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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-14
(45)【発行日】2023-11-22
(54)【発明の名称】電動機の制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/05 20060101AFI20231115BHJP
【FI】
H02P21/05
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2022578030
(86)(22)【出願日】2021-08-31
(86)【国際出願番号】 JP2021032028
(87)【国際公開番号】W WO2022162989
(87)【国際公開日】2022-08-04
【審査請求日】2023-04-19
(31)【優先権主張番号】P 2021012640
(32)【優先日】2021-01-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002365
【氏名又は名称】弁理士法人サンネクスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松尾 健太郎
【審査官】池田 貴俊
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/064946(WO,A1)
【文献】特開2007-6645(JP,A)
【文献】特開2016-82662(JP,A)
【文献】特開2016-32407(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 21/05
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基本波電圧指令値に加算する高調波電圧を回転子位相に同期した二相回転座標系上で演算する高調波電圧演算部と、
前記高調波電圧演算部における演算時の位相遅れを前記高調波電圧の高調波次数と基本波電圧の電気角周波数とに基づいて補償する高調波位相遅れ補償部と、を備えた電動機の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載された電動機の制御装置であって、
前記高調波電圧演算部によって演算された高調波電圧を回転子位相に同期した二相回転座標系上で前記基本波電圧指令値に加算する電動機の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
永久磁石同期電動機は、固定子が作る磁束と回転子が作る磁束が正弦波となるように設計されている。しかし、多くの電動機では固定子のティースの構造や、回転子の磁石の配置方法等により鎖交磁束に回転子位置(固定子から見た回転子の位相)に同期した高調波が重畳する。これにより鎖交磁束がひずむため、電動機のノイズやトルク脈動の原因となる。電動機を電気自動車に搭載する場合、車両の運転性や商品性が悪化する。
【0003】
鎖交磁束のひずみは、誘起電圧のひずみとして現れる。また、誘起電圧に含まれる高調波電圧は回転子の位相に同期して発生する。従って、回転子の位相をもとに逆位相の高調波電圧をインバータ(制御器)によって重畳することでひずみを抑制でき、電動機から生じるノイズやトルク脈動を抑制することができる。このような従来技術としては、例えば特許文献1に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国特開2004-032944号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
回転子の位相をもとに電圧指令値を生成する場合、回転子の位相を検出してからインバータの電圧に反映されるまでの遅れ時間を考慮する必要がある。遅れ時間の間に回転子の位相が進むためである。電流ベクトル制御では、電流制御器が生成した回転座標上での電圧指令値を固定座標上の電圧指令値に座標変換する際に、検出した回転子の位相の遅れを補償している。以降はこれをPWM位相遅れ補償と表現する。PWM位相遅れ補償は基本波電圧に対しての補償であり、制御器で重畳する高調波電圧に対しては機能しない。
【0006】
特許文献1に記載の発明は、逆位相の高調波電圧を回転子の位相をもとに演算し、二相の固定座標上の電圧指令値へ重畳する技術である。しかし、制御器で重畳する高調波電圧に対するPWM位相遅れ補償が存在しない。従って、電動機の速度が高い場合には高調波電圧を正しく重畳することが難しい。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、電動機から生じるノイズやトルク脈動を抑制するために制御器で重畳する逆位相の高調波電圧を、位相遅れなく重畳することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで本発明に係る電動機の制御装置は、基本波電圧指令値に加算する高調波電圧を回転子位相に同期した二相回転座標系上で演算する高調波電圧演算部と、前記高調波電圧演算部における演算時の位相遅れを前記高調波電圧の高調波次数と基本波電圧の電気角周波数とに基づいて補償する高調波位相遅れ補償部と、を備える。
【発明の効果】
【0009】
電動機から生じるノイズやトルク脈動を抑制するために制御器で重畳する逆位相の高調波電圧を、位相遅れなく重畳することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】電力変換装置の概略回路構成を示す図である。
図2】コントローラ104の従来処理を説明する処理ブロック図である。
図3】PWM位相遅れ補償の原理を示す図である。
図4】高調波重畳器211の処理ブロック図である。
図5】コントローラ104の従来処理でのシミュレーション波形である。
図6】コントローラ104の本発明での処理を説明する処理ブロック図である。
図7】コントローラ104の本発明での処理でのシミュレーション波形である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明に係る電力変換装置の実施の形態について説明する。なお、各図において同一要素については同一の符号を記し、重複する説明は省略する。
【0012】
図1は、電力変換装置の概略回路構成を示す図である。図1において、電動機102の電力変換装置は、主にインバータ101、バッテリ103、コントローラ104などから構成される。インバータ101は、三相電圧形2レベルインバータである。
【0013】
電動機102は、電動車両システムの駆動機構と接続されており、電動機102が回転することにより車両を推進させる。本実施例の電動機102は交流電動機であり、三相埋込磁石形同期電動機(IPMSM)である。電動機102は図示しない回転子に設けられた永久磁石から発生する磁束と、電機子に固定された三相巻線105、106、107に流れる電流iu、iv、iwにより発生する磁界との相互作用により動作する。iu、iv、iwはそれぞれU相電流、V相電流、W相電流である。なお本実施例では永久磁石同期電動機を用いて説明するが、巻線界磁同期電動機などの他の同期電動機であっても本発明は成立する。
【0014】
電動機102は磁極位置センサ108を備える。磁極位置センサ108は電動機102の回転子の磁極位置を固定子に対する位相として検出する機能を有する。磁極位置センサ108は回転子位相109(θ)を出力し、回転子位相109はコントローラ104に入力される。回転子位相109(θ)についてのコントローラ104における処理は図2を用いて後述する。磁極位置センサ108としては、レゾルバ、ロータリーエンコーダ、アブソリュートエンコーダなどによって構成することができる。
【0015】
電流センサ110は巻線105、106、107に流れる電流を検出し、それに基づいてU相電流センサ信号111(電流iuを示す信号)、V相電流センサ信号112(電流ivを示す信号)、W相電流センサ信号113(電流iwを示す信号)を出力し、コントローラ104に入力する。電流センサ信号111、112、113のコントローラ104における処理も図2を用いて後述する。
【0016】
インバータ101は、スイッチング素子114、115、116、117、118、119と還流ダイオード120、121、122、123、124、125を含む。本実施例のスイッチング素子114~119は、Si-IGBTであり、ゲート端子、コレクタ端子、エミッタ端子を含む。還流ダイオード120~125は、スイッチング素子114~119のそれぞれのコレクタ端子とエミッタ端子との間に接続される。還流ダイオード120~125は、スイッチング素子114~119のコレクタ端子がエミッタ端子より高電位となる場合、還流ダイオード120~125を通じて電流を流し、スイッチング素子114~119に高い逆電圧がかかることを防止する。ただし、Si-IGBTと還流ダイオードとの組み合わせに限られず、その他の半導体素子によってインバータ回路を構成してもよい。
【0017】
スイッチング素子114~119のオンとオフの切替えは、それぞれのスイッチング素子114~119のゲート端子に接続されるゲートドライブ信号126、127、128、129、130、131によって行われる。それぞれのゲートドライブ信号126~131の元になるゲート信号132は、コントローラ104により生成されゲートドライブ回路135に出力される。ゲートドライブ回路135は、ゲート信号132をスイッチング素子114、115、116、117、118、119のオンとオフの切り替えに必要な電位に変換して、ゲートドライブ信号126、127、128、129、130、131を出力する。コントローラ104におけるゲート信号132の生成は図2を用いて後述する。
【0018】
スイッチング素子114のエミッタ端子とスイッチング素子115のコレクタ端子は互いに接続され、その接続点は巻線105に接続され電流iuを流す。スイッチング素子116のエミッタ端子とスイッチング素子117のコレクタ端子は互いに接続され、その接続点は巻線106に接続され電流ivを流す。スイッチング素子118のエミッタ端子とスイッチング素子119のコレクタ端子は互いに接続され、その接続点は巻線107に接続され電流iwを流す。スイッチング素子114、116、118のコレクタ端子は互いに接続されて高電位DC配線133に接続される。また、スイッチング素子115、117、119のエミッタ端子は互いに接続されて低電位DC配線134に接続される。
【0019】
これによりコントローラ104は、生成したゲート信号132をもとにスイッチング素子114、115、116、117、118、119のオンとオフを適切なタイミングで行い、巻線105、106、107に流れる電流iu、iv、iwを制御し電動機102の回転制御を実現する。ゲート信号132は電流iu、iv、iwが互いに120度位相の異なる正弦波状の信号になるようPWM(パルス幅変調)信号の形態を成す。
【0020】
電圧センサ136は、高電位DC配線133と低電位DC配線134に接続され、これらの電位差を検出する。高電位DC配線133と低電位DC配線134の電位差は通常例えば100V以上の高電圧であるため、電圧センサ136はコントローラ104が検出可能な低電圧に変換したDC電圧センサ信号137(Vdc)を生成しコントローラ104に入力する。
【0021】
インバータ101に含まれる平滑コンデンサ138は、高電位DC配線133と低電位DC配線134の間に接続される。平滑コンデンサ138は、スイッチング素子114~119のスイッチング動作により発生するDC電圧の脈動を抑制する働きがある。
【0022】
バッテリ103は、バッテリ103の高電位側の端子と高電位DC配線133とが接続され、バッテリ103の低電位側の端子と低電位DC配線134とが接続される。これにより、インバータ101や電動機102に電力を供給する直流電源として機能する。
【0023】
コントローラ104には、例えばECU(Electronic Control Unit)などの車両の上位コントローラから与えられるトルク指令139(T*)が入力される。このトルク指令139(T*)をもとにコントローラ104は電動機102のトルク制御を行う。また、図1には図示されていないが、コントローラ104には、電動機102の回転子温度が入力される。回転子温度は、温度センサにより検出することが望ましいが、公知の方法によって推定された温度を用いる構成としてもよい。
【0024】
図2は、コントローラ104の従来処理を説明する処理ブロック図である。図2において、コントローラ104の処理ブロックは、電流指令演算部201、三相二相変換部202、電流制御部203、二相三相変換部204、速度演算部205、PWMゲート制御信号生成部(制御信号生成部)206、偏差算出器207、偏差算出器208、PWM位相遅れ補償器209、高調波重畳器211を含む。電流指令演算部201、三相二相変換部202、電流制御部203、二相三相変換部204、偏差算出器207及び偏差算出器208により、三相電圧指令値生成部が形成される。
【0025】
コントローラ104は、電動機102に三相の電流iu、iv、iwを流して回転制御を行うが、コントローラ104の内部では三相の固定座標から、d軸とq軸で表される回転子位相に同期した二相の回転座標に変換した座標系にて処理する、いわゆる電流ベクトル制御方式の手法が用いられる。
【0026】
電流指令演算部201は、d軸電流指令値id*及びq軸電流指令値iq*を算出する。電流指令演算部201にはトルク指令139(T*)と、回転角速度ωと、DC電圧センサ信号137(Vdc)とが入力され、d軸電流指令値id*及びq軸電流指令値iq*が演算される。回転角速度ωは、回転子位相109(θ)をもとに速度演算部205で演算される。
【0027】
三相二相変換部202は、電流センサ信号111(iu)、112(iv)、113(iw)について、回転子位相109(θ)の情報をもとにd軸及びq軸への座標変換を行い、d軸検出電流idとq軸検出電流iqを出力する。
【0028】
偏差算出器207は、電流指令演算部201から出力されるd軸電流指令値id*と三相二相変換部202から出力されるd軸検出電流idとの偏差を演算し、d軸電流偏差Δidを電流制御部203に出力する。偏差算出器208は、電流指令演算部201から出力されるq軸電流指令値iq*と三相二相変換部202から出力されるq軸検出電流iqの偏差を演算し、q軸電流偏差Δiqを電流制御部203に出力する。
【0029】
電流制御部203は、目標値である指令値と出力値である測定値との偏差を示すd軸電流偏差Δidとq軸電流偏差Δiqとがゼロになるようにフィードバック制御を行い、出力値を更新するために電圧指令であるd軸電圧指令Vd*とq軸電圧指令Vq*を演算し出力する。電流制御部203におけるフィードバック制御は例えばPI制御で行われる。
【0030】
加算器212は、Vd*と、後述する高調波重畳器211から出力されるVdhrm*を加算し、新しいd軸電圧指令値Vd**を出力する。加算器213は、Vq*と後述する高調波重畳器211から出力されるVqhrm*を加算し、新しいq軸電圧指令値Vq**を出力する。
【0031】
Vd**およびVq**は、二相三相変換部204に入力され、補正後回転子位相210(θdelay)をもとに三相電圧指令値Vu*、Vv*、Vw*を演算し出力する。
【0032】
二相三相変換部204に入力される補正後回転子位相210(θdelay)は、PWM位相遅れ補償器209により式(1)、式(2)のように演算される。
θdelay=θ+ω×Tdelay ・・・(1)
Tdelay=Ts[n]+0.5Ts[n+1] ・・・(2)
ただし、式(1)、式(2)において、Tdelayは制御遅れ時間、Ts[n]は現在の制御周期(キャリア周期)、Ts[n+1]は次回割り込み時の制御周期である。
【0033】
ここで本発明に関わる技術である、PWM位相遅れ補償について説明する。PWM位相遅れ補償は、回転子位相に同期した回転座標上の電圧指令値をUVW固定座標上の値に変換する際に、制御遅れ時間の間に進んだ回転子位相を推定して座標変換を行う機能である。以下、制御遅れ時間が生じる理由と補償の方法について解説する。
【0034】
図3は横軸を時間としたときの、コントローラ4の動作タイミング(相電流および回転子位相の検出と電流制御、PWM duty更新)と回転子位相の関係および制御遅れ時間の一例を表している。ただし、PWM duty算出に用いるDC電圧センサ信号137(Vdc)の検出タイミングは省略している。図3で示す通り、相電流と回転子位相の検出に対し、PWM dutyの更新タイミングは現在の制御周期Ts[n]だけ遅れる。また、次回割り込み時の制御周期Ts[n+1]の期間中PWMdutyは一定であり、この期間中の平均のPWM dutyを設定する必要がある。従って、相電流および回転子位相の検出からPWM duty更新までの制御遅れ時間Tdelayは前述した式(2)で表される。
【0035】
回転角速度ωの変化が遅く、制御遅れ時間Tdelayの間に変化しないとすれば、Tdelay間に進む回転子位相差θdiffは式(3)のように計算できる。
【0036】
θdiff=ω×Tdelay ・・・(3)
検出した回転子位相θにθdiffを加算することで、PWM duty更新時の回転子位相θdelayを式(1)のように推定できる。以上がPWM位相遅れ補償の原理である。
【0037】
PWMゲート制御信号生成部(制御信号生成部)206は、三相電圧指令値Vu*、Vv*、Vw*とVdcによりPWM dutyを演算する。そして、PWM dutyと図示しないキャリア搬送波との比較により、PWM信号である6本のゲート信号132を生成しゲートドライブ回路135に出力する。
【0038】
図4は高調波重畳器211の処理ブロック図である。式(4)、式(5)の演算によりd軸高調波電圧指令値Vdhrm*とq軸高調波電圧指令値Vqhrm*を出力する。
Vdhrm*=Σ(Adi×SIN(ni(θ+Φi)) ・・・(4)
Vqhrm*=Σ(Aqi×SIN(ni(θ+Φi)) ・・・(5)
ただし、式(4)、式(5)において、Adiはd軸高調波電圧振幅、Aqiはq軸高調波電圧振幅、niは高調波次数、Φiは高調波電圧位相である。また、iは1~mの整数である。Vdhrm*とVqhrm*は複数次数の高調波電圧を合成した信号となっており、電動機の誘起電圧に含まれる高調波電圧に応じて、重畳する高調波電圧を選択する。また、誘起電圧に含まれる高調波電圧は、主に固定座標上で6n±1次(nは0を除く自然数、三相平衡の場合)であり、回転子位相に同期した回転座標上では6n次となる。従って、重畳する高調波は6n次を選択すればよい。
【0039】
Adi、AqiおよびΦiは誘起電圧に重畳する高調波電圧を打ち消すように設定する。これらの値は一定値ではなく、トルクや電流、回転数などに依存して、ルックアップテーブル等で変更する構成としてもよい。
【0040】
以上がコントローラ4の従来処理である。ここで、従来処理の課題について説明する。
【0041】
図5は、図2で示したコントローラ104の従来処理において、q軸のみに高調波電圧を重畳した際のU相電流iuとq軸高調波電圧Vqhrmの波形(シミュレーション波形)を示している。理想状態での波形を点線で、従来制御での波形を点線で表している。また、低回転と高回転を比較するため、300rpmと3000rpmの二つの結果を比較している。理想状態は連続系での解析結果を示している。従来制御は比較を容易にするため、インバータのPWM制御を模擬せず、離散制御による遅れを考慮したモデルによりシミュレーションを行った。制御周期は10kHzである。
【0042】
低回転である300rpmの場合、従来制御のq軸高調波電圧は理想状態に対して遅れがあるものの、大きな遅れは生じていない。そのため、U相電流には理想状態と従来制御で大きな差が生じていないことがわかる。一方、高回転である3000rpmでは、従来制御のq軸高調波電圧は理想状態に対して大きく遅れているため、U相電流にも大きな差が生じていることがわかる。
【0043】
このように、制御器で重畳する高調波電圧に対するPWM位相遅れ補償が存在しない場合、電動機が高速になるにつれて重畳すべき高調波電圧を正しく重畳できなくなる。これにより電動機から生じるノイズやトルク脈動を抑制することができなくなるばかりか、遅れ位相の大きさによってはノイズやトルク脈動を増幅させる可能性もある。
【0044】
図6は、コントローラ104の本発明での処理を説明する処理ブロック図である。図6は、図2に対し、高調波位相遅れ補償部601を追加した構成となっている。
【0045】
図3で説明した通り、回転子位相を検出してから、電圧指令に反映されるまでにはTdelayだけ遅れる。n次高調波の位相は基本波に対してn倍進むので、n次高調波がTdelayの間に進む位相θdiffnは式(6)となる。
θdiffn=n×ω×Tdelay ・・・(6)
高調波位相遅れ補償部601は、重畳する高調波の位相をθdiffnだけ進めることで、高調波に対する位相遅れを補償している。また、式(4)、(5)を高調波に対する位相遅れ補償を考慮して表すと下記となる。
Vdhrm*=Σ(Adi×SIN(ni(θ+ω×Tdelay+Φi)) ・・・(7)
Vqhrm*=Σ(Aqi×SIN(ni(θ+ω×Tdelay+Φi)) ・・・(8)
上記式は(1)式を用いて下記のように変形できる。
Vdhrm*=Σ(Adi×SIN(ni(θdelay+Φi)) ・・・(9)
Vqhrm*=Σ(Aqi×SIN(ni(θdelay+Φi)) ・・・(10)
(9)、(10)式より、実際の実装では図4における入力θを、PWM位相遅れ補償器209の出力θdelayに置き換えることで、高調波に対する位相遅れ補償を実現できる。
【0046】
上記のように演算されたVdhrm*およびVqhrm*は、それぞれ回転座標上でdq軸電圧指令に加算され、二相三相変換部204により三相電圧指令値に変換される。
【0047】
この構成では、重畳する高調波電圧指令に対して、高調波位相遅れ補償部601による位相遅れ補償と、二相三相変換部204およびPWM位相遅れ補償器209での位相遅れ補償が二重に行われることになる。この原理について以下で説明する。
【0048】
重畳する高調波電圧Vdhrm、Vqhrmを次の式(11)、(12)で表す。
Vdhrm=Ad×SIN(n(θ+Φ)) ・・・(11)
Vqhrm=Aq×SIN(n(θ+Φ)) ・・・(12)
高調波重畳後の相電圧Vu,Vv、Vwは以下のように表せる。
Vu=Ad×SIN(n(θ+Φ))×COSθ - Aq×SIN(n(θ+Φ))×SINθ ・・・(13)
Vv=Ad×SIN(n(θ+Φ))×COS(θ-2π/3) - Aq×SIN(n(θ+Φ))×SIN(θ-2π/3) ・・・(14)
Vw=Ad×SIN(n(θ+Φ))×COS(θ+2π/3)-Aq×SIN(n(θ+Φ))×SIN(θ+2π/3) ・・・(15)
式(13)において、Ad×SIN(n(θ+Φ))やAq×SIN(n(θ+Φ))は重畳する高調波を表し、それらの後ろの項は座標変換の項を表している。式(14)、(15)においても同様である。高調波計算と座標変換に用いるθは、インバータの電圧が反映されるときのθを使用して計算する必要がある。すなわちそれぞれの計算に対し位相遅れ補償が必要となる。
【0049】
従って、高調波位相遅れ補償部601による位相遅れ補償と、二相三相変換部204およびPWM位相遅れ補償器209での位相遅れ補償が必要となる。
【0050】
図7は、図6で示したコントローラ104の本発明での処理において、q軸のみに高調波電圧を重畳した際のU相電流iuとq軸高調波電圧Vqhrmの波形(シミュレーション波形)を示している。シミュレーション条件は図5で示したものと同様である。
【0051】
300rpmおよび3000rpmいずれの場合も、本発明の制御のq軸高調波電圧は理想状態に対して遅れは発生していない。そのため、U相電流には離散化誤差による差はあるものの、理想状態と本発明の制御で大きな差が生じていないことがわかる。
【0052】
以上のように本発明に係る電動機の制御装置は、基本波電圧指令値に加算する高調波電圧を回転子位相に同期した二相回転座標系上で演算する高調波電圧演算部と、前記高調波電圧演算部における演算時の位相遅れを前記高調波電圧の高調波次数と基本波電圧の電気角周波数とに基づいて補償する高調波位相遅れ補償部と、を備える。これによって電動機から生じるノイズやトルク脈動を抑制するために制御器で重畳する逆位相の高調波電圧を、位相遅れなく重畳することが可能となる。
【0053】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。
【符号の説明】
【0054】
101:インバータ、102:電動機、103:バッテリ、104:コントローラ、105~107:三相巻線、108:磁極位置センサ、109:回転子位相、110:電流センサ、111:U相電流センサ信号、112:V相電流センサ信号、113:W相電流センサ信号、114~119:スイッチング素子、120~125:IGBT、126~131:ゲートドライブ信号、132:ゲート信号、133:高電位DC配線、134:低電位DC配線、135:ゲートドライブ回路、136:電圧センサ、137:DC電圧センサ信号、138:平滑コンデンサ、139:トルク指令、201:電流指令演算部、202:三相二相変換部、203:電流制御部、204:二相三相変換部、205:速度演算部、206:PWMゲート制御信号生成部(制御信号生成部)、207:偏差算出器、208:偏差算出器、209:PWM位相遅れ補償器、211:高調波重畳器、601:高調波位相遅れ補償部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7