IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本製紙株式会社の特許一覧

特許7386731塗料組成物及びその製造方法ならびに塗膜
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-16
(45)【発行日】2023-11-27
(54)【発明の名称】塗料組成物及びその製造方法ならびに塗膜
(51)【国際特許分類】
   C09D 201/00 20060101AFI20231117BHJP
   C09D 101/08 20060101ALI20231117BHJP
   C09D 7/65 20180101ALI20231117BHJP
   C09D 7/63 20180101ALI20231117BHJP
【FI】
C09D201/00
C09D101/08
C09D7/65
C09D7/63
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020037438
(22)【出願日】2020-03-05
(65)【公開番号】P2021138836
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2022-09-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100126985
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 充利
(74)【代理人】
【識別番号】100141265
【弁理士】
【氏名又は名称】小笠原 有紀
(74)【代理人】
【識別番号】100129311
【弁理士】
【氏名又は名称】新井 規之
(72)【発明者】
【氏名】安井 皓章
(72)【発明者】
【氏名】中山 武史
【審査官】水野 明梨
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-104833(JP,A)
【文献】特開2020-026460(JP,A)
【文献】特開平07-188585(JP,A)
【文献】国際公開第2019/043782(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/074340(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/00-10/00
C09D 101/00-201/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)アニオン変性セルロースナノファイバーを準備する工程、及び
(B)前記アニオン変性セルロースナノファイバーと、塗膜形成用樹脂組成物と、アニオン変性セルロースナノファイバーを架橋可能な架橋剤とを混合する工程、
を含み、
前記混合する工程において、塗膜形成用樹脂組成物とアニオン変性セルロースナノファイバーとは、塗膜形成用樹脂組成物100質量部に対してアニオン変性セルロースナノファイバーが0.1~10質量部となる量で混合されており、
塗膜形成用樹脂組成物の固形分濃度は、30~80質量%であり、
架橋剤は、ポリカチオンまたはカルボジイミドである、塗料組成物の製造方法。
【請求項2】
前記架橋剤が、ポリカチオンである、請求項1に記載の塗料組成物の製造方法。
【請求項3】
前記架橋剤が、カルボジイミドである、請求項1に記載の塗料組成物の製造方法。
【請求項4】
(A)アニオン変性セルロースナノファイバーを準備する工程、及び
(B)前記アニオン変性セルロースナノファイバーと、塗膜形成用樹脂組成物と、アニオン変性セルロースナノファイバーを架橋可能な架橋剤とを混合する工程、
を含み、
前記架橋剤が、カルボジイミドである、塗料組成物の製造方法。
【請求項5】
前記アニオン変性セルロースナノファイバーが、カルボキシル化セルロースナノファイバーである、請求項1~4のいずれか1項に記載の塗料組成物の製造方法。
【請求項6】
前記アニオン変性セルロースナノファイバーが、カルボキシメチル化セルロースナノファイバーである、請求項1~4のいずれか1項に記載の塗料組成物の製造方法。
【請求項7】
前記アニオン変性セルロースナノファイバーを準備する工程(A)が、
セルロース原料を水酸化物イオン濃度が0.75~3.75mol/Lの水溶液中に浸漬する前アルカリ処理を行う工程A-1、
工程A-1からの前アルカリ処理を施したセルロース原料を酸化して、カルボキシル化セルロースを製造する工程A-2、
工程A-2からのカルボキシル化セルロースをpH8~14のアルカリ性溶液に浸漬するアルカリ加水分解を行う工程A-3、及び
工程A-3からのアルカリ加水分解後のカルボキシル化セルロースを解繊して、アニオン変性セルロースナノファイバーへと変換する工程A-4
を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の塗料組成物の製造方法。
【請求項8】
アニオン変性セルロースナノファイバー、アニオン変性セルロースナノファイバーを架橋可能な架橋剤、及び塗膜形成用樹脂組成物を含有し、
塗膜形成用樹脂組成物とアニオン変性セルロースナノファイバーの含有量は、塗膜形成用樹脂組成物100質量部に対してアニオン変性セルロースナノファイバーが0.1~10質量部となる量であり、
塗膜形成用樹脂組成物の固形分濃度は、30~80質量%であり、
架橋剤は、ポリカチオンまたはカルボジイミドである、塗料組成物。
【請求項9】
前記架橋剤が、ポリカチオンである、請求項8に記載の塗料組成物。
【請求項10】
前記架橋剤が、カルボジイミドである、請求項8に記載の塗料組成物。
【請求項11】
アニオン変性セルロースナノファイバー、アニオン変性セルロースナノファイバーを架橋可能な架橋剤、及び塗膜形成用樹脂組成物を含有する塗料組成物であって、前記架橋剤が、カルボジイミドである、塗料組成物。
【請求項12】
樹脂と、アニオン変性セルロースナノファイバーとを含有し、前記アニオン変性セルロースナノファイバーは架橋剤によって架橋された構造を有しており
架橋剤は、ポリアミドエピクロルヒドリン、ポリエチレンイミン、ε-ポリリジン、またはカルボジイミドから選択される、塗膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗料組成物とその製造方法ならびに塗膜に関する。より詳細には、アニオン変性セルロースナノファイバーと、アニオン変性セルロースナノファイバーを架橋可能な架橋剤とを含有する塗料組成物及びその製造方法ならびに塗膜に関する。
【背景技術】
【0002】
塗工されることで基材上に塗膜を形成させる塗料組成物は、被塗物の用途によっては高い塗膜強度が必要とされることがある。例えば、床面や道路などの路面上に規制、警戒、案内、指示等を標示するための路面標示用塗料組成物は、歩行者や自動車などの激しい往来に耐え得るような強度を有する塗膜を形成できることが望ましい。
【0003】
特許文献1には、水性路面標示用塗料に、数平均繊維径が2nm以上500nm以下のセルロースナノファイバーを、固形分比率0.01質量%以上3.0質量%以下で含有させることが記載されており、水性路面標示用塗料をこのような構成にすることにより、塗膜に可撓性が付与されて塗膜の耐クラック性が向上することが記載されている。
【0004】
特許文献2には、水性塗料組成物に、繊維と、繊維を分散可能な分散剤とを含有させることにより、水性塗料組成物により形成される塗膜に耐傷つき性を付与することが記載されている。
【0005】
特許文献3には、水系樹脂及び着色剤を含有する水系塗料組成物に、数平均繊維径が2nm以上500nm以下であり、セルロース分子中の水酸基に置換基が導入されており、置換度が0.01以上0.5以下であり、I型及び/又はII型の結晶構造を有し、アスペクト比が50以上であるセルロース繊維を、レオロジーコントロール剤として含有させることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-35341号公報
【文献】特開2019-14771号公報
【文献】特開2016-69618号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1~3には、水性塗料組成物にセルロースナノファイバーなどの繊維を含有させることにより、塗料組成物から形成される塗膜の耐クラック性や耐傷つき性を向上させ、また、塗料組成物の粘度調整を行うことが記載されている。このようなセルロースナノファイバーを含有する塗膜について、塗膜の強度をさらに高める方法を提供することは望ましいといえる。本発明は、高い強度を有する塗膜を形成できる塗料組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意検討を行った結果、アニオン変性セルロースナノファイバーと、塗膜形成用の樹脂組成物とを含有する塗料組成物に、さらにアニオン変性セルロースナノファイバーを架橋可能な架橋剤を含有させることにより、向上した強度を有する塗膜を形成することができる塗料組成物を製造することができることを見出した。本発明は、これらに限定されないが、以下を含む。
[1](A)アニオン変性セルロースナノファイバーを準備する工程、及び
(B)前記アニオン変性セルロースナノファイバーと、塗膜形成用樹脂組成物と、アニオン変性セルロースナノファイバーを架橋可能な架橋剤とを混合する工程、
を含む塗料組成物の製造方法。
[2]前記架橋剤が、ポリカチオンである、[1]に記載の塗料組成物の製造方法。
[3]前記架橋剤が、カルボジイミドである、[1]に記載の塗料組成物の製造方法。
[4]前記架橋剤が、多価金属である、[1]に記載の塗料組成物の製造方法。
[5]前記アニオン変性セルロースナノファイバーが、カルボキシル化セルロースナノファイバーである、[1]~[4]のいずれか1項に記載の塗料組成物の製造方法。
[6]前記アニオン変性セルロースナノファイバーが、カルボキシメチル化セルロースナノファイバーである、[1]~[4]のいずれか1項に記載の塗料組成物の製造方法。
[7]前記アニオン変性セルロースナノファイバーを準備する工程(A)が、
セルロース原料を水酸化物イオン濃度が0.75~3.75mol/Lの水溶液中に浸漬する前アルカリ処理を行う工程A-1、
工程A-1からの前アルカリ処理を施したセルロース原料を酸化して、カルボキシル化セルロースを製造する工程A-2、
工程A-2からのカルボキシル化セルロースをpH8~14のアルカリ性溶液に浸漬するアルカリ加水分解を行う工程A-3、及び
工程A-3からのアルカリ加水分解後のカルボキシル化セルロースを解繊して、アニオン変性セルロースナノファイバーへと変換する工程A-4
を含む、[1]~[5]のいずれか1項に記載の塗料組成物の製造方法。
[8]アニオン変性セルロースナノファイバー、アニオン変性セルロースナノファイバーを架橋可能な架橋剤、及び塗膜形成用樹脂組成物を含有する塗料組成物。
[9]前記架橋剤が、ポリカチオンである、[8]に記載の塗料組成物。
[10]前記架橋剤が、カルボジイミドである、[8]に記載の塗料組成物。
[11]前記架橋剤が、多価金属である、[8]に記載の塗料組成物。
[12]樹脂と、アニオン変性セルロースナノファイバーとを含有し、前記アニオン変性セルロースナノファイバーは架橋剤によって架橋された構造を有する、塗膜。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、強度の高い塗膜を形成することができる塗料組成物を提供することができる。本発明の塗料組成物は、これらに限定されないが、例えば、床面や路面の標示用塗料など、塗膜の強度が要求される分野の塗料組成物に適しているといえる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の塗料組成物の製造方法は、アニオン変性セルロースナノファイバーを準備する工程A、及びアニオン変性セルロースナノファイバーと、塗膜形成用樹脂組成物と、アニオン変性セルロースナノファイバーを架橋可能な架橋剤とを混合する工程Bを含む。
【0011】
(1)工程A
工程Aでは、アニオン変性セルロースナノファイバーを準備する。「アニオン変性セルロースナノファイバー」とは、セルロース分子鎖にアニオン性基を導入したアニオン変性セルロースを、ナノスケールの繊維幅となるまで解繊して得た微細繊維である。以下、「セルロースナノファイバー」を「CNF」と略すことがある。工程Aで用いるアニオン変性CNFは、市販のものを用いてもよいし、後述する方法で製造してもよい。
【0012】
アニオン変性CNFを製造する場合には、まず、後述するセルロース原料にアニオン性基を導入することで、アニオン変性セルロースを製造する。アニオン性基の導入方法は特に限定されないが、例えば、酸化または置換反応によってセルロースのピラノース環にアニオン性基を導入することが挙げられる。具体的には、ピラノース環の水酸基を酸化してカルボキシル基へと変換する反応(カルボキシル化)や、ピラノース環に対して置換反応により、カルボキシメチル基やリン酸エステル基を導入する反応(カルボキシメチル化、エステル化)を挙げることができる。
【0013】
(1-1)セルロース原料
アニオン変性CNFの原料となるセルロースの種類は特に限定されず、例えば、植物(例えば、木材、竹、麻、ジュート、ケナフ、農地残廃物、パルプ(針葉樹未漂白クラフトパルプ(NUKP)、針葉樹漂白クラフトパルプ(NBKP)、広葉樹未漂白クラフトパルプ(LUKP)、広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)、針葉樹未漂白サルファイトパルプ(NUSP)、針葉樹漂白サルファイトパルプ(NBSP)サーモメカニカルパルプ(TMP)、再生パルプ、古紙等)、布、動物(例えばホヤ類)、藻類、微生物(例えば酢酸菌(アセトバクター))、微生物産生物等を起源とするセルロースを使用することができる。好ましくは植物又は微生物由来のセルロース繊維であり、より好ましくは植物由来のセルロース繊維である。また、これらのセルロース原料を高圧ホモジナイザーやミル等で粉砕した粉末セルロース、さらに酸加水分解などの化学処理により精製した微結晶セルロース等も用いることができる。微結晶セルロースとは、木材パルプの非結晶部分を酸加水分解処理で除去した後、粉砕・篩い分けすることで得られる微結晶性セルロースからなる棒軸状粒子である。微結晶セルロースにおけるセルロースの重合度は100~500程度であり、X線回折法による微結晶セルロースの結晶化度は70~90%であり、レーザー回折式粒度分布測定装置による体積平均粒子径は好ましくは100μm以下であり、より好ましくは50μm以下である。粉末セルロース又は微結晶セルロースは、KCフロック(登録商標)(日本製紙社製)、セオラス(登録商標)(旭化成社製)、アビセル(登録商標)(FMC社製)などの商品名で市販されている。
【0014】
後述するカルボキシル化(酸化)反応を行う場合には、反応を促進するために、リグニンの含量が低いセルロース原料を用いることが好ましい。したがって、クラフトパルプやサルファイトパルプなどの化学パルプの製法により得られたセルロース原料を用いることは好ましい。また、さらにリグニンを除去するために、セルロース原料に公知の漂白処理を施すことは好ましい。
【0015】
漂白処理は、塩素処理(C)、二酸化塩素漂白(D)、アルカリ抽出(E)、次亜塩素酸塩漂白(H)、過酸化水素漂白(P)、アルカリ性過酸化水素処理段(Ep)、アルカリ性過酸化水素・酸素処理段(Eop)、オゾン処理(Z)、キレート処理(Q)などを組み合わせて、たとえば、C/D-E-H-D、Z-E-D-P、Z/D-Ep-D、Z/D-Ep-D-P、D-Ep-D、D-Ep-D-P、D-Ep-P-D、Z-Eop-D-D、Z/D-Eop-D、Z/D-Eop-D-E-Dなどのシーケンスで行なうことができる。シーケンス中の「/」は、「/」の前後の処理を洗浄なしで連続して行なうことを意味する。漂白処理を経たセルロース原料(漂白クラフトパルプ、漂白サルファイトパルプ)は、白色度(ISO 2470)が80%以上であることがより好ましい。
【0016】
(1-2)セルロース原料の前アルカリ処理
上述のセルロース原料に対し後述するアニオン変性を施すことができるが、特にアニオン変性が後述する「カルボキシル化」である場合には、アニオン変性の前に任意に「前アルカリ処理」を施してもよい(工程A-1)。「前アルカリ処理」とは、水酸化物濃度が0.75~3.75mol/Lの水性溶液中に、上述したセルロース原料を浸漬する処理をいう。セルロース原料のアニオン変性前に前アルカリ処理を行うことにより、最終的に得られるアニオン変性CNFの粘度を低下させることができる。低粘度のアニオン変性CNFは、塗料組成物に添加した際に塗料組成物の粘度に影響しにくいため、塗料組成物中に比較的多めに添加することができるという利点があり、これにより、塗料組成物から形成される塗膜の強度をさらに向上させることができるようになる。
【0017】
セルロース原料の前アルカリ処理により最終的に得られるアニオン変性(カルボキシル化)CNFが低粘度化される機構は次のように考えられる:
一般にセルロース原料は、セルロース分子間およびセルロース繊維間が水素結合を介して比較的強固に結合している。セルロース原料をアルカリで処理すると、セルロース原料が膨潤して水素結合が弱まり、セルロース分子間およびセルロース繊維間にやや大きな空隙が形成される。この空隙を介して後述するカルボキシル化で使用する酸化剤が浸透し、セルロース原料の酸化(カルボキシル化)が促進される。また、特にセルロース原料として漂白クラフトパルプまたは漂白サルファイトパルプを用いた場合は、アルカリによってセルロースのミクロフィブリル表面を被覆しているヘミセルロースが溶出され、ミクロフィブリル表面が露出するため、カルボキシル化(酸化)が促進される。これらの結果、セルロース原料のカルボキシル化反応が短時間で進行し、かつ多くのカルボキシル基が導入される。カルボキシル基が生成して局所的にpHが低下する部分が生じるとその場所では反応液中の次亜塩素酸ナトリウムから次亜塩素酸が生成する。次亜塩素酸はセルロースを酸化分解するのでセルロースの重合度低下が促進され、その結果、CNF分散液の粘度が低下する。
【0018】
前アルカリ処理は、前記セルロース原料を水に分散させ、当該水分散液にアルカリを添加して水中の水酸化物イオン濃度を前記範囲に調整し、反応液を撹拌することにより行なうことができる。あるいは予め水酸化物イオン濃度が調整された水溶液に前記セルロース原料を分散させることにより行なうことができる。
【0019】
アルカリは、水溶性であれば特に限定されず、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウムなどの無機アルカリであってもよいし、水酸化テトラメチルアンモニウム、水酸化テトラエチルアンモニウムなどの有機アルカリであってもよい。水酸化ナトリウムは、入手が容易であり、かつ比較的安価であるため好ましい。また、パルプ工場で生成する白液、緑液のような複数のアルカリやその他成分を含む水溶液を前アルカリ処理時に添加するアルカリとして用いることもできる。
【0020】
前記セルロース原料を浸漬する水溶液中の水酸化物イオン濃度は0.75~3.75mol/Lであり、好ましくは1.25~2.5mol/Lである。水酸化物イオン濃度が0.75mol/L以上であれば、ヘミセルロースを除去することができ。また、水酸化物イオン濃度が3.75mol/L以下であると、短繊維化が適度であり、また、繊維の水への溶解も適度に抑えることができる。
【0021】
前アルカリ処理は大気圧下、加圧下、減圧下のいずれで実施してもよい。処理温度は0~100℃が好ましく、10~60℃がより好ましく、20~40℃がさらに好ましい。処理時間は5分~24時間が好ましく、15分~12時間がより好ましく、30分~6時間がさらに好ましい。セルロース原料の濃度は、反応混合物中0.1~50質量%が好ましく、1~30質量%がより好ましく、2~20質量%がさらに好ましい。
【0022】
次のカルボキシル化における副反応を避ける観点から、前アルカリ処理を施したセルロース原料は、カルボキシル化の前に、中和および洗浄することが好ましい。
(1-3)セルロース原料のアニオン変性-カルボキシル化
上述のセルロース原料又は前アルカリ処理を施したセルロース原料に対し、アニオン変性の一例としてカルボキシル化(酸化とも呼ぶ。)を行うことができる。カルボキシル化とは、セルロースのピラノース環の水酸基を酸化してカルボキシル基(-COOH(酸型)または-COOM(金属塩型)を含む(式中、Mは金属イオンである。))に変換する反応をいう。本明細書において、カルボキシル化により得られるアニオン変性セルロースを、カルボキシル化セルロースまたは酸化セルロースと呼ぶ。
【0023】
カルボキシル化セルロースは、上記のセルロース原料を公知の方法でカルボキシル化(酸化)することにより得ることができる。カルボキシル化セルロースにおけるカルボキシル基の量は、特に限定されるものではないが、カルボキシル化セルロースの絶乾質量に対して、0.6~3.0mmol/gとなるように調整することが好ましく、1.0~2.0mmol/gになるように調整することがさらに好ましい。カルボキシル基の量は、酸化剤の種類や量、酸化反応の際の温度や時間などを制御することで、調整することができる。
【0024】
カルボキシル化セルロースのカルボキシル基の量は、以下の方法で測定することができる:
カルボキシル化セルロースの0.5質量%スラリー(媒体:水)60mlを調製し、0.1M塩酸水溶液を加えてpH2.5とした後、0.05Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHが11になるまで電気伝導度を測定し、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(a)から、下式を用いて算出する:
カルボキシル基量〔mmol/gカルボキシル化セルロース〕=a〔ml〕×0.05/カルボキシル化セルロース質量〔g〕。
【0025】
カルボキシル化(酸化)方法の一例として、セルロース原料を、N-オキシル化合物と、臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物からなる群から選択される化合物との存在下で酸化剤を用いて水中で酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、セルロース表面のグルコピラノース環のC6位の一級水酸基が選択的に酸化され、表面にアルデヒド基と、カルボキシル基(-COOH)またはカルボキシレート基(-COO)とを有するセルロース繊維を得ることができる。反応時のセルロース原料の水中での濃度は特に限定されないが、5質量%以下とすることが好ましい。
【0026】
N-オキシル化合物とは、ニトロキシラジカルを発生しうる化合物をいう。N-オキシル化合物としては、目的の酸化反応を促進する化合物であれば、いずれの化合物も使用できる。例えば、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシラジカル(TEMPO)及びその誘導体(例えば4-ヒドロキシTEMPO)が挙げられる。N-オキシル化合物の使用量は、セルロース原料を酸化できる触媒量であればよく、特に制限されない。例えば、絶乾1gのセルロース原料に対して、0.01~10mmolが好ましく、0.01~1mmolがより好ましく、0.05~0.5mmolがさらに好ましい。また、反応液全体に対し0.1~4mmol/L程度がよい。
【0027】
臭化物とは臭素を含む化合物であり、その例には、水中で解離してイオン化可能な臭化アルカリ金属が含まれる。また、ヨウ化物とはヨウ素を含む化合物であり、その例には、ヨウ化アルカリ金属が含まれる。臭化物またはヨウ化物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。臭化物およびヨウ化物の合計量は、例えば、絶乾1gのセルロース原料に対して、0.1~100mmolが好ましく、0.1~10mmolがより好ましく、0.5~5mmolがさらに好ましい。
【0028】
酸化剤としては、公知のものを使用でき、例えば、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物などを使用できる。中でも、安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムは好ましい。酸化剤の適切な使用量は、例えば、絶乾1gのセルロース原料に対して、0.5~500mmolが好ましく、0.5~50mmolがより好ましく、1~25mmolがさらに好ましく、3~10mmolが最も好ましい。また、例えば、N-オキシル化合物1molに対して1~40molが好ましい。
【0029】
セルロース原料の酸化は、比較的温和な条件下であっても、反応が効率よく進行しやすい。よって、反応温度は4~40℃であってもよく、また、15~30℃程度の室温であってもよい。反応の進行に伴ってセルロース鎖にカルボキシル基が生成するため、反応液のpHの低下が認められる。酸化反応を効率よく進行させるためには、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加して、反応液のpHを8~12、好ましくは10~11程度に維持することが好ましい。反応液における媒体は、取扱い性の容易さや、副反応が生じにくいこと等から、水が好ましい。
【0030】
酸化反応における反応時間は、酸化の進行の程度に従って適宜設定することができ、通常は0.5~6時間、例えば、0.5~4時間程度である。
酸化反応は、2段階に分けて実施してもよい。例えば、1段目の反応終了後に濾別して得られた酸化セルロース繊維を、再度、同一または異なる反応条件で酸化させることにより、1段目の反応で副生する食塩による反応阻害を受けることなく、効率よく酸化を進行させることができる。
【0031】
カルボキシル化(酸化)の方法の別の例として、オゾンを含む気体とセルロース原料とを接触させることにより酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、グルコピラノース環の少なくとも2位及び6位の水酸基がカルボキシル基へと酸化されると共に、セルロース鎖の分解が起こる。オゾンを含む気体中のオゾン濃度は、50~250g/mであることが好ましく、50~220g/mであることがより好ましい。セルロース原料に対するオゾン添加量は、セルロース原料の固形分を100質量部とした際に、0.1~30質量部であることが好ましく、5~30質量部であることがより好ましい。オゾン処理温度は、0~50℃であることが好ましく、20~50℃であることがより好ましい。オゾン処理時間は、特に限定されないが、1~360分程度であり、30~360分程度が好ましい。オゾン処理の条件がこれらの範囲内であると、セルロースが過度に酸化及び分解されることを防ぐことができ、酸化セルロースの収率が良好となる。オゾン処理を施した後に、酸化剤を用いて、追酸化処理を行ってもよい。追酸化処理に用いる酸化剤は、特に限定されないが、二酸化塩素、亜塩素酸ナトリウム等の塩素系化合物や、酸素、過酸化水素、過硫酸、過酢酸などが挙げられる。例えば、これらの酸化剤を水またはアルコール等の極性有機溶媒中に溶解して酸化剤溶液を作成し、溶液中にセルロース原料を浸漬させることにより追酸化処理を行うことができる。
【0032】
(1-4)セルロース原料のアニオン変性-カルボキシメチル化
上述したセルロース原料に対し、アニオン変性の一例として、カルボキシメチル化(以下、「CM化」と略すことがある。)を行うことができる。セルロース原料のCM化により得られるCM化セルロースの無水グルコース単位当たりのカルボキシメチル置換度は、0.01~0.50となるものが好ましく、0.02~0.40がさらに好ましく、0.10~0.30がさらに好ましい。カルボキシメチル置換度が0.50を超えると、水などの媒体に溶解するようになり、繊維状の形状を維持することができなくなる。
【0033】
CM化セルロースのカルボキシメチル置換度は、以下の方法で測定することができる:
CM化セルロース(絶乾)約2.0gを精秤して、300mL容共栓付き三角フラスコに入れる。硝酸メタノール(メタノール1000mLに特級濃硝酸100mLを加えた液)100mLを加え、3時間振とうして、塩の形態のCM化セルロースを水素型CM化セルロースに変換する。水素型CM化セルロース(絶乾)を1.5g~2.0g精秤し、300mL容共栓付き三角フラスコに入れる。80質量%メタノール15mLで水素型CM化セルロースを湿潤し、0.1NのNaOHを100mL加え、室温で3時間振とうする。指示薬として、フェノールフタレインを用いて、0.1NのHSOで過剰のNaOHを逆滴定する。カルボキシメチル置換度(DS)を、次式によって算出する:
A=[(100×F’-(0.1NのHSO)(mL)×F)×0.1]/(水素型CM化セルロースの絶乾質量(g))
DS=0.162×A/(1-0.058×A)
A:水素型CM化セルロースの1gの中和に要する1NのNaOH量(mL)
F:0.1NのHSOのファクター
F’:0.1NのNaOHのファクター。
【0034】
CM化セルロースを製造する方法の一例として次のような方法を挙げることができる:
セルロース原料に、溶媒として3~20質量倍の水及び/又は低級アルコール、具体的には水、メタノール、エタノール、N-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、N-ブタノール、イソブタノール、第3級ブタノール等の単独、又は2種以上の混合媒体を加える。なお、溶媒に低級アルコールを混合する場合の低級アルコールの混合割合は、60~95質量%であることが好ましい。ここに、マーセル化剤として、セルロース原料の無水グルコース残基当たり0.5~20倍モルの水酸化アルカリ金属、具体的には水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを添加する。セルロース原料と溶媒、マーセル化剤を混合し、反応温度0~70℃、好ましくは10~60℃、かつ反応時間15分~8時間、好ましくは30分~7時間、マーセル化処理を行う。その後、CM化剤、例えばモノクロロ酢酸またはその塩などをグルコース残基当たり0.05~10.0倍モル添加し、反応温度30~90℃、好ましくは40~80℃、かつ反応時間30分~10時間、好ましくは1時間~4時間、エーテル化反応を行う。
【0035】
(1-5)セルロース原料のアニオン変性-エステル化
上述のセルロース原料に対し、アニオン変性の一例として、エステル化を行うことができる。エステル化の一例として、セルロース原料へのリン酸基又は亜リン酸基の導入を挙げることができる。本明細書において、リン酸基又は亜リン酸基の導入により得られるアニオン変性セルロースを、リン酸エステル化セルロースまたはエステル化セルロースと呼ぶ。リン酸エステル化セルロースの製造方法としては、セルロース原料またはそのスラリーに、リン酸基を有する化合物の粉末や水溶液を混合する方法を挙げることができる。リン酸基を有する化合物としては、リン酸、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウム、ピロリン酸カリウム、メタリン酸カリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、ピロリン酸アンモニウム、メタリン酸アンモニウム等を挙げることができ、これらの1種、あるいは2種以上を混合して用いてもよい。セルロース原料に対するリン酸基を有する化合物の添加割合は、セルロース原料の固形分100質量部に対して、リン元素に換算した添加量が0.1~500質量部であることが好ましく、1~400質量部であることがより好ましく、2~200質量部であることがさらに好ましい。反応温度は0~95℃が好ましく、30~90℃がより好ましい。反応時間は特に限定されないが、1~600分程度であり、30~480分がより好ましい。得られたリン酸エステル化セルロースの懸濁液は、セルロースの加水分解を抑える観点から、脱水した後、100~170℃で加熱処理することが好ましい。リン酸エステル化セルロースのグルコース単位当たりのリン酸基置換度は0.001以上0.40未満であることが好ましい。
【0036】
(1-6)アニオン変性セルロース
工程Aにおいてアニオン変性CNFを準備する際には、例えば、上述のアニオン変性(カルボキシル化、カルボキシメチル化、及びエステル化)により、アニオン変性セルロースを得て、これを後述する方法で解繊することにより、アニオン変性CNFを得ることができる。また、市販のアニオン変性セルロースを解繊してアニオン変性CNFを得てもよい。
【0037】
アニオン変性CNFの原料であるアニオン変性セルロースは、水に分散した際にも繊維状の形状の少なくとも一部が維持されるものを用いる。繊維状の形状が維持されないもの(すなわち、分散媒に完全に溶解するもの)を用いると、ナノファイバーを得ることができない。分散した際に繊維状の形状の少なくとも一部が維持されるとは、アニオン変性セルロースの分散体を電子顕微鏡で観察すると、繊維状の物質を観察することができるものをいう。また、X線回折で測定した際にセルロースI型結晶のピークを観測することができるものが好ましい。
【0038】
アニオン変性セルロースにおけるセルロースの結晶化度は、結晶I型が50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましい。結晶性を上記範囲に調整することにより、解繊により繊維を微細化した後の繊維の溶解を抑えることができる。アニオン変性セルロースの結晶性は、セルロース原料の結晶化度、及びアニオン変性の度合によって制御できる。アニオン変性セルロースの結晶化度の測定方法は、以下の通りである:
試料をガラスセルに乗せ、X線回折測定装置(LabX XRD-6000、株式会社島津製作所製)を用いて測定する。結晶化度の算出はSegal等の手法を用いて行い、X線回折図の2θ=10゜~30゜の回折強度をベースラインとして、2θ=22.6゜の002面の回折強度と2θ=18.5゜のアモルファス部分の回折強度から次式により算出する。
Xc=(I002c-Ia)/I002c×100
Xc:セルロースのI型の結晶化度(%)
I002c:2θ=22.6゜、002面の回折強度
Ia:2θ=18.5゜、アモルファス部分の回折強度。
【0039】
(1-7)アニオン変性セルロースのアルカリ加水分解
上記のアニオン変性セルロースは、後述する解繊に供することができるが、特にアニオン変性がカルボキシル化である場合には、解繊前に任意に「アルカリ加水分解」を施してもよい(工程A-3)。「アルカリ加水分解」とは、カルボキシル化セルロースをpH8~14のアルカリ性溶液中に浸漬して加水分解を行う処理をいう。アルカリ加水分解を行うことにより、後の解繊に必要となるエネルギーを低減させることができるようになる。
【0040】
カルボキシル化セルロースのアルカリ加水分解により解繊に要するエネルギーを低減させることができる理由は次のように推察される:
カルボキシル化セルロースのカルボキシル基が存在しているC6位の水素は、カルボキシル基により電子が吸引されているので電荷が欠乏している状態にある。そのため、pH8~14のアルカリ性条件下においてC6位の水素が水酸化物イオンで引き抜かれやすくなっている。水素が水酸化物イオンで引き抜かれるとβ脱離によるグルコシド結合の開裂が進行して、カルボキシル化セルロースが短繊維化される。繊維長が短くなることで、カルボキシル化セルロースを含有する分散液の粘度が低下し、その結果、解繊に要するエネルギーが低減されると考えられる。
【0041】
アルカリ加水分解は、副反応を抑制するために、反応媒体として水を用いることが好ましい。また、助剤として酸化剤または還元剤を用いることが好ましい。酸化剤または還元剤を用いることにより、アルカリ加水分解によるカルボキシル化セルロースの着色を抑制することができる。酸化剤または還元剤によりアルカリ加水分解によるカルボキシル化セルロースの着色を抑制できる理由は以下のように推察される:
アルカリ加水分解によるカルボキシル化セルロースの黄色への着色は、β脱離の際に二重結合が生成することに起因すると考えられる。アルカリ加水分解において、酸化剤または還元剤を用いると、二重結合を酸化または還元して除去できるので着色を抑制できると考えられる。
【0042】
酸化剤または還元剤としては、pH8~14のアルカリ性領域で活性を有するものを使用できる。酸化剤の例には、酸素、オゾン、過酸化水素、次亜塩素酸塩が含まれ、これらの2種以上を組み合わせて使用してもよい。ただし、オゾンのようなラジカルを発生する酸化剤を使用した場合には、発生するラジカルにより加水分解後のカルボキシル化セルロースが着色する問題が生じ得る。したがって、酸化剤としては、ラジカルを発生しにくい酸素、過酸化水素、次亜塩素酸塩などを用いることは好ましく、特に、着色防止の観点から、過酸化水素を用いることが好ましい。これらは、オゾンのようなラジカルを発生する酸化剤と併用しないことがさらに好ましく、過酸化水素を単独で用いることがさらに好ましい。
【0043】
還元剤の例には、水素化ホウ素ナトリウム、ハイドロサルファイト、亜硫酸塩が含まれ、これらの2種以上を併用して使用してもよい。
反応効率の観点から、助剤の添加量はカルボキシル化セルロースの絶乾量に対して0.1~10質量%が好ましく、0.3~5質量%がより好ましく、0.5~2質量%がさらに好ましい。
【0044】
アルカリ加水分解における反応液のpHは、8~14が好ましく、9~13がより好ましく、10~12がさらに好ましい。pHが8未満であると十分な加水分解が起こらず、解繊に要するエネルギーの低減につながらないことがある。また、pHが14を超えると、加水分解は進行するが、カルボキシル化セルロースが着色するという問題が生じ得る。pHの調整に用いるアルカリは水溶性であればよいが、製造コストの観点から、水酸化ナトリウムが最適である。また反応効率の観点から、温度は40~120℃が好ましくは、50~100℃がより好ましく、60~90℃がさらに好ましい。温度が低いと十分な加水分解が起こらず、解繊時のエネルギーの低減につながらないことがある。一方、温度が高いと加水分解は進行するが、カルボキシル化セルロースが着色するという問題が生じ得る。加水分解の反応時間は0.5~24時間が好ましく、1~10時間がより好ましく、2~6時間がさらに好ましい。反応効率の観点から、反応液中のカルボキシル化セルロースの濃度は、1~20質量%が好ましく、3~15質量%がより好ましく、5~10質量%がさらに好ましい。
【0045】
(1-8)アニオン変性セルロースの解繊
上述のアニオン変性セルロース又はアルカリ加水分解を施したアニオン変性セルロースを解繊することにより、アニオン変性CNFとすることができる。解繊に用いる装置は、特に限定されず、高速回転式、コロイドミル式、高圧式、ロールミル式、超音波式などの分散装置を用いることができる。中でも、アニオン変性セルロースの分散体に強力な剪断力を印加できる湿式の高圧または超高圧ホモジナイザーを用いることは好ましい。効率よく解繊するためには、高圧ホモジナイザーの圧力は、50MPa以上であることが好ましく、100MPa以上であることがさらに好ましく、140MPa以上であることがさらに好ましい。高圧ホモジナイザーでの解繊に先立って、必要に応じて、高速剪断ミキサーなどの公知の混合、撹拌、乳化、分散装置を用いて、アニオン変性セルロースの分散体に予備処理を施してもよい。
【0046】
アニオン変性セルロースの解繊により、アニオン変性CNFを得ることができる。本明細書において、「CNF」(セルロースナノファイバー)とは、ナノメートルオーダーの繊維幅まで微細化されたセルロース由来の繊維をいい、より詳細には、繊維径が約3~数百nm程度、例えば、3~500nm程度であるセルロース由来の微細繊維をいう。CNFの平均繊維径は、好ましくは3~500nm程度であり、より好ましくは3~150nm程度であり、さらに好ましくは3~90nm程度であり、さらに好ましくは3~20nm程度である。平均繊維長を平均繊維径で除すことによりアスペクト比を算出することができる。アスペクト比は好ましくは30以上、より好ましくは50以上、さらに好ましくは100以上である。アスペクト比の上限は限定されないが、500以下程度となる。
【0047】
CNFの平均繊維径及び平均繊維長は、径が20nm未満の場合は原子間力顕微鏡(AFM)、20nm以上の場合は電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて、ランダムに選んだ200本の繊維について解析し、平均を算出することにより、測定することができる。
【0048】
アニオン変性CNFのセルロースI型の結晶化度は、50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましい。アニオン変性CNFの結晶化度の測定方法は、上述したアニオン変性セルロースの結晶化度の測定方法と同じである。
【0049】
(2)工程B
工程Bでは、アニオン変性CNFと、塗膜形成用樹脂組成物と、アニオン変性CNFを架橋可能な架橋剤とを混合する。「塗膜形成用樹脂組成物」は、塗工後に膜を形成する樹脂と、樹脂を分散する溶媒と、塗料組成物の用途に応じて任意に添加される添加剤とを含む。塗膜形成用樹脂組成物における、樹脂、溶媒、及び任意成分の各種添加剤の配合割合は特に限定されず、塗料組成物の塗工が可能であり、かつ、塗工後の乾燥により塗膜を形成できる割合であればよい。固形分濃度の割合が高いほど乾燥が容易であり、溶媒の割合が高いほどアニオン変性CNFが均一に分散しやすく強度向上に有利である。したがって、塗膜形成用樹脂組成物の固形分濃度は30~80%が好ましく、60~70%がより好ましい。
【0050】
(2-1)樹脂
塗膜形成用樹脂組成物に含まれる樹脂としては、塗工後に乾燥させることにより塗膜を形成することができるものであればよく、特に限定されない。樹脂の形態も特に限定されず、例えば、樹脂の分散体、エマルション、ミクロゲル等の形態を挙げることができる。樹脂の種類は、例えば、これらに限定されないが、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、フッ素樹脂、シリコーン樹脂、アクリル樹脂、ビニル系樹脂、アルキド系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド樹脂、セルロース系樹脂、ポリエーテル樹脂等が挙げられ、用途に応じて適宜選択することができる。本明細書でいう「樹脂」は、重合により樹脂を潜在的に形成し得る化合物、すなわち、モノマーやオリゴマーも含む。これらの樹脂は、単独又は2種類以上を組み合わせて用いることができる。
【0051】
(2-2)樹脂-エポキシ樹脂
エポキシ樹脂とは、エポキシ化合物を構成単位とする樹脂をいい、例えば、ビスフェノールA、ビスフェノールF、ビスフェノールAD、ビスフェノールZ等の少なくとも1種とグリシジルエーテル類とを反応させたものが挙げられる。各種変性を行ったエポキシ樹脂を用いてもよい。
【0052】
(2-3)樹脂-ウレタン樹脂
ウレタン樹脂とは、ポリオール及びポリイソシアネートを構成単位とする樹脂をいう。ポリオールとしては、例えば、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、ポリカーボネートポリオール等が挙げられる。ポリイソシアネートとしては、例えば、脂肪族ポリイソシアネートが挙げられ、例えば、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、水添トリレンジイソシアネート、水添キシリレンジイソシアネート、水添メチレンジフェニルジイソシアネート等が挙げられる。各種変性を行ったウレタン樹脂を用いてもよい。
【0053】
(2-4)樹脂-フッ素樹脂
フッ素樹脂とは、フッ素原子を含むオレフィンを重合して得られる樹脂をいい、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリフッ化ビニル(PVF)、ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂(PFA)、四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体(FEP)、エチレン・四フッ化エチレン共重合体(ETFE)等が挙げられる。
【0054】
(2-5)樹脂-シリコーン樹脂
シリコーン樹脂としては、アルキルシリケートの部分加水分解縮合物あるいはその変性物が挙げられる。アルキルシリケートの部分加水分解縮合物としては、例えば、一般式R Si(OR4-n(式中、Rは炭素数1~8の有機基であり、Rは炭素数1~5のアルキル基であり、nは0又は1である。)で示されるアルキルシリケートの加水分解縮合物が好適に挙げられる。上記式において、Rとしての有機基としては、例えば、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基、ビニル基等が挙げられる。ここで、アルキル基としては、直鎖でも分岐したものでもよい。アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、i-プロピル基、n-ブチル基、i-ブチル基、s-ブチル基、t-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基等のアルキル基が挙げられる。好ましいアルキル基は炭素数が1~4個のものである。シクロアルキル基としては、例えば、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基等が好適に挙げられる。アリール基としては、例えば、フェニル基、ナフチル基等が挙げられる。上記各官能基は任意に置換基を有していてもよい。このような置換基としては、例えば、ハロゲン原子(例えば、塩素原子、臭素原子、フッ素原子等)、(メタ)アクリロイル基、アミノ基、メルカプト基、グリシドキシ基、エポキシ基、脂環式基等が挙げられる。Rとしてのアルキル基としては直鎖でも分岐したものでもよく、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、i-プロピル基、n-ブチル基、i-ブチル基、s-ブチル基、t-ブチル基、ペンチル基等が挙げられる。このうち好ましいアルキル基は炭素数が1~2個のものである。
【0055】
このようなアルキルシリケートの具体例としては、テトラメチルシリケート、テトラエチルシリケート、テトラ-n-プロピルシリケート、テトラ-i-プロピルシリケート、テトラ-n-ブチルシリケートなどのnが0の場合のアルキルシリケート;メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、n-プロピルトリメトキシシラン、n-プロピルトリエトキシシラン、i-プロピルトリメトキシシラン、i-プロピルトリエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、γ-メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メタクリルオキシプロピルトリエトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、3,4-エポキシシクロヘキシルエチルトリメトキシシラン、3,4-エポキシシクロヘキシルエチルトリエトキシシランなどの、nが1の場合のアルキルシリケートが挙げられる。これらは単独又は2種以上が組み合わされて用いられていてもよい。各種変性を行ったシリコーン樹脂を用いてもよい。
【0056】
(2-6)樹脂-アクリル樹脂
アクリル樹脂とは、(メタ)アクリルモノマーを構成単位とする樹脂をいう。例えば、(メタ)アクリル酸のアルキルエステルを構成単位とする樹脂が好ましい。このエステルにおけるアルキル基は炭素数1~10が好ましく、1~8が特に好ましい。このような構成単位としては、例えば、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸n-プロピル、(メタ)アクリル酸i-プロピル、(メタ)アクリル酸n-ブチル、(メタ)アクリル酸i-ブチル、(メタ)アクリル酸t-ブチル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸2-エチルヘキシル等が挙げられる。各種変性を行ったアクリル樹脂を用いてもよい。
【0057】
(2-7)樹脂-ビニル系樹脂
ビニル系樹脂とは、炭素-炭素不飽和結合を有する化合物((メタ)アクリルモノマー等の(メタ)アクリル系化合物を除く。)を構成単位とする樹脂をいい、例えば、構成モノマーとして、塩化ビニル、酢酸ビニル、スチレン、アクリロニトリル等の少なくとも1種を含有するものが挙げられる。各種変性を行ったビニル系樹脂を用いてもよい。
【0058】
(2-8)溶媒
塗膜形成用樹脂組成物は、上記の樹脂と、樹脂を分散させるための溶媒とを含む。溶媒としては、水、親水性有機溶媒、および水と親水性有機溶媒との混合溶媒等の水系溶媒、並びに、疎水性有機溶媒を挙げることができる。溶媒の種類は、樹脂の種類や、塗料組成物又は塗膜の用途に応じて、適宜選択することができる。
【0059】
親水性有機溶媒としては、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、エチレングリコールモノ(イソ)プロピルエーテル、エチレングリコールジ(イソ)プロピルエーテル、エチレングリコールモノ(イソ)ブチルエーテル、エチレングリコールジ(イソ)ブチルエーテル、エチレングリコールモノ-tert-ブチルエーテル、エチレングリコールモノヘキシルエーテル、1,3-ブチレングリコール-3-モノメチルエーテル、3-メトキシブタノール、3-メチル-3-メトキシブタノール、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールモノ(イソ)プロピルエーテル、ジエチレングリコールジ(イソ)プロピルエーテル、ジエチレングリコールモノ(イソ)ブチルエーテル、ジエチレングリコールジ(イソ)ブチルエーテル、ジエチレングリコールモノヘキシルエーテル、ジエチレングリコールジヘキシルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノ(イソ)プロピルエーテル、プロピレングリコールモノ(イソ)ブチルエーテル、プロピレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールジエチルエーテル、プロピレングリコールジ(イソ)プロピルエーテル、プロピレングリコールジ(イソ)ブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、ジプロピレングリコールモノ(イソ)プロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノ(イソ)ブチルエーテル、ジプロピレングリコールジメチルエーテル、ジプロピレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールジ(イソ)プロピルエーテル、ジプロピレングリコールジ(イソ)ブチルエーテル等のエーテル類;メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール、イソブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、フルフリルアルコール等のアルコール類;メチルエチルケトン、ジメチルケトン、ジアセトンアルコール等のケトン類;エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール等のグリコール類;エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、1-メトキシ-2-プロピルアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート等のアルコキシエステル類等が挙げられる。これらは、単独でもしくは2種以上組み合わせて使用することができる。
【0060】
疎水性有機溶媒としては、20℃において、100gの水に溶解する質量が10g以下、好ましくは5g以下、より好ましくは1g以下の有機溶媒を使用することができる。かかる有機溶媒としては、例えば、ゴム揮発油、ミネラルスピリット、トルエン、キシレン、ソルベントナフサ等の炭化水素系溶媒;1-ヘキサノール、1-オクタノール、2-オクタノール、 2-エチルヘキサノール、1-デカノール、ベンジルアルコール、エチレングリコールモノ2-エチルヘキシルエーテル、プロピレングリコールモノn-ブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノn-ブチルエーテル、トリプロピレングリコールモノn-ブチルエーテル、プロピレングリコールモノ2-エチルヘキシルエーテル、プロピレングリコールモノフェニルエーテル等のアルコール系溶媒;酢酸n-ブチル、酢酸イソブチル、酢酸イソアミル、酢酸メチルアミル、酢酸エチレングリコールモノブチルエーテル等のエステル系溶媒;メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン、エチルn-アミルケトン、ジイソブチルケトン等のケトン系溶媒を挙げることができる。これらは、単独でもしくは2種以上組み合わせて使用することができる。
【0061】
なお、本発明の塗料組成物は、水系溶媒を用いた水性塗料組成物であってもよく、疎水性有機溶媒を用いた溶剤系塗料組成物であってもよい。水性塗料組成物である場合には、塗膜形成用樹脂組成物は、水及び/又は親水性有機溶媒である水系溶媒から基本的になる。一方、溶剤系塗料組成物である場合には、塗膜形成用樹脂組成物は、疎水性有機溶媒から基本的になる。「基本的になる」とは、塗料の安定性を損なわない範囲で、他の溶媒を多少含んでいてもよいことを意味する。例えば、水性塗料組成物である場合には、疎水性有機溶媒の含有可能量は、好ましくは10質量%以下であり、より好ましくは7質量%以下であり、さらに好ましくは5質量%以下である。環境への影響及びアニオン変性CNFとの親和性を考慮すると、水及び/又は親水性有機溶媒である水系溶媒を用いることが好ましい。
【0062】
(2-9)その他の添加剤
塗膜形成用樹脂組成物は、上述した樹脂及び溶媒に加えて、必要に応じて任意に各種の添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、例えば、これらに限定されないが、レゾール型フェノール樹脂またはメラミン樹脂もしくはベンゾグアナミン樹脂等のアミノ樹脂などの硬化剤、界面活性剤、消泡剤、ワックス、顔料、着色剤、酸化防止剤、防腐剤、レオロジーコントロール剤、ラメ剤、パール剤、香料、可塑剤、充填材、紫外線吸収剤、触媒、難燃剤、帯電防止剤、熱安定剤、pH調整剤、凍結防止剤、湿潤剤、顔料分散剤、乳化剤、皮張り防止剤、レベリング剤、乾燥促進剤、増膜助剤、タレ防止剤、沈降防止剤、架橋促進剤、表面調整剤、防カビ剤、紫外線安定剤などが挙げられる。
【0063】
(2-10)架橋剤
工程Bでは、アニオン変性CNF及び塗膜形成用樹脂組成物に対し、さらに架橋剤を混合する。架橋剤を用いて塗膜中のアニオン変性CNFをアニオン性基を介して架橋することにより、塗膜の強度を向上させることができる。架橋剤は、アニオン変性CNF同士をアニオン性基を介して架橋できるものであればよく、特に限定されないが、塗料組成物の塗工前には凝集しにくく、塗料組成物中に良好に分散し、一方、塗料組成物の塗工後の乾燥の際に架橋を生じるような架橋剤は好ましい。そのような架橋剤としては、例えば、ポリカチオン、多価金属、及びカルボジイミドが挙げられる。
【0064】
(2-11)架橋剤-ポリカチオン
ポリカチオンは、多数のカチオン性基を有するポリマーであり、ポリカチオンのカチオン性基とアニオン変性CNFのアニオン性基とが結合することによりアニオン変性CNFを架橋する。ポリカチオンの具体例としては、これらに限定されないが、例えば、ポリアミドエピクロルヒドリン(PAE)、ポリエチレンイミン、ε-ポリリジンなどが挙げられる。アニオン変性CNFとポリカチオンとを混合するとアニオン変性CNFの凝集が起こることがあるが、その際には少量のアンモニア水を添加すると凝集を解消することができる。
【0065】
(2-12)架橋剤-カルボジイミド
カルボジイミドは、化学式-N=C=N-で表される官能基を含む化合物であり、アニオン変性CNFにおけるカルボキシル基等のアニオン性基と反応して中間体であるアシルウレア等を形成することにより、アニオン変性CNFにおけるアニオン性基と水酸基との結合(エステル結合)を促進してアニオン変性CNFを架橋する。カルボジイミドの具体例としては、これらに限定されないが、例えば、ジシクロヘキシルカルボジイミド、ジイソプロピルカルボジイミド、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩などが挙げられる。
(2-13)架橋剤-多価金属
本明細書でいう「多価金属」は、2価又は3価の陽イオンを生成する金属を含有する化合物であり、多価金属のカチオンと、アニオン変性CNFのアニオン性基とが結合することにより、アニオン変性CNFを架橋する。多価金属としては、特に限定されないが、Zr、Mg、Ca、Zn、Cd、Al、Ti、Sn、Fe、Cr、Mn、Co、Niなどの金属を有する化合物を好ましく用いることができる。また、炭酸ジルコニウムアンモニウム((NHZr(OH)(CO)、炭酸ジルコニウムカリウム(KZr(CO2)などは、塗料組成物の塗工後の乾燥時に炭酸やアンモニウムが揮発することにより架橋を形成することができるようになる多価金属であり、塗工前の塗料組成物中では架橋を形成しないため、塗料組成物を安定して保管できるという利点があり、好ましい。
【0066】
(2-14)混合
工程Bでは、上述したアニオン変性CNFと、塗膜形成用樹脂組成物と、アニオン変性CNFを架橋可能な架橋剤とを混合する。各成分の混合割合は特に制限されないが、塗膜形成用樹脂組成物100質量部に対して、アニオン変性CNFが0.1~10質量部であることが好ましく、1~5質量部であることがさらに好ましい。また、アニオン変性CNF100質量部に対して、架橋剤が1~30質量部であることが好ましく、5~25質量部であることがさらに好ましい。
【0067】
各種成分の混合順序は、特に限定されないが、アニオン変性CNFと塗膜形成用樹脂組成物とを混合して、アニオン変性CNFを分散させた後に、架橋剤を添加すると、アニオン変性CNFの凝集(ゲル粒の発生)が起こりにくいため、好ましい。混合、分散を行う装置は、特に限定されないが、例えば、プロペラ型、パドル型、アンカー型等の混合機や、ホモミキサー、ホモディスパー、ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、超音波ホモジナイザー、振動ミル、ボールミル、サンドミル、真空乳化装置、ペイントシェーカーなどが挙げられる。
【0068】
(3)塗料組成物
上述した工程A及び工程Bを含む製法により、本発明の塗料組成物を製造することができる。本発明の塗料組成物は、アニオン変性CNF、アニオン変性CNFを架橋可能な架橋剤、及び塗膜形成用樹脂組成物を含有している。これらの配合割合は、特に限定されないが、塗膜形成用樹脂組成物100質量部に対して、アニオン変性CNFが0.1~10質量部であることが好ましく、1~5質量部であることがさらに好ましい。また、アニオン変性CNF100質量部に対して、架橋剤が1~30質量部であることが好ましく、5~25質量部であることがさらに好ましい。
【0069】
(4)塗工方法
本発明の塗料組成物を塗工する方法は、特に制限はなく、例えば、刷毛、バーコーター、ロールコーター、スプレー、コンマコーター、リバースロールコーター、グラビアコーター、マイクログラビアコーター、ナイフコーター、ワイヤーバーコーター、ダイコーター、ディップコーター、スロットダイ・コーター、スプレーコーティング、浸漬法などの公知の方法を用いることができる。
【0070】
塗料組成物を塗工した後の乾燥の条件は、溶媒に応じて適宜調節すればよい。例えば、乾燥機を用いて60~160℃で30分~30時間程度乾燥させてもよいし、減圧下で乾燥させてもよいし、室温で大気圧下で乾燥させてもよい。
【0071】
本発明の塗料組成物を塗工する基材としては、特に制限されず、例えば、アスファルト、紙、木材、樹脂、金属、ガラス、セメント、皮革などが挙げられる。
(6)塗膜
本発明の塗料組成物を基材に塗布し、これを乾燥することにより、塗料組成物由来の塗膜を形成することができる。
【0072】
塗膜の厚みは用途に応じて適宜設定すればよく、特に限定されるものではないが、乾燥膜厚で好ましくは0.02~1mm程度、より好ましくは0.1~100μm程度である。
【0073】
本発明の塗料組成物により得られた塗膜は、塗膜中のCNFが架橋剤により架橋してネットワークを形成していることにより、高い強度を有する。
【実施例
【0074】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
<製造例1-カルボキシル化CNF>
針葉樹由来の漂白済み未叩解クラフトパルプ(白色度85%)5g(絶乾)をTEMPO(Sigma Aldrich社)78mg(0.5mmol)と臭化ナトリウム755mg(7mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで撹拌した。反応液に次亜塩素酸ナトリウム水溶液を6.0mmol/gになるように添加し、酸化反応を開始した。反応中は系内のpHが低下するが、3M水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。次亜塩素酸ナトリウムを消費し、系内のpHが変化しなくなった時点で反応を終了した。反応後の混合物をガラスフィルターで濾過してパルプ分離し、パルプを十分に水洗することで酸化されたパルプ(カルボキシル化セルロース)を得た。この時のパルプ収率は90%であり、酸化反応に要した時間は2時間、カルボキシル基量は1.4mmol/gであった。カルボキシル基量の測定方法は上述した通りである。
【0075】
上記の工程で得られた酸化パルプ(カルボキシル化セルロース)を水で1.0%(w/v)に調整し、超高圧ホモジナイザー(20℃、150Mpa)で3回処理して、カルボキシル化CNF分散体を得た。得られたカルボキシル化CNFの平均繊維径は3.5nmであり、アスペクト比は150であり、1%(w/v)水分散体のB型粘度(25℃、60rpmで測定)は2500mPa・sであった。
【0076】
<製造例2-前アルカリ処理及びアルカリ加水分解を施したカルボキシル化CNF>
針葉樹由来の漂白済み未叩解クラフトパルプ(白色度85%)20g(絶乾)を水酸化物イオン濃度が2.5mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液に装入し、パルプ濃度が10質量%となるように調整した。当該混合物を室温(20℃)にて1時間撹拌した後、酸で中和し、水洗した(前アルカリ処理)。
【0077】
得られたパルプ5g(絶乾)をTEMPO(Sigma Aldrich社)78mg(0.5mmol)と臭化ナトリウム755mg(7mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで撹拌した。反応液に次亜塩素酸ナトリウム水溶液を6.0mmol/gになるように添加し、酸化反応を開始した。反応中は反応液のpHは低下するが、0.5N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。2時間反応させた後、ガラスフィルターで濾過し、十分に水洗することで、酸化されたパルプ(前アルカリ処理を施したカルボキシル化セルロース)を得た。
【0078】
得られた酸化されたパルプの5%(w/v)水分散液を調製し、当該分散液に、酸化されたパルプに対して1%(w/v)の過酸化水素を添加し、1M水酸化ナトリウムでpHを12に調整した。この水分散液を80℃で2時間加熱して酸化されたパルプを加水分解した後、ガラスフィルターで濾過し、十分に水洗した(アルカリ加水分解)。
【0079】
得られたアルカリ加水分解後の酸化されたパルプ(前アルカリ処理とアルカリ加水分解が施されたカルボキシル化セルロース)の、固形分2%(w/v)の水分散液を調製し、超高圧ホモジナイザー(処理圧140MPa)で10回処理してカルボキシル化CNF分散体を得た。得られたカルボキシル化CNFの平均繊維径は3nmであり、アスペクト比は117であり、1%(w/v)水分散体のB型粘度(25℃、60rpmで測定)は300mPa・sであった。
【0080】
<製造例3-CM化CNF>
回転数を100rpmに調節した二軸ニーダーに、水130部と、水酸化ナトリウム40部を水100部に溶解したものとを加え、広葉樹パルプ(日本製紙(株)製、LBKP)を100℃で60分間乾燥した際の乾燥質量で100部仕込んだ。30℃で90分間撹拌、混合しマーセル化セルロースを調製した。更に撹拌しつつイソプロパノール(IPA)230部と、モノクロロ酢酸50部を添加し、30分間撹拌した後、70℃に昇温して90分間カルボキシメチル化反応をさせた。反応終了後、pH7になるまで酢酸で中和、含水メタノールで洗浄、脱液、乾燥、粉砕して、カルボキシメチル置換度0.31のCM化セルロースのナトリウム塩を得た。カルボキシメチル置換度の測定方法は、上述した通りである。
【0081】
得られたCM化セルロースのナトリウム塩を水に分散し、1%(w/v)水分散体とした。これを、150MPaの高圧ホモジナイザーで3回処理し、CM化CNFの分散体を得た。得られたCM化CNFの平均繊維径は4.5nmであり、1%(w/v)水分散体のB型粘度(25℃、60rpmで測定)は1500mPa・sであった。
【0082】
<実施例1~8及び比較例9~13>
表1に示す配合で、塗膜形成用樹脂組成物を調製した。
【0083】
【表1】
【0084】
この塗膜形成用樹脂組成物を800rpmで5分間撹拌した後、上記製造例1~3で得られた各CNFを表2に記載の割合で添加した。得られた混合物を3000rpmで60分間撹拌し、樹脂組成物中にCNFを分散させた。その後、ポリカチオンであるポリアミドエピクロルヒドリン(PAE)、カルボジイミドであるカルボジライト(登録商標)V-10(日清紡ケミカル社)、及び多価金属である炭酸ジルコニウムアンモニウム((NHZr(OH)(CO)の各架橋剤を、表2に記載の割合で添加し、3000rpmで10分間撹拌し、実施例1~8及び比較例9~13の塗料組成物を製造した。
【0085】
得られた各塗料組成物を、テフロン(登録商標)シート(株式会社コクゴ性、0.15mm厚)の上にバー塗工で30g/mの量で塗工した。塗工後、乾燥機を用いて105℃で24時間乾燥させることにより、樹脂とアニオン変性CNFとを含み、CNFのアニオン性基が架橋剤により架橋されている塗膜を形成した。
【0086】
塗膜をテフロンシートから剥離して試験片を作成し、JIS A 6021-6.6.1の方法に準拠して、テンシロン(登録商標)万能試験機を用いて引張強度を測定した。用いた各試験片の厚みと、応力及び弾性率の測定結果を表2に示す。
【0087】
【表2】
【0088】
表2の比較例1と比較例2~5との結果より、塗膜形成用樹脂組成物に対してアニオン変性CNFを添加することにより、塗膜の強度(応力及び弾性率)が向上することがわかる。また、比較例2と実施例1~4、比較例3及び4と実施例5及び6、ならびに比較例5と実施例7及び8とを比べると、各種アニオン変性CNFに対して、各種架橋剤を添加することにより、応力及び弾性率が顕著に向上することがわかる。架橋剤の中では、ポリカチオンであるポリアミドエピクロルヒドリン(PAE)を用いた場合に最も強度の向上効果が高く、次いで、カルボジイミド、多価金属の順であった。また、前アルカリ処理とアルカリ加水分解を施した製造例2のアニオン変性CNFは、CNF分散液自体の粘度が低いため、塗料組成物の過度な増粘を引き起こさずに、樹脂組成物100質量部に対して5質量部の量で添加することが可能であった(実施例6)。実施例6は、過度な増粘を引き起こさずにCNFを多く添加することができたことにより、高い強度の塗膜を得ることができた。