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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-17
(45)【発行日】2023-11-28
(54)【発明の名称】評価装置及び評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 99/00 20110101AFI20231120BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020132820
(22)【出願日】2020-08-05
(65)【公開番号】P2022029525
(43)【公開日】2022-02-18
【審査請求日】2023-07-07
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】501410779
【氏名又は名称】九州電技開発株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【弁理士】
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100146916
【弁理士】
【氏名又は名称】廣石 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】審良 善和
(72)【発明者】
【氏名】尾崎 利行
(72)【発明者】
【氏名】高瀬 晃
【審査官】福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-040713(JP,A)
【文献】特開平11-023411(JP,A)
【文献】特開2018-179535(JP,A)
【文献】特許第2992954(JP,B1)
【文献】特開2016-053548(JP,A)
【文献】特開2004-219168(JP,A)
【文献】特開2011-059064(JP,A)
【文献】特開2019-105474(JP,A)
【文献】国際公開第2018/185934(WO,A1)
【文献】柴田 徹 他,護岸構造物の振動特性について,京大防災研究所年報,1982年04月,第25号B-2,pp.53-66
【文献】佐藤正義,田畑憲太郎,矢板護岸と杭基礎の側方流動による破壊メカニズムに関する大型土槽実験,地盤工学ジャーナル,2009年12月25日,Vol.4,No.4,pp.259-271
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水際に接する水際構造物の健全性を評価する評価装置であって、
前記水際から離れた第1の位置で前記水際構造物の常時微動をミリ秒単位で計測する振動計と、
前記振動計で計測された前記水際構造物の常時微動の周波数成分に基づいて、前記水際構造物の健全性を示す情報を生成する情報生成部と、
を備え
前記情報生成部は、
前記振動計で計測された前記水際構造物の常時微動に対して秒単位でフーリエ変換を行ってフーリエスペクトルを求めるフーリエ変換部と、
前記フーリエ変換部で求められた前記フーリエスペクトルのスペクトル密度を算出するスペクトル密度算出部と、
前記常時微動のフーリエスペクトルのスペクトル密度から、前記水際構造物周辺の外乱の影響によるノイズ成分の周波数を上回る第1の周波数としての300Hz以上のスペクトル密度を抽出する抽出部と、を備える、
評価装置。
【請求項2】
前記抽出部は、前記第1の周波数で、かつ、前記第1の周波数より高い第2の周波数としての550Hz以下のスペクトル密度を抽出する、
請求項1に記載の評価装置
【請求項3】
前記振動計は、
前記第1の位置よりも前記水際に近い第2の位置で前記水際構造物における常時微動を計測し、
前記情報生成部は、
前記抽出部で抽出された、前記第1の位置に対応する前記スペクトル密度と、前記抽出部で抽出された、前記第2の位置に対応する前記スペクトル密度とを比較することにより、前記水際構造物の健全性を判定する第1の判定部を備える、
請求項に記載の評価装置。
【請求項4】
前記情報生成部は、
前記抽出部で抽出された前記スペクトル密度の時間変化に基づいて、前記水際構造物の健全性を判定する第2の判定部を備える、
請求項に記載の評価装置。
【請求項5】
前記情報生成部は、
前記抽出部で抽出された前記スペクトル密度を、その大きさで色分けして表示する表示情報を生成する表示情報生成部と、
前記表示情報生成部で生成された前記表示情報を表示する表示部と、
を備える、
請求項に記載の評価装置。
【請求項6】
前記振動計は、鉛直方向の常時微動を計測する、
請求項1からのいずれか一項に記載の評価装置。
【請求項7】
水際構造物の健全性を情報処理装置によって評価する評価方法であって、
振動計によりミリ秒単位で計測された前記水際構造物の常時微動に対して秒単位でフーリエ変換を行ってフーリエスペクトルを求め、
求められた前記フーリエスペクトルのスペクトル密度を算出し、
算出された前記フーリエスペクトルのスペクトル密度から、前記水際構造物周辺の外乱の影響によるノイズ成分の周波数を上回る300Hz以上のスペクトル密度を抽出し、
抽出された300Hz以上のスペクトル密度に基づいて、前記水際構造物の健全性を示す情報を生成する、
評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、評価装置及び評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
港湾施設として海、すなわち水際に接して設置された水際構造物である護岸や防波堤は、その大部分が海面下にある。このため、水際構造物の健全度を評価する際には、潜水士による点検が必要となる。また、消波ブロックが設置されている港湾施設では、消波ブロックで水際構造物が隠れ、十分な点検が行えない場合がある。このような点検のしにくさから、簡便かつ効率的な水際構造物の評価方法の確立が求められている。
【0003】
例えば、構造物に振動を加えて構造物の健全度を診断する健全度診断装置が開示されている(特許文献1参照)。この他、トンネル、鉄塔及びアンカー等の構造物の健全度、緊張力等を評価する評価方法が提案されている(非特許文献1、特許文献2、3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】蒋 宇静、外4名、「常時微動測定に基づくトンネル覆工の健全度評価手法の提案」、トンネル工学報告集/土木学会トンネル工学委員会編、公益社団法人土木学会、2010年11月25日、第20巻、pp205-209
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2003-106931号公報
【文献】特開2013-234945号公報
【文献】特開2018-13361号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示された健全度診断装置では、診断対象が鉄塔構造物に限られている。健全性の診断方法は、構造物の構造に大きく影響される。このため、この装置で行われるような鉄塔構造物に対して行われる診断方法を、水際構造物にそのまま適用するのは困難である。そこで、水際構造物の健全度を評価することができる仕組みの構築が望まれている。
【0007】
本発明は、上記実情の下になされたものであり、水際構造物の健全性を簡便かつ効率的に評価することができる評価装置及び評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の第1の観点に係る評価装置は、
水際に接する水際構造物の健全性を評価する評価装置であって、
前記水際から離れた第1の位置で前記水際構造物の常時微動をミリ秒単位で計測する振動計と、
前記振動計で計測された前記水際構造物の常時微動の周波数成分に基づいて、前記水際構造物の健全性を示す情報を生成する情報生成部と、
を備え
前記情報生成部は、
前記振動計で計測された前記水際構造物の常時微動に対して秒単位でフーリエ変換を行ってフーリエスペクトルを求めるフーリエ変換部と、
前記フーリエ変換部で求められた前記フーリエスペクトルのスペクトル密度を算出するスペクトル密度算出部と、
前記常時微動のフーリエスペクトルのスペクトル密度から、前記水際構造物周辺の外乱の影響によるノイズ成分の周波数を上回る第1の周波数としての300Hz以上のスペクトル密度を抽出する抽出部と、を備える
【0010】
前記抽出部は、前記第1の周波数で、かつ、前記第1の周波数より高い第2の周波数としての550Hz以下のスペクトル密度を抽出する、
こととしてもよい。
【0011】
前記振動計は、
前記第1の位置よりも前記水際に近い第2の位置で前記水際構造物における常時微動を計測し、
前記情報生成部は、
前記抽出部で抽出された、前記第1の位置に対応する前記スペクトル密度と、前記抽出部で抽出された、前記第2の位置に対応する前記スペクトル密度とを比較することにより、前記水際構造物の健全性を判定する第1の判定部を備える、
こととしてもよい。
【0012】
前記情報生成部は、
前記抽出部で抽出された前記スペクトル密度の時間変化に基づいて、前記水際構造物の健全性を判定する第2の判定部を備える、
こととしてもよい。
【0013】
前記情報生成部は、
前記抽出部で抽出された前記スペクトル密度を、その大きさで色分けして表示する表示情報を生成する表示情報生成部と、
前記表示情報生成部で生成された前記表示情報を表示する表示部と、
を備える、
こととしてもよい。
【0014】
前記振動計は、鉛直方向の常時微動を計測する、
こととしてもよい。
【0015】
本発明の第2の観点に係る評価方法は、
水際構造物の健全性を情報処理装置によって評価する評価方法であって、
振動計によりミリ秒単位で計測された前記水際構造物の常時微動に対して秒単位でフーリエ変換を行ってフーリエスペクトルを求め、
求められた前記フーリエスペクトルのスペクトル密度を算出し、
算出された前記フーリエスペクトルのスペクトル密度から、第1の周波数以上、かつ、前記第1の周波数より高いスペクトル密度を抽出し、
抽出された前記第1の周波数より高いスペクトル密度に基づいて、前記水際構造物の健全性を示す情報を生成する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、水際から離れた位置での水際構造物の常時微動の周波数成分に基づいて、水際構造物の健全性を示す情報を生成する。水際から離れた位置の常時微動の周波数成分は、水際構造物の内部構造の劣化により変化する。したがって、このような情報を用いれば、水際構造物に振動を加える設備を備えることなく、水際構造物の健全性を簡便かつ効率的に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施の形態1に係る評価装置の構成を示す模式図である。
図2】(A)は、中詰土砂が圧密沈下する様子を示す図である。(B)は、中詰土砂の圧密沈下に応じてエプロンが沈下する様子を示す図である。
図3】(A)は、鋼矢板が腐食して穴が空いた様子を示す図である。(B)は、中詰土砂が流出する様子を示す図である。
図4】エプロンコンクリートが崩落した様子を示す図である。
図5図1の評価装置が備える情報処理部の構成を示す模式図である。
図6】水際構造物が3つの状態である場合に、3つの計測位置で計測される常時振動のフーリエスペクトルのスペクトル密度の分布の一例を示すグラフである。
図7】300Hz以上500Hz以下のスペクトル密度の分布を示すグラフである。
図8】本発明の実施の形態1に係る評価装置の動作を示すフローチャートである。
図9】本発明の実施の形態2に係る評価装置が備える情報処理部の構成を示す模式図である。
図10】本発明の実施の形態3に係る評価装置の構成を示す模式図である。
図11図10の評価装置が備える情報処理部の構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。全ての図面において、同一又は同等の部分には同一の符号が付されている。本明細書において、「水際構造物」とは、海又は河川などの水際に設置される護岸又は防波堤などの施設であり、港湾構造物ともいう。また、「常時微動」は、意図的に加えられた力による振動ではなく、構造物に通常生じている微細な振動であり、自然現象又は人間活動に起因して構造物に生じる振動である。
【0019】
実施の形態1
まず、本発明の実施の形態1について説明する。図1に示すように、評価装置1は、水際に接する水際構造物の健全性を評価する。ここで、「健全性」とは、構造物の構造が施設された時の構造を維持しているか否か、すなわち劣化していないか否かを示す尺度であり、劣化度合又は健全度ともいうべきものである。
【0020】
まず、本実施の形態に係る計測の対象となる水際構造物について説明する。本実施の形態では、水際構造物は、鋼矢板護岸(シートパイル)2である。鋼矢板護岸2では、海3又は河川などと接する部分、すなわち水際に鋼矢板6が設置されている。本実施の形態では、鋼矢板6は海3に接しているものとする。
【0021】
鋼矢板6と、従来から存在する従来土砂4との間には、中詰土砂5が充填されている。鋼矢板6の上部には、上部工7が設けられている。また、従来土砂4及び中詰土砂5には、タイロッド9が埋め込まれ、従来土砂4には、控え板10が埋め込まれている。鋼矢板護岸2は、上部工7を、タイロッド9を介して控え板10につないで、背面側に引っ張ることで、鋼矢板6を中詰土砂5に定着させた構造となっている。すなわち、鋼矢板護岸2は、いわゆるタイロッド式の護岸である。鋼矢板護岸2の上部には、エプロンコンクリート(以下、「エプロン」とする)8が敷き詰められている。
【0022】
鋼矢板護岸2は、経年劣化が進行すると、エプロン8が崩壊することがある。以下、図2(A)、図2(B)、図3(A)、図3(B)及び図4を参照して、経年劣化による鋼矢板護岸2の崩壊メカニズムについて説明する。
(1)図2(A)に示すように、中詰土砂5が圧密沈下する。
(2)図2(B)に示すように中詰土砂5の沈下に伴って、自重又はエプロン8上の負荷(例えば車両等)の繰り返し荷重によりエプロン8が沈下する。
(3)図3(A)に示すように、平均干潮面(M.L.W.L.;Mean Low Water Level)よりも下部に発生する鋼矢板6の集中腐食により、鋼矢板6に穴6aが空く。
(4)図3(B)に示すように、海3の干満又は波浪による中詰土砂5の洗出しによって、中詰土砂5が海中へ流出することでエプロン8の下がさらに空洞化する。
(5)図4に示すように、エプロン8の耐荷力が低下し、最終的に崩壊する。
【0023】
このような事態を未然に防ぐため、評価装置1は、鋼矢板護岸2の健全性を評価する。図1に示すように、評価装置1は、振動計20と、情報生成部としての情報生成装置21と、を備える。
【0024】
振動計20は、鋼矢板護岸2の常時微動を計測する。振動計20としては、鋼矢板護岸2に生ずる常時微動を計測するための高感度なものを使用する必要がある。また、振動計20として、500Hzの周波数の振動を計測可能なものを採用するのが望ましい。
【0025】
本実施の形態では、振動計20は、図1の計測位置A、B、Cにそれぞれ取り付けられ、それぞれの計測位置A、B、Cで、鋼矢板護岸2の常時微動を計測する。すなわち、本実施の形態では、振動計20は、水際からの距離が異なる複数の計測位置A、B、Cでそれぞれ鋼矢板護岸2における常時微動を計測する。計測位置Aは、上部工7上の位置であり、水際に相当する位置である。また、計測位置B、Cは、水際から離れた位置である。計測位置Bは、計測位置Cよりも海側である。このように、本実施の形態では、計測位置B、Cが第1の位置に対応し、計測位置Aが第1の位置よりも水際に近い第2の位置に対応する。振動計20は、水際から離れた第1の位置で鋼矢板護岸2の常時微動を計測する計測装置であるとすることができる。
【0026】
ここで、岸壁に沿った方向をX軸方向とし、岸壁の法線方向をY軸方向とし、鉛直方向をZ軸方向とする。振動計20は、X軸方向、Y軸方向及びZ軸方向の3軸方向の振動を計測する。振動計20と情報生成装置21とは、有線又は無線通信可能に接続されている。振動計20で計測された3軸方向の常時微動の振動波形データは、情報生成装置21に送信される。
【0027】
振動計20による計測は、一定時間DT(図5参照)連続して行われ、その一定時間DTの計測結果に基づいて、鋼矢板護岸2の健全性を評価するための情報が生成される。一定時間DTは例えば10分である。
【0028】
情報生成装置21は、振動計20で計測された鋼矢板護岸2の常時微動の周波数成分に基づいて、鋼矢板護岸2の健全性を示す情報を生成する。情報生成装置21は、鋼矢板護岸2から離れた位置にあってもよい。
【0029】
情報生成装置21は、図5に示すように、受信部30と、A/D変換部31と、フーリエ変換部32と、スペクトル密度算出部33と、抽出部としてのフィルタ部34と、表示情報生成部35と、表示部36と、を備えている。
【0030】
受信部30は、振動計20で計測された常時微動の振動波形データを受信する。受信部30は、計測位置A、B、Cの振動計20で計測された一定時間DTの振動波形データを振動計20からそれぞれ受信する。
【0031】
A/D変換部31は、受信部30に受信された振動波形データをサンプリング間隔ΔTでデジタルデータに変換する。これにより、計測位置A、B、Cでの鋼矢板護岸2の常時微動を示すデジタルデータがそれぞれ得られる。この場合、1秒間におけるサンプリング回数は、例えば、1280回/秒とすることができる。なお、振動計20から送信される振動波形データがデジタルデータである場合には、A/D変換部31は備えていなくてもよい。
【0032】
フーリエ変換部32は、A/D変換部31で変換されたデジタルデータに対してフーリエ変換を行って、そのフーリエスペクトルを求める。具体的には、フーリエ変換部32は、計測位置A、B、Cでの鋼矢板護岸2の常時微動のフーリエスペクトルをそれぞれ求める。この場合、例えば、フーリエ変換部32は、デジタルデータを時間T毎、例えば1秒(1280個)毎に高速フーリエ変換(FFT)を行って、時間T毎のフーリエスペクトルを得ることができる。
【0033】
スペクトル密度算出部33は、フーリエスペクトルのスペクトル密度を算出する。ここでは、一定時間DTのフーリエスペクトルが得られているので、図5に示すように、一定時間DTにおける、ある周波数範囲(0~Smax)でのスペクトル密度の分布データが得られるようになる。スペクトル密度分布データは、求められたフーリエスペクトルについてSmax、例えば640(Hz)までの積分値をとり、それぞれの合計を1とした時の各周波数成分の比率で表すことができる。
【0034】
フィルタ部34は、振動計20で計測された鋼矢板護岸2の常時微動から、第1の周波数S1以上、かつ、第1の周波数S1より高い第2の周波数S2以下の周波数成分を抽出する。第1の周波数は例えば300Hzであり、第2の周波数は、例えば500Hzである。図5では、この周波数成分を、点線で囲んで図示している。
【0035】
表示情報生成部35は、フィルタ部34で抽出された周波数成分に基づいて、鋼矢板護岸2の健全性を示す情報を生成する。具体的には、表示情報生成部35は、フィルタ部34で抽出されたスペクトル密度を、その大きさで色分けして表示する表示情報を生成する。表示情報生成部35は、複数の計測位置A、B、Cそれぞれで計測された常時微動の違いに基づいて、鋼矢板護岸2の健全性を示す情報を生成する。
【0036】
表示部36は、表示情報生成部35で生成された鋼矢板護岸2の健全性を示す情報を表示する。本実施の形態では、スペクトル密度の大きさで色分けされたスペクトル密度の分布データが、表示部36に表示される。ここでは、計測位置A、B、Cそれぞれに対応するスペクトル密度の分布データが比較可能に表示される。
【0037】
鋼矢板護岸2の常時微動と劣化との関係について説明する。図6には、鋼矢板護岸2が健全な状態(図1参照)、中詰土砂5が沈下している状態(図2(A)参照)、鋼矢板6に腐食穴が空いている状態(図3(A)及び図3(B))において、計測位置A、B、Cにおいて振動計20で計測される常時振動のフーリエスペクトルのスペクトル密度の分布の一例を示すグラフが示されている。このグラフでは、横軸が時間(秒)を示し、縦軸が周波数(Hz)を示しており、グラフ上の色は、対応する時間、対応する周波数でのスペクトル密度を示している。スペクトル密度は、1未満の値を対数で表示しているため、負の値となっている。スペクトル密度は、0から-80に向かって暖色系から寒色系に変化するように色分けされている。例えば、スペクトル密度が-20~-40の領域では、黄色に色分けされており、スペクトル密度が-40~-60の色分けでは、黄緑色に色分けされており、スペクトル密度が-60~-80の色分けでは、緑色に色分けされている。
【0038】
まず、鋼矢板護岸2が健全な状態である場合、計測位置A、B、Cのスペクトル密度の分布は、それぞれ異なったものとなる。具体的には、計測位置Aでは、大部分の周波数領域で、スペクトル密度が黄色となり、計測位置Bでは、大部分の周波数領域で、スペクトル密度が黄緑色となり、計測位置Cでは、大部分の周波数領域で、スペクトル密度が緑色となっている。すなわち、健全な状態では、周波数300hz以上かつ500Hz以下では、上部工7の値が最も大きく、海3から計測位置までの距離が長くなるにつれて、常時振動のフーリエスペクトルのスペクトル密度は減少している。この結果から、健全な状況では、エプロン8下に中詰土砂5が充填されており、安定して揺れにくい状態にあるため、船又は波浪等の外力によるエネルギーが上部工7からエプロン8に伝わる際に減衰していることが推定される。
【0039】
また、中詰土砂5が沈下している状態では、計測位置Aでは、スペクトル密度は、健全な状態の時とほぼ同じ分布となっている。また、計測位置B、Cでは、スペクトル密度は、健全な状態に比べてやや大きくなっている。特に、計測位置Cでは、スペクトル密度は、緑から黄緑色に変化している。
【0040】
また、鋼矢板6の腐食により穴が空いている状態では、計測位置Aでは、スペクトル密度は、健全な状態とほぼ変わりない一方、計測位置B、Cでは、スペクトル密度が健全な状態に比べてやや大きくなっており、その分布は黄緑色に変化している。
【0041】
このように、中詰土砂5が沈下している状態でも、鋼矢板6に腐食による穴が空いている状態であっても、上部工7の計測位置Aでは、スペクトル密度が大きな値を示す傾向が見られる一方で、エプロン8上の計測位置B、Cでは、大きな差異は確認されていない。これは、中詰土砂の減少および流出が、エプロン8の大きな変形が外力によるエネルギーの伝達に影響を及ぼしているためであると考えられる。
【0042】
図7には、図6の計測位置A、B、Cにおける300Hz以上500Hz以下のスペクトル密度の分布の一例が示されている。図7に示すように、健全な状態では、上部工7の値が最も大きく、海3から計測位置までの距離が長くなるにつれてスペクトル密度が減少している。一方、沈下した状態又は腐食穴空きの状態では、計測位置B、Cに対応するスペクトル密度が健全な状態よりも大きくなっている。
【0043】
表示情報生成部35は、図6図7に示すように、計測位置A、B、Cでのスペクトル密度の色分け分布データを生成し、表示部36に色分け分布データを表示する。この表示画像を見れば、鋼矢板護岸2がどの程度劣化しているかを把握することができる。例えば、計測位置A、B、Cでのスペクトル密度が示す色が異なる場合には、鋼矢板護岸2は健全な状態であると判断することができ、計測位置A、B、Cでのスペクトル密度が示す色が同じである場合には、鋼矢板護岸2に異常が発生しているとみなすことができる。
【0044】
なお、図6図7に示される常時微動は、鉛直方向、すなわちZ軸方向の振動である。振動計20では、鉛直方向に関する常時振動が、他の方向、X軸、Y軸方向に比べて大きくなっており、鉛直方向(Z軸方向)に関する常時振動の振動波形データを用いれば、振動の変化を高精度に検出することができるためである。
【0045】
なお、本実施の形態では、フーリエ変換部32、スペクトル密度算出部33、フィルタ部34、表示情報生成部35及び表示部36は、演算手段としてのCPU(Central Processing Unit)、記憶手段としてのメモリ、外部記憶装置、入出力インターフェイスとしてのI/O装置、表示手段としてのディスプレイを備えるコンピュータが、メモリに格納されたソフトウエアプログラムを実行することにより、実現される。
【0046】
ソフトウエアプログラムは、記録媒体又はサーバコンピュータに記憶されており、記憶媒体又はサーバコンピュータからダウンロードされ、外部記憶装置にインストールされ、メモリに読み込まれ、CPUによって実行される。CPUの代わりに、フーリエ変換等の信号処理を行うことに特化されたDSP(デジタルシグナルプロセッサ)を用いるようにしてもよい。
【0047】
次に、本発明の実施の形態に係る評価装置1の動作、すなわち鋼矢板護岸2の健全性を評価する評価方法について説明する。
【0048】
図8に示すように、まず、振動計20によって、鋼矢板護岸2の常時微動を計測する(ステップS1:計測ステップ)。ここでは、計測位置A、B、Cでの振動が振動計20によって計測される。
【0049】
次に、情報処理装置11によって、計測された鋼矢板護岸2の常時微動に基づいて、鋼矢板護岸2の健全性を示す情報を生成する(ステップS2;情報生成ステップ)。この情報生成ステップでは、受信部30における振動計20で計測された振動データの受信、A/D変換部31におけるA/D変換、フーリエ変換部32におけるフーリエ変換、スペクトル密度算出部33におけるスペクトル密度の算出、フィルタ部34における所定の周波数範囲のスペクトル密度の抽出、表示情報生成部35における表示情報の生成、表示部36における表示情報の表示が行われる。
【0050】
上述の処理により、表示部36には、図7に示すような表示画像が表示される。この表示画像を見れば、鋼矢板護岸2の健全性を評価することが可能となる。鋼矢板護岸2が劣化していると判定された場合、鋼矢板護岸2の補修などを行って、エプロン8の崩落を未然に防ぐことができる。
【0051】
実施の形態2
次に、本発明の実施の形態2について説明する。本実施の形態に係る評価装置1の構成は、図1に示す上記実施の形態1に係る評価装置1の構成と同じである。上記実施の形態1に係る評価装置1は、鋼矢板護岸2の健全度を示す情報を表示した。本実施の形態に係る評価装置1は、鋼矢板護岸2の健全度を示す情報の表示だけでなく、鋼矢板護岸2の健全度の判定を行う。
【0052】
本実施の形態に係る評価装置1は、情報生成装置21の構成が、上記実施の形態1に係る評価装置1の構成と異なる。図9に示すように、情報生成装置21は、第1の判定部としての判定部40を備えている。判定部40は、計測位置B、Cと計測位置Aとについて、フィルタ部34で抽出されたスペクトル密度の違いに基づいて、鋼矢板護岸2の健全性を判定する。
【0053】
例えば、判定部40は、計測位置Aにおける300Hz以上かつ500Hz以下のスペクトル密度の平均値と、計測位置Cにおける300Hz以上かつ500Hz以下のスペクトル密度の平均値とを求める。そして、求められた平均値の差が閾値以上であれば、鋼矢板護岸2が健全な状態であると判定することができる。
【0054】
この判定部40を備えることにより、鋼矢板護岸2が健全な状態であるか否かを自動的に判定することが可能となる。判定部40の判定結果は、表示情報生成部35で生成された表示情報とともに、表示部36に表示することができる。
【0055】
なお、一般的には、計測位置Aから距離が最も離れている計測位置Cでのデータを用いた方が、計測位置Bでのデータを用いるよりも、鋼矢板護岸2の劣化を早期に判定することができる。
【0056】
実施の形態3
次に、本発明の実施の形態3について説明する。上記実施の形態1、2に係る評価装置1では、振動計20は、計測位置A、B、Cに設置された。図10に示すように、本実施の形態に係る評価装置1では、振動計20は、計測位置Cに設置され、計測位置Bには設置されていない。振動計20は、計測位置Cにおける鋼矢板護岸2の常時微動を計測する。
【0057】
図11に示すように、本実施の形態では、情報生成装置21は、第2の判定部としての判定部41と、記憶部50と、を備えている点が、上記実施の形態1に係る評価装置1の構成と異なる。
【0058】
記憶部50には、健全な状態であるときの計測位置Cにおけるスペクトル密度の分布データが記憶されている。判定部41は、今回計測された計測位置Cにおけるスペクトル密度の分布データと、記憶部50に記憶された計測位置Cにおけるスペクトル密度の分布データとを比較して、スペクトル密度の時間変化に基づいて、鋼矢板護岸2の健全度を判定する。
【0059】
具体的には、判定部40は、記憶部50に記憶されている、計測位置Cにおける300Hz以上かつ500Hz以下のスペクトル密度の初期平均値と、計測位置Cにおける300Hz以上かつ500Hz以下のスペクトル密度の今回の計測における平均値とを求める。そして、求められた平均値の差が閾値以上であれば、鋼矢板護岸2が健全な状態であると判定することができる。
【0060】
この判定部40を備えることにより、鋼矢板護岸2が健全な状態であるか否かを自動的に判定することが可能となる。判定部40の判定結果は、表示情報生成部35で生成された表示情報とともに、表示部36に表示することができる。
【0061】
なお、一般的には、計測位置Aから距離が最も離れている計測位置Cでのデータを用いた方が、計測位置Bでのデータを用いるよりも、鋼矢板護岸2の劣化を早期に判定することができる。
【0062】
以上詳細に説明したように、上記実施の形態によれば、水際から離れた位置での鋼矢板護岸2の常時微動の周波数成分に基づいて、鋼矢板護岸2の健全性を示す情報を生成する。本発明者は、常時微動の周波数成分が、水際、すなわち海3からの距離によって異なったものとなり、同じ位置でも鋼矢板護岸2の内部構造の劣化により変化することを見出した。生成された情報を用いれば、鋼矢板護岸2に振動を加える設備を備えることなく、鋼矢板護岸2の健全性を簡便かつ効率的に評価することができる。
【0063】
また、上記実施の形態では、常時微動のフーリエスペクトルのスペクトル密度に基づいて、鋼矢板護岸2の健全性を評価した。スペクトル密度は正規化されたデータであるため、常時微動の大きさの変化に関わらず、均一な尺度で鋼矢板護岸2の劣化を判定することが可能となる。しかしながら、鋼矢板護岸2の健全性を評価する尺度は、スペクトル密度には限られない。例えば、フーリエスペクトル自体を鋼矢板護岸2の健全性を評価する尺度として用いるようにしてもよい。
【0064】
また、上記実施の形態では、高速フーリエ変換(FFT)により、振動波形データを、フーリエスペクトルに変換した。しかしながら、本発明はこれには限られない。他のフーリエ変換の処理を用いるようにしてもよい。
【0065】
また、上記実施の形態では、第1の周波数S1以上、かつ、第1の周波数S1より高い第2の周波数S2以下のスペクトル密度に基づいて、鋼矢板護岸2の健全性を評価した。これにより、周期の長いノイズ成分が含まれない周波数成分に着目して、鋼矢板護岸2の健全性を高精度に評価することが可能となる。
【0066】
なお、上記実施の形態では、第1の周波数S1を300Hzとし、第2の周波数S2を500Hzとした。第1の周波数S1を300Hzとしたのは、300Hz未満で、大きなノイズ成分が観測されたためである。このノイズ成分は、船が係留されていたり、強風が吹いていたりというような外乱の影響によるものであると考えられる。しかしながら、第1の周波数S1、第2の周波数S2の値は、適宜決定することができる。鋼矢板護岸2を、さまざまな測定条件で測定したところ、第1の周波数S1を300Hzとし、第2の周波数S2を550Hzとすれば、その間で、常時微動を良好に観測できることが確認されている。
【0067】
また、上記実施の形態1、2に係る評価装置1は、鋼矢板護岸2の異なる計測位置での周波数成分の比較により、鋼矢板護岸2の健全性を評価した。このようにすれば、過去の周波数成分を記憶する記憶部を備えることなく、鋼矢板護岸2の健全性を評価することが可能となる。
【0068】
上記実施の形態1、2では、計測位置を3箇所としたが、少なくとも2箇所あればよい。また、計測位置Bと計測位置Cとのスペクトル密度の比較で、鋼矢板護岸2の健全性を評価するようにしてもよい。また、計測位置を4つ以上としてもよい。計測位置を、マトリクス状とすれば、よりきめ細かな健全性の判定が可能となる。
【0069】
また、上記実施の形態3に係る評価装置1は、鋼矢板護岸2が健全な状態での周波数成分を示す情報を記憶しておき、記憶された周波数成分と、計測して新たに得られた周波数成分との比較により、鋼矢板護岸2の健全性を評価した。このようにすれば、同じ計測位置Cでの鋼矢板護岸2の特性の経年劣化を直接計測することが可能となる。
【0070】
また、上記実施の形態では、スペクトル密度を、その大きさで色分けして表示した。この表示を見れば、スペクトル密度を色で比較することができるので、鋼矢板護岸2の特性の変化を一見して認識し易くすることが可能となる。しかしながら、スペクトル密度の表示方法は、色分け表示には限られない。スペクトル密度の大きさに応じて模様を変えるなどしてもよい。また、スペクトル密度の大きさを立体的に表示するようにしてもよい。
【0071】
また、上記実施の形態では、鉛直方向の常時微動のフーリエスペクトルに基づいて、鋼矢板護岸2の健全性を評価した。振動計20で計測可能な3軸方向の振動のうち、鉛直方向の振動が最も大きいためである。しかしながら、本発明はこれには限られない。3軸方向の常時微動のフーリエスペクトルに基づいて、鋼矢板護岸2の健全性を評価するようにしてもよい。また、3軸方向の常時微動を合成した振動のフーリエスペクトルに基づいて、鋼矢板護岸2の健全性を評価するようにしてもよい。
【0072】
また、上記実施の形態では、フーリエ変換部32、スペクトル密度算出部33、フィルタ部34、表示情報生成部35の機能は、コンピュータが、ソフトウエアプログラムを実行することにより、実現されるものとした。しかしながら、本発明はこれには限られない。フーリエ変換部32、スペクトル密度算出部33、フィルタ部34、表示情報生成部35を、信号処理を行うハードウエア処理回路で実現するようにしてもよい。
【0073】
また、上記実施の形態に係る評価装置1は、鋼矢板護岸2の健全度を定期的に評価するために評価の際に、対象となる鋼矢板護岸2に取り付けられるものであったが、本発明はこれには限られない。評価装置1は、振動計20による、鋼矢板護岸2の常時微動の周波数成分を常時観測するようにしてもよい。
【0074】
なお、上記実施の形態では、対象となる水際構造物を、タイロッド式の鋼矢板護岸2とした。しかしながら、鋼矢板護岸2には、自立式鋼矢板、斜控抗式鋼矢板、組合せ鋼矢板、セル式鋼矢板等がある。このような鋼矢板には、本発明を適用することが可能である。また、本発明はこれには限られない。例えば、対象となる水際構造物を、防波堤としてもよい。この他、本発明は、水際に設置された水際構造物であれば、適用可能である。
【0075】
例えば、防波堤は鋼矢板護岸2とは構造が異なるが、劣化により内部構造が変化した場合には、常時微動のフーリエスペクトルのスペクトル密度の変化が認められるため、本発明を適用することが可能である。
【0076】
この発明は、この発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、この発明を説明するためのものであり、この発明の範囲を限定するものではない。すなわち、この発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明は、水際に設置される水際構造物の健全性の評価に適用することができる。
【符号の説明】
【0078】
1 評価装置、2 鋼矢板護岸(シートパイル)、3 海、4 従来土砂、5 中詰土砂、6 鋼矢板、7 上部工、8 エプロンコンクリート(エプロン)、9 タイロッド、10 控え板、11 情報処理装置、20 振動計、21 情報生成装置、30 受信部、31 A/D変換部、32 フーリエ変換部、33 スペクトル密度算出部、34 フィルタ部、35 表示情報生成部、36 表示部、40,41 判定部、50 記憶部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
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図10
図11