(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-22
(45)【発行日】2023-12-01
(54)【発明の名称】イオンビーム照射装置の運転方法、イオンビーム照射装置
(51)【国際特許分類】
H01J 37/317 20060101AFI20231124BHJP
H01J 27/08 20060101ALI20231124BHJP
H01J 37/08 20060101ALI20231124BHJP
H01L 21/265 20060101ALI20231124BHJP
【FI】
H01J37/317 Z
H01J27/08
H01J37/08
H01L21/265 T
H01L21/265 603A
(21)【出願番号】P 2020213931
(22)【出願日】2020-12-23
【審査請求日】2023-01-30
(31)【優先権主張番号】P 2020034932
(32)【優先日】2020-03-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】302054866
【氏名又は名称】日新イオン機器株式会社
(72)【発明者】
【氏名】川村 昌充
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-319586(JP,A)
【文献】特開2002-150959(JP,A)
【文献】特開平06-232238(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/317
H01J 27/08
H01L 21/265
H01J 37/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転停止状態から運転開始時に実施されるイオンビーム照射装置の運転方法であって、
不活性ガスをイオン源のプラズマ生成容器に導入して、前記プラズマ生成容器内で前記不活性ガスによるプラズマを生成する工程と、
前記不活性ガスをイオンビーム照射処理に使用される第一のガスに切り替える工程と、を備えるイオンビーム照射装置の運転方法。
【請求項2】
イオン源の運転パラメータで、前記プラズマ生成容器内で生成されるプラズマの状態に関連したパラメータを監視する工程をさらに備え、
前記運転パラメータの監視結果にもとづいて、前記不活性ガスと前記第一のガスとの切り替えが行われる、請求項1記載のイオンビーム照射装置の運転方法。
【請求項3】
前記不活性ガスによるプラズマが生成されている間、前記プラズマ生成容器の下流に配置される引出電極系でのイオンビームの引き出しが行われない請求項1または2に記載のイオンビーム照射装置の運転方法。
【請求項4】
前記第一のガスとは異なる第二のガスを用いて基板処理を行う際のイオンビーム照射装置の運転方法であって、
前記第二のガスを前記プラズマ生成容器に導入して、前記プラズマ生成容器内でプラズマを生成する工程と、
前記プラズマ生成容器の下流に配置される引出電極系を用いて前記プラズマからイオンビームを引き出す工程と、
引き出されたイオンビームのマススペクトルを計測する工程と、
マススペクトルを計測した結果、前記第二のガス以外の成分に由来する残留物が所定値を上回る場合、前記第二のガスに基づくプラズマからイオンビームを引き出す追い出し工程を実施する請求項1乃至3のいずれか一項に記載のイオンビーム照射装置の運転方法。
【請求項5】
運転停止状態から運転開始時に実施されるイオンビーム照射装置の運転方法を実行する制御装置を有するイオンビーム照射装置であって、
前記制御装置は、
不活性ガスをイオン源のプラズマ生成容器に導入して、前記プラズマ生成容器内で前記不活性ガスによるプラズマを生成する工程と、
前記不活性ガスをイオンビーム照射処理に使用される第一のガスに切り替える工程と、を実行する、イオンビーム照射装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板処理に先立って実施されるイオンビーム照射装置の運転方法と当該方法を実施するイオンビーム照射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオンビーム照射装置は、典型的には、プラズマからイオンビームを引き出し、基板へのイオンビーム照射処理を行う装置として知られている。
装置が停止されている状態から運転を開始する場合、運転開始当初はイオンビームの引き出しが不安定な状態であることから、基板へのイオンビーム照射処理をただちに開始することなく、しばらくの間は慣らし運転を実施している。
【0003】
昨今、装置立ち上げ時間の短縮化についての要望を受けて、イオンビームの引き出しに使用されるイオン源を暖機運転して、装置立ち上げ時間を短縮することが提案されている。
例えば、特許文献1では、運転開始時にイオン源に投入する電力を通常運転時に投入する電力に比べて高くして、イオン源を構成するプラズマ生成容器の予備加熱を行い、イオンビームの引き出しが安定するまでの時間の短縮を図っている。
【0004】
また、特許文献2では、プラズマ生成容器の壁に埋設したヒータを用いてプラズマ生成容器の予備加熱を行って、イオンビームの引出しが安定するまでの時間の短縮を図っている。
【0005】
しかしながら、これらの特許文献に挙げられる予備加熱の方法、いわゆる暖機運転の方法には種々の問題が内在している。
特許文献1では、イオンビーム照射処理(イオン注入処理)に使用されるドーパントガスと同じガスを用いて高い投入電力でイオン源の運転が行われている。イオンビーム照射処理に使用されるガスには腐食性が高いハロゲン成分を含むガスもあり、この種のガスを使用する場合には、イオン源を構成するプラズマ生成容器の内壁面やプラズマ生成容器からイオンビームの引き出しを行う複数枚の電極からなる引出電極系の表面とハロゲン成分とが反応して堆積物が生成される。
【0006】
生成された堆積物は、高電圧が印可される引出電極系や引出電極系とプラズマ生成容器との間で、異常放電を発生させる要因になることから、イオンビーム照射装置の立ち上げ時間は短縮できるものの、イオンビームを安定して引き出すことのできる時間が短縮されてしまう、つまり、イオン源の寿命が短くなるという問題がある。
【0007】
また、特許文献2では、プラズマ生成容器の壁にヒータを埋設しているために、プラズマ生成容器の構成が複雑となり、ヒータ線の断線時にはプラズマ生成容器ごと交換が必要となる等の問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2001-307650
【文献】特開平5-325871
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明では、イオンビーム照射装置の立ち上げ時間の短縮を図るとともに、構成が簡素でイオン源の長寿命化が図ることのできる、イオンビーム照射装置の運転方法と当該運転方法を実施するイオンビーム照射装置を提供することを主たる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
イオンビーム照射装置の運転方法は、
運転停止状態から運転開始時に実施されるイオンビーム照射装置の運転方法であって、
不活性ガスをイオン源のプラズマ生成容器に導入して、前記プラズマ生成容器内で前記不活性ガスによるプラズマを生成する工程と、
前記不活性ガスをイオンビーム照射処理に使用される第一のガスに切り替える工程と、を備えている。
【0011】
上記したイオンビーム照射装置の運転方法であれば、不活性ガスのプラズマを用いてプラズマ生成容器を加熱しているので、ヒータでプラズマ生成容器を予備加熱する構成に比べてイオン源の構成が簡素となる。また、暖機運転時にハロゲン成分を含むドーパントガスを使用していないため、異常放電の要因となる堆積物が生成されないことからイオン源の長寿命化が可能となる。
【0012】
ガスの切り替えにあたっては、
イオン源の運転パラメータで、前記プラズマ生成容器内で生成されるプラズマの状態に関連したパラメータを監視する工程をさらに備え、
前記運転パラメータの監視結果にもとづいて、前記不活性ガスと前記第一のガスとの切り替えが行われる、ことが望ましい。
【0013】
経験則に基づいて、所定時間経過後に不活性ガスと第一のガスとを切り替えてもいいが、それではプラズマ生成容器の予備加熱が不十分であることが懸念される。プラズマ生成容器の予備加熱を十分に行うという点から、上記した構成のようにプラズマの状態を監視しておき、監視結果に応じて、ガスの切り替えを行う構成としておくことが望まれる。
【0014】
より具体的な構成としては、
前記不活性ガスによるプラズマが生成されている間、前記プラズマ生成容器の下流に配置される引出電極系でのイオンビームの引き出しが行われない、ことが望ましい。
【0015】
プラズマ生成容器を加熱している間、イオンビームの引き出しを行わないことにより、イオンビームによる引出電極系のスパッタリングが防止されるので、引出電極系の消耗を避けることができる。
【0016】
第一のガスを用いて基板処理を行った後で、別のガスに切り替えて基板処理を行う場合には、次に示す手法を用いて、それ以前の基板処理に使用されたガスに由来するイオン成分の混入を効率的に除去することが可能となる。
具体的には、
前記第一のガスとは異なる第二のガスを用いて基板処理を行う際のイオンビーム照射装置の運転方法であって、
前記第二のガスを前記プラズマ生成容器に導入して、前記プラズマ生成容器内でプラズマを生成する工程と、
前記プラズマ生成容器の下流に配置される引出電極系を用いて前記プラズマからイオンビームを引き出す工程と、
引き出されたイオンビームのマススペクトルを計測する工程と、
マススペクトルを計測した結果、前記第二のガス以外の成分に由来する残留物が所定値を上回る場合、前記第二のガスに基づくプラズマからイオンビームを引き出す追い出し工程を実施する。
【0017】
イオンビーム照射装置の構成としては、
運転停止状態から運転を開始するイオンビーム照射装置の運転方法を実行する制御装置を有するイオンビーム照射装置で、
前記制御装置は、
不活性ガスをイオン源のプラズマ生成容器に導入して、前記プラズマ生成容器内で前記不活性ガスによるプラズマを生成する工程と、
前記不活性ガスをイオンビーム照射処理に使用される第一のガスに切り替える工程と、を実行するものであればよい。
【発明の効果】
【0018】
不活性ガスのプラズマを用いてプラズマ生成容器を加熱しているので、ヒータでプラズマ生成容器を予備加熱する構成に比べてイオン源の構成が簡素となる。また、予備加熱時にハロゲン成分を含むドーパントガスを使用していないため、異常放電の要因となる堆積物が生成されないことからイオン源の長寿命化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】イオンビーム照射装置全体の構成例を示す模式図
【
図2】コールドスタート時の装置運転方法に係るフローチャート
【
図4】イオン種切り替え時の装置運転方法に係るフローチャート
【
図7】追い出し工程の別の例にかかるフローチャート
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1は本発明が実施されるイオンビーム照射装置IMの構成例を示す模式図である。
図1のイオンビーム照射装置IMは、典型的なイオン注入装置の構成例である。この図をもとに装置構成について説明する。
【0021】
イオン源1はプラズマ生成容器11と複数枚の電極からなる引出電極系21で構成されている。プラズマ生成容器11にはバルブSWを介して種々のボンベが接続されている。具体的には、ArやXe等の希ガスが封入された第一のボンベB1、第一のガスが封入された第二のボンベB2、第二のガスが封入された第三のボンベB3である。第一のガスと第二のガスは互いに異なるガスであり、BF3やPH3あるいはAsH3等のガスで、第一のボンベB1に封入されている希ガスとは異なり、基板処理に使用されるドーパントガスである。
【0022】
図示の通り、一部配管を共通化させておき、バルブSWを用いて選択的にガスの供給路を切り替えてもいいが、本発明が適用されるイオン源の構成はこの構成に限定されるものではない。例えば、各ボンベから独立した配管をプラズマ生成容器11に接続しておき、各配管の開閉を各々の配管に設けられたバルブを用いて切り替えるようにしてもよい。また、プラズマ生成容器11に接続されるボンベの数は2つ以上であればよく、その個数に制限はない。
【0023】
プラズマ生成容器11では、従来から知られているアーク放電や高周波放電にてプラズマ生成容器11に供給されたガスがプラズマ化される。
引出電極系21は、プラズマ生成容器11で生成されたプラズマからイオンビームIBの引き出しを行う。
図1において、このイオンビームIBは、紙面奥手前方向に長いリボンビームあるいはシートビームと呼ばれるイオンビームである。イオンビームの引き出し方向に垂直な平面で引き出されたイオンビームを切断したとき、その切断面が略長方形状を成す形状をしている。
なお、本発明において、イオンビームの形状には制限はなく、リボンビーム以外のスポットビームが引き出される構成が採用されてもよい。
【0024】
引出電極系21で引き出されたイオンビームIBが質量分析電磁石2と分析スリット3を通過することで、イオンビームIBに含まれる不要なイオン成分の除去が行われる。
分析スリット3の下流(イオンビームIBの進行方向側)には、図示される矢印の方向でイオンビームIBの輸送経路に出し入れ可能なビーム電流計測器Pが設けられている。制御装置Cは、ビーム電流計測器Pの図示されない駆動機構を制御する装置である。他に、制御装置Cは、各部との間で破線矢印のように信号の送信、あるいは送受信を行って、後述する本発明の運転方法を実現する。
【0025】
処理室4にはホルダ6に保持された基板5(例えば、シリコンウエハやガラス基板等)が図示されない駆動機構によって図示の矢印方向へ、処理室4に導入されたイオンビームIBを横切るようにして1又は複数回往復搬送されている。
この基板5の往復搬送によって、基板全面にイオンビームIBが照射されて、イオンビームIBによる基板処理が実現される。
なお、
図1の構成例では、ビーム電流計測器Pが出入りする場所と処理室4との間には何らビーム光学要素が配置されていないが、これらの部材間に加減速器や偏向器等の従来から知られているビーム光学要素が配置されてもよい。
【0026】
図2、
図4は、制御装置Cで実施される本発明の運転方法に係るフローチャートである。この運転方法について、装置のオペレータが手動で行うようにしてもよい。これらのフローチャートに基づいて以下に具体的な運転方法を説明する。
【0027】
図2は、停止状態にある装置の運転を開始する時に実施されるイオンビーム照射装置の運転方法である。ここではいう停止状態とは装置、特にイオン源1への通電がなく、イオン源1の温度が室温かそれに近い温度にある状態のことをいう。このような停止状態から装置の運転を開始することを、コールドスタートと呼んでいる。
【0028】
イオンビーム照射装置での基板処理を実施するにあたって、所望の処理が行えるよう、まずはイオンビームの立ち上げ処理が開始される。このイオンビームの立ち上げ処理を開始する信号や装置のオペレータによるイオンビームの立ち上げを開始するにあたっての判断を受けて次の処理に進む。(処理S1)
処理S1を受けて、第一のボンベB1の希ガス(この例ではArガス)をプラズマ生成容器11に供給する。その後、アーク放電や高周波放電を用いてプラズマ生成容器11内でプラズマの生成が行われる。(処理S2)(プラズマ生成工程)
【0029】
処理S2でプラズマ生成容器11内にプラズマが生成された後、プラズマの状態が安定するまでプラズマ生成容器11内でのプラズマの生成が継続して行われる。(処理S3)
プラズマの状態が安定しているかどうかについての判断は、予め行われた実験結果を踏まえて、プラズマ生成処理の経過時間で判断してもよい。
ただし、イオン源1を構成する部材は経時的に消耗していることから、必ずしも所定時間経過後にプラズマが安定しているとは限らない。よって、プラズマの状態をリアルタイムに監視してプラズマの状態が安定しているかどうかを判断することが望まれる。
【0030】
プラズマの状態を監視してプラズマが安定しているかどうかを判断する方法としては、例えばアーク放電でプラズマを生成するイオン源の場合には、プラズマ生成容器11とフィラメント等のカソードとの間に接続されたアーク電源を流れるアーク電流を監視しておく方法がある。
プラズマ生成容器11内で生成されたプラズマの濃度が濃くなれば、アーク電流値も増加する。イオン源への投入パワーと供給されるガス流量が決まっていれば、時間の経過とともにプラズマ濃度やアーク電流値は一定値に収束する。
そこで、アーク電流値が所定値となるか、アーク電流値の変動が所定範囲内となったことをもってプラズマの状態が安定したと判断する。
【0031】
図3には本願出願人による他の特許出願である特開2014-183040に開示されるイオン源の構成が描かれている。
このイオン源ISではフィラメント電源Vfでフィラメント31が加熱されてフィラメント31から熱電子が放出される。フィラメント31から放出された熱電子はカソード32を加熱して、カソード32から放出された熱電子をアノード電極33、グランド電極34で所定エネルギーに加速して、プラズマ生成容器35に供給している。
【0032】
加速された熱電子はプラズマ生成容器35に供給されたガスを電離して、プラズマ生成容器35内にプラズマが生成される。プラズマ生成容器35の下流には図示されない複数枚の電極から構成される引出電極系が配置されていて、この引出電極系を通してイオンビームの引き出しが行われる。
【0033】
このイオン源ISでは、カソード32とプラズマ生成容器35との間に接続されたアーク電源Vaに流れるアーク電流Iaを計測している。アーク電流Iaの計測結果は制御装置C2に適宜送信されて、カソード電圧の制御に使用されている。
具体的には、制御装置C2はアーク電流Iaの計測値と予め設定された設定値との差分を算出して、この差分が小さくなるようにカソード電源Vcの設定値(カソード電圧)を調整している。上記構成のイオン源ISでは、カソード電圧の変動が所定範囲内に収まる程度に小さくなったことをもって、プラズマの状態が安定したと判断している。
制御装置C2は、
図1で説明した制御装置Cと同一のものであってもいいが、両制御装置を個別に設けておいてもよい。この場合、
図1の制御装置Cでイオンビーム照射装置IMの全体を統括制御し、制御装置Cの下で制御装置C2がイオン源を制御する。
【0034】
イオン源を運転する上で必要な運転パラメータで、プラズマの状態変化に応じて変動する運転パラメータを監視する工程を実施して、プラズマの状態が安定したかどうかの判断を行ってもよい。
なお、
図3のイオン源ISでは、アーク電流Iaが監視対象とする運転パラメータであると言えるが、当該運転パラメータをもとにカソード電圧を制御していることから間接的にはカソード電圧も監視対象であると言える。
対象となる運転パラメータはプラズマの状態が安定しているかどうかが把握できるパラメータであればよく、イオン源の構成や運転パラメータの制御方法に応じて上述したアーク電流Iaやカソード電圧とは異なる運転パラメータを監視対象にしてもよい。
【0035】
プラズマの状態が安定したことが確認された後、ガスの切り替え工程が行われる。(処理S4)(ガス切り替え工程)
具体的には、第一のボンベB1からのArガスの供給を停止し、第二のボンベB2あるいは第三のボンベB3からプラズマ生成容器11へ基板処理に必要なイオン種を生成するガス(BF3、PH3、AsH3等)の供給が行われる。その後、同ガスをもとにしたイオンビームの立ち上げ処理が開始される。(処理S5)
【0036】
処理S5でイオンビームの立ち上げが行われる前に、処理S2と処理S3を経てイオン源1のプラズマ生成容器11が予備加熱されるため、処理S5でイオンビームを立ち上げ、安定した引出が行えるようになるまでの時間が特許文献1や特許文献2と同様に短時間となる。
一方、本発明では、希ガスを用いてプラズマを生成しているため、ハロゲン等の腐食性ガスによるプラズマ生成容器や引出電極系の腐食がなく、異常放電の要因となる堆積物の生成を防ぐことが可能となり、特許文献1に比べてイオン源の長寿命化を図ることができる。
さらに、プラズマ生成容器へのヒータの埋め込みが不要となることから、特許文献2に比べて装置構成の簡素化を図ることができる。
【0037】
処理S2や処理S3で点灯されたプラズマから引出電極系21を通してイオンビームIBの引き出しが行われてもよい。ただし、引出電極系がイオンビームIBでスパッタリングされて、消耗することを考えれば、イオンビームIBの引き出しを行わない構成を採用することが望ましい。
イオンビームIBの引き出しを行わない場合、引出電極系21とプラズマ生成容器11との電位差をなくすよう、引出電極系21を構成する各電極への印可電圧を調整しておく。
【0038】
上記したコールドスタートでは、基板処理に用いるガスが1種類である場合にも適用できる。この場合、
図1に図示される第二のボンベB2と第三のボンベB3の両方を用意しておく必要はなく、いずれか一方のボンベを備えていれば足りる。
一方、基板処理に使用するガスを2種類以上とし、これらのガスを切り替えて基板処理が実施されることもある。この場合に係る本発明の構成例を
図4のフローチャートを用いて説明する。
【0039】
処理S11で、イオンビームの立ち上げを開始する信号や装置のオペレータによるイオンビームの立ち上げ開始の判断があれば、これを受けて次の工程に進む。
【0040】
次の工程では、まず次の基板処理を行うときに使用するガスをプラズマ生成容器11に供給して、プラズマを生成する。次に、生成されたプラズマからイオンビームの引き出しを行う。(処理S12、イオンビーム引き出し工程)
その後、質量分析電磁石2の磁場を連続的に変化させてイオンビームIBのマススペクトルを取得する。(処理S13、マススペクトル計測工程)
マススペクトルの取得時には、ビーム電流計測器PをイオンビームIBの輸送経路に入れておき、分析スリット3の下流でビーム電流を計測する。
マススペクトルの計測後、計測結果をもとに、イオンビーム中に含まれる不要成分が予め設定された基準値を超えていないかどうかの確認が行われる。(処理S14、不要イオン成分の確認工程)
【0041】
不要成分とは、以前の基板処理時に使用されたガスに由来するものである。不要成分は、引出電極系やイオンビームの輸送経路等に残留している堆積物がスパッタリングされることでイオンビーム中に混入する。不要成分が混入したイオンビームで基板を処理すると、処理不良が発生することがある。
こうした処理不良を未然に防ぐために、本発明では後述する追い出し工程を実施する。
【0042】
不要成分の有無、その大きさ(ビーム電流値)の確認については、次のようにして行われる。
イオンビームのマススペクトルは、ガス種に応じてピークの位置が決まっている。そこで、まずは計測されたマススペクトルに所定ピーク以外のピークが存在しているかどうかの確認が行われる。
次に、所定ピーク以外のピークのなかで、基準値と比較してこれを超えているものがあるかどうかを確認する。なお、所定ピーク以外のピークが複数ある場合、全てのピークを基準値と比較しなくてもいい。例えば、複数ある所定ピーク以外のピークのうち、最大となるピークを基準値と比較するようにしてもよい。
【0043】
処理S14での確認結果、不要成分由来のピークが予め設定された基準値を超えている場合には、マススペクトルの計測に使用したガスによるプラズマを生成する。この際、使用するガスの流量は基板処理時に使用されるガス流量に比べて多くしておく。この理由は、ガス流量を多くすることで、プラズマ生成容器の加熱に加えてガスがプラズマ化されて生じる活性種(例えば、水素やフッ素等のイオン成分)と不要成分との化学反応が促進されて不要成分を効率的に除去することが可能となり、次の基板処理で使用するガスに基づくイオンビームの立ち上げ時間が短縮できるからである。処理S15が行われる追い出し工程では、生成されたプラズマからイオンビームの引き出しが行われる。
【0044】
追い出し工程の後、不要成分が除去できたかどうかの確認を行うため、再び処理S13でマススペクトルの計測が行われる。
処理S13では、処理S15の追い出し処理に比べて第二のガスの流量を基板処理時の流量に下げて、プラズマ生成容器で生成されたプラズマからイオンビームを引き出す。その後、引き出されたイオンビームを質量分析電磁石2と分析スリット3で質量分析したうえで、ビーム電流計測器Pでビーム電流を計測する。なお、ビーム電流計測器Pでの計測時、質量分析電磁石2の磁場は処理S14で基準値を超えると判断された不要成分に由来するマススペクトルのピークが計測できるように調整しておく。
【0045】
処理S14で、除去対象とする不要成分に由来するピーク(ビーム電流値)が予め設定された基準値以下となれば、基板処理に適したイオンビームの立ち上げ処理を開始する。(処理S16)
一方、除去対象とする不要成分のピーク(ビーム電流値)が依然として基準値を超えているならば、再度、ガス流量を上げて、処理S15の追い出し処理を実施する。
【0046】
処理S15の追い出し処理を繰り返し実施する場合、2回目に実施される処理S15で確実に不要成分の除去が行えるように、1回目に処理S15を実施したときの基準よりも厳しい基準を採用してもよい。
例えば、1回目に処理S15を実施する際の実施時間を10分と設定していたのであれば、2回目に処理S15を実施する際には実施時間を15分に変更してもよい。
【0047】
また、処理S15を繰り返し実施する場合、繰り返し回数に上限を設けておき、上限を超える場合には、上回る場合にはエラーと判断して一連の処理を停止し、装置内部を清掃するように構成してもよい。
不要成分の除去が確認できた段階で、基板処理に適したイオンビームの立ち上げ処理が実施される。(処理S16)
【0048】
以前の基板処理で使用されていたガス由来の不要成分を取り除く処理を行う際のイオン源の運転パラメータを予め準備しておいてもよい。
例えば、準備した運転パラメータを制御装置Cの記憶領域に記憶させ、適宜、記憶領域から読みだしてイオン源1を運転するようにしておけば、処理S12乃至処理S15の一連の処理に要する時間を短縮することができる。
【0049】
処理S13では、取り扱うガス種によっては、以前の基板処理に使用されていたガス由来の不要成分のピーク位置と次の基板処理で使用されるガス由来のマススペクトルのピーク位置とが重複することが懸念される。
具体的には、先の基板処理で使用されたガスがPH3で、次の基板処理で使用されるガスがBF3の場合、P+イオンのピークとBF+イオンのピークはピーク位置が被り、不要成分の有無を確認することが困難となりうる。
このような場合には、互いのピーク位置が離れている二価のイオン(P++、BF++)のピークを参照して不要成分の有無を確認すればよい。
【0050】
図5は、
図2のフローチャートに示したコールドスタート時のイオンビーム照射装置の運転方法と
図4のフローチャートに示したイオン種切り替え時のイオンビーム照射装置の運転方法を統合したフローチャートである。
処理S1乃至処理S5、処理S11乃至処理S16についての各処理は、これまでに説明した処理と同一の処理である。
【0051】
イオンビーム照射装置の運転方法を統合する場合、イオンビームの立ち上げ開始の信号や立ち上げ開始の判断を受けて、立ち上げ条件の判定が行われる。
この立ち上げ条件の判定では、現在のイオンビーム照射装置の運転状態と次に行われるイオンビーム照射装置の運転内容に基づいて、コールドスタート時の運転方法かイオン種切り替え時の運転方法のいずれの運転方法を選択するのかが判定される。(処理S30)
【0052】
コールドスタート時の運転方法のみが採用される場合、イオンビーム照射装置IMの構成としては、マススペクトルの計測を要しないため、質量分析電磁石2、分析スリット3、ビーム電流計測器Pを具備しない構成であってもよい。
また、イオンビーム照射装置の具体例としては、イオン注入装置の他に、イオンビームエッチング装置、質量分析計、集束イオンビーム装置等々の従来から知られている装置が挙げられる。
【0053】
また、上記実施形態におけるイオンビームの立ち上げ処理を含むイオンビーム照射装置の運転方法は制御装置を用いて自動で行うことを基本とするが、装置のオペレータが手動で各処理を行う構成を採用してもよい。その場合、計測データや比較対象とする基準値等のデータがオペレータに視認可能となるように、ディスプレイ等の表示手段を用意しておく。
さらに、全体の処理のうち、一部の処理に係る実行処理を制御装置で行い、残りの処理に係る実行処理を手動で行う構成でもよい。
【0054】
図6、
図7は追い出し処理S15で、プラズマからイオンビームを引き出し、不要なイオン成分由来の堆積物を追い出すときの構成例を示すフローチャートである。これらのフローチャートを用いて、追い出し処理の詳細を説明する。
【0055】
図6では、まず、追い出し処理時に用いられるイオン源の運転パラメータ(ガス流量、アーク電流等のイオン源を運転する際に設定されるパラメータで追い出し条件とも呼ぶ)でイオン源を運転し、イオンビームの引き出しを行って、マススペクトルが計測される。(処理S21)
次に、
図4の処理S13で得られた追い出し対象とする不要成分による堆積物の残留量と予め設定された基準値との関係を参照し、処理S21で得られた追い出し対象とする不要なイオン成分による堆積物の残留量を減らすときに用いる目標値の設定を行う。(処理S22)
これは処理S13と処理S21でイオン源を運転する際の運転パラメータが異なっていることから、マススペクトルとして得られる不要成分のピークの大きさ(ビーム電流値)に差異が生じているためである。
【0056】
その後、追い出しビーム条件でイオンビームの引き出しを行い (処理S23)、不要成分の残留量が目標値以下であるかどうかの確認を行う。(処理S24)
処理S23は、処理S24で不要成分の残留量が目標値以下となるまで継続して行われる。残留量が目標値以下となれば、
図4と同じく、処理S16で基板処理を行うためのセットアップを実行する。
【0057】
図6のフローチャートでは、追い出しビーム条件でマススペクトルの計測を行って、除去すべき不要なイオン成分の目標値を設定することを行っていたが、このような目標値の設定を行わなくてもよい。
図7のフローチャートでは、目標値の設定を行わない例について説明する。
【0058】
図7のフローチャートでは、まず、追い出し処理にあたり、追い出しビーム条件でビームの引き出しが行われる。(処理S31)
所定時間、ビームの引き出しが行われた後、イオン源の運転パラメータを切り替えて、基準ビーム条件でビームの引き出しを実施する。(処理S32)
この基準ビーム条件でのビームの引き出しは、
図4の処理S12に相当する。この条件下で処理S13と同様にマススペクトルの計測を行い、先に処理S13で計測された不要成分の残留量が基準値以下になったかどうかの確認を行う。(処理S33)
【0059】
ここで基準値を上回っている場合には、再びイオン源の運転パラメータを基準ビーム条件から追い出しビーム条件に切り替えて、追い出しビームを引き出して不要成分の追い出しを再開する。
一方、不要成分の残留量が基準値以下となれば、
図4と同じく、処理S16で基板処理を行うためのセットアップを実行する。
【0060】
図6、
図7で説明した追い出し処理のいずれを用いてもいいが、イオン源の運転パラメータの切り替えに要する時間とマススペクトルの計測に要する時間とを比較したとき、イオン源の運転パラメータの切り替えに要する時間の方がより長い時間を要することから、追い出し処理を短時間で済ませるには、
図6のフローチャートに示した構成を用いる方が望ましい。
【0061】
イオン源は、3種類以上の数多くのガス種を取り扱うこともある。不要成分の有無は先に行われた基板処理で使用されていたガス種に依存する傾向にある。取り扱うガス種によっては、別のガス種を用いた基板処理を行う際、そのような堆積物は必ずしも生成されているとは限られない。
このことから、イオン種の切り替えごとに必ず上述した本発明のイオン種切り替え時の処理を実施する必要はなく、基板処理を行うイオン種(ガス種)ごとに、本発明のイオン種切り換え時の処理を実施するかどうかを選択できるようにしておいてもいい。
そのような選択は、例えば、先に使用していたガス種と後で使用するガス種の組み合わせに応じて設定しておく。また、追い出し条件や追い出し処理の時間、不要成分の残留物で除去対象とするマススペクトルの値なども、前後の基板処理に使用されるガス種に応じて個別に設定できるようにしておいてもいい。
【0062】
また、
図4のフローチャートにおいて、処理S13で行われるマススペクトルの計測は簡略化されてもいい。取り扱うガス種によっては、不要成分として特定質量の成分が主となるので、その成分についての残留量のみを確認し、これを取り除く処理を行うようにしてもよい。
このことから、上述した実施形態で述べられるマススペクトルは、質量の異なる複数成分のビーム電流強度からなるスペクトルではなく、単一成分のビーム電流強度からなるものも対象にしている。
【0063】
その他、本発明は前記実施形態に限られず、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0064】
1、IS イオン源
2 質量分析で磁石
3 分析スリット
11、35 プラズマ生成容器
21 引出電極系
P ビーム電流計測器
C、C2 制御装置
IM イオンビーム照射装置