(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-28
(45)【発行日】2023-12-06
(54)【発明の名称】接合構造体
(51)【国際特許分類】
B23K 26/21 20140101AFI20231129BHJP
B23K 26/354 20140101ALI20231129BHJP
【FI】
B23K26/21 G
B23K26/21 W
B23K26/354
(21)【出願番号】P 2019192559
(22)【出願日】2019-10-23
【審査請求日】2022-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 侑椰
(72)【発明者】
【氏名】大槻 周佑
(72)【発明者】
【氏名】清水 智博
(72)【発明者】
【氏名】清水 皇
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/080526(WO,A1)
【文献】特開平04-210883(JP,A)
【文献】特開平07-075893(JP,A)
【文献】特開平09-206967(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2003/0230557(US,A1)
【文献】大沢基明、米山友之,レーザ表面改質による耐食性の改善,材料と環境,日本,公益社団法人腐食防食学会,1994年04月15日,第43巻第4号,第216ページ~225ページ,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcorr1991/43/4/43_4_216/_pdf/-char/ja
【文献】瀬尾真浩,合金の表面酸化,表面科学,日本,公益社団法人日本表面学会,1989年10月20日,第10巻第9号,第558ページ-564ページ,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsssj1980/10/9/10_9_558/_pdf/-char/ja
【文献】中尾嘉邦、西本和俊、張文平、田村義樹,耐食性に及ぼすレーザ急冷凝固処理の影響,溶接学会論文集,日本,一般社団法人溶接学会,1991年02月05日,第9巻第1号,第117ページ-第122ページ,https://www.jstage.jst.go.jp/article/qjjws1983/9/1/9_1_117/_pdf/-char/ja
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/00 ― 26/70
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
不働態被膜を形成する金属より構成された被接合部材(11)同士を繋ぐ溶接部(12)を有する接合構造体(1)であって、
上記溶接部の最表面部分(120)が孔食電位を有
しており、
上記溶接部は、
内部に形成された溶接部本体(121)と、
上記溶接部本体に接して形成された表面改質層(122)と、を備え、
上記表面改質層は、
上記孔食電位を有する上記最表面部分と、
溶融凝固した上記金属あるいは溶融半凝固した上記金属が再溶融凝固してなる部位と、を含み、
上記溶接部は、
上記被接合部材同士が溶接されて溶融凝固した上記金属あるいは溶融半凝固した上記金属の表層がキーホールが形成されないように再溶融凝固されることによって上記表面改質層が形成されており、上記表層よりも深い部位が再溶融凝固されないことによって上記溶接部本体が形成されており、かつ、上記再溶融凝固される上記表層の領域は、上記溶接部の最表面から溶接深さ方向(Y)に0.5μm以上の深さ範囲であり、
上記表面改質層の最表面は、X線吸収微細構造解析によってスピネル酸化物が検出されない、接合構造体(1)。
【請求項2】
溶接深さ方向(Y)に沿う断面視で、上記表面改質層の最大径は、上記溶接部本体の最大径以上である、請求項
1に記載の接合構造体。
【請求項3】
溶接深さ方向(Y)に沿う断面視で、上記表面改質層の層厚は0.5μm以上である、請求項
1または請求項2に記載の接合構造体。
【請求項4】
上記表面改質層は、複数の溶接ビード(122a)を有しており、隣り合う各上記溶接ビードが重なりを持って配置されている、請求項
1から請求項3
のいずれか1項に記載の接合構造体。
【請求項5】
上記表面改質層は、単数の溶接ビード(122a)を有している、請求項
1から請求項3
のいずれか1項に記載の接合構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接合構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、接合構造体が有する溶接部に耐食性が要求される場合、表面塗装による溶接部の保護、無酸素雰囲気下における溶接部の形成などが行われている。
【0003】
なお、先行する特許文献1には、原子炉炉内構造物の応力腐食割れを防止するため、構造物における溶接熱影響部に存在する亀裂状の欠陥を、レーザ光にて溶融して消失させた後、溶融ビ-ドおよびその熱影響部を含む領域、あるいは、溶接熱影響部全体を含む領域の表面に、再びレーザ光を投入して加熱、急冷することにより、急冷凝固スポットが一部重なりあってなる表面改質層を形成する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した溶接部を表面塗装する接合構造体は、塗装工程の追加により製造工程が複雑になる。また、無酸素雰囲気下で溶接する接合構造体は、特殊設備が必要となり製造工程が複雑になる。
【0006】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、製造工程を簡素化することができ、高い耐食性を有する接合構造体を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、不働態被膜を形成する金属より構成された被接合部材(11)同士を繋ぐ溶接部(12)を有する接合構造体(1)であって、
上記溶接部の最表面部分(120)が孔食電位を有しており、
上記溶接部は、
内部に形成された溶接部本体(121)と、
上記溶接部本体に接して形成された表面改質層(122)と、を備え、
上記表面改質層は、
上記孔食電位を有する上記最表面部分と、
溶融凝固した上記金属あるいは溶融半凝固した上記金属が再溶融凝固してなる部位と、を含み、
上記溶接部は、
上記被接合部材同士が溶接されて溶融凝固した上記金属あるいは溶融半凝固した上記金属の表層がキーホールが形成されないように再溶融凝固されることによって上記表面改質層が形成されており、上記表層よりも深い部位が再溶融凝固されないことによって上記溶接部本体が形成されており、かつ、上記再溶融凝固される上記表層の領域は、上記溶接部の最表面から溶接深さ方向(Y)に0.5μm以上の深さ範囲であり、
上記表面改質層の最表面は、X線吸収微細構造解析によってスピネル酸化物が検出されない、接合構造体(1)にある。
【発明の効果】
【0008】
上記接合構造体は、溶接部の最表面部分が孔食電位を有するため、溶接部を表面塗装しなくても高い耐食性を有する。そのため、上記接合構造体によれば、溶接部の塗装工程が不要になり、その分、製造工程を簡素化することができる。また、上記接合構造体の溶接部は、溶接部の最表面部分が孔食電位を有するため、無酸素雰囲気下にて製造しなくても高い耐食性を有する。そのため、上記接合構造体によれば、無酸素雰囲気とするための特殊設備が不要になり、大気雰囲気下にて製造できるため、その分、製造工程を簡素化することができる。また、上記接合構造体は、特殊な高耐食性材料を使用しなくても、高い耐食性を発揮することができるので、被接合部材の材料選択の自由度を高くすることができる。
よって、上記接合構造体によれば、製造工程を簡素化することができ、高い耐食性を有する接合構造体を提供することができる。
【0009】
なお、特許請求の範囲および課題を解決する手段に記載した括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものであり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、実施形態1に係る接合構造体の溶接深さ方向に沿う断面例を模式的に示した図である。
【
図2】
図2は、実施形態1に係る接合構造体の溶接部を表面側から見た一例を模式的に示した図である。
【
図3】
図3は、実施形態1に係る接合構造体の溶接深さ方向に沿う他の断面例を模式的に示した図である。
【
図4】
図4は、孔食電位測定装置の一例を模式的に示した図である。
【
図5】
図5は、溶接部の最表面部分が孔食電位を有する場合について説明するための図である。
【
図6】
図6は、改質を施さず、通常にレーザ溶接した場合における接合構造体の溶接深さ方向に沿う断面例を模式的に示した図である。
【
図7】
図7は、従来の接合構造体における溶接部の最表面部分にスピネル酸化物が生成するメカニズムについて説明するための図である。
【
図8】
図8は、溶接部の最表面部分をキーホールが生じないように改質(再溶融凝固)して表面改質層を形成する手法について説明するための図である。
【
図9】
図9は、実施形態2に係る接合構造体の溶接深さ方向に沿う断面例を模式的に示した図である。
【
図10】
図10は、実施形態2に係る接合構造体の溶接深さ方向に沿う他の断面例を模式的に示した図である。
【
図11】
図11は、
図9に示される接合構造体の製造方法の一例について説明するための図である。
【
図12】
図12は、
図10に示される接合構造体の製造方法の一例について説明するための図である。
【
図13】
図13は、実験例1における、試料1、試料1Cにおける溶接部の孔食電位の測定結果を示した図である。
【
図14】
図14は、実験例1における、試料2、試料2Cにおける溶接部の孔食電位の測定結果を示した図である。
【
図15】
図15は、実験例3における、試料3の接合構造体における溶接部と、試料3Cの接合構造体における溶接部とを比較して示した図である。
【
図16】
図16は、実験例4における、試料4の接合構造体における溶接部についての複合サイクル試験の結果を示した図である。
【
図17】
図17は、実験例4における、試料4Cの接合構造体における溶接部についての複合サイクル試験の結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(実施形態1)
実施形態1の接合構造体について、
図1~
図8を用いて説明する。
図1~
図3に例示されるように、本実施形態の接合構造体1は、被接合部材11同士を繋ぐ溶接部12を有している。
【0012】
被接合部材11は、不働態被膜を形成する金属(合金含む)より構成されている。不働態被膜を形成する金属としては、例えば、Cr、Cr合金、Al、Al合金、Ti、Ti合金などを例示することができる。なお、Cr合金には、ステンレス鋼等のFe-Cr合金が含まれる。被接合部材11同士は、互いに同種の金属より構成されていてもよいし、互いに異なる種類の金属より構成されていてもよい。
【0013】
溶接部12は、被接合部材11同士を繋いでいる。
図1に示される接合構造体1では、被接合部材11同士が積層され、積層された被接合部材11同士が溶接部12により連結されている例が示されている。他にも、例えば、
図3に示される接合構造体1のように、被接合部材11同士が互いに突き合わされ、突き合わされた被接合部材11同士が溶接部12により連結されていてもよい。このように、接合構造体1において、被接合部材11同士の配置は特に限定されない。
【0014】
なお、本開示において、溶接部12は、被接合部材11を構成する金属が溶融凝固してなる部位のみならず、溶融凝固あるいは溶融半凝固した上記金属が再溶融凝固してなる部位をも含みうる。但し、本開示において、溶接部12は、熱影響部を含まないものとする。
【0015】
溶接部12の最表面部分120は、孔食電位を有している。孔食電位は、アノード分極曲線において、電流密度が急激な立ち上がりを示す電位のことである。孔食電位は、具体的には、JIS G0577:2014「ステンレス鋼の孔食電位測定方法」に準拠して測定される値である。
図4に、孔食電位測定装置9の一例を示す。試験溶液90は、B法の3.5%(質量分率)塩化ナトリウム水溶液である。試験電極91は、樹脂などの絶縁物を用いた塗布型電極である。照合電極92の種類は、Ag/AgCl電極である。対極93は、白金(Pt)である。電位掃引速度は、20mV/minである。脱気に用いるガスの種類はArである。なお、
図4の孔食電位測定装置9において、符合94は飽和KCl、符合95は寒天塩橋、符合96はルギン管、符合97は脱気用ガス管、符合98はポテンショ/ガルバノスタット、符合99はコンピュータである。
【0016】
図5に、上述の孔食電位測定方法により得られる、電流密度(μA/cm
2)(横軸)と電位(mV.vs.Ag/AgCl)(縦軸)との関係図を模式的に示す。
図5において、曲線C1は、接合構造体1における溶接部12および溶接部12周囲の熱影響部以外の部分、つまり、被接合部材の母材金属のアノード分極曲線である。母材金属は、不働態被膜を形成する金属より構成されており、溶接の影響を受けていないので孔食電位Epを有している。曲線C3は、溶接部12の最表面部分120のアノード分極曲線である。溶接部12の最表面部分120は、孔食電位Ep’を有しており、不働態化している。つまり、溶接部12の最表面部分120は、孔食電位Ep’を有するよう改質されているといえる。なお、孔食電位Ep’は、
図5に示されるように、孔食電位Epより小さくてもよいし(Ep’<Ep)、孔食電位Epより大きくてもよいし(Ep’>Ep)、孔食電位Epと同じであってもよい(Ep’=Ep)。なお、比較として、
図6に、後述の改質を施さず、通常にレーザ溶接してなる接合構造体3の溶接深さ方向Yに沿う断面例を模式的に示す。
図5に示した曲線C2は、この改質が施されていない溶接部34のアノード分極曲線である。溶接部34の最表面部分340は、溶接時に不働態被膜が破壊されて再生しないため孔食電位を有しておらず、不働態化していない。
【0017】
溶接部12は、具体的には、
図1、
図3に例示されるように、接合構造体1の内部に形成された溶接部本体121と、溶接部本体121に接して形成された表面改質層122と、を備え、表面改質層122が孔食電位を有する最表面部分120を含む構成とすることができる。この構成によれば、上述した作用効果を確実なものとすることができる。溶接部本体121は、より具体的には、被接合部材11同士を繋ぐための溶接によって被接合部材11を構成する金属が溶融凝固してなる部位を含むことができる。表面改質層122は、上記溶融凝固した上記金属、あるいは、溶融半凝固した上記金属が再溶融凝固してなる部位を含むことができる。表面改質層122と溶接本体121との境界は、断面をエッチングして組織観察をすることによって確認することができる。
【0018】
溶接深さ方向Yに沿う断面視で、表面改質層122の最大径L2は、溶接部本体121の最大径L1以上である構成とすることができる。この構成によれば、溶接部12の表面から見た場合に、溶接部本体121が表面改質層122によって隠れる、つまり、溶接部12の表面が表面改質層122によって覆われ、溶接部12の表面に耐食性に劣る溶接部本体121が露出しない。そのため、この構成によれば、耐食性の向上を確実なものとすることができる。
【0019】
溶接深さ方向Yに沿う断面視で、表面改質層122の層厚は0.5μm以上とすることができる。この構成によれば、表面改質層122の表面の不働態化が確実なものとなり、溶接部12の耐食性向上が確実なものとなる。
【0020】
上記層厚は、上記効果をより確実なものとするなどの観点から、好ましくは、0.6μm以上、より好ましくは、0.8μm以上、さらにより好ましくは、1μm以上とすることができる。なお、上記層厚は、入熱量が増大することによる熱変形の抑制などの観点から、好ましくは、100μm以下とすることができる。なお、上記層厚は、溶接深さ方向Yに沿う断面にて測定した表面改質層122の任意の10箇所の厚み測定値の平均値である。
【0021】
表面改質層122の最表面は、X線吸収微細構造(XAFS:X-ray Absorption Fine Structure)解析によってスピネル酸化物が検出されないことが好ましい。本発明者らの知見によれば、Fe-Crスピネル等のスピネル酸化物は耐食性を低下させるためである。以下、これについて詳説する。
【0022】
図7に示されるように、大気雰囲気中、アシストガスAGとしてArガスやN
2ガス等の不活性ガスを供給しながら、レーザ光等の高エネルギービームBにより被接合部材11同士を溶接する場合を考える。この場合、エネルギービームBの照射により溶融した金属の蒸発MVが始まり、被接合部材11を構成する金属にキーホールKと呼ばれる深い空洞が形成される。この際、金属の蒸発MVに伴って気流誘導が生じ、大気雰囲気中から溶接部位に酸素が過剰に供給される。これにより、レーザ溶接等の高エネルギービーム溶接だけでは、酸化が過剰に進み、最表面にある不働態被膜中にFe-Crスピネル等のスピネル酸化物が生成する。具体的には、例えば、ステンレス鋼等では、CrOHO、Cr
2O
3を含む不働態被膜中にFe-Crスピネルが生成する。このように溶接によって形成されたスピネル酸化物は耐食性を低下させる原因となる。ところが、
図8に示されるように、形成された溶接部12の最表面部分を、大気雰囲気中、アシストガスAGとしてArガスやN
2ガス等の不活性ガスを供給しながら、キーホールKが生じないように浅く溶接する、つまり、キーホールKが生じないように再溶融凝固させる(改質する)と、過剰な酸化が抑制され、X線吸収微細構造解析によってスピネル酸化物が検出されない表面改質層122を形成することができる。
【0023】
上述した接合構造体1は、種々の産業において、耐食性が求められる構造体に適用することができる。例えば、上述した接合構造体1は、自動車分野において耐食性が求められる各種部品などに適用することができる。上述した接合構造体1は、溶接部12表面に塗装がなされていなくても、高い耐食性を発揮することができる。そのため、上述した接合構造体1は、塩水による厳しい耐食環境で使用されることが多い自動車分野における各種部品に好適に適用することができる。各種部品としては、例えば、直噴ガソリンエンジン用高圧燃料ポンプ等の自動車エンジン用部品などが挙げられる。
【0024】
接合構造体1における溶接部12は、上述したように、例えば、大気雰囲気中、アシストガスAGとしてArガスやN2ガス等の不活性ガスを供給しながら、レーザ光等の高エネルギービームBにより被接合部材11同士を溶接し、溶融凝固した金属、あるいは、溶融半凝固した金属の表層を、さらに、レーザ光等の高エネルギービームBによりキーホールKが形成されないように再溶融して凝固させることにより形成することができる。つまり、形成された溶接部位の表層のみを再溶融凝固させ、表層よりも深い部位については、再溶融凝固させない。この製法によれば、被接合部材11同士を溶接する際に用いる高エネルギービームBを、溶接部12の表面改質に流用することができるため、製造工程の簡素化、コスト削減等を図りやすい利点がある。この際、再溶融凝固させる表層の領域は、表面改質層122による耐食性向上効果を確実なものとするなどの観点から、上記溶接部位の最表面から溶接深さ方向Yに0.5μm以上の深さ範囲とすることができる。
【0025】
本実施形態において、上述した表面改質層122は、
図1、
図2に示されるように、複数の溶接ビード122aを有することができる。溶接ビード122aは、溶融凝固した金属、あるいは、溶融半凝固した金属が再溶融凝固してなる部位である。なお、溶接ビード122aは表面に盛り上がっていなくてもよいし、盛り上がっていてもよい。ここでは、隣り合う各溶接ビード122aが重なりを持って配置されている。つまり、隣り合う各溶接ビード122aが一部重なり合うことによって表面改質層122が形成されている。複数の溶接ビード122aを有する表面改質層122は、例えば、改質すべき溶接部位表面を複数の領域に分割し、キーホールKが形成されないビーム強度(レーザ強度)のエネルギービーム(レーザ光)にて、各分割領域についてエネルギービーム(レーザ光)の輪郭が重なるようにエネルギービーム(レーザ光)を順次走査し、改質すべき溶接部位表面にエネルギービームを照射する改質処理などによって形成することができる。
図1、
図2に示される表面改質層122は、具体的には、例えば、レーザ溶接によって形成した溶融凝固部の表面を複数の領域に分割し、キーホールKが形成されないレーザ強度のレーザ光にて、各分割領域についてレーザ光の輪郭が重なるようにレーザ光を直線状に順次走査(複数回走査)し、溶融凝固部の表面にレーザ光を照射する改質処理などによって形成することができる。上記した方法によれば、改質すべき溶接部位表面に対して小さなエネルギーのエネルギービーム(レーザ光)を用いるため、改質処理による熱影響部を小さくすることができる。
【0026】
(実施形態2)
実施形態2の接合構造体について、
図9~
図12を用いて説明する。なお、実施形態2以降において用いられる符号のうち、既出の実施形態において用いた符号と同一のものは、特に示さない限り、既出の実施形態におけるものと同様の構成要素等を表す。
【0027】
図9、
図10に例示されるように、本実施形態の接合構造体1において、表面改質層122は、単数の溶接ビード122aを有している。表面改質層122と溶接本体部121との界面123は、例えば、
図9に示されるように、溶接深さ方向Yに沿う断面で、溶接本体部121側に凸となるように湾曲した形態とされることができる。なお、
図9では、表面改質層122と溶接本体部121との界面123が、溶接本体部側に突出する円弧状に湾曲した形態が示されている。また、表面改質層122と溶接本体部121との界面123は、例えば、
図10に示されるように、凹凸を有する形態とされることもできる。
【0028】
実施形態1にて上述した複数の溶接ビード122aを有する表面改質層122は、エネルギービームを複数回走査することによって形成される。これに対して、本実施形態の接合構造体のように、単数の溶接ビード122aを有する表面改質層122は、レーザを1回走査することによって形成することができる。そのため、この構成によれば、生産効率を向上させることができる接合構造体1が得られる。
【0029】
具体的には、
図9に示されるような表面改質層122は、例えば、
図11に示されるように、エネルギービームBの規格化放射強度がガウス分布で表されるモード(シングルモード)にて、改質すべき溶接部位表面の外形に合わせてエネルギービームBを照射することによって形成することができる。
図9に示されるような表面改質層122は、その形成時におけるエネルギー損失が少なく、エネルギー効率がよい利点がある。また、
図10に示されるような表面改質層122は、例えば、
図12に示されるように、エネルギービームBの規格化放射強度分布が複数のピークを持ったモード(マルチモード)にて、改質すべき溶接部位表面の外形に合わせてエネルギービームBを照射することによって形成することができる。
図10に示されるような表面改質層122は、その形成時におけるエネルギー入力を均一化することができる利点がある。その他の構成および作用効果は、実施形態1と同様である。
【0030】
(実験例)
<実験例1>
DSUS430製の板材を用い、レーザ溶接装置により、大気雰囲気中、アシストガスとしてN2ガスを供給しながら、キーホールが形成されるように、ビードオンレーザ溶接した。レーザ溶接装置には、Trumpf社製、「TruDiode4006」を用いた。なお、レーザ溶接条件は、スポット径0.6mm、出力1200W、溶接速度25mm/s、N2ガス流量40L/minとした。次いで、上記レーザ溶接によって溶融凝固した金属の表層を、さらに、レーザ溶接装置を用い、キーホールKが形成されないように再溶融して凝固させることにより、表面改質した。この際、再溶融凝固は、溶融凝固した金属の最表面から溶接深さ方向に0.5μm以上の深さ範囲とした。なお、レーザによる改質条件は、スポット径0.6mm、出力200W、溶接速度25mm/s、N2ガス流量40L/minとした。上記表面改質による試料を試料1とする。なお、本例では、実際に板材を積層したものを溶接しておらず、一枚の板材にレーザを照射した。本例は、レーザを照射した最表面の不動態被膜の有無を確認するための実験例であるためである。
【0031】
試料1の作製において、上記表面改質を実施することなく、試料1Cを作製した。
【0032】
試料1の作製において、DSUS430製の板材に代えて、SUS436MT製の板材を用いた点以外は、同様にして、試料2を作製した。
【0033】
試料2の作製において、上記表面改質を実施することなく、試料2Cを作製した。
【0034】
次いで、試料1、試料2の表面について、改質した部分を露出させるとともに、それ以外の部分をマスキングした。次いで、JIS G0577に準拠し、孔食電位を測定した。また、試料1、試料2における母材についても、同様に、孔食電位を測定した。また、試料1C、試料2Cにおける、上記レーザ溶接によって溶融凝固した金属の表面について、同様に孔食電位を測定した。
【0035】
その結果を、
図13および
図14に示す。また、試料1については、母材の孔食電位が250mV、溶接部の最表面部分の孔食電位が200mVであり、母材の孔食電位に対する、溶接部の最表面部分の孔食電位の割合は、80%であった。また、試料2については、母材の孔食電位が330mV、溶接部の最表面部分の孔食電位が290mVであり、母材の孔食電位に対する、溶接部の最表面部分の孔食電位の割合は、88%であった。一方、試料1C、試料2Cは、レーザ溶接によって溶融凝固した金属の表面がそのまま露出した状態であり、孔食電位を有していなかった。この結果から、表面改質により、溶接部の最表面部分の孔食電位が、母材の孔食電位の80%以上にまで回復し、溶接部の耐食性が向上していることがわかる。
【0036】
<実験例2>
実験例1にて作製した試料1における表面改質層の最表面、および、試料1Cにおける溶融凝固した金属の最表面について、X線吸収微細構造解析を行った。X線吸収微細構造解析のXAFS測定機器には、あいちシンクロトン光センター あいちSR(ビームライン:BL11S2、分析手法:硬X線XAFS(X線吸収端微細構造法)、検出方法:部分蛍光収量法(PFY)、転換電子収量法(CEY))を用いた。測定条件は、キャリブレーション条件:fcc-Cu箔(厚み10μm)の吸収端の変曲点、PFY検出器:7chSDD(Silicon drift Detecter)、CEY検出器:転換電子セル(雰囲気1気圧のHe、-500V印加)、Cr-K端測定範囲:5985eV~6035eV、Fe-K端測定範囲:7100eV~7180eVである。
【0037】
その結果、試料1Cについては、Cr2O3、CrOHO以外にFe-Crスピネルが検出されたが、試料1については、Cr2O3、CrOHOは検出されたがFe-Crスピネルは検出されなかった。この結果と、実験例1の結果とを合わせると、Fe-Crスピネルが耐食性を低下させる原因であることが確認された。
【0038】
<実験例3>
SUS630より構成される第1の被接合部材と、SUS436MTより構成される第2の被接合部材の両部材同士を積層し、実験例1と同様にして、両者をレーザ溶接した。次いで、レーザ溶接によって溶融凝固した金属の表層を、実験例1と同様にして、キーホールKが形成されないように再溶融して凝固させることにより、表面改質した。なお、表面改質は、レーザ溶接によって形成した溶融凝固部の表面を複数の領域に分割し、キーホールKが形成されないレーザ強度のレーザ光にて、各分割領域についてレーザ光の輪郭が重なるようにレーザ光を直線状に順次走査し、溶融凝固部の表面にレーザ光を照射することにより行った。以上により得られた接合構造体を試料3とした。また、試料3の接合構造体の作製において、上記表面改質を実施することなく、試料3Cの接合構造体を作製した。各試料の溶接深さ方向に沿う断面をエッチングし、エッチング後の断面をSEMにて観察した。その結果を、
図15に示す。なお、
図15(a)中、白線Wcで囲った部分がレーザ溶接によって溶融凝固した金属の部分である。
図15(b)は、その拡大図である。また、
図15(c)中、白線Wで囲った部分が表面改質層である。
図15(d)は、その拡大図である。
【0039】
図15(c)(d)に示されるように、試料3の接合構造体における溶接部は、内部に形成された溶接部本体と、溶接部本体に接して形成された表面改質層とを備えていることが確認された。したがって、上述した実験例1にて測定した孔食電位は、表面改質層の最表面部分の孔食電位ということになる。また、表面改質層の最大径は、溶接部本体の最大径以上であった。よって、本例によれば、製造工程を簡素化することができ、高い耐食性を有する接合構造体が得られることが確認された。
【0040】
また、
図15(d)に示されるように、試料3の接合構造体における溶接部の表面改質層は、複数の溶接ビードを有しており、隣り合う各溶接ビードが重なりを持って配置されていることが確認された。
【0041】
<実験例4>
DSUS13Aより構成される第1の被接合部材と、DSR7より構成される第2の被接合部材とを用い、実験例3と同様にして、両者をレーザ溶接した。次いで、レーザ溶接によって溶融凝固した金属の表層を、実験例1と同様にして、キーホールKが形成されないように再溶融して凝固させることにより、表面改質した。なお、本例では、第1の被接合部材および第2の被接合部材は、具体的には、直噴ガソリンエンジン用高圧燃料ポンプの部品である。また、本例では、表面改質層は、単数のビードから構成した。以上により得られた接合構造体を試料4とする。また、試料4の接合構造体の作製において、上記表面改質を実施することなく、試料4Cの接合構造体を作製した。
【0042】
各試料について、複合サイクル試験を実施した。複合サイクル試験は、JIS K5600-7-9:2006「サイクル腐食試験方法」に記載の試験条件のサイクルを複数回繰り返す噴霧室中に試料を放置するという試験である。上記複合サイクル試験後、各試料の外観をSEMにて観察するとともに、溶接深さ方向に沿う断面をエッチングし、エッチング前後の断面をSEMにて観察した。その結果を、
図16および
図17に示す。なお、
図17中、断面エッチング後の図中示される白線Wcで囲った部分がレーザ溶接によって溶融凝固した金属の部分である。また、
図16中、断面エッチング後の図中に示される白線Wで囲った部分が表面改質層である。
【0043】
図16および
図17に示されるように、表面改質を行った試料4における溶接部Aと表面改質を行っていない試料4Cにおける溶接部Bとを比較する。低サイクル側(各図の左側半分)において、表面改質を行っていない試料4Cにおける溶接部に生じた孔食深さ(断面エッチング後の図中に示される両矢印の部分)は、0.265mmであった。これに対し、表面改質を行った試料4における溶接部に生じた孔食深さは、0.076mmであった。この結果から、試料4の溶接部は、試料4Cの溶接部よりも高い耐食性を有していることが確認された。また、高サイクル側(各図の右側半分)の結果からも、試料4は、試料4Cよりも腐食速度が遅くなっており、耐食性が大幅に改善されていることが確認された。
【0044】
本発明は、上記各実施形態、各実験例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。また、各実施形態、各実験例に示される各構成は、それぞれ任意に組み合わせることができる。
以下、参考形態の例を付記する。
項1.
不働態被膜を形成する金属より構成された被接合部材(11)同士を繋ぐ溶接部(12)を有する接合構造体(1)であって、
上記溶接部の最表面部分(120)が孔食電位を有する、接合構造体(1)。
項2.
上記溶接部は、
内部に形成された溶接部本体(121)と、
上記溶接部本体に接して形成された表面改質層(122)と、を備え、
上記表面改質層が上記孔食電位を有する上記最表面部分を含む、項1に記載の接合構造体。
項3.
溶接深さ方向(Y)に沿う断面視で、上記表面改質層の最大径は、上記溶接部本体の最大径以上である、項2に記載の接合構造体。
項4.
上記表面改質層は、複数の溶接ビード(122a)を有しており、隣り合う各上記溶接ビードが重なりを持って配置されている、項2または項3に記載の接合構造体。
項5.
上記表面改質層は、単数の溶接ビード(122a)を有している、項2または項3に記載の接合構造体。
項6.
溶接深さ方向(Y)に沿う断面視で、上記表面改質層の層厚は0.5μm以上である、項2~項5のいずれか1項に記載の接合構造体。
項7.
上記表面改質層の最表面は、X線吸収微細構造解析によってスピネル酸化物が検出されない、項2~項6のいずれか1項に記載の接合構造体。
【符号の説明】
【0045】
1 接合構造体
11 被接合部材
12 溶接部
120 溶接部の最表面部分