(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-28
(45)【発行日】2023-12-06
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板の製造方法および電磁鋼板製造用圧延設備
(51)【国際特許分類】
C21D 8/12 20060101AFI20231129BHJP
B21B 3/02 20060101ALI20231129BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20231129BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20231129BHJP
C22C 38/60 20060101ALN20231129BHJP
【FI】
C21D8/12 B
B21B3/02
H01F1/147 175
C22C38/00 303U
C22C38/60
(21)【出願番号】P 2022528170
(86)(22)【出願日】2022-01-26
(86)【国際出願番号】 JP2022002953
(87)【国際公開番号】W WO2022163723
(87)【国際公開日】2022-08-04
【審査請求日】2022-05-13
(31)【優先権主張番号】P 2021012208
(32)【優先日】2021-01-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100195556
【氏名又は名称】柿沼 公二
(72)【発明者】
【氏名】下山 祐介
(72)【発明者】
【氏名】新垣 之啓
(72)【発明者】
【氏名】山口 広
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-120216(JP,A)
【文献】特開2014-208895(JP,A)
【文献】特開平08-269553(JP,A)
【文献】国際公開第1990/013673(WO,A1)
【文献】特開平09-157745(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0311629(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12 , 9/46
C22C 38/00-38/60
H01F 1/12- 1/38, 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼素材に熱間圧延を施して熱延板とし、1回の冷間圧延又は中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して最終板厚を有する冷延板とし、次いで前記冷延板に脱炭焼鈍を施したのち、二次再結晶焼鈍を施す工程を含む、方向性電磁鋼板の製造方法であって、
最終の冷間圧延をタンデム圧延機で行い、該最終の冷間圧延は、前記熱延板を70℃以上200℃以下の温度域に加熱し、次いで
、前記加熱から30秒以内に、クーラント液の鋼板への噴射、冷却ロール及びオイルバスから選択される冷却方法により冷却を行い、60℃以下に冷却してから、前記タンデム圧延機の1パス目に導入して行う、方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記鋼素材は、質量%で、
C:0.01~0.10%、
Si:2.0~4.5%、
Mn:0.01~0.5%、
Al:0.01~0.04%、
S:0.01~0.05%、
Se:0.01~0.05%及び
N:0.0050~0.012%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の成分組成を有する、請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記鋼素材は、質量%で、
C:0.01~0.10%、
Si:2.0~4.5%、
Mn:0.01~0.5%、
Al:0.0100%未満、
S:0.0070%以下、
Se:0.0070%以下及び
N:0.0050%以下
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の成分組成を有する、請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記鋼素材は、更に、質量%で、
Sb:0.005~0.50%、
Cu:0.01~1.50%、
P:0.005~0.50%、
Cr:0.01~1.50%、
Ni:0.005~1.50%、
Sn:0.01~0.50%、
Nb:0.0005~0.0100%、
Mo:0.01~0.50%、
B:0.0010~0.007%及び
Bi:0.0005~0.05%
からなる群より選ばれる1種又は2種以上を含有する、請求項2又は3に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
電磁鋼板製造用のタンデム圧延機の第1スタンドの入側に、加熱装置及び冷却装置を有する電磁鋼板製造用圧延設備
により、前記最終の冷間圧延を行う、請求項1~4のいずれかに記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた磁気特性を有する方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、変圧器や発電機の鉄心材料として用いられる軟磁性材料であり、鉄の磁化容易軸である{110}<001>方位(Goss方位)が鋼板の圧延方向に高度に揃った結晶組織を有する、磁気特性に優れた鋼板である。
【0003】
Goss方位への集積を高める方法として、例えば特許文献1には、冷間圧延中の冷延板を低温で熱処理し、時効処理を施す方法が開示されている。また、特許文献2には、熱延板焼鈍又は最終冷間圧延前の中間焼鈍時の冷却速度を30℃/s以上とし、更に、最終冷間圧延中に、板温150~300℃で2分間以上のパス間時効を2回以上行う技術が開示されている。更に、特許文献3には、圧延中の鋼板温度を高めて温間圧延することにより、圧延時に導入された転位を直ちにCやNで固着させる、動的歪時効を利用する技術が開示されている。
【0004】
これら特許文献1から3に記載の技術は、いずれも冷間圧延前もしくは、冷間圧延中あるいは冷間圧延のパス間で鋼板温度を適正温度に保持することによって、固溶元素である炭素(C)や窒素(N)を低温で拡散させ、冷間圧延で導入された転位を固着して、それ以降の圧延での転位の移動を妨げ、剪断変形をより起こさせて、圧延集合組織を改善しようとするものである。これらの技術の適用によって、一次再結晶板の時点でGoss方位種結晶が数多く形成される。二次再結晶時にそれらのGoss方位種結晶が粒成長することにより、二次再結晶後のGoss方位への集積を高めることができる。
【0005】
また、上記歪時効の効果を更に高める技術として、特許文献4では冷間圧延工程の最終冷間圧延の直前の焼鈍工程にて、鋼中に微細カーバイドを析出させておき、この最終圧延を前半部と後半部の二つに分け、前半部では圧下率30~75%の範囲で140℃以下の低温にて、後半部では少なくとも2回の圧下パスを150~300℃の高温にて、かつ前半部、後半部を合わせた総圧下率80~95%で圧延を行うことにより、ゴス方位に高度に集積した材料を安定して得られる技術が開示されている。また、特許文献5にはタンデムで行う冷間圧延の前に0.5kg/mm2以上の張力付与下において50~150℃、30秒~30分間の熱処理を施すことにより、鋼中に微細カーバイドを析出させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭50-016610号公報
【文献】特開平08-253816号公報
【文献】特開平01-215925号公報
【文献】特開平09-157745号公報
【文献】特許第3160281号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、省エネルギーに対する社会的要請から、低鉄損な方向性電磁鋼板の需要は高まる一方であり、より低鉄損の方向性電磁鋼板を安定的に大量に製造する技術の開発が求められている。
【0008】
ここに、タンデム圧延機はゼンジマーミルのようなリバースミルに比べて時間当たりの処理量が大きく、方向性電磁鋼板の大量製造に有利である。しかしながら、特許文献1、2に開示された、圧延中にパス間時効を施す技術では、タンデム圧延のように各パス間の距離が短くかつライン速度が速い場合、これら技術で所期した効果を挙げることができない。
【0009】
また、特許文献3に開示の、タンデム圧延機入側で加熱して圧延する方法では、次に述べる通り、その鉄損改善効果は不十分であった。ここに、一次再結晶ゴス方位粒は、圧延安定方位の一つである{111}<112>マトリクス組織内に導入された、剪断帯から核生成すると考えられている。タンデム圧延機入側で加熱してその温度を保ちつつ圧延する、特許文献3に開示の方法では、{111}<112>マトリクス組織を作り込むことが難しく、結果として一次再結晶組織中のゴス方位粒の量が不足するために、鉄損が十分に改善されないと考えられる。
【0010】
また、特許文献4、5に記載の、最終冷延前の焼鈍工程でカーバイド析出処理を行う技術では、析出処理後から最終冷延までの経過時間によりカーバイドの析出形態が経時的に変化するため、集合組織が変化する。その結果、製品コイルの鉄損のばらつきが大きくなる、という問題点があった。
【0011】
そこで、本発明の目的は、従来技術が抱える上記の問題点を解決し、鉄損のばらつきが少ない低鉄損な方向性電磁鋼板をタンデム圧延機にて安定的に製造することができる、方向性電磁鋼板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者らは、上記課題を解決するために、冷間圧延前に熱処理を行う手法について鋭意検討を重ねた。以下、この発明に至った実験について説明する。
【0013】
質量%で、C:0.037%、Si:3.4%及びMn:0.05%を含有し、質量ppmで、S及びSeをそれぞれ31ppm、Nを50ppm、sol.Alを85ppm含有し、残部がFe及び不可避的不純物の成分組成からなる鋼スラブを、1210℃に加熱後、熱間圧延して板厚2.0mmの熱延板とした。
【0014】
上記熱延板に、1000℃×60秒の熱延板焼鈍を施し、次いで800℃から300℃までを20℃/sで冷却したのち、コイルに巻き取った。熱延焼鈍板後の上記熱延板を、タンデム圧延機(ロール径300mm、スタンド数5)を用いて、1回の冷間圧延にて0.20mmの最終板厚の冷延板とした。その際、タンデム圧延機におけるペイオフリールと圧延スタンド1パス目との間に設置した加熱装置によって、ペイオフリールから払い出された鋼板(熱延板)を表1に示す加熱温度まで加熱した。加熱後、鋼板をそのままの温度で圧延スタンド1パス目に噛み込ませたコイルと、鋼板を室温(25℃)に冷却してから圧延スタンド1パス目に噛み込ませたコイルの二種類のコイルを作製した。また、鋼板を加熱せずに室温のまま圧延スタンド1パス目に噛み込ませたコイルも作製した。
【0015】
その後、上記冷延板に均熱温度840℃、均熱時間100秒とする一次再結晶焼鈍を兼ねた脱炭焼鈍を施したのち、鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、次いで二次再結晶焼鈍を施した。
【0016】
上記二次再結晶焼鈍後の鋼板表面に、リン酸塩-クロム酸塩-コロイダルシリカを重量比3:1:2で含有する塗布液を塗布し、800℃×30秒の平坦化焼鈍を施し、製品コイルとした。
【0017】
製品コイルについて、同じ条件で作製したコイル10個分の鉄損を各々測定し、それらの平均値及び標準偏差を求めた。鉄損の測定は、コイルの長手中央部から試料を総重量が500g以上となるように切り出し、エプスタイン試験を実施して行った。鉄損の平均値及び標準偏差を表1に示す。
【0018】
【0019】
表1より、冷間圧延のためのタンデム圧延機の1パス目導入に先立ち、鋼板を70℃以上200℃以下の温度域に加熱すると、コイルの鉄損のばらつきが小さいことが分かる。更に、表1より、冷間圧延のためのタンデム圧延機の1パス目導入に先立ち、上記の加熱後の鋼板を冷却すると、低鉄損となっていることが分かる。
【0020】
上記の実験結果に示された、鉄損が低減し、更に鉄損のばらつきが改善されたメカニズムは定かではないが、発明者らは以下のように考えている。鉄損のばらつきが改善されたメカニズムとしては、冷間圧延時、ペイオフリールから払い出され1パス目に噛み込むまでに鋼板を一旦加熱することによって、熱処理後から1パス目に噛み込まれるまでの時間は10個のコイル間で一定となり、熱処理(噛み込み前の加熱)で析出した微細カーバイドの経時変化が一旦抑制されたためと考えられる。
【0021】
また、加熱後1パス目に噛み込ませる前に鋼板を冷却した場合に低鉄損となるメカニズムについては、以下のように考えられる。一次再結晶ゴス方位粒は、圧延安定方位の一つである{111}<112>マトリクス組織内に導入された、剪断帯から核生成すると考えられている。上記実験に示されるように、鋼板加熱によりカーバイドを微細に析出させ、かつ噛み込み時の温度は低温として、この低温の圧延加工により{111}<112>マトリクス組織を作り込みつつ、微細カーバイドにより局所的にせん断帯の形成を促進することにより、ゴス方位粒が効果的に増加したと考えられる。
これらの知見をもとに更に検討を行い、本発明を完成させた。
【0022】
すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]鋼素材に熱間圧延を施して熱延板とし、1回の冷間圧延又は中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して最終板厚を有する冷延板とし、次いで前記冷延板に脱炭焼鈍を施したのち、二次再結晶焼鈍を施す工程を含む、方向性電磁鋼板の製造方法であって、
最終の冷間圧延をタンデム圧延機で行い、該最終の冷間圧延は、前記熱延板を70℃以上200℃以下の温度域に加熱し、次いで60℃以下に冷却してから、前記タンデム圧延機の1パス目に導入して行う、方向性電磁鋼板の製造方法。
【0023】
[2]前記鋼素材は、質量%で、
C:0.01~0.10%、
Si:2.0~4.5%、
Mn:0.01~0.5%、
Al:0.01~0.04%、
S:0.01~0.05%、
Se:0.01~0.05%及び
N:0.0050~0.012%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の成分組成を有する、前記[1]記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【0024】
[3]前記鋼素材は、質量%で、
C:0.01~0.10%、
Si:2.0~4.5%、
Mn:0.01~0.5%、
Al:0.0100%未満、
S:0.0070%以下、
Se:0.0070%以下及び
N:0.0050%以下
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の成分組成を有する、前記[1]記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【0025】
[4]前記鋼素材は、更に、質量%で、
Sb:0.005~0.50%、
Cu:0.01~1.50%、
P:0.005~0.50%、
Cr:0.01~1.50%、
Ni:0.005~1.50%、
Sn:0.01~0.50%、
Nb:0.0005~0.0100%、
Mo:0.01~0.50%、
B:0.0010~0.007%及び
Bi:0.0005~0.05%
からなる群より選ばれる1種又は2以上を含有する、前記[2]又は前記[3]に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【0026】
[5]電磁鋼板製造用のタンデム圧延機の第1スタンドの入側に、加熱装置及び冷却装置を有する電磁鋼板製造用圧延設備。
【0027】
ここで、上記の「最終の冷間圧延」とは、その冷間圧延後の鋼板の厚みが最終の板厚となる冷間圧延をいう。具体的には、1回又は中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延において、1回法では当該冷間圧延を、2回法では2回目の冷間圧延を指している。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、磁気特性に優れる方向性電磁鋼板を、コイル間での鉄損ばらつきを抑制しつつ、タンデム圧延機にて安定して製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1A】本発明に適用可能な圧延設備の部分概要図である。
【
図1B】本発明に適用可能な圧延設備の部分概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明を詳細に説明する。
<鋼素材>
本発明の製造方法における鋼素材としてはスラブの他、ブルームやビレットを使用することができる。例えば、鋼スラブは、公知の製造方法によって製造されたものを用いることができる。製造方法としては、例えば製鋼-連続鋳造、造塊-分塊圧延法等が挙げられる。製鋼においては、転炉や電気炉等で得た溶鋼を真空脱ガス等の二次精錬を経て所望の成分組成とすることができる。
【0031】
鋼素材の成分組成は、方向性電磁鋼板製造用の成分組成とすることができ、方向性電磁鋼板用の成分として公知のものとすることができる。優れた磁気特性を有する方向性電磁鋼板を製造する観点から、C、Si及びMnを含有することが好ましい。C、Si及びMnの好適含有量としては、以下が挙げられる。ここで、成分組成に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0032】
C:0.01~0.10%
Cは、微細カーバイドを析出させることで、一次再結晶集合組織を改善するために必要な元素である。Cの含有量が0.10%超では、脱炭焼鈍による磁気時効の起こらない0.0050%以下に低減することが困難になる。一方、0.01%未満では、微細カーバイドの析出量が不足し、集合組織改善効果が不十分になる。そのため、C含有量は0.01~0.10%とすることが好ましい。より好ましくは、0.01~0.08%である。
【0033】
Si:2.0~4.5%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素である。Siの含有量が4.5%超では、加工性が著しく低下するため、圧延して製造することが困難になる。一方、2.0%未満では、十分な鉄損低減効果が得難くなる。そのため、Si含有量は2.0~4.5%とすることが好ましい。より好ましくは、2.5~4.5%である。
【0034】
Mn:0.01~0.5%
Mnは、熱間加工性を改善するために必要な元素である。Mn含有量が0.5%超では、一次再結晶集合組織が劣化し、ゴス方位が高度に集積した二次再結晶粒を得るのが困難になる。一方、0.01%未満では、十分な熱延加工性を得るのが困難になる。そのため、Mn含有量は0.01~0.5%とすることが好ましい。より好ましくは、0.03~0.5%である。
【0035】
鋼素材の成分組成は、上記したC、Si及びMnに加えて、二次再結晶におけるインヒビター成分として、Al:0.01~0.04%及びN:0.0050~0.012%を含有することができる。すなわち、Al含有量及びN含有量が上記の下限に満たないと、所定のインヒビター効果を得るのが困難になる、おそれがあり、一方、上記の上限を超えると、析出物の分散状態が不均一化し、やはり所定のインヒビター効果を得るのが困難になる、おそれがある。
【0036】
更に、Al、Nに加えて、インヒビター成分として、S:0.01~0.05%、Se:0.01~0.05%を含有させてもよい。これらを含有させることにより、硫化物(MnS、Cu2S等)、セレン化物(MnSe、Cu2Se等)を形成させることができる。硫化物、セレン化物は複合して析出させてもよい。ここで、S含有量及びSe含有量が上記の下限に満たないと、インヒビターとしての効果を十分に得ることが難しくなる。一方、上記の上限を超えると、析出物の分散が不均一化し、やはりインヒビター効果を十分に得ることが難しくなる。
【0037】
また、成分組成として、Al含有量を0.0100%未満に抑制し、インヒビターレス系に適合させることもできる。この場合には、N:0.0050%以下、S:0.0070%以下、Se:0.0070%以下とすることができる。
【0038】
更にまた、磁気特性改善のために、上記成分組成に加えて、Sb:0.005~0.50%、Cu:0.01~1.50%、P:0.005~0.50%、Crを0.01~1.50%、Ni:0.005~1.50%、Sn:0.01~0.50%、Nb:0.0005~0.0100%、Mo:0.01~0.50%、B:0.0010~0.007%及びBi:0.0005~0.05%からなる群より選ばれる1種又は2種以上を含有させてもよい。Sb、Cu、P、Cr、Ni、Sn、Nb、Mo、B及びBiは、磁気特性の向上に有用な元素であり、二次再結晶粒の発達を阻害せずに、磁気特性向上効果を十分に得られる点から、含有させる場合は、上記の範囲内とすることが好ましい。
なお、鋼素材の成分組成における上記した成分以外の残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0039】
<製造工程>
本発明の製造方法では、鋼スラブ等の鋼素材に、熱間圧延を施して熱延板とする。鋼素材は、熱間圧延の前に加熱することができる。その際の加熱温度は、熱間圧延性を確保する観点から1050℃程度以上とするのが好ましい。加熱温度の上限は特に限定されないが、1450℃超の温度は、鋼の融点に近く、鋼スラブ等の鋼素材の形状を保つのが困難であるため、1450℃以下とすることが好ましい。
それ以外の熱間圧延の条件は特に限定されず、公知の条件を適用することができる。
【0040】
得られた熱延板には、熱延板焼鈍を施してもよい。特に、その後の冷間圧延が1回である場合には、熱延板焼鈍を施すことが好ましい。また、場合により、熱延板焼鈍の後、冷間圧延の前に、酸洗等で脱スケールを施してもよい。
【0041】
その後、熱延板(熱延板焼鈍後の熱延板)に、1回の冷間圧延を施して最終板厚の冷延板とするか、又は中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して最終板厚の冷延板とする。冷間圧延の総圧下率は、特に限定されず、70%以上95%以下とすることができる。最終の冷間圧延の圧下率は、特に限定されず、60%以上95%以下とすることができる。最終板厚は、特に限定されず、例えば0.1mm以上1.0mm以下とすることができる。
【0042】
最終の冷間圧延前の焼鈍、すなわち1回の冷間圧延の場合の熱延板焼鈍及び2回以上の冷間圧延の場合の中間焼鈍における最高温度は、900℃以上1200℃以下が好ましい。また、最終の冷間圧延前の焼鈍の冷却過程の800℃から300℃までの温度域における平均冷却速度は、15℃/s以上が望ましい。更に望ましくは、20℃/s以上である。
【0043】
最終の冷間圧延は、タンデム圧延機で行う。このとき、鋼板(熱延板)をペイオフリールから払い出してタンデム圧延機の1パス目に導入する前に、鋼板を70℃以上200℃以下の温度域に加熱し、次いで60℃以下に冷却する。つまり、タンデム圧延機の1パス目に導入する際の鋼板の温度は、60℃以下である。上記の加熱を施した際に析出した微細カーバイドが粗大化する可能性があるため、上記の冷却は、加熱から30秒以内に行うことが好ましく、より望ましくは15秒以内である。なお、最終の冷間圧延以外の圧延、すなわち2回法における1回目の冷間圧延は、タンデム圧延機で行ってもよく、ゼンジマーミルのようなリバース式の圧延機で行ってもよい。
【0044】
上記の加熱温度が70℃未満では、微細カーバイドが十分に析出しない。一方、上記の加熱温度が200℃を超えると、炭素の拡散速度が大きくなりすぎて粗大なカーバイドが析出することで、歪時効による集合組織改善効果が失われ、磁性が劣化する。上記の加熱温度は、好ましくは100℃以上170℃以下である。
【0045】
加熱後の上記冷却温度が60℃超では、{111}<112>マトリクス組織の作り込みが不十分になり、加熱による集合組織改善効果が失われる。なお、下限は特に設定しないが、0℃以下になると材料が脆化し、製造性に悪影響を及ぼすことから、1パス目に噛み込ませる際の鋼板温度は、0℃超とすることが好ましい。
【0046】
最終の冷間圧延の1パス目での{111}<112>マトリクス組織を作り込むべく、圧延での剪断変形を抑制するため、タンデム圧延機の1パス目(第1スタンド)のワークロール粗度は、低い方が好ましい。具体的に、タンデム圧延機の1パス目の算術平均粗さRaは、1.0μm以下が好ましく、より好ましくは0.5μm以下である。
【0047】
上記加熱の方法は、特に限定されず、エアバス、オイルバス、サンドバス、誘導加熱、加熱した潤滑油や加熱した水の鋼板への噴射等があげられるが、タンデム圧延機の入側で加熱するため、短時間での加熱が可能な方法が望ましい。なお、加熱温度は、加熱装置の出側の鋼板温度とする。
【0048】
加熱後の上記冷却の方法は、特に限定せず、クーラント液の鋼板への噴射、冷却ロール、オイルバス等が挙げられるが、タンデム圧延機の入側で冷却するため、短時間で冷却する必要がある。冷却方法としては上記のような手段があるが、1パス目の噛み込み前までに鋼板を所望の温度に冷却できるよう、抜熱媒体を独立に温度制御できるようにしておくことが望ましい。
【0049】
冷間圧延中に時効処理等の熱処理又は温間圧延を挟んでもよいが、上記の特許文献4に記載のように最終圧延を前半部と後半部の二つに分け、前半部では低温にて、後半部では高温にて圧延する方法が好適である。
【0050】
本発明の製造方法では、最終板厚を有する冷延板に、脱炭焼鈍を施したのち、二次再結晶焼鈍を施して、方向性電磁鋼板を得ることができる。二次再結晶焼鈍後に、絶縁被膜を被成してもよい。
【0051】
脱炭焼鈍の条件は、特に限定されない。脱炭焼鈍は、一般的に一次再結晶焼鈍を兼ねることが多く、本発明の製造方法においても一次再結晶焼鈍を兼ねることができる。その場合、条件は特に限定されず、公知の条件を適用することができる。例えば、温水素雰囲気中で800℃×2分の焼鈍条件等が挙げられる。
【0052】
冷延板に脱炭焼鈍を施したのち、二次再結晶のための仕上焼鈍(二次再結晶焼鈍)を施す。仕上焼鈍前に、鋼板表面に焼鈍分離剤を塗布することができる。焼鈍分離剤としては、特に限定されず、公知のものを用いることができる。例えば、MgOを主成分とし、必要に応じて、TiO2などを添加したものや、SiO2やAl2O3を主成分としたものが挙げられる。
【0053】
二次再結晶焼鈍を施した後には、鋼板表面に絶縁被膜を塗布して焼き付け、必要に応じて、平坦化焼鈍して鋼板形状を整えることが好ましい。絶縁被膜の種類は、特に限定されず、鋼板表面に引張張力を付与する絶縁被膜を形成する場合には、特開昭50-79442号公報、特開昭48-39338号公報、特開昭56-75579号公報等に記載されているリン酸塩―コロイダルシリカを含有する塗布液を用いて、800℃程度で焼き付けるのが好ましい。
【0054】
<電磁鋼板製造用圧延設備>
また、本発明の電磁鋼板製造用圧延設備は、電磁鋼板製造用のタンデム圧延機の第1スタンドの入側に、加熱装置及び冷却装置を有する。かかる設備によれば、上述した方向性電磁鋼板を安定して製造することができる。
【0055】
図1Aは、上記圧延設備の部分概要図である。
図1Aに示す設備においては、タンデム圧延機の圧延スタンド(圧延ロール)4の1パス目(第1スタンド)の入側に、上流側から、加熱装置1及び冷却装置2が配備されている。かかる構成により、タンデム圧延機への導入直前の鋼帯3(熱延板)を、加熱装置1で加熱することができ、次いで、冷却装置2で冷却することができる。なお、圧延設備においては、
図1Bに示すように、冷却装置2における抜熱媒体の温度をコントロール可能な温度制御装置5が設けられていてもよい。
【実施例】
【0056】
(実施例1)
C:0.037質量%、Si:3.4質量%及びMn:0.05質量%を含有し、S及びSeをそれぞれ31質量ppm、Nを50質量ppm、sol.Alを85質量ppm含有し、残部がFe及び不可避的不純物の成分組成からなる鋼スラブを、1210℃に加熱後、熱間圧延して板厚2.0mmの熱延板とした。
【0057】
上記熱延板に、1000℃×60秒の熱延板焼鈍を施し、次いで800℃から300℃までを15℃/sで冷却したのち、コイルに巻き取った。熱延焼鈍板後の上記熱延板について、タンデム圧延機(ロール径300mm、スタンド数5)を用いて1回の冷間圧延を施し、最終板厚が0.20mmの冷延板とした。その際、タンデム圧延機におけるペイオフリールと圧延スタンド1パス目の間に設置した加熱装置によって、鋼板(熱延板)を150℃まで加熱した。加熱後、表2に示す温度(1パス目導入温度)に冷却してから、圧延スタンド1パス目に噛み込ませた。なお、1パス目のワークロール粗度(算術平均粗さRa)として、表2の条件No.26~34では1.5μmのものを使用し、表2の条件No.35~37では0.9μmのものを使用した。
【0058】
その後、上記冷延板に、均熱温度840℃、均熱時間100秒とする一次再結晶焼鈍を兼ねた脱炭焼鈍を施したのち、鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、次いで二次再結晶焼鈍を施した。
【0059】
上記二次再結晶焼鈍後の鋼板表面に、リン酸塩-クロム酸塩-コロイダルシリカを重量比3:1:2で含有する塗布液を塗布し、800℃×30秒の平坦化焼鈍を施し、製品コイルとした。
【0060】
製品コイルについて、同じ条件で作製したコイル10個分の鉄損を各々測定し、それらの平均値及び標準偏差を求めた。鉄損の測定は、コイルの長手中央部から試料を総重量が500g以上となるように切り出し、エプスタイン試験を実施して行った。鉄損の平均値及び標準偏差を表2に示す。
【0061】
【0062】
表2より、加熱後、1パス目導入温度を60℃以下にした材料(コイル)は、低鉄損となっていることが分かる。更に、1パス目のワークロール粗度(算術平均粗さRa)が低い条件では、更に低鉄損となっていることも分かる。
【0063】
(実施例2)
C:0.06質量%、Si:3.4質量%及びMn:0.06質量%を含有し、N:90質量ppm、sol.Alを250質量ppm、S及びSeをそれぞれ0.02質量%含有し、残部がFe及び不可避的不純物の成分組成からなる鋼スラブを、1400℃に加熱後、熱間圧延して板厚2.0mmの熱延板とした。
【0064】
上記熱延板に、1000℃×60秒の熱延板焼鈍を施した。熱延焼鈍板後の上記熱延板に、タンデム圧延機(ロール径300mm、スタンド数5)で1回目の冷間圧延を施し、次いで、N2:75vol%+H2:25vol%、露点46℃の雰囲気中で1100℃×80秒の中間焼鈍を施し、その後の冷却過程の800℃から300℃までを20℃/sで冷却した。次いで、タンデム圧延機(ロール径300mm、スタンド数5)を用いて最終の冷間圧延を施し、最終板厚が0.25mmの冷延板とした。最終の冷間圧延の際、タンデム圧延機におけるペイオフリールと圧延スタンド1パス目の間に設置した加熱装置によって、鋼板を表3に示す加熱温度に加熱し、次いで、表3に示す温度(1パス目導入温度)に冷却してから、圧延スタンド1パス目に噛み込ませた。
【0065】
その後、上記冷延板に、均熱温度840℃、均熱時間100秒とする一次再結晶焼鈍を兼ねた脱炭焼鈍を施したのち、鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、次いで二次再結晶焼鈍を施した。
【0066】
上記二次再結晶焼鈍後の鋼板表面に、リン酸塩-クロム酸塩-コロイダルシリカを重量比3:1:2で含有する塗布液を塗布し、800℃×30秒の平坦化焼鈍を施し、製品コイルとした。
【0067】
製品コイルについて、同じ条件で作製したコイル10個分の鉄損を各々測定し、それらの平均値及び標準偏差を求めた。鉄損の測定は、コイルの長手中央部から試料を総重量が500g以上となるように切り出し、エプスタイン試験を実施して行った。鉄損の平均値及び標準偏差を表3に示す。
【0068】
【0069】
表3に示されるように、インヒビター多量添加系の鋼スラブを用いて、中間焼鈍を挟む冷間圧延を施した場合においても、鉄損が良好で、そのばらつきも小さいことがわかる。
【0070】
(実施例3)
C:0.036質量%、Si:3.4質量%及びMn:0.06質量%を含有し、Nを50質量ppm、sol.Alを72質量ppm、S及びSeをそれぞれ31質量ppm含有し、その他の成分として、Sb、Cu、P、Cr、Ni、Sn、Nb、Mo、B、Biを、表4に示す範囲で含有し、残部がFe及び不可避的不純物の組成からなる鋼を溶製し、鋼スラブとし、1210℃に加熱後、熱間圧延して板厚2.0mmの熱延板とした。
【0071】
上記熱延板に、1000℃×60秒の熱延板焼鈍を施し、次いで800℃から300℃までを50℃/sで冷却したのち、コイルに巻き取った。熱延焼鈍板後の上記熱延板について、タンデム圧延機(ロール径300mm、スタンド数5)を用いて1回の冷間圧延を施し、最終板厚が0.30mmの冷延板とした。その際、タンデム圧延機におけるペイオフリールと圧延スタンド1パス目の間に設置した加熱装置によって、鋼板(熱延板)を150℃に加熱した。加熱後、25℃に冷却してから、圧延スタンド1パス目に噛み込ませた。
【0072】
その後、上記冷延板に、均熱温度840℃、均熱時間100秒とする一次再結晶焼鈍を兼ねた脱炭焼鈍を施したのち、鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、次いで二次再結晶焼鈍を施した。
【0073】
上記二次再結晶焼鈍後の鋼板表面に、リン酸塩-クロム酸塩-コロイダルシリカを重量比3:1:2で含有する塗布液を塗布し、800℃×30秒の平坦化焼鈍を施し、製品コイルとした。
【0074】
製品コイルについて、同じ条件で作製したコイル10個分の鉄損を各々測定し、それらの平均値及び標準偏差を求めた。鉄損の測定は、コイルの長手中央部から試料を総重量が500g以上となるように切り出し、エプスタイン試験を実施して行った。鉄損の平均値及び標準偏差を表4に示す。
【0075】
【0076】
表4に示されるように、Sb、Cu、P、Cr、Ni、Sn、Nb、Mo、B、Biのいずれか1種以上を添加した鋼板は、鉄損が0.84W/kg以下であって、特に鉄損が低減しており、かつコイル長手方向の特性のばらつきも小さかった。
【符号の説明】
【0077】
1 加熱装置
2 冷却装置
3 鋼帯
4 圧延ロール(圧延スタンド)
5 温度制御装置