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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-22
(45)【発行日】2023-12-01
(54)【発明の名称】質量分析システム及び変換式補正方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20231124BHJP
   G01N 30/72 20060101ALI20231124BHJP
【FI】
G01N27/62 D
G01N30/72 A
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020152706
(22)【出願日】2020-09-11
(65)【公開番号】P2022047013
(43)【公開日】2022-03-24
【審査請求日】2023-02-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】樋詰 拓洋
(72)【発明者】
【氏名】生方 正章
【審査官】清水 靖記
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2004/023132(WO,A1)
【文献】特開2007-256126(JP,A)
【文献】特表2013-521470(JP,A)
【文献】特開2016-026302(JP,A)
【文献】特表2013-506835(JP,A)
【文献】特開昭61-083958(JP,A)
【文献】特開2018-9845(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 27/70
G01N 30/00 - G01N 30/96
H01J 40/00 - H01J 49/48
G01N 33/00 - G01N 33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に対して飛行時間型質量分析を適用することにより得られた対象マススペクトルをライブラリ内の登録マススペクトル群と照合することにより、前記試料に含まれる化合物を判定する検索部と、
前記化合物について実測された飛行時間を実測値として特定すると共に、前記化合物についての理論上の質量電荷比を理論値として特定する特定部と、
前記実測値及び前記理論値の組に基づいて、飛行時間から質量電荷比を求める変換式を補正する補正部と、
を含み、
前記試料に対して飛行時間型質量分析を適用することにより飛行時間スペクトルが生成され、
前記対象マススペクトルは、飛行時間から質量電荷比を求める変換式に従って前記飛行時間スペクトルを変換することにより得られたマススペクトルである、
ことを特徴とする質量分析システム。
【請求項2】
請求項1記載の質量分析システムにおいて、
前記試料から取り出された一連の成分に対して飛行時間型質量分析を繰り返し適用することにより飛行時間スペクトル列を生成する質量分析部と、
前記変換式に従って前記飛行時間スペクトル列からマススペクトル列を生成する変換部と、
を含み、
前記マススペクトル列から前記対象マススペクトルが生成又は選択され、
前記特定部は、前記対象マススペクトルに含まれる化合物ピークに対応する飛行時間を前記実測値として特定する、
ことを特徴とする質量分析システム。
【請求項3】
請求項2記載の質量分析システムにおいて、
前記対象マススペクトルは、前記マススペクトル列から生成された積算マススペクトルである、
ことを特徴とする質量分析システム。
【請求項4】
請求項2記載の質量分析システムにおいて、
前記飛行時間スペクトル列を記憶しておく記憶部を含み、
前記変換部は、前記補正部により補正された変換式を前記記憶部から読み出された飛行時間スペクトル列の全部又は一部に対して適用する、
ことを特徴とする質量分析システム。
【請求項5】
請求項1記載の質量分析システムにおいて、
前記試料から取り出された一連の成分に対して電子イオン化法に従う飛行時間型質量分析を繰り返し適用することにより第1の飛行時間スペクトル列を生成し、前記試料から取り出された一連の成分に対して前記電子イオン化法よりもソフトな別のイオン化法に従う飛行時間型質量分析を繰り返し適用することにより第2の飛行時間スペクトル列を生成する質量分析部と、
飛行時間から質量電荷比を求める第1変換式に従って前記第1の飛行時間スペクトル列から第1のマススペクトル列を生成し、飛行時間から質量電荷比を求める第2変換式に従って前記第2の飛行時間スペクトル列から第2のマススペクトル列を生成する変換部と、
を含み、
前記対象マススペクトルは、前記第1のマススペクトル列から生成又は選択された第1の対象マススペクトルであり、
前記特定部は、前記第2のマススペクトル列から生成又は選択された第2の対象マススペクトルに含まれる化合物ピークに対応する飛行時間を前記実測値として特定し、
前記補正部は、前記第1の対象マススペクトルに基づいて特定される前記理論値及び前記第2の対象マススペクトルに基づいて特定される前記実測値に基づいて前記第2変換式を補正する、
ことを特徴とする質量分析システム。
【請求項6】
請求項5記載の質量分析システムにおいて、
前記第1の対象マススペクトルは、前記第1のマススペクトル列から生成された第1の積算マススペクトルであり、
前記第2の対象マススペクトルは、前記第2のマススペクトル列から生成された第2の積算マススペクトルである、
ことを特徴とする質量分析システム。
【請求項7】
請求項5記載の質量分析システムにおいて、
前記第2の飛行時間スペクトル列を記憶しておく記憶部を含み、
前記変換部は、前記補正部により補正された第2変換式を前記記憶部から読み出された第2の飛行時間スペクトル列の全部又は一部に対して適用する、
ことを特徴とする質量分析システム。
【請求項8】
請求項1記載の質量分析システムにおいて、
前記検索部は、複数の対象マススペクトルを前記登録マススペクトル群と照合することにより、前記試料に含まれる複数の化合物を特定し、
前記特定部は、前記複数の化合物について実測された複数の飛行時間を複数の実測値として特定すると共に、前記複数の化合物についての理論上の複数の質量電荷比を複数の理論値として特定し、
前記補正部は、前記複数の実測値及び前記複数の理論値からなる複数の組に基づいて複数の補正係数を演算し、前記複数の補正係数に基づいて前記変換式を補正するための関数を演算する、
ことを特徴とする質量分析システム。
【請求項9】
試料から得られた対象マススペクトルをライブラリ内の登録マススペクトル群と照合することにより、前記試料に含まれる化合物を判定する工程と、
前記化合物について実測された飛行時間を実測値として特定する工程と、
前記化合物についての理論上の質量電荷比を理論値として特定する工程と、
前記実測値及び前記理論値の組に基づいて、飛行時間から質量電荷比を求める変換式を補正する工程と、
を含み、
前記試料に対して飛行時間型質量分析を適用することにより飛行時間スペクトルが生成され、
前記対象マススペクトルは、飛行時間から質量電荷比を求める変換式に従って前記飛行時間スペクトルを変換することにより得られたマススペクトルである、
ことを特徴とする変換式補正方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析システム及び変換式補正方法に関し、特に、飛行時間から質量電荷比を求める変換式の補正に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析システムは、例えば、ガスクロマトグラフ及び質量分析装置により構成される。ガスクロマトグラフにおいて、試料に含まれる複数の成分が時間的に分離され、それらの成分がクロマトグラフから質量分析装置へ順次送られる。質量分析装置において、各成分に対して質量分析が実施され、これにより各成分のマススペクトルが得られる。
【0003】
質量分析方法の1つとして、飛行時間型質量分析法が知られている。飛行時間型質量分析法では、イオンが有する質量電荷比(m/z)にイオンの飛行時間が依存することに基づき、飛行時間から質量電荷比を算出するものである。その際には変換式が利用される。変換式は、校正式又は質量校正式とも呼ばれる。一般的な飛行時間型質量分析装置は、変換式として、N次多項式を有している(特許文献1を参照)。N次多項式に含まれる複数の係数は、質量分析システムの出荷前に決定され、及び、質量分析システムのメンテナンス時に校正される。
【0004】
変換式には、通常、補正係数が含まれる。質量分析の進行に伴って諸状況が変化しても、飛行時間から質量電荷比が正確に求められるよう、補正係数が最適化される。例えば、試料の質量分析に先立って、イオン源に対して標準試料(内部標準試料)が導入され、これにより標準試料中の特定物質についての飛行時間が実測値として測定される。特定物質の質量電荷比は、理論値として事前に特定されている。実測値及び理論値の組から補正係数が演算され、その補正係数が変換式へ適用される。その上で、試料の質量分析が実施される。
【0005】
試料測定過程において複数回にわたって標準試料がイオン源に導入されることもある。この場合、複数の実測値と複数の理論値により、複数の保持時間に対応付けられた複数の組が構成される。複数の組に基づいて複数の補正係数が演算される。それらの補正係数により変換式が動的に補正される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2011-233398号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、飛行時間型質量分析法では、飛行時間から質量電荷比を求める変換式が利用される。変換式の補正に当たって、標準試料を用いる場合、試料のマススペクトルに対して標準試料のマススペクトルが重ならないタイミングで、標準試料を導入する必要がある。しかし、測定対象となった試料が未知試料である場合、クロマトグラフから質量分析装置へ個々の成分が送られるタイミングは不明であり、標準試料を導入する適切なタイミングを決定することは困難である。本測定の前に予備測定を行って、標準試料を導入するタイミングを事前に決定しておくことも可能であるが、その場合には、測定時間が増大してしまい、試料消費量も増大してしまう。標準試料を用いる場合、ユーザーの負担が増大するという点も指摘し得る。
【0008】
本発明の目的は、標準試料を用いずに変換式を補正する技術を実現することにある。あるいは、変換式を補正する新しい技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る質量分析システムは、試料に対して飛行時間型質量分析を適用することにより得られた対象マススペクトルをライブラリ内の登録マススペクトル群と照合することにより、前記試料に含まれる化合物を判定する検索部と、前記化合物について実測された飛行時間を実測値として特定すると共に、前記化合物についての理論上の質量電荷比を理論値として特定する特定部と、前記実測値及び前記理論値の組に基づいて、飛行時間から質量電荷比を求める変換式を補正する補正部と、を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明に係る変換式補正方法は、試料から得られた対象マススペクトルをライブラリ内の登録マススペクトル群と照合することにより、前記試料に含まれる化合物を判定する工程と、前記化合物について実測された飛行時間を実測値として特定する工程と、前記化合物についての理論上の質量電荷比を理論値として特定する工程と、前記実測値及び前記理論値の組に基づいて、飛行時間から質量電荷比を求める変換式を補正する工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、標準試料を用いずに変換式を補正できる。あるいは、本発明によれば、変換式を補正する新しい技術を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施形態に係る質量分析システムを示すブロック図である。
図2】実施形態に係る変換式補正方法を示す概念図である。
図3】電子イオン化法(EI法)の下で取得されたトータルイオンカレントクロマトグラム(TICC)の実例を示す図である。
図4】EI法の下で生成された積算マススペクトルの実例を示す図である。
図5】積算マススペクトルごとに実行される検索の結果を示す図である。
図6】補正係数を定義する関数の一例を示す図である。
図7】実施形態に係る質量分析システムの動作を示すフローチャートである。
図8】他の実施形態に係る質量分析システムを示すブロック図である。
図9】EI法の下で取得されたTICC及びソフトイオン化法(SI法)の下で取得されたTICCの実例を示す図である。
図10】EI法の下で取得された積算マススペクトル及びSI法の下で生成された積算マススペクトルの実例を示す図である。
図11】他の実施形態に係る質量分析システムの動作を示すフローチャートである。
図12】設定用画像の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0014】
(1)実施形態の概要
実施形態に係る質量分析システムは、検索部、特定部、及び、補正部を有する。検索部は、試料に対して飛行時間型質量分析を適用することにより得られた対象マススペクトルをライブラリ内の登録マススペクトル群と照合することにより、試料に含まれる化合物を判定する。特定部は、化合物について実測された飛行時間を実測値として特定すると共に、化合物についての理論上の質量電荷比を理論値として特定する。補正部は、実測値及び理論値の組に基づいて、飛行時間から質量電荷比を求める変換式を補正する。
【0015】
上記構成によれば、マススペクトルから化合物を特定するためのライブラリを用いて、実測値(飛行時間)に対応する理論値(質量電荷比)が特定される。その上で、実測値及び理論値の組に基づいて、変換式が補正される。よって、変換式の補正に際し、標準試料を用いる必要がなくなる。もっとも、ライブラリを用いた補正及び標準試料を用いた補正を併用する変形例も考えられる。
【0016】
上記構成において、補正部により変換式が直接的に補正されてもよいし、補正部により変換式に含まれる補正係数が求められてもよいし、補正部により保持時間に応じて補正係数を決定する関数が求められてもよい。なお、本願明細書では、検出された飛行時間軸上のイオン量分布(マススペクトルに変換される前の数値列)を「飛行時間スペクトル」又は「TOFスペクトル」と称している。
【0017】
実施形態においては、質量分析部の前段にクロマトグラフが設けられており、そこにおいて、試料から時間的に分離された複数の成分が生じる。保持時間軸上において、複数の組(複数の実測値及び複数の理論値)を求めることにより、保持時間軸上における補正係数の変化を定義する関数を特定し得る。なお、質量分析部の前段にクロマトグラフが設けられていない質量分析システムに対しても、ライブラリを利用した補正を適用し得る。
【0018】
上記の対象マススペクトルは、検索の対象となるマススペクトルである。対象マススペクトルは、例えば、マススペクトル列から生成された積算マススペクトル、又は、マススペクトル列の中から選択された特定のマススペクトル、である。
【0019】
実測値は、実施形態において、マススペクトル中に含まれる化合物ピークに対応する飛行時間として特定される。実測値特定用のマススペクトルは、対象マススペクトルであってもよいし、他のマススペクトルであってもよい。例えば、実測値特定用のマススペクトルとして、マススペクトル列から生成された積算マススペクトル、マススペクトル列から選択された特定のマススペクトル、別のイオン化法の下で取得された別のマススペクトル列から生成された積算マススペクトル、及び、別のイオン化法の下で取得された別のマススペクトル列から選択された特定のマススペクトル、が挙げられる。
【0020】
実施形態に係る質量分析システムは、質量分析部、及び、変換部を有する。質量分析部は、試料から取り出された一連の成分に対して飛行時間型質量分析を繰り返し適用することにより飛行時間スペクトル列を生成する。変換部は、変換式に従って飛行時間スペクトル列からマススペクトル列を生成する。マススペクトル列から対象マススペクトルが生成又は選択される。特定部は、対象マススペクトルに含まれる化合物ピークに対応する飛行時間を実測値として特定する。実施形態において、対象マススペクトルはマススペクトル列から生成された積算マススペクトルである。
【0021】
実施形態において、飛行時間スペクトル列を記憶しておく記憶部が設けられる。変換部は、補正部により補正された変換式を記憶部から読み出された飛行時間スペクトルの全部又は一部に対して適用する。
【0022】
実施形態に係る質量分析システムは、質量分析部、及び、変換部を有する。質量分析部は、試料から取り出された一連の成分に対して電子イオン化法に従う飛行時間型質量分析を繰り返し適用することにより第1の飛行時間スペクトル列を生成する。また、試料から取り出された一連の成分に対して電子イオン化法よりもソフトな別のイオン化法に従う飛行時間型質量分析を繰り返し適用することにより第2の飛行時間スペクトル列を生成する。変換部は、飛行時間から質量電荷比を求める第1変換式に従って第1の飛行時間スペクトル列から第1のマススペクトル列を生成する。また、飛行時間から質量電荷比を求める第2変換式に従って第2の飛行時間スペクトル列から第2のマススペクトル列を生成する。対象マススペクトルは、第1のマススペクトル列から生成又は選択された第1の対象マススペクトルである。特定部は、第2のマススペクトル列から生成又は選択された第2の対象マススペクトルに含まれる化合物ピークに対応する飛行時間を実測値として特定する。補正部は、第1の対象マススペクトルに基づいて特定される理論値及び第2の対象マススペクトルに基づいて特定される実測値に基づいて、第2変換式を補正する。
【0023】
実施形態において、第1の対象マススペクトルは、第1のマススペクトル列から生成された第1の積算マススペクトルである。第2の対象マススペクトルは、第2のマススペクトル列から生成された第2の積算マススペクトルである。
【0024】
実施形態においては、第2の飛行時間スペクトルを記憶しておく記憶部が設けられる。変換部は、補正部により補正された第2変換式を、記憶部から読み出された第2の飛行時間スペクトル列の全部又は一部に対して適用する。
【0025】
実施形態において、検索部は、複数の対象マススペクトルを登録マススペクトル群と照合することにより、試料に含まれる複数の化合物を特定する。特定部は、複数の化合物について実測された複数の飛行時間を複数の実測値として特定すると共に、複数の化合物についての理論上の複数の質量電荷比を複数の理論値として特定する。補正部は、複数の実測値及び複数の理論値からなる複数の組に基づいて複数の補正係数を演算し、複数の補正係数に基づいて変換式を補正するための関数を演算する。ここで、関数は、入力値から出力値を導出する手段であり、関数の概念には、計算式、テーブル等が含まれる。
【0026】
実施形態に係る変換式補正方法は、検索工程、特定工程、及び、補正工程を有する。検索工程では、試料から得られた対象マススペクトルをライブラリ内の登録マススペクトル群と照合することにより、試料に含まれる化合物が判定される。特定工程では、化合物について実測された飛行時間が実測値として特定され、化合物についての理論上の質量電荷比が理論値として特定される。補正工程では、実測値及び理論値の組に基づいて、飛行時間から質量電荷比を求める変換式が補正される。
【0027】
上記方法によれば、実測値に対応する理論値をライブラリから求め得る。よって、標準試料を用いることなく、実測値及び理論値の組を生成できる。
【0028】
上記の一連の工程の中で、一部の作業がユーザーにより行われてもよい。上記各工程の全部又は一部がソフトウエアの機能により実現されてもよい。上記方法を実行するプログラムが、ネットワークを介して又は可搬型記憶媒体を介して、情報処理装置へインストールされてもよい。ライブラリがネットワーク上に存在していてもよい。
【0029】
(2)実施形態の詳細
最初に、飛行時間tから質量電荷比m/zを求める変換式について説明しておく。変換式は、例えば、N次多項式としてり構成される。ここで、Nは例えば4である。以下の(1)式は、変換式の一例である。但し、(1)式は、z=1、つまり一価を前提としており、(1)式の左辺において電荷zは省略されている。
【数1】
【0030】
上記の(1)式に含まれる係数a0,a1,・・・,aNは、出荷時に設定され、及び、メンテナンス時に校正される。測定状況の変化に対応するため、試料の測定時に、変換式が補正される。例えば、以下の(2)式に示すように、1次の係数a1を補正する補正係数kが調整される。以下において、m’は、補正後の質量を示している。
【数2】
【0031】
上記の(2)式は例示である。変換式内に複数の補正係数が含まれてもよい。多項式を構成する特定の係数それ自体が補正係数として機能してもよい。
【0032】
以下に詳述する実施形態は、ライブラリを利用することにより、標準試料を用いることなく、補正係数(具体的には補正係数を定義する関数)を最適化し得るものである。
【0033】
図1には、実施形態に係る質量分析システムの構成例が示されている。質量分析システム10は、測定部12及び情報処理部14により構成される。測定部12は、ガスクロマトグラフ(GC)16及び質量分析計18により構成される。質量分析計18は、飛行時間型質量分析装置により構成される。情報処理部14は、コンピュータ等の情報処理装置により構成される。図1に示された質量分析システム10は、いわゆる、GC-TOFMS(ガスクロマトグラフ飛行時間型質量分析計)である。質量分析計18の前段に、他の前処理部が設けられてもよい。
【0034】
GC16は、試料に含まれる複数の成分を時間的に分離するカラムを有している。すなわち、カラムにより、試料から複数の成分が取り出される。保持時間軸上で分離された複数の成分が質量分析計18中のイオン源20に順次送られる。
【0035】
質量分析計18は、イオン源20、飛行時間型質量分析器22、及び、検出器24により構成される。図1に示されているイオン源20は、EI法に従うイオン源である。そのようなイオン源を用いる場合、一般に、多数のフラグメントイオンが観測され、一方、分子イオンが観測され難くなる。EI法の下で取得されたマススペクトルについては、化合物特定用のライブラリが用意されており、つまり、マススペクトル群がデータベース化されている。よって、測定されたマススペクトルの内容から、化合物を特定することが可能である。
【0036】
なお、後述する他の実施形態においては、EI法に従うイオン源の他、ソフトイオン化法(SI法)に従うイオン源が併用される。SI法に従うイオン源を利用する場合、一般に、フラグメントイオンはあまり観測されず、分子イオンが観測され易くなる。
【0037】
飛行時間型質量分析器22は、イオン源20から出た各イオンの飛行時間を測定するものである。飛行時間型質量分析器22として、様々なものを利用し得る。検出器24において個々のイオンが検出される。検出器24から出力された検出信号26は、図示されていない信号処理回路に送られる。イオン源20からのイオンパルスの出力ごとに、検出信号26が生じる。
【0038】
検出信号26は、飛行時間ごとのイオン量を示す信号、つまり飛行時間軸上のイオン量分布を示す信号であり、それはTOFスペクトルデータと言い得る。信号処理回路には、A/D変換器が含まれる。飛行時間ごとのイオン量を表すテーブルを構成してもよい。その場合、そのテーブルがTOFスペクトルデータを構成する。
【0039】
次に、情報処理部14について説明する。情報処理部14は、プロセッサを有する。図1においては、プロセッサにより発揮される複数の機能が複数のブロックにより表現されている。なお、後述する記憶部30,34,42,48は、メモリにより構成される。プロセッサは、例えば、CPUにより構成される。
【0040】
マススペクトル生成部28は、変換部又は変換手段として機能する。マススペクトル生成部28には、複数のTOFスペクトルデータが順次送り込まれている。マススペクトル生成部28は、変換式32を有し、その変換式32に従って、TOFスペクトルごとにそれをマススペクトルに変換する。つまり、マススペクトル生成部28において、TOFスペクトル列からマススペクトル列が生成されている。変換式32は、上記のように、飛行時間から質量電荷比を求めるものであり、その実体はN次多項式である。変換式32には補正係数も含まれている。
【0041】
マススペクトル生成部28からマススペクトル列記憶部34へ各マススペクトルを示すデータが送られている。マススペクトル列記憶部34には、マススペクトル列が記憶される。
【0042】
一方、TOFスペクトル列記憶部30には、複数のTOFスペクトルデータが送られている。TOFスペクトル列記憶部30には、TOFスペクトル列が格納される。TOFスペクトル列記憶部30は、実測値記憶部として機能する。
【0043】
TICC(トータルイオンカレントクロマトグラム)生成部36は、マススペクトル列に基づいて、TICCを生成するものである。具体的には、個々のマススペクトルを積算することによりTIC(トータルイオンカレント)が演算され、そのTICを保持時間軸上にプロットすることにより、TICCが生成される。
【0044】
積算部38は、TICCを解析する機能を有し、具体的には、ピーク検索機能、区間設定機能、及び、積算機能を有する。積算部38は、TICCに含まれる複数のピークを特定する。続いて、積算部38は、個々のピークごとに、ピークトップを含む積算区間を定める。複数のピークからなるピーク群に対応して、複数の積算区間からなる積算区間群が設定される。その上で、積算部38は、個々の積算区間ごとに、そこに属する複数のマススペクトルを積算し、積算マススペクトルを生成する。個々の積算マススペクトルは、保持時間軸上の特定の時間帯において生じた成分に対応するマススペクトルである。積算スペクトルを示すデータが検索部40及び特定部44へ送られる。図1に示す実施形態においては、各積算スペクトルが検索対象となり、また各積算スペクトルを通じて各実測値が特定される。
【0045】
なお、積算スペクトルとして、平均化スペクトルが生成されてもよい。積算スペクトルからピーク前後のスペクトルを減算する処理が適用されてもよい。
【0046】
検索部40には、記憶部42が接続されている。記憶部42内にはライブラリが格納されている。ライブラリは、多数の化合物に対応する複数のレコードを有する。個々のレコードには、登録マススペクトルが含まれ又は登録マススペクトルが対応付けられている。検索対象となった積算マススペクトルを、登録マススペクトル群と照合することにより、積算マススペクトルが示している成分、つまり化合物を特定し得る。通常、検索結果として、1又は複数の化合物候補が提示される。個々の化合物候補には、スコアとしての類似度が付与されている。例えば、最も高いスコアを有する化合物が特定される。検索部40から特定部44へ検索結果を示すデータが送られている。
【0047】
特定部44は、実測値及び理論値の組を特定する手段である。その場合、複数の積算マススペクトルの全部について複数の組が特定されてもよいが、実施形態においては、複数の積算マススペクトルの中で、所定の閾値以上のスコアが得られた1又は複数の優良積算マススペクトルについて1又は複数の組が特定される。保持時間軸上において、適度な個数(例えば、少なくとも3~5個)の補正係数を離散的に特定できるように、閾値が定められる。
【0048】
詳しく説明すると、個々の優良積算マススペクトルごとに、ライブラリ情報に基づいて、化合物の質量電荷比が理論値として特定される。例えば、化合物の精密質量から理論値が特定されてもよいし、化合物の分子式から理論値が特定されてもよい。特定部44は、 処理対象となった優良積算マススペクトルにおいて、理論値の近傍範囲内で、化合物ピーク(分子イオンピーク)を探索する。処理対象となった優良積算マススペクトル内に、化合物ピークが含まれている場合、化合物ピークに対応する飛行時間(TOF)が実測値として特定される。その場合には、TOFスペクトル列記憶部30に記憶されたTOFスペクトル列の中から、処理対象となった優良積算マススペクトルに対応する複数のTOFスペクトルが参照される。それらを基礎として、化合物ピークに対応する飛行時間が特定される。複数の飛行時間が特定される場合、それらの平均値が実測値とされてもよい。
【0049】
処理対象となった優良積算マススペクトルにおいて、化合物ピークを特定できない場合、実測値の特定は行われない。その場合、理論値は採用されず、あるいは、理論値が棄却される。なお、逆変換式を用意しておき、化合物ピークに対応する質量電荷比から、計時された飛行時間を逆算してもよい。
【0050】
特定部44により、複数の組が特定される。それらの組を示すデータが係数演算部46へ送られる。係数演算部46は、補正部又は補正手段として機能するものであり、個々の組ごとに補正係数を演算する。補正係数の演算それ自体は公知である。通常、複数の組に対応する複数の補正係数が演算される。係数演算部46は、複数の補正係数に基づいて、保持時間によって動的に変化する補正係数を定める関数を演算する。関数記憶部48には、その関数が記憶される。保持時間に応じて関数によって定められる補正係数が変換式32へ与えられる。
【0051】
マススペクトル生成部28は、TOFスペクトル列記憶部30に記憶されたTOFスペクトル列の全部又は一部を読み出し、補正後の変換式32を用いて、当該全部又は一部に対応するマススペクトル列を生成する。そのマススペクトル列を示すデータ50が図示されていないマススペクトル解析部等へ送られる。
【0052】
例えば、補正後のマススペクトル列に基づいてTICCが再作成されてもよい。補正後のマススペクトル列に基づいてTICC内の複数のピークに対応する複数の積算マススペクトルを演算し、それらに基づいてライブラリサーチが実行されてもよい。その場合、補正係数演算過程で既にライブラリサーチが実施された成分以外の成分についてライブラリサーチを実施すれば効率的である。
【0053】
図1においては、入力器及び表示器についての図示が省略されている。表示器の画面上に、TICC、積算マススペクトル、検索結果、複数の組、関数等が表示されてもよい。入力器を利用して、ピークの特定、積算区間の設定、検索結果の承認/棄却、候補化合物リスト中からの化合物の選択、等が行われてもよい。
【0054】
図2には、実施形態に係る変換式補正方法の要部が概念図として示されている。マススペクトル生成部28により、マススペクトル列52が生成される。マススペクトル列52は、保持時間(RT)軸上に並ぶ複数のマススペクトル54により構成される。個々のマススペクトルの横軸は質量電荷比(m/z)を示し、その縦軸は強度を示す。図2には、TOFスペクトル列の図示が省略されている。
【0055】
TICC生成部36により、マススペクトル列52に基づいてTICC56が生成される。TICC56には、ピーク列58が含まれ、それは複数の成分に対応する複数のピーク60からなる。各ピーク60に対して積算区間62が個別的に設定される。積算区間62ごとに、それに属する複数のマススペクトル54が抽出され、それらが積算される。これにより、複数のピークに対応する複数の積算マススペクトル66が生成される。各積算マススペクトル66の横軸は質量電荷比を示し、その縦軸は積算値を示す。
【0056】
個々の積算マススペクトル66ごとに、それがライブラリ42A内の登録マススペクトル群と照合される(符号68を参照)。複数の検索結果の内で、一定の閾値以上のスコアを有する1又は複数の検索結果が選抜される。選抜された各検索結果から化合物の質量電荷比が特定され、それは理論値72とされる。一方、選抜された各検索結果に対応する積算マススペクトル(優良積算マススペクトル)において化合物ピークが特定され、それに対応する飛行時間が実測値70とされる。化合物ピークの探索に際しては、理論値72が基準となる。
【0057】
係数演算部46は、以上の処理により得られた複数の組(複数の実測値、複数の理論値)74に基づき、複数の補正係数78を演算する。複数の補正係数78から関数が求められる。その関数により、変換式が補正される。
【0058】
図3には、EI法の下で生成されたTICCの実例が示されている。横軸は保持時間(RT)を示し、縦軸はTICを示している。TICC82には複数のピーク84が含まれる。複数のピーク84はGCで時間的に分離された複数の成分に相当している。各ピーク84に対して積算区間86が設定される。
【0059】
図4には、EI法の下で生成された積算スペクトルの実例が示されている。積算マススペクトル88には、多数のフラグメントイオンピークが含まれる。符号90は分子イオンピークを示している。ライブラリ検索により化合物を特定できた場合、その化合物の精密質量等に基づいて、分子イオンピークの探索を行える。
【0060】
分子イオンピークの特定及び理論値の特定に際しては、必要に応じて、分子イオンへの水素イオンの付加、分子イオンからの一部(例えば遊離基)の脱離、等が考慮される。これにより、実測値と理論値とを正確に対応付けることが可能となる。分子イオンピークの探索に際しては、理論値を中心とする探索範囲が定められる。その場合、ユーザーにより指定された許容誤差に基づいて探索範囲の大きさが決定される。
【0061】
図5には、検索結果の一例が示されている。検索結果92には、複数の行94が含まれる。複数の行は、複数の候補化合物に対応している。各行には、スコア96、分子式98、精密質量100、等が含まれる。精密質量100から理論値102を特定し得る。
【0062】
図6には、関数の一例が示されている。横軸は保持時間を示し、縦軸は補正係数の大きさを示している。複数の組に基づいて複数の補正係数104a~104dが演算される。複数の補正係数104a~104dに対して、直線補間を適用することにより、関数106を定義し得る。その際、スプライン補間等のフィッティング法が用いられてもよい。また、符号108,110で示されるように、外挿法が適用されてもよい。関数106に従って、保持時間ごとに補正係数が決定される。すなわち、記憶部から読み出されるTOFスペクトル列からマススペクトル列を生成する過程で、動的に変化する補正係数が変換式へ与えられる。
【0063】
図7には、図1に示した質量分析システムの動作例が示されている。S10では、試料から取り出される複数の成分に対して飛行時間型質量分析が繰り返し適用される。これによりTOFスペクトル列が生成され、それが記憶される。また、TOFスペクトル列からマススペクトル列が生成され、それが記憶される。
【0064】
S12では、マススペクトル列に基づいてTICCが生成される。S14では、TICCに対してピーク探索が実施され、これにより複数の成分に対応するピーク群が特定される。S16では、ピーク群に対して積算区間群が設定される。S18では、積算区間群に基づいて積算マススペクトル群が生成される。S20では、積算マススペクトルごとにライブラリの検索が実行される。
【0065】
S22では、検索結果に基づいて、積算マススペクトル群の中から、優良積算マススペクトル群が抽出される。例えば、閾値以上のスコアを生じさせた積算マススペクトル群が優良積算マススペクトル群として抽出される。S24では、優良積算マススペクトル群の中から分子イオンピークを特定できるものが抽出される。これにより複数の実測値が特定される。それと並行して複数の理論値が特定される。複数の実測値及び複数の理論値により複数の組が構成される。
【0066】
S26では、複数の組に基づいて複数の補正係数が演算され、S28では複数の補正係数に基づいて関数が定義される。S30では、関数により決定される補正係数が変換式へ与えられつつ、TOFスペクトル列の全部又は一部からマススペクトル列の全部又は一部が再生成される。S32では、再生成されたマススペクトル列が解析される。
【0067】
上記実施形態においては、積算マススペクトルに基づいてライブラリサーチが実行されていたが、マススペクトルに基づいてライブラリサーチが実行されてもよい。例えば、ピークトップに対応するマススペクトルに基づいてライブラリサーチが実行されてもよい。もっとも、積算マススペクトルを利用することにより、サーチ精度を高められる。
【0068】
次に、図8図11を用いて、他の実施形態について説明する。なお、図8図11において、既に説明した要素には同一符号を付し、その説明を省略する。
【0069】
図8には、他の実施形態に係る質量分析システムが示されている。質量分析システム10Aは、測定部12A及び情報処理部14を有している。測定部12Aは、GC16及び質量分析計18Aを有する。質量分析計18Aは、2つのイオン源20A,20Bを有する。
【0070】
イオン源20A,20Bは、選択的に使用される。具体的には、イオン源20Aは、EI法に従うイオン源であり、イオン源20Bは、SI法に従うイオン源である。SI法としては、例えば、CI法(化学イオン化法)、FI法(電界イオン化法)が挙げられる。情報処理部14は、図1に示した構成を有する。情報処理部14には、入力器112及び表示器114が接続されている。
【0071】
例えば、最初にイオン源20Aが選択され、それを用いて、試料の測定が実施され、これにより、第1のTOFスペクトル列が生成され、それに基づき第1のマススペクトル列が生成される。次に、イオン源20Bが選択され、それを用いて、同じ試料の測定が再び実施される。これにより、第2のTOFスペクトル列が生成され、それに基づき第2のマススペクトル列が生成される。
【0072】
第1のマススペクトル列から第1のTICCが生成され、そこに含まれるピーク群に基づいて、第1の積算マススペクトル群が生成される。同様に、第2のマススペクトル列から第2のTICCが生成され、そこに含まれるピーク群に基づいて、第2の積算マススペクトル群が生成される。第1の積算マススペクトル群は、ライブラリサーチの対象となる。第2の積算マススペクトル群は、分子イオンピーク探索の対象となる。図8に示す実施形態の動作については後に図11を用いて説明する。
【0073】
図9の上段には、EI法に従う第1のTICC82の実例が示されており、図9の下段には、SI法に従うTICC116の実例が示されている。TICC82には複数のピークが含まれ、それらに対して複数の積算区間86が定められる。TICC116にも複数のピークが含まれ、それらに対して複数の積算区間118が定められる。なお、TICC82に含まれる複数のピークとTICC116に含まれる複数のピークとを突き合わせ、保持時間についての一致性が認められるピークペアだけを処理の対象としてもよい。
【0074】
図10の上段には、EI法に従う第1の積算マススペクトル88の実例が示されており、図10の下段には、SI法に従う第2の積算マススペクトル120の実例が示されている。2つの積算マススペクトル88,120において、保持時間軸は互いに一致している。第1の積算マススペクトル88には、多数のフラグメントイオンピークが含まれるが、第1の積算マススペクトル88において、分子イオンピークはあまり顕著ではない。一方、第2の積算マススペクトル120には、非常に大きな分子イオンピーク122が含まれる。
【0075】
他の実施形態では、以上の性質に鑑み、第1の積算マススペクトル88がライブラリサーチの対象とされ、第2の積算マススペクトル120が分子イオンピークを探索する対象とされる。換言すれば、第1の積算マススペクトル88が理論値の特定で利用され、第2の積算マススペクトルが実測値の特定で利用される。
【0076】
図11には、他の実施形態に係る質量分析システムの動作がフローチャートとして示されている。
【0077】
S40では、まず、1回目の試料の測定が実施され、これにより、第1のTOFマススペクトル列及び第1のマススペクトル列が生成され、それらが記憶される。続いて、2回目の試料の測定が実施され、これにより、第2のTOFスペクトル列及び第2のマススペクトル列が生成され、それらが記憶される。
【0078】
S42では、第1のマススペクトル列に基づいて第1のTICCが生成され、また、第2のマススペクトル列に基づいて第2のTICCが生成される。S44では、第1のTICCに対してピーク探索が実施され、また、第2のTICCに対してピーク探索が実施される。これにより、第1のピーク群及び第2のピーク群が特定される。
【0079】
S46では、第1のピーク群及び第2のピーク群に対してそれぞれ積算期間群が設定される。S48では、第1のピーク群に基づいて、上述した手法により、第1の積算マススペクトル群が生成され、また、第2のピーク群に基づいて、上述した手法により、第2の積算マススペクトル群が生成される。
【0080】
S50では、第1の積算マススペクトル群に基づいてライブラリサーチが実行される。これにより、複数の検索結果が得られる。S52では、第1の積算マススペクトル群の中から、複数の検索結果に基づいて優良積算マススペクトル群が抽出される。
【0081】
S53では、優良積算マススペクトル群を構成する優良積算マススペクトルごとに、第2の積算マススペクトル群の中から、当該優良積算マススペクトルに対応する第2の積算マススペクトルが選択される。具体的には、保持時間の一致性が認められる第2の積算マススペクトル(対応積算マススペクトル)が選択される。その際には、ユーザーにより指定された許容誤差の範囲内で、第2の積算マススペクトルが探索されてもよい。以上のように、S53では、優良積算マススペクトル群に対応する対応積算マススペクトル群が特定される。
【0082】
優良積算マススペクトル群の個数をA個とし、対応積算マススペクトル群の個数をB個とした場合、A≧Bである(A及びBは通常、2以上の整数である。)。保持時間についての一致性が認められるB個のマススペクトルペアが次のS54で参照される。
【0083】
S54では、B個のマススペクトルペアに基づいて、複数の組が特定される。具体的には、B個のマススペクトルペアに対応するB個の検索結果から、B個の質量電荷比がB個の理論値として特定される。一方、B個の第2の積算マススペクトルに対して分子イオンピーク探索が実施され、これにより見付かった分子イオンピークごとに飛行時間が実測値として特定される。これにより、B個の実測値が特定される。但し、分子イオンピークを発見できなかったことに起因して、B個よりも少ない実測値が特定されることもあり得る。以上により、S54では、複数の実測値とそれに対応する複数の理論値が特定される。それらにより複数の組が構成される。
【0084】
S54において、分子イオンピークの探索に際しては、ユーザー指定された許容誤差が考慮されてもよい。また、水素イオンの付加や分子イオンの一部の脱離等が考慮されてもよい。いずれにしても、実測値と理論値が正確に対応付けられるように、対応付け条件を定めるのが望ましい。
【0085】
S56では、複数の組に基づいて複数の補正係数が演算される。S58では、複数の補正係数に基づいて関数が演算される。S60では、関数により動的に特定される補正係数を変換式に与えることにより、第2のマススペクトル列の全部又は一部が再生成される。S62においては、生成されたマススペクトル列が解析される。
【0086】
SI法に従う第2のマススペクトル列はライブラリサーチには適さないが、EI法に従う第1のマススペクトル列を併用することにより、SI法に従う第2のマススペクトル列に適用される変換式(第2変換式)を補正することが可能となる。この場合において、第1のマススペクトル列に適用される変換式(第1変換式)を補正するには、図1から図7に示した方法を併用すればよい。第2の積算マススペクトルには、一般に、明瞭な分子イオンピークが含まれるので、第2の積算マススペクトルに適用される変換式を補正して質量電荷比の精度を高めることは、分子イオンピーク等を解析する上で非常に有用である。
【0087】
図12には、設定用の画像の一例が示されている。図示された画像130は、変換式補正に先立って表示される。画像130には、EI法に従って取得された測定データ(第1のTOFスペクトル列)を指定する欄132、及び、SI法に従って取得された測定データ(第2のTOFスペクトル列)を指定する欄134が含まれる。個々のデータを指定する際にはボタン132a,132bが操作される。例えば、一覧表示されたリスト中から個々のデータが選択される。
【0088】
画像130の中には、積算スペクトル抽出条件を指定するための画像部分136、及び、対応付け条件を指定するための画像部分140が含まれる。具体的には、画像部分136には、既に説明した閾値(スコア閾値)を指定する欄138が含まれる。画像部分140には、保持時間についての許容誤差を指定する欄142、質量電荷比についての許容誤差を指定する欄144、及び、分子イオンへの付加の条件又は分子イオンからの脱離の条件を指定する欄146が含まれる。
【0089】
欄142に入力された許容誤差に従って、TICC上においてピーク探索が実施される。あるいは、ピークの突き合わせに際して当該許容誤差が考慮される。欄144に入力された許容誤差に従って、分子イオンピークが探索される。欄146に入力された情報に従って、理論値としての質量電荷比が修正され、また、分子イオンピークの探索条件が変更される。欄146に対する項目の追加及び欄146からの項目の削除に際してはボタン148,150が操作される。ボタン152を操作すると、画像130に入力した各情報が有効となる。
【0090】
上記の各実施形態によれば、標準試料が不要となる。よって、標準試料を導入するタイミングを決定するための予備測定が不要となる。標準試料が不要となるので、コストを低減でき、また、標準試料を取り扱う上での負担を軽減できる。もっとも、実施形態に係るライブラリを利用した方法と標準試料を利用する方法とを併用してもよい。
【符号の説明】
【0091】
10 質量分析システム、12 測定部、14 情報処理部、16 ガスクロマトグラフ(GC)、18 質量分析計、20 イオン源、22 飛行時間型質量分析器、28 マススペクトル生成部、30 TOFスペクトル列記憶部、32 変換式、34 マススペクトル列記憶部、36 TICC生成部、38 積算部、40 検索部、42 記憶部(ライブラリ)、44 特定部、46 係数演算部、48 関数記憶部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12