(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】鋼線およびばね
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231121BHJP
C22C 38/34 20060101ALI20231121BHJP
C21D 9/52 20060101ALN20231121BHJP
C21D 9/02 20060101ALN20231121BHJP
C21D 7/06 20060101ALN20231121BHJP
C21D 1/06 20060101ALN20231121BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/34
C21D9/52 103Z
C21D9/02 A
C21D7/06 A
C21D1/06 A
(21)【出願番号】P 2020542183
(86)(22)【出願日】2020-04-07
(86)【国際出願番号】 JP2020015685
(87)【国際公開番号】W WO2021002074
(87)【国際公開日】2021-01-07
【審査請求日】2022-09-21
(31)【優先権主張番号】P 2019122842
(32)【優先日】2019-07-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136098
【氏名又は名称】北野 修平
(74)【代理人】
【識別番号】100137246
【氏名又は名称】田中 勝也
(72)【発明者】
【氏名】中島 徹也
(72)【発明者】
【氏名】岡田 文徳
(72)【発明者】
【氏名】杉村 和昭
(72)【発明者】
【氏名】泉田 寛
(72)【発明者】
【氏名】岩本 力俊
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-003241(JP,A)
【文献】特開2005-120479(JP,A)
【文献】特開2014-043612(JP,A)
【文献】特開2010-222604(JP,A)
【文献】特開2012-052218(JP,A)
【文献】特開2018-062690(JP,A)
【文献】特開2005-029887(JP,A)
【文献】国際公開第2018/230717(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/012158(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/004913(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 9/52
C21D 9/02
C21D 7/06
C21D 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.6質量%以上0.7質量%以下の炭素と、
1.2質量%以上2.1質量%以下の珪素と、
0.2質量%以上0.6質量%以下のマンガンと、
1.4質量%以上2質量%以下のクロムと、
0.15質量%以上0.3質量%以下のバナジウムと、を含み、
残部が鉄および不可避的不純物である鋼から構成され、
線径が、1mm以上6mm以下であり、
引張強度が、2000MPa以上であり、
前記鋼は、
焼戻マルテンサイトからなる母相と、
前記母相中に存在する非金属介在物と、を含み、
前記非金属介在物の√areaをH
1とし、前記母相において前記非金属介在物の周囲に形成され、前記母相の他の領域に比べてナノインデンテーション法による硬度が70%以下の領域である硬度低下部と前記非金属介在物とを併せた領域の√areaをH
2とした場合、H
2のH
1に対する割合であるH
2/H
1が1以上1.3未満である、鋼線。
【請求項2】
前記鋼の旧オーステナイト結晶粒の粒度番号が、11以上である、請求項1に記載の鋼線。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の鋼線を含む、ばね。
【請求項4】
前記鋼線は、前記鋼線の外周面を構成する窒化物層を含む、請求項3に記載のばね。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼線およびばねに関するものである。
【0002】
本出願は、2019年7月1日出願の日本出願第2019-122842号に基づく優先権を主張し、前記日本出願に記載された全ての記載内容を援用するものである。
【背景技術】
【0003】
鋼線をばねの形状に加工して得られるばねにおいては、疲労強度を向上させることが求められる。ばねの疲労強度を向上させることが可能な鋼線が提案されている(たとえば、特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2000-169937号公報
【文献】特開2005-105363号公報
【発明の概要】
【0005】
本開示に従った鋼線は、0.6質量%以上0.7質量%以下の炭素と、1.2質量%以上2.1質量%以下の珪素と、0.2質量%以上0.6質量%以下のマンガンと、1.4質量%以上2質量%以下のクロムと、0.15質量%以上0.3質量%以下のバナジウムと、を含み、残部が鉄および不可避的不純物である鋼から構成される。線径が、1mm以上6mm以下である。引張強度が、2000MPa以上である。鋼は、焼戻マルテンサイトからなる母相と、母相中に存在する非金属介在物と、を含む。非金属介在物の√areaをH1とし、母相において非金属介在物の周囲に形成され、母相の他の領域に比べてナノインデンテーション法による硬度が70%以下の領域である硬度低下部と非金属介在物とを併せた領域の√areaをH2とした場合、H2のH1に対する割合であるH2/H1が1以上1.3未満である。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図2】
図2は、鋼線を構成する鋼の断面における構造を示す概略断面図である。
【
図3】
図3は、鋼線を構成する鋼の断面における構造を示す概略断面図である。
【
図4】
図4は、ナノインデンテーション法を用いた硬度の測定方法の一例を示す概略図である。
【
図5】
図5は、母相における硬度の分布を示すヒストグラムである。
【
図7】
図7は、実施の形態1における鋼線およびばねの製造方法の概略を示すフローチャートである。
【
図8】
図8は、原料線材の構造を示す斜視図である。
【
図9】
図9は、焼入れ焼戻し工程を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
[本開示が解決しようとする課題]
例えば、鋼線を構成する鋼の合金成分の1つとしてニッケルを用いると、ばねの疲労強度を向上させることができる。しかしながら、ニッケルを用いると、製造コストが上昇してしまう。特許文献1においては、非金属介在物の大きさを調整することにより、ばねの疲労特性が向上するとされている。しかしながら、粒径が15μm以下である非金属介在物を除去することは実質的に困難である。特許文献2においては、所定のオースフォーミングを実施することにより、ばねの疲労特性が向上するとされている。しかしながら、上記のようなオースフォーミングを実施することにより、製造コストが上昇してしまう。
【0008】
そこで、コストの上昇を抑制しつつ、ばねの疲労強度を向上させることができる鋼線およびばねを提供することを目的の1つとする。
【0009】
[本開示の効果]
本開示によれば、コストの上昇を抑制しつつ、ばねの疲労強度を向上させることができる鋼線およびばねを提供することができる。
【0010】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。本開示の鋼線は、0.6質量%以上0.7質量%以下の炭素と、1.2質量%以上2.1質量%以下の珪素と、0.2質量%以上0.6質量%以下のマンガンと、1.4質量%以上2質量%以下のクロムと、0.15質量%以上0.3質量%以下のバナジウムと、を含み、残部が鉄および不可避的不純物である鋼から構成される。線径が、1mm以上6mm以下である。引張強度が、2000MPa以上である。鋼は、焼戻マルテンサイトからなる母相と、母相中に存在する非金属介在物と、を含む。非金属介在物の√areaをH1とし、母相において非金属介在物の周囲に形成され、母相の他の領域に比べてナノインデンテーション法による硬度が70%以下の領域である硬度低下部と非金属介在物とを併せた領域の√areaをH2とした場合、H2のH1に対する割合であるH2/H1が1以上1.3未満である。
【0011】
なお、√areaは、鋼線の長手方向に垂直な切断面に現れる非金属介在物に外接する楕円のうち面積が最小となる楕円の長径aと短径bとの積の平方根であって、技術的には下記式(1)のように記載されるが、本開示においては便宜上√areaと記載する。
【0012】
【0013】
本発明者らは、ばねの疲労強度を向上させる対応策について検討した。鋼線の強度を向上させることで、ばねの疲労強度を向上させることができる。しかしながら、鋼線の強度を向上させたとしても、鋼に含まれる非金属介在物を起点としたばねの折損の頻度(介在物感受性)が上昇すると、ばねの疲労強度が十分に向上しない。
【0014】
本開示の鋼線は、上記の成分組成の焼戻マルテンサイト組織を有する鋼から構成される。このため、本開示の鋼線は、高い強度を有する。また、本開示の鋼線においてはコストの高いニッケルを添加元素として採用しない。このため、コストの上昇を抑制することができる。鋼において、非金属介在物の近傍には、鋼の母相よりも硬度が低下した領域としての硬度低下部が形成されている場合がある。本発明者らの検討によれば、このような領域は、介在物感受性を上昇させる。非金属介在物の√areaであるH1と、硬度低下部および非金属介在物を併せた領域の√areaであるH2とにおいて、H2のH1に対する割合であるH2/H1は介在物感受性の指標となる。そして、本発明者らの検討によれば、H2/H1を1.3未満とすることにより、介在物感受性を十分に抑制することができる。このように、本開示の鋼線によれば、コストの上昇を抑制しつつ、強度を向上させると共に介在物感受性を抑制することで、ばねの疲労強度を向上させることができる。
【0015】
ここで、鋼線を構成する鋼の成分組成を上記範囲に限定した理由について説明する。
【0016】
炭素:0.6質量%以上0.7質量%以下
炭素は、焼戻マルテンサイト組織を有する鋼線の強度に大きな影響を与える元素である。ばね用の鋼線として十分な強度を得る観点から、炭素の含有量は0.6質量%以上とする必要がある。一方、炭素の含有量が多くなると靱性が低下し、ばねの形状に加工する時や、伸線時における加工性が低下する。十分な加工性を確保する観点から、炭素の含有量は0.7質量%以下とする必要がある。強度をさらに向上させる観点から、炭素の含有量は0.62質量%以上とすることが好ましい。靱性を向上させて加工を容易とする観点から、炭素の含有量は0.68質量%以下とすることが好ましい。
【0017】
珪素:1.2質量%以上2.1質量%以下
珪素は、製鋼時の脱酸剤として必要な元素である。また、珪素は、加熱による軟化を抑制する性質である軟化抵抗性を有する。鋼線がばねの形状に加工された後に実施される窒化処理のような熱処理において軟化を抑制する観点から、珪素の含有量は1.2質量%以上とする必要がある。加熱に対する軟化抵抗性をさらに向上させる観点から、珪素の含有量は1.5質量%以上とすることが好ましい。一方、珪素が過度に添加されると、介在物が生成され易くなるとともに、固溶しきれない珪素は脆化の原因となる。このような観点から、珪素の含有量は2.1質量%以下とする必要があり、好ましくは2.0質量%以下である。
【0018】
マンガン:0.2質量%以上0.6質量%以下
マンガンは、鋼中の硫黄を硫化マンガンとして固定するのに有用な元素である。また、鋼線の焼入時における焼入性を高めて、鋼線の強度の向上に寄与する元素である。このような機能を十分に果たすために、マンガンの含有量は0.2質量%以上とする必要がある。一方、マンガンが過度に添加されると、伸線工程前にパテンティングが実施される場合において、加熱後の冷却時にマルテンサイト組織が生成する原因となる。このようにして生成したマルテンサイト組織は、伸線時における加工性を低下させる。そのため、マンガンの含有量は0.6質量%以下とする必要がある。マンガンが上記機能をより確実に果たすためには、マンガンの含有量は0.3質量%以上とすることが好ましい。マルテンサイト組織の生成をより確実に抑制する観点から、マンガン含有量は0.5質量%以下とすることが好ましい。
【0019】
クロム:1.4質量%以上2.0質量%以下
クロムは、鋼線の焼入時における焼入性を高めて、鋼線の強度の向上に寄与する元素である。また、クロムは、鋼線がばねの形状に加工された後に実施される窒化処理のような熱処理による軟化を抑制する。このような効果を確実に発揮させるためには、クロムの含有量は1.4質量%以上とする必要があり、好ましくは1.6質量%以上である。一方、クロムが過度に添加されると、伸線工程前にパテンティングが実施される場合において、加熱後の冷却時にマルテンサイト組織が生成する原因となる。このようにして生成したマルテンサイト組織は、伸線時における加工性を低下させる。そのため、クロムの含有量は2.0質量%以下とする必要がある。マルテンサイト組織の生成をより確実に抑制する観点から、クロム含有量は1.8質量%以下とすることが好ましい。
【0020】
バナジウム:0.15質量%以上0.3質量%以下
バナジウムは鋼中において微細な炭化物を生成することにより、鋼線がばねの形状に加工された後に実施される窒化処理のような熱処理における軟化を抑制しつつ、鋼線における旧オーステナイト結晶粒の粒径の粗大化を抑制する。このような機能を確実に発揮させるためには、バナジウムの含有量は0.15質量%以上とする必要があり、好ましくは0.18質量%以上である。一方、バナジウムを過剰に添加すると、上記炭化物が粗大化する。このように粗大化した炭化物は、ばねの折損の原因となる。このような観点から、バナジウムの含有量は0.3質量%以下とする必要があり、好ましくは0.22質量%以下である。
【0021】
不可避的不純物
鋼線の製造工程において、リン、硫黄、銅等が不可避的に鋼線を構成する鋼中に混入する。リンおよび硫黄が過度に存在すると、粒界偏析が生じたり、介在物が生成したりする。その結果、鋼線の特性が悪化する。そのため、リンおよび硫黄の含有量は、それぞれ0.035質量%以下とすることが好ましく、0.025質量%以下とすることがより好ましい。また、銅は、鋼の熱間加工性を低下させる。そのため、銅の含有量は0.2質量%以下とすることが好ましい。また、不可避的不純物の含有量は、合計で1質量%以下とすることが好ましい。
【0022】
上記鋼線において、鋼の旧オーステナイト結晶粒の粒度番号が、11以上であってもよい。このように鋼の旧オーステナイト結晶粒の粒径を小さくすることで、鋼線の靱性を向上させることができる。
【0023】
本開示のばねは、上記鋼線を含む。ばねにおいては、ばねを構成する鋼線の外周面からの距離が例えば100μm以上300μm以下の領域における介在物感受性を低減することで、疲労強度を向上させることができる。本開示の鋼線は、上記領域を含む全域において、介在物感受性が抑制されている。その結果、本開示のばねによれば、上記本開示の鋼線を含むことにより、コストの上昇を抑制しつつ、疲労強度を向上させることが可能なばねを提供することができる。
【0024】
上記ばねにおいて、鋼線は、鋼線の外周面を構成する窒化物層を含んでもよい。このように窒化物層を含むことで、ばねの疲労強度を向上させることができる。
【0025】
[本開示の実施形態の詳細]
次に、本開示に係る鋼線およびばねの実施の形態を、図面を参照しつつ説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
【0026】
図1は、鋼線の構造を示す斜視図である。なお、
図1においては、鋼線の長手方向に垂直な断面が併せて図示されている。まず、
図1を参照して、本実施の形態における鋼線1は、長手方向に垂直な断面10が円形であり、外周面11が円筒面形状である鋼線である。鋼線1の直径は、1mm以上6mm以下である。
【0027】
鋼線1は、0.6質量%以上0.7質量%以下の炭素と、1.2質量%以上2.1質量%以下の珪素と、0.2質量%以上0.6質量%以下のマンガンと、1.4質量%以上2質量%以下のクロムと、0.15質量%以上0.3質量%以下のバナジウムと、を含み、残部が鉄および不可避的不純物である鋼から構成される。
【0028】
図2は、鋼線1の長手方向に垂直な断面を示す概略断面図である。
図1および
図2を参照して、鋼線1を構成する鋼は、焼戻マルテンサイトからなる母相13と、母相13中に存在する非金属介在物20と、を含む。本実施の形態における母相13は、ばねに必要な強度を確保可能な上記成分組成の焼戻マルテンサイトからなる。本実施の形態において、非金属介在物20は、例えば、アルミナ等の酸化物である。本実施の形態において、非金属介在物20の√areaであるH
1は、(L
1×L
2)
1/2である。なお、非金属介在物20に外接する楕円のうち面積が最小となる楕円の長径がL
1であり、短径がL
2である。
【0029】
図3は、鋼線1の長手方向に垂直な断面を示す概略断面図である。
図3を参照して、母相13においては、非金属介在物20の周囲に形成され、母相13の他の領域に比べてナノインデンテーション法による硬度が70%以下の領域である硬度低下部14が形成されている場合がある。本実施の形態において、非金属介在物20と硬度低下部14とを併せた領域の√areaであるH
2は、(L
5×L
6)
1/2である。H
2/H
1は、1以上1.3未満である。なお、非金属介在物20と硬度低下部14とを併せた領域に外接する楕円のうち面積が最小となる楕円の長径がL
5であり、短径がL
6である。
【0030】
上記H1およびH2は、例えば、以下のようにして算出される。まず、鋼線1からサンプルが採取される。そして、得られたサンプルの長手方向に垂直な断面が研磨される。研磨された面において、非金属介在物20が存在するか否かが、光学顕微鏡等を用いて観察される。非金属介在物20が存在する場合には、非金属介在物20の√areaであるH1が算出される。
【0031】
図4を参照して、非金属介在物20が存在する場合には、非金属介在物20を含むように一辺の長さがL
3である正方形状の範囲Uにおいて、ナノインデンテーション法による硬度が測定される。ナノインデンテーション法による硬度とは、Berkovich圧子を、最大押込み深さが100nmとなるように押し込んだ時の圧力をいう。範囲Uにおけるナノインデンテーション法による硬度の測定は、例えば等間隔かつマトリックス状になるように484点において実施される。ナノインデンテーション法による硬度の測定には、例えば、Bruker Nano社製、商品名「トライボインデンター TI980」が用いられる。測定条件としては、最大荷重1mNを採用することができる。
【0032】
図5は、母相13におけるナノインデンテーション法による硬度のヒストグラムの一例を示す概略図である。横軸はナノインデンテーション法による硬度であり、縦軸はその硬度の頻度を示している。なお、
図5においては、非金属介在物20のナノインデンテーション法による硬度の結果を除いた母相13のみの結果を示している。
図3~
図5を参照して、例えば10GPa刻みで描いたヒストグラムにおいて、最頻度の硬度Tを母相13の硬度とし、硬度Tに対して70%以下の硬度を有する点が抽出される。なお、最頻度の硬度が複数存在する場合には、それらの硬度の平均値を母相13の硬度とする。そして、範囲Uにおいて、母相13におけるナノインデンテーション法による硬度のヒストグラムの結果を対応付けるようにマッピングを実施することで、母相13の他の領域に比べてナノインデンテーション法による硬度が70%以下の領域である硬度低下部14が決定される。このようにして決定された硬度低下部14に基づいて、非金属介在物20と硬度低下部14とを併せた領域の√areaであるH
2が算出される。例えば、上記で観察された10個の非金属介在物20のそれぞれに対応する硬度低下部14に基づいて、H
2を算出する。そして、各非金属介在物20について、H
2/H
1を算出し、その平均値を得ることができる。
【0033】
鋼線1の引張強度であるσbは、2000MPa以上である。鋼線1のσbは、好ましくは2100MPa以上である。σbは、例えば、JIS Z 2241に基づいて測定される。
【0034】
窒化処理に相当する熱処理を実施した場合における鋼線1のσbは、好ましくは2000MPa以上である。なお、窒化処理に相当する熱処理として、例えば、まずサンプルを空気中において430℃の温度で3.5時間加熱する熱処理が実施される。次に、0.3mmのスチール製のショットが用いられ、ショットピーニングが実施される。ショットピーニングの処理時間は、30分である。次に、230℃の温度で30分加熱する歪みとり熱処理が実施される。
【0035】
本実施の形態における鋼線1を構成する鋼の旧オーステナイト結晶粒の粒度番号は、11以上である。旧オーステナイト結晶粒の粒度番号は、JIS G 0551に基づいて測定される。このように鋼の旧オーステナイト結晶粒の粒径を小さくすることで、鋼線1の靱性を向上させることができる。
【0036】
図6は、ばねの構造を示す斜視図である。なお、
図6において、鋼線1の長手方向に垂直な断面を併せて図示している。
図6を参照して、本実施の形態におけるばね2は、鋼線1を含む。本実施の形態において、ばね2を構成する鋼線1は、鋼線1の外周面11を構成する窒化物層12を含む。このように窒化物層12を含むことで、ばね2の強度を向上させることができる。
【0037】
次に、鋼線1およびばね2の製造方法の一例について説明する。
図7を参照して、本実施の形態における鋼線1の製造方法においては、まずS10として原料線材準備工程が実施される。
図8は、原料線材の構造を示す斜視図である。なお、
図8において、原料線材の長手方向に垂直な断面を併せて図示している。S10では、
図8を参照して、0.6質量%以上0.7質量%以下の炭素と、1.2質量%以上2.1質量%以下の珪素と、0.2質量%以上0.6質量%以下のマンガンと、1.4質量%以上2質量%以下のクロムと、0.15質量%以上0.3質量%以下のバナジウムと、を含み、残部が鉄および不可避的不純物からなる原料線材5が準備される。具体的には、鋼材に対して、圧延、パテンティング等の処理が実施され、原料線材5が準備される。原料線材5は、長手方向に垂直な断面50が円形であり、外周面51が円筒形状である鋼からなる線材である。
【0038】
次に、S20として伸線工程が実施される。S20では、原料線材5に対して引抜き加工としての伸線が実施される。具体的には、S10において準備された原料線材5が加工される。S20において、原料線材5は、たとえば直径1mm以上6mm以下となるように加工される。本実施の形態において、引抜きの加工度としての減面率は、例えば70%以下であり、好ましくは68%以下であり、より好ましくは66%以下である。このように減面率を70%以下にすることで、母相13における非金属介在物20の近傍に硬度低下部14が発生することを抑制することができる。また、減面率の下限は、好ましくは40%であり、より好ましくは50%である。減面率を40%以上とすることで、伸線時に繊維組織が形成され、伸線後の高い靱性を確保することができる。
【0039】
次に、S30として焼入れ焼戻し工程が実施される。このS30では、S20において伸線が実施された原料線材5に対して、焼入れ焼戻し処理が実施される。
図9を参照して、原料線材5が、時刻t
0において加熱を開始され、時刻t
1に原料線材5の温度は、温度T
1に到達する。その後、原料線材5は、時刻t
2まで焼入温度T
1に維持される。焼入温度T
1は、オーステナイト変態点であるA
1変態点以上の温度である。焼入温度T
1は、例えば、900℃以上1050℃以下である。また、焼入温度T
1の保持時間は、例えば、0.3秒以上10秒以下である。そして、原料線材5が、時刻t
2~t
3において急冷される。具体的には、A
1変態点以上の温度からM
S点以下の温度にまで冷却される。冷却は、たとえば原料線材5を焼入油中に浸漬することにより実施することができる。冷却速度は、例えば、100℃/s以上130℃/s以下である。これにより、原料線材5を構成する鋼の組織がマルテンサイト組織となる。以上の手順により、焼入処理が完了する。なお、焼入温度T
1の保持時間を上記のように短くすることで、鋼線1における旧オーステナイト結晶粒の粒径を小さくすることができる。また、冷却速度を上記範囲にすることで、母相13における非金属介在物20の近傍に形成される硬度低下部14の大きさを抑制することができる。
【0040】
次に、原料線材5が時刻t4において加熱を開始され、時刻t5において焼戻温度T2に到達する。その後、時刻t6まで焼戻温度T2に維持される。焼戻温度T2は、A1変態点未満の温度である。焼戻温度T2は、たとえば450℃以上600℃以下である。その後、時刻t6~t7において原料線材5が冷却される。冷却は、たとえば空冷により実施することができる。これにより、原料線材5を構成する鋼の組織が焼戻マルテンサイト組織となる。以上の手順により、焼戻処理が完了し、本実施の形態の鋼線1が得られる。
【0041】
次に、S30において得られた鋼線1を用いたばね2の製造方法を説明する。S30に引き続き、S40としてばねの形状に加工するばね加工工程が実施される。このS40では、
図1および
図6を参照して、鋼線1が、たとえば
図6に示すらせん形状に塑性加工されることにより、ばねの形状に成形される。
【0042】
次に、S50として焼なまし工程が実施される。このS50では、S40においてばねの形状に成形された鋼線1に対して、焼きなまし処理が実施される。具体的には、ばねの形状に成形された鋼線1が加熱されることにより、S40において生じた鋼線1中のひずみが低減される。
【0043】
次に、S60として窒化処理工程が実施される。このS60では、S50において焼きなまし処理が実施された鋼線1に対して、窒化処理が実施される。このS60は、本実施の形態のばねの製造方法において必須の工程ではないが、これを実施することにより、鋼線1の外周面11を含むように窒化物層12が形成される。その結果、ばね2の強度を向上させることができる。次に、S70としてショットピーニング工程が実施される。このS70では、S60において窒化処理が実施された鋼線1に対して、ショットピーニングが実施される。このS70は本実施の形態のばねの製造方法において必須の工程ではないが、これを実施することにより、ばね2の表面を含む領域に圧縮応力が付与され、疲労強度の向上に寄与する。以上の工程により、本実施の形態のばね2は完成する。
【0044】
ここで、本実施の形態における鋼線1において、上記成分組成を採用することで、高い強度を有する鋼線1が得られる。また、本実施の形態における鋼線1においては、コストの高いニッケルが添加元素として採用されない。このため、コストの上昇を抑制することができる。ばね2を構成する鋼線1の外周面11からの距離が例えば100μm以上300μm以下の領域における介在物感受性を低減することで、ばね2の疲労強度を向上させることができる。鋼線1においてH2/H1を1.3未満とすることにより、介在物感受性を十分に抑制することができる。また、鋼線1は、上記領域を含む全域において、介在物感受性が抑制されている。したがって、本実施の形態におけるばね2によれば、上記鋼線1を含むことにより、コストの上昇を抑制しつつ、疲労強度を向上させることができる。
【実施例】
【0045】
上記本開示の鋼線1のサンプルを作製し、疲労強度が向上する効果を確認する評価を行った。評価の手順は以下の通りである。
【0046】
上記実施の形態において説明した鋼線1の製造方法と同様の手順でサンプル1を作製した。なお、サンプル1の成分組成は、表1に示す鋼種Aである。また、焼入れの際の冷却速度を123℃/sとし、減面率を66%とした。比較のために、焼入れの際の冷却速度を500℃/sとした以外が、サンプル1と同様にしてサンプル2を作製した。また、鋼種を表1に示す鋼種Bとした以外は、サンプル1と同様にしてサンプル3を作製した。鋼種を表1に示す鋼種Cとした以外は、サンプル1と同様にしてサンプル4を作製した。
【0047】
【0048】
サンプル1および2の鋼線におけるH2/H1を算出した。サンプル1~4の鋼線におけるσbを測定した。サンプル1~4の鋼線における旧オーステナイト結晶粒の粒径を測定した。
【0049】
このようにして作製されたサンプル1~4に対して、窒化処理に相当する熱処理を実施した。窒化処理に相当する熱処理後のσbを測定した。また、窒化処理に相当する熱処理が実施されたサンプル1~4に対して、回転曲げ疲労試験(疲労試験)を行い、疲労強度を測定した。なお、打ち切り回数は、107回とした。回転曲げ疲労試験は、島津製作所社製、中村式回転曲げ疲れ試験機 3形を用いて実施した。また、S-N曲線を決定するために10本以上のサンプルを用いて疲労試験を行うと共に、さらに10本以上のサンプルを用いてステアケース試験を実施した。なお、ステアケース試験では、サンプルの疲労強度に相当する応力から開始して、サンプルが破断しなかった場合には10MPa分だけ応力を増加させ、サンプルが破断した場合には10MPa分だけ応力を減少させた。このようにして、回転曲げ疲労試験機による負荷応力を調整して、20本以上のサンプルが破断するように回転曲げ疲労試験を行った。破断した20本以上のサンプルについてそれぞれ、サンプルの外周面から径方向に100μm以上300μm以下の領域における破断面を観察し、破断の起点部における非金属介在物の有無を確認した。破断の起点部に非金属介在物が存在する場合、このサンプルは非金属介在物に起因して折損したサンプルとした。そして、非金属介在物に起因して折損したサンプルの合計本数を破断したサンプルの合計本数で除することで介在物感受性(%)を算出した。これらの実験結果を表2に示す。
【0050】
【0051】
表2の評価結果から分かるように、鋼種Bおよび鋼種Cのサンプルであるサンプル3、4と比較して、鋼種Aのサンプルであるサンプル1では、強度が向上するとともに、介在物感受性が明確に低下している。また、サンプル1では、窒化処理に相当する熱処理を実施したとしても、サンプル4と比較して、強度の低下が抑制されている。冷却速度が大きいサンプルであるサンプル2と比較して、冷却速度が小さいサンプルであるサンプル1では、強度が向上するとともに明確に介在物感受性が低下している。その結果、サンプル1では疲労強度が向上している。このように、本開示の鋼線によれば、強度を向上させると共に介在物感受性を抑制することで、ばねの疲労強度を向上させることができる。
【0052】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、どのような面からも制限的なものではないと理解されるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなく、請求の範囲によって規定され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0053】
1 鋼線、2 ばね、5 原料線材、10,50 断面、11,51 外周面、12 窒化物層、13 母相、14 硬度低下部、20 非金属介在物、A,B,C 鋼種、T 硬度、T1,T2 温度、U 範囲、a 長径、b 短径、t0,t1,t2,t3,t4,t5,t6,t7 時刻。