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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-28
(45)【発行日】2023-12-06
(54)【発明の名称】水電解用電極とその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/053 20210101AFI20231129BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20231129BHJP
   C25B 11/061 20210101ALI20231129BHJP
   C25B 11/063 20210101ALI20231129BHJP
   C25B 11/065 20210101ALI20231129BHJP
   C25B 11/077 20210101ALI20231129BHJP
   C25B 11/089 20210101ALI20231129BHJP
   C25B 11/091 20210101ALI20231129BHJP
   C25D 5/10 20060101ALI20231129BHJP
   C25D 5/16 20060101ALI20231129BHJP
   C25D 9/08 20060101ALI20231129BHJP
   C25D 21/12 20060101ALI20231129BHJP
【FI】
C25B11/053
C25B1/04
C25B11/061
C25B11/063
C25B11/065
C25B11/077
C25B11/089
C25B11/091
C25D5/10
C25D5/16
C25D9/08
C25D21/12 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023104551
(22)【出願日】2023-06-26
【審査請求日】2023-07-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第59回化学関連支部合同九州大会、令和4年7月2日開催(資料1参照) 第59回化学関連支部合同九州大会予稿集第77頁、日本農芸化学会西日本支部、令和4年7月2日発行(資料2参照) 2022年電気化学会秋季大会、令和4年9月8日開催(資料3参照) 2022年電気化学会秋季大会予稿集公開ウェブサイト、令和4年9月1日~9日掲載、https://www.electrochem.jp/abstracts/(資料4参照)
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、実施許諾の用意がある。
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】509164164
【氏名又は名称】地方独立行政法人山口県産業技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100111132
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 浩
(72)【発明者】
【氏名】中邑 敦博
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第112626552(CN,A)
【文献】"Accelerating the Electrocatalytic Performance of NiFe-LDH via Sn Doping toward the Water Oxidation Reaction under Alkaline Condition",Inorganic Chemistry,2022年,Vol.61, No.42,p.16895-16904
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 11/00-11/097
C25D 5/00-7/12
C25D 9/08
C25D 21/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性基材の表面に、NiがSn及びFeと複合した複合酸化物である第一析出物を直接接合し、その第一析出物の表面に複合酸化物である第二析出物を直接接合して成り、前記第一析出物の組成は、Ni、Sn、及びFeの合計を100at%(原子数%)としたとき、Snが8~77at%であり、Fe/Niの割合が0.01~4at%の範囲であり、前記第二析出物の組成は、Ni、Sn、Fe及び酸素の合計を100at%(原子数%)としたとき、Snが0.1~33at%、Fe/Niの割合が9.93~49.19at%の範囲であり、酸素が5~49at%の範囲であり、前記第一析出物は、主幹となる柱状の一次アームから側枝となる柱状の二次アームが、不規則方向に成長している樹枝状構造又は柱状構造からなることを特徴とする水電解用電極。
【請求項2】
導電性基材の表面に、NiがSn、Fe及びCoと複合した複合酸化物である第一析出物を直接接合し、その第一析出物の表面に複合酸化物である第二析出物を直接接合して成り、前記第一析出物の組成は、Ni、Sn、Co及びFeの合計を100at%(原子数%)としたとき、Snが8~77at%、Coが0~23at%(0を含まず)の範囲であり、Fe/Niの割合が0.01~4at%の範囲であり、前記第二析出物の組成は、Ni、Sn、Co、Fe及び酸素の合計を100at%(原子数%)としたとき、Snが0.1~33at%、Coが0~70at%(0を含まず)の範囲であり、Fe/Niの割合が9.93~49.19at%の範囲であり、酸素が5~49at%の範囲であり、前記第一析出物は、主幹となる柱状の一次アームから側枝となる柱状の二次アームが、不規則方向に成長している樹枝状構造又は柱状構造からなることを特徴とする水電解用電極。
【請求項3】
前記導電性基材は、Al、Ni、カーボン、Cu、Ti、ステンレスのいずれか1つで構成されることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の水電解用電極。
【請求項4】
導電性基材上に前駆体として、NiCl、SnCl及びFeClを含む塩化物塩を湿式成膜法によって配置する工程と、
前記湿式成膜法によってNiがSn及びFeと複合した複合酸化物であり、その組成は、Ni、Sn及びFeの合計を100at%(原子数%)としたとき、Snが8~77at%であり、Fe/Niの割合が0.01~4at%の範囲である第一析出物であって、主幹となる柱状の一次アームから側枝となる柱状の二次アームが、不規則方向に成長している樹枝状構造又は柱状構造からなる前記第一析出物を析出させて直接接合させる第1の成膜工程と、
前記湿式成膜法によって前記第一析出物の表面に複合酸化物であり、その組成は、Ni、Sn、Fe及び酸素の合計を100at%(原子数%)としたとき、Snが0.1~33at%、Fe/Niの割合が9.93~49.19at%の範囲であり、酸素が5~49at%の範囲である第二析出物を直接接合させる第2の成膜工程と、
を有し、前記第1及び第2の成膜工程におけるめっき浴の温度を50℃、pHを8、めっき電流密度を40~2000mA/cmに制御することを特徴とする水電解用電極の製造方法。
【請求項5】
導電性基材上に前駆体として、NiCl、SnCl 、CoCl 及びFeClを含む塩化物塩を湿式成膜法によって配置する工程と、
前記湿式成膜法によってNiがSn、Co及びFeと複合した複合酸化物であり、その組成は、Ni、Sn、Co及びFeの合計を100at%(原子数%)としたとき、Snが8~77at%、Coが0~23at%(0を含まず)の範囲であり、Fe/Niの割合が0.01~4at%の範囲である第一析出物であって、主幹となる柱状の一次アームから側枝となる柱状の二次アームが、不規則方向に成長している樹枝状構造又は柱状構造からなる前記第一析出物を析出させて直接接合させる第1の成膜工程と、
前記湿式成膜法によって前記第一析出物の表面に複合酸化物であり、その組成は、Ni、Sn、Co、Fe及び酸素の合計を100at%(原子数%)としたとき、Snが0.1~33at%、Coが0~70at%(0を含まず)の範囲であり、Fe/Niの割合が9.93~49.19at%の範囲であり、酸素が5~49at%の範囲である第二析出物を直接接合させる第2の成膜工程と、
を有し、前記第1及び第2の成膜工程におけるめっき浴の温度を50℃、pHを8、めっき電流密度を40~2000mA/cmに制御することを特徴とする水電解用電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水の電気分解による水素等の電解製造に用いる電極に関し、特に、非貴金属で高い触媒活性及び高耐久性を有した水電解用電極及びその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、化石燃料の枯渇が問題視される中、クリーンでかつ、持続可能な代替エネルギー源を探すことが急務とされている。この問題の解決策として、水素キャリア社会の実現が挙げられる。水素キャリア社会では、水電解を通してCO(二酸化炭素)を排出しない水素を生産し、その水素をエネルギーが必要な際に、燃料電池等を用いエネルギーへと変換することができる。すなわち、水素自身が新たなエネルギー媒体となる。炭素社会から脱却できるこの水素キャリア社会を構築するため、現在、世界中で水素燃料の生産コストを削減する努力がなされている。水素生産コスト削減のため、中でも、水電解で使用される電極の性能を上げることがキーテクノロジーとされている。
【0003】
現在、水素キャリア社会実現のために国が示している水素基本戦略では、水素製造コストの単価を20円/[Nm]以下に抑えることを目標として掲げている。水素製造コストには水電解装置の運転に関する設備費、維持費、人件費等、が考慮されているが、中でも電気代が大きく寄与するとされている。できるだけ、安価で水素を製造するためには、水の電解反応を生じさせるための電気代を如何に節約するかが問われ、本発明のような電極の高機能化が重要視される。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では水電解においてセル電流密度600[mA/cm]にて1.8[V]以下の電解電圧となるようなセルの構築を目標として掲げており、この値を目標に電極開発がなされている。
【0004】
特に、水電解の性能を上げることにおけるボトルネックは、水電解装置の陰極で行われる水素発生反応及び陽極で行われるOER(Oxygen evolution reaction:酸素発生反応)である。両反応は多段階反応であり、本質的に遅い反応速度を有することが知られているが、特にOERは4つのプロトン共役電子移動が含まれているため、陽極の高効率化が求められている。これら問題点から、水電解を商用運転させるとなると、Pt(白金)、 Ru(ルテニウム)及びIr(イリジウム)ベースの酸化物などの貴金属系の電極を使用しているのが現状である。しかしながら、これらの電極はコストが高く、希少性があり、耐久性が低いなどの欠点により、大規模な使用が大幅に制限されている。
そこで、安価な触媒金属としてNi(ニッケル)やCo(コバルト)等の非貴金属が広く用いられてきた。そして、特許文献1では、「溶解性電極触媒」という名称でNiにSn(スズ)を複合させた非貴金属のNi-Sn複合膜に関する発明が開示されている。この発明では、水素発生反応(2H+2e-=H)を伴う陰極として使用した際、電解中にSnが選択的に溶解し、電解時間が増すごとにつれ、電極表面の表面積が増大し、活性が維持されるという機能を発揮することができる。
また、他にも例えば、Ni、Fe(鉄)、Coの酸化物、水酸化物、LDH(Layered Double Hydroxide:層状複水酸化物)等の構造を有した複合酸化物が挙げられる。
例えば、非特許文献1では、ナフィオンを高分子バインダーとして用い、触媒と混合した後、電極として評価する技術が開示されている。
さらに、高分子バインダーを用いず、基材と複合酸化物あるいは複合酸化物同士を直接接合させる方法としては、電析法が挙げられる。
例えば、非特許文献2~4ではNi、Sn、Feの前駆体を含んだ浴中において電流密度20[mA/cm]で触媒を合成する技術が開示されている。また、非特許文献5では、Ni、Sn、Coの前駆体を含んだ浴中において電流密度50[mA/cm]で触媒を合成する技術が開示されている。
更には、非特許文献6では異なる電析電位(-0.70V~0.90V vs. SCE(Saturated Calomel Electrode:飽和カロメル電極))で触媒を合成する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-117041号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Facile Synthesis of Nickel-Iron/Nanocarbon Hybrids as Advanced Electrocatalysts for Efficient Water SplittingXing Zhang, Haomin Xu, Xiaoxiao Li, Yanyan Li, Tingbin Yang, and Yongye Liang ACS Catalysis 2016, 6, 580-588.
【文献】Electrodeposition of self-supported Ni-Fe-Sn film on Ni foam: An efficient electrocatalyst for oxygen evolution reactionYihui Wu, Ying Gao, Hanwei He, Ping Zhang Electrochimica Acta 301 (2019) 39-46.
【文献】One-step electrodeposition synthesis of a ni-fe-sn electrode for hydrogen production in alkaline solutionJi-Qiong Lian, Yi-Hui Wu, Hou-An Zhang, Si-Yong Gu, Ying Chen, Ji-Dong Ma, Yan-Ling Hu Materials Letters 227(2018)124-127.
【文献】One-step electrodeposition of cauliflower-like Ni-Fe-Sn particles as a highly-efficient electrocatalyst for the hydrogen evolution reactionHua Zhang, Fajun Li, Shuai Ji, Jing Yang, Chengdu Zhang, Fei Yang, Lixu Lei International Journal of Hydrogen Energy 45 (2020) 24615-24625.
【文献】Electrodeposited Ni-Co-Sn alloy as a highly efficient electrocatalyst for water splittingYuchan Liu, Hongxia Lu, Xinli Kou International Journal of Hydrogen Energy 44 (2019) 8099-8108.
【文献】Potentiostatic electrodeposited of Ni-Fe-Sn on Ni foam served as an excellent electrocatalyst for hydrogen evolution reactionYihui Wu, Yuan Zhang, Yuxin Wang, Zhen He, Zhengjian Gu, Shuochao YouInternational Journal of Hydrogen Energy 46 (2021) 29930-26939.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示される発明では、酸素発生反応(4OH-=2HO+O+4e-)に伴う陽極として使用すると、前述の水素発生反応のメカニズムとは異なるため、Ni-Sn複合膜を陽極に使用しても十分な活性及び耐久性は得られないという課題があった。
また、非特許文献1に開示される技術及び関連する技術の多くは、熱分解法や水熱法を用いるため、多段階の工程を経て合成される。また、電極として使用する際、得られた粉末試料と高分子バインダーを混合し、基材に塗布させる必要があるため、触媒間あるいは触媒と基材間の導電性低下による活性低下や、物理的な触媒の剥離等により耐久性が低下するという課題が残った。
さらに、非特許文献2~6に開示される技術においても、従来の防蝕や装飾といった用途で合成する際の低い電流密度範囲内あるいは卑側の低い電析電位で合成すると、その析出物の形態は緻密で平滑であり、また、活性が機能する組成範囲の複合酸化物が形成されないという課題が残った。
本発明では、遷移金属を含んだ浴中において、高い電流密度で電析することで、高分子バインダーを使用することなくかつ、一つの工程のみで複合酸化物を析出させることができる。また、本発明の電極は、基材表面から直接接合する樹枝状あるいは柱状析出物の表面に複合酸化物が直接接合する特異な構造を有する。すなわち、表面積の大きな樹枝状あるいは柱状析出物表面の輪郭に沿って本質的に高い活性を有する複合酸化物が接合されているため、活性と表面積による相乗効果が働く水電解用電極である。
本発明はかかる従来の事情に対処してなされたものであり、貴金属電極の代替となる材料・製造コストの安い非貴金属電極を採用した水電解反応に関わり、触媒活性度が高く、その高い触媒活性度を長時間に亘って維持可能な高い耐久性を備えた水電解用電極とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、第1の発明である水電解用電極は、導電性基材の表面に、NiがSn及びFeと複合した複合酸化物である第一析出物を直接接合し、その第一析出物の表面に複合酸化物である第二析出物を直接接合して成ることを特徴とするものである。
複合酸化物とは、少なくともFe、Ni、Snを含む酸化物又は水酸化物であり、あるいは、オキシ水酸化鉄(FeOOH)やオキシ水酸化ニッケル(NiOOH)を含み、さらにCoを含む酸化物又は水酸化物を含む場合があるものである。
【0009】
第2の発明である水電解用電極は、第1の発明において、前記第一析出物の組成は、Ni、Sn、及びFeの合計を100at%(原子数%)としたとき、Snが0.8~77at%であり、Fe/Niの割合が0.01~4at%の範囲であることを特徴とするものである。
【0010】
第3の発明である水電解用電極は、第2の発明において、前記第二析出物の組成は、Ni、Sn、Fe及び酸素の合計を100at%としたとき、Snが0.1~33at%、Fe/Niの割合が9.93~49.19at%の範囲であり、酸素が5~49at%の範囲であることを特徴とするものである。
【0011】
第4の発明である水電解用電極は、第1の発明において、前記第一析出物は、NiがSnとFeに加えてCoと複合していることを特徴とするものである。
【0012】
第5の発明である水電解用電極は、第4の発明において、前記第一析出物の組成は、Ni、Sn、Co及びFeの合計を100at%としたとき、Snが0.8~77at%、Coが0~23at%(0を含まず)の範囲であり、Fe/Niの割合が0.01~4at%の範囲であることを特徴とするものである。
【0013】
第6の発明である水電解用電極は、第5の発明において、前記第二析出物の組成は、Ni、Sn、Co、Fe及び酸素の合計を100at%としたとき、Snが0.1~33at%、Coが0~70at%(0を含まず)の範囲であり、Fe/Niの割合が9.93~49.19at%の範囲であり、酸素が5~49at%の範囲であることを特徴とするものである。
【0014】
第7の発明である水電解用電極は、第1乃至第6の発明のいずれか1つの発明において、前記導電性基材は、Al、Ni、カーボン、Cu、Ti、ステンレスのいずれか1つで構成されることを特徴とするものである。
【0015】
第8の発明である水電解用電極は、第1乃至第6の発明のいずれか1つの発明において、前記第一析出物は、主幹となる柱状の一次アームから側枝となる柱状の二次アームが、不規則方向に成長している樹枝状構造又は柱状構造からなることを特徴とするものである。
【0016】
第9の発明である水電解用電極の製造方法は、導電性基材上に前駆体として、少なくともNiCl、SnCl及びFeClを含む塩化物塩を湿式成膜法によって配置する工程と、前記湿式成膜法によってNiが少なくともSn及びFeと複合した複合酸化物である第一析出物を析出させて直接接合させる第1の成膜工程と、前記湿式成膜法によって前記第一析出物の表面に複合酸化物である第二析出物を直接接合させる第2の成膜工程と、を有し、前記第1及び第2の成膜工程におけるめっき浴の温度を50℃、pHを8、めっき電流密度を40~2000mA/cmに制御することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0017】
第1乃至第8の発明に係る水電解用電極においては、導電性基材の表面に、NiがSn及びFeと複合した複合酸化物である第一析出物を直接接合し、その第一析出物の表面に複合酸化物である第二析出物を直接接合することで、材料・製造コストの安い非貴金属電極であっても、触媒活性度が高く、その高い触媒活性度を長時間に亘って維持可能な高い耐久性を備えているという極めて優位な効果を発揮することができる。
第一析出物の表面に複合酸化物である第二析出物が直接接合されることで、水電解反応中における基材と触媒(第一析出物及び第二析出物)との間、触媒同士の間、触媒と水溶液との間における最適な電子構造が形成され、活性、耐久性において優れた性能が担保されるのである。特に触媒同士の間の効率の良い電子授受を行うことができるようになり、第一析出物あるいは、第二析出物のみが導電性基材に形成されても、電子授受の効率は、その析出物の物性のみに依存するため、電子授受の効率は悪い。
また、第9の発明に係る水電解用電極の製造方法においては、触媒活性度と耐久性が高く、しかも材料・製造コストが安価な水電解用の非貴金属電極を製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の第1の実施の形態に係る水分解用電極の製造方法を示すフロー図である。
図2A】第1の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法のめっき浴(溶液)調整後の状態を示す模式図である。
図2B】第1の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法におけるめっき浴(溶液)での反応の第一段階を示す模式図である。
図2C】第1の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法におけるめっき浴(溶液)での反応の第二段階を示す模式図である。
図2D】第1の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法におけるめっき浴(溶液)で反応の第三段階に入る前のめっき浴の状態と導電性基材表面の樹枝状析出物とFe-Ni-Sn複合酸化物の状態を示す模式図である。
図2E】第1の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法におけるめっき浴(溶液)で反応の第三段階として第一段階と第二段階が繰り返された状態を示す模式図である。
図2F】第1の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法の比較例における反応状態を示す模式図である。
図3】第1の実施の形態に係る水電解用電極に対してエネルギー分散型X線分析装置を用いて試料断面の各点を成分分析した結果を示す定性分析チャートである。
図4】本発明の第2の実施の形態に係る水分解用電極の製造方法を示すフロー図である。
図5A】第2の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法のめっき浴(溶液)調整後の状態を示す模式図である。
図5B】第2の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法におけるめっき浴(溶液)での反応の第一段階を示す模式図である。
図5C】第2の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法におけるめっき浴(溶液)での反応の第二段階を示す模式図である。
図5D】第2の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法におけるめっき浴(溶液)で反応の第三段階に入る前のめっき浴の状態と導電性基材表面の樹枝状析出物とFe-Ni-Co-Sn複合酸化物の状態を示す模式図である。
図5E】第2の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法におけるめっき浴(溶液)で反応の第三段階として第一段階と第二段階が繰り返された状態を示す模式図である。
図5F】第2の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法の比較例における反応状態を示す模式図である。
図6】第2の実施の形態に係る水電解用電極に対してエネルギー分散型X線分析装置を用いて試料断面の各点を成分分析した結果を示す定性分析チャートである。
図7】実施例3に係る水電解用電極表面における樹枝状析出物のSEM画像(1800倍)である。
図8】実施例9に係る水電解用電極における柱状析出物のSEM画像(4800倍)である。
図9】実施例13に係る水電解用電極表面における樹枝状析出物のSEM画像(1800倍)である。
図10】実施例17に係る水電解用電極における柱状析出物のSEM画像(4800倍)である。
図11】実施例と比較例に係る水電解用電極の水素過電圧測定のためのLSV(Linear Sweep Voltammetry)測定結果を示すグラフである。
図12】実施例と比較例に係る水電解用電極の酸素過電圧測定のためのLSV(Linear Sweep Voltammetry)測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<第1の実施の形態に係る水電解用電極とその製造方法>
以下に、本発明の第1の実施の形態に係る水電解用電極及びその製造方法について図1図3を参照しながら説明する。
図1は第1の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法のフロー図である。図2Aは水分解用電極の製造方法に用いられるめっき浴(溶液)の調整段階、図2Bはそのめっき液の中で生じる反応の第一段階、図2Cは第二段階、図2D、Eは第三段階を示す模式図である。
図1において、ステップS1-1は導電性基材の前処理工程である。本実施の形態において使用される導電性基材は、アルカリ溶液中でも耐食性を有するNi、Ti(チタン)、あるいはカーボンが好ましいが、実際に溶液中に暴露される箇所は導電性基材表面を被覆した膜であるため、Cu(銅)やステンレスあるいはAl(アルミニウム)等の安価な材料でもよい。但し、導電性基材は反応時に発生する気体の泡離れを効率よく行うため、メッシュ状であることが望ましい。
このステップS1-1の導電性基材の前処理工程の前処理としては、脱脂処理と活性化処理を行う。
具体的には、例えば脱脂処理としては、1分間程度のアルカリ電解脱脂処理を行うが、この処理では基材表面の油分等のいわゆるコンタミ成分を取り除くことを目的としている。処理の内容としては、アルカリ溶液中で、カソードに処理対象の基材を設置し、アノードにはPtあるいはNiプレートを設置してカソードの電流密度20~50[mA/cm]で1分間程度通電するものである。
また、酸洗浄処理としては、塩化第二鉄が含まれた塩酸中で浸漬させ、基材表面に形成されている酸化被膜を取り除く処理を行う。
【0020】
ステップS1-2は導電性基材上へ前駆体を配置する工程である。具体的には、湿式成膜法として導電性基材をめっき浴(溶液)へ浸漬する工程である。めっき浴組成は、0.01~0.1[mol/dm]のNiCl(塩化ニッケル)、0.005~0.1[mol/dm]のSnCl(塩化スズ)、0.02~0.1[mol/dm]のFeCl(塩化鉄)、0.5[mol/dm]の (ピロリン酸)、0.1[mol/dm]のCNO(グリシン)である。
図2Aにこのめっき浴と導電性基材1の模式図を示す。めっき浴としては、便宜上 と、CNO(グリシン)を省略し、Niイオン2、Snイオン3及びFeイオン4のみを示し、めっき液に導電性基材1が浸漬された状態を示している。このとき、めっき浴の濃度として図中四角で囲んだ箇所に記された等号は、Niイオン2、Snイオン3及びFeイオン4の濃度が等しいという意味ではなく、調製されためっき浴組成を基準とした増減のバランスを意味している。したがって、この図では調製されためっき浴組成におけるそれぞれの濃度が維持されているというような意味である。また、例えばFeイオン4が、Niイオン2、Snイオン3に比べて多いという不等式は、調製されためっき浴組成を基準とした場合に、Feイオン4の濃度がNiイオン2とSnイオン3の濃度に比べて、調製後の濃度からの減少が少なく、調製後の濃度に対して相対的に多く存在しているという意味である。以下、図2B-2D、図2Fさらに、図5A-5D、図5Fにおいても同様である。
【0021】
ステップS1-3は、反応の第一段階であり、第1の実施の形態に係る水電解用電極を構成させるために、第一析出物としての複合膜(以下、Fe-Ni-Sn複合膜という。)を導電性基材上に成膜する工程である。めっき浴条件としては、めっき浴温度を50[℃]とし、pHが8となるように、HCl(塩酸)とNaOH(水酸化ナトリウム)を用いて調整する。電解条件は、電流密度を40~2000[mA/cm]のいずれかに制御し、後述するステップS1-4と併せて2時間めっきする。このようにして第一析出物としてNi-Fe-Sn複合膜が導電性基材上に成膜される。
図2Bに反応の第一段階におけるめっき浴の状態と導電性基材1上に樹枝状に析出した第一析出物として成膜されたFe-Ni-Sn複合膜(樹枝状析出物6)の模式図を示す。ここで、電流密度を40~2000[mA/cm]とすると、Niイオン2とSnイオン3は平衡電位が、それぞれ-0.25[V]と-0.14[V]とその絶対値が小さく金属に還元され易いので最初に導電性基材1上に析出する。一方、Feイオン4は平衡電位が-0.44[V]とその絶対値が大きいことからほとんど析出せず、続いて、最初の析出物の凸部にNiイオン2、Snイオン3がさらに析出する。これが繰り返されることで樹枝状析出物6が形成される。Niイオン2とSnイオン3の析出によって、樹枝状析出物6から溶液部にかけてNiイオン2とSnイオン3の濃度勾配が形成される。すなわち、樹枝状析出物6近傍では濃度が低く、溶液の沖にかけて高くなる。
したがって、反応の第一段階では、導電性基材1近傍における反応領域のめっき浴(溶液)中のNiイオン2とSnイオン3の濃度はFeイオン4の濃度に比べて低くなる(図中四角で囲んだ箇所の記載参照)。
【0022】
ここで、第1の実施の形態に係る水分解用電極の製造方法において、ステップS1-3のめっき浴への浸漬処理でめっき電流密度が重要であることについて説明を加える。
まず、通常の電気めっきは対象の金属種が式(1)のように直接陰極で還元されることでその表面に析出することでなされる。
2++2e → M (1)
次に、これまでの電気めっきを用いた複合酸化物の形成の場合には、金属種の前駆体に硝酸塩を用いると、陰極では上記の通常のめっきとは異なり、式(2)のような反応が生じ、硝酸塩自身が還元を受ける。このとき、同時に水酸化物イオン(OH-)が生成し、陰極には水酸化物イオンが吸着する。
NO +HO+2e → NO +2HO (2)
一方で、金属種は陽極で式(3)のように高次の金属種に酸化され、これが陰極で加水分解を受け、複合酸化物が生成する。
2+ → M(2+α)++αe (3)
本実施の形態に係る水分解用電極の製造方法では、合成方法として従来の電気めっきの原理を用いた金属種の直接還元(式(1))によるものであるが、高電流密度帯での電気めっきであるため、金属種の還元と同時に、水の電気分解による水素発生を伴う。このとき、陰極表面ではpHが上昇し、水酸化物等の複合酸化物が形成される。防腐や装飾といたった用途ではいわゆる「焦げ」を伴う異常析出とされるが、 本実施の形態に係る水電解用電極においては、金属種の還元と、この酸化物等の複合酸化物の生成が重要な要素となっているのである。
【0023】
次に、ステップS1-4は、反応の第二段階であり、第1の実施の形態に係る水電解用電極を構成させるために、第二析出物としてFe-Ni-Sn複合酸化物を第一析出物に直接生成させ、接合する工程である。めっき浴(溶液)条件はステップS1-3と同一であり、電解条件は、電流密度を40~2000[mA/cm]としてステップS1-3とステップS1-4を併せて2時間めっきする。なお、ステップS1-3とステップS1-4は連続する工程であり、ステップS1-3を終了させてからステップS1-4を開始するというものではない。
このような条件で、第二析出物としてFe-Ni-Sn複合酸化物が第一析出物に直接接合される。
図2Cに反応の第二段階におけるめっき浴の状態と導電性基材1上の樹枝状析出物6に直接接合された第二析出物としてのFe-Ni-Sn複合酸化物7の模式図を示す。
第一段階で低下したNiイオン2とSnイオン3の濃度であるが、特に最も平行電位の絶対値が小さいSnイオン3が低くなると還元速度の遅い溶液中に残っているNiイオン2とほとんど析出していないFeイオン4の析出が始まる。このとき、第二析出物として例えば、Ni1-xFe(OH)等を含めて、Fe-Ni-Sn複合酸化物7がFe-Ni-Sn複合膜(樹枝状析出物6)上に直接接合される。
第一段階に比べて、Fe-Ni-Sn複合酸化物7では特にFeイオン4がNiイオン2やSnイオン3と共にFe-Ni-Sn複合酸化物7を多く生成するため、導電性基材1近傍における反応領域ではNiイオン2、Snイオン3及びFeイオン4のいずれの濃度も低い状態となる(図中四角で囲んだ箇所の記載参照)。
【0024】
そして、反応の第三段階は再びステップS1-3に戻り、今度は導電性基材1の表面ではなく、先のステップS1-3で導電性基材1上に成膜された第一析出物としてのFe-Ni-Sn複合膜(樹枝状析出物6)の上にさらに第一析出物としてのFe-Ni-Sn複合膜を成膜する工程と、その後にステップS1-4に進み、さらに追加されたFe-Ni-Sn複合膜の上に第二析出物としてのFe-Ni-Sn複合酸化物7を生成し直接接合する工程が繰り返される。繰り返しの段階でのめっき浴条件は変更なく(めっき浴の調整はステップS1-1の後には行わず)、電解条件もステップS1-3及びステップS1-4と同一である。
図2Dに反応の第三段階に入る前のめっき浴の状態と導電性基材1表面の樹枝状析出物6とFe-Ni-Sn複合酸化物7の状態の模式図を示す。第三段階に入る前には、反応の第二段階(ステップS1-4)でNiイオン2、Snイオン3及びFeイオン4が全て低くなった状態から、拡散によってNiイオン2、Snイオン3及びFeイオン4が溶液の濃度が高い沖合いから供給されるため、導電性基材1近傍では、めっき浴(溶液)調整後の状態と同じく、それぞれのイオン濃度が回復して概ね等しくなっている。
そして、図2Eに反応の第三段階として、ステップS1-3とステップS1-4が繰り返された後のめっき浴の状態と導電性基材1上の樹枝状析出物6上でFe-Ni-Sn複合酸化物7が形成されていない隙間にさらに樹枝状析出物6が成膜され、その新たに成膜された樹枝状析出物6上にさらにFe-Ni-Sn複合酸化物7が直接接合された状態を示している(図中破線部)。このような第三段階の反応はめっき浴の沖合いからNiイオン2、Snイオン3及びFeイオン4の供給がなくなるまで繰り返される。
【0025】
次に、図2Fは第1の実施の形態に対する比較例として、電解条件として電流密度を40[mA/cm]未満でめっきした状態を模式的に示す。
図2Fに示されるとおり、電流密度が40[mA/cm]未満の場合には、めっき浴(溶液)組成が図2Aに示される状態であっても、第一析出物としてFe-Ni-Sn複合膜(樹枝状析出物6)が導電性基材1上に成膜されず、平滑なNi-Sn合金5のみが導電性基材1上に形成されている。また、その後にNi-Sn合金5上にFe-Ni-Sn複合酸化物7が形成されることもない。
【0026】
図3は第1の実施の形態に係る水電解用電極に対してエネルギー分散型X線分析装置を用いて試料断面の各点を成分分析した結果を示す定性分析チャートである。図3において、横軸は分析電子線を試料に当て、試料に含まれる原子から出てきた特性X線を半導体検出器で検出する際のエネルギーレベル(KeV)であり、縦軸はエネルギーレベル(KeV)に対応する特性X線の強度(カウント数)を示しているが、強度は相対比較として表しているため、任意単位(arbitrary unit)を採用している。
本実施の形態に係る水電解用電極は、導電性基材表面から直接接合する第一析出物としての樹枝状析出物あるいは柱状析出物の表面に第二析出物としての複合酸化物が直接接合する特異な構造を有する。各分析点における成分分析結果を示すことで、導電性基材とは明らかに組成が異なる析出物が表面に形成されていることがわかる。また、析出物中の各点において分析することで、樹枝状あるいは柱状析出物と複合酸化物を明確に識別することができる。
具体的には、第1の実施の形態では導電性基材1としてNiを用いたので、図中に細かな破線で示される導電性基材では、Niを表す箇所にピークがある。また、大きめの破線で示される第一析出物では、Niの他、Snと酸素(O)の箇所にピークが見られるが、横軸の0.8[KeV]近傍のFeのピークはかなり低く、6.4[KeV]近傍のピークは検出されていないことがわかる。さらに、実線で示される第二析出物では、Ni、Sn、酸素の他、0.8[KeV]と6.4[KeV]の両方にFeのピークが検出されている。
したがって、第一析出物としてのFe-Ni-Sn複合膜にはFeはほとんど含まれておらず、めっき浴で先にNiとSnが析出したこと、そして、その後にめっき浴でFeも多く析出して、Fe-Ni-Sn複合膜の上に第二析出物としてのFe-Ni-Sn複合酸化物がFeを多く含んで接合されることが理解できる。
すなわち、第一析出物であるFe-Ni-Sn複合膜(樹枝状析出物6)に含まれるFe成分(at%)よりも第二析出物であるFe-Ni-Sn複合酸化物7に含まれるFe成分(at%)の方が多くなっている。このことについては実施例でも示す。
なお、Fe-Ni-Sn複合酸化物にはオキシ水酸化鉄(FeOOH)やオキシ水酸化ニッケル(NiOOH)も含まれる。
【0027】
<第2の実施の形態に係る水電解用電極とその製造方法>
次に、本発明の第2の実施の形態に係る水電解用電極とその製造方法について図4図6を参照しながら説明する。
図4は第2の実施の形態に係る水電解用電極の製造方法のフロー図である。図5Aは水分解用電極の製造方法に用いられるめっき浴(溶液)の調整段階、図5Bはそのめっき液の中で生じる反応の第一段階、図5Cは第二段階、図5D、Eは第三段階を示す模式図である。
図4において、ステップS2-1は導電性基材の前処理工程であり、この工程は第1の実施の形態と同様であるので説明を省略する。
【0028】
次に、ステップS2-2は導電性基材上へ前駆体を配置する工程である。具体的には、湿式成膜法として導電性基材をめっき浴(溶液)へ浸漬する工程である。めっき浴組成は、第1の実施の形態における組成に0.005~0.1[mol/dm]のCoCl(塩化コバルト)を加えたものである。
図5Aにこのめっき浴と導電性基材1の模式図を示す。めっき浴としては、便宜上 と、CNO(グリシン)を省略し、Niイオン2、Snイオン3、Feイオン4及びCoイオン8のみを示し、めっき液に導電性基材1が浸漬された状態を示している。このとき、めっき浴の濃度は図中四角で囲んだ箇所に記したとおり、Niイオン2、Snイオン3、Feイオン4及びCoイオン8は多少の濃淡はあるもののいずれも概ね等しい濃度となっている。なお、この四角で囲んだ箇所に示す溶液中の濃度は第1の実施の形態と同様に導電性基材1近傍で反応する領域における局所的な濃度を示している。
【0029】
ステップS2-3は、反応の第一段階であり、第2の実施の形態に係る水電解用電極を構成させるために、第一析出物としての複合膜(以下、Fe-Ni-Co-Sn複合膜という。)を導電性基材上に成膜する工程である。めっき浴条件及び電解条件は第1の実施の形態と同一である。
図5Bに反応の第一段階におけるめっき浴の状態と導電性基材1上に樹枝状に析出した第一析出物として成膜されたFe-Ni-Co-Sn複合膜(樹枝状析出物10)の模式図を示す。ここで、Coイオン8の平衡電位について説明を加える。第1の実施の形態の説明時に述べたとおり、Niイオン2とSnイオン3は平衡電位はそれぞれ-0.25[V vs. SHE(標準水素電極)]と-0.14[V vs. SHE]であり、その絶対値が小さく金属に還元され易いが、Coイオン8も-0.28[V vs. SHE]でNiイオン2とほぼ同じでありFeイオン4の-0.44[V vs. SHE]に比較してその絶対値が小さい。
したがって、第1の実施の形態と同様に、最初にNiイオン2、Snイオン3及びCoイオン8が最初に導電性基材1上に析出し、Feイオン4はほとんど析出せず、続いて、最初の析出物の凸部にNiイオン2、Snイオン3及びCoイオン8がさらに析出し、これが繰り返されることで樹枝状析出物10が形成される。そして、Niイオン2、Snイオン3及びCoイオン8の析出によって、樹枝状析出物10から溶液部の沖にかけて、第1の実施の形態と同様に、Niイオン2、Snイオン3及びCoイオン8が低い濃度から高い濃度へと勾配が形成される。
したがって、反応の第一段階では、導電性基材1近傍における反応領域のめっき浴(溶液)中のNiイオン2、Snイオン3及びCoイオン8の濃度はFeイオン4の濃度に比べて低くなる(図中四角で囲んだ箇所の記載参照)。
【0030】
次に、ステップS2-4は、反応の第二段階であり、第2の実施の形態に係る水電解用電極を構成させるために、第二析出物としてFe-Ni-Co-Sn複合酸化物を第一析出物に直接生成させ、接合する工程である。めっき浴(溶液)条件及び電解条件はステップ1-3と同一である。
このようにして、第二析出物としてFe-Ni-Co-Sn複合酸化物11が第一析出物に直接接合される。
図5Cに反応の第二段階におけるめっき浴の状態と導電性基材1上の樹枝状析出物10に直接接合された第二析出物としてのFe-Ni-Co-Sn複合酸化物11の模式図を示す。
第一段階で低下したNiイオン2、Snイオン3及びCoイオン8の濃度であるが、特に最も平行電位の絶対値が小さいSnイオン3が低くなると還元速度の遅い溶液中に残っているNiイオン2やCoイオン8とほとんど析出していないFeイオン4の析出が始まる。このとき、第二析出物として例えば、Ni1-xFe(OH)等を含めて、Fe-Ni-Co-Sn複合酸化物11がFe-Ni-Co-Sn複合膜(樹枝状析出物10)上に直接接合される。
第一段階に比べて、Fe-Ni-Co-Sn複合酸化物11では特にFeイオン4がNiイオン2、Snイオン3あるいはCoイオン8と共にFe-Ni-Co-Sn複合酸化物11を多く生成するため、導電性基材1近傍における反応領域ではNiイオン2、Snイオン3、Coイオン8及びFeイオン4のいずれの濃度も低い状態となる(図中四角で囲んだ箇所の記載参照)。
【0031】
次に、反応の第三段階は再びステップS2-3に戻り、今度は導電性基材1の表面ではなく、先のステップS2-3で導電性基材1上に成膜された第一析出物としてのFe-Ni-Co-Sn複合膜(樹枝状析出物10)の上にさらに第一析出物としてのFe-Ni-Co-Sn複合膜を成膜する工程と、その後にステップS2-4に進み、さらに追加されたFe-Ni-Co-Sn複合膜の上に第二析出物としてのFe-Ni-Co-Sn複合酸化物11を生成し直接接合する工程が繰り返される。繰り返しの段階でのめっき浴条件は変更なく(めっき浴の調整はステップS2-1の後には行わず)、電解条件もステップS2-3及びステップS2-4と同一である。
図5Dに反応の第三段階に入る前のめっき浴の状態と導電性基材1表面の樹枝状析出物10とFe-Ni-Co-Sn複合酸化物11の状態の模式図を示す。第三段階に入る前には、反応の第二段階(ステップS2-4)でNiイオン2、Snイオン3、Coイオン8及びFeイオン4が全て低くなった状態から、拡散によってNiイオン2、Snイオン3、Coイオン8及びFeイオン4が溶液の濃度が高い沖合いから供給されるため、導電性基材1近傍では、めっき浴(溶液)調整後の状態と同じく、それぞれのイオン濃度が回復して概ね等しくなっている。
【0032】
そして、図5Eに反応の第三段階として、ステップS2-3とステップS2-4が繰り返された後のめっき浴の状態と導電性基材1上の樹枝状析出物10上でFe-Ni-Co-Sn複合酸化物11が形成されていない隙間にさらに樹枝状析出物10が成膜され、その新たに成膜された樹枝状析出物10上にさらにFe-Ni-Co-Sn複合酸化物11が直接接合された状態を示している(図中破線部)。このような第三段階の反応はめっき浴の沖合いからNiイオン2、Snイオン3、Coイオン8及びFeイオン4の供給がなくなるまで繰り返される。
【0033】
次に、図5Fは第2の実施の形態に対する比較例として、電解条件として電流密度を40[mA/cm]未満でめっきした状態を模式的に示す。
図5Fに示されるとおり、電流密度が40[mA/cm]未満の場合には、めっき浴(溶液)組成が図5Aに示される状態であっても、第一析出物としてFe-Ni-Co-Sn複合膜(Fe-Ni-Co-Sn複合酸化物11)が導電性基材1上に成膜されず、平滑なNi-Sn-Co合金9のみが導電性基材1上に形成されている。また、その後にNi-Sn-Co合金9上にFe-Ni-Co-Sn複合酸化物11が形成されることもない。
【0034】
図6は第2の実施の形態に係る水電解用電極に対してエネルギー分散型X線分析装置を用いて試料断面の各点を成分分析した結果を示す定性分析チャートである。図6の横軸と縦軸は図3と同様である。
本実施の形態に係る水電解用電極も、導電性基材表面から直接接合する第一析出物としての樹枝状析出物あるいは柱状析出物の表面に第二析出物としての複合酸化物が直接接合する特異な構造を有し、この定性分析チャートから導電性基材及び析出物中の各点における分析から樹枝状あるいは柱状析出物と複合酸化物を明確に識別することができる。
具体的には、第2の実施の形態でも導電性基材1としてNiを用いたので、図中に細かな破線で示される導電性基材では、Niを表す箇所にピークがある。また、大きめの破線で示される第一析出物では、NiやSnと酸素(O)の箇所にピークが見られるが、Coの箇所にもわずかながらピークが見られる。また、横軸のFeの6.4[KeV]近傍のピークはほとんど検出されていないことがわかる。さらに、実線で示される第二析出物では、Ni、Sn、酸素(O)の他、6.4[KeV]にFeのピークが検出されている。
したがって、第一析出物としてのFe-Ni-Co-Sn複合膜にはFeはほとんど含まれておらず、めっき浴で先にNi、Sn及びCoが析出したこと、そして、その後にめっき浴でFeも多く析出して、Fe-Ni-Co-Sn複合膜の上に第二析出物としてのFe-Ni-Co-Sn複合酸化物11がFeを多く含んで接合されることが理解できる。
したがって、第2の実施の形態においても、第一析出物であるFe-Ni-Co-Sn複合膜(樹枝状析出物10)に含まれるFe成分(at%)よりも第二析出物であるFe-Ni-Co-Sn複合酸化物11に含まれるFe成分(at%)の方が多くなっている。このことについては第1の実施の形態と同じく実施例でも示す。
なお、Fe-Ni-Co-Sn複合酸化物においてもオキシ水酸化鉄(FeOOH)やオキシ水酸化ニッケル(NiOOH)が含まれる。
【0035】
<第1の実施の形態に係る水電解用電極の実施例>
以下、第1の実施の形態に係る水電解用電極の実施例について説明する。
表1に実施例1~9の水電解用電極を製造した際のめっき浴組成とめっき浴温度、めっき浴pH、水電解用電極の製造時のめっき浴撹拌の有無、電析時の電流密度をまとめた表を示す。
これらの実施例では、めっき浴組成は、NiCl、SnCl、FeCl 、及びCNOからなり、CoClは含まれていない。また、めっき浴温度は50℃、めっき浴pHは8、めっき浴の撹拌は実施例1~8では無、実施例3と同じめっき浴成分の実施例9のみ有としている。めっき電流密度はそれぞれ表中に示すとおりである。また、実施例6~8は実施例3のめっき浴組成と同一でめっき電流密度を変えて試験している。
これらの実施例は、めっき浴組成、めっき浴の撹拌の有無、電析時の電流密度の範囲が表2に示す第一析出物及び第二析出物の組成、表3に示す水電解用電極の電極特性にどのような影響を与えるかについて発明者が実施した試験結果のうち、第一、第二析出物として優れた組成を備え、その結果として優れた電極特性を発揮する水電解用電極として画定した際の実施例であり、表1はその際のめっき浴条件と電解条件を示すものである。
具体的には、第1の実施の形態に係る水分解用電極の製造方法を説明した際の図1に記載されるめっき浴条件と電解条件として示している。また、めっき浴の撹拌の有無によって第一析出物の形態が異なるが、その点については後述する。
【0036】
【表1】
【0037】
また、表2に実施例1~9の水電解用電極における第一析出物であるFe-Ni-Sn複合膜(樹枝状析出物6)と第二析出物であるFe-Ni-Sn複合酸化物7の組成をat%で示し、また、FeとNiのat組成比を百分率で併せて示す。表2より、第1の実施の形態で説明したとおり、撹拌無の実施例1~8及び撹拌有の実施例9のいずれも第一析出物に含まれるFe成分(at%)よりも第二析出物に含まれるFe成分(at%)の方が多くなっていることがわかる。
ここで、図7に実施例3で作製された水電解用電極表面における樹枝状析出物のSEM画像(1800倍)を示す。このSEM画像は他のSEM画像と同様に断面試料を作製して撮影したものであり、これまで述べた成分分析はすべてそれらの断面試料で実施している。
実施例として作製した水電解用電極の断面試料を作製し、第一析出物と第二析出物の成分分析をFE-SEM(JEOL製 JSM-7000F付属のEDX(JEOL製 JED-2300Fで加速電圧10[keV]、プローブ電流0.2[nA]の条件で実施した。測定箇所10点の平均値を採用した。断面試料は、クロスセクションポリッシャー (JEOL製 IB-09020CP)を用い、加速電圧5.5[keV]で8[h]イオンミリングを実施することで作製した。
図7に示されるとおり、導電性基材上に第一析出物であるFe-Ni-Sn複合膜(樹枝状析出物6)が成膜され、その第一析出物を覆うようにあるいは第一析出物の隙間に第二析出物であるFe-Ni-Sn複合酸化物が析出している様子が理解できる。
また、図8に実施例3とめっき浴組成と電解条件を同じくしてめっき浴の撹拌のみを異ならせた実施例9で作製された水電解用電極表面における柱状析出物のSEM画像(4300倍)を示す。
図8でも導電性基材上に第一析出物であるFe-Ni-Sn複合膜が成膜され、その第一析出物を覆うようにあるいは第一析出物の隙間に第二析出物であるFe-Ni-Sn複合酸化物が析出している様子が伺えるが、特に第一析出物の形態が異なっており、樹枝状というよりもより太くしっかりした柱状を呈している。
無撹拌では、第一析出物近傍で、還元速度が速いSnの濃度に揺らぎが生じる。すなわちイオンの供給が反応の律速となる拡散律速支配下での電析となり、樹枝状構造が形成される。一方、撹拌中では、無撹拌時と比べ、Snのイオンの供給が担保される。すなわち活性化律速支配下に近づいた条件での電析となり、樹枝状構造に比べ、緻密な柱状構造が形成されると考えられる。
【0038】
【表2】
【0039】
表3に実施例1~8の水電解用電極の電極特性(酸素過電圧、水素過電圧、陽分極した際の耐久時間及びECSA)についてまとめて示す。
なお、ECSAとは、BET法(BETの吸着等温式に基づく表面積測定法)などで算出する物理的な表面積とは異なり、溶液中で電気化学反応を行うことができる電極中の反応場の電気化学有効表面積のことをいう。
表3に示すような性能評価の方法について説明を加える。
ポテンショガルバノスタット(東陽テクニカ社製 sp-300)を用い、電気化学測定を実施した。評価項目はリニアスイープボルタンメトリーで過電圧を測定し、クロノポテンショメトリーで耐久性を評価した。また、サイクリックボルタンメトリーで電気化学有効表面積を求めた。実施例1~8の他、他のすべての実施例及び比較例で作製した極にはそれぞれ、水銀(Hg)/HgO電極、プラチナ(Pt)ワイヤーを用いた。電解質は1.0[mol/dm]の水酸化カリウム(KOH)溶液とした。
[過電圧の測定方法]
開回路電位より電位を掃引速度10[mV/s]で制御するリニアスイープボルタンメトリーを実施した。酸素過電圧は、貴側に電位を制御し、電流密度100[mA/cm]に到達するまでに要した電位から1.23[V](酸素発生理論電位)を差し引くことで算出した。水素過電圧は、卑側に電位を制御し、水素発生理論電位が0[V]であることから、電流密度100[mA/cm]に到達するまでに要した電位の値を採用した。
[耐久性の評価方法]
電流密度を+600[mA/cm]に制御し、電位の経時変化を記録するクロノポテンショメトリーを実施した。電解触媒の脱落あるいは失活時には電位の急激な上昇が観測されるため、それまで要した時間を耐久時間[h]とした。
[電気化学有効表面積(ECSA)の測定方法]
電気化学有効表面積は電気二重層容量Cdlに基づいて算出した。Cdlはサイクリックボルタンメトリー測定を用い、0-0.1[V](vs.Hg/HgO)の電位範囲で2-10[mV/s]の掃引速度で応答電流を測定した。各掃引速度と電気化学有効表面積(ECSA)は以下の式(4)で求めた。
ECSA=Cdl/C (4)
ここでのCは比静電容量であり、1.0[mol/dm]のKOH溶液において0.04[mF/cm]の値を採用した。また、算出した電気化学有効表面積は各触媒量で規格化した。
【0040】
【表3】
【0041】
表3に示されるとおり、これらの実施例1~8はいずれも酸素過電圧が270~276[mA]、水素過電圧が169~176[mA]と優れた過電圧特性を示している。また、耐久時間も154~165[h]であり、優れた結果を得ることができた。
さらに、ECSAは1.1~2.6[m/g]となり十分な表面積を得ることができた。
また、実施例9においては、水素過電圧が162[mA]となり実施例1~8のいずれよりも優れている他、他の電極特性も実施例1~8の電極特性の範囲に入っており、実施例1~8と同等あるいはそれ以上に優れていることが理解できる。
【0042】
<第2の実施の形態に係る水電解用電極の実施例>
以下、第2の実施の形態に係る水電解用電極の実施例について説明する。
表4に実施例10~17の水電解用電極を製造した際のめっき浴組成とめっき浴温度、めっき浴pH、水電解用電極の製造時のめっき浴撹拌の有無、電析時の電流密度をまとめた表を示す。
これらの実施例では、めっき浴組成は、NiCl、CoCl、SnCl、FeCl 、及びCNOからなり、めっき浴温度は50℃、めっき浴pHは8、めっき浴の撹拌は実施例10~16では無、実施例13と同じめっき浴成分の実施例17のみ有としている。めっき電流密度はそれぞれ表中に示すとおりである。また、実施例14~16は実施例13のめっき浴組成と同一でめっき電流密度を変えて試験している。
これらの実施例も実施例1~9と同様にめっき浴組成、めっき浴の撹拌の有無、電析時の電流密度の範囲が表5に示す第一析出物及び第二析出物の組成、表6に示す水電解用電極の電極特性にどのような影響を与えるかについて発明者が実施した試験結果のうち、第一、第二析出物として優れた組成を備え、その結果として優れた電極特性を発揮する水電解用電極として画定した際の実施例であり、表4はその際のめっき浴条件と電解条件を示すものである。
具体的には、第2の実施の形態に係る水分解用電極の製造方法を説明した際の図4に記載されるめっき浴条件と電解条件として示しているが、追加されためっき浴組成のCoClの濃度以外は第1の実施の形態に示されためっき条件及び電解条件と同一である。なお、第1の実施の形態に係る実施例と同様にめっき浴の撹拌の有無によって第一析出物の形態が異なるが、その点については後述する。
【0043】
【表4】
【0044】
【表5】
【0045】
表5に実施例10~17の水電解用電極における第一析出物であるFe-Ni-Co-Sn複合膜(樹枝状析出物10)と第二析出物であるFe-Ni-Co-Sn複合酸化物11の組成をat%で示し、また、FeとNiのat組成比を百分率で併せて示す。表5より、第1の実施の形態でも説明したとおり、撹拌無の実施例1~8及び撹拌有の実施例9のいずれも第一析出物に含まれるFe成分(at%)よりも第二析出物に含まれるFe成分(at%)の方が多くなっていることがわかる。
ここで、図9に実施例13で作製された水電解用電極表面における樹枝状析出物のSEM画像(1800倍)を示す。
図9に示されるとおり、導電性基材上に第一析出物であるFe-Ni-Co-Sn複合膜(樹枝状析出物10)が成膜され、その第一析出物を覆うようにあるいは第一析出物の隙間に第二析出物であるFe-Ni-Co-Sn複合酸化物が析出している様子が伺える。
また、図10に実施例3とめっき浴組成と電解条件を同じくしてめっき浴の撹拌のみを異ならせた実施例17で作製された水電解用電極表面における柱状析出物のSEM画像(4300倍)を示す。
図10でも導電性基材上に第一析出物であるFe-Ni-Co-Sn複合膜が成膜され、その第一析出物を覆うようにあるいは第一析出物の隙間に第二析出物であるFe-Ni-Co-Sn複合酸化物が析出している様子が観察されるが、実施例9と同様に特に第一析出物の形態が異なっており、樹枝状というよりもより太くしっかりした柱状を呈している。さらに、図8とよく似た形態のようにも見える。なお、柱状に形成される理由は実施例9に対して説明したとおりである。
【0046】
表6に実施例10~17の水電解用電極の電極特性(酸素過電圧、水素過電圧、陽分極した際の耐久時間及びECSA)についてまとめて示す。
表6に示されるとおり、これらの実施例10~17はいずれも酸素過電圧が278~300[mA]、水素過電圧が162~189[mA]と優れた過電圧特性を示している。また、耐久時間も161~315[h]であり、優れた結果を得ることができた。
さらに、ECSAは第1の実施の形態に係る実施例と同程度に1.1~2.3[m/g]となり十分な表面積を得ることができた。
なお、実施例17においては、水素過電圧が184[mA]となり同じめっき浴撹拌のある実施例9と比較すると数値が大きくなり、また、耐久時間は実施例10~17と比較して短くなるなど、必ずしもめっき浴を撹拌することで電極特性が向上するとも言えない結果となった。なお、第2の実施の形態に係る実施例10~16では第1の実施の形態に係る実施例と比較して耐久時間が2倍弱まで伸びていることもわかり、Coがめっき浴に含まれることで水電解用電極の耐久性が向上することも理解できた。
【0047】
【表6】
【0048】
<第1及び第2の実施の形態に係る水電解用電極の基材の影響>
次に、第1及び第2の実施の形態に係る水電解用電極の導電性基材を変えた実施例について説明する。
第1の実施の形態の実施例2と同じめっき浴条件と電解条件で基材のみを変更し、それぞれ基材をカーボン、Cu、Ti、ステンレス、Alとして実施例18~22とし、実施例3と同じめっき浴条件と電解条件で基材のみを変更し、それぞれ基材をカーボン、Cu、Ti、ステンレス、Alとして実施例23~27とした。また、第2の実施の形態の実施例11と同じめっき浴条件と電解条件で基材のみを変更し、それぞれ基材をカーボン、Cu、Ti、ステンレス、Alとして実施例28~32とし、実施例12と同じめっき浴条件と電解条件で基材のみを変更し、それぞれ基材をカーボン、Cu、Ti、ステンレス、Alとして実施例33~37とした。
表7はこれらの実施例についてめっき浴組成とめっき浴温度、めっき浴pH、水電解用電極の製造時のめっき浴撹拌の有無、電析時の電流密度をまとめた表である。各実施例で基材は示していないが、表8、9では示している。
なお、これらの実施例でもすべて図1図4で示される脱脂処理と酸洗浄処理を行っている。具体的には、脱脂処理としては、1分間程度のアルカリ電解脱脂処理を行うが、この処理では基材表面の油分等のいわゆるコンタミ成分を取り除くことを目的としている。処理の内容としては、アルカリ溶液中で、カソードに処理対象の基材を設置し、アノードにはPtあるいはNiプレートを設置してカソードの電流密度20~50[mA/cm]で1分間程度通電するものである。
また、酸洗浄処理としては、塩化第二鉄が含まれた塩酸中で浸漬させ、基材表面に形成されている酸化被膜を取り除く処理を行った。
なお、Cu以外は、さらに前処理として、NiSOが0.15[mol/dm3]、NaHPOが0.2[mol/dm3]、CNaOが0.1[mol/dm3]、Naが0.04[mol/dm3]を組成とする無電解めっき浴を90℃に制御し、30分間それぞれ基材を浸漬させる工程を実施している。
その後に、表7に示されるめっき浴を用いて電析している。
【0049】
【表7】
【0050】
表8は実施例18~37の水電解用電極における第一析出物(Fe-Ni-Sn複合膜又はFe-Ni-Co-Sn複合膜)と第二析出物であるFe-Ni-Sn複合酸化物又はFe-Ni-Co-Sn複合酸化物の組成をat%で示し、また、FeとNiのat組成比を百分率で併せて示す。表8の基材の欄に示されるのは水電解用電極の導電性基材の材質(元素)であり、Cはカーボン、Sはステンレスを意味している。
表8よりこれらの実施例のいずれにおいても、第一析出物に含まれるFe成分(at%)よりも第二析出物に含まれるFe成分(at%)の方が多くなっていることがわかる。
また、導電性基材はNiから変わっても実施例18~22の第一及び第二析出物の組成は実施例2の組成と概ね同一であり、同様に実施例23~27、実施例28~32、実施例33~37の組成もそれぞれ実施例3、実施例11及び実施例12の組成と概ね同一となっており、導電性基材をNiからこれらのカーボン、Cu、Ti、ステンレス、Alに変更しても同等の組成を有する水電解用電極を得ることができる。
【0051】
【表8】
【0052】
表9に実施例18~37の水電解用電極の電極特性(酸素過電圧、水素過電圧、陽分極した際の耐久時間及びECSA)をまとめて示す。
表9から、これらの実施例18~37のすべてで酸素過電圧と水素過電圧の特性は基材をNiとした場合と概ね同等である。
一方、耐久時間についてはCuは基材をNiとした場合と概ね同等であると言えるが、他の材質(カーボン、Ti、ステンレス、Al)では例えば実施例3と同じ条件である実施例23~27では同等の性能を発揮するものの、実施例2、11、12と同じ条件の実施例では耐久時間が1/4程度に減少した。
ECSAについてはいずれも基材をNiとする実施例2、3、11、12と同程度であることがわかった。
したがって、導電性基材がNiからCuに変わっても概ね同等の電極特性を発揮する水電解用電極を得ることが可能であると考えられるものの、他の材質ではめっき浴条件や電解条件によっては耐久時間の点で劣る水電解用電極となる可能性があることがわかった。
また、導電性基材としてNiやCuを採用することでめっき浴条件や電解条件に対して安定して優れた電極特性を発揮しうる水電解用電極を製造することができることがわかった。
【0053】
【表9】
【0054】
<比較例>
次に、実施例に対する比較例について試験を実施したのでその結果について説明する。比較例に係る水電解用電極の導電性基材にはNiを採用した。
表10はこれらの比較例についてめっき浴組成とめっき浴温度、めっき浴pH、水電解用電極の製造時のめっき浴撹拌の有無、電析時の電流密度をまとめた表である。
これらの比較例は、めっき浴組成、めっき浴の撹拌の有無、電析時の電流密度の範囲が第一析出物及び第二析出物の組成、水電解用電極の電極特性にどのような影響を与えるかについて発明者が実施した試験結果のうち、第一、第二析出物として優れた組成を備え、その結果として優れた電極特性を発揮する水電解用電極として画定した実施例から外れた例であり、表10はその際のめっき浴条件と電解条件を示すものである。
【0055】
【表10】
【0056】
表11に比較例1~13の水電解用電極における第一析出物(Fe-Ni-Sn複合膜又はFe-Ni-Co-Sn複合膜)と第二析出物であるFe-Ni-Sn複合酸化物又はFe-Ni-Co-Sn複合酸化物の組成をat%で示し、また、FeとNiのat組成比を百分率で併せて示す。なお、比較例7~13では第二析出物が析出しなかったため空欄となっている。
比較例7~13では表10に示すとおり電析時の電流密度を10[mA/cm]としていることが影響しているものと考えられ、電流密度は少なくとも40[mA/cm]程度必要であることがわかった。
【0057】
【表11】
【0058】
表12は比較例1~13の水電解用電極の電極特性(酸素過電圧、水素過電圧、陽分極した際の耐久時間及びECSA)をまとめて示すものである。
表12から、比較例1~13のすべてにおいて、Niを導電性基材とする実施例1~17の酸素過電圧、水素過電圧、耐久時間のいずれの電極特性も下回っていることがわかる。一方、ECSAについては、一部わずかに上回る比較例もあるが、第二析出物が成膜されなかった比較例をはじめとして概ね下回っていることがわかる。
【0059】
【表12】
【0060】
そこで、実施例と比較例の電極特性のうち水素過電圧と酸素過電圧を比較した。
図11は実施例と比較例に係る水電解用電極の水素過電圧測定のためのLSV(Linear Sweep Voltammetry)測定結果を示すグラフであり、図12は同じく酸素過電圧測定のためのLSV(Linear Sweep Voltammetry)測定結果を示すグラフである。水素過電圧の測定は、卑側に電位を制御し、水素発生理論電位が0[V]であることから、電流密度100[mA/cm]に到達するまでに要した電位の値を採用した。酸素過電圧の測定は、電流密度10[mA/cm]に到達するまでに要する電位をη100=E(RHE)-1.23[V](酸素発生理論電位)で計算した。
図11図12の両方とも実施例3、9、13、17、19、29と比較例7、8における水電解用電極の特性を比較したものである。いずれも実施例の特性が比較例よりも明らかに優れていることがこれらの図から理解できる。また、図11においては、これらの実施例間における差異はほとんどなく、いずれも明確に優れた効果を発揮していることも理解できる。
【0061】
最後に、貴金属(イリジウム:Ir)触媒との比較を行ったので、その結果について説明する。
貴金属(Ir)触媒は水熱合成法で調製した。まず、1.0[g]のカーボンブラックと1.5[g]の尿素を十分に混合した。エタノールで3回洗浄した後、得られた黒色固体を60[℃]のオーブンに移し、一晩放置した。乾燥した試料1.0[g]と尿素2.0[g]を混合し、175[℃]の低温で4時間焼成した後、洗浄と乾燥の工程を繰り返した。得られた黒色固体は、ガラスバイアルに保存した。
75[mg]の黒色固体、150[mg]のアスコルビン酸、20[mL]のエチレングリコール、および16[mg]のヘキサクロロイリジウム酸水和物を50[mL]バイアルに添加した。その後、コロイド生成物をエタノールで3回洗浄し、真空乾燥炉に入れ、温度を60[℃]にして24時間維持した。
電気化学測定のため、以下の手順を踏んだ。試料2.0[mg]、エタノール800[μL]、Nafion溶液8[μL]を超音波で分散させ、均一な懸濁液を形成させた。その後、25[μL]の懸濁液をNi基材上に分散させた。これを作用電極とした。
このようにしてNiを基材とする実施例1~9に係る水電解用電極とIr触媒被覆電極の耐久性について25℃1Mの水酸化カリウム(KOH)と85℃30重量%(wt%)のKOHを用いて試験した結果を表13に示す。表13に示されるとおり、実施例1~9では耐久性に問題ないことがわかった。
一方のIr触媒被覆電極では表に示されるとおり、25℃1MのKOHでは陽分極720時間後、85℃30wt%のKOHでは陽分極30分後にいずれも失活してしまうという結果が得られた。
以上の結果から、貴金属触媒(Ir)被覆に係る電極よりも耐久性として優れた性能を発揮することが理解できた。
【0062】
【表13】
【0063】
以上説明したとおり、Ni、Cu、カーボン、Ti、ステンレス、Alのいずれかの材質を備えた導電性基材の表面に、NiがSn及びFeと複合した第一析出物あるいはこれにCoを加えた第一析出物と、その第一析出物の表面に複合酸化物である第二析出物を直接接合して成るような構造を有する水電解用電極は、材料・製造コストの安い非貴金属電極であっても、水素過電圧や酸素過電圧をはじめとする触媒活性度が高く、その高い触媒活性度を長時間に亘って維持可能な高い耐久性を備えているという極めて優位な効果を発揮することができることがわかった。
また、本願の電解用電極の製造方法においては、触媒活性度と耐久性が高く、しかも材料・製造コストが安価な水電解用の非貴金属電極を製造することが可能であるという優れた効果を発揮することもわかった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は水電解用の電極及び燃料電池の電極やその製造方法として広く利用することが可能である。
【符号の説明】
【0065】
1…導電性基材 2…Niイオン 3…Snイオン 4…Feイオン 5…Ni-Sn合金 6…樹枝状析出物 7…Fe-Ni-Sn複合酸化物 8…Coイオン 9…Ni-Sn-Co合金 10…樹枝状析出物 11…Fe-Ni-Co-Sn複合酸化物
【要約】
【課題】貴金属電極の代替となる材料・製造コストの安い非貴金属電極を採用した水電解反応に関わり、触媒活性度が高く、その高い触媒活性度を長時間に亘って維持可能な高い耐久性を備えた水電解用電極とその製造方法を提供する。
【解決手段】水電解用電極は、水の電気分解による水素等の電解製造に用いる電極であって、導電性基材の表面に、NiがSn及びFeと複合した第一析出物と、その第一析出物の表面に複合酸化物である第二析出物を直接接合して成るものである。
【選択図】図7
図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図2E
図2F
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図5D
図5E
図5F
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12