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特許7389925磁気ディスクの製造方法、磁気ディスク、及び磁気ディスク前駆体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-21
(45)【発行日】2023-11-30
(54)【発明の名称】磁気ディスクの製造方法、磁気ディスク、及び磁気ディスク前駆体
(51)【国際特許分類】
   G11B 5/84 20060101AFI20231122BHJP
   G11B 5/845 20060101ALI20231122BHJP
   G11B 5/706 20060101ALI20231122BHJP
   G11B 5/82 20060101ALI20231122BHJP
   G11B 5/738 20060101ALI20231122BHJP
   G11B 5/64 20060101ALI20231122BHJP
【FI】
G11B5/84 Z
G11B5/845 A
G11B5/706
G11B5/82
G11B5/738
G11B5/64
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022573100
(86)(22)【出願日】2021-12-28
(86)【国際出願番号】 JP2021048744
(87)【国際公開番号】W WO2022145445
(87)【国際公開日】2022-07-07
【審査請求日】2023-02-08
(31)【優先権主張番号】63/131,574
(32)【優先日】2020-12-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000113263
【氏名又は名称】HOYA株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】513082524
【氏名又は名称】ホーヤ ガラスディスク ベトナム II リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000165
【氏名又は名称】弁理士法人グローバル・アイピー東京
(72)【発明者】
【氏名】江田 伸二
(72)【発明者】
【氏名】西森 賢一
【審査官】川中 龍太
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-071455(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0261081(US,A1)
【文献】特開2001-126228(JP,A)
【文献】特開2008-269768(JP,A)
【文献】特開2014-149898(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G11B 5/62 - 5/82
G11B 5/84 - 5/858
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
垂直磁気ディスクの製造方法であって、
円環形状の基板と、前記基板上に設けられた磁気記録層である磁性膜と軟磁性層と、を有する垂直磁気ディスク前駆体を準備するステップと、
前記垂直磁気ディスク前駆体の前記磁性膜を熱処理するステップと、を含み、
前記熱処理は、前記磁性膜の磁気異方性定数Kuを増加させるものであり、かつ、
前記熱処理は、レーザー光をらせん状又はスパイラル状に前記垂直磁気ディスク前駆体の主表面に照射することにより行われる、
垂直磁気ディスクの製造方法。
【請求項2】
前記熱処理は、前記レーザー光の焦点が前記磁性膜に合うように照射することにより行われる、請求項1に記載の垂直磁気ディスクの製造方法。
【請求項3】
前記レーザー光の前記基板の主表面におけるスポット径が0.5~5.0mmである、請求項1又は2に記載の垂直磁気ディスクの製造方法。
【請求項4】
前記基板は、表面にNi系合金のメッキ膜を有するアルミニウム合金基板、又はガラス基板である、請求項1~3のいずれか1項に記載の垂直磁気ディスクの製造方法。
【請求項5】
前記磁気ディスク前駆体は、前記基板と前記磁性膜との間に断熱層を有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の垂直磁気ディスクの製造方法。
【請求項6】
前記断熱層の主成分の熱伝導率は、40[W/(m・K)]以下である、請求項5に記載の垂直磁気ディスクの製造方法。
【請求項7】
前記磁性膜は、FePt系合金又はCoPt系合金を含む、請求項1~6のいずれか1項に記載の垂直磁気ディスクの製造方法。
【請求項8】
前記熱処理後の前記磁性膜はL1型結晶構造を有する、請求項1~7のいずれか1項に記載の垂直磁気ディスクの製造方法。
【請求項9】
前記基板の板厚は0.5mm以下である、
請求項1~8のいずれか1項に記載の垂直磁気ディスクの製造方法。
【請求項10】
前記磁気ディスクは、エネルギーアシスト磁気記録方式用の磁気ディスクである、請求項1~9のいずれか1項に記載の垂直磁気ディスクの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハードディスクドライブ装置に用いる磁気ディスク、その前駆体、及び磁気ディスクの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のクラウドコンピューティングの隆盛に伴って、クラウド向けのデータセンターでは記憶容量の大容量化のために多くのハードディスクドライブ装置が用いられている。
記憶容量の大容量化の一手段である記録密度の高密度化のために、磁気ディスクの記録方式として、熱アシスト磁気記録方式(以降、HAMRという)やマイクロ波磁気記録アシスト方式(以降、MAMRという)が提案されている。
HAMRおよびMAMRは、高い保磁力を有する磁気記録層に対して熱やマイクロ波等のエネルギーを付与することにより一時的に保磁力を弱め、磁気記録ヘッドにより磁気記録層の磁化を反転させることによって情報を磁気記録層に書き込む方式である。したがって、このような方式を纏めてエネルギーアシスト磁気記録方式(以降、EAMRという)という。
【0003】
このようなEAMR用(EAMR向けの)磁気ディスクとして、例えば、非磁性基板上に、磁気記録層、その上層に断熱層を積層した構造の熱アシスト記録用の磁気記録媒体が知られている(特許文献1)。磁気記録媒体は、非磁性基板上に、少なくとも磁気記録層、断熱層、カーボン系保護層、潤滑層をこの順に含む積層を備える構成を有する。この磁気記録媒体によれば、磁気記録層とカーボン系保護層の間に断熱層を設けるので、磁気記録を行う際に磁気記録層に与える熱やマイクロ波等のエネルギーによって、その上層にある潤滑層と保護層の加熱を抑えて、潤滑層と保護層の性能低下を抑制し、より耐久性と信頼性に優れた磁気記録媒体を提供することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2010-153012号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、EAMR用磁気ディスクを作製するには、基板に磁気記録層となる磁性膜を形成し、この磁性膜を熱処理することにより、当該磁性膜をEAMR向けに最適な磁気記録層とすることができる。この磁気記録層には、サイズが小さくても高い保磁力を発揮する磁性材料が用いられる。例えば、磁気記録層となる磁性膜の磁性材料として、FePt系合金、あるいはCoPt系合金が用いられ、スパッタ等により形成されたこれらの磁性膜を熱処理(高温アニール)することにより、所定の磁性層構造、例えばL1型規則構造(「L1型結晶構造」とも云う。)のFe-PtやCo-Ptを含む磁気記録層が得られる。このような磁気記録層は、磁気異方性定数Kuが高いこと、例えば、10[erg/cm]以上であることが望まれる。
【0006】
しかし、磁性層構造を得るための熱処理(高温アニール)では、磁性膜を高温、例えば600℃以上に加熱するので、磁性膜と同時に基板も高温に加熱される。一般的に、磁気ディスクの基板として、アルミニウム合金基板(例えば、Al-Mg合金製基板)やガラス基板が多く用いられるが、従来用いられてきた基板には耐熱性の低いものが多く、この耐熱性の低い基板は、上記熱処理(高温アニール)によって熱変形をし易く、EAMR用磁気ディスクの基板に用いることはできない。このため、EAMR用磁気ディスクの基板は耐熱性の高い基板に制限されるといった問題があった。
【0007】
そこで、本発明は、従来、磁気ディスクの製造時の高温アニールの温度条件に耐えることが難しい耐熱性の低い基板であっても、磁気ディスクの基板として用いることを可能にする磁気ディスク前駆体、およびその製造物である磁気ディスク、及び磁気ディスクの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、基板と、磁性膜と、前記基板と前記磁性膜の間に設けられた断熱層と、を有する磁気ディスク前駆体を作製すること、及び
前記磁気ディスク前駆体の前記断熱層よりも表面側の温度が、前記断熱層よりも前記基板側の温度よりも高くなるように熱処理をすることにより、前記磁性膜の磁気異方性定数Kuを増加させること、を含む磁気ディスクの製造方法である。
【0009】
前記熱処理は、前記レーザー光の焦点が前記磁性膜に合うように照射することにより行われることが好ましい。
【0010】
前記熱処理は、前記レーザー光の焦点が前記磁性膜に合うように照射することにより行われることが好ましい。
【0011】
前記断熱層は、熱伝導率が40[W/(m・K)]以下の金属酸化物を主成分として含むことが好ましい。
【0012】
さらに本発明の他の態様は、基板と、磁気記録層と、前記基板と前記磁気記録層の間に設けられた断熱層と、を有する磁気ディスクである。
【0013】
前記断熱層の主成分の熱伝導率は、40[W/(m・K)]以下である、ことが好ましい。
【0014】
前記断熱層の主成分は、金属酸化物である、ことが好ましい。
【0015】
前記磁気記録層はL1型結晶構造を有する、ことが好ましい。
また、前記磁気ディスクの板厚は0.5mm以下であり、
前記断熱層はSiOを80重量%以上含むとともに膜厚が5nm以上である、ことが好ましい。
【0016】
本発明の他の一態様は、基板と、熱処理をすることにより磁気ディスクの磁気記録層となる前記熱処理の前の磁性膜と、前記基板と前記磁性膜の間に設けられた断熱層と、を有する磁気ディスク前駆体である。
【0017】
前記断熱層の主成分の熱伝導率は、40[W/(m・K)]以下である、ことが好ましい。
【0018】
前記断熱層の主成分は、金属酸化物である、ことが好ましい。
【0019】
前記磁気記録層は、FePt系合金又はCoPt系合金を含む、ことが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
上述の磁気ディスク、磁気ディスク前駆体、及び磁気ディスクの製造方法によれば、耐熱性の低い基板であっても、熱処理に耐えることができる磁気ディスクの基板として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本実施形態のEAMR用磁気ディスクの基板の一例の外観斜視図である。
図2】本実施形態のEAMR用磁気ディスクの主表面上に形成された積層構造の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の磁気ディスク、磁気ディスク前駆体、及び磁気ディスクの製造方法について詳細に説明する。以下の実施形態では、EAMR用磁気ディスクを例として説明するが、本発明の磁気ディスクは、EAMR用磁気ディスクには限定されず、熱やマイクロ波等のエネルギーを磁気記録層に供給することなく磁気記録層の磁化を反転させることにより情報の書き込みを行う従来の記録方式の磁気ディスクであってもよい。
【0023】
図1は、一実施形態のEAMR用磁気ディスク(以降、単に磁気ディスクという)の基板の一例の外観斜視図であり、図2は、一実施形態の磁気ディスクの基板上に形成される積層構造の一例を示す図である。図1に示すように、磁気ディスク10の形状は、一対の主表面を有する円環形状である。具体的には、磁気ディスク10は、円形状の外周形状を有し、この円形状と同心円の円形状の内孔が設けられて円形状の内周形状を有する。
【0024】
磁気ディスク10の基板14の両側の主表面11p、12pには、磁気ディスクとして機能させるための磁気記録層18aを含む多層の積層部18(図2参照)が形成されている。図2に示すように、基板14に設けられた多層の積層部18と基板14との間には、断熱層16が設けられている。すなわち、磁気ディスク10は、基板14と、磁気記録層18aと、基板14と磁気記録層18aの間に設けられた断熱層16と、を有する。
【0025】
基板14は、例えばAl-Mg合金製基板である。Al-Mg合金製基板の表面には、通常、例えばNi系合金のメッキ膜が形成されている。ここでNi系合金とは、例えばNi-P合金や、Ni-P-W合金である。Ni系合金のメッキ膜の厚さは、片方の主表面上において例えば1~20μmである。本明細書では、特に断りのない限り、「Al-Mg合金製基板」と言うときには、表面にNi系メッキ膜を有するAl-Mg合金製基板のことを指す。Al-Mg合金製基板の代りに、結晶化ガラスや非晶質ガラスのガラス基板を用いることもできる。基板14と磁気記録層18aの間に断熱層16が設けられることにより、耐熱性が低く従来熱処理(高温アニール)の温度条件に耐えることができなかったAl-Mg合金製基板やガラス転移点が600℃以下と低いガラス基板等を基板14として用いることができる。さらに、基板14として、耐熱性の高い、例えばガラス転移点が600℃超のガラス板を用いることもできる。このように、熱処理の温度条件の制限を受けず、従来用いることができなかった耐熱性の低い基板でも基板14に用いることができる。
【0026】
多層の積層部18は、以下一例を説明するが、以下の例に限定されない。
多層の積層部18は、基板14(あるいは断熱層16)の側から、密着層、軟磁性層、ヒートシンク層、シード層、下地層、磁気記録層18a、保護層、及び潤滑剤層が積層された構造を有する。したがって、断熱層16は密着層と接する。図2では、簡略化して磁気記録層18aのみが示されている。
【0027】
密着層は、ヒートシンク層と下層である断熱層16との密着性を向上させるもので、必要に応じて設けられる。密着層として、例えば、CrTiあるいはNiTa等の非晶質の合金材料が好適に用いられる。なお、断熱層16と基板14との間に別の密着層を設けてもよい。
【0028】
軟磁性層は、垂直磁気記録方式において記録層に垂直方向に強い磁束を通過させるために、記録時に一時的に磁路を形成するための層である。軟磁性層の組成としては、CoTaZrなどのコバルト系合金、CoCrFeB、CoFeTaZrなどのCo-Fe系合金などを用いることができる。
【0029】
ヒートシンク層は、磁気記録時のエネルギーの供給により加熱された磁気記録層18aの熱を速やかに散逸させるものであり、Cr,Ag,Al,Cu,W,Mo等の熱伝導率の高い金属材料が用いられる。ヒートシンク層は必要に応じて設けられる。なお、ヒートシンク層が設けられていても、磁気ディスクの作製時に磁性膜内の原子配列を規則構造化させて磁気記録層18aにする高温アニール中、磁性膜に供給される熱はヒートシンク層で十分散逸されず基板14に流れて基板14は高温になり易い。このため、断熱層16が設けられる。ヒートシンク層を設ける場合、ヒートシンク層と基板14との間に断熱層16を設けるのが好ましい。これにより、磁性膜の高温アニール中の基板変形を抑制しつつ、磁気記録時のエネルギーの供給により加熱された磁気記録層18aの熱を速やかに散逸させることができる。ヒートシンク層に用いられる材料の熱伝導率は、例えば、100[W/(m・K)]以上である。このような材料をヒートシンク層の主成分として用いることによって、エネルギーアシストによる磁気信号の記録時、及び磁性膜の高温アニール時に、上記の効果を十分に得ることができる。
【0030】
シード層は、これより下部の層による結晶配向性を打ち消して、上層の下地層の結晶配向性を所定の方向にする。シード層は、例えば、CrTi,NiTa,AlTi等の合金材料が用いられる。
【0031】
下地層は、磁気記録層18aの結晶粒径や結晶配向、平坦性などを制御して、磁気記録層18aの特性を向上させる。下地層は、単層(例えば、MgOやRu)で構成されてもよいし、複数層で構成されてもよい。複数層で構成される場合、例えば、窒化物下地層(例えば、TaN,NbN,HfN、AlN)及び酸化物下地層(例えば、MgO)を含むことができる。なお、MgOは酸化物ではあるものの、その熱伝導率は40[W/(m・K)]超であるので、本発明における断熱層としては好ましくない。
【0032】
また、下地層の一部として、さらにBCC下地層を設けてもよい。BCC下地層は、磁気記録層18aの配向を制御する層である。BCC下地層は、例えば、Cr,Mo,Nb,Ta,V,Wを含み、あるいは、Crを主成分とし、Mn,Mo,Ru,Ti,V,Wのうち少なくとも一種類を含み、BCC構造で(100)配向を有する。なお、本明細書及び特許請求の範囲において、主成分とは、含有量が50重量%以上、好ましくは60重量%以上、または含有量が50mol%以上、好ましくは60mol%以上である、物質(元素や化合物など)を指す。ここで、含有量が50重量%以上または50mol%以上である物質が存在しない場合、主成分は、最も含有量の多い物質を指すものとする。
【0033】
磁気記録層18aは、例えば、L1型規則構造を有する合金を主成分とする層である。磁気記録層18aは、粒界偏析材料で分離された数nmの磁性粒子で形成されていることが好ましいが、磁性粒子の体積が過度に小さくなると書き込んだ磁気信号が熱の影響を受けて不安定になり易い。このため、磁気記録層18aでは、磁気異方性定数Kuの高いL1型規則構造を有するものが用いられる。例えば、FePt系合金もしくはCoPt系合金を主成分とする。さらに、磁気記録層18aは、添加物として、SiO,TiO,Cr,Al,Ta,ZrO,Y,CeO,MnO,TiO,ZnO,Cから選択される少なくとも一種類の酸化物、もしくは元素を含有してもよい。これらを添加する場合、グラニュラー構造の磁気記録層18aとなりやすく、磁性粒子を微細化することができ、EAMR用磁気ディスクのS/N比(シグナル/ノイズ比)特性を向上させることができる。磁気記録層18aの膜厚は、例えば、5~20nmとすることができる。
【0034】
保護層は、機械的耐久性及び耐熱性に優れる材料で構成され、多層の積層部18内の保護層よりも下層にある部分を保護する。保護層は、例えば、単層または複数層のカーボン層である。カーボン層としては、水素や窒素、金属を添加したDLC(ダイヤモンドライクカーボン)が好適に用いられる。カーボン層は、例えば、CVD法やイオンビーム法によって形成される。
【0035】
潤滑剤層は、磁気ヘッドと磁気ディスクの表面とが摺動するときの潤滑性及び耐摩耗性の向上のために設けられ、例えば、パーフルオロポリエーテルが用いられる。
【0036】
断熱層16は、磁気記録層18aと基板14との間に設けられる。断熱層16は、多層の積層部18と基板14との間に設けられるとより好ましい。断熱層16には、熱伝導率が40[W/(m・K)]以下の材料が好適に用いられる。断熱層16に用いる材料の熱伝導率は、30[W/(m・K)]以下であるとより好適であり、20[W/(m・K)]以下であるとより一層好適であり、10[W/(m・K)]以下であるとさらに好適である。これらの熱伝導率が小さい材料を断熱層16の主成分として用いることで、磁性膜を熱処理するための熱が基板まで伝導することを好適に抑制し、その結果、基板が熱により変形することを抑制することができる。このような断熱層16は、AlやSiO等の金属酸化物を主成分として含むことが好ましい。各種文献によると、熱伝導率(単位:W/(m・K))は、例えば、Alが21、SiOが1.38(300K)、TiO多結晶は8.4(300K)、ZrO(ジルコニア)は4.0である。断熱層16を形成する材料は、断熱効果を高める観点から、非晶質構造を含むことが好ましい。断熱層16の厚さは、2nm以上であることが好ましい。断熱層16の厚さが2nm未満の場合、断熱層16が島状に形成されて隙間が生じ、断熱効果が不十分となる恐れがある。また、一度「層」として形成された後は、厚くなるほど断熱効果が増すため、断熱層16の厚さは15nm以上であるとより好ましく、20nm以上であるとよりいっそう好ましく、50nm以上であるとさらに好ましい。また、磁気記録層18aの厚さの20%以上であることが好ましい。断熱層16の膜厚の上限は特に設ける必要はないが、生産性の観点から、例えば500nm以下とすることができる。
上記観点から、断熱層16の構成として好ましい例をいくつか挙げる。断熱層16の主成分としてAlを用いる場合、当該断熱層16はAlを80重量%以上含み、厚さが10nm以上であると好ましく、厚さが20nm以上であるとより好ましい。また、断熱層16の主成分としてSiOを用いる場合、当該断熱層16はSiOを80重量%以上含み、厚さが5nm以上であると好ましく、厚さが10nm以上であるとより好ましく、厚さが15nm以上であるとさらに好ましい。
断熱層16は、スパッタリング法、CVD法、電子ビーム蒸着法などの各種成膜技術ならびにイオン注入等の膜質改質技術によって形成することができる。
他方、積層部18のうち磁性膜より下方(基板側)の総膜厚は、少なくとも30nm以上であることが好ましく、40nm以上であることがより好ましい。当該総膜厚が30nm未満の場合、断熱層が酸化物を主成分として含む場合に、磁性膜の結晶配向性を良好にしきれず、熱処理後に磁気記録層のKuが低下する恐れがある。
【0037】
磁気記録層18aは、例えば、スパッタリング等により形成された磁性膜を熱処理(高温アニール)して原子配列が規則構造化した部分を有する層である。磁気記録層18aは、磁気異方性定数Kuが高く、例えば、10[erg/cm]以上、好ましくは2×10[erg/cm]以上の層にすることができる。磁性膜が、FePt系合金あるいはCoPt系合金からなる層である場合、L1型規則構造の磁気記録層18aを構成することができる。なお、合金の規則構造は、L1型に限定されず、他の規則構造であってもよい。
従来、規則構造にするための熱処理(高温アニール)では、基板14も同時に高温になり、例えば600℃以上になる場合が多かった。この場合、Al-Mg合金製基板では、耐熱温度が300℃程度と低く、Kuが高い磁気記録層18aを備える磁気ディスク10用の基板として用いることができなかった。これに対して、断熱層16を、磁気記録層18aになる前の磁性膜と基板14との間に設けることにより、上記熱処理(高温アニール)の温度条件で熱処理をしても基板14が高温、例えば600℃以上になりにくくなり、基板14が変形して平坦度が悪化することが抑制される。このため、従来用いることが難しかった耐熱性の低い基板、例えばAl-Mg合金製基板を基板14として用いることができる。
【0038】
なお、上述の実施形態では、断熱層16が設けられる位置は、多層の積層部18内の密着層と基板14の間であるが、この位置に必ずしも制限されない。断熱層16が設けられる位置は、高温アニールで基板14の平坦度が悪化しない限りにおいて、少なくとも磁気記録層18aと基板14の間に設けられればよい。なおここで平坦度が悪化しないとは、具体的には例えば、熱処理による基板14の平坦度の増加量が30μm以下であることを言う。換言すれば、熱処理後の基板14の平坦度と熱処理前の基板14の平坦度との差が30μm以下である。上記基板の平坦度の増加量(又は差)は、小さいほどよく、より好ましくは10μm以下である。ここで、平坦度とは、所定の平面におけるPV(Peak to Valley)値である。
【0039】
したがって、このようなEAMR用磁気ディスクを作製する前の、すなわち熱処理前のEAMR用磁気ディスク前駆体は、基板14と、熱処理をすることによりエネルギーアシスト方式向けの磁気記録層18aとなる熱処理前の磁性膜と、基板14と磁性膜の間に設けられた断熱層と、を有する。
【0040】
図1に示す磁気ディスク10のサイズは、特に制限されないが、例えば、公称直径2.5インチや3.5インチの磁気ディスクのサイズに相当する。公称直径2.5インチの磁気ディスクの場合、外径(直径)が55~70mm、例えば、外径(直径)が65mmや67mm、内孔の径(直径)が20mm、板厚が0.3~1.3mmである。公称直径3.5インチの磁気ディスクの場合、外径が85~100mm、例えば、外径が95mmや97mmであり、内孔の径が25mmであり、板厚が0.3~1.8mmである。なお、特に板厚が0.5mm以下であると、熱処理時に基板の平坦度が悪化しやすくなるものの、本件発明の断熱層16を設けることによって上記平坦度の悪化を抑制できる。したがって、本件発明は板厚が0.5mm以下の基板に適用すると好ましい。なお、上記の磁気ディスクの寸法に関する直径及び板厚の数値は、全て公称値である。すなわち、大量生産時には当該公称値を中心としてプラス及びマイナス方向に数十ミクロン程度の寸法バラツキを含みうる。
【0041】
このような磁気ディスク10の製造方法では、上述の前駆体を作製し、この前駆体の断熱層16よりも主表面11p,12pの表面側の磁性膜を熱処理することにより、磁性膜の磁気異方性定数Kuを増加させる。これにより、磁性膜を、エネルギーアシスト方式の磁気記録層18aとして最適な、Kuの高い磁気記録層にすることができる。なお、熱処理を行うタイミングは、断熱層が形成された後であればいつでもよい。例えば、断熱層から磁性膜までを形成後、保護層の形成前に磁性膜を熱処理してもよい。また、磁性膜を形成しながら熱処理をしてもよい。
磁性膜の熱処理(高温アニール)の方法については、特に制限はないが、レーザー光を基板の表面側から(内部の)磁性膜に向けて照射することにより行われることが好ましい。特に、磁性膜の上部に保護層などがある場合、表面側からレーザー光を照射して内部の磁性膜の部分(深さ)で集束させる(換言すれば、レーザー光の焦点を磁性膜の位置に合わせる)ことにより、効率よく磁性膜を加熱して磁性膜をアニール処理することができる。このようなレーザー光の照射は、基板14を回転させながら基板14の周方向に沿ってレーザー光を走査することにより、基板の主表面の全面に対して簡便に行うことができる。また、らせん状(スパイラル状)にレーザー光を走査すると、より効率的かつ均一に主表面の全体を熱処理できるので好ましい。また、基板の主表面におけるスポット径が0.5~5.0mm程度となるように調節したレーザー光を用いて、スパイラル状に走査してもよい。レーザー光をスパイラル状に照射する方法として、基板を固定してレーザー光のスポットが移動するようにしてもよい。その他、照射スポット径が基板直径以上のレーザー光を用いることによって、基板を回転させずに熱処理してもよい。
このように、磁気ディスク前駆体の断熱層よりも表面側の熱処理をする(すなわち、断熱層よりも表面側を狙って熱処理をする)ことにより、磁性膜の磁気異方性定数Kuを増加させることができるとともに、断熱層よりも基板側(内側)の温度上昇を抑制して熱による基板の変形を小さくすることができる。
換言すれば、磁気ディスク前駆体の断熱層よりも表面側の温度が、断熱層よりも基板側の温度よりも高くなるように熱処理をすることにより、磁性膜の磁気異方性定数Kuを増加させることができるとともに、断熱層よりも基板側(内側)の温度上昇を抑制して熱による基板の変形を小さくすることができる。
加熱用のレーザー光は、例えばCOレーザー、YAGレーザー、ファイバレーザー、半導体レーザーなどから、基板表面の材質などを考慮して適宜選択すればよい。
なお、上述の方法の他、ランプヒーター等による熱輻射を用いる方法によって基板を加熱してもよい。断熱層16は、加熱された磁性膜の熱が基板14に流れることを遮断又は緩和することができる。
【0042】
(実施例)
表面にNiP合金のメッキ層を有するAl-Mg合金製基板及びガラス転移点Tgが500℃のガラス基板を基板14として用いて2種類のEAMR用の磁気ディスク前駆体を準備した。すなわち、Alからなる断熱層16をスパッタリングで基板14の表面に20nm形成した後、上述した積層部18を順次所定の成膜プロセスで形成した。磁性膜は、FePt系合金をスパッタリングで厚さ約10nmの膜を形成した。上記前駆体のサイズは、EAMR磁気ディスクの公称3.5インチサイズに対応したものとした(外径:95mm、内孔の径:25mm、板厚:0.635mm)。
これらの前駆体の主表面の磁性膜に集光するように設定したレーザー光を照射した。レーザー光を照射しながら基板14を回転させることで、レーザー光の照射位置を基板14の周方向にスパイラル状に走査することにより、主表面の磁性膜を熱処理(高温アニール)した。
こうして熱処理された磁性膜は、Fe-PtのL1型規則構造を有する層、すなわち磁気記録層18aになっていた。熱処理前後の基板14の平坦度の変化量は、いずれも10μm以下であった。これに対して、断熱層16を設けなかったときの熱処理前後の平坦度の変化は、30μmより大きかった。平坦度は、オプチフラット(光干渉式表面形状測定機)によって計測した。
次に、断熱層16を膜厚15nmのSiO2、基板14の板厚を0.500mm、としたこと以外は上記実施例と同様にして、Al-Mg合金製基板及びガラス基板を基板14とする2種類のEAMR用の磁気ディスク前駆体を準備し、さらに磁性膜の熱処理を行った。その結果、熱処理された磁性膜はFe-PtのL1型規則構造を有する磁気記録層18aとなっており、熱処理前後の基板14の平坦度の変化量は、いずれも30μm以下であった。
これらの実験により、断熱層16は、熱処理における基板14の耐熱性の向上に有効であることが確認された。
【0043】
以上、本発明の磁気ディスク、磁気ディスク前駆体、及び磁気ディスクの製造方法について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態及に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更をしてもよいのはもちろんである。
【符号の説明】
【0044】
10 EAMR用磁気ディスク
11p、12p 主表面
14 基板
16 断熱層
18 積層部
18a 磁気記録層
図1
図2