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特許7389948硬質被覆層が優れた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
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  • 特許-硬質被覆層が優れた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-22
(45)【発行日】2023-12-01
(54)【発明の名称】硬質被覆層が優れた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20231124BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20231124BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20231124BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20231124BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C16/34
C23C16/36
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019037245
(22)【出願日】2019-03-01
(65)【公開番号】P2020138302
(43)【公開日】2020-09-03
【審査請求日】2021-09-30
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 光亮
(72)【発明者】
【氏名】石垣 卓也
(72)【発明者】
【氏名】中村 大樹
(72)【発明者】
【氏名】本間 尚志
【審査官】小川 真
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-105137(JP,A)
【文献】特開2018-003046(JP,A)
【文献】特許第5673904(JP,B1)
【文献】国際公開第2018/215408(WO,A1)
【文献】特表2010-521589(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14、51/00
B23C 5/16
B23P 15/28
C23C 16/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具であって、
(a)前記硬質被覆層は、1.5~25.0μmの平均層厚を有し、
平均層厚が0.5~5.0μmの六方晶構造を主として含有するAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる一種以上の元素)の複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだα層と、
平均層厚が1.0~20.0μmの立方晶構造を主として含有するAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだβ層とが、
前記α層を工具表面側とし、前記β層を前記工具基体側として積層された層を少なくとも一つ有する構造であり、
(b)前記α層は、その組成を、
組成式:(Al xα Me 1 -xα )(C 1-yα
で表した場合、AlのMeとAlの合量に占める平均含有割合xαおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yα(但し、xα、yαはいずれも原子比)が、それぞれ、0.70≦xα≦0.95かつ0.0000≦yα≦0.0150を満足し、
(c)前記β層は、その組成を、
組成式:(Al xβ Ti 1 -xβ )(C 1-yβ
で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xβおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yβ(但し、xβ、yβはいずれも原子比)が、それぞれ、0.65≦xβ≦0.95かつ0.0000≦yβ≦0.0150を満足し、
(d)前記α層はナノインデンテーション押し込み硬さHαが15GPa≦Hα≦28GPaであり、
(e)前記β層はナノインデンテーション押し込み硬さHβが30GPa≦Hβ≦45GPaであり、
前記xαと前記xβは、|xβ-xα|≦0.04を満足することを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記α層は微量のClを含有し、CとNとClの合量に占めるClの含有割合zα(但し、zαは原子比)は0.0015≦zα≦0.0100を満足することを特徴とする請求項に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記β層は微量のClを含有し、CとNとClの合量に占めるClの含有割合zβ(但し、zβは原子比)は0.0001≦zβ≦0.0020を満足することを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記表面被覆切削工具のすくい面に前記α層とβ層との積層構造を含む前記硬質被覆層を有し、逃げ面に前記β層を含む硬質被覆層を有することを特徴とする請求項1乃至のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具であって、
(a)前記硬質被覆層は、1.5~25.0μmの平均層厚を有し、
平均層厚が0.5~5.0μmの六方晶構造を主として含有するAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる一種以上の元素)の複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだα層と、
平均層厚が1.0~20.0μmの立方晶構造を主として含有するAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだβ層とが、
前記α層を工具表面側とし、前記β層を前記工具基体側として積層された層を少なくとも一つ有する構造であり、
(b)前記α層は、その組成を、
組成式:(Al xα Me 1 -xα )(C 1-yα
で表した場合、AlのMeとAlの合量に占める平均含有割合xαおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yα(但し、xα、yαはいずれも原子比)が、それぞれ、0.70≦xα≦0.95かつ0.0000≦yα≦0.0150を満足し、
(c)前記β層は、その組成を、
組成式:(Al xβ Ti 1 -xβ )(C 1-yβ
で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xβおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yβ(但し、xβ、yβはいずれも原子比)が、それぞれ、0.65≦xβ≦0.95かつ0.0000≦yβ≦0.0150を満足し、
(d)前記α層はナノインデンテーション押し込み硬さHαが15GPa≦Hα≦28GPaであり、
(e)前記β層はナノインデンテーション押し込み硬さHβが30GPa≦Hβ≦45GPaであり、
前記α層は微量のClを含有し、CとNとClの合量に占めるClの含有割合zα(但し、zαは原子比)は0.0015≦zα≦0.0100を満足することを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項6】
工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具であって、
(a)前記硬質被覆層は、1.5~25.0μmの平均層厚を有し、
平均層厚が0.5~5.0μmの六方晶構造を主として含有するAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる一種以上の元素)の複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだα層と、
平均層厚が1.0~20.0μmの立方晶構造を主として含有するAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだβ層とが、
前記α層を工具表面側とし、前記β層を前記工具基体側として積層された層を少なくとも一つ有する構造であり、
(b)前記α層は、その組成を、
組成式:(Al xα Me 1 -xα )(C 1-yα
で表した場合、AlのMeとAlの合量に占める平均含有割合xαおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yα(但し、xα、yαはいずれも原子比)が、それぞれ、0.70≦xα≦0.95かつ0.0000≦yα≦0.0150を満足し、
(c)前記β層は、その組成を、
組成式:(Al xβ Ti 1 -xβ )(C 1-yβ
で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xβおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yβ(但し、xβ、yβはいずれも原子比)が、それぞれ、0.65≦xβ≦0.95かつ0.0000≦yβ≦0.0150を満足し、
(d)前記α層はナノインデンテーション押し込み硬さHαが15GPa≦Hα≦28GPaであり、
(e)前記β層はナノインデンテーション押し込み硬さHβが30GPa≦Hβ≦45GPaであり、
前記β層は微量のClを含有し、CとNとClの合量に占めるClの含有割合zβ(但し、zβは原子比)は0.0001≦zβ≦0.0020を満足することを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項7】
工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具であって、
(a)前記硬質被覆層は、1.5~25.0μmの平均層厚を有し、
平均層厚が0.5~5.0μmの六方晶構造を主として含有するAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる一種以上の元素)の複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだα層と、
平均層厚が1.0~20.0μmの立方晶構造を主として含有するAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだβ層とが、
前記α層を工具表面側とし、前記β層を前記工具基体側として積層された層を少なくとも一つ有する構造であり、
(b)前記α層は、その組成を、
組成式:(Al xα Me 1 -xα )(C 1-yα
で表した場合、AlのMeとAlの合量に占める平均含有割合xαおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yα(但し、xα、yαはいずれも原子比)が、それぞれ、0.70≦xα≦0.95かつ0.0000≦yα≦0.0150を満足し、
(c)前記β層は、その組成を、
組成式:(Al xβ Ti 1 -xβ )(C 1-yβ
で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xβおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yβ(但し、xβ、yβはいずれも原子比)が、それぞれ、0.65≦xβ≦0.95かつ0.0000≦yβ≦0.0150を満足し、
(d)前記α層はナノインデンテーション押し込み硬さHαが15GPa≦Hα≦28GPaであり、
(e)前記β層はナノインデンテーション押し込み硬さHβが30GPa≦Hβ≦45GPaであり、
前記表面被覆切削工具のすくい面に前記α層とβ層との積層構造を含む前記硬質被覆層を有し、逃げ面に前記β層を含む硬質被覆層を有することを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項8】
前記β層は微量のClを含有し、CとNとClの合量に占めるClの含有割合zβ(但し、zβは原子比)は0.0001≦zβ≦0.0020を満足することを特徴とする請求項に記載の表面被覆切削工具。
【請求項9】
前記表面被覆切削工具のすくい面に前記α層とβ層との積層構造を含む前記硬質被覆層を有し、逃げ面に前記β層を含む硬質被覆層を有することを特徴とする請求項5、6、8のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項10】
前記xαと前記xβが、|xβ-xα|>0.04である場合において、前記α層と前記β層の間に立方晶構造を主として含有するAlとTiの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒を少なくとも含むAlTiCN層δが存在し、
(a)前記AlTiCNδ層は、その層厚方向に二等分した領域の、
前記工具基体側の領域の組成を組成式:(AlxδLTi(1-xδL))(CyδL(1-yδL))で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xδLと、CのCとNの合量に占める平均含有割合yδL(但し、xδL、yδLはいずれも原子比)が、
また、その層厚方向に二等分した領域の前記工具表面側の領域の組成を組成式:(AlxδHTi(1-xδH))(CyδH(1-yδH))で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xδHと、CのCとNの合量に占める平均含有割合yδH(但し、xδH、yδHはいずれも原子比)が、
xα≦xδH<xδL<xβもしくはxβ<xδL<xδH≦xα、および、
0.0000≦yδH≦0.0150、且つ、0.0000≦yδL≦0.0150、を満足し、
(b)前記TiAlCN層δは、その平均層厚をLδとした場合、0.1μm≦Lδ≦1.0μm、を満たす、
ことを特徴とする請求項5乃至9のいずれかに記載の表面被覆切削工具
【請求項11】
前記α層は、前記工具基体の表面と垂直な縦断面から分析した場合、六方晶構造を有する結晶粒を70面積%以上、95面積%以下含み、
前記β層は、前記工具基体の表面と垂直な縦断面から分析した場合、立方晶構造を有する結晶粒を90面積%以上含む、
ことを特徴とする請求項1乃至10のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳鉄等の高速断続切削加工に用いても、硬質被覆層が優れた耐チッピング性を備えることにより、長期の使用にわたって優れた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金等の工具基体の表面に、硬質被覆層として、Ti-Al系の複合炭窒化物層を被覆形成した被覆工具があり、これらは、優れた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ただ、前記従来のTi-Al系の複合炭窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性に優れるものの、高速断続切削条件等で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、工具基体に一層又は多層からなる被覆層を設け、該被覆層の少なくとも一層は少なくともチタンとアルミニウムと窒素を含む窒化チタンアルミニウム膜である窒化チタンアルミニウム膜被覆工具において、該窒化チタンアルミニウム膜の結晶構造が立方晶であり、引張り残留応力を有し、かつ含有塩素量が0.01~2質量%であることを特徴とする窒化チタンアルミニウム膜被覆工具が記載されている。
【0004】
例えば、特許文献2には、複数層として、Ti1-xAlNからなる第1単位層と、Ti1-yAlNからなる第2単位層とが交互に積層された多層構造を含み、前記第1単位層はfcc型結晶構造を有して、0<x<0.65であり、第2単位層はhcp型結晶構造を有して、0.65≦y<1である皮膜を有し、前記第1単位層および前記第2単位層の各厚さは3nm以上30nm以下である被覆工具が記載されている。
【0005】
また、例えば、特許文献3には、複数の結晶粒と、前記結晶粒の間の非晶質相と、を含み、前記結晶粒は、それぞれ、fcc構造を有するTi1-xAlN層と、hcp構造を有するTi1-yAlN層とが交互に積層された構造を有しており、0≦x<1、0<y≦1、(y-x)≧0.1の関係を満たし、前記非晶質相は、TiおよびAlの少なくとも一方の炭化物、窒化物または炭窒化物を含み、隣り合う前記Ti1-xAlN層の1層当たりの厚さと前記Ti1-yAlN層の1層当たりの厚さとの合計厚さは1nm以上50nm以下である、硬質皮膜を有する被覆工具が記載されている。
【0006】
加えて、例えば、特許文献4には、膜厚2~15μmのfcc構造を主体とする窒化チタンアルミニウム皮膜からなる下層と、膜厚0.2~10μmのhcp構造の窒化アルミニウム皮膜からなる上層とを有する硬質皮膜であって、前記上層は柱状結晶組織を有し、前記柱状結晶の平均横断面径が0.05~0.6μmであり、前記上層における(100)面のX線回折ピーク値Ia(100)と(002)面のX線回折ピーク値Ia(002)との比が、Ia(002)/Ia(100)≧6の関係を満たす硬質皮膜からなり、前記上層が前記下層の上にエピタキシャル成長していることを特徴とする被覆工具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2001-341008号公報
【文献】特開2015-124407号公報
【文献】特開2016-3369号公報
【文献】国際公開2018/008554号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1~4に記載された被覆工具は、鋳鉄等の高速断続切削加工に供した場合には被覆工具のすくい面の皮膜における熱亀裂等の異常損傷が発生し、それを起点としたチッピングが発生しやすく、満足する切削性能を発揮するとはいえないものである。
【0009】
そこで、本発明は、鋳鉄等の高速断続切削加工に用いても、硬質被覆層が優れた耐チッピングを備えることにより、長期の使用にわたって優れた切削性能を発揮する被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、硬質被覆層としてのAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる一種以上の元素)を含む複合窒化物層または複合炭窒化物層(以下、この複合窒化物層または複合炭窒化物層をAlMeCN層とも表記する)の熱亀裂等の異常損傷に起因するチッピング発生について鋭意検討を行ったところ、耐摩耗性が良好なNaCl型の面心立方構造(立方晶構造ということがある)のAlとTiを含む複合窒化物層または複合炭窒化物層(以下、この複合窒化物層または複合炭窒化物層をAlTiCN層とも表記する)の所定厚さの層を工具基体に近い側(工具基体側の層)に、潤滑性が良好で耐熱亀裂性に優れるAlMeCN層のウルツ鉱型六方晶構造(六方晶構造ということがある)の所定厚さの層を工具表面に近い側(工具表面側の層)に、積層した層を少なくとも1つ設ければ、鋳鉄等の高速断続切削加工において耐チッピング性が向上するという新規な知見を得た。
【0011】
本発明は、この知見に基づくものであって、
「(1)工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具であって、
(a)前記硬質被覆層は、1.5~25.0μmの平均層厚を有し、
平均層厚が0.5~5.0μmの六方晶構造を主として含有するAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる一種以上の元素)の複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだα層と、
平均層厚が1.0~20.0μmの立方晶構造を主として含有するAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだβ層とが、
前記α層を工具表面側とし、前記β層を前記工具基体側として積層された層を少なくとも一つ有する構造であり、
(b)前記α層は、その組成を、
組成式:(Al xα Me 1 -xα )(C 1-yα
で表した場合、AlのMeとAlの合量に占める平均含有割合xαおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yα(但し、xα、yαはいずれも原子比)が、それぞれ、0.70≦xα≦0.95かつ0.0000≦yα≦0.0150を満足し、
(c)前記β層は、その組成を、
組成式:(Al xβ Ti 1 -xβ )(C 1-yβ
で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xβおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yβ(但し、xβ、yβはいずれも原子比)が、それぞれ、0.65≦xβ≦0.95かつ0.0000≦yβ≦0.0150を満足し、
(d)前記α層はナノインデンテーション押し込み硬さHαが15GPa≦Hα≦28GPaであり、
(e)前記β層はナノインデンテーション押し込み硬さHβが30GPa≦Hβ≦45GPaであり、
前記xαと前記xβは、|xβ-xα|≦0.04を満足することを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記α層は微量のClを含有し、CとNとClの合量に占めるClの含有割合zα(但し、zαは原子比)は0.0015≦zα≦0.0100を満足することを特徴とする()に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記β層は微量のClを含有し、CとNとClの合量に占めるClの含有割合zβ(但し、zβは原子比)は0.0001≦zβ≦0.0020を満足することを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記表面被覆切削工具のすくい面に前記α層とβ層との積層構造を含む前記硬質被覆層を有し、逃げ面に前記β層を含む硬質被覆層を有することを特徴とする(1)乃至()のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(5)工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具であって、
(a)前記硬質被覆層は、1.5~25.0μmの平均層厚を有し、
平均層厚が0.5~5.0μmの六方晶構造を主として含有するAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる一種以上の元素)の複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだα層と、
平均層厚が1.0~20.0μmの立方晶構造を主として含有するAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだβ層とが、
前記α層を工具表面側とし、前記β層を前記工具基体側として積層された層を少なくとも一つ有する構造であり、
(b)前記α層は、その組成を、
組成式:(Al xα Me 1 -xα )(C 1-yα
で表した場合、AlのMeとAlの合量に占める平均含有割合xαおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yα(但し、xα、yαはいずれも原子比)が、それぞれ、0.70≦xα≦0.95かつ0.0000≦yα≦0.0150を満足し、
(c)前記β層は、その組成を、
組成式:(Al xβ Ti 1 -xβ )(C 1-yβ
で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xβおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yβ(但し、xβ、yβはいずれも原子比)が、それぞれ、0.65≦xβ≦0.95かつ0.0000≦yβ≦0.0150を満足し、
(d)前記α層はナノインデンテーション押し込み硬さHαが15GPa≦Hα≦28GPaであり、
(e)前記β層はナノインデンテーション押し込み硬さHβが30GPa≦Hβ≦45GPaであり、
前記α層は微量のClを含有し、CとNとClの合量に占めるClの含有割合zα(但し、zαは原子比)は0.0015≦zα≦0.0100を満足することを特徴とする表面被覆切削工具。
(6)工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具であって、
(a)前記硬質被覆層は、1.5~25.0μmの平均層厚を有し、
平均層厚が0.5~5.0μmの六方晶構造を主として含有するAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる一種以上の元素)の複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだα層と、
平均層厚が1.0~20.0μmの立方晶構造を主として含有するAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだβ層とが、
前記α層を工具表面側とし、前記β層を前記工具基体側として積層された層を少なくとも一つ有する構造であり、
(b)前記α層は、その組成を、
組成式:(Al xα Me 1 -xα )(C 1-yα
で表した場合、AlのMeとAlの合量に占める平均含有割合xαおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yα(但し、xα、yαはいずれも原子比)が、それぞれ、0.70≦xα≦0.95かつ0.0000≦yα≦0.0150を満足し、
(c)前記β層は、その組成を、
組成式:(Al xβ Ti 1 -xβ )(C 1-yβ
で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xβおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yβ(但し、xβ、yβはいずれも原子比)が、それぞれ、0.65≦xβ≦0.95かつ0.0000≦yβ≦0.0150を満足し、
(d)前記α層はナノインデンテーション押し込み硬さHαが15GPa≦Hα≦28GPaであり、
(e)前記β層はナノインデンテーション押し込み硬さHβが30GPa≦Hβ≦45GPaであり、
前記β層は微量のClを含有し、CとNとClの合量に占めるClの含有割合zβ(但し、zβは原子比)は0.0001≦zβ≦0.0020を満足することを特徴とする表面被覆切削工具。
(7)工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具であって、
(a)前記硬質被覆層は、1.5~25.0μmの平均層厚を有し、
平均層厚が0.5~5.0μmの六方晶構造を主として含有するAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる一種以上の元素)の複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだα層と、
平均層厚が1.0~20.0μmの立方晶構造を主として含有するAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含んだβ層とが、
前記α層を工具表面側とし、前記β層を前記工具基体側として積層された層を少なくとも一つ有する構造であり、
(b)前記α層は、その組成を、
組成式:(Al xα Me 1 -xα )(C 1-yα
で表した場合、AlのMeとAlの合量に占める平均含有割合xαおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yα(但し、xα、yαはいずれも原子比)が、それぞれ、0.70≦xα≦0.95かつ0.0000≦yα≦0.0150を満足し、
(c)前記β層は、その組成を、
組成式:(Al xβ Ti 1 -xβ )(C 1-yβ
で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xβおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yβ(但し、xβ、yβはいずれも原子比)が、それぞれ、0.65≦xβ≦0.95かつ0.0000≦yβ≦0.0150を満足し、
(d)前記α層はナノインデンテーション押し込み硬さHαが15GPa≦Hα≦28GPaであり、
(e)前記β層はナノインデンテーション押し込み硬さHβが30GPa≦Hβ≦45GPaであり、
前記表面被覆切削工具のすくい面に前記α層とβ層との積層構造を含む前記硬質被覆層を有し、逃げ面に前記β層を含む硬質被覆層を有することを特徴とする表面被覆切削工具。
(8)前記β層は微量のClを含有し、CとNとClの合量に占めるClの含有割合zβ(但し、zβは原子比)は0.0001≦zβ≦0.0020を満足することを特徴とする()に記載の表面被覆切削工具。
(9)前記表面被覆切削工具のすくい面に前記α層とβ層との積層構造を含む前記硬質被覆層を有し、逃げ面に前記β層を含む硬質被覆層を有することを特徴とする(5)、(6)、(8)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(10)前記xαと前記xβが、|xβ-xα|>0.04である場合において、前記α層と前記β層の間に立方晶構造を主として含有するAlとTiの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒を少なくとも含むAlTiCN層δが存在し、
(a)前記AlTiCNδ層は、その層厚方向に二等分した領域の、
前記工具基体側の領域の組成を組成式:(AlxδLTi(1-xδL))(CyδL(1-yδL))で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xδLと、CのCとNの合量に占める平均含有割合yδL(但し、xδL、yδLはいずれも原子比)が、
また、その層厚方向に二等分した領域の前記工具表面側の領域の組成を組成式:(AlxδHTi(1-xδH))(CyδH(1-yδH))で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xδHと、CのCとNの合量に占める平均含有割合yδH(但し、xδH、yδHはいずれも原子比)が、
xα≦xδH<xδL<xβもしくはxβ<xδL<xδH≦xα、および、
0.0000≦yδH≦0.0150、且つ、0.0000≦yδL≦0.0150、を満足し、
(b)前記TiAlCN層δは、その平均層厚をLδとした場合、0.1μm≦Lδ≦1.0μm、を満たす、
ことを特徴とする()乃至()のいずれかに記載の表面被覆切削工具
(11)前記α層は、前記工具基体の表面と垂直な縦断面から分析した場合、六方晶構造を有する結晶粒を70面積%以上、95面積%以下含み、
前記β層は、前記工具基体の表面と垂直な縦断面から分析した場合、立方晶構造を有する結晶粒を90面積%以上含む、
ことを特徴とする1乃至(10)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。」
である。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る表面被覆切削工具は、硬さの低い六方晶構造を主として含有するAlMeCN層(α層)を工具表面側に、硬さに優れる立方晶構造を主として含有するAlTiCN層(β層)を工具基体側に積層した層を少なくとも1層設けることにより、逃げ面での耐摩耗性を維持しつつ、すくい面の潤滑性を向上させ、熱亀裂の発生を防ぐことにより、すくい面から逃げ面に至る損傷を防ぎ、鋳鉄等の高速断続切削であっても長寿命であるという優れた効果を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】α層とβ層を積層した層が1層のときの硬質被覆層を示す模式図である。
図2】本発明に係る表面被覆切削工具の硬質被覆層の別の実施形態あって、α層とβ層の間にδ層を有するものの模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の被覆工具について、より詳細に説明する。なお、本明細書、特許請求の範囲の記載において、数値範囲を「~」を用いて表現する場合、その範囲は上限および下限の数値を含むものである。
【0015】
工具基体
工具基体は、この種の工具基体として従来公知の基材であれば、本発明の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。一例を挙げるならば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、cBN焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。これらの各種の基材の中でも、とりわけ、WC基超硬合金、サーメット(TiCN基サーメット)、cBN焼結体を選択することが好ましい。その理由は、これらが高温における硬度と強度とのバランスに優れ、表面被覆切削工具の工具基体として優れているためである。
【0016】
硬質被覆層の構造(全体の構造)
本発明に係る被覆工具は、図1に示すように、六方晶構造を有するAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる一種以上の元素)の複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒を少なくとも含むAlMeCN層のα層(α層ともいう)を工具表面側に、立方晶構造を有するAlとTiの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒を少なくとも含むAlTiCN層のβ層(β層ともいう)を工具基体側に積層した層を少なくとも一つ含む硬質被覆層を有する。硬質被覆層をこのような構造とする理由は、潤滑性が良好で耐熱亀裂性に優れるα層を工具表面側に、耐摩耗性が良好であるβ層を工具基体側に、それぞれ、配置することにより、逃げ面における耐摩耗性を維持しつつ、すくい面における熱亀裂の発生を防止し、さらに、すくい面から逃げ面に至る損傷を防ぐことができ、鋳鉄等の高速断続切削加工においても長期にわたって優れた切削性能を発揮できるためである。
【0017】
また、硬質被覆層は、前記α層とβ層とを積層した層を少なくとも一つ有していれば、これ以外の他の層を含んでいてもよい。他の層としては、例えば、α層とβ層のとの間に後述するAlTiCNのδ層の他、この積層した層と工具基体との間において密着性を向上させるような下地層が好ましく、さらに、この積層した層の上に設けられる上部層などで積層した層とともにチッピングをする等、損耗を促進するものでなければ含んでいても良い。
下地層としては、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、炭窒酸化物層の内の少なくとも1層を、上部層としては、Tiの炭窒酸化物層、酸化アルミニウムの内の少なくとも1層を、それぞれ例示できる。それらの層の組成は、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるものではなく、従来公知のあらゆる原子比を含むものである。
【0018】
硬質被覆層全体の平均層厚は、下地層と上部層を含み、後述するδ層の有無にかかわらず、1.5~25.0μmの範囲が好ましい。この範囲とする理由は、1.5μm未満であると、α層とβ層の特性によってもたらされる硬質被覆層の特性は十分に発揮できず、一方、25.0μmを超えると、耐チッピング性が低下してしまう。
なお、特許請求の範囲および本明細書において、平均層厚とは、すくい面で測定した平均厚さをいう。
以下、各層について詳述する。
【0019】
1.α層:
α層は、硬さは低いものの、潤滑性が良好であり、耐熱亀裂性に優れる、次のようなものである。
【0020】
(1)平均層厚
α層の平均層厚Lαは、0.5~5.0μmが好ましい。この範囲とする理由は、平均層厚が0.5μm未満では、すくい面においても硬質被覆層が早期に摩滅してしまい、耐熱亀裂性の向上効果が発揮されず、一方、5.0μmを超えるとα層内の結晶粒が大きくなりα層の耐チッピング性が低下するためである。
なお、α層とβ層の積層が複数あるとき、各α層の層厚は、前記範囲にあれば、同じであっても異なっていてもよい。
【0021】
(2)結晶構造
α層は、六方晶構造を有するAlとMeとの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒を含むものである。
ここで、α層が六方晶構造を有するとは、六方晶構造の結晶粒を縦断面(工具基体に垂直な断面)に60面積%以上有することが好ましく、硬質被覆層に潤滑性を与える非晶質層を含んでいてもよい。この面積割合を満足すると、α層の耐熱亀裂性が良好であるという特性をより確実に発揮することができる。また、六方晶構造の結晶粒は70面積%以上、95面積%以下の範囲で含まれることがより好ましい。
【0022】
(3)ナノインデンテーション押し込み硬さ
α層のナノインデンテーション押し込み硬さHαが15GPa≦Hα≦28GPaであることが好ましい。この範囲とする理由は、15GPa未満では、すくい面の耐摩耗性が不十分で早期に摩滅してしまい、耐熱亀裂性が向上されず、一方、28GPaを超えると潤滑性が低下、切屑との擦過抵抗が大きくなり耐熱亀裂性が低下するためである。
なお、特許請求の範囲および本明細書で記載するナノインデンテーション押し込み硬さは、ISO 14577の規定に基づいて測定したものである。
【0023】
(4)組成
α層は、その組成を、組成式:(AlxαMe1 -xα)(C1-yα)で表した場合、AlのMeとAlの合量に占める平均含有割合xαおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yα(但し、xα、yαはいずれも原子比)が、それぞれ、0.70≦xα≦0.95かつ0.0000≦yα≦0.0150を満足することが好ましい。
【0024】
Alの平均含有割合をこの範囲とする理由は、0.70未満であると、六方晶構造が安定的に形成されず、耐熱亀裂性が低下し、一方、0.95を超えると、すくい面の耐摩耗性が不十分で早期に摩滅してしまい、耐熱亀裂性の向上効果が発揮されないからである。
また、Cの平均含有割合をこの範囲とすれば、潤滑性が向上することによって耐熱亀裂性が向上するが、この範囲を逸脱すると、硬さが低下し、すくい面の耐摩耗性が不十分で早期に摩滅してしまい、耐熱亀裂性の向上効果が発揮されないためである。
【0025】
2.β層:
β層は、硬さに優れた層であり、次のようなものである。
【0026】
(1)平均層厚
β層の平均層厚Lβは、1.0~20.0μmが好ましい。この範囲とする理由は、平均層厚が1.0μm未満では、層厚が薄いため長期の使用にわたって耐摩耗性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20.0μmを超えると、β層の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなるためである。
なお、α層とβ層の積層が複数あるとき、各β層の層厚は、前記範囲にあれば、同じであっても異なっていてもよい。
【0027】
(2)結晶構造
β層は、NaCl型の面心立方構造(立方晶構造)を有するAlとTiとの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒を含むものである。
ここで、β層が立方晶構造を有するとは、立方晶構造の結晶粒を縦断面に70面積%以上有することが好ましく、この面積割合を満足すると、β層の硬さが良好で耐摩耗性が優れるという特性をより確実に発揮することができる。また、立方晶構造の結晶粒は90面積%以上含まれることがより好ましい。
【0028】
(3)ナノインデンテーション押し込み硬さ
β層のナノインデンテーション押し込み硬さHβが30GPa≦Hβ≦45GPaであることが好ましい。この範囲とする理由は、30GPa未満では、逃げ面の耐摩耗性が不十分であり、早期に寿命に達し、一方、45GPaを超えると皮膜の靱性が低下し、チッピングを発生しやすくなるためである。
【0029】
(4)組成
β層は、その組成を、組成式:(AlxβTi1 -xβ)(C1-yβ)で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xβおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yβ(但し、xβ、yβはいずれも原子比)が、それぞれ、0.65≦xβ≦0.95かつ0.0000≦yβ≦0.0150を満足することが好ましい。
【0030】
Alの平均含有割合をこの範囲とする理由は、0.65未満であると、AlTiCN層は硬さに劣るため、耐摩耗性が十分でなく、一方、0.95を超えると、Tiの含有割合が低下し、六方晶構造の結晶粒を含有しやすくなり、耐摩耗性の低下を招くからである。
また、Cの平均含有割合をこの範囲とする理由は、潤滑性が向上することによって耐熱亀裂性が向上するが、この範囲を逸脱すると、硬さが低下し、逃げ面の耐摩耗性が不十分で早期に摩滅してしまい、早期に工具寿命に至ってしまうためである。
【0031】
3.α層とβ層とのAlの平均含有割合の差:
α層におけるAlのMeとAlの合量に占める平均含有割合xαとβ層におけるAlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xβは、|xβ-xα|≦0.04を満足することが好ましい。
その理由は、α層とβ層との密着性を確保するためにはxβとxαの差は小さい方が望ましく、その差の絶対値がこの範囲以下であれば、より確実に密着性を確保することができるためである。
【0032】
3.δ層:
|xβ-xα|>0.04である場合において、α層とβ層のより密着性の向上のために、両層の間にNaCl型の面心立方構造(立方晶構造)を有するAlTiCNのδ層を有していることがさらに好ましい。
【0033】
(1)組成
δ層をその層厚方向に二等分したとき、
工具基体側の領域の組成を組成式:(AlxδLTi(1-xδL))(CyδL(1-yδL))で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xδLおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yδL(但し、xδL、yδLはいずれも原子比)が、
工具表面側の領域の組成を組成式:(AlxδHTi(1-xδH))(CyδH(1-yδH))で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xδHおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yδH(但し、xδH、yδHはいずれも原子比)が、
それぞれ、xα≦xδH<xδL<xβもしくはxβ<xδL<xδH≦xα、および、0.0000≦yδH≦0.0150、且つ、0.0000≦yδL≦0.0150、を満足していることが好ましい。
【0034】
δ層の組成をこのように規定する理由は、β層におけるxβとδ層のxδLを近づけることで、β層とδ層の密着性をさらに向上させることができ、加えて、α層におけるxαとδ層のxδHを近づけることで、α層との密着性も向上させることができ、δ層を介してα層とβ層の密着性を向上させて、耐チッピング性を高めることができるからである。
【0035】
(2)δ層の平均層厚
δ層の平均層厚は、0.1~1.0μmとする。この範囲とする理由は、0.1μm未満であるとδ層の平均層厚が薄すぎて、δ層によって十分に被覆されていないβ層の領域が存在することにより、また、1.0μmを超えるとδ層の結晶粒が粗大となって、α層の結晶粒の初期核発生が十分になされず核密度が高くないことにより、いずれも、α層とβ層の密着性の向上が期待できないためである。
【0036】
4.α層とβ層に含まれる塩素量
α層とβ層は不純物としてClを含んでいてもよい。
α層にClを含有する場合は、CとNとClの合量に占めるClの含有割合zα(但し、zαは原子比)は0.0015≦zα≦0.0010を満足することが好ましい。その理由は、0.0015未満では潤滑性が不十分で耐熱亀裂性が低下し、一方、0.0010を超えると硬さが低下し、すくい面の耐摩耗性が不十分で早期に摩滅してしまい、耐熱亀裂性の向上効果が発揮されないためである。
【0037】
β層にClを含有する場合は、CとNとClの合量に占めるClの含有割合zβ(但し、zは原子比)は0.0001≦zβ≦0.0020を満足することが好ましい。その理由は、0.0001未満では潤滑性が不十分で耐摩耗性が低下し、一方、0.0020を超えると硬さが低下し、逃げ面の耐摩耗性が不十分で早期に摩滅してしまい、早期に寿命に至るためである。
【0038】
5.すくい面にはα層とβ層を含む積層構造の硬質被覆層、逃げ面の表面にはβ層を含む硬質被覆層:
すくい面にはα層とβ層を含む積層構造の硬質被覆層を設け、逃げ面の表面にはα層を含まずβ層を含む硬質被覆層を設けることが好ましい。逃げ面にα層が設けられていてもよいが、被削材ともっとも擦れ合う逃げ面の表面には耐摩耗性が低いα層が存在しない方が、α層と一緒にその下地のβ層が脱落することを防止でき、工具寿命がより一層向上する。
【0039】
6.α層、β層、δ層の平均層厚、組成、結晶構造(面積率)の測定
まず、硬質被覆層を集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)、クロスセクションポリッシャー(CP:Cross section Polisher)等を用いて、研磨した縦断面を作成し、この縦断面において、縦方向(層厚方向)を硬質被覆層の層厚、横方向を工具基体に平行な100μmの四角形を測定領域とし、電子線後方散乱解析装置(EBSD:Electron Backscatter Diffraction)を用いて、前記測定領域に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流にて、0.01μmの間隔で照射して得られる電子線後方散乱回折像に基づき、個々の結晶粒の結晶構造を解析することにより、結晶構造の異なる領域の境界を画定する。
【0040】
さらに、前記結晶構造の異なる領域の境界を含むようにオージェ電子分光法(AES:Auger Electron Spectrpscopy)を用いて層厚方向にライン分析を行って得られる解析結果を基にα層、β層、δ層の鑑別を行う。α層とβ層の間にδ層を含む場合には、Alの平均含有割合の傾斜変化あるいはステップ状変化が観察される(α層とδ層の境界はTiもしくは前記Me成分の有無からも鑑別することが出来る。)。なお、α層とβ層の間にδ層を含まない場合には、前記結晶構造の異なる領域の境界がα層とβ層の境界になる。
【0041】
電子線後方散乱解析装置(EBSD)の解析に当たり、隣接する測定点(ピクセル)間で5度以上の方位差がある箇所を粒界と定義する。ただし、隣接するピクセルすべてと5度以上の方位差がある単独に存在するピクセルは結晶粒とは扱わず、2ピクセル以上連結しているものを結晶粒と扱う。このようにして、各結晶粒を決定し、その結晶構造を鑑別することにより、層厚方向に六方晶構造または立方晶構造の結晶粒の面積率を求める。
【0042】
前記各層の境界が画定すれば、画定した各層の境界領域間で平均層厚を求めることができ、また、α層とβ層、δ層のAlの平均含有割合(xα、xβ、xδL、xδH)は、前記オージェ電子分光法(AES)を用いて電子線を照射して層厚方向に複数(例えば、5本以上)のライン分析を行って得られる解析結果を平均することにより求めることができる。
【0043】
さらに、α層、β層、δ層のCの平均含有割合(yα、yβ、yδL、yδH)は、二次イオン質量分析(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)によって各層毎に求めることができる。すなわち、イオンビームによる面分析とスパッタイオンビームによるエッチングを交互に繰り返すことにより、深さ方向の含有割合測定を行う。具体的には、前記各層において、0.05μm以上侵入した箇所から、層厚方向に0.01μm以下のピッチで少なくとも0.05μmの長さで測定を行った平均値を求め、これを少なくとも5箇所行って算出した平均値を、各層のCの平均含有割合として求める。
【0044】
7.製造方法:
本発明の硬質被覆層は、例えば、工具基体もしくは当該工具基体上にあるTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層の少なくとも一層以上の下地層の上に、例えば、次の組成のガス群Aとガス群Bとからなる2種の反応ガス所定の位相差で供給することによって得ることができる。
【0045】
反応ガスのガス組成の一例として、%は容量%(ガス群Aとガス群Bの和を全体としている)として、
(1)α層形成用の反応ガス
ガス群A:NH:4.0~10.0%、H:40~50%、
:3.0~5.0%、Ar:1.0~5.0%
ガス群B:AlCl:0.60~1.00%、
MeCl(Meの塩化物):0.10~0.20%
:0.00~1.50%、N:0.0~12.0%、
HCl:0.00~0.10%、H:残
MeClは、Me成分ごとに前記%を満足すればよい。
反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa
反応雰囲気温度:750~900℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.15~0.25秒
ガス群Aとガス群Bとの供給の位相差:0.10~0.20秒
【0046】
(2)β層形成用の反応ガス
ガス群A:NH:2.0~3.0%、H:30~40%、N:6.0~10.0%
ガス群B:AlCl:0.60~1.00%、TiCl:0.07~0.40%、
:0.00~1.50%、N:0.0~12.0%、H:残
反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa
反応雰囲気温度:700~850℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.15~0.25秒
ガス群Aとガス群Bとの供給の位相差:0.10~0.20秒
【0047】
(3)δ層形成用の反応ガス
ガス群A:NH:2.8~7.4%、N:3.6~8.5%、
Ar:0.0~2.4%、H:33~48%
ガス群B:AlCl:0.60~0.74%、TiCl:0.10~0.32%、
:0.00~1.50%、N:0.0~12.0%、H:残
反応雰囲気圧力:4.6~5.0kPa
反応雰囲気温度:740~875℃
供給周期:2.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.15~0.22秒
ガス群Aとガス群Bとの供給の位相差:0.10~0.15秒
ガス組成をδ層成膜期間中に直線的(傾斜)、または、成膜期間前半と後半をステップ状に変化させる。
【実施例
【0048】
次に、実施例について説明する。
ここでは、本発明被覆工具の具体例として、工具基体としてWC基超硬合金を用いたインサート切削工具に適用したものについて述べるが、工具基体として、TiCN基サーメット、cBN基超高圧焼結体を用いた場合であっても同様であるし、ドリル、エンドミルに適用した場合も同様である。
【0049】
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、このプレス成形体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~C、およびISO規格CNMG120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体D~Fをそれぞれ製造した。
【0050】
次に、これら工具基体A~Fの表面に、CVD装置を用いて、各層をCVDにより形成し、表7、表8に示される本発明被覆工具1~10を得た。
成膜条件は、表2、3に記載したとおりであるが、概ね、次のとおりである。ガス組成の%は容量%(ガス群Aとガス群Bの和を全体としている)である。
【0051】
(1)α層形成用の反応ガス
ガス群A:NH:4.0~10.0%、H:40~50%、N:3.0~5.0%、
Ar:1.0~5.0%
ガス群B:AlCl:0.60~1.00%、
MeCl(Meの塩化物):0.10~0.20%
:0.00~1.50%、N:0.0~12.0%、
HCl:0.00~0.10%、H:残
MeClは、Me成分ごとに前記%を満足すればよい。
反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa
反応雰囲気温度:750~900℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.15~0.25秒
ガス群Aとガス群Bとの供給の位相差:0.10~0.20秒
【0052】
(2)β層形成用の反応ガス
ガス群A:NH:2.0~3.0%、H:30~40%、N:6.0~10.0%
ガス群B:AlCl:0.60~1.00%、TiCl:0.07~0.40%、
:0.00~1.50%、N:0.0~12.0%、H:残
反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa
反応雰囲気温度:700~850℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.15~0.25秒
ガス群Aとガス群Bとの供給の位相差:0.10~0.20秒
【0053】
(3)δ層形成用の反応ガス
ガス群A:NH:2.8~7.4%、N:3.6~8.5%、
Ar:0.0~2.4%、H:33~48%
ガス群B:AlCl:0.60~0.74%、TiCl:0.10~0.32%、
:0.00~1.50%、N:0.0~12.0%、H:残
反応雰囲気圧力:4.6~5.0kPa
反応雰囲気温度:740~875℃
供給周期:2.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.15~0.22秒
ガス群Aとガス群Bとの供給の位相差:0.10~0.15秒
ガス組成をδ層成膜期間中に直線的(傾斜)または、成膜期間前半と後半をステップ状に変化させる。
【0054】
また、本発明被覆工具6、7、9、11は、表6に示された成膜条件により表8に示されたδ層を形成した。
なお、本発明被覆工具1~6は、表4に示された成膜条件により表5に示された下地層、上部層を形成した。
【0055】
比較の目的で、工具基体A~Cの表面に、表2、3に示される条件によりCVD装置による成膜を行うことにより、表7に示される比較被覆工具1~10を製造した。また、比較被覆工具5、7は、表6に示された成膜条件により表8に示されたδ層を形成した。
なお、比較被覆工具1~6は、表4に示された成膜条件により表5に示された下地層、上部層を形成した。
【0056】
本発明被覆工具1~20および比較被覆工具1~10について、前述した方法により、各層の組成、平均層厚、立方晶構造および六方晶構造の結晶粒の面積率、NaCl型の面心立方構造の結晶粒の面積率を求め、結果を表7、表8に示す。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
【表3】
【0060】
【表4】
【0061】
【表5】
【0062】
【表6】
【0063】
【表7】
【0064】
【表8】
【0065】
次に、前記本発明被覆工具1~20および比較被覆工具1~10について、次の切削試験1(本発明被覆工具1~10、比較被覆工具1~10)および切削試験2(本発明被覆工具11~20、比較被覆工具1~10)を行い、その結果を表9、表10にそれぞれ示す。
【0066】
1.切削試験1:乾式高速正面フライス、センターカット切削加工
カッタ径: 125mm
被削材: JIS FCD800 幅100mm、長さ400mmブロック材
回転速度: 764rev/min
切削速度: 300m/min
切り込み: 2.0mm
一刃送り量: 0.1mm/rev
切削時間: 8分
(通常切削速度は、200m/min)
【0067】
2.切削試験2:乾式高速断続切削加工
被削材: JIS FCD800 長さ方向等間隔8本の縦溝入り丸棒
切削速度: 300m/min
切り込み: 2.0mm
送り: 0.1mm/rev
切削時間: 5分
(通常切削速度は、200m/min)
【0068】
【表9】
【0069】
【表10】
【0070】
表9、表10に示される結果から、本発明被覆工具1~20は、いずれも硬質被覆層が優れた耐チッピング性を有しているため、鋳鉄等の高速断続切削加工に用いた場合であっても熱亀裂およびチッピングの発生がなく、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮する。これに対して、本発明の被覆工具に規定される事項を一つでも満足していない比較被覆工具1~10は、鋳鉄等の高速断続切削加工に用いた場合チッピングが発生し、短時間で使用寿命に至っている。
【産業上の利用可能性】
【0071】
前述のように、本発明の被覆工具は、鋳鉄以外の高速断続切削加工の被覆工具として用いることができ、しかも、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化及び省エネ化、さらには低コスト化に十分に満足できる対応が可能である。
図1
図2