(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】セルロース繊維の成形体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
D21J 1/00 20060101AFI20231121BHJP
D21H 11/18 20060101ALI20231121BHJP
【FI】
D21J1/00
D21H11/18
(21)【出願番号】P 2019072863
(22)【出願日】2019-04-05
【審査請求日】2022-03-29
(31)【優先権主張番号】P 2018190491
(32)【優先日】2018-10-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390029148
【氏名又は名称】大王製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002321
【氏名又は名称】弁理士法人永井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】今井 貴章
(72)【発明者】
【氏名】三好 隆裕
【審査官】藤原 敬士
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-019200(JP,A)
【文献】特開2018-062727(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D21J 1/00 - 7/00
D21H 11/00 - 27/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース繊維を主成分とし、
前記セルロース繊維としてセルロースナノファイバー及びパルプを含み、
前記セルロースナノファイバーの原料パルプ及び前記パルプがリグニンを含み、
下記リグニン含有量が5~50質量%である、
ことを特徴とするセルロース繊維の成形体。
リグニンの含有量=(リグニンの質量/前記成形体の質量)×100(質量%)
【請求項2】
前記成形体の密度が0.8~1.5
g/cm
3
である、
請求項1に記載のセルロース繊維の成形体。
【請求項3】
前記セルロースナノファイバーの平均繊維径が10~500nm、前記パルプの平均繊維径が10~100μmであり、
前記セルロース繊維中の前記パルプの含有率が5~70質量%である、
請求項2に記載のセルロース繊維の成形体。
【請求項4】
前記パルプのフリーネスが10~800mlである、
請求項1~3のいずれか1項に記載のセルロース繊維の成形体。
【請求項5】
引張弾性率が5~20GPaである、
請求項1~4のいずれか1項に記載のセルロース繊維の成形体。
【請求項6】
セルロースナノファイバー及びパルプを使用してセルロース繊維のスラリーを調成し、このセルロース繊維のスラリーから湿紙を形成し、この湿紙を脱水及び加圧加熱して成形体を作製し、
前記セルロースナノファイバーの原料パルプ及び前記パルプとして、リグニン含有パルプを使用し、
下記リグニン含有量を5~50質量%とする、
ことを特徴とするセルロース繊維成形体の製造方法。
リグニンの含有量=(リグニンの質量/前記成形体の質量)×100(質量%)
【請求項7】
前記加圧加熱を温度180℃以上で行う、
請求項6に記載のセルロース繊維成形体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース繊維の成形体及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セルロース繊維をナノレベルまで解繊して得られるセルロースナノファイバー(CNF)は、強度、弾性、熱安定性等に優れていることから、各種用途への活用が期待されている。その1つとしては、セルロースナノファイバーのスラリーを乾燥、成形等して得られるセルロースナノファイバーの成形体が存在する。例えば、特許文献1は、セルロースナノファイバーを主成分とする高強度材料(成形体)を提案している。同文献は、セルロースナノファイバーの物性を特定した様々な提案を行っている。
【0003】
しかしながら、本発明者等は、現時点においては同文献のようにセルロースナノファイバーの物性を改良するのみでは、成形体の引張弾性率を向上させるに限界が存在するのではないかと認識している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする主たる課題は、引張弾性率を向上させることができるセルロース繊維の成形体、又は引張弾性率が現実に向上したセルロース繊維の成形体、及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために種々試験を行った中で、本発明者等は、まず、セルロースナノファイバーは高強度化のために用いられるセルロース繊維であるが、全てのセルロース繊維をセルロースナノファイバーとするよりも一部をパルプとする方が引張弾性率に優れることを知見した。また、セルロースナノファイバーが、好ましくはセルロースナノファイバー及びパルプがリグニン含有パルプであると、成形体の引張弾性率をより向上させることができることを知見した。具体的には、成形体(中間体)を加圧加熱することで得られる最終製品(成形体)は現実に引張弾性率が向上することを知見した。このような知見に基づいて想到するに至ったのが、次に示す手段である。
【0007】
(請求項1に記載の手段)
セルロース繊維を主成分とし、
前記セルロース繊維としてセルロースナノファイバー及びパルプを含み、
前記セルロースナノファイバーの原料パルプ及び前記パルプがリグニンを含み、
下記リグニン含有量が5~50質量%である、
ことを特徴とするセルロース繊維の成形体。
リグニンの含有量=(リグニンの質量/前記成形体の質量)×100(質量%)
【0008】
(請求項2に記載の手段)
前記成形体の密度が0.8~1.5g/cm
3
である、
請求項1に記載のセルロース繊維の成形体。
【0009】
(請求項3に記載の手段)
前記セルロースナノファイバーの平均繊維径が10~500nm、前記パルプの平均繊維径が10~100μmであり、
前記セルロース繊維中の前記パルプの含有率が5~70質量%である、
請求項2に記載のセルロース繊維の成形体。
【0010】
(請求項4に記載の手段)
前記パルプのフリーネスが10~800mlである、
請求項1~3のいずれか1項に記載のセルロース繊維の成形体。
【0011】
(請求項5に記載の手段)
引張弾性率が5~20GPaである、
請求項1~4のいずれか1項に記載のセルロース繊維の成形体。
【0012】
(請求項6に記載の手段)
セルロースナノファイバー及びパルプを使用してセルロース繊維のスラリーを調成し、このセルロース繊維のスラリーから湿紙を形成し、この湿紙を脱水及び加圧加熱して成形体を作製し、
前記セルロースナノファイバーの原料パルプ及び前記パルプとして、リグニン含有パルプを使用し、
下記リグニン含有量を5~50質量%とする、
ことを特徴とするセルロース繊維成形体の製造方法。
リグニンの含有量=(リグニンの質量/前記成形体の質量)×100(質量%)
【0013】
(請求項7に記載の手段)
前記加圧加熱を温度180℃以上で行う、
請求項6に記載のセルロース繊維成形体の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、引張弾性率を向上させることができるセルロース繊維の成形体、又は引張弾性率が現実に向上したセルロース繊維の成形体、及びその製造方法となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明を実施するための形態を説明する。なお、本実施の形態は本発明の一例である。本発明の範囲は、本実施の形態の範囲に限定されない。
【0017】
本形態のセルロース繊維の成形体には、引張弾性率を向上させることができる中間体としての成形体(以下、単に「中間体」とも言う。)と、現実に引張弾性率が向上した最終製品としての成形体(以下、単に「最終製品」とも言う。)とが存在する。中間体は、セルロース繊維を主成分とする。このセルロース繊維は、セルロースナノファイバーに加えてパルプを含む。また、中間体は、リグニン含有量が所定の範囲とされている。他方、最終製品は、中間体が加圧加熱(好ましくは180℃以上で)されたものである。この最終製品は、例えば、セルロースナノファイバー及びパルプを使用してセルロース繊維のスラリーを調成し、このセルロース繊維のスラリーから湿紙を形成し、この湿紙を脱水及び加圧加熱することで得られる。以下、順に説明する。
【0018】
(セルロースナノファイバー)
セルロースナノファイバーは、セルロース繊維の水素結合点を増やし、もって成形体の強度を向上する役割を有する。セルロースナノファイバーは、原料パルプを解繊(微細化)することで得ることができる。
【0019】
セルロースナノファイバーの原料パルプとしては、例えば、広葉樹、針葉樹等を原料とする木材パルプ、ワラ・バガス・綿・麻・じん皮繊維等を原料とする非木材パルプ、回収古紙、損紙等を原料とする古紙パルプ(DIP)等の中から1種又は2種以上を選択して使用することができる。なお、以上の各種原料は、例えば、セルロース系パウダーなどと言われる粉砕物の状態等であってもよい。
【0020】
ただし、不純物の混入を可及的に避けるために、木材パルプを使用するのが好ましい。木材パルプとしては、例えば、広葉樹クラフトパルプ(LKP)、針葉樹クラフトパルプ(NKP)等の化学パルプ、機械パルプ(TMP)等の中から1種又は2種以上を選択して使用することができる。
【0021】
広葉樹クラフトパルプは、広葉樹晒クラフトパルプであっても、広葉樹未晒クラフトパルプであっても、広葉樹半晒クラフトパルプであってもよい。同様に、針葉樹クラフトパルプは、針葉樹晒クラフトパルプであっても、針葉樹未晒クラフトパルプであっても、針葉樹半晒クラフトパルプであってもよい。
【0022】
機械パルプとしては、例えば、ストーングランドパルプ(SGP)、加圧ストーングランドパルプ(PGW)、リファイナーグランドパルプ(RGP)、ケミグランドパルプ(CGP)、サーモグランドパルプ(TGP)、グランドパルプ(GP)、サーモメカニカルパルプ(TMP)、ケミサーモメカニカルパルプ(CTMP)、リファイナーメカニカルパルプ(RMP)、漂白サーモメカニカルパルプ(BTMP)等の中から1種又は2種以上を選択して使用することができる。
【0023】
セルロース繊維スラリーの脱水性の観点からは、原料パルプとしてリグニンを含有するパルプを使用するのが好ましく、機械パルプを使用するのがより好ましく、BTMPを使用するのが特に好ましい。セルロース繊維スラリーの脱水が容易であると、その後の乾燥が容易になる。
【0024】
セルロースナノファイバーの解繊に先立っては、化学的手法によって前処理することもできる。化学的手法による前処理としては、例えば、酸による多糖の加水分解(酸処理)、酵素による多糖の加水分解(酵素処理)、アルカリによる多糖の膨潤(アルカリ処理)、酸化剤による多糖の酸化(酸化処理)、還元剤による多糖の還元(還元処理)等を例示することができる。
【0025】
解繊に先立ってアルカリ処理すると、パルプが持つヘミセルロースやセルロースの水酸基が一部解離し、分子がアニオン化することで分子内及び分子間水素結合が弱まり、解繊におけるセルロース繊維の分散が促進される。
【0026】
アルカリ処理に使用するアルカリとしては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化リチウム、水酸化カリウム、アンモニア水溶液、水酸化テトラメチルアンモニウム、水酸化テトラエチルアンモニウム、水酸化テトラブチルアンモニウム、水酸化ベンジルトリメチルアンモニウム等の有機アルカリ等を使用することができる。ただし、製造コストの観点からは、水酸化ナトリウムを使用するのが好ましい。
【0027】
解繊に先立って酵素処理や酸処理、酸化処理を施すと、セルロースナノファイバーの保水度を低く、結晶化度を高くすることができ、かつ均質性を高くすることができる。この点、セルロースナノファイバーの保水度が低いと脱水し易くなり、セルロース繊維スラリーの脱水性が向上する。
【0028】
原料パルプを酵素処理や酸処理、酸化処理すると、パルプが持つヘミセルロースやセルロースの非晶領域が分解され、結果、微細化処理のエネルギーを低減することができ、セルロース繊維の均一性や分散性を向上することができる。セルロース繊維の分散性は、例えば、成形体の均質性向上に資する。ただし、前処理は、セルロースナノファイバーのアスペクト比を低下させるため、過度の前処理は避けるのが好ましい。
【0029】
原料パルプの解繊は、例えば、ビーター、高圧ホモジナイザー、高圧均質化装置等のホモジナイザー、グラインダー、摩砕機等の石臼式摩擦機、単軸混練機、多軸混練機、ニーダーリファイナー、ジェットミル等を使用して原料パルプを叩解することによって行うことができる。ただし、リファイナーやジェットミルを使用して行うのが好ましい。
【0030】
原料パルプの解繊は、得られるセルロースナノファイバーの平均繊維径、平均繊維長、保水度、結晶化度、擬似粒度分布のピーク値、パルプ粘度、分散液のB型粘度が、以下に示すような所望の値又は評価となるように行うのが好ましい。
【0031】
セルロースナノファイバーの平均繊維径(平均繊維幅。単繊維の直径平均。)は、好ましくは10~500nm、より好ましくは15~450nm、特に好ましくは20~400nmである。セルロースナノファイバーの平均繊維径が10nmを下回ると、セルロース繊維スラリーの脱水性が悪化するおそれがある。また、セルロース繊維スラリーから成形体等を製造する場合においては、当該成形体が緻密になり過ぎ、乾燥性が悪化するおそれがある。
【0032】
他方、セルロースナノファイバーの平均繊維径が500nmを上回ると、水素結合点の増加効果が得られないおそれがある。
【0033】
セルロースナノファイバーの平均繊維径は、例えば、原料パルプの選定、前処理、解繊等によって調整することができる。
【0034】
セルロースナノファイバーの平均繊維径の測定方法は、次のとおりである。
まず、固形分濃度0.01~0.1質量%のセルロースナノファイバーの水分散液100mlをテフロン(登録商標)製メンブレンフィルターでろ過し、エタノール100mlで1回、t-ブタノール20mlで3回溶媒置換する。次に、凍結乾燥し、オスミウムコーティングして試料とする。この試料について、構成する繊維の幅に応じて3,000倍~30,000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡SEM画像による観察を行う。具体的には、観察画像に二本の対角線を引き、対角線の交点を通過する直線を任意に三本引く。さらに、この三本の直線と交錯する合計100本の繊維の幅を目視で計測する。そして、計測値の中位径を平均繊維径とする。
【0035】
セルロースナノファイバーの平均繊維長(単繊維の長さ)は、好ましくは0.3~2000μm、より好ましくは0.4~200μm、特に好ましくは0.5~20μmである。セルロースナノファイバーの平均繊維長が0.3μmを下回ると、セルロース繊維スラリーから成形体等を製造する場合において、脱水の過程で流出する繊維の割合が多くなり、また、成形体等の強度を担保することができなくなるおそれがある。
【0036】
他方、セルロースナノファイバーの平均繊維長が2000μmを上回ると、繊維同士が絡み易くなり、また、セルロース繊維スラリーから成形体等を製造する場合において、当該成形体の表面性が悪化するおそれがある。
【0037】
セルロースナノファイバーの平均繊維長は、例えば、原料パルプの選定、前処理、解繊等によって調整することができる。
【0038】
セルロースナノファイバーの平均繊維長の測定方法は、平均繊維径の場合と同様にして、各繊維の長さを目視で計測する。計測値の中位長を平均繊維長とする。
【0039】
セルロースナノファイバーの保水度は、例えば90~600%、好ましくは100~300%、より好ましくは120~280%である。セルロースナノファイバーの保水度が90%を下回ると、セルロースナノファイバーの分散性が悪化し、パルプと均一に混合することができなくなるおそれがある。
【0040】
他方、セルロースナノファイバーの保水度が300%を上回ると、セルロースナノファイバー自体の保水力が高くなり、セルロース繊維スラリーの脱水性が悪化するおそれがある。
【0041】
セルロースナノファイバーの保水度は、例えば、原料パルプの選定、前処理、解繊等によって調整することができる。
【0042】
セルロースナノファイバーの保水度は、JAPAN TAPPI No.26(2000)に準拠して測定した値である。
【0043】
セルロースナノファイバー結晶化度は、好ましくは45~90%、より好ましくは50~75%、特に好ましくは60~70%である。セルロースナノファイバーの結晶化度が以上の範囲内であれば、セルロース繊維スラリーから成形体等を製造する場合等において、当該成形体等の強度を担保することができる。
【0044】
セルロースナノファイバーの結晶化度は、例えば、原料パルプの選定、前処理、解繊等で任意に調整することができる。
【0045】
セルロースナノファイバーの擬似粒度分布曲線におけるピーク値は、1つのピークであるのが好ましい。1つのピークである場合、セルロースナノファイバーは、繊維長及び繊維径の均一性が高く、セルロース繊維スラリーの脱水性に優れる。
【0046】
セルロースナノファイバーのピーク値は、例えば1~100μm、好ましくは3~80μm、より好ましくは5~60μmである。
【0047】
セルロースナノファイバーのピーク値は、例えば、原料パルプの選定、前処理、解繊等によって調整することができる。
【0048】
セルロースナノファイバーのピーク値は、ISO-13320(2009)に準拠して測定した値である。より詳細には、まず、粒度分布測定装置(株式会社セイシン企業のレーザー回折・散乱式粒度分布測定器)を使用してセルロースナノファイバーの水分散液の体積基準粒度分布を調べる。次に、この分布からセルロースナノファイバーの中位径を測定する。この中位径をピーク値とする。
【0049】
セルロースナノファイバーのパルプ粘度は、好ましくは1~10cps、より好ましくは1~9cps、特に好ましくは1~8cpsである。パルプ粘度は、セルロースを銅エチレンジアミン液に溶解させた後の溶解液の粘度であり、パルプ粘度が大きいほどセルロースの重合度が大きいことを示している。パルプ粘度が以上の範囲内であれば、スラリーに脱水性を付与しつつ、成形体としたときの機械的物性を保持できる。
【0050】
解繊して得られたセルロースナノファイバーは、必要により、パルプと混合するに先立って水系媒体中に分散して分散液としておくことができる。水系媒体は、全量が水であるのが特に好ましい(水溶液)。ただし、水系媒体は、一部が水と相溶性を有する他の液体であってもよい。他の液体としては、例えば、炭素数3以下の低級アルコール類等を使用することができる。
【0051】
セルロースナノファイバーの分散液(濃度1%)のB型粘度は、好ましくは10~4000cps、より好ましくは15~400cps、特に好ましくは20~300cpsである。分散液のB型粘度を以上の範囲内にすると、パルプとの混合が容易になり、また、セルロース繊維スラリーの脱水性が向上する。
【0052】
セルロースナノファイバーの分散液のB型粘度(固形分濃度1%)は、JIS-Z8803(2011)の「液体の粘度測定方法」に準拠して測定した値である。B型粘度は分散液を攪拌したときの抵抗トルクであり、高いほど攪拌に必要なエネルギーが多くなることを意味する。
【0053】
(パルプ)
本形態においてパルプは、セルロース繊維スラリーの脱水性を向上する役割を有する。ただし、パルプは、セルロース繊維スラリーの保水度及び自重脱水性が所定の範囲内になるように含ませるのが好ましい。このような限定を加えることで、セルロース繊維スラリーから成形体等を製造した場合において、当該成形体等の強度を担保することができる。なお、保水度及び自重脱水性の詳細については、後述する。
【0054】
セルロースナノファイバー及びパルプの平均繊維径を特定の範囲とした場合において、セルロース繊維中におけるパルプの含有率は、好ましくは1~70質量%、より好ましくは5~60質量%、特に好ましくは10~50質量%である。パルプの含有率が5質量%を下回ると、セルロース繊維スラリーの脱水性が十分に向上しないおそれがある。
【0055】
他方、パルプの含有率が70質量%を上回ると、結果的にセルロースナノファイバーの含有率が減る結果、セルロース繊維の水素結合点が減少し、セルロース繊維スラリーから成形体等を製造した場合において、当該成形体等の強度が担保されないおそれがある。
【0056】
パルプとしては、セルロースナノファイバーの原料パルプと同様のものを使用することができる。ただし、パルプとしては、セルロースナノファイバーの原料パルプと同じものを使用するのが好ましい。パルプとしてセルロースナノファイバーの原料パルプと同じものを使用すると、両者の親和性が向上し、結果、セルロース繊維スラリーや成形体等の均質性が向上する。
【0057】
また、パルプとしては、セルロースナノファイバーの場合と同様にリグニンを含有するパルプを使用するのが好ましく、機械パルプを使用するのがより好ましく、BTMPを使用するのが特に好ましい。これらのパルプを使用すると、セルロース繊維スラリーの脱水性がより向上する。また、成形体の引張弾性率が向上する。
【0058】
パルプの平均繊維径(平均繊維幅。単繊維の直径平均。)は、好ましくは10~100μm、より好ましくは10~80μm、特に好ましくは10~60μmである。パルプの平均繊維径が以上の範囲内であれば、パルプの含有率を前述した範囲内とすることで、セルロース繊維スラリーの脱水性がより向上する。
【0059】
パルプの平均繊維径は、例えば、パルプの選定、軽い解繊等によって調整することができる。
【0060】
パルプの平均繊維径の測定方法は、次のとおりである。
まず、固形分濃度0.01~0.1質量%のパルプの水分散液100mlをテフロン(登録商標)製メンブレンフィルターでろ過し、エタノール100mlで1回、t-ブタノール20mlで3回溶媒置換する。次に、凍結乾燥し、オスミウムコーティングして試料とする。この試料について、構成する繊維の幅に応じて100倍~1000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡SEM画像による観察を行う。具体的には、観察画像に二本の対角線を引き、対角線の交点を通過する直線を任意に三本引く。さらに、この三本の直線と交錯する合計100本の繊維の幅を目視で計測する。そして、計測値の中位径を平均繊維径とする。
【0061】
パルプのフリーネスは、好ましくは10~800ml、より好ましくは20~500ml、特に好ましくは30~300mlである。パルプのフリーネスが800mlを上回ると、セルロース繊維スラリーの脱水性が十分に向上しないおそれがある。
【0062】
他方、パルプのフリーネスが10mlを下回ると、セルロース繊維スラリーの脱水性が十分に向上しないおそれがあることと、パルプ繊維自体の剛直性が低下し、成形体を支持する繊維として機能しなくなるおそれがある。
【0063】
パルプのフリーネスは、JIS P8121-2(2012)に準拠して測定した値である。
【0064】
(リグニン)
本形態の成形体は、リグニンを含有する。本形態においてリグニンは、二次加工等において熱履歴(処理)を加えた場合において、成形体の引張弾性率を向上させる役割を有する。この観点から、リグニンの含有量(率)は、好ましくは5~50質量%、より好ましくは15~40質量%、特に好ましくは20~35質量%である。リグニンの含有量が5質量%を下回ると、セルロース繊維スラリーの脱水性が十分に向上しないおそれがある。また、リグニンを5質量%以上含有すると成形体の引張弾性率をより向上させることができる。この点、セルロースナノファイバーは180℃程度の高い温度領域下で加圧を受けると引張物性が低下する。しかしながら、リグニンを含有すると、当該リグニンの熱可塑性により、高温度に晒されて溶融したリグニンが成形体中に均一に拡がるため、引張物性が向上するものと考えられる。他方、リグニンの含有量が50質量%を上回ると、セルロースナノファイバーとパルプとの水素結合を阻害し、例えば、成形体等の物性等を低下させるおそれがある。
【0065】
リグニンの含有量は、(リグニンの質量/セルロース繊維スラリー中の固形物(リグニンも含む)の質量)×100(%)を意味する。
【0066】
リグニンは、リグニンをセルロースナノファイバーやパルプに別途添加し、混合することで上記含有量にすることも、セルロースナノファイバーの原料パルプやパルプとしてリグニン含有パルプを使用することで上記含有量にすることも、これら両者によることもできる。ただし、セルロースナノファイバーの原料パルプやパルプとしてリグニン含有パルプを使用する方が好ましい。リグニン含有パルプを使用すると、セルロース繊維の吸水性が低下し、もってセルロース繊維スラリーの脱水性が向上するものと考えられる。しかも、リグニン含有パルプにおいてはセルロース繊維自体とリグニンとが化学結合を介して繋がっているため、成形体等とした場合に高い機械的物性が得られる。さらには、リグニンを別途添加する場合に比べて、工程数を減らせることからコストを抑えることができる。
【0067】
リグニンを別途添加する場合、リグニンとしては、例えば、クラフトリグニン、サルファイトリグニン、ソーダリグニン、Klasonリグニン、酸可溶性リグニン、ミルドウッドリグニン等の中から1種又は2種以上を選択して使用することができる。ただし、元々植物繊維に存在しているリグニンと形態や化学構造等がもっとも近いと言われるミルドウッドリグニンを使用するのが好ましい。
【0068】
リグニンの含有量は、リグニン含有率試験方法(JAPAN TAPPI No.61(2000))に準拠して行うことで測定した値である、なお、カッパー価試験方法(JIS P 8211(2011))に準拠した方法でもリグニン含有量を測定することができる。
【0069】
なお、リグニンは熱可塑性を有することが知られており(例えば、特開2012-236811号公報参照。)、融点(当該文献では融点160~174℃とされている。)以上の温度で成形加工すると、溶融したリグニンが成形体等に行き渡ることで均質化し、全体としての機械的物性が向上するものと考えられる。
【0070】
(スラリーの調成)
図1に示すように、セルロースナノファイバーC及びパルプPは、所定の割合で混合し、好ましくはパルプPの含有率が前述した範囲内となるように混合し、もってセルロース繊維のスラリーSを調成する(スラリー調成工程10)。セルロースナノファイバーC及びパルプPは、それぞれを分散液の状態で混合することもできる。
【0071】
セルロースナノファイバーC及びパルプPの混合に際しては、水等の媒体Wを加える等して、セルロース繊維スラリーS中におけるセルロース繊維の固形分濃度を調節すると好適である。セルロース繊維の固形分濃度は、好ましくは1~15質量%、より好ましくは1~12質量%、特に好ましくは1~10質量%である。セルロース繊維の固形分濃度が1質量%を下回ると、流動性が高く、脱水工程30においてセルロース繊維が流出してしまうおそれが高くなる。
【0072】
他方、セルロース繊維の固形分濃度が15質量%を上回ると、流動性が著しく低下し、加工性が悪化するため、例えば、成形体を製造する工程において厚みのむらが発生し易くなり、均質な成形体を得ることが困難になるおそれがある。
【0073】
水等の媒体(水系媒体)Wは、全量が水であるのが好ましい。ただし、水系媒体Wは、一部が水と相溶性を有する他の液体であってもよい。他の液体としては、例えば、炭素数3以下の低級アルコール類や、炭素数5以下のケトン類等を使用することができる。
【0074】
セルロース繊維のスラリーは、パルプの含有率を適宜調節することで、保水度比が0.50~0.99となるようにするのが好ましく、0.55~0.98となるようにするのがより好ましく、0.60~0.97となるようにするのが特に好ましい。
【0075】
以上に加えて、セルロース繊維のスラリーは、パルプの種類や含有率を適宜調節することで、自重脱水性が1.1~3.0となるようにするのが好ましく、1.4~2.8となるようにするのがより好ましく、1.5~2.5となるようにするのが特に好ましい。
【0076】
セルロース繊維スラリーSの保水度比0.50以上に、また、自重脱水性を3.0以下にすることで、最終的に得られる成形体(最終製品)Xの強度を担保することができる。
【0077】
セルロース繊維スラリーSの保水度は、以下の方法によって測定した値である。
【0078】
まず、セルロース繊維のスラリー(濃度2質量%)を遠心分離機(条件:3000G、15分)によって脱水し、得られた脱水物の質量を測定する。次に、当該脱水物を完全に乾燥し、得られた乾燥物の質量を測定する。そして、保水度(%)=(脱水物の質量-乾燥物の質量)/セルロース繊維スラリーの質量×100とする。
【0079】
保水度は一定の遠心力をかけた後にスラリーに残存する水量のことであり、保水度が低いほど脱水性が良好であることを示す。また、保水度比が低いほど、元々のセルロースナノファイバースラリーから保水度が減少したことを示し、脱水性が増加したことを示す。
【0080】
一方、セルロース繊維スラリーの自重脱水性は、以下の方法によって測定した値である。
セルロース繊維のスラリーを吸水基材の上の金網(300メッシュ、幅10cm×長さ10cm×厚さ2mm)に塗工し、2分間放置する。そして、自重脱水性=2分間放置後の固形分濃度/塗工前の固形分濃度とする。
【0081】
(成形体)
以上のようにして得たスラリーは、適宜、湿紙形成20、脱水30及び加圧加熱40等することで中間体としての成形体X、あるいは最終製品としての成形体Xを得ることができる。スラリーSから成形体Xを製造する方法は様々存在するが、例えば、特開2018-62727号公報(セルロースナノファイバー成形体)に記載の方法によると好適である。なお、湿紙の形成方法について、前述したのは好適な例であり、本形態の製造方法をこれに限定する趣旨ではない。
【0082】
なお、加熱に関して、当該加熱の温度は、製造コスト低減という点で高温である方が好ましい。しかしながら、原料パルプとしてリグニン含有率の低いもの、例えばLBKP由来のパルプを用いた場合は、加熱温度を180℃程度まで上げると、引張物性が低下する。このことは、加熱温度の制限になり、例えば、展開される用途が限られるという問題がある。もちろん、加熱温度を上げることができないと、乾燥に時間を要し、製造コストが高くなるという問題もある。
【0083】
以上のようにして得られた成形体Xは、 密度が、好ましくは0.8~1.5g/cm
3
、より好ましくは0.9~1.4g/cm
3
、特に好ましくは1.0~1.3g/cm
3
である。成形体Xの密度が0.8g/cm
3
を下回ると、水素結合点の減少を原因として強度が十分であるとされるおそれがある。
【0084】
成形体Xの密度は、JIS-P-8118:1998に準拠して測定した値である。
【0085】
以上のようにして成形体Xを製造する場合において、シートの引張破壊ひずみは、10%以下が好ましく、5%以下がより好ましく、4%以下が特に好ましく、3%以下が最も好ましい。引用破壊ひずみが上記上限を超えると、ひずみが大きく用途が限られることがある。他方、成形体Xの引張破壊ひずみは、0%が最もよいが、例えば、1~3%であっても許容される。
【0086】
加圧加熱する前、好ましくは加圧加熱する前及び加圧加熱した後の成形体Xの引張弾性率は、好ましくは5~20GPa、より好ましくは7~18GPa、特に好ましくは8~16GPaである。
【0087】
引張強度は、好ましくは10~250GPa、より好ましくは20~200GPa、特に好ましくは30~150GPaである。
【0088】
成形体Xの引張破壊ひずみ及び引張弾性率及び引張強度は、JIS K7127:1999に準拠し、温度23℃の環境下、試験片をJIS-K6251で定める引張2号型ダンベル状とし、試験速度を10mm/分として測定した値である。
【0089】
成形体Xのセルロース繊維の含有量の下限は、固形分換算で90質量%が好ましく、99質量%がより好ましく、99.9質量%が特に好ましい。この範囲とされていることで、セルロース繊維間の強い水素結合等によって成形体の強度をより高めることができる。また、熱安定性も高く、環境への負荷の低減等も図ることができる。
【0090】
(その他)
セルロース繊維のスラリーSには、必要により、例えば、酸化防止剤、腐食防止剤、光安定剤、紫外線吸収剤、耐熱安定剤、分散剤、消泡剤、スライムコントロール剤、防腐剤等の添加剤を添加することができる。
【0091】
セルロース繊維のスラリーには、必要により、セルロースナノファイバーよりも平均繊維径の太いマイクロ繊維セルロース(MFC)を混合することもできる。
【実施例】
【0092】
次に、本発明の実施例について説明する。
セルロース繊維としてセルロースナノファイバー及びパルプを含むセルロース繊維のスラリーを作製し、保水度及び自重脱水性を調べる試験を行った。セルロースナノファイバーの原料パルプ及びパルプとしては、紙パルプであるLBKP又はBTMPを使用した。セルロースナノファイバーは、原料パルプ(LBKP又はBTMP、水分率98質量%)をリファイナーで予備叩解し、次いで高圧ホモジナイザーで解繊して得た。このセルロースナノファイバーは、濃度2質量%の水分散液であった。LBKPを用いて得られたセルロースナノファイバーは、平均繊維径30nm、保水度348%、結晶化度75%であった。BTMPを用いて得られたセルロースナノファイバーは、平均繊維径20nm、保水度270%、結晶化度66%であった。また、パルプは、LBKPの場合は平均繊維径20μm、フリーネス557mlであった。BTMPの場合は平均繊維径20μm、フリーネス50mlであった。セルロースナノファイバー及びパルプは、表1中に示す配合割合(乾燥重量)で混合した。セルロースナノファイバー及びパルプは、試験例毎に同品種のもの(LBKP同士又はBTMP同士)を使用した。
【0093】
次に、得られたセルロース繊維のスラリーから厚さ100μmのシート(成形体)を作製し、当該成形体について引張弾性率及び引張強度を調べる試験を行った。具体的には、まず、セルロース繊維のスラリーから湿紙を作製し、この湿紙を加圧脱水及び加圧加熱して成形体を作製した。加圧脱水は、25℃、0.41MPaで5分間行った。また、加圧加熱は、120℃、2MPaで5分間行った。得られた成形体の密度は、1.0g/cm
3
であった。なお、LBKPのリグニン含有率は0.1%、BTMPのリグニン含有率は24%であった。
【0094】
さらに、以上の加圧脱水及び加圧加熱で得られた成形体について、再度の加圧加熱を行い、引張弾性率を調べる試験を行った。再度の加熱加圧は、180℃、2MPaで5分間行った。
【0095】
結果を表1に示した。加圧加熱を行う前の成形体が試験例1及び試験例3、加圧加熱を行った後の成形体が試験例2及び試験例4である。なお、保水度、自重脱水性の測定方法は、前述したとおりである。また、引張弾性率及び引張強度の測定方法は、次のとおりである。
【0096】
引張弾性率は、JIS K7127:1999に準拠して測定した。試験片(シート)は、JIS-K6251で定める引張2号型ダンベル状とした。試験速度は、10mm/分とした。また、温度23℃、湿度50%の環境下で測定した。
【0097】
引張強度は、JIS K7127:1999に準拠して測定した。試験片(シート)は、JIS-K6251で定める引張2号型ダンベル状とした。試験速度は、10mm/分とした。また、温度23℃、湿度50%の環境下で測定した。
【0098】
【0099】
(考察)
表1から、セルロース繊維がリグニンを含有すると、加圧加熱した場合において引張弾性率が向上することが分かる。また、リグニンを含有する場合においては、加圧加熱すると引張強度も向上することが分かる。
【0100】
次に、リグニンの含有率及び再加熱の影響に関する詳細な試験を行った。
まず、セルロースナノファイバーのスラリー(BTMP又はLBKP)とパルプ水分散体(BTMP又はLBKP)を、表2に示す割合で混合、撹拌し、濃度2.0%の原料スラリーを調製した。調製した原料スラリーを遠心分離器で濃縮(条件:8500rpm、15℃、10分)した後、水で希釈して濃度5.0質量%の原料を調製した。
【0101】
次に、300メッシュの金網上に、塗工直後の厚みが2mmとなるように上記のようにして調製した原料を塗工した。塗工した原料の上から300メッシュの金網を重ね、原料を金網で挟み込んだ積層体をさらにシート状の吸水材で挟み込み、これを0.41MPaの条件で5分間プレスして湿紙を得た。この湿紙を120℃、2MPaの条件で5分間熱プレスし、成形体を得た。
【0102】
この成形体は、再加熱無、180℃又は200℃と条件を変化させ、かつ2MPaの条件で5分間再加圧加熱した。
【0103】
試験例1~4と同様の方法で、引張物性を評価した。結果を表2に示した。
【0104】
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明は、セルロース繊維の成形体及びその製造方法として利用可能である。
【符号の説明】
【0106】
10 スラリー調成工程
20 湿紙形成工程
30 脱水工程
40 加圧加熱工程
C セルロースナノファイバー
P パルプ
W 水等の媒体
X 成形体