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  • 特許-線溶系亢進薬、及びその用途 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-27
(45)【発行日】2023-12-05
(54)【発明の名称】線溶系亢進薬、及びその用途
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/47 20060101AFI20231128BHJP
   A61P 7/02 20060101ALI20231128BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20231128BHJP
   A61P 35/02 20060101ALI20231128BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231128BHJP
【FI】
A61K31/47 ZMD
A61P7/02
A61P11/00
A61P35/02
A61P43/00 111
A61P43/00 121
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021556350
(86)(22)【出願日】2021-05-20
(86)【国際出願番号】 JP2021019259
(87)【国際公開番号】W WO2021235532
(87)【国際公開日】2021-11-25
【審査請求日】2021-09-16
【審判番号】
【審判請求日】2022-03-14
(31)【優先権主張番号】P 2020088416
(32)【優先日】2020-05-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503357296
【氏名又は名称】株式会社レナサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮田 敏男
【合議体】
【審判長】前田 佳与子
【審判官】中西 聡
【審判官】田中 耕一郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/113022(WO,A1)
【文献】Journal of Thrombosis and Haemostasis,2020年4月,Vol.18,No.7,p.1548~1555
【文献】An International Journal of Medicine,2020年4月,Vol.113, o.8,p.539~545
【文献】「新医薬品の臨床評価に関する一般指針について」(薬新薬第43号)(各都道府県衛生主管部局長あて厚生省薬務局新医薬品課長通知),1992年6月29日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/33-33/44
A61P 1/00-43/00
CAPLUS/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
JSTPLUS/JMEDPLUS/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線溶系の亢進により改善が見込まれる患者の病態の改善又は重症化抑制方法に使用するための医薬組成物であって、
当該医薬組成物は、一般式(1):
【化1】
(式中、Rはキノリン-8-イル基、Rはハロゲン原子、及びRはカルボキシ基またはそれと生物学的に同等な基を意味する。)
で示される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とし、
前記方法は、前記患者に対して、前記医薬組成物を、前記化合物(1)の1日当たりの投与量が120~300mg、1回の投与量が少なくとも120mgとなる割合で、少なくとも7日間反復経口投与することを特徴とし、
当該患者は、肺に、血栓性の疾患若しくは病態、線維化、気、および/または炎症を有する患者、またはチロシンキナーゼ阻害剤治療を受けている慢性骨髄性白血病患者であり、
当該患者がチロシンキナーゼ阻害剤治療を受けている慢性骨髄性白血病患者である場合は、当該患者に対するチロシンキナーゼ阻害剤治療と組み合わせて使用される、
医薬組成物。
【請求項2】
前記方法が、前記医薬組成物を前記患者に、1日少なくとも1回、少なくとも7日間反復経口投与する方法である、請求項1に記載する医薬組成物。
【請求項3】
線溶系の亢進により改善が見込まれる患者の病態の改善又は重症化抑制方法に使用するための医薬組成物であって、
当該医薬組成物は、一般式(1):
【化2】
(式中、R はキノリン-8-イル基、R はハロゲン原子、及びR はカルボキシ基またはそれと生物学的に同等な基を意味する。)
で示される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とし、
前記方法は、前記患者に対して、前記医薬組成物を、前記化合物(1)の1日当たりの投与量が120~300mg、1回の投与量が少なくとも120mgとなる割合で、少なくとも7日間反復経口投与することを特徴とし、
当該患者は、コロナウイルス感染による肺炎患者である、
医薬組成物。
【請求項4】
前記患者が、肺に血栓性の疾患若しくは病態、線維化、気腫および/または炎症を有する患者であって、当該患者の急性呼吸窮迫症候群への進展を阻止するために使用される、請求項1又は2に記載する医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は内因性線溶系亢進薬に関する。特に、本発明は、内因性の組織プラスミノーゲン活性化因子(以下、「t-PA」と称する)による線維素溶解系(以下、「線溶系」と称する)を亢進する作用に優れると同時に、毒性や副作用が低く、有効性と安全性を兼ね備えた内因性線溶系亢進薬に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1(以下、「PAI-1」と称する。)は、血液線溶系においてプラスミノーゲンをプラスミンに変換する作用を有するt-PAと結合することでその作用を抑制する機能を有する蛋白質である。PAI-1は肝臓、脈管構造、内臓脂肪などの身体のさまざまな場所、および損傷や炎症部位で合成され、血漿中に分泌される。線溶系において、PAI-1が活性化され、内因性t-PA活性が低下すると、血栓を溶解する作用(フィブリン塊分解作用)を有するプラスミンの生成が抑制され、その結果、血栓形成傾向が進行する。また、PAI-1は、細胞の老化との関与が報告されており(非特許文献1、2)、高血圧や動脈硬化(非特許文献3、4)、冠動脈疾患(非特許文献5、6)、特発性肺線維症(IPF)および肺気腫(非特許文献7-9)、2型糖尿病や非アルコール性脂肪性肝炎(非特許文献10、11)、認知機能低下とアルツハイマー病(非特許文献12、13)、さらには脱毛症等の疾患にも関与することが知られている。このようにPAI-1と加齢に関連する疾患(加齢関連疾患)との関連性を示す多数の実験的および疫学的証拠がある。
【0003】
急性呼吸窮迫症候群(以下、「ARDS」と称する。)は、重症の肺炎や敗血症などの基礎疾患または続発性疾患によって引き起こされる急性発症非心原性肺水腫である。典型的な病理学的特徴は、肺への好中球浸潤や炎症性サイトカイン(腫瘍壊死因子、IL-1、IL-6、IL-8)増加を伴うびまん性肺胞損傷(DAD)であり、有害有毒なメディエーター(活性酸素種とプロテアーゼ)が産生され、毛細血管内皮と肺胞上皮を損傷し、肺胞浮腫を引き起こす(非特許文献14)。そして最終的にはガス交換の障害が起こり、肺コンプライアンスが低下し、肺動脈圧が上昇する(非特許文献15)。2019年12月に中国武漢市で発生が確認された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)(以下、このウイルスによる感染を感染症の正式名称「COVID-19」に基づいて、「COVID-19」と称する。)の感染患者のうち、特に高齢者や糖尿病などの基礎疾患を持つ患者はARDSを発症しやすく、さらに重症化して人工呼吸器や人工肺(ECMO)を用いた治療が必要となる症例が多く報告されている。
【0004】
炎症は、C反応性タンパク質(CRP)産生を亢進することにより血液凝固を調節する。CRPは単球と肺胞マクロファージを刺激して組織因子(TF)を生成させる(非特許文献16,17)と共に、内皮細胞からPAI-1を産生させる(非特許文献18)。これらの組み合わせにより、血管内微小血栓や肺胞内フィブリン沈着物の形成を含む播種性血管内凝固症候群(DIC)が発生すると考えられ(非特許文献17-20)、その結果としてARDSの特徴である死腔換気と肺内シャントの両方が発生する(非特許文献19、21)。 肺炎によるARDSの発症とPAI-1とを関連付ける多くの証拠があり(非特許文献22)、血漿中のPAI-1濃度上昇は、患者の死亡率、急性肺障害やARDSに至った患者における有害な臨床転帰に係る独立した危険因子として認識されている(非特許文献23)。
【0005】
コロナウイルスのヌクレオカプシド(N)タンパク質は、細胞内のシグナル伝達分子Smad3と直接会合しトランスフォーミング増殖因子-β(TGF-β)が誘導するPAI-1発現を増強する(非特許文献24)。このようなNタンパク質によるTGF-βシグナル伝達の調節は、ウイルス感染した宿主細胞のアポトーシスを阻害して、組織の線維化を誘発すると考えられる。COVID-19患者においてもこの機序により肺線維化が進行し、さらにはPAI-1濃度の上昇が肺における病的な血栓形成の一因となる可能性がある。
【0006】
COVID-19によりARDSを発症した患者では、気道に広範囲の肺胞障害だけでなくフィブリンを成分とする透明膜の形成が見られる(非特許文献25)。また、COVID-19の重症患者では肺血栓現象の病理学的証拠としてびまん性肺胞損傷が確認され、さらに、小型の肺動脈にフィブリン性微小血栓が10人中8人に観察されたことが報告されている(非特許文献26)。Wuらの臨床研究では、中程度から重篤の肺障害を呈するCOVID-19患者13人にプラスミノーゲンを吸入投与したところ、肺障害が速やかに改善されることが示され(非特許文献27)、またZhouらは、中国・武漢市のCOVID-19の成人患者では血中d-dimer高値(1μg/mL以上)、すなわち血液凝固亢進と死亡率が有意に相関し、危険因子の1つであることを示唆している(非特許文献28)。
【0007】
肺に存在する既往のフィブリンを分解するためには,局所的な線溶を促進することが不可欠である。このため、COVID-19に関連するARDSの治療に、静脈内血栓溶解療法にて承認されている線溶薬であるt-PAの利用が提案されている。ネブライザー型のt-PAは、COVID-19患者において肺に存在するフィブリンを分解して酸素不足を改善するアプローチになる可能性がある(非特許文献29)。
【0008】
以上説明するように、線溶系は、加齢関連疾患や、ARDS、特に現在問題となっているCOVID-19によるARDSに関与していることから、これらの疾患や病態を予防しまた治療するうえで、線溶系の活性化は有用である。このことは、線溶系活性化の機序の一つであるPAI-1阻害がARDSの治療手段になり得ることを示唆するものである。
【0009】
一方で、従来より、PAI-1阻害活性を有する化合物は多数知られているが、これらのすべてがPAI-1阻害薬や線溶系亢進薬として臨床の現場で使用できるかは不明である。また、臨床薬として実用化するためには、内因性の線溶系を亢進する作用に優れるだけでなく、毒性が低くて、安全域が広いことが必要になる。また反復投与した場合でも副作用が生じないことも必要である。さらに服薬が容易であることも求められる。また他の薬剤との併用も可能であることが望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開パンフレットWO2010/113022
【非特許文献】
【0011】
【文献】Kortlever RM, et al., Nature Cell Biology. 2006;8(8):877-84.
【文献】Ozcan S, et al., Aging (Albany NY). 2016;8(7):1316-29.
【文献】Lieb W, et al., Circulation. 2009 Jan 6;119(1):37-43.
【文献】Boe AE, et al., Circulation. 2013;128(21):2318-24.
【文献】Song C, et al., J Am Heart Assoc. 2017 May 26;6(6)
【文献】Eren M, et al., Circulation. 2002 Jul 23;106(4):491-6.
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【文献】Liu RM et al. 2016. Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol. 310: L328
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、効果に優れると同時に副作用が少ない線溶系亢進薬、また服薬が容易で、他の薬剤との併用も可能な線溶系亢進薬を提供することを課題する。また本発明は、当該線溶系亢進薬の好適な適用症(用途)を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、長年にわたり、PAI-1の生理作用の解明と低分子PAI-1阻害剤の開発に取り組んできた。後述する一般式(1)で示される化合物またはその薬学的に許容される塩(以下、これらを「本化合物」と総称する)は、PAI-1阻害活性を有する化合物(PAI-1阻害剤)として、本発明者らが創製したものである(特許文献1)。
【0014】
血管内皮細胞から分泌されたt-PAは、内皮細胞に留まることで効率のよい線溶活性を発揮する。これに対してPAI-1は、t-PAを内皮から引き剥がして複合体を形成する。本化合物は、PAI-1に選択的かつ特異的に結合することにより、PAI-1とt-PAとの結合を抑制し、t-PAによる線溶系を亢進する作用を有する。つまり、本化合物は、t-PAを介して線溶系を活性化することで生成した血管内の血栓を特異的に溶解する作用を有する。このため、血栓形成過程を阻害する既存の抗血栓薬とは作用機序が異なり、出血性副作用が少ないと考えられる。また、併用により、線溶療法治療薬の一種であるt-PAの用量を下げることで出血リスクを回避することもできる。
【0015】
本発明者らは、こうしたPAI-1阻害による線溶系亢進作用を有する本化合物について、その安定性、有効性、及び安全性を、加速安定性試験、in vitro試験、動物を使用したin vivo試験(非臨床試験)、およびヒトに対する臨床試験を行うことで、詳細に検討を行った。その結果、加速安定性試験で少なくとも6箇月間安定であること、非ヒト動物に対する試験で毒性(一般毒性、遺伝毒性、生殖・胚胎発生毒性、中枢系・心血管系・呼吸系への毒性等)がないこと、成人の患者に対して本化合物を1日あたり120mgの割合で経口的に服用することで有意な効果が得られること、さらに120mg~240mgの割合で単回または反復投与しても有害事象は認められないことを確認した。また、本化合物は、他の薬剤との同時服用も可能であることが確認された。これらのことから、本化合物は、有効且つ副作用が少ないPAI-1阻害薬、特に内因性線溶系亢進薬として、線溶系の亢進が病態の改善に寄与する疾患、具体的には血栓形成傾向が認められる疾患〔例えば、血栓性疾患(例えば、心筋梗塞、脳梗塞、静脈血栓症、肺動脈血栓症、肺内微小血栓症等)、ARDS(COVID-19によるARDSを含む)等〕、線維症、肺気腫、及び炎症性疾患や、それらの病態の予防または治療に有効に使用できると考えられる。
【0016】
本発明は、これらの知見に基づいて、さらに研究を重ねて完成したものであり、下記の実施形態が包含される:
(I)内因性線溶系亢進薬
(I-1)一般式(1):
【化1】
(式中、Rはキノリル基、Rはハロゲン原子、及びRはカルボキシ基またはそれと生物学的に同等な基を意味する。)
で示される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする線溶系亢進薬であって、
前記有効成分の1日当たりの投与量が120~300mgの投与量で、線溶系の亢進により改善が見込まれる病態を有する患者、言い換えれば線溶系亢進が病態改善に寄与する疾患の患者、好ましくは15歳以上の成人患者に経口投与されることを特徴とする、線溶系亢進薬。
(I-2)前記化合物が、一般式(1)中、Rがキノリン-8-イル基であり、Rがカルボキシ基である化合物、好ましくは5-クロロ-2-({[3-(キノリン-8-イル)フェニル]カルボニル}アミノ)安息香酸である、(I-1)に記載する線溶系亢進薬。
(I-3)前記有効成分の1日当たりの投与量が120~240mgである、(I-1)または(I-2)に記載する線溶系亢進薬。
(I-4)1日1回、少なくとも7日間、前記患者に反復経口投与されることを特徴とする、(I-1)~(I-3)のいずれかに記載する線溶系亢進薬。
(I-5)前記患者が、呼吸器に、血栓形成性、線維化、気腫、および/または炎症を有する患者である、(I-1)~(I-4)のいずれかに記載する線溶系亢進薬。
【0017】
(I-6)肺内微小血栓、肺線維化、肺気腫、および肺の炎症からなる群より選択される少なくとも1種の疾患または病態を予防または治療するために使用される、(I-1)~(I-5)のいずれかに記載する線溶系亢進薬。
(I-7)前記患者が、コロナイルス感染による肺炎患者である、(I-1)~(I-6)のいずれかに記載する線溶系亢進薬。
つまり、本発明は、一般式(1)で示される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする、肺内微小血栓、肺線維化、肺気腫、および/または肺を含む呼吸器の炎症の予防または治療薬ということができる。当該予防または治療薬には、これらの疾患または病態を有する患者(コロナイルス感染による肺炎患者を含む)の当該疾患または病態を改善又は重症化を抑制する用途、また急性呼吸窮迫症候群(ARDS)への進展を阻止する用途で使用される医薬組成物が含まれる。
【0018】
(II)線溶系亢進による病態の改善または重症化抑制方法
(II-1)一般式(1):
【化2】
(式中、Rはキノリル基、Rはハロゲン原子、及びRはカルボキシ基またはそれと生物学的に同等な基を意味する。)
で示される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする医薬組成物を、線溶系の亢進により改善が見込まれる病態を有する患者、好ましくは15歳以上の成人患者に投与することを含む、当該病態の改善又は重症化抑制方法であり、前記医薬組成物は、前記患者に対する1日当たり投与量が前記化合物(1)の量に換算して120~300mg、好ましくは120~240mgとなる割合で経口投与される、前記方法。
(II-2)前記化合物が、一般式(1)中、Rがキノリン-8-イル基であり、Rがカルボキシ基である化合物、好ましくは5-クロロ-2-({[3-(キノリン-8-イル)フェニル]カルボニル}アミノ)安息香酸である、(II-1)に記載する方法。
(II-3)1日1回、少なくとも7日間、前記医薬組成物を反復経口投与することを特徴とする、(II-1)または(II-2)に記載する方法。
(II-4)前記患者が、呼吸器に、血栓形成性、線維化、気腫、および/または炎症を有する患者である、(II-1)~(II-3)のいずれかに記載する方法。
(II-5)前記患者が、肺内微小血栓、肺線維化、肺気腫、および/または肺炎症からなる群より選択される少なくとも1種の病態を有する患者である、(II-4)に記載する方法。
(II-6)前記患者が、コロナイルス感染による肺炎患者である、(II-1)~(II-5)のいずれかに記載する方法。
(II-7)前記重症化抑制が、肺内微小血栓、肺線維化、肺気腫、および/または肺炎症のARDSへの進展を阻止する方法である、(II-5)又は(II-6)に記載する方法。
【0019】
(III)線溶系亢進に使用される医薬組成物
(III-1)線溶系の亢進により改善が見込まれる病態を有する患者の当該病態の改善又は重症化抑制方法に使用するための医薬組成物であって、
当該医薬組成物は、一般式(1):
【化3】
(式中、Rはキノリル基、Rはハロゲン原子、及びRはカルボキシ基またはそれと生物学的に同等な基を意味する。)
で示される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とし、
前記方法は、前記患者に対して、前記医薬組成物を、前記化合物(1)の1日当たりの投与量が120~300mg、好ましくは120~240mgとなる割合で経口投与することを特徴とする。
(III-2)前記化合物が、一般式(1)中、Rがキノリン-8-イル基であり、Rがカルボキシ基である化合物、好ましくは5-クロロ-2-({[3-(キノリン-8-イル)フェニル]カルボニル}アミノ)安息香酸である、(III-1)に記載する医薬組成物。
(III-3)前記方法が、前記医薬組成物を前記患者に、1日1回、少なくとも7日間反復経口投与する方法である、(III-1)又は(III-2)に記載する医薬組成物。
(III-4)前記患者が、呼吸器に、血栓形成性、線維化、気腫、および/または炎症を有する患者である、(III-1)~(III-3)のいずれかに記載する医薬組成物。
(III-5)前記患者が、肺内微小血栓、肺線維化、肺気腫、および/または肺炎症からなる群より選択される少なくとも1種の病態を有する患者である、(III-1)~(III-4)に記載する医薬組成物。
(III-6)前記患者が、コロナイルス感染による肺炎患者である、(III-1)~(III-5)のいずれかに記載する医薬組成物。
(III-7)前記病態の重症化抑制方法が、肺内微小血栓、肺線維化、肺気腫、および/または肺炎症のARDSへの進展を阻止する方法である、(III-5)または(III-6)に記載する医薬組成物。
【0020】
(IV)線溶系亢進薬の製造のための医薬組成物の使用
(IV-1)線溶系亢進薬を製造するための、一般式(1):
【化4】
(式中、Rはキノリル基、Rはハロゲン原子、及びRはカルボキシ基またはそれと生物学的に同等な基を意味する。)
で示される化合物またはその薬学的に許容される塩の使用であって、
前記線溶系亢進薬は、線溶系の亢進により改善が見込まれる病態を有する患者に、1日あたり120~300mg、好ましくは120~240mgとなる割合で経口投与されるものである、前記使用。
(IV-2)前記化合物が、一般式(1)中、Rがキノリン-8-イル基であり、Rがカルボキシ基である化合物、好ましくは5-クロロ-2-({[3-(キノリン-8-イル)フェニル]カルボニル}アミノ)安息香酸である、(IV-1)に記載する使用。
(IV-3)前記線溶系亢進薬は、1日1回、少なくとも7日間、前記患者に反復経口投与されるものである、(IV-1)又は(IV-2)に記載する使用。
(IV-4)前記患者が、呼吸器に、血栓形成性、線維化、気腫、および/または炎症を有する患者である、(IV-1)~(IV-3)のいずれかに記載する使用。
(IV-5)前記患者が、肺内微小血栓、肺線維化、肺気腫、および肺炎症からなる群より選択される少なくとも1種の疾患または病態を有する患者である、(IV-1)~(IV-4)のいずれかに記載する使用。
(IV-6)前記患者が、コロナイルス感染による肺炎患者である、(IV-1)~(IV-5)のいずれかに記載する使用。
(IV-7)前記重症化抑制方法が、肺内微小血栓、肺線維化、肺気腫、および/または肺炎症のARDSへの進展を阻止する方法である、(IV-5)または(IV-6)に記載する使用。
【0021】
(V)チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)併用剤、TKIと組み合わせて使用される医薬組成物
(A)一般式(1):
【化5】
(式中、R1はキノリル基、R2はハロゲン原子、及びR3はカルボキシ基またはそれと生物学的に同等な基を意味する。)
で示される化合物(以下、本化合物(1)と称する。)またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする、チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)と組み合わせて用いられるTKI併用剤であって、
前記有効成分の1日当たりの投与量が120~300mg、好ましくは150~240mg、より好ましくは150~180mgで、TKI治療の慢性骨髄性白血病患者(CML患者)に経口投与されることを特徴とする、TKI併用剤。
(B)前記化合物が、一般式(1)中、R1がキノリン-8-イル基であり、R3がカルボキシ基である化合物である、(A)に記載するTKI併用剤。
(C)CML患者に対して、1日1回、12週間以上、好ましくは24週間以上、より好ましくは36週間以上、反復して経口投与されることを特徴とする(A)又は(B)に記載するTKI併用剤。
(D)TKIがイマチニブ、ニロチニブ、ダサチニブ又はボスチニブである、(A)~(C)のいずれかに記載するTKI併用剤。
(E)前記CML患者は、TKI治療中の患者であって、BCR-ABLISが0.0032%を超え、0.1%以下の患者である、(A)~(D)のいずれかに記載するTKI併用剤。
(F)前記TKI併用剤は、TKIのCML患者に対する治療効果を補助又は補強する薬剤である(TKIのCML治療効果増強剤)、(A)~(E)のいずれかに記載するTKI併用剤。
(G)本化合物(1)またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする医薬組成物を、TKI治療のCML患者に投与することを含む、CMLの治療方法、好ましくはCMLの根治療法であり、前記医薬組成物は、前記患者に対する1日当たり投与量が本化合物(1)の量に換算して120~300mg、好ましくは150~240mg、より好ましくは150~180mgとなる割合で経口投与される、前記方法。
(H)TKI治療のCML患者の当該病態の改善、好ましくはCMLの根治療法に使用するために、TKIと組み合わせて使用される医薬組成物であって、
当該医薬組成物は、本化合物(1)またはその薬学的に許容される塩を有効成分とし、
前記方法は、前記患者に対して、前記医薬組成物を、前記化合物(1)の1日当たりの投与量が120~300mg、好ましくは150~240mg、より好ましくは150~180mgとなる割合で経口投与することを特徴とする。
(I)TKIと組み合わせて用いられるTKI併用剤、好ましくはTKIのCML治療効果増強剤を製造するための、本化合物(1)またはその薬学的に許容される塩の使用であって、
前記TKI併用剤は、TKI治療中のCML患者に、1日あたり120~300mg、好ましくは150~240mg、より好ましくは150~180mgとなる割合で経口投与されるものである、前記使用。
【発明の効果】
【0022】
一般式(1)で示される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする線溶系亢進薬は、1日当たりの有効成分の投与量が、120~340mg、好ましくは120~240mgになるように経口投与されることで、問題となるような副作用を生じることなく、PAI-1を阻害してt-PAを活性化することで、患者の線溶系を有意に亢進することができる。つまり、本発明の線溶系亢進薬は、上記の投与量で経口投与されるものであることを特徴とし、それにより、高い安全性を担保しながら、有効な効果を発揮する。これらのことから、実用性の非常に高い薬剤である。
また、本発明の線溶系亢進薬は、肺内微小血栓の阻害作用を有するとともに、そのPAI-1阻害機序に基づいて、さらに肺線維化の抑制作用、肺気腫の抑制作用、炎症(サイトカインストーム)の改善作用、及び/又は肺上皮細胞の保護作用などの作用を有しているため、COVID-19を含むコロナウイルス感染症に伴う呼吸器炎症の重症化や、ARDSへの進展を予防する実用的な医薬として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】実験例3(1)においてラット塩化第二鉄頸動脈血栓モデルに対する本化合物の抗血栓作用を評価した結果を示す。図1(A)は閉塞時間の測定結果、図1(B)は出血時間の測定結果を示す。図1(A)中、*および**はvehicle群に対して有意差(*:P<0.05、**:P<0.01)があることを示す。
図2】実験例3(2)においてカニクイザル伏在動脈血栓モデルに対する本化合物の抗血栓作用を評価した結果を示す。図2は累積閉塞時間を測定した結果である。図2中、##はvehicle群(0 mg/kg)に対して有意差(P<0.05)があることを示す。
図3】実験例4においてブレオマイシン誘導性肺線維症モデルマウスに対する本化合物の肺線維化改善作用を評価した結果を示す。図3(A)は、肺におけるハイドロキシプロリン値をNormal群、Vehicle群、デキサメタゾン投与群、及び本化合物投与群で比較した結果を示す。図3(B)は、病理組織学的検査(マッソントリクローム染色)の結果から算出したAshcroft scoreを、前記の4群で比較した結果を示す。
図4】実験例8の臨床試験(第I相試験)において、本化合物(60mg/day、120mg/day)をヒトに経口投与した前後で、血液中のPAI-1活性とt-PA活性を測定した結果を示す。
図5】実験例10のCOVID-19肺炎に対する有効性試験(探索的前期第II相試験)において、本化合物(120mg/day~180mg/day)をCOVID-19肺炎患(軽症~中等症)に経口投与した前後で、胸部CT画像上の肺野病変の割合の変化を観察した結果を示す。対応のあるt-検定 p=0.0018
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、一般式(1):
【化6】
で示される化合物またはその薬学的に許容される塩(以下、これらを総称して「本化合物」と称する。)を有効成分とする線溶系亢進薬に関する。
【0025】
(1)本化合物
前記式(1)において、Rはキノリル基を意味する。
当該キノリル基には、置換基を有しないキノリル基、および適宜な位置に1~2個の置換基を有するキノリル基が含まれる。かかる置換基としては、本発明の効果を妨げないことを限度として適宜選択することができる。例えば、ハロゲン原子、アルキル基、ハロゲン化アルキル基、アルコキシ基、ハロゲン化アルコキシ基、水酸基、CF、CFO、CHFO、CFCHO、フェニル基、ハロゲン化フェニル基、シアノ基、カルボキシ基、およびアルコキシカルボニル基などを挙げることができる。
ここで、「ハロゲン原子」、「ハロゲン化アルキル基」、「ハロゲン化アルコキシ基」、および「ハロゲン化フェニル」のハロゲンには、塩素原子、フッ素原子、臭素原子、およびヨウ素原子が含まれる。好ましくは塩素原子、およびフッ素原子である。
また、「アルキル基」、および「ハロゲン化アルキル基」のアルキル基には、炭素数1~4の直鎖または分岐鎖状のアルキル基、具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、およびtert-ブチル基が含まれる。
また「アルコキシ基」、「ハロゲン化アルコキシ基」、「アルコキシカルボニル基」のアルコキシ基には、炭素数1~4の直鎖または分岐鎖状のアルコキル基、具体的には、メトキシ基、エトキシ基、1-プロポキシ基、2-プロポキシ基、1-ブトキシ基、2-ブトキシ基、2-メチル-1-プロポキシ基、および2-メチル-2-プロポキシ基が含まれる。
好ましくは置換基を有しないキノリル基である。
隣接するベンゼン環との結合部位は、本発明の効果を妨げない限り制限されない。例えば、8位(キノリン-8-イル基)、6位(キノリン-6-イル基)、および3位(キノリン-3-イル基)などを挙げることができるが、好ましくは8位である。
【0026】
前記式(1)において、Rはハロゲン原子を意味する。
ハロゲン原子には、塩素原子、フッ素原子、臭素原子、およびヨウ素原子が含まれる。好ましくは塩素原子、フッ素原子であり、より好ましくは塩素原子である。
【0027】
前記式(1)において、Rはカルボキシ基またはそれと生物学的に同等な基を意味する。
カルボキシ基と生物学的に同等な基には、下記の基が含まれる。
(a)生体内に吸収されるとカルボキシ基に変換される基。
(b)カルボキシ基と生物学的に同等な基として知られている基。
【0028】
前記(a)の基には、制限されないものの、COOR基が含まれる。なお、COOR基において、Rには、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、(5-C1-6アルキル-2-オキソ-1,3-ジオキソレン-4-イル)メチル基、-CH(R)-O-COR、またはCH(R)-O-CO-ORが含まれる(Rは水素原子または炭素数1~6のアルキル基、Rは炭素数1~6のアルキル基または炭素数3~8のシクロアルキル基である)。(a)の基のうち、好ましくはRがアルキル基であるアルコキシカルボニル基である。当該アルコキシカルボニル基には、t-ブトキシカルボニル基、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、プロポキシカルボニル基、イソプロポキシカルボニル基、ブトキシカルボニル基等のRが炭素数1~6のアルキル基であるアルコキシカルボニル基が含まれる。
【0029】
前記(b)の基には、制限されないものの、1H-テトラゾール-5-イル基、4,5-ジヒドロ-5-オキソ-4H-1,2,4-オキサジアゾール-3-イル基、4,5-ジヒドロ-5-オキソ-1,2,4-チアジアゾール-3-イル基、および4,5-ジヒドロ-5-チオキソ-4H-1,2,4-オキサジアゾール-3-イル基などの複素環基が含まれる(例えば、Koharaら、J. Med. Chem., 1996, 39, 5228-5235参照)。
【0030】
前記式(1)で示される化合物(化合物(1))として、好ましくは5-クロロ-2-({[3-(キノリン-8-イル)フェニル]カルボニル}アミノ)安息香酸、およびその生物学的等価体(式(1)中、Rがカルボキシ基の生物学的同等な基である化合物)を挙げることができる。当該化合物を始め、式(1)で示される化合物は、前述する特許文献1の記載に基づいて製造することができる。
【0031】
本化合物は、フリーの形態でもよく、また塩の形態でもよい。
ここで塩としては、通常、薬学上許容される塩、たとえば無機塩基または有機塩基との塩、または塩基性アミノ酸との塩などを挙げることができる。無機塩基としては、たとえば、ナトリウムやカリウム等のアルカリ金属;カルシウムやマグネシウム等のアルカリ土類金属;アルミニウムやアンモニウム等を挙げることができる。有機塩基としては、たとえば、エタノールアミン、トロメタミン、エチレンジアミン等の第一級アミン;ジエチルアミン、ジエタノールアミン、メグルミン、ジシクロヘキシルアミン、N,N’-ジベンジルエチレンジアミン等の第二級アミン;トリメチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、トリエタノールアミン等の第三級アミン等を挙げることができる。塩基性アミノ酸としては、たとえば、アルギニン、リジン、オルニチン、ヒスチジン等を挙げることができる。好ましくは、ナトリウム等のアルカリ金属との塩を挙げることができる。また無機酸や有機酸と塩を形成していてもよく、かかる無機酸としては、塩酸、臭化水素酸、硫酸、リン酸を;また有機酸としてはギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、マレイン酸、酒石酸、フマル酸、クエン酸、乳酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、トルエンスルホン酸等を例示することができる。
【0032】
また、本発明が対象とする本化合物には溶媒和物の形態を有するものが含まれる。さらに、生体内において代謝されて前記式(I)で示される化合物になるもの、つまりいわゆるプロドラッグも本化合物の範囲に含まれる。
【0033】
(2)線溶系亢進薬
本化合物は、その剤型に適した、薬学的に許容される担体や添加剤を配合することで医薬組成物として調製することができる。本発明の医薬組成物は、本化合物を有効量含有することで、PAI-1阻害作用を発揮する。その結果、t-PAを活性化することでプラスミンによるフィブリンの分解を高めて、生体内の線溶系を亢進させる作用を有する。なお、前記有効量は、前記作用を有する範囲であればよく、0.1~100質量%の範囲で適宜設定することができる。このため、本発明の医薬組成物は、線溶系亢進薬として好適に使用することができる。具体的には、PAI-1活性が関係する疾患やその病態(症状を含む。以下、同じ。)、なかでも線溶系が亢進することで改善する疾患や病態のための予防または治療薬として有用である。
なお、本発明において「予防」という用語には、疾患やその病態の発症を抑制する意味が含まれる。また、本発明において「治療」という用語には、疾患やその病態を改善、緩和および/または治癒する意味、並びに、疾患やその病態の進展(悪化による重症化を含む)を抑制する意味が含まれる。
【0034】
本発明の線溶系亢進薬が有効に作用する前記疾患やその病態には、血栓性の疾患および病態が含まれる。制限されないものの、微小血管内における血栓症(例えば、肺内微小血栓症等)、播種性血管内凝固症候群(DIC)、静脈における血栓症(例えば、四肢に起こる深部静脈血栓症、肺塞栓症等)、動脈における血栓症(例えば、脳血栓症、脳梗塞症、一過性脳虚血性疾患等)、糖尿病合併症に伴う障害(例えば、血管障害、神経障害、腎症、網膜症等)、外科手術時の深部静脈血栓症(DVT)、経皮的冠動脈形成術(PTCA)後の再狭窄など、血栓形成が関与する種々の疾患または病態が含まれる。
また、本発明の線溶系亢進薬が有効に作用する前記疾患やその病態には、本化合物のPAI-1阻害作用に基づいて、組織や器官の線維化に関係する疾患やその病態が含まれる。かかる疾患やその病態には、制限されないものの、肺線維化、心筋梗塞に伴う組織の線維化、腎症に伴う組織の線維化を挙げることができる。さらに、本発明の線溶系亢進薬が有効に作用する前記疾患やその病態には、本化合物のPAI-1阻害作用に基づいて、肺気腫、または各種炎症やその病態(例えば炎症性サイトカインの放出に起因して生じる各種の病態(例えばサイトカイン放出症候群、サイトカインストームを含む))も含まれる。本発明の線溶系亢進薬はこれらの疾患やその病態の改善及び重症化の阻止に、特にコロナウイルス感染による肺炎症のARDSへの進展阻止に有効に使用することができる。
【0035】
(3)慢性骨髄性白血病(CML)根治療法における本化合物(1)の有用性
CML根治療法が求められている背景、本化合物(1)の有用性を以下に説明する。
CMLは、造血幹細胞の遺伝子変異により生じたBCR-ABL遺伝子を有するCML幹細胞(以下、単に「CML幹細胞」と称する)が病因であり、CML幹細胞がBCR-ABLのチロシンキナーゼ活性によって増殖を続けるBCR-ABL陽性CML細胞(以下、CML細胞)の源となっている。CML治療は、イマチニブなどのチロシンキナーゼ阻害剤(TKI)を用いたTKI治療が主体である。TKIによる第一の治療目標はCMLの急性転化(以下、BC)を防ぐことである。少なくとも分子遺伝学的大効果(以下、MMR) 、つまりBCR-ABLの国際標準(以下、IS)で0.1%以下までBCR-ABLクローンの縮小が得られれば、TKI治療を継続する限り、BCに至ることはほとんどない。一方、TKIは、BCR-ABLチロシンキナーゼを阻害し、CML細胞の増殖を抑制し殺細胞効果を示すが、骨髄ニッチに潜み静止期にあると考えられるCML幹細胞には感受性が乏しいことが知られている。いくつかの数理学的モデルによるとCML細胞を完全に枯渇させるためには30年以上の治療継続が必要であり現実的には治療中断は不可能であると考えられていた。そこでTKIは生涯服用が必要で、副作用や医療経済的な負担に繋がっている。ところが、TKIが長期に投与されている一部のCML患者では TKI治療の中止後も分子遺伝学的再発がない状態、すなわちTreatment Free Remission(以下、TFR)が得られることが複数の前向き試験で明らかになった。どのようなCML患者でTKI治療を中止できるかが検討された結果、少なくともMMRより深い分子寛解状態であるDeep molecular response(DMR)BCR-ABL IS で0.0032%以下のクローンの縮小が一定期間継続していることが必要条件として見出された。一方、MMRのレベルで止むを得ず何らかの事情でTKIを中止した場合は、必ず分子再燃が認められた。すなわちTFRを得るためにはDMRが最初のマイルストーンであり、DMRなしにTFRはあり得ないことが明らかとなった。2017年に改定されたNCCNのCMLガイドラインでは、臨床試験以外の自己判断でTKI治療を中止してしまう患者や医師に対して、TKI治療を中止する場合は必ずTKIを3年以上投与し、そのうちDMRを2年以上継続している場合に限ると必要最低条件を示した。
【0036】
しかしながら、イマチニブの開発臨床前向き試験にて、時間依存性にDMRの達成率は累積する傾向があるものの、DMRを達成する患者は年に5%と一握りの症例に限られている。よりBCR-ABL阻害活性が強力な第二世代のTKIであっても、最長5年の観察のなかでDMRは一年で約10%程度の累積であった。つまりNCCNのガイドラインに従えば、第一世代イマチニブを3年内服して2年以上DMRを維持できた症例の割合は全CML症例の5%程度であり、第二世代TKIを3年内服して2年以上DMRを維持できた症例の割合も全CML症例の10%にしか過ぎない。
【0037】
本化合物(1)は、ヒトPAI-1のX線結晶構造解析情報を基に、SBDD技術により作製したPAI-1阻害薬のリード化合物である。本明細書に記載するように、本化合物は安全な投与量で有効な線溶系亢進作用を発揮するが、実験例9及び10に示すように、TKI治療中のCML患者に対して、TKI治療と併用して所定量を毎日反復投与することで、CML患者に対する安全性を担保しながら、TKIの治療効果を増強することが確認された。このことは、TKI治療に本化合物投与を組み合わせることでCML完治(完全寛解の維持)の可能性があることを示す。
【0038】
(4)本発明の医薬組成物
以下、本発明の線溶系亢進薬は、前記する各種の用途に使用できる医薬製剤であるという意味で、包括的に「本発明の医薬組成物」とも称する。
【0039】
本発明の医薬組成物は経口投与の剤型を有する。経口投与剤型として、制限されないものの、散剤、顆粒剤、カプセル剤、丸剤、錠剤、咀嚼剤、舌下剤、パッカル剤、トローチ剤、懸濁剤、乳剤およびシロップ剤を挙げることができ、これらの中から適宜選択することができる。また、それらの製剤について徐放化、安定化、易崩壊化、難崩壊化、腸溶性化、易吸収化等の修飾を施すことができる。
【0040】
本発明の医薬組成物にはその剤型に応じて、薬学的に許容される担体および添加剤を配合することができる。薬学的に許容される担体及び添加剤としては、溶剤、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、溶解補助剤、懸濁化剤、粘稠剤、乳化剤、安定剤、緩衝剤、矯味剤、着色剤、及びコーティング剤等が挙げられる。以下に、薬学上許容される担体および添加剤の具体例を列挙するが、本発明はこれらに制限されるものではない。
【0041】
溶剤:精製水、滅菌精製水、注射用水、生理食塩液、ラッカセイ油、エタノール、グリセリン等。
賦形剤:デンプン類(例えばバレイショデンプン、コムギデンプン、トウモロコシデンプン)、乳糖、ブドウ糖、白糖、結晶セルロース、硫酸カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム、タルク、酸化チタン、トレハロース、キシリトール等。
結合剤:デンプンおよびその誘導体、セルロースおよびその誘導体(たとえばメチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース)、ゼラチン、アルギン酸ナトリウム、トラガント、アラビアゴム等の天然高分子化合物、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール等の合成高分子化合物、デキストリン、ヒドロキシプロピルスターチ等。
滑沢剤:軽質無水ケイ酸、ステアリン酸およびその塩類(たとえばステアリン酸マグネシウム)、タルク、ワックス類、コムギデンブン、マクロゴール、水素添加植物油、ショ糖脂肪酸エステル、ポリエチレングリコール、シリコン油等。
崩壊剤:デンプンおよびその誘導体、寒天、ゼラチン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、セルロースおよびその誘導体、ヒドロキシプロピルスターチ、カルボキシメチルセルロースおよびその塩類ならびにその架橋体、低置換型ヒドロキシプロピルセルロース等。
溶解補助剤:シクロデキストリン、エタノール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等。
懸濁化剤:カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリピニルピロリドン、アラビアゴム、トラガント、アルギン酸ナトリウム、モノステアリン酸アルミニウム、クエン酸、各種界面活性剤等。
粘稠剤:カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリピニルピロリドン、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアルコール、トラガント、アラビアゴム、アルギン酸ナトリウム等。
乳化剤:アラビアゴム、コレステロール、トラガント、メチルセルロース、レシチン、各種界面活性剤(たとえば、ステアリン酸ポリオキシル40、セスキオレイン酸ソルビタン、ポリソルベート80、ラウリル硫酸ナトリウム)等。
安定剤:トコフェロール、キレート剤(たとえばEDTA、チオグリコール酸)、不活性ガス(たとえば窒素、二酸化炭素)、還元性物質(たとえば亜硫酸水素ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、アスコルビン酸、ロンガリット)等。
緩衝剤:リン酸水素ナトリウム、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ホウ酸等。
矯味剤:白糖、サッカリン、カンゾウエキス、ソルビトール、キシリトール、グリセリン等
着色剤:水溶性食用色素、レーキ色素等。
コーティング剤:白糖、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、セラック、ゼラチン、グリセリン、ソルビトール、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、エチルセルロース、ポリビニルピロリドン(PVP)、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)、セルロースアセテートフタレート(CAP)、メチルメタアクリレート-メタアクリル酸共重合体および上記記載した高分子等。
【0042】
なお、上記の各剤型について公知のドラッグデリバリーシステム(DDS)の技術を採用することができる。本明細書にいうDDS製剤とは、徐放化製剤、局所適用製剤(トローチ、バッカル錠、舌下錠等)、薬物放出制御製剤、腸溶性製剤および胃溶性製剤等、投与経路、バイオアベイラビリティー、副作用等を勘案した上で、最適の製剤形態にした製剤である。
【0043】
本発明の医薬組成物は、好ましくは15歳以上の成人患者に、男女を問わず、経口的に投与することができる。当該患者は、線溶系を亢進させることにより病態の改善が見込まれる患者であり、当該患者にはt-PA活性が低下傾向(線溶系低下傾向)にある患者のみならず、線溶系をさらに亢進させる必要がある患者が含まれる。当該患者には、前述するように、血栓性の疾患や病態を有する患者のみならず、組織や器官の線維化に関係する疾患や病態を有する患者;肺気腫の疾患や病態を有する患者;炎症性疾患や病態を有する患者などが含まれる。当該患者には、肺内微小血栓、肺線維化、肺気腫、及び/又は肺を含む呼吸器炎症(サイトトカインストームを含む)を有する患者が含まれる。さらに、線溶系を亢進させることにより病態の改善が見込まれる患者には、チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)治療を受けている慢性骨髄性白血病患者(CML患者)が含まれる。
特に、本発明の医薬組成物が対象とする患者には、COVID-19などのコロナウイルス感染に起因する前記の症状や病態を有する患者が含まれる。好ましくはPCR法または抗原検査でCOVID-19陽性と判定され、且つ胸部CT検査により肺炎の所見が認められる患者(COVID-19肺炎患者)、特に軽症以上、好ましくは軽症~中等症の患者である。かかる患者には、制限されないものの、例えば、人工呼吸器を装着しておらず、安静時の室内気吸入下のSpO2値(パルスオキシメーターで測定した動脈血酸素飽和度)が、95%未満である患者(酸素吸入を行っていない場合)、または必要とする酸素濃度が5L/未満である患者(酸素吸入を行っている場合)が含まれる。特にこうした患者は、呼吸器炎症の重症化やARDSに進展するリスクが高いため、本発明の医薬組成物を投与する有用性は高い。
また、前記の患者には、前述する疾患や病態の傾向が認められ、病態がさらに進展する虞がある者も含まれる。
【0044】
本発明の医薬組成物の1日あたりの投与量は、後述する実験例の結果から、15歳以上の成人に対して、有効成分である本化合物の量に換算して、120~300mg、好ましくは120~240mgの範囲を挙げることができる。この投与量は、1日1回、前記の成人患者に本化合物を経口投与することで有効性と安全性の両方を満たす好適な量である。当該投与量の範囲であれば、有効性と安全性の両方を発揮しながら、少なくとも7日間、好ましくは少なくとも14日間、さらには1年間もの長期間に亘り、1日1回、連続して反復投与することができる。
【0045】
なお、前記の投与量は、本化合物を実質的に唯一の有効成分として含有する医薬組成物の投与量である。本発明の医薬組成物は、他の医薬組成物と併用することができる。この場合は、本化合物の投与量の下限値を30mg/日程度、好ましくは60mg/日程度まで下げることもできる。他の医薬組成物としては、例えば、前述する血栓性の疾患および病態を予防または治療するために使用される従来の医薬組成物(例えば、抗凝固薬、血栓溶解薬、抗血小板薬など)が含まれる。一方、本発明の医薬組成物を、TKI治療のCML患者に対して、当該病態を改善するため、とりわけTKIのCML治療効果を増強しCMLの根治療法に使用する場合は、本発明の医薬組成物はTKIと組み合わせて使用される。
【0046】
以上、本明細書において、「含む」及び「含有する」の用語には、「からなる」及び「から実質的になる」という意味が含まれる。
【実施例
【0047】
以下、本発明の構成及び効果について、その理解を助けるために、実験例を用いて本発明を説明する。但し、本発明はこれらの実験例によって何ら制限を受けるものではない。以下の実験は、特に言及しない限り、室温(25±5℃)、及び大気圧条件下で実施した。なお、特に言及しない限り、以下に記載する「%」は「質量%」、「部」は「質量部」を意味する。
【0048】
以下の実験例において、本化合物として、5-クロロ-2-({[3-(キノリン-8-イル)フェニル]カルボニル}アミノ)安息香酸ナトリウム(黄白色の粉末)を使用した。以下の実験例では、当該化合物を「本化合物」と称する。当該化合物は、国際公開公報WO2010/113022の実施例68の記載に従って製造した。
【0049】
以下の実験例において、非臨床試験は、GLP基準に従い厚生省令第21号「医薬品の安全性に関する非臨床試験の実施の基準に関する省令」(1997年3月26日、一部改正 厚生労働省令第114号2008年6月13日)ならびに「安全性薬理試験ガイドラインについて」(2001年6月21日付け医薬審発第902号)に準拠して実施した。実験動物は、委託先実験施設にて所定のガイドライン(「動物愛護及び管理に関する法律」(昭和48年10月1日法律第105号、最終改正平成23年8月30日法律第105号)、「実験動物の飼養および保管並びに苦痛の軽減に関する基準」(平成18年4月28日環境省告示第88号)、「研究機関等における動物実験等の実施に関する基本指針」(平成18年6月1日、文部科学省告示第71号))に従って実施した。また、臨床試験は、ヘルシンキ宣言及びその改訂版に基づく倫理的原則、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」第14条第3項及び第80項の2に規定する基準、「医薬品の臨床試験の実施の基準(Good clinical practice: GCP)に関する省令」(平成9年3月27日厚生省令第28号)及び被験者のプライバシー保護の要件を遵守して実施した。
【0050】
参考例
COVID-19に伴う重症急性呼吸器症候群の患者の多くは、肺の重度の炎症を発症し、またその多くは肺線維症や関連する肺不全などの急性呼吸窮迫症候群(ARDS)へと悪化する。実験例の説明に先立ち、ARDSにおけるPAI-1の関与、PAI-1阻害薬の有用性、およびコロナウイルス感染による病態とPAI-1との関係性について、いままでの報告を下記に纏める。
【0051】
(1)ARDSにおけるPAI-1の関与、PAI-1阻害薬の有用性
遺伝子を欠損させた動物PAI-1欠損マウスを用いた研究やPAI-1特異的阻害薬を用いた研究から、PAI-1が、炎症、線維化、肺気腫の進展に重要な役割を果たすことが明らかとなっている。
【0052】
(a)PAI-1遺伝子欠損動物を用いた研究報告
・PAI-1欠損マウスは、ブレオマイシン投与による特発性肺線維症を発症しない(非特許文献7)
・老化促進マウスklothoマウスの肺は、肺気腫様病変を呈するが、PAI-1遺伝子を欠損させたKlothoマウスではそのような病変が生じない(非特許文献9)
・PAI-1欠損マウスではタバコ抽出物投与による肺気腫様病変が誘導されない(非特許文献30)
・PAI-1欠損マウスではL-NAMEによる肺気腫様病変が誘導されない(非特許文献31)
(b)PAI-1阻害薬を用いた研究報告
・PAI-1阻害薬は、TGFβを発現させるアデノウィルスベクターで誘導される肺線維症を阻害した(非特許文献32)
・PAI-1阻害薬は、L-NAMEによる肺気腫様病変の誘導を阻害した(非特許文献31)
・PAI-1阻害薬は、オブアルブミンに感作したマウスで抗原チャレンジにより誘導される気道過敏症を阻害した(非特許文献33)。
以上の報告から、PAI-1を阻害する薬剤は、炎症、線維化、肺気腫の進展に重要な役割を果たし、特に肺に基礎的障害を持つ高齢者の肺保護あるいは治療薬として有用であると期待される。
【0053】
(2)コロナウイルス感染による病態とPAI-1との関係性
コロナウイルスとPAI-1が直接関与することを示唆する報告も多くある。
・コロナウイルスのヌクレオカプシド蛋白質が細胞内のシグナル伝達分子Smad3と相互作用し、TGFβで誘導されるPAI-1発現を上昇させる(非特許文献24)。この報告から、コロナウイルスは直接PAI-1の発現を誘導し、またTGFβシグナル調節により感染細胞のアポトーシス阻害及び組織線維化を誘導すると考えられる。
・武漢におけるCOVID-19患者の死亡率と血中d-dimerとは相関する(非特許文献28)。この報告の中で、d-dimer高値(1 μg/mL以上)、すなわち血液凝固が亢進している患者で死亡率が高いことが示された。このことからコロナウイルス感染によるPAI-1上昇が血液凝固亢進に関与した可能性も考えられる。
・COVID-19患者(13例)における中等から重症の肺障害がプラスミン投与により改善した(非特許文献27)。これは線溶系の活性化がARDS治療につながることを示す成績であり、この機序についてもPAI-1阻害がひとつの治療手段であることを示唆している。
以上の報告から、PAI-1阻害薬のPAI-1阻害作用およびその線溶系亢進作用が、COVID-19患者における血液凝固亢進や肺線維化を抑制し、ARDSの抑制あるいは改善に有効に作用するものと期待される。
【0054】
実験例1 本化合物の安定性評価
本化合物(黄白色の粉末)を下記の出荷包装形態に調製した後、加速安定性試験(40℃/75%RH、6箇月)を実施した。
(包装形態)
内装:本化合物をポリエチレン二重袋(100×200mm)に充填し、結束バンドにて密封。
外装:前記本化合物を充填した内装物をファイバードラムにいれて密封。
【0055】
前記包装形態の状態で、40℃±2℃/75%RH±5%RHの条件で6箇月間保存し、1箇月後、3箇月後、及び6箇月後の各ポイントで、外観、確認試験(紫外線スペクトル、赤外吸収スペクトル、炎色反応)、水分含量分析(吸水性)、本化合物の含量分析、及び純度試験(不純物プロファイル)を実施して、本化合物の安定性を評価した。
その結果、本化合物は、前記加速安定性試験のすべての項目について、いずれ測定ポイントにおいても、保存前の状態と変化は認められず、性状が極めて安定していることが確認された。
【0056】
実験例2 PAI-1阻害作用(溶解亢進作用)の評価(In vitro試験)
ヒト血漿凝固溶解試験を行い、本化合物のPAI-1阻害作用を評価した。
具体的には、正常ヒトプール血漿にトロンビンを添加して起こる、血液凝固物を溶解するt-PAの反応系に、ヒト由来PAI-1および本化合物を添加し、PAI-1によるt-PAの作用の阻害(PAI-1作用)と本化合物による当該PAI-1作用の解除(PAI-1阻害)(溶解亢進)を評価した。
その結果、本化合物は10μM以上でPAI-1阻害作用(溶解亢進作用)が認められた。
【0057】
実験例3 抗血栓作用の評価(In vivo試験)
(1)ラット塩化第二鉄頸動脈血栓モデルにおける有効性の評価
ラット塩化第二鉄血栓モデルを用いて、本化合物の有効性(抗血栓作用)を評価した。
【0058】
i.実験方法
抗血栓作用の評価は、国際公開公報WO2010/113022の試験例3に記載する方法に準じて行った。具体的には、施術2時間前に、被験群のラットに、0.5%カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC・Na)水溶液に懸濁した本化合物を0.3、1および3 mg/kgの各用量で経口投与した。一方、vehicle群のラットには本化合物を含まない0.5% CMC・Na水溶液を経口投与した。麻酔下で、当該ラットの頸動脈に塩化第二鉄を塗布して血管に損傷を与えることで血栓の形成を誘発し、血栓生成から頸動脈が閉塞するまでの時間(閉塞時間)を最大30分までドップラ血流計で測定した。血流の閉塞はチャート上で平均血流がゼロを示した状態とした。
また、出血作用を、出血時間を測定することで評価した。出血時間の測定は、前記と同じラットで塩化第二鉄処置20分後のラットの尾にアニマルランセットを刺し、その後30秒おきに濾紙に付着する血液の有無を観察して行った。出血が止まるまでの時間(出血時間)を出血の指標とした。
【0059】
ii.実験結果
抗血栓作用の評価結果を図1(A:閉塞時間、B:出血時間)に示す。図1に示すように、本化合物は、経口投与により用量依存的に閉塞時間が延長すること、つまり血栓形成阻止作用(抗血栓作用)を有することが確認された(図1(A)参照)。また、出血時間は、vehicle群との間に有意差はなかった(図1(B)参照)。このことから、本化合物には出血作用といった副作用はないと考えられた。
【0060】
(2)カニクイザル伏在動脈血栓モデルにおける抗血栓作用の評価
カニクイザル伏在動脈血栓モデル(PITモデル)を用いて、本化合物の血栓形成阻止作用を評価した。
【0061】
i.実験方法
施術前に、被験群のカニクイザルに、0.5% CMC・Na水溶液に懸濁した本化合物を0.1、0.3、1および3 mg/kgの各用量で経口投与した。一方、vehicle群のカニクイザルには本化合物を含まない0.5% CMC・Na水溶液を経口投与した。カニクイザルの伏在動脈上に光照射プローブを設置し、ローズベンガル(20 mg/kg)静脈内投与時に540 nmの緑色光を20分間照射することにより血栓を発生させた。この血栓発生による血流の低下をパルスドップラー血流計により測定し、初日閉塞時間および累積閉塞時間を測定することで本化合物の血栓形成阻止作用を評価した。累積閉塞時間の測定結果を図2に示す。
【0062】
ii.実験結果
vehicle群(0 mg/kg)と比較して、0.3 mg/kgの経口投与群で初回閉塞時間の有意な延長(P<0.05)が認められた(図なし)。また、図2に示すように、投与用量に依存した累積閉塞時間の短縮が見られ、vehicle群(0 mg/kg)に比較して0.1 mg/kg投与群、0.3 mg/kg投与群、1.0 mg/kg投与群および3.0 mg/kg投与群で有意な短縮(P<0.01)が認められた。この結果から、本化合物は血栓形成阻止作用(抗血栓作用)を有することが確認された。またこの結果から、本化合物は用量依存性の線溶亢進作用を示し、サルへの経口投与に対する最小有効用量は0.1mg/kgであることが確認された。
この最小有効用量は、本化合物と同様にPAI-1阻害活性を有する構造類似の化合物(2-([ビフェニル-3-イルカルボニル]アミノ)-5-クロロ安息香酸)(以下、これを「類似化合物」と称する。)の当該最小有効用量(0.3mg/kg)の1/3と低く、このことからも本化合物の有効性の高さが確認された。
【0063】
実験例4 肺線維化改善作用の評価(In vivo試験)
ブレオマイシン誘導性肺線維症モデルマウスを用いて、肺線維化(肺障害後リモデリング)に対する本化合物の改善作用を評価した。なお、ブレオマイシン誘導性肺線維症モデルマウスは、ブレオマイシンを気管内に投与することによって、肺上皮細胞障害、炎症及び線維化を人為的に誘導したモデル動物である。ヒトにおける肺線維症と病理組織的変化が類似しているため、薬効評価に汎用されているモデルマウスである。
【0064】
i.実験方法
ブレオマイシン(1.2mg/mL)を単回投与した線維化モデルマウス(線維化モデル群)に本化合物(0.75mg/kg/日)を21日間経口投与し(本化合物投与群(n=9))、22日目に肺の生化学的解析ならびに肺の病態を測定した。また比較のため、本化合物に代えて、その溶解に使用した溶媒を同様に線維化モデル群に投与し(Vehicle群(n=10))、生化学解析と肺の病態を測定した。また、陽性対照群としてデキサメタゾン投与群(0.25mg/kg投与、n=9)を設定した。なお、生化学的解析は、肺のハイドロキシプロリン値を指標とした。また、肺の病態は、マッソントリクローム染色を実施して、Ashcroftらの報告(Ashcroft T et al., J Clin Pathol, 1988; 41:467)に従ってAshcroft scoreを算出することで評価した。正常マウス群(Normal群、n=10)とVehicle群(n=10)との比較により病態を確認し、またVehicle群(n=10)と本化合物投与群(n=9)との比較により、肺線維症に対する本化合物の改善作用を評価した。また、各群の平均値の差の検定は、Prism 4(GraphPad Software社)を用いて、Bonferroni selected pairs testにより実施した。
【0065】
ii.実験結果
各群の肺ハイドロキシプロリン値、及びAshcroft scoreを比較した結果を、表1、並びに図3(A)及び(B)に示す。各群の平均は、mean±SDで表し、検討はそれぞれ有意水準5%で行った。
【表1】
【0066】
いずれの結果もNormal群に比べ、Vehicle 群は有意に高値を示した。
表1及び図3(A)に示すように、肺ハイドロキシプロリン値は、Vehicle群とデキサメタゾン投与群との間に有意差は認められなかったが、本化合物投与群はVehicle群に比べて有意に低値を示し、本化合物が抗線維化作用を有することが示唆された。また、表1及び図3(B)に示すように、Ashcroft score は、Vehicle群と比較して、本化合物投与群およびデキサメタゾン投与群はいずれも有意に低値を示し、本化合物投与群は、Vehicle群と比較してAshcroft scoreの有意な改善が認められた。
これらの結果から、本化合物は、その経口投与により肺の線維化が改善する効果(抗線維化作用、肺線維症治療効果)を発揮することが確認された。
【0067】
実験例5 毒性試験
本化合物について、反復投与毒性試験、変異原性試験、染色体異常試験、小核試験、生殖・発生毒性試験、および胚・胎児発生毒性試験を実施し、本化合物の経口投与による毒性を評価した。
【0068】
(1)一般毒性試験(反復投与毒性試験)(GLP適合)
(a)ラット
ラットにおいて、30、60、120、および250mg/kg/日投与の4週間反復経口投与試験(GLP適合)を実施した。投与期間を通じて、いずれのラットも死亡は認められなかった。一般状態、体重、摂餌量、眼科的検査、心電図検査、血液学的検査、尿検査、剖検及び器官重量において、本化合物投与の影響は認められなかった。この結果から、ラットにおける本化合物の無毒性量は、雌雄ともに250mg/kg/日と判断された。
これに対して、前記構造類似化合物のラットに対する無毒性量は20mg/kg/日であった。このことから、本化合物は、構造類似化合物と比較して安全性が高く、安全域が高いことが確認された(実験例3(2)参照)。
【0069】
(b)サル
カニクイザルにおいて、GLP適合の10、30および100 mg/kg投与の39週間反復経口投与試験を実施した。投与期間を通じて、いずれのサルにも死亡は認められなかった。一般状態、体重、摂餌量、眼科的検査、心電図検査、血液学的検査、尿検査、剖検及び器官重量において、本化合物投与の影響は認められなかった。
【0070】
(2)遺伝毒性試験
下記の試験を実施し、本化合物に遺伝毒性がないことを確認した。
【0071】
(a)変異原性試験(GLP適合)
本化合物の遺伝子突然変異誘発性について細菌を用いて検討した。
塩基対置換型の遺伝子突然変異を検出するSalmonella typhimurium TA100、TA1535およびEscherichia coli WP2uvrAの3菌株と、フレームシフト型の遺伝子突然変異を検出するSalmonella typhimurium TA98およびTA1537の2菌株を使用し、プレインキュベーション法により代謝活性化剤の存在下(以下、代謝活性化法)および非存在下(以下、直接法)の条件で試験を実施した。その結果、代謝活性化法及び直接法の両結果から、本化合物には5菌株に対して遺伝子突然変異誘発作用はないと判定した。
【0072】
(b)染色体異常試験(GLP適合)
本化合物の染色体異常誘発性を、ほ乳類培養細胞(チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU細胞))を用いて、薬物代謝活性化酵素(S9 mix)の存在下(以下、代謝活性化法)および非存在下(以下、直接法)の条件で試験を行った。その結果、代謝活性化の有無に関わらず、いずれの観察用量においても陰性対照群ジメチルスルホキシド(DMSO)と比較し、構造異常出現率(-gap)および倍数性異常出現率(poly)の増加は認められなかった。このことから、本試験条件下において、本化合物はCHL/IU細胞への染色体異常誘発作用はないと判断した。
【0073】
(c)小核試験(GLP適合)
本化合物をラットに経口投与し、骨髄幼若赤血球に対する小核誘発性および骨髄細胞増殖抑制作用を検討した。
具体的には、ラットに本化合物を24時間間隔で2回経口投与し、最終投与の18~24時間後に骨髄塗抹標本を作製した。1個体あたり2000個の幼若赤血球(Immature Erythrocyte、IE)を観察し、その中に含まれる小核を有する幼若赤血球(micronucleated IE、MNIE)の出現率[MNIEs(%)]を算出した。また、全赤血球数を1個体につきおよそ1000個観察し、全赤血球中に占めるIEの割合[IEs(%)]を求めた。 その結果、本化合物投与群におけるMNIEs(%)の平均値は0.01~0.07%であり、陰性対照群(0.08%)と比較して有意な増加は認められなかった。また、本化合物投与群におけるIEs(%)の平均値は55.2~62.1%であり、陰性対照群(56.5%)と比較して有意な減少は認められなかった。また、試験期間中、ラットに死亡および一般状態の変化は認められず、陰性対照群と比較して体重に変動は認められなかった。
【0074】
以上の結果から、本試験条件下では、本化合物にはラット骨髄幼若赤血球に対する小核誘発作用および骨髄細胞への増殖抑制作用はないと判断した。
【0075】
(3)生殖・発生毒性試験
ラットを用いて受胎能および着床までの初期胚発生に対する本化合物の経口投与の影響を検討した。具体的には、本化合物をラットの雌雄に交配前2週間、交配中、雄は剖検前日まで、雌は妊娠7日まで経口投与し、親動物の生殖能および初期胚発生に及ぼす影響について検討した。試験期間中、全ての動物の一般状態、体重および摂餌量を観察、測定するとともに、雌雄の生殖能力検査、雌については性周期検査および妊娠13日に帝王切開検査を行った。剖検について雌は帝王切開時、雄は雌の帝王切開終了後に行った。
【0076】
その結果、本化合物投与群の雌雄全例で、観察期間を通して死亡は認められず、一般状態、体重、摂餌量、剖検、性周期検査、生殖能力検査および帝王切開検査のいずれにおいても、本化合物投与に起因する異常は認められなかった。このことから、本試験条件下における本化合物の生殖能を含む親動物の無毒性量および初期胚発生に関する無毒性量はいずれも1000 mg/kg/日であると結論した。
【0077】
(4)胚・胎児発生毒性試験
ラットを用いて胚・胎児発生に対する本化合物の経口投与の影響を検討した。具体的には、本化合物をラットの妊娠動物に、着床から硬口蓋閉鎖(妊娠7~17日)まで経口投与し、母動物および胚・胎児に及ぼす影響を検討した。更に、投与後の本化合物の血漿中濃度を測定しその推移を検討した。試験期間中、全ての動物の一般状態を観察し体重を測定するとともに、毒性群では摂餌量を測定し、妊娠20日に帝王切開検査を行った。その後、胎児の内臓および骨格標本を作製し、また胎児検査を行った。
【0078】
その結果、母動物に対する影響については、観察期間を通して死亡は認められず、一般状態、体重、摂餌量および剖検のいずれにも本化合物投与に起因する異常は認められなかった。
【0079】
胚・胎児発生に対する影響については、黄体数、着床数、着床前死亡率、着床後死亡率(早期吸収胚率、後期吸収胚率、死亡胎児率)、生存胎児数、性比、生存胎児体重および胎盤所見のいずれも本化合物投与に起因する異常は認められなかった。胎児の外表検査では異常は認められず、内臓および骨格検査においても本化合物投与に起因する異常は認められなかった。
【0080】
以上のことから、本化合物の経口投与による妊娠維持への影響、胚致死作用、胎児発育抑制および催奇形作用はないと考えられた。したがって、本試験条件下における本化合物の母動物および胚・胎児に対する無毒性量はいずれも1000 mg/kg/日であると結論した。
【0081】
実験例6 安全性薬理試験(GLP適合)
本化合物について、安全性薬理試験として、hERG電流に及ぼす影響と、中枢神経系、心血管系、および呼吸系に及ぼす影響を評価した。
【0082】
(1)hERG電流に及ぼす影響
ヒトether-a-go-go-関連遺伝子(hERG)導入HEK293細胞を用いて、ホールセルパッチクランプ法により、本化合物のhERG電流に及ぼす影響を検討した。薬物起因性催不整脈作用、特に心電図におけるQT間隔延長の危険性をin vitro試験において予測するために安全性薬理コアバッテリー試験の一環として実施した。本化合物の濃度として0.1、1および10 μMを設定し、適用10分後の適用前に対するTail peak current抑制率(%)をhERG電流に及ぼす影響の指標とした。媒体対照として0.1 v/v%DMSOを、陽性対照として0.1 μmol/LのE-4031を用いた。
【0083】
その結果、本化合物の0.1、1および10μM群の抑制率は、いずれも対照群と比べて差は認められなかった。このことから、本化合物は、10μMまで、hERG発現HEK293細胞におけるhERG電流に対して抑制作用を及ぼさないこと、つまりhERG電流に影響を及ぼさないことが確認された。
【0084】
(2)中枢神経系に及ぼす影響
本化合物の中枢神経系に及ぼす影響を、Crl:CD(SD)雄性ラットを用いてラットの機能総合評価法(Functional Observational Battery; FOB)により検討した。具体的には、本化合物をラットに単回経口投与し、投与前、投与後0.5、1、2、4、8および24時間に観察した。対照群(6匹)には本化合物に代えて0.5 w/v%カルメロースナトリウム水溶液(vehicle)を同様の方法で投与した。その結果、FOBの観察項目に本化合物投与に起因する変化は認められなかった。このことから、本化合物はラットを用いた単回経口投与において、300 mg/kgの投与量まで中枢神経系への影響はないと考えられた。
【0085】
(3)心血管系および呼吸系に及ぼす影響
本化合物の心血管系および呼吸系に及ぼす影響を、覚醒カニクイザルを用いてテレメトリー法並びに血液ガス測定により検討した。また、被験物質の全身的曝露についても評価した。具体的には、対照物質(0.5 w/v%カルメロースナトリウム水溶液)、本化合物を7日間の間隔で単回漸増経口投与し、心拍数、血圧(収縮期血圧、拡張期血圧および平均血圧)、心電図(PR間隔、QRS時間、QT間隔およびQTc間隔)、呼吸数並びに体温を各投与日の投与前、投与後1、2、4、6および24時間に無麻酔、無拘束で測定した。さらに、各投与日の投与前、投与後2、6および24時間に動脈血を採血し、血液ガス(酸素分圧、炭酸ガス分圧、pHおよび酸素飽和度)を測定した。また、血漿中の被験物質濃度を測定して全身的曝露を評価した。
【0086】
その結果、心拍数、血圧(収縮期、拡張期および平均)、心電図パラメータ(PR間隔、QRS時間、QT間隔およびQTc間隔)、体温、呼吸数および血液ガスパラメータ(酸素分圧、炭酸ガス分圧、pHおよび酸素飽和度)に、本化合物投与に起因する変動は認められなかった。また、一般状態に異常は認められなかった。このことから、カニクイザルを用いた単回経口投与において、本化合物は300 mg/kgの投与量まで心血管系および呼吸系へ影響を及ぼさないと考えられた。
【0087】
実験例7 臨床試験(第I相試験/単回投与)
(1)健康成人男性を対象としたプラセボ対照単回経口投与試験
日本人健康成人男性を対象(被験者)に、本化合物の単回経口投与時の安全性、および薬物動態を検討するため、プラセボ対照単回経口投与試験を実施した。その詳細を表2に記載する。
【表2】
【0088】
i.試験方法
経口投与量は、1日あたり30mg(ステップ1)、60mg(ステップ2)、120mg(ステップ3)、および240mg(ステップ5)とし、別途60 mg投与(ステップ4)において食事の影響を検討した(合計5ステップ)。ステップ1~3および5では、被験者数を1ステップあたり8名(本化合物投与群6名、プラセボ群2名)とし、このうち先行群として本化合物投与群とプラセボ群を各1名、その後、後行群として本化合物投与群5名とプラセボ群1名で実施した。後行群へは先行群での安全性を確認した後に移行した。また、ステップの移行は安全性を確認した後に行った。食事の影響をみるステップ4では、被験者数を6名として、全例に本化合物を経口投与した。ステップ4以外のステップでは、本化合物またはプラセボ薬を空腹時(朝食前)に、ステップ4では食後(朝食後)に、経口投与した。
【0089】
本化合物およびプラセボ薬投与後に、各被験者について下記の項目を評価した。
安全性:バイタルサイン(腋窩体温、坐位血圧、坐位脈拍数)、12誘導心電図、臨床検査(血液学的検査、血液生化学的検査、血液凝固系検査、尿検査、便検査)、有害事象
薬物動態:血漿中未変化体濃度及び代謝物探索、尿中未変化体濃度及び代謝物探索(120mg投与時のみ)
【0090】
ii.試験結果
すべての被験者が試験を完了し、試験を途中で中止した者はいなかった。全試験を通して本化合物投与と因果関係のある有害事象は認められなかった。薬物動態試験の結果から、AUCは本化合物240mg投与まで線形性を示すことが確認された。健常者への単回経口投与試験により、本化合物は1日あたりの経口投与量として30mgから240mgまで安全性に問題がないことが確認された。
【0091】
実験例8 臨床試験(第I相試験/反復投与)
(1)健康成人男性を対象としたプラセボ対照反復経口投与試験
日本人健康成人男性を対象(被験者)に、本化合物の反復経口投与時の安全性、薬物動態および薬力学を検討するため、プラセボ対照反復経口投与試験を実施した。その詳細を表3に記載する。
【表3】
【0092】
i.試験方法
経口投与量は、1日あたり60mg(ステップ1)、および120mg(ステップ2)とし、被験者数を1ステップあたり9名(本化合物投与群6名、プラセボ群3名)とした。ステップの移行は安全性を確認した後に行った。本化合物またはプラセボ薬を、7日間に亘って、1日1回朝食後に経口投与した。
【0093】
本化合物およびプラセボ薬投与後に、各被験者について下記の項目を評価した。
安全性:バイタルサイン(腋窩体温、坐位血圧、坐位脈拍数)、12誘導心電図、臨床検査(血液学的検査、血液生化学的検査、血液凝固系検査、尿検査、便検査)、有害事象
薬物動態:血漿中未変化体濃度、代謝物濃度
薬理活性:PAI-1活性、t-PA活性
【0094】
前記の薬理活性(PAI-1活性、t-PA活性)の評価は、本化合物またはプラセボ薬を投与する前後に採取した被験者の血液を被験試料として用いて実施した。採血は、実験初日(Day 1)と実験開始から7日目(Day 7)についてのみ、投与前と投与後2時間目、4時間目、及び8時間目に実施し、それ以外の日は1日1回、投与前に採血した〔投与開始から2~6日目(Day 2 - Day 6)、8日目(Day 8)、及び11日目(Day 11)は投与前のみ〕。
【0095】
(1)PAI-1活性の測定
被験者の血液サンプル採血後、3.2%のクエン酸塩で処理し、4℃、1,800gで10分間遠心分離し血漿を取得し、PAI-1活性測定用に使用した。回収した血漿は測定時まで-80℃以下で冷凍保存した。
【0096】
PAI-1活性は、Human PAI-1 Activity Assayキット(Molecular Innovations Inc. 製)を用いて測定した。この系は、Urokinase plasminogen activator(uPA)をコートしたプレートに被験者から採血した血漿サンプルを入れて、サンプル中のPAI-1をuPAと反応させた後、抗PAI-1抗体を用いた抗原抗体反応によってuPAに結合した活性型PAI-1をプレートリーダーにて波長450nmの吸光度で測定し、PAI-1活性として測定している。
【0097】
(2)t-PA活性の測定
被験者の血液サンプル採血後、0.5Mのクエン酸ナトリウム(pH4.3)で処理し、4℃、2,500gで15分間遠心分離し血漿を取得し、t-PA活性測定用に使用した。なお、回収した血漿は測定時まで-80℃で冷凍保存した。
【0098】
t-PA活性は、ZYMUPHEN tPA Activityキット(HYPHEN BioMed製)を用いて測定した。この系は、被験者の血漿サンプルをHuman Plasminogenと反応させて、tPAの作用によりPlasminを生成させた後、plasminに特異的な基質を反応させ、産生される分解物であるpNAをプレートリーダーにて波長405nmの吸光度で測定している。
【0099】
ii.試験結果
(a)安全性評価、薬物動態評価
すべての被験者が試験を完了し、試験を途中で中止した者はいなかった。全試験を通して本化合物投与と因果関係のある有害事象は口の錯感覚(1件)が認められたが無治療で消失した。薬物動態試験の結果から、AUC0-24hの用量依存性が認められ、また、Tmax、t1/2 0-24hおよびCmax’は反復投与による影響は認めなかった。AUCは、Day 7はDay 1より増加した。Cmin(トラフ値)は、60 mg/日投与ではDay 4で定常状態に達した。また、120 mg/日投与では、PKシミュレーションからDay 7で定常状態に達するものと推定された。
【0100】
この健常者への反復経口投与試験により、本化合物は1日あたり60mgから120mgまでの投与量で1週間経口投与しても安全性に問題がないことが確認された。
【0101】
(b)薬理活性評価(PAI-1活性、t-PA活性)
前記反復経口試験において、血液中のPAI-1活性およびt-PA活性を測定した結果を図4(上段:PAI-1活性(相対値))および(下段:t-PA活性(相対値))に示す。本化合物の経口投与前後でPAI-1活性およびt-PA活性を測定したDay1とDay7の結果に注目すると、図4に示すように、本化合物60 mg/日投与では、PAI-1活性およびt-PA活性のいずれも、プラセボ薬投与と差異がなかった。一方、本化合物120 mg/日投与では、本化合物の投与により、PAI-1活性が低下するとともに、t-PA活性が上昇することが確認された。またその変化(PAI-1活性低下、t-PA活性上昇)は、いずれも本化合物投与から8時間後が最大であり、その後は徐々に戻り、翌日にはプラセボ薬投与群と同じレベルまで戻ることが確認された。また、Day 2 - Day 6の期間中、投与前の活性値にほぼ変化がなく、さらにDay1とDay7の両日とも同じ変化を示すことから、本化合物の体内蓄積性や耐性の発生はないと判断された。
【0102】
これらの結果から、本化合物はヒトに対して1日あたり少なくとも120mgの経口投与により、PAI-1を有意に阻害してt-PAを亢進(線溶系亢進)すること(有効性)、また少なくとも120mg~240mg/日の投与量で反復経口投与しても安全であること(安全性)が確認された。
【0103】
実験例9 臨床試験(第II相試験:慢性期の慢性骨髄性白血病(CML)におけるチロシンキナーゼ阻害剤との併用時の本化合物の安全性評価、及びCMLへの有効性評価)
慢性期の慢性骨髄白血病患者(CML患者)を対象にして、本化合物とチロシンキナーゼ阻害剤(以下、「TKI」と略称)を併用して反復経口投与し、本化合物の安全性とCMLへの有効性を評価した。
【0104】
その詳細を表4に記載する。具体的には、TKIの経口投与治療を2年間以上実施している慢性期のCML患者21名に、4週間に亘って、1日1回朝食後に、本化合物120mgを、TKI(イマチニブ[100~800mg/日]、ニロチニブ[150~800mg/日]、またはボスチニブ[200~500mg/日])と併用して経口投与した。その後、8週間は観察期間とした。なお、併用薬であるTKIは、観察期間の8週間も含めて合計12週間、経口投与を継続した。対象集団は、SAS(安全性解析対象集団)とFAS(最大解析対象集団)はいずれも21名、PPS(治験実施計画書に適合した対象集団)は18名であった。
【表4】
【0105】
その結果、SAS解析対象例21例に治験薬との因果関係が認められる有害事象は発現しなかった。このことから、本化合物は、健常者だけでなく抗がん治療(上記例ではTKI治療)を受けているがん患者に対しても、少なくとも120mg/日の投与量を4週間に亘って反復経口投与しても、安全であることが確認された。この結果から、本化合物は、他の治療薬との併用も可能であることが確認された。
【0106】
なお、CML患者に対する抗がんの有効性の指標である、MR4.5(BCR-ABLIS≦0.0032%)として定義されるDMR(Deep molecular response)に到達した患者の累積達成率(DMR達成率)(NCCN Clinical Practice Guideline in Oncology[NCCN腫瘍学臨床診療ガイドライン]参照)は、本化合物とTKIとの併用により上昇することが確認された。
【0107】
実験例10 臨床試験(第II相長期投与試験:慢性期のCMLにおけるTKIとの長期併用時の本化合物の薬物動態と安全性の評価、及びCMLへの有効性)
実験例9の結果を踏まえて、この試験では、慢性期CML患者に、本化合物とTKI(イマチニブ[100~800mg/日]、ニロチニブ[150~800mg/日]、ダサチニブ[20~100mg/日]、又はボスチニブ[200~500mg/日])を、48週間の期間、併用してもらい(いずれも経口投与)、本化合物の薬物動態と安全性を評価した。さらに本化合物とTKIとの併用によるCMLへの有効性を評価した。
【0108】
試験概要は、下記の点を除いて、実験例9と概ね同様である。
前記TKIによる経口投与治療を1年以上実施している20~80歳未満の慢性期CML患者(33名)を対象に、本化合物を朝食後に経口投与した。本化合物の投与量は150mg/日からはじめ、投与後4週時にBCR-ABLIS値がDMR(0.0032%以下)に到達しなかった場合、所定の審査後、8週目より180 mg/日に増量を可とした。途中で脱落や中止例はなく、全員が解析対象(SAS解析対象、FAS解析対象、PPS解析対象)になった。4週目でDMRに到達しなかった被験患者27名のうち18名の投与量を180 mg/日に増量した。
【0109】
薬物動態では、本化合物の未変化体の血中濃度を測定した。その結果、未変化体濃度は、各被験患者とも4週以降48週までほぼ一定の範囲内で推移し、体内への蓄積性は認められなかった。
【0110】
安全性評価では、本化合物との因果関係で「可能性あり」の有害事象が6名の患者(18.2%)で8件認められたが(リンパ球減少症、眼瞼浮腫、結膜出血、口内炎、口内知覚過敏、肝機能異常、頭痛)、いずれも処置を必要とする有害事象ではなかった。
【0111】
これらのことから、本化合物は、健常者だけでなく、抗がん治療(上記例ではTKI治療)を受けているがん患者に対して、少なくとも150~180mg/日の投与量を48週間に亘って反復経口投与した場合でも、安全であることが確認された。
【0112】
[CMLへの有効性]
CMLへの有効性は、下記の2点から評価した。
(1)DMR(BCR-ABLIS:0.0032%以下)に到達したCML患者の累積達成率
(2)BCR-ABLISの推移
【0113】
担当医師は本化合物投与開始前28日以内、投与開始後4週、8週、12週、24週、36週、48週又は中止時に、末梢血を採取してBCR-ABLIS定量PCRキット(シスメックス社製)を用いて検査を実施し、結果(IS%、ABLコピー数、BCR-ABLコピー数)を取得した。この結果から、前記(1)と(2)を評価した。
【0114】
DMRに到達したCML患者の累積達成率を表5に示す。
【表5】
【0115】
被験患者33名のうち、DMRを達成した患者は11名であり、36週以降の累積DMR達成率は33.3%であった。この達成率は、ヒストリカルコントロール8%と比較して高く、本試験の目標値(エンドポイント)として設定した33%を満たす成績である。
【0116】
DMR達成11名に対するTKIと本化合物の投与量の内訳を下記に示す。
【表6】
【0117】
上記に示すように、本試験では本化合物(150~180mg/日)とTKI(イマチニブ[200mg/日]、ニロチニブ[150~600mg/日]、ダサチニブ[100mg/日]、又はボスチニブ[500mg/日])とを36週間以上反復投与することにより、有意な効果が認められた。
【0118】
BCR-ABLISの推移は、被験患者33名のベースライン、4週時、8週時、12週時、24週時、36週時、48週時におけるBCR-ABLIS値(平均値±標準偏差、Wilcoxon検定)は、0.0181±0.01764%、0.0134±0.01301%(P=0.1222)、0.0129±0.01569%(P=0.0929)、0.0133±0.02012%(P=0.0228)、0.0149±0.02596%(P=0.0427)、0.0152±0.03427%(P=0.0304)、0.0210±0.06718%(P=0.0124)で、12週以降に有意な低下が認められた。投与パターン別では、「150mg/日継続投与」15名については、12週時、24週時に有意な低下が認められ、「150mg/日→180mg/日増量投与」18名については、48週時に有意な低下が認められた。
【0119】
以上の結果から、CML患者に、少なくとも150~180mg/日の投与量で本化合物を毎日36週間以上継続的にTKIと併用投与することでCMLへの治療効果が確認された。このことから、本化合物は、この投与量でTKIと併用することで、CML 患者への安全性を担保しながら、TKIのCMLへの治療効果を補助若しくは増強する作用を発揮するものと考えられる。本化合物とTKI との併用療法は、CMLを根治(完全寛解の維持)させる療法として有効でありえる。
【0120】
実験例11 COVID-19肺炎に対する有効性試験(探索的前期第II相試験)
COVID-19肺炎に対する本化合物の重症化阻止効果と安全性を探索的に検討した。
【0121】
(1)試験の概要
【表7】
【0122】
(2)評価項目
(i)主要評価項目
本化合物経口投与後に、人工呼吸器管理下での酸素供給治療への移行の有無(酸素化の悪化の有無)。
【0123】
(ii)副次評価項目
(a)本化合物投与開始から28日間の生存
(b)本化合物投与開始後の入院期間
(c)本化合物投与開始後の酸素投与必要日数
(d)・本化合物投与前後の胸部CT画像上の肺野病変の割合の変化
【0124】
(iii)安全性評価項目
本化合物投与開始後から観察終了時までの有害事象発生の有無。
【0125】
(3)評価結果
(i)主要評価
本化合物経口投与後に、人工呼吸器管理が必要となる酸素化の悪化の症例はなかった。
【0126】
(ii)副次評価
(a)本化合物投与開始から28日間の生存:
全症例生存
【0127】
(b)本化合物投与開始後の入院期間
【表8】
【0128】
(c)本化合物投与開始後の酸素投与必要日数(酸素投与を必要とした例数)
【表9】
【0129】
本化合物投与開始後の酸素投与必要日数は、順次減少がみられた。
【0130】
(d)本化合物投与前後の胸部CT画像上の肺野病変の割合の変化
結果を図5に示す。図5は未登録例及び中止例を除く18例の結果である。これから18例のうち13例は、肺視野病変の割合が、本化合物の14日間投与により減少していることが確認され、肺炎が改善もしくは重症化が抑制されていることが確認された。
【0131】
(iii)安全性評価項目
本化合物投与開始後から観察終了時まで、17名33件の有害事象の発現が認められた。しかし、便秘、鼻出血、血痰、頭痛及び湿疹など、本化合物と関連性のある治療を要する有害事象は認められなかった。また、試験にあたり、ヘパリンは併用禁止薬だが、レムデシベル、アビガンステロイドは併用可とした。その結果、レムデシベル(8例)、アビガン(5例)、吸入ステロイド(22例)、抗血小板薬(5例)との併用患者でも治療を要する有害事象は認められなかった。
【0132】
以上の試験結果に示すように、本化合物との因果関係の可能性がある治療を要する有害事象はなかったことから、本化合物は、COVID-19肺炎患者に対しても、安全に、且つCOVID-19肺炎の重症化(酸素化の悪化)を防止する効果を発揮することが確認された
【産業上の利用可能性】
【0133】
以上のように、本化合物は、反復経口投与に対する安全性が確認されているとともに、肺内微小血栓の阻害作用、肺線維化の抑制作用、肺気腫の抑制作用、炎症(サイトカイン症候群、特に重篤なサイトカインストームを含む)の改善作用などを有している。このことから、本化合物は、COVID-19を含むコロナウイルス感染に伴う呼吸器炎症の重症化や、ARDSへの進展を予防する実用的な医薬として有用である。
図1
図2
図3
図4
図5