(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-14
(45)【発行日】2023-11-22
(54)【発明の名称】生地加熱食品用加工澱粉及び生地加熱食品用ミックス
(51)【国際特許分類】
A23L 29/219 20160101AFI20231115BHJP
A21D 13/80 20170101ALI20231115BHJP
A21D 13/00 20170101ALI20231115BHJP
A21D 2/18 20060101ALI20231115BHJP
【FI】
A23L29/219
A21D13/80
A21D13/00
A21D2/18
(21)【出願番号】P 2022548705
(86)(22)【出願日】2022-04-21
(86)【国際出願番号】 JP2022018357
【審査請求日】2023-08-31
(31)【優先権主張番号】P 2022028480
(32)【優先日】2022-02-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】312015185
【氏名又は名称】日清製粉プレミックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石崎 純一
(72)【発明者】
【氏名】柳下 隆弘
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 浩一
【審査官】村松 宏紀
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/111061(WO,A1)
【文献】特開2021-000060(JP,A)
【文献】特開2021-087456(JP,A)
【文献】特開2020-171215(JP,A)
【文献】特開2017-176105(JP,A)
【文献】国際公開第2019/163965(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L、A21D
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシプロピル化処理され、且つ下記のRVA分析法において糊化開始30秒後から1分間での粘度上昇が2000cP以下である、生地加熱食品用加工澱粉。
(RVA分析法)
供試澱粉を固形分として3g用意し、これに蒸留水25mLを添加して試料液を調製する。前記試料液中にパドルを入れ、パドル回転数160rpmで該試料液を撹拌しつつ加熱し、ラピッド・ビスコ・アナライザーを用いて、加熱中の該試料液の粘度を測定する。前記試料液の加熱条件は、該試料液の品温50℃を2分間保持した後、9分間で該品温を95℃まで上昇させる条件とする。
【請求項2】
糊化開始温度が54℃以下である、請求項1に記載の生地加熱食品用加工澱粉。
【請求項3】
タピオカ澱粉を主原料とする、請求項1又は2に記載の生地加熱食品用加工澱粉。
【請求項4】
糊化ピーク粘度が3500~5500cPである、請求項1又は2に記載の生地加熱食品用加工澱粉。
【請求項5】
請求項1
又は2に記載の加工澱粉を含有する生地加熱食品用ミックス。
【請求項6】
請求項1
又は2に記載の加工澱
粉を用いて製造された生地加熱食品。
【請求項7】
請求項5に記載のミックスを用いて製造された生地加熱食品。
【請求項8】
下記のRVA分析法において糊化開始30秒後から1分間での粘度上昇が2000cP以下である、生地加熱食品用加工澱粉の製造方法であって、
原料澱粉にヒドロキシプロピル化処理を施す工程を有し、
前記ヒドロキシプロピル化処理は、原料澱粉、硫酸ナトリウム及び水を含むスラリーに、アルカリ剤及びプロピレンオキサイドを添加して反応させることを含み、
前記ヒドロキシプロピル化処理における前記硫酸ナトリウムの使用量が、前記原料澱粉100質量部に対して24~28質量部である、生地加熱食品用加工澱粉の製造方法。
(RVA分析法)
供試澱粉を固形分として3g用意し、これに蒸留水25mLを添加して試料液を調製する。前記試料液中にパドルを入れ、パドル回転数160rpmで該試料液を撹拌しつつ加熱し、ラピッド・ビスコ・アナライザーを用いて、加熱中の該試料液の粘度を測定する。前記試料液の加熱条件は、該試料液の品温50℃を2分間保持した後、9分間で該品温を95℃まで上昇させる条件とする。
【請求項9】
下記のRVA分析法において糊化開始30秒後から1分間での粘度上昇が2000cP以下である、生地加熱食品用加工澱粉の製造方法であって、
原料澱粉にヒドロキシプロピル化処理を施す工程を有し、
前記ヒドロキシプロピル化処理は、原料澱粉、硫酸ナトリウム及び水を含むスラリーに、アルカリ剤及びプロピレンオキサイドを添加して反応させることを含み、
前記ヒドロキシプロピル化処理の反応時間が32~40時間である、生地加熱食品用加工澱粉の製造方法。
(RVA分析法)
供試澱粉を固形分として3g用意し、これに蒸留水25mLを添加して試料液を調製する。前記試料液中にパドルを入れ、パドル回転数160rpmで該試料液を撹拌しつつ加熱し、ラピッド・ビスコ・アナライザーを用いて、加熱中の該試料液の粘度を測定する。前記試料液の加熱条件は、該試料液の品温50℃を2分間保持した後、9分間で該品温を95℃まで上昇させる条件とする。
【請求項10】
前記ヒドロキシプロピル化処理の反応温度が36~44℃である、請求項8又は9に記載の生地加熱食品用加工澱粉の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生地加熱食品の製造に用いられる加工澱粉及びそれを用いたミックスに関する。
【背景技術】
【0002】
生地加熱食品は、小麦粉等の穀粉や澱粉を含む原料を水と混合して調製した液状ないし半液状の生地を加熱して形状を固定化した食品であり、その代表的な例であるパン類、焼き菓子等のベーカリー食品は古くから広く親しまれている。ベーカリー食品においては、澱粉の老化に起因する品質の経時的な劣化が問題となる。この問題を解決するために、ベーカリー食品には従来、加工澱粉が使用されている。加工澱粉は、澱粉の構造又は性質を変化させるような化学的又は物理的な加工が施された澱粉であり、老化耐性が向上した加工澱粉が種々提案されている。
【0003】
特許文献1には、ベーカリー食品用加工澱粉として、ヒドロキシプロピル化処理され、且つ糊化ピーク温度及び糊化エネルギーがそれぞれ特定範囲にあるものが記載されている。特許文献1に記載のベーカリー食品用加工澱粉は、糊化ピーク温度及び糊化エネルギーを特定範囲に調整するために、ヒドロキシプロピル基の置換度が0.13~0.18に調整されている。特許文献1に記載のベーカリー食品用加工澱粉によれば、外観及び食感の経時的な劣化が起こり難いベーカリー食品が得られるとされている。
【0004】
特許文献2には、RVA分析法において昇温開始から降温開始前までの最高粘度が30cp以下の加工澱粉を含有するケーキ類用組成物が記載されている。また特許文献2には、前記加工澱粉の具体例として、難消化性澱粉、酸化澱粉が記載されている。特許文献2に記載のケーキ類用組成物によれば、もちもちした食感と日持ちとが両立したケーキ類が得られるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2016/111061号
【文献】特開2020-178645号公報
【発明の概要】
【0006】
本発明の課題は、保存性に優れた生地加熱食品を提供し得る技術を提供することである。
【0007】
本発明は、ヒドロキシプロピル化処理され、且つ後述するRVA分析法において糊化開始30秒後から1分間での粘度上昇が2000cP以下である、生地加熱食品用加工澱粉である。
【0008】
また本発明は、前記の本発明の加工澱粉を含有する生地加熱食品用ミックスである。
また本発明は、前記の本発明の加工澱粉又はミックスを用いて製造された生地加熱食品である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、RVA分析法によって得られる澱粉の時間-粘度曲線の例を示す図面代用グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の生地加熱食品用加工澱粉(以下、単に「加工澱粉」とも言う。)は、原料澱粉に化学的加工処理としてヒドロキシプロピル化処理を施したものであり、いわゆるヒドロキシプロピル化澱粉である。本発明において「ヒドロキシプロピル化澱粉」とは、原料澱粉にプロピレンオキサイド等のヒドロキシプロピル化剤を常法により作用させて得られる水酸基置換型加工澱粉を指し、また特に断らない限り、当該ヒドロキシプロピル化の反応と同時又は異時に架橋化剤を常法により作用させて得られるヒドロキシプロピル化架橋澱粉を含む。
【0011】
本発明の加工澱粉は、ヒドロキシプロピル化処理されていることに加えて更に、下記RVA(Rapid Visco Analyzer)分析法において糊化開始30秒後から1分間での粘度上昇(以下、「初期粘度上昇幅」とも言う。)が2000cP以下である点で特徴付けられる。この特徴により、本発明の加工澱粉は老化耐性に優れる。そして、本発明の加工澱粉を用いた生地加熱食品は保存性に優れ、もちもち感等の食感の経時劣化が抑制され、製造直後の食感を長期間維持し得る。
【0012】
(RVA分析法)
供試澱粉を固形分として3g用意し、これに蒸留水25mLを添加して試料液を調製する。前記試料液中にパドルを入れ、パドル回転数160rpmで該試料液を撹拌しつつ加熱し、ラピッド・ビスコ・アナライザー(RVA)を用いて、加熱中の該試料液の粘度を測定する。前記試料液の加熱条件は、該試料液の品温50℃を2分間保持した後、9分間で該品温を95℃まで上昇させる条件とする。
【0013】
前記RVA分析法に関し、ラピッド・ビスコ・アナライザーとしては、RVA分析に使用可能なものを特に制限なく用いることができ、具体的には例えば、ニューポートサイエンティフィク社製の迅速粘度測定装置が挙げられる。
【0014】
図1には、RVA分析法によって得られる澱粉の時間-粘度曲線の例を示す図面代用グラフが示されている。
図1のグラフには、5種類の澱粉の分析結果が示されており、そのうちの1種類である澱粉(a)に対応する実線の曲線に符号(a)を付している。澱粉(a)に着目すると、
図1中符号P1で示す位置から粘度が急上昇しており、P1に対応する時間(グラフの横軸の数値)が「糊化開始時点」、P1に対応する澱粉の温度(グラフの右側縦軸の数値)が「糊化開始温度」である。澱粉(a)の粘度は、糊化開始時点から一定時間にわたって急上昇し、粘度が4000cPを超えたところでピークをつけている。このピークに対応する澱粉の粘度が「糊化ピーク粘度」、温度が「糊化ピーク温度」である。そして、P1とピークとの間に位置する符号P2に対応する時間が、前記の「糊化開始30秒後から1分間」経過時点である。澱粉(a)は、P2における粘度とP1における粘度との差、すなわち初期粘度上昇幅が2000cP以下であり、本発明の範囲内のものである。一方、
図1のグラフにおける澱粉(a)以外の他の澱粉は、何れも初期粘度上昇幅が2000cPを超えており、本発明の範囲外のものである。
【0015】
澱粉は、グルコースがα-1,4結合で連なった直鎖状のアミロースとα-1,6結合を介して枝分かれ構造をもったアミロペクチンとの混合物であり、非加熱の生澱粉の状態においては、アミロースとアミロペクチンとが水素結合によって規則的に集合したミセル構造を有し、高度に結晶化した粒状をなしている。この生澱粉(澱粉粒)のミセル構造には水分子が入り込む余地はほとんどないが、生澱粉に水分を加えて加熱すると、熱エネルギーにより水素結合が切れてミセル構造が緩むため、ミセル構造に水分子が入り込む余地が生じ、澱粉粒は水和して次第に膨潤し、ある一定の温度(糊化ピーク温度)で一気に結晶構造が崩れ、糊状の糊化澱粉になる。また、この糊化澱粉を放置すると、時間経過に伴い澱粉分子が再び集合してミセル構造を形成し、凝集する。この現象を澱粉の老化という。生地加熱食品は通常、生地加熱後経時的に硬くなり、所謂ボソボソとした好ましくない食感となる品質劣化が起こるところ、この品質劣化の主原因は澱粉の老化に依ると考えられている。初期粘度上昇幅が2000cP以下であるヒドロキシプロピル化澱粉は、このような老化が起こりにくいものである。その理由は定かではないが、前記ヒドロキシプロピル化澱粉は、初期粘度上昇幅が2000cP以下であって糊化が比較的緩やかであり、これに起因して、部分的な偏りが少なく均一に糊化されやすく、冷却時にミセル構造を形成しにくいためと推察される。
【0016】
初期粘度上昇幅の調整は、原料澱粉に施すヒドロキシプロピル化処理の条件を調整することで実施できる。ヒドロキシプロピル化処理は、典型的には、原料澱粉、硫酸ナトリウム及び水をそれぞれ適量含むスラリーを調製し、該スラリーにアルカリ剤(水酸化ナトリウム等)及びプロピレンオキサイドを添加して所定の反応温度で所定時間反応させることにより行われるところ、例えば、硫酸ナトリウムの使用量、反応時間を適宜調整することで、当該ヒドロキシプロピル化処理を経て得られる澱粉の初期粘度上昇幅を調整することができる。前記「反応時間」は、原料澱粉のヒドロキシプロピル化処理に必要な薬剤(硫酸ナトリウム、プロピレンオキサイド、アルカリ剤等)が全て添加された反応系の温度(反応温度)を36~44℃に維持した時間を指す。
【0017】
初期粘度上昇幅2000cP以下を確実に実現する観点から、原料澱粉のヒドロキシプロピル化処理における硫酸ナトリウムの使用量は、原料澱粉100質量部に対して、好ましくは20~32質量部、より好ましくは24~28質量部である。
前記と同様の観点から、原料澱粉のヒドロキシプロピル化処理における前記反応時間は、好ましくは32~40時間、より好ましくは34~38時間であり、また、反応温度(前記スラリーの品温)は、好ましくは36~44℃、より好ましくは38~42℃である。
【0018】
本発明の加工澱粉(ヒドロキシプロピル化澱粉)は、初期粘度上昇幅が2000cP以下であることに加えて更に、糊化開始温度が54℃以下であることが好ましく、52℃以下がより好ましい。これにより、澱粉の老化耐性が一層向上し、これを用いた生地加熱食品の保存性が一層向上し得る。特に主原料としてタピオカ澱粉を用いたヒドロキシプロピル化澱粉は、生地加熱食品にもちもちとした食感を付与することができるところ、該ヒドロキシプロピル化澱粉の糊化開始温度が前記範囲にあることで、該ヒドロキシプロピル化澱粉を用いた生地加熱食品のもちもち感が長期間維持され得る。
【0019】
ヒドロキシプロピル化澱粉の糊化開始温度の調整は、ヒドロキシプロピル基の置換度(DS:Degree of Substitution)を調整することで実施できる。本明細書において「置換度」は、澱粉のグルコース残基1個当たりのヒドロキシプロピル基の数を意味する。一般に、ヒドロキシプロピル化澱粉におけるヒドロキシプロピル基の置換度を増加させた場合は、糊化開始温度は低下し、該置換度を減少させた場合は、糊化開始温度は上昇する。糊化開始温度を54℃以下として、初期粘度上昇幅2000cP以下を確実に実現する観点から、本発明の加工澱粉におけるヒドロキシプロピル基の置換度は、好ましくは0.13以上、より好ましくは0.15以上である。また、本発明の加工澱粉におけるヒドロキシプロピル基の置換度の上限は特に制限されないが、安定製造上の観点から、好ましくは0.22以下、より好ましくは0.20以下である。
【0020】
本発明の所定の効果を一層確実に奏させるようにする観点から、本発明の加工澱粉は、糊化ピーク粘度、糊化ピーク温度、糊化エネルギーがそれぞれ下記の範囲にあることが好ましい。糊化ピーク粘度、糊化ピーク温度及び糊化エネルギーは、それぞれ、下記方法により測定される。なお、一般に、澱粉の糊化ピーク温度及び糊化エネルギーは、下記の示差走査型熱量計を用いた測定方法の他に、前記のRVA分析法又はこれに準じた方法によっても測定できるが、本明細書における加工澱粉の糊化ピーク温度及び糊化エネルギーの値は、下記の示差走査型熱量計を用いた方法による測定値である。
・糊化ピーク粘度:好ましくは3000~6000cP、より好ましくは3500~5500cP
・糊化ピーク温度:好ましくは55~75℃、より好ましくは60~70℃
・糊化エネルギー:好ましくは4.5~7.0J/g、より好ましくは5.0~6.5J/g
【0021】
(糊化ピーク粘度の測定方法)
迅速粘度測定装置(ニューポート サイエンティフィク社製)を用い、該測定装置に付属のアルミ缶(測定対象物の収容容器)に供試澱粉(水分14質量%換算)3g及び蒸留水25mLを加えた後、さらにパドル(撹拌子)を入れ、該アルミ缶をタワーにセットし、該パドルを回転数160rpmで回転させながら該アルミ缶を加熱してその内容物(供試澱粉懸濁液)の温度を上昇させつつ該内容物の粘度を測定する。この供試澱粉懸濁液の加熱条件は、はじめに供試澱粉懸濁液の品温50℃を2分間保持した後、9分間で該品温を95℃まで上昇させ、同温度で4分間保持した後、4分間で該品温を50℃まで冷却させ、同温度で11分間保持する条件とする。そして、この加熱処理中の供試澱粉懸濁液の粘度測定値のピーク値を、供試澱粉の糊化ピーク粘度とする。
【0022】
(糊化ピーク温度及び糊化エネルギーの測定方法)
示差走査型熱量計(セイコー社製)を用い、供試澱粉の乾物重量10mgに対し40mgの蒸留水を加えてなる試料と、同量の蒸留水のみからなる比較対照とを用意し、両者を個別にアルミセルに収容した状態で25℃から140℃まで毎分5℃ずつ昇温させて、両者の吸熱エネルギーの差異を測定する。供試澱粉が糊化される時に生じる吸熱エネルギー(30℃から100℃の間に形成されるピーク)の頂点を糊化ピーク温度(℃)とし、また、該吸熱エネルギーの乾物1g当たりの糊化熱を糊化エネルギー(J/g)とする。
【0023】
ヒドロキシプロピル化澱粉において、糊化ピーク温度及び糊化エネルギーの調整は、糊化開始温度と同様に、ヒドロキシプロピル基の置換度を調整することで実施できる。置換度については前述したとおりである。一般に、ヒドロキシプロピル化澱粉におけるヒドロキシプロピル基の置換度を増加させた場合は、糊化ピーク温度及び糊化エネルギーがそれぞれ低下し、該置換度を減少させた場合は、糊化ピーク温度及び糊化エネルギーがそれぞれ上昇する。また、糊化ピーク粘度の調整は、加工前の原料澱粉の種類、ヒドロキシプロピル基の置換度、架橋度等を調整することで実施できる。
【0024】
本発明の加工澱粉は、初期粘度上昇幅等を前記特定範囲に調整する点を除き、基本的には常法に従って製造することができる。この種の加工澱粉は通常、原料澱粉を水性液中で粗砕きする磨砕工程、外皮等の繊維を除く篩工程、澱粉及び蛋白質が含有する懸濁液を両者の比重差によって分離して澱粉を分取する工程、ヒドロキシプロピル化処理や架橋処理等の化学的加工処理を行う工程、洗浄・脱水する工程、乾燥工程を経て製造される。本発明の加工澱粉の原料澱粉は特に制限されず、例えば、タピオカ澱粉、馬鈴薯澱粉、甘藷澱粉、小麦澱粉、コーンスターチ、米澱粉等が挙げられ、これらの1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0025】
本発明の加工澱粉は、タピオカ澱粉を主原料とすることが好ましい。これにより、本発明の加工澱粉を用いた生地加熱食品にもちもちとした食感を付与することが可能となり、前述した初期粘度上昇幅2000cP以下による作用効果(生地加熱食品の保存性向上効果)と相俟って、生地加熱食品のもちもち感が長期間維持され得る。前記の「タピオカ澱粉を主原料とする」とは、原料澱粉の全質量の50質量%以上がタピオカ澱粉であることを意味する。原料澱粉の全部がタピオカ澱粉であると、生地加熱食品のもちもち感が一層向上するため好ましい。
【0026】
本発明の加工澱粉は架橋処理されていてもよい。加工澱粉が架橋処理されていると、加工澱粉の澱粉粒が加熱によって崩壊する不都合が起こりにくくなるため、加工澱粉を含む生地を加熱(例えば、焼成、蒸煮、フライ)して得られる生地加熱食品の経時変化が極めて少なく老化耐性が向上し得る。架橋処理の種類は特に制限されないが、リン酸架橋処理が好ましい。リン酸架橋処理が施された本発明の加工澱粉は、ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉である。澱粉の架橋処理には、リン酸架橋以外にも例えばアジピン酸架橋等があるが、リン酸架橋は、生地加熱食品の風味に大きな影響を与えないという利点がある。澱粉のリン酸架橋は、常法に従って行うことができる。
【0027】
次に、本発明の生地加熱食品用ミックス(以下、単に「ミックス」とも言う。)について説明する。本発明のミックスは、少なくとも前記の本発明の加工澱粉を含有する。本発明のミックスの常温常圧下での形態は、典型的には、粉末状、顆粒状などの粉体である。
本発明のミックスにおける本発明の加工澱粉の含有量は、生地加熱食品の種類等に応じて適宜調整することができ特に制限されないが、該ミックスの全質量に対して、好ましくは5~80質量%、さらに好ましくは10~60質量%である。
【0028】
本発明のミックスは、典型的には、前記の本発明の加工澱粉に加えて更に穀粉を含有する。穀粉としては、生地加熱食品の製造に通常用いられるものを特に制限なく用いることができ、例えば、薄力粉、中力粉、強力粉等の小麦粉の他、ライ麦粉、大麦粉、そば粉、米粉、コーンフラワー等が挙げられ、これらの1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。本発明のミックスにおける穀粉の含有量は、生地加熱食品の種類等に応じて適宜調整することができ、特に制限されない。
【0029】
本発明のミックスの好ましい一実施形態として、「前記の本発明の加工澱粉に加えて更に小麦粉を含有し、該小麦粉と該加工澱粉を含めた該ミックス中の全澱粉との混合物のヒドロキシプロピル基の置換度が0.01を超えるミックス」が挙げられる。ここで言う「混合物のヒドロキシプロピル基の置換度」は、前記混合物に含有される小麦粉のヒドロキシプロピル基の置換度を0とし、該混合物に含有されるヒドロキシプロピル化澱粉(本発明の加工澱粉)のヒドロキシプロピル基の置換度と、該ヒドロキシプロピル化澱粉の該混合物に対する含有質量比とから算出されるもので、下記式によって算出される。
混合物のヒドロキシプロピル基の置換度=〔A/(A+B+C)〕×D
前記式中、Aは「当該混合物におけるヒドロキシプロピル化澱粉の含有質量」を指し、Bは「当該混合物における小麦粉の含有質量」を指し、Cは「当該混合物におけるヒドロキシプロピル化澱粉以外の他の澱粉の含有質量」を指し、Dは「当該混合物に含有される澱粉のヒドロキシプロピル基の置換度」を指し、Dに関しては以下が適用される。
・当該混合物に含有される澱粉の全部がヒドロキシプロピル化澱粉の場合、前記式中のDは、そのヒドロキシプロピル化澱粉のヒドロキシプロピル基の置換度である。
・当該混合物に含有される澱粉の一部のみがヒドロキシプロピル化澱粉の場合(当該混合物がヒドロキシプロピル化澱粉に加えて他の澱粉を含有する場合)、前記式中のDは、含有されるヒドロキシプロピル化澱粉と他の澱粉との含有質量比から相加平均して算出されるヒドロキシプロピル基の置換度である。
・当該混合物に含有される澱粉がヒドロキシプロピル化澱粉を含有しない場合、前記式中のDはゼロである。
ミックス中の前記混合物のヒドロキシプロピル基の置換度が0.01を超えることにより、該ミックスを用いて得られる生地加熱食品の食感の経時劣化が効果的に抑制され、製造直後の生地加熱食品の食感が長期間維持されるようになる。
前記混合物のヒドロキシプロピル基の置換度は、好ましくは0.010~0.075、より好ましくは0.020~0.065である。前記混合物のヒドロキシプロピル基の置換度は、本発明の加工澱粉のヒドロキシプロピル基の置換度、小麦粉と該加工澱粉との含有質量比等を適宜調整することにより調整可能である。
【0030】
前記混合物のヒドロキシプロピル基の置換度が前記の好ましい範囲に設定する観点、及び、本発明の加工澱粉が過剰に含有されることで懸念される不都合(生地加熱食品の外観不良等)を防止する観点から、本発明のミックスにおける小麦粉の含有量は、該ミックスに含有される澱粉(本発明の加工澱粉を含めた該ミックス中の全澱粉)100質量部に対して、好ましくは120~1200質量部、より好ましくは150~1000質量部である。
【0031】
本発明のミックスは酵素を含有していても良い。ミックス中に酵素を含有させることで、該ミックスを用いて得られる生地加熱食品の食感の経時劣化がより一層起こり難くなる。本発明のミックスにおいて酵素として好ましいものはリパーゼであり、特にホスホリパーゼが好ましい。
本発明のミックスにおける酵素の含有量は、該ミックスの全質量に対して、好ましくは0.1質量%以下、より好ましくは0.05質量%以下である。ミックスにおける酵素の含有量が多すぎると、該ミックスを用いて得られる生地加熱食品の口溶けが悪くなり、食感の低下を招くおそれがある。ミックスにおける酵素の含有量の下限については、極微量でも酵素の効果が得られるため特に制限されない。
【0032】
本発明のミックスには、前記成分(本発明の加工澱粉、穀粉、酵素)以外の他の成分を含有させることができる。この他の成分としては、例えば、本発明の加工澱粉以外の他の澱粉;炭酸水素ナトリウム(重曹)、ベーキングパウダー、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、塩化アンモニウム等の膨張剤又はイースト;サラダ油等の油脂類;砂糖等の糖類;全卵、卵白、卵黄等の卵類;牛乳、脱脂粉乳、バター等の乳製品;食塩等の塩類;乳化剤、増粘剤、酸味料、香料、香辛料、着色料、果汁、ビタミン類等の添加物等が挙げられ、これらの1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0033】
本発明の加工澱粉及びミックスは、生地加熱食品の製造に用いることができる。本発明において「焼成生地食品」とは、澱粉を含む原料粉に水分を加えて混合して調製した流動性を有する生地を焼成して形状を固定化した食品を指す。本発明が適用可能な生地加熱食品としては、ベーカリー食品、たこ焼き、お好み焼き等が挙げられる。
本発明において「ベーカリー食品」とは、穀粉を主原料とし、これに必要に応じてイースト又は膨張剤(ベーキングパウダー等)、水、食塩、砂糖などの副材料を加えて得られた発酵又は非発酵生地を、焼成、蒸し、フライ等の加熱処理に供して得られる食品を指す。本発明が適用可能なベーカリー食品としては、パン類;ピザ類;ケーキ類;ワッフル、シュー、ビスケット、どら焼き、焼き饅頭等の和洋焼き菓子;ドーナツ等の揚げ菓子を例示できる。パン類としては、食パン(例えばロールパン、白パン、黒パン、フランスパン、乾パン、コッペパン、クロワッサン、トルティーヤ等)、調理パン、菓子パン、蒸しパン等が挙げられる。ケーキ類としては、スポンジケーキ、バターケーキ、ロールケーキ、ホットケーキ、ブッセ、バームクーヘン、パウンドケーキ、チーズケーキ、スナックケーキ、マフィン、バー、クッキー、パンケーキ、クレープ等が挙げられる。
【0034】
本発明は、特にイースト菌による発酵をさせずに得られるベーカリー食品、すなわちイースト菌非発酵生地を加熱処理して得られるベーカリー食品に好適である。本発明の加工澱粉及びミックスを適用可能な、イースト菌発酵を必要としないベーカリー食品の具体例としては、例えば、マフィン、パウンドケーキ、パンケーキ、ホットケーキ等のケーキ類;鯛焼き、今川焼、どら焼き、ワッフル、クッキー、ビスケット、ドーナツ等が挙げられる。また、本発明の加工澱粉及びミックスは、イースト菌発酵を要するベーカリー食品にも適用可能であり、該ベーカリー食品の具体例としては、例えば、イーストドーナツ、カレーパン、餡ドーナツ、調理パン、菓子パン等が挙げられる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例を挙げて、本発明を更に詳細に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0036】
〔加工澱粉A~Hの製造〕
原料澱粉としてタピオカ澱粉を用いた。水120質量部に所定量の硫酸ナトリウム(Na2SO4)塩と、タピオカ澱粉100質量部とを加えてスラリーを調製した。前記スラリーを撹拌しつつ、これに濃度3質量%の水酸化ナトリウム水溶液30質量部と、所定量のプロピレンオキサイド(以下、「PO」とも言う。)とを添加し、40℃で所定時間反応させた後、塩酸で中和し、水洗、脱水、乾燥、乳鉢で粉砕後に、100メッシュの篩を通し、ヒドロキシプロピル化澱粉である加工澱粉A~Hを得た。加工澱粉A~Hについて、前記の初期粘度上昇幅、糊化開始温度をそれぞれ前記のRVA分析法によって測定した。その結果を、ヒドロキシプロピル化処理の条件(PO使用量、Na2SO4使用量、反応温度、反応時間)とともに下記表1に示す。
【0037】
【0038】
〔実施例A1~A5、比較例A1~A3、参考例A1~A12〕
加工澱粉A~Hの何れか1種を用いて、生地加熱食品用ミックスの一種であるマフィン用ミックスを製造した。製造したマフィン用ミックスの組成を下記表2、表3に示す。小麦粉として薄力粉を用い、酵素としてホスホリパーゼを用い、乳化剤としてグリセリン脂肪酸エステルを用いた。
【0039】
〔実施例B1~B5、比較例B1~B3、参考例B1~B12〕
加工澱粉A~Hの何れか1種を用いて、生地加熱食品用ミックスの一種である食パン用ミックスを製造した。製造した食パン用ミックスの組成を下記表4、表5に示す。小麦粉として強力粉を用い、酵素としてホスホリパーゼを用いた。
【0040】
〔製造例1:ケーキマフィンの製造〕
前記の実施例、比較例及び参考例のマフィン用ミックスのうちの何れか1種を用いた。マフィン用ミックス100質量部に、全卵40質量部、水20質量部、サラダ油35質量部を加えてミキシングし、生地を調製した。具体的には、市販の製パン用ミキサー(関東混合機株式会社製、商品名「HPi-20M」)におけるミキシングボウルに、全ての原料を投入し低速2分、高速2分でミキシングを行い、10分間のフロアタイムをとった後、グラシン紙に生地を40~50gずつ注下し、180℃にて25分間焼成してマフィンを製造した。
【0041】
〔製造例2:食パンの製造〕
前記の実施例、比較例及び参考例の食パン用ミックスのうちの何れか1種を用いた。食パン用ミックス100質量部に、イースト3質量部、全卵6質量部、ショートニング6質量部及び水60質量部を加えてミキシングし、生地を調製した。具体的には、市販の製パン用ミキサー(関東混合機株式会社製、商品名「HPi-20M」)におけるミキシングボウルに、前記ミックス100質量部、全卵6質量部及び水60質量部を投入し低速で3分間ミキシングを行った後、高速で5分間ミキシングを行い、更にショートニング6質量部を添加して低速で2分間ミキシングを行った後、高速で6分間混捏した(捏上温度27℃)。こうして得られた生地を、温度27℃、相対湿度75%の条件下で90分間発酵させた後、400gに分割して丸め、ベンチタイムを20分間とった後、食パン型に詰めた。そして、ホイロ(温度38℃、相対湿度85%の雰囲気下)を50分間行った後、温度220℃で30分間焼成して食パンを得た。
【0042】
〔評価試験〕
評価対象の生地加熱食品(ケーキマフィン、食パン)について、製造直後のものと冷蔵保管したものとを用意し、それぞれ、10名の専門パネラーに食してもらった。前記の「製造直後の生地加熱食品」は、製造直後の生地加熱食品を室温(約25℃)で1時間放置したものである。前記の「冷蔵保管した生地加熱食品」は、製造直後の生地加熱食品を室温(約25℃)で1時間放置した後、ポリ袋で包装して、庫内温度5℃の冷蔵庫に7日間保存したものである。そして、製造直後の生地加熱食品の食感を下記評価基準により評価してもらい、10名による評価点の算術平均値を、当該生地加熱食品の食感の評価とした。また、冷蔵保管した生地加熱食品の食感を下記評価基準により評価してもらい、10名による評価点の算術平均値を、当該生地加熱食品の保存性の評価とした。結果を下記表2~表5に示す。
【0043】
<食感の評価基準>
5点:柔らかく、強くしなやかなもちもち感で非常に良好。
4点:柔らかくしなやかなもち感で良好。
3点:しなやかなもち感でやや良好。
2点:やや硬くぼそぼそしたもち感でやや不良。
1点:硬くぼそぼそした食感でもち感が感じられず、不良。
<保存性の評価基準>
5点:製造直後のものと比較して食感が変わらず、もちもち感が十分にあり、非常に良好。
4点:製造直後のものと比較して食感にやや劣るが、もちもち感があり、良好。
3点:製造直後のものと比較して食感にやや劣り、もちもち感がやや足りないが、許容できるレベル。
2点:製造直後のものと比較して食感が不十分で、もちもち感に乏しく、やや不良。
1点:製造直後のものと比較して食感がかなり劣り、もちもち感が無く、非常に不良。
【0044】
【0045】
表2に示すとおり、各実施例のミックスは、使用した加工澱粉A~Eの初期粘度上昇幅が2000cP以下であるため、使用した加工澱粉F~Hの初期粘度上昇幅が2000cPを超える比較例のミックスに比べて、ケーキマフィンの製造直後の食感及び保存性に優れることがわかる。また、実施例どうしを対比すると、糊化開始温度が50~51℃の加工澱粉A~Cを用いた実施例A1~A3の方が、糊化開始温度が55℃以上の加工澱粉D~Eを用いた実施例A4~A5に比べて高評価であることから、加工澱粉の糊化開始温度は55℃未満がより好ましいことがわかる。
【0046】
【0047】
表3の参考例A1~A6どうしの対比から、ミックス中の全澱粉と全小麦粉との混合物のヒドロキシプロピル基の置換度は0.009を超えることが好ましいことがわかる。また、表3の参考例A7~A12どうしの対比から、ミックスにおける酵素の含有量は、該ミックスの全質量に対して0.00001質量%を超えて0.12質量%未満であることが好ましいことがわかる。
【0048】
【0049】
表4に示すとおり、食パンについても表2に示すケーキマフィンと同様の傾向が確認できた。
【0050】
【0051】
表5に示すとおり、食パンについても表3に示すケーキマフィンと同様の傾向が確認できた。特に、表5の参考例B1~B6どうしの対比から、ミックス中の全澱粉と全小麦粉との混合物のヒドロキシプロピル基の置換度は0.009を超えて0.079未満であることが好ましいことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明によれば、保存性に優れ、常温は勿論のこと、冷蔵温度帯でも長期保存が可能な生地加熱食品が得られる。
【要約】
本発明の生地加熱食品用加工澱粉は、ヒドロキシプロピル化処理され、且つ本願明細書に記載のRVA分析法において糊化開始30秒後から1分間での粘度上昇が2000cP以下である。本発明の生地加熱食品用加工澱粉の糊化開始温度は54℃以下が好ましい。本発明の生地加熱食品用加工澱粉はタピオカ澱粉を主原料とすることが好ましい。本発明によれば、保存性に優れ、常温は勿論のこと、冷蔵温度帯でも長期保存が可能な生地加熱食品が得られる。