(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-28
(45)【発行日】2023-12-06
(54)【発明の名称】熱物性測定装置の校正方法、校正プログラム、記憶媒体及び基準試料
(51)【国際特許分類】
G01N 25/18 20060101AFI20231129BHJP
【FI】
G01N25/18 J
(21)【出願番号】P 2022534131
(86)(22)【出願日】2021-07-02
(86)【国際出願番号】 JP2021025212
(87)【国際公開番号】W WO2022004888
(87)【国際公開日】2022-01-06
【審査請求日】2022-11-22
(31)【優先権主張番号】P 2020115150
(32)【優先日】2020-07-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000136941
【氏名又は名称】株式会社ベテル
(74)【代理人】
【識別番号】110002181
【氏名又は名称】弁理士法人IP-FOCUS
(74)【代理人】
【識別番号】100208959
【氏名又は名称】島田 敏史
(72)【発明者】
【氏名】森 猪一郎
(72)【発明者】
【氏名】粟野 孝昭
(72)【発明者】
【氏名】大槻 哲也
【審査官】福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-002688(JP,A)
【文献】特開昭55-065143(JP,A)
【文献】特開2002-236850(JP,A)
【文献】馬場 哲也 他,熱物性データの生産と利用の社会システム-レーザフラッシュ法による熱拡散率の計測技術・計測標準・標準化,シンセシオロジー,日本,2014年02月,Vol.7,No.1,PP.1-15
【文献】KHUU Vinh et al.,Considerations in the Use of the Laser Flash Method for Thermal Measurements of Thermal Interface Ma,IEEE TRANSACTIONS ON COMPONENTS,PACKAGING AND MANUFACTURING TECHNOLOGY,2011年07月,Vol.1,No.7,pp.1015-1028
【文献】小川 光惠,イットリア安定化ジルコニアの高温安定性,熱分析,2007年,Vol.21,No.1,pp.8-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 25/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基準温度における基準熱物性値を有する基準試料を用いて、熱物性測定装置の基準となる基準装置に対して、校正対象である対象装置の校正を行う熱物性測定装置の校正方法であって、
前記基準試料を前記基準温度となるように温度調節するステップと、
前記対象装置に前記基準試料を装着するステップと、
前記対象装置によって前記基準試料の熱物性値である対象熱物性値を測定するステップと、
前記基準試料の周囲温度である測定時温度を測定し、前記基準試料の前記測定時温度における修正熱物性値と、前記対象熱物性値との差を算出して前記対象装置における補正値を求めるステップと、を有する熱物性測定装置の校正方法。
【請求項2】
基準温度における基準熱物性値を有する基準試料を用いて、熱物性測定装置の基準となる基準装置に対して、校正対象である対象装置の校正を行う熱物性測定装置の校正方法であって、
前記基準試料を前記基準温度となるように温度調節するステップと、
前記対象装置に前記基準試料を装着するステップと、
前記対象装置によって前記基準試料の熱物性値である対象熱物性値を測定する際に、前記基準試料の周囲温度である測定時温度を測定するステップと、
前記測定時温度と前記基準温度に差がある場合、前記基準試料が前記基準温度となるように温度調節を行って前記対象熱物性値を測定するステップと、
前記対象熱物性値と前記基準熱物性値との差を算出して前記対象装置における補正値を求めるステップと、を有する熱物性測定装置の校正方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の熱物性測定装置の校正方法であって、
前記対象熱物性値を測定するステップを、異なる基準熱物性値を有する複数の基準試料で行い、
縦軸を前記対象熱物性値とし、横軸を前記基準熱物性値としたときに表れる点を近似直線関数で適正化した直線の値を前記対象熱物性値とするステップを有する熱物性測定装置の校正方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の熱物性測定装置の校正方法であって、
前記基準装置における測定方式と前記対象装置における測定方式が異なる場合に、
前記基準試料を異なる測定方式のすべてで測定可能な熱物性値を有する試料を用いて校正を行う熱物性測定装置の校正方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の熱物性測定装置の校正方法であって、
前記対象装置に対して、少なくとも埃、電磁波、又は振動のいずれかを低減させるノイズ防止処理を行うステップをさらに有する熱物性測定装置の校正方法。
【請求項6】
基準温度における基準熱物性値を有する基準試料を用いて、熱物性測定装置の基準となる基準装置に対して、校正対象である対象装置の校正を行う熱物性測定装置の校正方法を実行可能な校正プログラムであって、
前記対象装置で実行可能であり、
前記基準試料が装着された前記対象装置を作動させて、前記基準試料の熱物性値を測定して対象熱物性値を測定する際に前記基準試料の周囲温度である測定時温度を測定し、
前記基準試料の前記測定時温度における修正熱物性値と、前記対象熱物性値との差を算出して前記対象装置における補正値を求め、前記補正値を前記対象装置で使用可能とする校正プログラム。
【請求項7】
基準温度における基準熱物性値を有する基準試料を用いて、熱物性測定装置の基準となる基準装置に対して、校正対象である対象装置の校正を行う熱物性測定装置の校正方法を実行可能な校正プログラムであって、
前記対象装置で実行可能であり、
前記基準試料が装着された前記対象装置を作動させて、前記基準試料の熱物性値を測定して対象熱物性値を測定する際に前記基準試料の周囲温度である測定時温度を測定し、
前記測定時温度と前記基準温度に差がある場合、前記基準試料が前記基準温度となるように温度調節を行って前記対象熱物性値を測定し、
前記対象熱物性値と前記基準熱物性値との差を算出して前記対象装置における補正値を求め、前記補正値を前記対象装置で使用可能とする校正プログラム。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の校正プログラムが記憶された記憶媒体。
【請求項9】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の熱物性測定装置の校正方法に使用される基準試料であって、
縦軸を前記基準試料の厚さとし、横軸を前記基準試料の熱拡散率としたときに表れる点が、定常法、レーザフラッシュ法、及び周期加熱法で測定可能な領域が互いに重なる領域となる熱物性を有する素材である基準試料。
【請求項10】
前記素材がジルコニアセラミックである請求項9に記載の基準試料。
【請求項11】
請求項9又は10のいずれか1項に記載の基準試料であって、
少なくとも前記レーザフラッシュ法及び前記周期加熱法の測定を行う熱物性測定装置に装着可能であり、前記熱物性測定装置に装着した状態で熱物性の測定が可能な測定窓を備えたケースに収納された基準試料。
【請求項12】
前記ケースに前記基準試料の個体識別情報を含む情報が記憶された請求項11に記載の基準試料。
【請求項13】
前記ケースに、前記対象装置に装着される際の位置決めを行う位置決め部を備えた請求項11又は12に記載の基準試料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、校正の対象となる熱物性測定装置である対象装置について、基準となる熱物性測定装置に対する校正を行う校正方法、当該校正方法を実行するプログラム、当該プログラムを記憶した記憶媒体及び当該校正方法に用いられる基準試料に関する。
【背景技術】
【0002】
熱物性とは、物質における熱の伝わりやすさ等を示す物性値であり、具体的には、主に熱伝導率、熱拡散率、及び熱浸透率が該当する。熱伝導率は、定常法等で測定される。熱拡散率は、主に周期加熱法やレーザフラッシュ法で測定される。さらに、測定する試料の比熱と密度を測定することにより、熱拡散率や熱伝導率から熱浸透率を計算で導くことができる。
【0003】
試料の厚さ方向における熱伝導率の測定方法としては、定常法(JIS A1412-2、ISO 8301)が知られている。また、熱拡散率の測定方法としては、周期加熱法(JIS R7240、特許文献1)や、フラッシュ法(レーザフラッシュ法)(JIS R 1611、ISO 18755)が知られている。
【0004】
これらの熱物性値を測定する熱物性測定装置は、各装置において測定精度を向上させるために日々改良が進められており、それぞれ各測定値の精度や安定性が向上している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方で、熱物性測定装置による測定結果は、複数の熱物性測定装置の間で個体差があり、同一の試料の測定を行った場合でも、測定結果に差が出るおそれがある。また、同じ物性値、例えば熱拡散率を求める場合であっても、周期加熱法によって求めた値と、レーザフラッシュ法で求めた場合に、測定結果に差が出る場合がある。
【0007】
このように、熱物性値は、測定装置の個体差、又は測定方法の相違によって差が生じることがあり、その場合は、複数の熱物性測定装置の各利用者間の測定結果の相互交換や比較評価を正しく行うことができないという不都合がある。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑み、熱物性測定装置の校正方法等の改良を目的とし、複数の熱物性測定装置における個体差や測定方法の相違による測定結果の差が生じないように校正を行う校正方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の第1の態様の熱物性測定装置の校正方法は、基準温度における基準熱物性値を有する基準試料を用いて、熱物性測定装置の基準となる基準装置に対して、校正対象である対象装置の校正を行う熱物性測定装置の校正方法であって、前記基準試料を前記基準温度となるように温度調節するステップと、前記対象装置に前記基準試料を装着するステップと、前記対象装置によって前記基準試料の熱物性値である対象熱物性値を測定するステップと、前記基準試料の周囲温度である測定時温度を測定し、前記基準試料の前記測定時温度における修正熱物性値と、前記対象熱物性値との差を算出して前記対象装置における補正値を求めるステップと、を有する。
【0010】
通常は、基準試料を基準温度となるようにして対象熱物性値を測定するが、対象装置の状態によっては、基準試料が基準温度に保たれない場合がある。本発明の第1の態様の熱物性測定装置の校正方法では、対象熱物性値を測定するステップにおいて、基準試料の周囲温度である測定時温度を測定し、基準試料の測定時温度における修正熱物性値と、対象熱物性値との差を算出して対象装置における補正値を求めている。従って、対象熱物性値と比較されるのは、基準試料の基準温度における熱物性値ではなく、測定時温度における熱物性値であるため、補正値を正確に算出することができる。ここで、前記基準試料の周囲温度である測定時温度の測定は、対象熱物性値を測定するステップの前に行ってもよく、後に行ってもよい。
【0011】
次に、本発明の第2の態様の熱物性測定装置の校正方法は、基準温度における基準熱物性値を有する基準試料を用いて、熱物性測定装置の基準となる基準装置に対して、校正対象である対象装置の校正を行う熱物性測定装置の校正方法であって、前記基準試料を前記基準温度となるように温度調節するステップと、前記対象装置に前記基準試料を装着するステップと、前記対象装置によって前記基準試料の熱物性値である対象熱物性値を測定する際に、前記基準試料の周囲温度である測定時温度を測定するステップと、前記測定時温度と前記基準温度に差がある場合、前記基準試料が前記基準温度となるように温度調節を行って前記対象熱物性値を測定するステップと、前記対象熱物性値と前記基準熱物性値との差を算出して前記対象装置における補正値を求めるステップと、を有する。
【0012】
本発明の第2の態様の熱物性測定装置の校正方法によれば、測定時温度と基準温度に差がある場合、基準試料が基準温度となるように温度調節を行って対象熱物性値を測定するため、基準熱物性値と対象熱物性値から補正値を正確に算出することができる。
【0013】
また、本発明の熱物性測定装置の校正方法においては、前記対象熱物性値を測定するステップを、異なる基準熱物性値を有する複数の基準試料で行い、縦軸を前記対象熱物性値とし、横軸を前記基準熱物性値としたときに表れる点を近似直線関数で適正化した直線の値を前記対象熱物性値とするステップを有していてもよい。当該構成によれば、複数の基準熱物性値と複数の対象熱物性値で補正値が求められるので、対象装置の特性を、より基準装置の特性に近づけることができる。
【0014】
また、本発明の熱物性測定装置の校正方法においては、前記基準装置における測定方式と前記対象装置における測定方式が異なる場合に、前記基準試料を異なる測定方式のすべてで測定可能な熱物性値を有する試料を用いて校正を行ってもよい。当該構成によれば、測定方法の相違による熱物性値の誤差を正確に校正することができる。
【0015】
また、本発明の熱物性測定装置の校正方法においては、前記対象装置に対して、少なくとも埃、電磁波、又は振動のいずれかを低減させるノイズ防止処理を行うステップをさらに有していてもよい。対象装置の校正を行う際に、対象装置又は基準試料に埃等が付着すると、熱物性値に誤差が生じるおそれがある。従って、例えば、対象装置自体に防塵カバー等を装着するか、基準試料に防塵カバー等を装着し、或いは電磁波や振動を低減させるノイズ防止処理をすることで、対象装置において正確な熱物性値を測定することができる。
【0016】
また、本発明の第1の態様の熱物性測定装置の校正方法を実行可能な校正プログラムは、基準温度における基準熱物性値を有する基準試料を用いて、熱物性測定装置の基準となる基準装置に対して、校正対象である対象装置の校正を行う熱物性測定装置の校正方法を実行可能な校正プログラムであって、前記対象装置で実行可能であり、前記基準試料が装着された前記対象装置を作動させて、前記基準試料の熱物性値を測定して対象熱物性値を測定する際に前記基準試料の周囲温度である測定時温度を測定し、前記基準試料の前記測定時温度における修正熱物性値と、前記対象熱物性値との差を算出して前記対象装置における補正値を求め、前記補正値を前記対象装置で使用可能とする校正プログラムである。
【0017】
また、本発明の第2の態様の熱物性測定装置の校正方法を実行可能な校正プログラムは、基準温度における基準熱物性値を有する基準試料を用いて、熱物性測定装置の基準となる基準装置に対して、校正対象である対象装置の校正を行う熱物性測定装置の校正方法を実行可能な校正プログラムであって、前記対象装置で実行可能であり、前記基準試料が装着された前記対象装置を作動させて、前記基準試料の熱物性値を測定して対象熱物性値を測定する際に前記基準試料の周囲温度である測定時温度を測定し、前記測定時温度と前記基準温度に差がある場合、前記基準試料が前記基準温度となるように温度調節を行って前記対象熱物性値を測定し、前記対象熱物性値と前記基準熱物性値との差を算出して前記対象装置における補正値を求め、前記補正値を前記対象装置で使用可能とする校正プログラムである。
【0018】
第1及び第2の校正プログラムは、対象装置やサーバ等にインストールされていてもよく、ネットワーク上で送受信されてもよく、CDロム、DVDロム、或いはフラッシュメモリ等の記憶媒体に記憶されていてもよい。
【0019】
また、本発明の熱物性測定装置の校正方法に使用される基準試料は、縦軸を前記基準試料の厚さとし、横軸を前記基準試料の熱拡散率としたときに表れる点が、定常法、レーザフラッシュ法、及び周期加熱法で測定可能な領域が互いに重なる領域となる熱物性を有する素材が用いられる。当該素材としては、ジルコニアセラミックを用いることができる。
【0020】
本発明の基準試料によれば、定常法、レーザフラッシュ法、及び周期加熱法のいずれの方式でも熱物性値を測定することが可能となる。従って、これらの測定法であって異なった測定法の測定を行う熱物性測定装置において、相互に校正を行うことができる。
【0021】
また、本発明の基準試料においては、少なくとも前記レーザフラッシュ法及び前記周期加熱法の測定を行う熱物性測定装置に装着可能であり、前記熱物性測定装置に装着した状態で熱物性の測定が可能な測定窓を備えたケースに収納されていてもよい。当該構成によれば、少なくともレーザフラッシュ法及び周期加熱法の測定を行う際に、基準試料をケースに収納した状態で測定を行うことができる。
【0022】
また、本発明の基準試料においては、前記ケースに前記基準試料の個体識別情報を含む情報が記憶されていてもよい。当該構成によれば、ケースに基準試料の個体識別情報が記憶されているので、校正方法の実行の際の測定ミスを防ぐことができる。
【0023】
また、本発明の基準試料においては、前記ケースに、前記対象装置に装着される際の位置決めを行う位置決め部を備えていてもよい。基準試料には、試料の方向によって熱物性値が異なるものがあるが、当該位置決め部を備えることで、対象装置に対して基準試料を常に正しい方向で装着することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】基準装置、複数の対象装置及びサーバがネットワークに接続された状態を示す説明図。
【
図2】基準装置及び対象装置の機能的構成を示す説明図。
【
図3】縦軸を基準試料の厚さとし、横軸を基準試料の熱拡散率としたグラフ。
【
図5】縦軸を対象装置の熱拡散率とし、横軸を基準装置の熱拡散率としたグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0025】
次に、
図1~
図6を参照して、本発明の実施形態である熱物性測定装置の校正方法、プログラム及び基準試料について説明する。
図1は、本発明の校正方法で使用される熱物性測定装置である基準装置1と、複数の校正対象である対象装置20(20a~20d)と、サーバ2がネットワーク3に接続された状態を示す説明図である。本実施形態においては、サーバ2内に本発明の校正方法を実行するためのプログラムが記憶されている。このプログラムは、サーバ2内のハードディスク等の記憶媒体に記憶され、サーバ2或いは対象装置20において実行可能である。
【0026】
図1を参照して、ネットワーク3は、インターネット、イントラネット、或いは電話回線網等を含むものであり、その形式は特に限定されない。ネットワーク3には、1台の基準装置1と、複数台の対象装置20が接続されている。この各装置間の接続は、有線であってもよく無線であってもよい。また、本実施形態では、基準装置1と対象装置20がネットワーク3で接続されている場合について説明しているが、各装置がネットワーク3に接続せず、独立した状態であってもよい。
【0027】
図2を参照して、本発明の校正方法で使用される基準装置1及び対象装置20について説明する。本実施形態においては、基準装置1及び対象装置20は、基本的に同じ構成を備えた熱物性測定装置である。熱物性測定装置としては、例えば、測定方式として、周期加熱法(レーザ周期加熱法)により熱拡散率を測定する熱拡散率測定装置、レーザフラッシュ法により熱拡散率を測定する熱拡散率測定装置、或いは定常法により熱伝導率を測定する熱伝導率測定装置等が該当する。ここでは、周期加熱法により熱拡散率を測定する熱拡散率測定装置であるサーモウェーブアナライザ(株式会社ベテル製)を例にして説明する。
【0028】
図2に示すように、基準装置1は、基準試料4等の測定対象物を保持するホルダ5と、測定対象物を加熱する加熱部6と、測定対象物の熱を検出する熱センサ7と、基準装置1の制御を行う制御部8を備えている。制御部8は、加熱部6によって測定対象物の温度制御を行う温度制御部9と、基準装置1の制御のための各種データを記憶している記憶部10と、熱センサ7からの信号を用いて演算を行う演算部11を備えている。
【0029】
加熱部6は、本実施形態ではダイオードレーザを備えたレーザ装置を用いている。熱センサ7は、加熱された測定対象物(基準試料4等)から放射される熱エネルギーを温度に換算し、温度分布として画像表示する赤外線サーモグラフィを用いている。
【0030】
制御部8における温度制御部9、及び演算部11は、基準装置1に内蔵され、或いは外部から接続されたコンピュータと、コンピュータにインストールされたプログラム(ソフトウエア)によって構成される。このコンピュータは、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、ハードディスク、各種インターフェース等から構成されている。記憶部10は、RAM、ROM、ハードディスク等の記憶デバイスによって構成される。なお、サーバ2についても、CPU等を有するコンピュータと、各種通信装置等を備えている。
【0031】
対象装置20は、基準装置1と同様に、ホルダ22、加熱部23、熱センサ24、制御部25、温度制御部26、記憶部27、及び演算部28を備えている。
図2に記載された追加温度制御部29は、本実施形態の校正方法での校正の際に用いられる装置である。追加温度制御部29は、対象装置20に装着された測定対象物の温度を検知する温度センサ30と、測定対象物の周囲の温度を制御する温度制御部31を備えている。この温度制御部31は、ペルチェ冷却素子とヒータ(図示省略)を備えており、測定対象物の周囲の温度を制御して、測定対象物の温度を制御することができる。
【0032】
また、本実施形態においては、対象装置20の加熱部23、基準試料4、ホルダ22、及び熱センサ24の周囲をノイズ防止パネル32で囲い、ノイズ防止処理を行っている。このノイズ防止パネル32は、埃を遮断する他、外部からの振動や電磁波を低減できる機能を有している。
【0033】
次に、本実施形態の熱物性測定装置の校正方法で用いられる基準試料4及び基準試料用のケース40について、
図3及び
図4を参照して説明する。
図3は、縦軸を基準試料4の厚さとし、横軸を基準試料4の熱拡散率としたグラフである。
図4は、基準試料4と、この基準試料4の周囲を囲むケース40を示す説明図である。
【0034】
基準試料4は、基準温度で基準熱物性値を有する試料である。例えば、基準温度である25℃で熱拡散率が1000mm2/sとなる部材である。基準試料4は、本実施形態では平面視で正方形に形成され、厚さは30μmに形成されている。
【0035】
また、本実施形態において、基準試料4は、
図3に示すように、縦軸を基準試料4の厚さとし、横軸を基準試料4の熱拡散率としたグラフに表される定常法の測定可能領域A、レーザフラッシュ法の測定可能領域B、及び周期加熱法の測定可能領域Cが互いに重なる領域に合致する素材を用いている(
図3中の符号D)。本実施形態においては、基準試料4の素材として、ジルコニアセラミックを用いている。
【0036】
基準試料4を保護するケース40は、各種の熱物性測定装置に装着可能なケースである。本実施形態では、
図4に示すように、ケース40は、金属製の線材により格子状に形成されたガード部41と、ガード部41を保持して基準試料4に当接するスペーサ42とを備えている。本実施形態のケース40は、上記構成となっているので、線材の箇所以外が測定可能な測定窓43となっており、加熱部23によって基準試料4を全体的に加熱することが可能となる。
【0037】
また、本実施形態においては、スペーサ42に、記憶部44が設けられている。この記憶部44は、内部に保持された測定対象物である基準試料4の個体識別情報を含む情報が記憶されている。本実施形態においては、ケース40に基準試料4を収納した状態で、対象装置20のホルダ22に装着すると、ホルダ22に設けられているインターフェース(図示省略)に接続され、対象装置20に基準試料4の個体識別情報を読み取り可能となっている。基準試料4の個体識別情報としては、基準試料の材質、基準温度時の熱物性値等が挙げられる。
【0038】
次に、校正前の対象装置20における熱物性測定方法について説明する。対象装置20が通常の状態で使用される際には、
図2に示す追加温度制御部29は対象装置20に装着されていない状態となる。
【0039】
この状態で、対象装置20を用いて基準試料4の熱物性値の測定を行う場合は、まず、基準試料4が基準温度である25℃になるように温度調整される。次に、この基準試料4を対象装置20のホルダ22に装着する。次に、基準試料4を加熱部23によって加熱し、熱センサ24により検出された熱信号を演算部28によって演算し、熱拡散率を算出測定する。具体的な熱拡散率の測定については、特許文献1や、装置の取扱説明書等に記載されており周知であるため、ここでは詳細な説明は省略する。
【0040】
ここで、基準装置1と対象装置20との間に個体差がある場合、基準装置1によって測定された熱拡散率の値と、対象装置20によって測定された熱拡散率の値に差が生じる。
【0041】
次に、本発明の第1の実施形態の熱物性測定装置の校正方法について、
図1~
図6を参照して説明する。第1の実施形態の校正方法では、基準装置1と対象装置20との間に個体差によって生じる熱拡散率の値の差を補正し、基準装置1と対象装置20との個体差を解消し、対象装置20で測定した測定結果である対象熱物性値が、基準装置1で測定した基準熱物性値と同一になるように校正を行う。
【0042】
本発明の第1の実施形態の校正方法は、主にサーバ2にインストールされた校正プログラムによって実行され、以下のステップで行われる。まず、基準試料4の温度が基準温度である25℃になるように温度調節を行う(STEP1)。具体的には、基準試料4をケース40に収納された状態で、恒温装置等を用いて基準温度に保つようにする。
【0043】
次に、校正を行う作業者が対象装置20に基準試料4を装着する(STEP2)。本実施形態では、周期加熱法で熱物性の測定を行う測定器であるため、基準試料4はケース40に収納された状態でホルダ22に装着される。このとき、ケース40に設けられた記憶部44に記憶された基準試料4の個体識別情報が対象装置20に読み込まれる。
【0044】
次に、作業者が、対象装置20の加熱部23、基準試料4、ホルダ22、及び熱センサ24の周囲をノイズ防止パネル32で囲い、ノイズ防止処理を行う(STEP3)。このノイズ防止処理は、対象装置20の外側全体をノイズ防止パネルで囲うようにしてもよい(図示省略)。
【0045】
次に、本発明の校正プログラムが対象装置20を作動させて、基準試料4の熱物性値である対象熱物性値を測定する(STEP4)。具体的には、温度制御部26が、加熱部23のダイオードレーザを作動させて基準試料4を加熱し、熱センサ24によって基準試料4の裏面の熱エネルギーを検出し、熱センサ24により検出された熱信号を演算部28によって演算し、対象熱物性値(熱拡散率)を算出測定する。
【0046】
このとき、追加温度制御部29の温度センサ30によって、基準試料4の周囲温度である測定時温度を測定する(STEP5)。本実施形態では、周囲温度である測定時温度として、ホルダ22の温度を測定している。この周囲温度としては、例えば、基準試料4の雰囲気温度、ケース40の温度、その他基準試料4の周囲にある部材や空間の温度が挙げられる。
【0047】
この測定時温度が基準温度と異なる場合は、基準試料4の熱物性値が基準温度における基準熱物性値とは異なることになる。ここで、本発明の校正プログラムでは、基準試料4の前記測定時温度における熱物性値である修正熱物性値を読み出す。この修正熱物性値は、サーバ2内に記憶されているか、或いはケース40の記憶部44に記憶されているか、基準装置1で測定した温度と熱物性値のデータテーブルから読み出される。この修正熱物性値は、記憶部27にロードして使用する場合もある。
【0048】
次に、本発明の校正プログラムは、対象熱物性値と修正熱物性値との差を算出して、対象装置20における補正値を求める(STEP6)。対象熱物性値は測定時温度における熱物性値であり、修正熱物性値も測定時温度と同一の温度における基準試料4の熱物性値である。このため、対象熱物性値と修正熱物性値との差を算出し、この差を解消するような補正値(又は関数)を算出し、対象装置20で使用可能とすることにより、正確に対象装置20の校正を行うことができる。
【0049】
例えば、対象熱物性値が、修正熱物性値に対して10%マイナスとなっている場合、このマイナス10%の値を、基準熱物性値と同一の値に補正するための数値(又は関数)が補正値となる。このように、上記校正方法により、対象装置20は、基準装置1と同様の特性を有する装置となる。従って、複数の対象装置20(
図1における20a~20d)が存在する場合であっても、各対象装置20a~20dの間で測定データの誤差がなくなるので、測定データの共有や比較が容易となる。
【0050】
次に、本発明の第2の実施形態の校正方法について説明する。第2の実施形態の校正方法では、測定時温度と基準温度とが異なる場合、測定時温度が基準温度と同一となるように基準試料4の温度制御を行う点が上記第1の実施形態と異なっている。
【0051】
第2の実施形態の校正方法においても、第1の実施形態と同様に、基準試料4の温度が基準温度である25℃になるように温度調節を行い(STEP1)、対象装置20に基準試料4を装着し(STEP2)、ノイズ防止処理を行った上で(STEP3)、対象装置20を作動させて基準試料4の熱物性値である対象熱物性値を測定し(STEP4)、追加温度制御部29の温度センサ30によって、基準試料4の周囲温度である測定時温度を測定する(STEP5)。
【0052】
第2の実施形態の校正方法において、測定時温度が基準温度と異なる場合は、測定時温度が基準温度と同一となるように制御を行う(STEP7)。具体的には、測定時温度が基準温度よりも低い場合、温度制御部31によって基準試料4の周囲を加温して、基準試料4の周囲の温度が基準温度である25℃となるように制御する。逆に、基準試料4の測定時温度が基準温度よりも高い場合は、温度制御部31によって基準試料4の周囲を冷却する。
【0053】
このSTEP7によって、温度センサ30により検出される温度が基準温度と同一の温度となって安定した後、校正プログラムは、対象熱物性値と基準熱物性値との差を算出して、対象装置20における補正値を求める(STEP8)。この場合、対象熱物性値及び基準熱物性値は、共に基準温度における熱物性値であるため、両者の差が基準装置1と対象装置20の個体差となる。
【0054】
校正プログラムは、対象熱物性値が基準熱物性値と同一となるような補正値を求め、この補正値を記憶部27に記憶させる。これにより、当該補正値は対象装置20で使用可能となる。例えば、対象熱物性値が、基準熱物性値に対して10%マイナスとなっている場合、このマイナス10%の値を、基準熱物性値と同一の値に補正するための数値(又は関数)が補正値となる。
【0055】
また、第1及び第2の実施形態の校正方法によれば、基準装置1と対象装置20の測定方式が異なる場合であっても、基準試料4が、測定方式の異なる方式のいずれにも対応可能であるため、各測定方式の対象装置20において、上記実施形態と同様の流れで校正を行うことができる。
【0056】
また、第1及び第2の実施形態の校正方法において、対象装置20の加熱部23の加熱エネルギー量と、基準装置1の加熱部6の加熱エネルギー量とを比較し、両者に差があれば、対象装置20の加熱部23の加熱エネルギー量を、基準装置1と同様に制御するようにしてもよい。これにより、校正の際の基準試料4の温度変化特性についても基準装置1と同様に制御することができ、基準装置1と対象装置20の個体差をさらに減少させることができる。
【0057】
また、上記各実施形態の校正方法において、補正値を求めるステップを複数回行い、得られた複数の補正値を平均化するようにしてもよい。これにより、より正確な補正値を得ることができる。
【0058】
その際、得られた対象熱物性値又は補正値について、予め適正範囲を定めておき、この適正範囲を超えた値が検出された際に、その値をノイズとして除去するようにしてもよい。熱物性測定装置による測定の際には、外乱要因により不適切な値が得られる場合があるが、このように各値について適正範囲を定めておくことで、外来要因によるノイズを除去することができる。
【0059】
次に、上記各実施形態の校正方法について、異なる基準熱物性値を有する複数の基準試料4を用いて行う場合について説明する。例えば、基準試料4の素材をグラファイトシートとし、基準熱物性値がそれぞれ800、900、及び1000mm2/sの熱拡散率を有する3枚の基準試料4を用いる。
【0060】
これらの3枚の基準試料4を用いて対象熱物性値を求め、縦軸を対象熱物性値(対象装置20で求められた熱拡散率)とし、横軸を基準熱物性値(基準装置1で求められた熱拡散率)としてグラフに表すと、
図5の通りとなる。ここで、
図5に表れる3つの点を用いて、近似直線関数で適正化した直線を引くと、符号Lの直線となる。この符号Lで表された直線の値から対象熱物性値を導き出すことで、より対象装置20の特性を基準装置1の特性に近づけることができる。なお、近似直線関数での最適化は、最小二乗法による直線回帰等、周知の手法で行うことができる。
【0061】
上記実施形態の校正方法を、
図1に示す複数台の対象装置20a~20dに実施することにより、サーバ2には各対象装置20の補正値等のデータを蓄積することができる。また、上記実施形態の校正方法を、各対象装置20a~20dについて定期的に実施することもできる。このように定期的に校正方法の実施を行うことにより、各対象装置20a~20dの経時的な特性の変化も管理者側で把握することができる。従って、各対象装置20a~20dのいずれかの装置に故障が発生しそうな状況となった場合に、事前に修理等の対応を行うことができる。
【0062】
次に、ケース40の変形例について
図6を参照して説明する。
図6に示すように、ケース45は、金属製の本体が基準試料4のほぼ全面を覆うものであり、中央の一部に円形の測定窓46を設けた形状となっている。
図6はケース45の表面を表しているが、裏面も同様に測定窓46が形成されている。
【0063】
熱物性測定装置が周期加熱方式で測定を行う装置の場合、基準試料4の加熱点及び測定点は点であるため、このような形状のケースが基準試料4の保護のために適している。また、ケース45の表面には、基準試料4の個体識別情報が記録された二次元コード47を設けてもよい。さらに、RFIDタグ等を用いて無線で個体識別情報を取得可能としてもよい。
【0064】
また、
図6に示すように、ケース45に対象装置20のホルダ22に設けられた位置決め突起(図示省略)に対応し、ケース45のホルダ22に対する位置決めを行う位置決め凹部48(位置決め部)を設けてもよい。熱物性値の測定対象物がグラファイトシートのような素材であるときは、試料の縦方向と横方向で特性が異なる場合が多い。このような場合、基準試料4をホルダ22に装着する際に、基準試料4の縦横を常に一定にする必要がある。
【0065】
本実施形態では、ケース45にこのような位置決め凹部48を設けることで、ホルダ22に対して常に正しい方向に基準試料4を装着することができる。このため、特に周期加熱法を用いて熱物性値の測定を行う熱物性測定装置に対して好適である。この位置決め凹部48は突起としてもよく、
図4におけるケース40の場合は、ガード部41を位置決めに用いてもよい。
【0066】
なお、上記各実施形態における校正プログラムは、サーバ2内にインストールしているが、これに限らず、フラッシュメモリ等の記憶媒体に記憶させ、校正を行う対象装置20に直接インストールするようにしてもよい。また、上記各実施形態においては、ノイズ防止処理を行っているが、対象装置20がクリーンルーム等、埃等が問題とならない環境に設置されている場合は、ノイズ防止処理は不要となる。
【符号の説明】
【0067】
1…基準装置、2…サーバ、3…ネットワーク、4…基準試料、5…ホルダ、6…加熱部、7…熱センサ、8…制御部、9…温度制御部、10…記憶部、11…演算部、20…対象装置、22…ホルダ、23…加熱部、24…熱センサ、25…制御部、26…温度制御部、27…記憶部、28…演算部、29…追加温度制御部、30…温度センサ、31…温度制御部、32…ノイズ防止パネル、40…ケース、41…ガード部、42…スペーサ、43…測定窓、44…記憶部、45…ケース、46…測定窓、47…二次元コード、48…位置決め凹部。