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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-16
(45)【発行日】2023-11-27
(54)【発明の名称】圧粉成形体、及び電磁部品
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/24 20060101AFI20231117BHJP
   H01F 1/33 20060101ALI20231117BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20231117BHJP
【FI】
H01F1/24
H01F1/33
H01F27/255
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021142333
(22)【出願日】2021-09-01
(62)【分割の表示】P 2020168472の分割
【原出願日】2015-11-10
(65)【公開番号】P2021185622
(43)【公開日】2021-12-09
【審査請求日】2021-09-27
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】593016411
【氏名又は名称】住友電工焼結合金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【弁理士】
【氏名又は名称】山野 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100116366
【弁理士】
【氏名又は名称】二島 英明
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 達哉
(72)【発明者】
【氏名】鶴田 聖
(72)【発明者】
【氏名】渡▲辺▼ 麻子
(72)【発明者】
【氏名】上野 友之
【審査官】久保田 昌晴
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-199513(JP,A)
【文献】特開2012-084803(JP,A)
【文献】国際公開第2012/001943(WO,A1)
【文献】特開2010-199328(JP,A)
【文献】特開2013-045991(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/24、1/33、27/255、41/02
B22F 1/00、1/16、3/00、3/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄基粒子と、前記鉄基粒子の表面を覆う絶縁被覆とを備える複数の被覆軟磁性粒子が集合された圧粉成形体であって、
前記圧粉成形体を磁心に用いたときの磁路断面の断面周長が20mm超であり、
前記圧粉成形体の全面は、鉄系酸化膜に覆われており、
前記鉄系酸化膜の平均厚さが0.5μm以上10.0μm以下であり、
前記平均厚さは、前記圧粉成形体の断面における10視野の各々から10点の測定点を選択し、これら100点の測定点での前記鉄系酸化膜の厚さを平均することで求め、
前記鉄系酸化膜は、任意の箇所の厚さが0.5μm以上10.0μm以下であり、
前記圧粉成形体の体積に対する表面積の割合を表面積/体積とし、前記圧粉成形体を100体積%として前記鉄系酸化膜中に存在するFeの含有量が以下の(1)から(3)のいずれか一つを満たす、圧粉成形体。
(1)前記表面積/体積が0.40mm-1以下の場合、0.085体積%未満である。
(2)前記表面積/体積が0.40mm-1超0.60mm-1以下の場合、0.12体積%以下である。
(3)前記表面積/体積が0.60mm-1超の場合、0.1体積%以下である。
【請求項2】
前記鉄系酸化膜中に存在するFeの含有量が以下の(1)から(3)のいずれか一つを満たす、請求項1に記載の圧粉成形体。
(1)前記表面積/体積が0.40mm-1以下の場合、0.005体積%以上0.085体積%未満である。
(2)前記表面積/体積が0.40mm-1超0.60mm-1以下の場合、0.01体積%以上0.12体積%以下である。
(3)前記表面積/体積が0.60mm-1超の場合、0.04体積%以上0.1体積%以下である。
【請求項3】
前記鉄系酸化膜に覆われた部分は、前記圧粉成形体の表面において成形時の金型との摺接面を構成する箇所を含む、請求項1または請求項2に記載の圧粉成形体。
【請求項4】
前記鉄系酸化膜で覆われた部分は、前記圧粉成形体を磁心に用いたときの磁束方向に平行に配置される面を構成する箇所を含む、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の圧粉成形体。
【請求項5】
前記断面周長が40mm以上、前記表面積/体積が0.60mm-1以下である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の圧粉成形体。
【請求項6】
前記圧粉成形体の相対密度が90.0%以上99.0%以下である、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の圧粉成形体。
【請求項7】
コイルと、コイルが配置される磁心とを備える電磁部品であって、
前記磁心の少なくとも一部に請求項1から請求項のいずれか1項に記載の圧粉成形体を備える、電磁部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁部品の磁心などに利用される圧粉成形体及びその製造方法、電磁部品に関する。特に、低損失な磁心を構築でき、製造性にも優れる圧粉成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
電磁部品などの磁心の一つに、軟磁性粉末が所定の形状に圧縮された圧粉成形体から構成されるものがある(例えば特許文献1)。特許文献1は、絶縁被覆を有する被覆鉄粉と潤滑剤とを含む原料粉末を圧縮し、得られた圧縮物に窒素雰囲気で熱処理を施した後、圧縮物における金型との摺接面に酸処理を行うことで、特に渦電流損を低減できること、ひいてはヒステリシス損と渦電流損との和である鉄損が小さく、低損失な圧粉成形体が得られることを開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2012-243912号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
低損失な磁心を構築でき、製造性にも優れる圧粉成形体が望まれる。
【0005】
上述の圧縮後の熱処理は、ヒステリシス損の低減に寄与し、原料粉末に被覆粉末を用いると共に潤滑剤を用いることは、渦電流損の低減に寄与する。特に、特許文献1に記載されるように、脱型時に金属粉末粒子の塑性変形によって、上述の金型との摺接面に生じる金属粉末粒子間の導通箇所を濃塩酸に浸漬する酸処理によって分断すれば、渦電流損を更に低減でき、鉄損を小さくできる。しかし、熱処理に加えて、酸処理が必要であり、工程数が多く、製造性の向上が望まれる。更に、健全な絶縁被覆を損傷しないように圧縮物の特定の箇所にのみ酸処理を施すために、酸処理前にマスキング処理などを行うと、工程数が更に増える。酸処理を省略すれば、後述する試験例に示すように、渦電流損の十分な低減が望めない。
【0006】
上述の圧縮後の熱処理を窒素雰囲気ではなく、大気雰囲気とする場合(以下、大気処理の場合と呼ぶことがある)には、後述する試験例に示すように、圧縮後の熱処理を窒素雰囲気とし、かつ熱処理後に酸処理を行わない場合(以下、窒素処理のみの場合と呼ぶことがある)と比較して、渦電流損を低減できる。しかし、大気処理の場合の鉄損は、窒素雰囲気での熱処理後に酸処理を行う場合(以下、窒素処理と酸処理とを併用する場合を窒素処理+酸処理の場合と呼ぶことがある)の鉄損よりも大きい。
【0007】
従って、上述の圧縮物への熱処理後に酸処理などを行うことなく鉄損が小さいこと、詳しくは窒素処理のみの場合よりも鉄損が小さいこと、好ましくは大気処理の場合よりも鉄損が小さいこと、より好ましくは窒素処理+酸処理の場合と同等程度、更には鉄損がより小さい圧粉成形体が望まれる。
【0008】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたもので、その目的の一つは、低損失な磁心を構築でき、製造性にも優れる圧粉成形体を提供することにある。
【0009】
本発明の別の目的は、磁心に上記の圧粉成形体を備える電磁部品を提供することにある。
【0010】
本発明の他の目的は、低損失な磁心を構築できる圧粉成形体を生産性よく製造できる圧粉成形体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様に係る圧粉成形体は、鉄基粒子と、前記鉄基粒子の表面を覆う絶縁被覆とを備える複数の被覆軟磁性粒子が集合されたものであり、前記圧粉成形体を磁心に用いたときの磁路断面の断面周長が20mm超である。
この圧粉成形体は、前記圧粉成形体の表面の少なくとも一部を覆っており、平均厚さが0.5μm以上10.0μm以下である鉄系酸化膜を備える。
更に、この圧粉成形体は、前記圧粉成形体の体積に対する表面積の割合を表面積/体積とし、前記圧粉成形体を100体積%として前記鉄系酸化膜中に存在するFeの含有量が以下の(1)~(3)のいずれか一つを満たす。
(1)前記表面積/体積が0.40mm-1以下の場合、0.085体積%未満である。
(2)前記表面積/体積が0.40mm-1超0.60mm-1以下の場合、0.12体積%以下である。
(3)前記表面積/体積が0.60mm-1超の場合、0.15体積%以下である。
【0012】
本発明の一態様に係る電磁部品は、コイルと、コイルが配置される磁心とを備え、前記磁心の少なくとも一部に上記の圧粉成形体を備える。
【0013】
本発明の一態様に係る圧粉成形体の製造方法は、以下の成形工程と、熱処理工程とを備える。
(成形工程)鉄基粒子と前記鉄基粒子の表面を覆う絶縁被覆とを備える被覆軟磁性粉末と、潤滑剤とを含む原料粉末を圧縮して、圧縮物を形成する工程。
(熱処理工程)前記圧縮物に熱処理を施して、磁心に用いたときの磁路断面の断面周長が20mm超である圧粉成形体を形成する工程。
前記潤滑剤は、分解開始温度が170℃以上であるものを含むと共に、その合計含有量を前記原料粉末の質量を100%として0.10質量%以上0.60質量%以下とする。
前記熱処理の条件は、雰囲気を、酸素濃度が0.01体積%以上5.0体積%以下である低酸素雰囲気とし、温度を520℃超700℃以下とする。
【発明の効果】
【0014】
上記の圧粉成形体は、低損失な磁心を構築でき、製造性にも優れる。
【0015】
上記の電磁部品は、低損失で製造性にも優れる。
【0016】
上記の圧粉成形体の製造方法は、低損失な磁心を構築できる圧粉成形体を生産性よく製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施形態に係る圧粉成形体の模式断面図である。
図2】実施形態に係る電磁部品の一例を示す概略斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
(1)本発明の一態様に係る圧粉成形体は、鉄基粒子と、上記鉄基粒子の表面を覆う絶縁被覆とを備える複数の被覆軟磁性粒子が集合されたものであり、上記圧粉成形体を磁心に用いたときの磁路断面の断面周長が20mm超である。
この圧粉成形体は、上記圧粉成形体の表面の少なくとも一部を覆っており、平均厚さが0.5μm以上10.0μm以下である鉄系酸化膜を備える。
更に、この圧粉成形体は、上記圧粉成形体の体積に対する表面積の割合を表面積/体積とし、上記圧粉成形体を100体積%として上記鉄系酸化膜中に存在するFeの含有量が以下の(1)~(3)のいずれか一つを満たす。
(1)上記表面積/体積が0.40mm-1以下の場合、0.085体積%未満である。
(2)上記表面積/体積が0.40mm-1超0.60mm-1以下の場合、0.12体積%以下である。
(3)上記表面積/体積が0.60mm-1超の場合、0.15体積%以下である。
【0019】
上記の圧粉成形体は、電磁部品の磁心に用いられた場合に以下の理由によって、上述の窒素処理のみの場合よりも鉄損が小さく、好ましくは大気処理の場合よりも鉄損が小さく、より好ましくは窒素処理+酸処理の場合と同等程度、更には鉄損がより小さく、低損失な磁心を構築できる。かつ、上記の圧粉成形体は、例えば、鉄基粒子の表面に絶縁被覆を備える被覆粉末を主体とする原料粉末を圧縮後、圧縮物に特定の条件で熱処理を施すことで製造できる(後述の圧粉成形体の製造方法参照)。従って、上記の圧粉成形体は、熱処理後の酸処理を省略でき、製造性にも優れる。
【0020】
(A)渦電流損を低減できる
上記の圧粉成形体は、磁路断面の断面周長が20mm超であり、断面周長に応じた比較的長い渦電流ループが形成され易い大きさを有するといえる。上記の圧粉成形体は自身の大きさから渦電流損が大きくなり易いものといえる。しかし、上記の圧粉成形体では、鉄基粒子同士が主として絶縁被覆によって電気的に絶縁される。また、上記の圧粉成形体の表面の少なくとも一部、特に上述の脱型時に導通箇所が生じ易い金型との摺接面の少なくとも一部を構成する鉄基粒子同士が、鉄基粒子よりも電気絶縁性に優れる鉄系酸化膜によって電気的に絶縁される。上記の圧粉成形体は、絶縁被覆と鉄系酸化膜とによって表面の絶縁性が高められているといえる。かつ、上記の圧粉成形体は、鉄基粒子よりも比抵抗が十分に高いものの、絶縁材としては比抵抗が低めであるFeの含有量が少なく、表面積/体積に応じて特定の範囲を満たす。後述する試験例に示すように製造条件にもよるが同じ大きさや密度のものを比較すれば、基本的には、上記の圧粉成形体は、上述の大気処理の場合よりもFeが少なく、好ましくは上述の窒素処理+酸処理の場合よりもFeが少ない。従って、上記の圧粉成形体は、渦電流損を低減できる。
【0021】
(B)ヒステリシス損の増大を抑制できる、好ましくはヒステリシス損を低減できる
上記の圧粉成形体は、強磁性体であって純鉄よりも保磁力が大きいFeを鉄系酸化膜中に含む場合にも、その含有量が特定の範囲であり、大気雰囲気の場合よりも少ない傾向にある。そのため、上記の圧粉成形体は、Feの含有によるヒステリシス損の増大を抑制でき、ヒステリシス損を大気処理の場合と同等程度以下にできる。特に、上記の圧粉成形体は、表面積/体積が小さいほどFeの含有量が少ないため、圧粉成形体の表面にFeが過剰に存在することによるヒステリシス損の増大を招き難い。
【0022】
(2)上記の圧粉成形体の一例として、上記断面周長が40mm以上、上記表面積/体積が0.60mm-1以下である形態が挙げられる。
【0023】
上記形態は、断面周長に応じて渦電流ループがより長くなり易い大きさを有するものの、上述のように絶縁被覆と鉄系酸化膜とによって絶縁性に優れる上にFeが特定量であるため、低損失な磁心を構築できる。
【0024】
(3)上記の圧粉成形体の一例として、上記鉄系酸化膜が上記圧粉成形体の全面を覆っており、任意の箇所の厚さが0.5μm以上10.0μm以下である形態が挙げられる。
【0025】
上記形態は、鉄系酸化膜の厚さのばらつきが小さく、圧粉成形体の表面に均一的に存在して、圧粉成形体の表面を構成する鉄基粒子間を鉄系酸化膜によって良好に絶縁できるといえる。従って、上記形態は、表面の絶縁性がより高く、渦電流損をより低減し易い上に、局所的に厚い箇所が存在することによるヒステリシス損の増大を抑制でき、より低損失な磁心を構築できる。また、上記形態は、特定の箇所にのみ鉄系酸化膜を形成するためのマスキング処理などが不要であり、製造性により優れる。
【0026】
(4)上記の圧粉成形体の一例として、上記圧粉成形体の相対密度が90.0%以上99.0%以下である形態が挙げられる。
【0027】
上記形態は、高密度で気孔が少ないため、製造過程の圧縮物も高密度であり、熱処理時に鉄系酸化膜が過剰に形成され難く、Feを適切に含有できる。また、上記形態は、密度が高過ぎず、製造過程で成形圧力を非常に高くする必要が無く、過大な成形圧力にすることによる絶縁被覆の損傷を防止し易く、健全な絶縁被覆を備えることができる。従って、上記形態は、より低損失な磁心を構築できる。
【0028】
(5)本発明の一態様に係る電磁部品は、コイルと、コイルが配置される磁心とを備え、上記磁心の少なくとも一部に上記(1)~(4)のいずれかに記載の圧粉成形体を備える。
【0029】
上記の電磁部品は、磁心の少なくとも一部、好ましくは全部が上記の圧粉成形体によって構成されるため、低損失である。また、上記の圧粉成形体は製造性に優れるため、上記の電磁部品は製造性にも優れる。
【0030】
(6)本発明の一態様に係る圧粉成形体の製造方法は、以下の成形工程と、熱処理工程とを備える。
(成形工程)鉄基粒子と前記鉄基粒子の表面を覆う絶縁被覆とを備える被覆軟磁性粉末と、潤滑剤とを含む原料粉末を圧縮して、圧縮物を形成する工程。
(熱処理工程)上記圧縮物に熱処理を施して、磁心に用いたときの磁路断面の断面周長が20mm超である圧粉成形体を形成する工程。
上記潤滑剤は、分解開始温度が170℃以上であるものを含むと共に、その合計含有量を前記原料粉末の質量を100%として0.10質量%以上0.60質量%以下とする。
上記熱処理の条件は、雰囲気を、酸素濃度が0.01体積%以上5.0体積%以下である低酸素雰囲気とし、温度を520℃超700℃以下とする。
【0031】
上記の圧粉成形体の製造方法によれば、以下の理由によって低損失な磁心を構築できる圧粉成形体が得られる。かつ、上記の圧粉成形体の製造方法によれば、熱処理後、酸処理などの後加工を行うことなく、上記の低損失な圧粉成形体を製造できる。
【0032】
(A)渦電流損を低減できる
被覆軟磁性粉末を用いるため、鉄基粒子間に絶縁被覆が介在する圧粉成形体が得られる。特定の潤滑剤を利用するため、成形時などで被覆粉末粒子同士が擦れ合って絶縁被覆が損傷することも防止し易い。熱処理温度が高過ぎず、絶縁被覆の熱損傷も抑制できる。また、特定の低酸素雰囲気かつ特定の温度で圧縮物に熱処理を施すことで、圧縮物を構成する鉄基粒子中のFeと雰囲気中の酸素との結合により鉄系酸化物を生成して、圧縮物の表面の少なくとも一部が鉄系酸化膜に覆われた圧粉成形体を製造できる。この鉄系酸化膜は、圧縮物において絶縁被覆が剥離して鉄基粒子が露出した箇所、代表的には圧縮物の表面における金型との摺接面の少なくとも一部を構成する鉄基粒子間にも介在して鉄基粒子同士を絶縁する。更に、熱処理を特定の条件で行うため、上述のように比抵抗が比較的低いFeを過剰に生成せず、その含有量を特定の範囲にすることができる(上記の圧粉成形体参照)。
これらの点から絶縁性に優れる圧粉成形体が得られるからである。
【0033】
(B)ヒステリシス損の増大を抑制できる、好ましくはヒステリシス損を低減できる
低酸素雰囲気中の酸素濃度を特定の範囲とするため、強磁性体であるFeを過剰に生成せず、上述のようにFeの含有量を特定の範囲にすることができるからである。また、熱処理温度が比較的高く、成形工程で鉄基粒子に導入された歪みを十分に除去できつつ、絶縁被覆の熱損傷を防止できるからである。
【0034】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の実施形態に係る圧粉成形体、電磁部品、圧粉成形体の製造方法を順に説明する。
【0035】
[圧粉成形体]
図1図2を参照して実施形態に係る圧粉成形体10を説明する。図1は、図2に示す(I)-(I)切断線(磁束に直交する平面)で切断した断面図である。
圧粉成形体10は、主として軟磁性粉末から構成される成形体であり、軟磁性粉末を主体とする原料粉末を所定の形状に圧縮した後、熱処理が施されて製造される。圧粉成形体10は、図2に示すような電磁部品1に備えられる磁心3の少なくとも一部に用いられて、磁路を形成する。図2は、複数の圧粉成形体10(コア片31m,32)を組み合わせて環状の閉磁路を形成する場合を例示する。圧粉成形体10は種々の形状をとる(後述の電磁部品の項参照)。
【0036】
実施形態の圧粉成形体10は、鉄基粒子と、鉄基粒子の表面を覆う絶縁被覆とを備える複数の被覆軟磁性粒子が集合されたものであり、磁心3に用いたときの磁路断面S10図1ではハッチングを付した面)の断面周長Lが比較的長い。また、実施形態の圧粉成形体10は、その表面の少なくとも一部を覆う被覆層として、特定の厚さの鉄系酸化膜13を備える。鉄系酸化膜13は特定の成分(Fe)の含有量を特定の範囲とする。圧粉成形体10は、断面周長Lが比較的長いという特定の大きさであるものの、絶縁被覆と鉄系酸化膜13とを備えると共に、Feが少ないことで低損失な磁心3を構築できる。以下、圧粉成形体10をより詳細に説明する。
【0037】
(被覆軟磁性粒子)
・鉄基粒子
被覆軟磁性粒子を構成する鉄基粒子は、Feを主体とする鉄基材料から構成される。鉄基材料は、純鉄(純度99質量%以上、残部が不可避的不純物)、Feを50質量%超含む鉄基合金が挙げられる。鉄基合金は、例えば、Fe-Si-Al系合金、Fe-Si系合金、Fe-Al系合金などが挙げられる。特に、純鉄は、透磁率及び磁束密度が高い、塑性変形性に優れて圧粉成形体10の密度や強度を高め易い、高純度であればヒステリシス損を低減できる、といった点で好ましい。
【0038】
・絶縁被覆
被覆軟磁性粒子を構成する絶縁被覆は、鉄基粒子間に介在して絶縁性を高め、渦電流損の低減に寄与する。絶縁被覆を構成する絶縁材料は、例えば以下が挙げられる。絶縁被覆は、単層構造、複数の異なる絶縁材料から構成される多層構造のいずれでもよい。
(1)金属元素を含む化合物:Fe,Al,Ca,Mn,Zn,Mg,V,Cr,Y,Ba,Sr,及び希土類元素(Yを除く)などから選択された1種以上の金属元素と、酸素、窒素、及び炭素から選択された1種以上とを含む金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物など、その他、ジルコニウム化合物、アルミニウム化合物など
(2)非金属元素を含む化合物:燐化合物、珪素化合物など
(3)金属塩化合物:燐酸金属塩化合物(代表的には、燐酸鉄、燐酸マンガン、燐酸亜鉛、燐酸カルシウムなど)、硼酸金属塩化合物、珪酸金属塩化合物、チタン酸金属塩化合物など
(4)樹脂:ポリアミド系樹脂(ナイロン6、ナイロン66など)、シリコーン樹脂など
(5)高級脂肪酸塩
燐酸鉄などの燐酸金属塩化合物は、鉄との密着性に優れる上に変形性に優れており、成形時に鉄基粒子の変形に追従して変形して損傷し難い。そのため、圧粉成形体10は健全な絶縁被覆を有して、渦電流を低減し易い。
【0039】
絶縁被覆の平均厚さは、例えば、10nm以上1μm以下が挙げられる。上記平均厚さが10nm以上であれば、鉄基粒子間を良好に絶縁できる。上記平均厚さが1μm以下であれば、絶縁被覆が多過ぎず、絶縁被覆の過多による圧粉成形体10における磁性成分の割合の低下を抑制して、所望の磁気特性を有することができる。上記厚さ(多層構造の場合には合計厚さ)の下限を20nm以上、50nm以上、更に100nm超とすることができ、上限を500nm以下、300nm以下、更に250nm以下とすることができる。上記平均厚さは、原料に用いる被覆粉末の絶縁被覆の厚さに依存し、実質的に等しい傾向にあることから、原料段階で絶縁被覆の厚さを所望の値に調整するとよい。上記平均厚さの測定には、特許文献1の明細書[0041]を参照できる。
【0040】
・大きさ
圧粉成形体10を構成する被覆軟磁性粒子の平均粒径は、例えば、50μm以上400μm以下が挙げられる。上記平均粒径が50μm以上であれば、高密度な圧粉成形体10とし易く、400μm以下であれば、渦電流損を小さくし易く低損失な磁心3を構築できる圧粉成形体10とすることができる。上記平均粒径は、50μm以上150μm以下、50μm以上100μm未満、更に50μm以上80μm以下とすることができる。上記平均粒径は、原料に用いる被覆粉末の大きさに依存し、実質的に等しい傾向にあることから、原料段階で上記平均粒径を所望の値に調整するとよい。上記平均粒径を求めるには、圧粉成形体10の断面をとり、この断面の走査型電子顕微鏡の観察像などを市販の画像解析ソフトなどで解析して各粒子を抽出し、各粒子の等価面積円の直径を粒径とし、1000個以上の粒径の平均をとることが挙げられる。
【0041】
(その他の含有物)
圧粉成形体10は、上述の被覆軟磁性粒子を主体とする(圧粉成形体10を100%として90質量%以上)。その他、成形時に用いた潤滑剤や添加剤、又はこれらが熱処理によって変性されたものや、気孔の含有を許容するが、これらが少ないほど高密度な圧粉成形体10になり易く好ましい。
【0042】
(断面周長)
圧粉成形体10は断面周長Lが20mm超であることを特徴の一つとする。断面周長Lは、圧粉成形体10を磁心3に用いた場合に磁束に直交する平面で切断したときの断面を囲む輪郭線の長さであり、圧粉成形体10における磁束に平行に配置される外周面の周長に等しい。図1図2に示すような直方体状の圧粉成形体10(コア片31m)では、磁路断面S10が長方形状となるため(図1)、断面周長Lはこの長方形の輪郭線の合計長さに等しい。
【0043】
ここで、仮に磁心3における磁束に平行に配置される面を構成する鉄基粒子同士が接触して導通状態であれば、断面周長Lに応じた渦電流ループが形成され、渦電流損が大きくなり易い。断面周長Lが比較的長い圧粉成形体10は、その大きさに着目すると渦電流損が大きくなり易いといえるものの、上述のように被覆軟磁性粒子で構成されると共に特定の鉄系酸化膜13を特定量備えるため、渦電流損を低減できる。断面周長Lが長いほど渦電流損の低減効果を得易く、断面周長Lを30mm以上、35mm以上、更に40mm以上の圧粉成形体10とすることができる。断面周長Lが45mm以上、50mm以上、更に後述する試験例に示すように100mm以上の圧粉成形体10であると、渦電流損の低減効果をより得易い。断面周長Lの上限は圧粉成形体10の製造上の観点から、例えば300mm以下、250mm以下、更に200mm以下が挙げられる。
【0044】
(被覆層)
圧粉成形体10は、その表面の少なくとも一部を覆う鉄系酸化膜13を備えることを特徴の一つとする。鉄系酸化膜13を構成する鉄系酸化物は、鉄基粒子よりも電気絶縁性に優れる。このような鉄系酸化物が圧粉成形体10の表面に存在して、この表面の絶縁性を高められる。鉄系酸化物は、特に鉄基粒子間に介在して鉄基粒子間の絶縁性を高められ、鉄基粒子間を渡る渦電流パスを遮断できる。
【0045】
・存在領域
上述の渦電流パスの遮断の観点からは、鉄系酸化膜13の存在領域は、圧粉成形体10の表面のうち、磁心3に用いられた場合に磁束に平行に配置される外周面の少なくとも一部を含むことが好ましい。特に、上記外周面の周方向に沿った渦電流ループを分断するように設けられることが好ましい。例えば、図2に示す直方体状の圧粉成形体10として、磁束に直交に配置される一端面から、この一端面に対向する他端面に亘って、鉄系酸化膜13を備えることが挙げられる。上記外周面にこのような分断領域を備えることで、圧粉成形体10の表面に生じ得る渦電流ループを短くできる。具体的には渦電流ループの長さを断面周長L未満にすることができ、渦電流損を低減できる。上記外周面の実質的に全面を覆う鉄系酸化膜13を備えると、上記外周面に流れる渦電流を十分に小さくでき、渦電流損をより低減できる。圧粉成形体10の実質的に全面を覆う鉄系酸化膜13を備えると、圧粉成形体10の表面に流れる渦電流をより効果的に小さくでき、渦電流損を更に低減できる。また、この場合には、後述するように製造性にも優れる。
【0046】
・Feの含有量
鉄系酸化膜13は、圧粉成形体10の体積に対する表面積の割合を表面積/体積とするとき、圧粉成形体10の表面/体積に応じて、Fe(四酸化三鉄、マグネタイト)の含有量が特定の範囲であることを特徴の一つとする。ここで、Feは鉄基粒子よりも比抵抗が大きく、鉄基粒子間に介在することで鉄基粒子間の絶縁性を高められて渦電流損を低減できる。しかし、Feは絶縁材としては比抵抗が比較的小さく、Feを多く含むと渦電流損の増大を招く。また、強磁性体であって、純鉄よりも保磁力が大きいFeを含むことはヒステリシス損の増大を招く。結果として、Feを含むことは鉄損の増大を招き得る。しかし、後述する試験例に示すように、圧粉成形体10の全体に対するFeの含有量が特定の範囲内であれば、Feの含有による渦電流損の増大及びヒステリシス損の増大を実質的に招かず、含有量によっては渦電流損やヒステリシス損を低減できる場合があるとの知見を得た。また、表面積/体積が小さいほど、渦電流損は、Feの多寡の影響を受け易いとの知見を得た。上記知見に基づき、表面積/体積に応じて、圧粉成形体10におけるFeの含有量を以下のように規定する。以下のFeの含有量は、圧粉成形体10の体積を100%としたときの割合である。
(1)表面積/体積が0.40mm-1以下の場合、0.085体積%未満
(2)表面積/体積が0.40mm-1超0.60mm-1以下の場合、0.12体積%以下
(3)表面積/体積が0.60mm-1超の場合、0.15体積%以下
【0047】
上記(1)~(3)のいずれの場合も、圧粉成形体10は、鉄系酸化膜13中にFeを含む場合でもその含有量が特定の範囲であるため、渦電流損を低減でき、かつヒステリシス損の増大を抑制できて、低損失な磁心3を構築できる。上記(1)~(3)のいずれの場合も、Feの含有量が多いほどヒステリシス損が増大し易い上に、ある程度多いと渦電流損も増大し易くなるため、Feの含有量は少ない方が好ましい。従って、上記(1)~(3)のいずれの場合も、Feの含有量が0体積%であることを含む。但し、Feを含んでいても(0超であっても)、後述する試験例に示すように特定の範囲であれば、鉄損が小さいことから、以下に列記する範囲を満たすことがより好ましい。
【0048】
(1)表面積/体積が0.40mm-1以下の場合
0.005体積%以上0.08体積%以下、0.005体積%以上0.075体積%以下、0.01体積%以上0.07体積%以下、0.01体積%以上0.067体積%未満、0.01体積%以上0.06体積%以下、0.01体積%以上0.05体積%以下、更に0.01体積%以上0.045体積%以下
(2)表面積/体積が0.40mm-1超0.60mm-1以下の場合
0.01体積%以上0.10体積%以下、0.015体積%以上0.095体積%以下、0.02体積%以上0.09体積%以下、更に0.02体積%以上0.08体積%以下
(3)表面積/体積が0.60mm-1超の場合
0.03体積%以上0.145体積%以下、0.035体積%以上0.14体積%以下、0.04体積%以上0.13体積%以下、更に0.04体積%以上0.1体積%以下
【0049】
特に、断面周長Lが40mm以上、かつ表面積/体積が0.60mm-1以下である上記(1)、(2)の圧粉成形体10は、断面周長Lがより長いため渦電流損が大きくなり易いことから、絶縁材としては比抵抗が比較的小さいFeの含有量がより少なく、鉄系酸化膜13の厚さもより薄い方が好ましい。
【0050】
鉄系酸化膜13は、実質的にFeによって構成される形態の他、Fe以外の酸化鉄、例えばα-Fe、γ-Fe、FeO、絶縁被覆の構成元素も含む酸化物、例えばFeSiO、FePOなどを含む形態が挙げられる。鉄損の低減の観点からは、Feの含有量が少ないこと、更には含まないことが好ましい。一方、Feを上述の範囲で含むと、強度の向上、耐食性の向上が期待でき、高強度で耐食性にも優れる圧粉成形体10とすることができる。これらのことから、Fe以外の酸化鉄の合計含有量は、鉄系酸化膜13を100質量%として、0質量%以上100質量%以下、更に95質量%以下が挙げられる。
【0051】
・厚さ
鉄系酸化膜13は、その平均厚さが0.5μm以上10.0μm以下であることを特徴の一つとする。上記平均厚さが0.5μm以上であれば、上述のように絶縁性に優れる鉄系酸化膜13が十分に存在して、鉄系酸化膜13の具備による渦電流損の低減効果を良好に得られる。上記平均厚さが厚いほど渦電流損の低減効果を得易いことから、上記平均厚さを0.6μm以上、0.7μm以上、更に1.0μm以上とすることができる。上記平均厚さが10.0μm以下であれば、Feの含有量も少なくなり易く、Feの過剰含有によるヒステリシス損や渦電流損の増大の抑制効果を良好に得られる。上記平均厚さが薄いほど上記の効果を得易いことから、上記平均厚さを9.0μm以下、8.0μm以下、7.5μm以下、更に7.0μm以下とすることができる。
【0052】
鉄系酸化膜13における任意の箇所の厚さが0.5μm以上10.0μm以下であると、厚さのばらつきが小さく、圧粉成形体10の表面に均一的な厚さの鉄系酸化膜13が存在して、鉄系酸化膜13の具備による渦電流損の低減効果や、Feの過剰含有によるヒステリシス損などの増大抑制効果を良好に得られる。特に、圧粉成形体10の表面の全面が鉄系酸化膜13で覆われている場合には、鉄系酸化膜13が上述のような厚さのばらつきが小さいものであることが好ましい。この厚さは、0.55μm以上9.0μm以下、0.6μm以上8.0μm以下とすることができる。
【0053】
Feの含有量、鉄系酸化膜13の厚さなどを上述の特定の範囲とするには、製造条件(成形時の圧力(圧縮物の密度)、熱処理時の雰囲気中の酸素濃度、温度、時間など)を調整することなどが挙げられる。
【0054】
(相対密度)
圧粉成形体10は、その相対密度が90.0%以上であれば、鉄基粒子を十分に含んで緻密で高密度である上に磁気特性に優れる。また、製造過程の圧縮物も高密度といえ、Feの過剰生成を抑制しつつ、鉄系酸化膜13の具備による低損失な磁心3を構築できる圧粉成形体10とすることができる。上記相対密度が大きいほど、緻密であり、製造過程でのFeの過剰生成を抑制し易いため、上記相対密度を91.0%以上、92.0%以上、92.5%以上、更に93.0%以上とすることができる。上記相対密度が99.0%以下であれば、製造過程で成形圧力を過度に大きくする必要が無く、過大な成形圧力の負荷による被覆粉末粒子同士の過度の擦過に起因する絶縁被覆の損傷を抑制して、健全な絶縁被覆を備えて絶縁性に優れる圧粉成形体10とすることができる。絶縁被覆の損傷防止の観点から、上記相対密度を98.5%以下、98.0%以下、更に97.5%以下とすることができる。
【0055】
(効果)
圧粉成形体10は、低損失な磁心3を構築できる。また、製造過程で特定の熱処理を行うことで熱処理後に酸処理を行うことなく製造できるため、圧粉成形体10は製造性にも優れる。後述する試験例にてこれらの効果を具体的に説明する。
【0056】
[電磁部品]
図2を参照して実施形態に係る電磁部品1を説明する。
電磁部品1は、巻線2wを巻回してなるコイル2と、コイル2が配置される磁心3とを備える。特に、実施形態の電磁部品1は、磁心3の少なくとも一部に実施形態の圧粉成形体10を備える。電磁部品1は、リアクトル、トランス、モータ、チョークコイル、アンテナ、燃料インジェクタ、点火コイルなどが挙げられる。
【0057】
巻線2wは、導体の外周に絶縁層を備える被覆線が挙げられる。導体は、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金などの導電性材料から構成された丸線や平角線などの線材が挙げられる。絶縁層の構成材料は、エナメルや、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)樹脂、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂、シリコーンゴムなどが挙げられる。巻線2wは公知のものを利用できる。
【0058】
図2の電磁部品1は、連結部2rで接続される一対の筒状の巻回部2a,2bを有するコイル2と、各巻回部2a,2bが配置される一対の内側コア部31,31及びコイル2が配置されずコイル2から突出する一対の外側コア部32,32を含む環状の磁心3とを備えるリアクトルを例示する。各内側コア部31は、軟磁性材料を主体とする複数の直方体状のコア片31mと、隣り合うコア片31m,31m間に配置され、コア片31mよりも比透磁率が小さい平板状のギャップ材31gとを備える。外側コア部32は、軟磁性材料を主体とする柱状のコア片である。これら複数のコア片31m,32のうち、少なくとも一つのコア片が圧粉成形体10で構成される。この例の磁心3では全てのコア片が圧粉成形体10で構成されており、低損失である。その結果、電磁部品1(この例ではリアクトル)も低損失である。
【0059】
磁心3は、複数のコア片を組み合わせる組合せ形態(本例)の他、一つのコア片のみで構成される一体形態がある。組合せ形態の各コア片の形状は、例えば、E字状、I字状(棒状)、T字状、[状などが挙げられる。一体形態では、一体成形された環状体、C字状体などが挙げられる。所望の形状の金型を用いることで、所望の形状の圧粉成形体10から構成されるコア片とすることができる。
【0060】
上述の組合せ形態では、全てのコア片が圧粉成形体10から構成される形態(本例)の他、圧粉成形体10以外のコア片、例えば電磁鋼板の積層コアや、軟磁性粉末と樹脂とを含む複合材料のコアなどを含む形態とすることができる。その他、ギャップ材31gに代えてエアギャップを備える形態、上述の一体形態では磁気ギャップを備えない形態などとすることができる。
【0061】
[圧粉成形体の製造方法]
実施形態に係る圧粉成形体の製造方法は、原料粉末を圧縮して、圧縮物を形成する成形工程と、上記圧縮物に熱処理を施して、圧粉成形体を形成する熱処理工程とを備える。特に、この製造方法では、特定の原料粉末を用いて特定の大きさのものを製造すると共に、熱処理を特定の条件で行い、熱処理後に酸処理などを行わない。そのため、実施形態の圧粉成形体の製造方法によれば、工程数が少なく製造性に優れながら、低損失な磁心を構築できる圧粉成形体を製造できる。
以下、工程ごとに詳細に説明する。
【0062】
[成形工程]
この工程では、用意した原料粉末を所定の形状の金型に供給して圧縮し、脱型して圧縮物を得る。原料粉末には、上述の鉄基粒子の項で説明した鉄基材料から構成される鉄基粒子とこの鉄基粒子の表面を覆う絶縁被覆とを備える被覆軟磁性粉末と、潤滑剤とを含むもの用いることを特徴の一つとする。
【0063】
(原料粉末の準備)
・被覆粉末
被覆軟磁性粉末は、鉄基粒子の表面に、上述の絶縁被覆の項で説明した絶縁材料などによって絶縁被覆を形成することで得られる。鉄基粒子(鉄基粉末)の製造や絶縁被覆の形成には、公知の手法が利用できる。市販の被覆粉末を利用することもできる。なお、原料段階の絶縁被覆が熱処理時に変性されるなどして、熱処理後の圧粉成形体10に備える絶縁被覆とは構成材料が異なる場合がある。熱処理後の絶縁被覆の構成材料が所望の材料となるように原料段階の絶縁被覆の材料を選択するとよい。
【0064】
・潤滑剤
原料粉末に潤滑剤を含むことで、成形時などで被覆粉末粒子同士の擦れ合い、脱型時の被覆粉末粒子と金型との擦れ合いなどを低減して、絶縁被覆の損傷を低減できる。特に大気中での分解開始温度が170℃以上である潤滑剤を含むと、熱処理時における圧縮物の過剰酸化を防止し易く、Feを特定量含む鉄系酸化膜13を備える圧粉成形体10を得易い。熱処理時、圧縮物を加熱することで潤滑剤が気化などして除去されてできた空隙に雰囲気ガスが侵入すると内部酸化が進行する。分解開始温度が高ければ、十分に高温になってから上記空隙ができるため、内部酸化の進行を抑制できるからである。分解開始温度が180℃以上、190℃以上、更に200℃以上の潤滑剤を含むと、上記内部酸化の進行をより防止し易い。一方、分解開始温度が高過ぎると、熱処理時に除去し難くなることから、分解開始温度が500℃以下、475℃以下、更に450℃以下の潤滑剤が好ましい。このような潤滑剤として、エチレンビスステアリン酸アミド、ステアリン酸アミド、オレイン酸アミド、パルミチン酸アミド、ベヘン酸アミド、エルカ酸アミド、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸ナトリウム、ステアリン酸アルミニウムなどが挙げられる。上記に列挙した以外の潤滑剤、例えば、金属石鹸、脂肪酸アミド、高級脂肪酸アミド、無機物、脂肪酸金属塩などを含むことができる。なお、潤滑剤の分解開始温度は、熱処理時の雰囲気によって変化することがある。実施形態の圧粉成形体の製造方法では、熱処理時の雰囲気を大気よりも酸素濃度が低い特定の低酸素雰囲気で行う(詳細は後述)。大気中での分解開始温度は、概ね低酸素雰囲気での分解開始温度よりも低い傾向にあることから、ここでは大気中での分解開始温度とする。
【0065】
分解開始温度が170℃以上の潤滑剤を含めた潤滑剤の合計含有量は、原料粉末の質量を100%として0.10質量%以上0.60質量%以下とする。上記合計含有量が0.10質量%以上であれば、原料粉末に潤滑剤を含有することによる上述の絶縁被覆の損傷防止効果を良好に得られる。上記合計含有量が多いほど、上記絶縁被覆の損傷防止効果を得易いことから、上記合計含有量を0.15質量%以上、0.20質量%以上、更に0.30質量%以上とすることができる。上記合計含有量が0.60質量%以下であれば、潤滑剤の過剰含有による密度の低下や磁性成分の割合の低下、除去時間の延長などを低減でき、高密度な圧縮物を生産性よく得易い。上記合計含有量を0.55質量%以下、0.50質量%以下、更に0.45質量%以下とすれば、上述の絶縁被覆の損傷を良好に防止しながら、高密度で磁性成分を十分に含む圧縮物を得易い。また、上記合計含有量を上述の特定の範囲とすることで、上述の内部酸化の進行も抑制し易い。
【0066】
(成形)
所望の形状の圧縮物(熱処理後には圧粉成形体10)が得られるように、金型のキャビティの形状、大きさを選択するとよい。ここでは、特に、磁心3に用いたときの磁路断面S10の断面周長Lが20mm超である圧縮物(圧粉成形体10)を成形する。
【0067】
成形圧力は、圧縮物の形状、大きさ、密度などに応じて適宜選択でき、例えば300MPa以上2000MPa以下程度が挙げられる。成形圧力が大きいほど緻密化し易く、小さいほど絶縁被覆の損傷を抑制し易い。成形圧力を400MPa以上1800MPa以下、更に500MPa以上1700MPa以下とすることができる。
【0068】
その他、原料粉末は、混合して潤滑剤が均一的に分散したものとすることが好ましい。金型における原料粉末や圧縮物との接触箇所に潤滑剤を塗布することができる。成形時の雰囲気は大気雰囲気が挙げられる。成形時の金型温度は、常温(例えば20℃程度)が挙げられる。加工熱によって金型温度が上昇し得るため、適宜、調整するとよい。
【0069】
[熱処理工程]
この工程では、成形工程で得られた圧縮物に熱処理を施して、成形時に鉄基粒子に導入された歪を除去すると共に、圧縮物を構成する鉄基粒子に含まれるFeと雰囲気中の酸素とを結合して、圧縮物の表面の少なくとも一部に鉄系酸化膜を形成する。また、上述のように潤滑剤の除去も行う。
【0070】
特に、鉄系酸化膜中に含まれるFeの含有量が特定の範囲となり、かつ特定の厚さの鉄系酸化膜となるように(上述の圧粉成形体の項参照)、特定の条件とすることを特徴の一つとする。具体的な熱処理の条件は、雰囲気を、酸素濃度が0.01体積%以上5.0体積%以下である低酸素雰囲気とし、加熱温度を520℃超700℃以下とする。
【0071】
鉄系酸化膜の形成領域は、熱処理前の圧縮物の表面のうち、脱型時に鉄基粒子が塑性変形して絶縁被覆から露出し、鉄基粒子同士が接触した導通箇所を含むことが好ましい。上記導通箇所では、鉄基粒子に含まれるFeと雰囲気中の酸素とが接触し易く、両者が結合して鉄系酸化膜を形成し易い。この鉄系酸化膜の形成によって鉄基粒子同士を絶縁でき、渦電流損の低減に寄与できるからである。圧縮物の表面における鉄系酸化膜を形成しない箇所には、予めマスキング処理などを行うことができる。圧縮物の表面全体に鉄系酸化膜を形成する場合には、上記マスキング処理は不要であり、製造性により優れる。
【0072】
なお、圧縮物の表面に健全な絶縁被覆を備える被覆軟磁性粒子も勿論存在する。雰囲気中の酸素は絶縁被覆を透過し得るため、健全な絶縁被覆の上下に鉄系酸化膜を形成できる。また、上述のように潤滑剤が除去されてできた隙間を利用して、圧縮物の内部を構成する被覆軟磁性粒子にも鉄系酸化膜を形成し得ることから、過剰な内部酸化を抑制するように特定の熱処理条件とする。
【0073】
雰囲気中の酸素濃度を、雰囲気全体を100%として0.01体積%以上とすれば、Feの含有量が特定の範囲である鉄系酸化膜を形成できる。上記酸素濃度が大きいほど、Feを生成し易いものの鉄系酸化膜を厚くし易く、鉄系酸化膜を確実に備えて絶縁性に優れる圧粉成形体10を製造できる。従って、上記酸素濃度を0.015体積%以上、更に0.02体積%以上とすることができる。
【0074】
上記酸素濃度を5.0体積%以下とすれば、Feや鉄系酸化膜の過剰生成を抑制でき、鉄系酸化膜を適切に含む圧粉成形体10を製造できる。上記酸素濃度が小さいほどFeの過剰生成や上述の内部酸化を抑制し易く、低損失で磁気特性に優れる磁心3を構築できる圧粉成形体10を製造できる。従って、上記酸素濃度を5.0体積%未満、4.5体積%以下、更に3.0体積%未満とすることができる。後述する試験例に示すように、上記酸素濃度を非常に小さくすると、具体的には1.0体積%未満、0.9体積%以下、0.5体積%以下、更に0.1体積%以下とすると、Feが非常に少ない鉄系酸化膜を形成できて、渦電流損を低減できる上に、ヒステリシス損をも低減できるとの知見を得た。更なる低損失化を望む場合には、上記酸素濃度を上述のようにより小さくするとよい。雰囲気の酸素濃度が上述の特定の範囲内で所望の量となるように調整するとよい。
【0075】
この熱処理は、対象物(ここでは圧縮物)に連続的に熱処理を施す連続処理、所定量の対象物に一度に熱処理を施すバッチ処理のいずれも利用できる。連続処理は、工業的な大量生産に適する。バッチ処理は、雰囲気制御を高精度に行えるため、上述の酸素濃度をより低くして、更なる低損失化を望む場合に好適である。
【0076】
[試験例1]
原料粉末に、鉄基粒子と絶縁被覆とを備える被覆軟磁性粉末を用いて種々の条件で種々の大きさの圧縮物を作製し、得られた圧縮物に種々の条件で熱処理を施して圧粉成形体を作製し、得られた圧粉成形体の損失を調べた。
【0077】
この試験例では、原料粉末に、以下の二層の絶縁被覆を備える被覆軟磁性粉末(被覆粉末)と潤滑剤とを混合させたものを用いる。被覆粉末は、以下のように作製する。
純鉄(Feが99質量%以上、残部不可避不純物)から構成され、平均粒径が53μmである純鉄粉を用意した。上記平均粒径は、市販のレーザ回折・散乱式粒子径・粒度分布測定装置を用いて測定した50%粒径(質量)である。
純鉄粉の粒子(鉄基粒子)の表面にボンデ処理によって燐酸鉄から構成される内層(厚さ約100nm)を形成した後、内層上に化成処理によってSi及びO(酸素)を主成分とする外層(厚さ約30nm)を形成する。
潤滑剤には、大気中での分解開始温度が215℃であるエチレンビスステアリン酸アミドを用意した。原料粉末の質量を100%としたときの潤滑剤の含有量(質量%)を表1~表4に示す。
【0078】
この試験では、試料ごとに直方体状などといった柱状の圧縮物を複数作製し、熱処理を施して圧粉成形体(コア片)とし、これらの圧粉成形体を環状に組み付けて、一つの環状の磁心(図2の磁心3参照)を構築する。この磁心のうち、コイルが配置される箇所(図2の磁心3では内側コア部31)を構成する圧粉成形体について、その体積に対する表面積の割合「表面積/体積(mm-1)」及び磁心に用いたときの磁路断面の断面周長(mm)がそれぞれ表1~表4に示す大きさとなるように、金型を選択して成形する。ここでは、表面積/体積は、圧粉成形体を構成する直方体の各辺の長さを変えることで異ならせる。
【0079】
また、この試験では、成形圧力を700MPa~1500MPaの範囲から選択して、圧粉成形体の密度を異ならせる。上記の範囲のうち、成形圧力が大きいほど、密度が大きい圧粉成形体が得られる。この例では、981MPa(≒9ton/cm)とすることで相対密度が92.6%の圧粉成形体が得られる。
その他、いずれの試料も成形は大気雰囲気で行い、金型温度は常温とする。
【0080】
作製した各試料の圧縮物に、表1~表4に示す雰囲気及び温度で熱処理を施す。いずれの試料についても、熱処理温度までの昇温速度は5℃/分、熱処理時間は15分間である。この試験では、雰囲気を窒素雰囲気(酸素を実質的に含まない雰囲気、酸素濃度:0.001体積%未満)、大気雰囲気(酸素濃度:約21体積%)、低酸素雰囲気(酸素濃度:表1~表4)のいずれかとする。この熱処理によって、いずれの試料も、鉄基粒子と絶縁被覆とを備える複数の被覆軟磁性粒子が集合された圧粉成形体が得られる。熱処理の雰囲気を大気雰囲気又は低酸素雰囲気とする試料では、圧粉成形体の表面の全体が被覆層(ここでは鉄系酸化膜)で覆われている。
【0081】
窒素雰囲気で熱処理を行った試料については、熱処理後の試料(以下、熱処理材と呼ぶ)に以下の条件で酸処理を行う。酸処理は、熱処理前の圧縮物の表面のうち、金型との摺接面について行う。大気雰囲気又は低酸素雰囲気で熱処理を行った試料には酸処理を行っていない。
【0082】
(酸処理条件)
pH1で温度が26℃の濃塩酸が入った液槽に、濃塩酸を攪拌しながら、熱処理材の表面の一部(摺接面)を20分間浸ける。熱処理材における酸処理を施した領域の幅は、断面周長Lに対して7%であり、酸処理を施した領域の高さは、磁心に用いた場合に磁束方向に平行に配置される面の高さと同一とする。熱処理材における酸処理を施さない領域にはマスキングを施す。上述の酸処理後に処理対象を水で洗浄してから、マスキングを除去する。
【0083】
得られた各試料の圧粉成形体の断面をとり、断面における圧粉成形体の表面を顕微鏡観察したところ、大気雰囲気又は低酸素雰囲気で熱処理を行った試料では、絶縁被覆以外の被覆層を有することが確認できた。特に、圧粉成形体の表面のうち、上述の金型との摺接箇所では、被覆軟磁性粒子において絶縁被覆が剥離して鉄基粒子が露出した箇所に被覆層が存在していた。上記摺接箇所以外の箇所では、絶縁被覆の上下に被覆層が存在していた。各試料の圧粉成形体の表面について、X線回折(XRD)を行って表面成分を定量分析したところ、上記被覆層は主としてFeを含む酸化物であることが確認できた。このことから、上記被覆層は、鉄基粒子のFeと雰囲気中の酸素とが結合して形成されたと考えられる。以下、この被覆層を鉄系酸化膜と呼ぶことがある。
【0084】
得られた各試料の圧粉成形体について、被覆層(鉄系酸化膜)の厚さ(μm)、圧粉成形体に対する被覆層(鉄系酸化膜)の体積割合(体積%)を表1~表4に示す。
被覆層の厚さは、各試料の圧粉成形体の断面をとり、断面をレーザ顕微鏡で観察し、観察像における被覆層について任意の100点を選択して厚さを調べ、100点の平均を表1~表4に示す。圧粉成形体に対する被覆層の体積割合は、圧粉成形体の表面の全面に均一的な厚さで被覆層が存在すると仮定し、上述の100点の平均厚さを被覆層の厚さとして被覆層の体積を求め、被覆層の体積を圧粉成形体の体積で除することで求める。ここでは、10視野をとり、視野ごとに10点の測定点をとって、100点とした。なお、測定点の被覆層には、絶縁被覆を含む場合がある。ここでは、絶縁被覆が十分に薄いことから、絶縁被覆を含めた厚さを被覆層の厚さとして測定する。
【0085】
得られた各試料の圧粉成形体について、上述のX線回折による表面成分の定量分析を利用して、圧粉成形体に対するFeの体積割合(体積%)を調べ、その結果を表1~表4に示す。X線回折の結果、Feのピークが得られた場合には、被覆層の体積に対するFeの体積割合を求め、この結果と、上記の被覆層の体積割合とを用いて、圧粉成形体に対するFeの含有量(体積%)を求める。
【0086】
得られた各試料の圧粉成形体について、相対密度(%)を測定し、その結果を表1~表4に示す。上記相対密度は、圧粉成形体の実際の密度を真密度で除した値である。実際の密度は、アルキメデス法によって圧粉成形体の体積を測定し、圧粉成形体の質量を測定した体積で除することで求める。真密度は、例えば、ピクノメータなどの測定装置を用いたり、成分分析を行って構成成分の混合比から算出したりすることで求められる。又は、原料粉末の真密度を利用することが挙げられる。
【0087】
得られた各試料の圧粉成形体について、以下のようにしてヒステリシス損(ヒス損)、渦電流損(渦損)、鉄損(ヒステリシス損と渦電流損との合計)を調べ、その結果を表1~表4に示す。
この試験では、試料ごとに複数の圧粉成形体を組み付けて環状の磁心とし、銅線を巻回してなる一次巻きコイル(72ターン)、二次巻きコイル(20ターン)を上記磁心に配置したものを作製して、測定用部材とする。この測定用部材と、AC-BHカーブトレーサ(理研電子株式会社製 BHU-60)とを用いて、励起磁束密度Bmを0.1T(=1kG)とし、測定周波数を10kHzとしたときのヒステリシス損、渦電流損を求める。
窒素雰囲気で熱処理を行った試料については、熱処理後に酸処理を行っていない圧粉成形体、及び熱処理後に酸処理も行った圧粉成形体のそれぞれについて損失を調べた。表1~表4において「酸無」とは、酸処理を行っていない場合、「酸有」とは、酸処理も行った場合を意味する。
この試験では、基準試料の鉄損、ヒステリシス損、渦電流損をそれぞれ100%とし、基準試料に対する相対値を表1~表4に示す。相対値が小さいほど、損失低減効果が大きいといえる。
【0088】
【表1】
【0089】
【表2】
【0090】
【表3】
【0091】
【表4】
【0092】
表1,表2に着目して、表面積/体積(mm-1)及び断面周長(mm)が同じである試料同士を比較する。
表1,表2に示すように、窒素雰囲気で熱処理を行った試料No.1-101~1-104は、熱処理後に酸処理を行わないと、特に渦電流損が大きいために鉄損が大きく(酸無参照)、熱処理後に酸処理を行うことで渦電流損を低減できて鉄損を小さくできることが分かる(酸有参照)。しかし、熱処理に加えて、酸処理が必要であり、工程数が多い。マスキングを行うことで、工程数が更に多い。
【0093】
一方、表1,表2に示すように、大気雰囲気で熱処理を行った試料No.1-121~1-124は、上述の試料No.1-101(酸無)~1-104(酸無)よりも渦電流損を低減できて、鉄損を小さくできるものの、試料No.1-101(酸有)~1-104(酸有)よりも渦電流損が大きい傾向にあり、鉄損が十分に低いとはいえない。また、試料No.1-121~1-124は、上述の試料No.1-101~1-104よりもヒステリシス損が大きい傾向にあり、表面積/体積が大きいほど、この傾向が顕著である。
これらの理由として、試料No.1-121~1-124は、Feが多過ぎること、特に表面積/体積が大きくなるとFeの絶対量が多くなることなどが考えられる。
【0094】
他方、表1,表2に示すように試料No.1-1~1-20は、圧粉成形体の表面にFeを含むものの、大気雰囲気で熱処理を行った試料No.1-121~1-124よりも、渦電流損が特に小さい上にヒステリシス損も小さい傾向にあり、結果として鉄損が小さい。
【0095】
この理由として、試料No.1-1~1-20は試料No.1-121~1-124よりもFeの含有量が少ないことが考えられる。具体的なFeの含有量は、表面積/体積が0.40mm-1以下の場合、0.08体積%以下(この例では更に0.07体積%以下)、表面積/体積が0.40mm-1超0.60mm-1以下の場合、0.12体積%以下(この例では更に0.10体積%以下)、表面積/体積が0.60超の場合、0.15体積%以下(この例では更に0.14体積%以下)である。
【0096】
渦電流損が小さい理由の一つとして、試料No.1-1~1-20は、鉄基粒子よりも絶縁性に優れる鉄系酸化膜を備えることで、製造過程で絶縁被覆を損傷していても鉄基粒子間の絶縁性を高められると共に、比抵抗が比較的小さいFeが試料No.1-121~1-124よりも少ないことが考えられる。また、鉄系酸化膜の比抵抗が試料No.1-121~1-124と実質的に同じで変化しない場合でも、この例では試料No.1-1~1-20の鉄系酸化膜の厚さが試料No.1-121~1-124よりも薄いことで鉄系酸化膜自体に渦電流が流れ難くなった、即ち電気抵抗が大きくなったことが考えられる。
特に、断面周長Lが40mm以上、かつ表面積/体積が0.6mm-1以下の場合(試料No.1-1~1-15)、更には0.40mm-1以下の場合(試料No.1-1~1-10)は、試料No.1-121~1-124よりも渦電流損の低減効果が大きい傾向にある。この理由は、断面周長がより長いことで渦電流ループが長くなり易い大きさであり、表面積/体積が小さいことでFeの影響を受け易いものの、試料No.1-1~1-15ではFeが十分に少なく、試料No.1-1~1-10では更に少ないため、と考えられる。
【0097】
ヒステリシス損が小さい理由の一つとして、試料No.1-1~1-20は、強磁性体であり、純鉄よりも保磁力が大きいFeが試料No.1-121~1-124よりも少ないことが考えられる。特に表面積/体積が0.6mm-1超の場合(試料No.1-16~1-20)には、ヒステリシス損の低減効果が大きい傾向にある。表面積/体積が大きい試料No.1-124ではFeの絶対量が多くなり易く、強磁性体であって保磁力が大きいFeの影響が大きく出易く、ヒステリシス損が大きいと考えられる。これに対して、試料No.1-16~1-20は、Feの絶対量が試料No.1-124よりも少なく、試料No.1-124のFe量の60%以下、更には40%未満の試料もあり、ヒステリシス損の低減効果が表われ易いと考えられる。なお、この例の試料No.1-16~1-20は断面周長が比較的短く(ここでは40mm以下)、試料No.1-124との渦電流損の差が出難かったと考えられる。
【0098】
このような低損失な磁心を構築できる試料No.1-1~1-20の圧粉成形体は、被覆軟磁性粉末と特定の潤滑剤とを含む原料粉末を圧縮後、圧縮物に特定の低酸素雰囲気で熱処理を施すことで得られることが分かる。特に、雰囲気中の酸素濃度が低いほど(この例では5.0体積%未満、更に3.0体積%以下、とりわけ1.0体積%未満)、Feの含有量を低減でき、渦電流損を低減し易いことが分かる。この例では、Feの含有量が、表面積/体積が0.40mm-1以下の場合、0.065体積%以下、0.05体積%以下、更に0.045体積%以下、特に0.035体積%以下、表面積/体積が0.40mm-1超0.60mm-1以下の場合、0.09体積%以下、更に0.085体積%以下、特に0.07体積%以下、表面積/体積が0.60超の場合、0.14体積%以下、更に0.13体積%以下、特に0.12体積%以下であると、渦電流損を低減し易いといえる。
【0099】
試料No.1-1~1-20のうち、断面周長が40mm以上かつ表面積/体積が0.6mm-1以下で試料のなかには、試料No.1-101(酸有)~1-104(酸有)よりも渦電流損が小さい試料やヒステリシス損が小さい試料がある。特に、断面周長が40mm以上かつ表面積/体積が0.40mm-1以下の試料No.1-1~1-6,1-8~1-10は、試料No.1-101(酸有),1-102(酸有)よりも渦電流損が十分に小さく、鉄損も小さい。このことから、特に磁路断面の断面周長が40mm以上といった長い圧粉成形体、とりわけ表面積/体積が0.40mm-1以下の圧粉成形体は、Feが特定量であると、渦電流損の低減効果を十分に得られ、窒素雰囲気での熱処理後に酸処理を行うことなく、酸処理を行った場合と同等、好ましくはそれ以下のより低損失な磁心を構築できるといえる。
【0100】
次に、表3に着目して、相対密度(%)が同じである試料同士を比較する。
表3に示すように相対密度が比較的高い試料No.1-21,1-22は、試料No.1-105(酸有),1-106(酸有)に比較して鉄損が小さい。相対密度が比較的低い試料No.1-23~1-25は、試料No.1-107(酸無)~1-109(酸無)に比較して鉄損が小さく、相対密度が大きいほど鉄損が小さい。特に、相対密度が90.0%以上(ここでは更に90.5%以上)である試料No.1-21~1-24は、大気雰囲気で熱処理を行った試料No.1-125~1-128及び試料No.1-105(酸有)~1-108(酸有)に比較して鉄損が小さい。この理由は、相対密度がある程度高いことで、熱処理時に圧縮物の内部酸化が進行し難くなり、Feの過剰含有を抑制できたため(ここでは0.05体積%以下にできたため)と考えられる。相対密度が低い試料No.1-25は熱処理時に内部酸化が進行して、Feの含有量が試料No.1-24よりも多くなり、渦電流損、ヒステリシス損が大きくなり易くなったと考えられる。
【0101】
表3に示すように原料粉末における潤滑剤の含有量を0.10質量%以上とした試料No.1-26,1-27は、試料No.1-121及び試料No.1-101(酸有、表1)に比較して鉄損が小さい。この理由は、原料粉末に潤滑剤がある程度含まれるため、圧縮物にも潤滑剤がある程度含まれており、熱処理時、昇温に伴って潤滑剤が除去されるものの、潤滑剤をある程度含むことで圧縮物の内部酸化が進行し難くなり、Feの過剰含有を抑制できたためと考えられる。
【0102】
次に、表4に着目して、熱処理温度の影響について述べる。
表4に示すように、熱処理温度が高いほどヒステリシス損が低い。具体的には、熱処理温度を520℃超とした試料No.1-28~1-35は、大気雰囲気で熱処理を行った試料No.1-130~1-132と比較して、温度を高めるほどヒステリシス損を低減できることが分かる。特に、熱処理温度を550℃超700℃以下とした試料No.1-28~1-32は、試料No.1-102(酸有、表1)よりも鉄損(絶対値)が小さく、同じ温度で熱処理を行った試料No.1-110(酸有)よりも、鉄損が小さい試料もある。この理由は、熱処理時の昇温過程で、圧縮物の内部酸化が進行するものの、温度がある程度高いと内部の酸化物が消滅し、表面にのみ酸化物が残存して、鉄系酸化膜を適切に含有できるためと考えられる。熱処理温度が550℃以下と低めである試料No.1-34,1-35は、上述のように内部の酸化物が消滅できずに酸化物が多く残存したことで、上述の熱処理温度が高い試料と比較して渦電流損やヒステリシス損が大きくなり易かったと考えられる。
熱処理温度を700℃超とした試料No.1-33は、ヒステリシス損が低いものの、渦電流損が大きい。この理由は、高温により絶縁被覆が熱損傷を受けたためと考えられる。
この試験から熱処理の温度は、520℃超700℃以下、更に550℃超700℃以下が好ましいといえる。
【0103】
本発明は、これらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
例えば、試験例に示す鉄基粒子の組成や粒径、絶縁被覆の組成や厚さ、原料粉末の大きさ、圧粉成形体の密度などを適宜変更できる。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明の圧粉成形体は、各種の電磁部品(例えば、リアクトル、トランス、モータ、チョークコイル、アンテナ、燃料インジェクタ、点火コイルなど)の磁心などに利用できる。本発明の圧粉成形体の製造方法は、上記の圧粉成形体の製造に利用できる。
【符号の説明】
【0105】
10 圧粉成形体 13 鉄系酸化膜 S10 磁路断面 L 断面周長
1 電磁部品
2 コイル 2w 巻線 2a,2b 巻回部 2r 連結部
3 磁心 31 内側コア部 31m コア片 31g ギャップ材
32 外側コア部(コア片)
図1
図2