(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】炭素繊維束とその製造方法、プリプレグおよび炭素繊維強化複合材料
(51)【国際特許分類】
D01F 9/22 20060101AFI20231121BHJP
B29B 11/16 20060101ALI20231121BHJP
B29K 105/10 20060101ALN20231121BHJP
【FI】
D01F9/22
B29B11/16
B29K105:10
(21)【出願番号】P 2019524095
(86)(22)【出願日】2019-04-10
(86)【国際出願番号】 JP2019015620
(87)【国際公開番号】W WO2019203088
(87)【国際公開日】2019-10-24
【審査請求日】2022-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2018078129
(32)【優先日】2018-04-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018120571
(32)【優先日】2018-06-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018183751
(32)【優先日】2018-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】奥田 治己
(72)【発明者】
【氏名】松本 直浩
(72)【発明者】
【氏名】佐道 祐貴
(72)【発明者】
【氏名】田中 文彦
【審査官】川口 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-054031(JP,A)
【文献】国際公開第2017/204026(WO,A1)
【文献】特開2015-010290(JP,A)
【文献】特開2014-159665(JP,A)
【文献】特開2015-067910(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 9/22
B29B 11/16
B29K 105/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶子サイズLc(nm)、単繊維コンポジットの圧縮フラグメンテーション法により測定した単繊維圧縮強度Fc(GPa)および樹脂含浸ストランド引張試験における初期弾性率E
0(GPa)の関係が以下の式(1)~(3)を同時に満たし、かつ、Lcが4.00nm以下である炭素繊維束:
Fc ≧ 1.3×10/Lc-0.3 ・・・(1)
E
0 ≦ 80×Lc+155 ・・・(2)
E
0 ≧ 330 ・・・(3)。
【請求項2】
実質上無撚りである請求項1に記載の炭素繊維束。
【請求項3】
Lcが2.60nm以上である請求項1または2に記載の炭素繊維束。
【請求項4】
炭素繊維束に存在する毛羽数が2個/m以下である請求項1~3のいずれかに記載の炭素繊維束。
【請求項5】
平均引き裂き可能距離が800~1100mmである請求項1~4のいずれかに記載の炭素繊維束。
【請求項6】
ストランド引張強度が4.8GPa以上である請求項1~5のいずれかに記載の炭素繊維束。
【請求項7】
単繊維直径が5.0μm以上であって、結晶子サイズLc(nm)とアルキメデス法により求められる比重SGとの関係が以下の式(4)および(5)を満たす請求項1~6のいずれかに記載の炭素繊維束:
SG ≧ 0.0633×Lc+1.565 ・・・(4)
2.85 ≦ Lc ≦ 4.00 ・・・(5)。
【請求項8】
単繊維直径が6.0μm以上である請求項1~7のいずれかに記載の炭素繊維束。
【請求項9】
請求項1~8のいずれかに記載の炭素繊維束が熱硬化性樹脂に含浸されてなるプリプレグであって、熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率が3.0GPa以上であるプリプレグ。
【請求項10】
請求項1~9のいずれかに記載の炭素繊維束と、マトリックス樹脂とを含む炭素繊維強化複合材料。
【請求項11】
ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を、酸素を含む雰囲気下で熱処理する耐炎化工程と、該耐炎化工程で得られた繊維束を最高温度500~1000℃の不活性雰囲気下で熱処理する予備炭素化工程と、該予備炭素化工程で得られた繊維束を、最高温度1700~3000℃の不活性雰囲気下で熱処理する炭素化工程と、該炭素化工程で得られた繊維束を酸化処理する工程を経て、実質上無撚りの炭素繊維束を得る炭素繊維束の製造方法であって、
該耐炎化工程を繊維束の赤外スペクトルにおける1370cm
-1のピーク強度に対する1453cm
-1ピーク強度の比が0.60~0.70の範囲、かつ、赤外スペクトルにおける1370cm
-1のピーク強度に対する1254cm
-1のピーク強度の比が0.50~0.65の範囲となるまで行い、
該炭素化工程において繊維束の張力が4.0~6.0mN/dtexであり、かつ、
該炭素化工程を、繊維束における結晶子サイズLc(nm)が最高温度Tに対してLc≧2.00×10
-3×T-0.90となるまで行う、炭素繊維束の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴルフシャフトや釣り竿などのスポーツ用途およびその他一般産業用途に好適に用いられる炭素繊維束とその製造方法、その炭素繊維束を用いて得られたプリプレグおよび炭素繊維強化複合材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維束は、きわめて高い比強度および比弾性率を有することから繊維強化複合材料の強化繊維として様々な産業分野で近年盛んに利用されている。特に軽量化が重視される分野において、従来の金属材料から炭素繊維複合材料への置き換えが加速している。なかでもスポーツ用途においてはゴルフシャフト、釣り竿、自転車、ラケットなどでその軽量化が求められており、その用途はますます拡大している。
【0003】
スポーツ用途における軽量化においては、炭素繊維強化複合材料の引張弾性率が高く、かつ引張強度および圧縮強度など幅広い物性に優れることが求められている。最も広く利用されているポリアクリロニトリル系炭素繊維束は、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を200~300℃の酸化性雰囲気下で耐炎化繊維束へ転換する耐炎化工程、耐炎化繊維束を最高温度500~1000℃の不活性雰囲気下で予備炭素化して予備炭素化繊維束に転換する予備炭素化工程、予備炭素化繊維束を最高温度1700~3000℃の不活性雰囲気下で炭素化して炭素繊維束に転換する炭素化工程を経て工業的に製造される。炭素繊維強化複合材料の引張弾性率は、炭素繊維束の樹脂含浸ストランド引張弾性率(以下、単にストランド弾性率という)に概ね比例して向上することが知られている。かかるストランド弾性率は、炭素化工程における最高温度を高くするほど、高くできることが知られている。しかしながら、炭素化工程の最高温度を上げて得られるストランド弾性率の高い炭素繊維束は、結晶子サイズが大きくなって炭素繊維強化複合材料の圧縮強度が低下することが一般的には言われており(特許文献1)、炭素繊維強化複合材料の圧縮強度とストランド弾性率は一般にトレードオフの関係にある。そのため、結晶子サイズを高めずにストランド弾性率を向上させる検討が行われてきた。例えば、炭素繊維束の結晶子サイズを低減する技術として、炭素繊維の表面にイオンを注入して炭素繊維表層部の結晶性を低下させて、単繊維の圧縮強度を向上させる技術が提案されている(特許文献1)。また、炭素繊維束の結晶子サイズを高めずにストランド弾性率を向上させる技術として、炭素化工程における延伸比を高めることが知られており、プロセス性を低下させずに炭素化工程における延伸比を高めるために、前駆体繊維束に交絡や撚りをかけて炭素化工程における延伸性を向上させる技術(特許文献2、3)やポリアクリロニトリル共重合体を高分子量化する技術(特許文献4)が提案されている。また、延伸に頼らずに炭素繊維強化複合材料の圧縮強度を向上させるために、耐炎化構造を制御して炭素繊維束の単繊維圧縮強度を向上させる技術が提案されている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平3-180514号公報
【文献】特開2014-141761号公報
【文献】特開2014-159665号公報
【文献】特開2008-308776号公報
【文献】特開2015-10290号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1においては炭素繊維にイオンを注入することで、結晶子サイズが低下し、ループ法により測定したみかけ圧縮強度が最大10.0GPaと大きくなったものの、ストランド弾性率とのバランスという観点では満足できるものではなかった。また、特許文献2や3に記載の技術によれば、前駆体繊維束に交絡や撚りをかけることで炭素化工程において高い張力をかけても破断しないようになり、ストランド弾性率が向上したものの、単繊維圧縮強度は満足できるものではなかった。また、特許文献4に記載の技術によれば、ポリアクリロニトリル共重合体の分子量を高分子量化することで炭化延伸性が向上してストランド弾性率が向上したものの、単繊維圧縮強度は満足できるものではなかった。また、特許文献5に記載の技術によれば、耐炎化構造を制御して単繊維圧縮強度を高めることができるが、ストランド弾性率のレベルが低く、特許文献5の技術をベースに、単に炭素化工程の最高温度を高めた場合、単繊維圧縮強度の低下が大きく、ストランド弾性率と単繊維圧縮強度を高いレベルで両立できるものではなかった。
【0006】
本発明は、かかる課題を解決すべく、炭素繊維強化複合材料の高い圧縮強度と炭素繊維束の高いストランド弾性率を同時に発現する炭素繊維束を得ることとその製造方法、およびその炭素繊維束を用いて得られたプリプレグを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる課題を解決するための本発明は、次の構成を有するものである。すなわち、本発明の炭素繊維束は、結晶子サイズLc(nm)、単繊維コンポジットの圧縮フラグメンテーション法により測定した単繊維圧縮強度Fc(GPa)およびストランド引張試験における初期弾性率E0(GPa)の関係が以下の式(1)~(3)を同時に満たし、かつ、Lcが4.00nm以下である炭素繊維束であることを特徴とする。
Fc ≧ 1.3×10/Lc-0.3 ・・・(1)
E0 ≦ 80×Lc+155 ・・・(2)
E0 ≧ 330 ・・・(3)。
【0008】
また、本発明の炭素繊維束の製造方法は、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を、酸素を含む雰囲気下で熱処理する耐炎化工程と、該耐炎化工程で得られた繊維束を最高温度500~1000℃の不活性雰囲気下で熱処理する予備炭素化工程と、該予備炭素化工程で得られた繊維束を、最高温度1700~3000℃の不活性雰囲気下で熱処理する炭素化工程と、該炭素化工程で得られた繊維束を酸化処理する工程を経て、実質上無撚りの炭素繊維束を得る炭素繊維束の製造方法であって、
該耐炎化工程を繊維束の赤外スペクトルにおける1370cm-1のピーク強度に対する1453cm-1ピーク強度の比が0.60~0.70の範囲、かつ、赤外スペクトルにおける1370cm-1のピーク強度に対する1254cm-1のピーク強度の比が0.50~0.65の範囲となるまで行い、
該炭素化工程において繊維束の張力が4.0~6.0mN/dtexであり、かつ、
該炭素化工程を、繊維束における結晶子サイズLc(nm)が最高温度Tに対してLc≧2.00×10-3×T-0.90となるまで行うことを特徴とする。
【0009】
また、本発明の炭素繊維束の別の製造方法は、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を、酸素を含む雰囲気下で熱処理する耐炎化工程と、該耐炎化工程で得られた繊維束を最高温度500~1000℃の不活性雰囲気下で熱処理する予備炭素化工程と、該予備炭素化工程で得られた繊維束を、最高温度1700~3000℃の不活性雰囲気下で熱処理する炭素化工程と、該炭素化工程で得られた繊維束を酸化処理する工程を経て炭素繊維束を得る炭素繊維束の製造方法であって、
該耐炎化工程における繊維束の張力が1.0mN/dtex以上であり、
該耐炎化工程を繊維束の赤外スペクトルにおける1370cm-1のピーク強度に対する1453cm-1ピーク強度の比が0.60~0.70の範囲、かつ、赤外スペクトルにおける1370cm-1のピーク強度に対する1254cm-1のピーク強度の比が0.50~0.65の範囲となるまで行い、
該炭素化工程における繊維束の撚り数が2ターン/m以上あるいは繊維束の表面の撚り角が0.2°以上であり、かつ、該炭素化工程における繊維束の張力が4.0mN/dtex以上であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の炭素繊維束によれば、炭素繊維強化複合材料の圧縮強度と炭素繊維束のストランド弾性率を高いレベルで両立するという効果が得られる。また、本発明のプリプレグによれば、炭素繊維強化複合材料の圧縮強度と引張弾性率を高いレベルで両立するという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】引き裂き可能距離の測定方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の炭素繊維束は、結晶子サイズLc(nm)、単繊維コンポジットの圧縮フラグメンテーション法により測定した単繊維圧縮強度Fc(GPa)とストランド引張試験における初期弾性率E0(GPa)の関係が以下の式(1)~(3)を同時に満たす。
【0013】
Fc≧1.3×10/Lc-0.3 ・・・(1)
E0≦80×Lc+155 ・・・(2)
E0≧330 ・・・(3)。
【0014】
かかる3つの式を同時に満たす炭素繊維束は、本発明の目的である炭素繊維強化複合材料の圧縮強度と炭素繊維束のストランド弾性率を高いレベルで両立することができる。以下、それぞれの式について個別に説明する。
【0015】
本発明の炭素繊維束は結晶子サイズLc(nm)、単繊維コンポジットの圧縮フラグメンテーション法により測定した単繊維圧縮強度Fc(GPa)、およびストランド引張試験における初期弾性率E0(GPa)の関係が以下の式(1)の範囲である。
Fc≧1.3×10/Lc-0.3 ・・・(1)。
【0016】
本発明の炭素繊維束は、式(1)の右辺がより好ましくは1.3×10/Lc+0.1であり、さらに好ましくは1.3×10/Lc+0.5である。ここで、結晶子サイズLcとは、炭素繊維中に存在する結晶子のc軸方向の厚みを表す指標であり、後述する繊維束の広角X線回折により評価する。一方、マイクロビーム広角X線回折により単繊維1本に対して評価することも可能である。本発明の繊維束において、広角X線回折データと単繊維の広角X線回折データとは同等である。一般に、炭素繊維の結晶子サイズが大きくなるほど単繊維圧縮強度は低下する傾向にあることが知られている。上記(1)式は、本発明の炭素繊維束は、結晶子サイズに対して従来の知見から予想される値よりも単繊維圧縮強度が高いことを意味している。その結果、本発明の効果である炭素繊維強化複合材料の圧縮強度とストランド弾性率を高いレベルで両立することができる。本発明の炭素繊維束は式(1)の右辺が1.3×10/Lc-0.3以上となることで、炭素繊維強化複合材料の圧縮強度が満足する値を得ることができる。単繊維圧縮強度は高いほど良いが、1.3×10/Lc+1.0、より好ましくは1.3×10/Lc+0.5、さらに好ましくは1.3×10/Lcに制御すると高い効果が得られる傾向にある。
【0017】
本発明で用いる単繊維コンポジットの圧縮フラグメンテーション法とは、炭素繊維束の単繊維を樹脂に埋め込んだ炭素繊維強化複合材料(単繊維コンポジット)に圧縮歪みをステップワイズに与えながら各圧縮歪みにおける繊維破断数を数えることで、炭素繊維の単繊維圧縮強度を調べる方法である。繊維破断したときの単繊維コンポジット圧縮歪みを単繊維圧縮強度に変換するためには、単繊維コンポジット圧縮歪みと繊維圧縮歪みの差と、各繊維圧縮歪みにおける弾性率非線形性を考慮する必要がある。本発明において単繊維圧縮応力は、ストランド引張試験(詳細は後述)で得た応力-歪み(S-S)曲線を、X軸を歪み、Y軸を応力として2次関数でフィッティングし、そのフィッティングラインを圧縮歪み側に延長したものを用いて求める。繊維の破断数が1個/10mmを超えた時点における単繊維圧縮応力を単繊維圧縮強度とする。炭素繊維束が式(1)を満たすように制御するためには、後述するように炭素化工程において、高い張力を付与するとともに、炭素化工程において、一定温度で結晶子サイズが成長するまで時間をかけて熱処理することが必要である。
【0018】
本発明の炭素繊維束は、結晶子サイズLcとストランド引張試験における初期弾性率E0(GPa)との関係が式(2)の範囲である。
E0≦80×Lc+155 ・・・(2)。
【0019】
本発明の炭素繊維束において、式(2)の関係がより好ましくはE0≦80×Lc+120であり、さらに好ましくはE0≦80×Lc+110である。一般に、炭素繊維束は結晶子サイズが大きいほど結晶子の配向が揃うためにストランド引張試験における初期弾性率が高い。炭素繊維束により測定したストランド引張試験における初期弾性率は、炭素繊維単繊維の初期弾性率とほぼ同等の結果が得られる。炭素繊維束の結晶子サイズが小さいにもかかわらずストランド引張試験における初期弾性率が高い炭素繊維束は、結晶子の配向を揃えるために炭素化工程で大きな張力をかけることにより製造することができるものの、大きな張力により毛羽が増加しやすく、製品としての品位が低下することにより、炭素繊維強化複合材料を得る際の高次加工性に問題が生じる場合がある。このような品位低下を防ぐため、一般的には試行錯誤的に毛羽が増加しにくい製造条件を探索することが必要である。
【0020】
本発明者らは、検討の結果、炭素繊維束のストランド引張試験における初期弾性率と結晶子サイズが式(2)の関係を満たすように制御することにより、炭素繊維束の毛羽を抑制しつつ、結晶子サイズに対するストランド引張試験における初期弾性率を最大限に高めることができることを見出した。式(2)の右辺の下限は特に限定されないが、好ましくは80×Lc+60、より好ましくは80×Lc+70、さらに好ましくは80×Lc+80を下限となるよう制御すると、ストランド引張試験における初期弾性率を高めつつ、品位向上を図ることができる。
【0021】
本発明で用いるストランド引張試験における初期弾性率E0は、炭素繊維束のストランド引張試験で得られたS-S曲線を、歪みをx、応力をy(GPa)として、0≦y≦3の範囲で2次関数y=ax2+bx+cでフィッティングしたときの1次の項の係数bとしている。炭素繊維束を式(2)の関係を満たすように制御するためには、後述する炭素化工程において、高い張力を付与するとともに、一定温度で結晶子サイズが成長するまで時間をかけて熱処理することが必要である。なお、LcおよびE0は後述する方法で、単繊維から評価することもできる。
【0022】
本発明の炭素繊維束は、ストランド引張試験における初期弾性率E0(GPa)の関係が式(3)の範囲である。
E0≧330 ・・・(3)。
【0023】
本発明の炭素繊維束において、式(3)の関係は好ましくはE0≧340であり、より好ましくはE0≧350である。炭素繊維束のストランド引張試験における初期弾性率が330GPa以上であれば、得られる炭素繊維強化複合材料の引張弾性率が高くなるので好ましい。また、E0は高いに越したことはないが、式(3)の右辺を好ましくは450、より好ましくは400、さらに好ましくは380が上限となるように制御する。一般に、ストランド引張試験における初期弾性率が高まるほど単繊維圧縮強度が低下する場合が多いが、本発明の炭素繊維束はストランド引張試験における初期弾性率が330GPa以上であっても、実用上十分な単繊維圧縮強度を有する。ストランド引張試験における初期弾性率は、上述したように炭素繊維束のストランド引張試験で得られたS-S曲線から評価できる。炭素繊維束を式(3)の関係を満たすように制御するためには、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の配向度を高める、後述する前炭化処理工程や炭素化工程において繊維束に高い張力を付与する、炭素化工程の最高温度を高める、炭素化工程の熱処理時間を長くすることなどが必要である。
【0024】
本発明の炭素繊維束は、結晶子サイズLcが、好ましくは2.60nm以上であり、より好ましくは2.85nm以上であり、さらに好ましくは3.00nm以上である。Lcが2.60nm以上であれば、炭素繊維束の圧縮強度とストランド引張試験における初期弾性率を両立して満足させやすく、2.85nm以上であれば初期弾性率の観点でさらに工業的価値の高いものとすることができる。また、本発明の炭素繊維束におけるLcの上限は、4.00nmである。Lcがあまり大きすぎると単繊維圧縮強度が低下したり、毛羽発生しやすくなるなど高次加工性が低下したりすることがある。Lcの上限を4.00nm以下とすることで、これらの特性低下を抑制できる。Lcは、好ましくは3.80nm以下、より好ましくは3.60nm以下である。一般に、炭素繊維の結晶子サイズが高まるほど単繊維圧縮強度は低下する傾向にあるが、本発明の炭素繊維束は結晶子サイズと単繊維圧縮強度の双方が高い。また、高い高次加工性を維持できるため、本発明の効果である炭素繊維強化複合材料の引張弾性率と圧縮強度を両立するという効果を得ることができる。炭素繊維束の結晶子サイズを上記の範囲に制御する方法としては、炭素化工程の最高温度を高めること、炭素化工程の熱処理時間を長くすることなどが挙げられる。
【0025】
本発明の炭素繊維束は、炭素繊維束に存在する毛羽数が好ましくは2個/m以下であり、より好ましくは1.0個/m以下であり、さらに好ましくは0.5個/m以下である。炭素繊維束に存在する毛羽数が大きくなった場合、炭素繊維強化複合材料の高次加工性を低下させ、また、炭素繊維強化複合材料にしたときに、圧縮応力により繊維破断している箇所が破壊起点となって、炭素繊維強化複合材料の圧縮強度が低下することがある。炭素繊維束の毛羽数が2個/m以下であれば、かかる炭素繊維強化複合材料の高次加工性や圧縮強度は満足できる数値に保持できる傾向にある。毛羽数は、炭素繊維束を1m/分の速度で10mを1ライン走行させながら毛玉・毛羽の個数をカウントし、1mあたりの個数に換算する。炭素繊維束1mあたりに存在する毛羽数を上記の範囲に制御する方法としては、後述する炭素化工程における張力の付与を低減することなどが挙げられる。
【0026】
本発明の炭素繊維束は、平均引き裂き可能距離が好ましくは800~1100mmであり、より好ましくは850~1050mmであり、さらに好ましくは900~1000mmである。平均引き裂き可能距離が800mm以上であれば、炭素繊維強化複合材料を製造する際に炭素繊維束が十分に開繊してマトリックス樹脂が単繊維間に含浸しやすく、炭素繊維強化複合材料中における応力伝達も均一となり、炭素繊維強化複合材料の圧縮強度を高くすることができる。また炭素繊維束の平均引き裂き可能距離の上限は特にないが、1100mm以下であれば十分な効果が得られる傾向にある。平均引き裂き可能距離の測定法の詳細は後述に示す方法により評価することができる。平均引き裂き可能距離を上記の範囲内に制御する手段としては、前記した数値範囲が達成できれば、どのような方法も採用することができるが、予備炭素化繊維束の平均引き裂き可能距離を500~800mmになるようにすることが好ましい。そのためには、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の製造工程および耐炎化工程のいずれか、すなわち繊維伸度が5%以上の繊維束をプロセスしている場所において流体交絡処理を行うことが好ましい。
【0027】
本発明の炭素繊維束は、ストランド引張強度が好ましくは3.5GPa以上であり、より好ましくは4.0GPa以上であり、さらに好ましくは4.8GPa以上であり、さらに好ましくは5.2GPa以上であり、特に好ましくは5.6GPa以上である。得られる炭素繊維強化複合材料の引張伸度を高める観点から、ストランド引張強度を高めることが好ましい。ストランド引張強度が3.5GPa以上であれば、得られる炭素繊維強化複合材料の引張伸度は工業的に有意義なものとなりやすい。また、炭素繊維束の単繊維圧縮強度が高くてもストランド引張強度が低ければ、得られる炭素繊維強化複合材料に曲げ変形を付与した際に、引張荷重が作用する曲げの外側が最終破壊の引き金となる場合がある。炭素繊維束のストランド引張強度が4.8GPa以上であると、本発明の炭素繊維束の高い単繊維圧縮強度とのバランスが良くなって、炭素繊維強化複合材料にしたときの圧縮強度を十分に保ちやすい。ストランド引張強度は高いに越したことはないが、単繊維圧縮強度とのバランスの観点から、好ましくは9.0GPa以下、より好ましくは8.7GPa以下、さらに好ましくは8.5GPa以下である。ストランド引張強度は後述のストランド引張試験により評価することができる。ストランド引張強度を上記の範囲内にするには、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を、赤外スペクトルのパラメーターを制御しつつ耐炎化し、その耐炎化繊維束を予備炭素化および炭素化することが重要である。
【0028】
本発明の炭素繊維束は、単繊維直径が5.0μm以上であって、結晶子サイズLc(nm)とアルキメデス法により求められる比重SGとの関係が以下の式(4)および(5)を満たすことが好ましい。以下、それぞれの式について説明する。
SG≧0.0633×Lc+1.565 ・・・(4)
2.85 ≦ Lc ≦ 4.00 ・・・(5)。
【0029】
本発明の炭素繊維束において、比重SGは0.0633×Lc+1.565以上であることが好ましく、0.0633×Lc+1.567以上であることがより好ましく、0.0633×Lc+1.569以上であることがさらに好ましい。一般に、炭素繊維束は結晶子サイズが大きいほど、単繊維圧縮強度が低下する傾向にあるが、本発明者らが精査したところ、結晶子サイズに対して比重を式(4)の範囲に制御することにより、結晶子サイズに対して単繊維圧縮強度の高い炭素繊維束となることがわかった。その理由は必ずしも明確ではないが、炭素繊維においては結晶子の座屈が圧縮破壊を引き起こすと考えられていることから、比重の高い、すなわち緻密な構造となることにより、結晶子を座屈させるために必要な圧縮応力が高くなることによると推定している。結晶子サイズと比重との関係を式(4)の範囲に制御するためには、後述する炭素化工程において、長い時間をかけて熱処理することが有効である。
【0030】
本発明の炭素繊維束において、比重SGが式(4)を満たすと同時に、結晶子サイズLcが式(5)で示される2.85nm以上かつ4.00nm以下の範囲にあることが好ましい。結晶子サイズがかかる範囲を満たすことが好ましい理由およびその制御方法については先に述べたとおりである。
【0031】
本発明の炭素繊維束の単繊維直径は、好ましくは5.0μm以上であり、より好ましくは6.0μm以上であり、さらに好ましくは6.5μm以上であり、さらに好ましくは6.9μm以上であり、最も好ましくは7.2μm以上である。単繊維直径は走査電子顕微鏡観察により評価する。単繊維の断面形状が真円でない場合、円相当直径で代用する。円相当直径は単繊維の実測の断面積と等しい断面積を有する真円の直径のことを指す。単繊維直径が5.0μm以上であれば、複合材料成形時に繊維束内への樹脂の含浸性が高まりやすく、空隙部などの少ない高品位な複合材料を得やすい。その結果、得られる複合材料の弾性率を高めやすい。また、単繊維直径が6.0μm以上であれば、単繊維が座屈しにくくなるため、単繊維の圧縮強度を高めやすい。単繊維直径の上限は特にないが、製造上の理由から15μm程度が上限である。単繊維直径は炭素繊維前駆体繊維束の紡糸時の口金からの前駆体ポリマーの吐出量や各工程中の延伸比など、公知の手法で制御すればよい。
【0032】
本発明のプリプレグは、上記の炭素繊維束が熱硬化性樹脂に含浸されてなるプリプレグである。熱硬化性樹脂としては、硬化物の弾性率が、好ましくは3.0GPa以上であり、より好ましくは3.2GPa以上であり、さらに好ましくは3.5GPa以上であるものが好ましい。熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率が高いと、得られる炭素繊維強化複合材料中の炭素繊維束の単繊維圧縮強度を十分に発現させることができ、炭素繊維強化複合材料全体の圧縮強度を高めることができる。熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率が3.0GPa以上であれば炭素繊維強化複合材料の圧縮強度の値を満足できる。熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率は高いに越したことはないが、7.0GPa、より好ましくは6.7GPa、さらに好ましくは6.5GPaもあれば十分である。熱硬化性樹脂の種類は特に限定されず、エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、フェノール樹脂、ベンゾオキサジン樹脂、ビスマレイミド樹脂、シアネートエステル樹脂、ポリイミド樹脂等が挙げられる。中でも、硬化前の状態における取扱い性および硬化性に優れる観点からエポキシ樹脂が好ましい。
【0033】
エポキシ樹脂としては、例えば、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビスフェノールS型エポキシ樹脂、ビフェニル型エポキシ樹脂、ナフタレン型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂、フルオレン骨格を有するエポキシ樹脂、フェノール化合物とジシクロペンタジエンの共重合体を原料とするエポキシ樹脂、ジグリシジルレゾルシノール、テトラキス(グリシジルオキシフェニル)エタン、トリス(グリシジルオキシフェニル)メタンのようなグリシジルエーテル型エポキシ樹脂、テトラグリシジルジアミノジフェニルメタン、トリグリシジルアミノフェノール、トリグリシジルアミノクレゾール、テトラグリシジルキシレンジアミンのようなグリシジルアミン型エポキシ樹脂が挙げられる。エポキシ樹脂としては、これらを単独で用いても、複数種類を組み合わせても良い。
【0034】
エポキシ樹脂の硬化剤としては、エポキシ樹脂を硬化させるものであれば特に限定はなく、芳香族アミン、脂環式アミンなどのアミン類、酸無水物類、ポリアミノアミド類、有機酸ヒドラジド類、イソシアネート類等が挙げられる。アミン硬化剤は、得られる樹脂硬化物の力学特性や耐熱性に優れることから好ましい。アミン硬化剤としては、芳香族アミンであるジアミノジフェニルスルホン、ジアミノジフェニルメタンや、脂肪族アミンであるジシアンジアミドまたはその誘導体、ヒドラジド化合物等を用いることができる。
【0035】
また、硬化剤は、硬化促進剤と組み合わせて用いても良い。組み合わせる硬化促進剤としては、ウレア類、イミダゾール類、ルイス酸触媒などが挙げられる。中でも、保存安定性と触媒能力のバランスから、ウレア化合物が好ましく用いられる。かかるウレア化合物としては、例えば、N,N-ジメチル-N’-(3,4-ジクロロフェニル)ウレア、トルエンビス(ジメチルウレア)、4,4’-メチレンビス(フェニルジメチルウレア)、3-フェニル-1,1-ジメチルウレアなどを使用することができる。
【0036】
プリプレグは炭素繊維束と熱硬化性樹脂を含むものである。そのようなプリプレグは、熱硬化性樹脂を炭素繊維束に含浸させて得ることができる。含浸させる方法としては、ウェット法とホットメルト法(ドライ法)等を挙げることができる。
【0037】
ウェット法は、メチルエチルケトン、メタノール等の溶媒に熱硬化性樹脂を溶解させた溶液に炭素繊維束を浸漬した後、炭素繊維束を引き上げ、オーブン等を用いて炭素繊維束から溶媒を蒸発させ、エポキシ樹脂組成物を炭素繊維束に含浸させる方法である。ホットメルト法は、加熱により低粘度化した熱硬化性樹脂を直接炭素繊維束に含浸させる方法、または離型紙等の上に熱硬化性樹脂をコーティングしたフィルムを作製しておき、次いで炭素繊維束の両側または片側から前記フィルムを重ね、加熱加圧することにより炭素繊維束に樹脂を含浸させる方法である。ここで、炭素繊維束は1本のみを用いても良いし、複数本の炭素繊維束を引き揃えて用いても良い。
【0038】
本発明の炭素繊維強化複合材料は、上記の炭素繊維束とマトリックス樹脂とを含む複合材料である。マトリックス樹脂としては熱硬化性樹脂の硬化物または熱可塑性樹脂、あるいはそれらの混合物を用いることができる。熱硬化性樹脂を用いる場合、上記したプリプレグを経由して作製してもよい。その場合、先述のように硬化物の弾性率が3.0GPa以上である熱硬化性樹脂を用いることが炭素繊維強化複合材料の圧縮強度を高める観点から好ましい。熱硬化性樹脂の種類は特に限定されず、上記したものの中から適宜組み合わせて用いることができる。
【0039】
次に、本発明の炭素繊維束の製造方法について述べる。
【0040】
炭素繊維束の製造に際し、まず、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を製造する。ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束の製造に供する原料としては、ポリアクリロニトリル共重合体を用いることが好ましい。なお、本発明においてポリアクリロニトリル共重合体とは、少なくともアクリロニトリルが共重合体の主構成成分となっているものを言う。主構成成分とは、通常、重合体の90~100質量%を占める構成成分のことを言う。共重合成分として使用可能な単量体としては、耐炎化を促進する観点から、カルボン酸基またはアミド基を1種以上含有する単量体が好ましく用いられる。例えば、カルボン酸基を含有する単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらのアルカリ金属塩、およびアンモニウム塩等が挙げられる。また、アミド基を含有する単量体としては、アクリルアミド等が挙げられる。
【0041】
ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束の製造において、ポリアクリロニトリル共重合体の製造方法としては、公知の重合方法の中から選択することができる。
【0042】
ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を製造するにあたり、製糸方法は乾湿式紡糸法および湿式紡糸法のいずれを用いてもよいが、得られる炭素繊維束のストランド引張強度に有利な乾湿式紡糸法を用いるのが好ましい。製糸工程は、紡糸口金から凝固浴に紡糸原液を吐出して紡糸する紡糸工程と、該紡糸工程で得られた繊維を水浴中で洗浄する水洗工程と、該水洗工程で得られた繊維束を水浴中で延伸する水浴延伸工程と、該水浴延伸工程で得られた繊維束を乾燥熱処理する乾燥熱処理工程からなり、必要に応じて、該乾燥熱処理工程で得られた繊維束をスチーム延伸するスチーム延伸工程を含む。なお、各工程の順序を適宜入れ替えることも可能である。
【0043】
紡糸原液は、前記したポリアクリロニトリル共重合体を、ポリアクリロニトリル共重合体が可溶な溶媒に溶解したものである。ポリアクリロニトリル共重合体が可溶な溶媒としては、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどの有機溶媒や、硝酸、塩化亜鉛、ロダンソーダなどの水溶液が挙げられる。
【0044】
前記凝固浴には、紡糸原液の溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶媒と、凝固促進成分を含ませることが好ましい。凝固促進成分としては、前記ポリアクリロニトリル共重合体を溶解せず、かつ紡糸溶液に用いる溶媒と相溶性があるものを使用することができる。具体的には、凝固促進成分として水を使用することが好ましい。
【0045】
前記水洗工程における水洗浴としては、温度が30~98℃の複数段からなる水洗浴を用いることが好ましい。また、水浴延伸工程における延伸倍率は、2~6倍であることが好ましい。
【0046】
水浴延伸工程の後、単繊維同士の融着を防止する目的から、繊維束にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。かかるシリコーン油剤は、変性されたシリコーンを用いることが好ましく、耐熱性の高いアミノ変性シリコーンを含有するものを用いることが好ましい。
【0047】
乾燥熱処理工程は、公知の方法を利用することができる。例えば、乾燥温度は100~200℃が例示される。
【0048】
熱乾燥処理工程の後、繊維束への流体による交絡処理が好ましく用いられる。流体交絡処理に用いる流体としては、気体、液体とも用いることができるが、空気または窒素が安価なため好ましい。流体交絡処理において、流体はノズルを用いて繊維束に吹き付けることが好ましい。流体を吹き付けるノズル形状は特に限定されないが、2~8箇所の噴出孔を有するものを用いることが好ましい。噴出口の配置は特に限定されないが、繊維束長手方向と流体の吹き付け方向の成す角が88°~90°の範囲となるよう繊維束を取り囲むように偶数個の噴出孔を配置し、各々の噴出孔が2孔で1組となるよう対向する位置に配置することが好ましい。
【0049】
前記した水洗工程、水浴延伸工程、油剤付与工程および乾燥熱処理工程の後、必要に応じ、スチーム延伸を行うことにより、本発明の炭素繊維束を得るのに好適なポリアクリロニトリル系前駆体繊維束が得られる。スチーム延伸は、加圧スチーム中において、延伸倍率は2~6倍で行うことが好ましい。
【0050】
ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束の単繊維繊度は、炭素繊維束のストランド引張強度を高める観点から0.5~1.5dtexが好ましく、0.7~1.5dtexがより好ましく、0.9~1.5dtexがさらに好ましい。
【0051】
炭素繊維束を製造する方法において、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を耐炎化工程、予備炭素化工程、および炭素化工程に供することにより、炭素繊維束を得る。
【0052】
本発明において、耐炎化工程とは、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を、酸素を含む雰囲気下で200~300℃で熱処理することを言う。本発明の炭素繊維束の製造方法において、炭素繊維束のストランド引張試験における初期弾性率や単繊維圧縮強度を高めるためには、特にポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を耐炎化工程に供する際に、得られた耐炎化繊維束が、赤外スペクトルにおける1370cm-1のピーク強度に対する1453cm-1のピーク強度の比が0.60~0.70の範囲、かつ、赤外スペクトルにおける1370cm-1のピーク強度に対する1254cm-1のピーク強度の比が0.50~0.65の範囲となるように制御することが好ましい。赤外スペクトルにおける1453cm-1のピークはアルケン由来のピークであり、耐炎化の進行とともに減少していく。1370cm-1のピークと1254cm-1のピークは耐炎化構造(それぞれナフチリジン環および水素化ナフチリジン環構造と考えられる)に由来するピークであり、耐炎化反応の進行とともに増加していく。耐炎化工程においては、ポリアクリロニトリルに由来するピークをなるべく減少させて炭化収率を高めるようにすることが一般的であるが、本発明ではあえて多くのアルケンを残すように、耐炎化工程の条件を設定する。このような構造を有する耐炎化繊維を予備炭素化工程に供することにより、得られる炭素繊維束のストランド引張試験における初期弾性率や単繊維圧縮強度を高める効果があることを見出した。さらに、1370cm-1のピーク強度に対する1254cm-1のピーク強度の比が0.50~0.65となるように耐炎化条件を設定するのが重要である。ここで述べるピーク強度とは、耐炎化繊維を少量サンプリングして赤外スペクトルを測定して得られたスペクトルをベースライン補正した後の各波長における吸光度のことであり、特にピーク分割などは行わない。また、試料の濃度は0.67質量%となるようにKBrで希釈して測定する。耐炎化繊維の赤外スペクトルを上記の範囲に制御するためには、後述の好適な製造方法にしたがって製造条件を検討すればよい。
【0053】
本発明において、耐炎化工程の処理時間は、好ましくは10~100分の範囲で適宜選択することができるが、得られる炭素繊維束のストランド引張試験における初期弾性率や単繊維圧縮強度を向上させる目的から、得られる耐炎化繊維の比重が好ましくは1.30~1.36、より好ましくは1.31~1.35の範囲となるように耐炎化工程の処理時間を設定する。より好ましい耐炎化の処理時間は、耐炎化温度に依存する。耐炎化繊維の比重が1.30以上あれば炭素繊維束のストランド弾性率等の物性が十分発現でき、比重が1.36以下であれば単繊維圧縮強度を高めることができる。耐炎化繊維の比重は耐炎化の処理時間と耐炎化温度により制御する。本発明において、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の耐炎化は、赤外スペクトルのピーク強度比が上記範囲内に入るように耐炎化温度を制御することが好ましく、具体的には200~300℃の空気中において行うことが好ましく、210~280℃の空気中において行うことがより好ましく、220~280℃の空気中において行うことがさらに好ましい。これらの耐炎化の処理時間や耐炎化温度の好ましい範囲はポリアクリロニトリル系前駆体繊維束の特性やポリアクリロニトリル共重合体の共重合組成によって変化する。
【0054】
本発明において、炭素化工程において撚りを有する繊維束を用いる場合、耐炎化工程における繊維束の張力は、1.0mN/dtex以上とする。張力は好ましくは1.2mN/dtex以上であり、より好ましくは1.4mN/dtex以上である。耐炎化工程における繊維束の張力は、耐炎化炉出側で測定した繊維束の張力(mN)を、用いた炭素繊維前駆体繊維束の単繊維繊度(dtex)とフィラメント数との積である総繊度(dtex)で除したものとする。該張力を制御することで、耐炎化繊維束の結晶配向度が高まりやすく、後の炭素化工程において繊維束に張力を付与した際に、得られる炭素繊維の弾性率が高まりやすいため、圧縮強度とのバランスに優れた炭素繊維束が得られやすい。耐炎化工程における繊維束の張力が1.0mN/dtex以上であれば、十分に耐炎化繊維束の結晶配向度を高められる。
【0055】
耐炎化工程で得られた繊維束を予備炭素化する予備炭素化工程においては、得られた耐炎化繊維を、不活性雰囲気下、最高温度500~1000℃において熱処理する。予備炭素化温度の最高温度が500℃以上であれば、続く炭素化工程において、予備炭素化繊維束が熱分解により破断することなく炭素化することができる。予備炭素化温度の最高温度の上限は特にないが、続く炭素化工程における炭素化温度以下とするために1000℃以下であることが好ましい。
【0056】
予備炭素化された繊維束を炭素化する炭素化工程においては、得られた予備炭素化繊維束を不活性雰囲気下、最高温度Tを1700~3000℃として熱処理を行う、最高温度は好ましくは1700~2900℃、さらに好ましくは1900~2800℃である。一般に炭素化工程の最高温度が高いほど結晶子サイズが大きくなって配向が揃うため得られる炭素繊維束のストランド引張試験における初期弾性率が向上する一方、炭素繊維束の単繊維圧縮強度が低下する。炭素化温度が1700℃であれば炭素化が十分進行して結晶子サイズを高めるために十分な温度であり、3000℃以下であれば炭素繊維束の単繊維圧縮強度を維持するのに十分な温度である。
【0057】
予備炭素化された繊維束を炭素化する炭素化工程において、実質上無撚りの繊維束を用いる場合は、得られた予備炭素化繊維束を不活性雰囲気下、結晶子サイズLc(nm)が最高温度T(℃)に対してLc≧2.00×10-3×T-0.90となるまで炭素化する。なお、本発明において実質上無撚りとは、繊維束に撚りが存在しないか、または局所的に撚りが存在するものの、S撚りとZ撚りが同等に存在し、炭素化工程全体として正味の撚り数が1ターン/m未満であることを指す。実質上無撚りの繊維束を用いることにより、炭素繊維強化複合材料とする際の繊維束の拡幅が容易となり、品位の高いプリプレグならびに炭素繊維強化複合材料を得やすい。当該条件は、好ましくはLc≧2.00×10-3×T-0.87、さらに好ましくはLc≧2.00×10-3×T-0.83である。また、Lcの上限は特には制限はないが、大きすぎると単繊維圧縮強度が低下することがあるため、Lc≦2.00×10-3×T-0.50、好ましくはLc≦2.00×10-3×T-0.60、より好ましくはLc≦2.00×10-3×T-0.70で炭素繊維束の単繊維圧縮強度を満足させることができる。一般に、炭素繊維の結晶子サイズが高まるほど単繊維圧縮強度は低下する傾向にあるが、本発明の炭素繊維束は結晶子サイズと単繊維圧縮強度の双方が高いことを示している。その結果、本発明の効果である炭素繊維強化複合材料の引張弾性率と圧縮強度を両立するという効果を効率良く得ることができる。Lc≧2.00×10-3×T-0.90を満足するとき、ストランド引張試験における初期弾性率と単繊維圧縮強度とを高いレベルで両立することができる。結晶子サイズを向上させるには炭素化温度を向上すれば良いが、ただ炭素化温度を向上させるだけでは炭素繊維束の単繊維圧縮強度が低下する。単繊維圧縮強度を低下させずに結晶子サイズを向上させるためには、炭素化工程において最高温度での滞留時間を長くすればよい。滞留時間と結晶子サイズとの関係は基本的には線形的な関係であり、滞留時間と結晶子サイズとの関係式を外挿することにより滞留時間を選定できる。
【0058】
予備炭素化された繊維束を炭素化する炭素化工程において、無撚りの繊維束を用いる場合は、張力を4.0~6.0mN/dtexに制御しながら炭素化する。炭素化工程における張力は好ましくは4.5~6.0mN/dtexであり、さらに好ましくは4.5~5.5mN/dtexである。炭素化工程で張力をかけながら炭素化することで結晶子の配向を揃えることができ、得られる炭素繊維束のストランド引張試験における初期弾性率が向上する。張力が4.0mN/dtex以上であれば炭素繊維束のストランド引張試験における初期弾性率が十分発現し、6.0mN/dtex以下であれば実質上無撚りの繊維束を用いた場合でも炭素化工程における毛羽発生が抑制できる。炭素化工程では最高温度および最高温度での滞留時間を維持しつつ、張力をかけることが必要であり、炭素化工程における最高温度が小さい、または最高温度での滞留時間が小さいと得られる炭素繊維束のストランド引張試験における初期弾性率が低くなる。かかる初期弾性率を高くするために炭素化工程における張力を大きくすると毛羽が発生してローラーなどに巻き付いて生産性を著しく低下させる。また、炭素化工程の張力が小さいと得られる炭素繊維束のストランド引張試験における初期弾性率が低くなる。かかる初期弾性率を高くするために炭素化工程における最高温度や最高温度での滞留時間を大きくすると炭素繊維束の単繊維圧縮強度が低下する。炭素化工程における張力は炭素化工程の加熱炉から出た直後の走行している炭素繊維束を張力計で挟み込むことで測定する。張力は炭素化工程前後のローラーの速度を制御することにより調整可能である。
【0059】
予備炭素化された繊維束を炭素化する炭素化工程において、撚りを有する繊維束を用いる場合は、炭素化工程通過時の全工程における撚り数を2ターン/m以上に制御する。かかる撚り数は好ましくは5ターン/m以上であり、より好ましくは16ターン/m以上であり、さらに好ましくは20ターン/m以上であり、さらに好ましくは31ターン/m以上であり、特に好ましくは46ターン/m以上である。また、かかる撚り数は好ましくは120ターン/m以下であり、より好ましくは80ターン/m以下である。かかる撚り数を2ターン/m以上に制御することで、炭素化工程時の毛羽が抑制されるため、無撚りの際に比べて高い張力を付与することが可能となり、得られる炭素繊維素束の弾性率が高まりやすい。また、かかる撚り数が大きくなるほど繊維束の引張方向に対して、繊維束中の単繊維の軸方向が傾くことになり、炭素化工程時の毛羽がかえって発生しやすくなる場合があるが、撚り数を120ターン/m以下に制御すれば、毛羽の発生をプロセスに問題のない程度に抑制することができる。炭素化工程における繊維束の撚り数とは、炭素化工程において熱処理を加える全工程における拠り数を意味しており、炭素化処理を行う前の繊維束が2ターン/m以上の撚りを有する状態で炭素化処理が行われる。撚りを付与せずに炭素化工程における張力を高めると、単繊維破断が生じ、毛羽が増加することにより、炭素化工程の通過性が低下したり、繊維束全体が破断することにより、必要な張力を維持できなかったりする場合がある。かかる撚り数は、炭素繊維前駆体繊維束または耐炎化繊維束、予備炭素化繊維束を一旦ボビンに巻き取った後、該繊維束を巻き出す際にボビンを巻き出し方向に対して直交する面に旋回させる方法や、ボビンに巻き取らず走行中の繊維束に対して回転するローラーやベルトを接触させて撚りを付与する方法などにより制御することができる。かかる撚り数に明確な上限はないが、プロセス性などから500ターン/m程度を実質的な上限と考えれば良い。
【0060】
予備炭素化された繊維束を炭素化する炭素化工程において、撚りを有する繊維束を用いる場合は、炭素化工程通過時の全工程における繊維束の表層の4を0.2°以上に制御する。かかる撚り角は、好ましくは0.7°以上であり、より好ましくは2.0°以上であり、さらに好ましくは2.5°以上である。また、かかる撚り角は、好ましくは41.5°以下であり、より好ましくは30.5°以下であり、さらに好ましくは24.0°以下であり、特に好ましくは12.5°以下である。かかる撚り角を0.2°以上に制御することで、炭素化工程時の毛羽が抑制されるため、無撚りの際に比べて高い張力を付与することが可能となり、得られる炭素繊維素束の弾性率が高まりやすい。また、かかる撚り角が大きくなるほど繊維束の引張方向に対して、繊維束中の単繊維の軸方向が傾くことになり、炭素化工程時の毛羽がかえって発生しやすくなる場合があるが、撚り角を41.5°以下に制御すれば、毛羽の発生をプロセスに問題のない程度に抑制することができる。炭素化工程における繊維束の撚り角は、繊維束の撚り数とフィラメント数、および単繊維の直径から、後述するように算出することができる。かかる撚り角に明確な上限はないが、プロセス性などから52.5°程度を実質的な上限と考えれば良い。
【0061】
予備炭素化された繊維束を炭素化する炭素化工程において、撚りを有する繊維束を用いる場合は、張力を4.0mN/dtex以上に制御しながら炭素化する。炭素化工程における張力は好ましくは4.5mN/dtex以上であり、より好ましくは5.0mN/dtexであり、さらに好ましくは7.0mN/dtexである。炭素化工程において張力をかけながら炭素化することで、結晶子の配向を揃えることができ、得られる炭素繊維束のストランド引張試験における初期弾性率が向上する。4.0mN/dtex以上であれば炭素繊維束のストランド引張試験における初期弾性率が十分発現し、撚りを有する繊維束を用いた場合、6.0mN/dtex以上であっても炭素化工程における毛羽発生が抑制でき、高い張力が付与できるため結晶子の配向を揃えやすく、ストランド弾性率と圧縮強度のバランスに優れた炭素繊維束が得られやすい。
【0062】
以上のようにして得られた炭素繊維束は、酸化処理が施されることが好ましい。酸化処理により、炭素繊維束に酸素含有官能基が導入される。酸化処理としては、気相酸化、液相酸化および液相電解酸化が用いられるが、生産性が高く、均一処理ができるという観点から、液相電解酸化が好ましく用いられる。本発明において、液相電解酸化の方法については特に制約はなく、公知の方法で行えばよい。
【0063】
かかる酸化処理の後、得られた炭素繊維束に集束性を付与するため、サイジング処理をすることもできる。サイジング剤としては、複合材料に使用されるマトリックス樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0064】
本発明において用いられる各種物性値の測定方法は、次のとおりである。
【0065】
<平均引き裂き可能距離の測定法>
引き裂き可能距離の測定方法を
図1に示す。まず、繊維束1を1160mmの長さにカットし、その一端を水平な台上に粘着テープで動かないように固定する。この点(2)を固定点Aと呼ぶ。該繊維束の固定していない方の一端を指で2分割し、その一方を緊張させた状態で台上に粘着テープで動かないように固定する。この点(3)を固定点Bと呼ぶ。2分割した他方の端を、固定点Aが支点となり弛みが出ないよう台上に沿って動かし、固定点Bからの直線距離が500mmの位置で静止させ、台上に粘着テープで動かないように固定する。この点(4)を固定点Cと呼ぶ。固定点A、BおよびCで囲まれた領域を目視で観察し、固定点Aから最も遠い交絡点5を見つけ、固定点Aと固定点Bで結ばれる直線上に投影した距離を最低目盛りが1mmの定規で読み取り、引き裂き可能距離6とする。この測定を30回繰り返し、測定値の算術平均値を平均引き裂き可能距離とする。本測定方法において、固定点Aから最も遠い交絡点5とは、固定点Aからの直線距離が最も遠く、かつ弛みのない3本以上の単繊維が交絡している点のことである。
【0066】
<赤外スペクトルの強度比>
測定に供する耐炎化繊維は、凍結粉砕後に2mgを精秤して採取し、それをKBr300mgと良く混合して、成形用治具に入れ、プレス機を用いて40MPaで2分間加圧することで測定用錠剤を作製する。この錠剤をフーリエ変換赤外分光光度計にセットし、1000~2000cm-1の範囲でスペクトルを測定する。なお、バックグラウンド補正は、1700~2000cm-1の範囲における最小値が0になるように、その最小値を各強度から差し引くことで行う。なお、後述の実施例および比較例では、上記フーリエ変換赤外分光光度計として、パーキンエルマー製Paragon1000を用いた。
【0067】
<炭素繊維束のストランド引張試験>
炭素繊維束のストランド弾性率およびストランド引張強度は、JIS R7608(2008)「ストランド試験法」に従って求める。ストランド引張試験における初期弾性率E0はストランド引張試験で得たS-S曲線を、歪みをx、応力をy(GPa)として、0≦y≦3の範囲で2次関数y=ax2+bx+cでフィッティングしたときの1次の項の係数bである。歪みは伸び計を用いて測定する。また、ストランドの測定本数は7本とし、測定結果の算術平均値をその炭素繊維束の初期弾性率E0およびストランド引張強度とする。なお、後述の実施例および比較例においては、次のとおりに試験片を作製した。試験片は、次の樹脂組成物を炭素繊維束に含浸し、130℃の温度で35分間熱処理して硬化させることにより作製した。
【0068】
[樹脂組成]
・3,4-エポキシシクロヘキシルメチル-3,4-エポキシ-シクロヘキサン-カルボキシレート(100質量部)
・3フッ化ホウ素モノエチルアミン(3質量部)
・アセトン(4質量部)。
【0069】
なお、後述の実施例および比較例では上記の3,4-エポキシシクロヘキシルメチル-3,4-エポキシ-シクロヘキサン-カルボキシレートとして、セロキサイドP2021P((株)ダイセル製)を用いた。
【0070】
<炭素繊維束の比重>
測定する炭素繊維束について、1mサンプリングし、o-ジクロロエチレンを比重液としてアルキメデス法で測定する。測定は室温25℃の恒温環境で行い、試料数は3とし、その平均値を採用する。
【0071】
<炭素繊維の単繊維圧縮強度>
単繊維コンポジットの圧縮フラグメンテーション法により測定した単繊維圧縮強度の測定は、次の(1)~(5)の手順で行う。
【0072】
(1)樹脂の調整
ビスフェノールA型エポキシ樹脂化合物“エポトート(登録商標)”YD-128(新日鐵化学(株)製)190質量部とジエチレントリアミン(和光純薬工業(株)製)20.7質量部を容器に入れてスパチュラでかき混ぜ、自動真空脱泡装置を用いて脱泡する。
【0073】
(2)炭素繊維単繊維のサンプリングとモールドへの固定
20cm程度の長さの炭素繊維束をほぼ4等分し、4つの束から順番に単繊維をサンプリングする。このとき、束全体からできるだけまんべんなくサンプリングする。次に、穴あき台紙の両端に両面テープを貼り、サンプリングした単繊維に一定張力を与えた状態で穴あき台紙に単繊維を固定する。次に、ポリエステルフィルム“ルミラー(登録商標)”(東レ(株)製)を貼り付けたガラス板を用意して、試験片の厚さを調整するための2mm厚のスペーサーをフィルム上に固定する。そのスペーサー上に単繊維を固定した穴あき台紙を置き、さらにその上に、同様にフィルムを貼り付けたガラス板をフィルムが貼り付いた面を下向きにセットする。このときに繊維の埋め込み深さを制御するために、厚み70μm程度のテープをフィルムの両端に貼り付ける。
【0074】
(3)樹脂の注型から硬化まで
上記(ロ)の手順のモールド内(スペーサーとフィルムに囲まれた空間)に上記(1)の手順で調整した樹脂を流し込む。樹脂を流し込んだモールドを、あらかじめ50℃に昇温させたオーブンを用いて5時間加熱後、降温速度2.5℃/分で30℃の温度まで降温する。その後、脱型、カットをして2cm×7.5cm×0.2cmの試験片を得る。このとき、試験片幅の中央0.5cm幅内に単繊維が位置するように試験片をカットする。
【0075】
(4)繊維埋め込み深さ測定
上記(3)の手順で得られた試験片に対して、レーザーラマン分光光度計(日本分光 NRS-3200)のレーザーと532nmノッチフィルターを用いて繊維の埋め込み深さ測定を行う。まず、単繊維表面にレーザーを当て、レーザーのビーム径が最も小さくなるようにステージ高さを調整し、そのときの高さをA(μm)とする。次に試験片表面にレーザーを当て、レーザーのビーム径が最も小さくなるようにステージ高さを調整し、そのときの高さをB(μm)とする。繊維の埋め込み深さd(μm)は上記レーザーを使用して測定した樹脂の屈折率1.732を用いて、以下の式(4)で計算する。
d = (A-B)×1.732 ・・・(4)。
【0076】
(5)4点曲げ試験
上記(3)の手順で得られた試験片に対して、外側圧子50mm間隔、内側圧子20mm間隔の治具を用いて4点曲げで圧縮歪みをかける。ステップワイズに0.1%毎に歪みを与え、偏光顕微鏡により試験片を観察し、試験片長手方向の中心部5mmの破断数を測定する。測定した破断数の2倍値を繊維破断数(個/10mm)とし、試験数30の平均繊維破断数が1個/10mmを超えた圧縮歪みから計算した圧縮応力を単繊維圧縮強度とする。また、試験片の中心から幅方向に約5mm離れた位置に貼り付けた歪みゲージを用いて単繊維コンポジット歪みε(%)を測定する。最終的な炭素繊維単繊維の圧縮歪みεcは、歪みゲージのゲージファクターκ、上記(4)の手順で測定した繊維埋め込み深さd(μm)、残留歪み0.14(%)を考慮して以下の式(5)で計算する。
εc = ε×(2/κ)×(1-d/1000)-0.14 ・・・(5)。
【0077】
<結晶子サイズLc>
測定に供する炭素繊維束を引き揃え、コロジオン・アルコール溶液を用いて固めることにより、長さ4cm、1辺の長さが1mmの四角柱の測定試料を用意する。用意された測定試料について、広角X線回折装置を用いて、次の条件により測定を行う。
・X線源:CuKα線(管電圧40kV、管電流30mA)
・検出器:ゴニオメーター+モノクロメーター+シンチレーションカウンター
・走査範囲:2θ=10~40°
・走査モード:ステップスキャン、ステップ単位0.01°、スキャン速度1°/min。
【0078】
得られた回折パターンにおいて、2θ=25~26°付近に現れるピークについて、ガウシアンにてピークフィッティングを行う。半値全幅を求め、この値から、次のシェラー(Scherrer)の式により結晶子サイズを算出する。
結晶子サイズ(nm)=Kλ/β0cosθB
ただし、
K:1.00、λ:0.15418nm(X線の波長)
β0:(βE2-β1
2)1/2
βE:見かけの半値全幅(測定値)rad、β1:1.046×10-2rad
θB:Braggの回折角。
【0079】
この測定を1水準につき10回行い、得られた値の平均値を結晶子サイズとする。なお、後述の実施例および比較例においては広角X線回折装置として、XRD-6100((株)島津製作所製)を用いた。
【0080】
炭素繊維単繊維から測定する場合は、炭素繊維束から単繊維を無作為に抜き取り、X線μビームが利用可能な装置を用いて、広角X線回折測定を行う。測定は繊維軸方向に3μm、繊維直径方向に1μmの形状に整えられた波長0.1305nmのマイクロビームを用い、単繊維を繊維直径方向に1μmステップで走査しながら行う。各ステップあたりの照射時間は2秒とする。検出器と試料との間の距離であるカメラ長は40~200mmの範囲内に収まるように設定する。カメラ長とビームセンターの座標は、酸化セリウムを標準試料として測定することにより求める。検出された2次元回折パターンから、試料を取り外して測定した2次元回折パターンを差し引きすることで、検出器起因のダークノイズと空気由来の散乱ノイズをキャンセルし、補正後の2次元回折パターンを得る。単繊維の繊維直径方向各位置における補正後の2次元回折パターンを足し合わせることで、単繊維の繊維直径方向の平均2次元回折パターンを得る。かかる平均2次元回折パターンにおいて、繊維軸直交方向を中心として±5°の角度で扇形積分を行い、2θ方向の回折強度プロファイルを取得する。2θ方向の回折強度プロファイルを2つのガウス関数を用いて最小自乗フィッティングし、回折強度が最大となる2θの角度2θm(°)と、2つのガウス関数の合成関数の半値全幅FWHM(°)を算出する。さらに、2θ方向の回折強度プロファイルが最大となるときの角度2θm(°)を中心として±5°の幅で円周積分を行い、円周方向の回折強度プロファイルを取得する。単繊維の結晶子サイズLcを以下の式により求め、各3本の単繊維に対する結果を平均して算出する。
Lc(nm)=Kλ/FWHMcos(2θm/2)
ここで、Scherrer係数Kは1.0、X線波長λは0.1305nmであり、半値全幅FWHMと2θmは単位を角度(°)からラジアン(rad)に変換して用いる。
【0081】
<熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率測定>
熱硬化性樹脂の樹脂成分をニーダー中に加え、混練しつつ、150℃まで昇温し、同温で1時間混練する。その後、混練しつつ60℃まで降温させる。その後、硬化剤および硬化促進剤を加えてさらに混練することで未硬化の熱硬化性樹脂を得る。この未硬化の熱硬化性樹脂を真空中で脱泡した後、2mm厚の“テフロン(登録商標)”製スペーサーにより厚みが2mmになるように設定したモールド中で、130℃の温度で2時間硬化させ、厚さ2mmの熱硬化性樹脂の硬化物を得る。この硬化物から幅10mm、長さ60mmの試験片を切り出し、スパン間長さを32mm、クロスヘッドスピードを2.5mm/分とし、JIS-K7171(1994)に従って、3点曲げを実施し、弾性率を測定する。サンプル数n=5として、その平均値を樹脂硬化物の弾性率とする。
【0082】
<炭素繊維強化複合材料の0°圧縮強度測定>
硬化剤および硬化促進剤を除く熱硬化性樹脂の原料樹脂をニーダーで混合し、1時間攪拌して樹脂組成物を得る。次に、得られた樹脂組成物を、シリコーンが塗布されている離型紙のシリコーン面に、塗布することにより樹脂フィルムを得る。得られた樹脂フィルムを、約2.7mの円周を有し、温度60~70℃に温調された鋼製ドラムの表面に、樹脂組成物の表面を外側にして、巻き付ける。次いで、鋼製ドラムに巻き付けられている樹脂組成物の表面に、クリールから巻き出した炭素繊維束をトラバースを介して配列する。さらにその上を前記樹脂フィルムで、樹脂組成物の面を炭素繊維束側にして覆い、外側の樹脂フィルムの面に別途用意されたロールを接触回転させながら加圧し、樹脂を繊維束内に含浸せしめ、幅300mm、長さ2.7mの一方向プリプレグを作製する。ここで、プリプレグの繊維目付は、ドラムの回転数とトラバースの送り速度を調整することによって、190~200g/m2に調整する。得られたプリプレグの複数枚を、繊維方向を一方向に揃えて積層し、温度130℃、加圧0.3MPaで2時間処理し、樹脂を硬化させ、厚さが1mmの積層板(繊維強化複合材料)を得る。かかる積層板から、厚さ1±0.1mm、幅12.7±0.13mm、長さ80±0.013mm、ゲージ部の長さ5±0.13mmの試験片を切り出す。なお、試験片の両端(両端から各37.5mmずつ)は、補強板を接着剤等で固着させてゲージ部長さ5±0.13mmとする。ASTM D695(1996)に準拠し、歪み速度1.27mm/分の条件で、試験片数について圧縮強度を測定し、得られた圧縮強度を繊維体積分率60%に換算する。n=6で測定して、その平均値を本発明における炭素繊維強化複合材料の0°圧縮強度とする。
【0083】
<炭素繊維の平均単繊維直径>
評価したい炭素繊維の単繊維断面を走査電子顕微鏡観察し、断面積を評価する。かかる断面積と同じ断面積を有する真円の直径を算出し、単繊維直径とする。なお、加速電圧は5keVとする。
【0084】
なお、後述の実施例および比較例では、走査電子顕微鏡として日立ハイテクノロジーズ社製の走査電子顕微鏡(SEM)“S-4800”を用いた。
【0085】
<繊維束の表層の撚り角>
炭素化工程における繊維束の表層の撚り角(°)は、炭素化工程における繊維束の撚り数(ターン/m)と、フィラメント数、得られる炭素繊維の単繊維の直径(μm)から、以下の式により繊維束全体の直径(μm)を算出した後、かかる繊維束全体の直径を用いて以下のように算出する。
繊維束全体の直径(μm)={(単繊維の直径)2×フィラメント数}0.5
繊維束表層の残存する撚り角(°)=atan(繊維束全体の直径×10-6×π×撚り数)。
【実施例】
【0086】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。本実施例で用いた測定方法は上述したとおりである。
【0087】
(参考例1~4)
イタコン酸を共重合したポリアクリロニトリル共重合体を、ジメチルスルホキシドを溶媒として溶液重合法により重合させ、ポリアクリロニトリル共重合体を製造した。製造されたポリアクリロニトリル共重合体に得られた紡糸溶液を、紡糸口金から一旦空気中に吐出し、約4mmの空間を通過させた後、3℃にコントロールした35%ジメチルスホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により凝固糸条を得た。この凝固糸条を、常法により水洗した後、2槽の温水浴中で、3.5倍の水浴延伸を行った。続いて、この水浴延伸後の繊維束に対して、アミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与し、160℃の加熱ローラーを用いて、乾燥緻密化処理を行った。2糸条を合糸し、単繊維本数12000本の繊維束としてから、加圧スチーム中で3.7倍延伸することにより、製糸全延伸倍率を13倍とし、その後交絡処理を行って、結晶配向度93%、単繊維本数12000本のポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。交絡処理は、繊維束長手方向と流体の吹き付け方向の成す角が90°で、かつ繊維束を取り囲むように8個の噴出孔を配置し、各々の噴出孔が2孔で1組となるよう対向する位置に配置した流体吹きつけノズルを用い、繊維束の張力が3mN/dtexの状態に調節し、かつ、流体の吐出圧力を0.35MPaに設定して行った。次に、前駆体繊維束を耐炎化温度210-280℃にて耐炎化処理して耐炎化繊維束を得た。耐炎化処理は、表1に示す耐炎化構造になるように耐炎化時間を調整して、空気雰囲気下のオーブン中でポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を延伸比1で延伸しながら行った。
【0088】
(参考例5)
参考例1~4と同様にポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得て、耐炎化温度210-280℃にて表1に示す耐炎化構造になるように耐炎化時間および延伸比を調整して張力を制御して、空気雰囲気下のオーブン中でポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を耐炎化処理し、耐炎化繊維束を得た。
【0089】
(実施例1~8、12、比較例1~7)
参考例で得られた耐炎化繊維束を、温度300~800℃の窒素雰囲気下において予備炭素化処理し、予備炭素化繊維束を得た。得られた予備炭素化繊維束を、窒素雰囲気下において、表2の最高温度、張力および滞留時間で炭素化処理を行った。得られた炭素繊維束に表面処理およびサイジング剤塗布処理を行って最終的な炭素繊維束を得た。この炭素繊維束を用いて、以下に示す樹脂組成でプリプレグおよび炭素繊維強化複合材料の作成を行った。こうして得られた炭素繊維束および繊維強化複合材料の物性を表3に示す。なお、同樹脂組成からなる樹脂硬化物の弾性率を測定したところ、その弾性率は4.4GPaであった。
【0090】
樹脂組成物:
・液状ビスフェノールA型エポキシ樹脂(“jER(登録商標)”828:三菱ケミカル(株)製):20質量部
・トリグリシジル-m-アミノフェノール(“アラルダイト(登録商標)”MY0600:ハンツマン・アドバンズド・マテリアルズ(株)製):50質量部
・フェノールノボラック型エポキシ(“jER(登録商標)”154:三菱ケミカル(株)製):30質量部
硬化剤:
・ジシアンジアミド(三菱ケミカル(株)製):6質量部
硬化促進剤:
・3-(3,4-ジクロロフェニル)-1,1-ジメチルウレア(保土ヶ谷化学工業(株)製)):3質量部。
【0091】
(比較例8)
炭素繊維束“トレカ(登録商標)”M40S(ストランド弾性率:380GPa、単繊維圧縮強度:3.0GPa(東レ(株)製))を用いて、以下に示す樹脂組成でプリプレグおよび炭素繊維強化複合材料の作成を行い、0°圧縮強度測定を行ったところ、1.3GPaであり、実施例1~8の複合材料の0°圧縮強度よりも低い値となった。なお、同樹脂組成からなる樹脂硬化物の弾性率を測定したところ、その弾性率は3.3GPaであった。
【0092】
樹脂組成物:
・液状ビスフェノールA ジグリシジルエーテル樹脂(“jER(登録商標)”1001:三菱ケミカル(株)製):20質量部:30質量部
・液状ビスフェノールA型エポキシ樹脂(“jER(登録商標)”828:三菱ケミカル(株)製):30質量部
・フェノールノボラックポリグリシジルエーテル樹脂(“EPICLON”(登録商標)N740(DIC(株)製):27質量部
・ポリビニルホルマール樹脂(“ビニレック(登録商標)”PVF-K、JNC(株)製):5質量部
硬化剤:
・ジシアンジアミド(三菱ケミカル(株)製):6質量部
硬化促進剤:
・3-(3,4-ジクロロフェニル)-1,1-ジメチルウレア(保土ヶ谷化学工業(株)製)):3質量部。
【0093】
(比較例9)
炭素繊維束“トレカ(登録商標)”M40S(ストランド弾性率:380GPa、単繊維圧縮強度:3.0GPa(東レ(株)製))を用いて、実施例1と同じ樹脂組成でプリプレグおよび炭素繊維強化複合材料の作成を行い、0°圧縮強度測定を行ったところ、1.3GPaであった。樹脂弾性率が高いにもかかわらず繊維強化複合材料の0°圧縮強度は比較例8と同等であることから、樹脂弾性率のみを高めても炭素繊維複合材料の0°圧縮強度は向上しない結果となった。
【0094】
(実施例9、10、比較例10、11)
参考例5で得られた耐炎化繊維束を、加撚処理を行い50ターン/mの撚りを付与した後、温度300~800℃の窒素雰囲気下において予備炭素化処理を行い、予備炭素化繊維束を得た。得られた予備炭素化繊維束を、窒素雰囲気下において、表2の最高温度、張力および滞留時間で炭素化処理を行った。得られた炭素繊維束および繊維強化複合材料の物性を表3に示す。なお、実施例9の結晶子サイズLcおよび初期弾性率E0について、炭素繊維束により評価した結果は、Lc=2.98nm、E0=331GPa、単繊維から評価した結果は、Lc=3.00nm、E0=320GPaであり、差はそれぞれ1%および3%であった。
【0095】
(実施例11)
加撚処理において20ターン/mの撚りを付与した以外は実施例10と同様にして炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束および繊維強化複合材料の物性を表3に示す。
【0096】
(実施例13)
加撚処理において10ターン/mの撚りを付与した以外は実施例11と同様にして炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束および繊維強化複合材料の物性を表3に示す。
【0097】
(実施例14)
耐炎化処理に供するポリアクリロニトリル系前駆体繊維束の単繊維本数を24000本とし、加撚処理において30ターン/mの撚りを付与した以外は実施例13と同様にして炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束および繊維強化複合材料の物性を表3に示す。
【0098】
(実施例15)
加撚処理において10ターン/mの撚りを付与した以外は実施例14と同様にして炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束および繊維強化複合材料の物性を表3に示す。
【0099】
【0100】
【0101】
【符号の説明】
【0102】
1:繊維束
2:固定点A
3:固定点B
4:固定点C
5:交絡点
6:引き裂き可能距離