(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-28
(45)【発行日】2023-12-06
(54)【発明の名称】無方向性電磁鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231129BHJP
C22C 38/14 20060101ALI20231129BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20231129BHJP
C21D 8/12 20060101ALI20231129BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20231129BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20231129BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/14
C22C38/60
C21D8/12 A
C23C26/00 C
H01F1/147 183
(21)【出願番号】P 2023530912
(86)(22)【出願日】2023-01-23
(86)【国際出願番号】 JP2023001969
【審査請求日】2023-05-22
(31)【優先権主張番号】P 2022015256
(32)【優先日】2022-02-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100195785
【氏名又は名称】市枝 信之
(72)【発明者】
【氏名】財前 善彰
(72)【発明者】
【氏名】西山 武志
(72)【発明者】
【氏名】中川 暢子
(72)【発明者】
【氏名】大久保 智幸
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/262063(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/117325(WO,A1)
【文献】特開2003-293101(JP,A)
【文献】特開2011-157603(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2021-0080657(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/12, 9/46
H01F 1/12- 1/38, 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.0050%以下、
Si:2.0~6.5%、
Mn:0.05~2.0%、
P :0.10%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.3~3.0%、
N :0.0050%以下、
Co:0.0005~0.0050%、
Ti:0.0030%以下、
Nb:0.0030%以下、および
O :0.0050%以下を含有し、
残部がFeおよび不可避不純物からなる成分組成を有し、
少なくとも一方の表面において、前記表面から板厚の1/20の深さまでの範囲において、AlNとして存在するNの量が0.003質量%以下であり、
前記表面に、Feと、AlおよびSiの一方または両方とを含有する酸化物層を有し、
前記酸化物層と地鉄との間の界面に、Al酸化物およびSi酸化物の一方または両方からなる酸化被膜を有する、無方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、下記A群~F群の内、1群以上を含有する、請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
A群:Sn:0.005~0.20%、およびSb:0.005~0.20%の一方または両方
B群:Ca、Mg、およびREMからなる群より選択される少なくとも1つを、合計で0.0005~0.020%
C群:Cu、Cr、およびNiからなる群より選択される少なくとも1つを、合計で0.03~1.0%
D群:GeおよびGaの一方または両方を、合計で0.0005~0.01%
E群:Zn:0.001~0.05%
F群:MoおよびWの一方または両方を、合計で0.001~0.05%
【請求項3】
質量%で、
C :0.0050%以下、
Si:2.0~6.5%、
Mn:0.05~2.0%、
P :0.10%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.3~3.0%、
N :0.0050%以下、
Co:0.0005~0.0050%、
Ti:0.0030%以下、
Nb:0.0030%以下、および
O :0.0050%以下を含有し、
残部がFeおよび不可避不純物からなる成分組成を有する鋼素材に、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して冷延鋼板とし、
前記冷延鋼板に仕上焼鈍および歪取焼鈍を施して無方向性電磁鋼板を製造する方法であって、
前記歪取焼鈍が、均熱温度:750℃~950℃、雰囲気中の窒素含有量:50体積%以上の条件で行われ、
前記仕上焼鈍の後、前記歪取焼鈍の前に、塩酸、リン酸、硫酸、および硝酸からなる群より選択される少なくとも1つを合計濃度3~30重量%で含む酸を用い、1~60sec、鋼板表面に酸処理を施
し、
前記無方向性電磁鋼板が、
少なくとも一方の表面において、前記表面から板厚の1/20の深さまでの範囲において、AlNとして存在するNの量が0.003質量%以下であり、
前記表面に、Feと、AlおよびSiの一方または両方とを含有する酸化物層を有し、
前記酸化物層と地鉄との間の界面に、Al酸化物およびSi酸化物の一方または両方からなる酸化被膜を有する、無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記冷間圧延に先だって、前記鋼素材を熱間圧延して熱延鋼板とし、
前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して熱延焼鈍板とし、
前記熱延焼鈍板を前記冷間圧延に供する、請求項3に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記成分組成が、さらに、質量%で、下記A群~F群の内、1群以上を含有する、請求項3または4に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
A群:Sn:0.005~0.20%、およびSb:0.005~0.20%の一方または両方
B群:Ca、Mg、およびREMからなる群より選択される少なくとも1つを、合計で0.0005~0.020%
C群:Cu、Cr、およびNiからなる群より選択される少なくとも1つを、合計で0.03~1.0%
D群:GeおよびGaの一方または両方を、合計で0.0005~0.01%
E群:Zn:0.001~0.05%
F群:MoおよびWの一方または両方を、合計で0.001~0.05%
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無方向性電磁鋼板(non-oriented electrical steel sheet)およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化等の環境への配慮から、省エネルギー化が求められており、自動車分野では、エンジンとモータを併用したハイブリッド電気自動車(HEV)、電動モータのみで駆動する電気自動車(EV)および燃料電池車(FCEV)などの開発が進められている。これらの車両で用いられるモータは、効率を高めるため、高速回転に有利な高周波域で駆動されることが一般的である。こうしたHEVやEVの駆動モータの鉄心材料には無方向性電磁鋼板が多く使用されており、モータの高効率化を達成するために無方向性電磁鋼板には高周波域での低鉄損化が強く求められている。
【0003】
無方向性電磁鋼板の低鉄損化は、従来、主にSiやAl等の合金元素を添加して固有抵抗を高めることや、板厚を薄くして渦電流損を低減することなどによって行われてきた。しかし、低鉄損化のために合金元素を多量に添加すると、飽和磁束密度が低下してしまう。磁束密度の低下は、モータの銅損増加を招くため、モータ効率の低下につながる。また、無方向性電磁鋼板の板厚を薄くするためには、製造過程において、熱延鋼板の板厚を薄くしたり、冷延圧下率を高めたりする必要があるため、生産性が低下する。
【0004】
そのため、高い磁束密度と、高周波域における低鉄損とを兼ね備え、かつ生産性に優れる無方向性電磁鋼板を開発することができれば、電気機器の高効率化に大いに寄与すると考えられる。
【0005】
高周波域における低鉄損を達成する方法としては、例えば、特許文献1に、1.5~20質量%のCrを添加することで鋼の固有抵抗を高め、高周波域での低鉄損を達成する方法が開示されている。
【0006】
一方、無方向性電磁鋼板には、歪取焼鈍(stress relief annealing)が施される場合がある。例えば、モータのステータコア等に無方向性電磁鋼板を使用する場合、打抜加工などによりコア形状に加工した後に、加工時に導入された歪を開放するために歪取焼鈍が行われる。
【0007】
そこで、例えば、特許文献2では、仕上焼鈍(final annealing)の後にスキンパス圧延し、次いで歪取焼鈍することにより歪取焼鈍後の磁気特性を向上させる技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平11-343544号公報
【文献】特開2006-265720号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、Crは飽和磁束密度を低下させる元素であるため、多量のCrの添加を必要とする特許文献1に開示の技術では、高磁束密度と高周波低鉄損を両立させることができない。
【0010】
また、特許文献2で提案されている技術では、追加的にスキンパス圧延を行う必要があるため、生産性が低下し、製造コストの上昇を招く。
【0011】
本発明は、上記の実状に鑑みてなされたものであり、磁束密度を低下させるCr等の合金元素を多量に添加することなく、また、生産性を低下させるスキンパス圧延を行うことなく、高周波域における鉄損が低減された無方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題の解決に向け、無方向性電磁鋼板の磁気特性に及ぼす表面状態の影響に着目して鋭意検討を重ねた。その結果、鋼中に含まれるCoの含有量を所定の範囲に制御した上で、仕上焼鈍後、歪取焼鈍前の鋼板に酸処理を行って表層の窒素量を所定の範囲に制御することで、磁束密度の低下を招くことなく、鉄損を低減できることを見出した。
【0013】
本発明は、上記知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は以下の通りである。
【0014】
1.質量%で、
C :0.0050%以下、
Si:2.0~6.5%、
Mn:0.05~2.0%、
P :0.10%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.3~3.0%、
N :0.0050%以下、
Co:0.0005~0.0050%、
Ti:0.0030%以下、
Nb:0.0030%以下、および
O :0.0050%以下を含有し、
残部がFeおよび不可避不純物からなる成分組成を有し、
少なくとも一方の表面において、前記表面から板厚の1/20の深さまでの範囲において、AlNとして存在するNの量が0.003質量%以下であり、
前記表面に、Feと、AlおよびSiの一方または両方とを含有する酸化物層を有し、
前記酸化物層と地鉄との間の界面に、Al酸化物およびSi酸化物の一方または両方からなる酸化被膜を有する、無方向性電磁鋼板。
【0015】
2.前記成分組成が、さらに、質量%で、下記A群~F群の内、1群以上を含有する、上記1に記載の無方向性電磁鋼板。
A群:Sn:0.005~0.20%、およびSb:0.005~0.20%の一方または両方
B群:Ca、Mg、およびREMからなる群より選択される少なくとも1つを、合計で0.0005~0.020%
C群:Cu、Cr、およびNiからなる群より選択される少なくとも1つを、合計で0.03~1.0%
D群:GeおよびGaの一方または両方を、合計で0.0005~0.01%
E群:Zn:0.001~0.05%
F群:MoおよびWの一方または両方を、合計で0.001~0.05%
【0016】
3.質量%で、
C :0.0050%以下、
Si:2.0~6.5%、
Mn:0.05~2.0%、
P :0.10%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.3~3.0%、
N :0.0050%以下、
Co:0.0005~0.0050%、
Ti:0.0030%以下、
Nb:0.0030%以下、および
O :0.0050%以下を含有し、
残部がFeおよび不可避不純物からなる成分組成を有する鋼素材に、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して冷延鋼板とし、
前記冷延鋼板に仕上焼鈍および歪取焼鈍を施して無方向性電磁鋼板を製造する方法であって、
前記歪取焼鈍が、均熱温度:750℃~950℃、雰囲気中の窒素含有量:50体積%以上の条件で行われ、
前記仕上焼鈍の後、前記歪取焼鈍の前に、塩酸、リン酸、硫酸、および硝酸からなる群より選択される少なくとも1つを合計濃度3~30重量%で含む酸を用い、1~60sec、鋼板表面に酸処理を施す、無方向性電磁鋼板の製造方法。
【0017】
4.前記冷間圧延に先だって、前記鋼素材を熱間圧延して熱延鋼板とし、
前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して熱延焼鈍板とし、
前記熱延焼鈍板を前記冷間圧延に供する、上記3に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【0018】
5.前記成分組成が、さらに、質量%で、下記A群~F群の内、1群以上を含有する、上記3または4に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
A群:Sn:0.005~0.20%、およびSb:0.005~0.20%の一方または両方
B群:Ca、Mg、およびREMからなる群より選択される少なくとも1つを、合計で0.0005~0.020%
C群:Cu、Cr、およびNiからなる群より選択される少なくとも1つを、合計で0.03~1.0%
D群:GeおよびGaの一方または両方を、合計で0.0005~0.01%
E群:Zn:0.001~0.05%
F群:MoおよびWの一方または両方を、合計で0.001~0.05%
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、磁束密度の低下や生産性の低下を招くことなく、高周波域における鉄損が低減された無方向性電磁鋼板を提供することができる。すなわち、本発明では、微量のCoの添加と、酸処理による表層の窒素量の制御によって高周波低鉄損を実現することができるため、磁束密度を低下させるCr等の合金元素を多量に添加する必要が無い。また、生産性低下の原因となるスキンパス圧延を行わずとも優れた磁気特性を達成することができる。なお、スキンパス圧延を行う場合には、新たにスキンパス圧延設備を設ける必要があるのに対して、酸処理は一般的な鋼板の製造ラインに備えられている洗浄設備を利用して実施することができるため、生産性を損なわない。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】Co含有量と高周波鉄損(W
10/400)との相間を示すグラフである。
【
図2】表層窒化量と高周波鉄損(W
10/400)との相間を示すグラフである。
【
図3】酸濃度と高周波鉄損(W
10/400)との相間を示すグラフである。
【
図4】酸濃度と表層窒化量との相間を示すグラフである。
【
図5】酸処理時間と高周波鉄損(W
10/400)との相間を示すグラフである。
【
図6】酸処理時間と表層窒化量との相間を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
まず、本発明を開発する契機となった実験について説明する。なお、本明細書において、含有量の単位としての「%」は、とくに断らない限り「質量%」を指すものとする。また、酸の濃度の単位は「重量%」とする。
【0022】
<実験1>
以下の手順でCo含有量の異なる複数の無方向性電磁鋼板を作製し、得られた無方向性電磁鋼板の高周波域における鉄損を評価した。
【0023】
C:0.0019%、Si:3.1%、Mn:0.8%、P:0.01%、S:0.0015%、Al:0.9%、N:0.0018%、Ti:0.0010%、Nb:0.0008%およびO:0.0021%と、Coを0.0001~0.01%の範囲で含有し、残部がFeおよび不可避不純物を有する鋼を真空炉で溶製し、鋳造して鋼塊とした。前記鋼塊を熱間圧延して板厚2.0mmの熱延鋼板とし、前記熱延鋼板に960℃×30secの熱延板焼鈍を施して熱延焼鈍板とした。前記熱延焼鈍板を酸洗した後、冷間圧延して最終板厚0.25mmの冷延鋼板を得た。
【0024】
得られた冷延鋼板に、体積%比でH2:N2=20:80の雰囲気下で、850℃×10secの仕上焼鈍を施した後、酸処理を施した。前記酸処理においては、鋼板を10%の塩酸に10秒間浸漬した。その後、雰囲気中の窒素含有量:100体積%、850℃×2hrの条件で歪取焼鈍を行い、無方向性電磁鋼板を得た。
【0025】
上記の手順で得られた無方向性電磁鋼板の、圧延方向(L方向)および幅方向(C方向)から、幅30mm×長さ180mmの試験片を切り出し、前記試験片の高周波鉄損を評価した。具体的には、前記試験片の、最大磁束密度:1.0T、周波数400Hzにおける(L+C)方向の鉄損W
10/400をエプスタイン試験にて測定した。Co含有量と、測定したW
10/400との相間を
図1に示す。
【0026】
図1に示した結果から分かるように、Co含有量が0.0005~0.0050%の範囲で顕著に鉄損が低下している。
【0027】
このCoの微量添加による鉄損低下の原因を調査するため、上記実験で作成した無方向性電磁鋼板の圧延方向断面を走査電子顕微鏡(SEM)で観察した。その結果、Co含有量が0.0005~0.0050%の範囲から外れている無方向性電磁鋼板では、鋼板の表面から板厚の1/20の深さまでの範囲(以下、表層部という場合がある)に、微細なAlNの析出が認められた。一方、Co含有量が0.0005~0.0050%の範囲内である無方向性電磁鋼板では、前記表層部にAlNがほとんど析出していなかった。
【0028】
一般的に、無方向性電磁鋼板の製造過程では、仕上焼鈍時に雰囲気中の窒素が鋼板内部へ拡散する結果、表層部にAlNなどの窒化物が形成される(このように、窒化物が析出した表層部を窒化層という場合がある)。しかし、上記の実験結果より、Co含有量が0.0005~0.0050%の範囲内である無方向性電磁鋼板では、何らかの理由により表層部における窒化物(AlN)の量が低減され、その結果、鉄損が低下したと考えられる。
【0029】
そこで、この無方向性電磁鋼板の表面から板厚の1/20の深さまでの範囲において、AlNとして存在しているNの濃度(以下、「表層窒化量」という)を電解抽出により分析した。測定した表層窒化量の値と、W
10/400との相間を
図2に示す。
【0030】
図2に示した結果から分かるように、表層窒化量と鉄損との間には強い相関があり、特に、表層窒化量が0.003%以下で鉄損が大きく低下している。このことから、上述したように、AlNの量が低減されることにより鉄損が低下ししていることが確認できる。そして、この表層窒化量が0.003%以下である鋼板は、いずれもCo含有量が0.0005~0.0050%の範囲内であった。
【0031】
さらに、鉄損低下が認められた無方向性電磁鋼板について、表面を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察したところ、鋼板表面にFeと、AlおよびSiの一方または両方とを含有する酸化物層(oxide layer)が形成されており、さらに前記酸化物層と地鉄との間の界面には、Al酸化物およびSi酸化物の一方または両方からなる酸化被膜(oxide film)が形成されていた。そして、さらに検討を行ったところ、前記酸処理によって鋼板表面に酸化物層が形成され、その後の歪取焼鈍において、前記酸化物層と地鉄との間の界面に酸化被膜が形成されることが分かった。
【0032】
上記の実験結果から、前記酸化物層と前記酸化被膜とにより歪取焼鈍時の窒化が効果的に抑制され、その結果、鉄損が低下したと考えられる。
【0033】
<実験2>
次に、無方向性電磁鋼板の磁気特性に及ぼす酸処理条件の影響を評価するため、様々な条件で酸処理を行い、得られた無方向性電磁鋼板の高周波鉄損を測定した。
【0034】
具体的には、まず、C:0.0024%、Si:3.6%、Mn:0.5%、P:0.01%、S:0.0021%、Al:1.0%、N:0.0022%、Ti:0.0011%、Nb:0.0007%、O:0.0020%、およびCo:0.0023%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物を有する鋼を真空炉で溶製し、鋳造して鋼塊とした。前記鋼塊を熱間圧延して板厚1.8mmの熱延鋼板とし、銭熱延鋼板に980℃×30secの熱延板焼鈍を施して熱延焼鈍板とした。前記熱延焼鈍板を、酸洗した後、冷間圧延して最終板厚0.20mmの冷延鋼板を得た。
【0035】
得られた冷延鋼板に、体積%比でH2:N2=15:85の雰囲気下で、950℃×10secの仕上焼鈍を施した後、酸処理を施した。前記酸処理は、鋼板を塩酸に10秒間浸漬することにより実施し、その際、使用する塩酸の濃度を1~50%の範囲で変化させた。その後、雰囲気中の窒素含有量:100体積%、800℃×2hrの条件で歪取焼鈍を行い、無方向性電磁鋼板を得た。
【0036】
上記の手順で得られた無方向性電磁鋼板の、圧延方向(L方向)および幅方向(C方向)から、幅30mm×長さ180mmの試験片を切り出し、前記試験片の高周波鉄損(W
10/400)を評価した。具体的には、前記試験片の、最大磁束密度:1.0T、周波数400Hzにおける(L+C)方向の鉄損W
10/400をエプスタイン試験にて測定した。また、無方向性電磁鋼板の表面から板厚の1/20の深さまでの範囲において、AlNとして存在しているNの濃度を、電解抽出により測定した。測定結果を
図3、
図4に示す。
【0037】
<実験3>
さらに、酸処理における塩酸の濃度を20%とし、酸処理時間(浸漬時間)を0.5~100secの範囲で変化させた点以外は上記実験2と同様の手順で無方向性電磁鋼板を作製し、高周波鉄損(W
10/400)および表層窒化量を測定した。測定結果を
図5、
図6に示す。
【0038】
図3~6に示した結果から分かるように、酸濃度が3~30%かつ酸処理時間が1~60secの範囲において、高周波鉄損の顕著な低下が認められた。これに対して、酸濃度が3%未満または酸処理時間が1sec未満では、酸処理を行ったにもかかわらず鉄損が高いままであった。これは、酸濃度が低い場合および酸処理時間が短い場合には、酸処理の効果が不十分となり、仕上焼鈍時に生じた窒化層を十分に除去できず、その結果、歪取焼鈍時に酸化被膜が形成されず窒化が進んだためであると考えられる。また、酸濃度が30%超または酸処理時間が60sec超の場合にも鉄損が高いままであった。これは、酸処理の際に鋼板表面に厚い酸化物層が形成され、その結果、歪取焼鈍時に酸化被膜が形成されず、歪取焼鈍時の窒化が進んだためであると考えられる。
【0039】
本発明は上記の知見に基づくものである。以下、本発明を実施するための形態について具体的に説明する。なお、本発明はこの実施形態に限定されるものではない。
【0040】
[成分組成]
本発明において、無方向性電磁鋼板の成分組成を上記の範囲に限定する理由について説明する。
【0041】
C:0.0050%以下
Cは、磁気時効により鉄損を劣化させる有害な元素である。すなわち、C含有量が過剰であると、時間の経過に伴いCが炭化物を形成して析出し、鉄損が高くなる。そのため、C含有量は0.0050%以下に制限する。好ましくは、0.0040%以下である。一方、C含有量の下限は特に限定されないが、精錬工程での脱炭コストを抑制する観点からは、C含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。
【0042】
Si:2.0~6.5%
Siは、鋼の固有抵抗を高め、鉄損を低減する効果を有する元素である。また、Siは、固溶強化により鋼の強度を高める効果も有している。これらの効果を得るために、Si含有量は2.0%以上、好ましくは2.5%以上とする。一方、Si含有量が6.5%を超えると、製造時にスラブ割れが生じやすくなり、生産性が低下する。そのため、Si含有量は6.5%以下、好ましくは6.0%以下とする。
【0043】
Mn:0.05~2.0%
Mnは、Siと同様、鋼の固有抵抗を高め、鉄損を低減する効果を有する元素である。また、Mnは、硫化物を形成して熱間脆性を改善する効果も有している。これらの効果を得るために、Mn含有量は0.05%以上、好ましくは0.1%以上とする。一方、Mn含有量が2.0%を超えると、製造時にスラブ割れが生じやすくなり、生産性が低下する。そのため、Mn含有量は2.0%以下、好ましくは1.5%以下とする。
【0044】
P:0.10%以下
Pの過剰な添加は、冷間圧延性の悪化を招く。そのため、P含有量は0.10%以下、好ましくは0.05%以下とする。一方、P含有量の下限は特に限定されず、0%であってよい。しかし、Pは固有抵抗を高めて、渦電流損を低減する効果が大きい元素であるため、上記の範囲内であれば任意に添加することができる。渦電流損を低減するという観点からは、P含有量を0.001%以上とすることが好ましく、0.003%以上とすることがより好ましい。
【0045】
S:0.0050%以下
Sは、硫化物となって析出物や介在物を形成し、製造性(熱間圧延性)および無方向性電磁鋼板の磁気特性を低下させる。そのため、S含有量は0.0050%以下、好ましくは0.0030%以下とする。一方、S含有量は低ければ低いほどよいため、下限は特に限定されず、0%であってよい。しかし、過度の低減は製造コストの上昇を招くため、S含有量は0.0001%以上とすることが好ましく、0.0005%以上とすることがより好ましい。
【0046】
Al:0.3~3.0%
Alは、Siと同様、鋼の固有抵抗を高めて、鉄損を低減する効果を有する元素である。しかし、Al含有量が3.0%を超えると鋼が脆化し、製造時にスラブ割れが生じやすくなる。そのため、Al含有量は3.0%以下、好ましくは2.0%以下、より好ましくは1.5%以下とする。一方、Alが0.3%未満であると、微細な窒化物を形成して析出し、かえって鉄損が増大する。そのため、Al含有量は0.3%以上、好ましくは0.4%以上とする。
【0047】
N:0.0050%以下
Nは、窒化物を形成して磁気特性を劣化させる有害元素である。そのため、N含有量は0.0050%以下、好ましくは0.0040%以下とする。一方、N含有量は低ければ低いほどよいため、下限は特に限定されず、0%であってよい。しかし、過度の低減は製造コストの上昇を招くため、N含有量は0.0005%以上とすることが好ましく、0.0010%以上とすることがより好ましい。
【0048】
Co:0.0005~0.0050%
Coは、上述したように仕上焼鈍時の鋼板表層の窒化を抑制する効果を有する元素である。そのため、Co含有量は0.0005%以上、好ましくは0.001%以上とする。一方、Co含有量が0.0050%を超えると、仕上焼鈍時に生じる外部酸化層(outer oxide layer)が厚くなり、酸処理による酸化物層の形成が妨げられる。そのため、Co含有量は0.0050%以下、好ましくは0.0040%以下とする。
【0049】
Ti:0.0030%以下
Tiは、微細な炭窒化物を形成して析出し、鉄損を増加させる有害元素である。特に、Ti含有量が0.0030%を超えるとTiの悪影響が顕著となる。そのため、Ti含有量は0.0030%以下、好ましくは0.0020%以下とする。一方、Ti含有量は低ければ低いほどよいため、下限は特に限定されず、0%であってよい。しかし、過度の低減は製造コストの上昇を招くため、Ti含有量は0.0001%以上とすることが好ましく、0.0005%以上とすることがより好ましい。
【0050】
Nb:0.0030%以下
Nbは、微細な炭窒化物を形成して析出し、鉄損を増加させる有害元素である。特に、Nb含有量が0.0030%を超えるとNbの悪影響が顕著となる。そのため、Nb含有量は0.0030%以下、好ましくは0.0020%以下とする。一方、Nb含有量は低ければ低いほどよいため、下限は特に限定されず、0%であってよい。しかし、過度の低減は製造コストの上昇を招くため、Nb含有量は0.0001%以上とすることが好ましく、0.0005%以上とすることがより好ましい。
【0051】
O:0.0050%以下
Oは、酸化物を形成し、磁気特性を劣化させる有害元素である。そのため、O含有量は0.0050%以下に制限する。好ましくは0.0040%以下である。一方、O含有量は低ければ低いほどよいため、下限は特に限定されず、0%であってよい。しかし、過度の低減は製造コストの上昇を招くため、O含有量は0.0005%以上とすることが好ましく、0.0010%以上とすることがより好ましい。
【0052】
本発明の一実施形態における無方向性電磁鋼板は、以上の成分と、残部のFeおよび不可避的不純物とからなる成分組成を有する。
【0053】
(A群)
上記成分組成は、任意に、SnおよびSbの一方又は両方を、下記の含有量でさらに含むことができる。
【0054】
Sn:0.005~0.20%
Snは、再結晶集合組織を改善し、磁束密度および鉄損を改善する効果を有する元素である。Snを添加する場合、上記効果を得るためにSn含有量を0.005%以上とする。一方、Sn含有量が0.20%を超えると効果が飽和する。そのため、Sn含有量は0.20%以下とする。
【0055】
Sb:0.005~0.20%
Sbは、Snと同様、再結晶集合組織を改善し、磁束密度および鉄損を改善する効果を有する元素である。Sbを添加する場合、上記効果を得るためにSb含有量を0.005%以上とする。一方、Sb含有量が0.20%を超えると効果が飽和する。そのため、Sb含有量は0.20%以下とする。
【0056】
(B群)
上記成分組成は、任意に、Ca、Mg、およびREM(希土類金属)からなる群より選択される少なくとも1つを、下記の含有量でさらに含むことができる。
【0057】
Ca、Mg、REM:合計0.0005~0.020%
Ca、Mg、およびREMは、安定な硫化物を形成し、粒成長性を改善する効果を有する成分である。Ca、Mg、およびREMからなる群より選択される少なくとも1つを添加する場合、上記効果を得るためにCa、Mg、およびREMの合計含有量を0.0005%以上とする。一方、前記合計含有量が0.020%を超えると効果が飽和する。そのため、前記合計含有量は0.020%以下とする。
【0058】
(C群)
上記成分組成は、任意に、Cu、Cr、およびNiからなる群より選択される少なくとも1つを、下記の含有量でさらに含むことができる。
【0059】
Cu、Cr、Ni:合計0.03~1.0%
Cu、Cr、およびNiは、鋼の固有抵抗を高め、鉄損をさらに低減する効果を有する元素である。Cu、Cr、Niの少なくとも1つを添加する場合、前記効果を得るために、Cu、Cr、およびNiの合計含有量を0.03%以上とする。一方、過度の添加は磁束密度を低下させる。そのため、前記合計含有量は1.0%以下とする。
【0060】
(D群)
上記成分組成は、任意に、GeおよびGaの一方または両方を、下記の含有量でさらに含むことができる。
【0061】
Ge、Ga:合計0.0005~0.01%
GeおよびGaは、集合組織を改善する効果を有する元素である。GeおよびGaの一方または両方を添加する場合、前記効果を得るために、GeおよびGaの合計含有量を0.0005%以上、好ましくは0.0020%以上とする。一方、前記合計含有量が0.01%を超えると上記効果が飽和し、合金コストが上昇するだけである。そのため、前記合計含有量は、0.01%以下、好ましくは0.0050%以下とする。
【0062】
(E群)
上記成分組成は、任意に、Znを下記の含有量でさらに含むことができる。
【0063】
Zn:0.001~0.05%
Znは、仕上焼鈍時の窒化を抑制する効果を有する元素である。Znを添加する場合、Zn含有量を0.001%以上、好ましくは0.002%以上とする。一方、Zn含有量が0.05%を超えると、Znが硫化物を形成し、かえって鉄損が増加する。そのため、Zn含有量は、0.05%以下、好ましくは0.01%以下とする。
【0064】
(F群)
上記成分組成は、任意に、MoおよびWの一方または両方を、下記の含有量でさらに含むことができる。
【0065】
Mo、W:合計0.001~0.05%
MoおよびWは、高温強度を向上させる効果を有する元素であり、MoおよびWの一方または両方を添加することにより、無方向性電磁鋼板の表面欠陥(ヘゲ)を抑制することができる。本発明の鋼板は、高合金鋼であり、表面が酸化され易いため、表面割れに起因するヘゲの発生率が高い。そこで、MoおよびWの一方または両方を添加することにより、上記割れを抑制することができる。MoおよびWの一方または両方を添加する場合、上記効果を十分に得るために、MoおよびWの合計含有量を0.001%以上、好ましくは0.005%以上とする。一方、前記合計含有量が0.05%を超えると上記効果が飽和し、合金コストが上昇する。そのため、前記合計含有量を0.05%以下、好ましくは0.020%以下とする。
【0066】
[窒化物]
表層窒化量:0.003%以下
上述した実験で確認したとおり、表層窒化量と高周波鉄損との間には強い相関があり、表層窒化量が0.003%以下で鉄損が大きく低下する。そこで、本発明では、無方向性電磁鋼板の少なくとも一方の面における表層窒化量を0.003%以下とする。一方、高周波鉄損低減の観点からは、表層窒化量は低ければ低いほどよいため、表層窒化量の下限は特に限定されず、0%であってよい。しかし、製造上の観点からは、表層窒化量は0.0001%以上であってよく、0.0005%以上であってもよい。なお、ここで「表層窒化量」とは、無方向性電磁鋼板の表面から板厚の1/20の深さまでの範囲において、AlNとして存在するNの量である。前記表層窒化量は、電解抽出分析により測定することができ、より具体的には、実施例に記載した方法で測定することができる。また、無方向性電磁鋼板の両方の面における表層窒化量が上記条件を満たすことが好ましい。
【0067】
[酸化物層]
本発明の無方向性電磁鋼板は、少なくとも一方の表面に、Feと、AlおよびSiの一方または両方とを含有する酸化物層を有する。前記酸化物層は、後述するように仕上焼鈍後、歪取焼鈍前に酸処理することによって形成される。
【0068】
前記酸化物層は、FeとAlを含むFe-Al系酸化物層であってもよく、FeとSiを含むFe-Si系酸化物層であってもよく、また、FeとSiとAlを含むFe-Si-Al系酸化物層であってもよい。前記酸化物層中のFe濃度は、とくに限定されないが、AlおよびSiの合計濃度に対する割合として100質量%未満であることが好ましい。前記Feは、酸化物中に固溶していてもよく、析出物または酸化物として存在していてもよい。また、前記酸化物層は、さらに任意に他の元素を含んでいてもよく、例えば、CoおよびMnの一方または両方を含んでいてもよい。
【0069】
上記酸化物層の厚さは特に限定されないが、歪取焼鈍時の窒化をさらに抑制するという観点からは、上記酸化物層の厚さを50nm以上とすることが好ましい。一方、酸化物層が過度に厚い場合、かえって窒化が促進されてしまうことに加え、鋼板の占積率が低下する。そのため、窒化をさらに抑制するとともに占積率を向上させるという観点からは、酸化物層の厚さを200nm以下とすることが好ましい。前記酸化物層の厚さは、走査透過電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光法(STEM-EDS)により測定することができ、より具体的には、実施例に記載した方法で測定することができる。
【0070】
上記酸化物層は非晶質であっても良く、結晶相でも良く、また、非晶質と結晶質の複合酸化物でも良い。前記酸化物層に含まれる非晶質相および結晶相の合計に対する結晶相の割合は0%以上30%以下であることが好ましく、0%以上10%以下であることがより好ましい。前記結晶相の割合は、酸化物層を走査型透過電子顕微鏡(STEM)で観察することにより測定することができる。具体的には、まず、1nm以下の分解能が得られるビーム径にて、200万倍から1000万倍程度の倍率でSTEM像を取得する。得られたSTEM像において、格子縞の確認できる領域を結晶相とし、メイズパターンの確認できる領域を非晶質相として、両者の面積を求める。その結果から、非晶質相および結晶相の合計面積に対する結晶相の面積の割合を算出し、パーセンテージで表したものを結晶相の有合とする。
【0071】
[酸化被膜]
本発明の無方向性電磁鋼板は、前記酸化物層と地鉄との間の界面に、Al酸化物およびSi酸化物の一方または両方からなる酸化被膜を有している。言い換えると、本発明の無方向性電磁鋼板は、地鉄の表面に酸化被膜を備え、前記酸化被膜の表面に上記酸化物層を備えている。
【0072】
前記酸化被膜の厚さはとくに限定されない。しかし、上述したように、酸濃度が3~30%かつ酸処理時間が1~60secで酸処理を高周波鉄損の顕著な低下が認められた。そして、その場合における酸化被膜の厚さは10~40nmであった。そのため、前記酸化被膜の厚さを10nm以上、40nm以下とすることが好ましい。
【0073】
前記酸化被膜は、単一の被膜からなるものであってもよく、複数の被膜からなるものであってもよい。例えば、前記酸化被膜は、Alリッチな酸化被膜であってもよく、Siリッチな酸化被膜であってもよく、Alリッチな酸化被膜とSiリッチな酸化被膜とが積層された多層被膜であってもよい。中でも、Alリッチな酸化被膜およびSiリッチな酸化被膜が交互に堆積した酸化被膜であることが好ましい。
【0074】
ここで、Alリッチな酸化被膜とは、当該被膜におけるAl濃度がSi濃度よりも高い酸化被膜と定義する。前記Alリッチな酸化被膜は、実質的にAl酸化物からなる被膜であってもよい。同様に、Siリッチな酸化被膜とは、当該被膜におけるSi濃度がAl濃度よりも高い酸化被膜と定義する。前記Siリッチな酸化被膜は、実質的にSi酸化物からなる被膜であってもよい。
【0075】
前記酸化被膜の被覆率はとくに限定されないが、80%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましい。一方、前記被覆率の上限についてもとくに限定されないが、100%であってよい。ここで、前記被覆率は、鋼板表面に対する前記酸化被膜の被覆率である。
【0076】
前記酸化被膜の構造は、酸化物層と地鉄との間の界面をSTEM-EDSを用いて観察することにより測定することができる。
【0077】
すなわち、前記酸化被膜の厚さおよび層構造は、酸化物層と地鉄との間の界面をSTEM-EDSを用いて観察することにより測定することができる。具体的には、酸化物層と地鉄との間の界面におけるEDS-ラインプロファイルを0.5nmの間隔で取得し、得られたAl、Si、およびOの元素分布より、前記酸化被膜の厚さおよび層構造を求める事ができる。
【0078】
また、前記酸化被膜の被覆率についても、同様にSTEM-EDSを用いて測定することができる。具体的には、まず、STEM-EDSを用いて、倍率10万倍以上にて酸化物層と地鉄との間の界面の元素分析mapを取得する。得られた元素分析mapにおけるAl、Si、およびOの元素分布より鋼板地鉄を被覆する酸化被膜の長さを求める。得られた酸化被膜の長さを鋼板地鉄の長さで割ることにより酸化被膜の被覆率を算出する。言い換えると、ここでいう酸化被膜の被覆率とは、STEM-EDSにより測定される、鋼板地鉄の長さに対する酸化被膜の長さの割合をパーセンテージで表した値である。
【0079】
[製造方法]
次に、本発明の一実施形態における無方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
【0080】
本発明の一実施形態では、上記した成分組成を有する鋼素材(スラブ)に対して、下記(1)~(4)の処理を順次施すことにより製造することができる。
(1)冷間圧延
(2)仕上焼鈍
(3)酸処理
(4)歪取焼鈍
【0081】
また、本発明の他の実施形態では、前記冷間圧延に先だって、熱間圧延および熱延板焼鈍を行うことができる。言い換えると、前記他の実施形態では、上記した成分組成を有する鋼素材(スラブ)に対して下記(1)~(6)の処理を順次施すことにより無方向性電磁鋼板を製造することができる。
(1)熱間圧延
(2)熱延板焼鈍
(3)冷間圧延
(4)仕上焼鈍
(5)酸処理
(6)歪取焼鈍
【0082】
[鋼素材]
前記鋼素材としては、上述した成分組成を有するものであれば任意の鋼素材を用いることができる。前記鋼素材としては、典型的には鋼スラブを用いることができる。
【0083】
前記鋼素材の製造方法は特に限定されず、任意の方法で製造することができる。例えば、転炉、電気炉、真空脱ガス装置などを用いた精錬プロセスで鋼を溶製し、次いで、連続鋳造法または造塊-分塊圧延法で鋼素材とすることができる。なお、直接鋳造法により製造した厚さ100mm以下の薄鋳片を前記鋼素材として用いてもよい。
【0084】
[熱間圧延]
熱間圧延を行う場合、上記鋼素材を熱間圧延して熱延鋼板とする。前記熱間圧延の条件は特に限定されず、一般的に知られた条件で実施することができる。
【0085】
典型的には、鋼素材を加熱炉などにより再加熱した後に圧延するが、鋳造された鋼素材を、再加熱することなく直ちに熱間圧延に供してもよい。
【0086】
熱間圧延を行わない場合には、鋼素材を直接冷間圧延に供することができる。熱間圧延を省略する場合、前記鋼素材として薄鋳片を用いることが好ましい。
【0087】
[熱延板焼鈍]
熱間圧延を行った場合、得られた熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して熱延焼鈍板とする。前記熱延板焼鈍の条件も特に限定されない。しかし、均熱温度が800℃未満では、熱延板焼鈍の効果が小さく、十分な磁気特性改善効果が得られない場合がある。そのため、前記熱延板焼鈍における均熱温度は800℃以上とすることが好ましく、850℃以上とすることがより好ましい。一方、均熱温度が1100℃より高いと、製造コストが増加することに加え、結晶粒が粗大化することにより続く冷間圧延において脆性破壊(破断)が生じやすくなる。そのため、前記均熱温度は1100℃以下とすることが好ましく、1000℃以下とすることがより好ましい。
【0088】
また、上記熱延板焼鈍における均熱時間は、生産性を確保する観点から、3min以下とすることが好ましく、1min以下とすることがより好ましい。一方、前記均熱時間の下限についてもとくに限定されないが、1sec以上とすることが好ましく、5sec以上とすることがより好ましい。
【0089】
[冷間圧延]
次に、冷間圧延を行う。熱間圧延および熱延板焼鈍を実施した場合は、前記熱延焼鈍板に冷間圧延を施して、最終板厚を有する冷延鋼板とする。一方、熱間圧延および熱延板焼鈍を実施しない場合は、鋼素材に直接冷間圧延を施して、最終板厚を有する冷延鋼板とする。前記冷間圧延は、1回のみ行ってもよく、2回以上行ってもよい。冷間圧延を2回以上行う場合は、冷間圧延の間に中間焼鈍を実施する。前記冷間圧延の条件は特に限定されず、一般的に知られた条件で実施することができる。
【0090】
前記冷間圧延における最終板厚、すなわち最終的に得られる無方向性電磁鋼板の板厚は、特に限定されず、任意の厚さとすることができる。しかし、過度に厚いと鉄損が増大するため、最終板厚は0.35mm以下とすることが好ましい。一方、無方向性電磁鋼板が薄すぎると、冷間圧延や焼鈍などの製造過程における取り扱いが困難となる。そのため、前記最終板厚は0.10mm以上とすることが好ましい。
【0091】
[仕上焼鈍]
上記冷間圧延によって得られた冷延鋼板に、仕上焼鈍を施す。前記仕上焼鈍の条件は特に限定されず、一般的に知られた条件で実施することができる。しかし、結晶粒径を粗大化させて鉄損をさらに低減する観点から、前記仕上焼鈍における均熱温度は700~1200℃とすることが好ましく、800~1100℃とすることがより好ましい。同様の理由から、前記仕上焼鈍における均熱時間は1~120secとすることが好ましく、5~60secとすることがより好ましい。
【0092】
[酸処理]
前記仕上焼鈍の後、次の歪取焼鈍に先だって鋼板表面に酸処理を施す。歪取焼鈍の際に所望の酸化被膜を形成させて窒化を抑制するために、前記酸処理には、塩酸、リン酸、硫酸、および硝酸からなる群より選択される少なくとも1つを合計濃度3~30%で含む酸を用いる必要がある。前記酸の合計濃度は5~25%とすることが好ましい。また、同様の理由から、前記酸処理時間は1~60sec、好ましくは2~20secとする。
【0093】
なお、酸処理を行った後、無方向性電磁鋼板の表面に絶縁被膜を形成することが好ましい。絶縁被膜の形成は、一般的に知られた条件で行うことができる。前記絶縁被膜としては、良好な打ち抜き性を確保するためには、樹脂を含有する有機被膜を用いることが好ましい。一方、溶接性を重視する場合には、半有機被膜または無機被膜を用いることが好ましい。
【0094】
なお、モータのステータコア等では、仕上焼鈍後の鋼板を打抜加工等でコア形状に加工し、積層し、固定した後、歪取焼鈍を施して製造することがある。したがって、本発明の無方向性電磁鋼板は、仕上焼鈍後の鋼板を打抜加工等でコア形状に加工し、積層し、固定した後、歪取焼鈍を施したコア形状の鋼板も含む。
【0095】
[歪取焼鈍]
前記歪取焼鈍は、均熱温度:750℃~950℃、雰囲気中の窒素含有量:50体積%以上の条件で行う。均熱温度が750℃未満では歪取焼鈍による鉄損改善効果が小さく、一方、950℃を超えると積層した鋼板間の絶縁を確保することが困難となるためである。前記歪取焼鈍における均熱時間はとくに限定されないが、0.1~10hrとすることが好ましい。なお、本発明では、比較的安価な窒素ガス主体の雰囲気で歪取焼鈍しても、優れた鉄損特性を得ることができる。したがって、前記雰囲気中の窒素含有量の上限は限定されず、100%であってよい。
【0096】
また、前記歪取焼鈍における昇温速度を50℃/hr~800℃/hrとすることで、Siリッチな酸化被膜とAlリッチな酸化被膜が交互に堆積した構造を有する酸化被膜を形成することができる。
【実施例】
【0097】
本発明の効果を確認するために、以下の手順で無方向性電磁鋼板を作製し、その磁気特性を評価した。
【0098】
表1~3に示す成分組成を有する鋼スラブを1120℃で30min加熱した後、熱間圧延して板厚1.9mmの熱延鋼板とした。次いで、前記熱延鋼板に970℃×30secの条件で熱延板焼鈍を施して熱延焼鈍板とした。前記熱延焼鈍板を酸洗した後、冷間圧延して表4~6に示す最終板厚の冷延鋼板とした。
【0099】
その後、前記冷延鋼板に体積%比でH2:N2=20:80の雰囲気下で、820℃×10secの仕上焼鈍を施した後、表4~6に示した条件で酸処理を行った。前記酸処理の後、さらに表4~6に示した条件で歪取焼鈍を行い、無方向性電磁鋼板とした。
【0100】
なお、Mn量が過剰である比較例No.14では熱間圧延の際にスラブ割れが生じたため、製造を中断した。同様に、Al量が過剰である比較例No.15、Si量が過剰である比較例No.18でも熱間圧延の際にスラブ割れが生じたため、製造を中断した。また、P量が過剰である比較例No.21では、冷間圧延の際に割れが生じたため、製造を中断した。
【0101】
(表層窒化量)
次に、得られた無方向性電磁鋼板から試験片を採取し、電解抽出分析して、該無方向性電磁鋼板の一方の表面から板厚の1/20の深さまでの範囲において、AlNとして存在するNの量(表層窒化量)を測定した。測定結果を表7~9に示す。
【0102】
(酸化物層の厚さ)
また、得られた無方向性電磁鋼板の表面には、Feと、AlおよびSiの一方または両方とを含有する酸化物層が形成されていた。前記酸化物層の厚さを、走査透過電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光法(STEM-EDS)により測定した。具体的には0.5nmの間隔でEDS-ラインプロファイルを取得し、得られたAlおよびSiおよびOの元素分布より酸化物層の厚さを求めた。測定結果を表7~9に示す。
【0103】
(酸化被膜)
さらに、得られた無方向性電磁鋼板における、酸化物層と地鉄との間の界面に形成された酸化被膜の厚さと層構造を、STEM-EDSを用いて測定した。具体的には、前記界面におけるEDS-ラインプロファイルを0.5nmの間隔で取得し、得られたAl、Si、およびOの元素分布より、前記酸化被膜の厚さと層構造を求めた。
【0104】
表7~9において、「Si、Al」と表記した実施例では、SiおよびAlを含有する膜状酸化被膜が存在しており、該膜状酸化被膜はSiリッチな酸化被膜とAlリッチな酸化被膜が交互に堆積した構造を有していた。また、「Al」と表記した実施例では、SiおよびAlを含有する膜状酸化被膜が存在しており、該膜状酸化被膜はAlリッチな酸化被膜のみから構成されていた。
【0105】
また、前記酸化被膜の被覆率についても、STEM-EDSを用いて測定した。具体的には、まず、STEM-EDSを用いて、倍率10万倍以上にて酸化物層と地鉄との間の界面の元素分析mapを取得した。得られた元素分析mapにおけるAl、Si、およびOの元素分布より鋼板地鉄を被覆する酸化被膜の長さを求めた。得られた酸化被膜の長さを鋼板地鉄の長さで割ることにより酸化被膜の被覆率を算出した。測定結果を表7~9に示す。
【0106】
(鉄損)
また、得られた無方向性電磁鋼板のそれぞれからサンプルを採取し、圧延方向(L方向)および幅方向(C方向)から、幅30mm×長さ180mmの試験片を切り出し、エプスタイン試験にて(L+C)方向の鉄損W10/400を測定した。なお、本実施例では、測定された鉄損W10/400が、下記(1)式で求められる鉄損基準値(W/kg)よりも低い場合に高周波鉄損が良好であると判断した。
鉄損基準値(W/kg)=21.8×t+7.5…(1)
ここで、t:無方向性電磁鋼板の板厚(mm)
【0107】
測定結果を表7~9に併記した。この結果から、本発明の条件を満たす無方向性電磁鋼板は、いずれも高周波域における鉄損が低減されていることがわかる。本発明によれば、磁束密度の低下を招く合金元素を多量に添加することなく高周波域での鉄損低減が図れるので、本発明の無方向性電磁鋼板はハイブリッド電気自動車や電気自動車、高速発電機、エアコンコンプレッサー、掃除機、工作機械等のモータコア用材料として好適に用いることができる。
【0108】
【0109】
【0110】
【0111】
【0112】
【0113】
【0114】
【0115】
【0116】
【要約】
磁束密度を低下させるCr等の合金元素を多量に添加することなく、また、生産性を低下させる板厚の低減を行うことなく、高周波低鉄損の無方向性電磁鋼板を提供する。0.0005~0.0050質量%のCoを含む所定の成分組成を有し、表面から板厚の1/20の深さまでの範囲において、AlNとして存在するNの量が0.003質量%以下であり、前記表面に、Feと、AlおよびSiの一方または両方とを含有する酸化物層を有し、前記酸化物層と地鉄との間の界面に、Al酸化物およびSi酸化物の一方または両方からなる酸化被膜を有する、無方向性電磁鋼板。