(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】制御システム、更新方法、推定方法、及びコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
G05D 3/12 20060101AFI20231121BHJP
G05B 13/02 20060101ALI20231121BHJP
【FI】
G05D3/12 305V
G05B13/02 C
G05B13/02 L
(21)【出願番号】P 2018225745
(22)【出願日】2018-11-30
【審査請求日】2021-11-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000005267
【氏名又は名称】ブラザー工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 英輔
【審査官】松本 泰典
(56)【参考文献】
【文献】特開平7-246411(JP,A)
【文献】国際公開第2016/203614(WO,A1)
【文献】特開2012-130160(JP,A)
【文献】特開平2-137606(JP,A)
【文献】特開平11-46489(JP,A)
【文献】特開2017-182624(JP,A)
【文献】特開2015-18496(JP,A)
【文献】永野 健太ほか,高減速複合遊星歯車機構の角度伝達誤差に基づくバックドライバビリティ向上手法の検討,第35回日本ロボット学会学術講演会 ,日本,一般財団法人日本ロボット学会,2017年09月11日,pp.1-4
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 13/02
G05D 3/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象を制御するように構成され、目標指令と前記制御対象からの制御出力とに基づき、前記制御対象に対する制御入力として、設計変数を有する伝達モデルに従う制御入力を算出する制御器と、
前記制御器における前記設計変数を更新するように構成される更新器と、
を備え、
前記伝達モデルは、前記制御対象の粘性摩擦モデル、及び、ストライベック効果を考慮した静止摩擦及びクーロン摩擦モデルを含み、
前記設計変数は、粘性摩擦係数及び静止摩擦を含み、
前記更新器は、
前記制御器による前記制御対象の制御が実行されている期間、制御誤差に関する評価関数を用いて、前記評価関数から判別される前記制御誤差を低減する前記設計変数の値を、学習値として繰返し算出し、前記学習値が算出される度に、前記制御器における前記設計変数の値を、算出された前記学習値に更新するように構成されており、
前記学習値は、前記粘性摩擦係数の学習値及び前記静止摩擦の学習値を含み、
前記更新器は、
前記制御出力から特定される前記制御対象の変位に関する速度が基準速度以上である第一のケースでは、
前記制御誤差に関する第一の評価関数であって、前記制御入力、前記制御出力、及び前記伝達モデルを要素に含み、前記伝達モデルに含まれる前記粘性摩擦係数及び前記静止摩擦のうち、前記粘性摩擦係数を学習対象の変数に設定し、前記静止摩擦を固定値に設定した第一の評価関数
を、前記評価関数として用いて、前記制御誤差を低減する前記粘性摩擦係数の値を、前記粘性摩擦係数の学習値として算出し、前記設計変数における前記粘性摩擦係数の値を、前記粘性摩擦係数の学習値に更新し、
前記制御対象の速度が前記基準速度未満である第二のケースでは、前記第一の評価関数と同型の評価関数であって、前記静止摩擦を学習対象の変数に設定し、前記粘性摩擦係数を固定値に設定した第二の評価関数
を、前記評価関数として用いて、前記制御誤差を低減する前記静止摩擦の値を、前記静止摩擦の学習値として算出し、前記設計変数における前記静止摩擦の値を、前記静止摩擦の学習値に更新する
制御システム。
【請求項2】
前記設計変数は、クーロン摩擦を更に含み、
前記更新器は、
前記第一のケースでは、前記第一の評価関数として、前記伝達モデルに含まれる前記粘性摩擦係数、前記クーロン摩擦、及び前記静止摩擦のうち、前記粘性摩擦係数及び前記クーロン摩擦を学習対象の変数に設定し、前記静止摩擦を固定値に設定した評価関数に従って、前記制御誤差を低減する前記粘性摩擦係数及び前記クーロン摩擦の値を、それぞれ前記粘性摩擦係数及び前記クーロン摩擦の学習値として算出し、前記設計変数における前記粘性摩擦係数及び前記クーロン摩擦の値を、それぞれ前記粘性摩擦係数及び前記クーロン摩擦の学習値に更新し、
前記第二のケースでは、前記第二の評価関数として、前記静止摩擦を学習対象の変数に設定し、前記粘性摩擦係数及び前記クーロン摩擦を固定値に設定した評価関数に従って、前記制御誤差を低減する前記静止摩擦の値を、前記静止摩擦の学習値として算出し、前記設計変数における前記静止摩擦の値を、前記静止摩擦の学習値に更新する
請求項1記載の制御システム。
【請求項3】
前記伝達モデルは、前記制御対象の剛体モデルを更に含み、
前記設計変数は、イナーシャを更に含み、
前記更新器は、
前記第一のケースでは、前記第一の評価関数として、前記伝達モデルに含まれる前記粘性摩擦係数、前記クーロン摩擦、前記イナーシャ及び前記静止摩擦のうち、前記粘性摩擦係数、前記クーロン摩擦、及び前記イナーシャを学習対象の変数に設定し、前記静止摩擦を固定値に設定した評価関数に従って、前記制御誤差を低減する前記粘性摩擦係数、前記クーロン摩擦、及び前記イナーシャの値を、それぞれ前記粘性摩擦係数、前記クーロン摩擦、及び前記イナーシャの学習値として算出し、前記設計変数における前記粘性摩擦係数、前記クーロン摩擦、及び前記イナーシャの値を、それぞれ前記粘性摩擦係数、前記クーロン摩擦、及び前記イナーシャの学習値に更新し、
前記第二のケースでは、前記第二の評価関数として、前記静止摩擦を学習対象の変数に設定し、前記粘性摩擦係数、前記クーロン摩擦、及び前記イナーシャを固定値に設定した評価関数に従って、前記制御誤差を低減する前記静止摩擦の値を、前記静止摩擦の学習値として算出して、前記設計変数における前記静止摩擦の値を、前記静止摩擦の学習値に更新する
請求項2記載の制御システム。
【請求項4】
前記制御対象は、制御入力に対応するトルクτ、制御出力に対応する前記制御対象の速度v、並びに、前記制御対象のイナーシャJ、粘性摩擦係数D、クーロン摩擦fc、静止摩擦fb、及びストライベック効果の減衰係数αを含む運動方程式
【数1】
に従って変位する機構であり、
前記第一の評価関数E1及び第二の評価関数E2は、次式に従う
【数2】
請求項3記載の制御システム。
【請求項5】
前記更新器は、前記制御対象の速度が前記基準速度より低い予め定められた下限速度未満では前記設計変数の更新を行わないように構成される請求項1~請求項4のいずれか一項記載の制御システム。
【請求項6】
前記固定値は、対応する設計変数について前記制御器に設定された最新の学習値である請求項1~請求項5のいずれか一項記載の制御システム。
【請求項7】
前記更新器は、前記第一及び第二の評価関数を用いて前記制御誤差を最小する前記学習値を逐次最小二乗法により繰返し算出し、前記学習値が算出される度に、前記制御器における対応する設計変数の値を前記算出された学習値に更新する請求項1~請求項6のいずれか一項記載の制御システム。
【請求項8】
制御器の設計変数を更新するための更新方法であって、
前記制御器は、目標指令と制御対象からの制御出力とに基づき、前記制御対象に対する制御入力として、前記設計変数を有する伝達モデルに従う制御入力を算出して、前記制御対象を制御するように構成され、
前記伝達モデルは、前記制御対象の粘性摩擦モデル、及び、ストライベック効果を考慮した静止摩擦及びクーロン摩擦モデルを含み、
前記設計変数は、粘性摩擦係数及び静止摩擦を含み、
前記更新方法は、
前記制御器による前記制御対象の制御が実行されている期間、制御誤差に関する評価関数を用いて、前記評価関数から判別される前記制御誤差を低減する前記設計変数の値を、学習値として繰返し算出し、前記学習値が算出される度に、前記制御器における前記設計変数の値を、算出された前記学習値に更新すること
を含み、
前記学習値は、前記粘性摩擦係数の学習値及び前記静止摩擦の学習値を含み、
前記更新することは、
前記制御出力から特定される前記制御対象の変位に関する速度が基準速度以上である第一のケースでは、
前記制御誤差に関する第一の評価関数であって、前記制御入力、前記制御出力、及び前記伝達モデルを要素に含み、前記伝達モデルに含まれる前記粘性摩擦係数及び前記静止摩擦のうち、前記粘性摩擦係数を学習対象の変数に設定し、前記静止摩擦を固定値に設定した第一の評価関数
を、前記評価関数として用いて、前記制御誤差を低減する前記粘性摩擦係数の値を、前記粘性摩擦係数の学習値として算出し、前記設計変数における前記粘性摩擦係数の値を、前記粘性摩擦係数の学習値に更新することと、
前記制御対象の速度が前記基準速度未満である第二のケースでは、前記第一の評価関数と同型の評価関数であって、前記静止摩擦を学習対象の変数に設定し、前記粘性摩擦係数を固定値に設定した第二の評価関数
を、前記評価関数として用いて、前記制御誤差を低減する前記静止摩擦の値を、前記静止摩擦の学習値として算出し、前記設計変数における前記静止摩擦の値を、前記静止摩擦の学習値に更新することと、
を含む更新方法。
【請求項9】
制御器による制御対象への制御入力及び前記制御対象からの制御出力に基づき、前記制御対象における粘性摩擦係数及び静止摩擦を推定する推定方法であって、
前記制御器は、目標指令と前記制御出力とに基づき、予め定められた伝達モデルに従う制御入力を算出して、前記制御対象を制御するように構成され、
前記伝達モデルは、前記制御対象の粘性摩擦モデル、及び、ストライベック効果を考慮した静止摩擦及びクーロン摩擦モデルを含み、粘性摩擦係数及び静止摩擦を有し、
前記推定方法は、
前記制御器による前記制御対象の制御が実行されている期間、制御誤差に関する評価関数を用いて、前記制御対象における前記粘性摩擦係数及び前記静止摩擦を繰返し推定することを含み、
前記推定することは、
前記制御出力から特定される前記制御対象の変位に関する速度が基準速度以上である第一のケースでは、制御誤差に関する第一の評価関数であって、前記制御入力、前記制御出力、及び前記伝達モデルを要素に含み、前記伝達モデルに含まれる前記粘性摩擦係数及び前記静止摩擦のうち、前記粘性摩擦係数を学習対象の変数に設定し、前記静止摩擦を固定値に設定した第一の評価関数
を、前記評価関数として用いて、前記制御誤差を最小化する前記粘性摩擦係数の値を、前記制御対象における前記粘性摩擦係数として推定することと、
前記制御対象の速度が前記基準速度未満である第二のケースでは、前記第一の評価関数と同型の評価関数であって、前記静止摩擦を学習対象の変数に設定し、前記粘性摩擦係数を固定値に設定した第二の評価関数
を、前記評価関数として用いて、前記制御誤差を最小化する前記静止摩擦の値を、前記制御対象における前記静止摩擦として推定することと、
を含む推定方法。
【請求項10】
制御器の設計変数を更新する処理をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムであって、
前記制御器は、目標指令と制御対象からの制御出力とに基づき、前記制御対象に対する制御入力として、前記設計変数を有する伝達モデルに従う制御入力を算出して、前記制御対象を制御するように構成され、
前記伝達モデルは、前記制御対象の粘性摩擦モデル、及び、ストライベック効果を考慮した静止摩擦及びクーロン摩擦モデルを含み、
前記設計変数は、粘性摩擦係数及び静止摩擦を含み、
前記更新する処理は、
前記制御器による前記制御対象の制御が実行されている期間、制御誤差に関する評価関数を用いて、前記評価関数から判別される前記制御誤差を低減する前記設計変数の値を、学習値として繰返し算出し、前記学習値が算出される度に、前記制御器における前記設計変数の値を、算出された前記学習値に更新することを含み、
前記更新することは、
前記制御出力から特定される前記制御対象の変位に関する速度が基準速度以上である第一のケースでは、
前記制御誤差に関する第一の評価関数であって、前記制御入力、前記制御出力、及び前記伝達モデルを要素に含み、前記伝達モデルに含まれる前記粘性摩擦係数及び前記静止摩擦のうち、前記粘性摩擦係数を学習対象の変数に設定し、前記静止摩擦を固定値に設定した第一の評価関数
を、前記評価関数として用いて、前記制御誤差を低減する前記粘性摩擦係数の値を、前記粘性摩擦係数の学習値として算出し、前記設計変数における前記粘性摩擦係数の値を、前記粘性摩擦係数の学習値に更新することと、
前記制御対象の速度が前記基準速度未満である第二のケースでは、前記第一の評価関数と同型の評価関数であって、前記静止摩擦を学習対象の変数に設定し、前記粘性摩擦係数を固定値に設定した第二の評価関数
を、前記評価関数として用いて、前記制御誤差を低減する前記静止摩擦の値を、前記静止摩擦の学習値として算出し、前記設計変数における前記静止摩擦の値を、前記静止摩擦の学習値に更新することと、
を含むコンピュータプログラム。
【請求項11】
制御器による制御対象への制御入力及び前記制御対象からの制御出力に基づき、前記制御対象における粘性摩擦係数及び静止摩擦を推定する処理をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムであって、
前記制御器は、目標指令と前記制御出力とに基づき、予め定められた伝達モデルに従う制御入力を算出して、前記制御対象を制御するように構成され、
前記伝達モデルは、前記制御対象の粘性摩擦モデル、及び、ストライベック効果を考慮した静止摩擦及びクーロン摩擦モデルを含み、粘性摩擦係数及び静止摩擦を有し、
前記推定する処理は、
前記制御器による前記制御対象の制御が実行されている期間、制御誤差に関する評価関数を用いて、前記制御対象における前記粘性摩擦係数及び前記静止摩擦を繰返し推定することを含み、
前記推定することは、
前記制御出力から特定される前記制御対象の変位に関する速度が基準速度以上である第一のケースでは、制御誤差に関する第一の評価関数であって、前記制御入力、前記制御出力、及び前記伝達モデルを要素に含み、前記伝達モデルに含まれる前記粘性摩擦係数及び前記静止摩擦のうち、前記粘性摩擦係数を学習対象の変数に設定し、前記静止摩擦を固定値に設定した第一の評価関数
を、前記評価関数として用いて、前記制御誤差を最小化する前記粘性摩擦係数の値を、前記制御対象における前記粘性摩擦係数として推定することと、
前記制御対象の速度が前記基準速度未満である第二のケースでは、前記第一の評価関数と同型の評価関数であって、前記静止摩擦を学習対象の変数に設定し、前記粘性摩擦係数を固定値に設定した第二の評価関数
を、前記評価関数として用いて、前記制御誤差を最小化する前記静止摩擦の値を、前記制御対象における前記静止摩擦として推定することと、
を含むコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、制御システム、更新方法、推定方法、及びコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、制御器の自動調整技術として、FRIT(Fictitious Reference Iterative Tuning)技術及びVRFT(Virtual Reference Feedback Tuning)技術が知られている。制御出力の観測値からプラントの逆モデルを用いて制御出力の観測値に対する制御入力を演算し、制御出力の観測値から演算した制御入力と、制御入力の観測値との比較により制御誤差を推定する技術も知られている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来技術では、一時的な原因によって発生する制御誤差に適切に対応して、制御器のパラメータを更新することができなかった。一時的な原因による制御誤差には、動き出し時の摩擦を原因とする制御誤差が含まれる。
【0005】
そこで、本開示の一側面によれば、摩擦を考慮した制御器の適切なパラメータ更新を実現可能な技術を提供できることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一側面に係る制御システムは、制御器と、更新器と、を備える。制御器は、制御対象を制御するように構成される。制御器は、目標指令と制御対象からの制御出力とに基づき、制御対象に対する制御入力として、設計変数を有する伝達モデルに従う制御入力を算出する。更新器は、制御器における設計変数を更新するように構成される。伝達モデルは、制御対象の粘性摩擦モデル、及び、ストライベック効果を考慮した静止摩擦及びクーロン摩擦モデルを含み、設計変数は、粘性摩擦係数及び静止摩擦を含む。
【0007】
更新器は、制御出力から特定される制御対象の変位に関する速度が基準速度以上である第一のケースでは、制御誤差に関する第一の評価関数に従って、制御誤差を低減する粘性摩擦係数の値を、粘性摩擦係数の学習値として算出し、設計変数における粘性摩擦係数の値を、粘性摩擦係数の学習値に更新する。第一の評価関数は、制御入力、制御出力、及び上記伝達モデルを要素に含み、伝達モデルに含まれる粘性摩擦係数及び静止摩擦のうち、粘性摩擦係数を学習対象の変数に設定し、静止摩擦を固定値に設定した評価関数である。
【0008】
更新器は、制御対象の速度が基準速度未満である第二のケースでは、第二の評価関数に従って、制御誤差を低減する静止摩擦の値を、静止摩擦の学習値として算出し、設計変数における静止摩擦の値を、静止摩擦の学習値に更新する。第二の評価関数は、第一の評価関数と同型の評価関数であって、静止摩擦を学習対象の変数に設定し、粘性摩擦係数を固定値に設定した評価関数である。
【0009】
周知のように、粘性摩擦は、速度に比例して大きくなる。このため、制御誤差に含まれる粘性摩擦起因の誤差成分は、速度が高いほど大きくなり、速度が低いほど小さくなる。これに対し、静止摩擦起因の誤差成分は、制御対象の動き出し時に大きく表れる。このように、粘性摩擦起因の誤差成分は、速度が高いときに他の誤差成分よりも強調され、静止摩擦起因の誤差成分は、速度が低いときに強調される。
【0010】
従って、制御対象の速度に応じた評価関数を用いて、制御器の設計変数を更新することによれば、制御器の設計変数を、摩擦の変動を考慮して、従来よりも適切に更新することができる。従って、本開示の一側面によれば、高精度に制御対象を制御可能な優れた制御システムを提供することができる。
【0011】
本開示の一側面によれば、制御器の設計変数を更新するための更新方法が提供されてもよい。更新方法は、制御出力から特定される制御対象の速度が基準速度以上である第一のケースでは、上述の第一の評価関数に従って、制御誤差を低減する粘性摩擦係数の値を、粘性摩擦係数の学習値として算出し、設計変数における粘性摩擦係数の値を、粘性摩擦係数の学習値に更新することと、制御対象の速度が基準速度未満である第二のケースでは、上述の第二の評価関数に従って、制御誤差を低減する静止摩擦の値を、静止摩擦の学習値として算出し、設計変数における静止摩擦の値を、静止摩擦の学習値に更新することと、を含んでいてもよい。
【0012】
本開示の一側面によれば、制御器による制御対象への制御入力及び制御対象からの制御出力に基づき、制御対象における粘性摩擦係数及び静止摩擦を推定する推定方法が提供されてもよい。推定方法は、制御出力から特定される制御対象の変位に関する速度が基準速度以上である第一のケースでは、上述の第一の評価関数に従って、制御誤差を最小化する粘性摩擦係数の値を、制御対象における粘性摩擦係数として推定することと、制御対象の速度が基準速度未満である第二のケースでは、上述の第二の評価関数に従って、制御誤差を最小化する静止摩擦の値を、制御対象における静止摩擦として推定することと、を含んでいてもよい。
【0013】
本開示の一側面によれば、上述の更新方法を、コンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムが提供されてもよい。本開示の一側面によれば、上述の推定方法を、コンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムが提供されてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】画像形成システムにおける用紙搬送機構周辺の概略断面図である。
【
図2】画像形成システムの電気的構成を表すブロック図である。
【
図3】位置制御器及び更新器を表すブロック図である。
【
図4】位置制御器の詳細構成を表すブロック図である。
【
図5】ストライベック効果を含む摩擦モデルに関する説明図である。
【
図6】更新器が実行する処理を表すフローチャートである。
【
図7】位置偏差に関する実験結果を示すグラフである。
【
図8】摩擦学習に関する実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本開示の例示的実施形態を、図面と共に説明する。
図1に示す画像形成システム1は、インクジェットプリンタとして構成される。画像形成システム1は、記録ヘッド10を備える。記録ヘッド10は、キャリッジ21に搭載される。キャリッジ21は、用紙搬送方向と直交する主走査方向(
図1紙面法線方向)に往復動して、記録ヘッド10を主走査方向に搬送する。
【0016】
周知のインクジェットプリンタと同様、画像形成システム1は、用紙Qを所定量搬送しては停止させる用紙Qの搬送制御を繰返し実行することにより、用紙Qを記録ヘッド10の下方に所定量ずつ間欠搬送する。用紙Qの停止時には、キャリッジ21を主走査方向に搬送し、記録ヘッド10にインク液滴を吐出させる。これにより、用紙Qの間欠搬送毎に、用紙Qに主走査方向の画像を形成する。画像形成システム1は、このような動作を繰返し実行することにより、用紙Qの全体に画像を形成する。
【0017】
用紙Qは、搬送ローラ31及び排紙ローラ35からの力の作用を受けて、記録ヘッド10の下方に位置するプラテン39の上流から下流に搬送される。用紙搬送方向は、搬送ローラ31及び排紙ローラ35の回転軸と直交する。搬送ローラ31は、プラテン39の上流で従動ローラ32に対向配置され、排紙ローラ35は、プラテン39の下流で従動ローラ36に対向配置される。
【0018】
搬送ローラ31は、PFモータ71によって回転駆動される。PFモータ71は、直流モータで構成される。搬送ローラ31は、従動ローラ32との間に用紙Qを挟持した状態で回転することにより、用紙Qを下流に搬送する。
【0019】
排紙ローラ35は、接続機構38を介して搬送ローラ31と接続されており、PFモータ71からの動力を、搬送ローラ31及び接続機構38を介して受けて、搬送ローラ31と同期回転する。排紙ローラ35は、従動ローラ36との間に用紙Qを挟持した状態で回転することにより、搬送ローラ31側からプラテン39に沿って到来する用紙Qを更に下流に搬送する。
【0020】
本実施形態の画像形成システム1は、
図2に示すように、メインユニット40と、通信インタフェース50と、給紙部60と、用紙搬送部70と、記録部90とを備える。メインユニット40は、CPU41、ROM43、RAM45、及びNVRAM47を備え、画像形成システム1を統括制御する。
【0021】
CPU41は、ROM43に格納されたプログラムに従う処理を実行する。RAM45は、CPU41による処理実行時に作業用メモリとして使用される。NVRAM47は、電気的にデータ書き換え可能な不揮発性メモリであり、画像形成システム1の電源オフ後にも保持する必要のあるデータを記憶する。
【0022】
メインユニット40は、通信インタフェース50を介して外部装置5から印刷対象データを受信すると、この印刷対象データに基づく画像が用紙Qに形成されるように、給紙部60、用紙搬送部70及び記録部90に指令入力する。
【0023】
給紙部60は、メインユニット40からの指令に従って、図示しない給紙トレイから搬送ローラ31と従動ローラ32とによる用紙Qのニップ位置まで用紙Qを搬送する。用紙搬送部70は、メインユニット40からの指令に従って、給紙部60から供給された用紙Qを、記録ヘッド10下方の画像形成位置に間欠搬送する。
【0024】
記録部90は、用紙搬送部70によって間欠搬送される用紙Qの停止時に、メインユニット40からの指令に従って、キャリッジ21を主走査方向に搬送しつつ、記録ヘッド10に印刷対象データに基づくインク液滴の吐出動作を実行させる。これにより、用紙Qに対する主走査方向の画像形成を行う。記録部90は、記録ヘッド10、及び、記録ヘッド10を搭載するキャリッジ21を主走査方向に搬送(往復動)可能なキャリッジ搬送機構20を備える。
【0025】
具体的に、メインユニット40は、印刷対象データを受信すると、給紙部60及び用紙搬送部70に用紙Qの先端を記録ヘッド10下方の画像形成位置まで搬送させた後、記録部90にキャリッジ21(記録ヘッド10)を主走査方向に搬送させて、用紙Qに対する画像形成動作を実行させる。
【0026】
その後、メインユニット40は、用紙搬送部70に対して目標軌跡r(t)を設定し、用紙搬送部70に、目標軌跡r(t)に従って用紙Qを所定量搬送させ、搬送終了後、記録部90に用紙Qに対する画像形成動作を実行させる。
【0027】
画像形成動作の終了後、メインユニット40は、用紙搬送部70に、目標軌跡r(t)に従う用紙Qの搬送動作を再実行させる。メインユニット40は、その後、記録部90に用紙Qに対する画像形成動作を再実行させる。このように、メインユニット40は、用紙搬送部70及び記録部90に上記処理を交互に繰返し実行させることにより、用紙Qに、印刷対象データに基づく画像を形成する。
【0028】
用紙搬送部70は、搬送機構30と、PFモータ71と、モータ駆動回路73と、ロータリエンコーダ75と、信号処理回路77と、コントローラ80とを備える。搬送機構30は、上述した搬送ローラ31、従動ローラ32、排紙ローラ35、従動ローラ36、接続機構38、及び、プラテン39を含む用紙Qの搬送機構である。搬送機構30は、搬送ローラ31及び排紙ローラ35がPFモータ71からの動力を受けて回転することにより、用紙Qの搬送動作を実現する。
【0029】
PFモータ71は、モータ駆動回路73により駆動されて、搬送ローラ31を回転駆動する。モータ駆動回路73は、コントローラ80からの制御入力uに応じた駆動電流をPFモータ71に印加することによって、PFモータ71を駆動する。
【0030】
ロータリエンコーダ75は、周知のロータリエンコーダと同様に構成され、搬送ローラ31の回転に応じたA相及びB相パルス信号をエンコーダ信号として出力する。ロータリエンコーダ75は、例えば、PFモータ71と搬送ローラ31との間の動力伝達経路に設けられる。
【0031】
信号処理回路77は、ロータリエンコーダ75から入力されるエンコーダ信号に基づき、制御出力として、搬送ローラ31の回転位置y及び回転速度vを計測する。以下では、回転位置yの計測値のことを、回転位置ymと表現し、回転速度vの計測値のことを回転速度vmと表現する。信号処理回路77は、回転位置ym及び回転速度vmを、コントローラ80に入力するように構成される。
【0032】
コントローラ80は、目標指令部81と、位置制御器83と、観測部85とを備える。目標指令部81は、
図3に示すように、メインユニット40からの目標軌跡r(t)に従って、制御開始時からの各時刻tにおける目標値rを、位置制御器83に入力するように構成される。
【0033】
用紙Qの間欠搬送時にメインユニット40から設定される目標軌跡r(t)は、用紙Qを、制御開始時から目標停止位置まで搬送して、その後、用紙Qの停止を維持するための位置軌跡を示す。
【0034】
一例によれば、目標軌跡r(t)は、制御開始時の位置に対応する値r=0から目標停止位置に対応する値r=ysまで単調増加した後、目標値rを値r=ysを維持する軌跡を示す。別例によれば、目標軌跡r(t)は、目標停止位置に対応する一定値r=ysであってもよい。
【0035】
位置制御器83は、この目標軌跡r(t)に従って、PFモータ71の駆動制御を行うことにより、用紙Qが搬送ローラ31の回転により所定量搬送されるようにする。具体的に、位置制御器83は、目標指令部81から入力される目標値rと信号処理回路77から入力される回転位置ymに応じた制御入力uをモータ駆動回路73に入力するように構成される。
【0036】
図3に示されるPは、制御対象を表す。位置制御器83は、予め設定された伝達関数C(ρ)に従って、目標値r及び回転位置y
mに応じた制御入力uを演算する。この動作により、位置制御器83は、用紙Qが搬送ローラ31の回転により所定量搬送されるように、PFモータ71をフィードバック制御する。
【0037】
位置制御器83の伝達関数C(ρ)は、設計変数ρを有し、設計変数ρは、メインユニット40により調整される。メインユニット40は、CPU41によるプログラムの実行により、設計変数ρの値を更新する更新器49として機能する。
【0038】
観測部85(
図2参照)は、位置制御器83がモータ駆動回路73に入力した制御入力u、及び、制御入力uに対応して信号処理回路77から得られた回転位置y
m及び回転速度v
mを、観測データとして、メインユニット40(更新器49)に入力するように構成される。更新器49は、この観測データに基づき、位置制御器83における設計変数ρの値を更新する。
【0039】
続いて、位置制御器83の詳細を説明する。本実施形態の位置制御器83は、内部モデル制御(IMC)によって搬送ローラ31の回転位置yを制御するように構成される。位置制御器83は、
図4に示すように、目標応答関数Tと、速度推定関数sTと、制御対象の伝達関数Hと、その逆モデルH
-1と、摩擦推定関数Gと、を要素に含む伝達関数C(ρ)に従って、目標値r及び回転位置y
mに応じた制御入力uを算出するように構成される。
【0040】
この位置制御器83は、目標値rを、回転位置ymと、対応する目標応答yrと、の差分δ=ym-yrで補正した値(r-δ)に基づき、関係式u=H-1T(r-δ)+Frに従う制御入力uを算出する。
【0041】
伝達関数Hは、モデル化された制御対象の伝達関数である。逆モデルH-1は、この伝達関数Hの逆モデルである。内部モデル制御系は、このように、モデル化された制御対象の伝達関数Hを内部に含む。目標応答関数Tは、入力値(r-δ)に対して実現されるべき回転位置yである目標応答yrを出力する。
【0042】
搬送ローラ31を含む制御対象の伝達関数Hは、具体的に、粘性摩擦を加味した剛体の運動モデルに従って次のように定義される。
【0043】
【数1】
ここで、Jは、イナーシャであり、Dは、粘性摩擦係数であり、sは、ラプラス演算子である。伝達関数Hには、設計変数として、イナーシャJ及び粘性摩擦係数Dが含まれる。
【0044】
値Frは、摩擦推定関数Gの出力値であり、ストライベック効果を考慮した制御対象に作用する静止摩擦及びクーロン摩擦の推定値に対応する。この値Frは、目標値rを速度推定関数sTに入力して得られる搬送ローラ31の回転速度vrを、摩擦推定関数Gに入力して得られる。
【0045】
摩擦推定関数Gは、ストライベック効果を含む静止摩擦及びクーロン摩擦モデルを含む。
図5には、ストライベック効果による摩擦変化を、速度vの横軸及び摩擦の縦軸を有するグラフで示す。具体的に、推定値F
rは、次の摩擦推定関数Gに従って算出される。
【0046】
【0047】
ここで、fcは、クーロン摩擦であり、fbは、静止摩擦であり、αは、静止摩擦からクーロン摩擦への移行期における減衰係数である。exp()は、指数関数であり、sign()は、符号関数である。摩擦推定関数Gには、設計変数としてクーロン摩擦fc及び静止摩擦fbが含まれる。即ち、伝達関数C(ρ)の設計変数ρは、ρ=(J,D,fc,fb)である。
【0048】
上述の伝達関数C(ρ)に従って制御入力uを算出する位置制御器83に対して、更新器49は、観測データに基づき、次の第一評価関数Q1又は第二評価関数Q2が最小となる設計変数ρ1=(J,D,fc),ρ2=fbの値を算出することにより、制御誤差を適切に抑制可能な設計変数ρ=(J,D,fc,fb)の値を学習する。そして、位置制御器83の設計変数ρを、この学習値に更新する。
【0049】
第一評価関数Q1は、次のように表される。下式において上付きドットは、時間微分を表す。
【0050】
【0051】
第二評価関数Q2は、次のように表される。
【0052】
【0053】
搬送機構30の運動は、加えられるトルクτ、イナーシャJ、回転速度v、粘性摩擦係数D、クーロン摩擦fc、及び、静止摩擦fbを用いて次の運動方程式によりモデル化することができる。
【0054】
【0055】
上述したようにFbrk=fb-fcである。トルクτは、PFモータ71に印加される駆動電流に対応し、制御入力uに対応する。従って、位置制御器83による制御誤差Eは、次式に従って算出可能である。
【0056】
【0057】
このことから理解できるように、第一評価関数Q1を最小化する設計変数ρ1の値を求めることは、静止摩擦fbを固定値に設定し、イナーシャJ、粘性摩擦係数D、及びクーロン摩擦fcを変数に設定して、制御誤差Eを最小にするイナーシャJ、粘性摩擦係数D、及びクーロン摩擦fcを算出することに対応する。
【0058】
式(5)の右辺におけるイナーシャJ及び粘性摩擦係数Dを含む第二項及び第三項は、上述の逆モデルH-1に制御出力を入力した値に対応し、第四項及び第五項は、ストライベック効果を含む静止摩擦及びクーロン摩擦モデルに制御出力を入力した値に対応する。
【0059】
同様に、第二評価関数Q2を最小化する設計変数ρ2の値を求めることは、静止摩擦fbを変数に設定し、イナーシャJ、粘性摩擦係数D、及びクーロン摩擦fcを固定値に設定して、制御誤差Eを最小にする静止摩擦fbを算出することに対応する。
【0060】
具体的に、更新器49は、位置制御器83によるモータ制御が実行されている期間、
図6に示す学習更新処理を繰返し実行することにより、逐次最小二乗(RLS)法により、適切な設計変数ρ=(J,D,f
c,f
b)の値を学習値として求め、位置制御器83の設計変数ρ=(J,D,f
c,f
b)を、求めた学習値に更新する。
【0061】
学習更新処理を開始すると、更新器49は、制御対象の速度情報を取得する(S110)。具体的には、更新器49は、信号処理回路77から制御出力として搬送ローラ31の回転速度vmの情報を取得する。
【0062】
その後、更新器49は、回転速度vmに基づき、制御対象が停止しているか否かを判断する(S120)。更新器49は、回転速度vmが、予め定められた下限速度V0未満であるとき、制御対象が停止していると判断し、それ以外の場合には、制御対象が停止していないと判断することができる。
【0063】
ここで、制御対象が停止していると判断すると(S120でYes)、更新器49は、学習更新処理の繰返し実行動作を終了する。そして、位置制御器83によるモータ制御が再実行されることを契機に、学習更新処理の繰返し実行動作を再開する。
【0064】
更新器49は、制御対象が停止していないと判断すると(S120でNo)、回転速度vmの絶対値が、予め定められた基準速度Vth以上であるか否かを判断する(S130)。基準速度Vthは、上述の下限速度V0よりも大きい値で定められる。
【0065】
更新器49は、回転速度vmの絶対値が基準速度Vth以上であると判断すると(S130でYes)、変数a1を値1に設定し、変数a2を値0に設定した後(S140)、S160に移行する。変数a1は、第一評価関数Q1に基づく設計変数ρ1の学習動作をオン/オフするための変数である。同様に、変数a2は、第二評価関数Q2に基づく設計変数ρ2の学習動作をオン/オフするための変数である。
【0066】
更新器49は、回転速度vmの絶対値が基準速度Vth未満であると判断すると(S130でNo)、変数a1を値0に設定し、変数a2を値1に設定した後(S150)、S160に移行する。
【0067】
S160において、更新器49は、第一評価関数Q1を最小化する設計変数ρ1の値ρ1(k)を、設計変数ρ1の学習値として逐次最小二乗法により算出する。具体的には、次式に従って、設計変数ρ1の値ρ1(k)を算出する。
【0068】
【0069】
ここで、上付きTは、転置記号を表す。即ち、θ1
T(k)は、θ1(k)の転置行列である。変数a1は、上述したようにS140,S150で値0又は1に設定される。x1(k)は、式(1)に示された時刻kにおける値x1に対応する。値x1(k)の算出には、時刻kにおいて位置制御器83に設計変数ρとして設定されている最新の静止摩擦fb及びクーロン摩擦fcに基づく値Fbrkが用いられる。
【0070】
同様に、θ1(k)は、式(2)に示された時刻kにおける値θ1に対応する。時刻kは、今回の学習更新処理の実行時刻に対応し、時刻k-1は、学習更新処理の前回実行時刻に対応する。従って、ρ1(k-1)は、前回の学習更新処理実行時にS160で算出された設計変数ρ1の値に対応する。
【0071】
S160では、変数a1=1であるとき、イナーシャJ、粘性摩擦係数D、及びクーロン摩擦fcの学習値が、制御入力u及び制御出力(回転速度v=vm)に基づき有効に算出される。変数a1=0であるときには、有効な学習動作が行われず、イナーシャJ、粘性摩擦係数D、及びクーロン摩擦fcの学習値は、前回値と同一値に形式的に算出される。
【0072】
S170において、更新器49は、第二評価関数Q2を最小化する設計変数ρ2の値を、逐次最小二乗法により算出する。具体的には、次式に従って、設計変数ρ2の値ρ2(k)を算出する。
【0073】
【0074】
この式におけるパラメータ表現は、上述したx1(k),θ1(k)等と同様に理解されてよい。即ち、x2(k)は、式(3)に示された時刻kにおける値x2に対応し、θ2(k)は、式(4)に示された時刻kにおける値θ2に対応する。値x2(k)の算出には、時刻kにおいて位置制御器83に設計変数ρとして設定されている最新のイナーシャJ、粘性摩擦係数D、及びクーロン摩擦fcが用いられる。ρ2(k-1)は、前回の学習更新処理実行時にS170で算出された設計変数ρ2の値に対応する。
【0075】
S170では、変数a2=1であるとき、静止摩擦fbの学習値が、制御入力u及び制御出力(回転速度v=vm)に基づき有効に算出される。変数a2=0であるときには、有効な学習動作が行われず、静止摩擦fbは、前回値と同一値に形式的に算出される。
【0076】
その後、更新器49は、位置制御器83における設計変数ρの値を、S160,S170で算出した学習値ρ1(k),ρ2(k)に更新する(S180)。即ち、位置制御器83におけるイナーシャJ、粘性摩擦係数D、クーロン摩擦fc、静止摩擦fbを、S160,S170で算出したイナーシャJ、粘性摩擦係数D、クーロン摩擦fc、静止摩擦fbの学習値に更新し(S180)、当該更新制御処理を一旦終了する。更新後の設計変数ρの値は、RAM45及びNVRAM47に記録される。更新器49は、このような学習更新処理を、モータ制御が行われている期間、繰返し実行する。
【0077】
上述した学習更新処理の実行により、PFモータ71の回転速度が速いときには、制御入力及び制御出力に基づき、イナーシャJ、粘性摩擦係数D、及びクーロン摩擦fcが学習され、動き出し時のPFモータ71の回転速度が速いときには、静止摩擦fbのみが学習される。
【0078】
このような速度に応じた学習対象の切替は、速度が高いときには、位置制御器83に設定されたイナーシャJ、粘性摩擦係数D、クーロン摩擦fcの不正確さによる誤差成分が制御誤差Eにおいて目立ち、速度が低いときには、静止摩擦fbの不正確さによる誤差成分が制御誤差Eにおいて目立つことを理由に行われている。
【0079】
即ち、速度が高いとき、静止摩擦起因の誤差成分の制御誤差Eの全体に占める割合は低い。このため、イナーシャJ、粘性摩擦係数D、クーロン摩擦fc、静止摩擦fbを一つの評価関数を用いて一度に学習しようとすると、他の誤差成分が学習動作に大きな影響を与えて、静止摩擦起因の誤差成分に基づき、静止摩擦fbを精度良く学習することができない。
【0080】
反対に、動き出し時の速度が低いときには、静止摩擦起因の誤差成分の制御誤差Eの全体に占める割合は高い。このため、イナーシャJ、粘性摩擦係数D、クーロン摩擦fc、静止摩擦fbを一つの評価関数を用いて一度に学習しようとすると、静止摩擦起因の誤差成分が学習動作に大きな影響を与えて、イナーシャJ、粘性摩擦係数D、クーロン摩擦fcを精度良く学習することができない。
【0081】
そこで、本実施形態では、速度が低いときには、静止摩擦fbのみを選択的に学習し、速度が高いときには、イナーシャJ、粘性摩擦係数D、及びクーロン摩擦fcを選択的に学習するようにしている。
【0082】
本実施形態によれば、速度に依らず、イナーシャJ、粘性摩擦係数D、クーロン摩擦fc、静止摩擦fbを一つの評価関数を用いて学習する場合よりも、高精度にイナーシャJ、粘性摩擦係数D、クーロン摩擦fc、静止摩擦fbを学習又は推定することができて、位置制御器83による制御精度を高精度に維持することができる。従って、本実施形態における設計変数ρの推定及び更新技術は、モータ制御の精度向上に大変役立つ。
【0083】
本実施形態によれば特に、実質リアルタイムに、イナーシャJ、粘性摩擦係数D、クーロン摩擦fc、静止摩擦fbを同定することができ、これを設計変数ρの更新に役立てることができる。従って、制御誤差Eを短時間で抑制することができる。
【0084】
以上には、本開示に係る技術を、用紙Qの搬送制御に適用した例を説明したが、本開示が、上述の例示的実施形態に限定されるものではなく、種々の態様を採ることができることは言うまでもない。
【0085】
例えば、本開示に係る技術は、キャリッジ21の搬送制御に適用されてもよいし、画像形成システム1以外の別のシステムに提供されてもよい。
【0086】
本開示に係る技術をキャリッジ21の搬送制御に適用した場合の実験結果を、
図7及び
図8に示す。
図7には、上段の時間対位置のグラフに示す位置軌跡、及び、中段の時間対速度のグラフに示す速度軌跡に従って、キャリッジ21を所定量ずつ段階的に搬送する制御を行った場合の、目標位置軌跡に対する観測された位置偏差の軌跡を、下段の時間対位置偏差のグラフに、実線で示す。
【0087】
実験は、更新器49にて制御器の設計変数ρ=(J,D,f
c,f
b)をリアルタイムに学習及び更新することにより行われている。下段のグラフには、比較対象として、制御器の設計変数ρを固定した場合の位置偏差の軌跡を、破線で示す。本開示の技術によれば、位置制御に関して制御精度が向上することが、
図7から理解できる。
【0088】
図8には、
図7と同種の実験で得られた上述の値F
brkを、時間軸を横軸に有するグラフ上に示す。上段グラフでは、制御器の設計変数ρ=(J,D,f
c,f
b)をリアルタイムに学習及び更新したときの、クーロン摩擦f
c及び静止摩擦f
bに基づく値F
brk=f
b-f
cの軌跡が破線で示され、(f
b-f
c)の真値が実線で示されている。下段グラフは、従来手法による値F
brk=f
b-f
cの軌跡を破線で示す。本開示の技術によれば、値F
brkについて精度よく高速に学習/同定できることが、
図8から理解できる。
【0089】
以上には、内部モデル制御系を含む制御器に、本開示の技術を適用した例を説明したが、本開示の技術は、制御器の構成に限定されない。
【0090】
この他、上記実施形態における1つの構成要素が有する機能は、複数の構成要素に分散して設けられてもよい。複数の構成要素が有する機能は、1つの構成要素に統合されてもよい。上記実施形態の構成の一部は、省略されてもよい。上記実施形態の構成の少なくとも一部は、他の上記実施形態の構成に対して付加又は置換されてもよい。特許請求の範囲に記載の文言から特定される技術思想に含まれるあらゆる態様が本開示の実施形態である。
【符号の説明】
【0091】
1…画像形成システム、10…記録ヘッド、20…キャリッジ搬送機構、21…キャリッジ、30…搬送機構、31…搬送ローラ、32…従動ローラ、35…排紙ローラ、36…従動ローラ、40…メインユニット、41…CPU、43…ROM、45…RAM、47…NVRAM、49…更新器、60…給紙部、70…用紙搬送部、71…PFモータ、73…モータ駆動回路、75…ロータリエンコーダ、77…信号処理回路、80…コントローラ、81…目標指令部、83…位置制御器、85…観測部、90…記録部、Q…用紙。