(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】セラミックス切削工具、及び切削工具
(51)【国際特許分類】
C04B 35/56 20060101AFI20231121BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20231121BHJP
【FI】
C04B35/56 260
B23B27/14 B
B23B27/14 A
(21)【出願番号】P 2020052194
(22)【出願日】2020-03-24
【審査請求日】2022-10-19
(73)【特許権者】
【識別番号】523194617
【氏名又は名称】NTKカッティングツールズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】黒木 義博
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 雅人
(72)【発明者】
【氏名】豊田 亮二
【審査官】大西 美和
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/098937(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/124108(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/002743(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/019391(WO,A1)
【文献】特開2009-242181(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/10
C04B 35/56
B23B 27/00-29/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン、アルミナ、及びジルコニアを含むセラミックス切削工具であって、
すくい面の任意の位置における4.5μm×6.0μmの範囲において、他の炭化タングステン結晶粒子に隣接することなくアルミナ結晶粒子に包囲され、かつ最大径が0.01μm以上0.20μm以下である特定炭化タングステン結晶粒子が複数存在し、前記特定炭化タングステン結晶粒子間の最近接距離が0.10μm以上1.50μm以下であ
り、
前記アルミナ結晶粒子の平均粒径Aは、0.30μm以下であり、
前記特定炭化タングステン結晶粒子を含めた前記炭化タングステン結晶粒子の平均粒径Bは、0.30μm以下であり、
前記平均粒径Aと前記平均粒径Bとが、下記関係式を満たす、セラミックス切削工具。
0.50≦A/(A+B)≦0.60
【請求項2】
更にコバルトを含む、請求項
1に記載のセラミックス切削工具。
【請求項3】
前記炭化タングステンの含有量が21体積%以上39体積%以下であり、
前記ジルコニアの含有量が0.50体積%以上0.90体積%以下であり、
前記コバルトの含有量が0.01体積%以上0.15体積%以下であり、
前記コバルトは、前記炭化タングステン結晶粒子同士の粒界に存在している、請求項
2に記載のセラミックス切削工具。
【請求項4】
温度25℃でのビッカース硬度Hvが2200以上であり、かつ温度25℃でのビッカース硬度Hvに対する温度1000℃でのビッカース硬度Hvが40%以上である、請求項1から
3のいずれか一項に記載のセラミックス切削工具。
【請求項5】
表面に被覆層が形成されている、請求項1から
4のいずれか一項に記載のセラミックス切削工具。
【請求項6】
超硬合金で構成された台座と、
前記台座にロウ材を介して接合された請求項1から
5のいずれか一項に記載のセラミックス切削工具と、を備えてなる、切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、セラミックス切削工具、及び切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミナ(酸化アルミニウム)は耐酸化性に優れ、炭化タングステンは高剛性・高硬度な特徴を有する化合物である。例えば、特許文献1,2では、アルミナ、炭化タングステン、ジルコニア(酸化ジルコニウム)を複合化させた組成物を用いたセラミックス切削工具が開示されている。これらのセラミックス切削工具は、鋳鉄や耐熱合金等の切削に用いることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2014/002743号公報
【文献】国際公開第2017/098937号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、近年の切削加工市場においては、より効率的な切削が求められている。例えば、より切削速度を早くして短時間で加工を完了させることが切望されている。
このような状況の下、従来技術で作られたセラミックス切削工具を、例えば焼入れ鋼用の切削工具として用いた場合には次の課題があった。すなわち、加工速度の増加に伴って、セラミック切削工具に用いられる焼結体において、微小な結晶粒子が凝集した箇所が起
点となって切削工具の刃先にチッピングが発生し、摩耗量が大きくなる課題があった。
本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、切削工具の耐摩耗性を高めることを目的とする。本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
〔1〕炭化タングステン、アルミナ、及びジルコニアを含むセラミックス切削工具であって、
すくい面の任意の位置における4.5μm×6.0μmの範囲において、他の炭化タングステン結晶粒子に隣接することなくアルミナ結晶粒子に包囲され、かつ最大径が0.01μm以上0.20μm以下である特定炭化タングステン結晶粒子が複数存在し、前記特定炭化タングステン結晶粒子間の最近接距離が0.10μm以上1.50μm以下である、セラミックス切削工具。
【0006】
〔2〕前記アルミナ結晶粒子の平均粒径Aは、0.30μm以下であり、
前記特定炭化タングステン結晶粒子を含めた前記炭化タングステン結晶粒子の平均粒径Bは、0.30μm以下であり、
前記平均粒径Aと前記平均粒径Bとが、下記関係式を満たす、〔1〕に記載のセラミックス切削工具。
0.50≦A/(A+B)≦0.60
【0007】
〔3〕更にコバルトを含む、〔1〕又は〔2〕に記載のセラミックス切削工具。
【0008】
〔4〕前記炭化タングステンの含有量が21体積%以上39体積%以下であり、
前記ジルコニアの含有量が0.50体積%以上0.90体積%以下であり、
前記コバルトの含有量が0.01体積%以上0.15体積%以下であり、
前記コバルトは、前記炭化タングステン結晶粒子同士の粒界に存在している、〔3〕に記載のセラミックス切削工具。
【0009】
〔5〕温度25℃でのビッカース硬度Hvが2200以上であり、かつ温度25℃でのビッカース硬度Hvに対する温度1000℃でのビッカース硬度Hvが40%以上である、〔1〕から〔4〕のいずれか一項に記載のセラミックス切削工具。
【0010】
〔6〕表面に被覆層が形成されている、請求項1から5のいずれか一項に記載のセラミックス切削工具。
【0011】
〔7〕超硬合金で構成された台座と、
前記台座にロウ材を介して接合された〔1〕から〔6〕のいずれか一項に記載のセラミックス切削工具と、を備えてなる、切削工具。
【発明の効果】
【0012】
本開示のセラミックス切削工具は、特定炭化タングステン結晶粒子間の最近接距離が0.10μm以上1.50μm以下であることにより、耐摩耗性が高い。
アルミナ結晶粒子の平均粒径と、特定炭化タングステン結晶粒子を含めた炭化タングステン結晶粒子の平均粒径とが所定の関係式を満たす場合には、セラミックス切削工具の耐摩耗性がより高くなる。
更にコバルトを含む場合には、セラミックス切削工具の耐摩耗性がより高くなる。
炭化タングステン、ジルコニア、コバルトの含有量が所定範囲内であり、コバルトが、炭化タングステン結晶粒子同士の粒界に存在している場合には、セラミックス切削工具の耐摩耗性がより高くなる。
温度25℃でのビッカース硬度Hvが2200以上であり、かつ温度25℃でのビッカース硬度Hvに対する温度1000℃でのビッカース硬度Hvが40%以上である場合には、セラミックス切削工具の耐摩耗性がより高くなる。
表面に被覆層が形成されている場合には、セラミックス切削工具の耐摩耗性がより高くなる。
特定炭化タングステン結晶粒子間の最近接距離が0.10μm以上1.50μm以下であるセラミックス切削工具と、台座とを備えた切削工具は、耐摩耗性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】セラミックス切削工具の一例の斜視図である。
【
図2】セラミックス切削工具のSEM画像を模式的に示した図である。
【
図3】セラミックス切削工具の一例の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、更に詳しく説明する。なお、本明細書において、数値範囲について「~」を用いた記載では、特に断りがない限り、下限値及び上限値を含むものとする。例えば、「10~20」という記載では、下限値である「10」、上限値である「20」のいずれも含むものとする。すなわち、「10~20」は、「10以上20以下」と同じ意味である。
【0015】
1.セラミックス切削工具1
(1)セラミックス切削工具1の構成
セラミックス切削工具1は、炭化タングステン(WC)、アルミナ(Al2O3)、及びジルコニア(ZrO2)を含む。すくい面の任意の位置における4.5μm×6.0μmの範囲において、他の炭化タングステン結晶粒子WCに隣接することなくアルミナ結晶粒子AOに包囲され、かつ最大径が0.01μm以上0.20μm以下である特定炭化タングステン結晶粒子WC1が複数存在する。特定炭化タングステン結晶粒子WC1間の最近接距離が0.10μm以上1.50μm以下である。
【0016】
図2は、セラミックス切削工具1のSEM(Scanning Electron Microscope,走査型電子顕微鏡)により得られたSEM画像を模式的に示す。但し、
図2は、セラミックス切削工具1のSEM画像を概念的に示したものであり、実際のSEM画像を正確に示したものではない。
図2は、すくい面の任意の位置における4.5μm×6.0μmの範囲のSEM画像のうちの1.9μm×2.5μmの部分を示す図である。このSEM画像では、炭化タングステン結晶粒子WC、アルミナ結晶粒子AOが存在する様子が示されている。特定炭化タングステン結晶粒子WC1は、炭化タングステン結晶粒子WCのうち、他の炭化タングステン結晶粒子WCに隣接することなくアルミナ結晶粒子AOに包囲され、かつ最大径が0.01μm以上0.20μm以下である結晶粒子である。
図2では、特定炭化タングステン結晶粒子WC1は破線で囲まれた粒子として模式的に示されている。なお、結晶粒子の最大径とは、結晶粒子の外形線と接し、かつ結晶粒子内を横切らないように2本の平行線を、結晶粒子との位置関係を変えながら各種引いたときの、平行線間の距離の最大値をいう。
【0017】
本開示のセラミックス切削工具1では、すくい面の任意の位置における4.5μm×6.0μmの範囲において、特定炭化タングステン結晶粒子WC1が複数存在し、特定炭化タングステン結晶粒子WC1間の最近接距離が0.10μm以上1.50μm以下である。特定炭化タングステン結晶粒子WC1間の最近接距離は、4.5μm×6.0μmの範囲において、複数観察された特定炭化タングステン結晶粒子WC1の相互の距離をそれぞれ求めて、その内で最も小さいものを最近接距離とする。なお、距離は、2つの特定炭化タングステン結晶粒子WC1の重心の間で測定される。
本要件における特定炭化タングステン結晶粒子WC1間の最近接距離は、具体的には次のようにして求める。鏡面研磨とエッチング処理とを施したすくい面の任意の5点から、4.5μm×6.0μmの範囲のSEM画像をそれぞれ取得して、各SEM画像における特定炭化タングステン結晶粒子WC1間の各最近接距離を求めて、各最近接距離を平均して求める。
なお、特定炭化タングステン結晶粒子WC1間の最近接距離は、例えば、原料粉末をジェットミル粉砕する時間、ビーズミル粉砕する時間、焼成条件、各原料粉末が混合されてなる造粒粉末(混合乾燥粉末)をスプレードライ法により調製する際の条件(圧力、流量等)を調整することで制御できる。
【0018】
(2)耐摩耗性が高くなる推測理由
特定炭化タングステン結晶粒子WC1間の最近接距離が0.10μm以上1.50μm以下であると、セラミックス切削工具1の耐摩耗性が高くなる推測理由を説明する。一般的に同じ化合物同士や、微小な粒子は凝集しやすいため、切削加工時は、その凝集部を起点にチッピングが発生してしまう。これに対して、本セラミックス切削工具1では、比較的微小な特定炭化タングステン結晶粒子WC1間の最近接距離が0.10μm以上1.50μm以下としている。このような組織とすることで炭化タングステンの分散性及び解砕性が向上し、付随して他の化合物の分散性及び解砕性が向上する。その結果、チッピングが発生しやすい箇所が減少し、セラミックス切削工具1の耐摩耗性が向上するものと推測される。最近接距離が0.10μm未満である場合は、微小な特定炭化タングステンが凝集傾向にあるため、耐摩耗性が低下するものと推測される。最近接距離が0.15μm超である場合は、他の組成の微小な粒子が凝集傾向になるから、耐摩耗性が低下するものと推測される。
【0019】
(3)各結晶粒子の平均粒径
アルミナ結晶粒子AOの平均粒径Aは、特に限定されない。アルミナ結晶粒子AOの平均粒径Aは、耐摩耗性向上の観点から、0.30μm以下が好ましく、0.25μmよりも大きく0.29μm以下がより好ましく、0.27μmよりも大きく0.29μm以下が更に好ましい。
特定炭化タングステン結晶粒子WC1を含めた炭化タングステン結晶粒子WCの平均粒径Bは、特に限定されない。炭化タングステン結晶粒子WCの平均粒径Bは、耐摩耗性向上の観点から、0.30μm以下が好ましく、0.15μmよりも大きく0.25μm以下がより好ましく、0.18μmよりも大きく0.22μm以下が更に好ましい。
なお、本明細書における「平均粒径」は、鏡面研磨したセラミックス切削工具1をエッチング処理し、これをSEM観察した画像を基に行うインターセプト法で測定した値である。
本開示のセラミックス切削工具1では、アルミナ結晶粒子AOの平均粒径Aと特定炭化タングステン結晶粒子WC1を含めた炭化タングステン結晶粒子WCの平均粒径Bとが、下記関係式(1)を満たすことが好ましく、下記関係式(2)を満たすことがより好ましく、下記関係式(3)を満たすことが更に好ましい。
0.50≦A/(A+B)≦0.60 …関係式(1)
0.52≦A/(A+B)≦0.58 …関係式(2)
0.54≦A/(A+B)≦0.56 …関係式(3)
これらの関係式を満たすことで、アルミナ結晶粒子AOと特定炭化タングステン結晶粒
子WC1を含めた炭化タングステン結晶粒子WCの粒子間結合力が向上し、耐チッピング性及び耐欠損性が向上する。詳細には、これらの関係式を満たすことで、粒径が小さすぎることに起因する同じ化合物同士の凝集体の発生を抑制しつつ、粒径が大きすぎることに起因する粒子間結合力の低下を抑制して、耐チッピング性及び耐欠損性が向上する。
なお、A/(A+B)の値は、例えば、各原料粉末の粒径、ジェットミル粉砕時間、ビーズミル粉砕時間、焼成条件、を調整することで制御できる。
【0020】
(4)コバルトについて
セラミックス切削工具1は、更にコバルトを含むことが好ましい。コバルトは、アルミナ結晶粒子AOと炭化タングステン結晶粒子WC及び特定炭化タングステン結晶粒子WC1との結合相として機能し、セラミックス切削工具1の耐摩耗性を向上させる。
コバルトを含む場合のコバルトの含有量は、特に限定されない。コバルトを含む場合の各成分の好ましい含有量は、以下の通りである。以下の含有量は、セラミックス切削工具1の全体を100体積%としたときの量である。ここで、「体積%」とは、セラミックス切削工具1に含まれる全物質の体積の総量を100%としたときの、各物質の割合を意味する。セラミックス切削工具1における各物質の含有量は、蛍光X線分析法等により各元素の質量%を求め、これを体積%に換算することで算出できる。なお、タングステンとジルコニウムとは化合物換算で算出する。コバルトは単体で存在するとして算出する。
【0021】
耐チッピング性及び耐欠損性を向上させる観点からの各成分の好ましい含有量を説明する。各成分の含有量は、炭化タングステンの含有量が21体積%以上39体積%以下であり、ジルコニアの含有量が0.50体積%以上0.90体積%以下であり、かつコバルトの含有量が0.01体積%以上0.15体積%以下であることが好ましい。各成分の含有量は、炭化タングステンの含有量が23体積%以上35体積%以下であり、ジルコニアの含有量が0.60体積%以上0.90体積%以下であり、かつコバルトの含有量が0.0.01体積%以上0.10体積%以下であることがより好ましい。各成分の含有量は、炭化タングステンの含有量が25体積%以上31体積%以下であり、ジルコニアの含有量が0.70体積%以上0.90体積%以下であり、かつコバルトの含有量が0.02体積%以上0.05体積%以下であることが更に好ましい。
各成分の含有量を好ましい範囲内にすることで、コバルトの結合相としての機能が最大限発揮され、耐摩耗性が向上する。すなわち、各成分の含有量を好ましい範囲内にすることで、十分な結合相が確保され、ジルコニアやコバルトを起点にしたクラックの発生が抑制されて、耐チッピング性及び耐欠損性が向上する。
コバルトの存在部位は、特に限定されない。コバルトは、結合相としての機能を効果的に発揮する観点から、炭化タングステン結晶粒子同士の粒界に存在していることが好ましい。
コバルトの添加方法は、特に限定されない。コバルトは、コバルト粉末を原料に直接添加してもよい。コバルトは、例えばコバルトを含有する超硬球石とエタノールのみで空擦りして得られた摩耗粉を用いてもよい。明確な理由は分かっていないが、摩耗粉を用いると、耐チッピング性及び耐欠損性について高い効果が期待される。
【0022】
(5)ビッカース硬度Hvについて
セラミックス切削工具1のビッカース硬度Hvは、特に限定されない。切削速度が速い加工条件、すなわち、刃先温度が高くなる加工条件であっても、高い耐摩耗性を確保する観点から、温度25℃でのビッカース硬度Hvが2200以上であり、かつ温度25℃でのビッカース硬度Hvに対する温度1000℃でのビッカース硬度Hvが40%以上であることが好ましく、温度25℃でのビッカース硬度Hvが2240以上であり、かつ温度25℃でのビッカース硬度Hvに対する温度1000℃でのビッカース硬度Hvが50%以上であることがより好ましく、温度25℃でのビッカース硬度Hvが2260以上であり、かつ温度25℃でのビッカース硬度Hvに対する温度1000℃でのビッカース硬度Hvが55%以上であることが更に好ましい。温度25℃でのビッカース硬度Hvは、高ければ高い程よいが、通常2500以下である。温度25℃でのビッカース硬度Hvに対する温度1000℃でのビッカース硬度Hvは、100%であってもよいが、通常は60%以下である。
なお、ビッカース硬度Hvは、日本工業規格JIS R 1610に準拠して測定される。試験荷重は98.07Nとする。
【0023】
(6)セラミックス切削工具1の製造方法
セラミックス切削工具1の製造方法は特に限定されない。セラミックス切削工具1の製造方法の一例を以下に示す。ここでは、コバルトを含む場合の例を説明する。
【0024】
(6.1)原料
原料として次の原料粉末を使用する。
・アルミナ粉末(Al2O3粉末)
・炭化タングステン粉末(WC粉末)
・ジルコニア粉末(ZrO2粉末)
・コバルト粉末(Co粉末)
【0025】
(6.2)混合乾燥粉末の作製
(6.2.1)アルミナ粉末、炭化タングステン粉末、ジルコニア粉末、及びコバルト粉末を用意する。
(6.2.2)各原料粉末をジェットミルにて予備粉砕する。
(6.2.3)予備粉砕した各原料粉末を乾燥させて、各原料粉末が所定割合の通りになるよう秤量し、イオン交換水及び分散剤とともにビーズミルに投入して、混合粉砕しスラリーを得る。
(6.2.4)スラリーを別容器に移し、バインダーを投入後、十分撹拌する。これにより得られたスラリーをスプレードライ法により乾燥させ、混合乾燥粉末を得る。
なお、明確な理由は分かっていないが、スプレードライ法により得られた造粒素地(混合乾燥粉末)を用いた方が、各化合物の分散性が向上する。流動性の良い造粒素地を用いることで、型への素地の充填性が向上するためと推測される。
【0026】
(6.3)焼成
得られた混合乾燥粉末をカーボン冶具に投入し、所定温度でホットプレス焼成する。このようにして、セラミックス焼結体が作製される。セラミックス焼結体は、切削、研削、及び研磨の少なくとも1つの加工法によって形状や表面の仕上げを行って、セラミックス切削工具1とすることができる。もちろん、これらの仕上げが不要であれば、セラミックス焼結体をそのままセラミックス切削工具1として用いてもよい。
【0027】
(7)表面の被覆層7
セラミックス切削工具1は、
図3に示されるように、表面に被覆層7が形成されていてもよい。被覆層7が形成されると、セラミックス切削工具1の表面硬度が増加すると共に、被加工物との反応・溶着による摩耗進行が抑制される。その結果、セラミックス切削工具1の耐摩耗性が向上する。
被覆層7の成分は特に限定されない。被覆層7は、チタン、ジルコニウム、及びアルミニウムの炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、炭酸化物、酸窒化物、及び炭窒酸化物より選択される少なくとも1種の化合物から形成されていることが好ましい。チタン、ジルコニウム、及びアルミニウムの炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、炭酸化物、酸窒化物、及び炭窒酸化物より選択される少なくとも1種の化合物としては、特に限定されないが、TiN、TiAlN、TiAlVNが好適な例として挙げられる。
被覆層7の厚みは、特に限定されない。被覆層7の厚みは、耐摩耗性の観点から、0.02μm以上30μm以下が好ましい。
【0028】
(8)セラミックス切削工具1の用途
セラミックス切削工具1は、従来公知の様々な切削工具に適用することができる。切削工具として、旋削加工用又はフライス加工用刃先交換型チップ(切削インサート、スローアウェイチップ)、エンドミルを好適に例示できる。なお、セラミックス切削工具1は、広義の切削工具であり、旋削加工、フライス加工などを行う工具全般を言う。
【0029】
2.切削工具10
切削工具10は、
図4に例示されるように、超硬合金で構成された台座11と、台座11にロウ材を介して接合されたセラミックス切削工具1と、を備えてなる。
超硬合金の組成は、特に限定されない。超硬合金としては、例えば、炭化タングステン結晶粒子を含有する超硬合金(以下「炭化タングステン(WC)系超硬合金」ともいう)を好適に挙げることができる。炭化タングステン系超硬合金としては、WC-Ni-Cr系超硬合金、WC-Co系超硬合金、WC-Co-Cr系超硬合金を例示できる。
ロウ材の成分は、特に限定されない。ロウ材は、例えば活性金属と、1種又は2種以上の展延性を有する金属と、を成分としている。活性金属としては、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)等が挙げられる。展延性を有する金属としては、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)やニッケル(Ni)等が挙げられる。ロウ材としては、例えば、Au-Ni-Ti合金などが挙げられる。
【0030】
切削工具10は、従来公知の様々な切削工具に適用することができる。このような切削工具として、旋削加工用又はフライス加工用切削工具、エンドミル、リーマを好適に例示できる。なお、切削工具10は、広義の切削工具であり、旋削加工、フライス加工などを行う工具全般を言う。
【実施例】
【0031】
1.セラミックス切削工具の作製
1.1 実施例1~12のセラミックス切削工具
(1)原料
原料として次の原料粉末を使用した。
・アルミナ粉末(Al2O3粉末):平均粒径0.5μm
・炭化タングステン粉末(WC粉末):平均粒径0.5μm
・ジルコニア粉末(ZrO2粉末):平均粒径0.5μm
・コバルト粉末(Co粉末):平均粒径0.5μm
【0032】
(2)混合乾燥粉末の作製
(2.1)アルミナ粉末、炭化タングステン粉末、ジルコニア粉末、及びコバルト粉末を用意した。
(2.2)各原料粉末をジェットミルにて予備粉砕した。
(2.3)予備粉砕した各原料粉末を乾燥させて、各原料粉末が表1の割合の通りになるよう秤量し、イオン交換水及び分散剤(AD-508E、日油株式会社製)とともにビーズミルに投入して、混合粉砕しスラリーを得た。尚、コバルト組成の数字は1/1000桁の数字を四捨五入した数値である。
(2.4)スラリーを別容器に移し、バインダーを投入後、十分撹拌した。これにより得られたスラリーをスプレードライ法により乾燥させ、混合乾燥粉末を得た。
【0033】
(3)焼成
得られた混合乾燥粉末をカーボン冶具に投入し、所定の焼成温度でホットプレス焼成してセラミックス切削工具を作製した。焼成時間は45分~1.5時間、圧力は20MPa~40MPa、雰囲気ガスはアルゴン(Ar)とした。
【0034】
【0035】
1.2 比較例1~8のセラミックス切削工具
比較例1,3,7,8のセラミックス切削工具は、実施例1~12のセラミックス切削工具に準じて作製した。具体的には、ジェットミルによる予備粉砕を省略して作製した。
比較例2のセラミックス切削工具は、表1の※1の欄に記載されているように、アルミナ粉末(Al2O3粉末)として平均粒径が約1.0μmのものを使用した以外は、実施例1~12のセラミックス切削工具に準じて作製した。実施例1~12と比べてアルミナ粉末の粒径を大きくしたのは、特定炭化タングステン結晶粒子の間の距離を大きくするためである。すなわち、特定炭化タングステン結晶粒子はアルミナ結晶粒子に囲まれているから、アルミナ結晶粒子を大きくすることにより特定炭化タングステン結晶粒子の間の距離を大きくできる。
比較例4のセラミックス切削工具は、表1の※2の欄に記載されているように、炭化タングステン粉末(WC粉末)として平均粒径が約1.0μm使用のものを使用した以外は、実施例1~12のセラミックス切削工具に準じて作製した。実施例1~12と比べて炭化タングステン粉末の粒径を大きくしたのは、特定炭化タングステン結晶粒子の数を減らすためである。すなわち、特定炭化タングステン結晶粒子の数を減らせば、おのずと特定炭化タングステン結晶粒子の間の距離を大きくできる。
比較例5のセラミックス切削工具は、表1の※Aの欄に記載されているように、ジェットミル粉砕やビーズミル粉砕の代わりにボールミル粉砕した以外は、実施例1~12のセラミックス切削工具に準じて作製した。明確な理由は分かっていないが、ボールミル粉砕を適用すると特定炭化タングステン結晶粒子の間の距離が大きくなる。
比較例6のセラミックス切削工具は、表1の※3の欄に記載されているように、コバルト粉末(Co粉末)として平均粒径が約1.0μm使用のものを使用した以外は、実施例1~12のセラミックス切削工具に準じて作製した。実施例1~12と比べてコバルト粉末の粒径を大きくしたのは、特定炭化タングステン結晶粒子の間の距離を大きくするためである。すなわち、粗大なコバルト粒子を残存させることにより、他の結晶粒子の分散の程度を変えることができる。
【0036】
1.3 実施例13~16のセラミックス切削工具
表2に示すように、実施例3,6,7,10、比較例3,8のセラミックス切削工具を基材として、その表面に、TiN、TiAlN、TiAlVNのいずれかを表面被覆して、実施例13~16のセラミックス切削工具を作製した。
【0037】
【0038】
2.特定炭化タングステン結晶粒子間の最近接距離の測定
実施例1~13、及び比較例1~8の各セラミックス切削工具を鏡面研磨加工後、さらにエッチング処理を行って、SEM観察を行って微細組織画像を得た。画像は、セラミックス切削工具毎に、すくい面の任意の5点から、4.5μm×6.0μmの範囲のSEM画像をそれぞれ取得した。セラミックス切削工具毎に取得した複数の画像をWinRoof(画像解析・計測ソフトウェア 三谷商事株式会社)にて解析した。各セラミックス切削工具における複数の画像毎に特定炭化タングステン結晶粒子間の最近接距離を測定し、これらの最近接距離を算術平均することで、表1に示す最近接距離を求めた。
【0039】
3.各結晶粒子の平均粒径の測定
インターセプト法により、アルミナ結晶粒子の平均粒径A(μm)と炭化タングステン結晶粒子の平均粒径B(μm)を測定し、A/(A+B)の値を求めた。
【0040】
4.コバルトの測定
コバルトはTEM分析(Transmission Electron Microscope)で炭化タングステン結晶粒子同士の粒界を測定し、存在位置を確認した。
【0041】
5.切削試験
(1)試験方法
各セラミックス切削工具を用いて、切削試験を行って耐摩耗性及び耐欠損性を評価した。試験条件は下記の通りである。
・工具形状:TNGA160408Z01225
・被削材:高硬度材(SCM415)
・切削速度:300m/min
・切込み量:0.1mm
・送り量:0.2mm/rev.
・切削環境:DRY
【0042】
(2)試験結果
表1に試験結果を併記し、これについて検討する。
実施例1~12のセラミックス切削工具は、下記第1要件を満たしている。これに対して比較例1~8のセラミックス切削工具は、第1要件を満たしていない。実施例1~12のセラミックス切削工具は、比較例1~8のセラミックス切削工具と比較して耐摩耗性が高かった。よって、第1要件を満たすことで耐摩耗性が向上することが確認された。
〔第1要件〕:特定炭化タングステン結晶粒子間の最近接距離が0.10μm以上1.50μm以下である。
【0043】
次に、実施例1,2,9,10のセラミックス切削工具を比較検討する。実施例1,2,9,10のセラミックス切削工具はいずれも第1要件に加えて下記第2,3要件も満たしている。実施例1,2,10のセラミックス切削工具はいずれも第4要件も満たしている。他方、実施例9のセラミックス切削工具は第4要件を満たしていない。実施例1,2,10のセラミックス切削工具は、実施例9のセラミックス切削工具と比較して耐摩耗性がより高かった。よって、第1要件に加えて第2,3,4要件を満たすことで耐摩耗性がより向上することが確認された。
〔第2要件〕:アルミナ結晶粒子の平均粒径Aは、0.30μm以下である。
〔第3要件〕:炭化タングステン結晶粒子の平均粒径Bは、0.30μm以下である。
〔第4要件〕:平均粒径Aと平均粒径Bは、0.50≦A/(A+B)≦0.60の関係を満たす。
【0044】
次に、実施例4,5,8,12のセラミックス切削工具を比較検討する。実施例4,5,8,12はいずれも第1要件に加えて第2,3要件も満たしている。実施例4,12のセラミックス切削工具はいずれも第4要件も満たしている。他方、実施例5,8のセラミックス切削工具は第4要件を満たしていない。実施例4,12のセラミックス切削工具は、実施例5,8のセラミックス切削工具と比較して耐摩耗性がより高かった。よって、第1要件に加えて第2,3,4要件を満たすことで耐摩耗性がより向上することが確認された。
【0045】
次に、コバルトの有無に着目して実施例1~12のセラミックス切削工具を比較検討する。実施例1,3,4,5,6,7,8,11,12のセラミックス切削工具はいずれも下記第5要件も満たしている。他方、実施例2,9,10のセラミックス切削工具は第5要件を満たしていない。実施例1,3,4,5,6,7,8,11,12のセラミックス切削工具は、実施例2,9,10のセラミックス切削工具と比較して耐摩耗性がより高かった。よって、第1要件に加えて第5要件を満たすことで耐摩耗性がより向上することが確認された。
〔第5要件〕:コバルトを含む。
【0046】
次に、実施例1,5,8のセラミックス切削工具を比較検討する。実施例1,5,8のセラミックス切削工具はいずれも第1要件に加えて第5,9要件も満たしている。実施例5,8のセラミックス切削工具はいずれも第6,7,8要件も満たしている。他方、実施例1は第6,7要件を満たしていない。実施例5,8のセラミックス切削工具は、実施例1のセラミックス切削工具と比較して耐摩耗性がより高かった。よって、第1要件に加えて第5,6,7,8,9要件を満たすことで耐摩耗性がより向上することが確認された。
〔第6要件〕:炭化タングステンの含有量が21体積%以上39体積%以下である。
〔第7要件〕:ジルコニアの含有量が0.50体積%以上0.90体積%以下である。
〔第8要件〕:コバルトの含有量が0.01体積%以上0.15体積%以下である。
〔第9要件〕:コバルトは、炭化タングステン結晶粒子同士の粒界に存在している。
【0047】
次に、ビッカース硬度Hvに着目して実施例1~12のセラミックス切削工具を比較検討する。実施例3,6,7,11のセラミックス切削工具はいずれも第1,2,3,4,5,6,7,8,9,10要件を全て満たしている。他方、実施例1,2,4,5,8,9,10,12のセラミックス切削工具は、第1,2,3,4,5,6,7,8,9,10要件のうちで少なくとも1つの要件を満たしてない。実施例3,6,7,11のセラミックス切削工具は、実施例1,2,4,5,8,9,10,12のセラミックス切削工具と比較して耐摩耗性がより著しく高かった。よって、第1,2,3,4,5,6,7,8,9,10要件を全て満たすことで耐摩耗性が著しく向上することが確認された。
〔第10要件〕:温度25℃でのビッカース硬度Hvが2200以上であり、かつ温度25℃でのビッカース硬度Hvに対する温度1000℃でのビッカース硬度Hvが40%以上である。
【0048】
次に、表面の被覆層の効果について表2を参照しつつ検討する。表面に被覆層を形成した実施例13,14,15,16のセラミックス切削工具は、それぞれに対応する実施例3,6,7,10のセラミックス切削工具と比べて摩耗量を低減できた。
【0049】
本発明は上記で詳述した実施形態に限定されず、本発明の請求項に示した範囲で様々な変形又は変更が可能である。
【符号の説明】
【0050】
1 …セラミックス切削工具
7 …被覆層
10 …切削工具
11 …台座
AO …アルミナ結晶粒子
WC …炭化タングステン結晶粒子
WC1…特定炭化タングステン結晶粒子