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特許7389005被処理物の品温を評価する方法および温度センサの位置決め方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】被処理物の品温を評価する方法および温度センサの位置決め方法
(51)【国際特許分類】
   G01K 13/00 20210101AFI20231121BHJP
   G01K 7/00 20060101ALI20231121BHJP
   A23L 3/00 20060101ALN20231121BHJP
【FI】
G01K13/00
G01K7/00 381D
A23L3/00 101C
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020167170
(22)【出願日】2020-10-01
(65)【公開番号】P2022059428
(43)【公開日】2022-04-13
【審査請求日】2023-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】507152970
【氏名又は名称】公益財団法人東洋食品研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】弁理士法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】稲葉 正一
【審査官】平野 真樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/022596(WO,A1)
【文献】特開2017-215191(JP,A)
【文献】特開平04-333111(JP,A)
【文献】特開平11-201829(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01K 1/00-19/00
A23L 3/00-3/3598
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レトルト殺菌処理時の被処理物の品温を評価するに際し、
前記レトルト殺菌処理時の雰囲気温度、および、被処理物の複数の測定位置において品温を測定する検温工程と、
前記雰囲気温度が前記被処理物に伝わって前記測定位置が前記雰囲気温度に到達するまでに要する時間である遅れ時間を算出する算出工程と、
前記遅れ時間が最も大きい測定位置を、前記被処理物において最も殺菌され難い冷点と判断する判定工程と、を有する被処理物の品温を評価する方法。
【請求項2】
前記算出工程を前記レトルト殺菌処理時の昇温処理工程において行う請求項1に記載の被処理物の品温を評価する方法。
【請求項3】
前記算出工程における遅れ時間の算出を雰囲気温度スライド法(ATS法)によって行う請求項1または2に記載の被処理物の品温を評価する方法。
【請求項4】
レトルト殺菌処理時の被処理物の品温を測定するに際し、
前記レトルト殺菌処理時の雰囲気温度、および、被処理物の複数の測定位置において品温を測定する検温工程と、
前記雰囲気温度が前記被処理物に伝わって前記測定位置が前記雰囲気温度に到達するまでに要する時間である遅れ時間を算出する算出工程と、
前記遅れ時間が最も大きい測定位置を、品温を測定する温度センサの設置位置に設定する位置設定工程と、を有する温度センサの位置決め方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レトルト殺菌処理時の被処理物の品温を評価する方法およびレトルト殺菌処理時の温度センサの位置決め方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レトルト殺菌処理は、調理済の対象食品を収容容器に充填密封して圧力釜内に入れ、蒸気や熱水を直接接触させて急激に温度を上昇させ、収容容器の内部に対象食品を収容して密封した態様である被処理物の中心部の品温が所定温度に到達した後に所定時間維持して殺菌する。通常、被処理物ではその表面と中心部とが離れているため中心部の温度変化は表面の温度変化よりも遅れる。よって、被処理物の周辺部の品温が所定温度に到達した後、被処理物の中心部の品温が所定温度に到達するまでには時間差がある。
【0003】
レトルト殺菌処理時の昇温処理工程では、被処理物における最も殺菌され難い(最も温度が上がらない)位置である冷点の温度を正確に測定(把握)することが求められる。
【0004】
従来、例えば被処理物が伝導伝熱体であれば幾何学的中心が冷点であると判断し、また、被処理物が飲料であれば収容容器の中心軸下部が冷点であると判断し、判断された位置に温度センサを設置して冷点の温度を測定することが行われている。
【0005】
尚、本発明における従来技術となる上述した被処理物の品温を評価(冷点の位置を判断)する方法は、慣例的に行われていたので、従来技術文献は示さない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、被処理物の形状や内容物によっては冷点を正確に特定することは容易ではなく、上記の判断位置と実際の冷点とがズレている場合があった。
【0007】
例えば加熱不足により被処理物が経時的に変敗する変敗品が発生した場合、あらゆる可能性を鑑みて原因を究明する必要がある。変敗品が発生した問題のバッチにおいて、例え殺菌値(F値)が基準範囲内であっても、本来測定すべき冷点を測定していたという証拠を得る方法(品温を評価する方法)はこれまで知られていなかった。具体的には、レトルト殺菌処理時の雰囲気温度の温度記録から品温の測定位置を定量的に評価することは求められていなかった。
【0008】
即ち、被処理物のレトルト殺菌処理時の品温を評価するに際し、冷点を正確に設定できれば、上記のような変敗品が発生した場合の原因究明に役立つと考えられる。
【0009】
また、温度センサの差し込み位置も冷点が計れるように所定位置に精度良くセットされなければならず、熟練者でも骨の折れる大変神経を使う作業である。温度センサが所定位置に精度良くセットされなかった場合、再現性に乏しい殺菌値制御になることで、安全性がおろそかになり、信頼性に欠ける問題点があった。
【0010】
従って、本発明の目的は、レトルト殺菌処理時の被処理物の冷点を正確に評価できる方法、および、品温を測定する温度センサの位置決め方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するための本発明に係る被処理物の品温を評価する方法の第一特徴構成は、レトルト殺菌処理時の被処理物の品温を評価するに際し、前記レトルト殺菌処理時の雰囲気温度、および、被処理物の複数の測定位置において品温を測定する検温工程と、前記雰囲気温度が前記被処理物に伝わって前記測定位置が前記雰囲気温度に到達するまでに要する時間である遅れ時間を算出する算出工程と、前記遅れ時間が最も大きい測定位置を、前記被処理物において最も殺菌され難い冷点と判断する判定工程と、を有する点にある。
【0012】
本構成によれば、実測したレトルト殺菌処理時の雰囲気温度および測定位置の品温に基づいて遅れ時間を算出することにより、被処理物において最も殺菌され難い冷点を正確に特定することができる。
【0013】
従って、本構成によれば、レトルト殺菌処理時において、遅れ時間を管理することにより、測定すべき冷点を測定していたという証拠を得る方法(品温を評価する方法)を供することができる。
【0014】
本発明に係る被処理物の品温を評価する方法の第二特徴構成は、前記算出工程を前記レトルト殺菌処理時の昇温処理工程において行う点にある。
【0015】
本構成によれば、レトルト殺菌処理において昇温処理時の遅れ時間を管理することにより、冷点を正確に特定することができる。
【0016】
本発明に係る被処理物の品温を評価する方法の第三特徴構成は、前記算出工程における遅れ時間の算出を雰囲気温度スライド法(ATS法)によって行う点にある。
【0017】
本構成によれば、ATS法によって遅れ時間を容易かつ迅速に算出することができる。
【0018】
本発明に係る温度センサの位置決め方法の特徴構成は、レトルト殺菌処理時の被処理物の品温を測定するに際し、前記レトルト殺菌処理時の雰囲気温度、および、被処理物の複数の測定位置において品温を測定する検温工程と、前記雰囲気温度が前記被処理物に伝わって前記測定位置が前記雰囲気温度に到達するまでに要する時間である遅れ時間を算出する算出工程と、前記遅れ時間が最も大きい測定位置を、品温を測定する温度センサの設置位置に設定する位置設定工程と、を有する点にある。
【0019】
本構成によれば、被処理物において最も殺菌され難い冷点を正確に計るための温度センサの設置位置を精度良く設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】被処理物の品温を評価する方法の流れ図である。
図2】被処理物における複数の測定位置を示した概略図である。
図3】ATS法のアルゴリズムの概要を示した流れ図である。
図4】レトルト殺菌処理時に測定された雰囲気温度および各測定位置の測定温度を示したグラフである。
図5】ATS法(遅れ時間δh=0、伝熱係数τh=0.001)によって得られた推算中心部の温度の一部のデータを示した図である。
図6】ATS法(遅れ時間δh=0、伝熱係数τh=0.001)によって得られた推算中心部の温度のデータを示したグラフである。
図7】ATS法(遅れ時間δh=0、伝熱係数τh=0.0075)によって得られた推算中心部の温度のデータを示したグラフである。
図8】ATS法(遅れ時間δh=0、伝熱係数τh=0.5)によって得られた推算中心部の温度のデータを示したグラフである。
図9】ATS法(遅れ時間δh=117、伝熱係数τh=0.00277)によって得られた推算中心部の温度の一部のデータを示した図である。
図10】ATS法(遅れ時間δh=117、伝熱係数τh=0.00277)によって得られた推算中心部の温度のデータを示したグラフである。
図11】経過時間0~150秒において算出されたそれぞれの温度のズレ比率を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
本発明の被処理物の品温を評価する方法は、図1~2に示したように、レトルト殺菌処理時の被処理物10の品温を評価するに際し、レトルト殺菌処理時の雰囲気温度、および、被処理物10の複数の測定位置hにおいて品温を測定する検温工程Aと、雰囲気温度が前記被処理物10に伝わって測定位置hが雰囲気温度に到達するまでに要する時間である遅れ時間δを算出する算出工程Bと、遅れ時間δが最も大きい測定位置を、被処理物10において最も殺菌され難い冷点と判断する判定工程Cと、を有する。
【0022】
被処理物10は、例えば収容容器20の内部に対象食品を収容して密封した態様であり、レトルト殺菌される態様のものであれば特に限定されるものではない。
【0023】
収容容器20は、例えば常温流通やチルド流通ができる密封性および実用強度がある容器状・袋状などの容器があげられるが、これらに限定されるものではない。前記容器状の態様であれば、樹脂性の容器の開口に例えば樹脂製のフィルムをヒートシールによって密封できるように構成してもよく、金属缶の開口を金属等の剛性のある蓋で巻締められるように構成してもよい。また、樹脂性の袋状の態様であれば、開口をヒートシールによって密封できるように構成すればよい。また、高温で加熱殺菌するための耐熱性、酸素ガスや光を遮断するバリア性、容易に開封を可能とする易開封性など、機能性を付与した容器としてもよい。
【0024】
対象食品は特に限定されるものではなく、肉類、魚介類、野菜類等を使用することができる。また、これらの対象食品には、予め所望の調味料やゲル化剤などを混合させておいてもよい。
【0025】
このような対象食品を収容容器20に充填する充填工程を行った後に密封する密封工程を行い、密封工程後の収容容器を加熱して殺菌するレトルト殺菌工程を行う。
【0026】
充填工程および密封工程は公知の手法によって行うとよい。
【0027】
レトルト殺菌工程ではレトルト殺菌処理を行う。当該レトルト殺菌処理とは、加圧加熱処理をいい、例えば耐熱性容器に充填した製品を品温上昇に伴う製品の内圧で容器が破損しないように加圧しながら110℃~130℃程度の処理流体(水、熱水、蒸気など)で数十分間程度加熱し、少なくとも120℃4分間相当以上であるF値=3.1以上となるように処理することをいう。レトルト殺菌処理は熱水スプレー式、熱水貯湯式および蒸気式レトルト殺菌装置等の公知のレトルト殺菌装置を用いることができる。本実施形態では熱水スプレー式レトルト殺菌装置について説明する。
【0028】
レトルト殺菌装置は、被処理物10を装填した状態でレトルト殺菌処理を行える耐熱・耐圧の圧力釜等の態様である処理槽を備える。また、レトルト殺菌処理は、被処理物10を処理槽に装填し、被処理物10を加圧下で処理流体により第一所定温度まで加熱する昇温処理工程を行い、第一所定温度にて所定時間の殺菌処理工程を行い、第二所定温度まで低下させる降温処理工程を行い、第二所定温度にて冷却する冷却処理工程を行うように構成したレトルト殺菌装置によって行う。
【0029】
レトルト殺菌処理時の処理槽内の雰囲気温度は、処理槽内の温度を測定する検温部30によって測定する。検温部30は処理槽内の温度を測定する白金測温抵抗体等の温度計とすることができる。当該検温部30による温度測定のタイミングは、制御部(図外)によって行うとよい。また、検温の時間間隔(サンプリング時間)は適宜設定することができる。例えば上述した各工程において3秒~10秒毎に温度測定を行ってもよいし、工程毎に温度測定の時間間隔を異ならせてもよいが、このような態様に限定されるものではない。
【0030】
本発明のレトルト殺菌処理時の被処理物10の品温を評価する方法では、検温工程Aにおいて、レトルト殺菌処理時の雰囲気温度、および、被処理物10の複数の測定位置hにおいて品温を検温部30によって測定する。
【0031】
被処理物10の複数の測定位置hは、例えば収容容器20の底面から所定の高さ位置hを複数設定(例えばh=5,10,15,20,25mm)するとよい。その複数のそれぞれの位置において、被処理物10の中心軸Zに検温部30を到達させて品温を測定するとよい。
【0032】
算出工程Bでは、遅れ時間δを算出する。当該遅れ時間δとは、レトルト殺菌処理時の雰囲気温度が被処理物10に伝わって当該被処理物10の測定位置が雰囲気温度に到達するまでに要する時間である。当該被処理物10の中心部は、被処理物10において雰囲気温度に到達するまでに要する時間が最も大きい位置(領域)である。通常、被処理物の周辺部の品温が所定温度(雰囲気温度)に到達した後、被処理物10の測定位置の品温が所定温度(雰囲気温度)に到達するまでには時間差があり、この時間差のことを遅れ時間δと称する。被処理物10の中心部は、複数の測定位置におけるそれぞれの遅れ時間δのうち遅れ時間δが最も大きい測定位置となり得る。
【0033】
遅れ時間δは、加熱と冷却のメカニズムが異なるため、レトルト殺菌処理における昇温処理工程時と降温処理工程とでは異なる値となる。そのため、加熱時(昇温処理工程)の遅れ時間δを遅れ時間δhと称し、冷却時(降温処理工程)の遅れ時間δを遅れ時間δcと称する。
【0034】
算出工程Bは、レトルト殺菌処理時の昇温処理工程において行ってもよいし、冷却処理工程において行ってもよい。
【0035】
レトルト殺菌における食品温度履歴を推定するのに、合理的な方法として雰囲気温度スライド法(ATS法:Ambient Temperature Slide method)が知られている。即ち、ATS法は、雰囲気温度から品温を計算で求めることができる方法である。ATS法は、以下の文献に詳細が記載してある。
・「レトルト殺菌における食品温度履歴の簡便な推定法」、向井勇、日本食品工学会誌Vol.7, No.3, pp.197-205, Sep. 2006
・「温度履歴曲線の相似関係によるATS法の理論的課題の解明」、向井勇,朱政治、日本食品工学会誌 Vol.16, No.3, pp.209-217, Sep. 2015
【0036】
ATS法では、食品である被処理物10の加熱条件及び食品の物性値(例えば、遅れ時間δおよび伝熱係数τ)がシミュレーション装置(制御部の一部)に設定され、この加熱条件及び物性値に基づき、シミュレーション装置が、演算式により品温の推定温度を計算する。伝熱係数τは被処理物10の物性値であり、被処理物10の中心温度を換算するための係数である。伝熱係数τにおいては、加熱時(昇温処理工程)の伝熱係数τを伝熱係数τhと称し、冷却時(降温処理工程)の伝熱係数τを伝熱係数τcと称する。
【0037】
ATS法のアルゴリズムの概要を説明する(図3)。ATS法は、時間分割して雰囲気温度から、品温を算出する。ATS法では、算出の際に使用するパラメータ(遅れ時間δおよび伝熱係数τ)を最適値に設定できるようにプログラミングするとよい。加熱側、冷却側の上記パラメータを別々に変化させ、ズレ比率(殺菌値F、温度)の最も小さくなる前記パラメータの組合せが、ATS法で決定されるパラメータである。
【0038】
ATS法において、実際の雰囲気温度パターンから計算だけで品温を再現するパラメータ(遅れ時間δおよび伝熱係数τ)の組合せを見つけるための計算は、マイコン等のコンピュータによって行うとよい。
【0039】
(ステップ1)「遅れ時間δを仮設定」
遅れ時間δの初期パラメータを仮設定する。仮設定する遅れ時間δは、初期値、および、変化幅であるステップ間隔を設定する。当該初期値は0以上の値を任意に設定することができる。このとき、「サンプリング時間×ステップ間隔=次の遅れ時間」となる。具体的な遅れ時間δの初期パラメータ値は、例えば初期値を0、ステップ間隔を5とすることができるが、これらの値に限定されるものではない。経験上、遅れ時間が大きいと見込まれる被処理物10の場合、初期値を例えば300のように大きい値に設定すればよい。
【0040】
仮設定した遅れ時間δのパラメータを使用して、以下の独自アルゴリズムに基づき、ステップ3~ステップ5の計算を繰り返し行う。即ち、仮設定した遅れ時間δのパラメータを使用して温度のズレ比率を繰り返し算出し、温度のズレ比率が減少している間は上記で設定した遅れ時間δのパラメータを増加させ、温度のズレ比率が増加に転じたら増加に転ずる前の遅れ時間δのパラメータ値を最適値として採用する。
【0041】
(ステップ2)「伝熱係数τを仮設定」
伝熱係数τの初期パラメータを仮設定する。仮設定する伝熱係数τは、初期値、および、変化幅であるステップ間隔を設定する。具体的な伝熱係数τの初期パラメータ値は任意に設定することができ、例えば初期値を0.0001、ステップ間隔を1とすることができるが、これらの値に限定されるものではない。
【0042】
仮設定した伝熱係数τのパラメータを使用して、二分法に基づき、ステップ3~ステップ5の計算を0.0000001より小さくなるまで仮設定した伝熱係数τを変更しながら繰り返し計算する。二分法は反復法の一種であり、解を含む区間の中間点を求める操作を繰り返すことによって方程式を解く求根アルゴリズムである。
【0043】
(ステップ3)「遅れ時間δおよび伝熱係数τによって雰囲気温度から中心温度を算出」
ステップ1,2で設定したパラメータを使用して、実測の雰囲気温度Taから中心温度を推定する計算を行う。この計算は以下の式によって行われる。
【0044】
【数1】
【0045】
(ステップ4)「殺菌値Fのズレ比率を算出」
再現性を評価する指標を「ズレ比率:Dev」と称する。殺菌値Fのズレ比率は以下の式によって算出される。
【0046】
【数2】
【0047】
推算殺菌値Fは、ステップ3で推算した推算中心部温度を使用して算出する。また、実測殺菌値Fは実測した中心部温度から算出する。何れの殺菌値Fも、以下の式によって算出される。
【0048】
【数3】
【0049】
(ステップ5)「温度のズレ比率を算出」
温度のズレ比率は以下の式によって算出される。
【0050】
【数4】
【0051】
数4において、実測温度は実測した雰囲気温度であり、算出温度はステップ3で推算した推算中心部温度である。
【0052】
(ステップ6)「二分法で殺菌値Fのズレ比率を決定する」
上述した二分法により、殺菌値Fのズレ比率を決定し、当該ズレ比率が最も小さいかどうかを判定する。このとき、ズレ比率が最も小さいものではない場合、ステップ2に戻り、伝熱係数τを再度設定し、ステップ2~ステップ6を繰り返す。ズレ比率が最も小さい場合、ステップ7を行う。
【0053】
(ステップ7)「温度のズレ比率は最も小さいものか?」
ステップ5で算出した温度のズレ比率が最小であるかを判断する。この判断は、例えば表やグラフによって判断するとよい。このとき、ズレ比率が最も小さいものではない場合、ステップ1に戻り、遅れ時間δを再度設定し、ステップ1~ステップ7を繰り返す。
【0054】
(ステップ8)「遅れ時間δ、伝熱係数τを決定」
ステップ7において温度のズレ比率が最も小さいと判断された場合、遅れ時間δおよび伝熱係数τのパラメータを最適値に設定することができたと判断され、ATS法のアルゴリズムを終了する。
【0055】
このように、算出工程Bでは、例えばATS法によって遅れ時間δを算出することができるが、算出はATS法に限られるものではなく、例えば、雰囲気温度と被処理物10の中心部の温度のズレを複数の測定位置hにおいて把握(測定)することで遅れ時間δを算出することができる方法であればよい。
【0056】
判定工程Cでは、遅れ時間δが最も大きい測定位置を、被処理物10において最も殺菌され難い冷点と判断する。
【0057】
冷点は、殺菌値が最小となる部位である。例えば、被処理物10の複数の測定位置hにおいて品温を測定したデータを使用して、各測定位置において上述したATS法に基づいて遅れ時間δを算出し、算出された複数の遅れ時間δのうち、遅れ時間δが最も大きい測定位置を、被処理物10において最も殺菌され難い冷点と判断する。
【0058】
このように、本構成によれば、実測したレトルト殺菌処理時の雰囲気温度および測定位置の品温に基づいて遅れ時間δを算出することにより、被処理物10において最も殺菌され難い冷点を正確に特定することができる。
【0059】
即ち、遅れ時間δが最も大きい測定位置は最遅速加熱点であることから、最遅速加熱点は最も殺菌され難い冷点或いは冷点の近傍と判断することができる。
【0060】
また、本発明の温度センサの位置決め方法では、レトルト殺菌処理時の被処理物の品温を測定するに際し、レトルト殺菌処理時の雰囲気温度、および、被処理物10の複数の測定位置hにおいて品温を測定する検温工程Aと、雰囲気温度が被処理物10に伝わって測定位置hが雰囲気温度に到達するまでに要する時間である遅れ時間δを算出する算出工程Bと、遅れ時間δが最も大きい測定位置を、品温を測定する温度センサの設置位置に設定する位置設定工程Dと、を有する。
【0061】
当該温度センサの位置決め方法における検温工程Aおよび算出工程Bは、上述した被処理物の品温を評価する方法における検温工程Aおよび算出工程Bに準じて行うことができる。
【0062】
位置設定工程Dは、例えば、被処理物10の複数の測定位置hにおいて品温を測定したデータを使用して、各測定位置において上述したATS法に基づいて遅れ時間δを算出し、算出された複数の遅れ時間δのうち、遅れ時間δが最も大きい測定位置を温度センサの設置位置に設定する。
【0063】
このように、本構成によれば、被処理物10において最も殺菌され難い冷点を正確に計るための温度センサの設置位置を精度良く設定することができる。
【実施例
【0064】
〔実施例1〕
本発明のレトルト殺菌処理時の被処理物10の品温を評価する方法の実施例について説明する。
【0065】
レトルト殺菌装置は熱水スプレー式レトルト殺菌装置を使用し、被処理物10として、独自に設計・製作した直径60mm、高さ30mmの収容容器(D60H32)に対象食品を模した6%でんぷん水溶液を充填して密封したものを使用した。処理流体は熱水を使用した。被処理物10を加圧下(1.8気圧)で処理流体により室温(約26℃)から第一所定温度(120℃)まで加熱する昇温処理工程を約10分間行い、第一所定温度にて約30分間の殺菌処理工程を行い、第二所定温度(30℃)まで低下させる降温処理工程を約20分間行い、第二所定温度にて冷却する冷却処理工程を約10分間行った。
【0066】
複数の測定位置h(h=5,10,15,20,25mm)において、3秒毎に検温部30による温度測定を行った(検温工程A)。各工程において、処理流体を所定のタイミングで被処理物10に接触させる制御、および、所定のタイミングで温度測定を行う制御は制御部によって行った。測定した温度データの総数nは1391個(経過時間4173秒)であった。これら基準温度および実測温度の全ては記憶手段に記憶した。各工程の開始からの経過時間に応じて測定された雰囲気温度、および、5つの各測定位置hの測定温度のグラフを図4に示した。
【0067】
5つの各測定位置hの殺菌値FおよびC値(成分減衰値:cook-value)を算出した。算出した殺菌値Fの結果を表1に示した。
【0068】
【表1】
【0069】
C値は以下の式によって算出した。
【0070】
【数5】
【0071】
算出したC値(h=15)は、表面C値が222分、中心C値が162分であった。
【0072】
次に、ATS法によって遅れ時間δを算出した(算出工程B:測定位置h=15mm)。遅れ時間δの算出の手順は以下の通りであった(図3)。
【0073】
まず、加熱時(昇温処理工程)の二つのパラメータ(遅れ時間δh、伝熱係数τh)を仮設定した(図3:ステップ1,2)。遅れ時間δhの初期パラメータを0、ステップ間隔を5とし、伝熱係数τhの初期パラメータを0.001、ステップ間隔を1とした。
【0074】
このようにして仮設定した遅れ時間δhおよび伝熱係数τhによって、雰囲気温度から推算された中心部温度(図3:ステップ3)、殺菌値Fのズレ比率(図3:ステップ4)、温度のズレ比率(図3:ステップ5)をそれぞれ算出した。
【0075】
この場合(遅れ時間δh=0、伝熱係数τh=0.001)に得られた推算中心部(h=15mm)の温度の一部のデータおよびグラフを図5,6に示した。また、得られた殺菌値Fのズレ比率は100.00%、温度のズレ比率は25.45%と算出された。図6より、このとき得られた推算中心部は、中心部温度と大きくズレていると認められた。
【0076】
尚、冷却時(降温処理工程)においても同様に二つのパラメータ(遅れ時間δc=0、伝熱係数τc=0.0001)を設定したところ、殺菌値Fのズレ比率は-99.98%、温度のズレ比率は30.57%と算出された。
【0077】
ATS法では、二分法に基づき、ステップ3~ステップ5の計算を仮設定した伝熱係数τを変更しながら繰り返し計算するが、一例として、加熱時(昇温処理工程)における遅れ時間δh=0、伝熱係数τh=0.0075とした場合に得られた推算中心部(h=15mm)の温度のグラフを図7に示した。また、得られた殺菌値Fのズレ比率は-0.00011%、温度のズレ比率は10.14%と算出された。図7より、このとき得られた推算中心部は、中心部温度とのズレは小さくなっていると認められた。
【0078】
このとき、冷却時(降温処理工程)において遅れ時間δc=0、伝熱係数τc=0.0027と設定したところ、殺菌値Fのズレ比率は-0.0078%、温度のズレ比率は4.83%と算出された。
【0079】
さらに、一例として、加熱時(昇温処理工程)における遅れ時間δh=0、伝熱係数τh=0.5とした場合に得られた推算中心部(h=15mm)の温度のグラフを図8に示した。また、得られた殺菌値Fのズレ比率は167%、温度のズレ比率は56.47%と算出された。図8より、このとき得られた推算中心部は、雰囲気温度とほぼ一致すると認められた。
【0080】
このとき、冷却時(降温処理工程)において遅れ時間δc=0、伝熱係数τc=0.5と設定したところ、殺菌値Fのズレ比率は-83.65%、温度のズレ比率は17.95%と算出された。
【0081】
このようにして得られた殺菌値Fのズレ比率において、遅れ時間δc=0の場合に殺菌値Fのズレ比率の最小値が二分法によって決定され(ステップ6)、次に、ステップ5で算出した温度のズレ比率が最小であるかを判断する(ステップ7)。温度のズレ比率が減少している間は上記で設定した遅れ時間δのパラメータを増加させた。
【0082】
本実施例では、加熱時(昇温処理工程)における遅れ時間δh=117、伝熱係数τh=0.00277とした場合に温度のズレ比率が最小となり、このとき得られた推算中心部(h=15mm)の温度の一部のデータおよびグラフを図9,10に示した。また、得られた殺菌値Fのズレ比率は-0.00022%、温度のズレ比率は0.70%と算出された。図10より、このとき得られた推算中心部は、中心部温度とほぼ一致すると認められた。
【0083】
このとき、冷却時(降温処理工程)において遅れ時間δc=156、伝熱係数τc=0.00306と設定したところ、殺菌値Fのズレ比率は-0.00731%、温度のズレ比率は0.46%と算出された。
【0084】
尚、経過時間105~117秒において算出されたそれぞれの温度のズレ比率を表2に示した。また、経過時間0~150秒において算出されたそれぞれの温度のズレ比率を図11に示した。
【0085】
【表2】
【0086】
表2および図11のグラフより、測定位置h=15mmの場合において、温度のズレ比率が最小となるのは遅れ時間δh=117(伝熱係数τh=0.00277)となり、実際の雰囲気温度パターンから、ATS法による計算だけで品温を再現するパラメータを最適値に設定することができたと認められた(ステップ8)。
【0087】
他の測定位置h(h=5,10,20,25mm)においても同様にATS法によって温度のズレ比率が最小となる遅れ時間δhおよび伝熱係数τhを算出し、このときの遅れ時間δcおよび伝熱係数τcを算出した。結果を表3に示した。
【0088】
【表3】
【0089】
従って、5つの測定位置hにおいて遅れ時間δhが最も大きい測定位置はh=15であり、この測定位置h=15を、被処理物10において最も殺菌され難い冷点と判断した(判定工程C)。
【0090】
〔実施例2〕
本発明のレトルト殺菌処理時の温度センサの位置決め方法の実施例について説明する。
【0091】
本方法では、検温工程A、算出工程Bおよび位置設定工程Dを行うが、検温工程Aおよび算出工程Bについては、実施例1における検温工程Aおよび算出工程Bと同様に行った。この結果、5つの測定位置hにおいて遅れ時間δhが最も大きい測定位置はh=15であったため、遅れ時間δが最も大きい測定位置h=15を温度センサの設置位置に設定した(位置設定工程D)。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明は、レトルト殺菌処理時の被処理物の品温を評価する方法およびレトルト殺菌処理時の温度センサの位置決め方法に利用できる。
【符号の説明】
【0093】
A 検温工程
B 算出工程
C 判定工程
D 位置設定工程
δ 遅れ時間
h 測定位置
10 被処理物
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11