(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-28
(45)【発行日】2023-12-06
(54)【発明の名称】コンプレッションリング
(51)【国際特許分類】
F02F 5/00 20060101AFI20231129BHJP
F16J 9/20 20060101ALI20231129BHJP
【FI】
F02F5/00 R
F16J9/20
(21)【出願番号】P 2022579459
(86)(22)【出願日】2022-01-25
(86)【国際出願番号】 JP2022002621
(87)【国際公開番号】W WO2022168668
(87)【国際公開日】2022-08-11
【審査請求日】2023-04-13
(31)【優先権主張番号】P 2021017809
(32)【優先日】2021-02-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000215785
【氏名又は名称】TPR株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小澤 喬
(72)【発明者】
【氏名】彦根 顕
(72)【発明者】
【氏名】大黒 隆
【審査官】竹村 秀康
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-144170(JP,A)
【文献】実公昭53-022680(JP,Y2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 5/00
F02F 11/00
F16J 1/00- 1/24
F16J 7/00-10/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関のシリンダに装着されるピストンに形成されたリング溝に設けられるコンプレッションリングであって、
前記コンプレッションリングの外周面は、該コンプレッションリングの周長方向に直交する断面において該コンプレッションリングの最大径となる外周頂点を含み該コンプレッションリングの径方向外側に凸状となるように湾曲したバレル曲面であって、該断面において前記外周頂点を境に該コンプレッションリングの軸方向に対称に形成されたバレル曲面を含み、
前記コンプレッションリングの軸方向における前記外周面の幅をL1としたとき、0.2mm<1/2×L1の条件を満たし、
前記断面において、前記コンプレッションリングの軸方向において前記外周頂点から0.1mm離れた前記バレル曲面上の2点の夫々と前記外周頂点との前記コンプレッションリングの径方向における距離をd1とし、前記断面において、前記コンプレッションリングの軸方向において前記外周頂点から1/4×L1離れた前記バレル曲面上の2点の夫々と前記外周頂点との前記コンプレッションリングの径方向における距離をd2としたとき
、流体潤滑領域における油膜のせん断抵抗を低減するために、d1<d2の条件を満たし、
前記断面において、前記バレル曲面は、前記外周頂点を含み第1の曲率半径で湾曲した径大領域と、該コンプレッションリングの軸方向において前記径大領域の両側に位置し前記第1の曲率半径よりも小さな第2の曲率半径で湾曲した径小領域と、に区分され、
前記コンプレッションリングの軸方向における前記径大領域の幅をL2としたとき、0.2mm≦L2≦1/2×L1の条件を満た
し、
前記コンプレッションリングの軸方向において前記外周頂点から0.1mm離れた前記バレル曲面上の前記2点が径大領域上に位置し、且つ、前記コンプレッションリングの軸方向において前記外周頂点から1/4×L1離れた前記バレル曲面上の前記2点が径小領域上に位置する、
コンプレッションリング。
【請求項2】
d1<d2であって、
0.05μm≦d1≦0.7μm、且つ、4.0μm≦d2≦15.0μmである、
請求項1に記載のコンプレッションリング。
【請求項3】
前記断面において、前記コンプレッションリングの軸方向における前記外周面の中点と前記外周頂点との前記コンプレッションリングの軸方向における距離は、0.05mm以下である、
請求項1又は2に記載のコンプレッションリング。
【請求項4】
0.8mm≦L1≦2.5mmである、
請求項1から3の何れか一項に記載のコンプレッションリング。
【請求項5】
前記内燃機関は、ガソリンエンジンである、
請求項1から4の何れか一項に記載のコンプレッションリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンプレッションリングに関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な自動車に搭載される内燃機関(エンジン)は、トップリング及びセカンドリングを含む2本のコンプレッションリング(圧力リング)と1本のオイルリングとを組み合わせた3本のピストンリングを、シリンダに装着されたピストンに設けた構成を採用している。これら3本のピストンリングは、上側(燃焼室側)から順にトップリング、セカンドリング、オイルリングがピストンの外周面に形成されたリング溝に装着され、シリンダ内壁面を摺動する。燃焼室から最も遠いオイルリングは、シリンダ内壁面に付着した余分なエンジンオイル(潤滑油)をクランク側に掻き落とすことでオイルの燃焼室側への流出(オイル上がり)を抑制するオイルシール機能や、潤滑油膜がシリンダ内壁面に適切に保持されるようにオイル量を調整することで内燃機関の運転に伴うピストンの焼き付きを防止する機能を有する。コンプレッションリングは、気密を保持することで燃焼室側からクランク室側への燃焼ガスの流出(ブローバイ)を抑制するガスシール機能や、オイルリングが掻き落とし切れなかった余分なオイルを掻き落とすことでオイル上がりを抑制するオイルシール機能を有する。このようなピストンリングの組み合わせにより、内燃機関におけるブローバイガスの低減とオイル消費の低減が図られている。
【0003】
高回転域での使用が想定される4輪乗用車向けの内燃機関には、トップリングの外周面とシリンダ内壁との間に生じる摩擦(フリクション)を低減し、内燃機関の摩擦損失を低減するために、上下対称なバレル形状の外周面を有するトップリングが主に採用されている。これに関連して、特許文献1には、バレル形状の外周面を有するトップリングにおいて、外周面の上下中央部分の曲率半径をその両側部分の曲率半径よりも大きくすることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】実開昭64-8553号公報
【文献】実公昭53-22680号公報
【文献】特開2005-273583号公報
【文献】実開平2-98262号公報
【文献】特開2002-39384号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、内燃機関のハイブリット化やレンジエクステンダー向け内燃機関の開発が押し進められている。これらの内燃機関は、停止・始動を繰り返しながら間欠的に運転することが多い。そのため、油温が上がり難くなり、従来の内燃機関と比較して、オイルの粘度が高い状態で運転することが多い。従って、このような条件下であってもシリンダ内壁との間に生じる摩擦(フリクション)を低減し、内燃機関の摩擦損失を低減することが、ピストンリングの性能に求められている。
【0006】
オイルの粘度が大きくなる低油温の状況下で、シリンダ内壁とリング外周面との間の油膜が比較的厚い流体潤滑領域におけるフリクションを低減するためには、シリンダ内壁とリング外周面との接触面積を小さくし、油膜のせん断抵抗を小さくすることが有効である。そのため、バレル形状の外周面を有するトップリングの場合、外周面の曲率半径を小さくすることで、流体潤滑領域におけるフリクションを低減できる。しかしながら、そのようにするとシリンダ内壁に対するリング外周面の面圧が高くなるため、ピストンの上下死点付近の、油膜が薄くシリンダ内壁と外周面との固体接触が生じる境界潤滑領域においては、必要以上にオイルが掻き落とされ、油膜切れを起こす虞がある。そうなると、却ってフリクションが増大することが懸念される。
【0007】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、コンプレッションリングにおいてフリクションを低減することが可能な技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決すべく、本発明は、以下の構成を採用した。即ち、本発明は、内燃機関のシリンダに装着されるピストンに形成されたリング溝に設けられるコンプレッションリングであって、前記コンプレッションリングの外周面は、該コンプレッションリングの周長方向に直交する断面において該コンプレッションリングの最大径となる外周頂点を含み該コンプレッションリングの径方向外側に凸状となるように湾曲したバレル曲面であって、該断面において前記外周頂点を境に該コンプレッションリングの軸方向に対称に形成されたバレル曲面を含み、前記コンプレッションリングの軸方向における前記外周面の幅をL1としたとき、0.2mm<1/2×L1の条件を満たし、前記断面において、前記コンプレッションリングの軸方向において前記外周頂点から0.1mm離れた前記バレル曲面上の2点の夫々と前記外周頂点との前記コンプレッションリングの径方向における距離をd1とし、前記断面において、前記コンプレッションリングの軸方向において前記外周頂点から1/4×L1離れた前記バレル曲面上の2点の夫々と前記外周頂点との前記コンプレッションリングの径方向における距離をd2としたとき、d1<d2の条件を満たす、コンプレッションリングである。
【0009】
ここで、「外周面」とは、ピストンリングの幅(軸方向寸法)を規定する軸方向両端面の外周縁同士を接続する面のことを指す。「周長方向」とは、特に指定しない限りはピストンリングの周長方向のことを指す。「径方向」とは、特に指定しない限りはピストンリングの半径方向のことを指す。「軸方向」とは、特に指定しない限りは当該ピストンリングの中心軸に沿う方向のことを指す。また、「バレル形状」とは、ピストンリングにおいて最大径となる頂部を含んで径方向外側に凸状となるように湾曲した面形状のことを指し、「対称バレル形状」は、バレル形状であって、該頂部を境に軸方向(上下方向)に対称な面形状のことを指す。
【0010】
本発明によると、外周頂点近傍の領域内にある外周頂点から上下に0.1mmの位置における落差d1を小さくし、シリンダ内壁と外周面との接触面積を確保することで、境界潤滑領域におけるフリクションの増加を抑制し、一方で、流体潤滑領域における油膜形成範囲内にある外周頂点から上下に1/4×L1の位置における落差を大きくし、油膜のせん断抵抗を小さくすることで、流体潤滑領域におけるフリクションを低減できる。つまり、境界潤滑領域におけるフリクションの増加を抑制しつつも流体潤滑領域におけるフリクションを低減できる。
【0011】
また、本発明では、前記断面において、前記バレル曲面は、前記外周頂点を含み第1の曲率半径で湾曲した径大領域と、該コンプレッションリングの軸方向において前記径大領域の両側に位置し前記第1の曲率半径よりも小さな第2の曲率半径で湾曲した径小領域と、に区分され、前記コンプレッションリングの軸方向における前記径大領域の幅をL2としたとき、0.2mm≦L2≦1/2×L1の条件を満たすように構成されてもよい。
【0012】
更に、本発明では、d1<d2であって、0.05μm≦d1≦0.7μm、且つ、4.0μm≦d2≦15.0μmであってもよい。
【0013】
更に、本発明において、前記断面において、前記コンプレッションリングの軸方向における前記外周面の中点と前記外周頂点との前記コンプレッションリングの軸方向における距離は、0.05mm以下であってもよい。
【0014】
更に、本発明では、0.8mm≦L1≦2.5mmであってもよい。
【0015】
更に、本発明において、前記内燃機関は、ガソリンエンジンであってもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、コンプレッションリングにおいてフリクションを低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、実施形態に係るトップリングが設けられた内燃機関の断面拡大図である。
【
図2】
図2は、実施形態に係るトップリングが設けられた内燃機関のトップリング溝付近の断面拡大図である。
【
図3】
図3は、トップリングの外周面付近の断面拡大図である。
【
図4】
図4は、実験例1~3の油圧の分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照しながら、本発明に係るコンプレッションリングの好ましい実施の形態について説明する。以下に説明する実施形態は、本発明に係るコンプレッションリングをトップリングに適用したものであるが、あくまでも一例であり、本発明はトップリングに限定されない。本発明は、セカンドリングにも適用できる。なお、以下の実施形態に記載されている構成は、特に記載がない限りは発明の技術的範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0019】
図1は、実施形態に係るトップリングが設けられた内燃機関の断面拡大図である。
図1に示すように、実施形態に係る内燃機関1000は、シリンダ200と、シリンダ200に装着されたピストン100と、を有する。
【0020】
図1に示すように、内燃機関1000では、ピストン外周面110とシリンダ内壁210との間に所定の離間距離が確保されることにより、ピストン隙間PC1が形成されている。また、ピストン外周面110には、ピストン100の軸方向に所定の間隔を空けて、燃焼室側から順にトップリング溝101、セカンドリング溝102、オイルリング溝103が形成されている。ピストン外周面110は、トップリング溝101、セカンドリング溝102、オイルリング溝103によって区画される。
図1に示すように、トップリング溝101、セカンドリング溝102、オイルリング溝103には、夫々、トップリング10、セカンドリング20、オイルリング30が装着される。
図1に示すように各ピストンリングがシリンダ200に装着されたピストン100の対応するリング溝に装着された状態を、「使用状態」と称する。各ピストンリングは、使用状態において、夫々の外周面がシリンダ内壁210を押圧するように自己張力を有している。
【0021】
また、以下の説明において、「周長方向」とは、特に指定しない限りはピストンリングの周長方向のことを指す。「径方向」とは、特に指定しない限りはピストンリングの半径方向のことを指す。「軸方向」とは、特に指定しない限りは当該ピストンリングの中心軸に沿う方向のことを指す。また、ピストンリングについて、「外周面」とは、リング(又はセグメント)の幅(軸方向寸法)を規定する軸方向両端面の外周縁同士を接続する面のことを指し、「内周面」とは、該軸方向両端面の内周縁同士を接続する面のことを指す。
【0022】
ここで、
図1における矢印は、上下の向きを表している。本明細書では、内燃機関1000について、燃焼室側を「上側」とし、クランク室側を「下側」と定義する。また、ピストン100、シリンダ200、トップリング10、セカンドリング20、オイルリング30の夫々について、夫々の軸方向を上下方向と定義し、これらが使用状態にあるときの燃焼室側を夫々の「上側」と定義し、その反対側(即ち、燃焼室から離れる側であり、クランク室側)を夫々の「下側」と定義する。
【0023】
また、本明細書において、「バレル形状」とは、ピストンリングにおいて最大径となる頂部を含んで径方向外側に凸状となるように湾曲した面形状のことを指し、「対称バレル形状」は、バレル形状であって、該頂部を境に軸方向(上下方向)に対称な面形状のことを指す。
図1に示すように、実施形態に係る内燃機関1000は、外周面が対称バレル形状を有するトップリング10と、外周部の下部が切り欠かれたアンダーカット形状を有するセカンドリング20と、一対のセグメント(サイドレール)30a,30aと該一対のセグメントを径方向外側(シリンダ内壁210)に付勢するエキスパンダ・スペーサ30bとを含むオイルリング30と、によって構成されたピストンリングの組み合わせを採用している。但し、本発明はこれに限定されない。
【0024】
以下、実施形態に係るトップリング10について詳細に説明する。
図2は、実施形態に係るトップリング10が設けられた内燃機関1000のトップリング溝101付近の断面拡大図である。
図2に示すように、トップリング溝101は、上下に対向する一対の内壁によって形成されており、これらのうち、上側の内壁を上壁W1と称し、下側の内壁を下壁W2と称する。
図2に示すように、トップリング10は、上側に設けられた上面1と、下側に設けられた下面2と、上面1の外周縁E1と下面2の外周縁E2とを接続する外周面3と、上面1の内周縁E3と下面2の内周縁E4とを接続する内周面4と、を有する。トップリング10が、トップリング溝101に装着された状態、即ち、使用状態にあるとき、上面1が上側に位置してトップリング溝101の上壁W1に対向し、下面2が下側に位置して下壁W2に対向し、外周面3がシリンダ内壁210に摺接する。
【0025】
図3は、トップリング10の外周面3付近の断面拡大図である。
図3の符号CL1は、トップリング10の上下方向(軸方向)における幅の中央を通る直線(中心線)を示す。
図3に示すように、外周面3は、トップリング10の外周端部に設けられるバレル曲面S1と、バレル曲面S1と上面1及び下面2とをそれぞれ接続する一対の接続面S2,S2と、を含む。一対の接続面S2,S2の一方は、バレル曲面S1の上側(燃焼室側)の周縁(以下、上縁)E11と上面1の外周縁E1とを接続する。一対の接続面S2,S2の他方は、バレル曲面S1の下側(クランク室40側)の周縁(以下、下縁)E12と下面2の外周縁E2とを接続する。一対の接続面S2,S2は、中心線CL1を境に上下対称に形成されている。
【0026】
図3に示すように、バレル曲面S1は、バレル形状に形成されている。即ち、バレル曲面S1は、トップリング10の周長方向と直交する断面において、トップリング10において最大径となる外周頂点P1を含み、径方向外側に凸状となるように所定の曲率半径で湾曲している。バレル曲面S1の外周頂点P1は、外周面3においてトップリング10の径方向最外に位置しており、バレル曲面S1は、使用状態においてシリンダ内壁210に摺接する。本実施形態では、外周頂点P1は、中心線CL1上に位置しており、上下方向(軸方向)における外周面3の中点C1と一致している。更に、このバレル曲面S1は、対称バレル形状に形成されている。即ち、バレル曲面S1は、周長方向に直交する断面において外周頂点P1を境に上下対称に形成されている。ここで、上下方向における外周面3の幅をL1とする。このとき、トップリング10は、0.2mm<1/2×L1の条件を満たすように構成されている。
【0027】
図3に示すように、トップリング10の周長方向と直交する断面において、バレル曲面S1は、曲率半径の異なる径大領域S11と一対の径小領域S12,S12とに区分される。径大領域S11は、外周頂点P1を含んでおり、第1の曲率半径R1で湾曲している。一対の径小領域S12,S12は、上下方向において径大領域S11を挟むように径大領域S11の両側に位置しており、R1よりも小さな第2の曲率半径R2で湾曲している。つまり、R2<R1となっている。ここで、上下方向における径大領域S11の幅をL2とする。このとき、トップリング10は、0.2mm≦L2≦1/2×L1の条件を満たすように構成されている。
【0028】
ここで、
図3の符号P2,P3は、上下方向において外周頂点P1から0.1mm離れたバレル曲面S1上の2点を示す。点P2は該2点のうちの上側(燃焼室側)の点であり、点P3は該2点のうちの下側(クランク室側)の点である。点P2,P3は、径大領域S11上に位置している。また、
図3の符号P4、P5は、上下方向において外周頂点P1から1/4×L1離れたバレル曲面S1上の2点を示す。点P4は該2点のうちの上側の点であり、点P5は該2点のうちの下側の点である。点P4は上側の径小領域S12上に位置し、点P5は下側の径小領域S12上に位置している。また、点P2,P3の夫々と外周頂点P1との径方向における距離を落差d1とし、点P4,P5の夫々と外周頂点P1との径方向における距離を落差d2とする。このとき、トップリング10は、d1<d2の条件を満たすように構成されている。
【0029】
ここで、一般的に、オイルの粘度が大きくなる低油温の状況下では、シリンダ内壁とリング外周面との間の油膜が比較的厚い流体潤滑領域におけるフリクションが大きくなる。流体潤滑領域におけるフリクションを低減するためには、シリンダ内壁とリング外周面との接触面積を小さくし、油膜のせん断抵抗を小さくすることが有効である。一方で、シリンダ内壁とリング外周面との接触面積を小さくするとシリンダ内壁に対するリング外周面の面圧が高くなる。面圧が高くなりすぎると、ピストンの上下死点付近の、油膜が薄くシリンダ内壁と外周面との固体接触が生じる境界潤滑領域においては、必要以上にオイルが掻き落とされ、油膜切れを起こす虞がある。そのため、バレル形状の外周面を有するトップリングにおいて、外周面の曲率半径を一様に小さくすることでシリンダ内壁とリング外周面との接触面積を小さくし、流体潤滑領域におけるフリクションを低減した場合、境界潤滑領域での油膜切れにより却ってフリクションが増大することが懸念される。
【0030】
これに対して、本発明者は、流体潤滑領域では油膜形成範囲(油圧の高い範囲)が外周面の全域ではなく外周頂点の周辺に狭まっており、更に外周頂点の近傍において油圧が最大となることを発見した。これを踏まえ、本発明者は、外周頂点近傍の領域における落差よりも該領域に隣接する領域における落差を大きくした。具体的に、本実施形態では、0.2mm<1/2×L1の条件を満たし、上下方向(軸方向)において外周頂点P1から0.1mm離れたバレル曲面S1上の2点P2,P3の夫々と外周頂点P1との径方向における距離d1と、上下方向において外周頂点P1から1/4×L1離れたバレル曲面S1上の2点P4,P5の夫々と外周頂点P1との径方向における距離d2とが、d1<d2の条件を満たすように、トップリング10が構成されている。これによると、外周頂点P1近傍の領域内にある外周頂点P1から上下に0.1mmの位置における落差d1を小さくし、シリンダ内壁210と外周面3との接触面積を確保することで、境界潤滑領域におけるフリクションの増加を抑制し、一方で、流体潤滑領域における油膜形成範囲内にある外周頂点P1から上下に1/4×L1の位置における落差を大きくし、油膜のせん断抵抗を小さくすることで、流体潤滑領域におけるフリクションを低減できる。つまり、境界潤滑領域におけるフリクションの増加を抑制しつつも流体潤滑領域におけるフリクションを低減できる。
【0031】
更に、本実施形態では、バレル曲面S1は、外周頂点P1を含み第1の曲率半径R1で湾曲した径大領域S11と、上下方向(軸方向)において径大領域S11の両側に位置し第1の曲率半径R1よりも小さな第2の曲率半径R2で湾曲した径小領域S12と、に区分され、上下方向における径大領域S11の幅L2が、0.2mm≦L2≦1/2×L1の条件を満たすように、トップリング10が構成されている。つまり、曲率半径の大きい径大領域S11の上下幅を0.2mm以上1/2×L1以下とすることで、d1の測定位置である外周頂点P1から0.1mm離れたバレル曲面S1上の2点P2,P3が径大領域S11上に位置し、d2の測定位置である外周頂点P1から1/4×L1離れたバレル曲面S1上の2点P4,P5が径小領域S12上に位置するように、トップリング10が構成されている。これにより、d1<d2とすることができ、フリクションを低減できる。但し、本発明はこれに限定されず、R1とR2は同等若しくは実質的に同等であってもよい。
【0032】
また、d1<d2の条件を満たした上で、0.05μm≦d1≦0.7μm、且つ、4.0μm≦d2≦15.0μmとしてもよく、0.05μm≦d1≦0.7μm、且つ、6.0μm≦d2≦15.0μmとすることが好ましく、0.05μm≦d1≦0.7μm、且つ、8.0μm≦d2≦15.0μmとすることが更に好ましい。こうすることで、フリクションをより低減できる。但し、本発明はこれに限定されない。
【0033】
また、本実施形態では、トップリング10の周長方向に直交する断面において、外周面3の中点C1と外周頂点P1が一致しているが、中点C1と外周頂点P1は、上下方向にずれていてもよい。但し、中点C1と外周頂点P1との上下方向(軸方向)における距離は、0.05mm以下とすることが好ましく、0.02mm以下とすることが更に好ましい。
【0034】
また、0.8mm≦L1≦2.5mmとすることが好ましく、1.0mm≦L1≦1.5mmとすることが更に好ましい。但し、本発明はこれに限定されない。
【0035】
また、本発明に係るコンプレッションリングの外周面は、PVD処理膜、DLC膜、及びクロムめっき処理膜のうち少なくとも何れか1つの層を含む硬質被膜を前記コンプレッションリングの外周面に有してもよい。これによると、コンプレッションリングの外周面における摩擦力を低減し、耐摩耗性を向上させることができる。なお、「PVD( physical vapor deposition)処理膜」とは、PVD法により形成された被膜のことを指す。PVD法は、ターゲットから出射された粒子を付着させることで相手材の表面に膜を形成する蒸着法の一種であり、物理気相成長とも呼ばれる。また、「DLC( Diamond Like Carbon)膜」とは、主として炭化水素や炭素の同素体により構成される非晶質の硬質炭素膜のことを指す。また、「クロムめっき処理膜」とは、クロムめっきにより形成された被膜のことを指す。
【0036】
また、本発明に係るコンプレッションリングは、ガソリンエンジンに設けることが好ましい。但し、本発明に係るコンプレッションリングの適用対象となる内燃機関は、ガソリンエンジンに限定されない。内燃機関は、ディーゼルエンジンであってもよい。
【0037】
[油圧実験]
流体潤滑領域におけるシリンダ内壁とトップリングの外周面との間の油圧を測定する実験を行った。本実験で用いた試験機は、ボア径86mm、ストローク60mmの内燃機関構造を備えている。本実験では、後述する実験例1~3の夫々について試験機を運転させ、シリンダ内壁とトップリングの外周面との間の油圧の分布を測定した。実験条件は、クランク回転数を1200rpm、油温を80℃とした。
【0038】
[実験例]
実験例1~3は、対称バレル形状の外周面を有するトップリングを用いた。実験例1~3の外周頂点P1は、外周面3の上下中心に位置する。実験例1~3ではL1を1.2mmとし、d2の大きさを異ならせた。d2は、外周面3の上下中心に位置する外周頂点P1から上下に0.3mm(1/4×L1)の位置における落差となる。実験例1ではd2を15μmとし、実験例2ではd2を8μmとし、実験例3ではd2を4μmとした。なお、本発明は実験例により限定されるものではない。
【0039】
[実験結果]
図4は、実験例1~3の油圧の分布を示す図である。
図4では、下降行程においてピストン速度が最大速度となるピストンストロークの中間点であるクランク角度77°の油圧分布が示されている。
図4のグラフの縦軸は、トップリングの下面からの高さを示し、横軸は油圧を示す。
図4の実験例1~3から分かるように、流体潤滑領域における油圧0.6MPa以上の油膜形成範囲は、リングの上下幅よりも狭いことが確認できた。また、実験例1~3を比較することで、d2を大きくすることで油膜形成範囲が狭まることが確認できた。これにより、流体潤滑領域では、外周頂点P1から上下に1/4×L1離れた位置における落差を大きくすることで油膜のせん断抵抗を低減できることを確認できた。
【0040】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、上述した種々の形態は、可能な限り組み合わせることができる。
【符号の説明】
【0041】
1000 :内燃機関
100 :ピストン
200 :シリンダ
10 :トップリング
3 :外周面
P1 :外周頂点
S1 :バレル曲面
S11 :径大領域
S12 :径小領域