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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-24
(45)【発行日】2023-12-04
(54)【発明の名称】圧電磁器組成物及び圧電アクチュエータ
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/495 20060101AFI20231127BHJP
   C01G 33/00 20060101ALI20231127BHJP
   H10N 30/853 20230101ALI20231127BHJP
   H10N 30/20 20230101ALI20231127BHJP
【FI】
C04B35/495
C01G33/00 A
H10N30/853
H10N30/20
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2022512108
(86)(22)【出願日】2021-03-26
(86)【国際出願番号】 JP2021012805
(87)【国際公開番号】W WO2021200632
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2022-09-06
(31)【優先権主張番号】P 2020060390
(32)【優先日】2020-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006633
【氏名又は名称】京セラ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100135828
【弁理士】
【氏名又は名称】飯島 康弘
(72)【発明者】
【氏名】平山 武
(72)【発明者】
【氏名】田畑 周平
(72)【発明者】
【氏名】東別府 誠
(72)【発明者】
【氏名】志村 元
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 幸弘
【審査官】田中 永一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/008418(WO,A1)
【文献】国際公開第2006/117990(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/094115(WO,A1)
【文献】特開2009-242167(JP,A)
【文献】特開2014-069988(JP,A)
【文献】特開2016-219669(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/495
C01G 33/00
H10N 30/853
H10N 30/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式ABOで表されるニオブ酸カリウムナトリウム系のペロブスカイト型複合酸化物を主成分として含む圧電磁器組成物であって、
AサイトにBiを含み、BサイトにZrを含み、
結晶粒内に位置し、Zr及びBiの少なくとも一方が偏在している偏析部を有しており、
断面視において、
1以上の結晶粒内に位置する複数の前記偏析部が0.05μm以上の円相当径を有する第1偏析部を含んでおり、
5μm 当たり1個以上の割合で複数の前記第1偏析部を有している
圧電磁器組成物。
【請求項2】
前記複合酸化物に加えてMnを更に含み、
前記複合酸化物が、組成式{(K1-vNa1-w-x-αLiAgA1α}{(Nb1-zSb1-βB1β}Oで表され、
A1がBiを含み、B1がZrを含み、
以下の不等式、
0.550≦v≦0.625、
0.015≦w≦0.020、
0.0000≦x≦0.0384、
0.99≦y≦1.01、
0.02≦z≦0.06、
0.015≦α≦0.020、及び
0.03≦β≦0.04、が満たされ、
Mnが前記複合酸化物の100質量部に対してMnO換算で0.01質量部以上0.50質量部以下含まれている
請求項1に記載の圧電磁器組成物。
【請求項3】
粒界におけるBiの質量%が、結晶粒内の前記偏析部以外の部分におけるBiの質量%よりも低い
請求項1又は2に記載の圧電磁器組成物。
【請求項4】
粒界におけるZrの質量%が、結晶粒内の前記偏析部以外の部分におけるZrの質量%よりも低い
請求項1~3のいずれか1項に記載の圧電磁器組成物。
【請求項5】
前記圧電磁器組成物の断面において前記偏析部が占める面積割合が1%以上である
請求項1~のいずれか1項に記載の圧電磁器組成物。
【請求項6】
前記偏析部におけるBiの質量%が、結晶粒内の前記偏析部以外の部分におけるBiの質量%、及び粒界におけるBiの質量%それぞれの1.1倍以上である
請求項1~のいずれか1項に記載の圧電磁器組成物。
【請求項7】
前記偏析部におけるZrの質量%が、結晶粒内の前記偏析部以外の部分におけるZrの質量%、及び粒界におけるZrの質量%それぞれの2.0倍以上である
請求項1~のいずれか1項に記載の圧電磁器組成物。
【請求項8】
請求項1~のいずれか1項に記載の圧電磁器組成物からなる圧電部材と、
前記圧電部材に電圧を印加する電極と、
を有している圧電アクチュエータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、圧電磁器組成物及び圧電アクチュエータに関する。
【背景技術】
【0002】
アクチュエータ、センサ、振動子又はフィルタ等に用いられる圧電磁器組成物が知られている。鉛フリーの圧電磁器組成物として、ニオブ酸カリウムナトリウム系のものが種々提案されている(例えば特許文献1及び2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2014-69988号公報
【文献】特開2016-219669号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示の一態様に係る圧電磁器組成物は、組成式ABOで表されるニオブ酸カリウムナトリウム系のペロブスカイト型複合酸化物を主成分として含む圧電磁器組成物である。前記圧電磁器組成物は、AサイトにBiを含み、BサイトにZrを含む。前記圧電磁器組成部は、結晶粒内に位置する偏析部を有している。Zr及びBiの少なくとも一方が前記偏析部に偏在している。
【0005】
本開示の一態様に係る圧電アクチュエータは、上記圧電磁器組成物からなる圧電部材と、前記圧電部材に電圧を印加する電極と、を有している。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】実施形態に係る圧電磁器組成物の模式的な断面図。
図2】実施例に係る圧電磁器組成物における成分比の測定結果を示す図表である。
図3】比較例に係る圧電磁器組成物における成分比の測定結果を示す図表である。
図4】複数の試料の組成及び特性の測定結果を示す図表である。
図5】圧電アクチュエータの一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
(圧電磁器組成物の主成分)
実施形態に係る圧電磁器組成物は、ニオブ酸カリウムナトリウム系(KNN系、ニオブ酸アルカリ系)のペロブスカイト型複合酸化物を主成分として含んでいる。圧電磁器組成物は、例えば、鉛(Pb)を含んでいない。
【0008】
ペロブスカイト型複合酸化物は、簡略化した組成式ABOで表される。この組成式において、Aサイト及びBサイトそれぞれのモル比は1である。ただし、この1は、厳密に1である必要は無く、例えば、0.5以上1.4以下の範囲の値、0.95以上1.04以下の範囲の値、又は0.99以上1.01以下の範囲の値を指すものとして捉えられてよい。
【0009】
ベロブスカイト型複合酸化物がKNN系であるとは、例えば、Aサイトが主としてK(カリウム)及びNa(ナトリウム)を含み、Bサイトが主としてNb(ニオブ)を含むこととされてよい。Aサイトが主としてK及びNaを含むとは、例えば、K及びNaの物質量がAサイトの物質量に占める割合(モル比。例えば後述する1-w-x-α)が0.7以上、0.8以上又は0.9以上であることとされてよい。Bサイトが主としてNbを含むとは、例えば、Nbの物質量がBサイトの物質量に占める割合(モル比。例えば後述する(1-z)×(1-β))が0.7以上、0.8以上又は0.9以上であることとされてよい。
【0010】
本実施形態では、Aサイトは、K及びNa以外の材料として、Bi(ビスマス)を含んでいる。AサイトがBiを含むことによって、例えば、圧電定数を向上させたり、及び/又は圧電定数の温度依存性を低下させたりすることができる。
【0011】
Aサイトは、K、Na及びBi以外の材料を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。前者の場合において、Aサイトが含む材料としては、例えば、Ag(銀)、Li(リチウム)、Ca(カルシウム)、Ba(バリウム)、Sr(ストロンチウム)、La(ランタン)、Ce(セリウム)、Nd(ネオジム)及び/又はSm(サマリウム)を挙げることができる。これらの材料は、圧電定数の向上及び/又は抗電界の向上に寄与する。
【0012】
AサイトがK、Na及びBi以外の材料を含む場合において、Aサイトの、K及びNa以外の材料の物質量にBiの物質量が占める割合(モル比。例えば後述するα/(w+x+α))は適宜に設定されてよい。例えば、当該割合は、0.5以下であってもよいし、0.5超であってもよい。後述する実施例によって示されるように、いずれの場合においても圧電定数の値及び抗電界の値として適宜な値を得ることができる。
【0013】
本実施形態では、Bサイトは、Nb以外の材料として、Zr(ジルコニウム)を含んでいる。BサイトがZrを含むことによって、例えば、圧電定数を向上させたり、及び/又は圧電定数の温度依存性を低下させたりすることができる。
【0014】
Bサイトは、Nb及びZr以外の材料を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。前者の場合において、Bサイトが含む材料としては、例えば、Sb(アンチモン)、Ta(タンタル)、Mg(マグネシウム)、Cu(銅)、Zn(亜鉛)、Ti(チタン)、Hf(ハフニウム)、Ge(ゲルマニウム)、Sn(スズ)、Ce、Yb(イッテルビウム)、Fe(鉄)、Co(コバルト)、Ni(ニッケル)、V(バナジウム)及び/又はW(タングステン)を挙げることができる。これらの材料は、圧電定数の向上及び/又は抗電界の向上に寄与する。
【0015】
BサイトがNb及びZr以外の材料を含む場合において、Bサイトの、Nb以外の材料の物質量にZrの物質量が占める割合(モル比。例えば後述するβ/(z×(1-β)+β))は適宜に設定されてよい。例えば、当該割合は、0.5以下であってもよいし、0.5超であってもよい。後述する実施例に示されるように、いずれの場合においても圧電定数の値及び抗電界の値として適宜な値を得ることができる。
【0016】
圧電磁器組成物がKNN系のペロブスカイト型複合酸化物を主成分として含むとは、例えば、上述したようなKNN系のペロブスカイト型複合酸化物の質量が圧電磁器組成物の質量に占める割合が80%以上、90%以上又は95%以上であることとされてよい。又は、例えば、(K1-aNa)NbOで表される純粋なニオブ酸カリウムナトリウム組成物の質量が圧電磁器組成物の質量に占める割合が70%以上、80%以上又は90%以上であることとされてもよい。
【0017】
(Bi及び/又はZrの偏析部)
図1は、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)を用いて得られる圧電磁器組成物101の断面の画像(以下、TEM画像)を模式化して示す図である。この図は、実際に得られた画像のうち概ね5μmの範囲を模式化して示している。
【0018】
多結晶体からなる圧電磁器組成物101を断面視したとき、図示のように複数の結晶粒103が観察される。各結晶粒103は、単結晶からなる。別の観点では、結晶粒103の境界である粒界105が観察される。
【0019】
本実施形態に係る圧電磁器組成物101は、Bi及びZrの少なくとも一方が偏在している偏析部107を結晶粒103内に有している。このような圧電磁器組成物101は、後に詳述するように、結晶粒103内に偏析部107を有していない圧電磁器組成物に比較して、電気抵抗率(以下、単に「抵抗率」という。)が高くなる(絶縁性が向上する)。
【0020】
なお、圧電磁器組成物101は、一部又は全部が粒界105に位置する偏析部107を有していてもよいし、有していなくてもよい。ただし、以下の説明では、偏析部107は、結晶粒103内にのみ存在するものとして説明する。また、以下の説明では、結晶粒103内において、偏析部107以外の部分を非偏析部109ということがある。
【0021】
偏析部107は、例えば、TEM画像において、他の領域よりも白い領域として視認される。TEM画像において、偏析部107と、それ以外の領域との境界は比較的明瞭であり、目視によって両者を区別する(偏析部107の範囲を特定する)ことが可能である。
【0022】
Bi及び/又はZrの質量%(全元素の質量に占める所定の元素の質量の割合)によって偏析部107が定義されてもよい。例えば、Biの質量%の圧電磁器組成物101(偏析部107、非偏析部109及び粒界105を含む。)における平均値の所定倍数以上のBiの質量%を示す部分は、Biが偏析している偏析部107とされてよい。同様に、Zrの質量%の圧電磁器組成物101における平均値の所定倍数以上のZrの質量%を示す部分は、Zrが偏析している偏析部107とされてよい。また、Bi及びZrの質量%の合計の圧電磁器組成物101における平均値の所定倍数以上のBi及びZrの質量%の合計を示す部分は、Bi及びZrが偏析している偏析部107とされてよい。上記において、所定倍数以上は、例えば、1.1倍以上、1.5倍以上、2倍以上又は10倍以上とされてよい。所定倍数は、Bi、Zr、並びにBi及びZrの組み合わせの間で異なっていてよい。
【0023】
Bi及びZrそれぞれの質量%は、例えば、EDX(Energy Dispersive X-ray spectrometry)分析によって特定することができる。Bi及び/又はZrの質量%の平均値は、例えば、圧電磁器組成物101の複数の部位について質量%を特定し、特定した質量%を平均することによって得ることができる。複数の部位の数及び位置は、理想的には、当該複数の部位の数の増減によって平均値の変動が生じないように設定される。ただし、図示のように5μm程度の領域において、1次元的又は2次元的に均等な間隔で(換言すれば無作為に)、10個以上又は30個以上の複数の部位を設定し、当該複数の部位の質量%から平均値が求められてもよい。
【0024】
偏析部107の粒径は適宜な大きさであってよい。例えば、複数の偏析部107は、粒径が0.05μm以上のものを含む。粒径は、円相当径であり、断面画像に基づいて算出されてよい。以下において、粒径が0.05μm以上の偏析部107を第1偏析部107Aということがある。偏析部107の数は適宜に設定されてよい。例えば、第1偏析部107Aの数は、5μm当たり1個以上又は5個以上とされてよい。また、圧電磁器組成物101の任意の横断面において、偏析部107又は第1偏析部107Aが占める面積割合は、例えば、1%以上とされてよい。
【0025】
(Bi及びZrの質量%)
偏析部107において、Biの質量%は、位置によらずに概ね一定であってもよいし、一定でなくてもよい。同様に、結晶粒103内の偏析部107以外の領域(非偏析部109)又は粒界105において、Biの質量%は、位置によらずに概ね一定であってもよいし、一定でなくてもよい。また、非偏析部109におけるBiの質量%(例えばその平均値)と、粒界105におけるBiの質量%(例えばその平均値)とは、互いに同一であってもよいし、互いに異なっていてもよい。Biについて述べたが、Zrについても同様である。
【0026】
偏析部107におけるBiの質量%(例えば、最大値又は平均値)と、非偏析部109及び/又は粒界105におけるBiの質量%(例えば平均値)との差及び比は、適宜に設定されてよい。例えば、偏析部107におけるBiの質量%の最大値又は平均値は、非偏析部109及び/又は粒界105におけるBiの質量%の平均値の1.1倍以上、1.5倍以上、2倍以上又は10倍以上とされてよい。Biについて述べたが、上記は、BiをZrに置換して、Zrにも適用されてよいし、BiをBi及びZrに置換して、Bi及びZrの組み合わせにも適用されてよい。
【0027】
粒界105におけるBiの質量%(例えば平均値)は、非偏析部109におけるBiの質量%(例えば平均値)よりも小さくされてもよい。この場合において、両者の差又は比は適宜に設定されてよい。例えば、粒界105におけるBiの質量%の平均値は、非偏析部109におけるBiの質量%平均値の0.95倍以下、0.9倍以下又は0.8倍以下とされてよい。Biについて述べたが、上記は、BiをZrに置換して、Zrにも適用されてよいし、BiをBi及びZrに置換して、Bi及びZrの組み合わせにも適用されてよい。
【0028】
(主成分の組成の具体例)
既述のように、圧電磁器組成物101の主成分は、KNN系のペロブスカイト型複合酸化物であり、組成式ABOによって表される。組成式ABOを具体化した式の一例を以下に示す。組成式ABOは、例えば、以下の(1)式とされてよい。
{(K1-vNa1-w-x-αLiAgA1α}{(Nb1-zSb1-βB1β}O
…(1)
【0029】
上記(1)式において、Aサイトは、K、Na、Li、Ag及びA1を含んでいる。Bサイトは、Nb、Sb及びB1を含んでいる。A1及びB1は金属元素である。v、w、x、y、z、α及びβはモル比を表している。
【0030】
A1は、少なくともBiを含む。A1は、Biのみを含んでいてもよいし、Bi以外の材料を含んでいてもよい。後者の場合のBi以外の材料としては、Aサイトの材料として例示した既述の材料のうち、(1)式で明示されていないものを挙げることができる。すなわち、Ca、Ba、Sr、La、Ce、Nd及び/又はSmを例示できる。
【0031】
A1がBi以外の材料を含む場合において、A1の物質量にBiの物質量が占める割合は適宜に設定されてよい。例えば、当該割合は、0.7以上、0.8以上又は0.9以上とされよい。この場合、例えば、A1がBiのみを含む実施例(後述)における特性と同様の特性が得られる。
【0032】
B1は、少なくともZrを含む。B1は、Zrのみを含んでいてもよいし、Zr以外の材料を含んでいてもよい。後者の場合のZr以外の材料としては、Bサイトの材料として例示した既述の材料のうち、(1)式で明示されていないものを挙げることができる。すなわち、Ta、Mg、Cu、Zn、Ti、Hf、Ge、Sn、Ce、Yb、Fe、Co、Ni、V及び/又はWを例示できる。
【0033】
B1がZr以外の材料を含む場合において、B1の物質量にZrの物質量が占める割合は適宜に設定されてよい。例えば、当該割合は、0.7以上、0.8以上又は0.9以上とされよい。この場合、例えば、B1がZrのみを含む実施例(後述)における特性と同様の特性が得られる。
【0034】
AサイトがLiを含むことにより、例えば、焼結性を高めることができる。AサイトがAgを含むことにより、例えば、正方晶と斜方晶との相転移温度を比較的高い温度(例えば60℃以上)とし、ひいては、圧電特性に温度依存性が現れやすい温度範囲を下げることができる。BサイトがSbを含むことにより、例えば、焼結性を高めることができる。
【0035】
既述のように、組成式ABOにおけるA及びBのモル比の1は、厳密に1である必要は無く、(1)ではyによって示されている。すなわち、組成式ABOと、(1)式とは矛盾しない。また、(1)式のBサイトのモル比は1であるものとして示されているが、このモル比も厳密に1である必要は無い。例えば、以下に述べるモル比yの上限値及び下限値において四捨五入される小数点以下の桁(例えば小数点第3位)は、Bサイトのモル比においても四捨五入されてよい。すなわち、Bサイトのモル比の1は、1.00を指し、また、0.995及び1.004を含むと捉えられてよい。
【0036】
Aサイトのモル比yは、例えば、0.99以上1.01以下(小数第3位は四捨五入)とされてよい。特許文献1及び2では、Aサイトのモル比の変化が0.01程度であれば、圧電定数の変化は10%程度であり、十分に圧電特性が得られることが示されている。このことから、本開示においても、モル比yは、上記の範囲とされてよい。
【0037】
既述のように、K及びNaの物質量がAサイトの物質量に占める割合(1-w-x-α)は比較的大きい。また、Nbの物質量がBサイトの物質量に占める割合((1-z)×(1-β))は比較的大きい。この裏返しになるが、他の元素の物質量がAサイト又はBサイトに占める割合は比較的小さい。例えば、K及びNa以外の元素の物質量がAサイトの物質量に占める割合(w+x+α)は、0.3以下、0.2以下又は0.1以下とされてよい。また、Nb以外の元素の物質量がBサイトの物質量に占める割合(z×(1-β)+β)は、0.3以下、0.2以下又は0.1以下とされてよい。w、x、z、α及びβは、それぞれ0.1以下又は0.05以下とされてよい。
【0038】
Kの物質量とNaの物質量との比(1-v:v)は、概ね1:1である。すなわち、vは概ね0.5である。ただし、Naの物質量がKの物質量よりも多くされてもよい。すなわち、圧電磁器組成物は、NaリッチなKNNとされてもよい。例えば、vは、0.55以上とされてよい。
【0039】
(1)式におけるモル比のより具体的な値は、適宜に設定されてよい。一例を以下に示す。0.550≦v≦0.625(小数第4位は四捨五入)、0.015≦w≦0.020(小数第4位は四捨五入)、0.0000≦x≦0.0384(小数第5位は四捨五入)、0.99≦y≦1.01(小数第3位は四捨五入)、0.02≦z≦0.06(小数第3位は四捨五入)、0.015≦α≦0.020(小数第4位は四捨五入)、及び0.03≦β≦0.04(小数第3位は四捨五入)。このモル比の範囲の組み合わせは、モル比yを除いて、後述する実施例のモル比の値を下限値及び上限値としている。
【0040】
(副成分の具体例)
圧電磁器組成物101は、主成分(KNN系のペロブスカイト型複合酸化物)以外の副成分として、適宜な材料を含んでよい。例えば、圧電磁器組成物101は、Mnを更に含んでいてもよい。圧電磁器組成物101は、Mnを含むことによって、例えば、広い温度範囲において圧電定数を高くすることができる。
【0041】
Mnの添加量は適宜に設定されてよい。例えば、主成分100質量部に対して、MnO換算で、0.01質量部以上0.50質量部以下、又は0.02質量部以上0.03質量部以下の量で、Mnが圧電磁器組成物101に含まれていてよい。念のために別の表現をすると、圧電磁器組成物101に含まれるMnの質量と同じ質量のMnを含むMnOの質量は、圧電磁器組成物101に含まれる主成分の質量に対して、0.01倍以上0.50倍以下、又は0.02倍以上0.03倍以下とされてよい。
【0042】
上記の添加量の妥当性は、特許文献1で示されている。また、後述する実施例によって、偏析部107を形成した場合においても、上記添加量が妥当であることが確認されている。
【0043】
(圧電磁器組成物の製造方法)
本実施形態に係る圧電磁器組成物の製造方法は、ニオブ酸カリウムナトリウムに添加される具体的な金属元素の種類及びそのモル比を除いては、公知のニオブ酸カリウムナトリウム系の圧電磁器組成物の製造方法と同様とされてよい。圧電磁器組成物101の主成分であるKNN系のペロブスカイト型複合酸化物の組成式が(1)式で表される態様を例に取ると、例えば、以下のとおりである。
【0044】
まず、(1)式に含まれる金属元素の化合物(例えば酸化物)の粉末を準備する。そのような化合物としては、例えば、KCO、NaCO、LiCO、AgO、Nb、Sb、Bi及びZrOなどを挙げることができる。また、副成分(本実施形態では例えばMn)を含む化合物の粉末を準備する。例えば、副成分がMnであれば、化合物としては、MnOを挙げることができる。
【0045】
次に、(1)式の組成となるように、上記の各種化合物の粉末を計量(例えば秤量)する。また、(1)式で表される主成分100質量部に対して0.01質量部以上0.50質量部以下でMnが含まれるようにMnの化合物の粉末を計量する。
【0046】
次に、計量した粉末をボールミルによってアルコール中で混合する(湿式混合を行う。)。ボールミルとしては、例えば、ZrOボールが用いられてよい。アルコールとしては、例えば、IPA(イソプロピルアルコール)が用いられてよい。混合時間は、例えば、20時間以上25時間以下とされてよい。
【0047】
次に、上記の混合物を乾燥させた後、混合物の仮焼を行う。仮焼は、例えば、大気中において900℃以上1100℃以下の温度で3時間程度行われてよい。次に、その仮焼物をボールミルによって粉砕する。次に、その粉砕物にバインダーを混合して造粒する。バインダーとしては、例えば、PVA(ポリビニルアルコール)が用いられてよい。
【0048】
次に、造粒後の粉体を任意の形状及び寸法に成形する。成形の圧力は、例えば、200MPa程度とされてよい。そして、その成形体を焼成して圧電磁器組成物が得られる。焼成は、例えば、大気中において1000℃以上1250℃以下の温度で2時間以上4時間以下の期間に亘って行われてよい。
【0049】
圧電磁器組成物を圧電アクチュエータ等に利用する場合においては、例えば、圧電磁器組成物は、電極となる導電ペーストと共に焼成されてもよいし、焼成後に電極が形成されてもよい。また、圧電磁器組成物は、焼成後に、適宜な方向に適宜な大きさの電圧が印加されて分極処理がなされてよい。
【0050】
偏析部107は、例えば、上記のような製造方法において、焼成温度を調整することによって形成することができる。例えば、焼成温度を相対的に低くすると、偏析部107が形成され、焼成温度を相対的に高くすると、偏析部107が形成されない。その具体的な温度は、圧電磁器組成物101の具体的な組成等の種々の条件によって相違する。一例を挙げると、後述する実施例及び比較例の組成では、1120℃で3時間に亘って焼成を行った場合においては偏析部107が形成され、1140℃で3時間に亘って焼成を行った場合においては偏析部107が形成されなかった。
【0051】
<実施例>
(偏析部の影響)
偏析部107を有する実施例に係る圧電磁器組成物と、偏析部107を有さない比較例に係る圧電磁器組成物とを作製した。そして、両者の比較から、偏析部によって抵抗率が高くなる(絶縁性が向上する)ことを確認した。具体的には、以下のとおりである。
【0052】
実施例及び比較例に係る圧電磁器組成物の組成は互いに同一とした。より詳細には、実施例及び比較例に係る圧電磁器組成物の主成分の組成は、いずれも(1)式で表されるものとした。また、(1)式におけるA1及びB1の材料の種類、並びにv、w、x、y、z、α及びβの値は、実施例と比較例とで同じとした。副成分は、実施例及び比較例ともMnとし、主成分に対する質量比も実施例と比較例とで同じとした。なお、ここで参照する実施例に係る圧電磁器組成物は、より詳細には、後述する図4に示す試料5の圧電磁器組成物である。
【0053】
実施例に係る圧電磁器組成物は、1120℃で3時間に亘って焼成され、偏析部107を有する。一方、比較例に係る圧電磁器組成物は、1140℃で3時間に亘って焼成され、偏析部107を有さない。なお、ここでの偏析部107の有無は、TEM画像の目視によって判断されている。実施例及び比較例における結晶粒103の粒径は、平均値が0.4μm以上0.6μm以下であり、最小値が0.1μm以上0.2μm以下であり、最大値が2.0μm以上3.0μm以下であり、分散が0.3以上0.4以下である。
【0054】
上記のような構成の実施例及び比較例に係る圧電磁器組成物について、圧電定数d31(pC/N)、抗電界Ec(kV/cm)及び抵抗率ρ(Ωm)を測定した。圧電定数d31は、圧電磁器組成物の分極方向に電圧を印加したときの分極方向に直交する方向における圧電特性を示す。d31の値が大きいほど、印加される電界の強さに対して生じる歪、又は付与される圧力に対して生じる電荷が大きい。
【0055】
圧電定数d31は、分極後の圧電磁器組成物をJEITA(一般社団法人 電子情報技術産業協会)の定める規格(EM-4501A 圧電セラミック振動子の電気的試験方法)に準拠し測定した。より詳細には、共振反共振法を用いて、インピーダンスアナライザーにて測定した。抗電界の測定においては、まず、所定の波形(正弦波又は三角波など)の電界を強誘電性試料に印加したときの電束密度Dを測定し、電界Eを横軸に電束密度Dを縦軸に表したD-E履歴曲線(ヒステリシス曲線)を得た。そして、当該曲線と横軸との交点を抗電界Ecとして特定した。絶縁抵抗値は、圧電磁器組成物に所定の電圧を印加し、印加中の漏れ電流を測定し、算出した。
【0056】
測定結果を以下に示す。
実施例:d31=119(pC/N)、Ec=1.15(kV/cm)、ρ=1.1×1011(Ωm)
比較例:d31=114(pC/N)、Ec=1.14(kV/cm)、ρ=9.4×1010(Ωm)
【0057】
上記のように、実施例は、比較例に比較して、絶縁性が向上している。具体的には、実施例の抵抗率は、比較例の抵抗率に対して1.1倍以上1.2倍以下となっている。また、実施例は、比較例に比較して、圧電特性及び抗電界も若干向上している。
【0058】
実施例が比較例よりも絶縁性が向上している理由としては、例えば、以下のものが挙げられる。焼結途中において、Bi及び/又はZrはKNNを主成分とする粒子がなす粒界に相対的に多く存在する。焼結後においてもBi及び/又はZrが粒界105に残存すると、粒界105の抵抗率が低くなる。その結果、圧電磁器組成物101全体としても抵抗率が低くなる。これに対して、結晶粒103内にBi及び/又はZrの偏析部107を形成することによって、粒界105に残存するBi及び/又はZrを相対的に低減することができる。ひいては、圧電磁器組成物101全体の抵抗率を高くすることができる。
【0059】
(Bi及びZrの質量%の影響)
上述した実施例及び比較例に係る圧電磁器組成物に関して、偏析部107、非偏析部109及び粒界105それぞれにおける成分比を測定した。これにより、偏析部107を形成することによって抵抗率が高くなる上述の原理が正しいことを確認した。
【0060】
各部における成分比は、以下のように測定した。まず、FIB(Focused Ion Beam)装置を用いて、圧電磁器組成物から数μm~数十μmの大きさの試料をサンプリングする。そのサンプリングした箇所から、幅10μm×高さ10μmの領域を厚さ0.12μm~0.05μm程度に加工する。この加工後の試料をTEMによって観察する。TEMとしては、日本電子製のJEM-2010Fを用いた。また、加速電圧は200kVとした。そして、透過電子像とSTEM(Scanning TEM)像とを見比べながら、結晶粒103及び粒界105を区別し、また、偏析部107及び非偏析部109を区別した。そして、粒界105、偏析部107及び非偏析部109に対して、EDX(Energy Dispersive X-ray spectrometry)分析を行った。EDXの装置としては、日本電子製のJED-2300Tを用いた。
【0061】
図2は、実施例に係る圧電磁器組成物における成分比の測定結果を示す図表である。図3は、比較例に係る圧電磁器組成物における成分比の測定結果を示す図表である。
【0062】
各図において、最も左側の欄は、元素の種類を示している。ここでは、O、Na、K、Zr、Nb、Ag、Sb、Bi、Mn及びSiのそれぞれについて質量%が示されている。他の欄(PA1、PB1等)は、圧電磁器組成物内の種々の部位に対応している。図2では、実施例に係る圧電磁器組成物のうち5つの部位における各元素の質量%が示されている。図3では、比較例に係る圧電磁器組成物のうちの3つの部位における各元素の質量%が示されている。
【0063】
PA1~PA4は、非偏析部109に対応している。PB1及びPB2は、粒界に対応している。PC1及びPC2は偏析部107に対応している。実施例において、非偏析部109に対応する欄(PA1及びPA2)が2つあるのは、非偏析部109のうち互いに異なる位置に対して成分比を測定したことからである。PC1及びPC2、PA3及びPA4についても同様である。
【0064】
各セルに示された数値は、質量%を示している。また、各セルに示された「-」は、有意な大きさの質量%が測定されなかったことを示している。各セルにおける質量%は、少数第2位が四捨五入されている。各セルにおける四捨五入の影響により、全ての元素の質量%の合計が100.0%にならない部位も存在する。
【0065】
図2に示されているように、偏析部107(PC1及びPC2)においては、他の部位に比較して、Bi及びZrの質量%が高い。これにより、TEM画像において、他の領域よりも白い領域として視認される偏析部が、Bi及び/又はZrが偏析している部位であることが確認された。
【0066】
具体的には、偏析部107におけるBiの質量%は、粒界105(PB1)におけるBiの質量%の約1.4倍(PC1)又は約3.4倍(PC2)となっている。偏析部107におけるBiの質量%は、非偏析部109(PA1及びPA2)におけるBiの質量%の約1.2倍(PC1)又は約2.8倍(PC2)となっている。これらのことから、偏析部107におけるBiの質量%は、非偏析部109におけるBiの質量%、及び粒界105におけるBiの質量%それぞれの1.1倍以上であるということができる。
【0067】
また、偏析部107におけるZrの質量%は、粒界105(PB1)におけるZrの質量%の約22.7倍(PC1)又は約3.0倍(PC2)となっている。また、偏析部107におけるZrの質量%は、非偏析部109(PA1及びPA2)におけるZrの質量%の約17.0倍以上(PC1)又は約2.3倍以上(PC2)となっている。これらのことから、偏析部107におけるZrの質量%は、非偏析部109におけるZrの質量%、及び粒界105におけるZrの質量%それぞれの2.0倍以上であるということができる。
【0068】
なお、図1に示すようなTEM画像において、粒界105及び偏析部107の面積比率は比較的低い。従って、非偏析部109におけるBi及び/又はZrの質量%に対する偏析部107におけるZrの質量%の上記比は、Bi及び/又はZrの質量%の圧電磁器組成物(105、107及び109を含む)における平均値に対する偏析部107におけるBi及び/又はZrの質量%の比として捉えてもよい。
【0069】
粒界105(PB1及びPB2)におけるBiの質量%について、実施例と比較例とで比較すると、実施例の方が低くなっている。より詳細には、実施例の粒界105(PB1)におけるBiの質量%は、比較例の粒界105(PB2)におけるBiの質量%の約0.8倍となっている。同様に、粒界105におけるZrの質量%について、実施例と比較例とで比較すると、実施例の方が低くなっている。より詳細には、実施例の粒界105におけるZrの質量%は、比較例の粒界105におけるZrの質量%の約0.8倍となっている。上記から偏析部107が形成されることによって、粒界105におけるBi及びZrの質量%が低くなることが確認された。
【0070】
実施例において、非偏析部109(PA1及びPA2)におけるBiの質量%と、粒界105(PB1)におけるBiの質量%とを比較すると、後者の方が低い。より詳細には、後者は前者の約0.80倍となっている。換言すれば、後者は前者の0.90倍以下又は0.80倍以下であるということができる。一方、比較例においては、非偏析部109(PA3及びPA4)におけるBiの質量%と、粒界105(PB2)におけるBiの質量%とを比較すると、後者の方が高い。以上のことから、偏析部107が形成されることによって、粒界105におけるBiの質量%は、非偏析部109におけるBiの質量%よりも低くなることが確認された。
【0071】
Biについて述べたが、Zrについても同様のことが言える。具体的には、実施例において、非偏析部109(PA1及びPA2)におけるZrの質量%と、粒界105(PB1)におけるZrの質量%とを比較すると、後者の方が低い。より詳細には、後者は前者の約0.92倍又は約0.75倍となっている。換言すれば、後者は前者の0.95倍以下であるということができる。一方、比較例においては、非偏析部109(PA3及びPA4)におけるZrの質量%と、粒界105(PB2)におけるZrの質量%とを比較すると、後者の方が高いか、同等である。以上のことから、偏析部107が形成されることによって、粒界105におけるZrの質量%は、非偏析部109におけるZrの質量%よりも低くなることが確認された。
【0072】
(組成の一例におけるモル比の例)
偏析部107は、KNN系のペロブスカイト型複合酸化物がAサイトにBiを含み、BサイトにZrを含む限り形成可能である。従って、偏析部107を形成する技術は、上述した実施例に係る組成を有する圧電磁器組成物((1)式で表される複合酸化物を主成分とする圧電磁器組成物)以外の種々の圧電磁器組成物に適用されてよい。もちろん、偏析部107を形成する技術は、(1)式で表される複合酸化物を主成分として含む圧電磁器組成物に適用されてよいし、この場合において、圧電定数及び/又は抗電界を向上させる観点から適宜にモル比の値が設定されてよい。以下では、実施例を参照して(1)式におけるモル比の値の例を示す。
【0073】
(1)で表される複合酸化物を主成分とし、(1)式のモル比の値が互いに異なる種々の試料を作製した。副成分は、いずれの試料もMnのみとした。また、Mnの質量は、いずれの試料においても、MnOの質量に換算したときに、主成分100質量部に対して0.25質量部となる量とした。そして、各試料について、その特性として、圧電定数及び抗電界を測定した。測定方法は既に述べたとおりである。
【0074】
図4は、複数の試料の組成及び特性の測定結果を示す図表である。図中、「No.」の欄は、試料の番号を示している。ここでは、試料1~12までの12種類の試料について、組成及び特性が例示されている。
【0075】
「v Na」、「w Li」、「y A site」、「x Ag」、「z Sb」、「α」及び「β」の欄は、各試料におけるv、w、y、x、z、α及びβの値を示している。「A1」及び「B1」の欄は、各試料におけるA1及びB1の金属元素の種類を示している。ただし、ここでは、A1はBiのみであり、B1はZrのみである。モル比の小数点以下の有効桁は基本的に複数の試料同士で互いに同じであるが、便宜上、末尾側の0の表示は省略している。
【0076】
「d31 pC/N」の欄は、各試料における圧電定数d31(pC/N)の値を示している。「Ec kV/cm」の欄は、抗電界Ec(kV/cm)の値を示している。これらの欄において「-」は、有意な値を測定できなかったことを示している。
【0077】
この図に示されているように、試料9及び10を除く全ての試料において、十分な圧電定数の値及び抗電界の値が得られている。具体的には、103(pC/N)以上の圧電定数が得られているとともに、0.65(kV/cm)以上の抗電界が得られている。なお、試料9及び10は、他の試料に比較して、モル比zが小さくされている。
【0078】
上記から、例えば、試料9及び10を除く全ての試料のモル比の値が含まれるように、(1)式のモル比の値の範囲が設定されてよい。換言すれば、各モル比について、試料9及び10を除く全ての試料における最小値及び最大値によって、各モル比の下限及び上限が設定されてよい。この場合の各モル比の範囲については既に述べたが、以下に、下限値及び上限値に対応する試料の番号を括弧内に付して、各モル比の範囲を再掲する。
【0079】
0.550(No.1)≦v≦0.625(No.7)
0.015(No.8)≦w≦0.020(No.8以外)
0.0000(No.1及び2)≦x≦0.0384(No.12)
0.02(No.5、11及び12)≦z≦0.06(No.4)
0.015(No.8)≦α≦0.020(No.8以外)
0.03(No.8)≦β≦0.04(No.8以外)
【0080】
以上のとおり、本実施形態に係る圧電磁器組成物101は、組成式ABOで表されるニオブ酸カリウムナトリウム系のペロブスカイト型複合酸化物を主成分として含む圧電磁器組成物である。また、圧電磁器組成物101は、AサイトにBiを含み、BサイトにZrを含む。さらに、圧電磁器組成物101は、結晶粒103内に位置する偏析部107を有している。Zr及びBiの少なくとも一方が偏析部107に偏在している。
【0081】
従って、既述のように、抵抗率が高い圧電磁器組成物101を得ることができる。その結果、例えば、圧電磁器組成物101が後述する振動板29又は圧電体層33に適用されたときに短絡の蓋然性が低減される。圧電磁器組成物101の全体としての組成を変化させるのではなく、偏析部107を形成することによって圧電磁器組成物101の特性を向上させることから、例えば、圧電磁器組成物101の組成の調整だけでは得られない高い抵抗率を得ることも可能である。また、その製造方法に着目すると、焼成温度を微調整することによって偏析部107を形成することができることから、製造工程が複雑化する蓋然性も低い。
【0082】
また、本実施形態では、圧電磁器組成物101は、主成分としての複合酸化物に加えてMnを更に含んでよい。主成分としての複合酸化物は、(1)式で表されてよい。A1は、Biを含んでよく、B1はZrを含んでよい。(1)式の種々のモル比は、既述の不等式を満たしてよい。Mnは、複合酸化物の100質量部に対してMnO換算で0.01質量部以上0.50質量部以下含まれてよい。
【0083】
この場合、例えば、図4を参照して説明したように、圧電定数の値及び抗電界の値を大きくすることが容易である。その結果、例えば、圧電磁器組成物101が圧電アクチュエータに適応されたときに、大きな駆動力を生じることが容易化される。
【0084】
また、本実施形態では、粒界105におけるBiの質量%が、結晶粒103内の偏析部107以外の部分(非偏析部109)におけるBiの質量%よりも低い。及び/又は、粒界105におけるZrの質量%が、非偏析部109におけるZrの質量%よりも低い。
【0085】
これらの場合、換言すれば、実施形態の粒界105においては、比較例の粒界105との対比においてBi及び/又はZrの質量%が低いだけでなく、実施形態の結晶粒103との対比においてBi及び/又はZrの質量%が低い。従って、例えば、既述の粒界105におけるBi及び/又はZrの質量%が低いことによる抵抗率の向上の効果が得られやすい。
【0086】
また、本実施形態では、断面視において、1以上の結晶粒103内に位置する複数の偏析部107が0.05μm以上の円相当径を有する第1偏析部107Aを含んでよい。また、この場合、圧電磁器組成物101は、断面視において、5μm当たり1個以上の割合で複数の第1偏析部107Aを有してよい。また、偏析部107におけるBiの質量%が、結晶粒103内の偏析部107以外の部分(非偏析部109)におけるBiの質量%、及び粒界105におけるBiの質量%それぞれの1.1倍以上であってよい。及び/又は偏析部107におけるZrの質量%が、非偏析部109におけるZrの質量%、及び粒界105におけるZrの質量%それぞれの2.0倍以上であってよい。
【0087】
これらの場合は、いずれも偏析部107が十分に形成されていると言える場合である。従って、上述した偏析部107による効果が得られやすい。
【0088】
<応用例>
図5は、圧電磁器組成物の応用例を示す断面図である。この断面図は、インクジェット式のヘッド11の一部を示している。図5の紙面下方(-D3側)は、記録媒体(例えば紙)が配置される側である。
【0089】
ヘッド11は、例えば、概略板状の部材であり、図5に示す構成をD3軸に直交する平面に沿って複数有している。ヘッド11の厚さ(D3方向)は、例えば、0.5mm以上2mm以下である。ヘッド11の記録媒体に対向する吐出面2aには液滴を吐出する複数の吐出孔3(図5では1つのみ示す。)が開口している。複数の吐出孔3は、吐出面2aに沿って2次元的に配置されている。
【0090】
ヘッド11は、圧電素子の機械的歪により液体に圧力を付与して液滴を吐出するピエゾ式のヘッドである。ヘッド11は、それぞれ吐出孔3を含む複数の吐出素子37を有しており、図5では、一の吐出素子37が示されている。複数の吐出素子37は、吐出面2aに沿って2次元的に配置されている。
【0091】
また、別の観点では、ヘッド11は、液体(インク)が流れる流路が形成されている板状の流路部材13と、流路部材13内の液体に圧力を付与するためのアクチュエータ基板15(圧電アクチュエータの一例)とを有している。複数の吐出素子37は、流路部材13及びアクチュエータ基板15により構成されている。吐出面2aは、流路部材13によって構成されている。
【0092】
流路部材13は、共通流路19と、共通流路19にそれぞれ接続されている複数の個別流路17(図5では1つを図示)とを有している。各個別流路17は、それぞれ既述の吐出孔3を有しており、また、共通流路19から吐出孔3へ順に、接続流路25、加圧室23及び部分流路21を有している。加圧室23は、流路部材13の吐出面2aとは反対側の面に開口している。部分流路21は、加圧室23から吐出面2a側へ延びている。吐出孔3は、部分流路21の底面21aに開口している。
【0093】
複数の個別流路17及び共通流路19には液体が満たされている。複数の加圧室23の容積が変化して液体に圧力が付与されることにより、複数の加圧室23から複数の部分流路21へ液体が送出され、複数の吐出孔3から複数の液滴が吐出される。また、複数の加圧室23へは複数の接続流路25を介して共通流路19から液体が補充される。
【0094】
流路部材13は、例えば、複数のプレート27A~27J(以下、A~Jを省略することがある。)が積層されることにより構成されている。プレート27には、複数の個別流路17及び共通流路19を構成する複数の穴(主として貫通孔。凹部にすることも可)が形成されている。複数のプレート27の厚み及び積層数は、複数の個別流路17及び共通流路19の形状等に応じて適宜に設定されてよい。複数のプレート27は、適宜な材料により形成されてよい。例えば、複数のプレート27は、金属又は樹脂によって形成されている。プレート27の厚さは、例えば、10μm以上300μm以下である。
【0095】
アクチュエータ基板15は、複数の加圧室23に亘る広さを有する概略板状である。アクチュエータ基板15は、いわゆるユニモルフ型の圧電アクチュエータによって構成されている。なお、アクチュエータ基板15は、バイモルフ型等の他の形式の圧電アクチュエータによって構成されていてもよい。アクチュエータ基板15は、例えば、流路部材13側から順に、振動板29、共通電極31、圧電体層33及び個別電極35を有している。
【0096】
振動板29、共通電極31及び圧電体層33は、平面視において複数の加圧室23に亘って広がっている。すなわち、これらは、複数の加圧室23に共通に設けられている。個別電極35は、加圧室23毎に設けられている。個別電極35は、加圧室23に重なる本体部35aと、本体部35aから延び出ている引出電極35bとを有している。引出電極35bは、不図示の信号線との接続に寄与する。
【0097】
圧電体層33は、例えば、本実施形態に係る圧電磁器組成物によって構成されている。圧電体層33の個別電極35と共通電極31とに挟まれている部分は、厚さ方向に分極されている。従って、例えば、個別電極35及び共通電極31によって圧電体層33の分極方向に電界(電圧)を印加すると、圧電体層33は当該層に沿う方向に収縮する。この収縮は、振動板29によって規制される。その結果、アクチュエータ基板15は加圧室23側へ凸となるように撓み変形する。個別電極35及び共通電極31によって上記とは逆向きに電界(電圧)を印加すると、アクチュエータ基板15は加圧室23とは反対側へ撓み変形する。
【0098】
アクチュエータ基板15を構成する各層の厚さ及び材料等は適宜に設定されてよい。一例を挙げると、振動板29及び圧電体層33の厚さは、それぞれ10μm以上40μm以下とされてよい。共通電極31の厚さは1μm以上3μm以下とされてよい。個別電極35の厚さは、0.5μm以上2μm以下とされてよい。振動板29の材料は、圧電性を有する、又は圧電性を有さないセラミックス材料とされてよい。共通電極31の材料は、Ag-Pd系などの金属材料とされてよい。個別電極35の材料は、Au系などの金属材料とされてよい。
【0099】
なお、上記において、アクチュエータ基板15は、圧電アクチュエータの一例である。圧電体層33は圧電部材の一例である。共通電極31及び個別電極35はそれぞれ電極の一例である。
【0100】
本開示に係る技術は、以上の実施形態に限定されず、種々の態様で実施されてよい。
【0101】
圧電磁器組成物は、アクチュエータ以外に、センサ、振動子又はフィルタ等に用いられてよい。アクチュエータは、インクジェットヘッドに用いられるものに限定されず、種々の機器に用いられるものとされてよい。
【符号の説明】
【0102】
101…圧電磁器組成物、103…結晶粒、105…粒界、107…偏析部、109…(結晶粒内の)非偏析部、15…アクチュエータ基板(圧電アクチュエータ)、31…共通電極(電極)、33…圧電体層(圧電部材)、35…個別電極(電極)。
図1
図2
図3
図4
図5