(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-16
(45)【発行日】2023-11-27
(54)【発明の名称】ラマン分光スペクトル解析装置及びラマン分光スペクトル解析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20231117BHJP
【FI】
G01N21/65
(21)【出願番号】P 2021520735
(86)(22)【出願日】2020-05-13
(86)【国際出願番号】 JP2020019170
(87)【国際公開番号】W WO2020235426
(87)【国際公開日】2020-11-26
【審査請求日】2023-03-27
(31)【優先権主張番号】P 2019093865
(32)【優先日】2019-05-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【氏名又は名称】新居 広守
(74)【代理人】
【識別番号】100137235
【氏名又は名称】寺谷 英作
(74)【代理人】
【識別番号】100131417
【氏名又は名称】道坂 伸一
(72)【発明者】
【氏名】永冨 謙司
(72)【発明者】
【氏名】祖父江 靖之
(72)【発明者】
【氏名】橋本谷 磨志
(72)【発明者】
【氏名】北川 雄介
【審査官】嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-096698(JP,A)
【文献】特開昭48-053788(JP,A)
【文献】特開昭49-015488(JP,A)
【文献】特開2000-314703(JP,A)
【文献】特表2008-507685(JP,A)
【文献】特表2007-534955(JP,A)
【文献】特開2006-250655(JP,A)
【文献】特開2000-146839(JP,A)
【文献】特表2001-521280(JP,A)
【文献】特開2007-248280(JP,A)
【文献】特開2014-126404(JP,A)
【文献】特表2018-529125(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2012-0114933(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-G01N 21/83
G01J 3/00-G01J 3/52
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
Science Direct
ACS PUBLICATIONS
Scitation
APS Journals
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定物に励起光を照射する光源と、
光を分光することにより前記光のスペクトルを測定する分光計と、
前記分光計と接続されたプロセッサと、
を備え、
前記分光計は、前記光源から照射された前記励起光のスペクトルを取得し、かつ、前記励起光の照射により前記被測定物から散乱された散乱光のスペクトルを測定する測定部を備え、
前記プロセッサは、前記励起光のスペクトルと前記散乱光のスペクトルとの相関度を算出し、算出された前記相関度に基づいて前記散乱光のスペクトルを解析する解析部を備える、
ラマン分光スペクトル解析装置。
【請求項2】
前記光源は、発光中心波長の異なる複数の発光スペクトルピークを持つ光を発振する、
請求項1に記載のラマン分光スペクトル解析装置。
【請求項3】
前記測定部は、前記励起光のスペクトルの測定中、測定前、又は、測定後に、前記励起光の波長帯域を含む前記散乱光のスペクトルを測定することにより、前記励起光のスペクトルを取得する、
請求項1又は2に記載のラマン分光スペクトル解析装置。
【請求項4】
前記解析部は、少なくとも前記相関度の算出に先んじて、前記励起光のスペクトルの品質判定を行い、
前記プロセッサは、さらに、前記励起光の品質が所定の品質よりも低いと判定された場合に、前記励起光のスペクトルの取得及び前記散乱光のスペクトルの測定を前記測定部に実行させる制御部を備え、
前記解析部は、前記制御部が前記測定部に実行させることにより得られた、前記励起光のスペクトルと前記散乱光のスペクトルとの相関度に基づいて前記散乱光のスペクトルを解析する、
請求項1~3のいずれか一項に記載のラマン分光スペクトル解析装置。
【請求項5】
前記測定部は、前記励起光のスペクトルの取得と前記散乱光のスペクトルの測定とを複数回実行し、
前記解析部は、前記励起光のスペクトルと前記散乱光のスペクトルとの相関度をそれぞれ算出し、算出された複数の相関度のうち、ピーク強度の高い相関度を選択して、選択された前記相関度に基づいて前記散乱光のスペクトルを解析する、
請求項1~4のいずれか一項に記載のラマン分光スペクトル解析装置。
【請求項6】
前記光源は、発光素子を備え、前記発光素子の温度、前記発光素子に導通させる電流量、前記励起光の周波数、及び、前記光源に対する外部共振器の取り付け位置のうちの少なくとも1つのパラメータに基づき、前記発光素子から発せられる前記励起光の発振状態を変化させることにより前記励起光のスペクトルを変化させる、
請求項1~5のいずれか一項に記載のラマン分光スペクトル解析装置。
【請求項7】
前記解析部は、前記散乱光のスペクトルの解析では、前記被測定物に含まれる複数種類の成分を分析する、
請求項1~6のいずれか一項に記載のラマン分光スペクトル解析装置。
【請求項8】
被測定物に励起光を照射する照射ステップと、
前記被測定物に照射された前記励起光のスペクトルを取得し、かつ、前記励起光の照射により前記被測定物から散乱された散乱光のスペクトルを測定する測定ステップと、
前記励起光のスペクトルと前記散乱光のスペクトルとの相関度を算出し、算出された前記相関度に基づいて前記散乱光のスペクトルを解析する解析ステップと、
を含む、
ラマン分光スペクトル解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ラマン分光スペクトル解析装置及びラマン分光スペクトル解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
複数種類の物質を含む試料中から特定物質の濃度を測定する技術として、ラマン分光法がある。ラマン分光法は、分子及び結晶がその構造に応じた特有の振動エネルギーを持つため、物質に光を入射したときに物質から散乱された光(いわゆる、ラマン散乱光)が入射された光の波長と異なる波長を有するという現象を応用したものであるため、特定物質の選択性に優れている。
【0003】
しかしながら、照射する光と試料の種類によっては、蛍光発光を伴うことがある。蛍光発光は、照射する光の波長よりも長い波長で発光する。特に、ストークスラマン散乱光を測定する場合、照射する光の波長よりも長い波長帯域におけるラマン光のスペクトルを測定するため、ストークスラマン散乱光のスペクトルと蛍光のスペクトルとが重なることがある。
【0004】
そのため、ラマン分光法によって測定されたスペクトルから蛍光の影響を簡便に取り除く方法が求められている。例えば、特許文献1には、2つの異なる波長の励起光をそれぞれ測定対象物に照射してラマンスペクトルを測定し、差分スペクトルを導出する方法が開示されている。また、例えば、特許文献2には、予め設定された2つの異なる波長の励起光をそれぞれ測定対象物に照射し、測定対象物から放たれたラマン散乱光を含む放射光から特定波長帯域の光を選択し、選択された光のピーク強度の差分を算出する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】米国特許出願公開第2008/0204715号明細書
【文献】特開2015-148535号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の従来技術は、励起光の波長をシフトさせて、異なる2つの波長の励起光を照射させるため、2回測定する必要があり、手間がかかる。また、特許文献2に記載の従来技術は、測定対象物に応じて選択する波長帯域を予め決定する必要があり、さらに、選択する波長帯域の光の強度に差が生じるように励起光の波長をシフトさせる必要があるため、手間がかかる。
【0007】
そこで、本開示は、ラマン分光法によって測定されたスペクトルから蛍光の影響を簡便に取り除くことができるラマン分光スペクトル解析装置及びラマン分光スペクトル解析方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置は、被測定物に励起光を照射する光源と、光を分光することにより前記光のスペクトルを測定する分光計と、前記分光計と接続されたプロセッサと、を備え、前記分光計は、前記光源から照射された前記励起光のスペクトルを取得し、かつ、前記励起光の照射により前記被測定物から散乱された散乱光のスペクトルを測定する測定部を備え、前記プロセッサは、前記励起光のスペクトルと前記散乱光のスペクトルとの相関度を算出し、算出された前記相関度に基づいて前記散乱光のスペクトルを解析する解析部を備える。
【0009】
また、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析方法は、被測定物に励起光を照射する照射ステップと、前記被測定物に照射された前記励起光のスペクトルを取得し、かつ、前記励起光の照射により前記被測定物から散乱された散乱光のスペクトルを測定する測定ステップと、前記励起光のスペクトルと前記散乱光のスペクトルとの相関度を算出し、算出された前記相関度に基づいて前記散乱光のスペクトルを解析する解析ステップと、を含む。
【0010】
なお、これらの包括的又は具体的な態様は、システム、装置、方法、集積回路、コンピュータプログラム、又は、コンピュータ読み取り可能なCD-ROMなどの非一時的な記録媒体で実現されてもよく、システム、装置、方法、集積回路、コンピュータプログラム、及び、記録媒体の任意な組み合わせで実現されてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、ラマン分光法によって測定されたスペクトルから蛍光の影響を簡便に取り除くことができるラマン分光スペクトル解析装置及びラマン分光スペクトル解析方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、実施の形態に係るラマン分光スペクトル解析装置の機能構成の一例を示すブロック図である。
【
図2】
図2は、実施の形態に係るラマン分光スペクトル解析方法の一例を示すフローチャートである。
【
図3】
図3は、
図2に示す解析ステップの詳細なフローを示すフローチャートである。
【
図4】
図4は、実験例1及び実験例2における励起光のスペクトルを示す図である。
【
図5】
図5は、実験例1及び実験例2における散乱光のスペクトルを示す図である。
【
図6】
図6は、実験例1及び実験例2における相関スペクトルを示す図である。
【
図7】
図7は、実験例3及び実験例4における励起光のスペクトルを示す図である。
【
図8】
図8は、実験例3及び実験例4における散乱光のスペクトルを示す図である。
【
図9】
図9は、実験例3及び実験例4における相関スペクトルを示す図である。
【
図10】
図10は、実施例1における励起光のスペクトルを示す図である。
【
図11】
図11は、実施例1における散乱光のスペクトル及び相関スペクトルを示す図である。
【
図12】
図12は、実施例1における相関スペクトルと、ZnDTPのFTIRスペクトルとを示す図である。
【
図13】
図13は、本開示に係るラマン分光スペクトル解析装置を備えるラマン分光スペクトル解析システムの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本開示の一態様の概要は、以下の通りである。
【0014】
本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置は、被測定物に励起光を照射する光源と、光を分光することにより前記光のスペクトルを測定する分光計と、前記分光計と接続されたプロセッサと、を備え、前記分光計は、前記光源から照射された前記励起光のスペクトルを取得し、かつ、前記励起光の照射により前記被測定物から散乱された散乱光のスペクトルを測定する測定部を備え、前記プロセッサは、前記励起光のスペクトルと前記散乱光のスペクトルとの相関度を算出し、算出された前記相関度に基づいて前記散乱光のスペクトルを解析する解析部を備える。
【0015】
これにより、散乱光のスペクトルのうち、励起光のスペクトルが所定の波数シフトしたピーク(ラマンピーク)が強調され、励起光のスペクトルと相関のないピークは抑圧される。そのため、相関度は、蛍光などのノイズの影響を取り除いた散乱光のスペクトルを表している。したがって、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置によれば、ラマン分光法によって測定されたスペクトル(いわゆる、散乱光のスペクトル)から蛍光の影響を簡便に取り除くことができる。
【0016】
例えば、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置では、前記光源は、発光中心波長の異なる複数の発光スペクトルピークを持つ光を発振してもよい。
【0017】
これにより、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置によれば、光源から発振される励起光のスペクトルの形状に基づく相関度の算出精度が向上される。
【0018】
例えば、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置では、前記測定部は、前記励起光のスペクトルの測定中、測定前、又は、測定後に、前記励起光の波長帯域を含む前記散乱光のスペクトルを測定することにより、前記励起光のスペクトルを取得してもよい。
【0019】
これにより、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置によれば、散乱光のスペクトルの測定時に励起光のスペクトルを取得することができるため、相関度の算出精度が向上される。
【0020】
例えば、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置では、前記解析部は、少なくとも前記相関度の算出に先んじて、前記励起光のスペクトルの品質判定を行い、前記プロセッサは、さらに、前記励起光の品質が所定の品質よりも低いと判定された場合に、前記励起光のスペクトルの取得及び前記散乱光のスペクトルの測定を前記測定部に実行させる制御部を備え、前記解析部は、前記制御部が前記測定部に実行させることにより得られた、前記励起光のスペクトルと前記散乱光のスペクトルとの相関度に基づいて前記散乱光のスペクトルを解析してもよい。
【0021】
これにより、所定の品質以上の励起光を測定に使用することができる。また、所定の品質に満たない励起光を測定に使用せざるを得ない場合でも、相関度の計算による解析を行うことができる。そのため、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置によれば、相関度の算出精度が向上される。
【0022】
例えば、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置では、前記測定部は、前記励起光のスペクトルの取得と前記散乱光のスペクトルの測定とを複数回実行し、前記解析部は、前記励起光のスペクトルと前記散乱光のスペクトルとの相関度をそれぞれ算出し、算出された複数の相関度のうち、ピーク強度の高い相関度を選択して、選択された前記相関度に基づいて前記散乱光のスペクトルを解析してもよい。
【0023】
これにより、例えば、測定時に励起光の状態が不安定になったとしても、励起光のスペクトルの取得と散乱光のスペクトルの測定とを複数回実行することにより、励起光の状態が安定しているときに励起光のスペクトル及び散乱光のスペクトルを得る可能性が高くなる。そのため、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置によれば、より信頼性の高い相関度を得ることができる。
【0024】
例えば、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置では、前記光源は、発光素子を備え、前記発光素子の温度、前記発光素子に導通させる電流量、前記励起光の周波数、及び、前記光源に対する外部共振器の取り付け位置のうちの少なくとも1つのパラメータに基づき、前記発光素子から発せられる前記励起光の発振状態を変化させることにより前記励起光のスペクトルを変化させてもよい。
【0025】
これにより、励起光のスペクトルを所望の状態に調整することができるため、被測定物に応じてより適切な励起光を照射することができる。そのため、例えば、特徴的なピーク形状を有する励起光のスペクトルを被測定物に照射することができる。したがって、相関度の算出精度が向上されるため、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置によれば、散乱光のスペクトルを精度良く測定することができる。
【0026】
また、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置では、前記解析部は、前記散乱光のスペクトルの解析では、前記被測定物に含まれる複数種類の成分を分析してもよい。
【0027】
これにより、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析装置によれば、被測定物に含まれる複数種類の成分の濃度及び状態を解析することができる。
【0028】
また、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析方法は、被測定物に励起光を照射する照射ステップと、前記被測定物に照射された前記励起光のスペクトルを取得し、かつ、前記励起光の照射により前記被測定物から散乱された散乱光のスペクトルを測定する測定ステップと、前記励起光のスペクトルと前記散乱光のスペクトルとの相関度を算出し、算出された前記相関度に基づいて前記散乱光のスペクトルを解析する解析ステップと、を含む。
【0029】
これにより、散乱光のスペクトルのうち、励起光のスペクトルが所定の波数シフトしたピーク(ラマンピーク)が強調され、励起光のスペクトルと相関のないピークは抑圧される。そのため、相関度は、蛍光などのノイズの影響を取り除いた散乱光のスペクトルを表している。したがって、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析方法によれば、ラマン分光法によって測定されたスペクトル(いわゆる、散乱光のスペクトル)から蛍光の影響を簡便に取り除くことができる。
【0030】
なお、これらの包括的又は具体的な態様は、システム、方法、集積回路、コンピュータプログラム、又は、コンピュータで読み取り可能なCD-ROMなどの記録媒体で実現されてもよく、システム、方法、集積回路、コンピュータプログラム、及び、記録媒体の任意な組み合わせで実現されてもよい。
【0031】
以下、本開示の実施の形態について、図面を参照しながら具体的に説明する。
【0032】
なお、以下で説明する実施の形態は、いずれも包括的又は具体的な例を示すものである。以下の実施の形態で示される数値、形状、構成要素、構成要素の配置位置及び接続形態、ステップ、ステップの順序などは、一例であり、本開示を限定する主旨ではない。また、以下の実施の形態における構成要素のうち、最上位概念を示す独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。また、各図は、必ずしも厳密に図示したものではない。各図において、実質的に同一の構成については同一の符号を付し、重複する説明は省略又は簡略化することがある。
【0033】
(実施の形態)
[ラマン分光スペクトル解析装置]
まず、実施の形態に係るラマン分光スペクトル解析装置について説明する。
図1は、実施の形態に係るラマン分光スペクトル解析装置100の機能構成の一例を示すブロック図である。
図1では、光の動きを破線で示し、信号の伝達方向を実線で示している。
【0034】
ラマン分光スペクトル解析装置100は、被測定物に励起光を照射し、照射した励起光のスペクトルと、励起光の照射により被測定物から散乱された散乱光のスペクトルとの相関度を算出し、算出した相関度に基づいて散乱光のスペクトルを解析する。
図1に示されるように、ラマン分光スペクトル解析装置100は、光源10と、分光計20と、プロセッサ30と、を備える。以下、各構成について説明する。
【0035】
[光源]
光源10は、被測定物に励起光を照射する。励起光は、紫外光、可視光、及び、赤外光のいずれでもよい。中でも、励起光は、可視光であるとよい。また、励起光は、発光中心波長の異なる複数の発光スペクトルピークを持っていてもよい。つまり、光源10は、発光中心波長の異なる複数の発光スペクトルピークを持つ光を発振してもよい。この場合、複数の発光スペクトルピークは完全に独立に分離されている必要はない。例えば、励起光は、発光中心波長の異なる2つの発光スペクトルピークが互いに近接し、ピークの先端が2山に割れた1つの発光スペクトルピークを持っていてもよい。これにより、光源10から発振される励起光のスペクトルの形状に基づく相関度の算出精度が向上される。したがって、光源10として安価な可視光レーザを使用し、可視光用の光学系を使用することができるため、製造コストを低減することができる。
【0036】
光源10は、発光素子(不図示)を備え、発光素子の温度、発光素子に導通させる電流量、励起光の周波数、及び、光源に対する外部共振器の取り付け位置のうちの少なくとも1つのパラメータに基づき、発光素子から発せられる励起光の発振状態を変化させることにより励起光のスペクトルを変化させてもよい。これにより、励起光のスペクトルを所望の状態に調整することができる。そのため、例えば、励起光のスペクトルのピークが2つに分かれているなどの特徴的なピーク形状を有する励起光を被測定物に照射することができる。したがって、相関度の算出精度が向上されるため、散乱光のスペクトルをより精度良く解析することができる。
【0037】
光源10は、例えば、出力パルスの繰り返し周波数及びパルス幅を比較的広範囲で制御できる半導体レーザで構成されてもよい。光源10は、例えば、分布帰還型(DFB:Distributed FeedBack)レーザ、分布反射ブラッグ型(DBR)レーザ、ファブリペロー(FP)型レーザ、外部キャビティ型レーザ、垂直共振器面発光レーザ(VCSEL:Vertical Cavity Surface Emitting Laser)などである。中でも、光源10は、ファブリペロー型半導体レーザであってもよい。これにより、従来のラマン分光法において使用される高品質なレーザを使用するよりも、低コストでラマン分光法を実施することができる。
【0038】
また、後述するように、ラマン分光スペクトル解析装置100は、励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度に基づいて散乱光のスペクトルを解析するため、光源の品質に左右されにくい。したがって、ラマン分光スペクトル解析装置100によれば、従来のラマン分光法で使用される品質よりも低品質のレーザを用いても、散乱光のスペクトルからノイズの影響を簡便に除去することができるため、高いS/N比が得られる。また、ファブリペロー型半導体レーザのように比較的安価なレーザを使用することができるため、低コストでラマン分光法を実施することができる。
【0039】
なお、励起光の発振源として使用されるレーザが高品質であるとは、レーザから発振される光の単色性が高いことを指す。単色性とは、レーザから発振される光が単一の波長成分のみを含むということである。実際のレーザでは、素子の純度、構造、及び、使用時の温度、並びに、発振される光の波長を安定させるために配置される光学系(例えば、外部共振器など)の特性などによって発振される光の波長が必ずしも単一にはならない。理想的に高品質なレーザの発光スペクトルは、極めて半値幅の狭い単一のガウス関数ないしローレンツ関数で近似される波長成分分布を含む。一方、低品質なレーザでは、発光スペクトルは、ガウス関数ないしローレンツ関数などの近似関数の半値幅が広くなる波長成分分布を含む。また、低品質なレーザでは、発光スペクトルは、複数の中心波長と半値幅とを持つガウス関数の重ね合わせで表現されるような、非対称または複数の発光ピークを示すことがある。ラマン分光法においては、ラマン散乱光の波長は、励起光の波長からの差で表されるため、光源10として半値幅の広いレーザを使用した場合、ラマン散乱光のスペクトルの幅も広くなる。これにより、ラマン分光法の測定精度が低下する。
【0040】
したがって、本実施の形態では、励起光のスペクトルの品質は、上述したような発光スペクトルの単色性に基づいて評価されるとよい。例えば、高品質なレーザの発光スペクトルは、複数の発光ピークを示さず、単一のガウス関数ないしローレンツ関数で近似でき、その半値幅が十分に狭いことを具備する必要がある。この場合、所望の半値幅の値は、例えば785nmのレーザにおいて3nm以下である。なお、この半値幅の値は、一例であって、必ずしも絶対的なものではなく、測定対象及び要求される測定精度によって適宜決定されてもよい。
【0041】
[分光計、測定部]
分光計20は、光を分光することにより光のスペクトルを測定する。より具体的には、分光計20は、光源から照射された励起光のスペクトルを取得し、かつ、励起光の照射により被測定物から散乱された散乱光のスペクトルを測定する測定部22を備える。分光計20は、さらに、分光部(不図示)と、フィルタ(不図示)と、を備えてもよい。
【0042】
励起光の照射により被測定物で反射及び散乱された光は、分光計20に入射する。反射光は、励起光と同じ波長の光であり、いわゆる、レイリー光と呼ばれる。分光計20に入射した光は、フィルタ(不図示)に入射する。フィルタは、例えば、バンドストップフィルタであり、散乱光を通過させ、レイリー光を除去する。フィルタを通過した散乱光は、分光部で波長帯域毎の光に分光される。分光部で分光された各波長帯域の光の強度は、測定部22で測定される。このとき、測定部22は、励起光のスペクトルを予め測定してもよく、予め測定された励起光のスペクトルを取得してもよい。ここでは、「取得する」とは、単に取得することだけでなく、測定することも含む。
【0043】
例えば、測定部22は、散乱光のスペクトルの測定中、測定前、又は、測定後に、励起光の波長帯域を含むスペクトルを測定することにより、励起光のスペクトルを取得してもよい。これにより、測定時の励起光のスペクトルを取得することができるため、励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度の算出精度が向上される。
【0044】
[プロセッサ、測定部、制御部]
プロセッサ30は、分光計20の制御に関する情報処理と、分光計20から出力された励起光及び散乱光のスペクトルを解析するための情報処理とを行う。プロセッサ30は、解析部40と、制御部50と、を備える。プロセッサ30は、分光計20と接続されている。プロセッサ30は、Bluetooth(登録商標)などの無線通信又はEthernet(登録商標)などの有線通信により、分光計20と接続されてもよい。プロセッサ30は、例えば、コンピュータに搭載されていてもよく、光源10及び分光計20と共に1つの装置に搭載されていてもよい。
【0045】
解析部40は、励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度を算出し、算出された相関度に基づいて散乱光のスペクトルを解析する。なお、相関度は、散乱光のスペクトルの各点の形状がどの程度励起光スペクトルの形状と一致しているかの尤もらしさを表している。相関度の算出方法については、
図3を参照して後述する。このように、相関度に基づいて散乱光のスペクトルを解析するため、散乱光のスペクトルのうち、励起光のスペクトルが所定の波数シフトしたピーク(ラマンピーク)が強調され、励起光のスペクトルと相関のないピークは抑圧される。そのため、相関度は、蛍光などのノイズの影響を取り除いた散乱光のスペクトルを表している。したがって、ラマン分光スペクトル解析装置100によれば、ラマン分光法によって測定されたスペクトル(いわゆる、散乱光のスペクトル)から蛍光の影響を簡便に取り除くことができる。
【0046】
解析部40は、散乱光のスペクトルの解析では、被測定物に含まれる複数種類の成分を分析する。これにより、被測定物に含まれる複数種類の成分の濃度及び状態を解析することができる。
【0047】
また、解析部40は、少なくとも相関度の算出に先んじて、励起光のスペクトルの品質判定を行ってもよい。このとき、制御部50は、解析部40によって励起光の品質が所定の品質よりも低いと判定された場合に、励起光のスペクトルの取得及び散乱光のスペクトルの測定を測定部22に実行させる。次いで、解析部40は、測定部22で得られた励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度に基づいて散乱光のスペクトルを解析する。これにより、所定の品質以上の励起光を測定に使用することができる。また、所定の品質に満たない励起光を測定に使用せざるを得ない場合でも、相関度の計算による解析を行うことができる。そのため、相関度の算出精度が向上される。
【0048】
なお、上述したように、励起光のスペクトルの品質は、発光スペクトルの単色性に基づいて判定される。例えば、解析部30は、光源10から発振される励起光の発光スペクトルが、(i)複数の発光ピークを示すか否か、(ii)単一のガウス関数ないしローレンツ関数で近似できるか否か、及び、(iii)発光ピークの半値幅が閾値よりも狭いか否かに基づいて、励起光のスペクトルの品質を判定してもよい。閾値は、測定対象及び測定精度に応じて適宜決定されてもよい。
【0049】
なお、測定部22は、励起光のスペクトルの取得と散乱光のスペクトルの測定とを複数回実行してもよい。このとき、解析部40は、励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度をそれぞれ算出し、算出された複数の相関度のうち、ピーク強度の高い相関度を選択して、選択された相関度に基づいて散乱光のスペクトルを解析する。これにより、例えば、測定時に励起光の状態が不安定になったとしても、励起光のスペクトルの取得と散乱光のスペクトルの測定とを複数回実行することにより、励起光の状態が安定しているときに励起光のスペクトル及び散乱光のスペクトルを得る可能性が高くなる。そのため、より信頼性の高い相関度を得ることができる。
【0050】
[ラマン分光スペクトル解析方法]
続いて、ラマン分光スペクトル解析方法の一例について
図2を参照しながら説明する。
図2は、実施の形態に係るラマン分光スペクトル解析方法の一例を示すフローチャートである。
【0051】
実施の形態に係る分光スペクトル解析方法は、被測定物に励起光を照射する照射ステップS100と、被測定物に照射された励起光のスペクトルを取得し、かつ、励起光の照射により被測定物から散乱された散乱光のスペクトルを測定する測定ステップS200と、励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度を算出し、算出された相関度に基づいて散乱光のスペクトルを解析する解析ステップS300と、を含む。
【0052】
以下、各ステップについてより具体的に説明する。
【0053】
図2に示すように、ラマン分光スペクトル解析方法では、まず、光源10は、被測定物に励起光を照射する(照射ステップS100)。励起光は、紫外光、可視光、及び、赤外光のいずれでもよい。励起光は、例えば、レーザ光である。このとき、光源10は、例えば、ファブリペロー型半導体レーザである。ラマン分光スペクトル解析方法では、従来のラマン分光法で使用される高品質なレーザよりも低品質なレーザを使用しても、高いS/N比が得られる。励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度を算出することにより、散乱光のスペクトルから蛍光などのノイズの影響を簡便に取り除くことができるからである。
【0054】
次いで、測定部22は、被測定物に照射された励起光のスペクトルを取得し、かつ、励起光の照射により被測定物から散乱された散乱光のスペクトルを測定する(測定ステップS200)。上述したように、測定部22は、励起光のスペクトルを予め測定してもよく、予め測定された励起光のスペクトルを取得してもよい。
【0055】
次いで、解析部40は、励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度を算出して、算出された相関度に基づいて散乱光のスペクトルを解析する(解析ステップS300)。ここで、解析ステップS300について、
図3を参照して、より具体的に説明する。
図3は、
図2に示す解析ステップS300の詳細なフローを示すフローチャートである。
【0056】
解析ステップS300では、解析部40は、散乱光のスペクトルの前処理を行う(ステップS301)。より具体的には、解析部40は、散乱光のスペクトルに対して、DCオフセットの除去、宇宙線の除去、及び、ベースラインの補正を行う。
【0057】
次いで、解析部40は、励起光のスペクトルのピーク位置を決定する(ステップS302)。これにより、波数計算の基準となる励起光のピーク波長が決定される。
【0058】
次いで、解析部40は、励起光のスペクトルの波長及び散乱光のスペクトルの波長をそれぞれラマンシフト量(つまり、波数)に変換する(ステップS303)。次いで、解析部40は、散乱光のスペクトルから1回目の計算区間を抽出し、中央サンプル点の波数を抽出する(ステップS304)。より具体的には、解析部40は、散乱光のスペクトルにおいて、励起光のスペクトルの波数範囲(これが、計算区間)と同じ波数範囲を選択し、選択した波数範囲の中央の波数を決定する。このとき、解析部40は、散乱光のスペクトルの1つ目の計算区間において、所定の間隔で複数のサンプル点を取り、各サンプル点における波数と測定値とを対応付けたテーブル(以下、第1計算区間のテーブル)を作成する。
【0059】
図示しないが、解析部40は、励起光のスペクトルについても、所定の間隔でサンプル点を取る。このとき、励起光のスペクトルにおけるサンプル点の数が散乱光のスペクトルの1つ目の計算区間におけるサンプル点よりも少ない場合は、解析部40は、散乱光のスペクトルの各サンプル点の波数に対応する波数にサンプル点を補間する。次いで、解析部40は、励起光のスペクトルの各サンプル点における波数と測定値とを対応付けたテーブル(以下、励起光テーブル)を作成する。
【0060】
次いで、解析部40は、上記の第1計算区間のテーブル及び励起光のテーブルの共分散を算出する(ステップS305)。共分散の算出には、下記の式(1)が用いられる。解析部40は、算出した共分散の値を、1つ目の計算区間の中央サンプル点に対応する波数と紐づけて、テーブル(以下、相関テーブル)に格納する。これにより、1つ目の計算区間における散乱光のスペクトルと励起光のスペクトルとの相関度が算出される。なお、励起光の照射により生じる蛍光は、ラマン散乱光と異なり、励起光のスペクトルの形状を反映しない。そのため、共分散を算出することにより、散乱光のスペクトルから蛍光の影響を取り除くことができる。また、上記のように、一定区間で相関度を算出するため、蛍光以外の高周波数ノイズ及びオフセットの影響も低減される。
【0061】
【数1】
(上記式中、S
xy:共分散、n:データの総数、(x
i,y
i):i番目のデータの値、X,Y:x,yの平均を示す。)
【0062】
次いで、解析部40は、散乱光のスペクトルの所定の範囲において共分散の算出が完了したか否かを判定する(ステップS306)。ここで、所定の範囲とは、散乱光のスペクトルにおける解析対象範囲をいう。解析対象範囲は、被測定物に応じて異なってもよい。
【0063】
散乱光のスペクトルの所定の範囲において共分散の算出が完了していない場合(ステップS306でNO)、解析部40は、先の計算区間(ここでは、1つ目の計算区間)の中央サンプル点から1ずらしたサンプル点を中央サンプル点とする計算区間を抽出する(ステップS307)。このとき、ステップS304で説明した手順と同様に、解析部40は、当該計算区間において、所定の間隔で複数のサンプル点を取り、サンプル点における波数と測定値とを対応付けたテーブル(第2計算区間のテーブル)を作成する。次いで、解析部40は、第2計算区間のテーブル及び励起光のテーブルの共分散を算出する(ステップS305)。解析部40は、S305~S307のループを繰り返し、所定の範囲の共分散の算出が完了した場合(ステップS306でYES)、散乱光のスペクトルの所定の範囲における励起光のスペクトルとの相関度の算出が完了する。相関テーブルには、各波数における相関度が格納されている。相関テーブルに格納されたデータを、相関スペクトルデータと呼ぶ。解析部40は、相関スペクトルデータを記憶部(不図示)に保存する(ステップS308)。
【0064】
以上により、散乱光のスペクトルのうち、励起光のスペクトルが所定の波数シフトしたピーク(ラマンピーク)が強調され、励起光のスペクトルと相関のないピークは抑圧される。そのため、相関度は、蛍光などのノイズの影響を取り除いた散乱光のスペクトルを表している。したがって、本開示の一態様に係るラマン分光スペクトル解析方法によれば、ラマン分光法によって測定されたスペクトル(いわゆる、散乱光のスペクトル)から蛍光の影響を簡便に取り除くことができる。
【実施例】
【0065】
以下、実験例及び実施例にて本開示のラマン分光スペクトル解析方法を具体的に説明するが、本開示は以下の実験例及び実施例のみに何ら限定されるものではない。
【0066】
まず、実験例1~4について説明する。以下の実験例において、被測定物は、シリコンであり、光源は、ファブリペロー型半導体レーザである。
【0067】
(実験例1及び実験例2)
まず、実験例1及び実験例2について図面を参照しながら説明する。
図4は、実験例1及び実験例2における励起光のスペクトルを示す図である。
図5は、実験例1及び実験例2における散乱光のスペクトルを示す図である。
図6は、実験例1及び実験例2における相関スペクトルを示す図である。各図において、(a)は実験例1のデータを示し、(b)は実験例2のデータを示す。
【0068】
図4に示すように、実施例1及び実施例2では、励起光のスペクトルのピークの先端が2山になるレーザ光を照射した。
図4の(a)に示すように、実験例1では、光源が安定している状態で励起光のスペクトル及び散乱光のスペクトルを測定した。一方、
図4の(b)に示すように、実験例2では、光源が僅かな外乱(例えば、電流量又は温度)により不安定な状態で励起光のスペクトル及び散乱光のスペクトルを測定した。このとき、励起光のスペクトルのピークの幅が広がり、ピークの裾に小さなピークを有する形状であった。そのため、実験例2では、励起光のスペクトルのピーク強度が実験例1よりも低下した。なお、
図4に示すように、実験例1及び実験例2の励起光のスペクトルの波数範囲は、それぞれ、-100cm
-1~100cm
-1であった。これを1計算区間として、以下の相関度算出で使用した。
【0069】
図4に示すスペクトル状態の励起光を、それぞれ被測定物に照射し、散乱光のスペクトルを測定した。その結果、実験例1では、
図5の(a)に示すように、散乱光のスペクトルのピークの形状は、励起光のスペクトルの形状に相関性のある形状となっていた。同様に、実験例2においても、
図5の(b)に示すように、散乱光のスペクトルのピークの形状は、励起光のスペクトルのピークにおけるコブに相応する形状を有しており、励起光のスペクトルの形状に相関性のある形状となっていた。しかしながら、散乱光のピーク強度からDCオフセットの強度を引いた値を3σで除した値(S/N比)で、ピークの検出しやすさを評価したところ、実施例1では、(Peak-DC)/3σ=5.12であり、実施例2では、(Peak-DC)/3σ=4.75であった。実験例2では、実験例1よりも励起光のピーク強度が低いため、ラマン散乱光のピーク強度も低下し、その結果、ピークの検出しやすさが低下したと考えられる。
【0070】
続いて、これらの励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度を、
図3で説明した算出方法に従って算出し、相関スペクトルを導出した。実験例1では、
図6の(a)に示すように、相関スペクトルのピーク強度は、約150000であり、実験例2では、
図6の(b)に示すように、相関スペクトルのピーク強度は、約130000であった。しかしながら、実施例1の相関スペクトルでは、実施例2の相関スペクトルに比べて、ピーク以外の領域におけるスペクトルが滑らかではなかった。さらに、実験例1及び実験例2の相関スペクトルにおいて、例えば、波数550cm
-1~600cm
-1のスペクトルを比較すると、実施例2では検出されたピークが実施例1ではノイズのために検出しづらいことが分かった。
図5と同様に、
図6においても、(Peak-DC)/3σの値を算出したところ、実施例1では10.60であり、実施例2では13.20であった。これらの値と
図5の散乱光のスペクトルにおける(Peak-DC)/3σの値とを比較したところ、相関度を算出することにより、実施例1では、2.07倍に改善され、実施例2では、2.78倍に改善された。
【0071】
したがって、実施例1及び実施例2の結果から、低品質なレーザ光を使用しても、相関度(上記の相関スペクトル)に基づいて散乱光のスペクトルを解析することにより、蛍光の影響を簡便に、かつ、精度良く除去できることが確認できた。また、励起光が安定しているときよりも、励起光が歪んだときの方が励起光のスペクトルのピーク形状に特徴があるため、励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度をより精度良く算出できることが分かった。
【0072】
(実験例3及び実験例4)
続いて、実験例3及び実験例4について図面を参照しながら説明する。
図7は、実験例3及び実験例4における励起光のスペクトルを示す図である。
図8は、実験例3及び実験例4における散乱光のスペクトルを示す図である。
図9は、実験例3及び実験例4における相関スペクトルを示す図である。各図において、(a)は実験例3のデータを示し、(b)は実験例4のデータを示す。
【0073】
図7に示すように、実施例3及び実施例4では、励起光のスペクトルのピークの先端が2山になり、かつ、ピーク幅が実施例1及び実施例2で使用したレーザ光よりも狭く、かつ、ピーク強度が低いレーザ光を照射した。
図7の(a)に示すように、実験例3では、光源が僅かなゆらぎによりモードホップが発生した状態で励起光のスペクトル及び散乱光のスペクトルを測定した。このとき、励起光のスペクトルのピークが2つに分割されたため、ピーク強度が低下した。主ピークの強度からDCオフセットの強度を引いた値は、Peak-DC=114412であった。一方、
図7の(b)に示すように、実験例4では、光源が安定している状態で励起光のスペクトル及び散乱光のスペクトルを測定した。このとき、ピークの強度からDCオフセットの強度を引いた値は、Peak-DC=131159であった。なお、
図7に示すように、実験例3及び実験例4の励起光のスペクトルの波数範囲は、それぞれ、-100cm
-1~100cm
-1であった。これを1計算区間として、以下の相関度算出で使用した。
【0074】
図7に示すスペクトル状態の励起光を、それぞれ被測定物に照射し、散乱光のスペクトルを測定した。その結果、実験例3においても、
図8の(a)に示すように、散乱光のスペクトルのピークの形状は、励起光のスペクトルの2つのピークに相応する形状を有しており、励起光のスペクトルの形状に相関性のある形状となっていた。同様に、実験例4では、
図8の(b)に示すように、散乱光のスペクトルのピークの形状は、励起光のスペクトルの形状に相関性のある形状となっていた。しかしながら、散乱光のピーク強度からDCオフセットの強度を引いた値を3σで除した値(S/N比)で、ピークの検出しやすさを評価したところ、実施例3では、(Peak-DC)/3σ=3.45であり、実施例4では、(Peak-DC)/3σ=5.32であった。実験例3では、実験例4よりも励起光のピーク強度が低いため、ラマン散乱光のピーク強度も低下し、その結果、ピークの検出しやすさが低下したと考えられる。
【0075】
続いて、これらの励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度を、
図3で説明した算出方法に従って算出し、相関スペクトルを導出した。実験例3では、
図9の(a)に示すように、相関スペクトルのピーク強度は、約90000であり、実験例4では、
図9の(b)に示すように、相関スペクトルのピーク強度は、約120000であった。また、
図8と同様に、
図9においても、(Peak-DC)/3σの値を算出したところ、実験例3では5.27であり、実験例4では7.28であった。これらの値と
図8の散乱光のスペクトルにおける(Peak-DC)/3σの値とを比較したところ、相関度を算出することにより、実験例3では、1.53倍に改善され、実験例4では、1.37倍に改善された。これらの値は、実験例1及び実験例2に比べて低かった。また、実験例3では、実験例4よりも改善率は高かったが、実験例1及び実験例2の場合とは異なり、実験例3の相関スペクトルの(Peak-DC)/3σの値は、実験例4の値よりも小さかった。
【0076】
したがって、実験例3及び実験例4の結果から、励起光のピーク強度が所定の値よりも低い場合、励起光が不安定であると、励起光が安定なときよりも相関度が低くなることが分かった。そのため、より良好な解析結果を得るために、励起光のピーク強度が所定の値以上である励起光を使用するとよい。つまり、励起光のピーク強度が所定の値よりも低い場合は、励起光のピーク強度が所定の値以上となるように励起光を調整して、励起光のスペクトル及び散乱光のスペクトルを再測定するとよいことが確認できた。
【0077】
また、光源(例えば、ファブリペロー型半導体レーザ)を一定の条件で制御しても、不安定な状態になる場合がある。そのため、測定を複数回実行して、その中からより信頼性の高いデータを選択するとよい。つまり、励起光のスペクトル及び散乱光のスペクトルの測定を複数回実行し、それぞれの相関度を算出して、ピーク強度の高い相関度(上記の相関スペクトル)を選択するとよいことが確認できた。
【0078】
(実施例1)
続いて、実施例1について説明する。実施例1では、被測定物は、ZnDTP(Zinc Dialkyldithiophosphate)であり、光源は、ファブリペロー型半導体レーザである。
【0079】
(1)励起光のスペクトルの測定
まず、励起光のスペクトルを測定した。条件は以下の通りである。
【0080】
露光条件:0.5秒×100回
測定のタイミング:散乱光のスペクトルの測定の直前
【0081】
図10は、実施例1における励起光のスペクトルを示す図である。
図10に示すように、励起光は、弱いモードホップがピークよりも低波数側(つまり、短波長側)に発生した状態であった。励起光のスペクトルの波数範囲は、-138.3cm
-1~135.5cm
-1であった。この励起光のスペクトルの波数範囲を1計算区間とし、以下の相関度の算出で使用した。
【0082】
(2)被測定物の測定及び相関度の算出
励起光のスペクトルの測定後、被測定物からの散乱光のスペクトルを測定した。条件は以下の通りである。
【0083】
露光条件:30秒×10回
被測定物:ZnDTP
【0084】
散乱光のスペクトルを測定した後、
図3で説明した手順により、励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度(以下、共分散)を算出した。1つの計算区間は、励起光のスペクトルの波数範囲である。
【0085】
図11は、実施例1における散乱光のスペクトル及び相関スペクトルを示す図である。
図3で説明したように、相関スペクトルは、散乱光のスペクトルの所定の範囲における共分散(尤度)グラフである。相関スペクトルでは、共分散を適用することにより、ピーク強調効果が得られた。つまり、励起光のスペクトルと相関のあるピークは強調され、相関のないノイズは効率的に除去された。このことは、
図11に示す散乱光のスペクトル及び相関スペクトルから明らかである。したがって、
図3で説明した手法により、散乱光のスペクトルの各計算区間における共分散を算出することにより、S/N比が向上したことが確認できた。
【0086】
(3)FTIRスペクトルとの比較
続いて、(2)で得られたZnDTPの相関スペクトルと、ZnDTPのFTIRスペクトルとを比較した。
図12は、実施例1における相関スペクトルと、ZnDTPのFTIRスペクトルとを示す図である。
【0087】
図12に示すように、ZnDTPの相関スペクトルとFTIRスペクトルとでは、多数のピークの位置が概ね一致することが確認できた。例えば、FTIRスペクトルでは、ZnDTP分子中のS=P結合の吸収が670cm
-1付近に検出される。相関スペクトルでも、ほぼ同じ位置にピークが検出された。また、FTIRスペクトルでは、ZnDTP分子中のP-O-R結合の吸収が970cm
-1付近に検出される。相関スペクトルでも、ほぼ同じ位置にピークが検出された。FTIRスペクトルで検出された他のピークについても同様に、相関スペクトルでほぼ同じ位置にピークが検出された。
【0088】
以上のことから、励起光のスペクトルと散乱光のスペクトルとの相関度を算出し、算出した相関度(上記の相関スペクトル)に基づいて散乱光のスペクトルを解析することができることを確認できた。したがって、本開示のラマン分光スペクトル解析装置及びラマン分光スペクトル解析方法によれば、ラマン分光法によって測定されたスペクトル(いわゆる、散乱光のスペクトル)から蛍光の影響を簡便に取り除くことができることが確認できた。
【0089】
(他の実施の形態)
以上、本開示の1つ又は複数の態様に係るラマン分光スペクトル解析装置及びラマン分光スペクトル解析方法について、上記の実施の形態に基づいて説明したが、本開示は、これらの実施の形態に限定されるものではない。本開示の主旨を逸脱しない限り、当業者が思いつく各種変形を実施の形態に施したものや、異なる実施の形態における構成要素を組み合わせて構成される形態も、本開示の1つ又は複数の態様の範囲内に含まれてもよい。
【0090】
なお、上記実施例では、相関度の算出式に共分散を用いたが、他の相関指標を算出式として用いてもよい。例えば、積和係数、ピアソン相関係数、又は、決定係数などであってもよい。
【0091】
例えば、上記実施の形態におけるラマン分光スペクトル解析装置が備える構成要素の一部又は全部は、1個のシステムLSI(Large Scale Integration:大規模集積回路)から構成されているとしてもよい。例えば、ラマン分光スペクトル解析装置は、光源と、分光部と、解析部と、を有するシステムLSIから構成されてもよい。なお、システムLSIは、光源を含んでいなくてもよい。
【0092】
システムLSIは、複数の構成部を1個のチップ上に集積して製造された超多機能LSIであり、具体的には、マイクロプロセッサ、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)などを含んで構成されるコンピュータシステムである。ROMには、コンピュータプログラムが記憶されている。マイクロプロセッサが、コンピュータプログラムに従って動作することにより、システムLSIは、その機能を達成する。
【0093】
なお、ここでは、システムLSIとしたが、集積度の違いにより、IC、LSI、スーパーLSI、ウルトラLSIと呼称されることもある。また、集積回路化の手法は、LSIに限るものではなく、専用回路又は汎用プロセッサで実現してもよい。LSI製造後に、プログラムすることが可能なFPGA(Field Programmable Gate Array)、あるいは、LSI内部の回路セルの接続や設定を再構成可能なリコンフィギュラブル・プロセッサを利用してもよい。
【0094】
さらには、半導体技術の進歩又は派生する別技術によりLSIに置き換わる集積回路化の技術が登場すれば、当然、その技術を用いて機能ブロックの集積化を行ってもよい。バイオ技術の適用等が可能性としてあり得る。
【0095】
また、本開示の一態様は、このようなラマン分光スペクトル解析装置だけではなく、当該装置に含まれる特徴的な構成部をステップとするラマン分光スペクトル解析方法であってもよい。また、本開示の一態様は、ラマン分光スペクトル解析方法に含まれる特徴的な各ステップをコンピュータに実行させるコンピュータプログラムであってもよい。また、本開示の一態様は、そのようなコンピュータプログラムが記録されたコンピュータで読み取り可能な非一時的な記録媒体であってもよい。
【0096】
[適用例]
図13は、本開示に係るラマン分光スペクトル解析装置100aを備えるラマン分光スペクトル解析システム500の一例を示す図である。ラマン分光スペクトル解析システム500は、例えば、機械装置200が備える消耗部材の状態をモニタリングし、機械装置200の使用者に消耗部材の劣化の状態などを通知するシステムである。
【0097】
機械装置200は、例えば、工場、事務所、公共施設及び住宅に内外に設置される大型又は小型の各種機械機器、屋外で稼働する建設機器、トラック、バス、乗用車、二輪車、船舶、航空機、列車、産業用車両、及び、建設用車両などの各種車両、又は、それらが備えるエンジン、変速機、及び、作動装置などの機器を含む。
【0098】
また、機械装置200が備える消耗部材は、例えば、機械装置200内で繰り返し使用され、定期的に交換される。消耗部材は、例えば、機械装置200の潤滑媒体、冷却媒体、若しくは、動力伝達媒体として機能する油類、又は、油類を濾過するフィルタなどである。このような消耗部材は、機械装置200の内部に配置されているため、機械装置200の使用者が消耗品の状態を確認することが容易ではない。そのため、ラマン分光スペクトル解析装置100aを機械装置200に組み込むことにより、消耗部材の状態をインラインで測定可能となる。
【0099】
例えば、
図13に示すように、ラマン分光スペクトル解析装置100aは、光源10a及び分光計20aが機械装置200内に組み込まれ、プロセッサ30aは、コンピュータに搭載されている。プロセッサ30aは、コンピュータに限られず、スマートフォン、携帯電話、タブレット端末、ウエアラブル端末、又は、機械装置200に搭載されたコンピュータなどの端末に搭載されてもよい。分光計20aとプロセッサ30aとは、相互に通信可能である。例えば、使用者は、タッチパネル、キーボード、マウス、又は、マイクなどの入力部(不図示)を介して操作情報を入力し、光源10a、分光計20a、又は、サーバ300に送信してもよい。また、使用者は、必要な情報を選択し、モニター又はスピーカーなどの提示部に提示させてもよい。これにより、使用者は、消耗部材の状態、消耗部材の交換の時期、機械装置200に発生し得るトラブルなどの情報を得ることができる。なお、入力部及び表示部は、プロセッサ30aと接続されていればよく、プロセッサ30aが搭載されている装置とは別の装置に備えられていてもよい。また、入力部及び提示部は、それぞれ1つに限られず、複数の入力部及び提示部がプロセッサ30aと接続可能であってもよい。プロセッサ30aが搭載されている装置は、ネットワーク400を介してサーバ300と接続され、消耗部材の測定結果をサーバ300に送信し、サーバ300上に配置されたデータベースに格納された情報処理プログラムにより解析された解析結果を取得してもよい。プロセッサ30aは、取得した解析結果を提示部に提示させて使用者に知らせてもよい。
【0100】
本開示では、励起光のスペクトルと被測定物からの散乱光のスペクトルとの相関度に基づいて散乱光のスペクトルを解析するため、ラマン分光法によって測定された散乱光のスペクトルから蛍光の影響を簡便に取り除くことができる。この効果は、励起光のスペクトルの品質によらず、実現され得る。そのため、従来ではラマン分光法の光源として使用できない低品質なレーザを使用することができる。したがって、本開示によれば、例えば、高精細な機器を使用せずとも、簡単な構成で、かつ、小型化された装置を提供することが可能である。また、本開示のラマン分光スペクトル解析装置は、分析用途に限らず、本適用例のように産業用途にも適用可能であり、例えば化粧品、医療、又は食品など様々な分野においても、簡便かつ迅速に精度良く被測定物を測定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本開示によれば、ラマン分光法によって測定されたスペクトルから蛍光の影響を簡便に、かつ、効率的に取り除くことができるため、精度良くラマンスペクトルを解析することができる。また、汎用レーザを使用することができるため、特殊な光学系を使用することなく、簡単な構成で、かつ、小型化された分析装置を提供することができる。したがって、分析装置だけでなく、機械装置に組み込んでインライン分析装置としても利用可能である。
【符号の説明】
【0102】
10、10a 光源
20、20a 分光計
22 測定部
30、30a プロセッサ
40 解析部
50 制御部
100、100a ラマン分光スペクトル解析装置
200 機械装置
300 サーバ
400 ネットワーク
500 ラマン分光スペクトル解析システム