(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-22
(45)【発行日】2023-12-01
(54)【発明の名称】歩行補助車両
(51)【国際特許分類】
A61H 3/04 20060101AFI20231124BHJP
B62B 3/00 20060101ALI20231124BHJP
【FI】
A61H3/04
B62B3/00 G
(21)【出願番号】P 2019211389
(22)【出願日】2019-11-22
【審査請求日】2022-09-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100170379
【氏名又は名称】徳本 浩一
(74)【代理人】
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】ラージャー ゴピナート
【審査官】今関 雅子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-012546(JP,A)
【文献】特開2015-223218(JP,A)
【文献】特開2001-070356(JP,A)
【文献】特開2004-089615(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61H 3/04
B62B 1/00-5/08
A61G 5/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
進退方向および幅方向を有する車体と、
前記車体に取り付けられた駆動モータにより駆動される駆動輪と、
前記駆動輪に対して前記車体の進退方向に離れた位置に設けられた従動輪と、
利用者が歩行姿勢で把持できるように前記車体の上部に設けられた操作部と、
前記操作部に作用する
進退方向の圧力を操作力
として検出する手段と、
前記車体の傾斜を検出する傾斜検出手段と、を備え、
前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が閾値未満の場合に、前記操作部を前方に押す操作で前記駆動モータに正方向のトルクを発生させ、前記操作部を後方に引く操作で前記駆動モータに逆方向のトルクを発生させる通常制御を行い、
前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が
前記閾値以上かつ前記操作部を前方に押す操作が検出された場合に、前記操作部
に作用する引く
方向の操作力
に応じて前記駆動モータに正方向のトルクを発生させるプル制御に移行するように構成されている、歩行補助車両。
【請求項2】
前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が
前記閾値以上かつ前記操作部を前方に押す操作力が第1の所定値以上となった場合は前記プル制御に移行し、前記プル制御中に、前記操作部
に作用する引く
方向の操作力が第2の所定値以上となった場合は減速するように構成されている、請求項1記載の歩行補助車両。
【請求項3】
前記プル制御中に、前記操作部
に作用する引く
方向の操作力が前記第2の所定値より大きい第3の所定値以上となった場合はブレーキ制御に移行し、
前記ブレーキ制御中に、前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が前記閾値以上かつ前記操作部を押す操作力が検出された場合は前記プル制御に復帰するように構成されている、請求項2記載の歩行補助車両。
【請求項4】
前記ブレーキ制御に移行してから
前記操作部を前方に押す操作が検出されないまま所定時間が経過した場合はブレーキカを緩和するブレーキ緩和制御に移行し、
前記操作部を前方に押す操作が検出されないままブレーキカが所定以下となった場合は前記通常制御に復帰するように構成されている、請求項3記載の歩行補助車両。
【請求項5】
前記ブレーキ緩和制御中に、前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が前
記閾値以上かつ前記操作部を押す操作力が検出された場合は、前記プル制御に復帰するように構成されている、請求項3記載の歩行補助車両。
【請求項6】
前記プル制御中に、前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が、前
記閾値より小さい第2の閾値未満となった場合は、前記駆動モータに発生させる正方向のトルクを徐々に減少させるプル緩和制御に移行するように構成されている、請求項2記載の歩行補助車両。
【請求項7】
前記プル緩和制御中に、前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が前
記閾値以上となった場合は、前記プル制御に復帰するように構成されている、請求項6記載の歩行補助車両。
【請求項8】
前記プル緩和制御中に、
前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が前記閾値未満で前記駆動モータに発生させる正方向のトルクがゼロになった場合は前記通常制御に復帰するように構成されている、請求項6記載の歩行補助車両。
【請求項9】
前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が
前記閾値より小さい第3の閾値以上となった状態で所定時間が経過しかつ前記操作部を押す操作力が第1の所定値以上となった場合は、前記プル制御に移行し、前記プル制御中に、前記操作部
に作用する引く
方向の操作力が第2の所定値以上となった場合は減速するように構成されている、請求項1記載の歩行補助車両。
【請求項10】
前記プル制御中に、前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が前記第3の閾値未満となった状態で所定時間が経過した場合は、前記駆動モータに発生させる正方向のトルクを徐々に減少させるプル緩和制御に移行するように構成されている、請求項9記載の歩行補助車両。
【請求項11】
前記プル緩和制御中に、前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が、前記第3の閾値以上となった状態で所定時間が経過した場合は、前記プル制御に復帰するように構成されている、請求項10記載の歩行補助車両。
【請求項12】
前記車体は、折畳み可能なシートと、前記シートに着座した利用者が操作可能な第2操作部とを備え、小型電動車としても利用可能である、請求項1~11の何れか一項記載の歩行補助車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歩行補助車両に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢者など歩行に負担を抱える利用者のための手押し車型の歩行補助車両が開発されている。例えば、特許文献1には、歩行者がハンドルを押すことにより車輪駆動部に作用するトルクを検出し、車両の進行方向と傾斜角に応じて、駆動トルクまたは制動力を生じさせる歩行補助車両が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような歩行補助車両は、利用者がハンドルを押すことにより生じるトルクを検出し、それに応じて駆動力を制御するので、例えば、登坂時にハンドルを押す力が不足する場合には、電動機によるスムーズなアシストが得られない問題があった。
【0005】
本発明は、従来技術の上記の点に鑑みてなされたものであり、その目的は、登坂路ではその状況に適した操作性を得ることができる歩行補助車両を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明に係る歩行補助車両は、
進退方向および幅方向を有する車体と、
前記車体に取り付けられた駆動モータにより駆動される駆動輪と、
前記駆動輪に対して前記車体の進退方向に離れた位置に設けられた従動輪と、
利用者が歩行姿勢で把持できるように前記車体の上部に設けられた操作部と、
前記操作部に作用する進退方向の圧力を操作力として検出する手段と、
前記車体の傾斜を検出する傾斜検出手段と、を備え、
前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が閾値未満の場合に、前記操作部を前方に押す操作で前記駆動モータに正方向のトルクを発生させ、前記操作部を後方に引く操作で前記駆動モータに逆方向のトルクを発生させる通常制御を行い、
前記傾斜検出手段に検出される進行方向の傾斜が前記閾値以上かつ前記操作部を前方に押す操作が検出された場合に、前記操作部に作用する引く方向の操作力に応じて前記駆動モータに正方向のトルクを発生させるプル制御に移行するように構成されている。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る歩行補助車両は、上記のように、進行方向の傾斜が閾値以上の登坂路において、操作部を前方に押す操作が検出された場合、すなわち、利用者の登坂意思が確認された場合に、操作部を引く操作力で駆動モータに正方向のトルクを発生させるプル制御に移行することで、歩行補助車両の前進に伴い操作部に生じる牽引力が、通常制御時の後退操作と判断される代わりに、利用者を牽引して登坂を継続する操作と判断され、利用者の登坂歩行をアシストすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図2】歩行補助車両の制御系統を示すブロック図である。
【
図3】歩行補助車両の(a)通常制御における進退操作を示す操作部の平面図、(b)グリップ断面図、(c)左旋回操作を示す操作部の平面図、(d)右旋回操作を示す操作部の平面図、(e)操作部を示す斜視図である。
【
図4】歩行補助車両の登坂時の制御を示すフローチャートである。
【
図5】歩行補助車両の登坂時の制御の実施例を示すブロック図である。
【
図6】歩行補助車両の登坂時のプル制御における操作力/速度特性を示すグラフである。
【
図7】歩行補助車両の制御の一例を示すタイミングチャートである。
【
図8】歩行補助車両の制御の他の実施例を示すブロック図である。
【
図9】歩行補助車両の登坂路走行を示す側面図である。
【
図10】歩行補助車両の降坂路走行を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
図1において、本発明実施形態に係る歩行補助車両1は、バッテリーが搭載される下部フレーム21およびその後部から上方に立設された上部フレーム22からなる車体2を備え、上部フレーム22の上端に操作部3が設けられ、下部フレーム21の後端に左右の駆動輪4、前端に左右の従動輪5を備えている。
【0010】
左右の駆動輪4は、下部フレーム21に搭載された左右の駆動モータ40L,40R(電動機)により独立して駆動される。左右の従動輪5は、接地部に周方向の軸周りに回転可能な多数のローラー50を備えたオムニホイール(全方位車輪)で構成されており、歩行補助車両1は、後述する操作部3の左右のグリップ32による駆動モータ40L,40Rの制御のみで操舵および制駆動操作が可能になっている。
【0011】
実施形態の歩行補助車両1は、図中実線で示される歩行補助車モードと、図中2点鎖線で示される小型電動車モードとを備えている。
【0012】
下部フレーム21は、駆動輪4や上部フレーム22が設けられた後部(本体部)に対し、従動輪5が設けられた前部25が前後方向に伸縮可能に構成されている。一方、上部フレーム22には、シートバック6の下端部(6a)、シートクッション7のレッグ部71(7a)、アームレスト8の基部(8a)が、何れも車幅方向に平行な軸6a,7a,8aで枢支され、レッグ部71の下端は、連結部7bを介して前部25に連結されている。
【0013】
上記構成により、図中実線で示される歩行補助車モードから、図中2点鎖線で示されるように、シートバック6を起こして着座位置6′に移動し、シートクッション7を後方に回動させて着座位置7′に移動させると、下部フレーム21の前部25が前方に伸長されるようになっており、アームレスト8を前方に倒すことで、利用者が着座して第2操作部83の操作により自走可能な小型電動車モードとなる。また、
図1に実線で示される歩行補助車モードにおいて、前方に倒されたシートバック6の上面(背面)は、荷物の積載スペースとなっている。
【0014】
図2は、歩行補助車両1の制御系統を示すブロック図であり、制御部10には、操作部3(操作量センサ30、把持センサ33)からの入力信号とともに、傾斜センサ20および積載荷重検出部60の検出値が入力され、それらを考慮して左右の駆動モータ40L,40Rの制御量が決定されるように構成されている。
【0015】
図3は、歩行補助車両1の歩行補助車モードにおける操作部3の構成および操作方法を示している。
図3(a)に示すように、操作部3は、車幅方向に延びるハンドルバー31、その左右各側に設けられたグリップ32、上部フレーム22の支持孔22aに貫通した状態でハンドルバー31の左右各側端部を支持する支持体31a、および、左右各側の支持体31aと支持孔22aの間に介設された操作量センサ30を備える。
【0016】
操作量センサ30は、左右のグリップ32を利用者が前方に押す力と後方に引く力を操作量(圧力または変位)として検知するものであり、圧カセンサ、圧電素子などの荷重センサや、バネなどの弾性部材と組み合わせた変位センサを用いることができる。
【0017】
さらに、
図3(b)に示すように、グリップ32に対する利用者の把持を検出するために、ハンドルバー31とグリップ32の間に把持センサ33(33a,33b)が介設されている。この把持センサ33は、静電容量センサや感圧センサなどのタッチセンサを好適に用いることができる。
【0018】
本実施形態の把持センサ33は、利用者がグリップ32を把持した状態で掌側(親指側)に位置するセンサ33aと、指側(親指以外)に対応するセンサ33bを含み、両側のセンサ33a,33bに接触が検知されている場合に把持状態と判断し、何れか一方のみに接触が検知されている場合は、単に手や指が添えられているものと判断することで、把持状態を確実に検知できるようにしている。
【0019】
次に、歩行補助車モードにおける基本的な操作方法について説明する。
【0020】
歩行補助車モードでは、傾斜センサ20に検出される路面の傾斜などの条件成立をもって、路面の傾斜が所定閾値未満の平坦路における通常制御から、登坂路における制御や降坂路における制御に移行するようになっており、各制御により、操作部3の操作に対する駆動モータ40L,40などの制御が異なる。以下、先ず、基本となる平坦地での通常制御について述べる。
【0021】
(通常制御)
前進:
図3(a)に実線で示すように、利用者が左右両方のグリップ32を前方に押圧し、左右両方の操作量センサ30が前方に向かう所定値以上の圧力を検知すると、左右両方の駆動モータ40L,40Rが正方向に駆動回転して歩行補助車両1は前進し、利用者の前進歩行をアシストする。なお、左右の操作量センサ30の検出値の差は無視され、左右の駆動モータ40L,40Rは基本的に同回転数で駆動回転される。
【0022】
後退:
図3(a)に破線で示すように、利用者が左右両方のグリップ32を手前に引き、左右両方の操作量センサ30が後方に向かう所定値以上の圧力を検知すると、左右両方の駆動モータ40L,40Rが逆方向に駆動回転して歩行補助車両1は後退し、利用者の後進歩行をアシストする。後退の場合にも左右の操作量センサ30の検出値の差は無視され、左右の駆動モータ40L,40Rは同回転数で駆動回転される。
【0023】
左前進旋回:
図3(c)に実線で示すように、利用者が右のグリップ32(R)を前方に押圧し、右の操作量センサ30が前方に向かう所定値以上の圧力を検知すると、右の駆動モータ40Rのみが正方向に駆動回転し、歩行補助車両1は静止した左の駆動輪4(L)を中心に左前進旋回(TLa)する。
【0024】
左後進旋回:
図3(c)に破線で示すように、利用者が左のグリップ32(L)を手前に引き、左の操作量センサ30が後方に向かう所定値以上の圧力を検知すると、左の駆動モータ40Lのみが逆方向に駆動回転し、歩行補助車両1は静止した右の駆動輪4(R)を中心に左後進旋回(TLb)する。
【0025】
左その場旋回:
図3(c)に実線で示すように、利用者が右のグリップ32(R)を前方に押圧すると同時に、
図3(c)に破線で示すように、利用者が左のグリップ32(L)を手前に引き、右の操作量センサ30が前方に向かう所定値以上の圧力を検知すると同時に、左の操作量センサ30が後方に向かう所定値以上の圧力を検知すると、右の駆動モータ40Rが正方向に駆動回転すると同時に左の駆動モータ40Lが逆方向に駆動回転し、歩行補助車両1は左方向にその場旋回(TLs)する。
【0026】
右前進旋回:
図3(d)に実線で示すように、利用者が左のグリップ32(L)を前方に押圧し、左の操作量センサ30が前方に向かう所定値以上の圧力を検知すると、左の駆動モータ40Lのみが正方向に駆動回転し、歩行補助車両1は静止した右の駆動輪4(R)を中心に右前進旋回(TRa)する。
【0027】
右後進旋回:
図3(d)に破線で示すように、利用者が右のグリップ32(R)を手前に引き、右の操作量センサ30が後方に向かう所定値以上の圧力を検知すると、右の駆動モータ40Rのみが逆方向に駆動回転することで、歩行補助車両1は静止した左の駆動輪4(L)を中心に右後進旋回(TRb)する。
【0028】
右その場旋回:
図3(d)に実線で示すように、利用者が左のグリップ32(L)を前方に押圧すると同時に、
図3(d)に破線で示すように、利用者が右のグリップ32(R)を手前に引き、左の操作量センサ30が前方に向かう所定値以上の圧力を検知すると同時に、右の操作量センサ30が後方に向かう所定値以上の圧力を検知すると、左の駆動モータ40Lが正方向に駆動回転すると同時に右の駆動モータ40Rが逆方向に駆動回転することで、歩行補助車両1は右方向にその場旋回(TRs)する。
【0029】
停止:利用者が左右のグリップ32を押し引きする操作を止めるか、左右のグリップ32の把持を緩め、または、手が離れることにより、左右の操作量センサ30に所定値以上の圧力が検知されなくなると歩行補助車両1はその場で停止する。
【0030】
次に、走路の進行方向の傾斜が所定閾値以上の登坂路における制御について説明する。
図4は、平坦地での通常制御から登坂路における制御に移行した場合の制御の流れを示すフローチャートであり、
図5は対応する制御の遷移を示す第1実施例に係るブロック図である。
【0031】
(プル制御)
通常制御100において、所定のプル制御移行条件が成立した場合はプル制御に移行する(ステップ101)。例えば、傾斜センサ20に検出される進行方向の傾斜が閾値以上になった場合に、利用者が操作部3を前方に押し、操作量センサ30が前方に向かう所定値以上の圧力(操作力)を検出すると、利用者が前進する意思を示したものと判断し、操作部3の操作方向に対する駆動モータ40L,40Rの回転特性が反転し、駆動モータ40L,40Rに正方向のトルクを発生させるプル制御110に移行する。
【0032】
プル制御110に移行すると、その時点での速度で牽引目標速度が初期化され、歩行補助車両1は、利用者を牽引して前進し、利用者の登坂歩行をアシストする。すなわち、
図9に示すように、歩行補助車両1の前進に伴う推進力Faによって、操作部3を把持する利用者に牽引力が伝達され、その反力として利用者が引く方向の操作力Fpが操作部3に検出され、このマイナス方向の操作力Fpに応じて駆動モータ40L,40Rの駆動が制御される。
【0033】
図6は、プル制御時の操作力(牽引力)/速度特性を示すグラフである。進行方向の傾斜θが閾値θ1(例えば1.5度)以上であり、利用者が操作部3を前方に押す操作力Fpが第1の所定値+Fps(例えば0.5kg)以上となった場合、操作部3の操作方向に対する駆動モータ40L,40Rの回転特性が反転し、歩行補助車両1は目標速度V1(例えば1km/h)にて前進を開始する。
【0034】
次いで、歩行補助車両1の前進によって、利用者に対する牽引力、すなわち、利用者が操作部3を引く方向の操作力の絶対値|-Fp|が、第1の所定値|-Fp1(例えば-2.0kg)|から第2の所定値|-Fp2(例えば-3.0kg)|となるまでは、牽引力(操作力)に応じて歩行補助車両1の牽引速度が設定速度V2まで加速される。一方、利用者が操作部3を引く方向の操作力(絶対値)が減少すれば、牽引速度は当初の目標速度V1まで減速される。
【0035】
上記制御では、利用者に対する牽引力が増加すれば、操作部3の操作量センサ30に検知される反力としての操作力|-Fp|も増大するので、そのままでは歩行補助車両1が利用者に先行し、利用者との間隔が拡がる傾向となる。
【0036】
そこで、歩行補助車両1の牽引力、利用者が操作部3を引く方向の操作力の絶対値が、上記の第2の所定値|-Fp2(例えば-3.0kg)|以上となった場合は、牽引力(操作力)に応じて歩行補助車両1の牽引速度が目標速度V1(例えば1km/h)まで減速され、歩行補助車両1と利用者の間隔の拡大が抑制される。
【0037】
(ブレーキ制御)
上記のようなプル制御110により、歩行補助車両1と利用者の間隔の拡大が抑制されるが、何らかの理由により利用者との間隔が拡大し、所定のブレーキ制御条件が成立した場合はブレーキ制御に移行する(ステップ111)。例えば、利用者と歩行補助車両1との間隔が拡大し、利用者が操作部3を引く方向の操作力(牽引力)が上記第2の所定値より大きい第3の所定値|-Fp3(例えば-3.5kg)|以上となった場合は、ブレーキ制御120に移行する。
【0038】
ブレーキ制御120では、駆動モータ40L,40Rへの給電を停止してブレーキを作動させ、歩行補助車両1を停止させることで、利用者との間隔の拡大を阻止し、利用者の歩行により歩行補助車両1との適正な間隔が回復されるようにする。
【0039】
ブレーキ制御120に移行した後、所定のプル制御復帰条件が成立した場合はプル制御に復帰する(ステップ121)。例えば、ブレーキ制御120に移行した後、進行方向の傾斜が依然として閾値θ1(例えば1.5度)以上である場合に、操作部3を押す所定値+Fpr以上の操作力が検出されると、利用者が前進する意思を示したものと判断し、プル制御110に復帰する。
【0040】
プル制御復帰条件における操作力の閾値となる所定値+Fprは、通常制御100からプル制御110に移行する場合の所定値よりも小さい値(例えば0.4kg)として、容易にプル制御110に復帰できるようにすることで、ブレーキ制御120を併用したプル制御110を円滑に実施できる。
【0041】
(ブレーキ緩和制御)
一方、ブレーキ制御120に移行してから所定時間(例えば5秒)が経過した場合はブレーキカを緩和するブレーキ緩和制御140に移行する(ステップ122)。ブレーキ緩和制御140では、歩行補助車両1を停止させるブレーキトルクを徐々に低下させ、ブレーキトルクが所定値以下またはゼロになった場合は通常制御100に復帰する(ステップ142)。
【0042】
ブレーキ緩和制御140中に、進行方向の傾斜が依然として閾値θ1(例えば1.5度)以上であり、操作部3を押す所定値以上の操作力+Fprが検出された場合は、プル制御110に復帰する(ステップ141)。この場合のプル制御復帰条件における操作力の閾値となる所定値+Fprも、前記同様に、通常制御100からプル制御110に移行する場合より小さい値(例えば0.4kg)として、容易にプル制御110に復帰できるようにすることが好ましい。
【0043】
(プル緩和制御)
一方、先述したプル制御110中に、所定のプル緩和制御移行条件が成立した場合はプル緩和制御に移行する(ステップ112)。例えば、プル制御110中に、進行方向の傾斜が、先述した通常制御100からプル制御110に移行する場合の傾斜の閾値θ1より小さい第2の閾値θ2(例えば0.5度)未満になった場合は、駆動モータ40L,40Rに発生させる正方向のトルクを徐々に減少させるプル緩和制御130に移行する。
【0044】
このように、進行方向の傾斜が減少した場合にプル緩和制御130に移行することで、一時的な傾斜の緩和などでプル制御110が中断するのを防止でき、かつ、牽引力を徐々に低下させることで、牽引力(引く方向の操作力)がゼロまたは所定以下となって、通常制御100に復帰する場合(ステップ132)に、トルク変動の少ない円滑な復帰が行える。
【0045】
一方、プル緩和制御130に移行した後、所定のプル制御復帰条件が成立した場合はプル制御に復帰する(ステップ131)。例えば、プル緩和制御130中に、進行方向の傾斜が、先述したプル制御移行条件における傾斜θ1(例えば1.5度)以上となった場合はプル制御110に復帰する。
【0046】
また、プル緩和制御移行条件における傾斜の閾値θ2(0.5度)を、プル制御移行条件における閾値θ1(1.5度)よりも小さい値とすることにより、一時的な傾斜の緩和などで頻繁にプル制御110が中断するのを防止できる。
【0047】
以上、登坂路での制御について述べたが、降坂路92の走行時には、
図10に示されるように、駆動モータ40L,40Rに逆方向のトルクを発生させ、利用者の押す力Fpに対向するブレーキ力Fb(回生電力)を作用させて、利用者を制動するアシストを行う。
【0048】
次に、
図7は、歩行補助車両1の制御の一例を示すタイミングチャートであり、進行方向の傾斜が閾値θ1以上の登坂路での停止状態(通常制御)において、利用者が操作部3を前方に押し、所定値+Fpsの操作力が検出された時刻T1で、操作部3の操作方向に対する駆動モータ40L,40Rの回転特性が反転し、操作部3を引く方向の操作力で駆動モータ40L,40Rに正方向のトルクを発生させるプル制御に移行している。
【0049】
プル制御に移行すると、歩行補助車両1の推進力Faにより操作部3を把持する利用者に図中破線で示されるように牽引力が伝達され、その反力として利用者が引く方向の操作力-Fpが操作部3に検出され、このマイナス方向の操作力-Fpに応じて駆動モータ40L,40Rが制御される。
【0050】
その後、時刻T2~T3では利用者を牽引するとともに操作力(牽引力)が増大し、時刻T3以降は減速に転じるが、時刻T4では利用者との間隔が拡大して操作力が閾値-Fp3を超え、ブレーキ制御に移行する。それに伴い、制動力が作用することで、利用者との間隔が狭まり、時刻T5では操作力(牽引力)が減少する。
【0051】
次いで、利用者が操作部3を押すことで操作力Fpr(<Fps)が検出され、時刻T6においてプル制御に復帰し、歩行補助車両1の推進力Faによる牽引が再開される。その後、前記同様に時刻T9でブレーキ制御に移行するが、移行後に歩行補助車両1が停止しても操作力(牽引力)が減少しないまま所定時間T(5秒)が経過することで、時刻T10で通常制御に復帰する。一度、通常制御に戻った場合には、利用者が操作部3を押すことで操作力Fpsが検出された時刻T11にてプル制御に移行する。
【0052】
以上のように、登坂路における制御では、歩行補助車両1の速度制御を伴うプル制御により利用者を牽引し、歩行補助車両1と利用者の間隔が拡大した場合には、ブレーキ制御により歩行補助車両1が減速または停止して利用者との適正な間隔が回復されるようにすることができ、プル制御とブレーキ制御を併用して利用者の登坂歩行をアシストすることができる。
【0053】
なお、上記のようなプル制御は、登坂路における利用者の前進歩行をアシストするものであり、平坦路の場合と同様に、左右の操作量センサ30の検出値の差は無視され、左右の駆動モータ40L,40Rは基本的に同回転数で駆動回転される。歩行補助車両1の推進力Faで利用者を牽引するので、利用者が両方のグリップ32を把持している状態を前提としており、左右何れか(または両方)の手がグリップ32から離れた場合、歩行補助車両1は停止する。
【0054】
登坂路でのプル制御中に進行方向を変換する必要が生じた場合には、操作部3を引いてブレーキ制御に移行させるか、把持を緩めることで、一旦、通常制御に戻り、前述した平坦路における左右前進旋回、左右後進旋回、左右その場旋回の何れかの操作を実施し、方向変換後に(依然として閾値θ1以上の傾斜が検出されていれば)操作部を前方に押すことでプル制御に移行する。
【0055】
次に、
図8は、登坂路における制御の遷移を示す第2実施例に係るブロック図であり、基本的な構成は第1実施例と同様であるため、共通の要素には共通の番号を付すことで説明を省略し、以下、変更点を中心に説明する。
【0056】
(プル制御)
第1実施例では、プル制御移行条件として、進行方向の傾斜と利用者による進行方向の操作のみを検出したが、第2実施例では、進行方向の傾斜が閾値以上となった状態の継続時間を条件に加えることで、傾斜の閾値をより小さい値にしている。すなわち、少ない傾斜でも持続時間を伴うことで、プル制御が必要な状況であると判断する。
【0057】
例えば、傾斜センサ20に検出される進行方向の傾斜が、第1実施例における閾値θ1(1.5度)より小さい第3の閾値θ3(例えば1.0度)以上になった状態で所定時間(例えば1秒)が経過し、かつ、利用者が操作部3を押す操作力が第1の所定値+Fps(例えば0.5kg)以上となった場合にプル制御110に移行する。
【0058】
(ブレーキ緩和制御)
第1実施例ではブレーキ制御120に移行してからの所定時間を5秒としたが、第2実施例ではそれより短い所定時間(例えば3秒)が経過した場合にブレーキ緩和制御140に移行する。
【0059】
(プル緩和制御)
第1実施例では、プル緩和制御移行条件として、進行方向の傾斜が閾値未満になった場合のみを検出したが、第2実施例では、進行方向の傾斜が閾値未満になった状態の継続時間を条件に加えることで、傾斜の閾値をより大きい値にしている。すなわち、傾斜の減少が少なくても持続時間を伴うことで、プル制御110を緩和すべき状況である蓋然性が高いと判断する。
【0060】
例えば、傾斜センサ20に検出される進行方向の傾斜が、第1実施例における第2の閾値θ2(0.5度)より大きい第3の閾値θ3(例えば1.0度)未満になった状態で所定時間(例えば1秒)が経過した場合にプル緩和制御130に移行する。
【0061】
プル制御復帰条件についても、上記同様に進行方向の傾斜が閾値以上となった状態の継続時間を条件に加えることで、傾斜の閾値をより小さい値にしている。すなわち、傾斜の増加が少なくても持続時間を伴うことで、プル制御110に復帰すべき状況である蓋然性が高いと判断する。この場合、プル制御復帰条件の傾斜の閾値をプル緩和制御移行条件と同じ値θ3(例えば1.0度)にしてもよいし、異なる値にすることもできる。
【0062】
このように、登坂路の傾斜や利用者の操作を判定する場合に、その傾斜となった状態や操作の継続時間を考慮することで、傾斜の局所的な変動や意図しない操作などで過剰な制御が実施されるのを防止して、制御の安定化を図ることができる。
【0063】
以上、本発明の実施の形態について述べたが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想に基づいてさらに各種の変形および変更が可能である。
【0064】
例えば、上記実施形態では、操作量センサ30として、ハンドルバー31の左右各側の支持体31aと上部フレーム22の支持孔22aの間に介設された荷重センサを用いる場合を示したが、
図3(e)に示すように、上部フレーム22の支持孔22aを車両進退方向の長孔(ガイドスロット)とし、ハンドルバー31の左右各側の支持体31aが長孔(22a)に沿って前後に摺動可能に構成し、かつ、支持体31a(スライダ)の前後各側にスプリング34を介装して操作量センサ30(圧カセンサ)を配置してもよい。
【0065】
また、上記実施形態では、操作部3として、左右一体のハンドルバー31に左右のグリップ32および操作量センサ30が設けられる場合を示したが、左右独立したハンドルにグリップ32および操作量センサ30が設けられても良く、その場合、ハンドルは、カンチレバー形式に支持されるか、あるいは、左右独立して回動可能に支持され操作反力が付与される形式とすることもできる。
【0066】
さらに、上記実施形態では、歩行補助車両1が、小型電動車モードを備える場合について述べたが、本発明は、小型電動車モードを備えない歩行補助車両としても実施可能である。
【0067】
また、上記実施形態では、従動輪5としてオムニホイール(全方位車輪)を用いる場合を示したが、キャスター形式などにより操舵自在に支持された非オムニホイールの従動輪を用いることもできる。
【符号の説明】
【0068】
1 歩行補助車両
2 車体
3 操作部
4 駆動輪
5 従動輪
6 シートバック
7 シートクッション
8 アームレスト
10 制御部
20 傾斜センサ(傾斜検出手段)
21 下部フレーム
22 上部フレーム
30 操作量センサ
31 ハンドルバー
32 グリップ
33 把持センサ(タッチセンサ)
34 スプリング
40L,40R 駆動モータ
83 第2操作部