(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-28
(45)【発行日】2023-12-06
(54)【発明の名称】レドックスフロー電池
(51)【国際特許分類】
H01M 8/18 20060101AFI20231129BHJP
H01M 8/02 20160101ALI20231129BHJP
H01M 8/04 20160101ALI20231129BHJP
【FI】
H01M8/18
H01M8/02
H01M8/04 J
(21)【出願番号】P 2020108615
(22)【出願日】2020-06-24
【審査請求日】2023-02-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304000836
【氏名又は名称】学校法人 名古屋電気学園
(74)【代理人】
【識別番号】110000785
【氏名又は名称】SSIP弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】平山 航一郎
(72)【発明者】
【氏名】木薮 敏康
(72)【発明者】
【氏名】森田 靖
(72)【発明者】
【氏名】村田 剛志
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 彩
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-514930(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107482242(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/18
H01M 8/02
H01M 8/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
隔膜で仕切られた第1室及び第2室を有するセルと、
第1電解液を貯蔵する第1タンクと、
前記第1室と前記第1タンクとの間で前記第1電解液を循環させる第1循環装置と、
第2電解液を貯蔵する第2タンクと、
前記第2室と前記第2タンクとの間で前記第2電解液を循環させる第2循環装置と
を備え、
前記第1電解液及び前記第2電解液にはそれぞれ活物質が含まれ、前記第1電解液に含まれる前記活物質又は前記第2電解液に含まれる前記活物質の少なくとも一方は、複数のキノンがアルキル鎖を介して結合したキノン多量体又は複数のヒドロキノンがアルキル鎖を介して結合したヒドロキノン多量体であるレドックスフロー電池。
【請求項2】
前記活物質は、複数のキノンが前記アルキル鎖を介して環状に結合した構造又は複数のヒドロキノンが前記アルキル鎖を介して環状に結合した構造を有している、請求項1に記載のレドックスフロー電池。
【請求項3】
前記キノン多量体又は前記ヒドロキノン多量体の拡散係数は1×10
-7cm
2/sec以上である、請求項1または2に記載のレドックスフロー電池。
【請求項4】
前記キノン多量体を構成する各キノンは、二重結合によって酸素が結合する6員環を含み、
前記6員環を構成する炭素のうち、前記アルキル鎖が結合する炭素及び前記二重結合によって酸素が結合する炭素以外の少なくとも1つの炭素には、水素以外の元素又は官能基が結合している、請求項1~3のいずれか一項に記載のレドックスフロー電池。
【請求項5】
前記ヒドロキノン多量体を構成する各ヒドロキノンは、ヒドロキシ基が結合する6員環を含み、
前記6員環を構成する炭素のうち、前記アルキル鎖が結合する炭素及び前記ヒドロキシ基が結合する炭素以外の少なくとも1つの炭素には、水素以外の元素又は官能基が結合している、請求項1~3のいずれか一項に記載のレドックスフロー電池。
【請求項6】
前記キノン多量体又は前記ヒドロキノン多量体は、少なくとも2種類のキノン又は少なくとも2種類のヒドロキノンを含む、請求項1~5のいずれか一項に記載のレドックスフロー電池。
【請求項7】
前記アルキル鎖はメチレン基である、請求項1~6のいずれか一項に記載のレドックスフロー電池。
【請求項8】
前記第1タンク又は前記第2タンクの少なくとも一方に不活性ガスを供給する不活性ガス供給部をさらに備える、請求項1~7のいずれか一項に記載のレドックスフロー電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、レドックスフロー電池に関する。
【背景技術】
【0002】
レドックスフロー電池は、1974年にアメリカ航空宇宙局(NASA)からコンセプトが提示された技術であり、セルと、電解液を貯蔵するタンクとから構成され、ポンプによって電解液をセルとタンクとの間で循環させることで充放電が行われる。レドックスフロー電池は、タンクの容量に応じて電力貯蔵量を自在に設計できるため、大電力の貯蔵に適した電池であり、自然エネルギーを含めた電力需要の平準化への適用が期待されている。
【0003】
レドックスフロー電池の現在の主流では、電解液の活物質としてバナジウムが用いられている。しかし、近年のバナジウム価格の高騰のため、レドックスフロー電池の普及が進んでいない。このため、バナジウムの代替を狙いとした研究が世界中で進められており、近年では、有機物や金属錯体を活物質として用いるレドックスフロー電池が報告されるようになっている。
【0004】
例えば特許文献1には、活物質としてキノン/ヒドロキドンを用い、両者間の酸化還元反応によって充放電を行うレドックスフロー電池が開示されている。さらに例えば特許文献2には、正極活性物質にフェロシアン化カリウムを用いるとともに負極活性物質に2,5-ジヒドロキシベンゾキノン(2,5-DHBQ)を用いたレドックスフロー電池が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Z.Yang et al, “Alkaline Benzoquinone Aqueous Flow Battery forLarge-Scale Storage of Electrical Energy”, Advanced. Energy Materials, 2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、レドックスフロー電池では、充放電サイクルの増加に伴い容量低下が生じるという問題がある。特許文献2では、そのような容量低下の要因の1つとして、2,5-DHBQの分子量が小さいことに起因して、2,5-DHBQが隔膜を透過するクロスオーバー現象が挙げられている。
【0008】
上述の事情に鑑みて、本開示の少なくとも1つの実施形態は、充放電サイクルの増加に伴う容量低下を抑制できるレドックスフロー電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本開示に係るレドックスフロー電池は、隔膜で仕切られた第1室及び第2室を有するセルと、第1電解液を貯蔵する第1タンクと、前記第1室と前記第1タンクとの間で前記第1電解液を循環させる第1循環装置と、第2電解液を貯蔵する第2タンクと、前記第2室と前記第2タンクとの間で前記第2電解液を循環させる第2循環装置とを備え、前記第1電解液及び前記第2電解液にはそれぞれ活物質が含まれ、前記第1電解液に含まれる前記活物質又は前記第2電解液に含まれる前記活物質の少なくとも一方は、複数のキノンがアルキル鎖を介して結合したキノン多量体又は複数のヒドロキノンがアルキル鎖を介して結合したヒドロキノン多量体である。
【発明の効果】
【0010】
本開示のレドックスフロー電池によれば、キノン/ヒドロキノンの単量体よりも分子量の大きいキノン多量体/ヒドロキノン多量体を活物質として使用することにより、キノン/ヒドロキノンの単量体を活物質とした場合に比べてクロスオーバー現象の発生を抑制できるので、充放電サイクルの増加に伴う容量低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本開示の一実施形態に係るレドックスフロー電池の構成を示す模式図である。
【
図2】キノン多量体のキノンユニット数と拡散係数との関係のグラフである。
【
図3】本開示の別の実施形態に係るレドックスフロー電池の構成を示す模式図である。
【
図4】実施例1で調製したヒドロキノン5量体のサイクリックボルタモグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の実施の形態によるレドックスフロー電池について、図面に基づいて説明する。かかる実施の形態は、本開示の一態様を示すものであり、この開示を限定するものではなく、本開示の技術的思想の範囲内で任意に変更可能である。
【0013】
<本開示の一実施形態に係るレドックスフロー電池の構成>
図1に示されるように、本開示の一実施形態に係るレドックスフロー電池1は、隔膜5で仕切られた第1室3及び第2室4を有するセル2と、活物質を含む第1電解液12を貯蔵する第1タンク6と、第1室3と第1タンク6との間で第1電解液12を循環させる第1循環装置である第1ポンプ7と、活物質を含む第2電解液13を貯蔵する第2タンク8と、第2室4と第2タンク8との間で第2電解液13を循環させる第2循環装置である第2ポンプ9とを備えている。
【0014】
第1タンク6及び第1ポンプ7は、一端及び他端が第1室3に接続された第1電解液循環経路10に設けられている。第2タンク8及び第2ポンプ9は、一端及び他端が第2室4に接続された第2電解液循環経路11に設けられている。第1室3内には第1電極14が設けられ、第2室4内には第2電極15が設けられている。第1電極14及び第2電極15はそれぞれ、交流直流変換器16に電気的に接続されている。交流直流変換器16は、負荷17及び交流電源18のそれぞれに電気的に接続することができる。尚、交流電源18の代わりに直流電源を使用するとともに負荷17が直流電流で稼働するものである場合には、交流直流変換器16は必要ない。
【0015】
<第1電解液及び第2電解液並びに活物質>
第1電解液12及び第2電解液13のそれぞれは、支持電解質を含む水溶液に活物質を溶解させたものである。この水溶液は、水酸化カリウムや水酸化ナトリウム等が溶解したアルカリ性水溶液、塩化カリウムや塩化ナトリウム等が溶解した中性水溶液、塩化水素や硫酸が溶解した酸性水溶液を用いることができる。第1電解液12又は第2電解液13のうちの一方に溶解する活物質は、バナジウム等の金属イオン、金属錯体、空気、ハロゲン、有機分子等であってもよいが、第1電解液12又は第2電解液13の少なくとも一方(すなわち、両方でもよい)に溶解する活物質は、後述の構成を有するキノン多量体又はヒドロキノン多量体である。金属イオンは、亜鉛等、還元時に析出を伴うものを使用しても構わない。
【0016】
レドックスフロー電池1で使用される活物質のキノン多量体は、複数のキノンがアルキル鎖を介して結合したものである。ここで、キノンとは、下記化学式(I)又は(II)で表される物質であり、このキノンは、6員環を構成する6つの炭素原子のうちの2つの炭素原子に二重結合によって酸素原子が結合し、他の4つの炭素原子のそれぞれにR1~R4が結合した構造を有している。R1~R4はそれぞれ、水素、C1~C6のアルキル基、ハロゲン、ヒドロキシ基、C1~C6のアルコキシ基、スルホン基、アミノ基、ニトロ基、カルボキシル基、リン酸基、チオール基等、任意の官能基や元素であってもよい。また、例えば、化学式(I)においてR1の末端とR2の末端とが結合されて環状構造を有したものや、R3の末端とR4の末端とが結合されて環状構造を有したもの、すなわち、環状構造を複数有するものであってもよい。化学式(II)においても、環状構造を複数有するものであってもよい。
【0017】
【0018】
レドックスフロー電池1で使用される活物質のキノン多量体は、下記化学式(III)で表されるように、1種類又は2種類以上の2以上のキノンが、炭素原子を1つ以上有するアルキル鎖R5を介して結合したものである。化学式(III)中のnは2以上の自然数である。6員環を構成する炭素原子のうち、二重結合によって酸素原子が結合する2つの炭素原子、及び、アルキル鎖R5が結合する2つの炭素原子以外の2つの炭素原子にはそれぞれR6及びR7が結合している。R6及びR7はそれぞれ、R1~R4のそれぞれと同様に、任意の官能基や元素から選択可能である。尚、化学式(III)で表されるキノン多量体は、化学式(I)で表される2以上のキノンが結合したものであるが、化学式(II)で表される2以上のキノンが結合したものであってもよい。
【0019】
【0020】
化学式(III)で表されるキノン多量体は、下記可逆反応式(1)で表されるように、電子の授受及び水素原子の授受によって、ヒドロキノン多量体となる。セル2の負極側の室に供給される場合には、十分な放電が行われて充電が必要な状態(以下、「放電状態」という)の活物質としてキノン多量体を使用し、満充電された状態で放電が可能な状態(以下、「充電状態」という)の活物質としてヒドロキノン多量体を使用する。一方、セル2の正極側の室に供給される場合は、放電状態の活物質としてヒドロキノン多量体を使用し、充電状態の活物質としてキノン多量体を使用する。可逆反応式(1)で表されるキノン多量体及びヒドロキノン多量体について、本開示では、ヒドロキノン多量体は、「キノン多量体に対応するヒドロキノン多量体」といい、キノン多量体は、「ヒドロキノン多量体に対応するキノン多量体」ということとする。
【0021】
【0022】
キノン多量体を構成する2以上のキノンは、1種類のキノンである必要はなく、例えば下記化学式(IV)で表されるように、2種類のキノンがアルキル鎖R5を介して結合したものであってもよい。R8及びR9はそれぞれ、R1~R7のそれぞれと同様に、任意の官能基や元素から選択可能である。下記化学式(IV)では、R6及びR7が6員環に結合した第1のキノンがx個結合したものと、R8及びR9が6員環に結合した第2のキノンがy個結合したものとが結合するように描かれているが、第1のキノンと第2のキノンとが互い違いに、又は任意の規則に則った順序で、若しくはランダムに結合するものであってもよい。尚、3種類以上のキノンがアルキル鎖R5を介して結合したものであってもよい。アルキル鎖R5も1種類に限定するものではなく、複数種類のアルキル鎖が含まれていてもよい。
【0023】
【0024】
また、レドックスフロー電池1で使用される活物質のキノン多量体は、下記化学式(V)で表されるように、複数のキノン(1種類のキノンでも、2種類以上のキノンでもよい)がアルキル鎖R5を介して環状に結合したピラーキノンであってもよい。
【0025】
【0026】
このようなピラーキノンの一例として、5つのベンゾキノンがメチレン基を介して環状に結合したベンゾキノン5量体を挙げることができる。下記化学式(VI)には、このベンゾキノン5量体に対応するヒドロキノン5量体を示している。
【0027】
【0028】
<本開示の一実施形態に係るレドックスフロー電池の動作>
次に、レドックスフロー電池1の動作を
図1に基づいて説明する。化学式(III)~(V)のいずれかで表されるキノン多量体又はそのキノン多量体に対応するヒドロキノン多量体が活物質として第1電解液12に溶解し、第2電解液13に溶解する活物質は、金属イオンや金属錯体若しくは、第1電解液12に溶解しているキノン多量体とは異なるキノン多量体又はそのキノン多量体に対応するヒドロキノン多量体であるとして説明する。
【0029】
レドックスフロー電池1が充電状態のとき、第1室3を正極側とし、第2室4を負極側とすると、第1電解液12に溶解している活物質はキノン多量体である。第1ポンプ7を稼働することにより、第1タンク6内に貯留する第1電解液12を、第1電解液循環経路10を介して第1室3に供給する。第1室3内に第1電解液12が充満した後、第1電解液12が第1室3から流出し、第1電解液循環経路10を介して第1タンク6に戻される。このようにして、第1電解液12は、第1室3と第1タンク6との間を循環する。一方、第2ポンプ9を稼働することにより、上述した動作と同様の動作によって、第2電解液13は、第2室4と第2タンク8との間を循環する。
【0030】
第1室3内では、可逆反応式(1)の正反応が起こることにより、キノン多量体が第1電極14から電子を受け取り、ヒドロキノン多量体に変換される。一方、第2電解液13に溶解する活物質から電子が第2電極15へ移動して交流直流変換器16に流入する。つまり、レドックスフロー電池1が充電状態のとき、第1電極14が正極であるとともに第2電極15が負極となって、直流電流が生じる。この直流電流は、交流直流変換器16で交流電流に変換されて、負荷17に供給される。
【0031】
レドックスフロー電池1が放電状態のとき、第1電解液12に溶解している活物質はヒドロキノン多量体である。交流電源18からの交流電流は、交流直流変換器16で直流電流に変換される。第1室3内では、可逆反応式(1)の逆反応が起こることにより、ヒドロキノン多量体がキノン多量体に変換され、ヒドロキノン多量体から電子が第1電極14へ移動して交流直流変換器16に流入する。一方、交流直流変換器16からの電子は、第2電極15へ流れ、第2電解液13に溶解する活物質に受容される。
【0032】
<本開示の一実施形態に係るレドックスフロー電池の作用効果>
上述したように、レドックスフロー電池は一般的に、充放電サイクルの増加に伴う容量低下が大きいという問題がある。さらに上述したように、特許文献2は、その容量低下の要因の1つとして、活物質が隔膜を透過するクロスオーバー現象を挙げている。特許文献2では、活物質としてキノン/ヒドロキノンの単量体を使用しているが、本開示のレドックスフロー電池1では、第1電解液12又は第2電解液13の少なくとも一方に溶解する活物質として、キノン多量体/ヒドロキノン多量体を使用している。このように、キノン/ヒドロキノンの単量体よりも分子量の大きいキノン多量体/ヒドロキノン多量体を活物質として使用することにより、キノン/ヒドロキノンの単量体を活物質とした場合に比べてクロスオーバー現象の発生を抑制できるので、充放電サイクルの増加に伴う容量低下を抑制することができる。
【0033】
活物質であるキノン多量体/ヒドロキノン多量体として、複数のキノンがアルキル鎖を介して環状に結合した構造(例えば化学式(V))又は複数のヒドロキノンがアルキル鎖を介して環状に結合した構造(例えば化学式(VI))を有するものを使用する場合、活物質分子に末端が存在しないことにより、活物質を構成する各キノンユニット又は各ヒドロキノンユニットが等価になるので、活物質分子全体が均一に酸化還元することができる。また、2種類以上のキノン/ヒドロキノンを含むキノン多量体/ヒドロキノン多量体を使用する場合、キノン/ヒドロキノンの種類又は割合の少なくとも一方を調整することにより、活物質の物性を容易に調整することができるようになる。
【0034】
レドックスフロー電池1で活物質として使用されるキノン多量体/ヒドロキノン多量体はそれぞれ、複数のキノン/ヒドロキノンがアルキル鎖を介して結合している。複数のキノン又は複数のヒドロキノンが直接結合した活物質では、各キノン又は各ヒドロキノンの共役が活物質分子全体に広がるのに対し、複数のキノン又は複数のヒドロキノンがアルキル鎖を介して結合した活物質では、アルキル鎖によって各キノン又は各ヒドロキノンの共役が分断されて、共役が活物質分子全体に広がらなくなる。つまり、前者の活物質では、分子全体に広がる共役により各キノン又は各ヒドロキノンの酸化還元反応が他のキノン又は他のヒドロキノンの酸化還元状態の影響を受けるが、後者の活物質では、共役が切れて各キノン又は各ヒドロキノンが電子的に独立であることから、各キノン又は各ヒドロキノンにおいて均一に酸化還元反応が生じるようになる。これにより、前者の活物質を使用した場合に比べて、後者の活物質を使用した場合の方が、電池性能が向上する。
【0035】
化学式(III)~(V)のそれぞれで表されるキノン多量体の場合、各キノンにおいて、二重結合によって酸素が結合する6員環を構成する炭素のうち、アルキル鎖R5が結合している炭素、及び、二重結合によって酸素が結合している炭素以外の炭素に結合するR6及びR7(R8及びR9も同様)の少なくとも一方は、水素ではなく、水素以外の元素又は官能基であることが好ましい。化学式(III)~(V)のそれぞれで表されるキノン多量体に対応するヒドロキノン多量体の場合は、各ヒドロキノンにおいて、ヒドロキシ基が結合する6員環を構成する炭素のうち、アルキル鎖が結合している炭素、及び、ヒドロキシ基が結合している炭素以外の少なくとも1つの炭素には、水素ではなく、水素以外の元素又は官能基が結合していることが好ましい。
【0036】
レドックスフロー電池において、充放電サイクルの増加に伴い容量が低下する傾向があることを上述したが、その要因として、クロスオーバー現象の他に、充放電及び熱による活物質の分解が考えられている。キノン類の分解は、キノンの環状構造を構成する炭素のうち、アルキル鎖及び酸素が結合している炭素以外の炭素が、電解液中の求核剤(OH-)に対して反応することで進行するとされている。上述したように、R6及びR7(R8及びR9も同様)のそれぞれが水素以外の元素又は官能基であれば、電解液中の求核剤(OH-)に対する反応が抑制されるので、活物質の分解を抑制することができる。尚、ヒドロキノンの分解を抑制することについても同様のことが当てはまる。
【0037】
上述したように、キノン又はヒドロキノンの多量体化による分子量の増加によってクロスオーバー現象を抑制することができるものの、活物質の分子量が大きくなりすぎると、活物質の付着による隔膜イオンチャネルの閉塞や活物質の拡散係数の低下が原因となって抵抗が増大し、電流密度が低下するおそれがある。このような電流密度の低下を抑制するためには、活物質の分子量、すなわち、活物質に含まれるキノン又はヒドロキノンのユニット数に上限値を特定する必要があると考えられる。しかしながら、ユニット数の上限値を特定するためには、ユニット数と拡散係数との関係が必要である。そこで、以下では、ユニット数と拡散係数との関係について検討する。
【0038】
本開示の出願前に既に公知となっている公知文献1(T.Janoschka, et al., “An aqueous, polymer-based redox-flow battery using non-corrosive, safe, and low-cost materials”, Nature vol.527, p78-81, 5, Nov., 2015)には、酸化還元活性な分子をポリマー化したものを活物質として使用したレドックスフロー電池の例が示されており、その活物質の拡散係数は(7.0±0.5)×10-8cm2/secである。このことから、少なくとも1×10-7cm2/sec以上の拡散係数である分子を活物質として使用すれば、レドックスフロー電池において、電流密度の低下を抑制できると考えられる。
【0039】
本開示の出願前に既に公知となっている公知文献2(J.T.Edward, “Molecular Volumesand the Stokes-Einstein Equation”, J.Chem.Edu., vol.47(4), p261-270, Apr., 1970)でも分子の拡散係数を計算するために用いられているが、ストークス-アインシュタインの式(A)を用いることにより、粒子半径(分子半径)から拡散係数を計算することが可能である。
D=kT/(nπηr) ・・・(A)
ここで、Dは拡散係数、kはボルツマン定数、Tは絶対温度、nは経験的な値、ηは溶媒の粘度、rは粒子半径(分子半径)である。
【0040】
公知文献2では、粒子半径(分子半径)rとしてファンデルワールス体積に基づく半径を用いているが、公知文献2で開示されたファンデルワールス体積の計算方法を用いて、5つのベンゾキノンがメチレン基を介して環状に結合したベンゾキノン5量体の各キノンユニットの分子半径rを算出する。下記表1に、各キノンユニットの構造を分割した場合の分割された各構造(分割構造)の体積の増量及び各分割構造の個数をまとめ、それらを足し合わせることにより、キノンユニットの分子体積r=99.6立方オングストロームが得られた。
【0041】
【0042】
ストークス-アインシュタインの式(A)を用いるに当たり、キノンユニットの分子半径rは、キノンユニットが真球であると仮定してファンデルワールス体積から算出し、溶媒の粘度として、25℃での水の粘度を用い、温度として298Kを用い、経験的な値nとして6を用い、キノンユニットの数が2~1000の範囲で、キノンユニットの数と拡散係数との関係を算出した。その結果を
図2に示す。
【0043】
本開示の出願前に既に公知となっている公知文献3(B.Yang et al., “An Inexpensive Aqueous Flow Battery for Large-Scale Electrical Energy Storage Based on Water-Soluble Organic Redox Couples”, J. Electrochemical Society, 161(9) A1371-A1380, 2014)によれば、溶媒として水を用いる系では、水素結合のために拡散係数がおよそ一桁小さくなるとされている。このため、
図2には、ストークス-アインシュタインの式(A)を用いて算出した関係(実線)の他に、この関係(実線)に0.1をかけた関係(破線)も図示している。
【0044】
このようにして得られたキノンユニットの数と拡散係数との関係において、破線で描かれた関係から、拡散係数が1×10-7cm2/sec以上となるキノンユニットの数の上限値は約600と推定できる。このような方法によれば、例えば化学式(III)で表されるキノン多量体において、アルキル鎖R5を変えたり、置換基R6及びR7(R8及びR9も同様)を変えたりしても、キノンユニットの数の上限値を特定することができる。
【0045】
尚、アルキル鎖R5を、最も分子量の小さいメチレン基とすることにより、活物質に含まれるキノンユニットの数を増やしたときに、必要以上に分子量が大きくなり、拡散係数が低下しすぎることを抑制できる。
【0046】
<本開示の別の実施形態に係るレドックスフロー電池の変形例>
図3に示されるように、本開示の別の実施形態に係るレドックスフロー電池1は、第1タンク6及び第2タンク8のそれぞれに不活性ガスを供給する不活性ガス供給部20を備えることもできる。不活性ガス供給部20は、不活性ガスの供給源21と、一端が供給源21に接続されるとともに他端が第1タンク6及び第2タンク8のそれぞれに接続される不活性ガス供給経路22,23と、不活性ガス供給経路22,23のそれぞれに設けられる圧縮機24,25とを備えている。ここで、不活性ガスとしては、窒素や、アルゴン等の希ガスを用いることができる。尚、不活性ガスの供給源21に圧縮ガスを用いる場合、圧縮機24,25は省略することができる。
【0047】
第1タンク6及び第2タンク8のそれぞれへの不活性ガスの供給は、任意のタイミングで実施可能であり、不活性ガスを連続的に又は間欠的に供給してもよい。特に、レドックスフロー電池1の運転開始前に不活性ガスの供給を実施することが好ましい。また、不活性ガスの供給形態としては、第1電解液12及び第2電解液13にバブリングしてもよいし、第1タンク6及び第2タンク8内の気相中に供給してもよい。
【0048】
第1タンク6及び第2タンク8のそれぞれへ不活性ガスを供給することにより、第1電解液12及び第2電解液13中の活物質が酸素と接触して、意図しない酸化や副反応が生じるおそれを低減することができる。尚、
図3では、第1タンク6及び第2タンク8のそれぞれに不活性ガスを供給しているが、第1タンク6又は第2タンク8のいずれか一方のみに不活性ガスを供給してもよい。この形態に関し、第1電解液12又は第2電解液13のいずれか一方の活物質がキノン多量体又はヒドロキノン多量体である場合には、その一方の電解液を貯留するタンクに不活性ガスを供給することが好ましい。
【実施例】
【0049】
実施例1
化学式(VI)で表されるヒドロキノン5量体を製造する実施例を説明する。13.8gの1,4-ジメトキシベンゼンと9.3gのパラホルムアルデヒドとを200mlの1,2-ジクロロエタンに溶かし、ここに12.5mlの三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体を滴下し、室温で30分間撹拌した。反応溶液を1Lのメタノールで希釈し、析出物を濾過して粗生物を得た。この固体をクロロホルム-アセトン(80ml:80ml)で洗浄して生成し、17.6gの環状5量体を得た。洗浄溶媒の混入のため、収率(117%)は理論値を超えたが、そのまま次の反応に使用した。8.8gの環状5量体を375mlのクロロホルムに溶かし、1mol/Lの濃度の三臭化ホウ素の塩化メチレン溶液210mlを加えて反応させた。反応溶液を氷水に注いで反応を停止し、析出した固体を濾過し、0.5Nの塩酸、アセトン、クロロホルムで洗浄した。この際、アセトン、クロロホルムの洗液から薄茶色固体が析出し、これを濾過することで1.65gのヒドロキノン5量体を得た。収率は27%だった。
【0050】
このようにして得られたヒドロキノン5量体のサイクリックボルタモグラムを得た。測定は、作用電極としてΦ5mmのガラス状カーボンを用い、参照電極としてAg/AgCl(3M塩化ナトリウム水溶液)を用い、カウンター電極として白金ワイヤを用い、掃引速度を25mV/secとした。その結果を
図4に示す。この結果から、ヒドロキノン5量体の酸化還元電位は-0.75(V vs. SHE)であり、ヒドロキノン5量体の溶解度はヒドロキノンユニット当たり1.8Mであることから、レドックスフロー電池の活物質として十分な性能を示すことがわかった。
【0051】
上記各実施形態に記載の内容は、例えば以下のように把握される。
【0052】
[1]一の態様に係るレドックスフロー電池は、
隔膜(5)で仕切られた第1室(3)及び第2室(4)を有するセル(2)と、
第1電解液(12)を貯蔵する第1タンク(6)と、
前記第1室(3)と前記第1タンク(6)との間で前記第1電解液(12)を循環させる第1循環装置(第1ポンプ7)と、
第2電解液(13)を貯蔵する第2タンク(8)と、
前記第2室(4)と前記第2タンク(8)との間で前記第2電解液(13)を循環させる第2循環装置(第2ポンプ9)と
を備え、
前記第1電解液(12)及び前記第2電解液(13)にはそれぞれ活物質が含まれ、前記第1電解液(12)に含まれる前記活物質又は前記第2電解液(13)に含まれる前記活物質の少なくとも一方は、複数のキノンがアルキル鎖を介して結合したキノン多量体又は複数のヒドロキノンがアルキル鎖を介して結合したヒドロキノン多量体である。
【0053】
本開示のレドックスフロー電池によれば、キノン/ヒドロキノンの単量体よりも分子量の大きいキノン多量体/ヒドロキノン多量体を活物質として使用することにより、キノン/ヒドロキノンの単量体を活物質とした場合に比べてクロスオーバー現象の発生を抑制できるので、充放電サイクルの増加に伴う容量低下を抑制することができる。
【0054】
[2]別の態様に係るレドックスフロー電池は、[1]のレドックスフロー電池であって、
前記活物質は、複数のキノンが前記アルキル鎖を介して環状に結合した構造又は複数のヒドロキノンが前記アルキル鎖を介して環状に結合した構造を有している。
【0055】
このような構成によれば、活物質に末端が存在しないことにより、活物質を構成する各キノンユニット又は各ヒドロキノンユニットが等価になるので、活物質分子全体が均一に酸化還元することができる。
【0056】
[3]さらに別の態様に係るレドックスフロー電池は、[1]または[2]のレドックスフロー電池であって、
前記キノン多量体又は前記ヒドロキノン多量体の拡散係数は1×10-7cm2/sec以上である。
【0057】
キノン又はヒドロキノンの多量体化による分子量の増加によってクロスオーバー現象を抑制することができるものの、活物質の分子量が大きくなりすぎると、活物質の付着による隔膜イオンチャネルの閉塞や活物質の拡散係数の低下が原因となって抵抗が増大し、電流密度が低下するおそれがある。これに対し、上記[3]の構成によれば、活物質の拡散係数が1×10-7cm2/sec以上となるよう分子体積に上限を設けることにより、隔膜イオンチャネルの閉塞や拡散係数の低下に伴う抵抗の増大を抑制できるので、電流密度の低下を抑制することができる。
【0058】
[4]さらに別の態様に係るレドックスフロー電池は、[1]~[3]のいずれかのレドックスフロー電池であって、
前記キノン多量体を構成する各キノンは、二重結合によって酸素が結合する6員環を含み、
前記6員環を構成する炭素のうち、前記アルキル鎖が結合する炭素及び前記二重結合によって酸素が結合する炭素以外の少なくとも1つの炭素には、水素以外の元素又は官能基が結合している。
【0059】
充放電サイクルの増加に伴う容量低下の別の要因として、充放電及び熱による活物質の分解が考えられている。キノンの分解は、キノンの6員環を構成する炭素のうち、アルキル鎖が結合する炭素及び二重結合によって酸素が結合する炭素以外の炭素が、電解液中の求核剤(OH-)に対して反応することで進行するとされている。これに対し、上記[4]の構成によれば、電解液中の求核剤(OH-)に対する反応が抑制されるので、活物質の分解を抑制することができる。
【0060】
[5]さらに別の態様に係るレドックスフロー電池は、[1]~[3]のいずれかのレドックスフロー電池であって、
前記ヒドロキノン多量体を構成する各ヒドロキノンは、ヒドロキシ基が結合する6員環を含み、
前記6員環を構成する炭素のうち、前記アルキル鎖が結合する炭素及び前記ヒドロキシ基が結合する炭素以外の少なくとも1つの炭素には、水素以外の元素又は官能基が結合している。
【0061】
充放電サイクルの増加に伴う容量低下の別の要因として、充放電及び熱による活物質の分解が考えられている。ヒドロキノンの分解は、ヒドロキノンの6員環を構成する炭素のうち、アルキル鎖が結合する炭素及びヒドロキシ基が結合する炭素以外の炭素が、電解液中の求核剤(OH-)に対して反応することで進行するとされている。これに対し、上記[5]の構成によれば、電解液中の求核剤(OH-)に対する反応が抑制されるので、活物質の分解を抑制することができる。
【0062】
[6]さらに別の態様に係るレドックスフロー電池は、[1]~[5]のいずれかのレドックスフロー電池であって、
前記キノン多量体又は前記ヒドロキノン多量体は、少なくとも2種類のキノン又は少なくとも2種類のヒドロキノンを含む。
【0063】
このような構成によれば、キノン多量体又はヒドロキノン多量体が2種類以上のキノン又は2種類以上のヒドロキノンを含むことで、キノン多量体又はヒドロキノン多量体の物性を容易に調整することができる。
【0064】
[7]さらに別の態様に係るレドックスフロー電池は、[1]~[6]のいずれかのレドックスフロー電池であって、
前記アルキル鎖はメチレン基である。
【0065】
複数のキノン又は複数のヒドロキノンが直接結合した活物質では、各キノン又は各ヒドロキノンの共役が活物質分子全体に分散するのに対し、複数のキノン又は複数のヒドロキノンがアルキル鎖を介して結合した活物質では、アルキル鎖によって各キノン又は各ヒドロキノンの共役が分断されて、共役が活物質分子全体に広がらなくなる。前者の活物質では、分子全体に広がる共役により各キノン又は各ヒドロキノンの酸化還元反応が他のキノン又は他のヒドロキノンの酸化還元状態の影響を受けるが、後者の活物質では、共役が切れて各キノン又は各ヒドロキノンにおいて均一に酸化還元反応が生じるようになる。これにより、前者の活物質を使用した場合に比べて、後者の活物質を使用した場合の方が、電池性能が向上する。上記[6]の構成によれば、このような役割を果たすアルキル鎖が、最も分子量の小さいアルキル鎖であるメチレン基であることにより、活物質に含まれるキノンユニット又はヒドロキノンの数を増やしたときに、必要以上に分子量が大きくなり、拡散係数が低下しすぎることを抑制できる。
【0066】
[8]さらに別の態様に係るレドックスフロー電池は、[1]~[7]のいずれかのレドックスフロー電池であって、
前記第1タンク(6)又は前記第2タンク(8)の少なくとも一方に不活性ガスを供給する不活性ガス供給部(20)をさらに備える。
【0067】
このような構成によれば、酸素との接触による意図しない活物質の酸化・副反応を抑制することができる。
【符号の説明】
【0068】
1 レドックスフロー電池
2 セル
3 第1室
4 第2室
5 隔膜
6 第1タンク
7 第1ポンプ(第1循環装置)
8 第2タンク
9 第2ポンプ(第2循環装置)
12 第1電解液
13 第2電解液
20 不活性ガス供給部