(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-16
(45)【発行日】2023-11-27
(54)【発明の名称】筋分化促進剤および筋分化促進方法および筋分化促進オリゴDNA
(51)【国際特許分類】
A61K 31/711 20060101AFI20231117BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20231117BHJP
A61P 21/00 20060101ALI20231117BHJP
【FI】
A61K31/711 ZNA
A61K48/00
A61P21/00
(21)【出願番号】P 2019142724
(22)【出願日】2019-08-02
【審査請求日】2022-07-20
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】梅澤 公二
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼谷 智英
【審査官】川合 理恵
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2001/077384(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3連グアニン配列と4連グアニン配列がアデニンかチミンのいずれか又は両方を含む1乃至3個の塩基を介して結合した塩基配列(配列番号20または配列番号21または配列番号22)を有し、前記3連グアニン配列と前記4連グアニン配列がそれぞれ対向する立体構造を有したオリゴDNAを含む筋分化促進剤
であって、前記オリゴDNAは、5’TTGGGTGGGGAA3’(配列番号8)、5’TTGGGTGAGGGGAA3’(配列番号10)、5’TTTGGGTGGGGAAA3’(配列番号9)または5’TTTGGGTGAGGGGAAA3’(配列番号11)で表される、筋分化促進剤。
【請求項2】
哺乳類もしくは鳥類の細胞または
哺乳類もしくは鳥類の個体に対して適用することを特徴とする請求項
1に記載の筋分化促進剤。
【請求項3】
前記細胞はマウス筋芽細胞またはニワトリ筋芽細胞またはヒト筋芽細胞であることを特徴とする請求項
2に記載の筋分化促進剤。
【請求項4】
前記個体はマウスまたはニワトリまたはヒトであることを特徴とする請求項
2に記載の筋分化促進剤。
【請求項5】
請求項1乃至請求項
4のいずれかに記載の筋分化促進剤を使用する
、哺乳類もしくは鳥類の細胞または哺乳類もしくは鳥類の個体に対する筋分化促進方法
(ただし、人間を治療する方法を除く)。
【請求項6】
3連グアニン配列と4連グアニン配列がアデニンかチミンのいずれか又は両方を含む1乃至3個の塩基を介して結合した塩基配列(配列番号20または配列番号21または配列番号22)を有し、前記3連グアニン配列と前記4連グアニン配列がそれぞれ対向する立体構造を有した筋分化促進オリゴDNA
であって、5’TTGGGTGAGGGGAA3’(配列番号10)、5’TTTGGGTGGGGAAA3’(配列番号9)または5’TTTGGGTGAGGGGAAA3’(配列番号11)で表される、筋分化促進オリゴDNA。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、筋萎縮症の予防・治療、横紋筋肉腫の増殖・転移の抑制、ES・iPS細胞もしくは体性幹細胞の筋分化誘導、筋疾患の再生医療、創薬のスクリーニングに供する骨格筋(幹)細胞の作成、食肉用家畜・家禽の飼料の添加物、食肉用家畜・家禽の骨格筋の形成・生育の促進に利用可能な筋分化促進剤および筋分化促進剤方法および筋分化促進オリゴDNAに関する。
【背景技術】
【0002】
超高齢社会では、加齢性の骨格筋萎縮(サルコペニア)を主徴とするロコモティブ症候群(運動器症候群)が急増しており、日本における要支援・要介護となった原因の第一位を占めている。また、日本人の死因の第一位である癌の患者の数十%が癌悪液質(カヘキシー)を合併するが、癌悪液質による骨格筋量の減少は生命予後と強く相関する。また、死因の第2、3位を占める心血管疾患の最終病像である心不全においては、骨格筋の萎縮は予後の独立した危険因子である。さらに、糖尿病患者の一部でも糖尿病性の筋萎縮が認められる。このように、骨格筋の萎縮は、老化や多様な疾患と連動している。したがって、日本を含む超高齢社会において、筋萎縮の予防および治療法の開発は、人々の運動機能を維持し、生活の質(QOL)を向上させ、健康寿命を延伸するために不可欠である。
【0003】
骨格筋は、衛星細胞と呼ばれる骨格筋幹細胞の増殖と分化によって、組織としての恒常性が保たれる。筋再生時には、衛星細胞は筋芽細胞と呼ばれる筋前駆細胞へと活性化される。筋芽細胞は数回の細胞分裂によって増殖した後、筋細胞へと分化する。筋細胞は互いに融合して多核の筋管を形成し、骨格筋組織を再生する。ところが老化が進行すると、筋組織中の衛星細胞の数が減少し、また、個々の衛星細胞の再生能力も低下する。衛星細胞の老化を抑制する、あるいは再生能力を活性化する機能性分子を探索・同定することは、筋萎縮症に対する新しい予防戦略の提唱につながると期待されている。
【0004】
老化防止という観点から、テロメア相同オリゴDNA(配列番号2、3)を細胞に曝露することにより、平均テロメア長を増加させる技術が開示されている(特許文献1)。また、最近では、乳酸菌ゲノム配列由来のテロメア配列を有する塩基長18のオリゴDNA(配列番号1)を筋芽細胞に曝露することにより、骨格筋への分化を促進する技術が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2005-522520号公報
【文献】WO2018/151225
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1の方法は現状維持に関する方法、すなわちテロメア長を維持することによる細胞の修復やDNA欠損に由来するガン化の抑制を目的としたものであり、筋分化を促進しようとするものではない。また、特許文献2のオリゴDNAは、乳酸菌ゲノム配列由来ではあるが実際に商品として生産するには化学合成的な手法を用いざるを得ず、コスト的な問題があった。
【0007】
そこで本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行い、新たな知見を見出すに至った。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一態様に係る筋分化促進剤は、3連グアニン配列と4連グアニン配列がアデニンかチミンのいずれか又は両方を含む1乃至3個の塩基を介して結合した塩基配列(配列番号20または配列番号21または配列番号22)を有し、前記3連グアニン配列と前記4連グアニン配列がそれぞれ対向する立体構造を有したオリゴDNAを含む。
【0009】
前記オリゴDNAの塩基長は8以上16以下であってもよい。
【0010】
前記オリゴDNAの塩基長は14以下であってもよい。
【0011】
前記オリゴDNAは、5’GGGTGGGG3’(配列番号4)または5’GGGTGAGGGG3’(配列番号5)のいずれかで表されてもよい。
【0012】
前記オリゴDNAは、5’TTGGGTGGGGAA3’(配列番号6)または5’TTGGGTGAGGGGAT3’(配列番号7)で表されてもよい。
【0013】
前記オリゴDNAは、5’TTGGGTGGGGAA3’(配列番号8)または5’TTGGGTGAGGGGAA3’(配列番号10)で表されてもよい。
【0014】
前記オリゴDNAは、5’TTTGGGTGGGGAAA3’(配列番号9)または5’TTTGGGTGAGGGGAAA3’(配列番号11)で表されてもよい。
【0015】
前記筋分化促進剤は、哺乳類もしくは鳥類の細胞または個体に対して適用してもよい。
【0016】
前記細胞はマウス筋芽細胞またはニワトリ筋芽細胞またはヒト筋芽細胞であってもよい。
【0017】
前記個体はマウスまたはニワトリまたはヒトであってもよい。
【0018】
本開示の一態様に係る筋分化促進方法は、前記筋分化促進剤を使用する。
【0019】
本開示の一態様に係る筋分化促進オリゴDNAは、3連グアニン配列と4連グアニン配列がアデニンかチミンのいずれか又は両方を含む1乃至3個の塩基を介して結合した塩基配列(配列番号20または配列番号21または配列番号22)を有し、前記3連グアニン配列と前記4連グアニン配列がそれぞれ対向する立体構造を有する。
【0020】
前記筋分化促進オリゴDNAの塩基長は8以上16以下であってもよい。
【0021】
前記筋分化促進オリゴDNAの塩基長は14以下であってもよい。
【0022】
前記筋分化促進オリゴDNAは、5’GGGTGGGG3’(配列番号4)または5’GGGTGAGGGG3’(配列番号5)のいずれかで表される塩基配列を有してもよい。
【0023】
前記筋分化促進オリゴDNAは、5’TTGGGTGGGGAA3’(配列番号6)または5’TTGGGTGAGGGGAA3’(配列番号7)で表される塩基配列を有してもよい。
【0024】
前記筋分化促進オリゴDNAは、5’TTGGGTGGGGAA3’(配列番号8)または5’TTGGGTGAGGGGAA3’(配列番号10)で表されてもよい。
【0025】
前記筋分化促進オリゴDNAは、5’TTTGGGTGGGGAAA3’(配列番号9)または5’TTTGGGTGAGGGGAAA3’(配列番号11)で表されてもよい。
【発明の効果】
【0026】
本開示の一態様によれば、塩基長12~16という、さらに好ましくは塩基長14以下という、比較的短くて安定な、化学合成に適した非テロメア型のオリゴDNAを用い、筋分化を強力に促進することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図2】筋分化促進効果を有するテロメア型オリゴDNAの構造的特徴を示す図
【
図3】テロメア型オリゴDNAとその変異体を投与したマウス筋芽細胞のMHC陽性細胞出現率を示すグラフ
【
図4】本開示の一実施形態におけるオリゴDNAの構造的特徴を示す図
【
図5】本開示の一実施形態におけるオリゴDNAの構造的特徴を示す図
【
図6】本開示の比較例におけるオリゴDNAの構造的特徴を示す図
【
図7】本開示の実施例1におけるオリゴDNAと比較例を投与したヒト筋芽細胞のMHCシグナル強度を示すグラフ
【
図8】本開示の実施例2におけるオリゴDNAと比較例を投与したヒト筋芽細胞のMHCシグナル強度を示すグラフ
【
図9】本開示の実施例3におけるオリゴDNAと比較例を投与したマウス筋芽細胞のMHC陽性細胞出現率を示すグラフ
【
図10】本開示の実施例4におけるオリゴDNAと比較例を投与したニワトリ筋芽細胞のMHCシグナル強度を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0028】
(本開示の実施形態)
以下、本開示の一態様に係る実施の形態(以下、本実施の形態)について図面を参照して詳細に説明する。
【0029】
その前に、まず骨格筋の再生メカニズムについて
図1を参照しながら説明する。
図1は、筋肉組織の一部に損傷もしくは劣化が生じたときの、骨格筋組織の再生および恒常性維持機構を示す説明図である。骨格筋は、衛星細胞と呼ばれる骨格筋幹細胞の増殖と分化によって、組織としての恒常性が保たれる。筋再生時には、衛星細胞は筋芽細胞と呼ばれる筋前駆細胞へと活性化される。筋芽細胞は数回の細胞分裂によって増殖した後、筋細胞へと分化する。筋細胞は互いに融合して多核の筋管を形成し、骨格筋組織を再生する。このように、筋芽細胞は骨格筋の維持・再生において中心的な役割を担っている。しかし、老化や様々な疾患によって筋芽細胞の分化能が低下することが報告されており、これが骨格筋萎縮の原因の一つと考えられていた。
【0030】
そこで、発明者らは以前、乳酸菌Lactobacillus rhamnosus GGのゲノム配列に由来するオリゴDNAライブラリを用いて筋分化促進作用の検証実験を行った(特許文献2)。その結果、配列式1(5’AGATTAGGGTGAGGGTGA3’)で示される18塩基のオリゴDNA(iSN04)が筋芽細胞の分化を顕著に促進することが明らかとなった。なお、本実施の形態において、オリゴDNAとは6から25の塩基からなる短いDNAを意味する。好ましくは9から18の塩基からなる。また、配列式1においてTTAGGGはテロメア配列と呼ばれ、その繰り返し配列(TTAGGG)nは、真核生物の染色体の末端部に存在する。テロメアは細胞分裂すなわちDNA複製とともに短くなり、細胞の老化が進むとされる(特許文献1)。
【0031】
iSN04による筋芽細胞の分化促進効果については以下のように考えられる。分子シミュレーションによるiSN04の立体構造解析(
図2)ならびに塩基置換ないし欠失を導入した変異iSN04の活性測定(
図3)から、13~15番目の塩基(GGG)が分子内で近接(スタック)しており、ここが活性に必須の部位であることがわかった。
【0032】
図3の実験結果について、より詳細に説明する。ここで、図中のオリゴDNAの配列において、「-」は塩基が削除され、その両端の塩基が直に結合していることを表す。本実験では、マウス骨格筋から採取した衛星細胞を初代培養して得られた筋芽細胞を用いた。コラーゲンコートした96-wellプレートに、1万個/wellのマウス筋芽細胞を播種する。翌日、10μMのiSN04および変異iSN04、または陰性対象(純水、図中Control)を投与する。48時間後に、骨格筋の最終分化マーカーであるミオシン重鎖(MHC)の抗体を用いて免疫染色する。このとき、DAPI染色によって細胞核を可視化する。イメージアナライザーを用いて、細胞の染色画像の撮影と、MHC陽性細胞の割合(MHC陽性細胞内に存在するDAPI陽性細胞核の数を、全てのDAPI陽性細胞核の数で除したもの)の算出を自動的に行う。
【0033】
実験の結果、陰性対象では約20%であるMHC陽性細胞率が、iSN04投与群では50%を超えていた。このことから、iSN04が筋芽細胞からMHC陽性の筋細胞ないし筋管への分化を促進していることがわかる。一方、iSN04の15番目のGを削除した変異iSN04(Δ15)、14~15番目のGGを削除したΔ14-15、13~15番目のGGGを削除したΔ13-15の順に、筋分化促進活性が低下した。これらの結果から、iSN04の13~15番目のGGGが筋分化促進活性に不可欠であることがわかった。
【0034】
以上のiSN04を用いた結果から、iSN04の立体構造の特徴を有していれば、18塩基より短いオリゴDNAでも筋分化促進活性を発揮する可能性が考えられる。筋分化促進オリゴDNAの臨床応用を考えるとき、より短い(分子量の小さい)オリゴDNAの開発は、合成コストの低下や、摂取・吸収率の向上につながると期待される。また、安定性についても分子量が小さいほど有利であることが一般的に期待される。
【0035】
表1に本実施の形態におけるオリゴDNAの配列(配列番号8~15)を示す。なお、本実施形態における前記オリゴDNAは一本鎖であってもよい。また、核酸分解酵素に対して耐性を高めるためにホスホジエステル結合を有するオリゴDNAのリン酸基の酸素原子を硫黄原子で置換したもの(例えばホスホロチオエート結合)であってもよいが、これらに限定されない。
【表1】
【0036】
表1のオリゴDNA(iMyo01~08)の塩基配列は、上記の分子シミュレーションおよび実験結果を踏まえたものである。すなわちiSN04の13~15番目のGGGの立体構造の特徴を保持すべく設計されたものである。ただし、いずれのオリゴDNAにもテロメア配列(TTAGGG)は含まれていない。特に、iMyo01~04は、3連グアニン配列(GGG)と4連グアニン配列(GGGG)がアデニン(A)かチミン(T)のいずれか又は両方を含む1乃至3個の塩基を介して結合した塩基配列を有する、という特徴を有している。当該塩基配列はGGGWGGGG(配列番号20)またはGGGWWGGGG(配列番号21)またはGGGWNWGGGG(配列番号22)と表すこともできる。ここでWはアデニン(A)かチミン(T)を、Nはアデニン(A)かチミン(T)かグアニン(G)かシトシン(C)のいずれかを表す。さらにiMyo01~04の塩基長は8以上16以下となっている。
【0037】
例えば、iMyo01、02はコア配列GGGTGGGG(配列番号4)を、iMyo03、iMyo04はコア配列GGGTGAGGGG(配列番号5)を有することにより、より好ましくは、iMyo01、iMyo02はコア配列TTGGGTGGGGAA(配列番号6)を、iMyo03、iMyo04はコア配列TTGGGTGAGGGGAA(配列番号7)をそれぞれ有することにより、筋分化促進活性に有利な構造を有していると考えられる。
【0038】
そこで、iMyo03(配列番号10)、iMyo04(配列番号11)、および比較例としてiMyo07(配列番号14)の、それぞれ分子シミュレーションによる立体構造解析を行った。立体構造の算出には単純軌跡和マルチカノニカル分子動力学(McMD)法(J. Ikebe et al., J. Comput. Chem., 2011)を用いた。McMD法は、高温から低温までを構造サンプリングすることで、効率的に室温付近における平衡状態の構造集団を求めることができる手法である。ここでは、310Kにおける構造集団を求め、解析に用いた。なお、本方法は前述のiSN04の立体構造計算と同じである。立体構造解析の結果を、それぞれ
図4、
図5、
図6に示す。
【0039】
各図の左側に示した立体構造(水素原子を非表示、5’末端から3’ 末端へ、塩基ごとにグラジュエ―ションを施す)は310Kにおいて最も確率の高い(最安定な)計算構造である。
図4のiMyo03(配列番号10)の立体構造は7~9番目TGAの部分で曲がった構造を示している。また、1番目のT(チミン)が曲がった部分に入り込み、全体的な立体構造の保持に働いているように見える。
【0040】
図4の右側に、iMyo03分子内における各塩基間の接触確率を示す。濃い色の部分は接触確率が高く、塩基同士が近くに位置していることを表している。iMyo03内では特に4番目と11番目、5番目と10番目、6番目と9番目、7番目と9番目の塩基同士付近が濃い色を示し、それらのペアは近くに位置している確率が高い。これは両端が接触したヘアピン様の立体構造を表している。すなわち、iMyo03の立体構造的な特徴として、塩基配列の7~9番目で折れ曲がり、かつ両側の連続グアニンGGGが互いに逆平行に並んで対向している可能性が高い。
【0041】
図5のiMyo04(配列番号11)では、iMyo03で見られたヘアピン様の特徴が明らかではない。
図5中の左側において、iMyo04の最安定な立体構造はヘアピン様構造を形成している。しかし、1番目のチミン(T)は曲がった部分には入り込んでいない。加えて、
図5中の右側の図(iMyo04内の各塩基間の接触確率)からiMyo03で見られた特徴が薄いことがわかる。
【0042】
図6のiMyo07(配列番号14)立体構造はiMyo03(配列番号10)およびiMyo04(配列番号11)のものとは大きく異なる。また、右側の図(iMyo07内の各塩基間の接触確率)からはヘアピン様の特徴が見られない。つまり、iMyo07の立体構造的な特徴はiMyo03およびiMyo04のものとは異なり、iSN04とも異なることを示している。
【0043】
以上、まとめると、iMyo03はヘアピン様構造の安定性が高く、かつ、iSN04の3連グアニン(GGG)と同様な局所構造を保っている。iMyo04はiMyo03に比べて構造安定性が低く、立体構造にばらつきがある。iMyo07の立体構造はiSN04、iMyo03、iMyo04と異なる。以上の構造的特徴は、各オリゴDNAにおける筋分化促進活性効果と密接に関係している。これについては実施例で詳細に説明する。
【0044】
なお、本実施の形態におけるオリゴDNAを筋分化促進剤として使用する場合、個体を構成する細胞に対しても培養液で培養された細胞に対しても適用可能である。また、前記筋分化促進剤はマウス、ヒトを含む哺乳類もしくはニワトリを含む鳥類を対象とすることができるが、これらに限定されない。さらに、本実施の形態における筋分化促進剤は、注射薬、塗布薬、錠剤、カプセル剤、シロップ、座薬等に製剤化できるが、これらに限定されない。また、前記筋分化促進剤は、経口、静脈内、筋肉内、関節内、動脈内、髄内、髄腔内、心室内、経皮、皮下、腹腔内、経腸、局所、舌下または直腸手段によって投与することができるが、これらに限定されない。
【実施例】
【0045】
以下、本開示の実施例について説明する。なお、以下の実験に用いたオリゴDNAのサンプル(iSN04(配列番号1)、iSN14(配列番号16)、iSN45(配列番号17)およびiMyo01~08(配列番号8~15)は、核酸分解酵素に対して耐性を高めるために、ヌクレオチド間のホスホジエステル結合をホスホロチオエート結合に置換して合成した後、HPLC精製したものである。
(実施例1)
図7に、市販の健常者ヒト筋芽細胞を用いた試験の結果を示す。まず、コラーゲンコートした96-wellプレートに、6千個/wellのヒト筋芽細胞を播種する。翌日、30μMのオリゴDNAまたは陰性対象(純水、図中Ctrl)を投与する。オリゴDNAは、試験対象としてiMyo01~08(配列番号8~16)、陽性対照としてiSN04(図中iSN-04)(配列番号1)、陰性対照としてiSN14(図中iSN-14)(配列番号16)およびiSN45(図中iSN-45)(配列番号17)を用いた。iSN14およびiSN45は従来、筋分化促進活性を有しないことがわかっている(特許文献2)。
【0046】
48時間後に、免疫染色によって骨格筋の最終分化マーカーであるミオシン重鎖(MHC)の発現を定量化する。このとき、DAPI染色によって細胞核を可視化する。さらにイメージアナライザーを用いて、細胞の染色画像の撮影と、MHCシグナル強度(画像中のMHCシグナル強度の総計を、DAPI陽性細胞核の数で除したもの)またはMHC陽性細胞率の算出を自動的に行った。陰性対照(純水群)とオリゴDNA投与群のMHCシグナル強度の差は、Dunnett’s testによって検定した。結果を
図7に示す。
【0047】
iSN04(配列番号1)、iMyo01(配列番号8)、iMyo03(配列番号10)を投与した群のMHCシグナル強度は、有意な差をもって純水群(Ctrl)のMHCシグナル強度を上回っていた。すなわち、iMyo01およびiMyo03はiSN04と同程度にヒト筋芽細胞の分化を促進することが示された。
【0048】
(実施例2)
後日、ヒト筋芽細胞を用いた2回目の試験を、
図7の実験と同様の方法で行った。結果を
図8に示す。本実施例では、純水群(Ctrl)におけるMHCシグナル強度が低く(実施例1の約170に対し本実施例では約60)、ヒト筋芽細胞が分化誘導されにくい状態であったことがわかる。このような条件下においても、iSN04(配列番号1)およびiMyo03(配列番号10)を投与した群のMHCシグナル強度は、有意な差をもって純水群(Ctrl)のMHCシグナル強度を上回った。一方、1回目の試験で筋分化促進活性を示したiMyo01(配列番号8)は、本2回目の試験ではMHCシグナル強度を顕著には増強しなかった。以上の結果から、iMyo03の筋分化促進活性はiSN04と同程度であるが、iMyo01の活性はiMyo03よりも劣っている可能性があると考えられる。
【0049】
(実施例3)
本実施例ではマウス筋芽細胞でのスクリーニング試験とその結果について説明する。本実施例も
図7の実験と同様の方法で行った。陰性対照(純水群)とオリゴDNA投与群のMHC陽性細胞率の差を、Dunnett’s testによって検定した。結果を
図9に示す。iSN04(配列番号1)、iMyo03(配列番号10)、iMyo04(配列番号11)を投与した群のMHC陽性細胞率は、有意な差をもって純水群(Ctrl)のMHC陽性細胞率を上回った。すなわち、iMyo03およびiMyo04はiSN04と同様にマウス筋芽細胞の分化を促進することが示された。
【0050】
(実施例4)
本実施例ではニワトリ筋芽細胞でのスクリーニング試験とその結果について説明する。本実施例では、ニワトリ骨格筋から採取した衛星細胞を初代培養して得られた筋芽細胞を用いた。コラーゲンコートした96-wellプレートに、5千個/wellのニワトリ筋芽細胞を播種する。翌日、10μMのオリゴDNAまたは陰性対照(純水)を投与する。48時間後にMHCを免疫染色する。このとき、DAPI染色によって細胞核を可視化する。イメージアナライザーを用いて、細胞の染色画像の撮影と、MHCシグナル強度の算出を自動的に行った。陰性対照(純水群)とオリゴDNA投与群のMHCシグナル強度の差を、Dunnett’s testによって検定した。結果を
図10に示す。
【0051】
iSN04(配列番号1)、iMyo01~04(配列番号8~11)を投与した群のMHCシグナル強度は、有意な差をもって純水群(Ctrl)のMHCシグナル強度を上回った。以上の結果から、iMyo01~04はiSN04と同様にニワトリ筋芽細胞の分化を促進することが示された。
【0052】
以上、実施例1~4の結果をまとめると、iSN04は、ヒト、マウス、ニワトリのいずれの筋芽細胞に対しても、安定して顕著な筋分化促進活性を示した。同様に、iMyo03は全ての試験において、いずれの筋芽細胞に対しても筋分化促進活性を示した。また、iMyo01はヒト筋芽細胞の、iMyo04はマウス筋芽細胞の分化を、それぞれ促進した。ニワトリ筋芽細胞に対しては、iMyo01~04が筋分化促進作用を示した。一方、iMyo05~08はいずれの筋芽細胞に対しても筋分化促進作用を示さなかった。
【0053】
以上の結果から、iMyo03(配列番号10)はiSN04(配列番号1)と極めて類似した筋分化促進活性を有する、すなわちiMyo03(配列番号10)とiSN04(配列番号1)の構造はよく似た特徴を示すことが考えられる。一方で、iMyo01(配列番号8)、iMyo02(配列番号9)、iMyo04(配列番号11)の筋分化促進活性には種特異性があることが強く示唆された。
【0054】
以上の実験結果は、先に示した各オリゴDNAの立体構造と密接に関係していると思われる。すなわち、iMyo03(配列番号10)の連続グアニン内において隣り合うグアニンGGGは接触確率が高く(
図4右の各塩基間接触確率)、iSN04(配列番号1)の連続グアニンGGG(13~15番目)と同様のスタック構造を形成している。つまり、iSN04の活性に必須のGGGと同様な局所構造をiMyo03は有している。
【0055】
これに対し、iMyo04(配列番号11)はiMyo03に比べて、ヘアピン様構造の安定性が低く(
図5右の各塩基間接触確率)、両者の構造に大きなばらつきがある。この構造のばらつきのため、iMyo04はiMyo03に比べて全体的に活性が低く、種特異性が現れたことが考えられる。さらに、iMyo07(配列番号14)に至ってはヘアピン様構造状の立体構造を有しておらず、そのため活性がなかったものと考えられる。このように、筋分化促進活性に違いが現れた理由として、iMyoシリーズの立体構造的な特徴の違いが考えられる。
【0056】
なお、オリゴDNAが種特異性を示すことは珍しくなく、むしろiSN04のように、哺乳類と鳥類を含む幅広い種の細胞に活性を示す配列の方が少ない。例えば、CpG ODN 2006(配列番号18)はマウスとヒト両方のToll様受容体9(TLR9)を活性化するが、CpG ODN 1826(配列番号19)はマウスTLR9特異的でありヒトTLR9を活性化しない、といった報告がある(Pohar et al.,J Immunol,2015)。
【0057】
恐らく、iSN04(配列番号1)およびiMyo03(配列番号10)の共通した構造的特徴は、ヒト、マウス、ニワトリで共通する分子基盤を認識ないし標的とするのに適していると考えられる。他方、iMyo01、02、04の構造はiSN04やiMyo03と少し異なるため、その微細な差異により、動物種によっては活性を発揮しないと推測される。
【0058】
いずれの種の筋芽細胞において作用を示さなかったiMyo05~08(配列番号12~15)は、塩基配列後半のグアニンが3連であることがiMyo01~04(配列番号8~11)とは異なる。したがって、iMyo01~04の活性には塩基配列後半の4連グアニン(GGGG)が重要であることが強く示唆される。iMyo01~04の4連グアニンは、iSN04の活性に不可欠な13~15番目の3連グアニンと類似の立体構造に重要であると考えられる。
【0059】
以上、本開示によれば、塩基長12~16のオリゴDNA、例えば塩基長14のiMyo03(配列番号10)で示されるオリゴDNAにより筋分化を強力に促進することが可能となる。すなわち筋分化を強力に促進する一連のオリゴDNA群を曝露した筋芽細胞では、ミオシン重鎖(MHC)陽性の筋細胞への分化および筋管の形成が促進されることが確認された。しかも、上記オリゴDNAは化学合成が可能で安定構造を有すため、将来的に大量に供給および保存ができる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明は、加齢性筋萎縮症(サルコペニア)、癌悪液質(カヘキシー)による骨格筋量の減少、糖尿病性筋萎縮症などの、加齢性、疾患性および/または代謝性の筋萎縮の予防および/または治療、筋疾患の再生医療、横紋筋肉腫の増殖および/または転移の抑制、多能性幹細胞(ES細胞やiPS細胞)または体性幹細胞の筋分化誘導、創薬のスクリーニングに供する骨格筋幹細胞(衛星細胞)、骨格筋前駆細胞(筋芽細胞)および骨格筋細胞からなる群より選択される少なくとも1種の作成、食肉用家畜および/または家禽の飼料の添加物、食肉用家畜および/または家禽の骨格筋の発生、形成および/または生育の促進に利用することができる。
【配列表】