(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-24
(45)【発行日】2023-12-04
(54)【発明の名称】非線形光吸収材料、記録媒体、情報の記録方法及び情報の読出方法
(51)【国際特許分類】
G11B 7/24065 20130101AFI20231127BHJP
C07C 13/47 20060101ALI20231127BHJP
G02F 1/361 20060101ALI20231127BHJP
G11B 7/004 20060101ALI20231127BHJP
G11B 7/24035 20130101ALI20231127BHJP
G11B 7/244 20060101ALI20231127BHJP
【FI】
G11B7/24065
C07C13/47
G02F1/361
G11B7/004
G11B7/24035
G11B7/244
(21)【出願番号】P 2023555842
(86)(22)【出願日】2023-03-31
(86)【国際出願番号】 JP2023013660
【審査請求日】2023-09-12
(31)【優先権主張番号】P 2022081186
(32)【優先日】2022-05-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107641
【氏名又は名称】鎌田 耕一
(74)【代理人】
【識別番号】100168273
【氏名又は名称】古田 昌稔
(72)【発明者】
【氏名】横山 麻紗子
(72)【発明者】
【氏名】安藤 康太
(72)【発明者】
【氏名】坂田 直弥
(72)【発明者】
【氏名】田頭 健司
(72)【発明者】
【氏名】荒瀬 秀和
【審査官】中野 和彦
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/246066(WO,A1)
【文献】特表2004-504285(JP,A)
【文献】国際公開第2008/111293(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/056678(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G11B 7/24065
C07C 13/47
G02F 1/361
G11B 7/004
G11B 7/24035
G11B 7/244
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される化合物を含む、非線形光吸収材料。
【化1】
前記式(1)において、R
1からR
12は、互いに独立して、H、B、C、N、O、F、Si、P、S、Cl、I及びBrからなる群より選ばれる少なくとも1つの原子を含む基を表す。
【請求項2】
前記R
5から前記R
12のそれぞれが水素原子である、請求項1に記載の非線形光吸収材
料。
【請求項3】
前記R
1及び前記R
2が同一の基である、又は、前記R
1及び前記R
3が同一の基である、請求項1に記載の非線形光吸収材料。
【請求項4】
前記R
1から前記R
4が同一の基である、請求項1に記載の非線形光吸収材料。
【請求項5】
前記R
1から前記R
4のそれぞれがメチル基である、請求項1に記載の非線形光吸収材料。
【請求項6】
390nm以上420nm以下の波長を有する光を利用するデバイスに用いられる、請求項1に記載の非線形光吸収材料。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の非線形光吸収材料を含む、記録媒体。
【請求項8】
390nm以上420nm以下の波長を有する光を発する光源を準備し、
前記光源からの前記光を集光して、請求項1から6のいずれか1項に記載の非線形光吸収材料を含む記録媒体における記録層に照射する、
ことを含む、情報の記録方法。
【請求項9】
請求項8に記載の記録方法によって記録された情報の読出方法であって、
前記読出方法は、
前記記録媒体における記録層に対して光を照射することによって、前記記録層の光学特性を測定し、
前記記録層から情報を読み出す、
ことを含む、情報の読出方法。
【請求項10】
前記光学特性は、前記記録層で反射した光の強度である、請求項9に記載の読出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、非線形光吸収材料、記録媒体、情報の記録方法及び情報の読出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光吸収材料などの光学材料のうち、非線形光学(Non-Linear Optical)効果を有する材料は、非線形光学材料と呼ばれる。非線形光学効果とは、レーザー光などの強い光が物質に照射された場合に、その物質において、照射光の電場の2乗又は2乗より高次に比例した光学現象が生じることを意味する。光学現象としては、吸収、反射、散乱、発光などが挙げられる。照射光の電場の2乗に比例する二次の非線形光学効果としては、第二高調波発生(SHG)、ポッケルス効果、パラメトリック効果などが挙げられる。照射光の電場の3乗に比例する三次の非線形光学効果としては、二光子吸収、多光子吸収、第三高調波発生(THG)、カー効果などが挙げられる。本明細書では、二光子吸収などの多光子吸収を非線形光吸収と呼ぶことがある。非線形光吸収を行うことができる材料を非線形光吸収材料と呼ぶことがある。特に、二光子吸収を行うことができる材料を二光子吸収材料と呼ぶことがある。なお、非線形光吸収は非線形吸収と呼ばれることもある。
【0003】
非線形光学材料について、これまでに多くの研究が盛んに進められている。特に、非線形光学材料として、単結晶を容易に調製できる無機材料が開発されている。近年では、有機材料からなる非線形光学材料の開発が期待されている。有機材料は、無機材料と比較して、高い設計自由度を有するだけでなく、大きい非線形光学定数を有する。さらに、有機材料では、非線形応答が高速で行われる。本明細書では、有機材料を含む非線形光学材料を有機非線形光学材料と呼ぶことがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第6448042号公報
【文献】特許第5738554号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Harry L. Anderson et al, "Two-Photon Absorption and the Design of Two-Photon Dyes", Angew. Chem. Int. Ed. 2009, Vol. 48, p. 3244-3266.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
短波長域の波長を有する光に対して非線形光吸収特性を有する新たな化合物が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様における非線形光吸収材料は、
下記式(1)で表される化合物を含む。
【化1】
前記式(1)において、R
1からR
12は、互いに独立して、H、B、C、N、O、F、Si、P、S、Cl、I及びBrからなる群より選ばれる少なくとも1つの原子を含む基を表す。
【発明の効果】
【0008】
本開示は、短波長域の波長を有する光に対して非線形光吸収特性を有する新たな化合物を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1A】
図1Aは、本開示の一実施形態にかかる非線形光吸収材料を含む記録媒体を用いた情報の記録方法に関するフローチャートである。
【
図1B】
図1Bは、本開示の一実施形態にかかる非線形光吸収材料を含む記録媒体を用いた情報の読出方法に関するフローチャートである。
【
図2】
図2は、式(2)で表される化合物の
1H-NMRスペクトルを示すグラフである。
【
図3】
図3は、実施例及び比較例の樹脂薄膜の記録再生特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(本開示の基礎となった知見)
有機非線形光学材料では、二光子吸収材料が特に注目を集めている。二光子吸収とは、化合物が2つの光子をほとんど同時に吸収して励起状態へ遷移する現象を意味する。二光子吸収としては、同時二光子吸収及び段階二光子吸収が知られている。同時二光子吸収は、非共鳴二光子吸収と呼ばれることもある。同時二光子吸収は、一光子の吸収帯が存在しない波長域での二光子吸収を意味する。段階二光子吸収は、共鳴二光子吸収と呼ばれることもある。段階二光子吸収では、化合物が1つ目の光子を吸収してから、2つ目の光子をさらに吸収することによって、より高次の励起状態に遷移する。段階二光子吸収では、化合物は、2つの光子を逐次的に吸収する。
【0011】
同時二光子吸収において、化合物による光の吸収量は、通常、照射光強度の2乗に比例し、非線形性を示す。化合物による光の吸収量は、二光子吸収の効率の指標として利用できる。化合物による光の吸収量が非線形性を示す場合、例えば、高い電界強度を有するレーザー光の焦点付近のみで化合物による光の吸収を生じさせることができる。すなわち、二光子吸収材料を含む試料において、所望の位置のみで化合物を励起することができる。このように、同時二光子吸収が生じる化合物は、極めて高い空間分解能をもたらすため、三次元光メモリの記録層、光造形用の光硬化性樹脂組成物などの用途への応用が検討されている。二光子吸収材料が蛍光特性をさらに有する場合、二光子吸収材料は、二光子蛍光顕微鏡などに用いられる蛍光色素材料に応用することも可能である。この二光子吸収材料を三次元光メモリに利用すれば、二光子吸収材料からの蛍光の変化に基づいて、記録層のON/OFFの状態を読み取る方式を採用できる可能性もある。現行の光メモリでは、二光子吸収材料における光の反射率の変化及び光の吸収率の変化に基づいて、記録層のON/OFFの状態を読み取る方式が採用されている。しかし、この方式を三次元光メモリに適用した場合、従来の二光子吸収材料では一光子吸収効率に対して二光子吸収効率が小さいため、ON/OFFの状態を読み取るべき記録層とは異なる他の記録層に基づいて、クロストークが発生することがある。
【0012】
二光子吸収材料では、二光子吸収の効率を示す指標として、二光子吸収断面積(GM値)が用いられる。二光子吸収断面積の単位は、GM(10-50cm4・s・molecule-1・photon-1)である。これまでに、大きい二光子吸収断面積を有する有機二光子吸収材料が数多く提案されている。例えば、500GMを上回る程度に大きい二光子吸収断面積を有する化合物が多数報告されている(例えば、非特許文献1)。しかし、ほとんどの報告において、二光子吸収断面積は、600nmよりも長い波長を有するレーザー光を用いて測定されている。特に、レーザー光として、750nmよりも長い波長を有する近赤外線が利用されることもある。
【0013】
しかし、二光子吸収材料を産業用途に応用するためには、より短い波長を有するレーザー光を照射したときに、二光子吸収特性を発現する材料が必要とされる。例えば、三次元光メモリの分野において、短い波長を有するレーザー光は、より微細な集光スポットを実現できるため、三次元光メモリの記録密度を向上させることができる。光造形の分野においても、短い波長を有するレーザー光は、より高い解像度での造形を実現することができる。さらに、Blu-ray(登録商標)ディスクの規格では、405nmの中心波長を有するレーザー光が用いられる。このように、短い波長を有するレーザー光と同じ波長域の光に対して、優れた二光子吸収特性を有する化合物が開発されれば、産業の発展に大きく貢献できる。
【0014】
さらに、光強度が大きい極短パルスレーザーを出射する発光装置は、大型であり、かつ、動作が不安定である傾向がある。そのため、このような発光装置は、汎用性及び信頼性の観点から産業用途に採用することが難しい。このことを考慮すると、二光子吸収材料を産業用途に応用するためには、光強度が小さいレーザー光を照射した場合であっても、二光子吸収特性を発現する材料が必要とされる。
【0015】
光源としては、例えば、チタンサファイアレーザーなどのフェムト秒レーザー、又は、半導体レーザーなどのピコ秒からナノ秒のパルス幅を有するパルスレーザーを用いることができる。小型で汎用性が高く、動作が安定であるという観点から、産業用途には半導体レーザーが適している。パルス幅がピコ秒からナノ秒又はそれ以上のレーザーを用い、レンズで集光して光子密度を高めた光を有機非線形光学材料に照射した場合、電子はフェムト秒オーダーで一光子励起又は二光子励起を経て、数百フェムト秒からピコ秒で最低励起状態へと緩和する。電子が最低励起状態に緩和した時点でもパルス照射の最中である。そのため、最低励起状態からさらに高次の励起状態への励起が起こることがある。この現象を励起状態吸収(ESA:Excited State Absorption)と呼ぶ。その後、パルス照射が続く限り、励起状態吸収と最低励起状態への緩和とが繰り返される。この緩和は、アズレン等の特殊な場合を除いては、遅くともピコ秒のオーダーで完了する非常に速い過程であり、かつ無輻射失活である。つまり、蛍光又は燐光といった光を放射することによる失活ではなく、熱を発することにより失活が起こる。このように、パルス幅がピコ秒からナノ秒又はそれ以上のレーザーを用いて非線形光吸収材料を局所的に励起させた際、非線形光吸収材料がさらに励起状態吸収を生じる場合には、局所的に熱を発生させることが可能になる。このことは、例えば、記録媒体を局所的に変質させるための熱源として非線形光吸収材料を利用することを可能にし、ひいては三次元記録を可能にする。
【0016】
励起状態吸収は、例えば、次のように進行する。
【0017】
(1-1)一光子吸収又は二光子吸収により、電子が基底状態(S0)から励起状態に遷移し、速やかに第一励起状態(一重項、S1)まで緩和する。
(1-2)S1状態からさらに一光子吸収して、電子が高次の一重項励起状態(Sn)に励起される。
もしくは、
(2-1)一光子吸収又は二光子吸収により、電子が基底状態(S0)から励起状態に遷移し、速やかに第一励起状態(一重項、S1)まで緩和する。
(2-2)S1状態から三重項励起状態(T1)への項間交差(ISC:Intersystem crossing)が起こる。
(2-3)T1状態からさらに一光子吸収して、電子が高次の三重項励起状態(Tn)に励起される。
【0018】
励起状態吸収が起こらない場合、例えば、電子遷移は次のように進行する。
【0019】
(3-1)一光子吸収又は二光子吸収により、電子が基底状態(S0)から励起状態に遷移し、速やかに第一励起状態(一重項、S1)まで緩和する。
(3-2)電子がS1状態からS0状態に緩和して失活する。
もしくは、
(4-1)一光子吸収又は二光子吸収により、電子が基底状態(S0)から励起状態に遷移し、速やかに第一励起状態(一重項、S1)まで緩和する。
(4-2)S1状態から三重項励起状態(T1)への項間交差が起こる。
(4-3)電子がT1状態からS0状態に緩和して失活する。
【0020】
以上のように、励起状態吸収は逐次的な多光子吸収であり、非線形光吸収の一種である。励起状態吸収も、二光子吸収と同様に、高強度の光を試料に照射した場合にのみ生じるものである。低強度の光を試料に照射したときに励起状態吸収が起こる確率は無視できるほど小さい。
【0021】
非線形光吸収特性を有する化合物において、パルス幅がピコ秒からナノ秒又はそれ以上のレーザー光を照射する場合の光強度と吸収特性との関係は、以下の式(i)及び(ii)で表される。本明細書では、非線形光吸収特性を有する化合物を非線形光吸収化合物と呼ぶことがある。式(i)及び(ii)は、非線形光吸収化合物を含み、かつ微小厚さdzを有する試料に対して、強度Iの光を照射したときの光強度の減少-dIを算出するための計算式である。
【数1】
【0022】
式(ii)において、αは、一光子吸収係数(cm-1)である。βは、同時二光子吸収係数(cm/W)である。γは、同時三光子吸収係数(cm3/W2)である。σESAは、励起状態吸収断面積(cm2)である。τは、励起状態の寿命(s)である。h-(エイチバー)は、ディラック定数(J・s)である。ωは、入射光の角周波数(rad/s)である。
【0023】
さらに、α及びβは、それぞれ、下記式(iii)及び(iv)で表すことができる。式(iii)及び(iv)において、εは、モル吸光係数(mol
-1・L・cm
-1)である。Nは、試料の単位体積あたりの化合物の分子数(mol・cm
-3)である。N
Aは、アボガドロ定数である。σは、二光子吸収断面積(GM)である。
【数2】
【0024】
吸収係数(cm-1)は、光が物質の中を進むときに、単位長さあたりに吸収される光子の割合を指す。モル吸光係数(L・mol-1・cm-1)は、光が物質の中を進むときに、分子1モルあたりに吸収される光子の割合を指す。吸収断面積(cm2)は、光が物質の中を進むときに、粒子(分子)1個あたりに吸収される光子の割合を指す。吸収係数は、試料の単位体積あたりの分子数(分子の数密度)で割ることにより、吸収断面積に換算できる。吸収断面積は、アボガドロ定数(6.02×1023mol-1)を掛けて単位換算をすることにより、モル吸光係数に換算できる。
【0025】
照射光強度が小さい場合、三次の非線形光吸収の寄与は小さくなる。例えば、小型で汎用性の高い半導体レーザーの光を照射する場合は、式(i)における三次の項は無視できるほど小さいと考えられる。簡単のため、CI
3を無視した下記式(v)を用いて、光吸収の非線形性についての説明を以下に行う。
【数3】
【0026】
式(v)からは、試料において、線形吸収量(一次の項:AI)と非線形吸収量(二次の項:BI
2)とが等しいときの入射光の強度IがA/Bで表されることがわかる。すなわち、入射光の強度IがA/Bよりも小さいときに、試料において、線形光吸収が優先して生じる。入射光の強度IがA/Bよりも大きいときに、試料において、非線形光吸収が優先して生じる。そのため、試料におけるA/Bの値が小さければ小さいほど、光強度が小さいレーザー光によって、非線形光吸収を優先して発現させることができる傾向がある。ここでA/Bは、下記式(vi)で表される。
【数4】
【0027】
励起状態吸収が起こらない材料の場合はσ
ESA=0であることから、下記式(vii)が成り立つ。そのため、入射光強度がα/βよりも小さい場合は非線形光吸収よりも線形光吸収が優先して生じる。
【数5】
【0028】
一方、励起状態吸収が生じる材料の場合は式(vii)の左辺の項が値を持ち、式(vii)が成り立たない。そのため、線形光吸収よりも非線形光吸収を優先して生じさせるための入射光強度Iの閾値を下げることができる。励起状態吸収が大きい材料であれば、非常に低い入射光強度でも非線形光吸収を優位に生じさせることが可能になる。
【0029】
特許文献1には、非線形吸収色素を含有し、多層の回折格子が形成されている光情報記録材料に、中心波長401nm、パルス幅8ナノ秒のレーザーを照射し、回折格子を局所的に破壊することにより記録マークを形成することが開示されている。非線形吸収色素としては、1,1,4,4-テトラフェニル-1,3-ブタジエン、1,3,6,8-テトラフェニルピレン、ピレン-エチレングリコール-ピレン、1,4-ビス(フェニルエチニル)ベンゼン、1,2,4,5-テトラキス(フェニルエチニル)ベンゼン、9,10-ジフェニルアントラセン、5,6,11,12-テトラフェニルナフタセン、フルオレン、2,7-ジブロモフルオレン、1-ブロモピレン、4-ブロモピレン、及びピレンが開示されている。
【0030】
特許文献2には、波長405nm、パルス幅5ナノ秒のレーザー照射により高次の三重項励起状態へと遷移する非線形増感剤を含有するホログラム記録用媒体が開示されている。非線形増感剤としては、白金エチニル錯体が開示されている。
【0031】
しかし、非線形吸収色素の基底状態における吸収係数が小さすぎると、式(v)における-dI/dzの値が小さくなり、記録感度が不十分となる。また、非線形吸収色素が光を吸収して励起後、基底状態に戻る前に三重項励起状態を経る場合は、耐光性が不足する懸念がある。大気中の酸素分子は基底状態では三重項状態で存在し、三重項励起状態にある色素とエネルギー移動反応を起こし、一重項酸素を生成するためである。三重項励起状態は基底状態に戻るときにスピンの反転を伴うため寿命が長く、非常に長いものでは数百ミリ秒オーダーの励起寿命を有する。励起後に三重項励起状態を経由する色素の数が多ければ多いほど、すなわち色素の項間交差の量子収率が高ければ高いほど、酸素分子と反応する確率が高くなる。三重項励起状態の寿命が長ければ長いほど、酸素分子と反応する確率がさらに高くなる。一重項酸素は電子不足であり、非常に活性が高く、周辺に存在する色素又は高分子化合物と反応して変質させる。一重項酸素と反応した色素は退色するなど、光学特性が変化する。
【0032】
本発明者らは、鋭意検討の結果、後述する式(1)で表される化合物が、短波長域の波長を有する光に対して、高い非線形光吸収特性を有することを新たに見出した。詳細には、本発明者らは、式(1)で表される化合物では、短波長域の波長を有する光に対して、一光子吸収係数αが大きすぎず小さすぎない範囲にあり、さらに励起状態吸収断面積σESAが高い値を有することを見出した。その結果、式(1)で表される化合物では、上述した-dI/dzの値が十分に大きいことに加え、非線形光吸収の大きさAに対する線形光吸収の大きさBの比A/B(式(vi))の値が小さく、光吸収の非線形性が高い傾向がある。式(1)で表される化合物において、短波長域で生じる励起状態吸収は一重項励起状態からのものであり、励起状態の寿命は長すぎず、大気中の酸素と反応を生じにくい。そのため、一重項酸素の生成による変質も起こりにくい。本明細書において、短波長域は、405nmを含む波長域を意味し、例えば、390nm以上420nm以下の波長域を意味する。
【0033】
(本開示に係る一態様の概要)
本開示の第1態様にかかる非線形光吸収材料は、
下記式(1)で表される化合物を含む。
【化2】
前記式(1)において、R
1からR
12は、互いに独立して、H、B、C、N、O、F、Si、P、S、Cl、I及びBrからなる群より選ばれる少なくとも1つの原子を含む基を表す。
【0034】
第1態様にかかる非線形光吸収材料は、短波長域の波長を有する光に対して非線形光吸収特性を有する。
【0035】
本開示の第2態様において、例えば、第1態様にかかる非線形光吸収材料では、前記R5から前記R12のそれぞれが水素原子であってもよい。
【0036】
本開示の第3態様において、例えば、第1又は第2態様にかかる非線形光吸収材料では、前記R1及び前記R2が同一の基であってもよく、又は、前記R1及び前記R3が同一の基であってもよい。
【0037】
本開示の第4態様において、例えば、第1から第3態様のいずれか1つにかかる非線形光吸収材料では、前記R1から前記R4が同一の基であってもよい。
【0038】
第2から第4態様によれば、式(1)で表される化合物の合成が容易である。
【0039】
本開示の第5態様において、例えば、第1から第4態様のいずれか1つにかかる非線形光吸収材料では、前記R1から前記R4のそれぞれがメチル基であってもよい。
【0040】
第5態様によれば、式(1)で表される化合物が安定的に本来の特性を発現しうる。
【0041】
本開示の第6態様において、例えば、第1から第5態様のいずれか1つにかかる非線形光吸収材料は、390nm以上420nm以下の波長を有する光を利用するデバイスに用いられてもよい。
【0042】
第6態様によれば、非線形光吸収材料は、390nm以上420nm以下の波長を有する光を利用するデバイスの用途に適している。
【0043】
本開示の第7態様にかかる記録媒体は、
第1から第6態様のいずれか1つにかかる非線形光吸収材料を含む。
【0044】
第7態様によれば、非線形光吸収材料において、短波長域の波長を有する光に対する非線形光吸収特性が改善されている。このような非線形光吸収材料を含む記録媒体は、高い記録密度で情報を記録することができる。
【0045】
本開示の第8態様にかかる情報の記録方法は、
390nm以上420nm以下の波長を有する光を発する光源を準備し、
前記光源からの前記光を集光して、第1から第7態様のいずれか1つにかかる非線形光吸収材料を含む記録媒体における記録層に照射する、
ことを含む。
【0046】
第8態様によれば、非線形光吸収材料において、短波長域の波長を有する光に対する非線形光吸収特性が改善されている。このような非線形光吸収材料を含む記録媒体を用いた情報の記録方法によれば、高い記録密度で情報を記録することができる。
【0047】
本開示の第9態様にかかる情報の読出方法は、例えば、第8態様にかかる記録方法によって記録された情報の読出方法であって、
前記読出方法は、
前記記録媒体における記録層に対して光を照射することによって、前記記録層の光学特性を測定し、
前記記録層から情報を読み出す、
ことを含む。
【0048】
本開示の第10態様において、例えば、第9態様にかかる情報の読出方法では、前記光学特性は、前記記録層で反射した光の強度であってもよい。
【0049】
第9又は第10態様によれば、情報を読み出すときに、他の記録層に基づくクロストークの発生を抑制できる。
【0050】
以下、本開示の実施形態について、図面を参照しながら説明する。本開示は、以下の実施形態に限定されない。
【0051】
(実施形態)
本実施形態の非線形光吸収材料は、下記式(1)で表される化合物aを含む。
【化3】
【0052】
式(1)において、R1からR12は、互いに独立して、H、B、C、N、O、F、Si、P、S、Cl、I及びBrからなる群より選ばれる少なくとも1つの原子を含む基を表す。
【0053】
化合物aは、短波長域の波長を有する光の吸収量が十分に大きい。吸収量の内訳として、非線形光吸収の大きさBに対する線形光吸収の大きさAの比A/Bの値が小さい傾向、すなわち光吸収の非線形性が高い傾向がある。化合物aは、緩和過程で三重項励起状態を経由しないことから、優れた耐光性を有する。このように、化合物aは、短波長域の波長を有する光に対する非線形光吸収特性と耐光性との両立の観点で改善されている。さらに、記録感度が向上している。化合物aは、短波長域の波長を有するレーザー光の照射によって励起され、構造変化を伴いながら最低一重項励起状態まで緩和し、最低一重項励起状態からさらにレーザー光を吸収して高次の一重項励起状態へと遷移する。励起後の構造変化は2つの6員環を結ぶ二重結合がねじれることによって起こる。断熱状態ではπ電子共役系が短くなる。このことにより、励起状態の光吸収帯が短波長域までブルーシフトし、短波長域におけるσESAが高い値を示す。
【0054】
式(1)において、R1からR12は、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子、炭化水素基、ハロゲン化炭化水素基、酸素原子を含む基、窒素原子を含む基、硫黄原子を含む基、ケイ素原子を含む基、リン原子を含む基、又はホウ素原子を含む基であってもよい。
【0055】
ハロゲン原子としては、F、Cl、Br、Iなどが挙げられる。本明細書では、ハロゲン原子をハロゲン基と呼ぶことがある。
【0056】
炭化水素基は、アルキル基又は不飽和炭化水素基である。
【0057】
アルキル基の炭素数は、特に限定されず、例えば1以上20以下である。アルキル基の炭素数は、化合物aを容易に合成できる観点から、1以上10以下であってもよく、1以上5以下であってもよい。アルキル基の炭素数を調節することによって、化合物aについて、溶媒又は樹脂組成物に対する溶解性を調節することができる。アルキル基は、直鎖状であってもよく、分岐鎖状であってもよく、環状であってもよい。アルキル基に含まれる少なくとも1つの水素原子は、N、O、P及びSからなる群より選ばれる少なくとも1つの原子を含む基によって置換されていてもよい。アルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、2-メチルブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、2,3-ジメチルヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、エイコシル基、2-メトキシブチル基、6-メトキシヘキシル基などが挙げられる。
【0058】
不飽和炭化水素基は、炭素-炭素二重結合、炭素-炭素三重結合などの不飽和結合を含む。不飽和炭化水素基に含まれる不飽和結合の数は、例えば1以上5以下である。不飽和炭化水素基の炭素数は、特に限定されず、例えば2以上20以下であり、2以上10以下であってもよく、2以上5以下であってもよい。不飽和炭化水素基は、直鎖状であってもよく、分岐鎖状であってもよく、環状であってもよい。不飽和炭化水素基に含まれる少なくとも1つの水素原子は、N、O、P及びSからなる群より選ばれる少なくとも1つの原子を含む基によって置換されていてもよい。不飽和炭化水素基としては、ビニル基、エチニル基、アリール基などが挙げられる。
【0059】
ハロゲン化炭化水素基とは、炭化水素基に含まれる少なくとも1つの水素原子がハロゲン原子によって置換された基を意味する。ハロゲン化炭化水素基は、炭化水素基に含まれる全ての水素原子がハロゲン原子によって置換された基であってもよい。ハロゲン化炭化水素基としては、ハロゲン化アルキル基、ハロゲン化アルケニル基などが挙げられる。
【0060】
ハロゲン化アルキル基としては、-CF3、-CH2F、-CH2Br、-CH2Cl、-CH2I、-CH2CF3などが挙げられる。ハロゲン化アルケニル基としては、-CH=CHCF3などが挙げられる。
【0061】
酸素原子を含む基は、例えば、ヒドロキシル基、カルボキシル基、アルデヒド基、エーテル基、アシル基及びエステル基からなる群より選ばれる少なくとも1つを有する置換基である。
【0062】
ヒドロキシル基を有する置換基としては、例えば、ヒドロキシル基そのもの、及び、ヒドロキシル基を有する炭化水素基が挙げられる。この置換基において、ヒドロキシル基は、脱プロトン化して-O-の状態であってもよい。ヒドロキシル基を有する炭化水素基としては、-CH2OH、-CH(OH)CH3、-CH2CH(OH)CH3、-CH2C(OH)(CH3)2などが挙げられる。
【0063】
カルボキシル基を有する置換基としては、例えば、カルボキシル基そのもの、及び、カルボキシル基を有する炭化水素基が挙げられる。この置換基において、カルボキシル基は、脱プロトン化して-CO2
-の状態であってもよい。カルボキシル基を有する炭化水素基としては、-CH2CH2COOH、-C(COOH)(CH3)2、-CH2CO2
-などが挙げられる。
【0064】
アルデヒド基を有する置換基としては、例えば、アルデヒド基そのもの、及び、アルデヒド基を有する炭化水素基が挙げられる。アルデヒド基を有する炭化水素基としては、-CH=CHCHOなどが挙げられる。
【0065】
エーテル基を有する置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン化アルコキシ基、アルケニルオキシ基、オキシラニル基、及び、これらの官能基のうち少なくとも1つを有する炭化水素基が挙げられる。アルコキシ基に含まれる少なくとも1つの水素原子は、N、O、P及びSからなる群より選ばれる少なくとも1つの原子を含む基によって置換されていてもよい。アルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、2-メトキシエトキシ基、ブトキシ基、2-メチルブトキシ基、2-メトキシブトキシ基、4-エチルチオブトキシ基、ペンチルオキシ基、ヘキシルオキシ基、ヘプチルオキシ基、オクチルオキシ基、ノニルオキシ基、デシルオキシ基、ウンデシルオキシ基、ドデシルオキシ基、トリデシルオキシ基、テトラデシルオキシ基、ペンタデシルオキシ基、ヘキサデシルオキシ基、ヘプタデシルオキシ基、オクタデシルオキシ基、ノナデシルオキシ基、エイコシルオキシ基、-OCH2O-、-OCH2CH2O-、-O(CH2)3O-などが挙げられる。ハロゲン化アルコキシ基としては、-OCHF2、-OCH2F、-OCH2Clなどが挙げられる。アルケニルオキシ基としては、-OCH=CH2などが挙げられる。アルコキシ基などの官能基を有する炭化水素基としては、-CH2OCH3、-C(OCH3)3、2-メトキシブチル基、6-メトキシヘキシル基などが挙げられる。
【0066】
アシル基を有する置換基としては、例えば、アシル基そのもの、及びアシル基を有する炭化水素基が挙げられる。アシル基としては、-COCH3などが挙げられる。アシル基を有する炭化水素基としては、-CH=CHCOCH3などが挙げられる。
【0067】
エステル基を有する置換基としては、例えば、アルコキシカルボニル基、アシルオキシ基、及び、これらの官能基のうち少なくとも1つを有する炭化水素基が挙げられる。アルコキシカルボニル基としては、-COOCH3、-COO(CH2)3CH3、-COO(CH2)7CH3などが挙げられる。アシルオキシ基としては、-OCOCH3などが挙げられる。アシルオキシ基などの官能基を有する炭化水素基としては、-CH2OCOCH3などが挙げられる。
【0068】
窒素原子を含む基は、例えば、アミノ基、イミノ基、シアノ基、アジ基、アミド基、カルバメート基、ニトロ基、シアナミド基、イソシアネート基及びオキシム基からなる群より選ばれる少なくとも1つを有する置換基である。
【0069】
アミノ基を有する置換基としては、例えば、1級アミノ基、2級アミノ基、3級アミノ基、4級アミノ基、及び、これらの官能基のうち少なくとも1つを有する炭化水素基が挙げられる。この置換基において、アミノ基は、プロトン化していてもよい。3級アミノ基としては、-N(CH3)2などが挙げられる。1級アミノ基などの官能基を有する炭化水素基としては、-CH2NH2、-CH2N(CH3)2、-(CH2)4N(CH3)2、-CH2CH2NH3
+、-CH2CH2NH(CH3)2
+、-CH2CH2N(CH3)3
+などが挙げられる。
【0070】
イミノ基を有する置換基としては、例えば、イミノ基そのもの、及びイミノ基を有する炭化水素基が挙げられる。イミノ基としては、-N=CCl2などが挙げられる。
【0071】
シアノ基を有する置換基としては、例えば、シアノ基そのもの、及びシアノ基を有する炭化水素基が挙げられる。シアノ基を有する炭化水素基としては、-CH2CN、-CH=CHCNなどが挙げられる。
【0072】
アジ基を有する置換基としては、例えば、アジ基そのもの、及びアジ基を有する炭化水素基が挙げられる。
【0073】
アミド基を有する置換基としては、例えば、アミド基そのもの、及びアミド基を有する炭化水素基が挙げられる。アミド基としては、-CONH2、-NHCHO、-NHCOCH3、-NHCOCF3、-NHCOCH2Cl、-NHCOCH(CH3)2などが挙げられる。アミド基を有する炭化水素基としては、-CH2CONH2、-CH2NHCOCH3などが挙げられる。
【0074】
カルバメート基を有する置換基としては、例えば、カルバメート基そのもの、及びカルバメート基を有する炭化水素基が挙げられる。カルバメート基としては、-NHCOOCH3、-NHCOOCH2CH3、-NHCO2(CH2)3CH3などが挙げられる。
【0075】
ニトロ基を有する置換基としては、例えば、ニトロ基そのもの、及びニトロ基を有する炭化水素基が挙げられる。ニトロ基を有する炭化水素基としては、-C(NO2)(CH3)2などが挙げられる。
【0076】
シアナミド基を有する置換基としては、例えば、シアナミド基そのもの、及びシアナミド基を有する炭化水素基が挙げられる。シアナミド基は、-NHCNで表される。
【0077】
イソシアネート基を有する置換基としては、例えば、イソシアネート基そのもの、及びイソシアネート基を有する炭化水素基が挙げられる。イソシアネート基は、-N=C=Oで表される。
【0078】
オキシム基を有する置換基としては、例えば、オキシム基そのもの、及びオキシム基を有する炭化水素基が挙げられる。オキシム基は、-CH=NOHで表される。
【0079】
硫黄原子を含む基は、例えば、チオール基、スルフィド基、スルフィニル基、スルホニル基、スルフィノ基、スルホン酸基、アシルチオ基、スルフェンアミド基、スルホンアミド基、チオアミド基、チオカルバミド基及びチオシアノ基からなる群より選ばれる少なくとも1つを有する置換基である。
【0080】
チオール基を有する置換基としては、例えば、チオール基そのもの、及び、チオール基を有する炭化水素基が挙げられる。チオール基は、-SHで表される。
【0081】
スルフィド基を有する置換基としては、例えば、アルキルチオ基、アルキルジチオ基、アルケニルチオ基、アルキニルチオ基、チアシクロプロピル基、及び、これらの官能基のうち少なくとも1つを有する炭化水素基が挙げられる。アルキルチオ基に含まれる少なくとも1つの水素原子は、ハロゲン基によって置換されていてもよい。アルキルチオ基としては、-SCH3、-S(CH2)F、-SCH(CH3)2、-SCH2CH3などが挙げられる。アルキルジチオ基としては、-SSCH3などが挙げられる。アルケニルチオ基としては、-SCH=CH2、-SCH2CH=CH2などが挙げられる。アルキニルチオ基としては、-SC≡CHなどが挙げられる。アルキルチオ基などの官能基を有する炭化水素基としては、-CH2SCF3などが挙げられる。
【0082】
スルフィニル基を有する置換基としては、例えば、スルフィニル基そのもの、及びスルフィニル基を有する炭化水素基が挙げられる。スルフィニル基としては、-SOCH3などが挙げられる。
【0083】
スルホニル基を有する置換基としては、例えば、スルホニル基そのもの、及びスルホニル基を有する炭化水素基が挙げられる。スルホニル基としては、-SO2CH3などが挙げられる。スルホニル基を有する炭化水素基としては、-CH2SO2CH3、-CH2SO2CH2CH3などが挙げられる。
【0084】
スルフィノ基を有する置換基としては、例えば、スルフィノ基そのもの、及びスルフィノ基を有する炭化水素基が挙げられる。この置換基において、スルフィノ基は、脱プロトン化して-SO2
-の状態であってもよい。
【0085】
スルホン酸基を有する置換基としては、例えば、スルホン酸基そのもの、及びスルホン酸基を有する炭化水素基が挙げられる。この置換基において、スルホン酸基は、脱プロトン化して-SO3
-の状態であってもよい。
【0086】
アシルチオ基を有する置換基としては、例えば、アシルチオ基そのもの、及びアシルチオ基を有する炭化水素基が挙げられる。アシルチオ基としては、-SCOCH3などが挙げられる。
【0087】
スルフェンアミド基を有する置換基としては、例えば、スルフェンアミド基そのもの、及びスルフェンアミド基を有する炭化水素基が挙げられる。スルフェンアミド基としては、-SN(CH3)2などが挙げられる。
【0088】
スルホンアミド基を有する置換基としては、例えば、スルホンアミド基そのもの、及びスルホンアミド基を有する炭化水素基が挙げられる。スルホンアミド基としては、-SO2NH2、-NHSO2CH3などが挙げられる。
【0089】
チオアミド基を有する置換基としては、例えば、チオアミド基そのもの、及びチオアミド基を有する炭化水素基が挙げられる。チオアミド基としては、-NHCSCH3などが挙げられる。チオアミド基を有する炭化水素基としては、-CH2SC(NH2)2
+などが挙げられる。
【0090】
チオカルバミド基を有する置換基としては、例えば、チオカルバミド基そのもの、及びチオカルバミド基を有する炭化水素基が挙げられる。チオカルバミド基としては、-NHCSNHCH2CH3などが挙げられる。
【0091】
チオシアノ基を有する置換基としては、例えば、チオシアノ基そのもの、及びチオシアノ基を有する炭化水素基が挙げられる。チオシアノ基を有する炭化水素基としては、-CH2SCNなどが挙げられる。
【0092】
ケイ素原子を含む基は、例えば、シリル基及びシロキシ基からなる群より選ばれる少なくとも1つを有する置換基である。
【0093】
シリル基を有する置換基としては、シリル基そのもの、及び、シリル基を有する炭化水素基が挙げられる。シリル基としては、-Si(CH3)3、-SiH(CH3)2、-Si(OCH3)3、-Si(OCH2CH3)3、-SiCH3(OCH3)2、-Si(CH3)2OCH3、-Si(N(CH3)2)3、-SiF(CH3)2、-Si(OSi(CH3)3)3、-Si(CH3)2OSi(CH3)3などが挙げられる。シリル基を有する炭化水素基としては、-(CH2)2Si(CH3)3などが挙げられる。
【0094】
シロキシ基を有する置換基としては、シロキシ基そのもの、及び、シロキシ基を有する炭化水素基が挙げられる。シロキシ基を有する炭化水素基としては、-CH2OSi(CH3)3などが挙げられる。
【0095】
リン原子を含む基は、例えば、ホスフィノ基及びホスホリル基からなる群より選ばれる少なくとも1つを有する置換基である。
【0096】
ホスフィノ基を有する置換基としては、例えば、ホスフィノ基そのもの、及び、ホスフィノ基を有する炭化水素基が挙げられる。ホスフィノ基としては、-PH2、-P(CH3)2、-P(CH2CH3)2、-P(C(CH3)3)2、-P(CH(CH3)2)2などが挙げられる。
【0097】
ホスホリル基を有する置換基としては、例えば、ホスホリル基そのもの、及び、ホスホリル基を有する炭化水素基が挙げられる。ホスホリル基を有する炭化水素基としては、-CH2PO(OCH2CH3)2などが挙げられる。
【0098】
ホウ素原子を含む基は、例えば、ボロン酸基を有する置換基である。ボロン酸基を有する置換基としては、例えば、ボロン酸基そのもの、及び、ボロン酸基を有する炭化水素基が挙げられる。
【0099】
式(1)において、R5からR12のそれぞれが水素原子であってもよい。この場合、式(1)で表される化合物aにおける芳香環が置換基をもたない。そのため、置換基の電子求引性又は電子供与性に起因して、化合物における最高被占軌道(HOMO:Highest Occupied Molecular Orbital)のエネルギーが上昇すること、及び、最低空軌道(LUMO:Lowest Unoccupied Molecular Orbital)のエネルギーが低下することを抑制できる。すなわち、HOMOとLUMOとのエネルギーのギャップが減少することを抑制できる。これにより、一光子吸収に由来するピークが長波長シフトすることを抑制でき、非線形光吸収の大きさに対する線形光吸収の比A/B(式(vi))の値が増大することを抑制できる。
【0100】
式(1)において、R1及びR2が同一の基であってもよい。あるいは、R1及びR3が同一の基であってもよい。このような構成によれば、式(1)で表される化合物の合成が容易である。
【0101】
式(1)において、R1からR4が同一の基であってもよい。このような構成によれば、式(1)で表される化合物の合成が容易である。
【0102】
式(1)において、R1からR4のそれぞれが炭素数5以下の炭化水素基又はハロゲン化炭化水素基であってもよい。R1からR4のそれぞれがメチル基又はCF3基であってもよい。
【0103】
式(1)において、R1からR12は、芳香環を含まない基であってもよい。
【0104】
詳細には、非線形光吸収材料に含まれた化合物は、下記式(2)で表されてもよい。
【化4】
【0105】
式(2)で表される化合物には、異性体であるシス体とトランス体とが存在する。式(1)のR1からR4が全て水素原子である化合物と比較して、立体障害により、シス体の安定性は低い。光照射により異性化した場合でも、式(2)で表される化合物は、室温で速やかにトランス体に戻る。この特性のため、合成時に得られるトランス体:シス体の比率が100:0である(Michael Oelgemoller et al, “Synthesis, structural characterization and photoisomerization of cyclic stilbenes”, Tetrahedron, 2012, 68, 4048-4056.)。したがって、式(2)で表される化合物を含む材料又はデバイスは、遮光環境下にて保管することを必須とせず、安定的に本来の特性を発現しうる。
【0106】
化合物aの合成方法は、特に限定されず、例えば、マクマリーカップリング反応などを利用することができる。式(1)で表される化合物aは、例えば、以下の方法によって合成することができる。まず、下記式(3)で表される化合物b、及び、下記式(4)で表される化合物cを準備する。
【化5】
【0107】
次に、化合物bと化合物cとのカップリング反応を行う。これにより、化合物aを合成することができる。カップリング反応の条件は、例えば、化合物b及び化合物cのそれぞれに含まれる置換基の種類などに応じて適切に調整することができる。
【0108】
式(3)で表される化合物bは、例えば、以下の方法によって合成することができる。まず、下記式(5)で表されるテトラロン誘導体である化合物dと、R
1-X及びR
2-Xで表されるハロゲン化物とを準備する。Xはハロゲン原子である。ハロゲン原子としては、Br、Iなどが挙げられる。
【化6】
【0109】
次に、化合物dとR
1-Xとのカップリング反応を行う。これにより、下記式(6)で表される化合物eを合成することができる。カップリング反応の条件は、例えば、化合物d及びR
1-Xのそれぞれに含まれる置換基の種類などに応じて適切に調整することができる。
【化7】
【0110】
次に、化合物eとR2-Xとのカップリング反応を行う。これにより、式(3)で表される化合物bを合成することができる。カップリング反応の条件は、例えば、化合物e及びR2-Xのそれぞれに含まれる置換基の種類などに応じて適切に調整することができる。
【0111】
式(1)で表される化合物aは、短波長域の波長を有する光に対して、優れた非線形光吸収特性を有する。二次の非線形吸収係数は、一光子吸収係数、励起状態吸収断面積、及び励起状態の寿命の積と二光子吸収係数との和で表される。
【0112】
405nmの波長を有する光に対する化合物aの二光子吸収断面積は、1GMを上回っていてもよく、10GM以上であってもよく、20GM以上であってもよく、100GM以上であってもよく、400GM以上であってもよく、600GM以上であってもよい。化合物aの二光子吸収断面積の上限値は、特に限定されず、例えば10000GMであり、1000GMであってもよい。二光子吸収断面積は、例えば、J. Opt. Soc. Am. B, 2003, Vol. 20, p. 529.に記載されたZスキャン法によって測定することができる。Zスキャン法は、非線形光学定数を測定するための方法として広く用いられている。Zスキャン法では、レーザービームが集光する焦点付近において、当該ビームの照射方向に沿って測定試料を移動させる。このとき、測定試料を透過した光の光量の変化を記録する。Zスキャン法では、測定試料の位置に応じて、入射光のパワー密度が変化する。そのため、測定試料が非線形光吸収を行う場合、測定試料がレーザービームの焦点付近に位置すると、透過光の光量が減衰する。入射光の強度、測定試料の厚さ、測定試料における化合物aの濃度などから予測される理論曲線に対して、透過光量の変化についてフィッティングを行うことによって二光子吸収断面積を算出することができる。
【0113】
405nmの波長を有する光に対する化合物aのモル吸光係数は、例えば4000mol-1・L・cm-1未満であり、2000mol-1・L・cm-1以下であってもよく、1000mol-1・L・cm-1以下であってもよく、500mol-1・L・cm-1以下であってもよい。化合物aのモル吸光係数の下限値は、特に限定されず、例えば90mol-1・L・cm-1である。モル吸光係数は、例えば、日本産業規格(JIS) K0115:2004の規定に準拠した方法で測定することができる。モル吸光係数の測定では、化合物aによる二光子吸収がほとんど生じない光子密度の光を照射する光源を用いる。さらに、モル吸光係数の測定では、例えば、化合物aの濃度を1mmol/Lに調整する。モル吸光係数は、一光子吸収の指標として利用できる。
【0114】
化合物aが二光子吸収するとき、化合物aは、化合物aに照射された光の約2倍のエネルギーを吸収する。405nmの波長を有する光の約2倍のエネルギーを有する光の波長は、例えば、200nmである。200nm付近の波長を有する光を化合物aに照射したときに、化合物aにおいて、一光子吸収が生じてもよい。さらに、化合物aでは、二光子吸収が生じる波長域の近傍の波長を有する光について、一光子吸収が生じてもよい。
【0115】
式(1)で表される化合物aは、例えば、光吸収材料の成分として用いることができる。すなわち、本開示は、その別の側面から、式(1)で表される化合物aを含む、光吸収材料を提供する。光吸収材料は、例えば、化合物aを主成分として含む。「主成分」とは、光吸収材料に重量比で最も多く含まれた成分を意味する。光吸収材料は、例えば、実質的に化合物aからなる。「実質的に…からなる」は、言及された材料の本質的特徴を変更する他の成分を排除することを意味する。ただし、光吸収材料は、化合物aの他に不純物を含んでいてもよい。
【0116】
化合物aは、例えば、短波長域の波長を有する光を利用するデバイスに用いられる。一例として、化合物aは、390nm以上420nm以下の波長を有する光を利用するデバイスに用いられる。このようなデバイスとしては、記録媒体、造形機、蛍光顕微鏡などが挙げられる。記録媒体としては、例えば、三次元光メモリが挙げられる。三次元光メモリの具体例は、三次元光ディスクである。造形機としては、例えば、3Dプリンタなどの光造形機が挙げられる。蛍光顕微鏡としては、例えば、二光子蛍光顕微鏡が挙げられる。これらのデバイスで利用される光は、例えば、その焦点付近において、高い光子密度を有する。デバイスで利用される光の焦点付近でのパワー密度は、例えば、0.1W/cm2以上1.0×1020W/cm2以下である。この光の焦点付近でのパワー密度は、1.0W/cm2以上であってもよく、1.0×102W/cm2以上であってもよく、1.0×105W/cm2以上であってもよい。デバイスの光源としては、例えば、チタンサファイアレーザーなどのフェムト秒レーザー、又は、半導体レーザーなどのピコ秒からナノ秒のパルス幅を有するパルスレーザーを用いることができる。
【0117】
記録媒体は、例えば、記録層と呼ばれる薄膜を備えている。記録媒体において、記録層に情報が記録される。一例として、記録層としての薄膜が化合物aを含んでいる。すなわち、本開示は、その別の側面から、上記の化合物aを含む、記録媒体を提供する。
【0118】
記録層は、化合物a以外に、バインダーとして機能する高分子化合物をさらに含んでいてもよい。記録媒体は、記録層の他に誘電体層を備えていてもよい。記録媒体は、例えば、複数の記録層と複数の誘電体層とを備える。記録媒体において、複数の記録層と複数の誘電体層とが交互に積層されていてもよい。
【0119】
次に、上記の記録媒体を用いた情報の記録方法について説明する。
図1Aは、上記の記録媒体を用いた情報の記録方法に関するフローチャートである。まず、ステップS11において、390nm以上420nm以下の波長を有する光を発する光源を準備する。光源としては、例えば、チタンサファイアレーザーなどのフェムト秒レーザー、又は、半導体レーザーなどのピコ秒からナノ秒のパルス幅を有するパルスレーザーを用いることができる。次に、ステップS12において、光源からの光をレンズなどで集光して、記録媒体における記録層に照射する。詳細には、光源からの光をレンズなどで集光して、記録媒体における記録領域に照射する。集光に用いるレンズのNA(開口数)は、特に制限されない。一例として、NAが0.8以上0.9以下の範囲のレンズを用いてもよい。この光の焦点付近でのパワー密度は、例えば、0.1W/cm
2以上1.0×10
20W/cm
2以下である。この光の焦点付近でのパワー密度は、1.0W/cm
2以上であってもよく、1.0×10
2W/cm
2以上であってもよく、1.0×10
5W/cm
2以上であってもよい。本明細書において、記録領域とは、記録層に存在し、光が照射されることによって情報を記録できるスポットを意味する。
【0120】
上記の光が照射された記録領域では、物理変化又は化学変化が生じる。例えば、光を吸収した化合物aが遷移状態から基底状態に戻るときに熱が生じる。この熱によって、記録領域に存在するバインダーが変質する。これにより、記録領域の光学特性が変化する。例えば、記録領域で反射する光の強度、記録領域での光の反射率、記録領域での光の吸収率、記録領域での光の屈折率などが変化する。光が照射された記録領域では、記録領域から放射される蛍光の光の強度、又は蛍光の光の波長が変化することもある。これにより、記録層、詳細には記録領域、に情報を記録することができる(ステップS13)。
【0121】
次に、上記の記録媒体を用いた情報の読出方法について説明する。
図1Bは、上記の記録媒体を用いた情報の読出方法に関するフローチャートである。まず、ステップS21において、記録媒体における記録層に対して光を照射する。詳細には、記録媒体における記録領域に対して光を照射する。ステップS21で用いる光は、記録媒体に情報を記録するために利用した光と同じであってもよく、異なっていてもよい。次に、ステップS22において、記録層の光学特性を測定する。詳細には、記録領域の光学特性を測定する。ステップS22では、例えば、記録領域の光学特性として、記録領域で反射した光の強度を測定する。ステップS22では、記録領域の光学特性として、記録領域での光の反射率、記録領域での光の吸収率、記録領域での光の屈折率、記録領域から放射された蛍光の光の強度、蛍光の光の波長などを測定してもよい。次に、ステップS23において、記録層、詳細には記録領域、から情報を読み出す。
【0122】
情報の読出方法において、情報が記録された記録領域は、次の方法によって探すことができる。まず、記録媒体の特定の領域に対して光を照射する。この光は、記録媒体に情報を記録するために利用した光と同じであってもよく、異なっていてもよい。次に、光が照射された領域の光学特性を測定する。光学特性としては、例えば、当該領域で反射した光の強度、当該領域での光の反射率、当該領域での光の吸収率、当該領域での光の屈折率、当該領域から放射された蛍光の光の強度、当該領域から放射された蛍光の光の波長などが挙げられる。測定された光学特性に基づいて、光が照射された領域が記録領域であるか否かを判定する。例えば、当該領域で反射した光の強度が特定の値以下である場合に、当該領域が記録領域であると判定する。一方、当該領域で反射した光の強度が特定の値を上回っている場合に、当該領域が記録領域ではないと判定する。なお、光が照射された領域が記録領域であるか否かを判定する方法は、上記の方法に限定されない。例えば、当該領域で反射した光の強度が特定の値を上回っている場合に、当該領域が記録領域であると判定してもよい。また、当該領域で反射した光の強度が特定の値以下である場合に、当該領域が記録領域ではないと判定してもよい。記録領域ではないと判定した場合、記録媒体の他の領域に対して同様の操作を行う。これにより、記録領域を探すことができる。
【0123】
上記の記録媒体を用いた情報の記録方法及び読出方法は、例えば、公知の記録装置によって行うことができる。記録装置は、例えば、記録媒体における記録領域に光を照射する光源と、記録領域の光学特性を測定する測定器と、光源及び測定器を制御する制御器と、を備えている。
【0124】
造形機は、例えば、光硬化性樹脂組成物に光を照射し、その樹脂組成物を硬化させることによって造形を行う。一例として、光造形用の光硬化性樹脂組成物が化合物aを含んでいる。光硬化性樹脂組成物は、例えば、化合物aの他に、重合性を有する化合物と、重合開始剤とを含む。もしくは、化合物aが重合開始剤として機能する。光硬化性樹脂組成物は、バインダー樹脂などの添加剤をさらに含んでいてもよい。光硬化性樹脂組成物は、エポキシ樹脂を含んでいてもよい。
【0125】
蛍光顕微鏡によれば、例えば、蛍光色素材料を含む生体試料に光を照射し、当該色素材料から放射された蛍光を観察することができる。一例として、生体試料に添加されるべき蛍光色素材料が化合物aを含んでいる。
【実施例】
【0126】
以下、実施例により本開示をさらに詳細に説明する。なお、以下の実施例は一例であり、本開示は以下の実施例に限定されない。
【0127】
[実施例1]
式(2)で表される化合物(2)を以下の手順にて合成した。
【0128】
まず、α-テトラロン(東京化成工業社製)50g(0.342mol)、無水テトラヒドロフラン(富士フィルム和光純薬社製)500mLをアルゴン雰囲気下で容量2Lの反応器に入れた。得られた溶液を-20℃に冷却後、ナトリウムビス(トリメチルシリル)アミド(1.0mol/Lの濃度のテトラヒドロフラン溶液)(富士フィルム和光純薬社製)376mL(0.376mol)を滴下した。-20℃で15分間撹拌後、ヨードメタン(富士フィルム和光純薬社製)23.4mL(0.376mol)をゆっくり滴下した。そのまま3時間かけて室温まで昇温した。得られた懸濁液を1.5Lの塩酸(0.5mol/L)に加えて2相に分け、水相をトルエンで抽出した。有機相を、重曹水、市水、1Lの飽和食塩水で順次洗浄し、無水硫酸マグネシウムを用いて乾燥処理を行った。次に、抽出液を濃縮することによって薄褐色の液体を得た。薄褐色の液体を蒸留により精製し、無色の液体である化合物(2)の前駆体を得た。
【0129】
次に、無水テトラヒドロフラン(富士フィルム和光純薬社製)480mLをアルゴン雰囲気下で容量1Lの反応器に入れて-15℃に冷却し、その後、塩化チタン(IV)(富士フィルム和光純薬社製)11.0mL(100mmol)をゆっくり滴下した。-15℃で30分間撹拌後、亜鉛粉末(アルドリッチ社製)19.7g(301mmol)を一度に加え、-15℃で30分間攪拌した。得られた青褐色懸濁液に、無水テトラヒドロフラン120mLで希釈した化合物(2)の前駆体12.0g(66.9mmol)を10分かけて滴下した。冷却バスを外して、バス温を75℃に昇温し、75℃で30分間撹拌した。得られた黒褐色懸濁液を2.0mol/Lの炭酸カリウム(富士フィルム和光純薬社製)水溶液(1L)に滴下し、室温化で1時間撹拌した。析出した固体をセライト濾過し、濾床を酢酸エチル(富士フィルム和光純薬社製)500mLで洗浄した。濾液のうち、水相をヘプタン(富士フィルム和光純薬社製)/酢酸エチル=1/1の混合液500mLで抽出した。抽出液と有機相との混合液を、市水、飽和食塩水で順次洗浄し、無水硫酸マグネシウムを用いて乾燥処理を行った。乾燥処理によって得られた液体をロータリーエバポレーターで濃縮した。得られた薄褐色の液体をシリカゲルカラムクロマトグラフィーによって精製することによって、薄黄色の液体を得た。薄黄色の液体にエタノール(富士フィルム和光純薬社製)12mLを加えて超音波照射し、析出した固体を濾過して濾床をメタノール(富士フィルム和光純薬社製)にて洗浄し、乾燥させ、無色の粉末である化合物(2)を合成した。
図2は、化合物(2)の
1H-NMRスペクトルを示すグラフである。化合物(2)の
1H-NMRスペクトルは、以下のとおりであった。
1H-NMR (400MHz, CHLOROFORM-D) δ7.22-7.07 (m, 8H), 2.85-2.79 (m, 4H), 1.77-1.74 (m, 4H), 1.06 (s, 6H), 0.64 (s, 6H).
【0130】
[比較例1から4]
比較例1から4の化合物を準備した。比較例1から4の化合物は、それぞれ、以下の式(7)から(10)で表される。式(7)及び式(9)の化合物はアルドリッチ社より入手した。式(8)及び式(10)の化合物は東京化成工業社より入手した。
【化8】
【0131】
<二光子吸収断面積の測定>
実施例1及び比較例1から4の化合物について、405nmの波長を有する光に対する二光子吸収断面積の測定を行った。二光子吸収断面積の測定は、J. Opt. Soc. Am. B, 2003, Vol. 20, p. 529.に記載されたZスキャン法を用いて行った。二光子吸収断面積を測定するための光源としては、チタンサファイアパルスレーザーを用いた。詳細には、チタンサファイアパルスレーザーの第二高調波を試料に照射した。レーザーのパルス幅は、80fsであった。レーザーの繰り返し周波数は、1kHzであった。レーザーの平均パワーは、0.01mW以上0.08mW以下の範囲で変化させた。レーザーからの光は、405nmの波長を有する光であった。詳細には、レーザーからの光は、403nm以上405nm以下の中心波長を有していた。レーザーからの光の半値全幅は、4nmであった。
【0132】
<モル吸光係数の測定>
実施例1及び比較例1から4の化合物について、JIS K0115:2004の規定に準拠した方法でモル吸光係数を測定した。詳細には、まず、化合物の濃度が500mmol/Lに調整された測定試料を準備した。測定試料について、吸収スペクトルを測定した。得られたスペクトルから、405nmの波長での吸光度を読み取った。測定試料における化合物の濃度、及び、測定に用いたセルの光路長に基づいて、モル吸光係数を算出した。
【0133】
上述の方法によって得られた二光子吸収断面積σ(GM)、モル吸光係数ε(mol-1・L・cm-1)を表1に示す。表1において、「SA」は、Zスキャン法による二光子吸収測定中に吸収飽和(Saturated Absorption)が起こり、断面積の値が得られなかったことを意味する。
【0134】
【0135】
<記録再生特性>
[色素を含有する薄膜の作製]
まず、以下の材料を撹拌により混合することによって、均一に混合された塗布液を得た。樹脂の重量比は溶媒に対して9wt%で固定した。色素によって溶媒への溶解度が異なるが、それぞれ溶解度の上限まで溶解させた。樹脂としてはポリ(9-ビニルカルバゾール)(アルドリッチ社製)を用いた。溶媒としてはクロロベンゼン(富士フィルム和光純薬社製)を用いた。実施例1及び比較例1から4の化合物を色素として含有する薄膜作製用塗布液の組成比を表2に示す。
【0136】
【0137】
次に、ガラス基板を準備した。ガラス基板の寸法は、縦26mm、横38mm、厚さ0.9mmであった。ガラス基板をスピンコーターに設置し、ガラス基板上に上記の方法で作製した塗布液を400μL滴下し、回転数3000rpmで30秒間回転させた。その後、ガラス基板を80℃のホットプレート上で30分間乾燥させることによって、実施例1及び比較例1から4のいずれかの化合物を含む樹脂薄膜を得た。以下、これらの樹脂薄膜を実施例1の薄膜、及び、比較例1から4の薄膜と記載する。
【0138】
[記録前の再生操作]
中心波長405nm、ピークパワー3mW、パルス幅200ナノ秒、繰り返し周波数100Hzのパルス光をNA0.85のレンズを通してガラス基板上の樹脂薄膜に焦点を合わせた状態で照射した。このときの反射光信号強度を初期の反射光信号強度として取得した。初期の反射光信号強度に対して、記録操作後の反射光信号強度が変化した場合に、記録マークが形成されたと判断した。
【0139】
[記録操作]
中心波長405nm、ピークパワー100mWの記録光をNA0.85のレンズを通して1パルス照射することで、記録を行った。パルス幅は、10ナノ秒から5ミリ秒の間で調整した。
【0140】
[再生操作]
中心波長405nm、ピークパワー3mW、パルス幅200ナノ秒の光をNA0.85のレンズを通して繰り返し周波数100Hzで樹脂薄膜の記録部に照射し、反射光信号強度を取得した。記録操作前の反射光信号強度に対する記録操作後の反射光信号強度の変化率を算出した。
【0141】
[記録再生特性の評価]
色素のモル吸光係数及び溶解度が互いに異なることから、作製した樹脂薄膜はそれぞれ異なる光吸収特性を有する。記録再生特性の対等な比較を行うため、記録時の入射光強度を、厚み1cmの樹脂薄膜が吸収する波長405nmの光のエネルギー(J/cm)に換算した。厚み1cmの樹脂薄膜が吸収する光のエネルギー(J/cm)は、照射した光の強度(W)に記録時間(秒)と樹脂薄膜の吸収係数(cm
-1)とを掛けることによって算出した。樹脂薄膜の吸収係数は、薄膜中の色素濃度(mol/L)に色素のモル吸光係数(mol
-1・L・cm
-1)を掛けることによって算出した。厚み1cmの樹脂薄膜が吸収する光のエネルギーに対して反射光信号強度の変化率をプロットしたグラフを
図3に示す。
【0142】
図3は、実施例及び比較例の樹脂薄膜の記録再生特性を示すグラフである。
図3において、横軸はレーザー光の照射時間(パルス幅)により変化させた吸収光エネルギーを表す。縦軸は記録操作前の反射光信号強度に対する記録操作後の反射光信号強度の変化率を表す。
図3において、反射光信号強度の変化が小さいことは、レーザー光を照射しても樹脂薄膜が殆ど変質しなかったことを意味する。反射光信号強度の変化が大きいことは、レーザー光の照射により樹脂薄膜が変質して記録マークが形成されたことを意味する。
【0143】
図3からわかるとおり、実施例1において、レーザー光の照射時間(パルス幅)を増加させて吸収光エネルギーを増加させると、反射光信号強度の変化率が3mJ/cm付近で急激に増加した。つまり、実施例1の薄膜は、弱い強度の光を照射しても反射光信号強度が殆ど変化しないが、強い強度の光を照射することで反射光信号強度が大きく変化するという閾値特性を有していた。つまり、実施例1の薄膜は、再生操作を繰り返しても殆ど変質せず、高い耐久性及び高い信頼性を有していた。再生時の弱い光で薄膜が変質しにくい場合、記録操作をしていないにも関わらず記録マークが形成されることを回避できる。
【0144】
さらに、実施例1においては、反射光信号強度の変化率が飽和しにくく、60%以上まで増加した。反射光信号強度の変化率が高ければ高いほど、記録マークの反射光信号強度と、記録マークの周囲の反射光信号強度との差が大きくなる。すなわち、雑音に対する信号の比率であるS/N比が向上し、記録マークを読み取りやすい。
【0145】
実施例1の薄膜の閾値特性は、吸収光エネルギーが3mJ/cmを超える範囲において、非線形光吸収、詳細には励起状態吸収が顕著に生じたことを表している。
【0146】
実施例1の化合物(2)は、テトラリン環が炭素-炭素二重結合で連結した構造を有する。この構造に起因して、記録再生特性が良好な結果であったと推定される。また、化合物(2)は、トランススチルベンのベンゼン環と二重結合炭素とをアルキル鎖でしばった構造を有する化合物であると捉えることもできる。このような構造が化合物の異性化率を向上させ、記録再生特性の向上に影響を及ぼしていると考えられる。
【0147】
一方、比較例1から4において、反射光信号強度の変化率は、吸収光エネルギーに対して線形的に増加し、低い変化率で飽和した。加えて、比較例1及び比較例2においては、吸収光エネルギーが1mJ/cm以下でも、8%から10%程度の反射光信号強度の変化が起こっていた。このことは、再生操作を繰り返すことで樹脂薄膜が容易に変質することを意味する。すなわち、再生時の弱い光で薄膜が変質することは、記録操作をしていないにも関わらず記録マークが形成されることを意味する。
【0148】
比較例3においては、反射光信号強度の変化率が吸収光エネルギーに対して線形的に推移することに加え、吸収光エネルギーに対して反射光信号強度の変化率が小さかった。このことは、S/N比が小さく、記録マークの有無を読み取りにくいことを意味する。
【0149】
比較例4の薄膜の場合、実験に用いた光強度の範囲では、反射光信号強度の変化が生じなかった。
【産業上の利用可能性】
【0150】
本開示の非線形光吸収材料は、三次元光メモリの記録層、光造形用の光硬化性樹脂組成物などの用途に利用できる。本開示の非線形光吸収材料は、短波長域の波長を有する光に対して、高い非線形性を示す光吸収特性を有する。そのため、本開示の非線形光吸収材料は、三次元光メモリ、造形機などの用途において、極めて高い空間分解能を実現することができる。本開示の非線形光吸収材料によれば、従来の非線形光吸収材料に比べて、小さい光強度のレーザー光を照射した場合でも、一光子吸収より非線形光吸収を優位に起こすことが可能である。
【要約】
本開示の一態様における非線形吸収材料は、下記式(1)で表される化合物を含む。
【化1】
式(1)において、R
1からR
12は、互いに独立して、H、B、C、N、O、F、Si、P、S、Cl、I及びBrからなる群より選ばれる少なくとも1つの原子を含む基を表す。