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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】制振合金およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231121BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20231121BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20231121BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20231121BHJP
   C22C 19/03 20060101ALI20231121BHJP
   C22C 18/00 20060101ALN20231121BHJP
【FI】
C22C38/00 302T
C22C30/00
C21D9/46 P
C21D9/46 Z
C22C38/60
C22C19/03 G
C22C18/00
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020180930
(22)【出願日】2020-10-28
(65)【公開番号】P2022071775
(43)【公開日】2022-05-16
【審査請求日】2022-05-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100179589
【弁理士】
【氏名又は名称】酒匂 健吾
(72)【発明者】
【氏名】川崎 由康
(72)【発明者】
【氏名】中垣内 達也
(72)【発明者】
【氏名】横田 毅
(72)【発明者】
【氏名】船川 義正
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-006353(JP,A)
【文献】特開2007-321243(JP,A)
【文献】特開平05-255813(JP,A)
【文献】特開2010-043304(JP,A)
【文献】特開平04-329850(JP,A)
【文献】特開平02-185951(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第109266973(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 30/00-30/06
C22C 19/03
C21D 8/00- 8/10
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:1.20%以下およびNi:3.0%以上30.0%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するとともに、
オーステナイトの面積率が5.0%以上70.0%未満、レンズ状マルテンサイトの面積率が30.0%以上90.0%以下、該オーステナイトの平均結晶粒径が20μm以下の金属組織を有し、
引張強さ(TS)が540MPa以上であり、内部摩擦値Q -1 が3.0×10 -4 以上である、制振合金。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、Mn:30.0%以下を含有する、請求項1に記載の制振合金。
【請求項3】
前記成分組成が、さらに質量%で、
Si:2.00%以下、P:0.1000%以下、S:0.0500%以下、Al:5.000%以下、N:0.0100%以下、Ti:0.200%以下、Nb:0.200%以下、V:0.100%以下、B:0.0100%以下、Cu:1.00%以下、Cr:1.000%以下、Mo:0.50%以下、W:0.500%以下、Sb:0.200%以下、Sn:0.200%以下、Ta:0.100%以下、Pb:0.1000%以下、Bi:0.1000%以下、Se:0.1000%以下、Te:0.1000%以下、Ge:0.1000%以下、As:0.1000%以下、Sr:0.0200%以下、Cs:0.0200%以下、Zn:0.020%以下、Co:0.020%以下、Ca:0.0200%以下、Ce:0.0200%以下、Mg:0.0200%以下、Zr:0.020%以下、Hf:0.0100%以下およびREM:0.0200%以下のうちから選んだ1種または2種以上を含有する、請求項1または2に記載の制振合金。
【請求項4】
前記レンズ状マルテンサイトの個数が2.6×10-2個/μm以上である、請求項1~3のいずれかに記載の制振合金。
【請求項5】
表面にめっき層を有する、請求項1~4のいずれかに記載の制振合金。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の制振合金を製造するための方法であって、
請求項1~3のいずれかに記載の成分組成を有する素材合金を、800℃以上1300℃以下の温度域で30分以上保持する、焼鈍処理工程と、
ついで、該素材合金を、冷却開始温度から200℃までの温度域における平均冷却速度が1℃/秒以上で、室温まで冷却する、第1冷却工程と、
ついで、該素材合金を、室温から、Ms点以下でかつ-40℃以下の温度域まで冷却したのち、該Ms点以下でかつ-40℃以下の温度域において10分以上保持する、第2冷却工程と、
ついで、該素材合金を、室温まで昇温する、昇温工程と、をそなえる、制振合金の製造方法。
ここで、Ms点は、次式により定義される。
Ms点(℃)=550-361×C-17×Ni-39×Mn
式中、C、NiおよびMnはそれぞれ、素材合金に含有されるC、NiおよびMn含有量(質量%)である。
【請求項7】
前記昇温工程後、めっき処理を行う工程を、さらにそなえる、請求項6の記載の制振合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制振合金およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
振動や騒音を低減する材料の1つとして、制振合金が挙げられる。制振合金の振動減衰(ダンピング)メカニズムは、振動エネルギーを当該合金内部で熱エネルギーに変換して、振動を減衰させるというものである。
【0003】
このような制振合金として、例えば、特許文献1には、
「厚さ1.6mm以上の表裏鋼板間に厚さ0.05~5mmの樹脂を局部充填し、かつ、その鋼板の四辺のうち少なくとも一辺において、樹脂の外側の前記表裏鋼板間に、溶融または分解温度が1050℃以上の耐熱性材料からなる、10mm以上で鋼板四周内の対応する辺長さの10%以下の幅のインシュレーターを配置したことを特徴とする、溶接施工性に優れた樹脂サンドイッチ型制振鋼板。」
が開示されている。
【0004】
特許文献1に開示されるような樹脂サンドイッチ型制振鋼板は、表裏鋼板間の樹脂のずり変形によって振動を減衰させるので、高い制振性能を有する。しかし、鋼材-樹脂-鋼材のサンドイッチ構造にするため、製造性やコストに劣り、また、成形性や溶接性も十分とは言えない。
【0005】
そのため、特許文献1に開示されるような樹脂サンドイッチ型制振鋼板の適用範囲には限界があり、用途によっては、1つの材質で一体として(例えば、1枚板として)製造でき、かつ、高い制振性能を有する制振合金が必要とされている。
【0006】
このような1つの材質で一体として製造できる制振合金に関する技術として、例えば、特許文献2には、
「重量%で、C:0.03%以下、Si:0.01~3.5%、Mn:0.3~3%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、Cr:0.01~5%、Al:0.002~3.5%、N:0.01%以下を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなる鋼片を、1000~1200℃で加熱し、950℃以下の累積圧下率が30~80%で圧延仕上げ温度が800~900℃の熱間圧延を行い、引き続き冷却速度が5~100℃/sの加速冷却を700℃以上から開始し600℃以上で終了し、さらに0.5℃/s以下の冷却速度で100℃以下まで空冷あるいは徐冷することを特徴とする高靭性制振合金の製造方法。」
が開示されている。
【0007】
また、特許文献3には、
「質量%で、C:0.005%以下、Si:1.0%未満、Mn:0.05~1.5%、P:0.2%以下、S:0.01%以下、Sol.Al:1.0%未満、N:0.005%以下を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、かつ平均結晶粒径が50μm以上300μm以下、最大比透磁率が4000以上、残留磁束密度が1.10T以下であることを特徴とする板厚2.0mm以下の制振合金薄板。」
が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平11-254583号公報
【文献】特開2001-107135号公報
【文献】特開2007-254880号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】”Microstructure and Mechanical Behaviour of Ferrous Martensite”, T. Maki, Materials Science Forum (Volumes 56-58) P.157-168
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献2および特許文献3の技術に係る制振合金はいずれも、Feベースの強磁性型制振合金である。強磁性型制振合金では、振動による交番応力作用下で生じる磁壁移動の非可逆運動によるヒステリシスに起因して、振動が減衰される。
【0011】
ところで、近年、振動や騒音を低減するニーズは、建築、船舶、橋梁、産業機械などのいわゆる厚物材を用いる分野に加えて、自動車や電機などのいわゆる薄物材を用いる分野においても高まっている。
【0012】
ここで、自動車や電機などの分野では、制振性能に加え、耐力および耐衝撃特性の向上や薄肉軽量化の観点から、強度も求められる。しかし、強磁性型制振合金の金属組織は、通常、フェライト単相組織により構成される。そのため、特許文献2および特許文献3の技術に係る制振合金では、自動車や電機などの分野で求められる強度、特には、引張強さ(TS)で540MPa以上の強度が得られないという問題があった。
【0013】
本発明は、上記の問題を解決するために開発されたものであって、1つの材質で一体として製造でき、かつ、高い制振性能と高い強度とを兼備した制振合金を提供することを目的とする。
また、本発明は、上記の制振合金の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
さて、発明者らは、上記の目的を達成すべく、鋭意検討を重ねた。
まず、発明者らは、特許文献2および特許文献3の技術に係る制振合金のような強磁性型制振合金を、転位強化や析出強化により高強度化することを試みた。
上述したように、強磁性型制振合金では、振動による交番応力作用下で生じる磁壁移動の非可逆運動によるヒステリシスに起因して、振動が減衰される。そのため、転位強化や析出強化により、転位や析出物が増加すると、これらが磁壁移動の障害物となって制振性能が低下してしまう。
【0015】
そこで、発明者らは、強磁性型制振合金とは異なる振動減衰メカニズム、特には、材料内部の転位の移動や不純物原子と転位との相互作用によって発現する、転位型の振動減衰メカニズムに着目した。
すなわち、不純物原子により固着(ピン止め)された転位に外力が働くと、転位が円弧状に張り出す。これに伴い、応力が急激に増加する。そして、さらに外力が大きくなると、ひずみが急激に増加する。その後、さらに外力を加えると、ひずみの増加に伴って応力が増加する。そして、外力が除荷されると、応力およびひずみともに元に戻る。このとき応力-ひずみ曲線に大きなヒステリシスループが形成され、これによって、振動エネルギーが吸収される、つまり、振動が減衰される。
【0016】
発明者らは、種々の実験を行い、転位型の振動減衰メカニズムを活用するうえで、有利となる金属組織を検討したところ、オーステナイトを活用することが有効であると考えるに至った。
【0017】
しかし、オーステナイトだけでは、高い制振性能と高い強度とを両立することはできなかった。
そのため、発明者らは、複合組織化、特には、オーステナイトと、高強度化の点で有利になると考えられ、bcc(体心立方構造)またはbct(体心正方構造)の結晶構造を有するマルテンサイトとの複合組織化を検討した。しかし、オーステナイトと一般的なラス状マルテンサイトとの複合組織では、高い制振性能と高い強度とを両立することはできなかった。
【0018】
そこで、発明者らは、マルテンサイト変態開始温度によって、マルテンサイトの形態が変化することに着目し、ラス状マルテンサイト以外の形態のマルテンサイトを活用することを試みた。
その結果、オーステナイトとレンズ状マルテンサイトの複合組織としたうえで、これらの面積率を適正に制御し、かつ、オーステナイトを微細化する、具体的には、オーステナイトの面積率を5.0%以上70.0%未満、レンズ状マルテンサイトの面積率を30.0%以上90.0%以下の範囲とし、オーステナイトの平均結晶粒径を20μm以下に制御することにより、高い制振性能と高い強度とを両立できることを知見した。
【0019】
なお、発明者らは、この理由について、以下のように考えている。
マルテンサイトは、マルテンサイト変態開始温度(以下、Ms点ともいう)によって、その形態が変化し、マルテンサイト変態開始温度が高い方から順に、図1に示すようなラス状マルテンサイト、バタフライ状マルテンサイト、レンズ状マルテンサイト(狭義のレンズ状マルテンサイト)および薄板状マルテンサイトが生成する(非特許文献1参照)。
すなわち、Feを主体とする合金では、一般的に、フェライトからマルテンサイトへの変態(マルテンサイト変態)が生じると、体積が膨張する。この際に生じる形状ひずみを緩和するため、マルテンサイト内部には高密度の格子欠陥が発生する。格子欠陥の種類は、転位および双晶であり、マルテンサイト変態開始温度に応じて転位から双晶へと変化する。
ここで、一般的なラス状マルテンサイトでは、Ms点が高いので、形状ひずみを緩和するために転位の多重すべりが生じている。そのため、ラス状マルテンサイト内部の転位密度は非常に高い。
一方、レンズ状マルテンサイト(狭義のレンズ状マルテンサイト)は、中心部において、主に、高密度の双晶を含む領域(ミドリブ)と、ミドリブとマルテンサイト-オーステナイト境界との間で転位の単一すべりまたは二重すべりが生じている領域(部分双晶領域および非双晶領域)とから構成されており、マルテンサイト-オーステナイト境界近傍では、転位の多重すべりが生じている。
なお、バタフライ状マルテンサイトでは、狭義のレンズ状マルテンサイトと同様、転位および双晶が生じている。また、薄板状マルテンサイトは、形状ひずみを緩和するため、双晶が生じており、レンズ状マルテンサイトの中心部に存在するミドリブに相当する領域から構成される。
以下、狭義のレンズ状マルテンサイトに、バタフライ状マルテンサイトを含めたものを、広義のレンズ状マルテンサイトと呼ぶ。また、単に「レンズ状マルテンサイト」という場合には、広義のレンズ状マルテンサイトを意味するものとする。
【0020】
転位型の振動減衰メカニズムを活用する場合、転位は、不動転位ではなく、可動転位である必要がある。
ラス状マルテンサイトは、上述したように、転位密度が高いものの、転位の多重すべりが生じているため、不動転位が多い。
一方、レンズ状マルテンサイトでは、ラス状マルテンサイトに比べて、転位の単一すべりまたは二重すべりが多数生じているので、可動転位も多くなる。また、レンズ状マルテンサイトは、ミドリブなどの双晶も有するので、双晶型の振動減衰メカニズムによる、振動減衰効果も得られる。
さらに、オーステナイトを微細化することにより、オーステナイトとレンズ状マルテンサイトの境界量が増加する。オーステナイトとレンズ状マルテンサイトの境界でも、振動エネルギーが吸収されるので、オーステナイトを微細化することによっても、振動減衰効果が得られる。
そのため、オーステナイトとレンズ状マルテンサイトの複合組織としたうえで、その面積率を適正に制御し、かつ、オーステナイトを微細化することの相乗効果により、高い制振性能と高い強度とが両立される、と発明者らは考えている。
【0021】
そして、発明者らは、上記の複合組織を得るべく、種々の成分組成および製造条件を検討したところ、
(1)Ni:3.0%以上30.0%未満を含有させたNi-Feベースの合金成分とし、
(2)そのうえで、製造工程において、特に、焼鈍処理工程後に、素材合金を一旦室温まで急冷し、その後さらに、レンズ状マルテンサイトのマルテンサイト変態開始温度であるMs点以下でかつ-40℃以下の低温域に冷却し、その温度域で一定時間保持する、
ことにより、金属組織を微細なオーステナイトとレンズ状マルテンサイトの複合組織として、高い制振性能と高い強度とが両立されるとの知見を得た、
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。
【0022】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、C:1.20%以下およびNi:3.0%以上30.0%未満を含有する成分組成を有するとともに、
オーステナイトの面積率が5.0%以上70.0%未満、レンズ状マルテンサイトの面積率が30.0%以上90.0%以下、該オーステナイトの平均結晶粒径が20μm以下の金属組織を有し、
引張強さ(TS)が540MPa以上である、制振合金。
【0023】
2.前記成分組成が、さらに、質量%で、Mn:30.0%以下を含有する、前記1に記載の制振合金。
【0024】
3.前記成分組成が、さらに質量%で、
Si:2.00%以下、P:0.1000%以下、S:0.0500%以下、Al:5.000%以下、N:0.0100%以下、Ti:0.200%以下、Nb:0.200%以下、V:0.100%以下、B:0.0100%以下、Cu:1.00%以下、Cr:1.000%以下、Mo:0.50%以下、W:0.500%以下、Sb:0.200%以下、Sn:0.200%以下、Ta:0.100%以下、Pb:0.1000%以下、Bi:0.1000%以下、Se:0.1000%以下、Te:0.1000%以下、Ge:0.1000%以下、As:0.1000%以下、Sr:0.0200%以下、Cs:0.0200%以下、Zn:0.020%以下、Co:0.020%以下、Ca:0.0200%以下、Ce:0.0200%以下、Mg:0.0200%以下、Zr:0.020%以下、Hf:0.0100%以下およびREM:0.0200%以下のうちから選んだ1種または2種以上を含有する、前記1または2に記載の制振合金。
【0025】
4.前記レンズ状マルテンサイトの個数が2.6×10-2個/μm以上である、前記1~3のいずれかに記載の制振合金。
【0026】
5.表面にめっき層を有する、前記1~4のいずれかに記載の制振合金。
【0027】
6.前記1~5のいずれかに記載の制振合金を製造するための方法であって、
前記1~3のいずれかに記載の成分組成を有する素材合金を、800℃以上1300℃以下の温度域で30分以上保持する、焼鈍処理工程と、
ついで、該素材合金を、冷却開始温度から200℃までの温度域における平均冷却速度が1℃/秒以上で、室温まで冷却する、第1冷却工程と、
ついで、該素材合金を、室温から、Ms点以下でかつ-40℃以下の温度域まで冷却したのち、該Ms点以下でかつ-40℃以下の温度域において10分以上保持する、第2冷却工程と、
ついで、該素材合金を、室温まで昇温する、昇温工程と、をそなえる、制振合金の製造方法。
ここで、Ms点は、次式により定義される。
Ms点=550-361×C-17×Ni-39×Mn
式中、C、NiおよびMnはそれぞれ、素材合金に含有されるC、NiおよびMn含有量(質量%)である。
【0028】
7.前記昇温工程後、めっき処理を行う工程を、さらにそなえる、前記6の記載の制振合金の製造方法。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、1つの材質で一体として製造でき、かつ、高い制振性能と高い強度とを兼備した制振合金を得ることができるので、自動車などの部材に適用して極めて有利である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】マルテンサイトの各種形態を示す模式図である。
図2】EBSDによる測定結果の一例を示す模式図である。
図3】制振性能の評価要領を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明を、以下の実施形態に基づき説明する。
まず、本発明の一実施形態に係る制振合金について、説明する。なお、成分組成における単位はいずれも「質量%」であるが、以下、特に断らない限り、単に「%」で示す。
【0032】
C:1.20%以下
Cは、上記したオーステナイトとレンズ状マルテンサイトの複合組織を得るうえで、有用な元素である。また、強度の向上を図るうえでも有用な元素である。よって、C含有量は0.04%以上とすることが好ましい。C含有量は、より好ましくは0.05%以上である。しかし、C含有量が1.20%を超えると、オーステナイトが過度に安定化して、所定量のレンズ状マルテンサイトを生成させることができなくなり、結果的に、高い制振性能と高い強度とを両立できなくなる。
したがって、C含有量は1.20%以下とする。また、C含有量は、好ましくは0.80%以下である。
【0033】
Ni:3.00%以上30.0%未満
Niは、上記したオーステナイトとレンズ状マルテンサイトの複合組織を得るうえで、不可欠な元素である。
すなわち、Ni含有量を3.00%以上とすることにより、所定量のオーステナイトとレンズ状マルテンサイトが得られ、その結果、高い制振性能と高い強度とを両立することが可能となる。しかし、Niは高価な元素なので、Ni含有量が30.0%以上になると、大幅なコストの増加を招く。また、Ni含有量が過度に増加すると、Ms点が大きく低下し、製造コストが高くなる。
したがって、Ni含有量は3.00%以上30.0%未満とする。Ni含有量は、好ましくは4.00%以上、より好ましくは4.50%以上である。また、Ni含有量は、好ましくは25.0%以下、より好ましくは20.0%以下である。
【0034】
以上、本発明の一実施形態に係る制振合金の基本成分組成について説明したが、さらに、Mn:30.0%以下を含有させることができる。
【0035】
Mn:30.0%以下
Mnは、上記したオーステナイトとレンズ状マルテンサイトの複合組織を得るうえで、有用な元素である。また、強度の向上を図るうえでも有用な元素である。よって、Mn含有量は0.10%以上とすることが好ましい。Mn含有量は、より好ましくは1.50%以上である。しかし、Mn含有量が30.0%を超えると、オーステナイトが過度に安定化して、所定量のレンズ状マルテンサイトを生成させることができなくなり、結果的に、高い制振性能と高い強度とを両立できなくなるおそれがある。
したがって、Mnを含有させる場合、Mn含有量は30.0%以下とすることが好ましい。Mn含有量は、より好ましくは20.0%以下である。
【0036】
本発明の一実施形態に係る制振合金は、上記の成分を含有し、残部のFe(鉄)および不可避的不純物を含む成分組成を有する。特に、本発明の一実施形態に係る制振合金は、上記の成分を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することが好ましい。
本発明の一実施形態に係る制振合金は、さらに、下記の成分を任意添加元素として含有させることができる。
すなわち、上記以外の元素として、Si、P、S、Al、N、Ti、Nb、V、B、Cu、Cr、Mo、W、Sb、Sn、Ta、Pb、Bi、Se、Te、Ge、As、Sr、Cs、Zn、Co、Ca、Ce、Mg、Zr、HfおよびREMのうちから選んだ1種または2種以上を、含有させることができる。
【0037】
なお、各元素の好適上限含有量はそれぞれ、Si:2.00%以下(より好ましくは1.80%以下、さらに好ましくは1.60%以下)、P:0.1000%以下、S:0.0500%以下、Al:5.000%以下(より好ましくは4.000%以下、さらに好ましくは3.000%以下)、N:0.0100%以下、Ti:0.200%以下、Nb:0.200%以下、V:0.100%以下、B:0.0100%以下、Cu:1.00%以下、Cr:1.000%以下、Mo:0.50%以下、W:0.500%以下、Sb:0.200%以下、Sn:0.200%以下、Ta:0.100%以下、Pb:0.1000%以下、Bi:0.1000%以下、Se:0.1000%以下、Te:0.1000%以下、Ge:0.1000%以下、As:0.1000%以下、Sr:0.0200%以下、Cs:0.0200%以下、Zn:0.020%以下、Co:0.020%以下、Ca:0.0200%以下、Ce:0.0200%以下、Mg:0.0200%以下、Zr:0.020%以下、Hf:0.0100%以下およびREM:0.0200%以下であり、この範囲であれば、所望の制振性能および強度が得られる。
【0038】
また、各元素の好適下限含有量はそれぞれ、Si:0.01%以上、P:0.0001%以上、S:0.0001%以上、Al:0.001%以上、N:0.0001%以上、Ti:0.002%以上、Nb:0.002%以上、V:0.005%以上、B:0.0001%以上、Cu:0.01%以上、Cr:0.005%以上、Mo:0.01%以上、W:0.001%以上、Sb:0.001%以下、Sn:0.001%以上、Ta:0.001%以上、Pb:0.0001%以上、Bi:0.0001%以上、Se:0.0001%以上、Te:0.0001%以上、Ge:0.0001%以上、As:0.0001%以上、Sr:0.0001%以上、Cs:0.0001%以上、Zn:0.001%以上、Co:0.001%以上、Ca:0.0001%以上、Ce:0.0001%以上、Mg:0.0001%以上、Zr:0.001%以上、Hf:0.0001%以上およびREM:0.0001%以上である。
【0039】
次に、本発明の一実施形態に係る制振合金の金属組織について、説明する。
【0040】
オーステナイトの面積率:5.0%以上70.0%未満
所定の制振性能を得るため、オーステナイトの面積率は5.0%以上とする。しかし、オーステナイトの面積率が70.0%以上になると、後述するレンズ状マルテンサイトが所定量得られず、高い制振性能と高い強度とを両立できなくなる。
したがって、オーステナイトの面積率は5.0%以上70.0%未満とする。オーステナイトの面積率は、好ましくは10.0%以上である。また、オーステナイトの面積率は、好ましくは50.0%以下である。
【0041】
レンズ状マルテンサイトの面積率:30.0%以上90.0%以下
レンズ状マルテンサイトの面積率を30.0%以上とすることにより、制振性能と強度を高めることができる。しかし、レンズ状マルテンサイトの面積率が90.0%を超えると、レンズ状マルテンサイトとオーステナイトとの境界量が減少して、制振性能の低下を招く。
したがって、レンズ状マルテンサイトの面積率は30.0%以上90.0%以下とする。レンズ状マルテンサイトの面積率は、好ましくは40.0%以上である。また、レンズ状マルテンサイトの面積率は、好ましくは80.0%以下とする。
【0042】
なお、ここでいうレンズ状マルテンサイトは、ラス状マルテンサイトと薄板状マルテンサイトを除く、マルテンサイトである。具体的には、レンズ状マルテンサイトには、上述した図1(b)の狭義のレンズ状マルテンサイトに加え、図1(c)のバタフライ状マルテンサイトも含むものとする。なお、マルテンサイトの種類は、例えば、後述するEBSD測定において観察される結晶粒の形状から識別することができる。また、バタフライ状マルテンサイトの面積率は、狭義のレンズ状マルテンサイトの面積率の10%以下とすることが好適である。
【0043】
また、オーステナイトおよびレンズ状マルテンサイトの面積率は、以下のようにして求める。
すなわち、制振合金の任意の断面(板状の場合には、圧延方向に平行な板厚断面)が観察面となるように試料を切り出し、ダイヤモンドペーストにより、観察面を鏡面研磨する。ついで、コロイダルシリカにより、観察面に仕上げ研磨を施す。そして、その試料を用いて、EBSD(Electron BackScattered Diffraction)測定を行い、Phase Mapにより、結晶構造と結晶粒の形状から各相を識別して、各相の面積率を求める。
なお、EBSD測定では、結晶方位差が15°以上の大角粒界を結晶粒界とする。また、結晶粒界には、双晶境界も含むものとする。
また、参考のため、図2にEBSD測定の結果の一例を示す。図中、白色領域がオーステナイト、黒灰色領域がレンズ状マルテンサイトとして、識別したものである。
なお、EBSD測定により得られる結晶方位マップ(IPF map: Inverse Pole Figure map)では、FCC構造のオーステナイトが緑色で、BCC構造のレンズ状マルテンサイトが赤色で識別される。図2は、IPF mapをグレースケール化して得た写真である。図2では、上述したとおり、白色領域がオーステナイト、黒灰色領域がレンズ状マルテンサイトである。
【0044】
また、オーステナイトおよびレンズ状マルテンサイト以外の残部組織の面積率は、25%以下とすることが好適である。残部組織の面積率は、より好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下である。残部組織の面積率は0%であってもよい。残部組織としては、ラス状マルテンサイトや薄板状マルテンサイト、フェライト、パーライト、セメンタイトなどの炭化物、ベイナイトなどが挙げられる。
【0045】
オーステナイトの平均結晶粒径:20μm以下
オーステナイトを微細化する、特にはオーステナイトの平均結晶粒径を20μm以下にすることにより、レンズ状マルテンサイトとオーステナイトとの境界量が増加して、制振性能が向上する。そのため、オーステナイトの平均結晶粒径は20μm以下とする。オーステナイトの平均結晶粒径は、好ましくは15μm以下である。
【0046】
ここで、オーステナイトの平均結晶粒径は、上記したEBSD測定において観察されるオーステナイト結晶粒ごとの面積を求め、これらの円相当直径を算出し、算出した円相当直径を算術平均することにより、求めたものである。なお、EBSD測定において観察可能なオーステナイト結晶粒は、円相当直径で0.5μm以上のものである。
【0047】
レンズ状マルテンサイトの個数:2.6×10-2個/μm以上
レンズ状マルテンサイトの単位面積当たりの個数を2.6×10-2個/μm以上にするにすることにより、レンズ状マルテンサイトとオーステナイトとの境界量が増加して、制振性能が一層向上する。そのため、レンズ状マルテンサイトの個数は2.6×10-2個/μm以上とすることが好ましい。レンズ状マルテンサイトの個数は、より好ましくは3.5×10-2個/μm以上である。
【0048】
ここで、レンズ状マルテンサイトの個数は、上記したEBSD測定において観察されるレンズ状マルテンサイトの個数をカウントし、観察視野の面積で除することにより、求めたものである。なお、EBSD測定において観察可能なレンズ状マルテンサイトは、円相当直径で0.5μm以上のものである。
【0049】
また、本発明の一実施形態に係る制振合金の形状は、特定に限定されず、例えば、板状(合金板)やワッシャーなどの部品形状としたものが挙げられる。
さらに、板状(合金板)や部品形状とした制振合金の厚みは特に限定されるものではないが、0.3~30.0mmとすることが好適である。より好ましくは0.6mm以上、さらに好ましくは1.0mm以上である。また、より好ましくは20.0mm以下、さらに好ましくは10.0mm以下である。
【0050】
加えて、本発明の一実施形態に係る制振合金は、表面にめっき層を有していてもよい。
めっき層は特に限定されず、従来の公知のものを使用できる。好適には、溶融亜鉛めっき層や合金化溶融亜鉛めっき層、電気亜鉛めっき層、電気亜鉛ニッケルめっき層といった亜鉛めっき層、および、Niめっき層が挙げられる。亜鉛めっき層の組成の一例としては、Fe:20質量%以下、Al:0.001質量%以上1.0質量%以下を含有し、さらに、Pb、Sb、Si、Sn、Mg、Mn、Ni、Cr、Co、Ca、Cu、Li、Ti、Be、BiおよびREMからなる群から選ばれる1種または2種以上を合計で0質量%以上3.5質量%以下含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなる組成である。
亜鉛めっき層が溶融亜鉛めっき層の場合、Fe含有量は7質量%未満とすることがより好ましい。また、亜鉛めっき層が合金化溶融亜鉛めっき層の場合、Fe含有量は7~15質量%がより好ましい。さらに好ましくは8~12質量%である。
また、Niめっき層の組成の一例としては、P:1~12質量%を含有し、残部がNiおよび不可避的不純物からなる組成である。
なお、めっき層の付着量は特に限定されないが、10~80g/mとすることが好ましく、20~80g/mとすることがより好ましい。なお、板状の場合には、片面あたりの付着量である。
【0051】
次に、本発明の一実施形態に係る制振合金の製造方法について説明する。
まず、上記の成分組成を有するスラブやビレットなどの素材(以下、単にスラブ等ともいう)を準備する。
例えば、転炉溶製や電気炉溶製等の公知の溶製方法により、上記の成分組成を有する溶鋼を溶製する。ついで、該溶鋼を、連続鋳造法、造塊法または薄スラブ鋳造法等により、スラブ等とする。なお、マクロ偏析を防止するから、連続鋳造法が好ましい。
【0052】
ついで、スラブ等に、熱間圧延や熱間鍛造などの熱間加工を施して、所定の形状の素材合金(後述する焼鈍処理の被処理材)とする。例えば、板状とする場合、スラブ等に、粗圧延および仕上げ圧延からなる熱間圧延を施して熱延板とする。すなわち、スラブ等に粗圧延を施してシートバーとし、該シートバーに仕上げ圧延を施して熱延板とする。
さらに、一例としては、スラブ等を、一旦、室温まで冷却し、その後、再加熱してから圧延する。また、省エネルギープロセスを適用することもできる。省エネルギープロセスとは、スラブ等を、室温まで冷却せずに、そのまま加熱炉に装入し、熱間圧延する直送圧延、または、スラブ等を一定時間の保熱した後、直ちに圧延する直接圧延などが挙げられる。
【0053】
また、熱間加工条件については、特に限定されるものではないが、スラブ等の加熱温度は、スラブ等に含まれる炭化物の溶解や加工時の荷重低減の観点から、1100℃以上とすることが好ましい。また、スケールロスの増大を防止するため、スラブ等の加熱温度は1300℃以下とすることが好ましい。なお、スラブ等の加熱温度は、(スラブ等の)表面温度を基準とする。以下、同様である。
【0054】
また、熱間加工後に、冷間圧延や冷間鍛造などの冷間加工を施してもよい。加えて、熱間加工後や冷間加工後に、適宜、酸洗などの処理を施してもよい。
【0055】
かくして得られた素材合金に、800℃以上1300℃以下の温度域で30分以上保持する、焼鈍処理を施す。
【0056】
[焼鈍処理工程]
800℃以上1300℃以下の温度域で30分以上保持
焼鈍処理工程では、800℃以上1300℃以下の温度域で30分以上保持する。すなわち、焼鈍処理工程における保持温度(以下、焼鈍温度ともいう)が800℃未満になると、オーステナイト化が不十分となり、その後の冷却工程で、ラス状マルテンサイトが多量に生成する。そのため、所定量のレンズ状マルテンサイトが得られず、高い制振性能と高い強度とを両立できなくなる。保持時間が30分未満の場合も同様である。一方、焼鈍温度が1300℃を超えると、焼鈍処理中、素材合金のオーステナイトの結晶粒が過度に大きくなり、最終製品の金属組織におけるオーステナイトも粗大化して、所定のオーステナイトの平均結晶粒径が得られなくなる。
そのため、焼鈍処理工程では、800℃以上1300℃以下の温度域で30分以上保持する。好ましくは900℃以上1250℃以下の温度域で60分以上保持する。より好ましくは1000℃以上1200℃以下の温度域で120分以上保持する。
【0057】
なお、焼鈍温度は、保持中、一定であってもよく、また、上記の温度域内にあれば、保持中、常に一定としなくてもよい。後述する第2冷却温度域における保持温度についても同様である。
【0058】
ついで、該素材合金を室温(1~30℃程度)まで冷却する、第1冷却工程と、
第1冷却工程終了後、該素材合金を、室温からMs点以下でかつ-40℃以下の温度域に冷却して、当該温度域に保持する、第2冷却工程と、を行う。
第1冷却工程および第2冷却工程では、以下の条件を満足させる。
【0059】
[第1冷却工程]
冷却開始温度から200℃までの温度域における平均冷却速度:1℃/秒以上
冷却開始温度から200℃までの温度域における平均冷却速度(以下、第1冷却速度ともいう)が1℃/秒未満の場合、冷却中に、炭化物が生成して、ラス状マルテンサイトが多量に生成する。そのため、所定量のレンズ状マルテンサイトが得られず、高い制振性能と高い強度とを両立できなくなる。
したがって、第1冷却速度は、1℃/秒以上とする。第1冷却速度は、好ましくは3℃/秒以上である。なお、第1冷却速度の上限は限定されるものではないが、1500℃/秒以下とすることが好適である。
なお、冷却開始温度は、800℃以上1300℃以下とすることが好ましい。
【0060】
[第2冷却工程]
室温からMs点以下でかつ-40℃以下の温度域(以下、第2冷却温度域ともいう)まで冷却したのち、第2冷却温度域で10分以上保持
第1冷却工程終了後、さらに、素材合金を、室温から、Ms点以下でかつ-40℃以下の第2冷却温度域まで冷却し、第2冷却温度域で10分以上保持する。これにより、適正な面積率としたオーステナイトとレンズ状マルテンサイトの複合組織が得ることが可能となる。その結果、高い制振性能と高い強度とを両立することが可能となる。
例えば、Ms点が-40℃超の場合、Ms点以下でかつ-40℃超の温度域までの冷却では、レンズ状マルテンサイトが得られず、ラス状マルテンサイトとなってしまう。そのため、本発明の一実施形態に係る制振合金の製造方法では、不適である。
よって、第2冷却温度域は、Ms点以下でかつ-40℃以下とすることが必要である。また、第1冷却工程終了後、さらに、素材合金を第2冷却温度域まで冷却し、第2冷却温度域で10分以上保持することとする。第2冷却温度域での保持時間は、好ましくは30分以上、より好ましくは60分以上である。第2冷却温度域での保持時間の上限は特に限定されるものではないが、生産性などの観点からは、720分以下とすることが好適である。
【0061】
ここで、Ms点は、レンズ状マルテンサイトのマルテンサイト変態開始温度であり、次式により定義される。
Ms点=550-361×C-17×Ni-39×Mn
式中、C、NiおよびMnはそれぞれ、素材合金に含有されるC、NiおよびMn含有量(質量%)である。
【0062】
[昇温工程]
第1冷却工程および第2冷却工程終了後、素材合金を室温まで昇温する、昇温工程を行う。
【0063】
なお、上記以外の条件、例えば、第2冷却工程における冷却速度や昇温工程における昇温速度、各冷却工程における冷却方法や昇温工程における昇温方法などは特に限定されず、常法に従えばよい。
一例として、第1冷却工程を、ガスジェット冷却、ミスト冷却または水冷により行い、第2冷却工程を、アルコール冷却および液体窒素冷却により行うことができる。また、昇温工程は、例えば、素材合金を室温環境下に保持することにより、行えばよい。
【0064】
また、上記の昇温工程後に、さらにめっき処理を施してもよい。めっきの種類は特に限定されず、一例においては亜鉛めっきである。
亜鉛めっき処理としては、例えば、溶融亜鉛めっき処理、溶融亜鉛めっき処理後に合金化処理を行う合金化溶融亜鉛めっき処理、電気亜鉛めっき処理および電気亜鉛ニッケルめっき処理が挙げられる。なお、上述した焼鈍処理工程~昇温工程と、溶融亜鉛めっき処理とを連続して行えるように構成された装置を用いて、(1ラインで)溶融亜鉛めっき処理とを施してもよい。なお、溶融亜鉛めっき処理は、例えば、440℃以上500℃以下の亜鉛めっき浴中に制振合金を浸漬した後、ガスワイピング等でめっき付着量を調整することにより行う。溶融亜鉛めっきのめっき浴組成は、Al含有量が0.10質量%以上0.23質量%以下であり、残部がZnおよび不可避的不純物からなる組成の亜鉛めっき浴とすることが好ましい。また、亜鉛めっきの合金化処理を施す場合、溶融亜鉛めっき処理後に、460℃以上の温度域で亜鉛めっきの合金化処理を施すことが好ましい。合金化温度が460℃未満では、Zn-Fe合金化速度が遅くなって、合金化が困難となる。また、合金化温度はより好ましくは490℃以上である。電気亜鉛めっき処理および電気亜鉛ニッケルめっき処理の処理条件は、常法に従えばよい。
また、別の一例としては、Niめっきである。Niめっき処理としては、無電解Niめっき処理が挙げられる。なお、処理条件は、常法に従えばよい。
【0065】
さらに、上述したように、めっき層の付着量は、10~80g/mとすることが好ましく、20~80g/mとすることがより好ましい。なお、めっき層の付着量は、ガスワイピング等で調整すればよい。
【0066】
加えて、素材合金を板状に加工(圧延)する場合、上記の昇温工程後また上記のめっき処理工程後に、さらに調質圧延を施してもよい。調質圧延の圧下率が1.50%を超えると、最終製品となる制振合金の降伏応力が上昇し、成形を行う場合に寸法精度の低下を招くおそれがある。そのため、調質圧延の圧下率は1.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは1.00%以下である。なお、調質圧延の圧下率の下限は、特に限定されるものではないが、生産性の観点から0.01%以上とすることが好ましい。
【0067】
なお、調質圧延は上述した焼鈍処理工程~昇温工程までを連続して行う焼鈍装置、および/またはめっき処理装置と連続した装置上で(オンラインで)行ってもよいし、当該焼鈍装置およびめっき処理装置とは不連続な装置上で(オフラインで)行ってもよい。また、調質圧延は、1回の圧延としてもよく、また、合計で0.01%以上1.50%以下の圧下率となるように、複数回の圧延を行ってもよい。なお、調質圧延と同等の伸長率を付与できれば、調質圧延に代えて、レベラー等による圧延を行ってもよい。
【0068】
なお、上記以外の条件については、常法に従えばよい。
【実施例
【0069】
表1に示す成分組成(残部はFeおよび不可避的不純物)を有する溶鋼を、転炉にて溶製し、連続鋳造法によりスラブとした。
ついで、スラブを、1250℃に加熱して粗圧延し、ついで、仕上げ圧延温度:900℃にて仕上げ圧延し、熱延板とした。該熱延板に酸洗処理を施した後、冷間圧延を施して冷延板(素材合金)とした。ついで、得られた冷延板に、表2に示す条件で焼鈍処理工程、第1冷却工程および第2冷却工程を施したのち、室温まで昇温して、制振合金板を得た。なお、一部の制振合金板については、さらにめっき処理を施し、溶融亜鉛めっき制振合金板(以下、GIともいう)、合金化溶融亜鉛めっき制振合金板(以下、GAともいう)、電気亜鉛めっき制振合金板(以下、EGともいう)、電気亜鉛ニッケルめっき制振合金板(以下、EZNともいう)、または、Niめっき制振合金板(以下、Niともいう)とした。
溶融亜鉛めっき浴としては、GIを製造する場合は、Al:0.20質量%を含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなるめっき浴組成を使用した。また、GAを製造する場合は、Al:0.14質量%を含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなるめっき浴組成を使用した。浴温は、GIおよびGAのいずれを製造する場合においても、470℃とした。めっき付着量は、GIを製造する場合は、片面あたり45~75g/mとし、GAを製造する場合は、片面あたり45g/mとした。GAを製造する場合の合金化処理温度は、530℃とした。なお、めっきはいずれも、制振合金板の両面に施した。
また、GIのめっき層の組成は、Fe:0.1~1.0質量%、Al:0.2~1.0質量%を含有し、残部がZnおよび不可避的不純物であった。GAのめっき層の組成は、Fe:7~15質量%、Al:0.1~1.0質量%を含有し、残部がZnおよび不可避的不純物であった。
電気亜鉛めっき処理では、めっき付着量を片面あたり10~50g/mとした。なお、めっきはいずれも、制振合金板の両面に施した。
電気亜鉛ニッケルめっき処理では、制振合金板にZn-Niめっき(Ni含有量:11質量%)を施した。めっき付着量は、片面あたり10~50g/mとした。なお、めっきはいずれも、制振合金板の両面に施した。
Niめっき処理では、制振合金板に無電解Niめっき(P含有量:1~12質量%)処理を施した。なお、めっきはいずれも、制振合金板の両面に施した。
【0070】
そして、得られた制振合金板、溶融亜鉛めっき制振合金板、合金化溶融亜鉛めっき制振合金板、電気亜鉛めっき制振合金板、電気亜鉛ニッケルめっき制振合金板、および、Niめっき制振合金板(以下、制振合金板等ともいう)を用いて、以下の要領で、制振性能および引張強さ(TS)を評価した。
【0071】
(1)制振性能の評価
得られた制振合金板等から、ワイヤー放電加工機で、厚さ:1mm、幅(圧延方向):10mm、長さ(圧延直角方向):60mmの試験片を切り出した。ついで、試験片の振幅面を、エメリー紙および粒度:1μmのダイヤモンドリキッドを用いて、機械研磨した。ついで、試験片の振動節になる位置(試験片の長さ方向における両端から試験片全長の22.4%の距離だけ離れた位置)に油性マジックペンで線を引き、図3(a)に示すように、Niワイヤーを用いて、振動節になる位置で試験片を吊り下げた。ついで、図3(b)に示すような自由共振を利用した内部摩擦測定装置(自由共振型内部摩擦測定装置(日本テクノプラス(株)社製))により、室温かつ大気圧下の条件で、減衰法により、内部摩擦値Q-1を算出した。
そして、算出した内部摩擦値Q-1により、以下の基準で制振性能を評価した。評価結果を表3に併記する。
〇(合格):内部摩擦値Q-1が3.0×10-4以上
×(不合格):内部摩擦値Q-1が3.0×10-4未満
【0072】
(2)引張強さ(TS)の評価
引張試験は、JIS Z 2241(2011年)に準拠して行った。すなわち、得られた制振合金板等から、長手方向が圧延方向に対して直角となるように、JIS5号試験片を採取した。採取した試験片を用いて、クロスヘッド速度:10mm/minの条件で引張試験を行い、引張強さ(TS)を測定した。
そして、測定した引張強さ(TS)を、以下の基準で評価した。評価結果を表3に併記する。
〇(合格):引張強さ(TS)が540MPa以上
×(不合格):引張強さ(TS)が540MPa未満
【0073】
また、得られた制振合金板等を用いて、上述の方法により金属組織の観察を行い、金属組織を同定した。結果を表3に併記する。なお、いずれの場合も、バタフライ状マルテンサイトの面積率は、狭義のレンズ状マルテンサイトの面積率の10%以下であった。
【0074】
【表1】
【0075】
【表2】
【0076】
【表3】
【0077】
表3に示すように、発明例ではいずれも、高い制振性能と高い強度とが得られていた。
一方、比較例では、制振性能および強度の少なくとも一方が、十分とは言えなかった。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明の制振合金は、1つの材質で一体として製造でき、かつ、高い制振性能と高い強度とを兼備しているので、例えば、建築、船舶、橋梁、産業機械、電機などの部材、特には、自動車などの部材に適用して極めて有利である。
図1
図2
図3