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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】補助電源装置及びステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20231121BHJP
   B62D 3/12 20060101ALI20231121BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20231121BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D3/12 513
B62D5/04
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020089733
(22)【出願日】2020-05-22
(65)【公開番号】P2021183457
(43)【公開日】2021-12-02
【審査請求日】2023-04-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】小川 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】尾形 俊明
【審査官】瀬戸 康平
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-214238(JP,A)
【文献】特開2010-254006(JP,A)
【文献】特開2015-204655(JP,A)
【文献】特開2009-78737(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 3/12, 5/04, 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の転舵輪を転舵させるべく転舵軸を軸方向に移動させるための所定モータトルクを発生するモータを備えるとともに、ステアリングホイールの回転角度に対する転舵軸の軸方向の移動量の比である比ストロークが当該ステアリングホイールの操舵角度に応じて変化するように構成されたステアリング装置の前記モータを給電対象とし、
前記給電対象に電力を供給する主電源の電力供給を補助する補助電源と、
前記モータが回転中の状態において前記モータが発生すべき前記所定モータトルクが、前記モータが回転中の状態において前記主電源によって前記モータが出力可能な最大のモータトルクを上回ることが想定される場合に、前記主電源と前記補助電源との間の接続状態を、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定する接続状態設定部とを備える補助電源装置。
【請求項2】
前接続状態設定部は、前記モータの出力状態に応じて、前記主電源と前記補助電源との間の接続状態を、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定する請求項1に記載の補助電源装置。
【請求項3】
前記モータの出力状態は、前記モータが前記所定モータトルクを発生するように当該モータに供給すべき電流をフィードバック制御するための電流指令値と、前記モータが所定回転速度で回転中の状態において前記主電源によって前記モータが出力可能な最大のモータトルクに対応する電流の値である閾値との比較を通じて決定され、
前記閾値は、前記操舵角度及び前記操舵角度の変化量である操舵速度に基づいて決定される請求項2に記載の補助電源装置。
【請求項4】
前記接続状態設定部は、さらに前記操舵角度に応じて、前記主電源と前記補助電源との間の接続状態を、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定する請求項2または3に記載の補助電源装置。
【請求項5】
前記接続状態設定部は、さらに前記操舵角度の変化量である操舵速度に応じて、前記主電源と前記補助電源との間の接続状態を、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定する請求項2~4のいずれか一項に記載の補助電源装置。
【請求項6】
前記接続状態設定部は、さらに車両の走行速度に応じて、前記主電源と前記補助電源との間の接続状態を、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定する請求項2~5のいずれか一項に記載の補助電源装置。
【請求項7】
前記補助電源の容量は、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定する場合に、前記操舵角度に応じた比ストロークが比較的に大きい状況における緊急時の操舵の際に生じ得ると想定される操舵速度に基づき設定されている請求項1~6のいずれか一項に記載の補助電源装置。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の補助電源装置と、前記給電対象としての前記モータと、前記主電源と、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定する制御装置とを備えるステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、補助電源装置及びステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ステアリング装置として、ステアリング操作に伴う回転をラックアンドピニオン機構によりラック軸の往復直線運動に変換して転舵輪の転舵角を変更するものが知られている。こうしたステアリング装置には、例えば、特許文献1に記載されるように、ラック軸に形成されるラック歯の諸元をその軸方向位置によって異ならせることにより、ステアリング軸の回転角度に対するラック軸の移動量の比である比ストロークを操舵角に応じて変化させる所謂バリアブルギアレシオのラックアンドピニオン機構を採用したものがある。
【0003】
特許文献1のステアリング装置は、モータを駆動源としてアシスト力を付与するアシスト機構を備えた電動パワーステアリング装置(以下、「EPS」という。)として構成されている。そして、EPSでは、運転者が入力する操舵トルクに基づく軸力(以下、「操舵軸力」という。)と、モータが付与するモータトルクに基づく軸力(以下、「アシスト軸力」という。)との合計が、転舵輪を転舵させるための軸力(以下、「全体軸力」という。)としてラック軸に作用する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-210495号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1の構成においては、運転者が入力する操舵トルクの大きさが同じであっても、比ストロークの大きな領域では比ストロークの小さな領域に比べて、ラック軸に作用する操舵軸力が小さくなる。この場合、転舵輪を転舵させるための全体軸力のうち操舵軸力が小さくなることから、モータが付与するモータトルクに基づくアシスト軸力がより大きく必要になる。また、運転者によるステアリング操作の操舵速度が同じ場合でも、比ストロークが大きくなると比ストロークが小さいときと比べて、ラック軸の移動速度が速くなる。モータはラック軸に対して機械的に連結されていることから、ラック軸の移動速度が速くなることに伴い、当該モータの回転数が増加する。モータの回転数が増加すると、モータのモータトルクについて、モータの回転数との関係である、周知のN-T特性上、モータが出力可能なモータトルクが小さくなる。
【0006】
このように、比ストロークの大きな領域では、特にラック軸の移動速度が速くなると、アシスト軸力がより大きく必要になるなかで、モータの出力可能なモータトルクが小さくなることから、転舵輪を転舵させるための全体軸力が不足するおそれがある。つまり、比ストロークの大きな領域で素早い操舵を行う場合には、転舵輪を転舵させるための全体軸力が不足しやすく、操舵フィーリングが低下するおそれがある。
【0007】
本発明の目的は、バリアブルギアレシオのステアリング装置において、操舵フィーリングの低下を抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する補助電源装置は、車両の転舵輪を転舵させるべく転舵軸を軸方向に移動させるための所定モータトルクを発生するモータを備えるとともに、ステアリングホイールの回転角度に対する転舵軸の軸方向の移動量の比である比ストロークが当該ステアリングホイールの操舵角度に応じて変化するように構成されたステアリング装置の前記モータを給電対象とし、前記給電対象に電力を供給する主電源の電力供給を補助する補助電源と、前記モータが回転中の状態において前記モータが発生すべき前記所定モータトルクが、前記モータが回転中の状態において前記主電源によって前記モータが出力可能な最大のモータトルクを上回ることが想定される場合に、前記主電源と前記補助電源との間の接続状態を、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定する接続状態設定部とを備えている。
【0009】
上記構成によれば、モータが回転中の状態においてモータが発生すべき所定モータトルクが、モータが回転中の状態において主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクを上回ることが想定される場合には、補助電源と主電源とが直列に接続する状態になる。これにより、モータに対しては、主電源からの電力だけでなく、補助電源からの電力も供給されることになる。この場合、主電源及び補助電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクは、主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクに比べて、補助電源から供給される電力の分だけ増加する。このことから、比ストロークが大きな領域で、ラック軸の移動速度が速くなるような、モータが回転中の状態においてモータが発生すべき所定モータトルクが、モータが回転中の状態において主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクを上回ることが想定される場合であっても、モータトルクが不足することを抑制できる。このため、比ストロークが大きな領域で素早い操舵を行った場合のような、転舵輪を転舵させるための軸力が不足しやすい場合であっても、転舵輪を転舵させる軸力が不足することを抑制できる。
【0010】
上記の補助電源装置において、前接続状態設定部は、前記モータの出力状態に応じて、前記主電源と前記補助電源との間の接続状態を、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定することが好ましい。
【0011】
上記構成によれば、モータが回転中の状態においてモータが発生すべきモータトルクが、モータが回転中の状態において主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクを上回ることが想定される場合に該当するか否かを適切に判断することができる。
【0012】
上記の補助電源装置において、前記モータの出力状態は、前記モータが前記所定モータトルクを発生するように当該モータに供給すべき電流をフィードバック制御するための電流指令値と、前記モータが所定回転速度で回転中の状態において前記主電源によって前記モータが出力可能な最大のモータトルクに対応する電流の値である閾値との比較を通じて決定され、前記閾値は、前記操舵角度及び前記操舵角度の変化量である操舵速度に基づいて決定されることが好ましい。
【0013】
上記構成によれば、操舵角度に応じた比ストロークでの操舵速度とモータの回転速度との関係を用いて、その時の操舵速度に応じたモータの回転速度を得ることができる。続いて、モータのモータトルクについてモータの回転数との関係である周知のN-T特性に応じて得られるモータの回転速度とモータトルクに対応する電流の値との関係を用いて、その時のモータの回転速度で主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクに対応する電流の値を得ることができる。こうして得られた主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクに対応する電流の値が閾値として決定される。そして、電流指令値と閾値との比較を通じて、モータが回転中の状態においてモータが発生すべき所定モータトルクが、モータが回転中の状態において主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクを上回ることが想定される場合に該当するか否かをより適切に判断することができる。
【0014】
例えば、ステアリングホイールが最大限操舵された状態である、所謂、エンド当て時は、基本的に車両の低速走行時にしか生じ得ないといえる。車両の低速走行時には、ステアリングホイールが運転者により素早く操舵されることは想定しにくいといえる。このため、操舵角度がエンド当てしていることを示す値の場合は、比ストロークの大きい領域であるにもかかわらず、モータが回転中の状態においてモータが発生すべき所定モータトルクが、モータが回転中の状態において主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクを上回ることが想定される場合に該当する可能性は低い。
【0015】
このため、上記の補助電源装置において、前記接続状態設定部は、さらに前記操舵角度に応じて、前記主電源と前記補助電源との間の接続状態を、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定することが好ましい。
【0016】
上記構成によれば、例えば、比ストロークの大きい領域であったとしても、主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクを増加させる処置が不要な場合には、主電源と補助電源とを直列に接続する設定をしないようにする等、主電源と補助電源とを直列に接続する状況を適正化することができる。
【0017】
例えば、転舵輪が縁石等に衝突した場合には、ステアリングホイールが運転者により素早く操舵されるよりもさらに早い操舵になると考えられる。転舵輪が縁石等に衝突した場合には、衝突に応じて生じる軸力と同じだけの全体軸力を確保しなければいけない必要性は低いといえる。このため、操舵速度が転舵輪が縁石等に衝突していることを示す値の場合には、ステアリングホイールが素早く操舵されることを示す操舵速度であるにもかかわらず、モータが回転中の状態においてモータが発生すべき所定モータトルクが、モータが回転中の状態において主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクを上回ることが想定される場合に該当する可能性は低い。
【0018】
このため、上記の補助電源装置において、前記接続状態設定部は、さらに前記操舵角度の変化量である操舵速度に応じて、前記主電源と前記補助電源との間の接続状態を、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定することが好ましい。
【0019】
上記構成によれば、例えば、ステアリングホイールが素早く操舵されたとしても、主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクを増加させる処置が不要な場合には、主電源と補助電源とを直列に接続する設定をしないようにする等、主電源と補助電源とを直列に接続する状況を適正化することができる。
【0020】
例えば、車両の停車を含む低速走行時には、ステアリングホイールが素早く操舵されることは想定しにくい。このため、車両の低速走行時には、車両の高速走行時と比べて、モータが回転中の状態においてモータが発生すべき所定モータトルクが、モータが回転中の状態において主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクを上回ることが想定される場合に該当する可能性は低い。
【0021】
このため、上記の補助電源装置において、前記接続状態設定部は、さらに車両の走行速度に応じて、前記主電源と前記補助電源との間の接続状態を、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定することが好ましい。
【0022】
上記構成によれば、そもそもモータが回転中の状態においてモータが発生すべきモータトルクが、モータが回転中の状態において主電源によってモータが出力可能な最大のモータトルクを上回ることが想定される場合に該当する可能性が低い場合には、主電源と補助電源とを直列に接続する設定をしないようにする等、主電源と補助電源とを直列に接続する状況を適正化することができる。
【0023】
これに対して、車両の進行方向の障害物を避ける等の緊急時に素早い操舵での回避が必要な場合には、素早い操舵を確実に実施させるべく転舵輪を転舵させるための軸力の不足を抑制する必要性は高い。
【0024】
上記の補助電源装置において、前記補助電源の容量は、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定する場合に、前記操舵角度に応じた比ストロークが比較的に大きい状況における緊急時の操舵の際に生じ得ると想定される操舵速度に基づき設定されていることが好ましい。
【0025】
上記構成によれば、緊急時の素早い操舵に対しては、補助電源から電力を供給することで、転舵輪を転舵させるための軸力の不足を抑制することができるようになる。このため、緊急時の素早い操舵を確実に実施させることができる。
【0026】
上記課題を解決するステアリング装置は、上記の補助電源装置と、前記給電対象としての前記モータと、前記主電源と、前記主電源と前記補助電源とを直列に接続する状態に設定する制御装置とを備えている。
【0027】
上記構成によれば、比ストロークが大きな領域で素早い操舵を行った場合において、転舵輪を転舵させる軸力の不足を抑制できるステアリング装置を実現することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明の補助電源装置及びステアリング装置によれば、バリアブルギアレシオのステアリング装置において、操舵フィーリングの低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】電動パワーステアリング装置の概略構成を示す図。
図2】操舵角度と比ストロークとの関係を示すグラフ。
図3】補助電源装置の電気的構成を示す図。
図4】制御部の処理手順を示すフローチャート。
図5】操舵速度と全体軸力との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0030】
補助電源装置を電動パワーステアリング装置(以下、「EPS」という。)に適用した一実施形態について説明する。
図1に示すように、操舵制御装置1の制御対象となるEPS2は、運転者によるステアリングホイール3の操作に基づいて転舵輪4を転舵させる操舵機構5と、操舵機構5にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与するアシスト機構6とを備えている。
【0031】
操舵機構5は、ステアリングホイール3が固定されるステアリング軸11と、ステアリング軸11に連結された転舵軸としてのラック軸12と、ラック軸12が往復動可能に挿通される円筒状のラックハウジング13と、ステアリング軸11の回転をラック軸12の往復動に変換するラックアンドピニオン機構14とを備えている。なお、ステアリング軸11は、ステアリングホイール3が位置する側から順にコラム軸15、中間軸16、及びピニオン軸17を連結することにより構成されている。
【0032】
ラック軸12とピニオン軸17とは、ラックハウジング13内に所定の交差角をもって配置されている。ラックアンドピニオン機構14は、ラック軸12に形成されたラック歯12aとピニオン軸17に形成されたピニオン歯17aとが噛合されることにより構成されている。また、ラック軸12の両端には、その軸端部に設けられたボールジョイントからなるラックエンド18を介してタイロッド19がそれぞれ回動自在に連結されている。タイロッド19の先端は、転舵輪4が組付けられた図示しないナックルに連結されている。したがって、EPS2では、ステアリング操作に伴うステアリング軸11の回転がラックアンドピニオン機構14によりラック軸12の軸方向移動に変換され、この軸方向移動がタイロッド19を介してナックルに伝達されることにより、転舵輪4の転舵角、すなわち車両の進行方向が変更される。
【0033】
ここで、ラック歯12aは、例えば歯のピッチや圧力角等の諸元がラック軸12における軸方向位置に応じて異なるように設定されている。つまり、EPS2は、ステアリング軸11の回転角度に対するラック軸12の移動量である比ストロークSが、ステアリングホイール3の操舵角度θhに応じて変化する所謂バリアブルギアレシオのラックアンドピニオン機構14を採用している。
【0034】
具体的には、図2に示すように、比ストロークSは、操舵角度θhの絶対値が所定の第1操舵角度θh1以下となるステアリング中立位置付近の領域R1では、一定の値S1に設定されている。また、比ストロークSは、操舵角度θhの絶対値が第1操舵角度θh1よりも大きく、かつ所定の第2操舵角度θh2以下の領域R2では、操舵角度θhの絶対値の増大につれて徐々に大きくなるように設定されている。そして、比ストロークSは、操舵角度θhの絶対値が所定の第2操舵角度θh2よりも大きな領域R3では、値S1よりも大きな一定の値S2に設定されている。これにより、操舵角度θhが大きくなるほど、転舵輪4の転舵角が変化しやすくなり、素早く旋回することが可能になっている。
【0035】
図1に示すように、アシスト機構6は、駆動源であるモータ21と、モータ21の回転を伝達する伝達機構22と、伝達機構22を介して伝達された回転をラック軸12の往復動に変換する変換機構23とを備えている。そして、アシスト機構6は、モータ21の回転を伝達機構22を介して変換機構23に伝達し、変換機構23にてラック軸12の往復動に変換することで、モータ21が出力するモータトルクをアシストトルクとして操舵機構5に付与する。なお、本実施形態のモータ21には表面磁石型の三相ブラシレスモータが採用され、伝達機構22にはベルト機構が採用され、変換機構23にはボールネジ機構が採用されている。
【0036】
したがって、EPS2においては、転舵輪4を転舵させるためにラック軸12に作用する軸力(以下、「全体軸力Ft」という。)は、運転者が入力する操舵トルクThに基づく軸力(以下、「操舵軸力Fh」という。)と、モータ21が付与するモータトルクに基づく軸力(以下、「アシスト軸力Fa」という。)との合計になる。なお、全体軸力Ftと、操舵軸力Fhと、アシスト軸力Faとの関係を定義する式として、下記式(1)~(3)を設定している。
【0037】
Ft=Fh+Fa …(1)
Fh=A×Th÷S …(2)
Fa=B×Ta×P÷L …(3)
上記各式において、「A」、「B」は所定の係数をそれぞれ示し、「P」は伝達機構22の減速比を示し、「L」は変換機構23のリードを示し、「S」は比ストロークを示している。
【0038】
本実施形態の電気的構成について説明する。
図1及び図3に示すように、操舵制御装置1は、モータ21に接続されており、その作動を制御する。操舵制御装置1は、駆動回路60及び制御部70を有している。駆動回路60には、モータ21のU相、V相、W相の各相にそれぞれ2つのスイッチング素子を備えた公知の回路が採用されている。制御部70は、図示しない中央処理装置(CPU)やメモリを備えており、所定の演算周期ごとにメモリに記憶されたプログラムをCPUが実行する。これにより、各種の制御が実行される。
【0039】
図1に示すように、操舵制御装置1の制御部70には、車速Vを検出する車速センサ31、及び運転者の操舵によりステアリング軸11に付与された操舵トルクThを検出するトルクセンサ32が接続されている。トルクセンサ32は、ピニオン軸17に設けられている。トルクセンサ32は、トーションバー33の捩れに基づいて操舵トルクThを検出する。また、操舵制御装置1の制御部70には、モータ21の回転角度であるモータ角度θmを360度の範囲内の相対角度で検出する回転角度センサ34が接続されている。操舵トルクTh及びモータ角度θmは、例えば、右方向に操舵した場合に正の値、左方向に操舵した場合に負の値として検出する。そして、制御部70は、これら各センサから入力される各状態量に基づいて、アシスト機構6の作動、すなわち操舵機構5にラック軸12を往復動させるべく付与するモータトルクを制御する。具体的には、制御部70は、操舵トルクTh及び車速Vに基づいてモータ21に発生させるべきモータトルクの目標値である目標モータトルクを演算する。制御部70は、目標モータトルクに応じた電流指令値I*を演算する。そして、制御部70は、電流指令値I*と、モータ21に供給される実際の電流の値をモータ角度θmに基づき変換して得られるdq座標上の電流値との偏差を求め、当該偏差を無くすように電流フィードバック制御を実行することにより、駆動回路60のスイッチング素子に対する指令信号を生成する。これにより、制御部70は、モータ21に対する通電を制御する。なお、モータ21に供給される実際の電流値は、駆動回路60とモータ21との間の給電経路に設けられている図示しない電流センサにより検出される。特許請求の範囲に記載した所定モータトルクは、モータ21に発生させるべきモータトルクに相当する。
【0040】
図3に示すように、EPS2が車両に組み付けられた際、操舵制御装置1は補助電源装置40に接続され、補助電源装置40は主電源50に接続されている。制御部70は、主電源50及び補助電源装置40からの給電を通じて、制御対象であるモータ21の作動を制御することで、運転者のステアリング操作を補助するための各種の制御を実行する。制御部70は、補助電源装置40の給電状態の制御を実行する。主電源50は、給電対象であるモータ21を駆動させるための電力を供給する車載バッテリである。
【0041】
補助電源装置40は、後述の保持状態及び充電状態時の給電経路となる第1ライン43を備えている。第1ライン43は、入力ポート41及び出力ポート42と接続される。
補助電源装置40は、電力を充放電可能な補助電源100を備えている。補助電源100は、主電源50の電力供給を補助する。補助電源100は、主電源50と給電対象であるモータ21との間に接続されている。補助電源100は、正の極性を有した電極板及び負の極性を有した電極板を備えている。補助電源100の負側の電極板100aは第1ライン43と接続されており、補助電源100の正側の電極板100bは後述の昇圧時の給電経路となる第2ライン44と接続されている。補助電源100の負側の電極板100aは、第1ライン43において、第5スイッチング素子(以下、「FET5」と記載する。)を介して入力ポート41と接続されている。なお、本実施形態では、補助電源100として、リチウムイオンキャパシタを採用している。リチウムイオンキャパシタは、耐熱性が良く、寿命が長く、充放電性能が良好で、エネルギー密度が高く、安全性が高いという利点がある。
【0042】
補助電源装置40は、第1スイッチング素子(以下、「FET1」と記載する。)及び第2スイッチング素子(以下、「FET2」と記載する。)を備えている。FET1の一端はグランドと接続されるとともに、FET1の他端はFET2を介して第2ライン44と接続されている。
【0043】
補助電源装置40は、第2ライン44とモータ21との間の接続を切り替えるための第3スイッチング素子(以下、「FET3」と記載する。)及び第1ライン43とモータ21との間の接続を切り替えるための第4スイッチング素子(以下、「FET4」と記載する。)を備えている。FET3は、第2ライン44におけるFET2と出力ポート42との間に設けられている。FET4は、第1ライン43におけるFET5と出力ポート42との間に設けられている。第1ライン43におけるFET5とFET4との間の接続点P2は、FET1とFET2との間の接続点P1と接続されている。第1ライン43における接続点P2とFET4との間の接続点P3は、補助電源100の負側の電極板100aと接続されている。第2ライン44におけるFET2とFET3との間の接続点P4は、補助電源100の正側の電極板100bと接続されている。
【0044】
FET1~FET5には、MOS-FET(metal-oxide-semiconductor field-effect transistor)が採用されている。FET1~FET5のゲートは、制御部70に接続されている。制御部70は、FET1~FET5のゲートに対して駆動信号を出力することにより、駆動信号に応じてFET1~FET5をオン状態とオフ状態との間で切り替える。制御部70は、FET1~FET5のオン状態及びオフ状態を切り替えることによって、補助電源100の動作状態を保持状態、充電状態、及び放電状態の間で切り替える。
【0045】
保持状態は、補助電源100に蓄えられた電力を保持する動作状態である。制御部70は、補助電源100の動作状態を保持状態に切り替える場合、FET1~FET3をオフ状態とするとともに、FET4及びFET5をオン状態とする。この場合、主電源50は、第1ライン43を介してモータ21と接続される。これにより、モータ21には、主電源50から電力が供給される。この場合、補助電源100は、主電源50とモータ21との間で、当該主電源50に対して電気的に接続されていない状態に設定されるように切り替えられる。これにより、補助電源100は、充電している電力を放電せずにそのまま保持する。
【0046】
充電状態は、補助電源100に電力を充電する動作状態である。制御部70は、補助電源100の動作状態を充電状態に切り替える場合、FET3をオフ状態とし、FET4及びFET5をオン状態とし、FET1及びFET2を交互にオフ状態となるようにPWM駆動する。この場合、補助電源100は、主電源50とモータ21との間で、第1ライン43を通じた当該主電源50からのモータ21への給電経路に対して並列に接続する状態に設定されるように切り替えられる。これにより、補助電源100は、電力が充電される。
【0047】
放電状態は、補助電源100から電力を放電する動作状態である。制御部70は、補助電源100の動作状態を放電状態に切り替える場合、FET1、FET2、及びFET4をオフ状態とするとともにFET3及びFET5をオン状態とする。
【0048】
具体的には、FET1、FET2、FET4をオフ状態とするとともにFET3及びFET5をオン状態とする場合、補助電源100の負側の電極板100aは、第1ライン43の接続点P3と接続される。補助電源100の負側の電極板100aは、第1ライン43及びFET5を介して主電源50と接続される。また、補助電源100の正側の電極板100bは、接続点P4と接続される。補助電源100の正側の電極板100bは、第2ライン44及びFET3を介して駆動回路60及びモータ21と接続される。この場合、補助電源100は、主電源50とモータ21との間で、当該主電源50に対して直列に接続する状態に設定されるように切り替えられる。つまり、補助電源100は、主電源50から供給される電力の電圧を昇圧する。これにより、モータ21には、駆動回路60を通じて、主電源50からの電力だけでなく、補助電源100からの電力も供給されることになる。この場合、補助電源100によって昇圧された電力が供給されるので、モータ21が出力可能な最大のモータトルクは、補助電源100から供給される電力の分だけ増加する。本実施形態において、補助電源100の動作状態を切り替えるためのFET1~5は、接続状態設定部に相当する。
【0049】
次に、制御部70の処理手順について図4を用いて説明する。図4に示す処理は、制御部70がメモリに記憶されたプログラムを所定周期で繰り返し実行することにより実現される。制御部70は、例えば、車両の始動スイッチのオンを契機とする制御開始から、始動スイッチのオフを契機とする制御終了までの間に、以下の処理を実行する。なお、ここでは、主電源50が失陥していないことを前提とする。
【0050】
ここで、比ストロークSの大きな領域である領域R3では、特にラック軸12の移動速度が速くなると、アシスト軸力がより大きく必要になるなかで、モータの出力可能なモータトルクが小さくなることから、転舵輪4を転舵させるための全体軸力Ftが不足するおそれがある。つまり、比ストロークSの大きな領域R3で素早い操舵を行う場合には、転舵輪4を転舵させるための全体軸力Ftが不足しやすく、その分操舵トルクThを増して補うことになって操舵フィーリングが低下するおそれがある。これに対処するべく、制御部70は、軸力不足に該当する状況であれば、補助電源100の動作状態を放電状態に切り替えるための機能を有している。軸力不足に該当する状況は、モータ21が回転中の状態においてモータ21が発生すべき所定モータトルクが、モータ21が回転中の状態において主電源50によってモータ21が出力可能な最大のモータトルクを上回ることが想定される場合である。本実施形態において、軸力不足に該当する状況は、比ストロークSの大きい領域R3であり、かつ素早い操舵である条件を満たす状況であり、例えば、比ストロークSの大きい領域R3での車両の進行方向の障害物を避ける等の緊急時の素早い操舵である緊急操舵が該当する。
【0051】
具体的には、図4に示すように、制御部70は、操舵角度θhの絶対値が、操舵角度θhの絶対値の下限値θmin以上、かつ操舵角度θhの絶対値の上限値θmax以下であるか否かを判定する(ステップS11)。ステップS11の処理は、軸力不足に該当する可能性が低い又は該当しない状況を排除することを目的としている。
【0052】
操舵角度θhの絶対値の下限値θminは、比ストロークSが値S2よりも小さい領域である領域R1及び領域R2に対応する角度のうちの最大値に設定されている。つまり、操舵角度θhの絶対値の下限値は、図2の第2操舵角度θh2の正値及び負値の絶対値である。操舵角度θhの絶対値が下限値θmin未満の場合は、軸力不足に該当しない状況である。これに対して、操舵角度θhの絶対値が下限値θmin以上の場合は、軸力不足に該当する可能性がある状況である。
【0053】
また、操舵角度θhの絶対値の上限値θmaxは、ステアリングホイール3がストロークエンドまで最大限操舵された状態である、所謂、エンド当て時における限界操舵角度θhendの正値及び負値の近傍の値として若干小さい値に設定されている。つまり、操舵角度θhの絶対値の上限値は、図2のエンド操舵角度θh3の正値及び負値の絶対値である。エンド当て時は、基本的に車両の低速走行時にしか生じ得ないといえる。車両の低速走行時には、ステアリングホイール3が運転者により素早く操舵されることは想定しにくい。このため、操舵角度θhの絶対値が上限値θmaxよりも大きい場合は、比ストロークSの大きな領域R3であるにもかかわらず軸力不足に該当する可能性が低い状況である。
【0054】
これにより、制御部70は、操舵角度θhの絶対値が下限値θmin未満、あるいは上限値θmaxよりも大きい場合(ステップS11のNO)、軸力不足に該当する可能性が低い又は該当しない状況であると判断して、補助電源100の動作状態を放電状態に切り替えることなく処理を終了する。
【0055】
制御部70は、操舵角度θhの絶対値が、下限値θmin以上、かつ上限値θmax以下である場合(ステップS11のYES)、操舵速度ωの絶対値が、操舵速度ωの絶対値の下限値ωmin以上、かつ操舵速度ωの絶対値の上限値ωmax以下であるか否かを判定する(ステップS12)。ステップS12の処理は、ステップS11の処理と同様、軸力不足に該当する可能性が低い又は該当しない状況を排除することを目的としている。制御部70は、操舵角度θhを微分することで得られる操舵角度θhの変化量である操舵速度ωを演算する。
【0056】
操舵速度ωの絶対値の下限値ωminは、軸力不足の条件を満たすほど素早い操舵ではないとして車両での実験で求められる範囲のなかの操舵速度ωに設定されている。操舵速度ωの絶対値が下限値ωmin未満の場合は、軸力不足に該当しない状況である。これに対して、操舵速度ωの絶対値が下限値ωmin以上の場合は、軸力不足の条件を満たすほど素早い操舵であるとして車両での実験で求められる範囲のなかでの操舵速度ωであるため、軸力不足に該当する可能性がある状況である。
【0057】
また、操舵速度ωの絶対値の上限値ωmaxは、転舵輪4が縁石等に衝突したことに起因して生じさせられてしまうような人の操舵とは考えられない操舵速度ωに設定されている。転舵輪4が縁石等に衝突した場合には、ステアリングホイール3が運転者により素早く操舵されると想定されるよりもさらに早い操舵になると考えられる。一方、転舵輪4が縁石等に衝突した場合には、衝突に応じて生じる軸力と同じだけの全体軸力Ftを確保しなければいけない必要性は低いといえる。このため、操舵速度ωの絶対値が上限値ωmaxよりも大きい場合は、軸力不足の条件を満たすほど素早い操舵であることを示す操舵速度ωであるにもかかわらず軸力不足に該当する可能性が低い状況である。
【0058】
これにより、制御部70は、操舵速度ωの絶対値が下限値ωmin未満、あるいは上限値ωmaxよりも大きい場合(ステップS12のNO)、軸力不足に該当する可能性が低い又は該当しない状況であると判断して、補助電源100の動作状態を放電状態に切り替えることなく処理を終了する。
【0059】
制御部70は、操舵速度ωの絶対値が下限値ωmin以上、かつ上限値ωmax以下である場合(ステップS12のYES)、車速Vが車速閾値V0よりも大きいか否かを判定する(ステップS13)。ステップS13の処理は、ステップS11、S12の処理と同様に、軸力不足に該当する可能性が低い又は該当しない状況を排除することを目的としている。車速閾値V0は、車両が停車している場合を含む車両が低速走行していると考えられる車速Vに設定されている。例えば、車両の停車を含む低速走行時には、ステアリングホイール3が素早く操舵されることは想定しにくい。このため、車速Vが車速閾値V0以下である場合は、軸力不足に該当する可能性は低い状況である。
【0060】
これにより、制御部70は、車速Vが車速閾値V0以下である場合(ステップS13のNO)、軸力不足に該当する可能性が低い又は該当しない状況であると判断して、補助電源100の動作状態を放電状態に切り替えることなく処理を終了する。
【0061】
制御部70は、車速Vが車速閾値V0よりも大きい場合(ステップS13のYES)、軸力不足に該当する可能性があると判断して、電流指令値I*がモータ21に供給可能な電流値である閾値I0よりも大きいか否かを判定する(ステップS14)。ステップS14にて、制御部70は、操舵角度θh及び操舵速度ωに基づいて、閾値I0を演算する。
【0062】
具体的には、制御部70は、図2に示す操舵角度θhと比ストロークSとの関係に基づいて、操舵角度θhから現在の比ストロークSを演算する。そして、制御部70は、操舵角度θhに応じた比ストロークSでの操舵速度ωとモータ21の回転速度ωmとの関係を用いて、その時の操舵速度ωに応じたモータ21の回転速度ωmを演算により得る。なお、制御部70の図示しないメモリには、モータ21の回転速度ωmとモータトルクに対応する電流の値との関係であるI-ω特性が記憶されている。I-ω特性は、モータ21のモータトルクについてモータ21の回転数との関係である周知のN-T特性に応じて得られるものである。制御部70は、I-ω特性を用いて、演算により得たその時のモータ21の回転速度ωmでモータ21が出力可能な最大のモータトルクに対応する電流の値を算出し、当該値を閾値I0として決定する。より詳しくは、モータ21の回転速度ωmと、モータ21が回転速度ωmで回転中の状態において電源によってモータ21が出力可能な最大のモータトルクに対応する電流の値との関係を定義する式として、下記式(4)を設定している。
【0063】
Imax=(Sv-K×ωm)÷Ω …(4)
ここで、「Imax」はモータ21が出力可能な最大のモータトルクに対応する電流の値を示し、「Sv」は電源がモータ21に供給可能な電圧を示し、「K」はモータ21の逆起電圧定数を示し、「Ω」はモータ21の巻線抵抗を示している。このうち、「K」及び「Ω」はモータ21固有の係数である。なお、「Sv」は、補助電源100の動作状態が放電状態以外に切り替えられている場合には主電源50が単独でモータ21に供給可能な電圧を示し、補助電源100の動作状態が放電状態に切り替えられている場合には主電源50及び補助電源100の両方でモータ21に供給可能な電圧を示している。
【0064】
これにより、制御部70は、電流フィードバック制御の前段の演算で得られる電流指令値I*がその時の閾値I0以下である場合(ステップS14のNO)、軸力不足に該当しないと判断して、補助電源100の動作状態を放電状態に切り替えることなく処理を終了する。
【0065】
制御部70は、電流フィードバック制御の過程で得られる電流指令値I*がその時の閾値I0よりも大きい場合(ステップS14のYES)、軸力不足に該当すると判断して、補助電源100の動作状態を放電状態に切り替える(ステップS15)。
【0066】
本実施形態において、補助電源100の容量つまり供給電圧は、上記式(4)を用いて設定されている。補助電源100の容量は、放電状態に切り替えられた場合に、上記式(4)を用いて、比ストロークSが大きい領域R3での緊急操舵の際に生じ得ると想定される操舵速度と、緊急操舵の際にモータ21が発生すべきモータトルクの最大値に対応したモータ電流とを入力した際の「Sv」から主電源50の容量を引いた値に設定されている。緊急操舵の際に生じ得ると想定される操舵速度や緊急操舵の際にモータ21が発生すべきモータトルクの最大値は、車両での実験で求められる範囲の値として設定されている。このモータトルクの最大値に対応したモータ電流が供給可能なように、補助電源100の供給可能電流が設定されている。
【0067】
なお、主電源50の容量つまり供給電圧は、上記式(4)の「Sv」に応じて設定されている。すなわち、上記式(4)の「Sv」が車両の電源の電圧以下となるよう、比ストロークSが大きい領域R3での緊急操舵でない通常操舵の際に生じ得ると想定される操舵速度と、通常操舵の際にモータ21が発生すべきモータトルクの最大値と、モータ21の逆起電圧定数Kと、モータ21の巻線抵抗Ωとが設定されている。通常操舵の際に生じ得ると想定される操舵速度や通常操舵の際にモータ21が発生すべきモータトルクの最大値は、車両での実験で求められる範囲の値として設定されている。このモータトルクの最大値に対応したモータ電流が供給可能なように、主電源50の供給可能電流が設定されている。
【0068】
本実施形態の作用を説明する。
モータ21のN-T特性は、モータ21の回転数、すなわちモータ21の回転速度の増大に基づいて、主電源50によってモータ21が出力可能な最大のモータトルクが徐々に減少する傾向を示す。運転者によるステアリング操作の操舵速度ωが同じ場合でも、比ストロークSが大きくなると比ストロークSが小さいときと比べて、ラック軸12の移動速度が速くなる。EPS2では、モータ21は変換機構23及び伝達機構22を介してラック軸12に機械的に連結されていることから、ラック軸12の移動速度が速くなることに伴い、当該モータ21の回転数、すなわち回転速度ωmが増加する。モータ21の回転速度ωmが増加すると、モータ21のモータトルクについて、モータ21の回転数との関係である、周知のN-T特性上、主電源50によってモータ21が出力可能なモータトルクに基づくアシスト軸力Faが小さくなる。
【0069】
図5は、一点鎖線、二点鎖線の各線で示すように、主電源50によってモータ21が出力可能な最大のモータトルクを出力するなかで、上記式(1)で示される全体軸力Ftの操舵速度ωに対する特性を示し、全体軸力Ftが操舵速度ωの増大に基づいて減少する特性を有する。そして、本実施形態のEPS2は、バリアブルギアレシオのEPSとして構成されているため、操舵トルクThの大きさが同じであっても、比ストロークSの大きな領域R3では比ストロークSの小さな領域R1及び領域R2よりも、ラック軸12に作用する操舵軸力Fhが小さくなる。
【0070】
この場合、図5中、二点鎖線で示した比ストロークSが大きい領域R3での全体軸力Ftの特性は、図5中、一点鎖線で示した比ストロークSが小さい領域R1及び領域R2での全体軸力Ftよりも小さくなる。つまり、比ストロークSが大きい領域R3では、比ストロークSが小さい領域R1及び領域R2と同じだけの全体軸力Ftを得ようとしても、操舵軸力Fhが小さくなる分だけ全体軸力Ftが不足することになる。
【0071】
さらに、比ストロークSの大きな領域R3では、特にラック軸12の移動速度が速くなると、操舵軸力Fhがより小さくなるなかで、主電源50によってモータ21の出力可能なモータトルクが小さくなることから、転舵輪4を転舵させるための全体軸力Ftが不足することになる。
【0072】
要するに、比ストロークSの大きな領域R3で素早い操舵を行う場合には、転舵輪4を転舵させるための全体軸力Ftが不足しやすく、操舵に必要な操舵トルクThが増加する。このため、ステアリングホイール3の操舵を運転者が重く感じ、操舵フィーリングが低下するおそれがある。
【0073】
この点、本実施形態では、軸力不足に該当する場合には、補助電源100と主電源50との間で、補助電源100が主電源50に対して直列に接続する状態に設定されるように切り替えられる。これにより、モータ21に対しては、駆動回路60を通じて、主電源50からの電力だけでなく、補助電源100からの電力も供給されることになる。この場合、補助電源100によって昇圧された電力が供給されるので、モータ21が出力可能な最大のモータトルクは、補助電源100から供給される電力の分だけ増加する。このため、操舵速度ωの高い領域でモータ21が出力可能な最大のモータトルクが大きくなる。この場合、比ストロークSが大きい領域R3での全体軸力Ftの特性は、図5中、二点鎖線で示す特性に対して、図5中、実線の矢印で示す如く操舵速度ωが増大する側にずれるように変化し、より大きい全体軸力Ftを確保することができるようになる。
【0074】
このことから、比ストロークSが大きな領域R3で、ラック軸12の移動速度が速くなるような操舵であって、軸力不足に該当する場合であっても、全体軸力Ftの不足を抑制できる。このため、比ストロークSが大きな領域R3で素早い操舵を行った場合のような、転舵輪4を転舵させるための全体軸力Ftが不足しやすい場合であっても、転舵輪4を転舵させる全体軸力Ftが不足することを抑制できる。
【0075】
本実施形態の効果を説明する。
(1)軸力不足に該当する場合であっても、転舵輪4を転舵させる全体軸力Ftが不足することを抑制できるため、バリアブルギアレシオのステアリング装置において、操舵フィーリングの低下を抑制することができる。したがって、比ストロークSが大きな領域R3で素早い操舵を行った場合において、転舵輪4を転舵させる全体軸力Ftの不足を抑制できるEPS2を実現することができる。
【0076】
(2)本実施形態によれば、補助電源100の動作状態の切り替えをモータ21の出力状態に応じて判断することから、軸力不足に該当するか否かを適切に判断することができる。
【0077】
(3)本実施形態では、電流指令値I*と、閾値I0との比較を通じて、軸力不足に該当するか否かを判断する。ここで、操舵角度θhに応じた比ストロークSでの操舵速度ωとモータ21の回転速度ωmとの関係を用いて、その時の操舵速度ωに応じたモータ21の回転速度ωmを得ることができる。続いて、モータ21のモータトルクについてモータ21の回転数との関係である周知のN-T特性に応じて得られる、モータ21の回転速度ωmとモータトルクに対応する電流の値との関係を用いて、その時のモータ21の回転速度ωmで主電源50によってモータ21が出力可能な最大のモータトルクに対応する電流の値を得ることができる。こうして得られた主電源50によってモータ21が出力可能な最大のモータトルクに対応する電流の値が閾値I0として決定される。このようにして得られた閾値I0を軸力不足に該当するか否かの判断に用いることで、軸力不足に該当するか否かをより適切に判断することができる。
【0078】
(4)操舵角度θhが操舵角度θhの絶対値の上限値を上回る場合のような、エンド当て時は、軸力不足に該当する可能性が低い状況である。このため、比ストロークSの大きい領域R3であったとしても、エンド当て時には補助電源100の動作状態を放電状態に切り替えないようにすることで、主電源50と補助電源100とを直列に接続する状況を適正化している。
【0079】
(5)操舵速度ωが操舵速度ωの絶対値の上限値を上回る場合のような、転舵輪4が縁石等に衝突したことに起因して生じさせられてしまうような人の操舵とは考えられない操舵速度ωの場合は、軸力不足に該当する可能性が低い状況である。このため、ステアリングホイール3が素早く操舵されたとしても、転舵輪4が縁石等の衝突時には補助電源100の動作状態を放電状態に切り替えないようにすることで、主電源50と補助電源100とを直列に接続する状況を適正化している。
【0080】
(6)車両の停車を含む低速走行時は、軸力不足に該当する可能性は低い状況である。このため、車両の低走行時には補助電源100の動作状態を放電状態に切り替えないようにすることで、主電源50と補助電源100とを直列に接続する状況を適正化している。
【0081】
(7)緊急時の素早い操舵に対しては、補助電源100から電力を供給することで、転舵輪4を転舵させるための全体軸力Ftの不足を抑制することができるようになる。このため、緊急時の素早い操舵を確実に実施させることができる。
【0082】
(8)車両が凍結路等の低摩擦路を走行している場合や、車両がジャッキアップされている場合の操舵時は、軸力不足に該当しない状況である。例えば、車両が低摩擦路を走行している場合には、転舵輪4と路面との間の摩擦力が小さく当該転舵輪4の転舵に必要な軸力自体が小さいため、転舵輪4を転舵させるための全体軸力Ftが不足することは想定しにくい。このような状況では、電流指令値I*は閾値I0を下回ることになるので、補助電源100の動作状態が放電状態に切り替えられることがなくなる。つまり、軸力不足に該当するか否かの判断では、電流指令値I*と閾値I0との比較をすることで、軸力不足に該当するか否かをより適切に判断することができる。
【0083】
上記実施形態は次のように変更してもよい。また、以下の他の実施形態は、技術的に矛盾しない範囲において、互いに組み合わせることができる。
・上記ステップS11の処理では、軸力不足に該当することが少なくともエンド当て時に判断されなければよく、操舵角度θhの下限値θminを設定しなくてもよい。
【0084】
・上記ステップS12の処理では、軸力不足に該当することが少なくとも転舵輪4が縁石等の衝突時に判断されなければよく、操舵速度ωの下限値ωminを設定しなくてもよい。
【0085】
・軸力不足に該当するか否かを判定する処理としては、少なくとも上記ステップS14の処理を有していればよく、上記ステップS11~S13の処理については削除してもよい。上記ステップS11~S13の処理を全て削除する場合には、比ストロークSが大きい領域R3で素早い操舵が行われた場合に、基本的に軸力不足に該当することを判断するようになる。
【0086】
・上記ステップS14の処理では、電流指令値I*の代わりに、モータ21に供給される実際の電流値の値を用いたり、モータ21の回転速度ωmを用いたり、モータ21の出力状態に関する状態変数を用いるようにすればよい。
【0087】
・上記ステップS14の処理では、モータ21の回転速度ωm等のモータ21の出力状態の代わりに、モータ21の出力状態以外のステアリング軸11の操舵角度や操舵速度を用いて、軸力不足に該当することを判断するようにしてもよい。この場合、ステアリング軸11の操舵角度や操舵速度は、例えば、ステアリング軸11に設けられるステアリングセンサから取得される。
【0088】
・軸力不足に該当する状況としては、電流指令値I*が閾値I0以下で、当該閾値I0に近付きつつある状況を想定するようにしてもよい。これは、閾値I0を操舵角度θh及び操舵速度ωに基づき実際に演算で得られた値から若干小さい値とすることでも実現することができる。
【0089】
・上記ステップS14の処理では、電流指令値I*の代わりに、目標モータトルクを用いるようにしてもよい。この場合、制御部70の図示しないメモリには、周知のN-T特性を記憶しておき、当該N-T特性を用いて閾値を得るようにしてもよい。この閾値は、モータの回転速度ωmに基づき得られる回転数でのモータ21が出力可能な最大のモータトルクを示す。
【0090】
・補助電源100の容量は、軸力不足に該当する状況として、比ストロークSが大きい領域R3での緊急操舵よりも軸力が小さい状況を想定するならば、その想定する状況に合わせて上記実施形態よりも小さい容量に設定してもよい。
【0091】
・補助電源100の動作状態の切り替えは、操舵制御装置1の制御部70が制御したが、補助電源装置40が備える制御装置や、補助電源装置40を含む電源を統括的に制御する制御装置が制御するようにしてもよい。
【0092】
・補助電源100としては、リチウムイオンキャパシタの代わりに、電気二重層キャパシタ(EDLC)であってもよいし、リチウムイオン電池や、鉛蓄電池を用いてもよい。
・スイッチング素子(FET1~FET5)の一部、あるいは全ては、MOS-FET以外のスイッチング素子、例えば、IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)等であってもよい。
【0093】
・領域R1での比ストロークSは、領域R3での比ストロークSよりも大きい構成であってもよい。
・比ストロークSは、一定の値を維持する領域を3つ以上有する構成であってもよい。
【0094】
・モータ21は、3相ブラシレスモータに限らず、例えば、ブラシ付きモータであってもよい。
・EPS2は、ラック軸12のラック歯12aの諸元を一定に設定し、モータを駆動源として比ストロークSを可変させる比ストローク可変機構を備えるEPSであってもよい。
【0095】
・補助電源装置40を適用したEPS2は、例えば、伝達機構22としてウォーム減速機等の減速機を採用し、変換機構23としてラックアンドピニオン機構を採用したEPSであってもよい。また、EPS2は、アシスト機構6が変換機構23を備えず、ステアリング軸11にモータトルクを付与するEPSとしてもよい。また、補助電源装置40をEPS2に適用するのに限らず、補助電源装置40を例えばステアバイワイヤ式のステアリング装置に適用してもよい。また、これらのステアリング装置が搭載される車両は、様々な運転支援機能や自動運転機能を実現する自動運転システムが搭載されたものであってもよい。
【0096】
・制御部70は、目標モータトルクを演算する際、操舵トルクThの代わりに、操舵角度θhを用いたり、上記自動運転システムの指令値を用いたりするようにしてもよい。
・上記実施形態において、制御部70を構成するCPUは、コンピュータプログラムを実行する1つ以上のプロセッサ、あるいは各種処理のうち少なくとも一部の処理を実行する特定用途向け集積回路等の1つ以上の専用ハードウェア回路、あるいは上記プロセッサ及び上記専用ハードウェア回路の組み合わせを含む回路として実現してもよい。また、メモリには、汎用または専用のコンピュータでアクセスできるあらゆる利用可能な媒体によって構成してもよい。
【符号の説明】
【0097】
1…操舵制御装置
2…EPS
3…ステアリングホイール
4…転舵輪
12…ラック軸
21…モータ
40…補助電源装置
50…主電源
100…補助電源
θh…操舵角度
ω…操舵速度
I*…電流指令値
S…比ストローク
図1
図2
図3
図4
図5