(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】CREBBP遺伝子に変異を導入された遺伝子改変動物
(51)【国際特許分類】
C12N 15/54 20060101AFI20231121BHJP
A01K 67/027 20060101ALI20231121BHJP
C12N 9/10 20060101ALI20231121BHJP
C12Q 1/6869 20180101ALI20231121BHJP
C12Q 1/6827 20180101ALI20231121BHJP
【FI】
C12N15/54 ZNA
A01K67/027
C12N9/10
C12Q1/6869 Z
C12Q1/6827 Z
(21)【出願番号】P 2020527694
(86)(22)【出願日】2019-06-28
(86)【国際出願番号】 JP2019025902
(87)【国際公開番号】W WO2020004640
(87)【国際公開日】2020-01-02
【審査請求日】2021-12-23
(31)【優先権主張番号】P 2018124666
(32)【優先日】2018-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】599045903
【氏名又は名称】学校法人 久留米大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】児島 将康
(72)【発明者】
【氏名】大石 佳苗
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】The EMBO Journal,2005年,Vol. 24,pp. 3846-3858, Supplementary Information
【文献】J. Med. Genet.,2002年,Vol. 39,pp. 496-501
【文献】BMC Medical Genetics,2006年,7:77,pp. 1-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/54
A01K 67/027
C12N 9/10
C12Q 1/6869
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つのCREBBP遺伝子座に変異が導入されている非ヒト遺伝子改変動物であって、当該変異により、CREBBP遺伝子が、配列番号5のアミノ酸配列と97%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる変異型CREBBPをコードして
おり、非ヒト遺伝子改変動物が齧歯類またはヒトを除く霊長類である、遺伝子改変動物。
【請求項2】
変異型CREBBPが配列番号5のアミノ酸配列を含む、請求項1に記載の遺伝子改変動物。
【請求項3】
CREBBP遺伝子が、配列番号1のヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有し、配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチドが欠損しているヌクレオチド配列を含む、請求項1または2に記載の遺伝子改変動物。
【請求項4】
CREBBP遺伝子が配列番号7のヌクレオチド配列を含む、請求項1~3のいずれかに記載の遺伝子改変動物。
【請求項5】
齧歯類である、請求項1~4のいずれかに記載の遺伝子改変動物。
【請求項6】
マウスである、請求項1~5のいずれかに記載の遺伝子改変動物。
【請求項7】
齧歯類またはヒトを除く霊長類の少なくとも1つのCREBBP遺伝子座に変異を導入することを含む、請求項1~6のいずれかに記載の遺伝子改変動物の製造方法。
【請求項8】
請求項1~6のいずれかに記載の遺伝子改変動物の、ルビンシュタイン・テイビ症候群のモデルとしての使用。
【請求項9】
ルビンシュタイン・テイビ症候群が睡眠相前進症候群を伴うものである、請求項8に記載の使用。
【請求項10】
請求項1~6のいずれかに記載の遺伝子改変動物の、睡眠相前進症候群のモデルとしての使用。
【請求項11】
配列番号5または6のアミノ酸配列と97%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるペプチド。
【請求項12】
配列番号5または6のアミノ酸配列からなる、請求項11に記載のペプチド。
【請求項13】
請求項11または12に記載のペプチドをコードする、ポリヌクレオチド。
【請求項14】
配列番号1のヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有し、配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチドが欠損しているヌクレオチド配列、または、配列番号3のヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有し、配列番号3の第1126位に相当するヌクレオチドが欠損しているヌクレオチド配列を含む、請求項13に記載のポリヌクレオチド。
【請求項15】
配列番号7または8のヌクレオチド配列を含む、請求項13または14に記載のポリヌクレオチド。
【請求項16】
ルビンシュタイン・テイビ症候群の判定を補助する方法であって、
(1)対象に由来する核酸試料において、CREBBP遺伝子のヌクレオチド配列を決定すること、
(2)該ヌクレオチド配列がコードするペプチドのアミノ酸配列を決定すること、
(3)該アミノ酸配列が、配列番号5または6のアミノ酸配列と97%以上の同一性を有するアミノ酸配列である場合に、対象がルビンシュタイン・テイビ症候群に罹患しているか、または、将来的に罹患すると示唆すること、
を含
み、対象が齧歯類または霊長類である、方法。
【請求項17】
ルビンシュタイン・テイビ症候群の判定を補助する方法であって、
(1)対象に由来する核酸試料において、CREBBP遺伝子が配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチドまたは配列番号3の第1126位に相当するヌクレオチドを欠損しているか否かを決定すること、
(2)CREBBP遺伝子が該ヌクレオチドを欠損している場合に、対象がルビンシュタイン・テイビ症候群に罹患しているか、または、将来的に罹患すると示唆すること、
を含
み、対象が齧歯類または霊長類である、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本特許出願は、日本国特許出願第2018-124666号について優先権を主張するものであり、ここに参照することによって、その全体が本明細書中へ組み込まれるものとする。
本願は、CREBBP遺伝子に変異を導入された遺伝子改変動物、その製造方法、疾患モデルとしてのその使用、または、当該変異の有無を指標とする疾患の判定に関する。
【背景技術】
【0002】
ルビンシュタイン・テイビ症候群は、精神運動発達遅滞、特異顔貌、幅広い拇指趾等を特徴とする多発奇形症候群である。責任遺伝子は16p13.3に座位するCREB-binding protein(CBPまたはCREBBP)遺伝子であることが判明したが、ほとんどが散発例である(非特許文献1~18)。CREBBPはヒストンアセチルトランスフェラーゼであり、ルビンシュタイン・テイビ症候群はヒストンアセチル化異常症と考えられる。現在のところ根本的治療法はなく、長期的予後を改善するために、早期の合併症の治療が行われている。
【0003】
ルビンシュタイン・テイビ症候群のモデル動物として、CREBBP遺伝子の広い領域を人為的にノックアウトしたマウスが知られている(非特許文献19)。このモデルでは、原因となる遺伝子部位は特定されない。また、このモデルが自然界で起こる変異を反映しているか否かは明らかでない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Alari V, et al., "iPSC-derived neurons of CREBBP- and EP300-mutated Rubinstein-Taybi syndrome patients show morphological alterations and hypoexcitability" Stem Cell Research, 2018 May 30;30:130-140
【文献】Merk DJ, et al., "Opposing Effects of CREBBP Mutations Govern the Phenotype of Rubinstein-Taybi Syndrome and Adult SHH Medulloblastoma" Developmental Cell, 2018 Mar 26;44(6):709-724.e6
【文献】Menke LA, et al., "Further delineation of an entity caused by CREBBP and EP300 mutations but not resembling Rubinstein-Taybi syndrome" American Journal of Medical Genetics Part A, 2018 Apr;176(4):862-876
【文献】Eser M, et al., "A case with Rubinstein-Taybi syndrome: A novel frameshift mutation in the CREBBP gene" The Turkish Journal of Pediatrics, 2017;59(5):601-603
【文献】Rokunohe D, et al., "Rubinstein-Taybi syndrome with multiple pilomatricomas: The first case diagnosed by CREBBP mutation analysis" Journal of Dermatological Science, 2016 Sep;83(3):240-2
【文献】Menke LA, et al., "CREBBP mutations in individuals without Rubinstein-Taybi syndrome phenotype" American Journal of Medical Genetics Part A, 2016 Oct;170(10):2681-93
【文献】de Vries TI, et al., "Mosaic CREBBP mutation causes overlapping clinical features of Rubinstein-Taybi and Filippi syndromes" European Journal of Human Genetics, 2016 Aug;24(9):1363-6
【文献】Wincent J, et al., "CREBBP and EP300 mutational spectrum and clinical presentations in a cohort of Swedish patients with Rubinstein-Taybi syndrome" Molecular Genetics & Genomic Medicine, 2015 Sep 22;4(1):39-45
【文献】Kamenarova K, et al., "Identification of a novel de novo mutation of CREBBP in a patient with Rubinstein-Taybi syndrome by targeted next-generation sequencing: a case report" Human Pathology, 2016 Jan;47(1):144-9
【文献】Huh R, et al., "Letter to the Editor: A Novel Mutation in the CREBBP Gene of a Korean Girl with Rubinstein-Taybi syndrome" Annals of Clinical & Laboratory Science, 2015 Summer;45(4):458-61
【文献】Rusconi D, et al., "Characterization of 14 novel deletions underlying Rubinstein-Taybi syndrome: an update of the CREBBP deletion repertoire" Human Genetics, 2015 Jun;134(6):613-26
【文献】Yoo HJ, et al., "Whole exome sequencing for a patient with Rubinstein-Taybi syndrome reveals de novo variants besides an overt CREBBP mutation" International Journal of Molecular Sciences, 2015 Mar 11;16(3):5697-713
【文献】Spena S, et al., "Insights into genotype-phenotype correlations from CREBBP point mutation screening in a cohort of 46 Rubinstein-Taybi syndrome patients" Clinical Genetics, 2015 Nov;88(5):431-40
【文献】Kim SR, et al., "Cryptic microdeletion of the CREBBP gene from t(1;16) (p36.2;p13.3) as a novel genetic defect causing Rubinstein-Taybi syndrome" Annals of Clinical & Laboratory Science, 2013 Fall;43(4):450-6
【文献】Marzuillo P, et al., "Novel cAMP binding protein-BP (CREBBP) mutation in a girl with Rubinstein-Taybi syndrome, GH deficiency, Arnold Chiari malformation and pituitary hypoplasia" BMC Medical Genetics, 2013 Feb 23;14:28
【文献】Lai AH, et al., "A submicroscopic deletion involving part of the CREBBP gene detected by array-CGH in a patient with Rubinstein-Taybi syndrome" Gene, 2012 May 10;499(1):182-5
【文献】Caglayan AO, et al., "A boy with classical Rubinstein-Taybi syndrome but no detectable mutation in the CREBBP and EP300 genes" Genetic counseling, 2011;22(4):341-6
【文献】Li C, Szybowska M. "A novel mutation c.4003 G>C in the CREBBP gene in an adult female with Rubinstein-Taybi syndrome presenting with subtle dysmorphic features" American Journal of Medical Genetics Part A, 2010 Nov;152A(11):2939-41
【文献】Oike Y, et al., "Mice homozygous for a truncated form of CREB-binding protein exhibit defects in hematopoiesis and vasculo-angiogenesis" Blood, 1999 May 1;93(9):2771-9
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示の目的は、CREBBP遺伝子に変異を導入された遺伝子改変動物に関する。本開示のさらなる目的は、当該変異の有無を指標とする疾患の判定に関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、飼育中に自然発生した体格の小さいマウスがルビンシュタイン・テイビ症候群および睡眠相前進症候群の症状を示し、CREBBP遺伝子に特定の一塩基欠損を有することを見出した。さらに、マウスのゲノムにこの一塩基欠損を導入すると、同様の症状を示した。
【0007】
従って、ある態様では、本願は、少なくとも1つのCREBBP遺伝子座に変異が導入されている非ヒト遺伝子改変動物であって、当該変異により、CREBBP遺伝子が、配列番号5のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる変異型CREBBPをコードしている、遺伝子改変動物を提供する。
【0008】
また別の態様では、本願は、非ヒト動物の少なくとも1つのCREBBP遺伝子座に変異を導入することを含む、上記遺伝子改変動物の製造方法を提供する。
【0009】
また別の態様では、本願は、上記遺伝子改変動物の、ルビンシュタイン・テイビ症候群のモデルまたは睡眠相前進症候群のモデルとしての使用を提供する。
【0010】
また別の態様では、本願は、配列番号5のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるペプチドまたはそれをコードするポリヌクレオチドを提供する。
【0011】
また別の態様では、本願は、ルビンシュタイン・テイビ症候群の判定方法であって、
(1)対象に由来する核酸試料において、CREBBP遺伝子のヌクレオチド配列を決定すること、
(2)該ヌクレオチド配列がコードするペプチドのアミノ酸配列を決定すること、
(3)該アミノ酸配列が、配列番号5または6のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列である場合に、対象がルビンシュタイン・テイビ症候群に罹患しているか、または、将来的に罹患すると判定すること、
を含む方法を提供する。
【0012】
また別の態様では、本願は、ルビンシュタイン・テイビ症候群の判定方法であって、
(1)対象に由来する核酸試料において、CREBBP遺伝子が配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチドまたは配列番号3の第1126位に相当するヌクレオチドを欠損しているか否かを決定すること、
(2)CREBBP遺伝子が該ヌクレオチドを欠損している場合に、対象がルビンシュタイン・テイビ症候群に罹患しているか、または、将来的に罹患すると判定すること、
を含む方法を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本開示の変異を有する遺伝子改変動物は、ルビンシュタイン・テイビ症候群または睡眠相前進症候群のモデルとして有用である。また、当該変異の有無を指標として、ルビンシュタイン・テイビ症候群または睡眠相前進症候群を判定し得る。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】正常マウスおよび矮小マウスの体長、体重およびBMIを示す。
【
図3】正常マウスおよび矮小マウスの鼻背長および両眼間隔を示す。
【
図4】正常マウスおよび矮小マウスの血圧および体温を示す。
【
図5】正常マウスおよび矮小マウスの体重の推移を示す。
【
図6】正常マウスおよび矮小マウスの通常時の摂餌量および体重当たりの摂餌量を示す。
【
図7】正常マウスおよび矮小マウスの絶食後の体重および摂餌量を示す。
【
図8】正常マウスおよび矮小マウスの血中の成長ホルモンおよびインスリン様成長因子-Iの濃度を示す。
【
図9】正常マウスおよび矮小マウスのグルコース寛容試験に伴う血糖値の推移を示す。
【
図10】正常マウスおよび矮小マウスのグルコース寛容試験に伴う血糖値およびインスリン値の推移を示す。
【
図11】正常マウスおよび矮小マウスの明暗条件下および恒常暗条件下での行動リズムを示すアクトグラムである。
【
図12】正常マウスおよび矮小マウスのフットプリント試験の結果を示す。
【
図13】正常マウスおよび矮小マウスの握力を示す。
【
図14】高架式十字迷路による不安傾向の測定方法の模式図である。マウスを高架式十字迷路の中央に置き、10分間の行動軌跡を測定した。
【
図15】正常マウスおよび矮小マウスの高架式十字迷路による不安傾向の測定結果を示す。
【
図16】野生型マウスCREBBP遺伝子のヌクレオチド配列を示す。変異型マウスCREBBP遺伝子において欠損している第1123位のグアニンヌクレオチドを四角で囲んで示す。
【
図17】野生型マウスCREBBP遺伝子のヌクレオチド配列(続き)を示す。
【
図18】野生型マウスCREBBPのアミノ酸配列を示す。
【
図19】野生型ヒトCREBBP遺伝子のヌクレオチド配列を示す。変異型マウスCREBBP遺伝子において欠損している第1123位のグアニンヌクレオチドに相当する第1126位のグアニンヌクレオチドを四角で囲んで示す。
【
図20】野生型ヒトCREBBP遺伝子のヌクレオチド配列(続き)を示す。
【
図21】野生型ヒトCREBBPのアミノ酸配列を示す。
【
図22】変異型マウスCREBBPおよび変異型ヒトCREBBPのアミノ酸配列を示す。ストップコドンの位置をアスタリスクで示す。
【
図23】野生型マウスCREBBPおよび変異型マウスCREBBPのヌクレオチド配列およびアミノ酸配列のアラインメントの一部を示す。一塩基欠損によりフレームシフトしたアミノ酸配列を四角で囲んで示す。
【
図24】野生型ヒトCREBBPおよび変異型ヒトCREBBPのヌクレオチド配列およびアミノ酸配列のアラインメントの一部を示す。一塩基欠損によりフレームシフトしたアミノ酸配列を四角で囲んで示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書では、数値が「約」の用語を伴う場合、その値の±10%の範囲を含むことを意図する。例えば、「約20」は、「18~22」を含むものとする。数値の範囲は、両端点の間の全ての数値および両端点の数値を含む。範囲に関する「約」は、その範囲の両端点に適用される。従って、例えば、「約20~30」は、「18~33」を含むものとする。
【0016】
特に具体的な定めのない限り、本明細書で使用される用語は、有機化学、医学、薬学、分子生物学、微生物学等の分野における当業者に一般に理解されるとおりの意味を有する。以下にいくつかの本明細書で使用される用語についての定義を記載するが、これらの定義は、本明細書において、一般的な理解に優先する。
【0017】
CREBBPはほぼ全ての細胞に存在しており、DNAに直接結合することなくタンパク質同士の相互作用を通じて転写を活性化する転写共役因子としての機能を果たしている。CREBBPは、KIXドメインを通じてリン酸化CREBと結合して活性化される。活性化されたCREBBPは転写複合体の基本因子であるTFIIBを介してRNAポリメラーゼに作用し、転写を促進する。CREBBPはリン酸化CREBだけではなく、核内ホルモン受容体、Myb、Fos、Jun、STST 1αなどの多くの転写因子に共通する転写共役因子として機能する。また、CREBBPはHAT活性を有し、ヒストンのアセチル化とそれに伴うクロマチン構造の制御を担い、転写を活性化させる。
【0018】
本開示において、「CREBBP」および「CREBBP遺伝子」は、いかなる種のものであってもよく、典型的には哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ヒツジ、サル、ヒト等)、特にマウスなどの齧歯類、およびヒトなどの霊長類のCREBBPまたはCREBBP遺伝子である。マウスの野生型CREBBP遺伝子の代表的なヌクレオチド配列を、配列番号1に示す。これは、2441個のアミノ酸配列からなる配列番号2のアミノ酸配列を有する野生型CREBBPをコードする。マウスのCREBBP遺伝子座は16qA1である。ヒトの野生型CREBBP遺伝子の代表的なヌクレオチド配列を、配列番号3に示す。これは、2442個のアミノ酸配列からなる配列番号4のアミノ酸配列を有する野生型CREBBPをコードする。ヒトのCREBBP遺伝子座は16p13.3である。
【0019】
CREBBP遺伝子には、配列番号1または3のヌクレオチド配列に相補的なヌクレオチド配列を有するポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするヌクレオチド配列を有する遺伝子も含まれる。「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする」に関して、ここで使用されるハイブリダイゼーションは、例えば、Molecular Cloning, T. Maniatis et al., CSH Laboratory (1983) 等に記載される通常の方法に準じて行うことができる。また「ストリンジェントな条件下」とは、例えば、6×SSC(1.5M NaCl、0.15M クエン酸三ナトリウムを含む溶液を10×SSCとする)、50%ホルムアミドを含む溶液中で45℃にてハイブリッドを形成させた後、2×SSCで50℃にて洗浄するような条件(Molecular Biology, John Wiley & Sons, N. Y. (1989), 6.3.1-6.3.6)、および、それと同等のストリンジェンシーをもたらす条件を挙げることができる。さらに、CREBBP遺伝子には、配列番号1または3で表されるヌクレオチド配列と、少なくとも70%、80%、85%、90%、95%、96%、97%、98%または99%以上の配列同一性を有するヌクレオチド配列を有する遺伝子が含まれる。
【0020】
本開示において、変異型CREBBPは、386個のアミノ酸からなる配列番号5のアミノ酸配列または387個のアミノ酸からなる配列番号6のアミノ酸配列と、少なくとも70%、80%、85%、90%、95%、96%、97%、98%または99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有する。配列番号5の変異型CREBBPは、配列番号2のマウス野生型CREBBPの第1位~第374位のアミノ酸と、さらに12個のアミノ酸からなるタンパク質である。配列番号6の変異型CREBBPは、配列番号4のヒト野生型CREBBPの第1位~第375位のアミノ酸と、さらに12個のアミノ酸からなるタンパク質である。ある実施態様では、変異型CREBBPは、配列番号5または6のアミノ酸配列と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる。ある実施態様では、変異型CREBBPは、配列番号5または6のアミノ酸配列を含む。ある実施態様では、変異型CREBBPは、配列番号5または6のアミノ酸配列からなる。これらのアミノ酸配列を有する変異型CREBBPは、CREBBPの転写活性化機能を実質的に喪失している。
【0021】
変異型CREBBPは、変異型CREBBP遺伝子にコードされる。変異型CREBBP遺伝子は、変異型CREBBPをコードする遺伝子であれば、どのような変異を有するCREBBP遺伝子であってもよい。ある実施態様では、変異型CREBBP遺伝子は、配列番号1で示されるマウス野生型CREBBP遺伝子のヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有し、配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチドが欠損しているヌクレオチド配列を含む。ある実施態様では、変異型CREBBP遺伝子は、配列番号1のヌクレオチド配列において、第1123位のヌクレオチドが欠損しているヌクレオチド配列(配列番号7)を含む。ある実施態様では、変異型CREBBP遺伝子は、配列番号7のヌクレオチド配列からなる。ある実施態様では、変異型CREBBP遺伝子は、配列番号3で示されるヒト野生型CREBBP遺伝子のヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有し、配列番号3の第1126位に相当するヌクレオチドが欠損しているヌクレオチド配列を含む。ある実施態様では、変異型CREBBP遺伝子は、配列番号3のヌクレオチド配列において、第1126位のヌクレオチドが欠損している配列(配列番号8)を含む。ある実施態様では、変異型CREBBP遺伝子は、配列番号8のヌクレオチド配列からなる。
【0022】
「配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチド」とは、あるCREBBP遺伝子のヌクレオチド配列と配列番号1のヌクレオチド配列を最適な状態(ヌクレオチドの一致が最大となる状態)にアラインメントしたときに、配列番号1の第1123位のグアニンヌクレオチドと一致する、当該変異型CREBBP遺伝子におけるヌクレオチドを意味する。「配列番号3の第1126位に相当するヌクレオチド」も同様に定義される。
【0023】
本開示において、アミノ酸配列またはヌクレオチド配列の同一性とは、タンパク質またはオリゴヌクレオチド間の配列の類似の程度を意味し、比較対象の配列の領域にわたって最適な状態(アミノ酸またはヌクレオチドの一致が最大となる状態)にアラインメントされた2つの配列を比較することにより決定される。配列同一性の数値(%)は両方の配列に存在する同一のアミノ酸またはヌクレオチドを決定して、適合部位の数を決定し、次いでこの適合部位の数を比較対象の配列領域内のアミノ酸またはヌクレオチドの総数で割り、得られた数値に100をかけることにより算出される。最適なアラインメントおよび配列同一性を得るためのアルゴリズムとしては、当業者が通常利用可能な種々のアルゴリズム(例えば、BLASTアルゴリズム、FASTAアルゴリズムなど)が挙げられる。配列同一性は、例えばBLAST、FASTAなどの配列解析ソフトウェアを用いて決定され得る。
【0024】
<遺伝子改変動物>
本開示において、遺伝子改変動物はヒトを除くいかなる種のものであってもよく、典型的には哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ヒツジ、サル等)であり得る。ある実施態様では、遺伝子改変動物は齧歯類、特にマウスである。
【0025】
遺伝子改変動物は、標的遺伝子を改変するための公知の遺伝子改変技術を用いて、非ヒト動物の少なくとも1つのCREBBP遺伝子座に変異を導入することにより、製造できる。用いられる公知の遺伝子改変技術としては、CRISPRシステム、Transcription Activator-Like Effector Nucleases(TALEN)を用いた方法、ジンクフィンガーヌクレアーゼを用いた方法、相同組換え方法等が挙げられる。中でも、選択的かつ部位特異的に遺伝子を改変できることから、CRISPRシステムを利用し得る。CRISPR/Cas系の詳細は、例えば、Wang, H. et al., Cell, 153, 910-918 (2013) および米国特許第8697359号に記載されており、これらの文献を引用により本明細書の一部とする。
【0026】
CRISPRシステムを利用して遺伝子改変動物を製造する場合、まず、非ヒト動物由来の受精卵に、Cas9タンパク質およびガイドRNA(gRNA)を導入する。導入には、公知の方法、例えば、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、凝集法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、DEAE-デキストラン法等を用いることができる。
【0027】
野生型Cas9タンパク質は、RuvCおよびHNHの2つの機能的ヌクレアーゼドメインを有し、これらは各々、DNAの二本鎖の異なる鎖を切断する。本開示において、「Cas9タンパク質」は、gRNA依存的にDNAに結合する能力を有するタンパク質を意味し、RuvCおよびHNHヌクレアーゼ活性の両方を有するものも、RuvCおよびHNHヌクレアーゼ活性のいずれかまたは両方を有さないものも含まれる。Cas9タンパク質は、CRISPR系を有する細菌に由来し得る。CRISPR系を有することが知られている細菌として、例えば、スタフィロコッカス・ピオゲニス、ナイセリア・メニンギティディス(Neisseria meningitidis)、ストレプトコッカス・サーモフィラス(Streptococcus thermophilus)、トレポネーマ・デンティコラ(Treponema denticola)などが挙げられる。Cas9タンパク質の代わりに、Cas9タンパク質をコードする核酸または当該核酸を含むベクターを使用してもよい。Cas9タンパク質、Cas9タンパク質をコードする核酸、当該核酸を含むベクターは、特に限定されず、当分野で公知のものを使用できる。
【0028】
本開示において、「ガイドRNA」または「gRNA」は、crRNAとtracrRNAが融合した人工1本鎖RNAを意味する。crRNAとtracrRNAの間にリンカー配列が存在してもよい。Cas9タンパク質はgRNAの存在下で標的特異的にゲノムDNAに結合できる。gRNAの代わりに、crRNAおよびtracrRNAを、分離したRNA分子の組合せとして使用してもよい。
【0029】
crRNAは、細菌の内在性RNAに由来し、gRNAの配列特異性を担う。本開示において、crRNAは、ゲノムDNA内の標的配列を含む。標的配列としては、ゲノムDNA内で、その直後にPAM配列を有するヌクレオチド配列を選択する。標的配列は、ゲノムDNAのいずれの鎖にあってもよい。標的配列の選択および/またはgRNAの設計に利用できる数々のツール、および、バイオインフォマティックスにより予想された様々な種の様々な遺伝子についての標的配列のリストを利用することができ、例えば、引用により本明細書の一部とするFeng Zhang lab's Target Finder、Michael Boutros lab's Target Finder (E-CRISP)、RGEN Tools: Cas-OFFinder、CasFinder: Flexible algorithm for identifying specific Cas9 targets in genomes、CRISPR Optimal Target Finder などが挙げられる。ある実施態様では、標的配列は配列番号9のヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有するヌクレオチド配列である。ある実施態様では、標的配列は配列番号9のヌクレオチド配列において、1個~3個のヌクレオチドが付加、欠損および/または置換したヌクレオチド配列である。ある実施態様では、標的配列は配列番号9のヌクレオチド配列である。
【0030】
Cas9タンパク質は、標的配列の直後にPAM配列を有するいかなるDNA配列にも結合できる。PAM配列は、ゲノムDNA内の標的配列の直後に存在するが、gRNA内の標的配列の直後には存在しない。PAM配列は、Cas9タンパク質が由来する細菌の種により異なる。最も広く使用されているCas9タンパク質はスタフィロコッカス・ピオゲニスに由来し、対応するPAM配列は、標的配列の3’末端の直後に位置するNGGの配列である。様々な細菌の種とPAM配列の組合せが知られており、例えば、ナイセリア・メニンギティディス:NNNNGATT、ストレプトコッカス・サーモフィラス:NNAGAA、トレポネーマ・デンティコラ:NAAAACなどが挙げられる。これらの配列において、Nは、A、T、GおよびCのいずれかの塩基を示す。
【0031】
tracrRNAは、crRNAの一部と相補的に結合し、ヘアピン構造を形成する。この構造がCas9に認識され、crRNA、tracrRNAおよびCas9の複合体が形成される。従って、tracrRNAはgRNAのCas9タンパク質結合能力を担う。tracrRNAは、細菌の内在性RNAに由来し、細菌の種によって異なる配列を有する。本開示において、tracrRNAは、上記のCRISPR系を有することが知られている細菌のものであり得、好ましくは、ゲノム編集に使用するtracrRNAとCas9タンパク質は、同じ細菌の種に由来する。
【0032】
所望のgRNA配列をコードするDNAをインビトロ転写用ベクターにクローニングし、インビトロで転写することにより、gRNAを得ることができる。適するインビトロ転写用ベクターは、当業者に公知である。また、gRNAの標的配列以外の配列を含むインビトロ転写用ベクターが当分野で公知である。標的配列のオリゴヌクレオチドを合成し、そのようなベクターに挿入し、インビトロ転写することにより、gRNAを得ることができる。インビトロ転写の方法は、当業者に公知である。
【0033】
gRNA/Cas9タンパク質複合体は、gRNA配列とゲノムDNA内の標的配列との相補的結合により、標的配列にリクルートされる。gRNA/Cas9タンパク質複合体の標的配列への結合は、Cas9タンパク質をゲノム内の標的配列に局在化させ、Cas9タンパク質はDNAの両方の鎖を切断し、二本鎖切断(DSB)を引き起こす。DSBは、NHEJ(非相同末端結合(Non-Homologous End Joining))DNA修復経路、または、HDR(相同組換え修復)経路により修復され得る。NHEJ修復経路は、DSBの部位にしばしば塩基の挿入/欠損を与え、それはフレームシフトおよび/または停止コドンをもたらし、標的遺伝子のオープンリーディングフレームを破壊し得る。HDR経路は、DSBを修復するために、修復鋳型の存在を必要とする。HDRでは、修復鋳型の配列が、切断された標的配列に忠実に複写される。修復鋳型とHDRを利用して、標的遺伝子に所望の変異を導入できる。
【0034】
HDRによりゲノムDNA配列内のヌクレオチドを改変するためには、HDRの際に、所望の配列を含むDNA修復鋳型が存在しなければならない。ある実施態様では、DNA修復鋳型として、ssODN(一本鎖オリゴデオキシヌクレオチド)を用いることができる。ssODNは、DSBの上流および下流の配列に高い相同性を有する。各相同性領域の長さと位置は導入しようとする改変のサイズに依存する。適する鋳型の存在下で、HDRは、Cas9タンパク質によるDSBの部位で、特定のヌクレオチドを改変できる。ssODNを設計する際には、修復された遺伝子がCas9タンパク質により切断されないように、ssODNが、直後にPAM配列を有する標的配列を含まないように設計する。例えば、PAM配列に対応する配列をssODN中では別の配列にすることにより、ssODNがCas9タンパク質により切断されないようにできる。ssODNの設計方法の詳細は、例えば、引用により本明細書の一部とするYang, H. et al., Cell, 154(6), 1370-9 (2013) に記載されている。ssODNは、通常、gRNAおよびCas9タンパク質と共に細胞に導入される。
【0035】
Cas9タンパク質およびgRNAを導入した受精卵を対応する非ヒト動物の子宮または卵管へ移植し、発生させることで、遺伝子改変動物を得ることができる。遺伝子改変動物が得られたことは、当分野で知られている様々な方法により確認できる。例えば、表現型を観察することにより、あるいは、標的配列を含むゲノムDNAの配列を解読することにより確認できる。HDRの場合は、ssODNに制限酵素切断部位を組み込むことにより、RFLP(制限断片長多型)で評価することも可能である。これらの方法は、当分野で周知である。
【0036】
遺伝子改変動物には、ヘテロ型(即ち、ゲノム上の一方のアリルが改変されている)およびホモ型(即ち、ゲノム上の両方のアリルが改変されている)の遺伝子改変動物が含まれる。ヘテロ型遺伝子改変動物が好ましい。ヘテロ型遺伝子改変動物同士を交配させることによりホモ型遺伝子改変動物を作製してもよい。
【0037】
下記実施例に示す通り、本開示の遺伝子改変動物は、少なくとも1つのルビンシュタイン・テイビ症候群の症状を示す。ルビンシュタイン・テイビ症候群の症状として、例えば、精神発達遅滞、小さい体格、低体重、低身長、眼間開離、短い鼻背、停留睾丸、小陰茎、低血圧または低体温が挙げられる。従って、本開示の遺伝子改変動物を、ルビンシュタイン・テイビ症候群のモデル動物として使用できる。また、本開示の遺伝子改変動物では、サーカディアンリズムが前進傾向にある。よって、本開示の遺伝子改変動物を、睡眠相前進症候群を伴うルビンシュタイン・テイビ症候群のモデル動物、または、睡眠相前進症候群のモデル動物としても使用できる。モデル動物は、疾患の原因の解明や、予防方法および治療方法の開発などに有用である。
【0038】
<医薬のスクリーニング方法>
例えば、本開示の遺伝子改変動物をルビンシュタイン・テイビ症候群または睡眠相前進症候群のモデル動物として使用して、当該疾患の処置用の医薬をスクリーニングすることができる。
【0039】
従って、ある態様では、ルビンシュタイン・テイビ症候群の処置用の医薬をスクリーニングする方法であって、
(a)本明細書に開示される遺伝子改変動物に、少なくとも1種の候補物質を投与する工程、および、
(b)候補物質を投与した遺伝子改変動物において、候補物質を投与していない遺伝子改変動物と比較して、ルビンシュタイン・テイビ症候群の症状が改善された場合に、候補物質をルビンシュタイン・テイビ症候群の処置用の医薬として選択する工程、
を含む方法が提供される。
【0040】
別の態様では、睡眠相前進症候群の処置用の医薬をスクリーニングする方法であって、
(a)本明細書に開示される遺伝子改変動物に、少なくとも1種の候補物質を投与する工程、および、
(b)候補物質を投与した遺伝子改変動物において、候補物質を投与していない遺伝子改変動物と比較して、睡眠相前進症候群の症状が改善された場合に、候補物質を睡眠相前進症候群の処置用の医薬として選択する工程、
を含む方法が提供される。
【0041】
本明細書で使用されるとき、「処置」は、疾患の発症を防止すること、疾患を発症する可能性を低減すること、疾患の原因を軽減または除去すること、疾患の進行を遅延または停止させること、および/または、疾患の症状を軽減、緩和、改善または除去することを意味する。
【0042】
「候補物質」には、タンパク質、アミノ酸、核酸、脂質、糖質、低分子化合物などの、あらゆる物質が包含される。候補物質は、典型的には、精製、単離されているものを使用できるが、未精製、未単離の粗精製品であってもよい。候補物質は、化合物ライブラリー、核酸ライブラリー、ランダムペプチドライブラリーなどの形態で提供されてもよく、また、天然物として提供されてもよい。候補物質の細胞への導入は、候補物質の種類に応じて、公知の方法により行うことができる。候補物質は1種類でもよく、2種類以上を組み合わせて投与してもよい。
【0043】
候補物質の投与量および投与回数は、遺伝子改変動物の齢、性別、体重、症状、投与方法等を勘案して適宜調節される。候補物質の投与経路は、経口投与または非経口投与を含み、特に限定されない。例えば、非経口投与は、全身投与でも局所投与でもよく、より具体的には、例えば、気管内投与、髄腔内投与、くも膜下腔投与、頭蓋内投与、静脈内投与、動脈内投与、門脈内投与、皮内投与、皮下投与、経皮投与、筋肉内投与、腹腔内投与、鼻腔内投与、口腔内投与等が挙げられる。遺伝子改変動物は胎児であっても出生後の動物であってもよく、胎児である場合は、候補物質を胎児または母体に投与し得る。
【0044】
ルビンシュタイン・テイビ症候群の処置用の医薬をスクリーニングする場合、ルビンシュタイン・テイビ症候群の症状が改善されたことは、小さい体格、低体重、低身長、広い眼間、短い鼻背、低血圧または低体温等の症状を観察することにより判定し得る。例えば、候補物質を投与していない遺伝子改変動物と比較して、症状に関する数値を、例えば、約10%以上、好ましくは約20%以上、より好ましくは約30%以上、さらに好ましくは約50%以上改善する候補物質を、医薬として選択し得る。
【0045】
睡眠相前進症候群の処置用の医薬をスクリーニングする場合、睡眠相前進症候群の症状が改善されたことは、サーカディアンリズムを観察することにより判定し得る。例えば、候補物質を投与していない遺伝子改変動物と比較して、恒常暗条件下での行動周期を、例えば、約10%以上、好ましくは約20%以上、より好ましくは約30%以上、さらに好ましくは約50%以上改善する候補物質を、医薬として選択し得る。
【0046】
<判定マーカー>
別の態様では、配列番号5または6のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるペプチドが提供され、これは、ルビンシュタイン・テイビ症候群または睡眠相前進症候群の判定マーカーとして使用し得る。別の態様では、配列番号5または6のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるペプチドをコードするポリヌクレオチドが提供され、これは、ルビンシュタイン・テイビ症候群または睡眠相前進症候群の判定マーカーとして使用し得る。
【0047】
CREBBP遺伝子に変異があり、当該変異により、CREBBP遺伝子が配列番号5または6のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるペプチドをコードすると、例えば、CREBBP遺伝子に配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチドまたは配列番号3の第1126位に相当するヌクレオチドの欠損があると、ルビンシュタイン・テイビ症候群または睡眠相前進症候群の原因となり得る。従って、CREBBPまたはCREBBP遺伝子における当該変異の有無を決定することにより、ルビンシュタイン・テイビ症候群または睡眠相前進症候群を判定することができ、当該変異を含むペプチドまたはポリヌクレオチドは、ルビンシュタイン・テイビ症候群または睡眠相前進症候群を判定するためのマーカーとして有用である。ここで、ポリヌクレオチドには、DNA、cDNA、RNA、mRNA、DNA類似体、RNA類似体等が含まれる。
【0048】
<判定方法>
別の態様では、上記の判定マーカーを使用するルビンシュタイン・テイビ症候群または睡眠相前進症候群の判定方法が提供される。対象から採取した試料において、上記の変異の有無を決定することにより、疾患の判定を行うことができる。本明細書で使用されるとき、疾患の判定とは、対象が疾患に罹患しているか否か、または、対象が疾患に罹患する可能性があるか否かを判定することを意味する。
【0049】
対象はいかなる種であってもよく、典型的には哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ヒツジ、サル等)である。ある実施態様では、対象は齧歯類、特にマウスである。ある実施態様では、対象は霊長類、特にヒトである。対象は胎児を含む。
【0050】
対象から試料を採取する方法は、通常の公知の方法が用いられる。対象の試料は、例えば、血液、髄液、唾液などの体液、または、口腔粘膜、頭髪などの組織であり得る。対象が胎児である場合は、羊水穿刺または絨毛採取により、対象に由来する試料を採取してもよい。
【0051】
ペプチドを判定マーカーとして使用する場合、当該ペプチドを認識する抗体等の試薬を用いて、対象から採取した試料における上記の変異の有無を決定する。変異の検出方法は当業者に公知であり、特に限定されない。変異型ペプチドを特異的に認識する試薬を使用することが好ましい。野生型ペプチドも変異型ペプチドも認識する試薬を使用する場合、ペプチドの分子量の差異に基づいて変異を検出してもよい。
【0052】
ポリヌクレオチドを判定マーカーとして使用する場合、対象の試料から核酸を単離してもよい。核酸を単離する方法は当業者に公知であり、特に限定されない。例えば、市販のDNAまたはRNAを採取するためのキットを使用し得る。ここで、核酸とは、DNAまたはRNAであり、DNAまたはRNAを鋳型にPCR(Polymerase Chain Reaction)法などにより目的の領域、例えば、CREBBP遺伝子の全長または一部を増幅した断片も含まれる。
【0053】
次に、核酸における上記の変異の有無を決定する。変異の検出方法は当業者に公知であり、特に限定されない。典型的には、CREBBP遺伝子のヌクレオチド配列を決定し、該ヌクレオチド配列がコードするペプチドのアミノ酸配列を決定し、配列番号5または6のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するか否かを判定する。
【0054】
あるいは、CREBBP遺伝子が配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチドまたは配列番号3の第1126位に相当するヌクレオチドを欠損しているか否かを検出してもよい。その方法として、PCR法、アレル特異的PCR法、PCR-SSP法、PCR-RFLP法、PCR-SSCP法、ダイレクトシーケンス法、ASOハイブリダイゼーション法、DGGE法、RNaseA切断法、化学切断法、DOL法、インベーダー法、TaqMan(登録商標)-PCR法、MALDI-TOF/MS法、TDI法、モレキュラー・ビーコン法、ダイナミック・アレルスペシフィック・ハイブリダイゼーション法、パドロック・プローブ法などが挙げられる。
【0055】
対象から採取した試料に上述の変異が有る場合に、対象がルビンシュタイン・テイビ症候群または睡眠相前進症候群に罹患しているか、または、将来的に罹患すると判定する。あるいは、対象から採取した試料に上述の変異が有る場合に、対象がルビンシュタイン・テイビ症候群または睡眠相前進症候群に罹患している可能性、または、将来的に罹患する可能性が高いと判定する。
【0056】
<判定用キット>
別の態様では、ルビンシュタイン・テイビ症候群または睡眠相前進症候群を判定するためのキットが提供される。キットは、CREBBP遺伝子に、配列番号5または6のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるペプチドをもたらす変異、例えば、配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチドまたは配列番号3の第1126位に相当するヌクレオチドの欠損があるか否かを決定するための手段を含む。
【0057】
上記の変異の有無を決定するための手段は、特に限定されず、例えば、上記の判定方法において変異の検出に使用する手段、例えば、当該変異が含まれる領域を増幅できるプライマーまたは当該変異が含まれる領域に結合できるプローブであり得る。ある実施態様では、上記の変異の有無を決定するための手段はアレル特異的PCR用のプライマーであり、例えば、対象がマウスである場合、配列番号13および14のヌクレオチド配列を有するプライマーを使用できる。また、キットは、必要に応じて他の成分を含んでもよい。他の成分は、例えば、試料を採取するための道具(例えば、注射器等)、ポジティブコントロール試料およびネガティブコントロール試料などが挙げられるが、これらに限定されない。上述の方法を行うための手順を記載した書面等を含んでもよい。
【0058】
本願は、例えば、下記の実施態様を提供する。
[1]少なくとも1つのCREBBP遺伝子座に変異が導入されている非ヒト遺伝子改変動物であって、当該変異により、CREBBP遺伝子が、配列番号5のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる変異型CREBBPをコードしている、遺伝子改変動物。
[2]変異型CREBBPが配列番号5のアミノ酸配列を含む、第1項に記載の遺伝子改変動物。
[3]変異型CREBBPが配列番号5のアミノ酸配列からなる、第1項または第2項に記載の遺伝子改変動物。
[4]変異型CREBBPが転写活性化機能を実質的に喪失している、第1項~第3項のいずれかに記載の遺伝子改変動物。
[5]CREBBP遺伝子が、配列番号1のヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有し、配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチドが欠損しているヌクレオチド配列を含む、第1項~第4項のいずれかに記載の遺伝子改変動物。
[6]CREBBP遺伝子が配列番号7のヌクレオチド配列を含む、第1項~第5項のいずれかに記載の遺伝子改変動物。
[7]CREBBP遺伝子が配列番号7のヌクレオチド配列からなる、第1項~第6項のいずれかに記載の遺伝子改変動物。
[8]齧歯類である、第1項~第7項のいずれかに記載の遺伝子改変動物。
[9]マウスである、第1項~第8項のいずれかに記載の遺伝子改変動物。
[10]ルビンシュタイン・テイビ症候群のモデルである、第1項~第9項のいずれかに記載の遺伝子改変動物。
[11]ルビンシュタイン・テイビ症候群が睡眠相前進症候群を伴うものである、第10項に記載の遺伝子改変動物。
[12]睡眠相前進症候群のモデルである、第1項~第9項のいずれかに記載の遺伝子改変動物。
【0059】
[13]非ヒト動物の少なくとも1つのCREBBP遺伝子座に変異を導入することを含む、第1項~第12項のいずれかに記載の遺伝子改変動物の製造方法。
[14]ゲノム編集により変異が導入される、第13項に記載の製造方法。
[15]ゲノム編集の標的配列が配列番号9のヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有するヌクレオチド配列である、第14項に記載の製造方法。
[16]ゲノム編集の標的配列が、配列番号9のヌクレオチド配列において、1個~3個のヌクレオチドが付加、欠損および/または置換したヌクレオチド配列である、第14項に記載の製造方法。
[17]標的配列が配列番号9のヌクレオチド配列である、第15項または第16項に記載の製造方法。
[18]所望の変異をもたらすssODNをさらに使用する、第14項~第17項のいずれかに記載の製造方法。
[19]第13項~第18項のいずれかに記載の製造方法により製造される、遺伝子改変動物。
[20]第1項~第12項および第19項のいずれかに記載の遺伝子改変動物の、ルビンシュタイン・テイビ症候群のモデルとしての使用。
[21]ルビンシュタイン・テイビ症候群が睡眠相前進症候群を伴うものである、第20項に記載の使用。
[22]第1項~第12項および第19項のいずれかに記載の遺伝子改変動物の、睡眠相前進症候群のモデルとしての使用。
【0060】
[23]配列番号5または6のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるペプチド。
[24]配列番号5または6のアミノ酸配列を含む、第23項に記載のペプチド。
[25]配列番号5または6のアミノ酸配列からなる、第23項または第24項に記載のペプチド。
[26]第23項~第25項のいずれかに記載のペプチドをコードする、ポリヌクレオチド。
[27]配列番号1のヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有し、配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチドが欠損しているヌクレオチド配列、または、
配列番号3のヌクレオチド配列と90%以上の同一性を有し、配列番号3の第1126位に相当するヌクレオチドが欠損しているヌクレオチド配列、
を含む、第26項に記載のポリヌクレオチド。
[28]配列番号7または8のヌクレオチド配列を含む、第26項または第27項に記載のポリヌクレオチド。
[29]配列番号7または8のヌクレオチド配列からなる、第26項~第28項のいずれかに記載のポリヌクレオチド。
【0061】
[30]第23項~第25項のいずれかに記載のペプチドの、ルビンシュタイン・テイビ症候群の判定マーカーとしての使用。
[31]第26項~第29項のいずれかに記載のポリヌクレオチドの、ルビンシュタイン・テイビ症候群の判定マーカーとしての使用。
[32]ルビンシュタイン・テイビ症候群の判定方法であって、
(1)対象に由来する試料を、第30項または第31項に記載の判定マーカーを含むか否かについて試験すること、および、
(2)試料が判定マーカーを含むと判定された場合に、対象がルビンシュタイン・テイビ症候群に罹患しているか、または、将来的に罹患すると判定すること、
を含む方法。
[33]第23項~第25項のいずれかに記載のペプチドの、睡眠相前進症候群の判定マーカーとしての使用。
[34]第26項~第29項のいずれかに記載のポリヌクレオチドの、睡眠相前進症候群の判定マーカーとしての使用。
[35]睡眠相前進症候群の判定方法であって、
(1)対象に由来する試料を、第33項または第34項に記載の判定マーカーを含むか否かについて試験すること、および、
(2)試料が判定マーカーを含むと判定された場合に、対象が睡眠相前進症候群に罹患しているか、または、将来的に罹患すると判定すること、
を含む方法。
【0062】
[36]ルビンシュタイン・テイビ症候群の判定方法であって、
(1)対象に由来する核酸試料において、CREBBP遺伝子のヌクレオチド配列を決定すること、
(2)該ヌクレオチド配列がコードするペプチドのアミノ酸配列を決定すること、
(3)該アミノ酸配列が、配列番号5または6のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列である場合に、対象がルビンシュタイン・テイビ症候群に罹患しているか、または、将来的に罹患すると判定すること、
を含む方法。
[37]ルビンシュタイン・テイビ症候群の判定方法であって、
(1)対象に由来する核酸試料において、CREBBP遺伝子が配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチドまたは配列番号3の第1126位に相当するヌクレオチドを欠損しているか否かを決定すること、
(2)CREBBP遺伝子が該ヌクレオチドを欠損している場合に、対象がルビンシュタイン・テイビ症候群に罹患しているか、または、将来的に罹患すると判定すること、
を含む方法。
【0063】
[38]睡眠相前進症候群の判定方法であって、
(1)対象に由来する核酸試料において、CREBBP遺伝子のヌクレオチド配列を決定すること、
(2)該ヌクレオチド配列がコードするペプチドのアミノ酸配列を決定すること、
(3)該アミノ酸配列が、配列番号5または6のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列である場合に、対象が睡眠相前進症候群に罹患しているか、または、将来的に罹患すると判定すること、
を含む方法。
[39]睡眠相前進症候群の判定方法であって、
(1)対象に由来する核酸試料において、CREBBP遺伝子が配列番号1の第1123位に相当するヌクレオチドまたは配列番号3の第1126位に相当するヌクレオチドを欠損しているか否かを決定すること、
(2)CREBBP遺伝子が該ヌクレオチドを欠損している場合に、対象が睡眠相前進症候群に罹患しているか、または、将来的に罹患すると判定すること、
を含む方法。
[40]対象が胎児である、第32項および第35項~第39項のいずれかに記載の方法。
【0064】
[41]ルビンシュタイン・テイビ症候群を判定するためのキットであって、CREBBP遺伝子に、配列番号5または6のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるペプチドをもたらす変異があるか否かを決定するための手段を含む、キット。
[42]睡眠相前進症候群を判定するためのキットであって、CREBBP遺伝子に、配列番号5または6のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるペプチドをもたらす変異があるか否かを決定するための手段を含む、キット。
[43]変異があるか否かを決定するための手段が、アレル特異的PCR用のプライマーである、第41項または第42項に記載のキット。
[44]プライマーが配列番号13および配列番号14のヌクレオチド配列からなる、第43項に記載のキット。
【0065】
本明細書で引用するすべての文献は、出典明示により本明細書の一部とする。
上記の説明は、すべて非限定的なものであり、添付の特許請求の範囲において定義される本開示の範囲から逸脱せずに、変更することができる。さらに、下記の実施例は、すべて非限定的な実施例であり、本開示を説明するためだけに供されるものである。
【実施例】
【0066】
試験1:自然発生した矮小マウスの解析
(1)矮小マウスの出現と維持
Sato T, Kurokawa M, Nakashima Y, Ida T, Takahashi T, Fukue Y, Ikawa M, Okabe M, Kangawa K, Kojima M. Regul Pept. 2008 Jan 10;145(1-3):7-11に記載されるグレリン遺伝子欠損(ghrl+/-)マウスの系統を維持して飼育している間に、小さい体格、特異的顔貌、低姿勢での歩行などの外見的な特徴を有するマウス(以下、矮小マウスと称する)が自然に出現した。矮小マウス(雄)とC57BL/6Jマウス(雌)を交配し、第一世代を得た。矮小マウス(雄)とC57BL/6Jマウス(雌)を9世代にわたり交配し、矮小マウス(雌)とC57BL/6Jマウス(雄)を1世代交配することにより、バッククロス(10世代)を実行した。その結果、矮小マウスの外見的な特徴は維持された。何らかの遺伝子変異によって矮小形質が出現したと考えられる。
【0067】
(2)矮小マウスの出現比率
矮小マウス(雄)とC57BL/6Jマウス(雌)の交配において、正常マウス:矮小マウスの出現比率は、277:138であった。矮小マウスの性別に拘わらず、C57BL/6Jマウスと交配すると矮小マウスが産まれること、および、矮小マウスとC57BL/6Jマウスを交配すると、正常マウスと矮小マウスの両方が産まれることから、矮小形質は常染色体優性遺伝していると考えられる。出生比率はメンデルの法則による常染色体優性遺伝の比率と異なるが、矮小個体が食殺されている可能性およびホモ変異個体が胎生致死である可能性が考えられる。
【0068】
(3)矮小マウスの外貌
代表的な矮小マウスの外貌を
図1に示す。矮小マウスは、同性の正常なマウスと比較して、体格が小さく、眼間が広く、鼻背長が短いという特徴を有した。
【0069】
(4)身体計測
これ以降の試験では、特記しない限り、雄のマウスを使用した。正常マウスおよび矮小マウスの体長および体重を測定し、BMIを測定した。結果を
図2に示す。矮小マウスの体長および体重は正常マウスよりも小さかったが、BMIには正常マウスとの有意差は認められなかった。
【0070】
正常マウスおよび矮小マウスの鼻背長および両眼間隔を測定した。結果を
図3に示す。矮小マウスの鼻背長は正常マウスよりも有意に短く、両眼間隔は有意に長かった。
【0071】
(5)通常時の血圧および体温
正常マウスおよび矮小マウスの血圧および体温を測定した。結果を
図4に示す。矮小マウスの血圧と体温は低い傾向が見られた。矮小マウスの体温は体重と相関する傾向が見られた。
【0072】
(6)血液生化学的検査
正常マウスおよび矮小マウスの血液を、ベストスキャン(セントラル科学貿易)で測定した。結果を下表に示す。矮小マウスでは、アルカリホスファターゼ、カルシウム、無機リン酸の濃度が高く、グルコース濃度が低かった。
【表1】
【0073】
(7)体重の推移
正常マウスおよび矮小マウスについて、体重の推移を観察した。結果を
図5に示す。矮小マウスは、正常マウスと同様の成長曲線を示した。
【0074】
(8)通常時の摂餌量
正常マウスおよび矮小マウスについて、通常時の24時間の摂餌量を計量した。結果を
図6に示す。矮小マウスの摂餌量は少ないが、体重比では正常マウスとの差は認められなかった。
【0075】
(9)絶食後の体重および摂餌量
正常マウスおよび矮小マウスを24時間絶食させた。絶食後の体重と、絶食後の再給餌時の摂餌量を計量した。結果を
図7に示す。絶食24時間後の体重減少率は、矮小マウスと正常マウスとで差は認められなかった。
【0076】
(10)通常時のGHおよびIGF-I濃度
正常マウスおよび矮小マウスの血中の成長ホルモン(GH)濃度およびインスリン様成長因子-I(IGF-I)濃度を測定した。結果を
図8に示す。矮小マウスと正常マウスとでGH濃度に差は認められなかったが、矮小マウスのIGF-I濃度は正常マウスよりも有意に低かった。
【0077】
(11)グルコース寛容試験に伴う血糖値の推移
正常マウスおよび矮小マウスを2時間絶食させ、グルコース(2g/kg)を腹腔内投与した。結果を
図9に示す。矮小マウスは正常マウスよりも耐糖能が有意に高かった。
【0078】
(12)グルコース寛容試験に伴うインスリン値の推移
正常マウスおよび矮小マウスを2時間絶食させ、グルコース(2g/kg)を腹腔内投与した。結果を
図10に示す。矮小マウスのインスリン値は、正常マウスよりも早期に低下した。
【0079】
(13)行動リズム
正常マウス3匹および矮小マウス4匹を明暗条件下および恒常暗条件下におき、活動量をダブルプロットで記録した。各マウスのアクトグラムを
図11に示す。明暗条件下(各パネル上部)において、矮小マウスの活動周期は正常マウスと同様であった。恒常暗条件下(各パネル下部)において、活動開始時刻に沿って引いた直線の傾きは矮小マウスで小さく、矮小マウスの活動周期が正常マウスよりも短いことが示唆された。恒常暗条件下での活動周期は内因性の概日リズムを反映するため、この結果は、矮小マウスを睡眠相前進症候群のモデルとして使用し得ることを示す。
【0080】
(14)フットプリント試験(歩行解析)
正常マウスおよび矮小マウスの後肢にインクを塗って紙の上を歩かせ、足跡の歩幅(Hind stride)と横幅(Hind base)を測定した。結果を
図12に示す。矮小マウスでは正常マウスよりも歩行時の横幅が広く、歩幅が狭かった。
【0081】
(15)握力測定
正常マウスおよび矮小マウスの四肢の握力を、小動物用筋弛緩測定装置(トラクションメーター、#BS-TM-RM、Brain Science idea)により測定した。結果を
図13に示す。矮小マウスの四肢の瞬間的握力および持続的握力は正常マウスよりも弱かった。
【0082】
(16)高架式十字迷路による不安傾向の測定
正常マウスおよび矮小マウスを高架式十字迷路の中央に置き、10分間の行動軌跡を記録した(
図14)。結果を
図15に示す。矮小マウスは正常マウスよりも不安レベルが高いか、または、好奇心が低い可能性が認められた。
【0083】
試験2:矮小マウスの責任候補遺伝子の決定
連鎖解析に基づく量的形質遺伝子座(QTL)マッピングを行い、矮小マウスの原因遺伝子が第16番染色体の38,931,238bpより上流に存在することを明らかにした。さらに詳細な部位を特定できるプローブを用いて遺伝子マッピングを行い、矮小マウスの原因遺伝子が第16番染色体の21,678,473bpより上流に存在することを明らかにした。
【0084】
遺伝子マッピング法により特定された領域内で次世代シークエンシングを行い、ヌクレオチド配列を決定した。Chr16:4,138,835でCG→Cの変異があり、フレームシフトを起こしていることが判明した。この結果は、多個体でのサンガー法によるシークエンス結果とも一致した。
【0085】
野生型マウスCREBBP遺伝子のヌクレオチド配列を配列番号2並びに
図16および17に示す。矮小マウスで発見された変異型CREBBP遺伝子は、配列番号1の第1123位に相当するグアニンヌクレオチド(
図16中、四角で囲んで示す)が欠損しており、配列番号3に示すヌクレオチド配列を有した。野生型CREBBPおよび変異型CREBBPのアミノ酸配列を
図18および
図22に示す。野生型CREBBPが2441個のアミノ酸からなるのに対し、変異型CREBBPはフレームシフトにより386個のアミノ酸からなっていた。即ち、矮小マウスでは、CREBBPのC末端欠損が起こっていた。ヌクレオチド配列およびアミノ酸配列のアラインメントの一部を
図23に示す。
【0086】
CREBBP遺伝子はルビンシュタイン・テイビ症候群の原因遺伝子の1つであり、常染色体優性遺伝することが知られている。ルビンシュタイン・テイビ症候群の合併症として、低身長、幅広い鼻稜、鼻翼より下方に伸びた鼻中隔が知られており、これらは矮小マウスの特徴と一致する。従って、これらの結果は、矮小マウスをルビンシュタイン・テイビ症候群のモデルとして使用し得ることを示す。
【0087】
試験3:変異型CREBBP遺伝子を有するマウスの作製
マウスゲノム中の下記のヌクレオチド配列に点突然変異を導入するために、ゲノム編集を行った。
Exon 4 ENSMUSE00000295066 241 nt
TCCCAGTTGCAAACATCAGTGGGAATTGTACCCACACAAGCAATTGCAACAGGCCCCACAGCAGACCCTGAAAAACGCAAACTGATACAGCAGCAGCTGGTTCTACTGCTTCATGCCCACAAATGTCAGAGACGAGAGCAAGCAAATGGAGAGGTTCGAGCCTGTTCTCTCCCACACTGTCGAACCATGAAAAACGTTTTGAATCACATGACACATTGTCAGGCTGGGAAAGCCTGCCAAG(配列番号10)
【0088】
ACGAGAGCAAGCAAATGGAG(配列番号9)のヌクレオチド配列(配列番号10の下線部の配列)を標的とするsgRNAを使用した。
相同染色体の一方を変異させ、他方を変異させないために、下記のヌクレオチド配列を有する2種のノックイン用のオリゴヌクレオチドを使用した。
(1)点突然変異用のssODN
TGAAAAACGCAAACTGATACAGCAGCAGCTGGTTCTACTGCTTCATGCCCACAAATGTCAGAGACGAGAGCAAGCAAATGG-GAGGTTCGAGCCTGTTCTCTCCCACACTGTCGAACCATGAAAAACGTTTTGAATCACATGACACATTGTCAGGCTGGGAA(配列番号11)
(2)サイレント変異用のssODN
TGAAAAACGCAAACTGATACAGCAGCAGCTGGTTCTACTGCTTCATGCCCACAAATGTCAGAGACGAGAGCAAGCAAACGGCGAAGTTCGAGCCTGTTCTCTCCCACACTGTCGAACCATGAAAAACGTTTTGAATCACATGACACATTGTCAGGCTGGGAA(配列番号12)
【0089】
Cas9タンパク質100ng/ul、sgRNA100ng/ul、(1)および(2)のssODN各50ng/ulをエレクトロポレーション法によりB6NJclの受精卵119個に導入した。翌日正常に発生が進んだ110個を仮親4腹へ移植した。仮親4腹は、すべて自然分娩で出産した。31匹(雄10匹、雌21匹)の産子が得られた。遺伝子型を確認したところ、編集された個体は31匹中10匹であり、うちファウンダー候補は2匹であった。ファウンダー候補マウスをB6NJclマウスと交配し、産子のCREBBP遺伝子の配列を解読したところ、目的の点突然変異が確認された。この方法により人為的に作製された変異型マウスは、自然発生した変異型マウスと同様に、体格が小さく、頭部奇形(両眼乖離および鼻背長の短縮)および歩行異常を示した。これらの結果は、人為的に作製した変異型マウスを、自然発生した変異型マウスと同様に、ルビンシュタイン・テイビ症候群のモデルとして使用し得ることを示す。
【0090】
試験4:アレル特異的PCRによる変異検出
下記のプライマーおよび反応液を使用して、下記の反応条件のPCRにより、マウスのゲノムDNAを増幅した。下記のプライマーは、マウスのゲノムに試験2で同定された点突然変異がある場合に207bpの増幅産物が得られるように設計した。
フォワードプライマー:5'- GACGAGAGCAAGCAAATCGG -3'(配列番号13)
リバースプライマー:5'- TAGGCAGTGCAGGATTCCAA -3'(配列番号14)
【表2】
【表3】
【0091】
野生型マウスのゲノムDNAを用いると、核酸は増幅されなかった。自然発生した変異型マウスのゲノムDNAを用いると、核酸は増幅された。従って、この系により当該変異を検出することができる。
【産業上の利用可能性】
【0092】
ルビンシュタイン・テイビ症候群は発症機序が未だ不明であり、治療技術も確立されていないので、本開示の遺伝子改変動物にはリサーチツールとしての需要が見込まれる。また、本開示は、ルビンシュタイン・テイビ症候群の遺伝子診断に寄与し得る。
【配列表】