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特許7389381マルテンサイト系ステンレス鋼管及びその製造方法
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  • 特許-マルテンサイト系ステンレス鋼管及びその製造方法 図1
  • 特許-マルテンサイト系ステンレス鋼管及びその製造方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-21
(45)【発行日】2023-11-30
(54)【発明の名称】マルテンサイト系ステンレス鋼管及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23G 1/08 20060101AFI20231122BHJP
   C23G 3/04 20060101ALI20231122BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20231122BHJP
   C22C 38/52 20060101ALI20231122BHJP
   C21D 8/10 20060101ALN20231122BHJP
   C21D 9/08 20060101ALN20231122BHJP
【FI】
C23G1/08
C23G3/04
C22C38/00 302Z
C22C38/52
C21D8/10 D
C21D9/08 E
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2022147515
(22)【出願日】2022-09-16
(62)【分割の表示】P 2021534008の分割
【原出願日】2020-07-17
(65)【公開番号】P2022180469
(43)【公開日】2022-12-06
【審査請求日】2022-09-16
(31)【優先権主張番号】P 2019136198
(32)【優先日】2019-07-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【弁理士】
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100132506
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 哲文
(72)【発明者】
【氏名】野口 美紀子
(72)【発明者】
【氏名】山口 貴司
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/065116(WO,A1)
【文献】特開2001-123249(JP,A)
【文献】国際公開第2015/133287(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23G 1/08
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂で被覆されて使用されるマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
化学組成が、質量%で、
C :0.001~0.050%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:0.05~1.00%、
P :0.030%以下、
S :0.0020%以下、
Cu:0.50%未満、
Cr:11.50~14.00%未満、
Ni:5.00%超~7.00%、
Mo:1.00%超~3.00%、
Ti:0.02~0.50%、
Al:0.001~0.100%、
Ca:0.0001~0.0040%、
N :0.0001~0.0200%未満、
V :0~0.500%、
Nb:0~0.500%、
Co:0~0.500%、
残部:Fe及び不純物であり、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼管の長手方向に沿って3か所(長手方向の中央および両管端からそれぞれ1mの位置)のそれぞれにおいて、周方向に沿って4か所(90°間隔)の計12か所で測定を行ったとき、12か所のうち9か所以上において、次の式(1)、(2)(3)及び(5)を満たす、マルテンサイト系ステンレス鋼管。ただし、12か所のうち9か所以上において、R=G=B=255を満たすもの、次の式(6)を満たすもの及び次の式(7)を満たすものを除く
154≦B≦255 (1)
146≦R≦255 (2)
142≦G≦255 (3)
-48≦(R-G)×(R-B)≦396 (5)
(R-G)×(R-B)=220 (6)
(R-G)×(R-B)=272 (7)
ここで、式中、Bは前記マルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面を測定して得られる赤色、緑色、青色の3成分のうち、青色の成分を0~255の256階調で表した場合の値であり、Rは前記マルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面を測定して得られる赤色、緑色、青色の3成分のうち、赤色の成分を0~255の256階調で表した場合の値であり、Gは前記マルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面を測定して得られる赤色、緑色、青色の3成分のうち、緑色の成分を0~255の256階調で表した場合の値であり、R、G及びBは、光源:高輝度LED(色温度:5700K)、照度:1000ルクス以上で測定するものとする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼管及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油井やガス井から産出される石油や天然ガスは、随伴ガスとして炭酸ガスや硫化水素等の腐食性ガスを含んでいる。Crを約13質量%程度含むマルテンサイト系ステンレス鋼管は、耐食性と経済性とのバランスに優れており、油井用鋼管やパイプライン用鋼管等として広く用いられている。
【0003】
一般的に、鋼管の製造工程は、鋼管の表面を酸洗する工程を含む場合がある。酸洗工程では、鋼管を、酸洗槽に浸漬する。酸洗工程の後では、鋼管を、水洗し、乾燥させる。
【0004】
例えば、特許第5896165号公報、及び特許第5482968号公報には、酸洗によって、鋼板表面の黄変を防止する方法が開示されている。また、特許第3489535号公報には、熱処理後のショットブラスト処理及び酸洗処理を含むマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法が開示されている。また、特許第5644148号公報には、オレンジピールと呼ばれる表面荒れを生じさせないステンレンス冷延鋼管及びその製造方法が開示されている。特開2002-371394号公報には、ステンレス鋼の表面に生じた酸化スケールを除去するための酸洗方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5896165号公報
【文献】特許第5482968号公報
【文献】特許第3489535号公報
【文献】特許第5644148号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
マルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面は塗覆装により樹脂で被覆される場合がある。被覆樹脂により、例えば、鋼管の海水による腐食を防ぐことができる。被覆樹脂と鋼管の密着力は高いことが好ましい。
【0007】
本発明は、被覆樹脂との密着力が確保できるマルテンサイト系ステンレス鋼管及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の実施形態におけるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法は、素管を準備する工程と、前記素管を、50℃未満のフッ硝酸溶液に浸漬する酸洗工程と、前記酸洗工程の後に、前記素管の外表面に高圧水を噴射して前記素管の表面を洗浄する高圧水洗浄工程と、必要に応じて高圧水洗浄工程の後に素管を湯に浸漬する湯浸漬工程と、前記高圧水洗浄工程又は湯浸漬工程の終了から15分経過するよりも前に前記素管の表面に気体を吹き付ける気体吹き付け工程とを有する。前記素管の化学組成は、質量%で、C :0.001~0.050%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.05~1.00%、P :0.030%以下、S :0.0020%以下、Cu:0.50%未満、Cr:11.50~14.00%未満、Ni:5.00%超~7.00%、Mo:1.00%超~3.00%、Ti:0.02~0.50%、Al:0.001~0.100%、Ca:0.0001~0.0040%、N :0.0001~0.0200%未満、V :0~0.500%、Nb:0~0.500%、Co:0~0.500%、残部:Fe及び不純物である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、マルテンサイト系ステンレス鋼管において、被覆樹脂との密着力を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明の一実施形態における鋼管の製造方法のフロー図である。
図2図2は、本発明の実施例における平均密着力とフッ硝酸溶液の温度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
従来、マルテンサイト系ステンレス鋼、特にパイプライン用鋼管や油井用鋼管として用いられるマルテンサイト系ステンレス鋼管では、仕上肌は必須の要求項目ではなく、熱処理後に酸洗をすることは必須ではない。マルテンサイト系ステンレス鋼の他の用途として刃物があるが、これらは最終的に研磨して用いられるため、やはり酸洗は必須ではない。
【0012】
発明者らは、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造工程で酸洗を行った。Crを約13質量%程度含むマルテンサイト系ステンレス鋼管は、フッ硝酸酸洗により、白銀色の美麗な表面外観を呈するが、目視で黄色くなる場合があることがわかった。黄色くなった部分は、塗覆装をした場合に、被覆樹脂との密着力が低下することを発明者らは見出した。さらに、発明者らは、被覆樹脂との密着力の低下を防ぐための酸洗条件その他製造工程の条件について検討した。
【0013】
例えば、特開2002-371394号公報には、オーステナイト系ステンレス(SUS304)を酸洗によりデスケールするための条件が記載されている。しかしながら、マルテンサイト系ステンレス鋼とオーステナイト系ステンレス鋼とは、同じステンレス鋼という括りではあっても、大きく異なる点を有しており、当業者にとっては異なる材料と認識される。一方の技術を他方に転用することが常に可能であるということはできない。この点は、マルテンサイト系ステンレス鋼とフェライト系ステンレス鋼とについても同様である。
【0014】
マルテンサイト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼及びフェライト系ステンレス鋼とは、組織が異なることに加えて、化学組成も異なる。組織や化学組成が異なれば、酸洗液との反応性も異なる。さらに、適用される熱処理の条件も異なるため、形成されるスケールの状態及び脱Crの態様も異なる。例えば、溶体化熱処理されたフェライト系ステンレス鋼と焼戻しされたマルテンサイト系ステンレス鋼とでは、合金元素の形態(固溶しているか析出しているか)も大きく異なる。また、オーステナイト系ステンレス鋼は溶体化処理を行い、添加元素を粒内に固溶した状態にしている。一方、マルテンサイト系ステンレス鋼は焼戻処理をしているため、粒内及び粒界に添加元素が析出している。従って、オーステナイト系ステンレス鋼又はフェライト系ステンレス鋼の酸洗条件及びその後処理の条件をそのままマルテンサイト系ステンレス鋼に適用することはできない。
【0015】
発明者らは、マルテンサイト系ステンレス鋼管の酸洗による影響を詳しく調べた。その結果、酸洗を経たマルテンサイト系ステンレス鋼管の表面の色を、製造工程の条件により制御できることに想到した。酸洗及びその後処理を経たマルテンサイト系ステンレス鋼管の表面の色を一定の範囲内とすることで、被覆樹脂との密着力を確保できることがわかった。下記実施形態は、この知見に基づくものである。
【0016】
本発明の実施形態におけるマルテンサイト系ステンレス鋼管の第1の製造方法は、素管を準備する工程と、前記素管を、50℃未満のフッ硝酸溶液に浸漬する酸洗工程と、前記酸洗工程の後に、前記素管の外表面に高圧水を噴射して前記素管の外表面を洗浄する高圧水洗浄工程と、前記高圧水洗浄工程の終了から15分経過するよりも前に前記素管の外表面に気体を吹き付ける気体吹き付け工程とを有する。前記素管の化学組成は、質量%で、C :0.001~0.050%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.05~1.00%、P :0.030%以下、S :0.0020%以下、Cu:0.50%未満、Cr:11.50~14.00%未満、Ni:5.00%超~7.00%、Mo:1.00%超~3.00%、Ti:0.02~0.50%、Al:0.001~0.100%、Ca:0.0001~0.0040%、N :0.0001~0.0200%未満、V :0~0.500%、Nb:0~0.500%、Co:0~0.500%、残部:Fe及び不純物である。
【0017】
上記の第1の製造方法によれば、マルテンサイト系ステンレス鋼管において、被覆樹脂との密着力を確保できる。被覆樹脂との密着力低下のメカニズムは、明らかではないが、発明者らは、鋼管表面の付着物が原因と考えている。この付着物によりマルテンサイト系ステンレス鋼管が黄色に着色すると考えられる。発明者らは、上記化学組成を有するマルテンサイト系ステンレンス鋼管を、50℃未満のフッ硝酸溶液に浸漬することで、鋼管表面の付着物の生成を抑制し、黄色の着色を抑えることができることを見出した。さらに、酸洗後に高圧水洗浄を行い、その後、15分経過するよりも前に気体吹き付けを行うことによって、付着物の生成を抑制できることを見出した。すなわち、製造工程において、50℃未満のフッ硝酸溶液に浸漬した後、高圧水洗浄、及び気体吹き付けを行い、素管を15分以上濡れた状態で放置しないことで、素管の表面における付着物の生成を抑制し、密着力の低下を防ぐことができる。
【0018】
マルテンサイト系ステンレスは、フェライト系ステンレス及びオーステナイト系ステンレスと比較すると、フッ硝酸によって粒界が溶解しやすい。マルテンサイト系ステンレスは、フッ硝酸に浸漬すると鋼管表面が溶解、特に粒界が溶解された状態となる。すなわち、フッ硝酸による酸洗後のマルテンサイト系ステンレスは、粒界にフッ硝酸が染み込んでいる状態である。その後、高圧水洗浄を行い、気体吹き付けを行わず、素管が濡れた状態のまま15分経過すると、粒界に残されたフッ硝酸が鋼管表面へ出てくる。これが付着物の生成に繋がると考えられる。そのため、高圧水洗浄を行ったあと、15分経過する前に気体吹き付けを行うことが重要であると、発明者は考えている。上記第1の製造方法は、マルテンサイト系ステンレス鋼管に特有の課題を解決するものである。
【0019】
気体吹き付け工程において、高圧水洗浄工程の終了から15分経過するよりも前に素管の外表面に気体を吹き付けるとは、高圧水洗浄工程において、素管の外表面への高圧水の噴射が終了してから素管の外表面への気体の吹き付けを開始するまでの時間が、15分未満であることを意味する。
【0020】
上記のマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法は、前記素管を熱処理する工程を有してもよい。熱処理の工程は、例えば、素管の焼入れを含んでもよい。焼入れは、Ac点以上の温度に再加熱してから急冷する熱処理である。熱処理の工程は、素管の焼入れに加えて、素管の焼戻しを含んでもよい。
【0021】
本発明の実施形態におけるマルテンサイト系ステンレス鋼管の第2の製造方法は、素管を準備する工程と、前記素管を、50℃未満のフッ硝酸溶液に浸漬する酸洗工程と、前記酸洗工程の後に、前記素管の外表面に高圧水を噴射して前記素管の外表面を洗浄する高圧水洗浄工程と、前記高圧水洗浄工程の後に、前記素管を湯に浸漬する湯浸漬工程と、前記高圧水洗浄工程の終了から15分経過するよりも前に前記素管の外表面に気体を吹き付ける気体吹き付け工程とを有する。前記素管の化学組成は、質量%で、C :0.001~0.050%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.05~1.00%、P :0.030%以下、S :0.0020%以下、Cu:0.50%未満、Cr:11.50~14.00%未満、Ni:5.00%超~7.00%、Mo:1.00%超~3.00%、Ti:0.02~0.50%、Al:0.001~0.100%、Ca:0.0001~0.0040%、N :0.0001~0.0200%未満、V :0~0.500%、Nb:0~0.500%、Co:0~0.500%、残部:Fe及び不純物である。
【0022】
上記の第2の製造方法は、高圧水洗浄工程の後に湯浸漬工程をさらに備え、湯浸漬工程の終了から15分経過するよりも前に気体吹き付けを開始することにより、鋼管表面における付着物の生成をより抑制し、被覆樹脂との密着力を高めることができる。湯浸漬工程で素管を浸漬する湯の温度は、例えば、60℃以上、より好ましくは、80℃以上であってもよい。
【0023】
湯浸漬工程の終了から15分経過するよりも前に素管の外表面に気体を吹き付けるとは、湯浸漬工程において、素管の湯への浸漬が終了してから素管の外表面への気体の吹き付けを開始するまでの時間が、15分未満であることを意味する。
【0024】
高圧水洗浄の素管の外表面への噴射の終了から、素管の湯への浸漬の開始までの時間は、15分未満であるが、好ましくは13分未満であり、さらに好ましくは10分未満であり、さらに好ましくは6分未満である。
【0025】
上記第2の製造方法は、上記第1の製造方法と同じマルテンサイト系ステンレス鋼管に特有の課題を解決するものである。
【0026】
上記第1の製造方法及び上記第2の製造方法において、前記酸洗工程は、前記素管を、硫酸溶液又は塩酸溶液に浸漬し、その後、前記50℃未満のフッ硝酸溶液に浸漬する工程であってもよい。これにより、素管の表面の酸化スケールを除去しやすくなる。この場合、硫酸溶液又は塩酸溶液に浸漬した後の前記素管を、前記フッ硝酸溶液に浸漬する前に、水に浸漬してもよい。
【0027】
上記第1の製造方法及び上記第2の製造方法において、前記酸洗工程では、前記素管を30℃未満のフッ硝酸溶液に浸漬してもよい。これにより、鋼管表面の付着物の生成をより抑え、被覆樹脂との密着力をより高めることができる。
【0028】
上記第1の製造方法及び上記第2の製造方法において、前記酸洗工程と、前記高圧水洗浄工程の間に、前記フッ硝酸溶液に浸漬した後の前記素管を、水に浸漬する工程をさらに有してもよい。鋼管表面の付着物の生成をより抑え、被覆樹脂との密着力をより高めることができる。
【0029】
上記の第1又は第2の製造方法により、下記のマルテンサイト系ステンレス鋼管を製造することができる。なお、下記のマルテンサイト系ステンレンス鋼管の製造方法は、上記の製造方法に限定されない。
【0030】
本発明の実施形態におけるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、化学組成が、質量%で、C :0.001~0.050%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.05~1.00%、P :0.030%以下、S :0.0020%以下、Cu:0.50%未満、Cr:11.50~14.00%未満、Ni:5.00%超~7.00%、Mo:1.00%超~3.00%、Ti:0.02~0.50%、Al:0.001~0.100%、Ca:0.0001~0.0040%、N :0.0001~0.0200%未満、V
:0~0.500%、Nb:0~0.500%、Co:0~0.500%、残部:Fe及び不純物である。
【0031】
前記マルテンサイト系ステンレス鋼管は、次の式(1)を満たす。
154≦B≦255 (1)
【0032】
ここで、式中、Bは前記マルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面を測色して得られる赤色、緑色、青色の3成分のうち、青色の成分を0~255の256階調で表した場合の値である。
【0033】
上記の化学組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼管を、外表面のRGB値が154≦Bを満たすように構成した場合、被覆樹脂との密着力が確保できることを発明者らは見出した。上記化学組成のマルテンサイト系ステンレス鋼管では、測色される外表面のRGB値のB値すなわち青色成分が所定量より多い場合に、鋼管の外表面において、密着力に影響を与える付着物が少なくなると考えられる。
【0034】
前記マルテンサイト系ステンレス鋼管は、次の式(2)及び(3)を満たすことが好ましい。
146≦R≦255 (2)
142≦G≦255 (3)
ただし、R=G=B=255の場合は除く。
【0035】
ここで、式中、Rは前記マルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面を測定して得られる赤色の成分を0~255の256階調で表した場合の値である。Gは前記マルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面を測定して得られる緑色の成分を0~255の256階調で表した場合の値である。
【0036】
この範囲のRGB値のマルテンサイト系ステンレス鋼管を構成することで、マルテンサイト系ステンレス鋼管において、付着物がより少なくなり、被覆樹脂との密着力がより確保しやすくなる。マルテンサイト系ステンレス鋼管の色の範囲を、R、G、Bがいずれも高い範囲(白、灰色に近い範囲)で、且つ、Bの範囲がR,Gより高めの範囲(ピンクや黄よりもやや青に近い範囲)とすることで、鋼管の外表面において、密着力に影響を与える付着物がより少なくなると考えられる。
【0037】
前記マルテンサイト系ステンレス鋼管は、次の式(4)を満たすものを除くことが好ましい。
504≦(R-G)×(R-B)≦1960 (4)
【0038】
これにより、マルテンサイト系ステンレス鋼管の被覆樹脂との密着力を確保し、かつ、表面外観をより良好にすることができる。
【0039】
前記ステンレス鋼管は次の式(5)を満たすことが好ましい。
-48≦(R-G)×(R-B)≦396 (5)
【0040】
これにより、マルテンサイト系ステンレス鋼管の被覆樹脂との密着力を確保し、かつ、表面外観をさらに良好にすることができる。
【0041】
ただし、前記マルテンサイト系ステンレス鋼管は次の式(6)又は(7)を満たすものを除く。
(R-G)×(R-B)=220 (6)
(R-G)×(R-B)=272 (7)
【0042】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照して詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0043】
(実施形態)
[マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法]
図1は、本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法のフロー図である。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法は、素管を準備する工程(ステップS1)と、素管にブラスト処理をする工程(ステップS2)と、ブラスト処理がされた素管に酸洗処理をする工程(ステップS3)と、酸洗処理がされた素管を高圧水洗浄する工程(ステップS4)と、高圧水洗浄された素管を湯浸漬する工程(ステップS5)と、素管の表面に気体を吹き付ける気体吹き付け工程(ステップS6)とを備えている。以下、各工程を詳述する。
【0044】
[準備工程]
焼戻しがされた素管を準備する(ステップS1)。素管は、継目無鋼管であることが好ましいが、溶接鋼管であってもよい。
【0045】
素管は、マルテンサイト系ステンレス鋼の鋼管であれば特に限定されないが、例えばパイプライン用鋼管の場合、以下の化学組成を有するものが好適である。以下の説明において、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0046】
C:0.001~0.050%
炭素(C)は、溶接時に溶接熱影響部(HAZ)においてCr炭化物として析出し、HAZの耐SCC性を低下させる。一方、C含有量を過剰に制限すると製造コストが増加する。そのため、C含有量は、好ましくは0.001~0.050%である。C含有量の下限は、より好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.008%である。C含有量の上限は、より好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0047】
Si:0.05~1.00%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。一方、Si含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Si含有量は、好ましくは0.05~1.00%である。Si含有量の下限は、より好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%である。Si含有量の上限は、より好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0048】
Mn:0.05~1.00%
マンガン(Mn)は、鋼の強度を向上させる。一方、Mn含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Mn含有量は、好ましくは0.05~1.00%である。Mn含有量の下限は、より好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.20%である。Mn含有量の上限は、より好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0049】
P:0.030%以下
リン(P)は不純物である。Pは、鋼の耐SCC性を低下させる。そのため、P含有量は、好ましくは0.030%以下である。P含有量は、より好ましくは0.025%以下である。
【0050】
S:0.0020%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、鋼の熱間加工性を低下させる。そのため、S含有量は、好ましくは0.0020%以下である。
【0051】
Cu: 0.50%未満
銅(Cu)は不純物である。Cu含有量は、好ましくは0.50%未満である。Cu含有量は、より好ましくは0.10%以下であり、さらに好ましくは0.08%以下である。
【0052】
Cr:11.50~14.00%未満
クロム(Cr)は、鋼の耐炭酸ガス腐食性を向上させる。一方、Cr含有量が高すぎると、鋼の靱性及び熱間加工性が低下する。そのため、Cr含有量は、好ましくは11.50~14.00%未満である。Cr含有量の下限は、より好ましくは12.00%であり、さらに好ましくは12.50%である。Cr含有量の上限は、より好ましくは13.50%であり、さらに好ましくは13.20%であり、さらに好ましくは13.00%であり、さらに好ましくは12.80%である。
【0053】
Ni:5.00%超~7.00%
ニッケル(Ni)は、オーステナイト形成元素であり、鋼の組織をマルテンサイトにするために含有される。組織をマルテンサイトにすることで、パイプライン用鋼管として必要とされる強度と靱性とを確保することができる。また、Niは、組織をマルテンサイトにする効果とは別に、鋼の靱性を高める効果がある。一方、Ni含有量が高すぎると、残留オーステナイトが増加し、鋼の強度が低下する。そのため、Ni含有量は、好ましくは5.00%超~7.00%である。Ni含有量の下限は、好ましくは5.50%であり、さらに好ましくは6.00%である。Ni含有量の上限は、好ましくは6.80%であり、さらに好ましくは6.60%である。
【0054】
Mo:1.00%超~3.00%
モリブデン(Mo)は、鋼の耐硫化物応力腐食割れ性を向上させる。Moはさらに、溶接時に炭化物を形成してCr炭化物の析出を妨げ、HAZの耐SCC性の低下を抑制する。一方、Mo含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Mo含有量は、好ましくは1.00%超~3.00%である。Mo含有量の下限は、より好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.80%である。Mo含有量の上限は、より好ましくは2.80%であり、さらに好ましくは2.60%である。
【0055】
Ti:0.02~0.50%
チタン(Ti)は、溶接時に炭化物を形成してCr炭化物の析出を妨げ、HAZの耐SCC性の低下を抑制する。一方、Ti含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Ti含有量は、好ましくは0.02~0.50%である。Ti含有量の下限は、より好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Ti含有量の上限は、より好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0056】
Al:0.001~0.100%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。一方、Al含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Al含有量は、好ましくは0.001~0.100%である。Al含有量の下限は、より好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Al含有量の上限は、より好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.060%である。本明細書におけるAl含有量は、酸可溶Al(いわゆるSol.Al)の含有量を意味する。
【0057】
Ca:0.0001~0.0040%
カルシウム(Ca)は、鋼の熱間加工性を向上させる。一方、Ca含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Ca含有量は、好ましくは0.0001~0.0040%である。Ca含有量の下限は、より好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0008%である。Ca含有量の上限は、より好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
【0058】
N:0.0001~0.0200%未満
窒素(N)は、窒化物を形成して鋼の靱性を低下させる。一方、N含有量を過剰に制限すると製造コストが増加する。そのため、N含有量は、好ましくは0.0001~0.0200%未満である。N含有量の下限は、より好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%である。N含有量の上限は、より好ましくは0.0100%である。
【0059】
素管の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入される元素、あるいは製造過程の環境等から混入される元素をいう。
【0060】
素管の化学組成は、Feの一部に代えて、V、Nb、及びCoからなる群から選択される1種又は2種以上の元素を含有してもよい。V、Nb、及びCoは、すべて選択元素である。すなわち、素管の化学組成は、V、Nb、及びCoの一部又は全部を含有していなくてもよい。
【0061】
V:0~0.500%
バナジウム(V)は、鋼の強度を向上させる。Vが少しでも含有されていれば、この効果が得られる。一方、V含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、V含有量は、好ましくは0~0.500%である。V含有量の下限は、より好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。V含有量の上限は、より好ましくは0.300%であり、さらに好ましくは0.200%である。
【0062】
Nb:0~0.500%
ニオブ(Nb)は、鋼の強度を向上させる。Nbが少しでも含有されていれば、この効果が得られる。一方、Nb含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Nb含有量は、好ましくは0~0.500%である。Nb含有量の下限は、より好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。Nb含有量の上限は、より好ましくは0.300%であり、さらに好ましくは0.200%である。
【0063】
Co:0~0.500%
コバルト(Co)は、オーステナイト形成元素であり、鋼の組織をマルテンサイトにするために含有させてもよい。Coが少しでも含有されていれば、この効果が得られる。一方、Co含有量が高すぎると、鋼の強度が低下する。そのため、Co含有量は、好ましくは0~0.500%である。Co含有量の下限は、好ましくは0.001%であり、より好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。Co含有量の上限は、好ましくは0.350%であり、より好ましくは0.300%であり、さらに好ましくは0.280% である。
【0064】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、好ましくは、マルテンサイトの体積分率が70%以上である組織を有する。ここでいうマルテンサイトは、焼戻しマルテンサイトを含む。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の組織の残部は、残留オーステナイトを主体とする。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の組織は、好ましくはフェライトの体積分率が5%以下である。
【0065】
素管は、これに限定されないが、例えば以下のように製造することができる。
【0066】
上述した素管と同じ化学組成を有する素材を準備する(ステップS1-1)。例えば、上述した化学組成を有する鋼を溶製し、連続鋳造又は分塊圧延を実施してビレットにする。連続鋳造又は分塊圧延に加えて、熱間加工や冷間加工、熱処理等を実施してもよい。
【0067】
素材を熱間加工して素管を製造する(ステップS1-2)。熱間加工は例えば、マンネスマン法やユジーン・セジュルネ法である。
【0068】
熱間加工された素管を焼入れする(ステップS1-3)。焼入れは、直接焼入れ、インライン焼入れ、及び再加熱焼入れのいずれでもよい。直接焼入れとは、熱間加工後の高温の素管をそのまま急冷する熱処理である。インライン焼入れとは、熱間加工後の素管を補熱炉で均熱した後、急冷する熱処理である。再加熱焼入れとは、熱間加工後の素管を一旦室温付近まで冷却した後、Ac点以上の温度に再加熱してから急冷する熱処理である。
【0069】
焼入れ温度(急冷直前の素管の温度)は、好ましくは850~1000℃である。急冷時の冷却速度は、好ましくは300℃/分以上である。
【0070】
焼入れがされた素管を焼戻しする(ステップS1-4)。具体的には、素管をAc点以下の保持温度で所定の保持時間保持した後、冷却する。焼戻しは、焼入れ工程(ステップS1-3)で生じた歪みを除去するとともに、鋼管の機械的特性を調整するために実施される。一般的に、保持温度を高くするほど、あるいは、保持時間を長くするほど、鋼管の強度は低くなり、靱性は向上する。保持温度及び保持時間は、要求される機械的特性に応じて決定される。
【0071】
焼戻しの保持温度は、好ましくは550~700℃である。保持時間は、好ましくは10~180分である。
【0072】
[ブラスト処理工程]
焼戻し工程で発生した酸化スケールをブラスト処理によって機械的に除去する(ステップS2)。ブラスト処理工程(ステップS2)は任意の工程であり、この工程は省略してもよい。酸化スケール除去工程を実施すれば、次の酸洗工程(ステップS3)で使用する酸溶液の劣化を抑制することができる。
【0073】
[酸洗工程]
図1に示す例では、酸洗工程(S3)は、硫酸酸洗(S3-1)及びフッ硝酸酸洗(S3-2)を含む。硫酸酸洗は任意の工程であり、省略してもよい。硫酸による酸洗工程は、例えば、硫酸溶液に素管を浸漬する工程と、硫酸溶液から取り出した素管を水洗する工程が含まれてもよい。また、硫酸の代わりに、塩酸等他の酸溶液を用いてもよい。
【0074】
硫酸溶液は、これに限定されないが、水溶液が用いられる。硫酸の濃度は、これに限定されないが、例えば15~18質量%である。硫酸溶液の温度は、これに限定されないが、例えば25~80℃である。温度の下限は、好ましくは30℃であり、さらに好ましくは40℃である。温度の上限は、好ましくは70℃であり、さらに好ましくは65℃である。
【0075】
硫酸溶液への浸漬時間は、これに限定されないが、例えば10~90分である。浸漬時間の下限は、好ましくは15分であり、さらに好ましくは20分である。浸漬時間の上限は、好ましくは60分であり、より好ましくは50分であり、さらに好ましくは40分である。
【0076】
硫酸溶液から取り出した素管を常温(15~25℃)の水で1~5分間洗浄することにより、表面に付着した硫酸溶液を洗い落とす。
【0077】
また、硫酸溶液への浸漬と水洗は、複数回繰り返してもよい。硫酸溶液への浸漬を複数回繰り返す場合、1回の硫酸溶液への浸漬時間は、例えば10~90分である。1回の硫酸溶液への浸漬時間の下限は、好ましくは15分であり、さらに好ましくは20分である。1回の浸漬時間の上限は、好ましくは60分であり、より好ましくは50分であり、さらに好ましくは40分である。
【0078】
フッ硝酸による酸洗(ステップS3-2)では、素管を、所定の濃度、所定の温度のフッ硝酸溶液に所定時間の間浸漬する。これにより、素管の表面の酸化スケールを除去する。フッ硝酸溶液は、フッ酸と硝酸を混合した溶液である。フッ硝酸溶液は、これに限定されないが、水溶液が用いられる。フッ酸の濃度は、これに限定されないが、例えば3~10質量%である。硝酸の濃度は、これに限定されないが、例えば5~20質量%である。結果として、フッ硝酸の総濃度は、これに限定されないが、例えば5~30質量%である。
【0079】
図2は、後述する実施例の各試験番号の平均密着力と酸洗2におけるフッ硝酸溶液の温度の関係を示す図である。図2のグラフの横軸は、酸洗2におけるフッ硝酸溶液の温度、縦軸は、平均密着力を示す。図2は、後述する実施例のうち、酸洗1、酸洗1後の水洗、酸洗2、酸洗2後の水洗、高圧水洗浄、湯浸漬、及び気体吹き付けの工程を全て行い、湯浸漬終了から気体吹き付けまでの時間が15分未満である試験結果を用いて作成した。図2を参照して、フッ硝酸溶液の温度が50℃未満になると、密着力が急激に高くなることがわかった。
【0080】
したがって、素管を浸漬するフッ硝酸溶液の温度は、50℃未満である。これにより、素管の表面に付着物が生成されるのを防ぎ、黄色く着色するのを抑えることができる。フッ硝酸溶液の温度は、好ましくは40℃以下、より好ましくは30℃以下、さらに好ましくは25℃以下、さらに好ましくは25℃未満である。フッ硝酸溶液の温度の下限は、5℃であり、好ましくは10℃であり、さらに好ましくは15℃である。フッ酸と硝酸の混合比は、これに限定されないが、例えば、1:1~1:5である。
【0081】
フッ硝酸溶液への浸漬時間は、これに限定されないが、例えば1~10分である。浸漬時間の下限は、好ましくは2分である。一方、浸漬時間を長くしすぎると、製造効率が低下する。浸漬時間の上限は、例えば、10分以下、好ましくは5分であり、さらに好ましくは3分である。また、このフッ硝酸の酸洗において、これに限定されないが、酸洗液の容積と材料の表面積の比(比液量:酸洗液容積/素管の表面積)を10ml/cm以上にすることが好ましい。
【0082】
ステップS3-2の後、フッ硝酸溶液から取り出した素管を常温(15~25℃)の水で1~5分間洗浄することにより、表面に付着したフッ硝酸溶液を洗い落とす。この水洗工程は、任意であり、省略してもよい。
【0083】
[高圧水洗浄工程]
図1のステップS4では、素管の外表面全体に対し、常温の水を高圧で噴射することにより、表面に残留している付着物を洗い落とす。高圧水洗浄機を用いて、素管に高圧の水を噴射する。さらに、高圧水洗浄により、素管の表面に付着物が生成されるのを防ぐことができる。
【0084】
高圧水洗浄工程では、人が高圧水洗浄機の噴射ノズルを持って、素管の外表面全体にわたって高圧水を噴射してもよい。或いは、噴射ノズルを支持し、素管との相対位置を変えることができる装置を用いて、素管の外表面全体に高圧水を噴射することもできる。高圧水洗浄工程では、素管の外表面の全体にわたって高圧水が噴射される。
【0085】
高圧水洗浄機の噴射ノズルの吐出圧力は、これに限定されないが、0.98MPa以上(10kgf/cm以上)とすることが好ましく、1.47MPa以上(15kgf/cm以上)とすることがより好ましい。噴射ノズルの吐出圧力の下限は、さらに好ましくは、1.96MPa(20kgf/cm)である。噴射ノズルの吐出圧力の上限は、特に限定されないが、好ましくは、8.83MPa(90kgf/cm)、より好ましくは、3.92MPa(40kgf/cm)である。
【0086】
噴射ノズルの噴射口の直径は、これに限定されないが、0.8~3.0mmであることが好ましい。噴射ノズルの噴射口の直径の下限は、好ましくは、1.0mmであり、より好ましくは、1.3mmである。噴射ノズルの噴射口の直径の上限は、好ましくは、2.5mmであり、より好ましくは、2.0mmである。
【0087】
噴射ノズルの噴射口から素管までの距離は、これに限定されないが、2.7m以下とすることが好ましい。噴射ノズルの噴射口から素管までの距離の上限は、1.8mが好ましい。噴射ノズルの噴射口から素管までの距離の下限は、これに限定されないが、0.5mが好ましく、1.0mがより好ましい。
【0088】
素管の外表面における単位面積あたりの高圧水の噴射水量は、これに限定されないが、144L/m以上とすることが好ましい。噴射水量の下限は、好ましくは200L/mであり、より好ましくは312L/mである。素管の外表面における単位面積あたりの高圧水の噴射水量の上限は、例えば、1440L/mが好ましく、1200L/mがより好ましく、1000L/mがさらに好ましい。
【0089】
高圧水洗浄工程では、必須ではないが、さらに、素管の内表面に高圧水を噴射して、内表面の高圧水洗浄を行ってもよい。例えば、素管内に噴射ノズルを挿入して、素管の内表面を高圧水洗浄することができる。
【0090】
[湯浸漬工程]
高圧水洗浄の後、素管を湯に浸漬する(S5)。湯浸漬工程により、素管の温度を高くし、後の工程で外表面の乾燥を促進させることができる。この場合、高圧水洗浄の後、速やかに素管を湯に浸漬することが好ましい。例えば、素管への高圧水噴射の終了から、湯への素管の浸漬の開始までの時間は、15分未満であるが、好ましくは13分未満、より好ましくは10分未満、さらに好ましくは6分未満とすることができる。なお、湯浸漬工程は、必須ではなく、省略してもよい。
【0091】
湯浸漬工程における素管を浸漬する湯の温度は、これに限定されないが、60℃以上であることが好ましい。素管を浸漬する湯の温度(湯温)の下限は、70℃が好ましく、80℃がより好ましい。素管を浸漬する湯の温度(湯温)の上限は、例えば、水の沸点よりも低い90℃が好ましい。
【0092】
湯浸漬工程における素管を湯に浸漬する時間は、これに限定されないが、1分以上であることが好ましい。素管を湯に浸漬する時間の下限は、1分30秒がより好ましく、2分がさらに好ましい。素管を湯に浸漬する時間の上限は、これに限定されないが、15分が好ましく、10分がより好ましく、5分がさらに好ましい。
【0093】
[気体吹き付け工程]
ステップS6の気体吹き付け工程では、湯浸漬した又は高圧水洗浄した鋼管の外表面に対し、気体を噴射する。これにより、鋼管の外表面に付着した水を吹き飛ばすことができる。また、鋼管の外表面の乾燥が促進される。噴射する気体は、これに限定されないが、空気とすることができる。空気の他には、例えば、窒素やアルゴンを噴射する気体としてもよい。噴射圧力は、これに限定されないが、0.2~0.5MPaとすることができる。
【0094】
気体吹き付け工程の直前の工程の終了(本例では湯への浸漬の終了)から気体吹き付け開始までの時間は、15分未満であるが、好ましくは13分未満であり、より好ましくは10分未満であり、さらに好ましくは6分未満である。このように、前の工程において素管の液体へ浸漬が終了した後、速やかに気体を吹き付けることで、素管表面の付着物の生成を妨げ、素管表面が黄色く着色するのを抑制することができる。
【0095】
気体吹き付け工程では、必須ではないが、さらに、鋼管の内表面に気体を噴射してもよい。これにより、鋼管の内表面に付着した液体を吹き飛ばすことができる。この場合、鋼管の内表面の乾燥が促進される。例えば、鋼管内へ噴射ノズルを挿入して、鋼管の内表面へ気体を吹き付けることができる。
【0096】
図1に示すように、50℃未満のフッ硝酸溶液による酸洗の後、素管の外表面を高圧水で洗浄し、その後、速やかに、気体を吹き付けることで、素管表面の付着物の生成を妨げ、素管表面が黄色く着色するのを抑制することができる。
【0097】
発明者らは、被覆樹脂との密着力の低下が発生する素管の外表面を注意深く観察すると黄色に着色していることを見出した。着色の原因は、酸洗後の鋼管表面の付着物と推定した。また、着色の有無は、酸洗条件によることがわかった。そこで、黄色く着色するのを防ぐための酸洗及び後処理の条件を検討した。検討の結果、酸洗に用いるフッ硝酸溶液の温度が、50℃以上になると、マルテンサイト系ステンレス鋼管表面が黄色く着色することが判明した。これは、過酸洗による副生成物の付着が原因と考えられる。また、高圧水洗浄を行わない場合、腐食生成物が鋼管表面に付着したままとなり、黒く着色することがわかった。さらに、フッ硝酸溶液による酸洗後のマルテンサイト系ステンレス鋼管の表面を濡れた状態で15分以上空気中に暴露すると、鋼管表面が黄色く着色することがわかった。これは、酸洗溶液又は湯浸漬の残液の濃化による腐食生成物や不純物等の付着物が原因と考えられる。
【0098】
これらの知見に基づき、上記の実施形態のように、フッ硝酸溶液、高圧水洗浄、及び気体吹き付けの条件を設定することで、酸洗後のマルテンサイト系ステンレス鋼管が黄色く着色するのを抑えることができる。これにより、鋼管表面の被覆樹脂との密着力の低下を抑えることができる。また、鋼管の表面外観の劣化も抑えることができる。
【0099】
上記実施形態のフッ硝酸溶液、高圧水洗浄、及び気体吹き付けの条件により、上記化学組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面の色を、白銀色に近い色にすることができる。すなわち、マルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面を測色して得られるRGB値が以下の条件1~条件4を満たすことができる。この場合に、鋼管表面の密着力及び表面外観が良好となる。RGB値は、赤色、緑色、青色の各成分をそれぞれ0~255の256階調の値で表すR、G及びBの値である。下記条件1~4の式中のR、G、Bには、それぞれ、マルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面を測色して得られるRGB値におけるRの値、Gの値及びBの値が代入される。
【0100】
(条件1)154≦B≦255
(条件2)(条件1)を満たし、146≦R≦255、かつ、142≦G≦255を満たす。ただし、R=G=B=255の場合を除く。
(条件3)(条件2)を満たすが、504≦(R-G)×(R-B)≦1960を除く。
(条件4)(条件2)を満たし、かつ、-48≦(R-G)×(R-B)≦396を満たす。ただし、(R-G)×(R-B)=220と、(R-G)×(R-B)=272とを除く。
【0101】
上記化学組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面の色のRGB値が、上記条件1を満たす場合、外表面の被覆樹脂との密着力が確保できる。マルテンサイト系ステンレス鋼管の色が上記条件2を満たす場合、鋼管表面の色は、白銀色に近い色になり、優れた密着力及び表面外観が得られる。マルテンサイト系ステンレス鋼管の色が上記条件3を満たす場合、より優れた密着力及び表面外観が得られる。マルテンサイト系ステンレス鋼管の色が上記条件4を満たす場合、より優れた密着力及び表面外観が得られる。
【0102】
マルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面のRGB値は、デジタルマイクロスコープ(キーエンス製:VHX-6000)を用いた測色により得られる。測定条件は、光源として高輝度LED(色温度:5700K)を使用し、照度1000ルクス以上とする。とする。鋼管の外表面の測定位置の部分をデジタルマイクロスコープでキャプチャし、RGB値を測色する。具体的には、予め目視により、鋼管の外表面全体にわたって色が略均一であることを確認した上で、鋼管の長手方向中央部1か所を選定し、1mm×1mmの領域を5視野測色して、その平均値を鋼管のRGB値とする。
【0103】
なお、マルテンサイト系ステンレス鋼管が上記条件1~4の各々を満たすか否かを判断する場合は、このRGB値の測定を、マルテンサイト系ステンレス鋼管の長手方向に沿って3か所(長手方向の中央および両管端からそれぞれ1mの位置)のそれぞれにおいて、周方向に沿って4か所(90°間隔)の計12か所で実行する。これら12か所のうち9か所以上で測定されたRGB値が、各条件を満たすか否かによって判断する。すなわち、1本のマルテンサイト系ステンレス鋼管において、上記12か所のうち9か所以上で測定されたRGB値が、条件1~4を満たす場合に、そのマルテンサイト系ステンレス鋼管が、条件1~4を満たすとする。これは、マルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面の色が、全体として、条件1~4を満たす場合、外表面の一部の無視できる程度に小さい領域に異なる色の部分があったとして、これら条件に対する効果が得られることに基づくものである。本来であれば、上記条件1~4の判断においては、予め目視により、鋼管外表面全体にわたって色が略均一であることを確認した上で、鋼管の長手方向中央部の外表面の1ヵ所の領域を測色して得られるRGB値が条件1~4を満たすか判断すれば足りる。しかし、判断の客観性を確保するため、判断方法として、上記の12ヵ所で測定されたRGB値のうち9か所以上で条件1~4を満たすか否かを判断する方法を採用するものとする。
【0104】
上記化学組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼管の外表面の色が、下記表1に示す色である場合、優れた密着力及び表面外観が得られる。なお、下記表1に示す色名称は、主に、慣用色269色(JIS Z 8102:2001)に基づいている。表1の色名称は、RGB値の色をイメージしやすくするために付している。
【0105】
【表1】
【実施例
【0106】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明は、これらの実施例に限定されない。
【0107】
素管を硫酸溶液及びフッ硝酸溶液で酸洗した後、水洗したものを高圧水洗浄、湯浸漬、及び気体吹き付けを順に行った。気体吹き付け後に鋼管の外表面のRGB値の測色及び平均密着力(ピール強度)の測定を行った。
【0108】
以下に、試験に用いた素管の化学組成と寸法、酸洗、高圧水洗浄、湯浸漬、及び気体吹き付けの各条件を示す。
[鋼管]
素管(製造された鋼管も同等)の化学組成を、表2に示す。表2において、単位は質量%であり、残部はFe及び不純物である。素管の寸法は、直径317.9mm、肉厚12.9mm、長さ12mであった。
【表2】
【0109】
[酸洗]
[酸洗1]硫酸溶液、濃度:18質量%
[酸洗1後の水洗]温度:25℃(常温)、時間:2分
[酸洗2]フッ硝酸溶液、濃度:15質量%(フッ酸5質量%+硝酸10質量%)
[酸洗2後の水洗]温度:25℃(常温)、時間:2分又は無し
【0110】
[高圧水洗浄]
噴射ノズルの吐出圧力:0.98MPa(10kgf/cm
噴射ノズルの噴射口の直径:1.3mm
噴射ノズルの噴射口から鋼管表面までの距離:2.7m
素管の外表面における単位面積あたりの高圧水の噴射水量:144L/m(周方向360度を全長にわたって7.2分噴射)
高圧水洗浄機の単位時間あたりの噴射水量:240L/分
【0111】
[湯浸漬]
湯の温度:80℃
鋼管を湯に浸漬する時間:2分又は無し
【0112】
[気体吹き付け]
気体種類:空気
噴射圧力:0.3MPa(3kgf/cm
【0113】
単位面積あたりの高圧水の噴射水量「144L/m」は、鋼管の外周の3分の1周の領域を管の全長にわたって2.4分間かけて高圧水を噴射する作業を、鋼管を120度ずつ回転して3回すなわち3方向から行った場合の計算値である。すなわち、この値「144L/m」は、鋼管の外表面の1/3に対して2.4分間で高圧水を噴射した場合の計算値である。鋼管の外表面の1/3に相当する面積を3.99mとして、単位面積1mあたりの噴射時間を、2.4分/3.99m=0.602分/mとした。1mあたりの噴射水量を、0.602分/m×240L/分=144L/mとした。
【0114】
[RGB値の測定]
デジタルマイクロスコープ(キーエンス製:VHX-6000)で鋼管の外表面を測色した。
光源:高輝度LED(色温度:5700K)
照度:1000ルクス以上
評価方法:予め目視により、鋼管の外表面全体にわたって色が略均一であることを確認した上で、鋼管の長手方向中央部1か所を選定し、1mm×1mmの領域を5視野測色して、その平均値を鋼管のRGB値とした。
【0115】
[密着力(ピール強度)の測定]
塗覆装方法:JIS G3477-2:2018のPE1H。
被覆樹脂:JIS G3477-2:2018附属書Aの規定を満たすポリエチレン。被覆厚さは1.6mmとした。
接着剤:JIS G3477-2:2018附属書Bの規定を満たす、変性マレイン酸を含む変性ポリエチレン。
評価方法:JIS G3477-2:2018附属書Eに準拠したピール強度試験方法。
樹脂被覆した鋼管の管軸方向中央部から、長さ200mm×幅80mm×全肉厚の試験片を採取した。管軸に平行に幅10mm、長さ200mmの2本の切れ目を3組、管軸に平行に鋼管に達するまで入れた。試験温度は25℃とした。得られた3組のピール強度の平均値を、平均密着力とした。平均密着力が35.0N/10mm以上の場合に,優れた密着性が得られたと評価した。
【0116】
下記表3に、試験における各種条件及び測定結果を示す。
【表3】
【0117】
表3を参照して、試験番号1、2、4~10及び16~18では、フッ硝酸溶液の温度が50℃未満であり、高圧水洗浄及び湯浸漬を実施し、湯浸漬終了から15分経過するよりも前に気体吹き付けを開始した。その結果、平均密着力は35.0N/10mm以上であり、優れた密着性を示した。
【0118】
試験番号3では、フッ硝酸溶液の温度が50℃未満であり、高圧水洗浄を実施し、前工程の高圧水洗浄が終了してから15分経過するよりも前に気体吹き付けを開始した。その結果、平均密着力は35.0N/10mm以上であり、優れた密着性を示した。
【0119】
一方、試験番号11、12及び19では、フッ硝酸溶液の温度が50℃以上であった。その結果、平均密着力は35.0N/10mm未満であり、優れた密着性を示さなかった。
【0120】
試験番号13では、高圧水洗浄を実施しなかった。その結果,密着力が著しく低くなり、評価できなかった(表3において、「-」で示した)。
【0121】
試験番号14及び15では、前工程の湯浸漬が終了してから15分以上経過してから気体吹き付けを開始した。その結果、試験番号14では、平均密着力は35.0N/10mm未満であり、優れた密着性を示さなかった。また、試験番号15では、密着力が著しく低くなり、評価できなかった(表3において、「-」で示した)。
【0122】
表3を参照して、試験番号1~10、20~22では、RGB値は上記の条件1~条件4の式を全て満たしていた。すなわち、試験1~10、20~22の鋼管は、黄色く着色していなかった。その結果、平均密着力は35.0N/10mm以上であり、優れた密着性を示した。
【0123】
これに対して、試験番号11~15及び19のRGB値は、上記の条件1の式を満たしていなかった。その結果、平均密着力は35.0N/10mm未満であり、優れた密着性を示さなかった。
【0124】
試験番号16では、RGB値は上記の条件1の式を満たしていたが,条件2の式を満たしていなかった。その結果、平均密着力は35.0N/10mm以上であり、優れた密着性を示した。しかしながら、平均密着力は50.0N/10mm未満であり、上記の条件1及び条件2を満たす場合に比べて、低くなった。
【0125】
試験番号17では、RGB値は上記の条件1及び条件2の式を満たしていたが,条件3の式を満たしていなかった。その結果、平均密着力は35.0N/10mm以上であり、優れた密着性を示した。しかしながら、平均密着力は70.0N/10mm未満であり、上記の条件1~条件3の式を満たす場合に比べて、低くなった。
【0126】
試験番号18では、RGB値は上記の条件1~条件3の式を満たしていたが,条件4の式を満たしていなかった。その結果、平均密着力は35.0N/10mm以上であり、優れた密着性を示した。しかしながら、平均密着力は85.0N/10mm未満であり、上記の条件1~条件4の式をすべて満たす場合に比べて、低くなった。
【0127】
以上、本発明の実施の形態を説明した。上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【0128】
本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼管に適用されるが、好ましくはマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管に適用可能である。
図1
図2