(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-24
(45)【発行日】2023-12-04
(54)【発明の名称】焙煎カカオ豆、および生カカオ豆の焙煎方法
(51)【国際特許分類】
A23G 1/06 20060101AFI20231127BHJP
A23G 1/02 20060101ALI20231127BHJP
【FI】
A23G1/06
A23G1/02
(21)【出願番号】P 2021154643
(22)【出願日】2021-09-22
(62)【分割の表示】P 2019158345の分割
【原出願日】2019-08-30
【審査請求日】2022-06-16
(73)【特許権者】
【識別番号】508067736
【氏名又は名称】マイクロ波化学株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】518178235
【氏名又は名称】Dari K株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】貝原 加奈子
(72)【発明者】
【氏名】吉野 慶一
(72)【発明者】
【氏名】清水 俊樹
【審査官】関根 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-187704(JP,A)
【文献】特開2010-273650(JP,A)
【文献】FAILLON, G. et al.,New Uses of Microwave Power in the Food Industry,Journal of Microwave Power,1977年,Vol. 12, No. 1,pp. 79-86,DOI: 10.1080/16070658.1977.11689032
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23G 1/06
A23G 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
常圧よりも減圧制御した状態で生カカオ豆を、その表面温度が50℃以上90℃以下の範囲となるようにマイクロ波により所定時間加熱することで焙煎される、焙煎カカオ豆。
【請求項2】
フォーリン・チオカルト法に準拠して測定された総ポリフェノール含有量が3.0質量%以上であ
り、
前記総ポリフェノール含有量が、水分量を差し引いた前記焙煎カカオ豆中の量である、請求項1に記載の焙煎カカオ豆。
【請求項3】
水分含有量が3.0質量%以上6.0質量%以下の範囲内である、請求項1または2に記載の焙煎カカオ豆。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焙煎カカオ豆、および生カカオ豆の焙煎方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カカオの果実の種子であるカカオ豆は、一般に、収穫後に発酵され、自然乾燥等により乾燥した状態で生カカオ豆として入手され、その後、焙煎される。焙煎されたカカオ豆は、例えば、粉砕されてカカオマスとなり、チョコレートまたはココア飲料等の原料として用いられる。生カカオ豆の焙煎方法としては、例えば、特許文献1に記載の方法が挙げられる。特許文献1に記載の方法では、130℃で30分間、生カカオ豆を熱風により加熱することで、焙煎されたカカオ豆が得られる。また、特許文献1に記載の方法では、苦味等を低減する目的で、焙煎前に、生カカオ豆の外皮が取り除かれ、外皮を除いた生カカオ豆がアルカリ処理される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
カカオ豆には、人体に有用な抗酸化作用等を有するポリフェノールが多く含まれる。しかし、特許文献1に記載の方法では、130℃という高温でカカオ豆が加熱されることを主な原因の一つとして、カカオ豆中の総ポリフェノール含有量が大幅に減少してしまうという課題がある。そこで、例えば熱風による加熱温度を低くすることも考えられるが、今度はカカオ豆の内部まで十分に加熱することができずに焙煎不足を招いたり、焙煎に長時間を要したりする等の問題が生じてしまう。また、そもそも特許文献1に記載の方法では、生カカオ豆の外皮を取り除き、生カカオ豆をアルカリ処理するという前処理を焙煎前に行わないと焙煎過程で苦味等が生じることを前提にしており、その前処理が煩雑であるばかりでなく、その処理が一般の食品加工とは異なる化学処理であることから消費者に必ずしも好まれないことも課題として挙げられる。
【0005】
本発明は、総ポリフェノール含有量が多く、苦味等を低減した焙煎カカオ豆およびカカオ豆の焙煎方法を提供することを解決課題の1つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係る焙煎カカオ豆は、常圧よりも減圧制御した状態で生カカオ豆を、その表面温度が50℃以上90℃以下の範囲内の温度となるようにマイクロ波により所定時間加熱することで焙煎されるものである。
【0007】
本発明の一態様に係るカカオ豆の焙煎方法は、常圧よりも減圧制御した状態で生カカオ豆を、その表面温度が50℃以上90℃以下の範囲となるようにマイクロ波により所定時間加熱することでカカオ豆を焙煎する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、従来焙煎法に比べて総ポリフェノール含有量が多く、苦味等を低減した焙煎カカオ豆を得ることができる。また、処理工程が増すことなく焙煎カカオ豆を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施形態に係る生カカオ豆の焙煎方法に用いる焙煎装置の構成例を示す模式図である。
【
図2】実施例1における焙煎温度およびマイクロ波出力の経時的な変化を示すグラフである。
【
図3】マイクロ波加熱される生カカオ豆の内部温度および表面温度の経時的な変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照しながら本発明に係る好適な実施形態を説明する。なお、図面において各部の寸法や縮尺は実際のものと適宜異なり、理解を容易にするために模式的に示している部分もある。また、本発明の範囲は、以下の説明において特に本発明を限定する旨の記載がない限り、これらの形態に限られるものではない。
【0011】
1.焙煎カカオ豆
焙煎カカオ豆は、生カカオ豆を加熱することで焙煎されたカカオ豆である。「生カカオ豆」は、収穫されたカカオの果実の種子であるカカオ豆を発酵させた後に天日乾燥等により乾燥させた状態のカカオ豆である。また、「生カカオ豆」は、胚乳部分であるニブが外皮に覆われ、外皮がニブに密着した状態である。これに対し、「焙煎カカオ豆」は、生カカオ豆に比べて水分含有量が少なく、外皮とニブとの間に隙間がある状態となる。一般に、生カカオ豆では、生カカオ豆に押し潰す方向の外力を付与しても、外皮をニブから剥がすことは難しいが、焙煎カカオ豆では、焙煎カカオ豆を押し潰す方向の外力を付与することで、外皮をニブから容易に剥がすことができる。この違いと後述する香味成分の発現状態などから、一般にカカオ豆が焙煎されたか否かの官能評価・判断がなされる。
【0012】
なお、以下では、生カカオ豆と焙煎カカオ豆とを特に区別しない場合、生カカオ豆および焙煎カカオ豆を総称して、単に「カカオ豆」または「豆」ともいう。
【0013】
本発明では、後に詳述するように、常圧よりも減圧制御した状態で生カカオ豆を、その表面温度が50℃以上90℃以下の範囲となるようにマイクロ波により所定時間加熱することで、焙煎カカオ豆が得られる。「マイクロ波により加熱する」とは、加熱対象物にマイクロ波を照射することにより当該加熱対象物を物理的に活性化させ、発熱させることをいう。マイクロ波による加熱は、熱風加熱等の伝熱加熱に比べて、加熱対象物である生カカオ豆自体の発熱によるものであるため、速やかに加熱することが可能である。しかも、常圧よりも減圧制御した状態で生カカオ豆を加熱することで、常圧のもとで生カカオ豆を加熱する場合に比べて、生カカオ豆の焙煎に要する時間を短くすることができる。その上で、加熱温度を50℃以上90℃以下の範囲内とすることで、焙煎不足を防止しつつ、生カカオ豆中におけるポリフェノールの分解を低減したり、焙煎カカオ豆中に香味成分を好適に生じさせたりすることができる。このため、本発明の焙煎カカオ豆は、伝熱加熱を用いて焙煎された従来の焙煎カカオ豆に比べて、総ポリフェノール含有量が多く、苦味等が低減される。なお、「常圧」とは、本明細書では標準大気圧(101.325kPa)を基準として高度その他の環境による通常の気圧変化の範囲の気圧であって、積極的な減圧等の気圧操作を行っていない気圧をいう。以下、生カカオ豆および焙煎カカオ豆を簡単に説明する。
【0014】
生カカオ豆における水分含有量は、特に限定されないが、例えば、5質量%以上8質量%以下の範囲内であり、好ましくは、6質量%以上7質量%以下の範囲内である。なお、カカオ豆の品種または産地等は、特に限定されない。
【0015】
生カカオ豆における総ポリフェノール含有量は、特に限定されないが、例えば、3.0質量%以上5.0質量%以下の範囲内である。当該総ポリフェノール含有量は、フォーリン・チオカルト法に準拠して測定される。「フォーリン・チオカルト法」は、フォーリン試薬(フォーリン・チオカルト、フェノール試薬)がフェノール性水酸基により還元されて青色に呈色することを利用する方法である。この方法では、765nmの吸光度を測定し、没食子酸またはクロロゲン酸などのポリフェノールを等価体として用いて定量する。なお、以下に説明する「総ポリフェノール含有量」は、すべて、フォーリン・チオカルト法に準拠して測定された量に基づく。また、以下に説明する「総ポリフェノール含有量」は、豆中の水分量を際し引いて求めた値であることが好ましい。
【0016】
ここで、カカオ豆における「総ポリフェノール」とは、カカオ豆に含まれるポリフェノール(ポリフェノール類とも称される)をいう。当該ポリフェノールの代表例としては、下記に示されるカテキン(catechin)、エピカテキン(epicatechin)、クロロゲン酸(chlorogenic acid)、没食子酸(gallic acid)、プロカテク酸(protocatechuic acid)およびこれらの1種以上の組み合わせによる重合体(ダイマー、トリマーおよびテトラマーまたはポリマー等)が挙げられる。
【化1】
【0017】
焙煎カカオ豆における水分含有量は、特に限定されないが、生カカオ豆における水分含有量よりも少なく、例えば、3.0質量%以上6.0質量%以下の範囲内であり、好ましくは、4.5質量%以上6.0質量%以下の範囲内であり、より好ましくは5.0質量%以上5.5質量%以下の範囲内である。
【0018】
前述のように、常圧よりも減圧制御した状態で生カカオ豆を、その表面温度が50℃以上90℃以下の範囲となるようにマイクロ波により所定時間加熱することで焙煎カカオ豆を得た場合、焙煎カカオ豆における総ポリフェノール含有量を、生カカオ豆における総ポリフェノール含有量と同程度とすることができる。この場合、生カカオ豆における総ポリフェノール含有量をA[質量%]とし、焙煎カカオ豆における総ポリフェノール含有量をB[質量%]とするとき、(A-B)が0.5質量%以下である。具体的には、この場合、焙煎カカオ豆における総ポリフェノール含有量は、3.0質量%以上であり、より具体的には、3.0質量%以上4.0質量%以下である。
【0019】
これに対し、従来の伝熱加熱により焙煎カカオ豆を得た場合、一般に、焙煎カカオ豆における総ポリフェノール含有量は、2.5質量%以下であり、前述の生カカオ豆における総ポリフェノール含有量よりも大幅に少ない。
【0020】
以上のように、本発明の焙煎カカオ豆は、従来の伝熱加熱により焙煎した焙煎カカオ豆に比べて、総ポリフェノール含有量が多い。これは、焙煎によるポリフェノールの分解が従来に比べて少なくなること等によるものと推察される。
【0021】
また、本発明の焙煎カカオ豆は、従来の伝熱加熱により焙煎したカカオ豆に比べて、苦味等が低減される。これは、カカオ豆中におけるメイラード反応(Maillard reaction)による香味成分の生成が従来に比べて減圧条件下での脱水により促進されたこと、その一方で苦味成分の一つであるメイラード反応の最終生成物メラノイジンの生成が低温により抑制されたことによるものと推察される。
【0022】
「メイラード反応」は、還元糖とアミノ化合物(アミノ酸、ペプチドおよびタンパク質)とを加熱したときに見られる多段階の反応であって、最終的には褐色物質(メラノイジン)を生成する反応である。カカオ豆の香味成分はメイラード反応の中間体として発現する。例えば、スクロースの還元糖とフェニルアラニンとの反応物、および、グルコースの還元糖とバリン、ロイシン、スレオニンまたはグルタミンとの反応物等が挙げられる。
【0023】
2.生カカオ豆の焙煎方法
本発明の生カカオ豆の焙煎方法は、具体的にはまず、生カカオ豆を用意し、次に、減圧可能な容器に当該生カカオ豆を収容し、その後、当該容器内を減圧するとともに、マイクロ波を当該生カカオ豆に照射することで、当該生カカオ豆を、その表面温度が50℃以上90℃以下の範囲内となるまで加熱し、その温度を所定時間維持するようにマイクロ波の照射エネルギーを電力制御する。以下、当該焙煎方法に用いる焙煎装置の一例を説明する。
【0024】
2-1.焙煎装置
図1は、生カカオ豆の焙煎方法に用いる焙煎装置10の構成例を示す模式図である。焙煎装置10は、複数の生カカオ豆Bを減圧下で撹拌しながらマイクロ波加熱することで焙煎する装置である。焙煎装置10は、チャンバー20とポンプ30と容器40と駆動機構50とマイクロ波発生器60と温度センサー70と制御装置80とを有する。以下、焙煎装置10の各部を順次簡単に説明する。
【0025】
チャンバー20は、マイクロ波(MW)に対する反射性を有し、マイクロ波(MW)が漏洩しないように空間S1を形成する容器である。例えば、チャンバー20は、ステンレス鋼、アルミニウムまたは銅等の非磁性の金属材料で構成される。チャンバー20には、空間S1へのマイクロ波(MW)の導入のためのマイクロ波導入孔22が設けられる。なお、チャンバー20の形状または大きさ等は、任意である。
【0026】
容器40は、チャンバー20の空間S1に配置され、複数の生カカオ豆Bを収容する容器である。
図1に示す容器40は、容器本体41と蓋体42とを有する。容器本体41は、複数の生カカオ豆Bを収容するための空間S2を有する有底筒状をなす部材である。容器本体41は、マイクロ波(MW)を透過可能な材料、例えばガラス材料または樹脂材料等で構成される。蓋体42は、容器本体41の底部とは反対側の開口を塞ぐ部材である。蓋体42は、例えば、容器本体41と同様、マイクロ波(MW)を透過可能な材料で構成される。蓋体42には、容器40を中心軸AXまわりに回転可能に支持するべく、管状の支持体45の一端が空間S2に開口した状態で固定される。この支持体45の他端は、チャンバー20の外部に延出し、回転可能に支持されるとともに駆動機構50に接続されている。なお、支持体45も例えば、容器本体41と同様、マイクロ波MWを透過可能な材料で構成される。実施形態の容器本体41には、中心軸AXから偏った位置に、空間S2に突出する棒状の突起43が設けられる。
【0027】
ポンプ30は、管状の支持体45の他端に接続され、容器40内の空間S2を減圧する減圧ポンプである。なお、ポンプ30の種類または容量等は、必要な減圧状態を実現することができればよく、特に限定されない。必要な減圧状態については、後述する。
【0028】
以上の容器40では、容器本体41を中心軸AXまわりに回転させることにより、容器本体41内の複数の生カカオ豆Bが撹拌される。このとき、前述の突起43により当該撹拌が促進される。また、中心軸AXは、水平面Hに対して傾斜角度θで傾斜する。この傾斜により、中心軸AXが水平面Hに対して並行または直交する場合に比べて、前述の撹拌が効率的に行われる。具体的な傾斜角度θは、特に限定されないが、例えば、10°以上80°以下の範囲内である。
【0029】
なお、容器40の構成は、
図1に示す構成に限定されない。例えば、容器本体41の底部を中心軸AXまわりに回転可能に支持する構成でもよい。この場合、蓋体42および支持体45の一方または両方を省略してもよい。また、容器本体41の形状または大きさ等も任意である。また、突起43の形状は、棒状に限定されず、例えば、フィン状でもよい。また、突起43の数は、複数でもよい。さらに、突起43ではなく、容器の凹凸によりカカオ豆を攪拌する構成としても良く、回転のみで撹拌が好適に行われれば省略してもよい。
【0030】
駆動機構50は、容器40を中心軸AXまわりに回転させる機構である。
図1に示す駆動機構50は、モーター51と歯車52および53とを有する。モーター51は、特に限定されず、例えば、各種直流モーターまたは各種交流モーターである。歯車52は、モーター51の回転軸に取り付けられる。歯車53は、歯車52に噛み合う歯車であり、前述の支持体45に取り付けられる。以上の駆動機構50は、モーター51の駆動力を歯車52および53を介して支持体45に伝達することで、容器40を中心軸AXまわりに回転させる。なお、駆動機構50の構成は、容器40の形態等に応じて決められ、
図1に示す構成に限定されず、任意である。例えば、モーター51の駆動力をベルト等の歯車以外の機構を介して支持体45に伝達してもよい。また、駆動機構50が容器40を中心軸AXまわりに回転させる速度は、容器40の規模等に応じて決められ、特に限定されない。
【0031】
マイクロ波発生器60は、チャンバー20のマイクロ波導入孔22に接続され、生カカオ豆Bにマイクロ波(MW)を照射することにより生カカオ豆Bを加熱する装置である。例えば、マイクロ波発生器60は、マグネトロン、クライストロン、ジャイロトロンまたは半導体型発振器等である。マイクロ波(MW)の周波数は、特に限定されないが、例えば、915MHzまたは2.45GHzである。また、マイクロ波(MW)の出力は、焙煎装置10の規模等に応じて決められ、特に限定されない。
【0032】
温度センサー70は、容器40内の複数の生カカオ豆Bの温度を検出するセンサーである。例えば、温度センサー70は、光ファイバー式、放射温度計式または熱電対式等の温度計測器である。
【0033】
制御装置80は、温度センサー70の検出結果に基づいてマイクロ波発生器60の出力を制御する装置である。例えば、制御装置80は、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサーと半導体メモリー等のメモリーとを有するコンピューター装置である。より具体的には、制御装置80は、メモリーに記憶された制御プログラムをプロセッサーで実行することで、温度センサー70の検出温度が目標温度(後述の焙煎温度)となるようにマイクロ波発生器60の出力を制御する。
【0034】
以上の構成の焙煎装置10では、まず、容器40の空間S2に複数の生カカオ豆Bが収容される。次に、ポンプ30を作動させることにより、容器40の空間S2が30kPa未満、例えば23~27kPaに減圧される。その減圧状態が維持されたまま、マイクロ波発生器60からマイクロ波(MW)が各生カカオ豆Bに照射されることにより、当該生カカオ豆Bが加熱される。このとき、制御装置80が温度センサー70の検出温度に基づいてマイクロ波発生器60の出力を制御することにより、各生カカオ豆Bの温度が50℃以上90℃以下の範囲内に維持される。また、このとき、駆動機構50の作動により容器40が中心軸AXまわりに回転することにより、全生カカオ豆Bが撹拌される。以上のように全生カカオ豆Bは加熱され、焙煎されて焙煎カカオ豆となった後、容器40から取り出される。
【0035】
以上が焙煎装置10の説明である。なお、焙煎装置10の構成は、以下に述べる焙煎条件を実現できればよく、前述の構成に限定されない。例えば、前述の焙煎装置10は、バッチ方式で複数の生カカオ豆Bを小規模で焙煎する構成であるが、本発明のカカオ豆の焙煎方法は、例えば、一般の通常加熱用焙煎機のような回転可能なドラム状の容器であって、マイクロ波(MW)を透過する容器に生カカオ豆Bを入れ、この容器を減圧するとともに容器外からマイクロ波(MW)を照射する方式や、チャンバー内を連続的に生カカオ豆Bが入った、例えば筒状の減圧容器を通過させる方式などで生カカオ豆Bを焙煎してもよい。さらに、本発明のカカオ豆の焙煎方法は、例えば、公知のマイクロ波(MW)加熱装置またはそれを流用した装置を用いてもよい。
【0036】
2-2.焙煎条件
生カカオ豆Bの焙煎温度、すなわちマイクロ波(MW)による生カカオ豆Bの加熱温度は、50℃以上90℃以下の範囲内であればよいが、70℃以上90℃以下の範囲内であることがより好ましく、70℃以上80℃以下の範囲内であることがさらに好ましい。当該加熱温度がこの範囲内の上限以下であることにより、カカオ豆中のポリフェノールの分解を低減することができる。ここで、当該焙煎温度が上記範囲の下限未満になると、下記の減圧条件下でも焙煎不足を生じる。一方、上記範囲の上限を超えると、下記の減圧条件下でもカカオ豆中のポリフェノールの分解が生じやすく、この結果、焙煎カカオ豆における総ポリフェノール含有量が著しく低下する傾向を示すと共に焙煎カカオ豆としては好ましくない苦味成分が増加する。
【0037】
ここで、当該加熱温度は、カカオ豆の表面における温度である。また、カカオ豆の内部の温度は、マイクロ波(MW)による加熱中において、カカオ豆の表面の温度の変化に対して若干のタイムラグがあるものの、カカオ豆の表面の温度にほぼ等しいことが発明者の実験により確認されている。なお、当該加熱温度は、焙煎時間の全範囲にわたって、前述の範囲内に維持されていることが好ましいが、焙煎カカオ豆の特性に悪影響を与えない程度であれば、一時的に前述の範囲から外れてもよい。
【0038】
焙煎中における生カカオ豆Bの雰囲気圧力、すなわち前述の空間S2の圧力は、常圧(概ね101kPa)から積極的に下げ、例えば1kPa以上50kPa以下の範囲内であることが好ましく、10kPa以上30kPa以下の範囲内であることがより好ましい。当該圧力がこの範囲内であることにより、焙煎カカオ豆の苦味等を発現させることなく焙煎が進むという利点がある。これに対し、当該圧力がそれより高いと、容器40内における生カカオ豆Bの充填状態等によっては、複数の生カカオ豆Bの一部に焙煎不足が生じやすい。一方、当該圧力が低すぎると、上記利点のそれ以上の向上が望めないばかりか、設備費が高くなる等のデメリットがある。
【0039】
生カカオ豆Bの焙煎時間、すなわち、マイクロ波(MW)を用いた加熱による加熱時間は、マイクロ波の出力に依存するカカオ豆の温度や容器内圧力にもよるが、5分以上10分以下の範囲内であることが好ましく、5分以上7.5分以下の範囲内であることがより好ましい。当該加熱時間がこの範囲内であることにより、焙煎カカオ豆における良好な焙煎状態と苦味等の低減との両立が図りやすい。これに対し、当該加熱時間が短すぎると、マイクロ波(MW)の出力等によっては、焙煎不足が生じやすくなる傾向を示す。一方、当該加熱時間が長すぎると、マイクロ波(MW)の出力等によっては、焙煎過多により焦げまたは炭化等が生じやすくなったり、焙煎カカオ豆の苦味等が増したりする傾向を示す。
【0040】
ここで、当該加熱時間は、生カカオ豆Bの温度が前述の加熱温度に維持されている期間の時間の長さである。したがって、生カカオ豆Bの温度が前述の加熱温度に達する前の時間の長さは、当該加熱時間に含まれない。ただし、焙煎の効率化および生カカオ豆Bへの熱による不本意な影響(総ポリフェノール量の減少、苦味成分の発現など)を低減する観点から、生カカオ豆Bの温度を常温から前述の加熱温度(目標温度)に達するまでの期間の時間の長さは、4分以下であることが好ましい。また、同様の観点から、生カカオ豆Bの温度が前述の加熱温度(目標温度)に達するまでの昇温速度は、10℃/分以上50℃/分以下であることが好ましく、15℃/分以上30℃/分以下であることがより好ましい。
【0041】
以上、本発明の焙煎カカオ豆およびカカオ豆の焙煎方法について図示の実施形態に基づいて説明したが、本発明は、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0042】
以下、本発明の具体的な実施例を説明する。なお、本発明は、以下の実施例に限定されない。
【0043】
1.焙煎
1-1.生カカオ豆
まず、生カカオ豆を用意した。用意した生カカオ豆の水分含有量は、7.10質量%(生カカオ豆100gあたり7.10g)であった。また、用意した生カカオ豆の総ポリフェノール含有量は、3.45質量%(生カカオ豆100gあたり、3.45g)であった。なお、以下の各実施例、各参考例および各比較例には、前述の水分含有量および総ポリフェノール含有量となる同一ロットの生カカオ豆を用いた。なお、当該生カカオ豆中の水分量を差し引いて当該生カカオ豆の総ポリフェノール含有量を求めたところ、3.71質量%(水分を除いた生カカオ豆100gあたり、3.71g)であった。
【0044】
1-2.焙煎条件
(実施例1)
次に、用意した生カカオ豆を以下の焙煎条件でマイクロ波加熱により加熱することで焙煎した。この焙煎には、前述の焙煎装置10と同様の装置を用いた。
【0045】
マイクロ波出力:0~700W
マイクロ波周波数:2.45GHz
焙煎温度:80℃
昇温速度:18~21℃
焙煎時間:7.5分
雰囲気圧:25~30kPa
【0046】
なお、温度センサーには、光ファイバー式温度計を用いた。また、マイクロ波出力は、測定した温度が目標の焙煎温度となるように、PID(Proportional-Integral-Differential)制御した。加熱前の豆表面の温度は、常温(25℃)である。焙煎時間は、測定した温度が目標の焙煎温度に達した時点を始点とし、目標の焙煎時間を維持した時間の長さである。実施例1における焙煎温度T1およびマイクロ波出力PWの経時的な変化を
図2に示す。なお、
図2において、目標の焙煎温度を目標温度T0として一点鎖線で示し、測定した温度を焙煎温度T1として実線で示し、マイクロ波出力PWを破線で示す。
【0047】
(実施例2)
焙煎時間を5分としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。また、別の実験により、マイクロ波加熱される生カカオ豆の内部温度および表面温度の経時的な変化を測定した。その結果を
図3に示す。なお、
図3において、目標の焙煎温度を目標温度T0として一点鎖線で示し、生カカオ豆の表面温度を焙煎温度T1として実線で示し、生カカオ豆の内部温度を焙煎温度T2として二点鎖線で示す。
【0048】
(実施例3)
焙煎時間を10分としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0049】
(実施例4)
焙煎温度を90℃としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0050】
(実施例5)
焙煎時間を5分としたこと以外は、前述の実施例4と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0051】
(実施例6)
焙煎温度を50℃としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0052】
(実施例7)
焙煎時間を5分としたこと以外は、前述の実施例6と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0053】
(実施例8)
焙煎時間を10分としたこと以外は、前述の実施例6と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0054】
(実施例9)
焙煎温度を60℃としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0055】
(実施例10)
焙煎時間を5分としたこと以外は、前述の実施例9と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0056】
(実施例11)
焙煎時間を10分としたこと以外は、前述の実施例9と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0057】
(実施例12)
焙煎温度を70℃としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0058】
(実施例13)
焙煎時間を5分としたこと以外は、前述の実施例12と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0059】
(実施例14)
焙煎時間を10分としたこと以外は、前述の実施例12と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0060】
(参考例1)
焙煎温度を100℃としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0061】
(参考例2)
焙煎時間を5分としたこと以外は、前述の参考例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0062】
(参考例3)
焙煎温度を120℃とし、焙煎時間を1分としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0063】
(参考例4)
焙煎温度を40℃としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0064】
(参考例5)
焙煎時間を5分としたこと以外は、前述の参考例4と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0065】
(参考例6)
焙煎時間を10分としたこと以外は、前述の参考例4と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0066】
(参考例7)
常圧(≒101kPa)で焙煎を行ったこと以外は、前述の実施例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0067】
(比較例1)
マイクロ波加熱に代えて伝熱加熱を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。なお、伝熱加熱は、容器を外部からセラミックヒーターで加熱することで行った。
【0068】
(比較例2)
焙煎温度を150℃とし、焙煎時間を40分間とするとともに、常圧で焙煎を行ったこと以外は、前述の比較例1と同様にして、生カカオ豆を焙煎した。
【0069】
2.評価
2-1.焙煎状態および味
焙煎にマイクロ波加熱を用いた前述の各実施例、各参考例および各比較例について、以下の評価基準に従い、焙煎後のカカオ豆の焙煎状態および味を評価した。
【0070】
・評価基準
A:焙煎状態および味ともに非常によい。
B:Aより劣るが、焙煎状態および味ともによい。
C:Bより劣るが、焙煎状態および味ともに問題ない。
D:焙煎ができていないか、または、豆が炭化した状態である。
【0071】
なお、焙煎状態の評価は、豆を手で押し潰して割った後、外皮とニブとの密着状態等を目視により観察することにより行った。また、味の評価は、苦味または雑味等について、10名のモニターによる多数決により行った。焙煎状態および味の評価結果を表1に示す。なお、表1中、「MW」は、マイクロ波加熱を示し、「CH」は、セラミックヒーターによる伝熱加熱を示す。
【0072】
【0073】
2-2.総ポリフェノール含有量の測定
前述の実施例1および4と参考例2と比較例1および2とのそれぞれについて、総ポリフェノール含有量を測定した。この測定は、フォーリン・チオカルト法に準拠して行った。総ポリフェノール含有量の測定結果を表1に示す。ここで、表1中における総ポリフェノール含有量は、生カカオ豆中の水分量を差し引いて求めた量である。なお、他の実施例についても、同程度の総ポリフェノール含有量であることが他の実験により確認されている。
【0074】
以上の結果から、各実施例の焙煎カカオ豆は、各参考例および各比較例の焙煎カカオ豆に比べて、総ポリフェノール含有量が多く、苦味等が低減されていることがわかる。これに対し、比較例1では、総ポリフェノール含有量が各実施例と同程度であるが、焙煎不足であった。また、比較例2では、焙煎されているものの、総ポリフェノール含有量が各実施例に比べて著しく低い。
【符号の説明】
【0075】
B…カカオ豆、MW…マイクロ波。