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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】操舵制御装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20231121BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20231121BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20231121BHJP
   B62D 113/00 20060101ALN20231121BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20231121BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
B62D101:00
B62D113:00
B62D119:00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020039937
(22)【出願日】2020-03-09
(65)【公開番号】P2021138335
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2023-02-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】位田 祐基
(72)【発明者】
【氏名】玉泉 晴天
【審査官】田邉 学
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-098817(JP,A)
【文献】特開2018-183046(JP,A)
【文献】特開2019-194059(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 5/04
B62D 101/00
B62D 113/00
B62D 119/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステアリングホイールに連動する車両の転舵輪を転舵させるためのモータを、車載される上位制御装置によって決定される前記転舵輪の転舵角に換算可能な角度の目標角度に応じて演算される指令値に基づき制御する操舵制御装置であって、
第1のセンサを通じて検出される前記転舵角に換算可能な角度を前記目標角度に追従させるフィードバック制御の実行を通じて前記指令値に反映させるべきフィードバック制御トルクを演算する第1の処理部と、
前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクおよび前記第1のセンサを通じて検出される前記転舵角に換算可能な角度に基づき前記転舵角に換算可能な角度に影響を及ぼす前記モータが発生するトルク以外のトルクである外乱トルクを演算する第2の処理部と、
前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクを前記第2の処理部により演算される前記外乱トルクによって補正する第3の処理部と、
前記第3の処理部による補正後のフィードバック制御トルクが反映された前記指令値を第2のセンサを通じて検出される前記ステアリングホイールに付与されるトルクに基づき補正する第4の処理部と、を有し
前記第4の処理部は、前記第3の処理部による補正後のフィードバック制御トルクが反映された前記指令値から前記第2のセンサを通じて検出される前記ステアリングホイールに付与されるトルクを減算する操舵制御装置。
【請求項2】
ステアリングホイールに連動する車両の転舵輪を転舵させるためのモータを、車載される上位制御装置によって決定される前記転舵輪の転舵角に換算可能な角度の目標角度に応じて演算される指令値に基づき制御する操舵制御装置であって、
第1のセンサを通じて検出される前記転舵角に換算可能な角度を前記目標角度に追従させるフィードバック制御の実行を通じて前記指令値に反映させるべきフィードバック制御トルクを演算する第1の処理部と、
前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクおよび前記第1のセンサを通じて検出される前記転舵角に換算可能な角度に基づき前記転舵角に換算可能な角度に影響を及ぼす前記モータが発生するトルク以外のトルクである外乱トルクを演算する第2の処理部と、
前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクを前記第2の処理部により演算される前記外乱トルクによって補正する第3の処理部と、
前記第3の処理部による補正後のフィードバック制御トルクが反映された前記指令値を第2のセンサを通じて検出される前記ステアリングホイールに付与されるトルクに基づき補正する第4の処理部と、を有し
前記第4の処理部は、前記第2の処理部により演算される外乱トルクから前記第2のセンサを通じて検出される前記ステアリングホイールに付与されるトルクを減算する操舵制御装置。
【請求項3】
前記目標角度の2階時間微分値に基づくフィードフォワード制御トルクを演算する第5の処理部を有し、
前記第3の処理部は、前記フィードバック制御トルクに前記フィードフォワード制御トルクを加算した値から前記外乱トルクを減算する請求項1または請求項2に記載の操舵制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動運転システム、運転支援システム、ステアバイワイヤシステムなどのステアリングシステムの制御に使用されるモータへの給電を制御する制御装置が知られている。たとえば特許文献1の制御装置は、自動運転制御用の制御装置によって設定される目標舵角に基づいて目標モータトルク(目標自動操舵トルク)を演算し、この演算される目標モータトルクをモータのトルク定数で徐算することにより目標モータ電流を演算する。制御装置は、電流検出回路を通じて検出されるモータ電流を目標モータ電流に一致させるべくモータへ供給する電流をフィードバック制御する。
【0003】
また、特許文献1の制御装置は、外乱オブザーバを有している。外乱オブザーバは、回転角センサを通じて検出されるモータの回転角と、目標舵角に基づき演算される目標モータトルクとに基づいて外乱トルクを推定する。外乱トルクとは、舵角に影響を及ぼすモータトルク以外のトルクをいう。制御装置は、外乱オブザーバにより演算される外乱トルクを使用して目標モータトルクを補正する。外乱トルクが補償されることにより、より精度の高いモータ制御が実現される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-183046号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、特許文献1の制御装置においては、つぎのようなことが懸念される。たとえば自動運転制御が実行されている場合、ステアリングホイールの操作の実行主体は運転者ではなく自動運転制御用の制御装置となる。このため、運転者はステアリングホイールの積極的な操作を行わず、ステアリングホイールから手を放した手放し状態で車両を走行させることも考えられる。そして、この手放し状態においては、ステアリングホイールの慣性によって特定の周波数領域で共振が発生するおそれがある。この共振の発生に伴いステアリングシステムを含む車両プラントの周波数特性と、外乱オブザーバのノミナルプラント(ステアリングシステムを模擬したモデル)の周波数特性との差が増大することによって、目標舵角に対する実舵角の追従性能が低下することが懸念される。
【0006】
本発明の目的は、目標角度に対する実角度の追従性能を確保することができる操舵制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成し得る操舵制御装置は、ステアリングホイールに連動する車両の転舵輪を転舵させるためのモータを、車載される上位制御装置によって決定される前記転舵輪の転舵角に換算可能な角度の目標角度に応じて演算される指令値に基づき制御する。操舵制御装置は、第1の処理部、第2の処理部、第3の処理部および第4の処理部を有している。第1の処理部は、第1のセンサを通じて検出される前記転舵角に換算可能な角度を前記目標角度に追従させるフィードバック制御の実行を通じて前記指令値に反映させるべきフィードバック制御トルクを演算する。第2の処理部は、前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクおよび前記第1のセンサを通じて検出される前記転舵角に換算可能な角度に基づき前記転舵角に換算可能な角度に影響を及ぼす前記モータが発生するトルク以外のトルクである外乱トルクを演算する。第3の処理部は、前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクを前記第2の処理部により演算される前記外乱トルクによって補正する。第4の処理部は、前記第3の処理部による補正後のフィードバック制御トルクが反映された前記指令値を第2のセンサを通じて検出される前記ステアリングホイールに付与されるトルクに基づき補正する。
【0008】
上位制御装置によって決定される目標角度に基づくモータの制御が実行されている場合、ステアリングホイールの操作の実行主体は運転者ではなく上位制御装置となる。このため、運転者はステアリングホイールの積極的な操作を行わず、ステアリングホイールから手を放した手放し状態で車両を走行させることも想定される。この手放し状態においては、ステアリングホイールの慣性によって特定の周波数領域で共振が発生するおそれがある。この共振の発生に伴い操舵制御装置の制御対象である実プラントを含む車両プラントの周波数特性と、外乱オブザーバのノミナルプラントの周波数特性との差が増大することにより、目標角度に対する実角度の追従性能が低下することが懸念される。
【0009】
この点、上記の構成によれば、上位制御装置によって決定される目標角度に基づくモータの制御が実行されている場合、たとえば車両が手放し状態で走行しているとき、ステアリングホイールの慣性によるトルクは第2のセンサを通じて検出される。この検出されるステアリングホイールの慣性トルクに基づき、第3の処理部による補正後のフィードバック制御トルクが反映された指令値が補正されることにより、ステアリングホイールの慣性トルクが補償された最終的な指令値が得られる。この最終的な指令値に基づきモータが制御されることにより、目標角度に対する実角度の追従性能が確保される。
【0010】
上記の操舵制御装置において、前記第4の処理部は、前記第3の処理部による補正後のフィードバック制御トルクが反映された前記指令値から前記第2のセンサを通じて検出される前記ステアリングホイールに付与されるトルクを減算するようにしてもよい。
【0011】
この構成によれば、ステアリングホイールの慣性トルクが補償された最終的な指令値が得られる。
上記の操舵制御装置において、前記第4の処理部は、前記第2の処理部により演算される外乱トルクから前記第2のセンサを通じて検出される前記ステアリングホイールに付与されるトルクを減算するようにしてもよい。
【0012】
この構成によれば、ステアリングホイールの慣性トルクが補償された外乱トルクが得られる。したがって、この外乱トルクによって補正されたフィードバック制御トルク、ひいてはこの補正後のフィードバック制御トルクが反映された指令値についてもステアリングホイールの慣性トルクが補償されたものとなる。
【0013】
上記の操舵制御装置において、前記目標角度の2階時間微分値に基づくフィードフォワード制御トルクを演算する第5の処理部を有していてもよい。この場合、前記第3の処理部は、前記フィードバック制御トルクに前記フィードフォワード制御トルクを加算した値から前記外乱トルクを減算するようにしてもよい。
【0014】
この構成によれば、フィードフォワード制御トルクを使用してモータを制御することによって、モータ制御の応答性をより高めることが可能である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の操舵制御装置によれば、目標角度に対する実角度の追従性能を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】操舵制御装置の一実施の形態が搭載される電動パワーステアリング装置の構成図。
図2】操舵制御装置の一実施の形態の制御ブロック図。
図3】一実施の形態における指令値演算部の制御ブロック図。
図4】一実施の形態における角度フィードバック制御部の制御ブロック図。
図5】一実施の形態における電動パワーステアリング装置の物理モデルを示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
つぎに、操舵制御装置をEPS(電動パワーステアリング装置)の制御装置に具体化した第1の実施の形態を説明する。
図1に示すように、EPS10は、ステアリングホイール11と転舵輪12,12との間の動力伝達経路として機能するステアリングシャフト13、ピニオンシャフト14および転舵シャフト15を有している。転舵シャフト15は車幅方向(図1中の左右方向)に沿って延びている。転舵シャフト15の両端にはタイロッド16,16を介して転舵輪12,12が連結されている。ピニオンシャフト14は、転舵シャフト15に対して交わるように設けられている。ピニオンシャフト14のピニオン歯14aは、転舵シャフト15のラック歯15aに噛み合わされている。ステアリングホイール11の回転操作に連動して転舵シャフト15が直線運動する。転舵シャフト15の直線運動がタイロッド16を介して左右の転舵輪12,12に伝達されることにより、転舵輪12,12の転舵角θが変更される。
【0018】
また、EPS10は、運転者による操舵を補助するための力であるアシスト力を生成する構成として、モータ21および減速機構22を有している。モータ21は、アシスト力の発生源であるアシストモータとして機能する。モータ21としては、たとえば三相のブラシレスモータが採用される。モータ21は、減速機構22を介してピニオンシャフト23に連結されている。ピニオンシャフト23のピニオン歯23aは、転舵シャフト15のラック歯15bに噛み合わされている。モータ21の回転は減速機構22によって減速されて、当該減速された回転力がアシスト力としてピニオンシャフト23を介して転舵シャフト15に伝達される。モータ21の回転に応じて、転舵シャフト15は車幅方向に沿って移動する。
【0019】
また、EPS10は、制御装置50を有している。制御装置50は、各種のセンサの検出結果に基づきモータ21を制御する。センサには、トルクセンサ51、車速センサ52および回転角センサ53が含まれている。トルクセンサ51は、ステアリングシャフト13の捻じれ量に基づきステアリングホイール11の回転操作を通じてステアリングシャフト13に加わるトルクである操舵トルクTを検出する。車速センサ52は、車速Vを検出する。回転角センサ53はモータ21に設けられている。回転角センサ53はモータ21の回転角θを検出する。制御装置50は、モータ21に対する通電制御を通じて操舵トルクTに応じたアシスト力を発生させるアシスト制御を実行する。制御装置50は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクT、車速センサ52を通じて検出される車速V、および回転角センサ53を通じて検出される回転角θに基づき、モータ21に対する給電を制御する。
【0020】
ここで、車両にはその安全性あるいは利便性をより向上させるための様々な運転支援機能あるいはシステムが運転を代替する自動運転機能を実現する自動運転システムが搭載されることがある。この場合、車両には各種の車載システムの制御装置を統括制御する上位制御装置500が搭載される。上位制御装置500は、その時々の車両の状態に基づき最適な制御方法を求め、その求められる制御方法に応じて各種の車載制御装置に対して個別の制御を指令する。
【0021】
上位制御装置500は、制御装置50による操舵制御に介入する。上位制御装置500は、運転席などに設けられる図示しないスイッチの操作を通じて、自己の自動運転制御機能をオン(有効)とオフ(無効)との間で切り替える。ただし、自動運転制御機能には、車両の安全性あるいは利便性をより向上させるための運転支援制御機能も含まれる。
【0022】
上位制御装置500は、自動運転制御機能がオンされた状態において、たとえば車両に目標車線上を走行させるための指令値θとして付加角度指令値を演算する。付加角度指令値は、その時々の車両の走行状態に応じて車両を車線に沿って走行させるために必要とされるピニオン角θの目標値(現在のピニオン角θに付加すべき角度)である。制御装置50は、上位制御装置500により演算される指令値θを使用してモータ21を制御する。ちなみに、ピニオン角θは転舵輪12の転舵角θに換算可能である。
【0023】
つぎに、制御装置50について詳細に説明する。
図2に示すように、制御装置50は、ピニオン角演算部61、指令値演算部62、および通電制御部63を有している。
【0024】
ピニオン角演算部61は、回転角センサ53を通じて検出されるモータ21の回転角θに基づき、ピニオンシャフト23の回転角であるピニオン角θを演算する。ピニオン角演算部61は、たとえばモータ21の回転角θを減速機構22の減速比で徐算することによりピニオン角θを演算する。
【0025】
ちなみに、ピニオン角演算部61は、ピニオンシャフト14の回転角をピニオン角θとして演算してもよい。この場合、ピニオン角演算部61は、たとえばモータ21の回転角θをモータ21からピニオンシャフト14までの間の減速比で徐算することによりピニオンシャフト14の回転角であるピニオン角θを演算する。
【0026】
指令値演算部62は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクTおよび車速センサ52を通じて検出される車速Vに基づき、アシスト指令値Tを演算する。アシスト指令値Tは、モータ21に発生させるべき回転力であるアシストトルクを示す。指令値演算部62は、操舵トルクTの絶対値が大きいほど、また車速Vが遅いほど、より大きな絶対値のアシスト指令値Tを演算する。
【0027】
通電制御部63は、アシスト指令値Tに応じた電力をモータ21へ供給する。具体的には、つぎの通りである。すなわち、通電制御部63は、アシスト指令値Tに基づきモータ21へ供給すべき電流の目標値である電流指令値を演算する。また、通電制御部63は、モータ21に対する給電経路に設けられた電流センサ64を通じて、モータ21へ供給される電流Iを検出する。そして通電制御部63は、電流指令値と実際の電流Iの値との偏差を求め、当該偏差を無くすようにモータ21に対する給電を制御する(電流Iのフィードバック制御)。これにより、モータ21はアシスト指令値Tに応じたトルクを発生する。
【0028】
つぎに、指令値演算部62について詳細に説明する。
図3に示すように、指令値演算部62は、加算器70、目標操舵トルク演算部71、トルクフィードバック制御部72、目標角度演算部73、角度フィードバック制御部74、および加算器75を有している。
【0029】
加算器70は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクTとトルクフィードバック制御部72により演算される第1のアシストトルクT とを加算することにより、ステアリングシャフト13に印加されるトルクとしての入力トルクTin を演算する。
【0030】
目標操舵トルク演算部71は、加算器70により演算される入力トルクTin に基づき目標操舵トルクT を演算する。目標操舵トルクT とは、ステアリングホイール11に印加すべき操舵トルクTの目標値をいう。目標操舵トルク演算部71は、入力トルクTin の絶対値が大きいほど、より大きな絶対値の目標操舵トルクT を演算する。
【0031】
トルクフィードバック制御部72は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクT、および目標操舵トルク演算部71により演算される目標操舵トルクT を取り込む。トルクフィードバック制御部72は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクTを目標操舵トルクT に追従させるべく操舵トルクTのフィードバック制御を実行することにより第1のアシストトルクT を演算する。
【0032】
目標角度演算部73は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクT、トルクフィードバック制御部72により演算される第1のアシストトルクT 、および車速センサ52を通じて検出される車速Vを取り込む。目標角度演算部73は、これら取り込まれる操舵トルクT、第1のアシストトルクT 、および車速Vに基づき、ピニオンシャフト23の回転角の目標値である目標ピニオン角θ を演算する。
【0033】
ちなみに、上位制御装置500による自動運転制御機能の実行を通じて指令値θとして付加角度指令値が演算される場合、指令値θは目標角度演算部73により演算される目標ピニオン角θ に加算される。この指令値θが加算された最終的な目標ピニオン角θ は、角度フィードバック制御部74へ供給される。
【0034】
角度フィードバック制御部74は、目標角度演算部73により演算される目標ピニオン角θ およびピニオン角演算部61により演算される実際のピニオン角θをそれぞれ取り込む。角度フィードバック制御部74は、実際のピニオン角θを目標ピニオン角θ に追従させるべくピニオン角θのフィードバック制御を実行することにより第2のアシストトルクT を演算する。
【0035】
加算器75は、トルクフィードバック制御部72により演算される第1のアシストトルクT と、角度フィードバック制御部74により演算される第2のアシストトルクT とを合算することによりアシスト指令値Tを演算する。アシスト指令値Tに基づく電流がモータ21へ供給されることにより、モータ21はアシスト指令値Tに応じたトルクを発生する。
【0036】
つぎに、角度フィードバック制御部74について詳細に説明する。
図4に示すように、角度フィードバック制御部74は、フィードバック制御部81、フィードフォワード制御部82、外乱オブザーバ83、および加算器84を有している。
【0037】
フィードバック制御部81は、外乱オブザーバ83によって演算されるピニオン角θの推定値であるピニオン角推定値θpeを目標ピニオン角θ に近づけるために設けられている。フィードバック制御部81は、減算器81AおよびPD制御部(比例微分制御部)81Bを有している。減算器81Aは、目標ピニオン角θ と、外乱オブザーバ83により演算されるピニオン角推定値θpeとの偏差Δθ(=θ -θpe)を演算する。PD制御部81Bは、減算器81Aによって演算される偏差Δθに対して比例微分演算を実行することにより、フィードバック制御トルクTfbを演算する。すなわち、フィードバック制御トルクTfbは、偏差Δθを入力とする比例要素の出力値と微分要素の出力値との和である。
【0038】
フィードフォワード制御部82は、EPS10の慣性による応答性の遅れを補償して、制御の応答性を向上させるために設けられている。フィードフォワード制御部82は、角加速度演算部82Aおよび乗算部82Bを有している。角加速度演算部82Aは、目標ピニオン角θ を2階微分することにより、目標ピニオン角加速度α(=dθ /dt)を演算する。乗算部82Bは、角加速度演算部82Aにより演算される目標ピニオン角加速度αにEPS10の慣性Jを乗算することにより、慣性補償値としてのフィードフォワード制御トルクTff(=J・α)を演算する。慣性Jは、たとえばEPS10の物理モデルから求められる。
【0039】
外乱オブザーバ83は、外乱トルクを推定して補償するために設けられている。外乱トルクは、実際の制御対象である実プラント(EPS10)に外乱として発生する非線形のトルクであって、モータ21が発生するトルク以外のピニオン角θに影響を及ぼすトルクである。外乱オブザーバ83は、プラントの目標値である第2のアシストトルクT とプラントの出力である実際のピニオン角θとに基づいて、外乱トルク補償値としての外乱トルク推定値Tld、およびピニオン角推定値θpeを演算する。
【0040】
外乱オブザーバ83は、ピニオン角演算部61により演算されるピニオン角θとその推定値である後述のピニオン角推定値θpeとの差の値に所定のオブザーバゲインを乗算することにより外乱トルク推定値Tldを演算する。また、外乱オブザーバ83は、外乱トルク推定値Tldと加算器84により演算される第2のアシストトルクT とを加算して得られる値にEPS10の慣性の逆数を乗算し、その乗算した結果を2階積分することによりピニオン角推定値θpeを演算する。ちなみに、外乱オブザーバ83は、第2のアシストトルクT に代えて、アシスト指令値Tを使用して外乱トルク推定値Tldおよびピニオン角推定値θpeを演算するようにしてもよい。
【0041】
加算器84は、フィードバック制御トルクTfbにフィードフォワード制御トルクTffを加算した値から外乱トルク推定値Tldを減算することにより第2のアシストトルクT (=Tfb+Tff-Tld)を演算する。これにより、慣性および外乱トルクが補償された第2のアシストトルクT が得られる。この第2のアシストトルクT に基づくアシスト指令値Tが使用されることにより、より精度の高いモータ制御を実行することが可能となる。
【0042】
ここで、外乱オブザーバ83は、実際の制御対象である実プラント(EPS10)を模擬したモデルであるノミナルプラントに基づき外乱トルクを推定する。
図5に示すように、実プラントが搭載された車両である車両プラントにおいて、ステアリングシャフト13にはステアリングホイール11が連結されている。ステアリングシャフト13は、入力軸13a、出力軸13bおよびトーションバー13cを有している。入力軸13aは、ステアリングホイール11に連結される。出力軸13bは、ピニオンシャフト14を介して転舵シャフト15に連結される。トーションバー13cは、入力軸13aと出力軸13bとを連結する。トルクセンサ51は、ステアリングシャフト13の途中に設けられたトーションバー13cの捻じれ量に基づきステアリングシャフト13に印加されるトルクを検出する。
【0043】
ノミナルプラントは、ステアリングシャフト13におけるトーションバー13cよりも下流側の部分、すなわち出力軸13b、およびピニオンシャフト14および転舵シャフト15を含む。このため、ノミナルプラントにおける慣性(ノミナル慣性)は、トーションバー13cよりも下流側の部分である出力軸13b、ピニオンシャフト14および転舵シャフト15の慣性である。このため、外乱オブザーバ83からみると、トーションバー13cよりも上流側の部分であるステアリングホイール11の慣性によるトルクは外乱である。外乱オブザーバ83は、基本的にはトルクセンサ51を通じて検出される慣性トルクを外乱として補償する。
【0044】
ところが、自動運転制御が実行されている場合、つぎのようなことが懸念される。すなわち、自動運転制御が実行されている場合、ステアリングホイール11の操作の実行主体は運転者ではなく自動運転制御用の制御装置となる。このため、運転者はステアリングホイール11の積極的な操作を行わず、ステアリングホイール11から手を放した手放し状態で車両を走行させることも考えられる。そして、この手放し状態においては、ステアリングホイール11の慣性が問題になることがある。
【0045】
たとえばステアリングホイールの振動周波数が特定の周波数領域に達するとステアリングホイール11の慣性による共振が発生する。この共振の発生に伴いステアリングホイール11を含む車両プラントの周波数特性とステアリングホイール11を含まない外乱オブザーバ83のノミナルプラントの周波数特性との差がより増大する。このため、外乱オブザーバ83ではステアリングホイール11の慣性トルクを外乱トルクとして補償しきれなくなるおそれがある。したがって、目標ピニオン角θ に対する実際のピニオン角θの追従性能が低下することが懸念される。
【0046】
そこで本実施の形態では、手放し状態におけるステアリングホイール11の慣性による共振の影響を打ち消すために、角度フィードバック制御部74としてつぎの構成を採用している。
【0047】
図4に示すように、角度フィードバック制御部74は、減算器85を有している。減算器85は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクT、および加算器84により演算される第2のアシストトルクT を取り込む。減算器85は、加算器84により演算される第2のアシストトルクT から操舵トルクTを減算することにより、モータ21の制御に使用される最終的な第2のアシストトルクT を算出する。
【0048】
したがって、本実施の形態によれば、以下の作用および効果を得ることができる。
すなわち、自動運転制御が実行されている場合、車両が手放し状態で走行しているとき、ステアリングホイール11の慣性トルクはトルクセンサ51を通じて操舵トルクTとして検出される。この外乱オブザーバ83では補償しきれないステアリングホイール11の慣性トルクとしての操舵トルクTが加算器84によって演算される第2のアシストトルクT から減算されることにより、慣性トルクが補償された最終的な第2のアシストトルクT が得られる。この最終的な第2のアシストトルクT に基づくアシスト指令値Tを使用してモータ21が制御されることにより、目標ピニオン角θ に対する実際のピニオン角θの追従性能、ひいては車両応答性を確保することができる。すなわち、手放し状態におけるステアリングホイール11の慣性による共振の影響が打ち消される。
【0049】
<他の実施の形態>
なお、本実施の形態は、つぎのように変更して実施してもよい。
・制御装置50は、転舵シャフト15にアシスト力を付与するタイプのEPS10の他にも、ステアリングシャフト13にアシスト力を付与するタイプのEPSに適用してもよい。この場合、図1に二点鎖線で示すように、モータ21は減速機構22を介してステアリングシャフト13に連結される。ピニオンシャフト23は割愛することができる。また、この場合、上位制御装置500は、自動運転制御機能がオンされた状態において、車両に目標車線上を走行させるための指令値θとして操舵角θの目標値(現在の操舵角θに付加すべき角度)を演算するようにしてもよい。操舵角θは、ステアリングシャフト13に連動して回転するモータ21の回転角θに基づき演算することが可能である。
【0050】
・外乱オブザーバ83がピニオン角推定値θpeを演算する際に積分演算を使用する場合、たとえば高周波領域においては離散化誤差に起因して外乱オブザーバ83の外乱推定性能が低下するおそれがある。この場合、離散系の積分演算には双一次変換の関係式を利用してもよい。
【0051】
・角度フィードバック制御部74として、フィードフォワード制御部82を割愛した構成を採用してもよい。
・角度フィードバック制御部74は、ステアリングホイール11の慣性トルクとしての操舵トルクTを、外乱オブザーバ83により演算される外乱トルク推定値Tldから減算するようにしてもよい。このようにしても、慣性トルクが補償された第2のアシストトルクT を得ることができる。すなわち、外乱オブザーバ83により演算される外乱トルク推定値Tldからステアリングホイール11の慣性トルクを減算することにより、ステアリングホイール11の慣性トルクが補償された外乱トルク推定値Tldが得られる。このため、この外乱トルク推定値Tldによって補正されるフィードバック制御トルクTfb、ひいてはこの補正後のフィードバック制御トルクTfbが反映された第2のアシストトルクT もステアリングホイール11の慣性トルクが補償されたものになる。したがって、ステアリングホイール11の慣性によるトルクの影響を抑えることができる。
【0052】
・指令値演算部62として、つぎの構成を採用してもよい。すなわち、指令値演算部62には、先の図3に示される目標操舵トルク演算部71およびトルクフィードバック制御部72に代えて、操舵トルクTおよび車速Vに基づき第1のアシストトルクT を演算する演算部を設ける。この演算部は、操舵トルクTのフィードバック制御ではなく、たとえば操舵トルクTと第1のアシストトルクT との関係を車速Vに応じて規定する三次元マップを使用して、第1のアシストトルクT を演算する。
【0053】
・指令値演算部62は、上位制御装置500による自動運転制御の実行時、上位制御装置500によって演算される自動運転用の目標ピニオン角θ と、目標角度演算部73により演算される目標ピニオン角θ とを切り替えて使用するようにしてもよい。自動運転用の目標ピニオン角θ は、現在のピニオン角θに付加すべき角度ではなく、車両の走行状態に応じた理想的な角度である。
【0054】
・指令値演算部62として先の図3に示される加算器75を割愛した構成を採用してもよい。この場合、角度フィードバック制御部74により演算される第2のアシストトルクT がアシスト指令値Tとして使用される。
【0055】
<他の技術的思想>
つぎに、前記実施の形態から把握できる技術的思想を以下に追記する。
(イ)前記モータは、ステアリングホイールの操作を補助するための力であるアシスト力を発生するものであること。
【符号の説明】
【0056】
21…モータ
50…制御装置
81…フィードバック制御部(第1の処理部)
82…フィードフォワード制御部(第5の処理部)
83…外乱オブザーバ(第2の処理部)
84…加算器(第3の処理部)
85…減算器(第4の処理部)
500…上位制御装置
図1
図2
図3
図4
図5