(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-24
(45)【発行日】2023-12-04
(54)【発明の名称】飛行時間型質量分析器用のパルス加速器
(51)【国際特許分類】
H01J 49/40 20060101AFI20231127BHJP
H01J 49/06 20060101ALI20231127BHJP
【FI】
H01J49/40 300
H01J49/06 300
H01J49/06 100
H01J49/06 700
(21)【出願番号】P 2021510226
(86)(22)【出願日】2019-07-08
(86)【国際出願番号】 GB2019000094
(87)【国際公開番号】W WO2020044003
(87)【国際公開日】2020-03-05
【審査請求日】2022-07-04
(32)【優先日】2018-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】521073028
【氏名又は名称】エイチジーエスジー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100165157
【氏名又は名称】芝 哲央
(74)【代理人】
【識別番号】100205659
【氏名又は名称】齋藤 拓也
(74)【代理人】
【識別番号】100126000
【氏名又は名称】岩池 満
(74)【代理人】
【識別番号】100185269
【氏名又は名称】小菅 一弘
(72)【発明者】
【氏名】ホイズ ジョン
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-297730(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0339419(US,A1)
【文献】特表2013-528892(JP,A)
【文献】CONOVER. C. W. S. et al.,A time-of-flight mass spectrometer for large molecular clusters produced in supersonic expansions,Review of Scientific Instruments,vol.60,no.6,米国,1989年06月,p.1065-1070
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00-49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一セットの平行電極を備える飛行時間型質量分析器のためのパルス加速器であって、前記
一セットの平行電極が入射イオンビームに対して斜角で傾斜して
おり、
前記斜角がθ=tan
-1
(δv
x
/δv
z
)であって、δv
x
およびδv
z
は、それぞれ前記入射イオンビームの横方向速度広がりおよび軸方向速度広がりである、
パルス加速器。
【請求項2】
前記入射イオンビームの軸方向速度広がりと横方向速度広がり
との比が少なくとも2:1であるように、上流ビームコンディショナーに結合された、請求項
1に記載のパルス加速器。
【請求項3】
前記上流ビームコンディショナーがビームエキスパンダーの形態をとる、請求項
2に記載のパルス加速器。
【請求項4】
前記上流ビームコンディショナーが無線周波数イオンガイドを組み込んでいる、請求項
2に記載のパルス加速器。
【請求項5】
前記電極セットの少なくとも1つが、TOF検出器から不要なイオンを偏向させるための偏向器として構成さ
れる、請求項1に記載のパルス加速器。
【請求項6】
前記偏向器がブラッドベリー・ニールソン・イオンゲートである、請求項
5に記載のパルス加速器。
【請求項7】
前記電極セットのうちの少なくとも1つが、前記飛行時間型質量分析器の加速サイクル中に前記入射イオンビームの摂動を防止するように構成さ
れる、請求項1に記載のパルス加速器。
【請求項8】
前記パルス加速器は、オーバーサンプリングされた動作モード、または多重化された動作モードで動作さ
れる、請求項1~
7のいずれか一項に記載のパルス加速器。
【請求項9】
不要なイオンが前記パルス加速器の下流でエネルギーフィルター処理される、請求項
1に記載のパルス加速器。
【請求項10】
前記平行電極が、ワイヤ、メッシュ、またはスリット電極の組合せからなる、請求項1に記載のパルス加速器。
【請求項11】
請求項1~1
0のいずれか一項に記載の
パルス加速器を含む飛行時間型質量分析器であって、
フィールドフリー領域と、
リフレクトロンと、
電気セクタと、
のうちの少なくとも1つを備え
、
前記パルス加速器が飛行時間型質量分析器内に配置され、入射イオンビームの一部をフィールドフリー領域、リフレクトロンおよび電気セクタのうち少なくとも1つにパルスする、飛行時間型質量分析器。
【請求項12】
イオンを加速する方法であって、一セットの平行電極の間
にイオンビームを
向けるステップであって、前記
一セットの平行電極
は入射イオンビームに対して斜角で傾斜している、ステップと、前記入射イオンビームの一部を飛行時間型質量分析器にパルスするステップと、を含
み、
前記斜角がθ=tan
-1
(δv
x
/δv
z
)であって、δv
x
およびδv
z
は、それぞれ前記入射イオンビームの横方向速度広がりおよび軸方向速度広がりである、
方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飛行時間型質量分析器用の連続イオンビームのために改良された加速器に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間(TOF)質量分析器は、化学物質の微量分析に幅広い適用性があることを見出した。これらは、エレクトロスプレー(ESI)および大気化学イオン化(APCI)イオン源を使用した液体クロマトグラフィー(LC)との統合に成功しており、20年以上にわたって市販されている。すべての質量分析器と同様に、サンプルスループットの速度は、費用効果の高いアッセイの重要なパラメータである。スループットが高いということは、分析あたりの電力消費量が少なく、購入および廃棄に費用がかかり、環境に悪影響を与える可能性のある溶媒および試薬の使用量が少ないため、コストが削減されることを意味する。溶媒の使用は、アセトニトリルおよびメタノールなどの一般的な溶媒が使用されているLC-MSシステムでは、人にも環境にも有毒であるため、特に問題になる。廃溶剤を合法的で倫理的に処分することが必要であるが、費用のかかるプロセスである。質量分析器のスループットを向上させる最も効果的な方法は、感度/分解能特性を向上させることであることが知られている。一般に、感度が上がると、分析に必要なサンプルのレベルが低くなり、分解能が上がると、より複雑なサンプルをより高速なアッセイで分析できるようになる。機器自体は、農薬分析、食品安全性、および水の純度の環境市場で特に役立つ。本発明の目的は、TOF機器のサンプルスループットを向上させ、それにより、その稼働の費用効果をより高くし、環境への損傷を少なくすることである。
【0003】
連続ビームイオン源と接続されたTOF機器の最も一般的な形式は、直交加速として知られる手法を採用している。その最も単純な形式では、これらの機器は、入射イオンビームに平行に向けられたパルス加速ステージ、第二の静的加速ステージ、フィールドフリーフライトチューブ領域、および最大時間圧縮面(いわゆる等時間面)のフライトチューブの端に配置された検出器で構成される。これらの機器の分解能は、リフレクトロンと呼ばれるイオンミラーを使用することで向上させることができる。リフレクトロンは、加速プロセス中にイオンビームに与えられるエネルギー広がりを補償する。パルス加速ステージは、加速前の入射イオンビームの固有の上流運動エネルギー広がりによる収差を最小限に抑えるために、高い抽出場で動作する。この収差は、ターンアラウンドタイムとして知られている。残念なことに、抽出場を大きくすると、パルス加速ステージによってビームに与えられるエネルギー広がりが大きくなり、リフレクトロンがこのエネルギー広がりをどれだけうまく補償できるかには限界がある。TOF分析器での低ターンアラウンドタイムと低エネルギー広がりのために、高抽出場の相反する要件のバランスを取ることは、TOF設計者の仕事である。これらの2つのパラメータは、直交加速TOF機器の感度/分解能特性を定義する。
【0004】
最先端の直交加速機器は、従来のサンプリングモードで30%の標準的なデューティサイクルを有する。従来のサンプリングとは、対象となる最大質量のイオンが検出器に到達するのを待ってから、後続の加速パルスを発生させることを意味する。オーバーサンプリング技術では、イオン加速器が従来のモードよりも高速でアクティブになる。これらの機器のデューティサイクルをさらに改善するためにオーバーサンプリング技術が採用されているが、ターンアラウンドタイム収差には対処していない。オーバーサンプリング技術は、拡張されたイオン加速領域の性質により、従来のoa-TOF機器に実装するのは困難である。しかしながら、このようなオーバーサンプリング技術は、折り畳まれた飛行経路(FFP)機器などのより長い飛行経路のTOF分析器で高感度を達成するために重要である。FFP機器では、ターンアラウンドタイムが飛行時間全体に占める割合が低いため、高分解能が実現されるが、これらの機器は、複雑で、製造に費用を要する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ターンアラウンドタイム収差を低減し、同時にTOF質量分析器のデューティサイクルを増加させることである。最先端のTOF機器の感度/分解能特性を改善すると、結果として、サンプルスループットが一桁向上する。TOF機器の性能指数(FOM)は、加速領域でのターンアラウンドタイムに対するTOFのデューティサイクルの比率として定義される。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、イオンビームを加速してTOF質量分析器に入れるように配置された一セットの平行電極を備える。イオンが電極に平行に加速器に入る直交加速とは対照的に、本発明では、電極は、入射ビームに対して斜角で傾斜している。この斜角によって、イオンビームが直径数ミリメートルに拡張された場合でも、イオンビーム全体のスライスを加速器でサンプリングすることができる。上流の入射イオンビームの軸方向と横方向の速度広がりの両方から、ターンアラウンドタイムへのベクトルの寄与がある。これは、横方向速度広がりのみがターンアラウンドタイムに寄与する直交加速の場合とは対照的である。しかしながら、入射角が斜角であることによって、TOF分析器の方向の高い抽出場で、拡張イオンビームの全幅をサンプリングできる。これは、直交加速器では不可能である。この入射角により、直交する場合よりも、イオンが抽出領域をより速く満たす。イオンビームサンプリングの最高のデューティサイクルを達成するために、下流のTOF分析器は、好ましくは、オーバーサンプリングモードで操作される。このモードでは、プッシャーの繰り返し率が、分析されるイオンの最大質量の飛行時間の繰り返し率を超える。イオンは、通常、上流のRF冷却装置から放出され、ビームコンディショナーを使用して、ビーム内の横方向と軸方向のエネルギー広がりの比率を制御する。イオンビームを特定の係数で横方向に拡張すると、結果として、同じ係数で前記横方向に広がる速度が低下する。これは、リウヴィルの定理として知られる位相空間の保存によるものである。イオンは、好ましくは、一セットの平行電極の最初のものの後部を通って加速器に入り、加速領域を満たす。平行電極は、好ましくは、入射イオンビームに対して角度θ=tan-1(δvx/δvz)で傾斜している。ここで、δvzおよびδvxは、前記入射イオンビームの軸方向速度および横方向速度の広がりである。電極は、イオンビームに対して少なくとも半透明であり、グリッド、メッシュ、またはスリット電極から構成され得る。サイクルの充填部分の間、不要な低質量イオンが検出器に到達するのを防ぐために、好ましくは、加速器内に、ブラッドベリー・ニールソン・イオンゲートの形態をとる偏向器が使用される。次に、電極セットにパルス電圧を印加することによって、イオンは、TOFの中に加速される。その後、電圧が低下し、サイクルの充填部分が再び開始する。
【0007】
本発明の第一の態様によれば、TOF質量分析器用のパルス加速ステージが提供され、このパルス加速ステージは、イオンを受け取り、それらのイオンをTOF質量分析器へと加速するように配置され、適合された一セットの平行電極を備える。
【0008】
前記一セットの平行電極は、入射イオンビームに対して斜角で傾斜している。
【0009】
本発明の別の態様によれば、TOFは、従来のリフレクトロンTOF分析器または静電セクタ分析器、あるいはその両方の組合せの形態をとる。
【0010】
本発明の別の態様によれば、電極セットは、入射イオンビームおよび加速されたイオンビームに対して半透明である。好ましくは、前記電極セットは、グリッドもしくはワイヤメッシュまたはスリットダイアフラム、あるいはグリッドまたはワイヤメッシュとスリットダイアフラムとの組合せを備える。
【0011】
本発明の別の態様によれば、不要なイオンが前記質量分析器の検出器に到達するのを防ぐための手段が提供され、前記手段は、前記イオン検出器からイオンを偏向させるためのイオン偏向装置を備える。好ましくは、前記偏向手段は、ブラッドベリー・ニールソン・イオンゲートの形態をとる。他のあまり好ましくない偏向またはフィルタリング手段も、また、以下で企図される。
【0012】
本発明の別の態様によれば、前記入射イオンビームの軸方向および横方向の速度広がり、δvxおよびδvzの所望の比率を調整するための上流イオンビーム調整装置が提供される。好ましくは、前記上流イオンビーム調整装置は、ビームエキスパンダーの形態をとる。ビームをy方向に拡張して、ビームの電荷密度とδvy速度広がりをスペースに縮小することもできる。
【0013】
本発明の別の態様によれば、TOFの加速サイクル中の入射イオンビームの摂動を防止するための電極が提供される。好ましくは、前記電極は、ワイヤのグリッドまたはメッシュ、あるいはスリットの形態をとる。
【0014】
本発明の別の態様によれば、前記平行電極は、角度θ=tan-1(δvx/δvz)で入射イオンビームに対して傾斜している。ここで、δvzおよびδvxは、前記入射イオンビームの軸方向および横方向の速度広がりである。
【0015】
本発明の別の態様によれば、不要なイオンが前記質量分析器の検出器に到達するのを防ぐための手段が提供され、それにより、前記手段は、前記イオン検出器からイオンを偏向させるためのイオン偏向装置を備える。前記偏向手段は、前記加速ステージの下流に配置された一対のパルス偏向プレートの形態をとる。
【0016】
本発明の別の態様によれば、不要なイオンが前記質量分析器の検出器に到達するのを防ぐための手段が提供され、前記手段は、TOF質量分析器のフライトチューブに配置されたイオンフィルタリングメカニズムを備える。前記フィルタリングメカニズムは、開口部の形態をとる。
【0017】
本発明の別の態様によれば、不要なイオンが前記質量分析器の検出器に到達するのを防ぐための手段が提供され、前記手段は、前記加速段質量分析器の下流に配置されたイオン濾過機構を備える。前記フィルタリングメカニズムは、静電分析器(ESA)の形態をとる。
【0018】
本発明の別の態様によれば、前記イオン加速器は、オーバーサンプリングされた方法で動作し、連続する加速パルス間の時間が、質量分析器におけるイオンの飛行時間よりも短くなる。
【0019】
本発明の別の態様によれば、上流のイオンビームは、横方向および軸方向へのエネルギー広がりを最小限に抑えるように配置されたRF冷却装置から発する。好ましくは、RF場の振幅は、前記上流のイオンビームの抽出中に、徐々に空間的に減少するか、または一時的にゼロに切り替える。
【0020】
本発明の別の態様によれば、前記加速器は、上流の時間ネストされた物理化学的分離技術に結合されている。そのような前記物理化学的分離器は、好ましくは、イオン移動度分離器または質量電荷依存分離器である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】直交抽出の従来技術と、軸抽出に対するその利点を示す。
【
図2】加速器の上流でイオンビームを拡張すると、イオン透過率を犠牲にして、ターンアラウンドタイムが短縮されることを示す。
【
図3】拡張されたイオンビームを直交的にサンプリングされ得る方法を示すが、ターンアラウンドタイムは、
図1と変わらない。
【
図4】イオンが斜角で加速器に入る本発明の第一の好ましい実施形態を示す。
【
図5】イオン加速の直前の本発明の好ましい実施形態を示す。
【
図6】ゲート電極の動作を示す代替平面での抽出プロセスを示す。
【
図7】
図6のビューを示し、デューティサイクルの説明に役立つ。
【
図8】デューティサイクルをさらに増加させた第二の実施形態を示す。
【
図9】
図7および
図8の実施形態が、より高いデューティサイクルのために多重化モードでどのように動作するかを示す。
【
図10】
図7の電極実施形態の電圧のタイミング図を示している。
【
図11】偏向器としてのゲート電極の動作の詳細な説明を示す。
【
図12】本発明の好ましい実施形態および完全な機器へのその組み込みを示す。
【
図13】従来技術に対する本発明の利点を要約した表を示す。
【
図14】不要なイオンを濾過して除去するためのESAと、それに続く下流のリフレクトロンTOF分析器ステージを含む本発明の実施形態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
ESI、APCI、または電子衝撃(El)イオン源から生成されるイオンビームなどの連続イオンビームの直交加速は、これらのビームを、正常に動作するためにパルスイオンビームを必要とする飛行時間型(TOF)分析器と接続するための標準的な手法である。イオンビームは、ビームの(z)方向に細長い一対の平行電極(プッシャーと呼ばれる)の間に向けられ、領域はイオンで満たされる。パルス抽出電圧がこれらの電極に周期的に印加され、ビームの初期方向に直交する加速場が与えられる。続いて、ビームは、TOF分析器の直交(x)方向の作用によって圧縮された状態で、速度の初期(加速前)z成分を保持してTOF分析器に入る。検出器は、最大時間圧縮(YZ)平面(いわゆる等時間面)に配置され、可能な限り最高の質量分解能を実現する。最先端のoa-TOF分析器は、通常、1~2mmのイオンビーム幅δxと約10~50mmのビーム長δzで動作する。500V/mm~1000V/mmの抽出電界強度が一般的であり、TOF分析器で500~2000eV(一価イオン)のエネルギー変動δKが発生する。このようなエネルギー広がりは、2つ(またはそれ以上)の抽出ステージの組み合わせを使用することによって、また1つまたは2つのステージのリフレクトロンを使用することによって十分に補償される。しかしながら、入射イオンビームに固有のエネルギー広がりによるTOF(x)方向のビームの速度広がりによる別の収差が残っている。これは「ターンアラウンドタイム」δtとして知られており、多くの場合、TOF分析器で高分解能を達成する際の限界収差である。質量mのイオンの場合、初期加速場Exを経験する速度広がり±δvxを有する電荷qは、以下の式:
δt=2mδvx/qEx 式(1)
で与えられる。ここで、mは質量で、qはイオンの電荷である。Exを増やすかδvxを減らすことで、大きさを減らすことができ、TOF設計者は、この収差を許容レベルまで減らすために、長い間焦点を当ててきた。
【0023】
エレクトロスプレーTOF機器では、入力イオンビームは、通常、TOF分析の準備としてイオンビームを衝突冷却および集束するように機能する無線周波数(RF)イオンガイドから放出される。これらのイオンガイドは、通常、イオンが入口エネルギーとして知られるエネルギーKeで、プッシャー領域に加速される前に、(全方向に完全に広がる)約±0.5eVのエネルギーをイオンに与える。RFガイドの初期エネルギー広がりKoが0.5eVであるとすると、以下の式:
2δv0=(2q/m)1/2[(Ke+Ko)1/2-(Ke-Ko)1/2] 式(2)
を使用して、プッシャー内のビームの速度広がりを計算できる。
【0024】
m/q=1000Thの種と50eVの入口エネルギーKeの場合、これは、等方性の広がりを想定した場合のδv0≒±15m/sのイオンガイドの速度広がりに対応する。加速場Exが500V/mmの場合、式(1)を使用すると、ターンアラウンドタイムの値は、≒0.6nsになる。以下の分析では、すべての値がこの初期±0.5eVの広がりと1000Thのm/q値に関連している。TOF加速器によってサンプリングされる入射イオンビームの割合は、「デューティサイクル」として知られており、最大対象質量(1000Th)に対して計算され、従来技術で知られている従来の直交TOF機器では、通常約30%である。この主題に関する包括的なレビューについては、参照により本明細書に組み込まれるGuilhaus Mass Spectrom Rev. 2000 Mar-Apr;19(2):65-107の論文を参照されたい。
【0025】
本発明は、ターンアラウンドタイムの値を低減しながら、パルスビームTOF質量分析器のデューティサイクルを改善するための方法を説明する。これら2つの効果の組合せは、機器の分解能と感度を向上させることであり、これらの質量分析器の操作に有利である。本発明は、入射イオンビームに対して斜角で傾斜した2つ以上の平行な電極からなる。イオンビームは、1つまたは複数の電極にパルス電圧を印加することによって加速場が生成される前に、抽出領域を満たすことができる。イオンは、第一のガード電極(A)の後部から斜角で入り、次いで、第二のプッシャー電極(B)を通過し、第三のゲート電極(C)に到達し、加速領域を埋めて、その後、第四のプラー電極(D)を介したパルス抽出を行う。好ましくは、電極は、ワイヤのメッシュまたはグリッドの形態をとる。充填サイクル中、第三の電極は、また、第二の(静的)ステージによって加速された不要なイオンが検出器に到達するのを防ぐための偏向器として機能し得る。これらの不要なイオンは、そうでなければ、集束されていないバックグラウンド信号を生成し、検出器の寿命を縮め、質量スペクトル信号対雑音比を悪化させる。好ましくは、前記ゲート電極は、ブラッドベリー・ニールソン・イオンゲートの形態をとり、それにより、イオン偏向は、隣接する平行ワイヤに交互の極性電圧を印加することによって達成される。ブラッドベリー・ニールソン・イオンゲートは、動作中の端縁場の空間的減衰が速いために使用され、本発明の動作に有利な「光学的に薄い」デバイスとなる。充填サイクルが完了すると、プッシャー電極と第四(プラー)電極にパルス抽出電圧を印加すると同時に、偏向電圧がオフになる。初期速度広がりδvxおよびδvz(それぞれ、入射イオンビームに対して横方向および軸方向)のイオンの場合、加速器は、好ましくは、以下のような角度θ:
θ=tan-1(δvx/δvz) 式(3)
で傾斜している。
【0026】
速度広がりδvxとδvzが等しい場合、θ=45である。角度は、2つの速度広がりからのベクトル成分の寄与が総ターンアラウンドタイムδtに等しく、
δvxCos(θ)=δvzSin(θ) 式(4)
となるように選択される。
【0027】
上流のビーム調整によって2つの速度広がりが異なるように配置されている場合、例えば、δvx=0.1δvzの場合、θ=5.71度である。500V/mmの加速場Exを使用するこの状況では、従来技術の0.6nsと比較した場合、ターンアラウンドタイムが10分の1に減少し、δtは0.06nsとなる。
【0028】
本発明の利点を定量的に理解するために、従来技術の直交加速機器で通常使用される一組の標準パラメータを比較することが有用である。
図1aは、そのような従来技術の実施形態を示しており、それにより、1mm幅のビーム(イオンビームは灰色で示されている)(δx)が、50mmの物理的範囲(δz)で、プッシャー電極(P)とグリッド(G)との間の500V/mmの場(Ex)で加速される。結果として得られるTOF分析器でのイオンの500eVエネルギー広がり(δK)は、比較的穏当であり、最先端のTOF分析器で簡単に対応できる。
図1aの例では、入射イオンビームは、z方向にKe=50eV(単一荷電種の場合)のエネルギーを有する。この例では、バックグラウンドセクションでターンアラウンドタイムδtが0.6nSと計算された。プッシャー領域に隣接してイオン検出器を慎重に配置すると、約30%のデューティサイクルになるが、これは当業者によく知られている。
図1bは、物理的範囲が短いデューティサイクル(δz)と、検出器(Det)への直接の視線を有する不要な種Uの生成とに関し、軸方向加速が不利であることを示す。
【0029】
図2は、同じ抽出場Ex=500V/mmを適用した場合に、上流ビームを10倍に拡張すると、ターンアラウンドタイムがどのように短縮されるかを示す。この位相空間の保存は、リウヴィルの定理の直接の結果である。残念ながら、そのような実施形態では、アパーチャ(AP)を通って入ってくるイオンビームの10%しかサンプリングしないので、機器の全体的な透過が少なくなる。
【0030】
図3は、10倍に拡張されたビームが加速ステージによってどのように収容され得るかを示す。この場合、同じδK=500eVの分析器のエネルギー許容量に対して、抽出場が10分の1(Ex/10)に減少し、プッシャーからグリッドまでの距離が増加する。結果として、ターンアラウンドタイムは、0.6nsの同じ値のままである。したがって、このジオメトリの利点は、固有のデューティサイクル/ターンアラウンドタイムの利点がなく、計装の簡素化にのみある。
【0031】
図4は、本発明の本質的な特徴を示す。幅wの入射イオンビームは、運動エネルギーKeで、加速器に対して角度Qで加速器に入る。ビームはゲート電極までイオンで加速器を満たすことができ、幅δzのイオンのスライスが、続いて、TOF分析器の中へと加速される。イオンビームがとる軌道(Tr)は、入射軌道KeとTOF分析器によって与えられるエネルギーとのベクトル和である。斜角加速器(OAA)の電極は、破線で示されている。OAAは4つの電極、すなわち、ガード電極(A)、プッシャー電極(B)、ゲート電極(C)、プラー電極(D)からなる。
【0032】
図5aは、イオンの加速の直前における本発明の第一の好ましい実施形態を示す。1mmビームの10倍拡張(EXP)を使用する場合、上述のように、ビーム幅w=10mm、δv
x=0.1δv
z、およびθ=5.71度である。幾何学的な考察から、この角度で10mmの拡張ビーム全体をサンプリングするには、100mmのδzに対応するために、より長いプッシャー領域が必要であることが分かる。入射イオンビーム軸にはx’、y’、z’の表記を採用し、TOF軸にはx、y、zの表記を採用する。ここで、xは飛行時間ビームの圧縮方向である。イオンはガード電極(A)の背面から入り、プッシャー電極(B)を通過して、偏向電極(C)に到達する。この図は、BとCの間の領域がイオンでいっぱいのときの加速モーメントを示す。Ex=500V/mmの加速場を適用すると、(ベクトルを考慮して)ターンアラウンドタイムδtが0.06nsになる。これは、
図1に示す従来技術の直交加速の例の10分の1である。TOF分析器の方向xに、速度v
xの追加成分があるが、この小さな速度はTOFの動作に悪影響を及ぼさないことに留意すべきである。検出器の位置決めのために考慮しなければならない速度v
zのz成分が残っている。加速後、イオンビームは、
図4に示すように、従来技術ではプラーとして一般に知られている別の電極Dを通過し、TOFのフライトチューブに入る前に、加速の第二の静的ステージに入る。電極A、B、CおよびDは、イオンビームに対して部分的に透明でなければならず、好ましくは、これらの電極は、TOFのz軸に沿って配向された平行なワイヤからなる。このような電極は、通常、元素あたり90%を超える典型的なイオン透過率を有する直交TOF機器で使用される。TOFのイオン軌道は、図に示すように、TOF分析器によって与えられた入力イオンビーム軌道とエネルギーのベクトル加算であることに留意すべきである。本発明は、従来技術において機器の分解能に有害であることが知られているステアリング電極を使用しないことを理解されたい。あまり好ましくはないが、偏向は、ビームをy方向に偏向させるためにプラー(D)の後に配置された一対の電極などの補助電極セットによって達成され得る。
図5bは、上記の分析に従って計算された速度成分と速度広がりを示す。
【0033】
ここで
図6を参照すると、充填と抽出のサイクルをさらに調べることができる。この図は、
図4および
図5の実施形態のx-y断面を示す。
図6aに示す充填サイクル中に、ゲート(C)に到達する不要なイオン(U)は、TOF検出器に当たらないように偏向される。ビームの高さ(H)は通常1mmであるが、これを大きくして、(イオンビーム密度を下げることにより)電極への帯電効果を減らすことができる。
図6bは、加速サイクル中にゲート(C)の偏向がオフになり、プッシャー(B)とゲート(C)の間のイオンがTOF分析器に向かって前方500V/mmの電界(Ex)を経験することを示す。この間、ガード(A)とプッシャー(B)の間のイオンは後方磁場を経験し、ガード電極に反発する。ガード電極(A)の目的は、機器が抽出サイクルにあるときに、入射イオンビームがプッシャー(B)からの漂遊後方磁場によって偏向されるのを防ぐことである。機器のデューティサイクルを最大化するには、ガード(A)とプッシャー(B)の間の距離をできるだけ短くする必要がある。
【0034】
図7は、
図6の実施形態の充填サイクル時間が6.4μsであり、イオンが実質的にゼロ値のフィールドでガード(A)からゲート(C)に飛ぶことが可能になることを示す。加速サイクル中、ガード(A)の電位をわずかに上げて、ガード(A)と上流領域に漏れるプッシャーとの間のフィールド浸透を補償することができる。これは、この時間中の入射イオンビームの摂動を最小限に抑える効果がある。この例では、3.2μsの入射ビームが機器によってサンプリングされ、従来のシングルプッシュモードで動作したときに3.2μs/(飛行時間)のデューティサイクルになる。
図8は、2mm幅(δx)がサンプリングされ、ガード(A)からプッシャー(B)までの距離が0.5mmに短縮され、シングルプッシュデューティサイクルが2倍になる別の実施形態を示す。この場合、δKは1000eVに増加するが、これでも、依然として、最先端のTOF分析器で許容可能なエネルギー広がりの範囲内にある。
【0035】
図9aおよび
図9bは、それぞれ
図7および
図8の実施形態がオーバーサンプリングモードまたは多重化モードでどのように動作するかを示す。多重化(またはオーバーサンプリング)とは、TOFプッシャーが対象となるイオンの飛行時間に関連する周波数よりも高い周波数でアクティブになることである。結果として取得されたスペクトルは、より高いデューティサイクルのために逆多重化され得るが、そのような技術は、従来技術においてよく知られている。達成可能な最大プッシャー(加速)周波数は、ガード(A)からゲート(C)までの領域を埋めるのにかかる時間に、プッシャー(B)の背面からプラー(D)の出口までのイオンの抽出時間を加えて計算される。
図4に示すように、低いターンアラウンドタイムを維持しながら、このモードで非常に高いデューティサイクルが達成可能であることが分かる。この高いデューティサイクルと低いターンアラウンドタイムの組合せが、本発明の主な利点である。ガード(A)からプッシャー(B)までの距離を0.5mmに減らし、プッシャー(B)からゲート(C)までの距離を2mmにしたことで、最大多重化デューティサイクルがさらに改善され、1000Thのイオンの値が77%になる。
【0036】
図10は、OAAの概略タイミング図を示す。充填サイクル中、ゲート(C)は、電極に±VCを適用して不要なイオンを偏向させることによりアクティブになる。加速サイクル中、ゲート(C)はオフになり、ガード(A)、プッシャー(B)、およびプラー(D)には、それぞれ電圧VA、VB、およびVDが印加される。ガード電極(A)は、好ましくは、加速サイクル中の入射イオンビームの摂動を防止するために適用される小さな電位VAを有する。
図7に示す好ましい実施形態では、これは、150Khzの最大多重化プッシャーレートに等しいが、連続するプッシュ間の時間Tは、所望の時間、例えば、シングルプッシュまたはより低い所望の多重化レートに従って変化させることができる。
【0037】
図11は、ゲート(C)の動作を詳細に示す。ゲートは、充填サイクルでブラッドベリー・ニールソン(BN)イオンゲートとして構成される。対象となる最大質量(作業例では1000Thとして選択)がゲート(C)電極に到達できるようにするために、低質量イオン(1000Th未満)が、既にゲート(C)に到達して通過している。これらは、ゲート(C)の偏向作用によって検出器に到達するのを妨げられる不要なイオン(U)である。この図では、ゲートのグリッドワイヤは、半径2.5μm、直径(R)、ピッチ20μm(d)になるように選択される。そのような装置は、構築することが可能であり、従来技術で知られている。ゲートの動作は、電圧要件の観点からは難しいことではない。これは、ベクトルを考慮することで理解できる。ゲートへの相対的な流入速度は、ベクトルを考慮して計算でき、Ke=50eVの場合はわずか309m/sであり、1000Thのイオンのわずか0.5eVの低エネルギーに対応する。BNゲートの偏向角(α)の式は、以下:
tan(α)=k VC/Vo、ここで、k=n/2Ln[Cot(nR/2d)]
式(5)
で与えられる。ここで、Voは相対的な入射ビームエネルギー、VCはゲート電圧である。ビームを19度偏向させるのに必要なのは0.25Vだけで、これはy方向の151m/sの速度に相当する。これは、ビームを検出器から偏向させるのに十分なイオンの典型的な飛行時間64μsでの9.7mmのy変位に対応する。
【0038】
図12は、
図4の好ましい実施形態と、完全なリフレクトロン(REF)TOF機器への組み込みを示す。重要なパラメータは、入射イオンビームエネルギー(Ke)、OAA角度(θ)、ビーム幅(δz)、OAAの中心と検出器(Det)の間の分離(Sep)、およびイオンの全体的な飛行時間(TOF)である。
【0039】
図13は、本発明を
図2の従来技術のoa-TOF機器と比較した表を示す。抽出場が10分の1に減少する
図2bの構成を除いて、すべての場合において、抽出場にEx=500V/mmの図を使用する。本発明を従来技術と比較するために、性能指数(FOM)をデューティサイクル(大きいほど良い)とターンアラウンドタイムδt(小さいほど良い)の比であると定義する。32μsと64μsの2つの典型的な飛行時間(TOF)を選択する。シングルプッシュ(SP)の場合でさえ、本発明は、
図2aおよび
図2bの実施形態と同等か、あるいはそれ以上に良好に機能することが分かる。本発明の様々な実施形態の動作のオーバーサンプリングモード(OS)において、デューティサイクルにおける大きな利点が見られる。
【0040】
図14は、静電TOF分析器(ESA)と、オプションとして、それに続く下流のリフレクトロンTOF分析器(REF)とを含む実施形態を示す。加速ステージからの不要なイオン(U)は、ESAの出口にあるスリット(ST)を使用してエネルギーフィルター処理される。次に、イオンビームは、第一の検出器(Det1)に直接送られるか、あるいはリフレクトロンTOFに送られて、第二の検出器(Det2)で、さらに分離される。xy投影は、メインビーム軌道(Tr)を示し、ESA、フィールドフリー領域、およびリフレクトロン(REF)の組合せは、検出器平面で等時性集束のために配置され、そのような組合せは当業者に知られている。下流リフレクトロンベースの分析器は、さらにESAセクタに置き換えることができる。
【0041】
本発明は、当技術分野で知られている多反射および多回転分析器へのイオン加速のために最適化することができる。全体の寸法は、これらの分析器に合うようにスケーリングすることができ、高い単一パルスおよび多重化デューティサイクルでの正常な動作が想定される。一部の場合において、これらの機器に対応するために、理想的な角度θから逸脱する必要がある得るが、それでも、斜めの角加速度が有利である。
【0042】
入射オンビームを本発明の加速器に向ける前に、既知の上流イオンビーム調整技術のいずれかを使用できることを理解されたい。これらには、静電アインゼルレンズ、静電四重極レンズ、およびイオンビームコリメータを使用するビームエキスパンダーが含まれるが、これらに限定されない。エネルギー広がりは、上流のRF多重極またはRFリングセットから徐々に空間的に減衰するRFフィールドを使用することによって減らすことができる。さらに、加速器は、上流のイオン貯蔵装置およびイオンバンチング装置に接続され得る。そのような貯蔵およびバンチング装置は、有利なことに、上流のイオンビーム抽出中に低減された(または無くなった)RF電圧で動作して、イオンビームが加速器に入る前のエネルギー広がりを低減することができる。このようなイオン貯蔵装置は、シングルプッシュ動作モードの限られた質量範囲でデューティサイクルをほぼ100%に改善するためによく使用される。本発明はまた、イオン移動度およびイオントラップなどのネストされた上流分離との接続にも適している。
【0043】
本発明はまた、TOF機器の小型化にも適している。限界収差によるターンアラウンドタイムの短縮により、より長い飛行時間の需要が減少し、より小型の機器を製造できるようになる。既存の質量分析器は、本発明のパルス加速器を含み、入射イオンビームに対して斜角(必ずしも式3による最適な角度である必要はない)で前記分析器を傾斜させることによって修正することができる。次に、上流のビーム調整光学系を変更して、本発明に関連するより短いターンアラウンドタイムを達成して、分解能を改善することができる。次に、そのような機器は、多重化(またはオーバーサンプリング)モードで動作し、その結果、デューティサイクルが大幅に改善される。