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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-28
(45)【発行日】2023-12-06
(54)【発明の名称】子宮内膜様組織及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20231129BHJP
【FI】
C12N5/071
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019028336
(22)【出願日】2019-02-20
(65)【公開番号】P2020130055
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2021-10-26
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第20回講演会 プログラム・抄録集 第12頁~13頁(発行所:公益財団法人 神澤医学研究振興財団 発行日:平成30年5月23日) [刊行物等] 公益財団法人 神澤医学研究振興財団 第20回講演会(開催日:平成30年6月1日) [刊行物等] ウェブサイトのアドレス:https://dbr.nii.ac.jp/infolib/meta_pub/G0000019JOSEI https://dbr.nii.ac.jp/infolib/meta_pub/CsvSearch.cgi 掲載日:平成30年11月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】591173198
【氏名又は名称】学校法人東京女子医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】592254526
【氏名又は名称】学校法人五島育英会
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100197169
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 潤二
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 崇
(72)【発明者】
【氏名】藏本 吾郎
(72)【発明者】
【氏名】清水 達也
(72)【発明者】
【氏名】坂口 勝久
【審査官】大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-204300(JP,A)
【文献】Tissue Engineering: Part A,2009年,Vol.15, No.7, pp.1611-1618
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-28
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コラーゲンゲル及びフィブリンゲルを含む細胞接着性の支持体であって、細胞を含まない前記支持体と、
前記支持体の上に形成された、子宮内膜間質細胞を60%以上含む第一細胞層と、
前記第一細胞層の上に形成された、子宮内膜上皮細胞を60%以上含む第二細胞層と
を含む、子宮内膜様組織。
【請求項2】
前記第一細胞層が、2層以上形成されている、請求項1に記載の子宮内膜様組織。
【請求項3】
前記子宮内膜間質細胞が、初代子宮内膜間質細胞である、請求項1または2に記載の子宮内膜様組織。
【請求項4】
前記子宮内膜上皮細胞が、初代子宮内膜上皮細胞である、請求項1~3のいずれか1項に記載の子宮内膜様組織。
【請求項5】
前記第二細胞層の上に受精卵が適用されている、請求項1~4のいずれか1項に記載の子宮内膜様組織。
【請求項6】
子宮内膜様組織を製造する方法であって、以下:
(1)コラーゲンゲル及びフィブリンゲルを含む細胞接着性の支持体であって、細胞を含まない前記支持体の上に、子宮内膜間質細胞を60%以上含む第一細胞層と、子宮内膜上皮細胞を60%以上含む第二細胞層とを形成する工程であって、ここで前記第二細胞層は、前記第一細胞層の上に形成される、工程;および
(2)前記工程(1)で得られる構築物を培養する工程、
を含む、方法。
【請求項7】
前記第一細胞層が、2層以上形成されている、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記工程(1)が、
前記第一細胞層の上に前記第二細胞層を形成した積層体を、前記支持体の上にのせる工程である、請求項6または7に記載の方法。
【請求項9】
前記第一細胞層および前記第二細胞層が、刺激応答性培養基材を用いることにより得られる、請求項6~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記刺激応答性培養基材が、温度応答性培養基材である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記子宮内膜間質細胞が、初代子宮内膜間質細胞である、請求項6~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記子宮内膜上皮細胞が、初代子宮内膜上皮細胞である、請求項6~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
(3)前記第二細胞層の上に受精卵を適用する工程、をさらに含む、請求項6~12のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、子宮内膜様組織及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、女性の社会進出による晩婚化の影響で、さまざまな産科疾患を併発しやすい高齢妊娠が増加している。また、不妊症と診断される患者も増加しており、社会問題となっている。
【0003】
不妊症の原因は女性因子と男性因子に分けられるが、女性因子においてはさらに、排卵因子、卵管因子、子宮因子、頸管因子、免疫学的因子などに分けられる。これらの不妊症に対する治療法として、様々な生殖補助医療(ART)や、それ以外の治療法が開発されているが、未だ十分な治療法とはいえない。
【0004】
子宮因子による不妊症は、子宮内腔および子宮内膜の変化が原因であるといわれている。子宮内腔の癒着・変性を伴う疾患の治療法として、子宮組織の再生を目指した再生医療技術が開発されつつある。例えば、子宮内膜上皮細胞シート・子宮内膜間質細胞シートを作製し、それらを積層化してラットの子宮へ移植すると、子宮内膜が再生し、妊娠が成立することが報告されている(特許文献1)。
【0005】
生殖補助医療においては、排卵誘発法や胚培養法が年々改善されており、胚移植率が向上してきたが、良好な受精卵を子宮へ移植しても一定の確率で着床しないなどの問題が未だに残っている。そのため、受精卵の着床率を向上するために、子宮内膜と胚との因果関係を明らかにすることが求められている。
【0006】
子宮内膜と胚との因果関係を明らかにするために行われたこれまでのインビトロ研究は、単層の培養子宮内膜細胞などの薄い構造体を用いた研究であり(非特許文献1)、受精卵が浸潤する過程を観察可能なインビトロモデルは未だ開発されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2016-204300号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Weimar,.H.,et al.,In-vitro model systems for the study of human embryo-endometrium interactions.Reprod Biomed Online,2013.27(5):p.461-76.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、インビトロにおいて、受精卵移植に伴う子宮組織に起こる変化を観察可能とする子宮内膜様組織及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、種々の角度から検討を加えて研究開発を行ってきた。その結果、
細胞接着性ハイドロゲルを含む支持体と、前記支持体の上に形成された、子宮内膜間質細胞を含む第一細胞層と、前記第一細胞層の上に形成された、子宮内膜上皮細胞を含む第二細胞層とを含む子宮内膜様組織は、驚くべきことに、インビトロにおいて受精卵移植後の変化を観察できることを見出し、本発明を開発するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の態様を含んでいる。
【0012】
[1] 細胞接着性ハイドロゲルを含む支持体と、
前記支持体の上に形成された、子宮内膜間質細胞を含む第一細胞層と、
前記第一細胞層の上に形成された、子宮内膜上皮細胞を含む第二細胞層と
を含む、子宮内膜様組織。
[2] 前記細胞接着性ハイドロゲルが、コラーゲンを含む、[1]に記載の子宮内膜様組織。
[3] 前記細胞接着性ハイドロゲルが、フィブリンを含む、[1]または[2]に記載の子宮内膜様組織。
[4] 前記第一細胞層が、2層以上形成されている、[1]~[3]のいずれか1項に記載の子宮内膜様組織。
[5] 前記子宮内膜間質細胞が、初代子宮内膜間質細胞である、[1]~[4]のいずれか1項に記載の子宮内膜様組織。
[6] 前記子宮内膜上皮細胞が、初代子宮内膜上皮細胞である、[1]~[5]のいずれか1項に記載の子宮内膜様組織。
[7] 前記第二細胞層の上に受精卵が適用されている、[1]~[6]のいずれか1項に記載の子宮内膜様組織。
【0013】
[8] 子宮内膜様組織を製造する方法であって、以下:
(1)細胞接着性ハイドロゲルを含む支持体の上に、子宮内膜間質細胞を含む第一細胞層と、子宮内膜上皮細胞を含む第二細胞層とを形成する工程であって、ここで前記第二細胞層は、前記第一細胞層の上に形成される、工程;および
(2)前記工程(1)で得られる構築物を培養する工程、
を含む、方法。
[9] 前記細胞接着性ハイドロゲルが、コラーゲンを含む、[8]に記載の方法。
[10] 前記細胞接着性ハイドロゲルが、フィブリンを含む、[8]または[9]に記載の方法。
[11] 前記第一細胞層を、2層以上形成されている、[8]~[10]のいずれか1項に記載の方法。
[12] 前記工程(1)が、
前記第一細胞層の上に前記第二細胞層を形成した積層体を、前記支持体の上にのせる工程である、[8]~[11]のいずれか1項に記載の方法。
[13] 前記第一細胞層および前記第二細胞層が、刺激応答性培養基材を用いることにより得られる、[8]~[12]のいずれか1項に記載の方法。
[14] 前記刺激応答性培養基材が、温度応答性培養基材である、[13]に記載の方法。
[15] 前記子宮内膜間質細胞が、初代子宮内膜間質細胞である、[8]~[14]のいずれか1項に記載の方法。
[16] 前記子宮内膜上皮細胞が、初代子宮内膜上皮細胞である、[8]~[15]のいずれか1項に記載の方法。
[17] (3)前記第二細胞層の上に受精卵を適用する、[8]~[16]のいずれか1項に記載の方法。
【0014】
[18] [8]~[17]のいずれか1項に記載の方法により得られる子宮内膜様組織。
【0015】
[19] [1]~[7]および[18]のいずれか1項に記載の子宮内膜様組織を用いた、受精卵の着床を促進する因子をスクリーニングする方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の子宮内膜様組織により、受精卵移植後に子宮組織に起こる変化をインビトロにおいて観察可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、一実施態様における、本発明の子宮内膜様組織を作製及び使用する手順を示す概略図である。(a)子宮内膜様組織を作製する手順、(b)子宮内膜様組織に使用する受精卵を準備する手順、(c)子宮内膜様組織に受精卵を適用する手順、を示す。
図2図2は、子宮内膜様細胞シート(最上層:子宮内膜上皮細胞シート、中間層および最下層:子宮内膜間質細胞シート)を示す。
図3図3は、比較例として、セルカルチャーインサートに子宮内膜様細胞シートを接着させて培養した結果を示す写真である。平均ポアサイズ:(a)1μm、(b)3.0μm、(c)8.0μm。
図4図4は、コラーゲンゲルに子宮内膜様細胞シートを接着させて培養した結果を示す。(a)コラーゲンゲルへ移植直後の子宮内膜様細胞シート。(b)コラーゲンゲルへ移植3日後の子宮内膜様細胞シート。(c)(b)の組織切片のHE染色像。スケールバー=200μm。
図5図5は、フィブリンゲル/コラーゲンゲルに子宮内膜様細胞シートを接着させて培養した結果を示す。(a)フィブリンゲル/コラーゲンゲルへ移植直後の子宮内膜様細胞シート。(b)フィブリンゲル/コラーゲンゲルへ移植3日後の子宮内膜様細胞シート。
図6図6は、フィブリンゲル/コラーゲンゲルに子宮内膜様細胞シートを接着させて培養した結果を示す。(a)フィブリンゲル/コラーゲンゲルへ移植3日後の子宮内膜様細胞シートのHE染色像。矢印:上皮層、矢頭:間質層。スケールバー=200μm。(b)フィブリンゲル/コラーゲンゲルへ移植3日後の子宮内膜様細胞シートを1mm間隔で厚みを測定した結果を示すグラフ。
図7図7は、フィブリンゲル/コラーゲンゲルに子宮内膜様細胞シートを接着させて培養した結果を示す。(a)DAPI(青)、抗CK18抗体(緑)、抗ビメンチン抗体(赤)で免疫染色した子宮内膜様細胞シートの蛍光顕微鏡像。スケールバー=100μm。(b)DAPI(青)、抗エストロゲンレセプター抗体(緑)、抗プロゲステロンレセプター抗体(赤)で免疫染色した子宮内膜様細胞シートの蛍光顕微鏡像。スケールバー=200μm。
図8図8は、子宮内膜様組織に適用した受精卵を培養した結果を示す。(a、b)抗GATA3抗体と、抗アクチン抗体を用いて免疫染色した子宮内膜様組織の共焦点レーザー顕微鏡像。(a)断面図、(b)三次元図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、発明の実施の形態を通じて本発明を説明するが、以下の実施形態は特許請求の範囲にかかる発明を限定するものではなく、また実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。なお、以下の「子宮内膜様組織」、「子宮内膜様組織を製造する方法」または「子宮内膜組織モデルを用いた受精卵の着床を促進する因子をスクリーニングする方法」で説明されている事項は、「子宮内膜様組織」、「子宮内膜様組織を製造する方法」および「子宮内膜組織モデルを用いた受精卵の着床を促進する因子をスクリーニングする方法」のいずれにおいても適用され得る。
【0019】
本明細書において、「第一」「第二」等の用語は、1つの要素をもう1つの要素と区別するために用いられるものであり、例えば、第一の要素を第二の要素と表現し、同様に第二の要素を第一の要素と表現してもよく、これによって本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0020】
<<子宮内膜様組織>>
本発明は、細胞接着性ハイドロゲルを含む支持体と、
前記支持体の上に形成された、子宮内膜間質細胞を含む第一細胞層と、
前記第一細胞層の上に形成された、子宮内膜上皮細胞を含む第二細胞層と
を含む、子宮内膜様組織を提供する。また、本発明は、後述の子宮内膜様組織を製造する方法によって得られる子宮内膜様組織を提供する。
【0021】
本明細書において、「子宮内膜様組織」とは、インビトロにおいて再構築され、生体の子宮内膜の構造を模倣した構造体をいうが、生体の子宮内膜が有さない構成要素を含むものであってもよい。
【0022】
本明細書において、「細胞接着性ハイドロゲル」とは、細胞外マトリックスを構成するタンパク質、或いは、キトサンゲル、コラーゲンゲル、ゼラチン、ペプチドゲル、ラミニンゲル及びフィブリンゲル、並びにそれらの混合物からなる群から選択されるものをいう。これらのうち、キトサンゲル、コラーゲンゲル、ゼラチンゲル、ペプチドゲル及びラミニンゲルは、例えば温度、pH及び/又は塩濃度を変更することによりゲル化が促進される。フィブリンゲルは、モノマーであるフィブリノゲンが、酵素であるトロンビンと作用することによりゲル化される。本発明に用いられる細胞接着性ハイドロゲルは、好ましくはコラーゲンゲルおよび/またはフィブリンゲルであり、より好ましくは、コラーゲンゲルとフィブリンゲルの混合物である。本明細書において、コラーゲンゲルに含まれるコラーゲンとは、例えば、タイプI、タイプII、タイプIII、タイプIV、タイプV、タイプVI、タイプVII、タイプVIII、タイプIX、タイプX、タイプXI、タイプXV、タイプXVII、もしくはタイプXVIIIのコラーゲン又はアテロコラーゲン、あるいはその組み合わせである。コラーゲンゲルに含まれるコラーゲンは、例えば、哺乳動物由来(例えば、霊長類(ヒト及びヒト以外の霊長類を含む)、げっ歯類(マウス、ラット、ハムスター、モルモット等)、ウサギ、イヌ、ウシ、ウマ、ブタ、ネコ、ヤギ、ヒツジ等)であってもよく、哺乳動物のコラーゲン遺伝子を基に、遺伝子工学的に得られたものであってもよい。
【0023】
本明細書において、「支持体」とは、後述の「細胞層(第一細胞層および第二細胞層)」を接着させて固定するために用いられる構造体をいう。本発明において用いられる支持体は、細胞接着性ハイドロゲルを含み、それにより細胞層との接着が促進される。本発明において用いられる支持体は、例えば、細胞接着性ハイドロゲルがコーティングされた培養基材(例えば、培養容器)またはセルカルチャーインサートであってもよく、細胞接着性ハイドロゲル自体であってもよい。細胞接着性ハイドロゲルを支持体として用いる場合、例えば、硬化する前の細胞接着性ハイドロゲル溶液をモールド(フレーム)に流し込み、所望の形状に硬化させた支持体を用いてもよい。例えば、国際公開第2012/036225に記載の方法により、支持体を形成してもよい。また、支持体には、国際公開第2012/036225に記載されるような、培地が流れる流路が設けられていてもよい。
【0024】
一実施態様において、細胞接着性ハイドロゲルを含む支持体として用いられ得る「コラーゲンゲルとフィブリンゲルの混合物」は、細胞層を接着させて培養した後においても細胞層が剥離しないように、その含有物の量を調整すればよい。硬化前のコラーゲン/フィブリン溶液に含まれるコラーゲン対フィブリノゲンの比は、例えば、約10:約1~約1:約10であってもよく、約5:約1~約1:約5であってもよく、約1:約3であってもよってもよい。本明細書において、「約」とは、その数値の±10%の範囲に含まれる数値を意味する。
【0025】
本明細書において、「子宮組織」とは、哺乳類のメスの生殖器であり、妊娠時に体内で胎児を育てる器官をいう。哺乳類、特にヒトにおける子宮組織は、箱状の腔を形成している。子宮体部において受精卵の発生、胎児の育成を行う。子宮体部は、子宮内膜、筋層、漿膜から構成されている。
【0026】
子宮内膜は、組織構造の観点から、子宮内膜上皮層と子宮内膜間質層に分類できる。子宮内膜上皮層は、単層円柱の細胞からなり、分泌細胞と線毛細胞を含み、子宮腔にもっとも近い細胞層である。子宮内膜間質層は、子宮内膜腺を数多く有した構造である。子宮内膜線の入り口は子宮腔に面した上皮とつながっており、一番奥は子宮内膜の深部まで伸びている。子宮内膜腺からは、粘液が分泌され子宮内膜の表面を覆い、受精卵・胚の発育を助ける。
【0027】
子宮内膜は、機能面の観点から、性周期で変化が起こらない子宮内膜の深部にある基底層と、性周期で厚さ及び構造を変化させ、子宮内膜腺やラセン動脈を有する機能層の2つに分類することができる。
【0028】
ヒトの子宮内膜は、女性ホルモンであるエストロゲン、プロゲステロンに依存し、性周期に応じてその厚さを変化させる。月経終了から排卵期までの期間、エストロゲンのレベルが増加し、子宮内膜、特に機能層が増殖する(増殖期)。排卵期を過ぎると一時的にエストロゲンのレベルが減少し、その後、再びエストロゲン及びプロゲステロンのレベルが増加し、子宮内膜が肥厚化する(分泌期)。このとき、子宮内膜の子宮腺が発達し、分泌が促進され、子宮内膜間質層の浮腫が起きる。こうして受精卵の着床に適した環境が作りだされる。その後、平均して28日周期で月経期となり、機能層の剥離が起こる。この時、エストロゲン、プロゲステロンのレベルはともに減少する。性周期による子宮粘膜の肥厚化と剥離は、女性において正常な妊娠を行う上で重要な役割を果たしている。
【0029】
本明細書において、「子宮内膜間質細胞」とは、子宮内膜上皮細胞の支持組織を構成する細胞をいい、子宮内膜間質層に含まれる細胞をいう。本発明に用いられる子宮内膜間質細胞は、子宮内膜組織より単離された初代子宮内膜間質細胞であってもよく、株化された子宮内膜間質細胞でもよく、ES細胞、iPS細胞、Muse細胞等の多能性幹細胞から誘導された子宮内膜間質細胞であってもよい。好ましくは、本発明に用いられる子宮内膜間質細胞は初代子宮内膜間質細胞である。
【0030】
一実施態様において、本発明にかかる「子宮内膜間質細胞を含む第一細胞層」は、子宮内膜間質細胞以外の細胞が含まれていてもよく、その細胞の種類は特に限定されない。また、子宮内膜間質細胞は単一の種類の細胞であってもよく、複数の種類の細胞が含まれてもよい。一実施態様において、本発明にかかる第一細胞層に含まれる子宮内膜間質細胞の割合は、60%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上(例えば、80%、85%、90%、95%、96%、97%、98%、99%、100%)であり得る。
【0031】
本明細書において、「子宮内膜上皮細胞」は、子宮粘膜(子宮内膜)に含まれる上皮細胞であり、子宮内膜上皮層に含まれる細胞をいう。本発明に用いられる子宮内膜上皮細胞は、子宮内膜組織より単離された初代子宮内膜上皮細胞であってもよく、株化された子宮内膜上皮細胞でもよく、ES細胞、iPS細胞、Muse細胞等の多能性幹細胞から誘導された子宮内膜上皮細胞であってもよい。好ましくは、本発明に用いられる子宮内膜上皮細胞は初代子宮内膜上皮細胞である。
【0032】
一実施態様において、本発明にかかる「子宮内膜上皮細胞を含む第二細胞層」は、子宮内膜上皮細胞以外の細胞が含まれていてもよく、その細胞の種類は特に限定されない。また、子宮内膜上皮細胞は単一の種類の細胞であってもよく、複数の種類の細胞が含まれてもよい。一実施態様において、本発明にかかる第二細胞層に含まれる子宮内膜上皮細胞の割合は、60%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上(例えば、80%、85%、90%、95%、96%、97%、98%、99%、100%)であり得る。
【0033】
本発明に用いられる細胞の動物種の由来は、特に制約されないが、例えば、ヒト、或いはラット、マウス、モルモット、マーモセット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、サル、チンパンジーあるいはそれらの免疫不全動物等が挙げられる。また、適用する受精卵を採取した同一の個体由来の細胞であってもよく、受精卵を採取した個体とは別の個体由来の細胞であってもよい。また、子宮内膜細胞の由来動物と受精卵の由来動物が必ずしも一致する必要もない。また、子宮内膜様組織を構成する細胞の由来動物と、受精卵の由来動物とは、必ずしも一致しなくてもよい。
【0034】
本明細書において、「細胞層(第一細胞層および第二細胞層)」とは、シート状の細胞群をいい、「細胞シート」ともいう。一実施態様において、本発明の子宮内膜様組織に含まれる細胞層(第一細胞層または第二細胞層)は、1細胞の厚さを有する細胞層であってもよいが、収縮して1細胞の厚さを超えた厚さ(例えば、2~10細胞分の厚さ)を有する細胞層であることが好ましい。接着していた足場から剥離され、収縮した細胞層(例えば、収縮した細胞シート)は、隣接した細胞の間に形成された細胞結合(例えば、タイトジャンクションやギャップジャンクションなど)が維持され、かつ、細胞密度も高いため、単層の細胞層よりも種々の機能を発揮する。
【0035】
細胞層を得る方法としては、例えば、温度、pH、光、電気等の刺激によって分子構造を変化させる高分子が被覆された刺激応答性培養基材の上で細胞を培養し、温度、pH、光、電気等の刺激の条件を変えて刺激応答性培養基材の表面の性質を変化させることで、細胞同士の接着状態は維持しつつ、刺激応答性培養基材から細胞をシート状に剥離する方法;任意の培養基材の上で細胞を培養し、シート状の細胞群を端部から物理的にピンセット等により剥離する方法;そして、ハイドロゲル等と共に細胞を培養表面上に播種し、形成されたシート状の細胞群を剥離する方法、などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0036】
本明細書において、刺激応答性培養基材に被覆されている「刺激応答性高分子」は、例えば、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-メチルメタクリレート)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸ナトリウム)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-ビニルフェロセン)共重合体、γ線照射したポリ(ビニルメチルエーテル)(PVME)、ポリ(オキシエチレン)、核酸などの生体物質を高分子に組み込んだ樹脂、及び上記高分子に対して架橋剤によって架橋して作製したゲルなどが挙げられるが、それらに限定されない。
【0037】
本明細書において「温度応答性高分子」は、刺激応答性高分子の1つであり、温度に応答して、その形状及び/又は性質を変化させる高分子をいう。温度応答性高分子としては、例えば、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-メチルメタクリレート)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸ナトリウム)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-ビニルフェロセン)共重合体、γ線照射したポリ(ビニルメチルエーテル)及び上記高分子に対して架橋剤によって架橋し作製したゲルなどが挙げられるが、それらに限定されない。好ましくは、例えば、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-メチルメタクリレート)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸ナトリウム)共重合体及び上記高分子に対して架橋剤によって架橋し作製したゲルなどが挙げられるが、それらに限定されない。
【0038】
本明細書において、培養基材に被覆されている温度応答性高分子としては、例えば、水に対する上限臨界溶液温度(UCST:Upper Critical Solution Temperature)又は下限臨界溶液温度(LCST:Lower Critical Solution Temperature)が0~80℃であるものが挙げられるがそれらに限定されない。臨界溶液温度とは、高分子の形状及び/又は性質を変化させる閾値の温度をいう。本発明では、好ましくは、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PIPAAm)が被覆された細胞培養基材が使用され得る。
【0039】
ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PIPAAm)は32℃に下限臨界溶液温度(LCST)を有する高分子として知られ、遊離状態であれば、水中で32℃以上の温度で脱水和を起こしPIPAAmが凝集して白濁する。逆に32℃未満の温度ではPIPAAmは水和し、水に溶解した状態となる。本発明の一実施態様で用いられる温度応答性培養基材は、PIPAAmがシャーレやセルカルチャーインサートなどの培養表面に被覆されて固定されたものである。したがって、32℃以上の温度であれば、培養表面のPIPAAmも同じように脱水和するが、PIPAAmが培養表面に固定されているために培養表面が疎水性を示す。逆に、32℃未満の温度では、培養表面のPIPAAmは水和するが、PIPAAmが培養表面に被覆されているため、培養表面が親水性を示す。疎水性の培養表面は細胞が付着し、増殖することができる表面であり、反対に親水性の培養表面は細胞が付着しにくい表面である。そのため、温度応答性培養基材を32℃未満に冷却すると、細胞が培養表面から剥離する。細胞が培養表面全体にコンフルエントになるまで培養されていれば、培養表面を32℃未満に冷却することによってシート状の細胞層(細胞シート)を回収することができる。PIPAAmが被覆された温度応答性培養基材として、例えば、セルシード社(日本)が製造し、販売しているUpCell(登録商標)を用いることができる。
【0040】
本発明の一実施態様において用いられる、刺激応答性培養基材を使用することにより得られる細胞層(細胞シート)は、従来、細胞回収に用いられるディスパーゼ、トリプシンなどのタンパク質分解酵素を使用しないため、細胞層の下面(培養表面と接触していた側の面)が接着性タンパク質を豊富に維持しており、また、細胞-細胞間のデスモゾーム構造も保持しており、複数の細胞層の積層化に適している。
【0041】
本発明の子宮内膜様組織に含まれる第一細胞層または第二細胞層を構成する細胞数は、使用する細胞の状態、種類または動物種などによって異なるために限定することはできないが、例えば、第一細胞層または第二細胞層を形成する時に、0.3×104~10×106個/cm2であってもよく、0.5×104~8×106個/cm2であってもよく、0.7×104~5×106個/cm2の密度で播種されて形成されたものであってもよい。
【0042】
一実施態様において、本発明の子宮内膜様組織に含まれる第一細胞層は、1層であってもよく、2層以上(例えば2層、3層、4層、5層またはそれ以上)が積層されたものであってもよい。
【0043】
一実施態様において、本発明の子宮内膜様組織に含まれる第二細胞層は、1層であってもよく、2層以上(例えば2層、3層、4層、5層またはそれ以上)が積層されたものであってもよい。
【0044】
本発明に用いられる細胞または細胞層(第一細胞層、第二細胞層)は、例えば、特開2016-204300号公報に記載の方法を参照することにより、採取および/または培養してもよい。
【0045】
一実施態様において、本発明の子宮内膜様組織は、さらに第二細胞層の上に受精卵が適用されたものであってもよい。本明細書において、「受精卵」とは、卵生殖を行う生物種の雌雄の配偶子(精子と卵子)が結合した細胞、及び、当該細胞の分裂が進行し、2細胞、4細胞、8細胞、桑実胚を経て胚盤胞に至るまでに含まれる細胞塊(細胞群)をいい、これらの細胞塊も本発明に適用することができる。また、一実施態様において、受精卵を覆う透明帯を開口または除去(ハッチング)した受精卵を本発明に適用してもよい。
【0046】
一実施態様において、本発明の子宮内膜様組織に適用され得る受精卵は、1)採卵(卵子を採取)したのちに精子と掛け合わせる体外受精、もしくは顕微授精から得られた受精卵;または、2)交配後の任意のほ乳類のメスから採取される受精卵であってもよく、1)または2)により得られる受精卵は、新鮮胚または凍結胚を融解させたものでもよい。また、適用され得る受精卵は、公知の方法によってインビトロで培養して、細胞分裂を進めた細胞塊(例えば、2細胞、4細胞、8細胞、桑実胚、または胚盤胞)であってもよい。
【0047】
一実施態様において、本発明の子宮内膜様組織は、例えば、上記に記載の各構成が別々にパッケージングされ、所望の時に子宮内膜様組織を調製することができるキットとして提供されてもよい。
【0048】
<<子宮内膜様組織を製造する方法>>
本発明は、
(1)細胞接着性ハイドロゲルを含む支持体の上に、子宮内膜間質細胞を含む第一細胞層と、子宮内膜上皮細胞を含む第二細胞層とを形成する工程であって、ここで前記第二細胞層は、前記第一細胞層の上に形成される、工程;および
(2)前記工程(1)で得られる構築物を培養する工程、
を含む、子宮内膜様組織を製造する方法を提供する。
【0049】
一実施態様において、工程(1)は、
(1-1)細胞接着性ハイドロゲルを含む支持体の上に子宮内膜間質細胞を含む第1細胞層を積層し、前記第1細胞層の上に子宮内膜上皮細胞を含む第二細胞層を積層する工程、であってもよい。
【0050】
他の態様において、工程(1)は、
(1-2)前記第一細胞層の上に前記第二細胞層を形成した積層体を、細胞接着性ハイドロゲルを含む支持体の上にのせる工程、であってもよい。細胞接着性ハイドロゲルを含む支持体にのせる前に、あらかじめ、第一細胞層の上に前記第二細胞層を形成した積層体を作製することにより、当該積層体の細胞層間の接着が促進され、積層体のハンドリングが容易となる。また、細胞層を支持体の上にのせる工程を減らすことができ、細菌などのコンタミネーションのリスクを低減することができる。
【0051】
本発明における第一細胞層および前記第二細胞層を積層する方法については、特に限定されるものではないが、例えば、細胞を細胞培養基材に播種し、その上に細胞外マトリックスタンパクを構成するタンパク(例えば、ラミニン、コラーゲン、カドヘリン、フィブロネクチン、エラスチンまたはビトロネクチン等)および/または代表的な細胞接着性ハイドロゲル素材(例えば、ゼラチン、ヒアルロン酸、キチンまたはキトサン等)を含むゲルを塗布後、さらに細胞を播種して積層体を得る方法;培養細胞をシート状で剥離させ、必要に応じ培養細胞移動治具を用い細胞層を積層化する方法等により得られる。用いられる培養細胞移動治具としては、剥離した細胞層を捕捉し、移動できるものであれば材質、形状共に何ら限定されるものではないが、例えば、膜状、多孔膜状、不織布状または織布状であってもよく、材質としてポリビニリデンジフルオライド(PVDF)、シリコン、ポリエステル、ポリビニルアルコール、ウレタン、セルロース及びその誘導体、キチン、キトサン、コラーゲン、ゼラチン、フィブリングルー等であってもよい。また、用いられる培養細胞移動治具としては、例えば、特開2007-222153号公報に記載の装置を用いてもよい。
【0052】
一実施形態において、本発明の方法は、前記第一細胞層および前記第二細胞層は、刺激応答性培養基材を用いることにより得られる細胞層であってもよい。これにより、接着性タンパク質を豊富に保持した細胞層が得られ、それによって細胞層と細胞層との間、および細胞層と支持体とがしっかりと接着した子宮内膜様組織が作製される。一実施形態において、前記刺激応答性培養基材は、例えば、温度応答性培養基材であってもよい。
【0053】
一実施態様において、前記工程(1)で得られる構築物を培養する工程により、第一細胞層と、第二細胞層と細胞接着性ハイドロゲルを含む支持体とがしっかりと接着し、受精卵移植後に子宮組織に起こる変化をインビトロにおいて観察可能な子宮内膜様組織を提供可能となる。
【0054】
一実施形態における本発明の方法は、さらに、(3)前記第二細胞層の上に受精卵を適用する工程、を含んでもよい。
【0055】
<<子宮内膜組織モデルを用いた受精卵の着床を促進する因子をスクリーニングする方法>>
本発明の子宮内膜様組織、または本発明の方法によって得られる子宮内膜様組織は、受精卵の着床を促進する因子を評価する方法に用いることができる。以下に限定されないが、一実施態様において、本発明の方法は、例えば、
(1)子宮内膜様組織に候補因子を適用する工程;
(2)前記子宮内膜様組織の第二細胞層の上に受精卵を適用し、培養する工程;および、
(3)前記受精卵の着床を評価する工程、
を含んでもよい。
【0056】
一実施態様において、工程(1)で適用する候補因子は、子宮内膜様組織に適用(例えば、培地に添加)してもよく、上記の子宮内膜様組織の製造方法の任意の工程で適応(例えば、培地に添加)してもよい。
【0057】
一実施形態において、工程(3)の受精卵の着床を評価する方法は、公知の染色方法(以下に限定されないが、例えば、ヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色、受精卵および子宮内膜組織を染色する抗体(例えば、抗GATA3抗体および抗アクチン抗体)を用いた免疫組織化学染色もしくは免疫蛍光染色など)によって、子宮内膜様組織を染色後、任意の顕微鏡を用いることによって、受精卵の着床度合いを評価することができる。それにより、適用した候補因子の効果を評価することができる。また、任意の候補因子の効果を判定するにあたっては、例えば、子宮内膜様組織または受精卵の遺伝子の発現の変化や産生されるタンパク質の解析などの分子生物学的手法などを用いて評価することもできる。
【0058】
一実施態様において、候補因子は、例えば、低分子化合物、ペプチド、核酸、タンパク質、哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ブタ、ウシ、ヒツジ、サル、ヒトなど)の細胞、組織抽出物又は細胞培養上清、植物由来の化合物又は抽出物(例えば、生薬エキス、生薬由来の化合物)、及び微生物由来の化合物若しくは抽出物又は培養産物などであってもよい。
【0059】
一実施態様において、例えば、受精卵の着床障害を有する個体由来の細胞を含む、子宮内膜様組織を使用してもよい。
【実施例
【0060】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。なお、本実施例におけるラットを用いた実験プロトコールは、東京女子医科大学の動物実験に関する倫理委員会によって承認されたものであり、米国国立衛生研究所(NIH)によって刊行された「実験動物の管理と使用に関する指針」(1996年改定版)に沿って実施された。
【0061】
<子宮内膜様細胞シートの作製方法>
3週齢のSDラット(系統名:Slc:SD、日本SLC株式会社)を購入し、COにて犠牲死させた。SDラットを開腹し、子宮の両側の卵巣と骨盤をつないでいる靭帯を切離し、子宮広間膜を展開したのち、子宮頸部を切除して子宮を摘出した。その後、摘出した子宮を顕微鏡下で、子宮筋層と子宮内膜に分離した。
【0062】
分離した子宮内膜組織に、0.25%トリプシン/0.1%EDTA溶液を添加し、37℃、振盪150rpmで20分間処理した。その後、5mLのピペッターで70回~100回程度、1000μLのピペットマンで200回程度ピペッティングを行った。同量の10%FBS入り培地を添加し、100μmおよび40μmのセルストレーナーで濾過した。得られた細胞を100mmのディッシュに全量播種し、二時間静置した(以下、「細胞選別工程」という。)。
【0063】
二時間後、上澄みを回収し、PBSで三回洗浄した。洗浄時のPBSも回収した。この上澄みと洗浄したPBSとを合わせて、主に子宮内膜上皮細胞を含む「子宮内膜上皮細胞懸濁液」を得た。洗浄後にディッシュに接着した細胞を0.25%トリプシン/0.1%EDTAで5分、37℃で反応させて剥離し、主に子宮内膜間質細胞を含む「子宮内膜間質細胞懸濁液」を得た。
【0064】
子宮内膜上皮細胞を、温度応答性高分子が固定されたセルカルチャーインサートに5.0×106/dishの密度で播種した。35mmの温度応答性培養皿(UpCell(登録商標)セルシード社製)に子宮内膜間質細胞を2.5×106/dishの密度で播種した。
【0065】
子宮内膜上皮細胞は、以下の組成の培地:
・DMEM/F12(1:1)
・insulin 10μg/mL
・transferrin 10μg/mL
・selenite 0.038μM
・hydrocortisone 100μg/mL
・retinoic acid 2.5nM
・L-ascorbic acid 100μM
・EGF 10ng/mL
を使用して培養した。
【0066】
子宮内膜間質細胞は、以下の組成の培地:
・DMEM/F12(1:1)
・10% FBS
・1% Penicillin
・1% Streptomycin
・1% Hepes
を使用して培養した。
【0067】
播種4日後に、子宮内膜上皮細胞および子宮内膜間質細胞を培養している培養基材をそれぞれ20℃で1時間インキュベートし、細胞シートを得た(以下、子宮内膜上皮細胞懸濁液より得られた細胞シートを「上皮細胞シート」、子宮内膜間質細胞懸濁液より得られた細胞シートを「間質細胞シート」という。)。剥離した細胞シートは培地またはPBSに浮遊させた。
【0068】
上記で作製した間質細胞シート2層重ね、その上に上皮細胞シート1層を積層し、合計3層の積層化細胞シート(以下、「子宮内膜様細胞シート」という。)を得た(図1aおよび図2参照)。
【0069】
<比較例1>
網目構造物であるセルカルチャーインサートが、上記の手順により作製した子宮内膜様細胞シートを接着させる足場として使用可能か検証を行った。
【0070】
OHPフィルムを用いて、子宮内膜様細胞シートを、ポアサイズ0.4μm、1.0μm、3.0μmまたは8.0μmのセルカルチャーインサート(FALCON、#353493、#353102、#353092、#353093)の上に移動させて、1.5時間、静置した。
【0071】
セルカルチャーインサートに生着させた子宮内膜様細胞シートを、1% Penicillin及びStreptomycin含有のDMEM/F12培地(ナカライテスク、#05177-15)に浸漬させ、37℃、5%COにて3日間培養した。セルカルチャーインサート上で培養した子宮内膜様細胞シートは、ポアサイズ1.0μm、3.0μmおよび8.0μmセルカルチャーインサート上といずれの場合においても3日後には完全に剥離して収縮した(図3)。ポアサイズ0.4μmのセルカルチャーインサート(FALCON社、#353493)も同様に、3日後には完全に剥離して収縮した(図示せず)。
【0072】
<実施例1>
コラーゲンゲルが、上記の手順により作製した子宮内膜様細胞シートを接着させる足場として使用可能か検証を行った。
【0073】
コラーゲンゲルは、以下:
・2.4mLの5mg/mL コラーゲン酸性溶液I-AC(KOKEN、#IAC-50)
・0.3mLの10倍濃縮培地(Gibco)
・0.03mLの1000mM NaHCO(和光純薬、#191-01305)
・0.03mLの1000mM Hepes(Sigma-aldrich、#H3375-500G)
・0.24mLの蒸留水
を混合し、Sakaguchiら(国際公開第2012/036225)に記載のアクリルフレームに流し込み、硬化させることで作製した。
【0074】
子宮内膜様細胞シートをOHPフィルムに載せて、作製したコラーゲンゲル上へ移動させ、1.5時間、静置した。
【0075】
コラーゲンゲルに生着させた子宮内膜様細胞シートを、1% Penicillin及びStreptomycin含有のDMEM/F12培地(ナカライテスク社、#05177-15)に浸漬させ、37℃、5%COにて3日間培養した。その結果、細胞シートはコラーゲンゲル上に生着したが、一部は剥離した(図4b)。HE染色を行い、コラーゲンゲル上に接着させた細胞シートを観察した結果、細胞シートとゲルとの間に隙間が観察された(図4c)。
【0076】
<実施例2>
次に、コラーゲンゲルとフィブリンゲルを混合して作製した足場が、上記の手順により作製した子宮内膜様細胞シートを接着させる足場として使用可能か検証を行った。
【0077】
フィブリンは血液の凝固に関わるタンパク質であり、細胞接着性を有する。フィブリノゲンにトロンビンが反応することによりフィブリンへと変化し、フィブリン同士が連鎖的に反応することによりフィブリン膜を形成し、組織のすき間を埋める。フィブリン膜は、生体中に存在するプラスミンという酵素によって分解されるため、この酵素の働きを止めるアプロチニンを加える。細胞シートを接着させる足場に使用する場合も、フィブリノゲン、トロンビンおよびアプロチニンの3つを混合させてフィブリンを作製する。コラーゲンはフィブリノゲン、トロンビン、アプロチニンを支える土台となり、マイクロチャネルを有するゲルをつくることが可能となる。
【0078】
フィブリンゲル/コラーゲンゲルは、以下:
・1.5mLの25mg/mL フィブリノゲン(Sigma-aldrich、#F8630-5G)
・1.5mLの2.5U/mL トロンビン(Sigma-aldrich、#T4648-1KU)
・0.15mLの75000KIU/mL アプロチニン(和光純薬社、#016-11836)
・2.4mLの5mg/mL コラーゲン酸性溶液I-AC(KOKEN 社、#IAC-50)
・0.3mLの10倍濃縮培地(Gibco)
・0.03mLの1000mM NaHCO(和光純薬、#191-01305)
・0.03mLの1000mM Hepes(Sigma-aldrich、#H3375-500G)
・0.24mLの蒸留水
を混合し、Sakaguchiら(国際公開第2012/036225)に記載のアクリルフレームに流し込み、硬化させて作製した。
【0079】
子宮内膜様細胞シートをOHPフィルムにのせて、フィブリンゲル/コラーゲンゲル上へ移動させ、1.5時間静置した。
【0080】
フィブリンゲル/コラーゲンゲルに生着させた子宮内膜様細胞シートを、1% Penicillin及びStreptomycin含有のDMEM/F12培地(ナカライテスク、#05177-15)に浸漬させ、37℃、5%COにて3日間培養した。その結果、フィブリンゲル/コラーゲンゲル上で培養した子宮内膜様細胞シートは3日後でも剥離せず、移植直後と同等の大きさの子宮内膜様細胞シートが観察された(図5)。HE染色を行い、フィブリンゲル/コラーゲンゲル上に接着させた子宮内膜様細胞シートを観察した結果、子宮内膜様細胞シートとゲルの間に隙間はなく、上皮層と間質層の二層構造であることが確認された(図6a)。この構造は正常な子宮内膜構造と類似していた。
【0081】
子宮内膜様細胞シートを端から1mm間隔で厚みを測定したところ、平均51.7μmの厚みであった(図6b)。
【0082】
子宮内膜様細胞シートの組織切片を、DAPI(青)、抗CK18抗体(緑)(Abcam社、#ab53118)、抗ビメンチン抗体(赤)(Abcam社、#ab20346)を用いて免疫染色し、蛍光顕微鏡で観察した。その結果、最上層は上皮マーカーであるCK18陽性であることが確認された(図7a)。また、その直下には、間質マーカーであるビメンチン陽性の層が確認された。
【0083】
子宮内膜様細胞シートの組織切片を、DAPI(青)、抗エストロゲンレセプター抗体(緑)(Abcam社、#ab3577)、抗プロゲステロン抗体(赤)(Abcam社、#ab2764)を用いて免疫染色し、蛍光顕微鏡で観察した。その結果、図7bに示すようにエストロゲンレセプター陽性、及びプロゲステロン陽性の層が確認された。
【0084】
以上の結果から、フィブリンゲル/コラーゲンゲルからなる足場は、インビトロにおいて、子宮内膜様細胞シートを安定的に維持できることが明らかとなった。
【0085】
<実施例3>
子宮内膜様組織を用いた受精卵の移植評価
【0086】
受精卵は分割を繰り返し、二細胞を経て、およそ3日で胚盤胞に達する。ラットにおいて、受精卵は胚盤胞の状態で着床する。本発明の子宮内膜様組織が、生体と同様に受精卵の着床が再現可能か検証を行った。
【0087】
市販の凍結受精卵(アークリソース社)を解凍し、受精卵用培地(mR1ECM(アークリソース社)で1日間培養して胚盤胞を形成させた。得られた胚盤胞は、グレード分類において4AAであり、良好胚であった。
【0088】
透明帯からハッチングした胚盤胞を、実施例2と同様の方法により得られたフィブリンゲル/コラーゲンゲル+子宮内膜様細胞シート(以下、「子宮内膜様組織」という。)の上に載せ、受精卵用培地に浸漬させた状態で、37℃、5%COにて36時間培養した。
【0089】
その後、子宮内膜様組織を抗GATA3抗体(赤)(Abcam、#ab106625)と、抗アクチン抗体(緑)(invitrogen、#1941122)を用いて免疫染色し、共焦点レーザー顕微鏡(FV3000;オリンパス)で観察した。
【0090】
その結果、GATA3陽性部位(すなわち、受精卵)がアクチン陽性部位(すなわち、子宮内膜組織)に囲まれている様子が観察された。これは、受精卵(胚盤胞)が着床した際に起こる初期の浸潤過程を模倣しているものと考えられる。この実験系を用いて、初期の浸潤過程での受精卵・上皮・間質組織の関係性を解明できる可能性が示唆された。
【0091】
本明細書に引用する全ての刊行物及び特許文献は、参照により全体として本明細書中に援用される。なお、例示を目的として、本発明の特定の実施形態を本明細書において説明したが、本発明の精神及び範囲から逸脱することなく、種々の改変が行われる場合があることは、当業者に容易に理解されるであろう。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8