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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-21
(45)【発行日】2023-11-30
(54)【発明の名称】無方向性電磁鋼板
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/00 20060101AFI20231122BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20231122BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20231122BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20231122BHJP
   C21D 8/12 20060101ALN20231122BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20231122BHJP
【FI】
C23C22/00 B
C22C38/00 303U
C22C38/06
H01F1/147 183
C21D8/12 A
C21D9/46 501B
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021546985
(86)(22)【出願日】2020-09-18
(86)【国際出願番号】 JP2020035519
(87)【国際公開番号】W WO2021054450
(87)【国際公開日】2021-03-25
【審査請求日】2022-03-09
(31)【優先権主張番号】P 2019171251
(32)【優先日】2019-09-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】竹田 和年
(72)【発明者】
【氏名】山崎 修一
(72)【発明者】
【氏名】松本 卓也
(72)【発明者】
【氏名】藤井 浩康
(72)【発明者】
【氏名】高橋 克
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-141480(JP,A)
【文献】国際公開第2016/136515(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00
H01F 1/147
C22C 38/00
C21D 8/12
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材鋼板と、前記母材鋼板の表面に形成された絶縁被膜と、を備え、
前記絶縁被膜は、リン酸金属塩、有機樹脂および水溶性有機化合物を、合計で、前記絶縁被膜の全質量に対して50質量%以上含有し、かつ、クロム酸化合物を含有せず、
前記水溶性有機化合物は、アルコール、エステル、ケトン、エーテル、カルボン酸、および糖から選択される1種以上であり、かつSP値が10.0~20.0(cal/cm1/2の範囲内であり、
前記有機樹脂は、アクリル樹脂またはエポキシ樹脂であり、
前記リン酸金属塩は、金属元素として、アルミニウムおよび亜鉛を含み、
前記絶縁被膜の表面から前記無方向電磁鋼板の厚み方向に光電子分光分析法による測定を行ったときに、
亜鉛の2pピークの強度が最大となる深さが、アルミニウムの2pピークの強度が最大となる深さより前記表面側に存在し、かつ、
亜鉛の2pピークの強度の最大値が、前記亜鉛の2pピークの強度が最大となる深さにおけるアルミニウムの2pピークの強度の1~20倍である、
無方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記絶縁被膜は、前記有機樹脂として、前記リン酸金属塩100質量部に対して、アクリル樹脂を3~50質量部含有する、
請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記リン酸金属塩は、金属元素として、Co、Mg、MnおよびNiからなる群から選択される1種以上をさらに含む、
請求項1または請求項2に記載の無方向性電磁鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無方向性電磁鋼板および無方向性電磁鋼板用表面処理剤に関する。
【背景技術】
【0002】
無方向性電磁鋼板の表面には、絶縁被膜が形成されているのが一般的である。絶縁被膜には、絶縁性のみならず、耐食性、密着性、焼鈍に耐えるための耐熱性、被膜としての安定性等のように、各種の被膜特性が求められている。従来、絶縁被膜には、クロム酸化合物が配合されており、極めて高いレベルで、上記のような被膜諸特性が実現されていた。しかしながら、近年、環境問題への意識の高まりの中で、クロム酸化合物を含有しない絶縁被膜について、開発が進められている。
【0003】
例えば、特許文献1には、特定の金属元素から選択される1種類のリン酸金属塩と、有機樹脂と、を主成分とする絶縁被膜を有する無方向性電磁鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平11-80971号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1で開示されているような、クロム酸化合物を含有しない絶縁被膜を用いた場合、優れた絶縁性を示しながら、打ち抜き性(すなわち、加工性)は向上するものの、密着性、耐食性および耐熱性をさらに兼ね備えた絶縁被膜を実現するにあたっては、未だ改善の余地があった。
【0006】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであり、クロム酸化合物を含有せずに、絶縁性、加工性、密着性、耐食性および耐熱性に優れる絶縁被膜を有する無方向性電磁鋼板、および当該絶縁被膜を形成するための無方向性電磁鋼板用表面処理剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、下記の無方向性電磁鋼板および無方向性電磁鋼板用表面処理剤を要旨とする。
【0008】
(1)母材鋼板と、前記母材鋼板の表面に形成された絶縁被膜と、を備え、
前記絶縁被膜は、リン酸金属塩、有機樹脂および水溶性有機化合物を、合計で、前記絶縁被膜の全質量に対して50質量%以上含有し、
前記水溶性有機化合物は、SP値が10.0~20.0(cal/cm1/2の範囲内であり、
前記リン酸金属塩は、金属元素として、アルミニウムおよび亜鉛を含み、
前記絶縁被膜の表面から前記無方向電磁鋼板の厚み方向に光電子分光分析法による測定を行ったときに、
亜鉛の2pピークの強度が最大となる深さが、アルミニウムの2pピークの強度が最大となる深さより前記表面側に存在し、かつ、
亜鉛の2pピークの強度の最大値が、前記亜鉛の2pピークの強度が最大となる深さにおけるアルミニウムの2pピークの強度の1~20倍である、
無方向性電磁鋼板。
【0009】
(2)前記絶縁被膜は、前記有機樹脂として、前記リン酸金属塩100質量部に対して、アクリル樹脂を3~50質量部含有する、
上記(1)に記載の無方向性電磁鋼板。
【0010】
(3)前記リン酸金属塩は、金属元素として、Co、Mg、MnおよびNiからなる群から選択される1種以上をさらに含む、
上記(1)または(2)に記載の無方向性電磁鋼板。
【0011】
(4)無方向性電磁鋼板の表面に絶縁被膜を形成するための表面処理剤であって、
アルミニウムおよび亜鉛を含むリン酸金属塩100質量部に対して、有機樹脂3~50質量部、および水溶性有機化合物5~50質量部を含み、
前記水溶性有機化合物は、SP値が10.0~20.0(cal/cm1/2の範囲内であり、
前記リン酸金属塩におけるアルミニウム元素と亜鉛元素とのモル比(Al:Zn)は、10:90~75:25の範囲内である、
無方向性電磁鋼板用表面処理剤。
【0012】
(5)前記有機樹脂は、アクリル樹脂である、
上記(4)に記載の無方向性電磁鋼板用表面処理剤。
【0013】
(6)Co、Mg、Mn、Niからなる群から選択される1種以上の元素を有するリン酸金属塩をさらに含む、
上記(4)または(5)に記載の無方向性電磁鋼板用表面処理剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、クロム酸化合物を含有せずに、絶縁性、加工性、密着性、耐食性および耐熱性に優れる絶縁被膜を有する無方向性電磁鋼板を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の実施形態に係る無方向性電磁鋼板の構造を説明するための模式図である。
図2】無方向性電磁鋼板の絶縁被膜におけるXPSスペクトルの挙動について説明するためのグラフ図である。
図3】無方向性電磁鋼板の絶縁被膜におけるXPSスペクトルの挙動について説明するためのグラフ図である。
図4】無方向性電磁鋼板の絶縁被膜におけるXPSスペクトルの挙動について説明するためのグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らが、絶縁性、加工性、密着性、耐食性および耐熱性を兼備する絶縁被膜を実現する方法について、鋭意検討を行った結果、以下の知見を得るに至った。
【0017】
(a)絶縁性、加工性、密着性、耐食性および耐熱性という多種にわたる特性を全て発揮するためには、複数の金属元素を含むリン酸金属塩を活用する必要がある。
【0018】
(b)本発明者らの検討の結果、耐食性に優れる亜鉛のリン酸金属塩を絶縁被膜の表面側に濃化させるとともに、密着性および耐熱性に優れるアルミニウムのリン酸金属塩を母材鋼板側に濃化させることで、絶縁性および加工性に加えて、密着性、耐食性および耐熱性を両立できることを見出した。
【0019】
(c)しかしながら、表面処理剤中にリン酸金属塩として添加するアルミニウムおよび亜鉛の含有量を調整するだけでは、亜鉛のリン酸金属塩が絶縁被膜の表面側に濃化し、アルミニウムのリン酸金属塩が母材鋼板側に濃化する被膜構成を実現することができなかった。
【0020】
(d)種々の条件で絶縁被膜を形成し、被膜の構成を解析した結果、表面処理剤中にリン酸金属塩とともに添加する水溶性有機化合物の組成、および表面処理剤を塗布した後の加熱条件を制御することで、上記の被膜構成を実現することが可能であった。
【0021】
(e)亜鉛のリン酸金属塩が絶縁被膜の表面側に濃化し、アルミニウムのリン酸金属塩が母材鋼板側に濃化するメカニズムについては明らかになっていないが、リン酸金属塩の金属イオンの安定性が影響していると推察される。
【0022】
(f)リン酸金属塩の多くは、水溶液中では不安定なため、早期に析出する傾向にある。そのため、リン酸金属塩は、鋼板側に濃化する場合が多い。しかし、表面処理剤中の水溶性有機化合物の組成および添加量を適正化することで、金属元素の安定性に差を生じさせ、特に、亜鉛のリン酸金属塩の安定性を向上させることが可能となる。その結果、安定性の高い亜鉛のリン酸金属塩が、安定性が相対的に低いアルミニウムのリン酸金属塩より遅く析出し、絶縁被膜の表面側に濃化するようになる。
【0023】
(g)加えて、亜鉛およびアルミニウムの濃化位置に差を生じさせるためには、母材鋼板の表面に表面処理剤を塗布してから凝固するまでの間に、表面処理剤中の各元素が十分に拡散する時間を確保する必要がある。その観点から、表面処理剤を塗布してから所定時間放置し、かつ加熱速度および加熱温度をいずれも低く制御する。
【0024】
(h)以上の条件の適正化により、亜鉛のリン酸金属塩が絶縁被膜の表面側に濃化し、アルミニウムのリン酸金属塩が母材鋼板側に濃化した被膜を形成することが可能となった。
【0025】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものである。以下に本発明の各要件について説明する。
【0026】
1.無方向性電磁鋼板の全体構成について
図1は、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の構造を説明するための模式図である。無方向性電磁鋼板1は、母材鋼板11と、母材鋼板11の表面に形成された絶縁被膜13と、を備える。なお、図1では、母材鋼板11の厚み方向における両側の表面に絶縁被膜13が設けられているが、絶縁被膜13は、母材鋼板11の片側の表面のみに設けられていてもよい。
【0027】
2.母材鋼板について
無方向性電磁鋼板1に用いられる母材鋼板11の鋼種については、特に限定されるものではない。例えば、質量%で、Si:0.1%以上、Al:0.05%以上を含有し、残部がFeおよび不純物である化学組成を有する無方向性電磁鋼板を用いることが好適である。
【0028】
Siは、含有量が0.1質量%以上となることで、電気抵抗を増加させて、磁気特性を向上させる元素である。Siの含有量が増加するに従って磁気特性も向上していくが、電気抵抗の増加と同時に脆性が増加する傾向にある。脆性の増加は、Siの含有量が4.0質量%を超えた場合に顕著となるため、Siの含有量は、4.0質量%以下であることが好ましい。
【0029】
Siと同様に、Alも、含有量が0.05質量%以上となることで、電気抵抗を増加させて、磁気特性を向上させる元素である。Alの含有量が増加するに従って磁気特性も向上していくが、電気抵抗の増加と同時に圧延性が低下する傾向にある。圧延性の低下は、Alの含有量が3.0質量%を超えた場合に顕著となるため、Alの含有量は、3.0質量%以下であることが好ましい。
【0030】
上記のようなSi含有量およびAl含有量を有する無方向性電磁鋼板であれば、特に限定されるものではなく、公知の各種の無方向性電磁鋼板を、母材鋼板11として用いることが可能である。
【0031】
また、母材鋼板11には、上記のSiおよびAl以外にも、残部のFeの一部に代えて、Mnを0.01~3.0質量%の範囲で含有させることが可能である。また、本実施形態に係る母材鋼板において、その他のS、N、Cといった元素の含有量は、合計で100ppm未満であることが好ましく、30ppm未満であることがより好ましい。
【0032】
本実施形態では、上記の化学組成を有する鋼塊(例えば、スラブ)を熱間圧延により熱延板としてコイル状に巻き取り、必要に応じて熱延板の状態で800~1050℃の温度範囲で焼鈍し、その後、0.15~0.50mmの厚みに冷間圧延した上で、さらに焼鈍したものを母材鋼板11として使用することが好ましい。母材鋼板11の板厚は、0.25mm以下であることがより好ましい。また、冷間圧延後の焼鈍に際して、その焼鈍温度は、750~1000℃の範囲であることが好ましい。
【0033】
さらに、母材鋼板11においては、表面粗度は比較的小さい方が、磁気特性が良好となるため、好ましい。具体的には、圧延方向、および、圧延方向に対して直角な方向の算術平均粗さ(Ra)がそれぞれ1.0μm以下であることが好ましく、0.1~0.5μmであることがより好ましい。Raが1.0μmを超える場合には、磁気特性が劣化する傾向が見られるためである。
【0034】
3.絶縁被膜について
絶縁被膜13は、母材鋼板11の少なくとも片側の表面上に形成されている。絶縁被膜は、以下で詳述するようなリン酸金属塩と有機樹脂と水溶性有機化合物とを主成分とし、クロムを含有しない絶縁被膜である。具体的には、リン酸金属塩、有機樹脂および水溶性有機化合物を、合計で、絶縁被膜の全質量に対して50質量%以上含有する。以下、各成分について、詳細に説明する。
【0035】
3-1.リン酸金属塩
絶縁被膜に含有されるリン酸金属塩は、リン酸と金属イオンとを主成分とする溶液(例えば、水溶液等)を乾燥させたときの固形分となるものであり、絶縁被膜において、バインダーとして機能するものである。リン酸の種類としては、特に限定されるものではなく、公知の各種のリン酸を使用することが可能であるが、例えば、オルトリン酸、メタリン酸、ポリリン酸等を使用することが好ましい。また、リン酸金属塩の溶液は、各種のリン酸に対し、金属イオンの酸化物、炭酸塩、および、水酸化物の少なくともいずれかを混合することで調製することができる。
【0036】
リン酸金属塩は、金属元素として、アルミニウム(Al)および亜鉛(Zn)を含む。すなわち、絶縁被膜には、Alのリン酸金属塩(すなわち、リン酸アルミニウム)と、Znのリン酸金属塩(すなわち、リン酸亜鉛)とが含まれる。
【0037】
また、本実施形態に係る絶縁被膜には、AlおよびZnのリン酸金属塩に加えて、その他の2価の金属元素Mのリン酸塩金属をさらに含んでもよい。このような2価の金属元素Mとして、例えば、Co、Mg、Mn、Niからなる群より選択される1種以上を挙げることができる。リン酸金属塩として、リン酸アルミニウムおよびリン酸亜鉛以外に、上記のような金属元素Mを有するリン酸金属塩が含まれることにより、絶縁被膜をより緻密化させて、絶縁被膜の諸特性をさらに向上させることが可能となる。
【0038】
また、本発明においては、上述のように、リン酸亜鉛を絶縁被膜の表面側に濃化させるとともに、リン酸アルミニウムを母材鋼板側に濃化させることで、絶縁性、加工性、密着性、耐食性および耐熱性を兼ね備えた絶縁被膜を実現している。
【0039】
より具体的には、本発明に係る無方向性電磁鋼板においては、絶縁被膜の表面から厚み方向に光電子分光分析法(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)による測定を行ったときに、Znの2pピークの強度が最大となる深さが、Alの2pピークの強度が最大となる深さより表面側に存在する(以下の説明において、「条件(a)」ともいう。)。
【0040】
なお、Znの2pピークの強度が最大となる深さが複数存在する場合には、そのうち絶縁被膜の表面に最も近い深さを採用することとする。Alの2pピークの強度が最大となる深さについても同様である。
【0041】
上述のように、リン酸金属塩は、通常、水溶液中では不安定なため、早期に析出し、母材鋼板側に濃化する傾向にある。図2図4は、無方向性電磁鋼板の絶縁被膜におけるXPSスペクトルの挙動について説明するためのグラフ図である。図2には、それぞれ、リン酸マグネシウム、リン酸コバルト、リン酸マンガン、およびリン酸アルミニウムを用いた4種類の絶縁被膜を形成したサンプルについてXPSスペクトルの測定を行った結果を示している。すなわち、各絶縁被膜におけるMg、Co、Mn、Alの2pピークに関する解析結果である。なお、上記4種類のサンプルについて、用いた母材鋼板および絶縁被膜におけるリン酸金属塩以外の成分については共通であり、測定条件も互いに同一とした。
【0042】
図2に示されるように、1種の金属元素のリン酸金属塩を用いて絶縁被膜を形成した場合には、いずれの金属元素においても、2pピークの強度は表面側ほど低くなる結果となった。この結果からも、リン酸金属塩が水溶液中で不安定であり、母材鋼板側に濃化しやすいことが分かる。
【0043】
次に、リン酸アルミニウムおよびリン酸亜鉛を用いた絶縁被膜、リン酸アルミニウムおよびリン酸マグネシウムを用いた絶縁被膜、リン酸アルミニウムおよびリン酸コバルトを用いた絶縁被膜、ならびに、リン酸アルミニウムおよびリン酸マンガンを用いた絶縁被膜をそれぞれ形成した4種類のサンプルについても同様の解析を行った。その結果を図3および図4に示す。
【0044】
図3は、各絶縁被膜におけるZn、Mg、Co、Mnのそれぞれの2pピークに関する解析結果であり、図4は、各絶縁被膜におけるAlの2pピークに関する解析結果である。
【0045】
図3に示されるように、Mg、Co、Mnの2pピークの強度は、表面側ほど低くなる結果となった。一方、Znの2pピークは、破線で囲った領域のように、絶縁被膜の表面近傍で極大となった後、徐々に減少していくことが分かる。
【0046】
また、図4に示されるように、各絶縁被膜におけるAlの2pピークの強度は、Mg、Co、Mnとの組み合わせにおいては絶縁被膜の表面近傍で極大となっているのに対し、Znとの組み合わせにおいては、破線で囲った領域のように、深さ150nm程度で極大となっている。図3および図4を比較すると明らかなように、リン酸アルミニウムとリン酸亜鉛とを組み合わせ場合だけ、Znの2pピークの強度が最大となる深さが、Alの2pピークの強度が最大となる深さより表面側に存在する結果であった。
【0047】
なお、リン酸アルミニウムおよびリン酸亜鉛に加えて、リン酸マグネシウム、リン酸コバルト、リン酸マンガン、および、リン酸ニッケルの少なくともいずれかを含有させた場合についても、上記と同様に確認を行った結果、リン酸アルミニウムとリン酸亜鉛との位置関係は再現された。
【0048】
さらに、本発明に係る無方向性電磁鋼板においては、XPSによる測定を行ったときに、Znの2pピークの強度の最大値が、Znの2pピークの強度が最大となる深さ(以下、「最大Zn深さ」ともいう。)におけるAlの2pピークの強度の1~20倍となる(以下の説明において、「条件(b)」ともいう。)。すなわち、最大Zn深さにおいて、Znの2pピークの強度がAlの2pピークの強度の1~20倍となる。
【0049】
最大Zn深さにおいて、Znの2pピークの強度がAlの2pピークの強度の1倍未満である場合には、十分な量のリン酸亜鉛が絶縁被膜の表面近傍に濃化しておらず、優れた耐食性が得られない。一方、Znの2pピークの強度がAlの2pピークの強度の20倍を超える場合には、リン酸アルミニウムの量が少なくなりすぎて、優れた密着性および耐熱性を実現することができない。最大Zn深さにおいて、Znの2pピークの強度は、Alの2pピークの強度に対して、好ましくは1.2倍以上であり、より好ましくは1.5倍以上である。また、Znの2pピークの強度は、Alの2pピークの強度に対して、好ましくは10倍以下であり、より好ましくは5倍以下である。
【0050】
ここで、XPSとは、化学種の違いを区別しながら化学種の分布を観察するのに適した測定方法である。XPSを用いて、絶縁被膜を厚み方向に沿ってスパッタしながら観察することで、リン酸金属塩の厚み方向分布を特定することができる。
【0051】
具体的には、上記のAlの2pピーク(2p電子に関するピーク)は、リン酸アルミニウムにおけるAl-O結合に帰属するXPSピークであり、結合エネルギー76eV近傍に観察され、上記のZnの2pピーク(2p電子に関するピーク)は、リン酸亜鉛におけるZn-O結合に帰属するXPSピークであり、結合エネルギー1023eV近傍に観察される。
【0052】
同様に、他の金属元素M(Co、Mg、Mn、Ni)の2pピーク(2p電子に関するピーク)は、金属元素Mのリン酸金属塩におけるM-O結合に帰属するXPSピークであり、例えば、以下のような結合エネルギー付近に観測される。
リン酸コバルト:780~790eV
リン酸マグネシウム:50~54eV
リン酸マンガン:642~650eV
リン酸ニッケル:848~855eV
【0053】
なお、上記のようなXPSスペクトルは、市販のX線光電子分光分析装置を用いて測定することが可能である。また、XPSスペクトルの測定条件は、以下のように設定すればよい。
測定装置 :アルバックファイ社製XPS測定装置 PHI5600
X線源 :MgKα
分析面積 :800μmφ
スパッタ収率:2nm/min.(SiO換算)
測定面 :最表面、0.1、0.5、1、2、5、10分以降10分間隔
【0054】
3-2.有機樹脂
絶縁被膜に含有される有機樹脂は、バインダーとして機能するリン酸金属塩中に分散した状態で存在する。リン酸金属塩中に有機樹脂が存在することで、リン酸金属塩の結晶粒が大きく成長することを抑制して、リン酸金属塩の多結晶化を促進することが可能となり、緻密な絶縁被膜を形成することが可能となる。
【0055】
有機樹脂の種類については、特に限定されるものではなく、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、酢酸ビニル樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリアミド樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、シリコン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂等といった、公知の各種の有機樹脂の1種または2種以上を使用することができる。ただし、酸性溶液の液安定性という観点から、有機樹脂として、アクリル樹脂を用いることがより好ましい。
【0056】
アクリル樹脂について一例を挙げると、1種のモノマーの重合体であってもよいし、2種以上のモノマーの共重合体であってもよい。また、上記のアクリル樹脂を構成するモノマーとしては、特に限定するものではないが、例えば、メチルアクリレート、エチルアクリレート、n-ブチルアクリレート、i-ブチルアクリレート、n-オクチルアクリレート、i-オクチルアクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート、n-ノニルアクリレート、n-デシルアクリレート、n-ドデシルアクリレート等を使用することが可能である。その他にも、官能基を持つモノマーとして、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、無水マレイン酸、フマル酸、クロトン酸、イタコン酸等を使用することが可能であり、水酸基を持つモノマーとして、2-ヒドロキシルエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシルプロピル(メタ)アクリレート、3-ヒロドキシルブチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシルエチル(メタ)アリルエーテル等を使用することが可能である。
【0057】
3-3.水溶性有機化合物
絶縁被膜に含有される水溶性有機化合物とは、アルコール、エステル、ケトン、エーテル、カルボン酸、糖等の水溶性の有機化合物であり、リン酸金属塩等の無機組成液と相溶するものである。リン酸金属塩および有機樹脂を含む処理液に対して、水溶性有機化合物を配合することにより、処理液を鋼板表面に塗布し乾燥する際に、水溶性有機化合物は、リン酸金属塩等の無機成分中に含有されるようになる。なお、本実施形態における水溶性とは、水に対して無限溶解したり、部分的に溶解したりする特性を意味する。
【0058】
本実施形態に係る水溶性有機化合物は、SP値が10.0~20.0(cal/cm1/2の範囲内である。ここで、SP値は、溶解度パラメータ(Solubility Parameter)と呼ばれるものであり、物質相互の混和性を表すものである。
【0059】
SP値は、物質固有の特性値であるため、純物質であれば、文献値を用いてもよい。また、SP値の具体的な値を実際の測定から得る場合には、蒸発エネルギーの測定値化から求めてもよいし、水溶液であれば貧溶媒を添加した際の濁度変化から求めたり、SP値が既知の溶媒に対する溶解性から求めたりしてもよい。
【0060】
SP値が10.0(cal/cm1/2未満である場合、リン酸亜鉛の安定性を十分に向上させることができず、絶縁被膜中で広く分布し、明瞭なピークを示さなくなる。その結果、Znの2pピークの強度の最大値が絶縁被膜の表面付近には存在するものの、その深さでのAlの2pピークの強度より大きくならず、耐食性を十分に向上させることができない。すなわち、条件(b)を満足しなくなる。また、処理溶液中で水溶性有機化合物が分離し易く、塗りムラおよび被膜不良の原因となる。一方、SP値が20.0(cal/cm1/2超である場合には、リン酸金属塩との相互作用が極めて低くなり、リン酸亜鉛が安定化されず、リン酸アルミニウムが絶縁被膜の表面側に濃化するようになる。すなわち、条件(a)を満足しなくなる。
【0061】
具体的には、本実施形態に係る水溶性有機化合物としては、アルコール類ではブタノール、プロパノール等の直鎖アルコール類を挙げることができ、ポリオール類では、プロピレングリコール、グリセリン、エチレングリコール、トリエチレングリコール等を挙げることができ、カルボン酸類ではメチルエチルケトン、ジエチルケトン等のケトン類、酢酸、プロピオン酸を挙げることができ、カルボン酸塩類ではマレイン酸ナトリウム塩等を挙げることができ、糖類では蔗糖、果糖等を挙げることができ、セロソルブでは、メチルセロソルブ、ブチルセロソルブ等を挙げることができ、カルビトール類ではジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル等を挙げることができ、エステル類ではテトラエチレングリコールジメチルエーテル、1、4-ジオキサン等のエーテル類、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート等を挙げることができる。これら各種の水溶性有機化合物のうちSP値が10.0~20.0(cal/cm1/2の範囲のものを、好適に使用することが可能である。
【0062】
なお、水溶性有機化合物として、ホスホン酸がしばしば用いられることがある。しかしながら、ホスホン酸はSP値が規定範囲を満足しないだけでなく、酸性度が比較的高い。そのため、ホスホン酸を含む表面処理剤を母材鋼板の表面に塗布してから凝固するまでの時間を十分に確保した場合、母材鋼板の表面で錆が発生するおそれがある。
【0063】
また、水溶性有機化合物は、塗布焼き付け後に被膜中に残存する。この際、水溶性有機化合物の沸点または昇華点が水の沸点より低い場合であっても、水溶性有機化合物とリン酸金属塩とが相互に作用を及ぼしあっているために、水溶性有機化合物は塗布焼き付け後の被膜中に残存する。また、実際の操業時において、被膜の乾燥・焼き付けに要する時間は数秒程度であるため、水溶性有機化合物は被膜中に残存することとなる。
【0064】
ただし、塗布焼き付け後の被膜中に水溶性有機化合物をより確実に残存させるために、水溶性有機化合物が液体の場合は沸点、固体の場合は昇華点が、水の沸点より高いことが好ましい。さらに好適には、本実施形態に係る水溶性有機化合物は、沸点または昇華点が150℃以上であることが好ましく、200℃以上であることがより好ましい。沸点または昇華点が150℃以上である水溶性有機化合物を用いることで、被膜中での水溶性有機化合物の残存率の低下を抑制して、水溶性有機化合物の添加効果をより確実に発現させることが可能となる。一方、本実施形態に係る水溶性有機化合物の沸点または昇華点は、300℃未満であることが好ましい。水溶性有機化合物の沸点または昇華点が300℃以上である場合には、ベトツキおよび潮解の原因となる可能性がある。
【0065】
4.絶縁被膜の膜厚
絶縁被膜の厚みは、例えば、0.3~5.0μm程度であることが好ましく、0.5μm~2.0μm程度であることがより好ましい。絶縁被膜の膜厚を上記のような範囲とすることで、より優れた均一性を保持することが可能となる。
【0066】
5.無方向性電磁鋼板用表面処理剤について
次に、無方向性電磁鋼板を製造する際に用いられる、絶縁被膜を形成するための表面処理剤について、以下で詳細に説明する。
【0067】
本実施形態に係る表面処理剤は、無方向性電磁鋼板として機能する母材鋼板の表面に、上記のような絶縁被膜を形成するために用いられる、水溶液系の処理剤である。この表面処理剤は、アルミニウムおよび亜鉛を含むリン酸金属塩100質量部に対して、有機樹脂3~50質量部、および水溶性有機化合物5~50質量部を含む。
【0068】
ここで、表面処理剤におけるリン酸金属塩、有機樹脂および水溶性有機化合物は、前述したリン酸金属塩、有機樹脂および水溶性有機化合物を用いるものとする。
【0069】
また、本実施形態に係る表面処理剤に含まれるリン酸金属塩において、アルミニウム元素と亜鉛元素とのモル比(Al:Zn)は、10:90~75:25の範囲内とする。アルミニウム元素と亜鉛元素とのモル比を上記の範囲内とすることで、表面処理剤を用いて形成された絶縁被膜は、XPSスペクトルに関する条件(a)および条件(b)を満足するようになる。表面処理剤中のリン酸金属塩におけるアルミニウム元素と亜鉛元素とのモル比(Al:Zn)は、好ましくは、30:70~50:50の範囲内である。
【0070】
なお、上記のモル比(Al:Zn)の値は、得られた表面処理剤をICP(Inductively Coupled Plasma:誘導結合プラズマ)発光分光分析装置を用いて分析して、アルミニウム元素および亜鉛元素のモル量を定量し、得られたそれぞれのモル量から算出することができる。
【0071】
表面処理剤に含まれる有機樹脂の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、3~50質量部とする。有機樹脂の含有量を上記の範囲とすることで、特にリン酸亜鉛の安定性を高め、条件(a)および条件(b)を満足させることが可能となる。また、有機樹脂の含有量を50質量部以下とすることで、リン酸金属塩の濃度を相対的に高めることができ、耐熱性を確保することが可能となる。
【0072】
有機樹脂の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、好ましくは5質量部以上であり、より好ましくは10質量部以上である。また、有機樹脂の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、好ましくは40質量部以下であり、より好ましくは30質量部以下である。
【0073】
本実施形態に係る表面処理剤では、上述した範囲のSP値を持つ水溶性有機化合物を適性量含有させることで、リン酸亜鉛が絶縁被膜の表面側に濃化し、リン酸アルミニウムが母材鋼板側に濃化した被膜を形成することが可能である。そのため、表面処理剤に含まれる水溶性有機化合物の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、5~50質量部とする。水溶性有機化合物の含有量を上記の範囲とすることで、特にリン酸亜鉛の安定性を高め、条件(a)および条件(b)を満足させることが可能となる。
【0074】
加えて、水溶性有機化合物の含有量を5質量部以上とすることで、打ち抜き性も向上する。さらに、水溶性有機化合物の含有量を50質量部以下とすることで、絶縁被膜がべとついたり白濁したりするのを抑制し、光沢のある被膜表面を得ることができる。水溶性有機化合物の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、好ましくは8質量部以上であり、より好ましくは10質量部以上である。また、水溶性有機化合物の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、好ましくは30質量部以下であり、より好ましくは20質量部以下である。
【0075】
また、本実施形態に係る表面処理剤では、上記の成分以外に、例えば、炭酸塩、水酸化物、酸化物、チタン酸塩、タングステン酸塩等の無機化合物のようなバインダー成分を含有していてもよい。また、上記処理液中に、その他光沢剤等を含有させてもよい。
【0076】
6.無方向性電磁鋼板の製造方法について
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の製造方法は、母材鋼板と、絶縁被膜と、を備える無方向性電磁鋼板を製造するための製造方法である。本実施形態に係る製造方法は、上記の表面処理剤を、母材鋼板の表面に塗布する工程と、表面処理剤の塗布された母材鋼板を加熱して、絶縁被膜を形成する工程と、を含む。
【0077】
ここで、表面処理剤を母材鋼板の表面に塗布する際の塗布方法については、特に限定されるものではなく、公知の各種の塗布方式を用いることが可能である。このような塗布方式として、例えば、ロールコーター方式を用いてもよいし、スプレー方式、ディップ方式等の塗布方式を用いてもよい。
【0078】
また、上述のように、母材鋼板の表面に表面処理剤を塗布してから凝固するまでの間に、表面処理剤中の各元素が十分に拡散する時間を確保する必要がある。そのため、まず、表面処理剤を塗布してから加熱までの間に1.5秒以上放置する。続いて、表面処理剤が塗布された母材鋼板を加熱して絶縁被膜を形成するに際しては、加熱温度を220℃以上260℃未満とし、加熱開始から、加熱温度までの平均加熱速度を25℃/秒未満とする。加熱開始時の温度については、特に制限はなく、室温付近の温度であればよい。
【0079】
また、加熱方式についても、特に限定されるものではなく、通常の輻射炉または熱風炉が使用可能であり、誘導加熱方式等の電気を用いた加熱を用いてもよい。
【0080】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0081】
本実施例では、質量%で、Si:3.1%、Al:0.6%、Mn:0.2%を含有し、残部がFeおよび不純物である化学成分を有し、板厚0.30mmであり、かつ、算術平均粗さRaが0.32μmである母材鋼板を用いた。
【0082】
母材鋼板の表面に、表1に示す組成を有する処理液を、塗布量が1.0g/mになるように塗布した後、表2に示す条件で焼き付け処理を行った。なお、表1に示される水溶性有機化合物の種類の記号の意味は、表3に示すとおりである。また、表2における加熱速度は、室温から加熱温度までの平均加熱速度を意味し、加熱時間は、当該加熱温度において保持される時間を意味する。
【0083】
【表1】
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
【0086】
リン酸金属塩は、オルトリン酸と、Al(OH)、ZnO、Mg(OH)等の各金属水酸化物、酸化物、炭酸塩と、を混合撹拌して各リン金属酸塩処理液を調製し、40質量%水溶液とした。なお、用いた試薬は、いずれも市販されているものである。
【0087】
表1では、リン酸金属塩中におけるリン酸アルミニウムの配合量、リン酸金属塩中におけるリン酸亜鉛の配合量、および、リン酸金属塩中における第3元素のリン酸金属塩の配合量を、質量部として示している。また、表1では、リン酸金属塩におけるアルミニウム元素と亜鉛元素とのモル比についても示している。
【0088】
水溶性有機化合物も、市販されているものを使用しており、それぞれ表3に示すSP値を有している。
【0089】
アクリル樹脂については、アクリル樹脂としてメチルメタクリレート30質量%、スチレンモノマー45質量%、2-ヒドロキシエチルメタクリレートを10質量%、エチレングリコールメタクリレート5質量%をアニオン性反応性乳化剤5質量%、ノニオン性反応性乳化剤5質量%と共重合させ、30%エマルジョン溶液としたものを用いた。なお、アクリル樹脂の重合に用いた各試薬は、いずれも市販されているものである。
【0090】
エポキシ樹脂については、ビスフェノールAエポキシ樹脂をモノエタノールアミンで変性した後、無水コハク酸をグラフト重合させて、エマルジョン化したものを用いた。なお、エポキシ樹脂の重合に用いた各試薬は、いずれも市販されているものである。
【0091】
表1に示した処理液中におけるリン酸金属塩、水溶性有機化合物および有機樹脂の配合割合が、塗布・乾燥後の絶縁被膜におけるリン酸金属塩、水溶性有機化合物および有機樹脂の配合割合となる。
【0092】
得られた無方向性電磁鋼板の各サンプルについて、XPSスペクトルを測定し、上記条件(a)および条件(b)を満足しているか否かを判断した。満足している条件については、評点「A」とし、満足していない条件については、評点「B」とした。なお、XPSスペクトルの測定条件は、前述したとおりである。
【0093】
さらに、各サンプルについて、各種評価試験を実施した。以下に、製造したサンプルの評価方法について、詳細に説明する。
【0094】
密着性は、10mm、20mm、30mmの直径を有する金属棒に粘着テープを貼った鋼板サンプルを巻きつけた後、粘着テープを引き剥がし、剥れた痕跡から密着性を評価した。10mmφの曲げでも剥れなかったものを評点「A」とし、20mmφでは剥れなかったものを評点「B」とし、30mmφで剥れなかったものを評点「C」とし、剥がれたものを評点「D」とした。密着性に関し、評点A、Bとなったものを合格とした。
【0095】
絶縁性は、JIS法(JIS C2550-4:2019)に準じて測定した層間抵抗を基に、5Ω・cm/枚未満を評点「D」、5Ω・cm/枚以上10Ω・cm/枚未満を評点「C」、10Ω・cm/枚以上50Ω・cm/枚未満を評点「B」、50Ω・cm/枚以上を評点「A」とした。絶縁性に関し、評点A、Bとなったものを合格とした。
【0096】
耐熱性は、歪取り焼鈍後の耐食性で評価した。850℃の窒素100%雰囲気中で1時間加熱処理を行い、続いて、温度50℃、湿度90%の恒温恒湿槽で48時間経時した後、耐食性の評価と同様に表面に発生した錆の面積率を評価した。評価基準は、以下のとおりとし、評点9、10を「A」、評点6、7、8を「B」、評点4、5を「C」、評点1、2、3を「D」とし、評点A、Bとなったものを合格とした。
【0097】
加工性については、サンプルの切断荷重を測定して加工性の指標とした。3cm×6cmに加工したサンプルに対し、垂直に切断刃が当たるようにセットして、サンプルが切断されるときの荷重を測定した。絶縁被膜を塗布しないサンプルを比較とした際の切断荷重の比が、0.95未満となったものを「A」、0.95以上1.00未満のものを「B」、1.00以上1.05未満のものを「C」、1.05以上1.10未満のものを「D」、1.10以上のものを「E」とした。加工性に関し、評点A、Bとなったものを合格とした。
【0098】
耐食性は、JIS法の塩水噴霧試験(JIS Z2371:2015)に準じて評価した。具体的には、35℃の雰囲気中で5%NaCl水溶液を1時間サンプルに噴霧するステップと、温度60℃、湿度40%の雰囲気中で3時間保持するステップと、温度40℃、湿度95%の雰囲気中で3時間保持するステップとを1サイクルとして、5サイクル繰り返した後、表面に発生した錆の面積率を10点評価で行った。評価基準は、以下のとおりである。耐食性に関し、評点5以上を合格とした。
【0099】
10:錆発生がなかった
9:錆発生が極少量(面積率0.10%以下)
8:錆の発生した面積率=0.10%超0.25%以下
7:錆の発生した面積率=0.25%超0.50%以下
6:錆の発生した面積率=0.50%超1.0%以下
5:錆の発生した面積率=1.0%超2.5%以下
4:錆の発生した面積率=2.5%超5.0%以下
3:錆の発生した面積率=5.0%超10%以下
2:錆の発生した面積率=10%超25%以下
1:錆の発生した面積率=25%超50%以下
【0100】
外観は、光沢があり、平滑で均一であるものを5とし、以下、光沢はあるが均一性に若干劣るものを4、やや光沢があり平滑ではあるが均一性に劣るものを3、光沢が少なく、平滑性にやや劣り均一性に劣るものを2、光沢、均一性、平滑性の劣るものを1とした。外観に関し、評点3以上を合格とした。
【0101】
また、各サンプルについて、絶縁被膜の膜厚を電磁式膜厚計により測定し、母材鋼板の各面における絶縁被膜の測定値と、母材鋼板の板厚(300μm)とから、占積率(%)を算出した。なお、本実施例における占積率は、図1に示した絶縁被膜の膜厚d(μm)を用いて、占積率(%)={300μm/(300μm+2×d)}×100で算出できる。
【0102】
得られた結果を、表4にまとめて示す。
【0103】
【表4】
【0104】
表4から明らかなように、本発明の規定を満足する本発明例のサンプルは、クロム酸化合物を含有することなく、絶縁性、加工性、密着性、耐食性および耐熱性により一層優れた特性を示した。一方、本発明の規定のいずれかから外れる比較例のサンプルは、絶縁性、加工性、密着性、耐食性および耐熱性を兼ね備える特性を実現できなかった。
【符号の説明】
【0105】
1.無方向性電磁鋼板
11.母材鋼板
13.絶縁被膜
図1
図2
図3
図4