190位の疎水性アミノ酸(V、I、L)への変異を追加した各抗原FH_50、FH_51、FH_52、FH_53、FH_55は、変異追加前の抗原FH_21に比べて、エピトープΦの保存性と三量体の形成を保ったまま、著しく発現量が向上していることを示す結果を得た。更に自然界のウイルスで起こりうる天然変異から抽出された2つの点変異(K42R、V384T)を追加した抗原FH_82は、エピトープΦの保存性と三量体の形成を保ったまま、更に著しく発現量が向上していることを示す結果を得た(図4図5図6)。
【0104】
〔実施例4〕
F_nativeの前駆体タンパク質の60位のアミノ酸はグルタミン酸であり、酸性アミノ酸に属するため溶媒が中性の条件下で負電荷を帯びることが一般的に知られている。このアミノ酸は、立体構造上、同じく中性条件下で負電荷を帯びる194位のアスパラギン酸と隣接しており、負電荷の近接により構造が不安定化する可能性を考えた。そこで、F_nativeの前駆体タンパク質のアミノ酸配列において、60位のアミノ酸を酸性アミノ酸以外のアミノ酸に変更する変異を実施することとした。ただし、60位のアミノ酸をアスパラギンに変更する際は、60~62位のアミノ酸が一般的に知られるN型糖鎖結合モチーフ(Asn-X-Ser/Thr)となることを避けるため、同時に62位のアミノ酸をセリンからアラニンに変更することとした。下記で作製した抗原の前駆体タンパク質の変異内容は、表4にまとめた。
【0105】
【表4】

【0106】
上記各抗原の前駆体タンパク質をコードするポリヌクレオチドをpcDNA3.4ベクター(Thermo Fisher Scientific社)に標準的な遺伝子工学技術により挿入した。目的のDNA配列が挿入されていることを塩基配列解析によって確認し、各抗原の前駆体タンパク質を発現する各哺乳類細胞用発現ベクターを構築した。細胞に導入するためのベクターを標準的なプラスミドベクター精製方法により精製した。
【0107】
各抗原の発現および精製は、実施例2と同様の操作で実施した。
各抗原のD25抗体およびAM14抗体への結合性は、実施例2と同様の操作で測定した。
以上の操作により、60位をM、F、L、S、Tに変更した際にエピトープΦの保存性と三量体の形成が向上していることを示す結果を得た(図7図8)。
【0108】
〔実施例5〕先行品との比較
F抗原のpre-Fを安定化させる技術として最もよく報告されている変異の一つにDS-Cav1変異(S155C、S290C、S190F、V207L)がある(Jason S. McLellan et al. 2013. Science 342: 592)。そこで、先述の実施例で見出された有用な抗原FH_50及び抗原FH_50にさらに有用な変異を導入した表5に記載の抗原をDS-Cav1変異を導入した抗原F_DS-Cav1と比較することとした。また、post-F三量体構造を取ることが知られている抗原ΔFP furinwtFecto(Kurt A. Swanson et al. 2014. Journal of Virology. 88(20): 11802)も併せて作製し、抗原の評価に用いることとした。下記で作製した抗原の前駆タンパク質の変異内容を、表5にまとめた。抗原FH_81~85の前駆体タンパク質は抗原FH_50の前駆体タンパク質においてそれぞれE60M、K42R+V384TまたはE60M+K42R+V384Tの変異を導入したものである。
【0109】
【表5】

【0110】
上記各抗原の前駆体タンパク質をコードするポリヌクレオチドをpcDNA3.4ベクター(Thermo Fisher Scientific社)に標準的な遺伝子工学技術により挿入した。抗原F_DS-Cav1の前駆体タンパク質は配列番号23からなるアミノ酸配列とし、ΔFP furinwt Fectoの前駆体タンパク質は配列番号24からなるアミノ酸配列とした。目的のDNA配列が挿入されていることを塩基配列解析によって確認し、各抗原の前駆体タンパク質を発現する各哺乳類細胞用発現ベクターを構築した。細胞に導入するためのベクターを標準的なプラスミドベクター精製方法により精製した。
【0111】
各抗原の発現および精製は、実施例2と同様の操作で実施した。
各抗原の発現量は、実施例3と同様の操作で実施した。
【0112】
(抗体結合性試験)
各抗原の各抗体への結合性は実施例2と同様の操作で測定したが、センサーチップに供する抗体として、エピトープIを認識する131-2A抗体を追加した。D25抗体、AM14抗体および131-2A抗体の結合シグナルの値は、F抗原のコンホメーション変化に依らず結合可能なシナジス抗体(アッヴィ、シナジス筋注液)を用いた際の結合シグナルの値との比を求めることで正規化した。
【0113】
以上の操作により、抗原FH_50、FH_81、FH_82、FH_85は、先行文献の抗原F_DS-Cav1に比べて、エピトープΦの保存性と三量体の形成はあまり変わらない一方で、ウイルス感染中和能の著しく低い抗体を誘導することで知られているエピトープIはあまり検出されないことを示す結果を得た(図9図10図11)。これは、ワクチンには、ウイルス中和にほとんど寄与しない免疫細胞の活性化によってかえって症状を悪化させるリスクが存在するが、新規に見出した変異の導入は、DS-Cav1変異の導入に比べてそのリスクが低いことを示唆している。
【0114】
(ヒト血清中のウイルス中和抗体の吸着試験)
先の操作によって、抗原FH_50、FH_81、FH_82、FH_85は、ウイルス中和に寄与しない免疫の誘導を抑える効果がある可能性が示された。その効果をより詳細に検討するため、健常成人血清を用いて、抗原FH_50、FH_81、FH_82、FH_85およびF_DS-Cav1について、健常成人血清中のどのような抗体に結合するのか検証することとした。
【0115】
3名分の健常成人血清に対し、磁気ビーズDynabeads His-Tag Isolation and Pulldown(Thermo Fisher Scientific, 10103D)を用いた抗原吸着操作を実施した。まず、PBS(pH7.4)で2回洗浄した、ビーズ液45 μL分のビーズに対して20 μgの抗原F_DS-Cav1、FH_50、FH_81、FH_82又はFH_85を供して結合させた後、ウシ血清アルブミンにてブロッキングした。次に各健常成人血清100 μLをPBS(pH7.4)にて10倍希釈したものに対してビーズを添加してインキュベート(4℃、1時間、ローテート)した後にビーズを取り除くことで、抗原に結合する抗体の除去を実施した。
【0116】
Post-Fに結合する抗体(ウイルス感染中和能が比較的低いと考えられる抗体)をどの程度結合したか確認するため、抗原ΔFP furinwt Fectoを固層化したELISA試験を実施した。抗原結合バッファーには炭酸重炭酸バッファー(Sigma-Aldrich, C3041-50CAP)、サンプルの希釈及びプレートの洗浄にはTBS(TaKaRa, T9142)を用いた。96ハーフウェルプレートに対して2.0 pmolの抗原ΔFP furinwt Fectoを添加して直接固層化し、ウシ血清アルブミンにてブロッキングした。健常成人血清又は抗原吸着操作後の健常成人血清に対して適当にバッファーを添加することで4倍希釈系列を作製し、プレートに添加してインキュベート(室温、1時間、静置)した。その後希釈血清を除き、ペルオキシダーゼ結合抗ヒトIgG抗体(Jackson Immuno Research, 709-035-149)を結合させ、更に標準的なペルオキシダーゼ検出試薬で発色させた後に標準的なプレートリーダーによる吸光度測定にて発色の強度を求めた。測定点間は区分線形補間することで血清の希釈率と吸光度の関係を求め、吸光度が0.2となる希釈率の逆数をpost-Fに結合する抗体の抗体力価とし、吸着操作前の血清の抗体力価を100%とした時の吸着操作後の血清の抗体力価の減少量の相対値を吸着率とした(図12)。
【0117】
吸着操作によってウイルス感染中和能を持つ抗体がどの程度除かれたかを確認するため、RSウイルス(ATCC, VR-1540)およびVero細胞(ATCC, CCL-81)を用いた感染評価を実施した。健常成人血清又は抗原吸着操作後の健常成人血清に対して適当にPBS(pH7.4)を添加することで5倍希釈系列を作製し、RSウイルスを混合してインキュベート(室温、30分間、静置)した後に、96ウェルプレートの各ウェルに4×10cells量を播種して1日間培養したVero細胞に添加し、インキュベート(37℃、humidity、2時間、静置)した。その後、ウイルス液を除去した後にDMEM, High Glucose(Thermo Fisher Scientific, 11965)にSodium Pyruvate Solution(ナカライ、06977-34)およびAntibiotic-Antimycotic Mixed Stock Solution(ナカライ、09366-44)をそれぞれ1% (v/v)添加した培地を1ウェルあたり100 μL添加し、さらにインキュベート(37℃、humidity、16時間、静置)した。次に、パラホルムアルデヒドで細胞を固定し、Triton X-100(ナカライ、35501-15)にて透過処理をした細胞に対し、Anti-RSV Antibody, fusion protein, all type A,B strains, clone 133-1H, Alexa Fluor 488(Merck, MAB8262X)およびHeochst33258(Dojindo, 343-07961)を用いて感染細胞および全細胞の核を染色し、イメージャーIN Cell Analyzer(GE Healthcare社)を用いて感染細胞領域中の核の数をカウントしてウイルス感染細胞数とした。各血清の希釈率xと感染数yの関係はシグモイド曲線(y=Ymax/(1+(x/IC50)C))を実験結果へフィッティング(最小二乗誤差法によるあてはめ)をすることによって求め、IC50の逆数をウイルス感染中和力価とした。吸着操作前の血清のウイルス感染中和力価を100%としたときの吸着操作後のウイルス感染中和力価の減少量の相対値を吸着率とした(図13)。
【0118】
以上の操作により、抗原FH_50、FH_81、FH_82、FH_85は、先行文献の抗原F_DS-Cav1に比べて、健常成人血清中に存在するpost-F認識抗体の結合性は低く、吸着操作において抗体を半分程度しか結合できていないことが示された。それにもかかわらず、ウイルス感染中和能に寄与する抗体は、F_DS-Cav1と同様ほぼ全て結合しており、吸着操作で残った抗体にはウイルス感染中和能がほとんど無いことも示された。以上の結果は、新規に見出した変異は、DS-Cav1変異の導入に比べてウイルス感染中和に効果のない抗体の結合が少なく、ワクチン抗原として使用した際に、ウイルス感染防御に寄与しない抗体の誘導をするリスクが低いことを示唆している。
【0119】
(マウス免疫で誘導された抗体の検証)
先の操作によって、変異タンパク質はウイルス中和に寄与しない免疫の誘導を抑える効果があることが示唆された。その効果をさらに詳細に検討するため、抗原FH_50、FH_81、FH_82、FH_85又はF_DS-Cav1をマウスに免疫することで誘導される抗体の分析を実施した。
【0120】
マウス免疫血清は、BALB/cAnNCrlCrlj(日本チャールス・リバー)(雌、7週齢)に各変異タンパク質を免疫することで取得した。PBS(pH7.4)に溶解した抗原FH_50、FH_81、FH_82、FH_85又はF_DS-Cav1(抗原濃度:0.80 mg/mL)と水酸化アルミニウム(InvivoGen, vac-alu-250)を等量ずつよく混合した液を飼育0日目および飼育21日目にマウスの後肢大腿部に50 μL筋肉内投与した(1群あたり5匹とした。)。飼育42日目に後大静脈から血液を取得し、取得した血液はインキュベート(室温、約2時間、静置)した後に遠心分離して血清を回収し、非働化(55℃、30 min)してマウス免疫血清とした。
【0121】
融合後コンホメーションに結合する抗体をどの程度の割合誘導したか確認するため、各マウス免疫血清に対し、磁気ビーズDynabeads His-Tag Isolation and Pulldown(Thermo Fisher Scientific, 10103D)を用いた抗原吸着操作を実施した。まず、PBS(pH7.4)で2回洗浄した、ビーズ液45 μL分のビーズに対して20 μgのΔFP furinwt Fectoを供して結合させた後、ウシ血清アルブミンにてブロッキングした。次に各マウス免疫血清50 μLをPBS(pH7.4)にて20倍希釈したものに対してビーズを添加してインキュベート(4℃、1時間、ローテート)した後にビーズを取り除くことで、抗原に結合する抗体の除去を実施した。
【0122】
次に、抗原F_DS-Cav1を固層化したELISA試験を実施し、抗原吸着操作による抗F抗原抗体の減少率を測定した。抗原結合バッファーには炭酸重炭酸バッファー(Sigma-Aldrich, C3041-50CAP)、サンプルの希釈及びプレートの洗浄にはPBS(TaKaRa, T9183)を用いた。96ハーフウェルプレートに対して2.0 pmolの抗原F_DS-Cav1を添加して直接固層化し、ウシ血清アルブミンにてブロッキングした。マウス免疫血清又は抗原吸着操作後のマウス免疫血清に対して適当にバッファーを添加することで5倍希釈系列を作製し、プレートに添加してインキュベート(室温、2時間)した。その後希釈血清を除き、ペルオキシダーゼ結合抗マウス抗体抗体(DaKo, P0161)を結合させ、更に標準的なペルオキシダーゼ検出試薬で発色させた後に標準的なプレートリーダーによる吸光度測定にて発色の強度を求めた。測定点間は区分線形補間することで血清の希釈率と吸光度の関係を求め、吸光度が0.2となる希釈率の逆数を検出された抗F抗原抗体の抗体力価とし、吸着操作前の血清の抗体力価を100%とした時の吸着操作後の血清の抗体力価の減少量の相対値を吸着率とした(図14)。
【0123】
以上の操作により、抗原FH_50、FH_81、FH_82、FH_85は、先行文献の抗原F_DS-Cav1に比べて、post-F認識抗体の誘導割合が少ないことが示された。つまり、抗原FH_50、FH_81、FH_82、FH_85をワクチン抗原として用いた場合、ウイルス感染防御に寄与しない抗体を誘導するリスクが低いことを示唆する結果となった。
【0124】
〔実施例6〕先行品との比較2
実施例5で実施した抗原FH_50、FH_81、FH_82、FH_85のFタンパク質部分は、いずれもL141CおよびL373Cの変異を含んでいる。当該変異は実施例1においてジスルフィド結合を導入するために導入した変異であるが、先行特許(国際公開第2017/109629号)にて比較的近い部位へのジスルフィド結合の導入(Mutant ID: pXCS524.L142C、N371C)が検討され、さらに変異を加えた最適化抗原(Mutant ID: pXCS881.L142C、N371C、S55C、L188C、T54H、V296I、D486S、E487Q、D489S)が検討されている。そこで、先述の実施例で見出された有用な抗原を、pXCS524変異またはpXCS881変異を導入した抗原Pf524またはPf881と比較することとした。下記で作製した抗原の前駆体タンパク質の変異内容を、表6にまとめた。
【0125】
【表6】

【0126】
抗原FH_08、FH_82、及びFH85はそれぞれ実施例1、実施例3、及び実施例5に記載のものを用いた。Pf524及びPf881は、これらの前駆体タンパク質をコードするポリヌクレオチドをpcDNA3.4ベクター(Thermo Fisher Scientific社)に標準的な遺伝子工学技術により挿入し、目的のDNA配列が挿入されていることを塩基配列解析によって確認し、各抗原の前駆体タンパク質を発現する各哺乳類細胞用発現ベクターを構築した。細胞に導入するためのベクターを標準的なプラスミドベクター精製方法により精製した。
【0127】
各抗原の発現および精製は、実施例2と同様の操作で実施した。
各抗原の発現量は、実施例3と同様の操作で測定した。
【0128】
(抗体結合性試験)
各抗原の各抗体への結合性は実施例5と同様の操作で測定したが、結合シグナルの値は、各抗原溶液を180 sec供した時の検出値から、PBS(pH7.4)を180 sec供した時の検出値を引いた値とした(図15図16図17)。
【0129】
以上の操作により、抗原FH_08は先行特許の変異を導入した抗原Pf524に比べて、エピトープΦの保存性と三量体の形成は優れている一方で、ウイルス感染中和能の著しく低い抗体を誘導することで知られているエピトープIはあまり検出されないことを示す結果を得た。更に最適化された抗原FH_82、FH_85は、同じく最適化された先行特許の変異を導入した抗原Pf881に比べて、エピトープΦの保存性と三量体の形成は優れている一方で、ウイルス感染中和能の著しく低い抗体を誘導することで知られているエピトープIはあまり検出されないことを示す結果を得た。これは、上記実施例で見出された有用なジスルフィドの導入変異は、先行特許におけるジスルフィドの導入変異(L142C、N371C)と比べてウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導する変異であることを示唆している。
【0130】
(マウス免疫で誘導された抗体の検証)
上記の実験によって、抗原FH_82、FH_85は、ウイルス中和に寄与しない免疫の誘導が先行特許の変異を導入した変異体Pf881に比べて低いという効果があることが示唆された。その効果をさらに詳細に検討するため、抗原FH_82、FH_85又はPf881をマウスに免疫することで誘導される抗体の分析を実施した。
【0131】
誘導抗体の分析は、実施例5と同様の操作で実施し、ΔFP furinwt Fectoによる吸着操作による抗体力価の吸着率を測定した(図18)。
【0132】
以上の操作により、抗原FH_82、FH_85は、先行特許の変異を導入した抗原Pf881に比べて、post-F認識抗体の誘導割合が少ないことが示された。つまり、抗原FH_82、FH_85をワクチン抗原として用いた場合、Pf881と比較してもウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導することを示唆する結果となった。
【0133】
〔実施例7〕足場粒子を用いた抗原の粒子化
ウイルス感染防御に寄与しない抗体を誘導するリスクをさらに減少させるためには、エピトープI認識抗体等のpost-F認識抗体によって認識される抗原部位に対する抗体や各種免疫細胞のアクセシビリティを立体障害効果によって低下させることが有効であると考えらえれる。そこで、post-F認識抗体の認識部位が内側になるように抗原を適当な足場粒子上に固定させることで、当該立体障害効果を得ることができる可能性を考えた。
ところが、抗原を適当な足場粒子上に提示させる際に、抗原の間隔がある一定以上長いために密度が疎であったり、足場粒子と抗原との間に一定以上の長さのフレキシブルなリンカーを導入したりすると、先述の立体障害効果が得られない可能性が考えられる。そこで、比較的高密度な抗原提示が実現可能であると考えられるHBsAg VLPを用い、複数の長さのGSリンカーを検討することとした。
【0134】
(粒子化抗原の調製)
足場粒子として、Fc融合タンパクを結合可能なBionanocapsule-ZZ(Beacle社、BCL-DC-002)を用いた。
抗原の前駆体タンパク質として、前述のF_DS-Cav1、FH_82、FH_85の前駆体タンパク質におけるThrombin認識配列、Hisタグ、Strep-Tag IIを含む配列(配列番号22)をFc配列(配列番号30)に置換した抗原F_DS-Cav1-Fcの前駆体タンパク質(配列番号31)、FH_82-Fcの前駆体タンパク質(配列番号32)、FH_85-Fcの前駆体タンパク質(配列番号33)を作製した。さらに、抗原F_DS-Cav1-Fcの前駆体タンパク質、FH_85-Fcの前駆体タンパク質について、Fc配列の直前にGSリンカー(GGGGSGGGGSGGGGSGGGGS(配列番号75)、GGGGSGGGGS(配列番号19)あるいはGGGGS(配列番号27))を挿入したものについては、対応する前駆体タンパク質(配列番号34~39)を元に以下の方法で作製した。
【0135】
上記各前駆体タンパク質をコードするポリヌクレオチドを、pcDNA3.4ベクター(Thermo Fisher Scientific社)に標準的な遺伝子工学技術により挿入した。目的のDNA配列が挿入されていることを塩基配列解析によって確認し、各抗原の前駆体タンパク質を発現する各哺乳類細胞用発現ベクターを構築した。細胞に導入するためのベクターを標準的なプラスミドベクター精製方法により精製した。
【0136】
各抗原の前駆体タンパク質の発現はExpi293 Expression System(Thermo Fisher Scientific社)を用いた哺乳類細胞分泌発現によって実施した。精製された各ベクターを同キットの遺伝子導入試薬であるExpi Fectamin 293 Reagentを用いてExpi293細胞に導入し、4~5日程度培養することでコードされた各抗原を分泌発現させ、遠心分離および孔径0.22 μmのフィルターを用いて上清成分のみを取得した。
各抗原の精製は、Protein A精製カラムを用いた標準的なアフィニティー精製法にて実施した。精製後は限外濾過膜を用いることでPBS(pH7.4)に溶媒置換した。
作製した各抗原は、HBsAg VLP 1粒子当たり、平均して約135分子(3量体にして約45分子)となる比率でHBsAg VLPと混合し、室温で1時間静置することで足場粒子に固定化した。この時、固定化していない抗原がほとんど存在していないことは、BlueNativePAGEを行うことで確認した。
【0137】
本実施例で評価に用いた抗原、および当該抗原が足場粒子に固定化された粒子化体(以下、「粒子化抗原」と称することがある)を表7にまとめた。
【0138】
【表7】

【0139】
(抗体結合性試験)
抗原または粒子化抗原であるF_DS-Cav1、F_DS-Cav1-VLP、FH_82、FH_82-VLP、FH_85およびFH_85-VLPの各抗体への結合性は、実施例6と同様の操作で測定した(図19図20図21)。
以上の操作により、F抗原領域のpre安定化方法(pre安定化のためのアミノ酸変異の内容)に依らず、pre-Fをそのアミノ酸配列のC末端に付加したドメインを介して足場粒子に固定化すると、エピトープΦに対する抗体の結合性を保ったまま三量体の形成が向上することが示された。さらに、ウイルス感染中和能の著しく低い抗体を誘導することで知られているエピトープIの検出値は減弱することが示された。以上の結果は、本粒子化抗原をワクチン抗原として用いた際に、ウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導することを示唆している。
【0140】
(挿入リンカーの検討)
抗原または粒子化抗原であるF_DS-Cav1、F_DS-Cav1-4GS-VLP、F_DS-Cav1-2GS-VLP、F_DS-Cav1-1GS-VLP、F_DS-Cav1-VLP、FH_85、FH_85-4GS-VLP、FH_85-2GS-VLP、FH_85-1GS-VLPおよびFH_85-VLPの各抗体への結合性を実施例6と同様の操作で測定した(図22図23図24)。
以上の操作により、実施した何れのGSリンカーの挿入によっても、エピトープΦに対する抗体の結合性を保ったまま三量体の形成を向上し、エピトープIの検出値は減弱する効果があることが示された。ただし、エピトープI検出の減弱の効果は、足場粒子と抗原との間に長すぎるGSリンカーが挿入されると、低下することが示された。具体的には、GGGGSGGGGS(配列番号19)程度の長さであれば顕著な影響は見られないが、より長いGGGGSGGGGSGGGGSGGGGS(配列番号75)の長さになるとエピトープI検出を減弱させる効果の低下が見られた。
以上の結果は、足場粒子と抗原との間に一定以上の長さのフレキシブルなリンカーを挿入すると、立体障害効果によってpost-F認識抗体の認識部位へのアクセシビリティを低下させる効果が減弱することを示唆している。
【0141】
(抗原密度の見積もり)
粒子化抗原FH_85-VLPの理論直径をZetasizer μV(Malvern)を用いた動的光散乱法によって見積もったところ、89.28 nmであった(図25)。1粒子当たり平均約135分子(3量体約45分子)を提示してることから、理論表面積1 nm2当たりの平均分子密度は、約0.005 分子(3量体としては、約0.0018 分子)と計算できる。なお、ここでは球体の表面積Sはその半径rを用いて以下の式によって求められることとした。
S=4πr
【0142】
すなわち、目的の立体障害効果は、動的光散乱法によって見積もられる理論表面積1 nm2当たり、最低でも約0.005 分子以上の抗原分子が存在する程度の密度であれば実現できることが示唆された。
DS-Cav1-VLPおよびFH_82-VLPにおいても同様の結果であった(図25)。
【0143】
(マウス免疫で誘導された抗体の検証)
上記実験によって、足場粒子HBsAg VLPに結合したpre-F抗原はウイルス中和に寄与しない免疫の誘導を抑える効果があることが示唆された。その効果をさらに詳細に検討するため、F_DS-Cav1、F_DS-Cav1-VLP、FH_82、FH_82-VLP、FH_85またはFH_85-VLPをマウスに免疫することで誘導される抗体の分析を実施する。
マウス免疫血清は、BALB/c(雌、5~8週齢)に各粒子化抗原を免疫することで取得する。各粒子化抗原の溶媒組成としてPBSまたはPBSと水酸化アルミニウム(InvivoGen、 vac-alu-250)を等量ずつよく混合した液を使用する。抗原は約3週間間隔で2回マウスの後肢大腿部に筋肉内投与し、2回目の投与から更に約3週間後に血液を取得する。取得した血液は室温でインキュベートした後に遠心分離して血清を回収する。
血清中にpre-Fあるいはpost-Fに結合する抗体をどの程度誘導したか確認するため、各コンホメーションの抗原を固層化したELISA試験を実施する。
また、post-F認識抗体の誘導割合を算出するために抗原吸着操作および抗原吸着操作による抗原認識抗体の減少率の測定を実施する。方法は実施例5で示した方法に準拠する。
結論として、本粒子化によって、ウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導する効果が確認される。
【0144】
〔実施例8〕疎水性ペプチド鎖を用いた抗原の粒子化
実施例7で示したpost-F認識抗体によって認識される抗原部位に対する抗体や各種免疫細胞のアクセシビリティを立体障害効果によって低下させる効果は、足場粒子を用いない方法によっても実現できる可能性を考えた。そこで、本実施例では、疎水性ペプチド鎖(疎水性のアミノ酸を含むポリペプチド鎖)を用いた疎水集合による粒子化を検討することとした。
【0145】
(疎水性ペプチド鎖の検討)
用いる疎水性ペプチド鎖は、ワクチン製剤あるいは生体内での条件下で疎水集合する性質を有する必要があるが、細胞による抗原の分泌発現効率を著しく低下する配列では実用が困難である。一般的に疎水性のアミノ酸を多く含むポリペプチド鎖をタンパクに融合した場合、そのタンパクの細胞における生産効率は低下することが知られているため、適切な疎水性ポリペプチド鎖の検討をすることとした。
前記抗原F_DS-Cav1の前駆体タンパク質におけるThrombin認識配列、Hisタグ、Strep-Tag IIを含む配列(配列番号22)を各種疎水性ペプチド鎖(配列番号40~43)および精製用タグであるFLAGタグから成る配列(配列番号44~47)に置換した前駆体タンパク質を元に抗原を作製した。検討した疎水性ペプチド配列を表8-1にまとめた。
【0146】
上記各前駆体タンパク質をコードするポリヌクレオチドを、pcDNA3.4ベクター(Thermo Fisher Scientific社)に標準的な遺伝子工学技術により挿入した。目的のDNA配列が挿入されていることを塩基配列解析によって確認し、各前駆体タンパク質を発現する各哺乳類細胞用発現ベクターを構築した。細胞に導入するためのベクターを標準的なプラスミドベクター精製方法により精製した。
【0147】
各抗原の発現は実施例7と同様の操作で実施した。
各抗原の精製は、ANTI-FLAG M2 Affinity Gel(Sigma,A2220)を用いたアフィニティー精製によって実施した。アフィニティー精製の溶出にはFLAGペプチドを使用したが、限外濾過膜を用いることで各抗原サンプル中のFLAGペプチドの除去を行った。溶媒にはPBS(pH7.4)を使用した。
抗原の分泌発現の可否は、精製後に一般的なSDS-PAGEを行い、目的タンパクを高純度に分離精製できているかどうかを確認することで行った。また、粒子化の可否は、精製後に一般的なBlueNativePAGEを行うことで確認した。
【0148】
【表8-1】
【0149】
F_DS-Cav1-CC02およびF_DS-Cav1-CC03の分泌発現の可否および粒子化の可否を検討したところ、F_DS-Cav1-CC03は分泌発現するものの粒子化は起こらず、一方でF_DS-Cav1-CC02は分泌発現がうまく行かないことが分かった(図26)。そこで、用いる疎水性ペプチド鎖の最適な疎水度は、両者の疎水度の間にあると考えられた。
F_DS-Cav1-CC02とF_DS-Cav1-CC03の疎水性ペプチド鎖の違いは、親水性ではないアミノ酸であるアラニンが、親水性アミノ酸であるリジンあるいはグルタミン酸に置き換わっている点である。そこでまず、F_DS-Cav1-CC02のアラニンを、中程度の親水性を持ち、pKがpH6程度であるヒスチジンに変更することを考えた。製剤時の溶媒のpHは中性付近であるのに対し、細胞の分泌経路中のpHはより低いpHであることが知られているため、ヒスチジンを含むペプチド鎖は、分泌発現時は比較的親水的な性質となり、製剤時には比較的疎水的な性質となることが期待された。
また、設計した疎水性ペプチド鎖がコイルドコイル構造を形成すると仮定すると、フォルドンドメインの直下に接続された疎水性ペプチド鎖の21個のアミノ酸の位相は、順にdefgabcdefgabcdefgabcとなることが予想される。3量体で疎水相互作用するa、d位にロイシンとイソロイシンを配置する場合、天然のタンパクのアミノ酸配列を検討した先行研究(Joel P Schneider et al. 1998. Folding & Design. 3:R29)によると、イソロイシンをa位、ロイシンをd位とする方がより高頻度であるため、F_DS-Cav1-CC02のa位とd位のロイシン、イソロイシンを入れ替えることを考えた。
以上から、新たにF_DS-Cav1-CC07を設計し、分泌発現の可否および粒子化の可否を検討したところ、分泌発現と粒子化の両方が達成された(図27)。ヒスチジン、リジン、グルタミン酸の位置を変更したF_DS-Cav1-CC08では分泌発現が困難になることから、単なるアミノ酸の組成のみの問題ではなく、立体構造上の配置が重要であることも示唆された。
【化1】

【0150】
(粒子化抗原の調製)
前記抗原FH_82およびFH_85の前駆体タンパク質におけるThrombin認識配列、Hisタグ、StrepTagIIを含む配列(配列番号22)を最適な疎水性ペプチド鎖(配列番号42)および精製用タグであるFLAGタグから成る配列に置換した前駆体タンパク質(配列番号48、49)を元に、抗原を作製した。
【0151】
上記前駆体タンパク質をコードするポリヌクレオチドを、pcDNA3.4ベクター(Thermo Fisher Scientific社)に標準的な遺伝子工学技術により挿入した。目的のDNA配列が挿入されていることを塩基配列解析によって確認し、各前駆体タンパク質を発現する各哺乳類細胞用発現ベクターを構築した。細胞に導入するためのベクターを標準的なプラスミドベクター精製方法により精製した。
【0152】
各抗原の発現は、疎水性ペプチド鎖の検討と同様の操作で実施した。
各抗原の精製は、疎水性ペプチド鎖の検討と同様の操作で実施した。
【0153】
本実施例にて以降で評価に使用した抗原(「粒子化抗原」と称することがある)を表8-2にまとめた。
【0154】
【表8-2】

【0155】
(抗体結合性試験)
作製した各粒子化抗原の各抗体への結合性は、実施例6と同様の操作で測定した(図28図29図30)。
以上の操作により、F抗原領域のpre安定化方法(pre安定化のためのアミノ酸変異の内容)に依らず、pre-Fをそのアミノ酸配列のC末端に付加した疎水性ペプチド鎖によって集合させた粒子化抗原は、エピトープΦに対する抗体の結合性を保ったまま三量体の形成が向上していることを示す結果を得た。さらに、ウイルス感染中和能の著しく低い抗体を誘導することで知られているエピトープIの検出は減弱することを示す結果を得た。以上の結果は、本抗原をワクチン抗原として用いた際に、本粒子化によって、ウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導する効果が向上することを示唆している。
【0156】
(抗原密度の見積もり)
抗原FH_85および粒子化抗原FH_85-CC07の理論直径をDynaPro Plate Reader III(Wyatt)を用いた動的光散乱法によって見積もったところ、13.8 nmおよび60.0 nmであった(図31)。2つの粒子の分子量の比は、一般的なタンパク質においては、その理論直径の比の2~3乗に比例するため、FH_85-CC07の分子量はFH_85の分子量の20~80倍程度になっていると見積もられる。つまり、FH85-CC07は1粒子当たり60~240分子程度(3量体としては20~80分子程度)を提示していると考えられ、理論表面積1 nm2当たりの平均分子密度は、0.005~0.022分子程度(3量体としては、0.0017~0.0073 分子程度)と計算できる。
FH_82-CC07においても、同様の結果であった(図31)。
従って、疎水性ペプチド鎖を用いた粒子化抗原は、実施例6で示した足場粒子を用いた粒子化抗原と比べて、同等程度かそれ以上の抗原密度であることが見積もられた。
【0157】
(マウス免疫で誘導された抗体の検証)
先の操作によって、疎水性ペプチド鎖が結合した抗原の粒子化は、ウイルス中和に寄与しない免疫の誘導を抑える効果があることが示唆された。その効果をさらに詳細に検討するため、前記抗原または粒子化抗原F_DS-Cav1F_DS-Cav1-CC07、FH_82-CC07又はFH_85-CC07をマウスに免疫することで誘導される抗体の分析を実施した。
【0158】
マウス免疫血清は、BALB/cAnNCrlCrlj(日本チャールス・リバー)(雌、6週齢)に各抗原及び粒子化抗原を免疫することで取得した。PBS(pH7.4)に溶解した抗原または粒子化抗原F_DS-Cav1、F_DS-Cav1-CC07、 FH_82-CC07又はFH_85-CC07(抗原濃度:0.40 mg/mL)を飼育0日目および飼育21日目にマウスの後肢大腿部に50 μL筋肉内投与した(1群あたり5匹とした。)。飼育42日目に後大静脈から血液を取得し、取得した血液はインキュベート(室温、約2時間、静置)した後に遠心分離して血清を回収し、非働化(55℃、30 min)してマウス免疫血清とした。
【0159】
融合後コンホメーションに結合する抗体をどの程度の割合誘導したか確認するため、各マウス免疫血清に対し、実施例6と同様の方法でΔFP furinwt Fectoを結合した磁気ビーズまたは何も抗原を結合せずにブロッキング操作のみを実施した磁気ビーズを用いた抗原吸着操作を行った。さらに、吸着操作後の各血清について、実施例6と同様の方法でF_DS-Cav1を固層化したELISA試験を実施して吸着率を算出した。ただし吸着率は、抗原無しの吸着操作後の血清の抗体力価を100%とした時の、抗原無しの吸着操作後の血清の抗体力価からΔFP furinwtFectoによる吸着操作後の血清の抗体力価を引いた値の相対値とした(図32)。
【0160】
以上の操作により、粒子化前の抗原F_DS-Cav1では半分程度誘導されていたpost-F認識抗体が、疎水性ペプチド鎖によって粒子化した抗原F_DS-Cav1-CC07ではほとんど誘導されないことが示された。また、FH_82-CC07、FH_85-CC07も同様にpost-F認識抗体がほとんど誘導されなかった。以上より、本粒子化によって、ウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導する効果が向上することが示唆された。
【0161】
〔実施例9〕自己会合性タンパクドメインを用いた抗原の粒子化
実施例7、8で示したpost-F認識抗体によって認識される抗原部位に対する抗体や各種免疫細胞のアクセシビリティを立体障害効果によって低下させる効果は、抗原のC末端側への自己会合性タンパクドメインの融合によっても実現できる可能性を考えた。特に、自己会合性タンパクドメインを用いて規則正しく抗原を整列させることで、実施例8で示した疎水集合による粒子化よりも高い立体障害効果が得られる可能性を考えた。
そこで、本実施例では、B型肝炎ウイルスのコア抗原(HBcAg)の自己会合性を利用した粒子化を検討することとした。
ただし、前記抗原F_DS-Cav1におけるThrombin認識配列、Hisタグ、Strep-Tag IIを含む配列(配列番号22)をGSリンカー(GGGGSGGGGSGGGGSGGGGS)(配列番号75)、HBcAgの自己会合ドメイン(配列番号50)、およびHisタグからなるペプチド配列(配列番号51)に置き換えたものでは、発現はするものの自己会合が見られなかった(BlueNativePAGEによる検証結果)。HBcAgの自己会合ドメインのN末端は、HBcAg同士が自己会合する際の結合面に近い位置に存在しており、N末端に大きなタンパク質を融合することで自己会合を妨げている可能性を考えた。
そこで、自己会合する際の結合面から遠い位置にRSV F抗原部分を配置するため、HBcAgが自己会合する際に粒子の外向きに突出する部位(α3ドメインとα4ドメインに存在するヘリックスの間の部分)よりもC末側とN末側に分割することとした。また、想定しないジスルフィド結合の生成リスクを減らすため、自己会合に影響が無いと考えられている2つの点変異(C48SおよびC107A)を導入することとした。具体的には、前記抗原F_DS-Cav1およびFH_85の前駆体タンパク質におけるThrombin認識配列、Hisタグ、StrepTagIIを含む配列(配列番号22)をGSリンカー(GGGGSGGGGSGGGGSGGGGS)(配列番号75)、HBcAgの自己会合ドメインのC末側(配列番号52)並びに、GSリンカー(GGGGSGGGGSGGGGSGGGGS)(配列番号75)、HBcAgの自己会合ドメインのN末側(配列番号53)及び、FLAGタグがその順番に結合した配列(配列番号54)に置き換えたF_DS-Cav1-HBcCNの前駆体タンパク質(配列番号55)及びFH_85-HBcCNの前駆体タンパク質(配列番号56)を元に抗原(「粒子化抗原」と称することがある)を作製した。
F_DS-Cav1-HBcCNについて、実施例8と同様の操作で発現、精製して分泌発現の可否および粒子化の可否を検討したところ、分泌発現と粒子化の両方が達成された(図33)。ただし、比較的発現量が低かったため、発現方法の改良が望まれた。そこで、DS-Cav1-HBcCNあるいはFH_85-HBcCNの前駆体をコードするポリヌクレオチドについて、GS Xceed Gene Expression System(Lonza社)を用いて安定発現CHO株を樹立した。樹立された細胞株を培養し、各抗原を分泌発現させた後に培養上清成分を取得した。
各粒子化抗原の精製は、実施例8と同様の操作で実施した。
各粒子化抗原の各抗体への結合性を確認するため、Palivizumab(シナジス筋注液、アッヴィ)、131-2A抗体、D25抗体をそれぞれ固層化したELISA試験を実施した。抗体結合バッファーには炭酸重炭酸バッファー(Sigma-Aldrich, C3041-50CAP)、サンプルの希釈及びプレートの洗浄にはTBS(TaKaRa, T9142)を用いた。96ハーフウェルプレートに対して10 μg/mLのPalivizumabまたは131-2A抗体またはD25抗体を添加して直接固層化し、ウシ血清アルブミンにてブロッキングした。各抗原に対して適当にバッファーを添加することで10倍希釈系列を作製し、プレートに添加してインキュベート(室温、2時間、静置)した。その後添加した抗原溶液を除き、ペルオキシダーゼ結合抗FLAG M2抗体(Sigma-Aldrich, A8592)を結合させ、更に標準的なペルオキシダーゼ検出試薬で発色させた後に標準的なプレートリーダーによる吸光度測定にて発色の強度を求めた。測定点間は区分線形補間することで抗原の希釈率と吸光度の関係を求め、吸光度が0.2となる希釈率の逆数を、固層化した抗体に対する添加した抗原の結合力とした。D25抗体に対する結合力をPalivizumabに対する結合力で割り算した値をエピトープΦ検出シグナル、131-2A抗体に対する結合力をPalivizumabに対する結合力で割り算した値をエピトープI検出シグナルとした(図34図35)。
以上の操作により、pre-Fをそのアミノ酸配列のC末端に付加した自己会合性タンパクドメインによって集合させた粒子化抗原は、疎水性ペプチド鎖による粒子化よりも更にエピトープΦに対する抗体の結合性を向上させ、ウイルス感染中和能の著しく低い抗体を誘導することで知られているエピトープIの検出を減弱することを示す結果を得た。以上の結果は、本粒子化によって、ウイルス中和に高い効果を持つと考えられる抗体群を優先的に誘導する効果が向上することを示唆している。
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