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特許7389448新規フザラミン物質を有効成分とする白血病細胞増殖抑制剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-21
(45)【発行日】2023-11-30
(54)【発明の名称】新規フザラミン物質を有効成分とする白血病細胞増殖抑制剤
(51)【国際特許分類】
   C07D 207/448 20060101AFI20231122BHJP
   A61K 31/4015 20060101ALI20231122BHJP
   A61K 36/06 20060101ALI20231122BHJP
   A61P 35/02 20060101ALI20231122BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20231122BHJP
   C12P 1/02 20060101ALI20231122BHJP
   C12N 1/14 20060101ALI20231122BHJP
【FI】
C07D207/448 CSP
A61K31/4015
A61K36/06 Z
A61P35/02
A61P31/04
C12P1/02 Z
C12N1/14 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019110891
(22)【出願日】2019-06-14
(65)【公開番号】P2020164502
(43)【公開日】2020-10-08
【審査請求日】2022-04-21
(31)【優先権主張番号】P 2019066325
(32)【優先日】2019-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【微生物の受託番号】NITE  NITE P-03741
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】大村 智
(72)【発明者】
【氏名】塩見 和朗
(72)【発明者】
【氏名】坂井 克行
(72)【発明者】
【氏名】浅見 行弘
(72)【発明者】
【氏名】野中 健一
(72)【発明者】
【氏名】岩月 正人
(72)【発明者】
【氏名】臼井 健郎
(72)【発明者】
【氏名】中島 琢自
(72)【発明者】
【氏名】松尾 洋孝
【審査官】馬場 亮人
(56)【参考文献】
【文献】BROWN et al.,Fungal Genetics and Biology,2016年,Vol. 89,p.37-51,DOI:10.1016/j.fgb.2016.01.008
【文献】BARNICKEL et al.,Chemistry & Biodiversity,2010年,Vol. 7, No. 12,p.2830-2845,DOI: 10.1002/cbdv.201000179
【文献】KEMAMI WANGUN et al.,Organic & Biomolecular Chemistry,2007年,Vol. 5, No. 11,p.1702,DOI:10.1039/b702378b
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P1/00-41/00
C07D207/00-207/50
A61K35/00-35/768;36/06-36/068
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式で表されるフザラミン物質若しくはその塩、又はその水和物若しくは溶媒和物。
【化1】
【請求項2】
請求項1に記載のフザラミン物質を生産する能力を有する糸状菌に属する微生物を培地で培養し、培養物中にフザラミン物質を蓄積せしめ、該培養物からフザラミン物質を採取することを特徴とするフザラミン物質の製造法であって、
前記フザラミン物質を生産する能力を有する糸状菌に属する微生物が、フザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550である製造法
【請求項3】
フザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550(NITE03741)。
【請求項4】
請求項1に記載のフザラミン物質又はその水和物若しくは溶媒和物、又はそれらの塩を有効成分として含有する医薬組成物。
【請求項5】
白血病細胞増殖抑制剤である、請求項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
ヒト急性前骨髄性白血病細胞、ヒトT細胞性白血病細胞、およびヒト急性単球性白血病細胞の増殖抑制剤である、請求項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
請求項1に記載のフザラミン物質又はその水和物若しくは溶媒和物、又はそれらの塩を有効成分として含有する抗菌剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は白血病細胞増殖抑制剤の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
急性リンパ性白血病(ALL:Acute Lymphoblastic Leukemia)は、骨髄および末梢血中に過剰なリンパ芽球またはリンパ球が認められることを特徴とする侵攻性の白血病である。リンパ節、脾臓、肝臓、中枢神経系に加え、その他の臓器にも拡がることがある。ALLは、治療を行わないと、急速に進行する場合が多い。急性リンパ性白血病の原因は放射能の被爆者での発症率が高いこと、電離放射線やベンゼンの暴露が関連すること、EBウイルスやc型RNAウイルスによる感染などによるといわれているが、ほとんどの場合、明らかな原因は不明である。
【0003】
ALLの発症率はヨーロッパ、北アメリカで多く、アジア、アフリカでやや少ないとされている。日本では白血病全体としての死亡率が年間10万人に4~5人とされ、ALL罹患数は子供と60歳以上の高齢者に多い。10万人の15歳以下の子供に対して3.8人が罹患しているといわれている。つまり、一年間におおよそ800~900人くらいの子供たちが発症している。
【0004】
ALLの治療は手術、放射線照射、及び化学療法に3大別される。しかし、ALLでは白血病細胞が血液の流れに乗り全身に存在するので、内服、点滴により抗がん薬を全身投与する化学療法が第一選択になる。治療の流れは寛解導入療法という初回治療、それに続き地固め療法、その後さらに治療を継続する維持療法に分かれる。ただし、再発の危険性の高いタイプでは、状況に応じて骨髄移植療法を考慮する。
【0005】
寛解導入療法は白血病細胞を十分減らし、骨髄中の白血病細胞を割合が5%以下することを目的に行う。かつ末梢血や骨髄が正常化し、正常な白血球、赤血球、血小板の造血が回復し、体内を流れる血液中には白血病細胞が認められず白血球と血小板が回復する寛解状態を目指す。ALLに用いられる治療薬(抗がん剤)は副腎皮質ステロイド(プレドニゾロン)、ビンクリスチンでこれにダウノルビシン、アスパラギナーゼ、シクロフォスファミドを追加する。
【0006】
地固め療法は寛解導入後にも未だ残存する白血病細胞をさらに減らし、再発しないようにする療法である。強い抗がん剤治療で、上述の抗がん薬の他にメトトレキサートやシタラビンなどが使用される。
【0007】
寛解導入療法と地固め療法が終了した時点で完全寛解が持続していればその後1~2年間維持治療を行う。この維持療法がなされないと再発する率が上昇するとされている。通常、抗がん剤としてメルカプトプリンとメトトレキサートが用いられる。
【0008】
しかし、これら多くの抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常細胞および正常組織の壊死を起こす。このような細胞や組織の壊死を起こす抗がん剤は、使用量や使用期間等を最適に設定することが困難であり、さらにその副作用は癌患者にとって大きな負担となるものである。
【0009】
近年、抗癌剤研究の分野では選択的な白血病細胞増殖抑制剤に関する研究が盛んに行なわれている。白血病細胞を特異的に増殖抑制できれば、その他の組織、臓器の形成、生体の恒常性の維持と防衛に重要な働きをする機能に損傷を与えることなく、副作用の少ない抗がん剤となる。
【0010】
白血病細胞を特異的に増殖抑制するためには、固形癌細胞株に対して増殖抑制することなく白血病細胞特異的に増殖抑制を示すことになる。従って、白血病細胞特異的に増殖抑制を引き起こすその誘導物質の究明は白血病の予防と治療に対して非常に重要である。
【0011】
これまでにtolypoalbin、F-14329(非特許文献1)、PKS-NRPS metabolites(非特許文献2)、及びEpicoccarineなどの物質が報告されているが、これらの物質について白血病細胞との関係は何ら報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【文献】Takao Fukudaら、The Journal of Antibiotics(2015)68:399-402.
【文献】Zhuo Shangら、Org. Biomol. Chem(2015)13:7795-7802.
【文献】Hilaire V. Kemani Wangunら、Org. Biomol. Chem(2007)5:1702-1705.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
ALLは血液の癌といわれる白血病の一つである。白血病幹細胞を含むがん細胞は多段階の遺伝子異常を経て発生するが、白血病細胞特異的に増殖を抑制する薬剤はがん化した白血病細胞を細胞死に至らしめることが期待される。よって、本発明はこのような新規な白血病細胞増殖抑制剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
そこで本発明者らは、微生物の生産する代謝産物を対象にヒト急性前骨髄性白血病由来細胞株、ヒトT細胞性白血病由来細胞株、およびヒト急性単球性白血病由来細胞株に対して特異的に増殖抑制活性を示す物質を探索した。本発明者らは、新たに土壌から分離した糸状菌Fusarium sp. FKI-7550株の培養液中にヒト白血病細胞に特異的に増殖阻害活性を示す物質が生産されていることを見いだした。次いで該培養物を精製、単離した結果、ヒト急性前骨髄性白血病由来細胞株、ヒトT細胞性白血病由来細胞株、およびヒト急性単球性白血病由来細胞株に対して特異的に増殖抑制活性を示すフザラミン物質を得た。フザラミン物質のような化学構造を有する物質は従来全く知られていないことを確認した。これにより本発明を完成するに至った。
【0015】
本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものであって下記式で表される新規フザラミン物質若しくはその塩、又はその水和物若しくは溶媒和物に関する。
【0016】
【化1】
【0017】
本明細書において「塩」は、本発明の化合物が、無機又は有機の塩基又は酸と結合して形成した塩であって、医薬として体内に投与することが許容可能な塩のことである。このような塩は、例えば、Bergeら、J.Pharm.Sci.66:1-19(1977)等に記載されている。塩としては、例えば、酸性基が存在する場合には、リチウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム等のアルカリ金属及びアルカリ土類金属塩;アンモニア、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、ジシクロヘキシルアミン、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン、N,N-ビス(ヒドロキシエチル)ピペラジン、2-アミノ-2-メチル-1-プロパノール、エタノールアミン、N-メチルグルカミン、L-グルカミン等のアミンの塩;又はリジン、δ-ヒドロキシリジン、アルギニンなどの塩基性アミノ酸との塩を形成することができる。塩基性基が存在する場合には、塩酸、臭化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の鉱酸の塩;メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、酢酸、プロピオン酸塩、酒石酸、フマル酸、マレイン酸、リンゴ酸、シュウ酸、コハク酸、クエン酸、安息香酸、マンデル酸、ケイ皮酸、乳酸、グリコール酸、グルクロン酸、アスコルビン酸、ニコチン酸、サリチル酸等の有機酸との塩;又はアスパラギン酸、グルタミン酸などの酸性アミノ酸との塩などを挙げることができる。
【0018】
また、化合物(I)の水和物又は溶媒和物及び化合物(I)の薬理学的に許容される塩の水和物又は溶媒和物も本発明の化合物に包含される。また、本明細書において「化合物(I)」とは、それが明らかに適さない場合を除き、明示されていない場合にも、化合物(I)の薬理学的に許容される塩、水和物及び溶媒和物、並びに化合物(I)の薬理学的に許容される塩の水和物又は溶媒和物をも含む。
【0019】
また、本発明の式(I)で表わされる化合物又はその塩は結晶であってもよいし、非晶体であってもよい。また、本発明の化合物は不斉炭素を有することから、光学異性体が存在する。本発明の化合物としては、右旋性(+)又は左旋性(-)の何れの化合物であってもよいし、ラセミ体などのこれらの異性体の任意の割合の混合物であってもよい。また、本発明の化合物は、特に断らない限り、いずれの互変異性体、又は幾何異性体(例えば、E体、Z体など)も含むものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明のフザラミン物質は、ヒト急性前骨髄性白血病由来細胞株、ヒトT細胞性白血病由来細胞株、およびヒト急性単球性白血病由来細胞株に対して増殖抑制を誘発することができることから、新規の白血病細胞増殖抑制剤となる。また、本発明のフザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株は、フザラミン物質を産生することから、フザラミン物質の製造に利用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
一態様において本発明は、フザラミン物質を生産する能力を有する糸状菌に属する微生物を培地で培養し、培養物中にフザラミン物質を蓄積せしめ、該培養物からフザラミン物質を採取する新規フザラミン物質の製造法に関する。本発明のフザラミン物質を製造するに当たっては、先ず糸状菌に属するフザラミン物質を生産する能力を有する微生物を培養し、その培養物から分離・精製する。すなわち、本発明のフザラミン物質は、フザラミン物質を生産する能力を有する糸状菌に属する微生物を培地で培養し、培養物中フザラミン物質を蓄積せしめ、該培養物からフザラミン物質を採取(分離・抽出・精製)することにより製造することができる。
【0022】
本発明のフザラミンの製造方法において、「フザラミン物質を生産する能力を有する糸状菌に属する微生物」は、糸状菌に属する菌であって、フザラミン物質を生産する能力を有する微生物であれば特に限定されない。好ましくは、フザラミン物質を生産する能力を有するフザリウム属に属する微生物である。フザラミン物質を生産する能力を有する糸状菌に属する微生物は、フザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株、その変異株をはじめ、糸状菌に属するフザラミン物質生産菌のすべてが使用できる。本明細書において、「変異株」とは、人工的又は自然界における変異誘発刺激によりフザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株とは異なる菌学的性状又は遺伝子を有する株のことであり、このような変異株にはフザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株から派生した菌株の他、フザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株を派生させた元の菌株も含まれる。本明細書において、変異株は実際の派生の痕跡の有無を問うものではなく、例えば、フザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株遺伝子(例えば、28S rRNA遺伝子)と高い相同性(例えば、90%以上、95%以上など)を有する遺伝子を有する菌株もまた変異株に含まれる。また、このような変異株は、フザラミン物質の産生能を維持している限り、人工的に作製したものであるか、天然から採取したものであるかを問わない。
【0023】
微生物が「フザラミン物質を生産する能力を有する糸状菌に属する微生物」であるか否かは、例えば、以下の方法により決定することができる。スターチ2.4%、グルコース0.1%、ペプトン0.3%、カツオエキス0.3%、酵母エキス0.5%、炭酸水素カルシウム0.4%からなる液体培地(pH 7.0)100mLを含む500mL容三角フラスコに、液体培地で培養した被験微生物1mLを植菌し、27℃で3日間振盪培養後、得られた種培養液を、nutrient broth3.3%、ソイビンミール3.3%、グリセロール2.2%、可用性デンプン2.2%、炭酸水素カルシウム2.2%からなる液体培地からなる液体培地(pH7.0)100mLを含む500mL容三角フラスコに、1mL植菌し、27℃で7日間振盪培養することにより得られた培養物の中に、フザラミン物質が存在すれば当該微生物はフザラミン物質を生産する能力を有する糸状菌に属する微生物であると決定することができる。
【0024】
前記製造方法において、フザラミン物質を生産する能力を有する糸状菌に属する微生物として、好ましくは、フザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株である。
【0025】
フザラミン物質を生産する能力を有する糸状菌に属する微生物を培養するための培地には、栄養源として、糸状菌の栄養源として使用し得るものを含有することができる。例えば、米、市販のペプトン、肉エキス、コーン・スティープ・リカー、綿実粉、落花生粉、大豆粉、酵母エキス、NZ-アミン、カゼインの水和物、硝酸ソーダ、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等の窒素源、グリセリン、スターチ、グルコース、ガラクトース、マンノース等の炭水化物、あるいは脂肪等の炭素源、及び食塩、リン酸塩、炭酸カルシウム、硫酸マグネシウム等の無機塩を単独あるいは組み合わせて使用することができる。その他、培地には、必要に応じて微量の金属塩、消泡剤として動・植・鉱物油等を添加することもできる。これらのものは生産菌を利用したフザラミンの生産の役だつものであればよく、公知の糸状菌の培養材料はすべて用いることができる。
【0026】
その他必要に応じて微量の金属塩、消泡剤として動・植・鉱物油等を添加することもできる。これらのものは生産菌を利用しフザラミン物質の生産の役だつものであればよく、公知の糸状菌などの培養材料はすべて用いることができる。またフザラミン物質の培養温度は、生産菌が発育しフザラミン物質を生産できる範囲で適用できる。培養は以上に述べた条件を使用するフザラミン物質生産菌の性質に応じて適宜選択して行なうことができる。
【0027】
また、フザラミン物質を生産する能力を有する糸状菌に属する微生物の培養は、生産菌が発育しフザラミンを生産できる温度範囲(例えば、10℃~40℃、好ましくは、25~30℃)で数日~2週間振盪培養することにより行うことができる。培養条件は、本明細書の記載を参照しながら、使用するフザラミン生産菌の性質に応じて適宜選択して行なうことができる。
【0028】
フザラミン物質は、培養液より酢酸エチル等の水不混和性の有機溶媒で抽出することができる。上述の抽出法に加え、脂溶性物質の採取に用いられる公知の方法、例えば吸着クロマトグラフィー、分配クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィーよりのかき取り、遠心向流分配クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等を適宜組み合わせあるいは繰返すことによって純粋になるまで精製することができる。
【0029】
別の態様において、本発明は更に、新規糸状菌である、フザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株(NITE AP-2944)(NITE P-03741)に関する。本明細書において、フザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株とは、本発明者等によって徳島県徳島市の土壌より新たに分離された微生物であり、フザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550(NITE AP-2944)(NITE P-03741)として、2019年5月9日付にて独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に寄託された菌株のことである。本発明のフザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株は、本明細書実施例1に記載の菌学的性状を有する。
【0030】
更にまた別の態様において、本発明は、前記フザラミン物質を有効成分として含有する医薬組成物に関する。本発明の医薬組成物として好ましくは、白血病細胞増殖抑制剤である。具体的には、本発明のフザラミン物質はヒト急性前骨髄性白血病由来細胞株、ヒトT細胞性白血病由来細胞株、およびヒト急性単球性白血病由来細胞株に対して増殖抑制を誘発することができることからヒト急性前骨髄性白血病細胞、ヒトT細胞性白血病細胞、又はヒト急性単球性白血病細胞の増殖抑制剤として用いることができる。
【0031】
本発明の白血病細胞増殖抑制剤は、経口投与形態、又は注射剤、点滴剤等の非経口投与形態で用いることができる。本化合物を哺乳動物等に投与する場合、錠剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤等として経口投与してもよいし、又は、注射剤、点滴剤として非経口的に投与してもよい。投与量は症状の程度、年齢、疾患の種類等により異なるが、通常成人1日当たり50mg~500mgを1日1~数回に分けて投与する。
【0032】
本発明の医薬組成物は、通常の薬学的に許容される担体を用いて、常法により製剤化することができる。経口用固形製剤を調製する場合は、主薬に賦形剤、更に必要に応じて、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等を加えた後、常法により溶剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等とする。注射剤を調製する場合には、主薬に必要によりpH調整剤、緩衝剤、安定化剤、可溶化剤等を添加し、常法により皮下又は静脈内用注射剤とすることができる。
【実施例
【0033】
以下に本発明の実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれのみに限定されるものではない。なお、本願明細書全体を通じて引用する文献は、参照によりその全体が本願明細書に組み込まれる。
【0034】
(実施例1)フザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株の菌学的性状
本発明者等によって徳島県徳島市の土壌より新たに、フザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株を分離した。フザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株の菌学的性状は以下の通りであった。
【0035】
1.形態的特徴
本菌株は、麦芽汁寒天培地、合成栄養寒天培地で良好に生育し、各種寒天培地で分生子の着生は良好であった。
合成栄養寒天培地に生育したコロニーを顕微鏡で観察すると、菌糸は無色、幅2.1-4.2(-6.2)μm、有隔壁、薄壁であった。分生子は培地上で二形性を示し、小分生子と大分生子となる。小分生子は、隔壁を有する菌糸から生じる短いフィアライド上に擬頭状をなして形成される。フィアライドの大きさは、(10.4-)18.7-37.4×2.1-3.1(-4.2)μmであった。分生子は長楕円または楕円形で0-1隔壁、大きさは6.2-12.5(-17.7)×(2.1-)4.0-4.2μmであった。大分生子は、分生子柄上に2~3分枝したフィアライド上に集塊状をなして形成される。分生子柄の大きさは0-6.2(-10.5)×2.1-4.2μmであり、フィアライドの大きさは4.2-6.2(-14.6)×2.1-3.1(-4.2)μmであった。分生子は三日月形で3-4隔壁、大きさは(31.2-)43.7-56.2(-72.8)×3.1-4.2(-6.2)μmであり、頂部は僅かにかぎ状に湾曲し、基部は踵状となり、基部の大きさは1.0-3.1×1.0-2.1μmであった。厚壁胞子は菌糸に側生、またはその分枝の先端に連鎖状に形成され、無色、粗状、亜球形ないし広楕円形、大きさは(6.2-)10.4-16.6×(10.4-)16.6-20.8μmであった。
【0036】
2.培養性状
各種寒天培地上で、25℃、7日間培養した場合の肉眼的観察結果を表1に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
3.ITS遺伝子解析
ITS遺伝子のうち562塩基の配列を決定し、DNAデータベースに登録され公開されている糸状菌のデータを用いた相同性検索および近隣結合法による系統解析の結果、本菌株はフザリウム属に分類されるのが妥当であった。
【0039】
4.結論
上記FKI-7550株の形態的特徴および培養性状に基づき、既知菌種との比較を試みた結果、およびITS遺伝子の解析結果から、本菌株はフザリウム属に属する1菌種であると判断される。なお、本菌株はフザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550として、2019年5月9日付にて独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されている(NITE AP-2944)(NITE P-03741)
【0040】
(実施例2)フザラミン物質の取得
スターチ2.4%、グルコース0.1%、ペプトン(極東製薬工業株式会社製)0.3%、カツオエキス(極東製薬工業株式会社製)0.3%、酵母エキス(オリエンタル酵母工業株式会社製)0.5%、炭酸水素カルシウム0.4%からなる液体培地(pH 7.0)100mLを含む500mL容三角フラスコに100本に、液体培地で培養したフザリウム・エスピー(Fusarium sp.)FKI-7550株(NITE AP-2944)(NITE P-03741)を各1mlずつ植菌し、27℃で3日間振盪培養した。得られた種培養液を、nutrient broth(Difco)3.3%、ソイビンミール(東京保存食糧(株))3.3%、グリセロール2.2%、可用性デンプン2.2%、炭酸水素カルシウム2.2%(pH7.0)100mLを含む500mL容三角フラスコに60本に、各1mLずつ植菌し、27℃で7日間振盪培養した。
【0041】
培養の終了した500mL容三角フラスコ60本にそれぞれ100mLのエタノールを加えて1時間激しく撹拌した。次にその抽出液中のエタノールを減圧留去し、得られた水溶液に3Lの酢酸エチルを加えよく撹拌後、酢酸エチル層を回収した。エバポレーターを用い、濃縮乾固しての粗精製物1を得た。次にこれを少量のメタノールに溶解し、シリカゲル(MERCK社製)オープンカラムクロマトグラフィーを用いて、クロロホルム-メタノール溶媒系で段階溶出(100:0,100:1,50:1,10:1,1:1,0:100)させ、フザラミン物質を含む10:1画分(粗精製物2)を600mg得た。
【0042】
粗精製物2を少量のメタノールに溶解し、高速液体クロマトグラフィーにてオクタシリルカラム(クロマトレックスC8 SPS100-5HE,φ20×250mm,流速10.0mL/min,検出210nm)に注入し、0.1%トリフルオロ酢酸を含有したアセトニトリル-水(70:30)で溶出した。活性画分を分取し、減圧濃縮によりフザラミン物質を淡黄色個体として34.4mg得た。
【0043】
得られたフザラミン物質の理化学的性状を測定した結果、次の通りであった。
(1)性状:淡黄色個体
(2)分子量:441
(3)分子式:C2739
高速原子衝突イオン化による[M+H] 理論値(m/z)442.2975、実測値(m/z)442.2946
(4)比旋光度:[α] 25=-127.2(c=0.1、メタノール)
(5)紫外部吸収極大 λmax nm(メタノール中):203.0(20,100),242(8,500),281(13,100)(括弧内ε)
(6)赤外部吸収極大 vmax(ART):3332,2954,2919,1650,1596,1450,1342,1106,1041cm-1に極大吸収を有する。
(7)円偏光二色性スペクトルλmax nm(メタノール中):226(-18,412),242(-10,585),262(-9,472),285(-9,759)(括弧内Δε)
(8)プロトン核磁気共鳴スペクトル:重ジメチルスルホキシド中の化学シフト(ppm)およびスピン結合定数(Hz)を表2に示す。
(9)カーボン核磁気共鳴スペクトル:重ジメチルスルホキシド中の化学シフト(ppm)を表2に示す。
(10)溶剤に対する溶解性:メタノール、ジメチルスルホキシド、アセトン、クロロホルムに易溶。水に難溶。
【0044】
【表2】
【0045】
以上のとおり、フザラミン物質の各種理化学的性状について詳述したが、このような性質に一致する化合物はこれまで報告されておらず、フザラミン物質は新規物質であると決定した。
【0046】
(実施例3)フザラミン物質のin vitroでの白血病細胞増殖抑制活性
細胞として、HL-60ヒト急性前骨髄性白血病由来細胞株、JurkatヒトT細胞性白血病由来細胞株、およびTHP-1ヒト急性単球性白血病由来細胞株を用いた。10%非動化牛胎児血清(FBS)および抗生物質添加RPMI-1640培地にて維持、継代培養を行った細胞を用いた。各細胞を10%FBS含有RPMI-1640培地にて3×10cell/mlになるように浮遊液を調整し、96well plateに100μlを添加し混和後、37℃、5%CO-95%air環境下で1日間培養を行った。その後、各wellに本化合物のメタノール水溶液1μlを添加し、混和後、前述のガス環境下で2日間培養を行った。各細胞の増殖の有無はWST-8法にて比色定量した。本化合物の50%細胞増殖阻止濃度(IC50値)は化合物濃度作用曲線より求めた。結果を表3に示す。
【0047】
【表3】
【0048】
(実施例4)抗菌活性
本発明のフザラミン物質の抗菌活性を以下のとおり測定した。濾紙円板(アドバンテック社製、直径6mm)にフザラミン物質の0.3mg/mlのメタノール溶液をそれぞれ10μl浸漬し、一定時間風乾して溶媒を除去後、試験菌含菌寒天平板に張り付け、Staphylococcus aureus KB210 (ATCC6538p)、Bacillus subtilis ATCC6633、Kocuria rhizophila KB212 (ATCC9341)は37℃で、Xanthomonas oryzae pv. oryzae KB88は27℃で24時間培養後、生育阻止円を観察した。その結果を表4に示す。
【0049】
【表4】
【0050】
本発明のフザラミン物質は、白血病由来細胞の増殖を抑制する活性を示し、微生物に対しても抗菌活性を示した。したがって、本発明のフザラミン物質はヒト急性前骨髄性白血病細胞、ヒトT細胞性白血病細胞、およびヒト急性単球性白血病細胞の増殖抑制を誘発する薬剤として使用し得る。また、フザラミン物質は抗菌剤としても使用し得る。