(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-21
(45)【発行日】2023-11-30
(54)【発明の名称】表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液、並びにそれを用いた機能性分子送達系
(51)【国際特許分類】
C01F 7/785 20220101AFI20231122BHJP
A61K 47/52 20170101ALI20231122BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20231122BHJP
A61K 9/10 20060101ALI20231122BHJP
A61K 47/69 20170101ALI20231122BHJP
A61K 31/525 20060101ALI20231122BHJP
A61K 31/519 20060101ALI20231122BHJP
【FI】
C01F7/785
A61K47/52
A61P35/00
A61K9/10
A61K47/69
A61K31/525
A61K31/519
(21)【出願番号】P 2022546281
(86)(22)【出願日】2021-08-26
(86)【国際出願番号】 JP2021031394
(87)【国際公開番号】W WO2022050173
(87)【国際公開日】2022-03-10
【審査請求日】2022-11-08
(31)【優先権主張番号】P 2020147037
(32)【優先日】2020-09-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】722010585
【氏名又は名称】セトラスホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100139022
【氏名又は名称】小野田 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100192463
【氏名又は名称】奥野 剛規
(74)【代理人】
【識別番号】100169328
【氏名又は名称】藤本 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(72)【発明者】
【氏名】西屋 健
(72)【発明者】
【氏名】岩本 禎士
(72)【発明者】
【氏名】高畑 晴美
【審査官】廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/117114(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/174987(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/147284(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/062360(WO,A1)
【文献】特開2018-184305(JP,A)
【文献】特開2018-184306(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01F 1/00-17/00
A61K 47/52、47/69
A61P 35/00
A61K 9/10
A61K 31/519、31/525
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で表される組成を有するハイドロタルサイトが表面処理されてなる表面処理ハイドロタルサイトであって、下記(A)~(C)を満たす表面処理ハイドロタルサイト。
【数1】
(但し、式(1)中、M
2+は少なくとも1種以上の2価の金属カチオン、M
3+は少なくとも1種以上の3価の金属カチオン、A
n-は少なくとも1種以上のn価のアニオン、nは1~6の整数、xは0.17≦x≦0.38を満たす実数、mは0≦m≦2を満たす実数をそれぞれ表す。)
(A)ハイドロタルサイトに対する表面処理剤の質量比率が20質量%以上、50質量%以下である。
(B)一次粒子の平均横幅が5~120nmである。
(C)下記式(2)で表される単分散度が75%以上である。
【数2】
【請求項2】
ハイドロタルサイトの懸濁液中での平均粒子径(D
50)が120nm以下である、請求項1に記載の表面処理ハイドロタルサイト。
【請求項3】
表面処理剤が、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤、リン酸エステル類処理剤、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤、アルミニウムカップリング剤、シリコーン系処理剤、ケイ酸、水ガラス、及びポリアニオン系高分子化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種以上である、請求項1又は2に記載の表面処理ハイドロタルサイト。
【請求項4】
層間に機能性分子を含む、請求項1~3の何れか一項に記載の表面処理ハイドロタルサイト。
【請求項5】
機能性分子が、薬物、抗生物質、抗菌剤、アミノ酸、ペプチド、たんぱく質、治療薬、ホルモン、酵素、成長因子、RNA、DNA、及びオリゴヌクレオチドからなる群より選ばれる少なくとも1種以上である、請求項4に記載の表面処理ハイドロタルサイト。
【請求項6】
液性媒体と、前記液性媒体に懸濁された請求項1~3の何れか一項に記載の表面処理ハイドロタルサイトとを含む、表面処理ハイドロタルサイト懸濁液。
【請求項7】
液性媒体が脱イオン水又は生理等張液である、請求項6に記載の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液。
【請求項8】
液性媒体が生理等張液であり、当該生理等張液中における表面処理ハイドロタルサイトの単分散度が75%以上である、請求項6又は7に記載の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液。
【請求項9】
表面処理ハイドロタルサイトの層間に機能性分子を含む、請求項6~8の何れか一項に記載の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液。
【請求項10】
機能性分子が、薬物、抗生物質、抗菌剤、アミノ酸、ペプチド、たんぱく質、治療薬、ホルモン、酵素、成長因子、RNA、DNA、及びオリゴヌクレオチドからなる群より選ばれる少なくとも1種以上である、請求項9に記載の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液。
【請求項11】
請求項1~5の何れか一項に記載の表面処理ハイドロタルサイト、及び/又は、請求項6~10の何れか一項に記載の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液を含む、機能性分子送達系。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液、並びにそれを用いた機能性分子送達系に関する。
【背景技術】
【0002】
腫瘍組織周辺ではEPR(Enhanced Permeability and Retention)効果という現象が確認されている。これは、腫瘍組織周辺では血管新生の亢進により血管内皮細胞間に200nm程度の隙間が生じ、ナノ粒子が血管から漏出しやすいこと(Enhanced permeability)と、腫瘍組織中のリンパ管が未発達であるために異物排出がされにくいこと(Enhanced retention)により、腫瘍組織にナノ粒子が集積しやすくなる現象である(非特許文献1)。
【0003】
近年、EPR効果を利用して腫瘍組織に薬物を送達する技術の提供例が増えている。そのような薬物送達技術に使用可能な候補物質の一つとして、ハイドロタルサイトが挙げられる。ハイドロタルサイトは、陰イオン性の薬物を層間に取り込むことができる性質を有することから、ナノサイズ化や薬物担体としての開発が進められている(特許文献1及び2)。
【0004】
しかし、ナノサイズのハイドロタルサイト粒子は、水中では良好な分散性を示すものの、生体条件のような塩類存在下では凝集してしまい、分散性を維持できないという問題があった。また、ハイドロタルサイトの層間に機能性分子を導入する際に、粒子表面の融着により凝集が生じるため、ナノサイズを維持するのが困難であるという問題があった。
【0005】
特許文献1は、一次粒子の平均横幅が5nm以上200nm以下のハイドロタルサイトを開示する。しかし、本文献では、ハイドロタルサイトをエタノールに加え、超音波による分散促進処理を施してから、その粒子径を測定している。そのため、本文献に記載のハイドロタルサイトの粒子径は、ハイドロタルサイトを例えば生理食塩水等の塩類を含む溶液に懸濁させた状態の粒子径とは言い難く、また、分散促進処理を行わずに懸濁させた状態の粒子径でもない。
【0006】
特許文献2は、機能性分子を層間に導入する前の容積加重平均粒子サイズ直径が500nm以下のハイドロタルサイトを開示する。しかし、本発明者らの追試によれば、本文献に記載の技術では、機能性分子導入時にハイドロタルサイトの凝集が起きることが確認された。従って、ハイドロタルサイトへの機能性分子の導入後にも、本文献に記載の粒子径を維持できるとは言い難い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Matsumura et al., Cancer Research, (1986), Vol.46, No.12, p.6387-6392
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2018/169019号
【文献】特表2007-538098号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、分散性に優れたハイドロタルサイトを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題に鑑み鋭意研究した結果、ハイドロタルサイトを従来よりも多量の表面処理剤で表面処理すると共に、一次粒子の平均横幅を所定範囲内に調節することにより、ハイドロタルサイトの分散性が顕著に改善され、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
即ち、本発明は例えば以下の態様を包含する。
[項1]式(1)で表される組成を有するハイドロタルサイトが表面処理されてなる表面処理ハイドロタルサイトであって、下記(A)~(C)を満たす表面処理ハイドロタルサイト。
【数1】
(但し、式(1)中、M
2+は少なくとも1種以上の2価の金属カチオン、M
3+は少なくとも1種以上の3価の金属カチオン、A
n-は少なくとも1種以上のn価のアニオン、nは1~6の整数、xは0.17≦x≦0.38を満たす実数、mは0≦m≦2を満たす実数をそれぞれ表す。)
(A)ハイドロタルサイトに対する表面処理剤の質量比率が20~50質量%である。
(B)一次粒子の平均横幅が5~120nmである。
(C)下記式(2)で表される単分散度が75%以上である。
【数2】
[項2]ハイドロタルサイトの懸濁液中での平均粒子径(D
50)が120nm以下である、項1に記載の表面処理ハイドロタルサイト。
[項3]表面処理剤が、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤、リン酸エステル類処理剤、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤、アルミニウムカップリング剤、シリコーン系処理剤、ケイ酸、水ガラス、及びポリアニオン系高分子化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種以上である、項1又は2に記載の表面処理ハイドロタルサイト。
[項4]層間に機能性分子を含む、項1~3の何れか一項に記載の表面処理ハイドロタルサイト。
[項5]機能性分子が、薬物、抗生物質、抗菌剤、アミノ酸、ペプチド、たんぱく質、治療薬、ホルモン、酵素、成長因子、RNA、DNA、及びオリゴヌクレオチドからなる群より選ばれる少なくとも1種以上である、項4に記載の表面処理ハイドロタルサイト。
[項6]液性媒体と、前記液性媒体に懸濁された項1~3の何れか一項に記載の表面処理ハイドロタルサイトとを含む、表面処理ハイドロタルサイト懸濁液。
[項7]液性媒体が脱イオン水又は生理等張液である、項6に記載の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液。
[項8]液性媒体が生理等張液であり、当該生理等張液中における表面処理ハイドロタルサイトの単分散度が75%以上である、項6又は7に記載の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液。
[項9]表面処理ハイドロタルサイトの層間に機能性分子を含む、項6~8の何れか一項に記載の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液。
[項10]機能性分子が、薬物、抗生物質、抗菌剤、アミノ酸、ペプチド、たんぱく質、治療薬、ホルモン、酵素、成長因子、RNA、DNA、及びオリゴヌクレオチドからなる群より選ばれる少なくとも1種以上である、項9に記載の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液。
[項11]項1~5の何れか一項に記載の表面処理ハイドロタルサイト、及び/又は、項6~10の何れか一項に記載の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液を含む、機能性分子送達系。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、分散性に優れたハイドロタルサイトが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、ハイドロタルサイトの一次粒子の横幅(W
1)を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を具体的な実施の形態に即して詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施の形態に束縛されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、任意の形態で実施することが可能である。
【0015】
[I.表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液]
本発明の一態様は、特定の組成及び物性を有する表面処理ハイドロタルサイト(以下適宜「本発明の表面処理ハイドロタルサイト」と称する)に関する。本発明の表面処理ハイドロタルサイトは、後述の式(1)で表される組成を有するハイドロタルサイトを表面処理したものであり、且つ、後述の(A)~(C)の特性を満たすことを特徴とする。
【0016】
・ハイドロタルサイトの組成:
本発明の表面処理ハイドロタルサイトは、下記式(1)で表される組成を有するハイドロタルサイトを表面処理したものである(以下、この表面処理前のハイドロタルサイトを、適宜「本発明のハイドロタルサイト」と称する)。
【数3】
【0017】
前記式(1)中、M2+は少なくとも1種以上の2価の金属を表す。M2+の例としては、Mg2+、Fe2+、Zn2+、Ca2+、Li2+、Ni2+、Co2+、Cu2等が挙げられる。中でも生体への安全性が高いという点から、M2+としては、Mg2+及びZn2+から選ばれる1種以上が好ましい。
【0018】
前記式(1)中、M3+は少なくとも1種以上の3価の金属を表す。M3+の例としては、Al3+、Fe3+、Mn3+等が挙げられる。中でも生体への安全性が高いという点から、M3+としては、Al3+が好ましい。
【0019】
前記式(1)中、An-は少なくとも1種以上のn価のアニオンを表す。但し、nは1~6の整数を表す。An-は主にハイドロタルサイトの層間に存在する(よって以降これを適宜「層間アニオン」と称する)が、その一部がハイドロタルサイトの層の外部に存在していてもよい。An-の例としては、塩化物イオン(Cl-)、硝酸イオン(NO3
-)、酢酸イオン(CH3COO-)、炭酸イオン(CO3
2-)等から選択される1種又は2種以上が挙げられる。なお、以下の記載では、ハイドロタルサイトを、その層間アニオンの違いに応じて、塩化物型、硝酸型、酢酸型、炭酸型等と区別して呼ぶ場合がある。
【0020】
前記式(1)中、xは、通常0.17以上、好ましくは0.19以上、また、通常0.38以下、好ましくは0.36以下の実数を表す。xが前記下限を下回ると、2価金属の水酸化物副生する場合がある一方、xが前記上限を超えると、3価金属の水酸化物副生する場合があり、いずれも生産性効率低下の原因となる場合がある。
【0021】
前記式(1)中、mは、0以上2以下の実数を表す。
【0022】
なお、上記式を満たす一般的なハイドロタルサイトについてその化学組成を求める場合には、例えば後述の実施例の欄に記載の方法を使用することができる。
【0023】
・表面処理及び表面処理剤の比率(要件(A)):
本発明の表面処理ハイドロタルサイトは、前記の式(1)の組成を有する本発明のハイドロタルサイトを表面処理したものである。本開示において「表面処理」とは、ハイドロタルサイトに表面処理剤を化学結合させる処理を意味する。ハイドロタルサイトの粒子表面に結合した表面処理剤は、脱イオン水洗浄でも洗い流されることはない。
【0024】
本開示において、ハイドロタルサイトの表面処理に使用可能な表面処理剤は、制限されるものではないが、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤、リン酸エステル類処理剤、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤、アルミニウムカップリング剤、シリコーン系処理剤、ケイ酸、水ガラス、及びポリアニオン系高分子化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種以上である。中でも、表面処理剤をハイドロタルサイトの粒子表面に効率的に化学結合させる観点からは、アニオン性官能基を有する表面処理剤を用いることが好ましく、分散性向上の観点からは、親水性である高分子の表面処理剤を用いることが好ましい。よって、表面処理剤としては、ポリアニオン系の親水性高分子化合物がより好ましい。
【0025】
本発明の表面処理ハイドロタルサイトは、従来と比較して極めて多量の表面処理剤がハイドロタルサイト粒子表面に導入されていることを特徴とする。具体的に、本発明のハイドロタルサイトに対する表面処理剤の質量比率は、通常20質量%以上、好ましくは23質量%以上、より好ましくは25質量%以上、また、通常50質量%以下、好ましくは47質量%以下、より好ましくは43質量%以下の範囲である。従来より、ハイドロタルサイトを表面処理することは、例えば特許文献1(国際公開第2018/169019号)に記載のように公知であった。本文献では、任意の質量比で表面処理剤を導入可能としているものの、実施例等で実際に導入している表面処理剤の量は10質量%程度に過ぎなかった。そもそも、特許文献1のようにハイドロタルサイトを樹脂に配合させる場合、表面処理剤の導入比率が多すぎると樹脂の物性が損なわれてしまうため、ハイドロタルサイト粒子の樹脂中での分散性が確保される最小限の量の表面処理剤を導入する。よって、ハイドロタルサイトに対して20質量%以上という極めて多量の表面処理剤を導入するという本発明の技術思想は、従来技術からは到底想定し得ないものである。
【0026】
前記の表面処理剤を用いた本発明のハイドロタルサイトの表面処理の手法及び条件は、限定されるものではなく、任意の手法及び条件を用いることが可能である。通常は、ハイドロタルサイトと表面処理剤を(通常は液性媒体の存在下で)混合すればよい。但し、従来よりも多量の表面処理剤をハイドロタルサイトの粒子表面に効率的に化学結合させる観点からは、ハイドロタルサイトと表面処理剤をより効率的に相互作用させることが可能な方法(例えば高圧ホモジナイザー等)を使用することが好ましく、また、過剰量の表面処理剤(例えば所望の導入量に対して質量比で通常1.1倍以上、中でも1.2倍以上の表面処理剤)を使用することが好ましい。その他の手法及び条件については後述する。
【0027】
なお、一般的な表面処理ハイドロタルサイトについてその表面処理剤の量を求める場合には、例えば後述の実施例の欄に記載の方法を使用することができる。
【0028】
・一次粒子の平均横幅(要件(B)):
本発明の表面処理ハイドロタルサイトは、一次粒子の平均横幅が所定範囲内であることを特徴の一つとする。本開示において「一次粒子」とは、幾何学的にこれ以上分割できない明確な境界を持った粒子を意味する。具体的には、例えば
図1の模式図に示すように、ハイドロタルサイト結晶の一次粒子を六角板状の板面と仮定した場合、六角形の対角辺の長さとして測定される長径を、一次粒子の横幅(W
1)と定義する。斯かる一次粒子の横幅を、ハイドロタルサイト結晶の任意の100個の一次粒子について測定した値の算術平均を、一次粒子の平均横幅とする。
【0029】
本発明の表面処理ハイドロタルサイトの一次粒子の平均横幅は、通常5nm以上、好ましくは10nm以上、より好ましくは15nm以上、また、通常120nm以下、好ましくは110nm以下、より好ましくは100nm以下の範囲である。一次粒子の平均横幅が前記下限を下回ると、凝集を生じやすくなり、分散性が却って悪化する場合がある一方、一次粒子の平均横幅が前記上限を超えると、分散性の悪化を生じる場合がある上に、粒子が大きすぎ、所望の用途に合致しない場合がある。また、本発明の表面処理ハイドロタルサイトを特に抗腫瘍剤等の薬物送達系に使用する場合、一次粒子の平均横幅が前記下限を下回ると、腎排出を受けやすくなり、薬物の体内滞留性が悪化する場合がある一方、一次粒子の平均横幅が前記上限を超えると、EPR効果を受けにくくなり、薬物の腫瘍組織への集積性が悪化する場合がある。
【0030】
なお、ハイドロタルサイトの一次粒子の平均横幅の具体的な測定方法としては、測定対象となるハイドロタルサイトを、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察し、任意の100個の一次粒子の長径を測定し、その算術平均をもって一次粒子の平均横幅とすればよい。観察用試料は、ハイドロタルサイトを含む懸濁液を観察用試料台に滴下し、風乾又は真空乾燥することにより作製すればよい。或いは、TEMの代わりに走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、同様の手順で測定してもよい。TEM又はSEMによる測定時の倍率は、制限されるものではないが、例えば20,000~50,000倍とすることができる。
【0031】
・単分散度(要件(C)):
本発明の表面処理ハイドロタルサイトは、下記式(2)で表される単分散度が所定下限以上であることを特徴の一つとする。
【数4】
【0032】
前記式(2)中、「一次粒子の平均横幅」については、前述したとおりである。「懸濁液中での平均粒子径」は、例えば以下の手順で測定される。表面処理ハイドロタルサイトを液性媒体(特に断りなき限りは脱イオン水とする。)に分散させ、50g/L以下の濃度の懸濁液を調製する。なお、懸濁液の調製の際には、超音波処理等の分散促進処理は行わず、撹拌処理のみで液性媒体中に分散させるものとする。こうして得られた懸濁液について、動的光散乱式粒度分布測定装置を用いて、体積基準の累積50%粒子径(D50)を測定し、これを懸濁液中での平均粒子径とすることができる。
【0033】
本発明の表面処理ハイドロタルサイトは、前記式(2)で求められる単分散度が所定下限以上であることを特徴とする。具体的に、本発明の表面処理ハイドロタルサイトの単分散度は、通常75%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは82%以上、更に好ましくは85%以上である。これは、本発明の表面処理ハイドロタルサイトが、懸濁液調製時の分散性に優れていることを意味する。
【0034】
即ち、前述のように、従来のナノサイズのハイドロタルサイト粒子は、水中では良好な分散性を示すものの、生体条件等の塩類存在下では凝集してしまい、分散性を維持できないという問題があった。また、ハイドロタルサイトの層間に機能性分子を導入する際に、粒子表面の融着により凝集が生じるため、ナノサイズを維持するのが困難であるという問題があった。しかし、本発明の表面処理ハイドロタルサイトは、液性媒体中で容易に分散し、且つ、凝集し難く、微細な粒子径が維持された懸濁液を調製することが可能である。こうした優れた分散性は、後述するように本発明の表面処理ハイドロタルサイトを薬物(機能性分子)送達系等の各種用途に使用する場合に有利である。
【0035】
なお、本発明の表面処理ハイドロタルサイトは、少なくとも液性媒体として脱イオン水を用いた懸濁液の場合に、前記式(2)の単分散度が前記所定範囲を充足すればよいが、他の液性媒体を用いた懸濁液の場合にも、同様に前記式(2)の単分散度が前記所定範囲を充足することが好ましい。特に、液性媒体として脱イオン水を用いた懸濁液と、生理等張液を用いた懸濁液の双方について、前記式(2)の単分散度が前記所定範囲を充足することが好ましい。
【0036】
また、本発明の表面処理ハイドロタルサイトの体積基準の累積50%粒子径(D50)は、一次粒子の平均横幅との関係で前記式(2)の単分散度が前記所定範囲を充足するような値であれば、特に制限されない。例えば通常120nm以下、中でも110nm以下、更には100nm以下であることが好ましい。D50が前記上限を超えると、EPR効果を受けにくくなり、薬物の腫瘍組織への集積性が悪化する場合がある。下限は特に限定されないが、例えば通常5nm以上、中でも10nm以上、更には15nm以上であることが好ましい。D50が前記下限を下回ると、腎排出を受けやすくなり、薬物の体内滞留性が悪化する場合がある。
【0037】
・表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液:
以上説明した本発明の表面処理ハイドロタルサイトを、液性媒体に分散させることにより、懸濁液とすることができる。前述したように、本発明の表面処理ハイドロタルサイトは分散性に優れており、且つ、凝集し難く、微細な粒子径が維持された懸濁液を調製することが可能である。このような、本発明の表面処理ハイドロタルサイトが液性媒体に懸濁された懸濁液(以下適宜「本発明の懸濁液」と称する)も、本発明の態様の一つに含まれる。
【0038】
本発明の懸濁液に使用される液性媒体は、制限されるものではなく、本発明の懸濁液の用途等に応じて適宜選択することができるが、通常は脱イオン水又は生理等張液である。本開示において「生理等張液」とは、生体内浸透圧と同等の浸透圧を有する液を意味する。例としては、生理食塩水、リンゲル液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等が挙げられる。
【0039】
・機能性分子及びその保持率:
本発明の表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液は、ハイドロタルサイトの層間に機能性分子を含んでいてもよい。この場合、表面処理ハイドロタルサイトは、その層間アニオンAn-の一部が、機能性分子にイオン交換された態様を取る。但し、機能性分子の一部がハイドロタルサイトの層外(懸濁液の場合、液性媒体中)に存在していてもよい。
【0040】
機能性分子の種類は制限されるものではなく、斯かる機能性分子を含む表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液の用途等に応じて適宜選択すればよい。機能性分子の例としては、これらに限定されるものではないが、例えば薬物、抗生物質、抗菌剤、アミノ酸、ペプチド、たんぱく質、治療薬、ホルモン、酵素、成長因子、RNA、DNA、及びオリゴヌクレオチド等が挙げられる。但し、表面処理ハイドロタルサイト層間への担持性の観点からは、アニオン性官能基を有する機能性分子が好ましい。また、この機能性分子の分子量は、通常1500以下、中でも1000以下、更には500以下であることが好ましい。分子量が前記上限を超えると、機能性分子の導入工程が進みにくくなり、生産性が低下する場合がある。
【0041】
但し、特に本発明の表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液(本発明の懸濁液)が機能性分子を含む場合、表面処理ハイドロタルサイトの層間に保持された機能性分子の比率(機能性分子保持率)が、所定下限値以上であることが好ましい。具体的に、本発明の懸濁液の機能性分子保持率は、以下の式(3)で求められる値である。
【0042】
【0043】
本発明の懸濁液の機能性分子保持率は、その液性媒体によって異なる。例えば、液性媒体が脱イオン水である場合、本発明の懸濁液の機能性分子保持率は、通常75%以上、中でも80%以上、更には85%以上であることが好ましい。また、液性媒体が生理等張液である場合、本発明の懸濁液の機能性分子保持率は、通常30%以上、中でも40%以上、更には50%以上であることが好ましい。こうした優れた機能性分子保持率は、後述するように本発明の懸濁液を薬物(機能性分子)送達系等の各種用途に使用する場合に有利である。
【0044】
[II.表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液の製造方法]
前述した本発明の表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液(本発明の懸濁液)の製造方法は、特に制限されるものではない。通常は、前記式(1)の組成を満たすように調製したハイドロタルサイトを、前記比率範囲を満たす量の表面処理剤で表面処理すると共に、前記一次粒子の平均横幅の範囲を満たすように粒径を調整すればよい。
【0045】
以下、層間に機能性分子が導入された本発明の表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液を製造する方法の例として、ハイドロタルサイトを塩化物(Cl-)型、硝酸(NO3
-)型、又は酢酸(CH3COO-)型で熟成する態様(以下適宜「製法A」と称する)、及び、ハイドロタルサイトを炭酸(CO3
2-)型にイオン交換して熟成する態様(以下適宜「製法B」と称する)について説明する。しかし、これらはあくまでも例であり、本発明の表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液の製造方法は、以下に説明する工程からなる製法に限定されるものではなく、例えば任意の工程の追加・削除・修正等を加えて実施することが可能である。
【0046】
<製法A:ハイドロタルサイトを塩化物型、硝酸型、酢酸型で熟成する態様>
本製法Aは、(1)原料調製工程、(2)反応工程、(3)洗浄工程、(4)熟成工程、(5)分散・表面処理工程、(6)機能性分子導入工程、及び(7)再分散処理工程を含む方法である。
【0047】
(1)原料調製工程
本工程では、ハイドロタルサイトの原料となる水溶性複合金属塩水溶液及びアルカリ金属水酸化物水溶液を調製する。
【0048】
水溶性複合金属塩水溶液は、2価の金属塩、3価の金属塩、及び3価の金属と錯体を形成する1価の有機酸及び/又は有機酸塩(錯形成剤)を水性溶媒に溶解させることにより調製する。
【0049】
2価の金属塩としては、例えば塩化マグネシウム、硝酸マグネシウム、酢酸マグネシウム、塩化亜鉛、硝酸亜鉛、酢酸亜鉛等が挙げられる。3価の金属塩としては、例えば塩化アルミニウム、硝酸アルミニウム、酢酸アルミニウム等が挙げられる。水溶液中における2価の金属の濃度は、例えば0.01~2mol/Lの範囲とすることができ、3価の金属の濃度は、例えば0.01~2mol/Lの範囲とすることができる。2価の金属(M2+)と3価の金属(M3+)のモル比率(M2+/M3+)は、通常1.78以上、中でも1.94以上とすることが好ましく、また、通常4.88以下、中でも4.26以下とすることが好ましい。モル比率(M2+/M3+)が前記下限を下回ると、3価金属の水酸化物副生する場合がある一方、前記上限を超えると、2価金属の水酸化物が副生する場合があり、いずれも生産効率低下の原因となる場合がある。
【0050】
錯形成剤として機能する、3価の金属と錯体を形成する1価の有機酸及び/又は有機酸塩としては、例えば乳酸、乳酸ナトリウム、ギ酸、ギ酸ナトリウム、酢酸、酢酸ナトリウム等が挙げられる。斯かる錯形成剤の添加量は、3価の金属に対し、通常は0.1当量以上、また、2.2当量以下とすることが好ましい。錯形成剤の添加量が前記下限に満たないと、ハイドロタルサイトの一次粒子の平均横幅が大きくなりすぎてしまう場合がある一方、錯形成剤の添加量が前記上限を超えると、ハイドロタルサイトの層間に錯形成剤由来の陰イオンが入り、膨潤作用により懸濁液がゲル化してしまう場合がある。
【0051】
一方、アルカリ金属水酸化物水溶液は、アルカリ金属水酸化物を水に溶解させて調製する。アルカリ金属水酸化物としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられる。アルカリ金属水酸化物の濃度は、例えば通常0.01mol/L以上、また、通常4mol/L以下の範囲とすることが好ましい。
【0052】
(2)生成反応工程
本工程では、前記工程(1)で調整した水溶性複合金属塩水溶液及びアルカリ金属水酸化物水溶液を連続反応させてハイドロタルサイトを生成させ、ハイドロタルサイトを含む懸濁液を得る。
【0053】
本工程における反応液中の原料濃度は、限定されるものではないが、ハイドロタルサイト換算で例えば0.1g/L以上、300g/L以下の範囲となるように調整すればよい。反応温度も限定されないが、通常は0℃以上、また、60℃以下とすることが好ましい。反応温度が前記下限より低いと、懸濁液が凍ってしまう場合がある一方、反応温度が前記上限より高いと、一次粒子の平均横幅が大きくなりすぎてしまう場合がある。反応時のpHも限定されないが、通常はpH8.5以上、pH11.5以下とすることが好ましい。反応pHが前記下限より低いと、3価金属の水酸化物が析出してしまう場合がある一方、反応pHが前記上限より高いと、反応生成物が凝集して分散性が悪くなる場合がある。
【0054】
(3)洗浄工程
本工程では、前記工程(2)で得られたハイドロタルサイトを含む懸濁液を脱水した後、脱イオン水に再懸濁させ、再度脱水することで、脱イオン水による洗浄を行う。このように脱イオン水で洗浄することにより、ナトリウム等の塩類を取り除き、ハイドロタルサイトの一次粒子の凝集を防ぐことが可能となる。
【0055】
脱水の手順は制限されず、水切りのよい場所に配置して自然脱水してもよいが、吸引濾過等の手段により脱水を促進してもよい。再懸濁に使用する脱イオン水の量は制限されないが、例えばハイドロタルサイトに対して約20~30倍量の脱イオン水を用いればよい。
【0056】
(4)熟成工程
本工程では、前記工程(3)で得られた洗浄後のハイドロタルサイトを含む懸濁液を、所定条件下で所定時間に亘って撹拌保持することにより、熟成を行う。熟成を行うことで、一次粒子をやや成長させることで、一次粒子の凝集を緩和し、一次粒子が十分に分散した懸濁液を得ることができる。
【0057】
熟成時の懸濁液の濃度は制限されないが、通常0.1g/L以上、また、通常300g/L以下とすることが好ましい。懸濁液の濃度が前記下限に満たないと、生産性が低くなりすぎる場合がある一方、懸濁液の濃度が前記上限を超えると、一次粒子が凝集してしまう場合がある。熟成時の温度も制限されないが、通常は0℃以上、また、通常は100℃以下とすることが好ましい。熟成温度が前記下限に満たないと、ハイドロタルサイトの生成が十分に進行しない場合がある一方、熟成温度が前記上限を超えると、生成するハイドロタルサイトの一次粒子が成長しすぎる場合がある。熟成時間も制限されないが、通常1時間以上、また、通常60時間以下とすることが好ましい。熟成時間が前記下限に満たないと、分散が不十分となる場合がある一方、熟成時間が前記上限を超えると、凝集状態に変化が生じない場合がある。
【0058】
(5)分散・表面処理工程
本工程では、前記工程(4)で得られた熟成後のハイドロタルサイトを含む懸濁液に分散処理を加えながら、表面処理剤を用いて表面処理を施す。本処理により、ハイドロタルサイトの表面に表面処理剤が結合される。その結果、後述のイオン交換時に発生する強凝集(aggregation)の発生を抑制することが可能となる。
【0059】
分散処理の手法は制限されず、任意の公知の分散処理の手法を用いることができる。例としてはビーズミル、高圧ホモジナイザー、超音波分散装置などの分散装置を用いた方法が挙げられる。中でもハイドロタルサイトと表面処理剤とを十分に相互作用させる観点からは、高圧ホモジナイザーを使用することが好ましい。また、斯かる分散手法を用いたハイドロタルサイトの分散処理時に、表面処理剤をハイドロタルサイトと共存させることにより、表面処理も同時に行うことができる。なお、表面処理剤の種類及び使用量については、前述したとおりである。
【0060】
分散・表面処理の条件は、用いる分散手法や表面処理剤の種類によっても異なるが、高圧ホモジナイザーを用いて分散処理を行う場合を例にすると、以下のとおりである。処理時の温度は制限されないが、通常0℃以上、また、通常100℃以下とすることが好ましい。処理時の温度が前記下限に満たないと、十分に分散させることができない場合がある一方、処理時の温度が前記上限を超えると、一次粒子が成長してしまう場合がある。処理時の圧力も制限されないが、通常100bar以上、また、通常1000bar以下とすることが好ましい。処理時の圧力が前記下限に満たないと、強凝集の発生を抑制することができない場合がある一方、処理時の圧力が前記上限を超えると、一次粒子に傷がつき、再凝集が発生してしまう場合がある。分散処理の時間も制限されないが、通常1分間以上、また、通常60分間以下とすることが好ましい。処理時間が前記下限に満たないと、十分に分散させることができない場合がある一方、処理時間が前記上限を超えると、一次粒子に傷がつき、再凝集が発生してしまう場合がある。
【0061】
(6)機能性分子導入工程
本工程では、前記工程(5)で得られた表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液に、機能性分子を加え、撹拌しながら所定時間に亘って保持することで、層間アニオンを交換することにより、機能性分子をハイドロタルサイトの層間に導入する。
【0062】
機能性分子の種類については、前述したとおりである。機能性分子としては、アニオン性官能基を有する機能性分子が好ましく、機能性分子の種類及び表面処理剤の種類によっても異なるが、例えば機能性分子がアニオン性である場合には、適切な対カチオンとの塩、例えばナトリウム塩等を用いることができる。機能性分子の塩の使用量も制限されず、機能性分子の種類及び導入すべき量、表面処理剤の種類等によっても異なるが、例えば、表面処理ハイドロタルサイトのアニオン交換容量に対して通常0.1当量以上、また、通常1.5当量以下とすることが好ましい。機能性分子の塩の使用量が前記下限に満たないと、イオン交換が不十分となる場合がある一方、機能性分子の塩の使用量が前記上限を超えると、生産効率が却って悪化する場合がある。
【0063】
機能性分子の導入処理時の条件は、限定されるものではないが、例えば以下のとおりである。処理時の温度は制限されないが、通常0℃以上、また、通常100℃以下とすることが好ましい。処理時の温度が前記下限に満たないと、強凝集の発生を抑制することができない場合がある一方、処理時の温度が前記上限を超えると、一次粒子の成長が生じてしまう場合がある。処理時間も制限されないが、通常0.5時間以上、また、通常48時間以下とすることが好ましい。処理時間が前記下限に満たないと、十分な機能性分子の導入率が得られない場合がある一方、処理時間が前記上限を超えると、十分な導入効率が得られない場合がある。
【0064】
(7)再分散処理工程
本工程では、前記工程(6)で機能性分子を層間に導入した表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液に対して、再分散処理を行う。この再分散処理により、表面処理ハイドロタルサイトの弱凝集(agglomeration)を解砕・防止することが可能となる。
【0065】
再分散処理の手法は制限されず、前記工程(5)の分散処理と同様、任意の公知の分散処理の手法を用いることができる。例としてはビーズミル、高圧ホモジナイザー、超音波分散装置などの分散装置を用いた方法が挙げられる。分散処理の条件は、用いる分散手法によっても異なるが、高圧ホモジナイザーを用いて分散処理を行う場合を例にすると、以下のとおりである。処理時の温度は制限されないが、通常0℃以上、また、通常100℃以下とすることが好ましい。処理時の温度が前記下限に満たないと、十分に再分散できない場合がある一方、処理時の温度が前記上限を超えると、一次粒子に傷がつき、再凝集が発生してしまう場合がある。処理時の圧力も制限されないが、通常100bar以上、また、通常1000bar以下とすることが好ましい。処理時の圧力が前記下限に満たないと、弱凝集を解くことができない場合がある一方、処理時の圧力が前記上限を超えると、一次粒子に傷がつき、再凝集が発生してしまう場合がある。分散処理の時間も制限されないが、通常1分間以上、また、通常60分間以下とすることが好ましい。処理時間が前記下限に満たないと、強凝集の発生を抑制することができない場合がある一方、処理時間が前記上限を超えると、一次粒子に傷がつき、再凝集が発生してしまう場合がある。
【0066】
(8)その他
前記工程(7)の再分散処理後の懸濁液を、そのまま所望の用途に供してもよいが、適宜の後処理を加えてもよい。斯かる後処理の例としては、例えば液性媒体を生理等張液に変換する工程等が挙げられる。例えば、液性媒体を生理食塩水に変換する場合には、前記工程(7)の再分散処理の後、得られた表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液に、0.2mol/LのNaCl水溶液を加え、NaCl濃度を0.9質量%となるように調整すればよい。
【0067】
<製法B:ハイドロタルサイトを炭酸型にイオン交換して熟成する態様>
本製法Bは、(1)原料調製工程、(2)反応工程、(3)洗浄・炭酸イオン交換工程、(4)熟成工程、(5)分散・表面処理工程、(6)機能性分子導入工程、及び(7)再分散処理工程を含む方法である。
【0068】
(1)原料調製工程
本工程は製法Aで説明した工程(1)と同様である。
【0069】
(2)生成反応工程
本工程は製法Aで説明した工程(2)と同様である。
【0070】
(3)洗浄・炭酸イオン交換工程
本工程では、前記工程(2)で得られたハイドロタルサイトを含む懸濁液を脱水後、脱イオン水による洗浄を行い、洗浄後のハイドロタルサイトに対してイオン交換を実施し、層間アニオンを炭酸イオンに変換する。
【0071】
ハイドロタルサイト懸濁液の脱水・脱イオン水による洗浄は、製法Aで説明した工程(3)と同様である。
【0072】
層間アニオンの炭酸イオンへの変換は、例えば、洗浄後のハイドロタルサイトのケーキに対して炭酸ナトリウム水溶液を加えて混合後に保持し、或いは、洗浄後のハイドロタルサイトのケーキを脱イオン水に再懸濁した後、炭酸ナトリウム水溶液を加えて混合後に保持し、イオン交換を行う。使用する炭酸ナトリウムの当量は、ハイドロタルサイトのアニオン交換容量に対して通常1当量以上、また、2.5当量以下となるように調整することが好ましい。炭酸ナトリウムの使用量が前記下限に満たないと、イオン交換が不十分となる場合がある一方、炭酸ナトリウムの使用量が前記上限を超えると、多量の未反応物が生じてしまい、産業上好ましくない場合がある。イオン交換時の温度は制限されないが、通常は30℃以上、また、通常90℃以下の範囲とすることが好ましい。処理時の温度が前記下限に満たないと、イオン交換が不十分となる場合がある一方、処理時の温度が前記上限を超えると、ハイドロタルサイトの構造が変化してしまう場合がある。イオン交換の時間も制限されないが、通常は15分間以上、また、通常60時間以下の範囲とすることが好ましい。処理時間が前記下限に満たないと、イオン交換が不十分となる場合がある一方、処理時間が前記上限を超えると、イオン交換が平衡化してしまい、効率上好ましくない場合がある。
【0073】
イオン交換処理後、濾過等の手段で余剰の炭酸ナトリウム水溶液を除去してから、脱イオン水により再度洗浄することが好ましい。これにより、ナトリウム等の塩類を取り除くと共に、一次粒子の凝集を防ぐことが可能となる。脱イオン水による洗浄の手法は、製法Aで説明した工程(3)と同様である。
【0074】
(4)熟成工程
本工程は製法Aで説明した工程(4)と同様である。
【0075】
(5)分散・表面処理・酸の注加によるイオン交換工程
本工程では、前記工程(4)で得られた熟成後のハイドロタルサイトを含む懸濁液に分散処理を加えながら、表面処理剤を用いて表面処理を施す。本処理により、ハイドロタルサイトの表面に表面処理剤が結合される。その結果、後述のイオン交換時に発生する強凝集(Aggregate)の発生を抑制することが可能となる。
【0076】
分散処理の手法は制限されず、任意の公知の分散処理の手法を用いることができる。その詳細は、製法Aで説明した工程(5)の分散処理の条件と同様である。
【0077】
表面処理は、以下のように一次表面処理及び二次表面処理の二段階で実施すると共に、その間に酸の注加によるイオン交換処理を行うことが好ましい。
【0078】
まず、使用する表面処理剤の一部(例えば、ハイドロタルサイトの質量に対して10質量%分程度)を用いて表面処理(一次表面処理)を行う。一次表面処理の時間も制限されないが、通常1分間以上、また、通常60分間以下とすることが好ましい。処理時間が前記下限に満たないと、表面処理剤が十分に導入されない場合がある一方、処理時間が前記上限を超えると、一次粒子に傷がつき、再凝集が発生してしまう場合がある。その詳細は、製法Aで説明した工程(5)の表面処理の条件と同様である。
【0079】
酸の注加によるイオン交換処理は、一次表面処理後の懸濁液に酸を注加してイオン交換を行い、層間のCO3
2-イオンをNO3
-イオンやCl-イオンへと置換する処理である。酸の種類は制限されないが、例としては硝酸、塩酸等が挙げられる。酸の注加量も制限されないが、通常は懸濁液のpHがpH3以上、また、pH3.5以下の範囲になるように酸の注加量を制御することが好ましい。懸濁液のpHが前記下限に満たないと、ハイドロタルサイト粒子表面が溶けてしまう場合がある一方、懸濁液のpHが前記上限を超えると、イオン交換が十分に進行しない場合がある。注加する酸の濃度も制限されないが、通常は0.5mol/L以上、また、2mol/L以下とすることが好ましい。酸の濃度が前記下限に満たないと、pHが下がりにくく、液量も増えすぎてしまう場合がある一方、酸の濃度が前記上限を超えると、懸濁液内でpHの偏りが生じる場合がある。酸注加後の懸濁液を、例えば30,000×g、室温で40分間、遠心分離する。遠心上清を回収後、沈殿に脱イオン水を加えて再懸濁し、脱イオン水を加えて洗浄を行う。この洗浄操作を、例えば4回程度繰り返すことが好ましい。洗浄後の沈殿を、脱イオン水に再懸濁する。
【0080】
得られた再懸濁液に対して、使用する表面処理剤の残分(一次表面処理における一部使用後の残分)を用いて表面処理(二次表面処理)を行う。二次表面処理の時間も制限されないが、通常1分間以上、また、通常60分間以下とすることが好ましい。処理時間が前記下限に満たないと、表面処理剤が十分に導入されない場合がある一方、処理時間が前記上限を超えると、一次粒子に傷がつき、再凝集が発生してしまう場合がある。その詳細は、製法Aで説明した工程(5)の表面処理の条件と同様である。
【0081】
(6)機能性分子導入工程
本工程は製法Aで説明した工程(6)と同様である。
【0082】
(7)再分散処理工程
本工程は製法Aで説明した工程(7)と同様である。
【0083】
(8)その他
製法Aの場合と同様、前記工程(7)の再分散処理後の懸濁液を、そのまま所望の用途に供してもよいが、適宜の後処理を加えてもよい。斯かる後処理の例としては、例えば液性媒体を生理等張液に変換する工程等が挙げられる。その詳細については、製法Aについて前述したとおりである。
【0084】
<製法A及びBに対する変更>
以上、製法A及びBについて説明したが、前述したようにこれらはあくまでも例であり、本発明の表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液の製造方法は、以下に説明する工程からなる製法に限定されるものではなく、任意の工程の追加・削除・修正等を加えて実施することが可能である。
【0085】
例として、製法A及びBでは、ハイドロタルサイト層間への機能性分子の導入方法として、イオン交換法を使用している(製法A及びBの工程(6))。イオン交換法は、機能性分子の取り込みの際にハイドロタルサイトが層状構造を保っているため、結晶性に優れた生成物が得られるという利点がある。しかし、機能性分子の導入方法はイオン交換法に限定されるものではなく、その他にも機能性分子の種類やハイドロタルサイトの用途等に応じて、共沈法、再構築法等の任意の手法を用いることができる。
【0086】
共沈法とは、ハイドロタルサイトの合成の段階で、水溶性複合金属塩水溶液及びアルカリ金属水酸化物水溶液に加えて、目的のアニオンを含む水溶液を注加し、ハイドロタルサイトの合成と目的のアニオンの層間への取り込みとを同時に行う方法である。ここで、目的のアニオンとして機能性分子のアニオンを用いることにより、機能性分子の層間導入を行うことができる。共沈法によれば、イオン交換法で取り込まれにくい分子サイズの大きい分子も直接取り込むことが可能だが、他の方法に比べて生成物の結晶性が低いという難点がある。
【0087】
再構築法とは、ハイドロタルサイトを約500℃で焼成し、酸化マグネシウム-アルミニウム固溶体とした後、目的のゲスト分子を含む水溶液に添加することで、目的のゲスト分子を層間に取り込んだハイドロタルサイトを再構築する方法である。ここで、目的のゲスト分子として機能性分子を用いることにより、機能性分子の層間導入を行うことができる。再構築法によれば、手間がかかるという難点はあるが、基本層の正電荷をOH-で中和することによって、無電荷の有機化合物を機能性分子として導入できるという利点がある。
【0088】
[III.表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液の用途]
以上説明した本発明の表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液(本発明の懸濁液)は、優れた分散性を示す。即ち、前述のように、従来のナノサイズのハイドロタルサイト粒子は、水中では良好な分散性を示すものの、生体条件等の塩類存在下では凝集してしまい、分散性を維持できないという問題があった。また、ハイドロタルサイトの層間に機能性分子を導入する際に、粒子表面の融着により凝集が生じるため、ナノサイズを維持するのが困難であるという問題があった。しかし、本発明の表面処理ハイドロタルサイトは、容易に分散し、且つ、凝集し難く、微細な粒子径が維持された懸濁液を調製することが可能である。しかも、ハイドロタルサイトの製造過程において生じる、イオン交換時の強凝集(aggregation)と、イオン交換後の弱凝集(agglomeration)の双方が抑制される。更には、懸濁液の形態において、液性媒体が斯かる塩類等を含まない脱イオン水である場合のみならず、各種の塩類等を含有する生理等張液等である場合でも、高い分散性が維持される。
【0089】
こうした優れた分散性ゆえに、本発明の表面処理ハイドロタルサイトは、各種の用途に好適に使用することが可能である。斯かる本発明の表面処理ハイドロタルサイトの用途は限定されるものではないが、懸濁液調整時の優れた分散性に加えて、機能性分子を層間に担持させた場合の機能性分子の保持率や、更には腫瘍組織等の特定組織への集積性にも優れていることから、機能性分子として医薬活性化合物をハイドロタルサイト層間に担持させることにより、薬物送達系として利用することが特に好ましい。このような、機能性分子として医薬活性化合物を層間に含む本発明の表面処理ハイドロタルサイト又はその懸濁液を用いた機能性分子送達系(以下適宜「本発明の薬物送達系」と称する)も、本発明の一態様に含まれる。
【0090】
本発明の薬物送達系は、本発明の表面処理ハイドロタルサイト又はその懸濁液を含むと共に、表面処理ハイドロタルサイトに機能性分子として医薬活性化合物を含むものであれば、その他の詳細は特に制限されず、種々の態様とすることができる。例えば、本発明の薬物送達系に使用される医薬活性化合物の種類は制限されず、本発明の表面処理ハイドロタルサイトの層間に機能性分子として導入・担持させることが可能なものであれば、任意の医薬活性化合物を用いることができる。中でも、本発明の表面処理ハイドロタルサイトは、そのサイズ(一次粒子の平均横幅5~120nm)がEPR効果に適していることから、機能性分子として抗腫瘍性の医薬活性化合物を層間に担持させることにより、EPR効果による腫瘍組織への送達系として好適に使用することができる。抗腫瘍性医薬活性化合物としては、限定されるものではないが、ハイドロタルサイトの層間に担持させることが可能な低分子化合物が好ましい。
【0091】
斯かる低分子の抗腫瘍化合物の具体例としては、ドキソルビシン、エピルビシン、ダウノルビシン、ブレオマイシン、アクチノマイシンD等の抗腫瘍性抗生物質;シクロホスファミド、イホスファミド、メルファラン、ブスルファン、チオテパ、ニムスチン、ラニムスチン、ダカルバジン、プロカルバシン、テモゾロマイド、カルムスチン、ストレプトゾトシン、ベンダムスチン等のアルキル化薬;オキサリプラチン、カルボプラチン、シスプラチン、ネダプラチン等の白金系抗腫瘍剤;エキセメスタン、アナストロゾール、レトロゾール等のアロマターゼ阻害薬;ビンクリスチン、ビンブラスチン等の微小管重合阻害薬;ドセタキセル、ナブパクリタキセル、パクリタキセル等の微小管脱重合阻害薬;フルオロウラシル、フルシトシン等のピリミジン代謝阻害薬;ゲムシタビン、シタラビン、チオグアニン、リン酸フルダラビン、クラドリビン等のヌクレオチドアナログ;イリノテカン、ノギテカン、エピポドフエトポシド系等のトポイソメラーゼ阻害薬;ニムスチン、ダカルバジン等のニトロソウレア類;メトトレキサート等の葉酸代謝拮抗剤;等が挙げられる。斯かる医薬活性化合物の投与量や剤形中の分量、対象疾患の種類、投与経路、剤形、投与計画等も任意であり、各種の条件に応じて種々選択して組み合わせることができる。
【0092】
具体的に、本発明の薬物送達系の投与経路は特に制限されず、任意の投与経路に適用することが可能である。例えば、全身投与でも局所的投与でもよく、経口投与でも非経口投与でもよい。非経口投与の場合、静脈内投与、筋肉内投与、髄腔内投与、皮下投与、舌下投与、経直腸投与、経腟投与、点眼投与、点耳投与、経鼻投与、吸入投与、噴霧投与、経皮投与等が挙げられるが、何れであってもよい。また、本発明の薬物送達系の剤型も、特に制限されず、その投与経路に応じて、任意の剤型とすることが可能である。例えば、固体状の剤型としてもよく、液体状又は半液体状の剤型としてもよい。固体状の剤型の例としては、紛剤、顆粒剤、錠剤、丸剤等が挙げられる。液体状又は半液体状の剤型の例としては、経口液剤、シロップ剤、注射液剤等の剤型とすることができる。何れの投与経路・剤形であっても、その製造時及び/又は使用時に、生理等張液等の水性媒体への良好な分散性が求められるものであれば、本発明の薬物送達系を適用することで好適な効果を得ることができる。
【0093】
本発明の薬物送達系を固体状の製剤とする場合、例えば、機能性分子として医薬活性化合物を層間に含む本発明の表面処理ハイドロタルサイトに、必要に応じて各種賦形剤等のその他の成分を加えて製剤化すればよい。或いは、機能性分子として医薬活性化合物を層間に含む本発明の表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液に、その他の各種賦形剤等の成分を加えた上で、液成媒体を蒸溜や凍結乾燥等の手法で除去し、製剤化すればよい。一方、本発明の薬物送達系を液体状又は半液体状の製剤とする場合、例えば、機能性分子として医薬活性化合物を層間に含む本発明の表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液に、必要に応じて各種賦形剤等のその他の成分を加えて製剤化すればよい。
【0094】
本発明の薬物送達系に使用可能なその他の成分の具体例としては、制限されるものではないが、マンニトール、エリスリトール、粉末還元麦芽糖水アメ、結晶セルロース、トウモロコシデンプン等の賦形剤;クロスポビドン、クロスカルメロースナトリウム、デンプングリコール酸ナトリウム、部分アルファー化デンプン、カルメロースカルシウム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース等の崩壊剤;スクラロース、アスパルテーム、アセスルファムカリウム、サッカリンナトリウム、グリチルリチン酸モノアンモニウム、タウマチン等の甘味剤;流動化剤、着色剤、香料等のその他の添加物が挙げられる。これらの成分は、本発明の医薬組成物の剤形等に応じて、適宜選択して使用することが可能である。なお、本発明の医薬組成物は、これらの成分のうち何れか1種を単独で含んでいてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で含んでいてもよい。
【0095】
以上説明した本発明の薬物送達系の詳細はあくまでも例に過ぎない。当業者であれば、医薬製剤に関する公知の知見、例えばUniversity of the Sciences in Philadelphia, “Remington: The Science and Practice of Pharmacy, 20th EDITION”, Lippincott Williams & Wilkins,2000等の記載を参酌しながら、適宜条件を選択して本発明の薬物送達系を実施することができる。
【実施例】
【0096】
以下、本発明を実施例に則して更に詳細に説明するが、これらの実施例はあくまでも説明のために便宜的に示す例に過ぎず、本発明は如何なる意味でもこれらの実施例に限定されるものではない。
【0097】
[I.ハイドロタルサイト懸濁液の製造]
以下の手順により、実施例1~5及び比較例1~3の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液の試料を製造した。
【0098】
・実施例1:
(原料調製、生成反応)
2価の金属塩として塩化マグネシウム6水和物(富士フイルム和光純薬)、3価の金属塩として塩化アルミニウム6水和物(富士フイルム和光純薬)、3価の金属と錯体を形成する1価の有機酸及び/又は有機酸塩(錯形成剤)として乳酸ナトリウム(キシダ化学)をアルミニウムに対して1.75当量用い、マグネシウム0.86mol/L、アルミニウム0.4mol/L、乳酸0.7mol/Lとなるように脱イオン水に溶解させ、水溶性複合金属塩水溶液を調製した。また、アルカリ金属水酸化物として水酸化ナトリウム(富士フィルム和光純薬)を2.52mol/Lとなるように脱イオン水に溶解させ、アルカリ金属水酸化物水溶液を調製した。水溶性複合金属塩水溶液及びアルカリ金属水酸化物水溶液の流量をいずれも110mL/分に設定し、オーバーフロー容量220mLの円柱状の反応槽にそれぞれ注加し、槽内を撹拌しながら25℃の温度で連続的にハイドロタルサイトの生成反応を行った。また、pHは9.3~9.6になるように、アルカリ金属水酸化物水溶液の流量を調整した。反応終了後、得られたハイドロタルサイトの懸濁液を吸引濾過にて脱水し、ハイドロタルサイトのケーキとした。
【0099】
(洗浄、熟成、一次分散・表面処理)
得られたハイドロタルサイトのケーキに対して質量比30倍量の脱イオン水を加え、吸引濾過にて脱イオン水洗浄を行った。その後、洗浄後のケーキを脱イオン水に再懸濁させ、濃度を60g/Lに調整し、60℃で18時間保持して熟成を行った。得られた熟成後のハイドロタルサイトの懸濁液を高圧ホモジナイザーに入れ、表面処理剤としてマリアリムHKM-50A(日油)を(ハイドロタルサイト100質量%に対して)60質量%加え、900bar・25℃で0.5時間分散しながら表面処理を行った。
【0100】
(機能性分子の導入、洗浄、二次分散処理)
得られた表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液に、機能性分子の塩として葉酸のナトリウム塩を、ハイドロタルサイトのアニオン交換容量に対して1.0当量加え、撹拌しながら90℃で18時間保持することで、層間アニオンと機能性分子である葉酸とのイオン交換を行い、表面処理ハイドロタルサイトの層間に機能性分子を導入した。得られた層間に機能性分子を含む表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液に対して、遠心分離を行うことにより、層間に機能性分子を含む表面処理ハイドロタルサイトを沈降させ、上清を廃棄することで脱水した。得られた層間に機能性分子を含む表面処理ハイドロタルサイトの沈殿に、質量比20倍量の脱イオン水を加えて再懸濁し、再度脱水するという洗浄処理を4回繰り返した。洗浄後の懸濁液を高圧ホモジナイザーに入れ、900bar・25℃で1時間の再分散処理を行うことにより、機能性分子として葉酸がハイドロタルサイトの層間に担持された、実施例1の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液を得た。
【0101】
・実施例2:
実施例1の手順において、一次分散・表面処理の際に高圧ホモジナイザーを使用せず、代わりに撹拌混合しながら25℃で0.5時間かけて表面処理を行った他は、実施例1と同様に操作を行うことにより、機能性分子として葉酸がハイドロタルサイトの層間に担持された、実施例2の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液を得た。
【0102】
・実施例3:
実施例1の手順において、熟成時の加熱温度を60℃から90℃に変更した他は、実施例1と同様に操作を行うことにより、機能性分子として葉酸がハイドロタルサイトの層間に担持された、実施例3の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液を得た。
【0103】
・実施例4:
(原料調製・生成反応・炭酸イオン交換)
実施例1と同様の手順で原料調製及びハイドロタルサイトの生成反応を行い、ハイドロタルサイトのケーキを得た。得られたケーキに含まれるハイドロタルサイトのアニオン交換容量に対して1.5当量の炭酸ナトリウム水溶液をケーキに注加し、イオン交換を行うことで、ハイドロタルサイトの層間に炭酸イオンを導入した。
【0104】
(熟成、分散・表面処理・酸の注加によるイオン交換)
得られた層間に炭酸イオンを含むハイドロタルサイトに対し、実施例1と同様の手順で熟成を行った後、表面処理剤であるマリアリムHKM-50A(日油)の使用量を(ハイドロタルサイト100質量%に対して)24質量%とした他は、実施例1と同様の手順で分散しながら一次表面処理を行った。得られた層間に炭酸イオンを含む一次表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液に、0.5mol/Lの硝酸を、ハイドロタルサイトのアニオン交換容量に対して2.2当量となるように、且つ、pHが3.0~3.3となるように注加し、層間に硝酸イオンを含む一次表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液を得た。この懸濁液に対して遠心分離を行うことにより沈殿を沈降させ、上清を廃棄することで脱水した。得られた沈殿に質量比20倍量の脱イオン水を加えて再懸濁し、再度脱水するという洗浄処理を4回繰り返した。洗浄後の層間に硝酸イオンを含む一次表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液を高圧ホモジナイザーに入れ、表面処理剤としてマリアリムHKM-50A(日油)を(ハイドロタルサイト100質量%に対し)48質量%加え、900bar・25℃で0.5時間分散しながら二次表面処理を行った。
【0105】
(機能性分子の導入、洗浄、再分散処理)
得られた層間に硝酸イオンを含む二次表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液に、機能性分子の塩として葉酸のナトリウム塩を、ハイドロタルサイトのアニオン交換容量に対して1.0当量加え、撹拌しながら60℃で16時間保持することで、層間アニオンと機能性分子である葉酸とのイオン交換を行い、表面処理ハイドロタルサイトの層間に機能性分子を導入した。得られた層間に機能性分子を含む表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液に対して、その後は実施例1と同様の手順で洗浄及び再分散処理を行うことにより、機能性分子として葉酸がハイドロタルサイトの層間に担持された、実施例4の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液を得た。
【0106】
・実施例5:
実施例4の手順において、熟成時の加熱温度を60℃から90℃に変更し、熟成時間を18時間から44時間に変更し、更にイオン交換に使用する硝酸をハイドロタルサイトのアニオン交換容量に対して1.5当量に変更すると共に、機能性分子の塩として、葉酸のナトリウム塩の代わりに、メトトレキサート(MTX)のナトリウム塩を1.2当量用い、機能性分子を導入するためのイオン交換時の加熱温度を60℃から90℃に変更し、保持時間を16時間から18時間に変更した他は、実施例4と同様に操作を行うことにより、機能性分子としてメトトレキサート(MTX)がハイドロタルサイトの層間に担持された、実施例5の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液を得た。
【0107】
・比較例1:
実施例1の手順において、熟成後、機能性分子導入前の一次分散・表面処理を省略した他は、実施例1と同様に操作を行うことにより、機能性分子として葉酸がハイドロタルサイトの層間に担持された、比較例1の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液を得た。
【0108】
・比較例2:
実施例1の手順において、熟成後、機能性分子導入前の一次分散・表面処理を省略すると共に、機能性分子導入後の二次分散処理の際に、実施例1の一次分散・表面処理と同様の手順により分散・表面処理を行った後、更に機能性分子導入後の遠心分離・洗浄処理を行った他は、実施例1と同様に操作を行うことにより、機能性分子として葉酸がハイドロタルサイトの層間に担持された、比較例2の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液を得た。
【0109】
・比較例3:
実施例1の手順において、熟成時の加熱温度を60℃から90℃に変更すると共に、熟成後、機能性分子導入前の一次分散・表面処理を省略し、且つ、機能性分子を導入するためのイオン交換時の加熱温度を90℃から60℃に、保持時間を18時間から16時間にそれぞれ変更し、更に機能性分子導入後の二次分散処理の際に、実施例1の一次分散・表面処理と同様の手順により分散・表面処理を行った後に機能性分子導入後の遠心分離・洗浄処理を行った他は、実施例1と同様に操作を行うことにより、機能性分子として葉酸がハイドロタルサイトの層間に担持された、比較例3の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液を得た。
【0110】
[II.ハイドロタルサイト懸濁液試料の分析方法]
得られた実施例1~5及び比較例1~3の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液について、以下の手順により各種物性の分析を行った。
【0111】
・組成分析及び表面処理剤量の測定:
各実施例及び比較例の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液を、30,000×g、室温、40分間で遠心分離した。遠心上清を回収し、沈殿に脱イオン水を加えて再懸濁し、再び遠心分離した。この操作を4回繰り返すことで、ハイドロタルサイトと結合していない塩類や分散剤等の物質を上清と共に除去し、ハイドロタルサイトに結合している表面処理剤のみを沈殿画分に残存させて回収した。沈殿画分を洗浄後、真空乾燥し、得られた固形物を乳鉢で磨り潰し、粉末試料とした。
【0112】
上記の粉末試料について、以下の試験法で化学組成及び表面処理剤量を定量した。
・金属水酸化物:サンプルを塩酸に加熱溶解させた後、キレート滴定により金属水酸化物中の金属イオンを定量し、その値から金属水酸化物の質量を求めた。
・層間水分量:TG-DTA(型番:2000SA,BRUKERaxs株式会社製)を用い昇温速度:10℃/分、測定雰囲気:Air100 mL/分、試料量:10mgの条件にて、200℃までの質量減少より算出した。
・機能性分子:紫外可視分光光度計(型番:U-4100,HITACHI社製)を用いて吸光度を測定することにより定量した。例えば、機能性分子が葉酸の場合は296nmの吸光度により、MTX(メトトレキサート)の場合は302nmの吸光度によりそれぞれ定量した。
・乳酸:高速液体クロマトグラフ(型番:Chromaster,HITACHI社製)を用い、液体クロマトグラフィーにより定量した。
・CO3:JIS.R.9101に基づきAGK式CO2簡易精密定量装置(筒井理化学器械株式会社製)を用い定量した。
・NO3:JIS.K.0102 45.1に基づき、全窒素定量法のうち、硝酸イオンと亜硝酸イオンの測定方法により定量した。
・Cl:発光分光分析装置(型番SPS3500DD,HITACHI社製)を用い、ICP発行分光分析法で定量した。
・表面処理剤量:粉末試料の質量から、金属水酸化物、層間水分量、機能性分子、乳酸、CO3、NO3、及びClの各質量を減算し、残りの質量を表面処理剤量とした。
【0113】
・脱イオン水中懸濁液試料及び生理食塩水中懸濁液試料:
各実施例及び比較例の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液について、脱イオン水中懸濁液試料及び生理食塩水中懸濁液試料をそれぞれ用意した。脱イオン水中懸濁液試料としては、得られた表面処理ハイドロタルサイト懸濁液をそのまま用いた。生理食塩水中懸濁液試料は、得られた表面処理ハイドロタルサイトの懸濁液に0.2mol/LのNaCl水溶液を加え、NaCl濃度を0.9質量%となるように調整して用いた。
【0114】
・一次粒子の平均横幅:
各実施例及び比較例の表面処理ハイドロタルサイトの脱イオン水中懸濁液試料及び生理食塩水中懸濁液試料を、TEM観察用の試料台に滴下し、真空乾燥して作製した観察用試料をTEMにより20,000~50,000倍で観察した。視野中のハイドロタルサイト結晶の一次粒子のうち任意の100個について長径を測定し、その算術平均をもって一次粒子の平均横幅とした。
【0115】
・動的光散乱法による懸濁液中での平均粒子径:
各実施例及び比較例の表面処理ハイドロタルサイトの脱イオン水中懸濁液試料及び生理食塩水中懸濁液試料について、適宜脱イオン水を加え、ハイドロタルサイト質量換算濃度が50g/L以下となるように調整した。その後、動的光散乱式粒度分布測定装置(ELSZ2、大塚電子製)を用いて、体積基準の累積50%粒子径(D50)を測定し、懸濁液中での平均粒子径として求めた。なお、測定時に超音波処理は実施しなかった。
【0116】
・単分散度:
各実施例及び比較例の表面処理ハイドロタルサイトの脱イオン水中懸濁液試料及び生理食塩水中懸濁液試料について、以下の式(2)に基づいて、一次粒子の平均横幅及び懸濁液中での平均粒子径(D
50)の値から算出した。
【数6】
【0117】
[III.ハイドロタルサイト懸濁液試料の分析結果]
実施例1~5及び比較例1~3の表面処理ハイドロタルサイト懸濁液の製法、組成、及び物性の分析結果を以下の表1に纏めて示す。なお、表中、「HT」はハイドロタルサイトを、「MTX」はメトトレキサートを、「h」は時間(hours)をそれぞれ表す。
【0118】
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明の表面処理ハイドロタルサイト及びその懸濁液は、生理等張液等の液性媒体中の分散性に優れている上に、機能性分子を層間に保持させても高い保持率を以て保持可能であるため、機能性分子として薬物を保持させることにより薬物送達系として利用できるほか、医薬、化学、工学等の技術分野に広く適用でき、その利用価値は極めて大きい。