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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-24
(45)【発行日】2023-12-04
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
   C10M 149/18 20060101AFI20231127BHJP
   C10M 125/02 20060101ALI20231127BHJP
   C10M 125/22 20060101ALI20231127BHJP
   C10M 147/02 20060101ALI20231127BHJP
   C10N 10/12 20060101ALN20231127BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20231127BHJP
   C10N 40/02 20060101ALN20231127BHJP
   C10N 40/30 20060101ALN20231127BHJP
【FI】
C10M149/18
C10M125/02
C10M125/22
C10M147/02
C10N10:12
C10N30:06
C10N40:02
C10N40:30
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2016224317
(22)【出願日】2016-11-17
(65)【公開番号】P2018080283
(43)【公開日】2018-05-24
【審査請求日】2019-05-21
【審判番号】
【審判請求日】2021-12-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000207791
【氏名又は名称】大豊工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000752
【氏名又は名称】弁理士法人朝日特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100147810
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 浩
(72)【発明者】
【氏名】山根 恭平
(72)【発明者】
【氏名】秋月 政憲
【合議体】
【審判長】塩見 篤史
【審判官】関根 裕
【審判官】瀬下 浩一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/103073号(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/051340号(WO,A1)
【文献】特開2011―208613号公報(JP,A)
【文献】特開2009-68390号公報(JP,A)
【文献】特開平7-97517号公報(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
C10N 10/00- 80/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材上に形成され、下記(A)~(D)を有する樹脂組成物により形成されたコーティング層と
(A)ポリアミドイミドを含む、50~80体積%のバインダー樹脂、
(B)前記バインダー樹脂中に分散され、平均粒径が10μm未満である、10~30体積%のPTFE、
(C)前記バインダー樹脂中に分散され、平均粒径が10μm未満である、0超~20体積%のグラファイト、および
(D)前記バインダー樹脂中に分散され、平均粒径が10μm未満である、0超~10体積%のMoS2
を有し、
前記PTFEの平均粒径が、前記グラファイトの平均粒径及び前記MoS2の平均粒径のいずれよりも大きく、
摺動試験前の前記コーティング層の表面粗さが3.166μmRzJIS以下であり、
下記の試験条件
試験装置:油噴霧式貧潤滑試験機
周速:6.3m/sec
面圧:2~20MPa(漸増:2MPa/分)
潤滑方法:噴霧
潤滑油:冷凍機油
相手材:軸受鋼
による摺動試験後の前記コーティング層の表面粗さが、当該摺動試験前の表面粗さより減少する
摺動部材。
【請求項2】
前記摺動試験後の前記コーティング層の表面粗さが、当該摺動試験前の表面粗さの半分以下である
請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記摺動試験後の前記コーティング層の表面粗さが、2.1μmRzJIS以下である
請求項1または2に記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動面の特性を改善するため、バインダー樹脂に、固体潤滑剤としてPTFE、グラファイトおよびMoS2を添加した樹脂コーティング層を形成した摺動部材が知られている(特許文献1および2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2002-310345号公報
【文献】特開2008-56750号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1または2に記載の技術においては、高負荷荷重の条件で固体潤滑剤の脱落または劈開が起こり、摺動面が荒れるという問題があった。摺動面が荒れると、特に潤滑油の供給が十分でない低油量またはドライの環境で油膜の形成が困難になり、耐焼付性および耐摩耗性が十分でない場合があった。
【0005】
これに対し本発明は、潤滑油の供給が十分でない環境において高負荷荷重の条件で耐焼付性および耐摩耗性を向上させる技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、基材と、前記基材上に形成され、下記(A)~(C)を有する樹脂組成物により形成されたコーティング層と(A)ポリアミドイミドを含むバインダー樹脂、(B)前記バインダー樹脂中に分散されたPTFE、並びに(C)前記バインダー樹脂中に分散された、グラファイトおよびMoS2の少なくとも一方を有し、下記の試験条件:
試験装置:油噴霧式貧潤滑試験機
周速:6.3m/sec
面圧:2~20MPa(漸増:2MPa/分)
潤滑方法:噴霧
潤滑油:冷凍機油
相手材:軸受鋼
による摺動試験後の前記コーティング層の表面粗さが、当該摺動試験前の表面粗さより減少する摺動部材を提供する。
【0007】
前記摺動試験後の前記コーティング層の表面粗さが、当該摺動試験前の表面粗さの半分以下であってもよい。
【0008】
前記摺動試験後の前記コーティング層の表面粗さが、2.1μmRzJIS以下であってもよい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、潤滑油の供給が十分でない環境において高負荷荷重の条件で耐焼付性および耐摩耗性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】一実施形態に係るコンプレッサー1の構造を示す断面模式図。
図2】斜板3とシュー5との位置関係を例示する図。
図3】斜板3の断面構造を例示する図。
図4】耐焼付き性試験において得られた焼付き面圧を示す図。
図5】摺動試験前後の摺動面の状態を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.構造
図1は、一実施形態に係るコンプレッサー1の構造を示す断面模式図である。コンプレッサー1は、いわゆる斜板式コンプレッサーである。コンプレッサー1は、シャフト2、斜板3、ピストン4、およびシュー5を有する。シャフト2は、ハウジング(図示略)に対して回転可能に支持されている。斜板3は、シャフト2の回転軸に対して斜めに固定されている。斜板3は、本発明に係る摺動部材の一例である。ピストン4は、ハウジングに設けられたシリンダボア(図示略)内を往復運動する。シュー5は、斜板3とピストン4との間に設けられており、斜板3およびピストン4とそれぞれ摺動する。シュー5において、斜板3と摺動する面はほぼ平坦であり、ピストン4と摺動する面はドーム状(半球状)の形状を有している。シュー5は、本発明に係る摺動部材と摺動する相手材の一例である。シャフト2の回転は、斜板3によりピストン4の往復運動に変換される。
【0012】
図2は、斜板3とシュー5との位置関係を例示する図である。図2は、摺動面に垂直な方向から見た図である。斜板3は、全体として中央部に孔を有する円板形状を有する。斜板3から見ると、シュー5は、摺動面上を回転運動している。ここで回転運動とは、斜板3に対してシュー5が円状の軌跡を描く運動をいう。
【0013】
図3は、斜板3の断面構造を例示する図である。図3は、シュー5との摺動面に垂直な断面における構造を示す模式図である。斜板3は、基材31、コーティング層32、およびコーティング層33を有する。コーティング層32およびコーティング層33はいずれもシュー5と摺動する。コーティング層32およびコーティング層33は、いずれも、本発明に係るコーティング層の一例である。基材31は、中央部に孔を有する円板形状を有しており、要求される特性を満たす金属、例えば、鉄系、銅系、またはアルミニウム系の合金により形成される。シュー5との凝着を防ぐ観点から、斜板3はシュー5とは異なる材料で形成されることが好ましい。
【0014】
コーティング層32は、斜板3の摺動面の特性を改善するために形成されている。コーティング層32は、樹脂組成物で形成される。この樹脂組成物は、バインダー樹脂および添加剤を含む。バインダー樹脂は、例えば熱硬化性樹脂により形成される。熱硬化性樹脂としては、例えば、ポリアミドイミド(PAI)、ポリアミド(PA)、およびポリイミド(PI)、エポキシ、およびフェノールの少なくとも1種が用いられる。バインダー樹脂は、このうち特に、PAIおよびPIの少なくとも一方を含むことが好ましい。一例として、この樹脂組成物におけるバインダー樹脂の含有量は50~80体積%であることが好ましい。含有量は60体積%を超えることがより好ましく、上限は75体積%であることがより好ましい。
【0015】
添加剤としては、固体潤滑剤が用いられる。固体潤滑剤は、潤滑特性を改善するため、すなわち摩擦係数を低減するために添加される。一例として、この樹脂組成物は、総量で20~50体積%の固体潤滑剤を含む。固体潤滑剤としては、PTFE(polytetrafluoroethylene、ポリテトラフルオロエチレン)が用いられる。さらに、この樹脂組成物は、PTFEに加え、グラファイト(Gr)およびMoS2の少なくとも一方を含む。MoS2の含有量は、PTFEの含有量よりも少ないことが好ましい。一例として、PTFEの含有量は、10~30体積%であり、15~25体積%であることがより好ましい。MoS2の含有量は、0~10体積%であり、0~4体積%であることが好ましい。グラファイトの含有量は、0~20体積%であることが好ましく(すなわちグラファイトは含有されていなくてもよい)、10~20体積%であることがより好ましい。また、MoS2の含有量は、グラファイトの含有量よりも少ないことが好ましい。
【0016】
摺動面の平滑性を高め、油膜形成を助けるため、バインダー樹脂に添加される添加剤の平均粒径は10μm未満であることが好ましく、5μm以下であることがより好ましい。ここで、平均粒径とは、バインダー樹脂と混合する前の原料の状態において、レーザー回折法により得られる球相当径の分布における50%径(メディアン径)をいう。添加剤の平均粒径を10μm未満とすることで、摺動面において添加剤の脱落または劈開が生じても、添加剤の平均粒径が10μm以上である場合と比較して摺動面が滑らかなままであり油膜の形成が助けられる。そのため、境界潤滑から混合~流体潤滑へ遷移しやすく、低油量かつ高負荷荷重という過酷な条件でも良好な潤滑状態が得られやすい。
【0017】
PTFEの平均粒径は、グラファイトの平均粒径およびMoS2の平均粒径のいずれよりも大きいことが好ましい。本願発明者らの仮説によれば、平均粒径がグラファイトおよびMoS2よりも大きいPTFEを用いることで、摺動面においてPTFEが引き延ばされてグラファイトまたはMoS2を覆い、摺動面の平滑性が保たれやすくなる。
【0018】
この樹脂組成物は、添加剤としてさらに、硬質粒子を含んでもよい。硬質粒子としては、例えば、酸化物、窒化物、炭化物、および硫化物の少なくとも1種が用いられる。硬質粒子の平均粒径は10μm未満であることが好ましく、さらにPTFEの平均粒径よりも小さいことがより好ましい。
【0019】
コーティング層33も、コーティング層32と同じ樹脂組成物を用いて形成される。なお、基材31において、摺動面となる面、すなわちコーティング層32が形成される面およびコーティング層33が形成される面はいずれもほぼ平坦である。コーティング層32との接着力を強化するため、基材31の表面は粗面化されていてもよい。また、基材31とコーティング層32との間に中間層が形成されてもよい。
【0020】
なお、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、種々の変形実施が可能である。例えば、本実施形態に係る樹脂組成物を用いて形成されたコーティング層を有する摺動部材はコンプレッサー用の斜板に限られず、例えば、コンプレッサー用のシュー、エンジンにおいて用いられる半割軸受、ブシュ、またはスラストワッシャであってもよい。
【0021】
2.実験例
種々の条件で摺動部材の試験片を作製し、これらの特性を評価した。摺動部材の基材としては鋳鉄を用い、これを図1のような斜板の形状に加工した。この基材の上に、表1に記載される樹脂組成物でコーティング層を形成した。バインダー樹脂としてはPAIを用いた。なお、実験例3は、MoS2の平均粒径がPTFEの平均粒径よりも大きい例であると言える。
【表1】
【0022】
上記の3つの実験例の試験片に対し、まず耐摩耗性試験を行った。耐摩耗性試験の試験条件は以下のとおりである。
試験装置:高圧雰囲気摩擦摩耗試験機
周速:40m/sec
面圧:4~12MPa(漸増:2MPa/3分)
時間:最大面圧時に1時間保持
雰囲気:冷媒貧潤滑雰囲気
相手材:軸受鋼
【0023】
試験後の試験片の摺動面を目視で観察し、コーティング層の摩耗の有無を調べた。その結果、実験例3においては摩耗が発生していたが、実験例1および2においては摩耗が確認できなかった。すなわち、実験例3と比較して、実験例1および2は耐摩耗性が向上している。
【0024】
さらに、本願の発明者らは、実験例1および2の試験片に対し、耐焼付性試験を行った。耐焼付性試験の試験条件は以下のとおりである。
試験装置:油噴霧式貧潤滑試験機
周速:6.3m/sec
面圧:2~20MPa(漸増:2MPa/1分)
時間:最大10分間
潤滑方法:噴霧
潤滑油:冷凍機油
相手材:軸受鋼
【0025】
図4は、耐焼付性試験において得られた焼付き面圧を示す図である。実験例3の試験片では10MPaの面圧で焼付きが発生したところ、実験例1および2の試験片では、試験装置の最大面圧20MPaでも焼付きが発生しなかった。このように、実験例3と比較して、実験例1および2は耐焼付性が向上している。
【0026】
さらに、本願の発明者らは、実験例1および2の試験片に対し摺動試験を行い、試験前後の摺動面の表面粗さを表面粗さ計(小坂研究所製SP81B)で測定し、表面を電子顕微鏡で観察した。摺動試験の試験条件は前述の耐焼付性試験と同様である。
【0027】
図5は、摺動試験前後の摺動面の状態を示す図である。図5(A)は実験例1を、(B)は実験例2を、(C)は実験例3を示す。なお表面粗さは、JIS B 0601:2001における十点平均粗さRzJISを表している。実験例3においては、摺動試験により表面粗さが増加しているものの、実験例1および2においては、摺動試験において表面粗さが減少している。摺動試験後の表面粗さは摺動試験前の表面粗さの半分以下である。また、摺動試験後の表面粗さは2.1μmRzJIS以下である。すなわち、実験例3では使用により表面が荒れているところ、実験例1および2では使用により表面がより滑らかになっている。
【符号の説明】
【0028】
1…コンプレッサー
2…シャフト
3…斜板
31…基材
32…コーティング層
33…コーティング層
4…ピストン
図1
図2
図3
図4
図5