(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-21
(45)【発行日】2023-11-30
(54)【発明の名称】血管病変モデルおよび血管病変モデルの製造方法
(51)【国際特許分類】
G09B 23/30 20060101AFI20231122BHJP
【FI】
G09B23/30
(21)【出願番号】P 2019192698
(22)【出願日】2019-10-23
【審査請求日】2022-07-27
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】390030731
【氏名又は名称】朝日インテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001911
【氏名又は名称】弁理士法人アルファ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 淳史
(72)【発明者】
【氏名】二見 聡一
【審査官】宇佐田 健二
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-189909(JP,A)
【文献】特許第4974253(JP,B2)
【文献】特開2017-107094(JP,A)
【文献】特開2017-146415(JP,A)
【文献】特開2010-156894(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0257275(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G09B 23/00-29/14
A61F 2/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管病変モデルであって、
中空部を有する管状の模擬血管と、
前記模擬血管の前記中空部内に配置され、ポリビニルアルコールのゲルにより形成された模擬病変部と、
を備え、
前記模擬病変部は、前記模擬血管の径方向に沿って硬度が変化する硬度勾配を有
し、
前記模擬病変部は、前記模擬血管の径方向に沿って、硬度が曲線状および/または直線状に漸減または漸増する、
血管病変モデル。
【請求項2】
請求項
1に記載の血管病変モデルであって、
前記模擬病変部の前記硬度勾配は、前記模擬血管の中心に向かうほど硬度が低い硬度勾配である、血管病変モデル。
【請求項3】
請求項1
または請求項2に記載の血管病変モデルであって、
前記模擬血管は、ヒドロキシル基を有する高分子材料のゲルであり、
前記模擬病変部は、前記模擬血管との間に形成された化学架橋により前記模擬血管に接合されている、血管病変モデル。
【請求項4】
請求項
3に記載の血管病変モデルであって、
前記ヒドロキシル基を有する高分子材料は、ポリビニルアルコールである、血管病変モデル。
【請求項5】
請求項1から請求項
4までのいずれか一項に記載の血管病変モデルであって、
前記模擬病変部は、前記模擬血管の前記中空部のうち、前記模擬血管の長さ方向の一部分の領域に配置されている、血管病変モデル。
【請求項6】
請求項1から請求項
5までのいずれか一項に記載の血管病変モデルであって、
前記模擬病変部の前記模擬血管の長さ方向における少なくとも一方の端面は、凹面である、血管病変モデル。
【請求項7】
中空部を有する管状の模擬血管と、前記模擬血管の前記中空部内に配置された模擬病変部と、を備える血管病変モデルの製造方法であって、
前記模擬血管を準備する第1の工程と、
前記模擬血管の所定の部位に酸触媒を含有させる第2の工程と、
前記模擬血管の前記所定の部位における前記中空部内に、ジアルデヒドを含有させたポリビニルアルコール溶液を注入することにより、前記ポリビニルアルコール溶液中に化学架橋を形成して化学架橋ゲルである前記模擬病変部を作製する第3の工程と、
を備える、血管病変モデルの製造方法。
【請求項8】
請求項
7に記載の血管病変モデルの製造方法であって、
前記第1の工程は、ヒドロキシル基を有する高分子材料のゲルである前記模擬血管を準備する工程であり、
前記第3の工程は、前記模擬血管の前記所定の部位における前記中空部内に、前記ポリビニルアルコール溶液を注入することにより、さらに、前記模擬病変部と前記模擬血管との間に化学架橋を形成して前記模擬病変部と前記模擬血管とを接合する工程である、血管病変モデルの製造方法。
【請求項9】
請求項
8に記載の血管病変モデルの製造方法であって、
前記ヒドロキシル基を有する高分子材料は、ポリビニルアルコールである、血管病変モデルの製造方法。
【請求項10】
請求項
7から請求項
9までのいずれか一項に記載の血管病変モデルの製造方法であって、さらに、
前記第3の工程の後に、アルカリ溶液を供給して前記化学架橋の形成を停止させる第4の工程を備える、血管病変モデルの製造方法。
【請求項11】
請求項
7から請求項
10までのいずれか一項に記載の血管病変モデルの製造方法であって、
前記第3の工程は、前記模擬血管の前記中空部のうち、前記模擬血管の長さ方向の一部分の領域に前記模擬病変部を作製する工程である、血管病変モデルの製造方法。
【請求項12】
請求項
7から請求項
11までのいずれか一項に記載の血管病変モデルの製造方法であって、
前記第3の工程は、前記模擬血管の長さ方向における少なくとも一方の端面が凹面である前記模擬病変部を作製する工程である、血管病変モデルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書に開示される技術は、血管病変モデルに関する。
【背景技術】
【0002】
血管における狭窄部や閉塞部(以下、「病変部」という。)における血流を回復させるために、経皮的冠動脈形成術(以下、「PTCA」という。)が広く行われている。PTCAによる治療は、例えば、以下の手順により行われる。すなわち、ガイドワイヤを血管内に挿入し、ガイドワイヤが血管内の病変部を通過するまでガイドワイヤを押し進める。次に、ガイドワイヤをレールにして、バルーンカテーテルを病変部まで進める。その後、バルーンカテーテルのバルーンを拡張させることにより、病変部の血管壁を内側から押し広げる。これにより、血液の通路が確保され、血流が回復する。
【0003】
PTCAによる治療の際には、手技者に繊細な操作が求められる上に、血管における病変部の位置や状態は患者毎に種々異なるため、PTCAの手技を習得することは容易ではない。そのため、PTCAの手技を向上させるためのトレーニング用として、血管を模した模擬血管と病変部を模した模擬病変部とを備える血管病変モデルが種々提案されている(例えば、特許文献1,2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-132622号公報
【文献】特開2012-220728号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に、実際の病変部(例えば、アテローム血栓症のような病変部)は、血管の径方向に沿って硬度が変化する硬度勾配を有することが多い。しかしながら、従来の血管病変モデルでは、模擬病変部が単一の材料により構成されており、全体にわたって略均一の硬度を有するため、実際の病変部に十分に近似しているとは言えない。そのため、従来の血管病変モデルでは、PTCAの手技を十分に向上させることができない。
【0006】
なお、模擬病変部が実際の病変部に十分に近似しているとは言えないという課題は、PTCAの手技を向上させるためのトレーニングに用いられる血管病変モデルに限らず、血管を模した模擬血管と病変部を模した模擬病変部とを備える血管病変モデル一般に共通の課題である。
【0007】
本明細書では、上述した課題を解決することが可能な技術を開示する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本明細書に開示される技術は、例えば、以下の形態として実現することが可能である。
【0009】
(1)本明細書に開示される血管病変モデルは、中空部を有する管状の模擬血管と、前記模擬血管の前記中空部内に配置され、ポリビニルアルコールのゲルにより形成された模擬病変部と、を備え、前記模擬病変部は、前記模擬血管の径方向に沿って硬度が変化する硬度勾配を有する。本血管病変モデルによれば、実際の病変部(例えば、アテローム血栓症のように血管の径方向に沿って硬度が変化する硬度勾配を有する病変部)により近似した模擬病変部を備える血管病変モデルを提供することができる。
【0010】
(2)上記血管病変モデルにおいて、前記模擬病変部の前記硬度勾配は、前記模擬血管の中心に向かうほど硬度が低い硬度勾配である構成としてもよい。本血管病変モデルによれば、実際の病変部に極めて近似した模擬病変部を備える血管病変モデルを提供することができる。
【0011】
(3)上記血管病変モデルにおいて、前記模擬血管は、ヒドロキシル基を有する高分子材料のゲルであり、前記模擬病変部は、前記模擬血管との間に形成された化学架橋により前記模擬血管に接合されている構成としてもよい。本血管病変モデルによれば、模擬病変部を模擬血管に強固に接合することができ、模擬病変部が模擬血管から剥離して例えばトレーニングに支障が出ることを回避することができる。
【0012】
(4)上記血管病変モデルにおいて、前記ヒドロキシル基を有する高分子材料は、ポリビニルアルコールである構成としてもよい。本血管病変モデルによれば、模擬病変部を模擬血管に非常に強固に接合することができ、模擬病変部が模擬血管から剥離して例えばトレーニングに支障が出ることをより確実に回避することができる。
【0013】
(5)上記血管病変モデルにおいて、前記模擬病変部は、前記模擬血管の前記中空部のうち、前記模擬血管の長さ方向の一部分の領域に配置されている構成としてもよい。本血管病変モデルによれば、実際の血管と病変部との関係に近似した血管病変モデルを提供することができる。
【0014】
(6)上記血管病変モデルにおいて、前記模擬病変部の前記模擬血管の長さ方向における少なくとも一方の端面は、凹面である構成としてもよい。本血管病変モデルによれば、実際の病変部に近似した模擬病変部を備える血管病変モデルを提供することができる。
【0015】
(7)本明細書に開示される血管病変モデルの製造方法は、中空部を有する管状の模擬血管と、前記模擬血管の前記中空部内に配置された模擬病変部と、を備える血管病変モデルの製造方法であって、前記模擬血管を準備する第1の工程と、前記模擬血管の所定の部位に酸触媒を含有させる第2の工程と、前記模擬血管の前記所定の部位における前記中空部内に、ジアルデヒドを含有させたポリビニルアルコール溶液を注入することにより、前記ポリビニルアルコール溶液中に化学架橋を形成して化学架橋ゲルである前記模擬病変部を作製する第3の工程と、を備える。本血管病変モデルの製造方法によれば、化学架橋の形成反応が模擬血管の内周面から模擬血管の中心に向かって段階的に進行していき、新たに形成される化学架橋ゲルである模擬病変部では、模擬血管の内周面に近い部位ほど化学架橋密度が高くなり、模擬血管の中心に近い部位ほど化学架橋密度が低くなる。従って、本血管病変モデルの製造方法によれば、模擬血管の中心に向かうほど硬度が低い硬度勾配を有する模擬病変部を作製することができ、実際の病変部(例えば、アテローム血栓症のように血管の中心に向かうほど硬度が低い硬度勾配を有する病変部)に極めて近い模擬病変部を備える血管病変モデルを製造することができる。さらに、本血管病変モデルの製造方法によれば、模擬血管の中空部にPVA溶液を注入することにより模擬病変部を作製することができるため、模擬血管における屈曲部や細径部、遠位部等を含む任意の位置に模擬病変部を容易に配置することができる。従って、本血管病変モデルの製造方法によれば、模擬血管における模擬病変部の配置の自由度を向上させることができ、より広範なバリエーションの血管病変モデルを製造することができる。
【0016】
(8)上記血管病変モデルの製造方法において、前記第1の工程は、ヒドロキシル基を有する高分子材料のゲルである前記模擬血管を準備する工程であり、前記第3の工程は、前記模擬血管の前記所定の部位における前記中空部内に、前記ポリビニルアルコール溶液を注入することにより、さらに、前記模擬病変部と前記模擬血管との間に化学架橋を形成して前記模擬病変部と前記模擬血管とを接合する工程である構成としてもよい。本血管病変モデルの製造方法によれば、模擬病変部を模擬血管に強固に接合することができ、模擬病変部が模擬血管から剥離して例えばトレーニングに支障が出ることを回避することができる。
【0017】
(9)上記血管病変モデルの製造方法において、前記ヒドロキシル基を有する高分子材料は、ポリビニルアルコールである構成としてもよい。本血管病変モデルの製造方法によれば、模擬病変部を模擬血管に非常に強固に接合することができ、模擬病変部が模擬血管から剥離して例えばトレーニングに支障が出ることをより確実に回避することができる。
【0018】
(10)上記血管病変モデルの製造方法において、さらに、前記第3の工程の後に、アルカリ溶液を供給して前記化学架橋の形成を停止させる第4の工程を備える構成としてもよい。本血管病変モデルの製造方法によれば、模擬病変部の硬度勾配を確実に形成することができ、実際の病変部により近似した模擬病変部を備える血管病変モデルを確実に製造することができる。
【0019】
(11)上記血管病変モデルの製造方法において、前記第3の工程は、前記模擬血管の前記中空部のうち、前記模擬血管の長さ方向の一部分の領域に前記模擬病変部を作製する工程である構成としてもよい。本血管病変モデルの製造方法によれば、実際の血管と病変部との関係に近似した血管病変モデルを製造することができる。
【0020】
(12)上記血管病変モデルの製造方法において、前記模擬病変部の前記模擬血管の長さ方向における少なくとも一方の端面は、凹面である構成としてもよい。本血管病変モデルの製造方法によれば、実際の病変部に近似した模擬病変部を備える血管病変モデルを製造することができる。
【0021】
なお、本明細書に開示される技術は、種々の形態で実現することが可能であり、例えば、血管病変モデル、血管病変モデルを備えるトレーニングキット、血管病変モデルを備えるシミュレータ、それらの製造方法等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本実施形態における血管病変モデル10の構成を概略的に示す説明図
【
図2】本実施形態における血管病変モデル10の一部分(
図1のX1部)の断面構成を拡大して示す説明図
【
図3】模擬病変部30の硬度勾配を概念的に示す説明図
【
図4】本実施形態における血管病変モデル10の製造方法を示すフローチャート
【
図5】本実施形態における血管病変モデル10の製造方法を概念的に示す説明図
【
図6】本実施形態における血管病変モデル10の製造方法を概念的に示す説明図
【
図7】変形例における模擬病変部30の硬度勾配を概念的に示す説明図
【
図8】変形例における血管病変モデル10の製造方法を概念的に示す説明図
【
図9】変形例における血管病変モデル10の製造方法を概念的に示す説明図
【発明を実施するための形態】
【0023】
A.実施形態:
A-1.血管病変モデル10の構成:
図1は、本実施形態における血管病変モデル10の構成を概略的に示す説明図であり、
図2は、本実施形態における血管病変モデル10の一部分(
図1のX1部)の断面構成を拡大して示す説明図である。
【0024】
血管病変モデル10は、実際の血管および病変部を模した装置である。血管病変モデル10は、単独で、または、トレーニングキットやシミュレータの一部として、例えばPTCAの手技を向上させるためのトレーニングに使用される。血管病変モデル10は、模擬血管20と、模擬病変部30とを備える。
【0025】
模擬血管20は、実際の血管を模した、中空部(内孔)22を有する管状(例えば円管状)の部材である。なお、
図1では、模擬血管20の一部(両端部)の図示を省略している。模擬血管20における中空部22の内径は、例えば、1mm以上、30mm以下程度である。
図1に示すように、本実施形態の模擬血管20は、屈曲部(例えば、X1部)を有している。
【0026】
模擬血管20は、ヒドロキシル基を有する高分子材料のゲルにより形成されている。より具体的には、模擬血管20は、ポリビニルアルコール(以下、「PVA」という。)を物理架橋によりゲル化させた物理架橋PVAゲルにより形成されている。
【0027】
模擬病変部30は、実際の病変部を模した部材であり、模擬血管20の中空部22内に配置されている。より詳細には、模擬病変部30は、模擬血管20の中空部22のうち、模擬血管20の長さ方向の一部分の領域に配置されている。本実施形態では、模擬病変部30は、模擬血管20の軸方向に沿った所定の位置において、中空部22を完全に閉塞するように形成されている。また、本実施形態では、模擬病変部30の両方の端面38(より詳細には、模擬血管20の長さ方向における両方の端面38)は、凹面である。模擬病変部30の長さ(模擬血管20の軸方向に沿った長さ)は、例えば、1mm以上、300mm以下程度である。
【0028】
模擬病変部30は、PVAを化学架橋によりゲル化させた化学架橋PVAゲルにより構成されている。
【0029】
また、模擬病変部30は、模擬血管20の径方向に沿って硬度が変化する硬度勾配を有している。より具体的には、模擬病変部30の硬度勾配は、模擬血管20の内周面24から径方向の中心(以下、単に「中心」という。)に向かうほど硬度が低い硬度勾配である。
図3は、模擬病変部30の硬度勾配を概念的に示す説明図である。
図3には、
図2に示されたXY断面における模擬血管20の径方向(
図2の例ではY軸方向)に平行な仮想直線L1上の各位置における模擬病変部30の硬度が示されている。
図3に示すように、模擬病変部30の硬度は、模擬血管20の内周面24との一方の接触点P1から模擬血管20の中心に向かうに従って曲線状に下降し、模擬血管20の中心付近の点P2において最低値となる。すなわち、模擬病変部30における点P1から点P2までの部分は、模擬血管20の内周面24から中心に向かうほど硬度が低い硬度勾配を有している。また、
図3に示すように、模擬病変部30の硬度は、硬度が最低値となる点P2から模擬血管20の内周面24との他方の接触点P3に向かうに従って(すなわち、模擬血管20の中心から遠ざかるに従って)曲線状に上昇している。すなわち、模擬病変部30における点P2から点P3までの部分も、同様に、模擬血管20の内周面24から中心に向かうほど硬度が低い硬度勾配を有している。
【0030】
なお、本明細書において、「模擬病変部30が、模擬血管20の径方向に沿って硬度が変化する硬度勾配を有する」とは、模擬血管20の径方向に沿って、模擬病変部30の硬度が曲線状および/または直線状に漸減(または漸増)する形態を意味する。また、模擬血管20の径方向に沿って、模擬病変部30の硬度が曲線状および/または直線状に漸減(または漸増)するとは、模擬血管20の径方向に沿って0.5mmピッチで硬度を測定したときに、各測定点での硬度値が漸減(または漸増)することを意味する。すなわち、「模擬病変部30が、模擬血管20の径方向に沿って硬度が変化する硬度勾配を有する」とは、模擬血管20の径方向に沿って0.5mm以上にわたって硬度が均一である部分を有する形態(例えば、模擬病変部30の硬度が階段状に変化する形態)を含まない。なお、硬度が均一であるとは、硬度が完全に同一である場合に限らず、硬度が製品ばらつきや測定誤差の範囲内で相違する場合も含む。
【0031】
また、模擬病変部30は、模擬血管20に接合されている。より具体的には、模擬病変部30と模擬血管20との間には化学架橋が形成されており、模擬病変部30は該化学架橋により模擬血管20に強固に接合されている。本実施形態では、模擬病変部30の全周にわたって、模擬病変部30が模擬血管20に接合されている。
【0032】
A-2.血管病変モデル10の製造方法:
次に、本実施形態における血管病変モデル10の製造方法を説明する。
図4は、本実施形態における血管病変モデル10の製造方法を示すフローチャートである。また、
図5および
図6は、本実施形態における血管病変モデル10の製造方法を概念的に示す説明図である。
【0033】
はじめに、模擬血管20を準備する(S110)。上述したように、本実施形態では、模擬血管20は、物理架橋PVAゲルにより形成されている。物理架橋PVAゲルである模擬血管20は、例えばキャストドライ法や凍結解凍法といった公知の方法により作製することができる。キャストドライ法は、水にPVAを加えて熱処理を行うことにより所定の濃度のPVA水溶液を作製し、このPVA水溶液を乾燥させることにより物理架橋PVAゲルを得る方法である。また、凍結解凍法は、上記と同様のPVA水溶液に対して、凍結処理と解凍処理とを所定の回数繰り返すことにより物理架橋PVAゲルを得る方法である。S110の工程は、特許請求の範囲における第1の工程の一例である。
【0034】
次に、模擬血管20における所定の部位(具体的には、模擬血管20の軸方向において模擬病変部30を形成する位置にあり、かつ、模擬血管20の周方向の全体にわたる部位)に、酸触媒を含有させる(S120)。この工程は、例えば、模擬血管20における上記所定の部位を、酸触媒としてのクエン酸液(濃度:0.1mol/L程度)に所定の時間(例えば、1時間程度)浸漬することにより行われる。S120の工程は、特許請求の範囲における第2の工程の一例である。
【0035】
次に、模擬血管20の上記所定の部位(酸触媒を含有させた部位)における中空部22内に、例えばマイクロカテーテル40を用いて、架橋剤としてのジアルデヒドを含有させたPVA溶液32を注入する(S130、
図5参照)。なお、
図5では、酸触媒が「〇」により模式的に示されており、架橋剤としてのジアルデヒドが「◎」により模式的に示されている。ジアルデヒドは、アルデヒド基(ホルミル基)を2つ有するアルデヒドであり、例えば、グルタルアルデヒドやグリオキサール等である。なお、PVA溶液32におけるジアルデヒドの含有量(濃度)は、例えば、0.01mol/L以上、1.0mol/L以下であることが好ましく、0.1mol/L以上、0.3mol/L以下であることがさらに好ましい。また、PVA溶液32におけるPVAの重合度は、500以上、3000以下であることが好ましく、1600以上、1800以下であることがさらに好ましい。また、PVA溶液32におけるPVAの鹸化度は、90以上、100以下であることが好ましく、97以上、99以下であることがさらに好ましい。また、PVA溶液32におけるPVAの含有量(濃度)は、5wt%以上、30wt%以下であることが好ましく、10wt%以上、20wt%以下であることがさらに好ましい。
【0036】
図5および
図6に示すように、S130において模擬血管20の中空部22内にPVA溶液32を注入して室温で静置すると、酸触媒を含有する模擬血管20と、架橋剤としてのジアルデヒドを含有するPVA溶液32との間での触媒交換によって、PVA溶液32中に化学架橋が新たに形成され、その結果、化学架橋PVAゲルである模擬病変部30が新たに形成される。この化学架橋の形成反応は、模擬血管20の内周面24から模擬血管20の中心に向かって段階的に進行していく(
図6における中空矢印参照)。そのため、新たに形成される模擬病変部30では、模擬血管20の内周面24に近い部位ほど化学架橋密度が高くなり、模擬血管20の中心に近い部位ほど化学架橋密度が低くなる。その結果、模擬病変部30は、模擬血管20の内周面24に近いほど硬度が高く、模擬血管20の中心に向かうほど硬度が低い硬度勾配を有することとなる。
【0037】
なお、模擬病変部30の硬度の全体的なレベルの調整は、例えば、PVA溶液32におけるジアルデヒドおよび/またはPVAの含有量(濃度)、反応時間等を調整することにより実現することができる。例えば、PVA溶液32におけるジアルデヒドおよび/またはPVAの含有量(濃度)の値を大きくするほど、また反応時間を長くするほど、模擬病変部30の硬度の全体的なレベルを高くすることができる。なお、模擬病変部30の硬度は、例えば、JIS K 6503による測定値で1,000~13,000gf/cm2程度の範囲内であることが好ましい。また、模擬病変部30の硬度勾配の傾きの調整は、例えば、PVA溶液32に含まれるPVAの重合度および/または鹸化度、PVA溶液32におけるジアルデヒドの含有量(濃度)、模擬血管20に含有させる酸触媒の量等を調整することにより実現することができる。例えば、PVA溶液32に含まれるPVAの重合度および/または鹸化度の値を大きくするほど、PVA溶液32におけるジアルデヒドの含有量(濃度)の値を大きくするほど、また模擬血管20に含有させる酸触媒の量を多くするほど、模擬病変部30の硬度勾配の傾きを大きくすることができる。
【0038】
また、模擬血管20はPVAゲル(すなわち、ヒドロキシル基を有する高分子材料のゲル)であるため、S130において模擬血管20の中空部22内にPVA溶液32を注入して静置すると、新たに形成される模擬病変部30と模擬血管20との間にも、化学架橋が新たに形成される。その結果、模擬病変部30と模擬血管20とが強固に接合される。S130の工程は、特許請求の範囲における第3の工程の一例である。
【0039】
S130の工程(模擬血管20の中空部22内へのPVA溶液32の注入)の後、所定の時間(例えば、1時間程度)経過後、アルカリ溶液を供給して上述した化学架橋の形成反応を停止させる(S140)。S140の工程は、例えば、模擬血管20における模擬病変部30が形成された部分を、炭酸ナトリウム等のアルカリ溶液に浸漬させることにより行われる。これにより、化学架橋形成反応が停止され、模擬病変部30に形成された硬度勾配が固定される。S140の工程は、特許請求の範囲における第4の工程の一例である。
【0040】
A-3.本実施形態の効果:
以上説明したように、本実施形態の血管病変モデル10は、中空部22を有する管状の模擬血管20と、模擬血管20の中空部22内に配置され、PVAのゲルにより形成された模擬病変部30とを備える。模擬病変部30は、模擬血管20の径方向に沿って硬度が変化する硬度勾配を有する。そのため、本実施形態の血管病変モデル10によれば、実際の病変部(例えば、アテローム血栓症のように血管の径方向に沿って硬度が変化する硬度勾配を有する病変部)により近似した模擬病変部30を備える血管病変モデル10を提供することができる。
【0041】
また、本実施形態の血管病変モデル10では、模擬病変部30の硬度勾配は、模擬血管20の中心に向かうほど硬度が低い硬度勾配である。そのため、本実施形態の血管病変モデル10によれば、実際の病変部に極めて近似した模擬病変部30を備える血管病変モデル10を提供することができる。
【0042】
また、本実施形態の血管病変モデル10では、模擬血管20は、ヒドロキシル基を有する高分子材料のゲルであり、模擬病変部30は、模擬血管20との間に形成された化学架橋により模擬血管20に接合されている。そのため、本実施形態の血管病変モデル10によれば、模擬病変部30を模擬血管20に強固に接合することができ、模擬病変部30が模擬血管20から剥離して例えばトレーニングに支障が出ることを回避することができる。なお、本実施形態の血管病変モデル10では、模擬血管20を構成するヒドロキシル基を有する高分子材料のゲルはPVAのゲルであるため、模擬病変部30を模擬血管20に非常に強固に接合することができ、模擬病変部30が模擬血管20から剥離して例えばトレーニングに支障が出ることをより確実に回避することができる。
【0043】
また、本実施形態の血管病変モデル10では、模擬病変部30は、模擬血管20の中空部22のうち、模擬血管20の長さ方向の一部分の領域に配置されている。そのため、本実施形態の血管病変モデル10によれば、実際の血管と病変部との関係に近似した血管病変モデル10を提供することができる。
【0044】
また、本実施形態の血管病変モデル10では、模擬病変部30の模擬血管20の長さ方向における両方の端面38は、凹面である。そのため、本実施形態の血管病変モデル10によれば、実際の病変部に極めて近似した模擬病変部30を備える血管病変モデル10を提供することができる。
【0045】
また、本実施形態の血管病変モデル10の製造方法は、模擬血管20を準備する工程(S110)と、模擬血管20の所定の部位に酸触媒を含有させる工程(S120)と、模擬血管20の上記所定の部位における中空部22内に、ジアルデヒドを含有させたPVA溶液を注入することにより、PVA溶液中に化学架橋を形成して化学架橋ゲルである模擬病変部30を作製する工程(S130)とを備える。そのため、本実施形態の血管病変モデル10の製造方法によれば、化学架橋の形成反応が模擬血管20の内周面24から模擬血管20の中心に向かって段階的に進行していき、新たに形成される化学架橋ゲルである模擬病変部30では、模擬血管20の内周面24に近い部位ほど化学架橋密度が高くなり、模擬血管20の中心に近い部位ほど化学架橋密度が低くなる。従って、本実施形態の血管病変モデル10の製造方法によれば、模擬血管20の中心に向かうほど硬度が低い硬度勾配を有する模擬病変部30を作製することができ、実際の病変部(例えば、アテローム血栓症のように血管の中心に向かうほど硬度が低い硬度勾配を有する病変部)に極めて近い模擬病変部30を備える血管病変モデル10を製造することができる。
【0046】
さらに、本実施形態の血管病変モデル10の製造方法によれば、模擬血管20の中空部22にPVA溶液を注入することにより模擬病変部30を作製することができるため、模擬血管20における屈曲部や細径部、遠位部等を含む任意の位置に模擬病変部30を容易に配置することができる。従って、本実施形態の血管病変モデル10の製造方法によれば、模擬血管20における模擬病変部30の配置の自由度を向上させることができ、より広範なバリエーションの血管病変モデル10を製造することができる。
【0047】
また、本実施形態の血管病変モデル10の製造方法では、S110の工程は、ヒドロキシル基を有する高分子材料のゲルである模擬血管20を準備する工程であり、S130の工程は、模擬血管20の上記所定の部位における中空部22内に、PVA溶液を注入することにより、さらに、模擬病変部30と模擬血管20との間に化学架橋を形成して模擬病変部30と模擬血管20とを接合する工程である。そのため、本実施形態の血管病変モデル10の製造方法によれば、模擬病変部30を模擬血管20に強固に接合することができ、模擬病変部30が模擬血管20から剥離して例えばトレーニングに支障が出ることを回避することができる。なお、本実施形態の血管病変モデル10の製造方法では、模擬血管20を構成するヒドロキシル基を有する高分子材料のゲルはPVAのゲルであるため、模擬病変部30を模擬血管20に非常に強固に接合することができ、模擬病変部30が模擬血管20から剥離して例えばトレーニングに支障が出ることをより確実に回避することができる。
【0048】
また、本実施形態の血管病変モデル10の製造方法は、さらに、S130の工程の後にアルカリ溶液を供給して化学架橋の形成を停止させる工程(S140)を備える。そのため、本実施形態の血管病変モデル10の製造方法によれば、模擬病変部30の硬度勾配を確実に形成することができ、実際の病変部により近似した模擬病変部30を備える血管病変モデル10を確実に製造することができる。
【0049】
B.変形例:
本明細書で開示される技術は、上述の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の形態に変形することができ、例えば次のような変形も可能である。
【0050】
上記実施形態における血管病変モデル10の構成は、あくまで一例であり、種々変形可能である。例えば、上記実施形態では、模擬血管20がPVAゲルにより形成されているが、模擬血管20は、PVA以外のヒドロキシル基を有する高分子材料のゲルにより形成されていてもよいし、その他の材料により形成されていてもよい。なお、模擬血管20が、ヒドロキシル基を有する高分子材料のゲル以外の材料により形成されている場合には、模擬病変部30は公知の接合剤により模擬血管20に接合されてもよい。
【0051】
また、上記実施形態では、模擬病変部30が、模擬血管20の中心に向かうほど硬度が低い硬度勾配を有しているが、模擬病変部30は、他の硬度勾配(ただし、模擬血管20の径方向に沿って硬度が変化する硬度勾配)を有していてもよい。例えば、模擬病変部30が、
図7に示す変形例のような硬度勾配を有していてもよい。
図7に示す変形例における模擬病変部30の硬度勾配は、模擬血管20の内周面24との一方の接触点P1から模擬血管20の中心付近の点P2に至るまでの部分では、上記実施形態の硬度勾配(
図3参照)と同様に、硬度が曲線状に下降しているが、該点P2から模擬血管20の内周面24との他方の接触点P3に至るまでの部分では、上記実施形態と異なり、硬度が上昇するのではなく、硬度が下降または横ばいとなっている。
【0052】
なお、
図7に示す変形例のような硬度勾配を有する模擬病変部30(血管病変モデル10)は、例えば、以下の方法により製造することができる。
図8および
図9は、変形例における血管病変モデル10の製造方法を概念的に示す説明図である。まず、上記実施形態と同様に、模擬血管20を準備した後、模擬血管20における所定の部位に酸触媒を含有させる。ただし、上記実施形態と異なり、模擬血管20の軸方向において模擬病変部30を形成する位置にあり、かつ、模擬血管20の周方向の一部分のみ(例えば、模擬血管20を中心軸を含む仮想平面で2つに仮想的に分割したときの一方の部分)の部位に、酸触媒を含有させる。その結果、
図8に示すように、模擬血管20の一部分(
図8における下側半分)は酸触媒(「〇」で示す)を含有するが、模擬血管20の他の一部分(
図8における上側半分)は酸触媒を含有しない状態となる。この状態で、模擬血管20の中空部22内に、架橋剤としてのジアルデヒドを含有させたPVA溶液32を注入する(
図8参照)。すると、
図8および
図9に示すように、酸触媒を含有する模擬血管20と、架橋剤としてのジアルデヒドを含有するPVA溶液32との間での触媒交換によって、PVA溶液32中に化学架橋が新たに形成され、その結果、化学架橋PVAゲルである模擬病変部30が新たに形成される。この化学架橋の形成反応は、模擬血管20における酸触媒を含有する部分(
図8における下側半分)の内周面24から段階的に進行していく(
図9における中空矢印参照)。そのため、新たに形成される模擬病変部30は、
図7に示すような硬度勾配を有することとなる。以降の工程は、上記実施形態と同様である。
【0053】
また、上述した模擬病変部30が他の硬度勾配を有する構成は、例えば、模擬血管20内ではなく模擬血管20とは独立して、上述した化学架橋の形成反応を利用して所定の硬度勾配を有する模擬病変部30を作製し、該模擬病変部30を模擬血管20の中空部22内に挿入することにより実現することもできる。
【0054】
また、上記実施形態では、模擬病変部30が模擬血管20の中空部22を完全に閉塞するように形成されているが、模擬病変部30は、模擬血管20の中空部22を完全には閉塞しないように(すなわち、模擬病変部30の外周面と模擬血管20の内周面24との間に模擬血管20の軸方向に貫通する流路が確保されるように)形成されてもよい。このような構成の模擬病変部30は、例えば、血管病変モデル10の製造方法におけるPVA溶液32の注入工程(
図4のS130)において、PVA溶液32が模擬血管20の内周面24の一部のみに接触するようにPVA溶液32を注入することにより作製することができる。
【0055】
また、上記実施形態では、模擬病変部30の両方の端面38(模擬血管20の長さ方向における両方の端面38)が凹面であるが、模擬病変部30の端面38の一方が凹面以外の面(例えば、凸面や平坦面)であってもよい。このような構成であっても、実際の病変部に近似した模擬病変部30を備える血管病変モデル10を提供することができる。また、模擬病変部30の端面38の両方が凹面以外の面であってもよい。
【0056】
また、上記実施形態では、模擬病変部30は、模擬血管20の中空部22のうち、模擬血管20の長さ方向の一部分の領域に配置されているが、模擬病変部30が、模擬血管20の中空部22のうち、模擬血管20の長さ方向の全体の領域に配置されていてもよい。
【0057】
また、上記実施形態における血管病変モデル10の製造方法は、あくまで一例であり、種々変形可能である。例えば、上記実施形態では、S130の工程(模擬血管20の中空部22内へのPVA溶液32の注入)の後に、アルカリ溶液を供給して化学架橋の形成反応を停止させる工程(S140)が行われるが、S140の工程は必須ではない。
【符号の説明】
【0058】
10:血管病変モデル 20:模擬血管 22:中空部 24:内周面 30:模擬病変部 32:PVA溶液 38:端面 40:マイクロカテーテル