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特許7392489駆動力伝達制御装置及び駆動力伝達装置の制御方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-28
(45)【発行日】2023-12-06
(54)【発明の名称】駆動力伝達制御装置及び駆動力伝達装置の制御方法
(51)【国際特許分類】
   B60K 17/348 20060101AFI20231129BHJP
   F16D 27/115 20060101ALI20231129BHJP
   F16D 27/112 20060101ALI20231129BHJP
   F16D 48/06 20060101ALI20231129BHJP
【FI】
B60K17/348 B
F16D27/115
F16D27/112 G
F16D48/06 101Z
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020006884
(22)【出願日】2020-01-20
(65)【公開番号】P2021112992
(43)【公開日】2021-08-05
【審査請求日】2022-12-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小田 唯知郎
(72)【発明者】
【氏名】永山 剛
(72)【発明者】
【氏名】小野 智範
(72)【発明者】
【氏名】香西 貴司
【審査官】小川 克久
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-064653(JP,A)
【文献】特開2019-044926(JP,A)
【文献】特開2010-111264(JP,A)
【文献】特開平01-229722(JP,A)
【文献】特開2018-167806(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60K 17/348
F16D 27/115
F16D 27/112
F16D 48/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
供給される電流に応じて押圧力を発生するアクチュエータによって摩擦クラッチを押圧し、入力側の回転部材と出力側の回転部材との間で車両の駆動力を伝達する駆動力伝達装置と、前記駆動力伝達装置を制御する制御装置とを備えた駆動力伝達制御装置であって、
前記制御装置は、
前記入力側の回転部材から前記出力側の回転部材に伝達すべき駆動力を示すトルク指令値を車両情報に基づいて演算するトルク指令値演算手段と、
前記電流の目標値である電流指令値を前記トルク指令値の大きさ及び時間変化量に応じて設定する電流指令値演算手段と、
前記電流指令値演算手段によって演算された電流指令値に対応する電流が前記アクチュエータに供給されるように電流フィードバック制御を行う電流制御手段と、を有する、
駆動力伝達制御装置。
【請求項2】
前記電流指令値演算手段は、前記トルク指令値が大きいほど、また前記トルク指令値が増大したときの時間変化量が大きいほど、前記電流指令値を大きく設定する、
請求項1に記載の駆動力伝達制御装置。
【請求項3】
前記電流指令値演算手段は、前記トルク指令値の時間変化量が閾値よりも大きくなったとき、前記電流指令値を前記トルク指令値の時間変化量を加味して演算する処理の継続時間を設定し、前記継続時間の間、当該継続時間を設定したときの前記トルク指令値の時間変化量を加味して前記電流指令値を設定する、
請求項2に記載の駆動力伝達制御装置。
【請求項4】
前記電流指令値演算手段は、前記摩擦クラッチの応答性に関係する応答性関係値に基づいて前記継続時間を設定し、
前記応答性関係値は、前記摩擦クラッチを潤滑する潤滑油の温度、前記入力側の回転部材と前記出力側の回転部材との相対回転速度、及び前記摩擦クラッチの負荷量の少なくとも何れかを含む、
請求項3に記載の駆動力伝達制御装置。
【請求項5】
供給される電流に応じて押圧力を発生するアクチュエータによって摩擦クラッチを押圧し、入力側の回転部材と出力側の回転部材との間で車両の駆動力を伝達する駆動力伝達装置の制御方法であって、
前記入力側の回転部材から前記出力側の回転部材に伝達すべき駆動力を示すトルク指令値を車両情報に基づいて演算し、
前記電流の目標値である電流指令値を前記トルク指令値の大きさ及び時間変化量に応じて設定し、
前記電流指令値に対応する電流が前記アクチュエータに供給されるように電流フィードバック制御を行う、
駆動力伝達装置の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油によってクラッチプレートの摩擦摺動が潤滑される摩擦クラッチを有する駆動力伝達装置と制御装置とを備えた駆動力伝達制御装置、及び駆動力伝達装置の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、主駆動輪と補助駆動輪とを備え、主駆動輪のみに駆動源の駆動力が伝達される二輪駆動状態と、駆動源の駆動力が主駆動輪及び補助駆動輪に伝達される四輪駆動状態とを切り替え可能な四輪駆動車には、補助駆動輪に伝達される駆動力を調節可能な駆動力伝達装置を備えたものがある(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に記載の駆動力伝達装置は、同軸上で相対回転可能なアウタケース及びインナシャフトと、アウタケースとインナシャフトとの間に配置された複数のインナクラッチプレート及び複数のアウタクラッチプレートからなるメインクラッチと、一対のカム部材の相対回転によりメインクラッチを押圧するスラスト力を発生させるカム機構と、一対のカム部材のうち一方のカム部材に他方のカム部材に対して相対回転する回転力を伝達するパイロットクラッチとを有している。パイロットクラッチは、制御装置から電流が供給される電磁コイルと、複数のクラッチプレートと、電磁コイルとの間に複数のクラッチプレートを挟む位置に配置されたアーマチャとを有している。
【0004】
電磁コイルに制御装置から電流が供給されると、パイロットクラッチによって伝達される回転力によってカム機構の一対のカム部材が相対回転し、これにより発生するスラスト力によってメインクラッチが押圧され、複数のインナクラッチプレートと複数のアウタクラッチプレートとが摩擦接触する。そして、アウタケースからインナシャフトにメインクラッチを介して駆動力が伝達される。メインクラッチ及びパイロットクラッチは、クラッチプレート間の摩擦摺動が潤滑油によって潤滑される。
【0005】
制御装置は、電磁コイルに供給する電流と駆動力伝達装置から出力されるトルクの大きさとの関係を示すI-T特性を記憶しており、このI-T特性に基づいて、必要な駆動力が補助駆動輪側に伝達されるように電磁コイルに供給する電流を調節する。
【0006】
また、本出願人は、メインクラッチによって伝達すべき駆動力(トルク指令値)の上昇幅が閾値以上となったとき、メインクラッチの応答性に関係する応答性関係値に基づいて設定された補正継続時間にわたって電流指令値を増大補正することにより、メインクラッチによる伝達トルクの応答性を高めることが可能な駆動力伝達制御装置を提案している(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2007-64251号公報
【文献】特開2019-44926号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献2に記載のものによれば、電流指令値を増大補正することによってクラッチプレート間に介在する潤滑油の排出が促され、伝達トルクの応答性を高められるが、トルク指令値の大きさや上昇幅によっては、必ずしもメインクラッチによって実際に伝達される駆動力を精度よくトルク指令値に応じた大きさにすることができない場合があった。
【0009】
そこで、本発明は、伝達されるトルクの制御性を高めることが可能な駆動力伝達制御装置及び駆動力伝達装置の制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の目的を達成するため、供給される電流に応じて押圧力を発生するアクチュエータによって摩擦クラッチを押圧し、入力側の回転部材と出力側の回転部材との間で車両の駆動力を伝達する駆動力伝達装置と、前記駆動力伝達装置を制御する制御装置とを備えた駆動力伝達制御装置であって、前記制御装置は、前記入力側の回転部材から前記出力側の回転部材に伝達すべき駆動力を示すトルク指令値を車両情報に基づいて演算するトルク指令値演算手段と、前記電流の目標値である電流指令値を前記トルク指令値の大きさ及び時間変化量に応じて設定する電流指令値演算手段と、前記電流指令値演算手段によって演算された電流指令値に対応する電流が前記アクチュエータに供給されるように電流フィードバック制御を行う電流制御手段と、を有する、駆動力伝達制御装置を提供する。
【0011】
また、本発明は、上記の目的を達成するため、供給される電流に応じて押圧力を発生するアクチュエータによって摩擦クラッチを押圧し、入力側の回転部材と出力側の回転部材との間で車両の駆動力を伝達する駆動力伝達装置の制御方法であって、前記入力側の回転部材から前記出力側の回転部材に伝達すべき駆動力を示すトルク指令値を車両情報に基づいて演算し、前記電流の目標値である電流指令値を前記トルク指令値の大きさ及び時間変化量に応じて設定し、前記電流指令値に対応する電流が前記アクチュエータに供給されるように電流フィードバック制御を行う、駆動力伝達装置の制御方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る駆動力伝達制御装置及び駆動力伝達装置の制御方法によれば、駆動力伝達装置によって伝達されるトルクの制御性を高めることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施の形態に係る駆動力伝達制御装置が搭載された四輪駆動車の概略の構成例を示す概略構成図である。
図2】駆動力伝達装置の構成例を示す断面図である。
図3】制御装置の制御構成の一例を示す制御ブロック図である。
図4】制御部が実行する演算処理の一例を示すフローチャートである。
図5】(a)は、第1の電流指令値マップの一例を示すグラフである。(b)は、第2の電流指令値マップの一例を示すグラフである。
図6】(a)~(d)は、トルク指令値及び電流指令値の時間的な変化の例を示すグラフである。
図7】(a)は、第1の継続時間マップの一例を示すグラフである。(b)は、第2の継続時間マップの一例を示すグラフである。
図8】(a)は、本実施の形態に係る制御方法によって駆動力伝達装置を制御した場合のトルク指令値、実トルク、及び電流指令値の変化の一例を示すグラフである。(b)は、(a)の一部を、時間軸を拡大して示すグラフである。
図9】(a)は、比較例に係る制御方法によって駆動力伝達装置を制御した場合のトルク指令値、実トルク、及び電流指令値の変化の一例を示すグラフである。(b)は、(a)の一部を、時間軸を拡大して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[実施の形態]
本発明の実施の形態について、図1乃至図8を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0015】
図1は、本発明の実施の形態に係る駆動力伝達制御装置が搭載された四輪駆動車の概略の構成例を示す概略構成図である。
【0016】
図1に示すように、四輪駆動車1は、アクセルペダル110の操作量(アクセル開度)に応じた駆動力を発生する駆動源としてのエンジン11と、エンジン11の出力を変速するトランスミッション12と、トランスミッション12で変速されたエンジン11の駆動力が常に伝達される主駆動輪としての左右前輪181,182と、エンジン11の駆動力が四輪駆動車1の走行状態に応じて伝達される補助駆動輪としての左右後輪191,192とを備えている。左右前輪181,182及び左右後輪191,192には、車輪速センサ101~104がそれぞれ対応して配置されている。
【0017】
また、四輪駆動車1には、フロントディファレンシャル13と、プロペラシャフト14と、リヤディファレンシャル15と、リヤディファレンシャル15に駆動力を伝達するピニオンギヤシャフト150と、左右の前輪側のドライブシャフト161,162と、左右の後輪側のドライブシャフト171,172と、プロペラシャフト14とピニオンギヤシャフト150との間に配置された駆動力伝達装置2と、駆動力伝達装置2を制御する制御装置7とが搭載されている。駆動力伝達装置2及び制御装置7は、駆動力伝達制御装置8を構成する。
【0018】
駆動力伝達装置2は、制御装置7から供給される電流に応じた駆動力をプロペラシャフト14からピニオンギヤシャフト150に伝達する。左右後輪191,192には、駆動力伝達装置2を介してエンジン11の駆動力が伝達される。制御装置7は、車輪速センサ101~104によって検出される左右前輪181,182及び左右後輪191,192の回転速度を示す車輪速情報、及びアクセルペダルセンサ105によって検出されるアクセルペダル110の操作量を示すアクセル開度情報を取得可能であり、駆動力伝達装置2に電流を供給することで駆動力伝達装置2を制御する。以下、制御装置7が駆動力伝達装置2を制御するために出力する電流を制御電流という。
【0019】
左右前輪181,182には、エンジン11の駆動力が、トランスミッション12、フロントディファレンシャル13、及び左右の前輪側のドライブシャフト161,162を介して伝達される。フロントディファレンシャル13は、左右の前輪側のドライブシャフト161,162にそれぞれ相対回転不能に連結された一対のサイドギヤ131,131と、一対のサイドギヤ131,131にギヤ軸を直交させて噛合する一対のピニオンギヤ132,132と、一対のピニオンギヤ132,132を支持するピニオンギヤシャフト133と、これらを収容するフロントデフケース134とを有している。
【0020】
フロントデフケース134には、リングギヤ135が固定され、このリングギヤ135がプロペラシャフト14の車両前方側の端部に設けられたピニオンギヤ141に噛み合っている。プロペラシャフト14の車両後方側の端部は、駆動力伝達装置2のハウジング20に連結されている。駆動力伝達装置2は、ハウジング20と相対回転可能に配置されたインナシャフト23を有しており、インナシャフト23にピニオンギヤシャフト150が相対回転不能に連結されている。駆動力伝達装置2の詳細については後述する。
【0021】
リヤディファレンシャル15は、左右の後輪側のドライブシャフト171,172にそれぞれ相対回転不能に連結された一対のサイドギヤ151,151と、一対のサイドギヤ151,151にギヤ軸を直交させて噛合する一対のピニオンギヤ152,152と、一対のピニオンギヤ152,152を支持するピニオンギヤシャフト153と、これらを収容するリヤデフケース154と、リヤデフケース154に固定されてピニオンギヤシャフト150と噛み合うリングギヤ155とを有している。
【0022】
(駆動力伝達装置の構成)
図2は、駆動力伝達装置2の構成例を示す断面図である。図2において、回転軸線Oよりも上側は駆動力伝達装置2の作動状態(トルク伝達状態)を、下側は駆動力伝達装置2の非作動状態(トルク非伝達状態)を、それぞれ示す。以下、回転軸線Oに平行な方向を軸方向という。
【0023】
駆動力伝達装置2は、フロントハウジング21及びリヤハウジング22からなるハウジング20と、ハウジング20と同軸上で相対回転可能に支持された筒状のインナシャフト23と、ハウジング20とインナシャフト23との間に配置されたメインクラッチ3と、メインクラッチ3を押圧するスラスト力を発生させるカム機構4と、制御装置7から電流の供給を受けてカム機構4を作動させる電磁クラッチ機構5とを有して構成されている。ハウジング20は、本発明の入力側の回転部材の一例であり、インナシャフト23は、本発明の出力側の回転部材の一例である。カム機構4及び電磁クラッチ機構5は、制御装置7から供給される電流に応じてメインクラッチ3を押圧する押圧力を発生するアクチュエータ6を構成する。ハウジング20の内部には、図略の潤滑油が封入されている。
【0024】
フロントハウジング21は、円筒状の筒部21aと底部21bとを一体に有する有底円筒状である。筒部21aの開口端部における内面には、雌ねじ部21cが形成されている。フロントハウジング21の底部21bには、プロペラシャフト14(図1参照)が例えば十字継手を介して連結される。また、フロントハウジング21は、軸方向に延びる複数の外側スプライン突起211を筒部21aの内周面に有している。
【0025】
リヤハウジング22は、鉄等の磁性材料からなる第1環状部材221、第1環状部材221の内周側に溶接等により一体に結合されたオーステナイト系ステンレス等の非磁性材料からなる第2環状部材222、及び第2環状部材222の内周側に溶接等により一体に結合された鉄等の磁性材料からなる第3環状部材223からなる。第1環状部材221と第3環状部材223との間には、電磁コイル53を収容する環状の収容空間22aが形成されている。また、第1環状部材221の外周面には、フロントハウジング21の雌ねじ部21cに螺合する雄ねじ部221aが形成されている。
【0026】
インナシャフト23は、玉軸受24及び針状ころ軸受25によってハウジング20の内周側に支持されている。インナシャフト23は、軸方向に延びる複数の内側スプライン突起231を外周面に有している。また、インナシャフト23の一端部における内面には、ピニオンギヤシャフト150(図1参照)の一端部が相対回転不能に嵌合されるスプライン嵌合部232が形成されている。
【0027】
メインクラッチ3は、本発明の摩擦クラッチに相当するものであり、軸方向に沿って交互に配置された複数のメインアウタクラッチプレート31及び複数のメインインナクラッチプレート32を有している。メインアウタクラッチプレート31は、フロントハウジング21と共に回転し、メインインナクラッチプレート32は、インナシャフト23と共に回転する。メインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との摩擦摺動は、ハウジング20とインナシャフト23との間に封入された図略の潤滑油によって潤滑され、摩耗や焼き付きが抑制されている。
【0028】
メインアウタクラッチプレート31は、金属からなる円環板状であり、フロントハウジング21の外側スプライン突起211に係合する複数の係合突起311を外周端部に有している。メインアウタクラッチプレート31は、係合突起311が外側スプライン突起211に係合することにより、フロントハウジング21との相対回転が規制され、かつフロントハウジング21に対して軸方向に移動可能である。また、メインアウタクラッチプレート31には、メインインナクラッチプレート32との対向面に、潤滑油を流動させる図略の油溝が形成されている。
【0029】
メインインナクラッチプレート32は、インナシャフト23の内側スプライン突起231に係合する複数の係合突起321を内周端部に有している。メインインナクラッチプレート32は、係合突起321が内側スプライン突起231に係合することにより、インナシャフト23との相対回転が規制され、かつインナシャフト23に対して軸方向に移動可能である。
【0030】
メインインナクラッチプレート32は、金属からなる円環板状の基材331と、基材331の両側面にそれぞれ張り付けられた摩擦材332とを有している。基材331には、摩擦材332が貼着された部分よりも内側に、潤滑油を流通させる複数の油孔333が形成されている。摩擦材332は、例えばペーパー摩擦材又は不織布からなり、メインアウタクラッチプレート31と対向する部分に貼着されている。
【0031】
カム機構4は、電磁クラッチ機構5を介してハウジング20の回転力を受けるパイロットカム41と、メインクラッチ3を軸方向に押圧するメインカム42と、パイロットカム41とメインカム42との間に配置された複数の球状のカムボール43とを有して構成されている。
【0032】
メインカム42は、メインクラッチ3を押圧する押圧部材であり、メインクラッチ3の一端におけるメインインナクラッチプレート32に接触してメインクラッチ3を押圧する環板状の押圧部421と、押圧部421よりもメインカム42の内周側に設けられたカム部422とを一体に有している。メインカム42は、押圧部421の内周端部に形成されたスプライン係合部421aがインナシャフト23の内側スプライン突起231に係合してインナシャフト23との相対回転が規制されている。また、メインカム42は、インナシャフト23に形成された段差面23aとの間に配置されたリターンスプリングとしての皿ばね44により、メインクラッチ3から軸方向に離間するように付勢されている。
【0033】
パイロットカム41は、メインカム42に対して相対回転する回転力を電磁クラッチ機構5から受けるスプライン突起411を外周端部に有している。パイロットカム41とリヤハウジング22の第3環状部材223との間には、スラスト針状ころ軸受45が配置されている。パイロットカム41とメインカム42のカム部422との対向面には、周方向に沿って軸方向の深さが変化する複数のカム溝41a,422aがそれぞれ形成されている。カムボール43は、パイロットカム41のカム溝41aとメインカム42のカム溝422aとの間に配置されている。
【0034】
カム機構4は、パイロットカム41がメインカム42に対して相対回転することにより、メインクラッチ3を押し付ける押圧力を発生させる。メインクラッチ3は、カム機構4から押圧力を受けてメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32とが摩擦接触し、メインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間に発生する摩擦力によって駆動力を伝達する。
【0035】
電磁クラッチ機構5は、アーマチャ50と、複数のパイロットアウタクラッチプレート51と、複数のパイロットインナクラッチプレート52と、電磁コイル53とを有して構成されている。電磁コイル53は、磁性材料からなる環状のヨーク530に保持され、リヤハウジング22の収容空間22aに収容されている。ヨーク530は、玉軸受26によってリヤハウジング22の第3環状部材223に支持され、その外周面が第1環状部材221の内周面に対向している。また、ヨーク530の内周面は、第3環状部材223の外周面に対向している。電磁コイル53には、電線531を介して制御装置7からの制御電流が励磁電流として供給される。
【0036】
複数のパイロットアウタクラッチプレート51及び複数のパイロットインナクラッチプレート52は、アーマチャ50とリヤハウジング22との間に、軸方向に沿って交互に配置されている。パイロットアウタクラッチプレート51及びパイロットインナクラッチプレート52には、電磁コイル53の通電により発生する磁束の短絡を防ぐための複数の円弧状のスリットが形成されている。
【0037】
パイロットアウタクラッチプレート51は、フロントハウジング21の外側スプライン突起211に係合する複数の係合突起511を外周端部に有している。パイロットインナクラッチプレート52は、パイロットカム41のスプライン突起411に係合する複数の係合突起521を内周端部に有している。なお、パイロットアウタクラッチプレート51とパイロットインナクラッチプレート52との摩擦摺動も、メインクラッチ3と同様に、潤滑油によって潤滑される。
【0038】
アーマチャ50は、鉄等の磁性材料からなる環状の部材であり、外周部にはフロントハウジング21の外側スプライン突起211に係合する複数の係合突起501が形成されている。これにより、アーマチャ50は、フロントハウジング21に対して軸方向に移動可能、かつフロントハウジング21に対する相対回転が規制されている。
【0039】
上記のように構成された駆動力伝達装置2は、電磁コイル53に制御電流が供給されることにより磁路Gに磁束が発生し、アーマチャ50が磁力によってリヤハウジング22側に引き寄せられ、パイロットアウタクラッチプレート51とパイロットインナクラッチプレート52とが摩擦接触する。これにより、制御電流に応じた回転力がパイロットカム41に伝達され、パイロットカム41がメインカム42に対して相対回転し、カムボール43がカム溝41a,422aを転動する。このカムボール43の転動により、メインカム42にメインクラッチ3を押圧するスラスト力が発生し、複数のメインアウタクラッチプレート31と複数のメインインナクラッチプレート32との間に摩擦力が発生する。そして、この摩擦力によってプロペラシャフト14からピニオンギヤシャフト150に駆動力が伝達される。
【0040】
(制御装置の構成)
図1に示すように、制御装置7は、CPU(演算処理装置)及び記憶素子を有する制御部70と、バッテリー等の直流電源の電圧をスイッチングして駆動力伝達装置2の電磁コイル53に電流を供給するスイッチング電源部74とを有している。スイッチング電源部74は、トランジスタ等のスイッチング素子を有し、制御部70から出力されるPWM(Pulse Width Modulation)信号に基づいて直流電圧をスイッチングし、電磁コイル53に供給する制御電流を生成する。
【0041】
制御部70は、不揮発性の記憶素子に記憶されたプログラムをCPUが実行することにより、トルク指令値演算手段71、電流指令値演算手段72、及び電流制御手段73として機能する。トルク指令値演算手段71は、ハウジング20からインナシャフト23に伝達すべき駆動力を示すトルク指令値を車両情報に基づいて演算する。電流指令値演算手段72は、電磁コイル53に供給する制御電流の目標値である電流指令値をトルク指令値に応じて設定する。電流制御手段73は、電流指令値演算手段72によって演算された電流指令値に対応する電流が電磁コイル53に供給されるように、電流フィードバック制御を行う。
【0042】
また、電流指令値演算手段72は、トルク指令値が急上昇したときには、電流指令値をトルク指令値の大きさ及びトルク指令値の時間変化量に応じて設定する。この処理は、トルク指令値が急上昇した際に、複数のメインアウタクラッチプレート31と複数のメインインナクラッチプレート32との間に介在する潤滑油によってメインクラッチ3の応答性が低下することを、電流指令値を増大させることにより補償するための処理である。
【0043】
図3は、制御装置7の制御構成の一例を示す制御ブロック図である。この制御ブロック図において、トルク指令値演算部701、電流指令値演算部702、及び電流制御部703は、それぞれトルク指令値演算手段71、電流指令値演算手段72、及び電流制御手段73によって実現される。
【0044】
トルク指令値演算部701は、車輪速センサ101~104によって検出される左右前輪181,182及び左右後輪191,192の車輪速情報、及びアクセルペダルセンサ105によって検出されるアクセル開度情報に基づいてトルク指令値Tを演算する。車輪速情報及びアクセル開度情報は、車両情報の一例である。トルク指令値演算部701は、アクセル開度が大きいほど、また左右前輪181,182の平均回転速度と左右後輪191,192の平均回転速度との差である前後輪差動回転速度が大きいほど、トルク指令値Tを大きく設定する。なお、車両情報としては、車輪速情報やアクセル開度情報に限らず、ヨーレイトセンサや操舵角センサの検出値など、各種の車載センサの検出値を用いることができる。
【0045】
電流指令値演算部702は、第1の電流指令値マップ721、第2の電流指令値マップ722、第1の継続時間マップ723、及び第2の継続時間マップ724を参照し、トルク指令値Tに応じた電流指令値Iを演算する。電流指令値Iの演算方法については後述する。
【0046】
電流制御部703は、偏差演算部731、PI制御部732、及びPWM制御部733を含む。偏差演算部731は、電流センサ740によって検出された制御電流の検出値である実電流値Iと指令電流値Iとの偏差εを演算する。PI制御部732は、偏差演算部731によって演算された偏差εに対してPI(Proportional-Integral)演算を行ない、実電流値Iが指令電流値Iに近づくようにスイッチング電源部74に出力するPWM信号のデューティー比を演算し、電流フィードバック制御を行う。PWM制御部743は、PI制御部742により演算されたデューティー比に基づいてスイッチング電源部74のスイッチング素子をオン又はオフさせるPWM信号を生成し、スイッチング電源部74に出力する。
【0047】
以下、電流指令値演算手段72が電流指令値演算部702として行う電流指令値Iの演算について説明する。この電流指令値Iの演算処理の概要は、次のとおりである。すなわち、電流指令値演算手段72は、トルク指令値Tが大きいほど、またトルク指令値Tが増大したときの時間変化量が大きいほど、電流指令値Iを大きく設定する。また、電流指令値演算手段72は、トルク指令値Tの時間変化量が閾値よりも大きくなったとき、電流指令値Iをトルク指令値Tの時間変化量を加味して演算する処理の継続時間を設定し、この継続時間の間、当該継続時間を設定したときのトルク指令値Tの時間変化量を加味して電流指令値Iを設定する。またさらに、電流指令値演算手段72は、メインクラッチ3の応答性に関係する応答性関係値に基づいて継続時間を設定する。
【0048】
図4は、制御部70が実行する演算処理の一例を、電流指令値演算手段72が実行する処理を中心として示すフローチャートである。制御部70は、このフローチャートに示す処理を、所定の制御周期(例えば5ms)ごとに繰り返し実行する。このフローチャートにおいて、ステップS1のトルク指令値の演算処理は、制御部70がトルク指令値演算手段71として実行する処理であり、ステップS10の電流フィードバック制御は、制御部70が電流制御手段73として実行する処理である。ステップS2~S9の各処理は、制御部70が電流指令値演算手段72として実行する処理である。
【0049】
電流指令値演算手段72は、ステップS1で演算されたトルク指令値が閾値未満であるか否かを判定する(ステップS2)。この判定処理は、トルク指令値が大きく、大きな電流が電磁コイル53に供給される場合には、複数のメインアウタクラッチプレート31及びメインインナクラッチプレート32の間に介在する潤滑油が排出されやすいため、メインクラッチ3の応答性が低下してしまうという問題が発生しにくいことを考慮したものである。このため、ステップS2の判定処理における閾値は、例えばトルク指令値の上限値の例えば半分の値に設定される。
【0050】
次に、電流指令値演算手段72は、後述するステップS8の処理で継続時間が設定された後、当該継続時間が経過していないか、すなわち継続時間中であるか否かを判定する(ステップS3)。具体的には、ステップS3の判定結果が正(Yes)である場合にステップS4でインクリメントされるタイマカウンタ値が、ステップS8の処理で設定された所定値に達したか否かを判定する。タイマカウンタ値は、継続時間中である間、制御周期ごとにインクリメントされる。
【0051】
電流指令値演算手段72は、継続時間中である場合(S3:Yes)には、タイマカウンタ値をインクリメントし(ステップS4)、第2の電流指令値マップ722を参照して電流指令値を設定する(ステップS5)。また、電流指令値演算手段72は、継続時間中でない場合(S3:No)には、トルク指令値の時間変化量が閾値以上か否かを判定する(ステップS6)。
【0052】
このステップS6の判定におけるトルク指令値の時間変化量としては、前回の制御周期におけるトルク指令値の前回値と、今回の制御周期におけるトルク指令値の今回値との差を用いることができる。なお、複数の制御周期にわたるトルク指令値の変化量の総和もしくは平均値をステップS6の判定に用いる時間変化量としてもよい。ステップS6における閾値は、例えば左右前輪181,182の一方又は両方にスリップが発生した場合や、アクセルペダル110が急激に踏み込まれた場合に、判定結果が正(Yes)となるように設定される。
【0053】
電流指令値演算手段72は、ステップS6の判定の結果が正(Yes)である場合、そのときの判定に用いたトルク指令値の時間変化量を記憶する(ステップS7)と共に、メインクラッチ3の応答性に関係する応答性関係値に基づいて継続時間を設定し(ステップS8)、さらに第2の電流指令値マップ722を参照して電流指令値を設定する(ステップS5)。ステップS8の処理として具体的には、継続時間を表す値として、ステップS3の判定処理でタイマカウンタ値と比較される所定値を設定する。このステップS8の処理内容の詳細、ならびに第1の継続時間マップ723及び第2の継続時間マップ724については後述する。
【0054】
一方、電流指令値演算手段72は、ステップS2の判定又はステップS6の判定の結果が否(No)の場合には、第1の電流指令値マップ721を参照して電流指令値を設定する(ステップS9)。電流制御手段73は、ステップS5又はS9で設定された電流指令値に対応する電流が電磁コイル53に供給されるように、電流フィードバック制御を行う(ステップS10)。
【0055】
図5(a)は、第1の電流指令値マップ721の一例を示すグラフである。図5(b)は、第2の電流指令値マップ722の一例を示すグラフである。第1の電流指令値マップ721は、トルク指令値と電流指令値との関係を示すものであり、例えば駆動力伝達装置2の組み立て後に、電磁コイル53に供給する電流をゼロから上限値まで、単位時間当たりの変化量を一定として変化させた際の伝達トルクの測定結果に基づいて設定される。
【0056】
第2の電流指令値マップ722には、トルク指令値の大きさと電流指令値との関係が、トルク指令値の時間変化量ごとに定義されている。図5(b)に示す例では、トルク指令値の時間変化量であるΔTが、T~T(ただし、T<T<T<T<T)である場合のそれぞれについて、トルク指令値の大きさと電流指令値との関係を示している。電流指令値演算手段72は、ΔT=T~Tのそれぞれの場合の特性線を線形補完して、電流指令値を演算する。
【0057】
図5(b)に示すように、電流指令値は、トルク指令値が大きいほど、またトルク指令値の時間変化量が大きいほど、大きな値に設定される。これにより、トルク指令値がステップ状に上昇し、図4に示すフローチャートのステップS6の判定が正(Yes)となった場合、上昇後のトルク指令値が同じであっても、時間変化量が小さければ、継続期間中における電流指令値は小さくなる。
【0058】
また、第2の電流指令値マップ722を参照して得られる電流指令値は、第1の電流指令値マップ721を参照して得られる電流指令値よりも大きな値であり、トルク指令値がステップ状に上昇した後の継続時間中には、第1の電流指令値マップ721を参照する通常制御時よりも大きな押圧力でメインクラッチ3が押圧される。これにより、複数のメインアウタクラッチプレート31及びメインインナクラッチプレート32の間に介在する潤滑油が速やかに排出され、メインクラッチ3によって伝達される駆動力(トルク)が速やかに立ち上がる。また、時間変化量が小さければ、継続期間中における電流指令値は比較的小さな値に設定されるので、制御電流が過剰に増大して必要以上の駆動力が左右後輪191,192側に伝達されてしまうことが抑制される。
【0059】
図6(a)~(d)は、トルク指令値及び電流指令値の時間的な変化の例を示すグラフである。図6(a)~(d)のそれぞれの左右の縦軸及び横軸の縮尺(スケール)は共通である。図6(a)~(d)では、トルク指令値がステップ状に変化する前後の電流指令値を示しており、左縦軸におけるTaは変化前のトルク指令値、Tbは変化後のトルク指令値である。また、右縦軸におけるIaはトルク指令値の変化前の電流指令値、Ibはトルク指令値がステップ状に上昇した直後の継続期間中における電流指令値、Icは継続期間後における電流指令値である。
【0060】
図6(a)~(d)のそれぞれにおいて、時間変化量はΔTで表され、継続期間後における電流指令値(Ic)と継続期間中における電流指令値(Ib)との差、すなわち第2の電流指令値マップ722を用いることによる通常制御時に対する電流指令値の増分をΔIで表している。
【0061】
図6(a)及び図6(b)では、変化後のトルク指令値Tbが同じであるが、変化前のトルク指令値Taが異なっており、これにより時間変化量ΔTが異なっている。第2の電流指令値マップ722を参照した場合には、時間変化量が大きいほど電流指令値が大きな値に設定されるので、図6(a)に示すΔIが図6(b)に示すΔIよりも大きくなっている。
【0062】
図6(c)及び図6(d)では、時間変化量ΔTが同じであるが、変化前後のトルク指令値Ta,Tbが異なっている。第2の電流指令値マップ722を参照した場合には、トルク指令値が大きいほど電流指令値が大きな値に設定されるが、トルク指令値が上昇する場合のトルク指令値の増加割合に対する電流指令値の増加割合が比較的低いので、継続期間後における電流指令値(Ic)に対する継続期間中における電流指令値(Ib)の比率(Ib/Ic)は、変化前後のトルク指令値Ta,Tbが比較的低い図6(d)のグラフの方が大きくなっている。すなわち、トルク指令値が低い状態からステップ状に上昇した場合には、電流指令値の増加割合が大きくなる。
【0063】
次に、図4に示すフローチャートのステップS8における、応答性関連値に基づいて継続時間を設定する処理について詳細に説明する。本実施の形態では、この応答性関係値として、入力側の回転部材であるハウジング20の回転速度と出力側の回転部材であるインナシャフト23との相対回転速度ΔN、潤滑油の温度Temp、及びメインクラッチ3の負荷量Heを用いる場合について説明する。ただし、相対回転速度ΔN、潤滑油の温度Temp、及びメインクラッチ3の負荷量Heのうち、一つ又は二つを応答性関係値として用いてもよい。
【0064】
相対回転速度ΔNは、換言すればメインアウタクラッチプレート31の回転速度とメインインナクラッチプレート32の回転速度との回転速度差である。相対回転速度ΔNは、例えば左右前輪181,182の平均回転速度と左右後輪191,192の平均回転速度との差によって求めることができる。メインクラッチ3の負荷量Heは、例えば相対回転速度ΔNとトルク指令値Tとの積を所定の時定数でローパスフィルタ処理した値を用いることができる。潤滑油の温度Tempは、ハウジング20内に封入された潤滑油の温度の推定値であり、例えばメインクラッチ3の負荷量Heに基づいて求めてもよく、ヨーク530に取り付けた温度センサの検出値によって求めてもよい。またさらに外気温を考慮して潤滑油の温度Tempを推定してもよい。
【0065】
電流指令値演算手段72は、相対回転速度ΔNが低いほど、また潤滑油の温度Tempが低いほど、継続時間を長く設定する。相対回転速度ΔNが低いほど継続時間を長く設定するのは、相対回転速度ΔNが低い場合には、メインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間に介在される潤滑油が排出されにくいためである。また、潤滑油の温度Tempが低いほど継続時間を長く設定するのは、潤滑油の温度Tempが低いと潤滑油の粘性が高くなり、メインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間に介在される潤滑油が排出されにくいためである。
【0066】
また、電流指令値演算手段72は、メインクラッチ3の負荷量Heが所定値未満の場合に、メインクラッチ3の負荷量Heが所定値以上の場合に比較して、継続時間を長く設定する。これは、トルク指令値Tが上昇する前におけるメインクラッチ3の負荷量Heが所定値以上の場合には、メインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間の潤滑油が既に排出されている可能性が高いことによるものである。
【0067】
図7(a)は、第1の継続時間マップ723の一例を示すグラフである。図7(b)は、第2の継続時間マップ724の一例を示すグラフである。これらのグラフの横軸は相対回転速度ΔNを示し、縦軸は継続時間を示している。また、図7(a)及び(b)では、潤滑油の温度Tempが-10℃及び25℃の場合について、相対回転速度ΔNと継続時間との関係を示している。なお、両グラフの横軸及び縦軸の縮尺は共通である。
【0068】
電流指令値演算手段72は、メインクラッチ3の負荷量Heが所定値未満の場合には、第1の継続時間マップ723を参照し、メインクラッチ3の負荷量Heが所定値以上の場合には、第2の継続時間マップ724を参照する。図7(a)及び(b)に示すように、第1の継続時間マップ723は、第2の継続時間マップ724よりも継続時間が長く設定されている。
【0069】
電流指令値演算手段72は、潤滑油の温度Tempが-10℃以下の場合には、図7(a)及び(b)に実線で示す-10℃のマップ情報に基づいて継続時間を設定し、潤滑油の温度Tempが25℃以上の場合には、図7(a)及び(b)に破線で示す25℃のマップ情報に基づいて継続時間を設定する。また、潤滑油の温度Tempが-10℃よりも高く25℃よりも低い場合には、-10℃のマップ情報と25℃のマップ情報とを線形補間して継続時間を設定する。継続時間の最大値は、例えば数十msである。
【0070】
図8(a)は、トルク指令値がステップ状に上昇する前後において、本実施の形態に係る制御方法によって駆動力伝達装置2を制御した場合のトルク指令値、ハウジング20からインナシャフト23に伝達される実トルク、及び電流指令値の変化の一例を示すグラフである。図8(b)は、図8(a)の一部を、時間軸を拡大して示すグラフである。
【0071】
図9(a)は、トルク指令値がステップ状に上昇した場合の電流指令値の増加分をトルク指令値の時間変化量にかかわらず一定とした比較例のトルク指令値、実トルク、及び電流指令値の変化の一例を示すグラフである。図9(b)は、図9(a)の一部を、時間軸を拡大して示すグラフである。なお、図8(a)と図9(a)の時間軸、及び図8(b)と図9(b)の時間軸の縮尺(タイムスケール)は共通である。
【0072】
図9(a),(b)に示す比較例では、トルク指令値がステップ状に上昇した後の実トルクがトルク指令値を大きく上回り、実トルクとトルク指令値との乖離が大きくなっている。一方、本実施の形態に係る制御方法によって制御した場合には、この乖離が抑えられている。
【0073】
(実施の形態の作用及び効果)
以上説明したように、本実施の形態によれば、電流指令値をトルク指令値の大きさ及び時間変化量に応じて設定するので、駆動力伝達装置2によって伝達される駆動力(トルク)の制御性が高められる。
【0074】
(付記)
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、この実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変形して実施することが可能である。
【符号の説明】
【0075】
2…駆動力伝達装置
20…ハウジング(入力側の回転部材)
23…インナシャフト(出力側の回転部材)
3…メインクラッチ(摩擦クラッチ)
31…メインアウタクラッチプレート(クラッチプレート)
32…メインインナクラッチプレート(クラッチプレート)
6…アクチュエータ
7…制御装置
71…トルク指令値演算手段
72…電流指令値演算手段
73…電流制御手段
8…駆動力伝達制御装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9