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  • 特許-高強度鋼板およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-28
(45)【発行日】2023-12-06
(54)【発明の名称】高強度鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231129BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20231129BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20231129BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20231129BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/60
C21D9/46 S
C22C38/14
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023545930
(86)(22)【出願日】2023-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2023011909
【審査請求日】2023-08-08
(31)【優先権主張番号】P 2022055658
(32)【優先日】2022-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】川染 康平
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 寛
(72)【発明者】
【氏名】松田 広志
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/150955(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/026594(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/045352(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/045353(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2015-0075564(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/60
C21D 9/46
C22C 38/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.03~0.15%、
Si:0.1~3.0%、
Mn:0.8~3.0%、
P:0.001~0.1%、
S:0.0001~0.03%、
Al:0.001~2.0%、
N:0.001~0.01%、および
B:0.0002~0.010%
を含有し、さらに、
Ti:0.01~0.30%、および
Nb:0.001~0.10%、
から選択される少なくとも1種を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
ミクロ組織は、鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域において、面積率で75%以上98.5%未満の上部ベイナイト相を主相とし、
面積率で1.5%以上25%未満のマルテンサイト相および/または残留オーステナイト相からなる組織を第二相とし、
前記上部ベイナイト相、前記マルテンサイト相および/または前記残留オーステナイト相以外の残部組織相を面積率で2.0%以下有し、
鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域での全ての相の平均結晶粒径が6.0μm以下であり、
鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域での前記全ての相の転位密度が8.0×1014/m以上である、高強度鋼板。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、以下のa~c群:
a群:
Cu:0.005~2.0%、
Ni:0.005~2.0%、
Cr:0.005~2.5%、
V:0.001~0.5%、および
Mo:0.005~1.0%、
から選択される少なくとも1種、
b群:
Sb:0.005~0.2%、
Sn:0.001~0.05%、
から選択される少なくとも1種、及び、
c群:
Ca:0.0005~0.01%、
Mg:0.0005~0.01%、および
REM:0.0005~0.01%、
から選択される少なくとも1種、から選択される、少なくとも1つの群をさらに含有する、請求項1に記載の高強度鋼板。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の高強度鋼板の製造方法であって、
前記成分組成を有する鋼素材を1150℃以上の加熱温度に加熱し、
加熱後の鋼素材を粗圧延して鋼板とし、
前記鋼板を、(RC1-150)℃以上RC1℃以下の温度範囲での合計圧下率:35%以上、かつ仕上げ圧延終了温度:(RC2-100)℃以上(RC2+50)℃以下の条件で仕上げ圧延し、
前記仕上げ圧延後の鋼板を仕上げ圧延終了から冷却開始までの時間:2.0s以内、表面での平均冷却速度:20℃/s以上、冷却停止温度:Trs℃以上(Trs+180)℃以下の条件で冷却し、
前記冷却後の鋼板を、巻取温度:Trs℃以上、(Trs+180)℃以下の条件で巻取り、
1℃/s以下の平均冷却速度で(Trs-250)℃以下まで冷却し、
圧下率:0.1%以上5.0%以下の条件で調質圧延する、高強度鋼板の製造方法。
なお、RC1、RC2、Trsは、下記(1)、(2)、(3)式でそれぞれ定義される。
RC1(℃)=900+120×C+100×N+10×Mn+500×Ti+5000×B+10×Cr+50×Mo+1500×Nb+150×V・・・(1)
RC2(℃)=750+120×C+100×N+10×Mn+250×Ti+5000×B+10×Cr+50×Mo+750×Nb+150×V・・・(2)
Trs(℃)=500-450×C-35×Mn-15×Cr-10×Ni-20×Mo・・・(3)
ここで、上記(1)、(2)、(3)式における各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有されていない場合は0とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車用部材として好適な、特に強度と耐疲労特性が向上された高強度鋼板(特に、熱延鋼板)と、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の観点から、世界的な枠組みでCO排出量の削減が求められている。とくに自動車の燃費向上は強く要望されており、自動車車体の軽量化が指向されている。自動車部材の素材となる鋼板の強度を高めて薄肉化することは、自動車車体の強度を低下させることなく軽量化することに有効な手段である。特に引張強さが980MPa以上の鋼板は、薄肉化を通じて自動車燃費を飛躍的に向上させる素材として期待されている。
【0003】
ところで、自動車用部品の薄肉化に伴って、低下する耐久性を確保するために、鋼板の耐疲労特性を向上させる必要がある。自動車部品、特にサスペンション部品などの足回り部品は、タイヤから繰り返し荷重を受ける。そのため、疲労強度が低いと、走行距離が長くなるにつれて、設計上想定していた部品耐久性を下回る可能性がある。しかしながら、一般的に鋼板の強度を高めても疲労強度は必ずしも上がらない。
【0004】
これまでにも、鋼板の引張強さを高めつつ疲労強度を向上させるために、従来、種々の検討がなされている(特許文献1~3)。
【0005】
特許文献1には、熱間圧延の製造条件を制御し、主相をフェライトとし、介在物の形状および分散形態を制御することで、成形性、および耐疲労特性に優れた高強度熱延鋼板に関する技術が開示されている。
【0006】
特許文献2には、熱間圧延の製造条件を制御し、主相をベイナイトとし、微細な硬質第2相を分散させることに加え、固溶Tiの量を制御することで、穴広げ性と耐疲労特性に優れた高強度熱延鋼板に関する技術が開示されている。
【0007】
特許文献3には、フェライトを主相とし、フェライト粒内のセメンタイト個数密度に加え、硬質第2相のサイズおよび介在物の個数密度を制御することで、成形性、破壊特性および耐疲労特性に優れた高強度熱延鋼板に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2014-31560号公報
【文献】特開2012-012701号公報
【文献】特表2021-505759号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし特許文献1~3に記載されているような従来技術には、以下に述べる問題があった。
【0010】
特許文献1に記載の技術では、980MPa以上の引張強度を得られない。
【0011】
特許文献2に記載の技術では、実際に自動車部品として使用される際の疲労強度に関して、十分検討されていない。
【0012】
特許文献3に記載の技術では、優れた耐疲労特性を有する高強度鋼板が得られるとされているが、具体的な耐疲労特性については規定されていない。
【0013】
このように、従来技術では、980MPa以上の引張強さを有しつつ、優れた耐疲労特性を有する高強度熱延鋼板の技術は確立されていない。
【0014】
そこで、本発明は、かかる事情に鑑み開発されたものであり、980MPa以上の引張強さを有し、かつ優れた疲労強度を有する高強度熱延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明者らは、上記目的を達成するために、引張強さ980MPa以上を確保しつつ、熱延鋼板の耐疲労特性を向上させるべく鋭意検討した。その結果、以下のことを知見した。即ち、主相が上部ベイナイトであり、硬質第二相としてマルテンサイトおよび/または残留オーステナイト相を適正量含有するミクロ組織とし、鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域での全ての相の転位密度を増大させ、当該全ての相の結晶粒径を制御する。これにより、塗装焼付け相当の熱処理後に980MPa以上の高強度と優れた疲労強度を有する鋼板が得られる。
【0016】
なお、ここでいう上部ベイナイト相は、方位差が15°未満のラス状フェライトの集合体であり、ラス状フェライト間にFe系炭化物および/または残留オーステナイト相を有する組織を意味する。ただし、当該組織は、ラス状フェライト間にFe系炭化物および/または残留オーステナイトを有しない場合も含む。
【0017】
ラス状フェライトは、パーライト中のラメラ状(層状)フェライトやポリゴナルフェライトと異なり、形状がラス状でかつ内部に比較的高い転位密度を有するため、両者はSEM(走査電子顕微鏡)やTEM(透過電子顕微鏡)を用いて区別可能である。
【0018】
なお、ラス間に残留オーステナイトを有する場合は、ラス状フェライト部のみを上部ベイナイトとみなし、残留オーステナイトとは区別する。
【0019】
また、マルテンサイトおよび/または残留オーステナイト相は、上部ベイナイト相、下部ベイナイト相、並びに、ポリゴナルフェライト相と比較して、SEM像のコントラストが明るい。このためマルテンサイト相および/または残留オーステナイト相は、SEMを用いてこれらの組織と区別できる。
【0020】
マルテンサイト相と残留オーステナイト相とは、SEMでは同様のコントラストを有するが、電子線反射回折(Electron Backscatter Diffraction Patterns:EBSD)法を用いることで、互いに区別できる。
【0021】
転位密度の測定方法は、鋼材にX線を照射し、得られた回折したX線の測定角度またはエネルギーに対する強度曲線(ラインプロファイル)を解析して算出するものである。ラインプロファイルの解析は「材料とプロセス」Vol.17(2004)No.3,P396-399に記載の「X線回折を利用した転位密度の評価方法」に準じて行い、本発明では、(110)、(211)、(220)の半価幅から転位密度を算出する。
【0022】
本発明は、以上の知見をもとに、さらに検討を加えてなされたものであり、以下を要旨とする。
[1]質量%で、C:0.03~0.15%、Si:0.1~3.0%、Mn:0.8~3.0%、P:0.001~0.1%、S:0.0001~0.03%、Al:0.001~2.0%、N:0.001~0.01%、およびB:0.0002~0.010%を含有し、さらに、Ti:0.01~0.30%、およびNb:0.001~0.10%、から選択される少なくとも1種を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、ミクロ組織は、鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域において、面積率で75%以上98.5%未満の上部ベイナイト相を主相とし、面積率で1.5%以上25%未満のマルテンサイト相および/または残留オーステナイト相からなる組織を第二相とし、前記上部ベイナイト相、前記マルテンサイト相および/または前記残留オーステナイト相以外の残部組織相を面積率で2.0%以下有し、鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域での全ての相の平均結晶粒径が6.0μm以下であり、鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域での前記全ての相の転位密度が8.0×1014/m以上である高強度鋼板。
[2]前記成分組成が、さらに、質量%で、以下のa~c群:a群:Cu:0.005~2.0%、Ni:0.005~2.0%、Cr:0.005~2.5%、V:0.001~0.5%、およびMo:0.005~1.0%、から選択される少なくとも1種、b群:Sb:0.005~0.2%、Sn:0.001~0.05%、から選択される少なくとも1種、及び、c群:Ca:0.0005~0.01%、Mg:0.0005~0.01%、およびREM:0.0005~0.01%、から選択される少なくとも1種、から選択される、少なくとも1つの群をさらに含有する、[1]に記載の高強度鋼板。
[3][1]又は[2]に記載の高強度鋼板の製造方法であって、前記成分組成を有する鋼素材を1150℃以上の加熱温度に加熱し、加熱後の鋼素材を粗圧延して鋼板とし、前記鋼板を、(RC1-150)℃以上RC1℃以下の温度範囲での合計圧下率:35%以上、かつ仕上げ圧延終了温度:(RC2-100)℃以上(RC2+50)℃以下の条件で仕上げ圧延し、前記仕上げ圧延後の鋼板を仕上げ圧延終了から冷却開始までの時間:2.0s以内、表面での平均冷却速度:20℃/s以上、冷却停止温度:Trs℃以上(Trs+180)℃以下の条件で冷却し、前記冷却後の鋼板を、巻取温度:Trs℃以上、(Trs+180)℃以下の条件で巻取り、1℃/s以下の平均冷却速度で(Trs-250)℃以下まで冷却し、圧下率:0.1%以上5.0%以下の条件で調質圧延する、高強度鋼板の製造方法。
なお、RC1、RC2、Trsは、下記(1)、(2)、(3)式でそれぞれ定義される。
RC1(℃)=900+120×C+100×N+10×Mn+500×Ti+5000×B+10×Cr+50×Mo+1500×Nb+150×V・・・(1)
RC2(℃)=750+120×C+100×N+10×Mn+250×Ti+5000×B+10×Cr+50×Mo+750×Nb+150×V・・・(2)
Trs(℃)=500-450×C-35×Mn-15×Cr-10×Ni-20×Mo・・・(3)
ここで、上記(1)、(2)、(3)式における各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有されていない場合は0とする。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、引張強さが980MPa以上であり、かつ優れた耐疲労特性を兼ね備えた高強度鋼板およびその製造方法を提供できる。
【0024】
本発明の高強度鋼板をサスペンションなどの自動車足回り部品、構造部品、骨格部品、トラックフレーム部品に適用した場合、安全性を確保し、かつ自動車車体の軽量化できるため、産業上格段の効果を奏する。
【0025】
なお、本発明において、耐疲労特性に優れるとは、完全両振り平面曲げ疲労試験において、引張強さに対する2×10回の平面曲げ疲労強度の比(疲労限度比)が0.50以上であることを意味する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1図1は、本発明における、平面曲げ疲労試験の試験片の形状を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、以下の説明は、本発明の公的な実施形態の例を示すものであって、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0028】
鋼板は、以下の成分組成を有する。以下の説明において、成分組成における元素の含有量の単位である「%」は、特に明記しない限り「質量%」を意味する。
【0029】
<C:0.03~0.15%>
Cは、焼入れ性を向上させることによってベイナイトの生成を促進し、強度を向上させるのに有効な元素である。C含有量が0.03%未満ではこのような効果は十分得られず、980MPa以上の引張強さが得られない。このため、C含有量は、0.03%以上であり、0.04%以上が好ましく、0.05%以上がより好ましい。一方、C含有量が0.15%を超えると、マルテンサイトや残留オーステナイトが増大し、十分な耐疲労特性が得られない。このため、C含有量は、0.15%以下であり、0.14%以下が好ましく、0.13%以下がより好ましい。
【0030】
<Si:0.1~3.0%>
Siは、鋼を固溶強化し、鋼の強度向上に寄与する。このため、Si含有量は、0.1%以上であり、0.3%以上が好ましく、0.5%以上がより好ましい。一方、Siはフェライト形成を促進する元素であり、Si含有量が3.0%を超えるとフェライトが形成され、耐疲労特性が低下する。このため、Si含有量は、3.0%以下であり、2.5%以下が好ましく、2.0%以下がより好ましい。
【0031】
<Mn:0.8~3.0%>
Mnは、オーステナイトを安定化させる元素であり、フェライトの形成を抑制し強度を向上させるのに有効な元素である。Mn含有量が0.8%未満ではこうした効果が十分得られず、フェライト等が生成し、980MPa以上の引張強さが得られない。このため、Mn含有量は、0.8%以上であり、1.0%以上が好ましく、1.2%以上がより好ましい。一方、Mn含有量が3.0%を超えると、マルテンサイトや残留オーステナイトが増大し、十分な耐疲労特性が得られない。このため、Mn含有量は、3.0%以下であり、2.8%以下が好ましく、2.5%以下がより好ましい。
【0032】
<P:0.001~0.1%>
Pは、溶接性を劣化させるため、その量は極力低減することが望ましい。本発明ではP含有量が0.1%まで許容できる。したがって、P含有量は0.1%以下とする。P含有量が0.001%未満では生産能率の低下を招くため、下限を0.001%以上とする。
【0033】
<S:0.0001~0.03%>
Sは、溶接性を劣化させるため、その量は極力低減することが好ましい。本発明ではS含有量が0.03%まで許容できる。したがって、S含有量は0.03%以下とする。含有量が0.0001%未満では生産能率の低下を招くため、下限を0.0001%以上とする。
【0034】
<Al:0.001~2.0%>
Alは、脱酸剤として作用し、鋼の清浄度を向上させるのに有効な元素である。Alが少なすぎると、その効果が必ずしも十分ではない。このため、Al含有量は、0.001%以上であり、0.01%以上が好ましく、0.02%以上がより好ましい。一方、Alは、フェライト形成を促進する元素であり、Al含有率が2.0%を超えると、フェライトが生成し、疲労強度を低下させる。このため、Al含有量は、2.0%以下であり、1.8%以下が好ましく、1.6%以下がより好ましい。
【0035】
<N:0.001~0.01%>
Nは、窒化物を形成する元素と結合することにより窒化物として析出し、結晶粒の微細化に寄与する。この効果を得るためには、0.001%以上が必要である。しかし、Nは、高温でTiと結合して粗大な窒化物になりやすく、過剰な含有は、耐疲労特性を低下させる。このため、N含有量は、0.01%以下であり、0.008%以下が好ましく、0.006%以下がより好ましい。
【0036】
<B:0.0002~0.010%>
Bは、旧オーステナイト粒界に偏析し、フェライトの生成を抑制することで、上部ベイナイトの生成を促進し、鋼板の強度を向上させるのに有効な元素である。これらの効果を発現させるためには、B含有量を0.0002%以上とする必要がある。そのため、B含有量を0.0002%以上とし、0.0005%以上が好ましく、0.0007%以上がより好ましい。一方、B含有量が0.010%を超えると、上記した効果が飽和する。したがって、B含有量を0.010%以下とし、0.009%以下が好ましく、0.008%以下がより好ましい。
【0037】
<Ti:0.01~0.30%、Nb:0.001~0.10%の1種以上>
Ti、Nbは炭化物を形成して、析出強化により強度を向上させるのに有効な元素である。このためTi、Nbのうち少なくとも1種以上を含む必要がある。含有量の下限をそれぞれ、Ti:0.01%以上、Nb:0.001%以上とし、Ti:0.02%以上、Nb:0.002%以上が好ましく、Ti:0.03%以上、Nb:0.003%以上がより好ましい。一方、Ti、Nb含有量がそれぞれTi:0.30%、Nb:0.10%を超えると、炭化物が粗大化して焼き入れ性が低下し、本発明の鋼組織が得られなくなる場合がある。このためTi、Nb含有量の上限をそれぞれ、Ti:0.30%以下、Nb:0.10%以下とし、Ti:0.25%以下、Nb:0.08%以下が好ましく、Ti:0.20%以下、Nb:0.05%以下がより好ましい。
【0038】
残部は、Feおよび不可避的不純物である。
【0039】
上記成分が本発明の高強度鋼板の基本の成分組成である。必要に応じて、さらに以下の元素を含有することが出来る。
【0040】
Cr、Ni、Cu、V、Moは、オーステナイトを安定化させる元素であり、フェライトの形成を抑制し強度を向上させるのに有効な元素である。このような効果を得るためには、これらのうちの1種以上を含むことが好ましい。Cr、Ni、Cu、V、Moのうちの1種以上を含有する場合には、それぞれ含有量をCu:0.005~2.0%、Ni:0.005~2.0%、Cr:0.005~2.5%、V:0.001~0.5%、Mo:0.005~1.0%にすることが好ましい。Cr、Ni、Cu、V、Moの含有量がそれぞれ上記の上限を超えると、マルテンサイトや残留オーステナイトが残りやすくなって本発明の鋼組織が得られなくなる場合がある。Cr含有量の下限は、より好ましくは0.1%以上とする。より好ましいCu含有量の上限は、0.6%以下とする。Ni含有量の下限は、より好ましくは0.1%以上とする。より好ましいNi含有量の上限は、0.6%以下とする。Cu含有量の下限は、より好ましくは0.1%以上とする。より好ましいCu含有量の上限は、0.6%以下とする。V含有量の下限は、より好ましくは0.005%以上とする。より好ましいV含有量の上限は、0.3%以下とする。Mo含有量の下限は、より好ましくは0.1%以上とする。より好ましいMo含有量の上限は、0.5%以下とする。
【0041】
Sbは、鋼素材を加熱する際に鋼材表面からの脱元素を抑制して、鋼の強度低下抑制に有効な元素である。このため、Sbを含有する場合には、含有量を0.005~0.2%にすることが好ましい。Sbの含有量が上記の上限を超えると、鋼板の脆化を招く場合がある。Sb含有量の下限は、より好ましくは0.01%以上とする。より好ましいSb含有量の上限は、0.050%以下とする。
【0042】
Snはパーライトの生成を抑制して、鋼の強度低下抑制に有効な元素である。このような効果を得るため、Snを含有する場合には、含有量を0.001~0.05%にすることが好ましい。Snの含有量が上記の上限を超えると、鋼板の脆化を招く場合がある。Sn含有量の下限は、より好ましくは0.005%以上とする。より好ましいSn含有量の上限は、0.03%以下とする。
【0043】
Ca、Mg、REMは、介在物の形態制御により加工性の向上に有効な元素である。このような効果を得るためには、これらのうちの1種以上を含むことが好ましい。Ca、Mg、REMのうちの1種以上を含有する場合には、それぞれ含有量をCa:0.0005~0.01%、Mg:0.0005~0.01%、REM:0.0005~0.01%にすることが好ましい。一方、Ca、Mg、REMの含有量が上記の上限を超えると、介在物量が増加して加工性が劣化する場合がある。Ca含有量の下限は、より好ましくは0.001%以上とする。より好ましいCa含有量の上限は、0.005%以下とする。Mg含有量の下限は、より好ましくは0.001%以上とする。より好ましいMg含有量の上限は、0.005%以下とする。REM含有量の下限は、より好ましくは0.001%以上とする。より好ましいREM含有量の上限は、0.005%以下とする。なお、REM(希土類元素)とは、Sc、Yと、原子番号57のランタン(La)から原子番号71のルテチウム(Lu)までの15元素の総称であり、ここでいうREM含有量は、これらの元素の合計含有量である。
【0044】
なお、Mo、V、Cr、Ni、Cu、Sb、Sn、Ca、Mg、REMの含有量が、上記の下限値未満であっても、本発明の効果を害さない。したがって、これらの成分の含有量が上記下限値未満の場合は、これらの元素を不可避的不純物として含むものとして扱う。
【0045】
続いて、本発明の高強度鋼板のミクロ組織について説明する。
【0046】
本発明の高強度鋼板は、鋼板の表面から板厚1/10位置までの表層領域において、以下のミクロ組織を有する。すなわち、面積率で75%以上98.5%未満の上部ベイナイト相を主相とする。また、面積率で1.5%以上25%未満のマルテンサイト相および/または残留オーステナイト相からなる組織を第二相とする。上記表層領域における全ての相の平均結晶粒径は6.0μm以下であり、当該全ての相の転位密度は8.0×1014/m以上である。
【0047】
<上部ベイナイト相:面積率で75%以上98.5%未満>
本発明の高強度鋼板のミクロ組織は、上部ベイナイトを主相として含む。上部ベイナイトの面積率が75%未満であると、優れた疲労強度が得られない。そのため、上部ベイナイトの面積率の下限を75%以上、好ましくは85%以上とする。一方、上部ベイナイト相が98.5%以上であると、所望とする転位密度が得られない。そのため、上部ベイナイトの面積率の上限を98.5%未満、好ましくは97%以下とする。
【0048】
<マルテンサイト相および/または残留オーステナイト相:面積率で1.5%以上25%未満>
本発明の高強度鋼板のミクロ組織は、マルテンサイト相および/または残留オーステナイト相を含む。マルテンサイト相および/または残留オーステナイト相が1.5%未満では980MPa以上の引張強さと優れた耐疲労特性を実現することが出来ない。一方、マルテンサイトおよび/または残留オーステナイトの面積率が25%以上になると、疲労き裂発生起点となり得るマルテンサイトおよび/または残留オーステナイトと上部ベイナイトとの界面が増え、耐疲労特性が低下する可能性がある。この理由から、マルテンサイトおよび/または残留オーステナイトの合計の面積率を25%未満とすることが必要である。好ましくは20%以下、より好ましくは15%以下とする。なお、本発明のマルテンサイトとは、焼入れままマルテンサイトを意味する。
【0049】
上記上部ベイナイト、マルテンサイトおよび/又は残留オーステナイト以外の残部組織相として、面積率で最大2.0%以下であれば、本発明の効果を害さない。上記残部組織とは、例えば、フェライト、パーライト等の公知の組織を含む。
【0050】
<平均結晶粒径が6.0μm以下>
疲労き裂発生は表層の結晶粒内のすべり変形により起因されると言われている。結晶粒界によりこのすべり変形が隣接の結晶粒へ伝播しにくくなり、結果的にき裂発生を遅らせることができる。すなわち、結晶粒微細化により疲労強度を向上することができる。また、結晶粒径を微細化することで強度の向上にも寄与する。このため、平均結晶粒径は6.0μm以下であり、5.0μm以下が好ましい。一方、平均結晶粒径が小さくなりすぎると、強度が高くなるとともに伸びが低下する可能性がある。このため、平均結晶粒径は2.0μm以上とすることが好ましい。なお、ここでいう平均結晶粒径とは、鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域における全ての相のものである。なお、板厚1/10位置までの表層領域に残部組織相が含まれる場合には、この残部組織相も上記「全ての相」に含まれる。
【0051】
<転位密度が8.0×1014/m以上>
疲労き裂のほとんどは鋼板の表面から発生し、長さ数十μmまで成長した後に疲労き裂伝播段階に入る。高サイクル疲労では、き裂発生までの繰り返し回数は疲労寿命の大部分を占める。したがって、2×10回の疲労強度を向上するためにはき裂の発生を抑制する必要があり、鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域での転位挙動を制御することが重要である。本発明の高強度鋼板では、組織に導入された転位が後工程で受ける熱処理によってピン止めされ、転位移動の障害となる。これにより、転位の移動・再配列を防ぎ、繰返し軟化を遅延させ、耐疲労特性を向上する。この効果を得るために、転位密度を8.0×1014/m以上とする。1.0×1015/m以上が好ましく、1.2×1015/m以上がより好ましい。転位密度の上限は特に定めないが、4.0×1015/m以下が好ましい。なお、鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域における主相の転位密度を制御することが最重要である。しかし、主相のみの転位密度の測定が困難なため、本発明の転位密度とは、板厚1/10位置までの表層領域における全ての相のものとする。なお、板厚1/10位置までの表層領域に残部組織相が含まれる場合には、この残部組織相も上記「全ての相」に含まれる。
【0052】
本発明の高強度鋼板は、980MPa以上の引張強さと0.50以上の疲労限度比を兼ね備えている。ここで、上記疲労限度比とは、引張強さに対する2×10回の平面曲げ疲労強度の比である。そのため、本発明の高強度鋼板は、引張強さが高く、薄肉化した場合においても、安全性を確保し、トラックや乗用車の部材に適用できる。
【0053】
なお、本発明では、上記した各組織の面積率、および機械特性は実施例に記載の方法で測定した値を採用する。
【0054】
次に、本発明の一実施形態における高強度鋼板の製造方法について説明する。なお、以下の説明において、温度に関する表示「℃」は、とくに断らない限り、対象物(鋼素材または鋼板)の表面温度を表すものとする。
【0055】
本発明の高強度鋼板は、鋼素材に対して、下記(1)~(6)の処理を順次施すことにより製造することができる。以下、各工程について説明する。
(1)加熱
(2)熱間圧延
(3)冷却(第1の冷却)
(4)巻取り
(5)冷却(第2の冷却)
(6)調質圧延
なお、鋼素材としては、上述した成分組成を有するものであれば任意のものを用いることができる。最終的に得られる高強度鋼板の成分組成は、使用した鋼素材の成分組成と同じである。鋼素材としては、例えば、鋼スラブを用いることができる。また、鋼素材の製造方法は、特に限定されない。例えば、上記成分組成を有する溶鋼を、転炉等の公知の方法で溶製し、連続鋳造等の鋳造方法で鋼素材を得ることができる。造塊-分塊圧延方法など、連続鋳造法以外の方法を用いることもできる。また、原料としてスクラップを使用しても構わない。鋼素材は、連続鋳造法などの方法によって製造された後、直接、次の加熱工程に供してもよく、また、冷却して温片または冷片となった鋼素材を加熱工程に供してもよい。
【0056】
(1)加熱
まず、鋼素材を、1150℃以上の加熱温度に加熱する。低温まで冷却された後の鋼素材中では、Tiなどの炭窒化物形成元素のほとんどが、粗大な炭窒化物として不均一に存在している。この粗大で不均一な析出物の存在は、一般的にトラック用、乗用車用部品向けの高強度鋼板に求められる諸特性(例えば、強度、耐疲労特性など)の劣化を招く。そのため、熱間圧延に先だって鋼素材を加熱し、粗大な析出物を固溶する必要がある。このため、鋼素材の加熱温度は1150℃以上であり、1180℃以上が好ましく、1200℃以上がより好ましい。一方、鋼素材の加熱温度が高くなりすぎるとスラブ疵の発生や、スケールオフによる歩留まり低下を招く。このため、鋼素材の加熱温度は1350℃以下が好ましく、1300℃以下がより好ましく、1280℃以下がさらに好ましい。
【0057】
加熱において、鋼素材の温度を均一化するという観点から、鋼素材を前記加熱温度まで昇温した後、当該加熱温度に保持することが好ましい。加熱温度に保持する時間(保持時間)は特に限定されないが、鋼素材の温度の均一性を高めるという観点からは、1800秒以上とすることが好ましい。一方、保持時間が10000秒を超えると、スケール発生量が増大する場合がある。その結果、続く熱間圧延においてスケール噛み込み等が発生し易くなり、表面疵不良による歩留まりの低下を招く場合がある。そのため、保持時間は10000秒以下とすることが好ましく、8000秒以下とすることがより好ましい。なお、熱間圧延前の鋼素材を、鋳造後に、高温のまま(すなわち、上記加熱温度の範囲の温度を維持したまま)で直接熱間圧延(直送圧延)に供してもよい。
【0058】
(2)熱間圧延
次に、加熱した(または、鋳造後に高温のままの)鋼素材に対して、粗圧延および仕上げ圧延からなる熱間圧延を施す。粗圧延は、所望のシートバー寸法が確保できればよく、その条件は特に限定されない。鋼素材を粗圧延して粗圧延板を得る。得られた粗圧延板に対して、仕上げ圧延を施す前に、仕上げ圧延機の入り側において、高圧水を噴射するデスケーリング(高圧水デスケーリング)を行ってもよい。
【0059】
つぎに、本発明では、仕上げ圧延において、温度RC1、温度RC2を下記式(1)、(2)で定義したとき、(RC1-150)℃以上RC1℃以下の温度範囲での合計圧下率を35%以上とする。当該温度範囲での滞留時間は特に定めないが、3秒以上20秒以下であってもよい。また、仕上げ圧延終了温度を(RC2-100)℃以上(RC2+50)℃以下とする。RC1は、成分組成から推定されるオーステナイト50%再結晶温度、RC2は成分組成から推定されるオーステナイト再結晶下限温度である。(RC1-150)℃以上RC1℃以下の温度範囲での合計圧下率が35%未満では、平均結晶粒径が大きくなり、耐疲労特性向上効果を得られなくなる。このため、(RC1-150)℃以上RC1℃以下の温度範囲での合計圧下率は35%以上であり、45%以上が好ましく、60%以上がより好ましい。
【0060】
また、仕上げ圧延終了温度:(RC2-100)℃以上(RC2+50)℃以下の条件で熱間圧延する。仕上げ圧延終了温度が(RC2-100)℃未満であると、フェライトが生成され、980MPa以上の引張強さが得られない。このため、仕上げ圧延終了温度は(RC2-100)℃以上であり、(RC2-90)℃以上が好ましく、(RC2-70)℃以上がより好ましい。一方、仕上げ圧延終了温度が(RC2+50)℃より高いと、オーステナイト粒が粗大化し、上部ベイナイトの平均粒径が大きくなるため、強度が低下する。このため、仕上げ圧延終了温度は(RC2+50)℃以下であり、(RC2+40)℃以下が好ましく、(RC2+30)℃以下がより好ましい。なお、RC1、RC2は下記(1)、(2)式で定義される。
RC1(℃)=900+120×C+100×N+10×Mn+500×Ti+5000×B+10×Cr+50×Mo+1500×Nb+150×V・・・(1)
RC2(℃)=750+120×C+100×N+10×Mn+250×Ti+5000×B+10×Cr+50×Mo+750×Nb+150×V・・・(2)
ここで、上記(1)、(2)式における各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有されていない場合は0とする。
【0061】
(3)冷却(第1の冷却)
次いで、得られた熱延鋼板を冷却する(第1の冷却)。その際、熱間圧延終了から冷却開始までの時間(冷却開始時間)を仕上げ圧延終了後2.0s以内とする。冷却開始時間が2.0sを超えると、オーステナイト粒の粒成長が生じ、980MPa以上の引張強さを確保できない。このため、冷却開始時間は、2.0s以内であり、1.5s以内が好ましく、1.0s以内がより好ましい。
【0062】
冷却において、仕上げ圧延終了温度から冷却停止温度までの平均冷却速度が遅すぎる場合、上部ベイナイト変態の前にフェライト変態が起こり、所望の面積率の上部ベイナイト相が得られない。このため、平均冷却速度は、20℃/s以上であり、30℃/s以上が好ましく、50℃/s以上がより好ましい。一方、上限は特に限定されないが、速すぎる場合、冷却停止温度の管理が困難となり、所望のミクロ組織を得ることが困難になる場合があることから、500℃/s以下が好ましく、300℃/s以下がより好ましく、150℃/s以下がさらに好ましい。また、冷却においては、上記平均冷却速度となるよう強制冷却を行えばよい。冷却の方法は特に限定されないが、例えば、水冷によって行うことが好ましい。
【0063】
冷却停止温度は、Trs℃以上(Trs+180)℃以下とする。冷却停止温度がTrs℃未満であると、ミクロ組織が下部ベイナイトとなる。下部ベイナイトは、いずれも高強度の組織であるが、熱処理後の耐疲労特性が低い。そのため、冷却停止温度はTrs℃以上とする。一方、冷却停止温度が(Trs+180)℃より高いと、フェライトが生成するため、980MPa以上の引張強さが得られない。そのため冷却停止温度は(Trs+180)℃以下とする。なお、Trsは下記(3)式で定義される。
Trs(℃)=500-450×C-35×Mn-15×Cr-10×Ni-20×Mo・・・(3)
ここで、上記(3)式における各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有されていない場合は0とする。
【0064】
(4)巻取り
次いで、冷却後の熱延鋼板を、巻取温度:Trs℃以上(Trs+180)℃以下の条件で巻取る。巻取温度がTrs℃未満であると、巻取り後に下部ベイナイト変態が進行し、所望のマルテンサイトおよび/または残留オーステナイトが得られない。このため、巻取温度はTrs℃以上であり、(Trs+10)℃以上が好ましく、(Trs+30)℃以上がより好ましい。一方、巻取温度が(Trs+180)℃より高いと、フェライトが生成するため、980MPa以上の引張強さが得られない。このため巻取温度は(Trs+180)℃以下であり、(Trs+150)℃以下が好ましく、(Trs+120)℃以下がより好ましい。
【0065】
(5)冷却(第2の冷却)
次いで、1℃/s以下の平均冷却速度で(Trs-250)℃以下まで冷却する(第2の冷却)。巻き取り温度から(Trs-250℃)以下までの平均冷却速度が1℃/s超となると、ベイナイト変態の進行が不十分となり、マルテンサイトや残留オーステナイトが増大して本発明のミクロ組織が得られなくなる。したがって、巻き取り温度から(Trs-250)℃以下までの平均冷却速度は1℃/s以下であり、0.8℃/s以下が好ましく、0.5℃/s以下がより好ましい。冷却は、(Trs-250℃)以下の任意の温度まで行うことができるが、10~30℃程度まで冷却することが好ましい。なお、冷却は、任意の形態で行うことができ、例えば、巻取られたコイルの状態で行ってもよい。
【0066】
(6)調質圧延
次いで、前記冷却後鋼板を圧下率:0.1%以上5.0%以下の条件で調質圧延する。圧下率が0.1%未満になると、転位密度が不十分となり、優れた疲労強度が得られない。このため、圧下率は0.1%以上であり、0.3%以上が好ましく、0.5%以上がより好ましい。一方、5.0%を超える調質圧延はロールの負荷が大きくなり、交換回数が増加するため、製造コストが増大する。このため圧下率は5.0%以下であり、4.0%以下が好ましく、3.0%以下がより好ましい。
【0067】
以上の手順により、本発明の高強度鋼板を製造することができる。なお、調質圧延後には、常法にしたがって、例えば、酸洗を施して表面に形成されたスケールを除去してもよい。
【実施例
【0068】
表1に示す組成の溶鋼を転炉で溶製し、連続鋳造法により鋼素材としての鋼スラブを製造した。
【0069】
【表1】
得られた鋼素材を、表2に示す加熱温度に加熱し、次いで、加熱後の鋼素材に、粗圧延と仕上げ圧延からなる熱間圧延を施して熱延鋼板とした。熱間圧延における仕上げ圧延終了温度は表2に示したとおりとした。
【0070】
次に、得られた熱延鋼板を、表2に示した平均冷却速度および冷却停止温度の条件で冷却した(第一の冷却)。冷却後の熱延鋼板を表2に示した巻取温度で巻取り、巻取られた鋼板を表2に示した平均冷却速度で冷却し(第二の冷却)、高強度鋼板を得た。冷却後には、表2に示した圧下率で調質圧延を行い、酸洗を行った。酸洗は、濃度10質量%の塩酸水溶液を使用し、温度85℃で実施した。次いで、鋼板に塗装焼付け処理相当の熱処理(170℃、20分)を行って高強度熱延鋼板を作製した。
【0071】
【表2】
得られた高強度鋼板から試験片を採取し、以下に述べる手順でミクロ組織と機械的特性を評価した。
【0072】
<ミクロ組織>
得られた高強度鋼板から、圧延方向に平行な板厚断面が観察面となるよう、ミクロ組織観察用試験片を採取した。得られた試験片の表面を研磨し、さらに腐食液(3%ナイタール溶液)を用いて表面を腐食させることによりミクロ組織を現出させた。次いで、表面から板厚1/10位置までの表層を、走査電子顕微鏡(SEM)を用い、5000倍の倍率で10視野撮影してミクロ組織のSEM画像を得た。得られたSEM画像を画像処理により解析し、上部ベイナイト(UB)、ポリゴナルフェライト(F)、下部ベイナイト(LB)の面積率を定量化した。また、マルテンサイト(M)と残留オーステナイト(γ)はSEMでは区別が困難である。そのため、電子線反射回折(Electron Back scatter Diffraction Patterns:EBSD)法を用いて同定し、それぞれの面積率と平均結晶粒径を求めた。測定された各ミクロ組織の面積率と平均結晶粒径を表3に示す。なお、表3には、マルテンサイトと残留オーステナイトの合計面積率(M+γ)も併記した。
【0073】
<引張試験>
得られた熱延鋼板より、引張方向が圧延方向に対して直角になるようにJIS5号引張試験片(JIS Z 2201)を採取し、歪速度を10-3/sとするJIS Z 2241の規定に準拠した引張試験を行い、引張強さを求めた。なお、本発明では、引張強さは980MPa以上を合格とした。結果を表3に示す。
【0074】
<平面曲げ疲労試験>
得られた熱延鋼板から、試験片長手方向が、圧延方向と直角方向となるように、図1に示す寸法形状の試験片を採取し、JIS Z 2275の規定に準拠して平面曲げ疲労試験を実施した。応力負荷モードは、応力比R=-1とし、周波数f=25Hzとした。負荷応力振幅を6段階に変化し、破断までの応力サイクルを測定し、S-N曲線を求め、2×10回における疲労強度(疲労限)を求めた。本発明では、疲労限を引張試験で求めた引張強さで除した疲労限度比の値が0.50以上の場合、優れた耐疲労特性と評価した。結果を表3に示す。
【0075】
【表3】
発明例は、いずれも980MPa以上の引張強さと優れた耐疲労特性とを有する高強度鋼板である。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、980MPa以上の引張強さが得られていないか、優れた耐疲労特性が得られていない。
【要約】
980MPa以上の引張強さと優れた疲労強度とを有する高強度鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
所定の成分組成を有し、鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域において、面積率で75%以上98.5%未満の上部ベイナイト相を主相とし、面積率で1.5%以上25%未満のマルテンサイト相および/または残留オーステナイト相からなる組織を第二相とし、前記上部ベイナイト相、前記マルテンサイト相および/または前記残留オーステナイト相以外の残部組織相を面積率で2.0%以下有し、鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域での全ての相の平均結晶粒径が6.0μm以下であり、鋼板表面から板厚1/10位置までの表層領域での前記全ての相の転位密度が8.0×1014/m以上である高強度鋼板。
図1