(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-27
(45)【発行日】2023-12-05
(54)【発明の名称】ウォータージャケットスペーサ
(51)【国際特許分類】
F02F 1/14 20060101AFI20231128BHJP
F01P 3/02 20060101ALI20231128BHJP
【FI】
F02F1/14 Z
F02F1/14 D
F01P3/02 A
(21)【出願番号】P 2019207713
(22)【出願日】2019-11-18
【審査請求日】2022-08-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000225359
【氏名又は名称】内山工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100127797
【氏名又は名称】平田 晴洋
(72)【発明者】
【氏名】松本 大典
(72)【発明者】
【氏名】村中 宏彰
(72)【発明者】
【氏名】田畑 大介
(72)【発明者】
【氏名】高原 正輝
(72)【発明者】
【氏名】牧野 耕治
【審査官】櫻田 正紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-007398(JP,A)
【文献】特開2016-125443(JP,A)
【文献】特開2018-178843(JP,A)
【文献】特開2012-237273(JP,A)
【文献】特開2019-094848(JP,A)
【文献】特開2006-090197(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 1/00- 1/16
F01P 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンブロックにおいて複数の気筒が所定方向に並ぶ気筒列を取り囲むように形成されたウォータージャケットの内部に配置され、前記ウォータージャケット内における冷却水の流れを調整するウォータージャケットスペーサであって、
前記気筒列の外周形状に沿った凸面と凹面とを備えたスペーサ本体部と、
前記スペーサ本体部に付設され、外的要因が加わることによって膨張する膨張部材と、を備え、
前記膨張部材は、前記凸面に付設される凸面付設部と、前記凹面に付設される凹面付設部と、を含み、
前記スペーサ本体部は、前記エンジンブロックにおける隣り合う気筒間の壁であるボア間壁に対向するボア間スペーサ部と、少なくとも前記ボア間壁を除く気筒の周壁であるボア中央壁に対向する中央スペーサ部と、を含み、
前記膨張部材は、前記スペーサ本体部の前記気筒と対向する内側面に設けられるものであって、前記凸面は前記ボア間スペーサ部の前記内側面であり、前記凹面は前記中央スペーサ部の前記内側面であり、
前記凹面付設部は所定の第1厚さを有し、前記凸面付設部は前記第1厚さよりも厚い第2厚さを有して
おり、
気筒軸方向において、前記凸面付設部の上端は前記凹面付設部の上端よりも低い位置にある、ウォータージャケットスペーサ。
【請求項2】
請求項1に記載のウォータージャケットスペーサにおいて、
気筒軸方向において、前記凸面付設部の気筒軸方向の長さは、前記凹面付設部の気筒軸方向の長さよりも短い、
ウォータージャケットスペーサ。
【請求項3】
請求項1に記載のウォータージャケットスペーサにおいて、
前記第1厚さ及び前記第2厚さは、前記膨張部材の膨張後の状態において、前記凸面付設部の厚さと前記凹面付設部の厚さとが、実質的に同一の厚さとなることが可能な厚さに選ばれている、ウォータージャケットスペーサ。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のウォータージャケットスペーサにおいて、
前記第1厚さ及び前記第2厚さは、前記膨張部材の膨張後の状態において、前記ボア間壁と前記ボア間スペーサ部の前記内側面との間の隙間、及び、前記ボア中央壁と前記中央スペーサ部の前記内側面との間の隙間を、各々塞ぐことが可能な厚さに選ばれている、ウォータージャケットスペーサ。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載のウォータージャケットスペーサにおいて、
前記膨張部材は、気筒軸方向の下方側に配置されている、ウォータージャケットスペーサ。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載のウォータージャケットスペーサにおいて、
前記膨張部材は、前記気筒列の一端側から他端側に亘って連続的に前記スペーサ本体
部に付設されている、ウォータージャケットスペーサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンブロックのウォータージャケット内に配置され、冷却水の流れを調整するウォータージャケットスペーサに関する。
【背景技術】
【0002】
多気筒型の内燃機関のエンジンブロックには、気筒壁、すなわち、各気筒の周壁であるボア中央壁及び隣り合う気筒間の壁であるボア間壁を通過するように、冷却水の流通経路となるウォータージャケットが設けられる。ウォータージャケットの内部には、冷却水の流れを調整するウォータージャケットスペーサが配置されることがある。冷却水流れの調整によって、ボア中央壁及びボア間壁を狙いの温度に設定することが可能となる。
【0003】
一般に、ウォータージャケットスペーサは、冷却水の流通経路を、気筒に近いボア側経路と、気筒から遠い反ボア側経路とに区分する。特許文献1には、ウォータージャケットスペーサのボア側の壁面に、水との接触により膨張する膨張部材を取り付ける技術が開示されている。この膨張部材は、ボア中央壁と対向する位置に配置され、膨張するとウォータージャケットスペーサとボア中央壁との間の隙間を塞ぎ、冷却水の流通を規制する。これにより、ボア中央壁の過度の冷却を抑止することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ウォータージャケットスペーサにより区分される上記のボア側経路と反ボア側経路との間で、企図しない冷却水の自然対流が発生し、気筒壁を過冷却してしまうことがある。例えば、エンジン停止時には、ボア側経路の冷却水は気筒壁と接しているため比較的高温となり、反ボア側経路の冷却水は外気との熱交換によって比較的低温となる。このような冷却水の温度差は、ボア側経路と反ボア側経路との間で冷却水の自然対流を生じさせる。
【0006】
特許文献1に開示された膨張部材の配置技術は、上記の自然対流の抑止に貢献し得る。但し、冷却水の自然対流の完全な抑止には、膨張部材を、特許文献1のようにウォータージャケットスペーサのボア中央壁に対向する箇所だけでなく、ボア間壁に対向する箇所にも配置することが求められる。つまり、気筒列方向の一端側から他端側の全長に亘って、ウォータージャケットスペーサに膨張部材を配置することが必要となる。しかし、一般にウォータージャケットスペーサは、気筒列の外周形状に沿うように凸面と凹面とを有している。この凸面及び凹面に単純に膨張部材を配置したのでは、ウォータージャケットスペーサと気筒壁との間の隙間を十分に塞げないことが判明した。
【0007】
本発明の目的は、ウォータージャケット内においてボア側経路と反ボア側経路との間で生じる冷却水の自然対流を抑止できるウォータージャケットスペーサを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一局面に係るウォータージャケットスペーサは、エンジンブロックにおいて複数の気筒が所定方向に並ぶ気筒列を取り囲むように形成されたウォータージャケットの内部に配置され、前記ウォータージャケット内における冷却水の流れを調整するウォータージャケットスペーサであって、前記気筒列の外周形状に沿った凸面と凹面とを備えたスペーサ本体部と、前記スペーサ本体部に付設され、外的要因が加わることによって膨張する膨張部材と、を備え、前記膨張部材は、前記凸面に付設される凸面付設部と、前記凹面に付設される凹面付設部と、を含み、前記スペーサ本体部は、前記エンジンブロックにおける隣り合う気筒間の壁であるボア間壁に対向するボア間スペーサ部と、少なくとも前記ボア間壁を除く気筒の周壁であるボア中央壁に対向する中央スペーサ部と、を含み、前記膨張部材は、前記スペーサ本体部の前記気筒と対向する内側面に設けられるものであって、前記凸面は前記ボア間スペーサ部の前記内側面であり、前記凹面は前記中央スペーサ部の前記内側面であり、前記凹面付設部は所定の第1厚さを有し、前記凸面付設部は前記第1厚さよりも厚い第2厚さを有しており、気筒軸方向において、前記凸面付設部の上端は前記凹面付設部の上端よりも低い位置にある。
【0009】
このウォータージャケットスペーサによれば、膨張部材の凸面付設部と凹面付設部との間で生じる当該膨張部材の膨張量の相違を、両付設部の厚さの相違によって相殺することが可能となる。スペーサ本体部の凸面においては、膨張部材が膨張する際に凸面に沿って拡開する方向の力が作用する。このため、膨張部材は、気筒列方向と水平面で直交する方向への膨張量が小さくなる傾向が出る。これに対し、凹面においては、膨張部材が膨張する際に凹面に沿って寄り集まる方向の力が作用する。このため、膨張部材は、膨張量が大きくなる傾向が出る。従って、前記凹面付設部は第1厚さに設定する一方で、前記凸面付設部は前記第1厚さよりも厚い第2厚さとすることで、膨張量の相違を厚さの相違によって埋め合わせることができる。つまり、ウォータージャケットスペーサと気筒壁との間に、膨張部材の膨張量の相違に起因する隙間を発生させないようにすることができる。これにより、ウォータージャケット内における冷却水の自然対流を抑止し、ひいては気筒壁の過冷却を防止することができる。
【0010】
上記のウォータージャケットスペーサにおいて、前記スペーサ本体部は、前記エンジンブロックにおける隣り合う気筒間の壁であるボア間壁に対向するボア間スペーサ部と、少なくとも前記ボア間壁を除く気筒の周壁であるボア中央壁に対向する中央スペーサ部と、を含み、前記膨張部材は、前記スペーサ本体部の前記気筒と対向する内側面に設けられるものであって、前記凸面は前記ボア間スペーサ部の前記内側面であり、前記凹面は前記中央スペーサ部の前記内側面であることが望ましい。
【0011】
スペーサ本体部の内面側に膨張部材を設ける場合、ボア間スペーサ部の内側面が凸面となり、中央スペーサ部の内側面が凹面となる。つまり、ボア間スペーサ部に配置される膨張部材の膨張量が小さくなり、当該ボア間スペーサ部とボア間壁との間において、膨張部材の膨張後に隙間が生じ易くなる。従って、前記中央スペーサ部に配置される前記凹面付設部を前記第1厚さとし、前記ボア間スペーサ部に配置される前記凸面付設部を厚肉の第2厚さとすることで、膨張後の隙間の発生を抑止することができる。
【0012】
上記のウォータージャケットスペーサにおいて、前記第1厚さ及び前記第2厚さは、前記膨張部材の膨張後の状態において、前記凸面付設部の厚さと前記凹面付設部の厚さとが、実質的に同一の厚さとなることが可能な厚さに選ばれていることが望ましい。
【0013】
このウォータージャケットスペーサによれば、膨張後の凹面付設部及び凸面付設部の厚さが実質的に同一となるように、前記第1厚さ及び前記第2厚さが選ばれる。つまり、凹面付設部及び凸面付設部の膨張後の厚さサイズを実質的に同一とすることができる。このため、ボア間壁とボア間スペーサ部との間の隙間と、ボア中央壁と中央スペーサ部との間の隙間とが実質的に同一である場合、膨張部材の膨張後に、双方において自然対流が生じるような隙間の発生を確実に抑止することができる。
【0014】
上記のウォータージャケットスペーサにおいて、前記第1厚さ及び前記第2厚さは、前記膨張部材の膨張後の状態において、前記ボア間壁と前記ボア間スペーサ部の前記内側面との間の隙間、及び、前記ボア中央壁と前記中央スペーサ部の前記内側面との間の隙間を、各々塞ぐことが可能な厚さに選ばれていることが望ましい。
【0015】
このウォータージャケットスペーサによれば、ボア間壁とボア間スペーサ部との間に設定された隙間、並びに、ボア中央壁と中央スペーサ部との間に設定された隙間を、膨張部材の膨張後に確実に封止させることができる。
【0016】
上記のウォータージャケットスペーサにおいて、前記膨張部材は、気筒軸方向の下方側に配置されていることが望ましい。
【0017】
このウォータージャケットスペーサによれば、加温された冷却水をウォータージャケットの上端側で滞留させることができる。従って、ボア側経路と反ボア側経路との間を跨いだ冷却水の流動、つまり冷却水の自然対流が生じ難くなり、気筒の保温性を高めることができる。
【0018】
上記のウォータージャケットスペーサにおいて、前記膨張部材は、前記気筒列の一端側から他端側に亘って連続的に前記スペーサ本体に付設されていることが望ましい。
【0019】
このウォータージャケットスペーサによれば、気筒列の一端側から他端側に亘って連続的に付設された膨張部材によって、前記気筒列の全長の領域において冷却水の自然対流の発生を抑止することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、ウォータージャケット内においてボア側経路と反ボア側経路との間で生じる冷却水の自然対流を抑止できるウォータージャケットスペーサを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、本発明に係るウォータージャケットスペーサが適用されるエンジンの正面図である。
【
図2】
図2は、シリンダブロックとウォータージャケットスペーサとを併せて示す分解斜視図である。
【
図3】
図3は、シリンダブロックのXY平面の断面図である。
【
図6】
図6は、ウォータージャケットスペーサの斜視図である。
【
図7】
図7は、ウォータージャケットスペーサの内面側の側面図である。
【
図8】
図8(A)は、ウォーターポンプ動作時の冷却水の流れを示す断面図、
図8(B)は、ウォーターポンプ停止時の冷却水の自然対流を示す断面図である。
【
図9】
図9(A)は、ウォータージャケットスペーサに付設される膨張部材の膨張前の状態を示す断面図、
図9(B)は膨張後の状態を示す断面図である。
【
図10】
図10は、ウォータージャケットスペーサの要部拡大図を伴ったシリンダブロックのXY平面の拡大断面図である。
【
図11】
図11(A)及び(B)は、凹面及び凸面に付設された膨張部材の膨張状況を示す図である。
【
図12】
図12(A)は、ウォータージャケットスペーサの凹面及び凸面における膨張部材の膨張前の状態を示す断面図、
図12(B)は膨張後の状態を示す断面図である。
【
図13】
図13は、変形例に係るウォータージャケットスペーサがウォータージャケットに配置された状態を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[エンジンの全体構成]
以下、図面に基づいて、本発明の実施形態について詳細に説明する。
図1は、本発明に係るウォータージャケットスペーサが適用されるエンジン1の正面図である。エンジン1は、走行用の動力源として車両に搭載されるエンジンであって、例えば4サイクルの多気筒型ディーゼルエンジンである。
【0023】
エンジン1は、複数の気筒を内部に備えるシリンダブロック2(エンジンブロック:
図2)と、シリンダブロック2の上面に取り付けられたシリンダヘッドと、前記気筒内に収容されたピストンと、を含むエンジン本体10を備えている。エンジン1は、縦置き又は横置きで車両に搭載される。縦置きの場合、
図1に付記する方向表示において、Y方向は車幅方向に相当する左右方向、Z方向は上下方向(+Z=上、-Z=下)となる。
【0024】
エンジン1は、エンジン本体10内に冷却水を強制循環させるためのウォーターポンプ11を備える。ウォーターポンプ11は、冷却水を圧送するインペラを備えたインペラ式ポンプである。ウォーターポンプ11は、エンジン本体10が発生する駆動力で駆動される。すなわち、エンジン本体10のクランクシャフトに取り付けられたクランクプーリー12、及び、このクランクプーリー12に架け渡されたストレッチベルト13を介して、前記クランクシャフトの駆動力がウォーターポンプ11に伝達される。
【0025】
図1には、エンジン本体10内へ冷却水を導入する冷却水入口14と、エンジン本体10内の冷却水の流通経路を通過した後の冷却水の出口となる冷却水出口15とが示されている。ウォーターポンプ11は、前記流通経路の途中に組み入れられている。なお、冷却水は、エンジン本体10内の前記流通経路の他、図略の暖房用ヒータユニットや、放熱用のラジエータ等を経由する循環経路を循環する。
【0026】
[シリンダブロックの冷却装置]
図2は、エンジン本体10における冷却水の流通経路のうち、シリンダブロック2の部分の流通経路を示す分解斜視図である。
図2には、シリンダブロック2と、このシリンダブロック2に組み付けられるウォータージャケットスペーサ3とが示されている。シリンダブロック2は、6個の気筒21がX方向(所定方向)に一列に並んだ気筒列21Lと、この気筒列21Lの周囲を取り囲むように形成された溝からなるウォータージャケット22とを備えている。ウォータージャケット22は、シリンダブロック2における冷却水の流通経路を構成する。なお、X方向は、エンジン1が縦置きされる場合は車両の前後方向となる。ウォータージャケットスペーサ3は、ウォータージャケット22の内部に配置される。
【0027】
シリンダブロック2は、X方向に長い略直方体のブロックである。シリンダブロック2の-X側の側面には、当該シリンダブロック2への冷却水の入口となるブロック側入口14Hが設けられている。ブロック側入口14Hは、
図1に示した冷却水入口14に連通している。冷却水は、ウォーターポンプ11の圧送力により、ブロック側入口14Hからウォータージャケット22内に入る。そして、矢印FLで示すように、冷却水は、シリンダブロック2の-X側側面から+X側側面に向けてウォータージャケット22内を流通する。すなわち、ウォータージャケット22は、冷却水を気筒列21Lの一端側(-X側)から他端側(+X側)へ向かうように流通させる流通経路である。
【0028】
シリンダブロック2の上面(+Z面)には、気筒列21Lの各気筒21の上面開口を塞ぐように、図略のシリンダヘッドが取り付けられる。当該シリンダヘッドには、各気筒21へ吸気を供給する吸気ポート及び吸気バルブと、各気筒21から燃焼ガスを排出する排気ポート及び排気バルブとが設けられる。
図2には、気筒列21Lの配列ライン(X方向のライン)に対して、前記吸気弁が配置される側として「吸気側」と、前記排気弁が配置される側として「排気側」との表示が記されている。ウォータージャケット22は、気筒列21Lの吸気側に配置された吸気側ジャケット22INと、排気側に配置された排気側ジャケット22EXとを含む。
【0029】
シリンダブロック2についてさらに詳述する。
図3は、シリンダブロック2のXY平面の断面図である。
図4は、
図3のIV-IV線断面図、
図5は、
図3のV-V線断面図である。シリンダブロック2は、内ブロック23と、この内ブロック23の周囲を取り囲むように配置された外ブロック24とを含む。
図4及び
図5に示すように、内ブロック23は、気筒21を区画する筒状の壁面である内周壁231と、ウォータージャケット22の内側面を区画する壁面となる外壁232とを含む。
【0030】
さらに内ブロック23は、ボア間壁25及びボア中央壁26を備えている。ボア間壁25は、概ね
図3に示す領域P1内の壁であって、シリンダブロック2においてX方向に隣り合う気筒21間の壁である。ボア間壁25は、隣り合う2つの気筒21の熱源部分から熱を受けるため、高温化し易い壁である。ボア中央壁26は、概ね
図3に示す領域P2内の壁であり、ボア間壁25を除く気筒21の周壁である。つまり、気筒列21Lの両端部を除く一つの気筒21を区画する壁においては、+Y及び-Y側の一対の円弧壁がボア中央壁26であり、+X及び-X側の一対の円弧壁がボア間壁25である。内ブロック23の内周壁231側には、図略のピストンが実際に摺接する内面となるライナー211が配置されている。
【0031】
図5を参照して、ボア間壁25には、冷却水を流通させるための経路であるクロスドリル27が備えられている。クロスドリル27は、高温化し易いボア間壁25を冷却するために設けられ、当該ボア間壁25内を横断するようにY方向(気筒列方向と水平面内で直交する方向)に延びる貫通孔である。クロスドリル27は、+Y側から-Y側へ下降するように傾斜して延びる上流ドリル孔271と、-Y側から+Y側へ下降するように傾斜して延びる下流ドリル孔272とが下端で合流(合流部275)する流路形状を備える。上流ドリル孔271の上端には大径の導入開口273が、下流ドリル孔272の上端には大径の出口開口274が、各々連設されている。
【0032】
排気側ジャケット22EXを区画している内ブロック23の外壁232の上端付近には、入口孔28が設けられている。入口孔28は、クロスドリル27へ冷却水を導くための孔であり、クロスドリル27の導入開口273に連通している。一方、クロスドリル27の出口開口274は、吸気側ジャケット22INとは直接的に連通していない。出口開口274は、図略のシリンダヘッドに備えられているウォータージャケットに連通する。ボア間壁25は、吸気側に比べて、排気ガスが流れる排気側の方が高温となる。従って、排気側ジャケット22EXを区画する外壁232に入口孔28を設けることで、高温化するボア間壁25の排気側を良好に冷却させることができる。
【0033】
外ブロック24は、ウォータージャケット22の内側面を区画する壁面となる内壁241を含む。この内壁241と、内ブロック23の外壁232との間の隙間が、冷却水の流通するウォータージャケット22の空間である。気筒21の径方向において、内ブロック23の肉厚は、ボア間壁25の部分を除いて略一定である。従って、内ブロック23の外壁232は、上面視において、X方向に並ぶ6個の気筒21の輪郭に沿った凹凸曲面形状を有している。すなわち外壁232は、ボア間壁25の領域付近では内側に窪んだ凹曲面を、ボア中央壁26の領域では外側に膨らむ凸曲面の形状を有している。外ブロック24の内壁241も、外壁232の凹凸曲面形状に対応した凹凸曲面形状を有している。従って、ウォータージャケット22の延伸方向(X方向)において、概ね、内壁241と外壁232との隙間は一定である。
【0034】
ウォータージャケットスペーサ3もまた、内壁241及び外壁232の凹凸曲面形状に対応した凹凸曲面形状を有している。ウォータージャケットスペーサ3は、ウォータージャケット22の内部に配置され、冷却水の流通経路をボア側経路22Aと反ボア側経路22Bとの2つの領域に区分している。ボア側経路22Aは、気筒21の径方向において、気筒21に近い側の経路である。反ボア側経路22Bは、ボア側経路22Aの外側に位置し、気筒21から遠い側の経路である。
【0035】
ウォータージャケットスペーサ3は、ウォーターポンプ11の動作時(冷却水の強制循環時)に、ウォータージャケット22内における冷却水の流れを調整する役目を果たす。また、ウォータージャケットスペーサ3は、ウォーターポンプ11の停止時に、冷却水の自然対流を防止する膨張部材4を備えている。以下、ウォータージャケットスペーサ3について詳述する。
【0036】
[ウォータージャケットスペーサの詳細]
図6は、ウォータージャケットスペーサ3の斜視図である。ウォータージャケットスペーサ3は、スペーサ本体部30と、このスペーサ本体部30に付設される膨張部材4とを含む。
【0037】
<スペーサ本体部>
スペーサ本体部30は、気筒列21Lの周囲を取り囲むことが可能な筒型形状、つまり、気筒列21Lの外周形状に沿った凸面と凹面とを有している。スペーサ本体部30は、ウォータージャケット22内に配置された状態で気筒21(内ブロック23)と対向する内側面30Aと、内側面30Aと反対側の面であって外ブロック24と対向する外側面30Bとを有する。
【0038】
スペーサ本体部30の上端(+Z端)には上端フランジ301が、下端(-Z端)には下端フランジ304が、各々備えられている。これらフランジ301、304は、ウォータージャケット22内でのウォータージャケットスペーサ3の姿勢維持、所望の水流の形成等に寄与する。上端フランジ301において、矢印FLで示す冷却水の流通方向上流端側には入口フランジ302が設けられている。一方、下流端側では、上端フランジ301が切り欠かれた切り欠き部303が設けられている。この切り欠き部303を通して、冷却水が図略のシリンダヘッド内のウォータージャケットへ導かれる。
【0039】
ウォータージャケットスペーサ3は、+Y側の吸気側スペーサ3INと、-Y側の排気側スペーサ3EXとを含む。吸気側スペーサ3INは、ウォータージャケット22の吸気側ジャケット22IN内に配置されるスペーサ部分、排気側スペーサ3EXは排気側ジャケット22EX内に配置されるスペーサ部分である。吸気側スペーサ3IN及び排気側スペーサ3EXは、各々、スペーサ本体部30及び膨張部材4を備える。
【0040】
スペーサ本体部30は、中央スペーサ部31及びボア間スペーサ部32を備えている。中央スペーサ部31は、気筒21の外形形状に応じて+Y方向又は-Y方向へ凸型に膨出している部分である。具体的には中央スペーサ部31は、吸気側スペーサ3INでは+Y方向へ凸型に膨出し、排気側スペーサ3EXでは-Y方向へ凸型に膨出する部分である。ボア間スペーサ部32は、吸気側スペーサ3INでは-Y方向へ、排気側スペーサ3EXでは+Y方向へ凹型に湾曲する部分である。吸気側スペーサ3INと排気側スペーサ3EXとは、+X側端部及び-X側端部において連結され、一体化されている。ウォータージャケットスペーサ3がウォータージャケット22内に配置された状態において、中央スペーサ部31は内ブロック23のボア中央壁26に対向し、ボア間スペーサ部32はボア間壁25に対向している。
【0041】
既述の通り、ウォータージャケット22は、内ブロック23の外壁232と外ブロック24の内壁241とで区画され、上端が開口した溝である。
図4及び
図5に示すY方向断面では、ウォータージャケット22は上下方向(Z方向)に細長いU字型の溝形状を有している。ウォータージャケットスペーサ3は、このようなウォータージャケット22に挿入され、ウォータージャケット22内における冷却水の流通経路を、ボア側経路22Aと反ボア側経路22Bとに区分している。ボア側経路22Aは、スペーサ本体部30の内側面30Aと内ブロック23の外壁232との間の流路である。反ボア側経路22Bは、スペーサ本体部30の外側面30Bと外ブロック24の内壁241との間の流路である。
【0042】
本実施形態では、ウォータージャケットスペーサ3は、反ボア側経路22Bに冷却水の主流が形成されるように、ウォータージャケット22内における冷却水の水流を分流する。つまり、反ボア側経路22Bにおいては冷却水の水流を積極的に形成(主流の形成)する一方で、ボア側経路22Aにおいては水流を積極的には形成しないように、ウォータージャケットスペーサ3は水流を調整する。このような水流調整を行うのは、気筒21に近い側のボア側経路22Aに積極的に水流を形成すると、気筒21が冷え過ぎて冷損を発生させてしまうからである。
【0043】
このため、ボア側経路22Aの横幅が反ボア側経路22Bの横幅よりも狭くなるように設定される。具体的には、
図4を参照して、ボア側経路22AのY方向幅をd1、反ボア側経路22BのY方向幅をd2とすると、d2>d1の関係となるように、ウォータージャケットスペーサ3がウォータージャケット22内に収容される。ボア側経路22AのY方向幅d1は、内側面30Aと外壁232との間の隙間である。反ボア側経路22BのY方向幅d2は、外側面30Bと内壁241との間の隙間である。例えばd2は、d1の1.5倍~4倍程度の範囲から選択することができる。
【0044】
d2がd1に対して十分に広幅とされる結果、冷却水の流路抵抗は、ボア側経路22Aに比べて反ボア側経路22Bの方が低くなる。このため、ブロック側入口14H(
図3)から所定の供給圧で矢印FL方向に冷却水が供給された場合、専ら水流は反ボア側経路22Bに形成されるようになる。冷却水の流路抵抗が高いボア側経路22Aにおいては、冷却水の水流は比較的緩いものとなる。従って、気筒21が過度に冷却されないようにすることができる。
【0045】
<膨張部材>
膨張部材4は、上述のスペーサ本体部30の内側面30Aに貼り付けられ、外的要因が加わることによって膨張する部材である。本実施形態では、膨張部材4として、水との接触という外的要因によって膨張する部材を例示する。膨張部材4は、ウォータージャケット22内を流れる冷却水との接触により、圧縮された状態から圧縮前の状態に復元するセルロース系スポンジによって構成されている。セルロース系スポンジは、パルプ由来のセルロースと、補強繊維として加えられた天然繊維とからなる天然素材であって、多孔質の素材である。膨張部材4としては、セルロース系スポンジの他、例えば発泡ゴムを水溶性バインダーで圧縮状態に固定した部材を用いることができる。或いは、熱に反応して膨張する部材を、膨張部材4として用いることもできる。
【0046】
図7は、膨張部材4が配置されているスペーサ本体部30の内側面30Aの側面図である。膨張部材4は、スペーサ本体部30の内側面30Aにおける気筒軸方向(Z方向)の下方領域(-Z側)に配置されている。また、膨張部材4は、内側面30Aにおける気筒列21Lの一端側から他端側に亘って、連続的にスペーサ本体部30に付設されている。膨張部材4は、凹面付設部41と凸面付設部42とを含む。
【0047】
凹面付設部41は、膨張部材4においてスペーサ本体部30の凹面に付設される部分である。凸面付設部42は、スペーサ本体部30の凸面に付設される部分である。本実施形態では、内側面30Aに膨張部材4が取り付けられるので、凹面は中央スペーサ部31の内側面30A、凸面はボア間スペーサ部32の内側面30Aとなる。従って、凹面付設部41は中央スペーサ部31の下方領域に、凸面付設部42はボア間スペーサ部32の下方領域に、各々密着するように取り付けられている。
【0048】
膨張部材4は、例えばインサート成形によってスペーサ本体部30に対して一体的に形成される。すなわち、セルロース系スポンジを成形型にセットした状態で、スペーサ本体部30をインサート成形することにより、ウォータージャケットスペーサ3を製造することができる。この他、上記のセルロース系スポンジをシート片に成形した態様で、内側面30Aにネジ止め又は接着等の手段で取り付けても良い。凹面付設部41は、凸面付設部42よりもZ方向幅がやや幅広に設定されている。すなわち、凸面付設部42の+Z端は凹面付設部41の+Z端よりも低く、凸面付設部42の-Z端は凹面付設部41の-Z端よりも高い位置にある。これら凹面付設部41及び凸面付設部42がX方向に隙間無く連設された状態で、内側面30Aの下方領域に配設されている。
【0049】
なお、前記下方領域は、気筒21内における燃焼によって熱が発生する領域を内ブロック23の熱源領域とするとき、スペーサ本体部30の内側面30Aにおいて、前記熱源領域よりも下方に位置する内ブロック23の壁面と対向する領域である。具体的には、気筒21に収容される図略のピストンとの関係において、前記下方領域を示すことができる。すなわち、前記ピストンが上死点に存在するときに、内側面30Aにおける、当該ピストンのスカート部の下端よりも下方に位置する内ブロック23の壁面と対向する領域が下方領域である。
【0050】
膨張部材4は、気筒列21Lの-X端側の気筒21に対向する一端部43と、+X端側の気筒21に対向する他端部44とにおいては、上記の下方領域だけでなく、当該下方領域よりも上方に位置する上方領域にも配置されている。つまり、気筒列21Lの一端側と他端側とにおいては、内側面30AのZ方向の全面に膨張部材4が配置されている。これにより、ボア側経路22Aの隙間は膨張部材4で埋められることになる。これは、気筒列21Lの一端側及び他端側の気筒21は、他の気筒における燃焼の熱影響を受け難く相対的に温度が低くなる気筒であることから、冷却水との接触を回避させるためである。
【0051】
[冷却水の流れと膨張部材の機能]
続いて、ウォータージャケット22内における冷却水の流れについて説明する。先ず、膨張部材4がスペーサ本体部30に付設されていない場合の冷却水の流れを
図8に基づいて説明する。
図8(A)は、ウォーターポンプ11の動作時の冷却水の流れを示す断面図、
図8(B)は、ウォーターポンプ11の停止時の冷却水の流れ(自然対流)を示す断面図である。
【0052】
ウォーターポンプ11が動作すると、
図2に矢印FLで示すように、エンジン本体10を経由する冷却水の循環経路において、冷却水の強制循環が始まる。既述の通り、ウォータージャケットスペーサ3は、ボア側経路22Aよりも反ボア側経路22Bが幅広となるようにウォータージャケット22内の空間を仕切っている。このため、ボア側経路22Aの通水抵抗が大きいことから、ウォーターポンプ11の動作時には、専ら反ボア側経路22Bを冷却水は流れる。
【0053】
ボア側経路22Aには、
図8(A)に矢印a1で示すように、スペーサ本体部30の上端フランジ301を乗り越えるように、反ボア側経路22Bから冷却水が流れ込む。つまり、冷却水は、内壁241と上端フランジ301との隙間を通して反ボア側経路22Bからボア側経路22Aへ流れ込み、当該ボア側経路22Aを流れる。ボア側経路22Aを流れる冷却水の水量は、反ボア側経路22Bに比べて少量である。
【0054】
クロスドリル27の入口孔28を有する排気側ジャケット22EXでは、矢印a1の冷却水の流れが促進される。すなわち、ウォーターポンプ11の動作によって、入口孔28には冷却水を吸引する吸引力が発生する。この吸引力によって、冷却水が反ボア側経路22Bからボア側経路22Aへ積極的に引き込まれるようになる。
【0055】
一方、エンジン停止や暖気時の止水モードの実行等によってウォーターポンプ11が停止すると、上記の冷却水の強制循環は停止する。エンジン停止時には、ボア側経路22Aの冷却水は気筒壁である内ブロック23(ボア間壁25及びボア中央壁26)と接しているため比較的高温となる。一方、反ボア側経路22Bの冷却水は、外気との熱交換によって比較的低温となる。このような冷却水の温度差は、ボア側経路22Aと反ボア側経路22Bとの間で冷却水の自然対流を生じさせる。
【0056】
図8(B)に示すように、ボア側経路22Aの冷却水は、高温化するため比重が軽くなり、矢印a21で示すように当該ボア側経路22A内で上昇する。これに対し、反ボア側経路22Bの冷却水は、低温化するため比重が重くなり、矢印a23で示すように当該反ボア側経路22B内で下降する。このような冷却水の流動によって、ウォータージャケットスペーサ3の上端3T側では、矢印a22で示すように、ボア側経路22Aから反ボア側経路22Bに流れ込む冷却水の流動が生じる。また、ウォータージャケットスペーサ3の下端3B側では、矢印a24で示すように、反ボア側経路22Bからボア側経路22Aに流れ込む冷却水の流動が生じる。すなわち、ウォータージャケット22内において、矢印a21、a22、a23、a24に沿って流れる自然対流が発生する。
【0057】
エンジン停止中に上記の自然対流が発生すると、企図せず気筒壁が冷却されてしまうことになる。つまり、ボア側経路22Aにおいて自然対流により冷却水の流動が生じると、ボア中央壁26及びボア間壁25の熱を奪い、これらの壁を過冷却してしまう。この場合、エンジンの暖気状態が維持され難くなる。上述のような自然対流による気筒壁の過冷却の防止の役目を果たすのが、スペーサ本体部30の内側面30Aに付設される膨張部材4である。
【0058】
図9(A)は、ウォータージャケットスペーサ3に付設される膨張部材4の膨張前の状態を示す断面図、
図9(B)は、膨張部材4の膨張後の状態を示す断面図である。
図9(A)は、ウォータージャケット22に冷却水が流通される前の状態、例えばエンジン本体10の組み立て行程において、ウォータージャケット22に膨張部材4が付設されたウォータージャケットスペーサ3が収容された状態を示している。膨張部材4は未だ膨張していないので、作業者はウォータージャケットスペーサ3のウォータージャケット22内への組み入れを容易に行うことができる。また、組み入れ後において、膨張部材4と内ブロック23の外壁232との間には隙間が存在している。
【0059】
図9(B)は、ウォータージャケット22に冷却水が流通された後の状態を示している。冷却水との接触により膨張部材4は膨張し、その横幅が増大している。膨張部材4の右面は、内ブロック23の外壁232に当接し、ボア側経路22Aの下方領域は実質的に塞がれている。この結果として、
図8(B)に示したような、エンジン停止時或いはウォーターポンプ11の停止モードにおいて生じる冷却水の自然対流が防止される。つまり、膨張部材4によってボア側経路22Aの下方領域が閉塞されているので、ボア側経路22Aと反ボア側経路22Bとを循環するような冷却水の流動が形成されなくなる。従って、エンジン停止時等に気筒21が過冷却されないようにすることができる。
【0060】
但し、冷却水の自然対流の完全な抑止には、気筒列21Lの一端側から他端側の全長に亘って、ウォータージャケットスペーサ3に膨張部材4を配置することが必要となる。また、膨張部材4をスペーサ本体部30の内側面30Aに付設する場合には、膨張後において膨張部材4と内ブロック23の外壁232との間に隙間が生じないようにする必要がある。しかし、ウォータージャケットスペーサ3は、気筒列21Lの外周形状に沿うように凹面と凸面とを有している。既述の通り、本実施形態では、凹面は中央スペーサ部31の内側面30A、凸面はボア間スペーサ部32の内側面30Aである。この凹面と凸面とに単純に同一厚さの膨張部材4を配置したのでは、膨張部材4と外壁232との間に隙間が生じてしまい、自然対流を十分に抑止できないことが判明した。本実施形態のウォータージャケットスペーサ3は、このような不具合を解消するものである。
【0061】
[膨張部材の厚さ設定]
図10は、ウォータージャケットスペーサ3の要部Aの拡大図を伴った、シリンダブロック2のXY平面の拡大断面図である。ウォータージャケット22内には、内側面30Aに膨張部材4が取り付けられたウォータージャケットスペーサ3が挿入されている。膨張部材4は、中央スペーサ部31の内側面30Aに付設された凹面付設部41と、ボア間スペーサ部32の内側面30Aに付設された凸面付設部42とを有している。
【0062】
図10は、膨張部材4が膨張する前の状態を示している。凹面付設部41と凸面付設部42とは、気筒列方向(X方向)と水平面で直交する方向(Y方向)の厚さが、異なる厚さに設定されている。すなわち、凹面付設部41は所定の第1厚さt1を有し、凸面付設部42は第1厚さt1さよりも厚い第2厚さt2を有している。つまり、ウォータージャケットスペーサ3の凹面に付設される凹面付設部41の厚さt1より、凸面に付設される凸面付設部42の厚さt2の方が大きい厚みを有している。これは、凸面付設部42と凹面付設部41との間で生じる膨張部材4の膨張量の相違を、両付設部41、42の厚さの相違によって相殺するためである。t1とt2との比は、凹面及び凸面の曲率にもよるが、概ねt1:t2=1:1.2~3.0の範囲から選択することができる。
【0063】
その理由を、
図11(A)及び(B)に基づいて説明する。
図11(A)は、模式的なウォータージャケットスペーサ3の凹面33に、膨張部材4(凹面付設部41)が付設された場合の膨張状況を示す図である。
図11(A)では、膨張部材4が凹面33に対して固定される面を固定面4A、この固定面4Aと反対側の面であって拘束を受けない面を膨出面4Bとして表している。
図11(B)も同様である。
【0064】
図11(A)の例では、固定面4Aの周長に対して、膨出面4Bの周長が短くなる。このため、膨張部材4が膨張すると、図中の矢印a3で示すように、膨出面4Bが内向きに伸張しようとする。つまり、膨張部材4が膨張する際に、凹面33に沿って寄り集まる方向の力が作用する。換言すると、周長が長い固定面4Aが凹面33への固定で拘束されている一方で、周長の短い膨出面4Bが自由端とされていることで、膨張部材4の膨出方向は専ら凹面33の径中心方向(矢印a3)となる。従って、凹面33に固定された膨張部材4の厚み方向の膨張量は比較的大きくなる。
【0065】
一方、
図11(B)は、模式的なウォータージャケットスペーサ3の凸面34に、膨張部材4(凸面付設部42)が付設された場合の膨張状況を示す図である。
図11(B)の例では、固定面4Aの周長に対して、膨出面4Bの周長が長くなる。このため、膨張部材4が膨張すると、凸面34の径中心から放射方向に伸張する力は弱く、むしろ図中の矢印a4で示すように、凸面34の周方向端部に向けて伸張しようとする。つまり、膨張部材4が膨張する際に、凸面34に沿って拡開する方向の力が作用する。従って、凸面34に固定された膨張部材4の厚み方向の膨張量は比較的小さくなる。
【0066】
以上の通り、膨張部材4は、凹面33では膨張量が大きくなる傾向があり、凸面34では膨張量が小さくなる傾向がある。従って、
図10に示すように、膨張部材4の膨張前の厚さにおいて、凹面付設部41の第1厚さt1と、凸面付設部42の第2厚さt2との関係をt1<t2とすることで、両者の膨張量の相違を両者の厚さt1、t2の相違によって埋め合わせることができる。そして、ウォータージャケットスペーサ3と気筒壁(内ブロック23の外壁232)との間に、膨張部材4の部分的な膨張量の相違に起因する隙間が発生させないようにすることができる。
【0067】
本実施形態では、凹面付設部41が中央スペーサ部31に、凸面付設部42がボア間スペーサ部32に、各々配置される。このため、ボア間スペーサ部32の位置で膨張部材4の膨張量が小さくなり、当該ボア間スペーサ部32とボア間壁25との間において、膨張部材4の膨張後に隙間が生じ易くなる。しかし、中央スペーサ部31に配置される凹面付設部41の第1厚さt1に対して、ボア間スペーサ部32に配置される凸面付設部42の第2厚さt2が厚肉とされているので、膨張後の隙間の発生を抑止することができる。これにより、ウォータージャケット22内における冷却水の自然対流を抑止し、ひいてはボア間壁25及びボア中央壁26の過冷却を防止することができる。
【0068】
第1厚さt1及び第2厚さt2の好ましい厚さ関係について説明する。
図12(A)は、ウォータージャケットスペーサ3に付設された凹面付設部41及び凸面付設部42の膨張前の状態を示す断面図である。膨張前の状態では、Y方向において、既述の通り凹面付設部41は第1厚さt1を、凸面付設部42は第2厚さt2(t1<t2)を、各々有している。凹面付設部41及び凸面付設部42と内ブロック23の外壁232との間には、各々隙間g1、g2が存在している。t1<t2であるので、g1>g2となる。
【0069】
図12(B)は凹面付設部41及び凸面付設部42の膨張後の状態を示す断面図である。膨張後の凹面付設部41の厚さは第3の厚さt3であり、膨張後の凸面付設部42の厚さもまた第3の厚さt3である。さらに、膨張後の状態において、ボア中央壁26と中央スペーサ部31の内側面30Aとの間の隙間、ボア間壁25とボア間スペーサ部32の内側面30Aとの間の隙間を、凹面付設部41及び凸面付設部42が各々塞いでいる。
【0070】
凹面付設部41は、比較的膨張量が大きくなる部分である。このため第1厚さt1は比較的小さく、逆に隙間g1は大きい。この隙間g1を埋める膨張厚さΔte1を持つように、凹面付設部41の第1厚さt1を選択する。つまり、膨張後の第3の厚さt3=t1+Δte1の関係を満たすように第1厚さt1が選ばれる。これに対し、凸面付設部42は、比較的膨張量が小さい部分である。このため第2厚さt2は比較的大きく、逆に隙間g2は小さい。この隙間g2を埋める膨張厚さΔte2を持つように、凸面付設部42の第2厚さt2を選択する。つまり、膨張後の第3の厚さt3=t2+Δte2(Δte1>Δte2)の関係を満たすように第2厚さt2が選ばれる。
【0071】
上記の通り、第1厚さt1及び第2厚さt2は、膨張部材4の膨張後の状態において、凸面付設部42の厚さと凹面付設部41の厚さとが、実質的に同一の第3厚さt3となることが可能な厚さに選ばれていることが望ましい。このようなt1、t2とすれば、ボア間壁25とボア間スペーサ部32との間の第1隙間と、ボア中央壁26と中央スペーサ部31との間の第2隙間とが実質的に同一(隙間幅=t3)である場合、膨張部材4の膨張後に、ボア側経路22Aにおいて自然対流が生じるような隙間の発生を確実に抑止することができる。
【0072】
前記第1隙間と前記第2隙間とが同一ではない場合でも、第1厚さt1及び第2厚さt2は、これら前記第1隙間及び前記第2隙間を各々塞ぐ厚さに選ばれていることが望ましい。つまり、第1厚さt1及び第2厚さt2は、膨張部材4の膨張後の状態において、ボア間壁25とボア間スペーサ部32との間の隙間、及び、ボア中央壁26と中央スペーサ部31との間の隙間を、各々塞ぐことが可能な厚さに選ばれていることが望ましい。これにより、膨張部材4の膨張後に、ボア側経路22Aを確実に封止させることができる。
【0073】
以上に加えて本実施形態では、
図7に示すように、膨張部材4は、スペーサ本体部30の内側面30Aにおける気筒列21Lの一端側(+X)の気筒21から他端側の気筒21に亘る領域に連続的に付設されている。これにより、ボア側経路22Aにおける、冷却水が自然対流可能な隙間を膨張後の膨張部材4が完全に埋めることとなり、冷却水の自然対流の発生を抑止することができる。
【0074】
また、膨張部材4は、内側面30Aの気筒軸方向の下方領域に配置されている。このため、気筒21内における燃焼によって熱が発生する熱源領域にて加温された冷却水を、ボア側経路22Aにおける膨張部材4が配置されていない上方領域に滞留させることができる。つまり、熱源領域にて加温された冷却水がボア側経路と反ボア側経路との間を跨いだ循環経路で流動を行おうとしても、前記循環経路には通水抵抗の高い膨張部材4が配置されている。このため、ボア側経路22Aの上方領域内で完結する冷却水の循環流のみが専ら生じる。従って、冷却水の自然対流が生じ難くなり、気筒21の保温性を高めることができる。
【0075】
[変形例]
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば次のような変形実施形態を取ることができる。
【0076】
(1)上記実施形態のウォータージャケットスペーサ3では、スペーサ本体部30の内側面30Aに膨張部材4を付設する例を示した。膨張部材4は、外側面30Bに付設するようにしても良い。つまり、反ボア側経路22Bに膨張部材4を配置しても良い。
図13は、変形例に係るウォータージャケットスペーサ300がウォータージャケット22に配置された状態を示す断面図である。ウォータージャケットスペーサ300は、外側面30Bに付設された膨張部材400を備える。この変形例では、凸面が中央スペーサ部31の外側面30Bに、凹面がボア間スペーサ部32の外側面30Bとなる。
【0077】
従って、ボア間スペーサ部32の外側面30Bに凹面付設部410が、中央スペーサ部31の外側面30Bに凸面付設部420が、各々付設されている。凹面付設部410は膨張量が大きく、凸面付設部420は膨張量が小さくなる。このため、凹面付設部410の厚さt4は所定の厚さに設定される一方、凸面付設部420の厚さt5は、t4よりも厚く設定されている。この態様によっても、膨張部材400の膨張後に、反ボア側経路22Bを塞ぎ、冷却水の自然対流を抑止することが可能である。
【0078】
(2)
図7に示すように、上記実施形態では、膨張部材4の凹面付設部41よりも凸面付設部42のZ方向幅が幅狭である例を示した。これに代えて、凹面付設部41及び凸面付設部42のZ方向幅を同一にしても良い。また、膨張部材4の一端部43及び他端部44は、スペーサ本体部30のZ方向幅の全幅に亘って設けられている例を示した。これに代えて、一端部43及び他端部44についても、スペーサ本体部30の下方領域だけに設けられるようにしても良い。
【0079】
(3)上記実施形態では、ウォータージャケットスペーサ3により区画されるボア側経路22A及び反ボア側経路22Bのうち、反ボア側経路22Bに冷却水の主流が形成されるよう、
図4に示すようにd2>d1の関係に設定される例を示した。これは一例であり、ボア側経路22A及び反ボア側経路22Bの幅、ウォータージャケットスペーサ3の形状等は、エンジン本体10の冷却コントロール指針に応じて、適宜設定することができる。
【符号の説明】
【0080】
1 エンジン
2 シリンダブロック(エンジンブロック)
21 気筒
21L 気筒列
22 ウォータージャケット
22A ボア側経路
22B 反ボア側経路
25 ボア間壁
26 ボア中央壁
3 ウォータージャケットスペーサ
30 スペーサ本体部
30A 内側面
31 中央スペーサ部
32 ボア間スペーサ部
33 凹面
34 凸面
4 膨張部材
41 凹面付設部
42 凸面付設部
X方向 複数の気筒が並ぶ所定方向
Y方向 気筒列方向と水平面で直交する方向
Z方向 気筒軸方向