(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-29
(45)【発行日】2023-12-07
(54)【発明の名称】高強度高延性鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231130BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20231130BHJP
C22C 38/14 20060101ALI20231130BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C21D8/02 B
C22C38/14
C22C38/58
(21)【出願番号】P 2019058634
(22)【出願日】2019-03-26
【審査請求日】2021-11-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【氏名又は名称】亀松 宏
(72)【発明者】
【氏名】常木 量子
(72)【発明者】
【氏名】篠原 康浩
(72)【発明者】
【氏名】海老原 潔
(72)【発明者】
【氏名】藤岡 政昭
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-266735(JP,A)
【文献】特開2007-327087(JP,A)
【文献】特開平06-293936(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成が、質量%で、
C :0.03~0.14%、
Si:0.05~0.50%、
Mn:1.20~2.50%、
P :0.015%以下、
S :0.010%以下、
Ti:0.005~0.030%、
Al:0.005~0.030%、
N :0.001~0.005%、
O :0.001~0.005%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼板であって、
(i)鋼板組織が、フェライトとベイナイトの2相混合組織であり、該組織において、
(i-1)フェライトの平均粒径が20μm以下、フェライトの分率が面積率で30%以上、ベイナイトの分率が面積率で38%以上、ベイナイトの平均硬さが230Hv以上であり、かつ、
(i-2)MA分率が面積率で
0.9%以上3%未満で、フェライト粒の周囲に
生成するM
Aの最大長さが10μm以下、前記MAの最大長さの平均である平均長さが0.1~2.0μmであり、
(ii)前記鋼板組織の機械特性が、
(ii-1)GOST規格の試験片形状の全厚引張試験による降伏強度が575MPa以上、引張強度が640MPa以上で、一様伸びに係るn値が0.1~0.2、全伸びが20%以上であることを特徴とする高強度高延性鋼板。
【請求項2】
前記鋼板組織の機械特性が、さらに
(ii-2)靭性値vE
-40が200J/cm
2以上である
ことを特徴とする請求項1に記載の高強度高延性鋼板。
【請求項3】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cu:0.01~0.50%、
Ni:0.01~0.50%、
Cr:0.01~0.50%、
Mo:0.01~0.50%、
V :0.10%以下、
Nb:0.005~0.030%、
B :0.005%以下の1種又は2種以上を含有する
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の高強度高延性鋼板。
【請求項4】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Ca:0.0001~0.0050%、
Mg:0.0001~0.0050%、
REM:0.0035%以下の1種又は2種以上を含有する
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の高強度高延性鋼板。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の高強度高延性鋼板を製造する製造方法であって、
(iv)請求項1~4のいずれか1項に記載の鋼板の成分組成と同じ成分組成の鋼片を1050~1250℃に加熱した後、未再結晶温度域にて、累積圧下率40%以上で熱間圧延し、700℃以上で熱間圧延を終了し、次いで、
(v)熱間圧延終了後50秒以内に冷却帯へ搬送し、10℃/秒以上の平均冷却速度で、熱間圧延終了温度-(50~150)℃の温度まで冷却して、該温度に3秒超~15秒保持し、続いて、
(vi)30℃/秒以上の平均冷却速度で350~500℃まで冷却する
ことを特徴とする高強度高延性鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に、ラインパイプ分野での使用に好適な、高強度と高靭性を有する鋼板とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶接構造用鋼材においては、近年、高強度と高靱性に加え、耐震性の観点から、高一様伸びが求められている。一般に、鋼材の金属組織を、軟質相であるフェライトと硬質相であるベイナイトなどの二相の組織にすることで、鋼材の高一様伸び化が可能であることが知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、API 5L X70グレード以下の耐歪時効特性に優れた低降伏比高強度鋼板が開示されている。加速冷却後に再加熱することで、表裏面の硬さを含む組織制御をして、強度X70レベルでの全伸びを確保する熱処理方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の熱処理方法は、加速冷却後に高温処理を行なうことで、有害な硬化組織を焼戻し、延性の回復を図るものであるが、X80レベル以上の強度を確保することは難しい。
【0006】
鋼板組織においてフェライト相が必須であるため、X80レベル以上に高強度化しようとすると、より多くの合金元素の添加が必要となり、その結果、低温靱性が低下する。さらに、熱処理設備に急速加熱設備を設置すると、実質的に、熱処理工程数が増加し、生産性の低下や、製造コストの増加を招くことになる。
【0007】
本発明は、従来技術における上記課題を踏まえ、鋼板の機械特性において、API 5L X80グレード以上の高強度と高靭性(一様伸び、局部伸びの双方)を確保することを課題とし、該課題を解決する高強度高靭性鋼板と、該鋼板を、高製造効率で、かつ、安定した高品質で製造することが可能な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋼板の金属組織とその製造方法について鋭意検討した。その結果、以下の知見(v)~(z)を得るに至った。
【0009】
(v)強度と伸びを確保するためには、主要な組織として、フェライトとベイナイトの二相組織が必要である。降伏強度(YS)に関しては、フェライト粒径の細粒化が必要であり、一様伸びに関しては、高いフェライト分率が必要である。
【0010】
(w)制御圧延と加速冷却を用いると、フェライトとベイナイトの組織制御は可能であるが、低温靭性等に有害なMA組織(Martensite-Austenite Constituent、以下、単に「MA」という。)の生成は避けられない。
【0011】
(x) 引張試験時に、フェライト/MAの異相界面、又は、ベイナイト/MAの異相界面に応力が集中し、これらの異相界面にマイクロクラックが発生してボイドへと成長する。その結果、局部伸びが低下し、全伸びが低下する。それ故、高延性化の観点から、MAの生成を抑制する必要がある。
【0012】
(y)MA分率の増加だけでなく、MA自体の増大が、マイクロクラックの発生を助長する。特に、粗大なフェライトの回りに生成したMAで、引張方向に垂直な方向に伸びたMAは、マイクロクラックの発生を著しく助長する。
【0013】
そして、以上の知見から、次の知見(z)を得るに至った。
【0014】
(z)鋼板の機械特性において強度と延性を確保するには、鋼板組織を、フェライトとベイナイトの二相組織とする必要があるが、生成するMAに関しては、(z-1)MA分率を下げるとともに、(z-2)粗大なフェライト生成を抑制して、引張方向に垂直な方向に伸びたMAの生成を抑制し、MAを微細に分散させれば、大きな強度低下を招くことなく、高伸び特性(特に、局部伸び)を得ることができる。
【0015】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は、以下の通りである。
【0016】
(1)成分組成が、質量%で、
C :0.03~0.14%、
Si:0.05~0.50%、
Mn:1.20~2.50%、
P :0.015%以下、
S :0.010%以下、
Ti:0.005~0.030%、
Al:0.005~0.030%、
N :0.001~0.005%、
O :0.001~0.005%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼板であって、
(i)鋼板組織が、主として、フェライトとベイナイトの2相混合組織からなり、該組織において、
(i-1)平均粒径20μm以下のフェライトのフェライト分率が面積率で30%以上で、ベイナイトの平均硬さが、230Hv以上であり、かつ、
(i-2)MA分率が面積率で3%未満で、フェライト粒の周囲に生成するMAの最大長さが10μm以下、平均長さが0.1~2.0μmである
ことを特徴とする高強度高延性鋼板。
【0017】
(2)前記鋼板組織の機械特性が、
(ii-1)GOST規格の試験片形状の全厚引張試験による降伏強度が575MPa以上、引張強度が640MPa以上で、一様伸びに係るn値が0.1~0.2、全伸びが20%以上で、
(ii-2)靭性値vE-40が200J/cm2以上である
ことを特徴とする前記(1)に記載の高強度高延性鋼板。
【0018】
(3)前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cu:0.01~0.50%、
Ni:0.01~0.50%、
Cr:0.01~0.50%、
Mo:0.01~0.50%、
V :0.10%以下、
Nb:0.005~0.030%、
B :0.005%以下
の1種又は2種以上を含有する
ことを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の高強度高延性鋼板。
【0019】
(4)前記成分組成が、さらに、質量%で、
Ca:0.0001~0.0050%、
Mg:0.0001~0.0050%、
REM:0.0035%以下
の1種又は2種以上を含有する
ことを特徴とする前記(1)~(3)のいずれかに記載の高強度高延性鋼板。
【0020】
(5)前記(1)~(4)のいずれかに記載の高強度高延性鋼板を製造する製造方法であって、
(iv)前記(1)~(4)のいずれかに記載の鋼板の成分組成と同じ成分組成の鋼片を1050~1250℃に加熱した後、未再結晶温度域にて、累積圧下率40%以上で熱間圧延し、700℃以上で熱間圧延を終了し、次いで、
(v)熱間圧延終了後50秒以内に冷却帯へ搬送し、10℃/秒以上の平均冷却速度で、熱延終了温度-(50~150)℃の温度まで冷却して、該温度域に3秒超~15秒保持し、続いて、
(vi)30℃/秒以上の平均冷却速度で350~500℃まで冷却する
ことを特徴とする高強度高延性鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、低温靭性の低下を招く多量の合金元素を添加せずに、主に、寒冷地におけるラインパイプ用鋼板として使用し得る、局部伸びに優れた低降伏比の高強度高靭性鋼板を、生産性及び経済性よく大量に安定して製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の製造方法の工程を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の高強度高延性鋼板(以下「本発明鋼板」ということがある。)は、
成分組成が、質量%で、C:0.03~0.14%、Si:0.05~0.50%、Mn:1.20~2.50%、P:0.015%以下、S:0.010%以下、Ti:0.005~0.030%、Al:0.005~0.030%、N:0.001~0.005%、O:0.001~0.005%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼板であって、
(i)鋼板組織が、主として、フェライトとベイナイトの2相混合組織からなり、該組織において、
(i-1)平均粒径20μm以下のフェライトのフェライト分率が面積率で30%以上で、ベイナイトの平均硬さが230Hv以上であり、かつ、
(i-2)MA分率が面積率で3%未満で、フェライト粒の周囲に生成するMAの最大長さが10μm以下、平均長さが0.1~2.0μmである
ことを特徴とする。
【0024】
本発明の高強度高延性鋼板の製造方法(以下「本発明製造方法」ということがある。)は、本発明鋼板を製造する製造方法であって、
(iv)本発明鋼板の成分組成と同じ成分組成の鋼片を1050~1250℃に加熱した後、未再結晶温度域にて、累積圧下率40%以上で熱間圧延し、700℃以上で熱間圧延を終了し、次いで、
(v)熱間圧延終了後50秒以内に冷却帯へ搬送し、10℃/秒以上の平均冷却速度で、熱延終了温度-(50~150)℃の温度まで冷却して、該温度に3秒超~15秒保持し、続いて、
(vi)30℃/秒以上の平均冷却速度で350~500℃まで冷却する
ことを特徴とする。
【0025】
初めに、本発明鋼板について説明する。
【0026】
まず、本発明鋼板の成分組成の限定理由について説明する。以下、成分組成に係る%は、質量%を意味する。
【0027】
C:0.03~0.14%
Cは、強度の確保に必要な元素である。0.03%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Cは0.03%以上とする。好ましくは0.06%以上である。一方、0.14%を超えると、母材靭性及び溶接熱影響部(HAZ)靭性が劣化し、また、MAが生成して、伸びが低下するので、Cは0.14%以下とする。好ましくは0.11%以下である。
【0028】
Si:0.05~0.50%
Siは、脱酸のため添加し、また、固溶強化により強度向上に寄与する元素である。0.05%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Siは0.05%以上とする。好ましくは0.10%以上である。一方、0.50%を超えると、靭性や溶接性が劣化するので、Siは0.50%以下とする。好ましくは0.40%以下である。
【0029】
なお、Siは、MAの生成を促す元素でもあるので、成分組成や製造条件の変動によらず、安定してMAの生成を抑制するためには、0.35%以下がより好ましい。
【0030】
Mn:1.20~2.50%
Mnは、強度や焼入性の向上に寄与する元素である。1.20%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Mnは1.20%以上とする。好ましくは1.50%以上である。一方、2.50%を超えると、靱性及び溶接性が劣化するので、Mnは2.50%以下とする。好ましくは2.20%以下である。
【0031】
なお、Mnは、MAの生成を促す元素でもあるので、成分組成や製造条件の変動によらず、安定してMAの生成を抑制するためには、2.00%以下がより好ましい。
【0032】
P:0.015%以下
Pは、不可避的不純物元素であり、また、粒界に偏析して靱性を劣化させる元素である。0.015%を超えると、粒界偏析や中心偏析が著しくなり、母材靭性が劣化するので、Pは0.015%以下とする。好ましくは0.012%以下である。
【0033】
中心偏析部では、成分組成や製造条件が変動すると、MAが多量に生成するので、より好ましくは0.010%以下である。下限は特に限定しないが、0.0005%未満への低減は、製造コストの上昇を招くので、実用鋼板上、0.0005%が実質的な下限である。
【0034】
S:0.010%以下
Sは、不可避的不純物元素であり、また、熱延時の割れの原因となるMnSを生成する元素である。できるだけ低減することが好ましいが、0.010%を超えると、MnSの生成量が増加して母材靭性が劣化するので、Sは0.010%以下とする。好ましくは0.005%以下である。下限は特に限定しないが、0.0005%未満への低減は、製造コストの上昇を招くので、実用鋼板上、0.0005%が実質的な下限である。
【0035】
Ti:0.005~0.030%
Tiは、O及びNと結合して、粒内フェライトの生成を促進する機能を有するTiO及びTiNを形成する元素である。TiNやTiOのピンニング効果により、溶接熱影響部におけるオーステナイトの粗大化を抑制し、低温靭性を向上させる重要な元素である。0.005%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Tiは0.005%以上とする。好ましくは0.008%以上である。
【0036】
一方、0.030%を超えると、TiNやTiOが粗大化し、溶接熱影響部の靭性が劣化するので、Tiは0.030%以下とする。好ましくは0.025%以下である。
【0037】
Al:0.005~0.030%
Alは、脱酸元素である。0.005%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Alは0.005%以上とする。好ましくは0.010%以上である。
【0038】
一方、0.030%を超えると、酸化物が生成して鋼の清浄度が低下し、靱性が劣化するので、Alは0.030%以下とする。好ましくは0.025%以下である。
【0039】
なお、Alは、MAの生成を促す元素であるので、成分組成や製造条件の変動によらず、安定してMAの生成を抑制するためには、0.020%以下がより好ましい。
【0040】
N:0.001~0.005%、
Nは、固溶強化元素であり、また、TiやNbと結合して、フェライトの生成を促進する機能を有する窒化物を形成する元素である。0.001%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Nは0.001%以上とする。好ましくは0.002%以上である。一方、0.0050%を超えると、固溶強化が進み、溶接熱影響部の靱性が劣化するので、Nは0.005%以下とする。好ましくは0.004%以下である。
【0041】
O:0.001~0.005%、
Oは、Tiと結合し、フェライトの生成を促進する機能を有するTiOを形成する元素である。0.0010%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Oは0.001%以上とする。好ましくは0.002%以上である。一方、0.005%を超えると、粗大な介在物が生成して靱性が低下するので、Oは0.005%以下とする。好ましくは0.004%以下である。
【0042】
本発明鋼板は、上記元素の他、本発明鋼板の特性を損なわない範囲で、以下の、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Nb、B、Ca、Mg、及び、REMの1種又は2種以上を含有してもよい。
【0043】
Cu:0.01~0.50%
Cuは、強度の確保に有効な元素である。0.01%未満であると、添加効果が十分に発現しないので、Cuは0.01%以上とする。好ましくは0.05%以上である。一方、0.50%を超えると、熱間加工性が低下し、また、低温靱性が低下するので、Cuは0.50%以下とする。好ましくは0.40%以下である。
【0044】
Ni:0.01~0.50%
Niは、鋼の焼入性の向上に有効な元素である。0.01%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Niは0.01%以上とする。好ましくは0.05%以上である。一方、Niは高価な元素であるため、0.50%を超えると、添加効果が飽和するだけでなく、製造コストが上昇するので、0.50%以下とする。好ましくは0.40%以下である。
【0045】
Cr:0.01~0.50%
Crは、焼入性の向上に寄与する元素であり、強度の向上に有効な元素である。0.01%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Crは0.01%以上とする。好ましくは0.05%以上である。一方、0.50%を超えると、低温靭性が劣化するので、Crは0.50%以下とする。好ましくは0.40%以下である。
【0046】
Mo:0.01~0.50%
Moは、焼入性の向上に寄与する元素である。0.01%未満であると、添加効果が十分に発現しないので、Moは0.01%以上とする。好ましくは0.05%以上である。一方、0.50%を超えると、溶接性や低温靱性が低下するので、Moは0.50%以下とする。好ましくは0.40%以下である。
【0047】
V:0.10%以下
Vは、焼入性の向上に寄与する元素であり、強度の向上に有効な元素である。しかし、0.10%を超えると、低温靭性が劣化するので、Vは0.10%以下とする。好ましくは0.05%以下である。下限は特に限定しないが、0.005%程度の添加で添加効果が発現するので、実用鋼板上、0.005%が実質的な下限である。
【0048】
Nb:0.005~0.030%
Nbは、Nb(CN)を生成し、そのピニング効果により組織を細粒化して、靭性の向上に寄与する元素である。また、固溶Nbは、焼入性を高め、強度の向上に寄与する元素である。0.005%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Nbは0.005%以上とする。好ましくは0.010%以上である。一方、0.030%を超えると、溶接熱影響部の靭性が劣化するので、Nbは0.030%以下とする。好ましくは0.025%以下である。
【0049】
B:0.005%以下
Bは、焼入性の向上と、粒内フェライトの生成に寄与する元素である。しかし、0.005%を超えると、粗大なBN等が生成し、低温靭性が低下するので、Bは0.005%以下とする。好ましくは0.002%以下である。下限は特に限定しないが、0.0001%程度の添加で添加効果が発現するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0050】
Ca:0.0001~0.0050%
Caは、硫化物系介在物の形態を制御して、靭性の向上に寄与する元素である。0.0001%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Caは0.0001%以上とする。好ましくは0.0010%以上である。一方、0.0050%を超えると、鋼の清浄度が低下し、靱性が劣化するので、Caは0.0050%以下とする。好ましくは0.0035%以下である。
【0051】
Mg:0.0001~0.0050%
Mgは、硫化物系介在物の形態を制御して、靭性の向上に寄与する元素である。0.0001%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Mgは0.0001%以上とする。好ましくは0.0010%以上である。一方、0.0050%を超えると、鋼の清浄度が低下し、靱性が劣化するので、Mgは0.0050%以下とする。好ましくは0.0035%以下である。
【0052】
REM:0.0035%以下
REMは、硫化物系介在物の形態を制御して、靭性の向上に寄与する元素である。しかし、0.0035%を超えると、鋼の清浄度が低下し、靱性が劣化するので、REMは0.0035%以下とする。好ましくは0.0025%以下である。下限は特に限定しないが、0.0001%程度の添加で添加効果が発現するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0053】
次に、本発明鋼板の鋼板組織と機械特性について説明する。
【0054】
本発明鋼板の鋼板組織は、主として、フェライトとベイナイトの2相混合組織である。そして、上記組織は、(i-1)平均粒径20μm以下のフェライトのフェライト分率が面積率で30%以上で、ベイナイトの平均硬さが230Hv以上であり、かつ、(i-2)MA(Martensite-Austenite Constituent)分率が面積率で3%未満で、フェライト粒の周囲に生成するMAの最大長さが10μm以下、平均長さが0.1~2.0μmの組織である。
【0055】
以下、組織要件の限定理由について説明する。
【0056】
平均粒径20μm以下のフェライトのフェライト分率:面積率で30%以上
上記2相混合組織においては、平均粒径20μm以下のフェライトを生成することで、GOST規格の試験片形状の全厚引張試験にて、降伏強度575MPa以上を達成することができる。
【0057】
ラインパイプ用鋼板を、大きな変形を受ける地震地帯等で使用する際には、該鋼板に、一様伸びを主とする伸び性能が要求される。
【0058】
上記2相混合組織において、平均粒径20μm以下のフェライトを面積率で30%以上確保することにより、優れた一様伸び(n値:0.1~0.2)と、20%以上の全伸びを達成することができる。好ましくは、上記フェライトを面積率で40%以上確保する。上記フェライトの分率の上限は、特に限定しないが、所要の強度を確保し得る限度が実質的な上限である。
【0059】
ベイナイトの平均硬さ:230Hv以上
ベイナイトの平均硬さを230Hv以上とすることで、GOST規格の試験片形状の全厚引張試験において、引張強度640MPa以上を達成することができる。ベイナイトの平均硬さの上限は、特に限定しないが、所要の伸び特性を確保し得る限度が実質的な上限である。
【0060】
MA分率:面積率で3%未満
前述したように、ラインパイプ用鋼板を、大きな変形を受ける地震地帯等で使用する際には、該鋼板に、一様伸びを主とする伸び性能が要求される。
【0061】
しかし、ラインパイプ用鋼板が、n値が良好な一様伸びを備えていても、鋼板組織中に、MAのような極めて硬い硬化組織が存在すると、MA/フェライトの異相界面やMA/ベイナイトの異相界面で、マイクロクラックが発生し易くなる。
【0062】
そして、上記異相界面でマイクロクラックが発生すると、局部伸びが低下するので、ラインパイプ用鋼板においては、MAの生成抑制を含め、鋼板組織の制御が必要となる。
【0063】
MAは、(a)微細なフェライトやベイナイトの粒界に微細に分散しているもの、(b)ベイナイトのラス内に存在するもの、及び、(c)粗大なフェライトの粒界を覆うように生成しているものの3形態に分けられる。
【0064】
本発明鋼板の鋼板組織においては、全てのMA形態につき、MA分率を、面積率で3%未満に抑制する。MA分率を3%未満に抑制することにより、局部伸びを効果的に改善することができる。好ましくは2%以下である。
【0065】
MAの最大長さ:10μm以下
MAの平均長さ:0.1~2.0μm
γ-α変態時に粗大に成長したフェライト粒の周囲に生成するMAは、大きく(引張方向に垂直に投影した時の大きさ)成長すると、鋼板の伸び性能や低温靱性を阻害するので、最大長さを10μm以下に、かつ、平均長さを0.1~2.0μmにする必要がある。
【0066】
上記MAの最大長さが10μmを超えると、鋼板の伸び性能を著しく阻害する。好ましくは7μm以下である。下限は、特に限定しないが、不可避的に生成するMAの長さが0.01μm程度であるので、0.01μmが実質的な下限である。
【0067】
上記MAの平均長さが0.1μm未満又は2.0μm超であると、鋼板の伸び性能や低温靱性が低下するので、上記MAの平均長さは0.1~2.0μmとする。好ましくは0.5~1.5μmである。
【0068】
以上説明したように、本発明鋼板においては、主としてフェライトとベイナイトの2相混合組織の鋼板組織において、MA分率を3%未満に抑制し、かつ、フェライト粒の周囲に生成するMAの形状を、最大長さ10μm以下、かつ、平均長さ0.1~2.0μmに制限することにより、GOST規格の試験片形状の全厚引張試験において、一様伸びに係るn値を0.1~0.2に、全伸びを20%以上にすることができ、さらに、シャルピー衝撃試験において、200J/cm2以上の靭性値vE-40を達成することができる。
【0069】
次に、本発明製造方法について説明する。
【0070】
図1に、本発明製造方法の工程を模式的に示す。本発明製造方法においては、前述したように、(iv)本発明鋼板の成分組成と同じ成分組成の鋼片を1050~1250℃(図中、Ta)に加熱した後、未再結晶温度域にて、累積圧下率40%以上で熱間圧延し、700℃以上(図中、Tb)で熱間圧延を完了し、次いで、(v)熱間圧延終了後50秒以内(図中、t0)に冷却帯へ搬送し、10℃/秒以上の平均冷却速度で、熱間圧延終了温度-(50~150)℃の温度(図中、Tc)まで冷却して、該温度に3秒超~15秒(図中、t1)保持し、続いて、(vi)30℃/秒以上の平均冷却速度で350~500℃(図中、Td)まで冷却する。
【0071】
本発明製造方法の工程条件について説明する。
【0072】
鋼片加熱温度(Ta):1050~1250℃
鋼片加熱温度が1050℃未満であると、炭化物の固溶が不十分となり、必要な強度が得られないので、鋼片加熱温度は1050℃以上とする。好ましくは1080℃以上である。一方、鋼片加熱温度が1250℃を超えると、結晶粒が粗大化し、母材靭性が劣化するので、鋼片加熱温度は1250℃以下とする。好ましくは1200℃以下である。
【0073】
未再結晶温度域における累積圧下率:40%以上
圧延中のオーステナイト粒の微細化を促進して、フェライト粒の微細化を図るため、未再結晶温度域において、累積圧下率40%以上で、1050~1250℃の鋼片に熱間圧延を施す。累積圧下率が40%未満であると、フェライト粒の微細化を十分に達成できないので、累積圧下率は40%以上とする。好ましくは50%以上である。累積圧下率は、鋼片の変形抵抗を考慮して設定するので、上限は限定できないが、圧延機の圧延限界が実質的な上限である。
【0074】
熱間圧延終了温度(Tb):700℃以上
熱間圧延は、700℃以上の温度で終了する必要がある。熱間圧延終了温度が700℃未満であると、所要の冷却開始温度を確保することができない。好ましくは750℃以上である。熱間圧延中の鋼片又は鋼板の温度の低下分は、圧延条件により変動するので、熱間圧延終了温度の上限は、特に限定しない。
【0075】
熱間圧延終了後の冷却帯への搬送時間(t0):50秒以下
熱間圧延完了後の鋼板を、50秒以内に冷却帯へ搬送する。該搬送時間が50秒を超えると、鋼板を空冷することになり、高温でフェライト変態が進行し、粗大なフェライトが生成する。γ-α変態時、Cが、オーステナイト界面に吐き出されるので、生成した粗大なフェライトの周囲に、フェライトを覆う伸びたMAが生成する。
【0076】
フェライトが粗大化すると、降伏強度が低下し、粗大なフェライトの周囲に伸びたMAが生成すると、局部伸びが低下するので、鋼板を冷却帯へ搬送するまでの時間は、空冷を避けるため50秒以内とする。搬送時間は短いほど好ましいので、下限は限定しない。熱間圧延終了後、鋼板を、直ちに冷却帯へ搬送するのが好ましい。
【0077】
熱間圧延終了温度-(50~150)℃(Tc)までの平均冷却速度:10℃/秒以上
20μm以下の細粒フェライトを面積率で30%以上生成させるためには、高温でのγ-α変態を避けて、低温でγ-α変態を促進する必要がある。そのため、冷却帯へ搬送した後、鋼板を、直ちに、熱間圧延終了温度-(50~150)℃の温度まで急冷する必要がある。
【0078】
平均冷却速度が10℃/秒未満であると、粗大なフェライトが生成し、また、粗大なフェライト回りにMAが生成して延伸するので、平均冷却速度は10℃/秒以上とする。好ましくは20℃/秒以上である。平均冷却速度の上限は、冷却帯における冷却能の限界によるので、特に限定しない。
【0079】
冷却停止温度(Tc):熱間圧延終了温度-(50~150)℃
フェライトを面積率で30%以上生成させるため、熱間圧延終了温度-(50~150)℃の温度に、平均冷却速度10℃/秒以上で急冷する。冷却停止温度が、熱延修了温度-50℃を超えると、高温域に急冷することになり、粗大なフェライトが生成するので、冷却停止温度は、熱間圧延終了温度-50℃以下とする。好ましくは、熱間圧延終了温度-80℃以下である。
【0080】
一方、冷却停止温度が、熱間圧延終了温度-150℃未満であると、フェライト変態より、ベイナイト変態が進行し、硬化組織が生成するので、熱間圧延終了温度-150℃以上とする。好ましくは、熱間圧延終了温度-120℃以上である。
【0081】
冷却停止温度での保持時間(t1):3秒超~15秒
冷却停止温度での保持時間が3秒以下であると、フェライト変態が進行しないので、冷却停止温度での保持時間は3秒超とする。好ましくは5秒以上である。一方、冷却停止温度での保持時間が15秒を超えると、フェライト変態が著しく進んで、ベイナイトが生成しないので、冷却英紙温度での保持時間は15秒以下とする。好ましくは12秒以下である。
【0082】
冷却温度350~500℃(Td)への平均冷却速度:30℃/秒以上
350~500℃への平均冷却速度が30℃/秒未満であると、パーライトなどが生成して、所要の機械特性が得られないので、30℃/秒以上の平均冷却速度で冷却して、ベイナイト変態を促進する。好ましくは40℃/秒以上である。
【0083】
冷却温度(Td):350~500℃
冷却温度が350℃未満であると、マルテンサイトなどの硬化組織が生成して、低温靭性が劣化するので、冷却温度は350℃以上とする。好ましくは380℃以上である。一方、冷却温度が500℃を超えると、パーライトなどが生成して、所要の機械特性が得られないので、冷却温度は500℃以下とする。好ましくは470℃以下である。
【実施例】
【0084】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0085】
(実施例1)
表1に示す成分組成のインゴットを真空溶解炉にて溶製し、厚み240~300mmに加工し、板厚20~30mmの厚鋼板を製造した。
【0086】
【0087】
次に、表2に示す製造条件で鋼板を製造した。
【0088】
【0089】
製造した鋼板から試験片を採取し、以下のように、観察及び試験を行った。
【0090】
試験片を、3%ナイタール液(硝酸アルコール溶液)でエッチングした後、光学顕微鏡で、組織を観察した。倍率は500倍、観察視野は220μm×180μmである。
【0091】
撮影した光学顕微鏡写真を用いて、ポイントカウンティング法と切片法で、フェライト分率と粒径を算出した。
【0092】
試験片を、レペラ腐食液(4%ピクリン酸エタノール溶液と二亜硫酸ナトリウム水溶液を1:1で混合した腐食液)でエッチングした後、光学顕微鏡で、MAを観察した。倍率は500倍、観察視野は220μm×180μmである。MA部分を二値化し、ルーゼックス画像解析にて、MA分率を算出し、MA形状を特定した。
【0093】
GOST規格の試験片形状の全厚引張試験を行い、降伏強度(YS)、引張強度(TS)、n値(5~10%)、局部伸び(%)、及び、全伸び(%)を測定した。また、シャルピー衝撃試験でvE-40を測定した。
【0094】
測定結果を表3に示す。
【0095】
【0096】
表3において、発明鋼1~20は、いずれも、成分組成及び製造方法が本発明の範囲内であり、YSが575MPa、TSが640MPa以上で、高強度である。また、発明鋼1~20は、いずれも、一様伸びを示すn値が0.10~0.20の範囲内にあり、全伸びが20%を超え、高延性である。さらに、発明鋼1~20は、-40℃のシャルピー吸収エネルギー値vE-40が230J/cm2以上であり、低温靱性に優れている。
【0097】
一方、比較鋼21~24は、成分組成が本発明の範囲を外れているため、鋼板組織が、本発明の範囲外の組織となり、全伸び、及び、低温靭性が劣っている。比較鋼21は高Cのため、比較鋼22は高Siのため、比較鋼23は高Mnのため、比較鋼24は高Alのため、いずれも、MAが多く生成して、局部伸びが低下し、全伸びが低下し、また、低温靭性が劣化している。
【0098】
比較鋼25は、成分組成が本発明の範囲を外れ、かつ、工程条件が本発明の範囲を外れているため、鋼板組織も本発明の範囲外の組織となり、材質特性が劣っている。比較鋼25は、Siが0.66%で、0.50%(本発明鋼板のSiの上限)を超え、かつ、圧延終了から1次冷却までの搬送時間が長いために、フェライトが粗大になり、YSが低下している。また、フェライトが粗大になったため、MAの伸長が著しく、全伸びが低下している。
【0099】
比較鋼26~31は、成分組成が本発明の範囲内であるが、工程条件が本発明の範囲を外れているため、鋼板組織も本発明の範囲外の組織となり、材質特性が劣っている。比較鋼26は、1次冷却時の冷却速度が遅いため、フェライトが成長し、YSが低下し、また、全伸びが低下している。比較鋼27は、1次冷却時の冷却停止温度が高いため、フェライトが成長し、YSが低下し、また、全伸びが低下している。
【0100】
比較鋼28は、1次冷却時の冷却停止温度が低いため、フェライト分率が下がり、ベイナイトなどの低温変態組織が多くなっている。ベイナイト内に、多量のMAが生成したため、靱性が低下している。
【0101】
比較鋼29は、1次冷却から2次冷却に移行するまでの保持時間が短いため、フェライト分率が低くなるとともに、ベイナイトなどの低温変態組織が多くなり、靱性が低下した。比較鋼30は、1次冷却から2次冷却に移行するまでの保持時間が長いため、パーライト組織が生成し、強度が低下している。比較鋼31は、2次冷却時の冷却停止温度が低いため、マルテンサイトが生成し、全伸びが低下し、靱性が低下している。
【産業上の利用可能性】
【0102】
前述したように、本発明によれば、低温靭性の低下を招く多量の合金元素を添加せずに、主に、寒冷地におけるラインパイプ用鋼板に使用し得る、局部伸びに優れた低降伏比の高強度高靭性鋼板を、生産性及び経済性よく大量に安定して製造することができる。よって、本発明は、鋼板製造産業及び鋼構造物建造産業において利用可能性が高いものである。