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  • 特許-チェーンの評価方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-28
(45)【発行日】2023-12-06
(54)【発明の名称】チェーンの評価方法
(51)【国際特許分類】
   F16H 7/06 20060101AFI20231129BHJP
   F16H 7/00 20060101ALI20231129BHJP
【FI】
F16H7/06
F16H7/00 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020026625
(22)【出願日】2020-02-19
(65)【公開番号】P2021131123
(43)【公開日】2021-09-09
【審査請求日】2023-02-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000207425
【氏名又は名称】大同工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】599011687
【氏名又は名称】学校法人 中央大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003133
【氏名又は名称】弁理士法人近島国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 幹樹
(72)【発明者】
【氏名】広瀬 武彦
(72)【発明者】
【氏名】戸井 武司
(72)【発明者】
【氏名】武田 貴史
(72)【発明者】
【氏名】朴 成鋒
【審査官】鷲巣 直哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-256222(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2008-0005644(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 7/06
F16H 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チェーンの噛合い音の音圧を次数成分ごとに取得する取得工程と、
前記取得工程にて取得された次数成分ごとのチェーンの噛合い音の音圧を、次数成分ごとのチェーンの噛合い音の音圧を説明変数とし、チェーンの噛合い音の評価値を目的変数とした評価式に当てはめて、前記評価値を算出する評価工程と、を備えた、
ことを特徴とするチェーンの評価方法。
【請求項2】
前記評価式は、前記噛合い音の1次成分の音圧に係る項が負の項となっている、
ことを特徴とする請求項1記載のチェーンの評価方法。
【請求項3】
前記評価式は、前記噛合い音の5次成分の音圧に係る項が負の項となり、前記噛合い音の2次成分の音圧に係る項が正の項となっている、
ことを特徴とする請求項2記載のチェーンの評価方法。
【請求項4】
前記評価式及び評価値は、第1の評価式及び第1の評価値であり、
前記評価工程では、前記第1の評価式とは異なる第2の評価式に前記取得工程にて取得された次数成分ごとのチェーンの噛合い音の音圧を当てはめて、第2の評価値を算出可能であり、
前記第2の評価式は、前記噛合い音の1次成分の音圧に係る項、4次成分の音圧に係る項及び9次成分の音圧に係る項が負の項となっている、
ことを特徴とする請求項3記載のチェーンの評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チェーンの評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、エンジンのクランク軸の回転をカムシャフトに伝達する場合、その静粛性の高さからタイミングベルトが広く使用されていた。しかしながら、メンテナンスフリー化や、エンジンのコンパクト化の要求の高まりに加え、静粛性の高いサイレントチェーンの登場により、近年、多くのエンジンにおいて、タイミングベルトの代わりにタイミングチェーンが採用されるようになっている。
【0003】
また、このようなサイレントチェーンにおいて、リンクプレート歯部の内側フランク面を、スプロケットとの噛合い始めにスプロケット歯に積極的に干渉するように構成してチェーンの弦を押し上ることにより、チェーンの弦の上下運動(所謂コーダルアクション)量を減少させ、更なる騒音の低減を図っているものも案出されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平8―74940号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1のような技術を用いると、サイレントチェーンのスプロケットとの噛合い時の音圧を下げることができ、一般にこの音圧が下がればチェーンの噛合い音によってユーザが感じる不快感も低下するものと考えられてきた。しかしながら、本発明の発明者の研究によると、上記チェーンの噛合い時の音圧が低下したにも関わらずユーザの感じる不快感が高いチェーンが存在し、上記噛合い時の音圧とユーザの聴感評価との間には、必ずしも正の相関が見られない場合があるとの知見を得た。
【0006】
そこで、本発明は、ユーザの聴感評価に近い形でのチェーンの噛合い音の評価を可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、チェーンの噛合い音の音圧を次数成分ごとに取得する取得工程と、前記取得工程にて取得された次数成分ごとのチェーンの噛合い音の音圧を、次数成分ごとのチェーンの噛合い音の音圧を説明変数とし、チェーンの噛合い音の評価値を目的変数とした評価式に当てはめて、前記評価値を算出する評価工程と、を備えた、ことを特徴とするチェーンの評価方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によると、チェーンの噛合い音の音圧を次数成分ごとに評価し、チェーンの評価値を算出するため、人間の聴感に近い形でチェーンの噛合い音を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】シミュレーション装置の概略構成の示すブロック図。
図2】チェーンの噛合い音の評価処理を示すフローチャート図。
図3】(a)サイレントチェーンの平面図、(b)歯付きリンクプレートの正面図。
図4】音圧測定モデルを示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<シミュレーション装置の概略構成>
以下、本発明の実施の形態に係るチェーンの評価方法及びチェーンの噛合い音をシミュレーションするシミュレーション装置について、図面に基づいて説明をする。図1は、本実施の形態に係るチェーンの噛合い音をシミュレーションするシミュレーション装置1の概略構成を示すブロック図である。図1に示すように、シミュレーション装置1は、CPU5を主体として演算装置6を構成していると共に、このCPU5には、ROM7及びRAM9などの記憶装置10がバス11を介して接続されている。
【0011】
また、ROM7には、チェーンの設計に用いられるCADプログラム12や、詳しくは後述するチェーンの噛合い音のシミュレーションを行うシミュレーションプログラム13などのプログラムが格納されていると共に、上記シミュレーション時に使用される音圧推定モデル14や、印象モデル15などのデータが格納されている。
【0012】
また、CPU5には、バス11及び入力インターフェース17を介して入力装置16や表示装置19と接続されている。従って、上記入力装置16からシミュレーション装置本体に対して、シミュレーションに必要な情報、或いはその他の指示の入力が可能となっていると共に、上記表示装置19に対してシミュレーション結果を出力可能となっている。
【0013】
<噛合い音のシミュレーション>
ついで、上記シミュレーション装置1を用いたチェーンの噛合い音のシミュレーションについて説明をする。ユーザは、上述したCADプログラム12等を用いてチェーンの設計が完了すると、当該チェーンの駆動時における噛合い音を評価するために、シミュレーションプログラム13に基づいてチェーンの噛合い音のシミュレーション(評価処理)を行う。
【0014】
具体的には、チェーンの設計データが入力されると、上記シミュレーションプログラム13に基づいてCPU5は、まず、当該設計されたチェーンとスプロケットとの噛合いモデルを形成する(噛合いモデル形成工程、図2のステップS1)。ついで、シミュレーション装置1は、当該噛合いモデルを用いて機構解析を行い、設定された駆動条件でチェーンを駆動させた際のチェーンとスプロケットとの衝突速度を求める(機構解析工程、図2のステップS2)。
【0015】
上記衝突速度が求まると、次にCPU5は、この衝突速度と、ROM7に格納されている音圧推定モデル14と、に基づいて、チェーンの噛合い音の各次数成分ごとの音圧を算出して取得する(取得工程、図2のステップS3)。なお、次数成分(回転次数成分)とは、基準に定めた回転軸の1回転についてN(Nは整数で次数を表す)周期として現れる成分のことをいい、本実施の形態では、次数成分をF[Hz]、上記駆動条件にて設定されているスプロケットの歯数をT、スプロケットの回転速度をS[rpm]とした場合、F=T*(S/60)*Nの式によって求められる。
【0016】
そして、次数成分ごとにチェーンの噛合い音の音圧が求まると、CPU5は、ROM7に格納されている印象モデル15に基づいて、チェーンの噛合い音の快音レベルを示す第1の評価値及び噛合い音の重厚レベルを示す第2の評価値を求めて、これら第1及び第2の評価値を表示装置19へと出力し(評価工程、図2のステップS4)、噛合い音のシミュレーションを終了する。
【0017】
このように、本実施の形態のチェーンの評価処理(評価方法)では、チェーンの噛合い音を全体音圧の高低によって評価するのではなく、チェーンの噛合い音の音圧を次数成分単位で算出し、これら次数成分ごとの音圧が、人間の聴感にどのような印象を与えるかを加味した上で、第1及び第2の評価値を求めている。このため、ユーザは、これら第1及び第2の評価値に基づいて、チェーンの噛合い音を、人間の聴感に近い形で評価することができ、チェーンの設計へとフィードバックすることができるようになっている。
【0018】
<印象モデルについて>
ついで、上述した印象モデル15について詳しく説明をする。本実施の形態において、印象モデル15は、Semantic Differential法(以下、SD法という)を用いた主観評価に基づいて構築をされている。例えば、図3に示すサイレントチェーン30を例に取った場合、基準寸法のサイレントチェーンの噛合い音の音源(以下、基準音という)を聞いた後、詳しくは後述するリンクプレート32のC寸法Cs、R半径Rr、R座標Rcの少なく1つのパラメータを、上述した基準寸法から変更したサイレントチェーンの噛合い音の音源(以下、評価音源という)を聞き、評価音源の基準音に対する評価を行った。
【0019】
また、上記評価では、被験者が「快適」、「好ましい」等と感じる快適因子と、「調和のとれた」、「重々しい」等と感じる重厚因子と、の2つの因子について評価を行った。目的変数を、上述した第1の評価値である快適因子得点Comfort、第2の評価値である重厚因子得点Profoundとし、説明変数を各評価音源における基準音との各次数成分の音圧差SPLOrder(Order=1st~10th)として重回帰分析を行うと、快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundの印象モデル式(評価式)は、以下のようになる。なお、上記音圧差SPLOrderの単位は、A特性音圧レベルの単位であるdBAである。
Comfort=-0.080*SPL1st+0.078*SPL2nd―0.039SPL5th―0.004
Profound=-0.069*SPL1st-0.097*SPL4th―0.074SPL9th+0.353
【0020】
このように上記快適因子得点Comfortの印象モデル式(第1の評価式)では、噛合い音の1次成分の音圧及び5次成分の音圧に係る項が負の項、2次成分の音圧に係る項が正の項として形成されている。このため、快適因子得点Comfortは、1次成分及び5次成分の音圧を小さく、2次成分の音圧を大きくすることによって得点を向上させることができる。特に快適因子得点Comfortに対しては、1次成分の音圧が大きく寄与しており(有意なパラメータ)であり、この1次成分の音圧を低減することが重要である。
【0021】
また上記重厚因子得点Profoundの印象モデル式(第2の評価式)では、噛合い音の1次成分の音圧、4次成分の音圧及び9次成分の音圧に係る項が負の項として形成されている。このため、重厚因子得点Profoundは、1次成分、4次成分及び9次成分の音圧を小さくすることによって得点を向上させることができる。特に重厚因子得点Profoundに対しては、4次成分の音圧及び9次成分の音圧が大きく寄与しており(有意なパラメータ)であり、これら4次成分及び9次成分の音圧を低減することが重要である。
【0022】
なお、上述した音圧差SPLOrder(Order=1st~10th)は、各次数成分の音圧を基準音との差分の形で表したものであり、本実施の形態において次数成分の音圧の概念に含まれるものである。
【0023】
また、上述したサイレントチェーン30は、図3(a)に示すように、ピン31により歯付きリンクプレート32(32,32)が交互に連結されて構成されており、これら歯付きリンクプレート32のリンク列(横列)の両最外側にガイドリンクプレート34が配置されている。上記ピン31は、左右ガイドリンクプレート34,34にカシメ、しまり嵌め等により固定され、従ってガイドリンクプレートを有するガイド列(外列、外側リンク)35は、ピン31に対して歯付きリンクプレート32を含めて相対回転せず、該ガイド列に隣接するノンガイド列(内列、内側リンク)36の歯付きリンクプレート32がピン31に対して相対回転して、サイレントチェーン30は、自由に屈曲し得るようになっている。
【0024】
歯付きリンクプレート32(32,32)は、図3(b)に示すように、左右1対のピン孔40,40を有し、これらピン孔の中心O,Oを結ぶ線L-L(以下ピッチラインという)の内径側である正面側に1対の歯41,41を有する。該歯41は、その間のクロッチ部42側に内側フランク面43,43並びに各歯の外側に外側フランク面44,44が形成されている。上述したリンクプレート32のC寸法Csは、上記外側フランク面44の張り出し量である。また、R半径Rrは、内側フランク面43の形状である円弧の中心座標からの距離である。更に、R座標Rcは内側フランク面43の形状である円弧の中心座標である。
【0025】
<音圧測定モデルについて>
ついで、上述した音圧推定モデル14について詳しく説明をする。本実施の形態では、測定実験により算出した各次数の音圧レベルを用いて、重回帰分析を実施し、各次数成分における音圧推定モデル14を算出している。ここで、上述したサイレントチェーン30では、リンクプレート32がスプロケットの歯と衝突する各噛合いモデルのパターンは、以下の表1のようになる。
【0026】
【表1】
【0027】
なお、上述した表1における、内股とは内側フランク面43を、外股とは外側フランク面44を示している。また、内列とはノンガイド列36を、外列とはガイド列35を、示している。このため、例えば、表1における項目名St_In_Outは、サイレントチェーン30とスプロケットの噛合い始めにおいて、ガイド列35のリンクプレート32の内側フランク面43が、スプロケットの歯と衝突するモデルを示している。以下の説明においては、当該項目が該当する噛合いモデルにおける衝突速度を表しているものとする。
【0028】
スプロケットの歯数が17、駆動軸の回転速度が6000rpm、チェーンに付与される張力が400Nの駆動条件における、サイレントチェーン30の各次数の音圧測定モデルの一例を、図4に示す。この場合、上述した快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundの印象モデル式で有意であった1次成分、4次成分、9次成分の音圧レベル差SPL1st、SPL4th、SPL9th(dBA)の推定モデルは、それぞれ以下のような式で表せられる。
SPL1st=―51*St_In_Out+73
SPL4th=―37*St_In_Out+228*En_In_Out+14
SPL9th=328*St_Out_Out+121*En_In_In―192*En_Out_In+18
【0029】
これらの式から1次成分の音圧を低減するには、St_In_Outの値を上げることが、4次成分の音圧を低減するには、En_In_Outの値を下げることが、9次成分の音圧を低減するには、En_In_Inの値を下げることが重要であることが分かる。
【0030】
<適切な設計パラメータの算出>
サイレントチェーン30においては、上述した設計パラメータであるC寸法Cs、R半径Rr、R座標Rcの中でも、特にC寸法Cs及びR半径Rrが、快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundに与える影響が大きいことが発明者の実験によって確認されており、ユーザは、上記C寸法Cs及びR半径Rrを変更して快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundを算出し、評価することによって、噛合い音を考慮したチェーンの設計行うことができる。
【0031】
また、上記シミュレーション装置1は、上記設計パラメータの変更、その後の快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundの算出を自動で行い、快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundの良い設計データをユーザに対して提示することもできる。なお、設計パラメータの変更については、変更する設計パラメータ及び範囲をユーザが指定することも、ランダムで行うこともどちらでも可能である。
【0032】
更に、予め快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundの得点からチェーンの噛合い音をユーザが設計することによって、シミュレーション装置1は、これら快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundの得点から上述したシミュレーション処理を逆演算することによって、サイレントチェーンの設計値をユーザに対して提示することもできる。
【0033】
なお、上述した実施の形態では、サイレントチェーンの設計データから快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundを求めたが、チェーンの噛合い音の次数成分ごとの音圧は、実測したデータから取得しても良く、シミュレーション装置1は、このような実測値のデータを入力して快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundを算出することもできる。これら快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundの評価値は、例えば、チェーンにおけるカタログスペックの一つや広告などとして表示することができる。
【0034】
また、上述した実施の形態では、快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundの両方を算出可能としたが、例えば、快適因子得点Comfortのみなど、どちらか一方のみを算出可能としても良い。更に、快適因子得点Comfort及び重厚因子得点Profoundは、上述した例に限らず、例えば、それぞれ有意であった次数成分の音圧が入っていれば、種々の変形例が考えられる。また、上述した実施の形態では、シミュレーションプログラム13と、CADプログラム12とを別々のプログラムとして記載したが、例えば、シミュレーションプログラム13をCADプログラム12に取り込んで、CADプログラムの中の一つの機能として上述した評価処理を実行できるように構成しても良い。更に、本発明は、サイレントチェーンに限らず、ローラチェーン、コンベアチェーンなど、種々のチェーンに対して適用することができる。
【符号の説明】
【0035】
S3:取得工程
S4:評価工程
SPL1st:1次成分の音圧(1次成分の音圧差)
SPL2nd:2次成分の音圧(2次成分の音圧差)
SPL4th:4次成分の音圧(4次成分の音圧差)
SPL5th:5次成分の音圧(5次成分の音圧差)
SPL9th:9次成分の音圧(9次成分の音圧差)
図1
図2
図3
図4