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特許7389826OBPを利用した皮膚有害物質のスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-21
(45)【発行日】2023-11-30
(54)【発明の名称】OBPを利用した皮膚有害物質のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20231122BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20231122BHJP
【FI】
C12Q1/02
G01N33/15 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021574426
(86)(22)【出願日】2020-01-31
(86)【国際出願番号】 JP2020003811
(87)【国際公開番号】W WO2021152856
(87)【国際公開日】2021-08-05
【審査請求日】2022-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100196977
【弁理士】
【氏名又は名称】上原 路子
(72)【発明者】
【氏名】中西 忍
(72)【発明者】
【氏名】傳田 光洋
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2001/012806(WO,A2)
【文献】欧州特許出願公開第0335654(EP,A2)
【文献】FEBS J.,2006年,vol.273, no.22,p.5131-5142
【文献】Bioprocess Biosyst. Eng.,2010年,vol.33,p.55-62
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
OBP(odorant binding protein)による活性抑制を指標とする皮膚有害物質の検査方法。
【請求項2】
前記皮膚有害物質は、OBPにより活性が抑制される物質である、請求項1に記載の検査方法。
【請求項3】
OBPノックダウン皮膚細胞と候補物質を接触させる工程;
候補物質と接触させたOBPノックダウン皮膚細胞の生存率が、OBP非ノックダウン皮膚細胞に比べて低い場合、該候補物質を皮膚有害物質として決定する工程;
を含む、皮膚有害物質の検査方法。
【請求項4】
前記皮膚有害物質は、OBP活性が低下した皮膚に対しダメージを与える、請求項1~3のいずれか1項に記載の検査方法。
【請求項5】
前記OBPは、OBP2A及び/又はOBP2Bである、請求項1~4のいずれか1項に記載の検査方法。
【請求項6】
OBPを含む、皮膚有害物質を検出するための薬剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、OBPを利用した皮膚有害物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在までにヒト等の動物に有害な物質が数多く同定されている。しかしながら、有害か否かといった同定がされておらず、身体にダメージを与えるか否かといった影響が不明な物質も存在する。このような物質の一例として、目には見えない小分子や、揮発した物質や、蒸気等に物質を含む場合が考えられる。このような物質は、仮に接触していてもその自覚がなく、気づかずに慢性的に暴露し続けてしまい、徐々にダメージを受けてしまう可能性もある。
【0003】
このような有害物質から生体を防御する方法として、動物には、涙や鼻水などの体液により排出する機構がある。例えば、鼻は、有害な物質を臭いで感知するセンサーであるとともに、鼻腔内の粘膜を覆う鼻水により有害物質を捕捉する防御機能を有する。鼻水には、OBP(odorant binding protein)と呼ばれるタンパク質物質が含まれており、OBPが有害物質を捕捉することにより、外部からの有害物質が体内へ侵入することを防いでいる可能性が示唆されている。更に、OBPは、涙、前立腺、乳腺等にも含まれることが報告されている(非特許文献1~3)。
【0004】
皮膚では、防御機構として、角層のバリア機能等により大きな分子等は皮膚内部への侵入が阻止される。一方、OBPが捕捉するような小分子等は角化細胞を通過してしまう可能性が考えられる。このような分子がどのようにして皮膚から防御できるのかについての詳細な解明はあまり進んでいない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平11-286423号公報
【文献】特開平11-286428号公報
【文献】特開2012-32287号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】FEBS Journal 273 (2006): 5131-5142
【文献】Free Radical Research (2014)48(7): 814-822
【文献】Biochemical Journal (2001) 356(1): 129-135
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、皮膚に対し有害な物質を特定する新規な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
驚くことに、本発明者らはOBPが皮膚にも存在することを発見した。かかる発見に基づき本発明者らは鋭意検討を重ね、OBPが皮膚有害物質から皮膚を防御していることを見出し、本発明を為すに至った。
【0009】
本願は下記の発明を包含する:
(1)OBP(odorant binding protein)による活性抑制を指標とする皮膚有害物質の検査方法。
(2)前記皮膚有害物質は、OBPにより活性が抑制される物質である、(1)に記載の検査方法。
(3)OBPノックダウン皮膚細胞と候補物質を接触させる工程;
候補物質と接触させたOBPノックダウン皮膚細胞の生存率が、OBP非ノックダウン皮膚細胞に比べて低い場合、該候補物質を皮膚有害物質として決定する工程;
を含む、皮膚有害物質の検査方法。
(4)前記皮膚有害物質は、OBP活性が低下した皮膚に対しダメージを与える、(1)~(3)のいずれか1項に記載の検査方法。
(5)前記OBPは、OBP2A及び/又はOBP2Bである、(1)~(4)のいずれか1項に記載の検査方法。
(6)OBPを含む、皮膚有害物質を検出するための薬剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、皮膚有害物質を同定するための検査方法が提供される。皮膚有害物質を同定できれば、かかる物質による皮膚ダメージを低減又は予防するための対策をとることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、実験1の結果であり、培養角化細胞および三次元皮膚モデルにおけるOBP2A,OBP2B,LCNの発現を、ケラチノサイト未分化での発現量(0hの値)を1とした時に対する相対的な発現量として示す図である。
図2図2は、実験2の結果であり、左図は、OBP2A及びOBP2Bをノックダウンしていない対照細胞(scRNA)およびOBP2A及びOBP2Bのダブルノックダウン細胞(OBP2A,OBP2B siRNA)におけるOBP2AとOBP2BのmRNA量をscRNAにおけるものを1とした相対量として示す。右図は、対照およびダブルノックダウン細胞それぞれの生存率を対照の細胞数を100とした割合(%)として示す。
図3図3は、実験3の結果であり、ダブルノックダウン細胞(OBP2A,OBP2B siRNA)におけるOBPのタンパク量を対照(scRNA)におけるものを1とした相対量として示す。左図はOBP2Aのタンパク量を、右図はOBP2Bのタンパク量を、細胞内全体のタンパク質量における濃度(ng/mg)として示す(両側t検定,**P<0.01)。
図4図4は、実験4の結果であり、対照細胞のみの系(scRNA)、対照細胞に25μMとなるようにノネナールを添加した系(scRNA + nonenal)、ダブルノックダウン細胞に同じ濃度のノネナールを添加した系(OBP2A,OBP2B siRNA + nonenal)それぞれの細胞生存率を、対照の細胞数を100とした割合(%)として示す(scRNA vs scRNA+nonenalで両側t検定,scRNA+nonenal vs OBP2A,OBP2B siRNA + nonenalで両側t検定,**P<0.01,***P<0.001)。
図5図5は、実験4の結果であり、対照細胞のみの系(scRNA)、対照細胞に100μMとなるようにオレイン酸を添加した系(scRNA + Oleic acid)、ダブルノックダウン細胞に同じ濃度のオレイン酸を添加した系(OBP2A,OBP2B siRNA + Oleic acid)それぞれの細胞生存率を、対照の細胞数を100とした割合(%)として示す(scRNA vs scRNA+oleic acidで両側t検定,scRNA+oleic acid vs OBP2A,OBP2B siRNA + oleic acidで両側t検定検定,*P<0.05,***P<0.001)。
図6図6は、実験4の結果であり、対照細胞のみの系(scRNA)、対照細胞に50μMとなるようにパルミトレイン酸を添加した系(scRNA + Palmitoleic acid)、ダブルノックダウン細胞に同じ濃度のパルミトレイン酸を添加した系(OBP2A,OBP2B siRNA + Palmitoleic acid)それぞれの細胞生存率を、対照の細胞数を100とした割合(%)として示す(scRNA vs scRNA+Palmitoleic acidで両側t検定,scRNA+ Palmitoleic acid vs OBP2A,OBP2B siRNA + Palmitoleic acidで両側t検定検定,*P<0.05,**P<0.01)。
図7図7は、実験5のシュミレーション結果であり、OBPがノネナールを捕捉する様子を示す。
図8図8は、実験5のシュミレーション結果であり、OBPがオレイン酸を捕捉する様子を示す。
図9図9は、実験5のシュミレーション結果であり、OBPがパルミトレイン酸を捕捉する様子を示す。
図10図10は、実験6の結果であり、各濃度のノネナールを添加した場合の細胞生存率(%)を、対照(control)の結果を100.0とした相対値で示す(対照対各濃度のノネナールでの両側t検定,****P<0.001)。
図11図11は、実験7において作成した3D皮膚モデルに溶媒(エタノール)のみを添加した場合(上:対照)又はノネナールを添加した場合(下:50μMノネナール)の結果を示す写真である。
図12図12は、実験7において作成した3D皮膚モデルに溶媒(エタノール)のみを添加した場合(対照:control)又はノネナールを添加した場合(nonenal)の皮膚の厚さを、左図のような断面図における横方向の皮膚の長さ1μm当たりの皮膚部分の断面積(Area μm2/μm)として示す(右図)(対照対ノネナール添加、ノネナール添加対各評価対象物質での両側t検定,***P<0.005)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
OBP(odorant binding protein;オドラント結合タンパク質)は、多くの動物や昆虫に存在することが知られており、その構造は種によって様々であるものの、3つのジスルフィド結合により結合された6つのシステインが保存されたαヘリックス構造を有する10~30 kDaのタンパク質である。脊椎動物では、OBPはリポカリンファミリーの一部であり、逆平行βシートで構成されるβバレルモチーフを有する。ヒトはOBP2A、OBP2B、LCN1の3種類のOBPを有する。OBP2Aは鼻水等に存在し、脂肪酸やアルデヒドに高い親和性を有する。OBP2Bは、前立腺や乳腺に存在し、LCN1は涙に存在する。
【0013】
OBPの機能は十分に確立されていないが、哺乳類の鼻粘膜における4-ヒドロキシ-2-ノネナールに対するスカベンジャーとして機能すること(非特許文献1)、ウシOBP単量体型の過剰発現により、大腸菌を化学物質による酸化ストレスから保護すること(非特許文献2)、ヒト涙リポカリンは、細胞培養系において、有害物資である可能性を有する脂質過酸化生成物の酸化ストレス誘発性スカベンジャーとして機能すること(非特許文献3)等が報告されていることから、外部有害物質から保護する役割を有する可能性が示唆されている。
【0014】
本発明者らは、驚くことに、OBPが皮膚にも存在することを発見した。分子量の大きな有害物質は角層等により皮膚内部への侵入を防ぐことができるが、分子量が小さいと角層を貫通して皮膚内部へ侵入してしまう恐れがある。作用機序はあまり解明されていないものの、皮膚に存在するOBPはこのような小分子から防御する役割を果たしている可能性が考えられる。このような有害物質は例え皮膚などに暴露していても視覚や触覚等で感知できずに暴露に気づかない可能性がある。皮膚への暴露が感知できないと、自覚がないまま有害物質が皮膚に蓄積されてしまう恐れもある。しかしながら、暴露に気づかない上に、皮膚への影響が不明な物質に対しては、対策を施すことすら思いつかない。
【0015】
そのような皮膚有害物質を事前に特定できれば、知らずに皮膚に暴露している可能性がある有害物質に対する対策を早期に講じることが可能になり、これらの物質の皮膚への暴露を防ぐことが可能になり、これらの皮膚有害物質が引き起こす皮膚ダメージを低減又は予防できる。また、本発明の方法により,候補薬剤が皮膚に有害な作用を有するか否かについてのスクリーニングが容易になり,新たな製品の開発や肌ケアの提案が可能になる。
【0016】
更に、例えば、老化、疲労等によりOBP活性が低下した場合、これらの物質が十分に捕捉出来ずに皮膚内部に侵入してしまう可能性が増加する。本発明は、皮膚有害物質が、OBP活性が低下した皮膚に対しダメージを与えることを予防するという点でも有用である。ここで、本明細書においてOBP活性の低下とは、OBPの量、発現量、及び/又は機能が低減することを指し、例えば、OBP遺伝子の発現量及び/又はOBPタンパク質量が、活性が低下していない状態に比べて、例えば有意水準を5%とした統計学的有意差(例えば、Dunnettの検定等)をもって低減していること、あるいは、例えば5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、又は100%低減することを指すことがある。
【0017】
よって、本発明は、OBPによる活性抑制を指標とする皮膚有害物質の検査方法、例えば、OBPにより活性が抑制される皮膚有害物質の検査方法を提供する。本発明の検査方法は、OBPノックダウン皮膚細胞と候補物質を接触させる工程;候補物質と接触させたOBPノックダウン皮膚細胞の生存率が、OBP非ノックダウン皮膚細胞に比べて低い場合、該候補物質を皮膚有害物質として決定する工程;を含んでもよい。候補物質と接触させたOBPノックダウン皮膚細胞の生存率が、OBP非ノックダウン皮膚細胞に比べて低いとは、例えば有意水準を5%とした統計学的有意差(例えば、Dunnettの検定等)をもって低減していること、あるいは、例えば5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、又は100%低減することを指すことがある。
【0018】
本願発明において、皮膚有害物質は、皮膚に対しダメージを与えるが、OBP2A及びOBP2BなどのOBPにより活性が抑制される物質を指す。OBPにより活性が抑制されるとは、OBPが存在する場合、存在しない場合と比べて皮膚有害物質の量、発現量、及び/又は皮膚有害作用が、例えば有意水準を5%とした統計学的有意差(例えば、Dunnettの検定等)をもって低減していること、あるいは、例えば5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、又は100%低減することを指すことがある。例えば、OBPノックダウン皮膚細胞を用いると、非ノックダウン皮膚細胞を用いた場合と比べて細胞の生存率が低い場合、そのような物質を皮膚有害物質として検出できる。
【0019】
OBPノックダウン皮膚細胞とは、例えば、OBP2A及びOBP2Bの一方又は両方の遺伝子にノックダウン処置が施され、OBP発現が損なわれた又は低減した角化細胞等の皮膚細胞を指る。ノックダウン処置は、例えば、Sci Rep. 2018 Oct 23;8(1):15610.等に記載されるような任意の公知技術を用いることができる。非ノックダウン皮膚細胞とは、上記ノックダウン細胞ではノックダウンされているOBP遺伝子について、ノックダウン処置が施されておらず、OBP発現が正常である皮膚細胞を指す。ノックダウン処置によりOBP発現が損なわれた又は低減したとは、ノックダウン処置を施した細胞のOBP遺伝子の発現量及び/又はOBPタンパク質量が、非ノックダウン細胞に比べて、例えば有意水準を5%とした統計学的有意差(例えば、Dunnettの検定等)をもって低減していること、あるいは、例えば5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、又は100%低減することを指すことがある。
【0020】
OBPにより活性が抑制される物質は、例えば、OBPが皮膚有害物質の全部又は一部に結合又は捕捉するような構造を有することにより、活性が抑制される物質であってもよく、OBPがかかる物質に結合又は捕捉する構造を解析することにより皮膚有害物質として検出することもできる。例えば、構造解析によりOBPにより結合又は捕捉される物質を皮膚有害物質候補として選定し、皮膚有害作用を確認することで皮膚有害物質を検出できる。
【0021】
皮膚有害物質の候補物質として、限定されないものの、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオン酸、ノルマル吉草酸、ノルマル酪酸、イソ吉草酸、酢酸エチル、メチルイソブチルケトン、イソブタノール、プロピオンアルデヒド、ブチルアルデヒド、イソブチルアルデヒド、バレルアルデヒド、イソバレルアルデヒド、ノネナールといったアルデヒド等の悪臭物質、アリルメルカプタン、ジメチルトリスルフィド等のストレス臭物質、オレイン酸、パルミトレイン酸等の不飽和脂肪酸等の脂肪酸といったOBPに対する親和性の高い物質や、例えば、Biochemistry. 2002 Jun 11;41(23):7241-52.等に記載のOBPのリガンドであることが公知である物質を使用してもよく、あるいはOBPとの関連が未知の任意の物質も使用してもよい。
【0022】
本発明者らは、本発明の方法を使用して、オレイン酸、パルミトレイン酸、及びノネナールを皮膚有害物質として検出した。オレイン酸やパルミトレイン酸は、毛穴の広がりや、毛穴すり鉢状部の拡大、キメの乱れ、不全角化を引き起こすことが報告されている(J Invest Dermatol. 2005 May;124(5):1008-13., Br J Dermatol. 2009 Jan;160(1):69-74.)。ノネナール(2-ノネナール)は、本明細書ではトランス体(t-2-ノネナール)を指し、加齢臭や皮膚黄色化に関係することが報告されている(特許文献1~3)が、本発明者らは、本発明の方法により検出されたノネナールが皮膚菲薄化をはじめとする皮膚有害作用を奏することを発見した(実施例)。
【0023】
皮膚ダメージは、皮膚有害物質による皮膚状態の悪化を指し、例えば、ヒトを含む動物の皮膚の菲薄化、毛穴の目立ち、毛穴すり鉢状部の拡大、キメの乱れ、及び/又は不全角化などが挙げられる。しかしながら、皮膚ダメージは、皮膚有害物質の種類によって異なるため、限定されない。
【0024】
本発明は、OBPを含む皮膚有害物質を検出するための薬剤やキットも提供する。例えば、OBPが存在する場合、OBPが存在しない場合と比べての活性が低下する物質を皮膚有害物質候補として選定し、皮膚有害作用を確認することで皮膚有害物質を検出できる。
【0025】
また、本発明は、OBPを含む皮膚有害物質抑制剤、OBP活性を亢進する物質を含む皮膚有害物質抑制剤、本発明の方法により検出された皮膚有害物質の活性を抑制する物質を含む皮膚有害物質抑制剤、並びにこれらの薬剤をそれを必要とする対象に投与することを含む、皮膚有害物質抑制方法も提供する。かかる方法は、美容を目的とする方法であり、医師や医療従事者による治療ではないことがある。ここで、OBP活性の亢進とは、OBPの量、発現量、及び/又は機能を向上させることを指す。例えば、本発明の皮膚有害物質抑制剤を、化粧料、医薬部外品、医薬品、機能性食品等の組成物に配合しうる。化粧料に配合する場合、限定されないものの、日焼け止め、化粧水、美容液、乳液、美容クリーム、アフターケアローション等、皮膚に適用される任意の化粧料に配合することができる。このような組成物を、例えばOBP活性が低下した対象に投与することにより皮膚有害物質によるダメージを予防・改善することができる。
【実施例
【0026】
次に実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0027】
実験1:皮膚におけるOBPの発現
実験1-1:培養角化細胞および三次元表皮モデルの作製
・培養角化細胞
ヒト表皮細胞をHumedia-KG2(クラボウ)培地にて37℃で培養することにより調製した。
・三次元表皮モデル
DPBSに50倍希釈したCellStart(Invitrogen Life Technologies)液でコーティングしたセルカルチャーインサート(φ12mm,多孔膜の平均孔径:0.4μm)にCnT Prime培地(CELLnTEC)溶液に希釈したヒト表皮細胞(2.2×105個/500μl)を播種し,CnT Prime培地(CELLnTEC)溶液1mlをインサート下に加えて37℃で3日間培養した。その後、インサート上の培地をビタミンC(50μg/ml)が加えられたCnT-PR-3D培地(CELLnTEC)で500μl、インサート下の培地を1mlに置換し、37℃で1日間培養した。1日後、インサート上の培地を吸い取り、インサート下の培地をビタミンC(50μg/ml)が加えられたCnT-PR-3D培地(CELLnTEC)500μlに置換し、37℃で1日間培養した。この作業を8日間行うことで三次元表皮モデルを構築した。
実験1-2: 培養角化細胞および三次元表皮モデルの作成におけるOBPの発現
上記方法で調製し、Humedia-KG2(クラボウ)培地にCa1.8mMを加えた条件下で0、24、又は48時間分化させた表皮細胞、並びに7日又は14日間分化させた三次元表皮モデルからISOGEN(ニッポンジーン)を用いてRNAを抽出し、SuperScript IV VILO Master Mix(Thermo Fisher Scientific)を用いてcDNAを作成し、SYBRTM Green PCR Master Mix(Thermo Fisher Scientific)を用いたqPCRによってOBPの発現を解析した。
【0028】
結果を図1に示す。図1より、培養角化細胞および三次元表皮モデルのいずれにおいてOBP2A,OBP2B等のOBPの転写が確認され、皮膚にOBPが存在することがわかった。
【0029】
実験2:OBPノックダウン細胞におけるOBPの発現
実験2-1:OBPノックダウン細胞の作製
10μMのOBP2AとOBP2BのsiRNAをLipofectamine RNAiMAX Transfection Reagent(Thermo Fisher Scientific)とOpti-MEM I Reduced Serum Media(Thermo Fisher Scientific)の混合溶液に加え、それを上記方法で培養した表皮細胞に添加し24時間培養することでOBP2A及びOBP2Bのダブルノックダウン細胞を作製した。対照細胞は、前述のノックダウン処理を行わない以外は同じ条件で培養し24時間分化させた。これらの細胞を更に24時間培養し、生存細胞数をカウントすることにより生存率を測定した。qPCR1の結果を図2に示す。図2の左図より、約60%のOBP2A及び約70%のOBP2Bがノックダウンされたことが確認された。一方、図2の右図より、OBP2AとOBP2Bがノックダウンされても生存率には影響しないことも示された。
【0030】
実験3:OBPのタンパク質解析
実験2-1で培養および分化させたダブルノックダウン細胞および対照細胞を用いて、Human odorant binding protein 2A ELISA Kit (MYBioSource)、Human odorant binding protein 2B ELISA Kit (MYBioSource)を用いたELISAによりOBPタンパク量を測定した。結果を図3に示す。図3より、47%のOBP2Aおよび60%のOBP2Bのタンパク量が減少していたことが確認された。
【0031】
実験4:OBPノックダウン細胞を用いた皮膚有害物質のスクリーニング
実験4-1:OBPによる活性抑制効果
皮膚有害物質候補としてノネナール等のアルデヒド類、オレイン酸やパルミトレイン酸等の脂肪酸等を含む複数種の試料を作成した。
【表1】
【0032】
実験2-1で分化および培養を行った対照細胞およびダブルノックダウン細胞を用いて、候補物質のスクリーニングを行った。対照細胞のみの系、対照細胞に候補物質を添加した系、ダブルノックダウン細胞に候補物質を添加した系それぞれについて添加から24時間後に、実験2-1と同様の方法で細胞生存率を測定した。候補物質は、それぞれ、ノネナールが25μMの濃度、オレイン酸が100μMの濃度、パルミトレイン酸が50μMの濃度となるように添加した。
【0033】
結果を図4~6に示す。図4より、scRNA細胞にノネナールを添加すると生存率が有意に減少したが、OBPノックダウン細胞ではノネナールを添加するとその細胞生存率が更に大きく減少したことが観察された。これらの結果より、ノネナールが皮膚有害物質として検出した。また、図5と6についても、同様の方法で、オレイン酸およびパルミトレイン酸も皮膚有害物質として検出した。
【0034】
実験5:OBPによる皮膚有害物質の捕捉についての解析
Autodock(4.2.6)、Pymol(2.2.0)を用いるシュミレーションによりOBPおよび実験4により検出された3種の物質(ノネナール、オレイン酸、パルミトレイン酸)の構造解析を行った。結果を図7~9に示す。図7~9より、これらの物質はいずれもOBPの結合ポケットに捕捉されることが示された。
【0035】
実験6:表皮細胞を用いたノネナールによる皮膚有害作用の評価
上記実験により検出されたオレイン酸とパルミトレイン酸は皮膚に有害な作用を奏することが知られている(J Invest Dermatol. 2005 May;124(5):1008-13., Br J Dermatol. 2009 Jan;160(1):69-74.)。そこで、ノネナールが皮膚有害作用を有するのか否かを調べるために、以下の実験を行った。
【0036】
ヒト表皮細胞(4000個)をHumedia-KG2(クラボウ)培地にて3日間37℃で培養後、実験1の物質を培地に様々な濃度(0μM、5μM、10μM、25μM、50μM)となるように添加した。対照には溶媒であるエタノールを同量添加した。添加後24時間37℃で培養し、添加後の細胞数を計数した。対照の細胞数に対する物質を添加した際の細胞数の割合(%)を以下の式により計算し、生存率を求めた。
【数1】
結果を図10に示す。ノネナールを使用すると濃度依存的に細胞生存率が有意に減少し、皮膚有害作用があることが示された。
【0037】
実験7:3D皮膚モデルを用いたノネナールによる皮膚有害作用の評価
実験1-1と同じ方法により皮膚モデルを作成する際、皮膚モデル完成の3日前に50μMノネナールを添加し、そして対照には溶媒であるエタノールを同量添加し、3日間37℃で培養した。
結果を図11、12に示す。これらの図からわかるように、ノネナールを添加すると皮膚の菲薄化が見られ、ノネナールが皮膚有害作用を奏することが示された。
【0038】
以上の実験において、皮膚ダメージを促進する作用があるノネナール、オレイン酸、パルミトレイン酸といった皮膚有害物質をスクリーニングできた。したがって、本発明の検査法を用いると、皮膚有害物質を特定できることが期待される。皮膚有害物質を特定できれば、その物質が引き起こす皮膚ダメージを低減又は予防するための対策をとることが可能になる。
図1
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図12