(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-21
(45)【発行日】2023-11-30
(54)【発明の名称】セルロース溶液の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08J 3/11 20060101AFI20231122BHJP
C08B 16/00 20060101ALI20231122BHJP
【FI】
C08J3/11 CEP
C08B16/00
(21)【出願番号】P 2020002654
(22)【出願日】2020-01-10
【審査請求日】2022-10-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000103622
【氏名又は名称】オーミケンシ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141586
【氏名又は名称】沖中 仁
(74)【代理人】
【識別番号】100102211
【氏名又は名称】森 治
(72)【発明者】
【氏名】磯島 康之
(72)【発明者】
【氏名】梶田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】辻野 絢也
【審査官】脇田 寛泰
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/049485(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第103205000(CN,A)
【文献】特開2008-050595(JP,A)
【文献】国際公開第2016/068053(WO,A1)
【文献】韓国登録特許第1472098(KR,B1)
【文献】中国特許出願公開第101016659(CN,A)
【文献】特表2018-529013(JP,A)
【文献】国際公開第2015/163291(WO,A1)
【文献】特開2018-123120(JP,A)
【文献】特開2012-246416(JP,A)
【文献】特開2012-246417(JP,A)
【文献】特開2013-014652(JP,A)
【文献】特開2011-074113(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B1/00-37/18
C08J3/00-3/28
99/00
C08K3/00-13/08
C08L1/00-101/14
D02G1/00-3/48
D02J1/00-13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水分率が20質量%以下であり、かつ、シート形状のパルプを用い、該パルプを、5~20質量%の水分を含有したイオン液体で膨潤する1次処理を行った後、減圧下で水分を実質的に除去しながらパルプを溶解する2次処理を行
って、イオン液体を含んだセルロース溶液を得ることを特徴とするセルロース溶液の製造方法。
【請求項2】
前記1次処理を、40~90℃、10分~120分、パルプのセルロース分と水分を含有したイオン液体の比率が1:4~1:100で行うことを特徴とする請求項1に記載のセルロース溶液の製造方法。
【請求項3】
前記2次処理を、90~120℃で行うことを特徴とする請求項1又は2に記載のセルロース溶液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維やフィルムなどのセルロース材料の成形に用いられるセルロース溶液の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セルロースは周知のとおり、地球上に最も多く存在するバイオマス資源であり、環境配慮型素材として、溶解、成型に関しての研究が広く行われている。
セルロースは分子鎖間又は分子鎖内の強固な水素結合をもつため、一般的な溶剤では溶解させることが難しい。
【0003】
これに対処する、イオン液体を用いたセルロースの溶解、そして、セルロース繊維の製造方法は、溶剤の全量回収と再使用により、環境負荷の少ない製造方法として知られている(例えば、特許文献1~2参照。)。
【0004】
ところで、イオン液体に対するセルロースの溶解性は、イオン液体に含まれる水分量に著しく左右される。
このため、再生セルロースの製造工程などで、比較的高濃度のセルロース溶液を調製する必要がある場合には、できる限り含水率を低下させたイオン液体を用いる必要があり、セルロースを溶解できる濃度までイオン液体を濃縮する時間とエネルギが必要であった。
【0005】
セルロース溶液に用いるセルロース原料としては、一般的にパルプが用いられる。
セルロースのイオン液体への溶解性を高めるために、パルプを乾燥し、機械的に粉砕し、表面積を大きくしているが、乾燥や粉砕時にパルプの繊維が劣化する場合があり、また、乾燥や粉砕にかかる時間やエネルギが別途必要となるという問題があった。
また、パルプの溶解には、溶剤をパルプに十分に浸透させる必要があり、シート形状のパルプではシート内部まで溶剤がいきわたらないという問題があった。
このため、パルプの粉砕や、パルプに水を吸わせて溶剤を入りやすくする必要があった。
【0006】
このようなセルロース溶液の課題に対して、特許文献1に記載された発明では、含水量が20~50質量%であるイオン液体を使用してセルロース溶液を製造している。
しかしながら、イオン液体の濃縮は、含水量を20~50質量%であるイオン液体を得る工程と、溶解時に残りの水を除去する工程に分けられており、濃縮によって得られたイオン液体に水を加えることで20~50質量%に調整している。イオン液体の濃縮は比較的高効率な濃縮方法が公知であるが、溶解時に再度、多くの水を除去するのにかかるエネルギ消費が大きくなるといった問題がある。
【0007】
また、特許文献2に記載された発明では、含水率50質量%以上のパルプを使用してセルロース溶液を製造している。
しかしながら、シート状のパルプでは水の吸液が遅く、さらに、水を吸液したパルプにイオン液体を加えるため、水とイオン液体との液交換に時間を要するといった問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第5758198号
【文献】特許第5758199号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記従来のイオン液体を用いるセルロース溶液の製造方法の有する問題点に鑑み、イオン液体の濃縮及びパルプの乾燥や粉砕にかかる時間とエネルギを削減し、パルプの溶解性に優れたセルロース溶液の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は以下に示す手段により、シート状パルプをイオン液体に溶解させたセルロース溶液の製造が可能である。
すなわち、
図1に示すように、一定範囲の含水量のイオン液体を使用して溶解条件を1次処理、2次処理に規定することで、シート状パルプを乾燥、粉砕処理をしない状態であっても、パルプの溶解性を向上することが可能となることを見出した。
ここで、パルプは、α-セルロースの含有量の高いものを使用することが好ましい。パルプのセルロース重量平均重合度が600~2000の範囲で、α-セルロースの含有量が90質量%以上であるパルプを使用することが好ましい。
本発明の1次処理は、含水率が5~20質量%のイオン液体とシートパルプを40~90℃、10分~120分、パルプ質量と水分を含有したイオン液体質量の浴比(以下、単に「浴比」という。)が1:4~1:100の条件下で撹拌を行うことでパルプを膨潤させる。
さらに、2次処理として、減圧下、90~120℃で水を除去しながら撹拌することで、パルプを溶解し、セルロース溶液が得られる。
【発明の効果】
【0011】
本発明のセルロース溶液の製造方法によれば、低エネルギでセルロースを溶解することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明のセルロース溶液の製造方法の一実施例を示す製造フロー図である。
【
図2】シートパルプに含水イオン液体を浸漬して、65℃加温下で静置したときのパルプシートの厚み変化の観察結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明のセルロース溶液の製造方法の実施の形態を説明する。
本発明のセルロース溶液の製造方法においては、セルロース原料としてシート状のパルプを用いるとともに、イオン液体として、含水率が5~20質量%であるものを用いる。
本発明の溶解溶剤であるイオン液体としては、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロリド(1-butyl-3-methylimidazolium chloride)(BmimCl)、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムアセテート(1-butyl-3-methylimidazolium acetate)(BmimAc)、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムジエチルホスフェイト(1-ethyl-3-methylimidazolium diethyl phosphate)(EmimDEP)、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムクロライド(1-ethyl-3-methylimidazolium chloride)(EmimCl)、1-アリル-3-メチルイミダゾリウムクロライド(1-Allyl-3-methylimidazolium chloride)(AmimCl)が挙げられるが、これらのイオン液体に限定されるものではない。イオン液体は、それぞれ1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0014】
また、イオン液体は繰り返し使用したものでもよく、例えば、イオン液体中にヘミセルロースやリグニン、パルプ由来の無機成分を含んでいてもよい。
ここで、イオン液体の繰り返し使用とは、本発明で得られたセルロース溶液を、例えば、水やアルコール類のようなセルロースを凝固させることが可能な液体を用いて、セルロース溶液からセルロース成形体とイオン液体とを分離した後、イオン液体を含む凝固に使用した液体からイオン液体を濃縮して、再びセルロースの溶解溶剤に使用することを指す。
繰り返し使用するイオン液体は、必要に応じてヘミセルロースやリグニン、パルプ由来の無機成分を精製処理によって除去してもよい。
すなわち、1次処理での温度40~90℃の範囲で、含水率5~20質量%で液体であるイオン液体であれば、この発明の効果は発揮される。
【0015】
1次処理と2次処理の間の間隔は特に制限はないが、1次処理後すみやかに2次処理に移行することが望まれる。
【0016】
また、必要なセルロース濃度に調整するために、1次処理後に圧搾等により余剰な含水イオン液体を除去することもできる。
【0017】
<パルプの1次処理>
水分率が20質量%以下であり、かつシート形状のパルプを用いる。
パルプの水分率は好ましくは17質量%以下、より好ましくは15質量%以下である。
シートパルプのイオン液体への溶解を、1次処理として40~90℃、パルプと含水状態のイオン液体の浴比が1:4~1:100の条件下で撹拌を行う。
シート形状のパルプの含水率が20質量%以上であると、輸送コスト(水を運ぶことになる)やカビ等の微生物の繁殖が懸念されるため、防カビ剤等の薬剤の使用や、保存場所の温湿度管理等の手間がかかる。
イオン液体の含水率が5質量%以下であると、1次処理によるパルプシートへの吸液性が悪く、シート中心部まで吸液せず、未溶解物の原因となる。
イオン液体の含水率が20質量%以上では、吸液性がほとんど変わらず、水を除去する時間が長くなる。
処理温度は40~90℃で行い、好ましくは50~90℃、より好ましくは60~90℃の範囲である。40℃以下では、吸液ムラが生じて均一な溶液が得られず、90℃以上では、水分の蒸発が進み、1次処理の効果が十分に得られない。
処理時間は10~120分で行い、好ましくは20~110分、より好ましくは30~90分の範囲である。10分以下では、吸液が不均一であり、120分以上では、吸液性が変わらず、処理時間が長くなる。
処理時の浴比が1:4以下では、吸液ムラが生じて均一な溶液が得られず、浴比が1:100以上では、1次処理に必要な容器が大型化する。浴比は1:4~1:50が好ましく、1:5~1:20がより好ましい。
1次処理の撹拌速度に特に規定はなく、数rpm程度の低速撹拌でもよく、ミキサー等の数万rpmの高速回転でもよい。また、撹拌をせずに浸漬静置するだけでもよい。
1次処理中の圧力に特に制限はなく、常圧でもよく、加圧下、減圧下でもよい。
表1及び
図2に、本発明の1次処理の一例で、シートパルプに含水イオン液体を浸漬して、65℃加温下で静置したときのパルプシートの厚み変化の観察結果を示す。
厚みが1mmのパルプシートを用いて、各含水量のイオン液体の吸液性を確認した。
表1及び
図2に示すように、含水量によってパルプシートの吸液速度と吸液量が異なる。吸液速度と吸液量が高い条件では、パルプシート内部まで含水イオン液体が浸透していることを示し、本発明の1次処理において有利になる。含水率が5質量%以下のイオン液体を用いると、パルプ内部までイオン液体が浸透せず、2次処理において、未溶解セルロースの原因になり得る。
【0018】
【0019】
<パルプの2次処理>
パルプの2次処理を減圧下、90~120℃で行う。
ここで、減圧下とは、含水イオン液体中の水の蒸気圧未満の圧力下を指し、1kPa以下が好ましく、0.1kPa以下がより好ましい。
減圧装置としては、例えば、ダイヤフラム式減圧ポンプ、ドライポンプ、油回転減圧ポンプ等の一般的な減圧装置を使用することができる。
温度90℃以下では、水分除去の効率が悪く、120℃以上では、熱によるセルロースの重合度低下を招く。
【0020】
上記1次処理、2次処理の条件で溶解を行うことで、シートパルプに十分に含水イオン液体が均一に浸透し、水を蒸発除去しながらシート状のパルプを溶解することができる。
本発明の製造方法においては、パルプとイオン液体との混合物中のセルロース含有量として、5~20質量%程度のセルロース溶液を得ることができる。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0022】
<実施例1>
シートパルプ+含水BmimCl→1次、2次処理
Georgia Pacific社製の未粉砕シートパルプ50gを含水率測定のために、110℃オーブン内で4時間乾燥させたところ、含水率4質量%であった。
混錬機内にイオン交換水で90質量%に希釈したBmimClを100.0g添加し、50℃に加熱した。次いで、20mm四方に裁断した含水率4質量%の未粉砕シートパルプ10.4gを混錬機に添加した(浴比1:9.6)。混錬機内で50℃、30分間撹拌することで、パルプの1次処理とした。
次いで、この混錬機を110℃に加熱し、約0.1kPaの減圧下で水分を蒸発除去しながら3時間撹拌することで、パルプの2次処理を行い、セルロース溶液を得た。
【0023】
<実施例2>
Georgia Pacific社製の未粉砕シートパルプ50gを含水率測定のために、110℃オーブン内で4時間乾燥させたところ、含水率4質量%であった。
混錬機内にイオン交換水で85質量%に希釈したBmimClを103.5g添加し、90℃に加熱した。次いで、20mm四方に裁断した含水率4質量%の未粉砕シートパルプ12.5gを混錬機に添加した(浴比1:8.3)。混錬機内で90℃、30分間撹拌することで、パルプの1次処理とした。
次いで、この混錬機を110℃に加熱し、約0.1kPaの減圧下で水分を蒸発除去しながら3時間撹拌することで、パルプの2次処理を行い、セルロース溶液を得た。
【0024】
<実施例3>
Georgia Pacific社製の未粉砕シートパルプ50gを含水率測定のために、110℃オーブン内で4時間乾燥させたところ、含水率4質量%であった。
混錬機内にイオン交換水で85質量%に希釈したBmimClを2117.6g添加し、70℃に加熱した。次いで、70mm×140mmに裁断した含水率4質量%の未粉砕シートパルプ208.3gを混錬機に添加した(浴比1:10.2)。混錬機内で70℃、30分間撹拌することで、パルプの1次処理とした。
次いで、この混錬機を110℃に加熱し、約0.1kPaの減圧下で水分を蒸発除去しながら3時間撹拌することで、パルプの2次処理を行い、セルロース溶液を得た。
【0025】
<比較例1>
シートパルプ+無水BmimCl→1次、2次処理
Georgia Pacific社製の未粉砕シートパルプ50gを含水率測定のために、110℃オーブン内で4時間乾燥させたところ、含水率4質量%であった。
混錬機内にあらかじめ水分を除去したBmimClを90.0g添加し、50℃に加熱した。次いで、20mm四方に裁断した含水率4質量%の未粉砕シートパルプ10.4gを混錬機に添加した(浴比1:8.7)。混錬機内で50℃、30分間撹拌することで、パルプの1次処理とした。
次いで、この混錬機を110℃に加熱し、約0.1kPaの減圧下で水分を蒸発除去しながら3時間撹拌することで、パルプの2次処理を行い、セルロース溶液を得た。
【0026】
<比較例2>
シートパルプ+含水BmimCl→2次処理のみ
Georgia Pacific社製の未粉砕シートパルプ50gを含水率測定のために、110℃オーブン内で4時間乾燥させたところ、含水率4質量%であった。
混錬機内にイオン交換水で90質量%に希釈したBmimClを100.0g添加し、110℃に加熱した。次いで、20mm四方に裁断した含水率4質量%の未粉砕シートパルプ10.4gを混錬機に添加した(浴比1:9.6)。この混錬機を約0.1kPaの減圧下で水分を蒸発除去しながら3時間撹拌することで、パルプの1次処理を省き2次処理のみを行い、セルロース溶液を得た。
【0027】
<セルロース溶液の溶解状態評価>
セルロースの溶解状態は、ニコン社製の偏光顕微鏡を用いて評価した。2次処理後のセルロース溶液を偏光顕微鏡にて撮影した。撮影画像より、1視野あたりの複屈折を示す未溶解パルプの数をカウントすることで溶解状態の評価とした。
溶解状態評価の結果、本発明に係る実施例において、溶解状態がよい。
比較例1においてはパルプ未溶解の塊が多く見られている。
比較例2においては微細な未溶解が認められた。
上記結果から、パルプの粉砕、乾燥処理を必要とせず、1次処理、2次処理を行うことで2次処理のみと比較して、均質なセルロース溶液を得ることができることを確認した。
【0028】
以上、本発明のセルロース溶液の製造方法について、その実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記実施の形態に記載した構成に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において適宜その構成を変更することができるものである。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明のセルロース溶液の製造方法は、イオン液体の濃縮及びパルプの乾燥や粉砕にかかる時間とエネルギを削減し、パルプの溶解性に優れているという特性を有していることから、繊維やフィルムなどのセルロース材料の成形、例えば、タイヤコード糸等のフィラメント糸の製造に用いられるセルロース溶液の製造に好適に用いることができる。