(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-29
(45)【発行日】2023-12-07
(54)【発明の名称】複層めっき鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 2/28 20060101AFI20231130BHJP
C23C 2/06 20060101ALI20231130BHJP
C23C 2/12 20060101ALI20231130BHJP
C23C 2/40 20060101ALI20231130BHJP
C22C 21/02 20060101ALI20231130BHJP
C22C 18/00 20060101ALI20231130BHJP
C22C 18/04 20060101ALI20231130BHJP
B32B 15/01 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
C23C2/28
C23C2/06
C23C2/12
C23C2/40
C22C21/02
C22C18/00
C22C18/04
B32B15/01 B
B32B15/01 C
(21)【出願番号】P 2020008658
(22)【出願日】2020-01-22
【審査請求日】2022-09-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】林田 隆秀
(72)【発明者】
【氏名】内山 真明
(72)【発明者】
【氏名】古川 伸也
(72)【発明者】
【氏名】辻村 太佳夫
(72)【発明者】
【氏名】服部 保徳
【審査官】菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-144193(JP,A)
【文献】特開平09-118970(JP,A)
【文献】特開2006-219716(JP,A)
【文献】特開2010-229483(JP,A)
【文献】特開平05-148668(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 2/28
C23C 2/06
C23C 2/12
C23C 2/40
C23C 28/00
C22C 21/02
C22C 18/00
C22C 18/04
B32B 15/01
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%でSi:0.1~12%を含む溶融Al系めっき浴に基材鋼板を浸漬して、該基材鋼板の表面に溶融Al系めっき層を形成する第1のステップと、
前記第1のステップにより前記基材鋼板の表面に前記溶融Al系めっき層が施された溶融Al系めっき鋼板を加熱し、前記基材鋼板の温度が380~550℃に到達した状態で10秒以上保持する第2のステップと、
質量%でAl:0~20%およびMg:0.5~8%を含む溶融Zn系めっき浴に、前記第2のステップにより加熱された前記溶融Al系めっき鋼板を浸漬して、該溶融Al系めっき鋼板の表面に溶融Zn系めっき層を形成する第3のステップと、を含むことを特徴とする複層めっき鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記第2のステップにおいて、前記基材鋼板の温度が400~500℃に到達した状態で60秒以上保持することを特徴とする請求項
1に記載の複層めっき鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記第3のステップにおいて、前記溶融Zn系めっき浴は、質量%でMg:3~8%を含むことを特徴とする請求項
1または
2に記載の複層めっき鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複層めっき鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
めっき鋼板は、建材、自動車、または家電など、様々な分野で使用されている。一般的に、Zn系めっき鋼板は犠牲防食性を有し、Al系めっき鋼板は高耐食性を有していることが知られている。それら二つのめっき鋼板の特性を兼ね備えためっき鋼板として、下層にAl系めっきを施し、上層にZn系めっきを施した複層めっき鋼板が、特許文献1に開示されている。
【0003】
特許文献1に記載の複層めっき鋼板は、基材鋼板の表面に、第1の溶融めっき(Al系)を施し、その上に第2の溶融めっき(Zn系)を施すことによって製造される。また、特許文献1には、第1の溶融めっきを終えた中間製品を第2の溶融めっきに供する時の、中間製品の鋼板温度が重要となることが記載されている。特許文献1には、好ましい実施例として、中間製品の鋼板温度を300~550℃としたものが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の複層めっき鋼板に対して絞り加工を施すと、上層のZn系めっきが点状に脱落する現象が生じる。このような現象が生じた複層めっき鋼板は、Zn系めっきの犠牲防食性およびAl系めっきの高耐食性という、双方の優れた特性を示さない。したがって、特許文献1に記載の複層めっき鋼板は、絞り加工には適さない。
【0006】
本発明の一態様は、絞り加工に好適な複層めっき鋼板などを実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る複層めっき鋼板は、基材鋼板と、前記基材鋼板の表面に施された、質量%でSi:0.1~12%を含む溶融Al系めっき層と、前記溶融Al系めっき層に対して施された、質量%でAl:0~20%およびMg:0.5~8%を含む溶融Zn系めっき層と、前記溶融Al系めっき層と前記溶融Zn系めっき層との間に形成され、質量%でAl:30~50%、Mg:0.5~10%、O:40~60%およびSi:0~5%を、これらの合計が100%以下であるように含む中間層と、を有する。
【0008】
また、本発明の一態様に係る複層めっき鋼板の製造方法は、質量%でSi:0.1~12%を含む溶融Al系めっき浴に基材鋼板を浸漬して、該基材鋼板の表面に溶融Al系めっき層を形成する第1のステップと、前記第1のステップにより前記基材鋼板の表面に前記溶融Al系めっき層が施された溶融Al系めっき鋼板を加熱し、前記基材鋼板の温度が380~550℃に到達した状態で10秒以上保持する第2のステップと、質量%でAl:0~20%およびMg:0.5~8%を含む溶融Zn系めっき浴に、前記第2のステップにより加熱された前記溶融Al系めっき鋼板を浸漬して、該溶融Al系めっき鋼板の表面に溶融Zn系めっき層を形成する第3のステップと、を含む。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、絞り加工に好適な複層めっき鋼板などを実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態における複層めっき鋼板の概略を示す図である。
【
図2】検証実験で作製した複層めっき鋼板の一例についての、断面観察および元素分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔実施形態1〕
以下、本発明の一実施形態について、詳細に説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をよりよく理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものでは無い。また、本出願において、「A~B」とは、A以上B以下であることを示している。化学組成に関する「%」の記載は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0012】
<発明の知見の概略的な説明>
特許文献1に記載の複層めっき鋼板には、外観上、および2T曲げ加工部断面観察(特許文献1記載の密着性評価方法)では認識できない不良部があると考えられる。当該不良部においては、上層のZn系めっきと下層のAl系めっきとの間の中間層が、脆い多孔質の構造になっていると考えられる。
【0013】
絞り加工においては、鋼板の引き伸ばし、圧縮、および金型との接触により、鋼板に対して大きな力が加わる。このため、中間層が脆い場合、絞り加工時に中間層が破壊されて上層が脱落すると考えられる。絞り加工後も上層が脱落しないようにするためには、上層と下層との間の中間層を全面的に緻密で強固なものにさせる必要がある。
【0014】
本発明者らは、複層めっき鋼板において、中間層を全面的に緻密で強固なものにさせる方法について、鋭意検討を行った結果、以下の知見を得た。すなわち、下層を形成するためのめっきを施した状態の鋼板を、大気雰囲気で380~550℃で10秒以上保持した後で上層を形成するためのめっきを施すことによって、中間層を全面的に緻密で強固なものにし、絞り加工後の上層の脱落を抑制できる。
【0015】
(検証実験)
上層のめっきを施す前の、大気雰囲気での予備加熱は、特許文献1に記載の複層めっき鋼板においても行われている。上述したとおり、特許文献1に記載されている好ましい実施例では、予備加熱の目標温度は300~550℃となっている。しかし、目標温度へ到達した後に当該温度で所定の時間保持すること(加熱保持)は、特許文献1に記載の複層めっき鋼板においては行われていない。
【0016】
本発明者らは、加熱保持の効果についての検証実験を行った。検証実験では、基材鋼板の表面に下層を形成するための溶融Al系めっき層を形成した後、大気雰囲気で450℃まで加熱し、60秒加熱保持した。その後、溶融Al系めっき層に対して上層を形成するための溶融Zn系めっき層を施して、複層めっき鋼板を作製した。検証実験の結果について以下に説明する。
【0017】
図2は、検証実験で作製した複層めっき鋼板の一例についての、断面観察および元素分析の結果を示す図である。断面観察および元素分析には、球面収差補正機能付き走査型透視型電子顕微鏡(Cs-STEM-EDX、Corrector-Spherical Aberration Scanning Transmission Electron Microscope Energy Dispersive X-ray spectrometry)が用いられた。
【0018】
図2においては、下層2、上層3および中間層4を有するめっき層の断面が符号2001で示されている。また、当該断面におけるZn、Al、Si、O、およびMgの分布状態を示す写真がそれぞれ、符号2002~2006で示されている。符号2002~2006では、それぞれの元素の存在する量が多い領域ほど明るく示されている。また、符号2002においては、下層2と中間層4との境界が破線で示されている。
【0019】
図2に示すように、中間層4を構成する元素は、主にAl、O、およびMgである。また、下層2および上層3の組成を変動させた複層めっき鋼板を別途作成し、同様に元素分析を行っても、中間層4の組成には大きな変動は見られず、Al:30~50%、O:40~60%、Mg:0.5~10%、Si:0~5%(各元素の比率の和は100%を超えない)であった。これは、下層2の表面の酸化被膜中のAlが、Alよりも自然電位が卑であるMgと置換されることで中間層4が形成されるため、中間層4においては上層3のMg濃度に応じてAlおよびMgの比率が変化するのみであるためと考えられる。
【0020】
また、上層がMgを含まず、Znのみである場合、上層に多数のめっきはじき(不めっき)が発生し、複層状のめっき鋼板を作製することができなかった。
【0021】
次に、下層を形成するための溶融Al系めっき層表面の状態について、赤外分光分析(IR、Infrared Spectroscopy)の全反射測定法(ATR、Attenuated Total Reflection)を用いて分析を行った。ATR法では、水酸基由来のピークが3500~3900cm-1に表れる。
【0022】
基材鋼板の表面に溶融Al系めっき層を形成した後、(i)400℃まで加熱した後に加熱保持しない場合、(ii)450℃まで加熱した後に加熱保持しない場合、(iii)450℃まで加熱した後に60秒加熱保持した場合、のそれぞれについて、加熱前後の水酸基量測定結果を表1に示す。測定には、日本分光(株)製のFT-IR6600を用い、3500~3900cm-1に出現するピークを自動積分した値で水酸基量を比較した。
【0023】
【0024】
表1に示すように、上述したいずれの場合においても、水酸基由来のピークは加熱により減少した。これは、加熱前の溶融Al系めっき層の表面に存在した水酸化アルミニウムの一部が、加熱により酸化アルミニウムに変化することによるものと考えられる。また、加熱前の溶融Al系めっき層の表面には酸化アルミニウム水和物も存在すると考えられるが、これについても少なくとも一部は酸化アルミニウムに変化すると考えられる。
【0025】
溶融Al系めっき層の表面にMgを含む溶融Zn系めっき層を施すことで、MgとAlの一部とが置換反応を起こし、強固なAl-O-Mg結合を有する中間層が形成される。一般に、水酸化アルミニウムおよび酸化アルミニウム水和物は、酸化アルミニウムと比較して多孔質である。このため、緻密な構造を有する酸化アルミニウムが溶融Al系めっき層の表面に多く存在する場合、該表面にMgを含む溶融Zn系めっき層を施すことで、Al-O-Mg結合が高い密度で形成され、その結果、強固な中間層が形成されると考えられる。
【0026】
特に、溶融Al系めっき層を形成して450℃まで加熱した後、60秒加熱保持した場合における、水酸基由来のピークは、400℃または450℃まで加熱した後、加熱保持しなかった場合と比較して顕著に減少している。すなわち、加熱保持した溶融Al系めっき層の表面においては、水酸化アルミニウムおよび酸化アルミニウム水和物の多くが酸化アルミニウムに変化している。このような溶融Al系めっき層に溶融Zn系めっき層を施すことで、上述した強固な中間層が形成され、絞り加工を行っても上層が脱落しなくなると考えられる。
【0027】
一方、加熱保持しなかった場合における水酸基由来のピークは、加熱保持した場合と比較すると減少しない。これは、加熱保持しなかったために、加熱保持した場合と比較して、水酸化アルミニウム(および酸化アルミニウム水和物)が酸化アルミニウムに変化するための熱量が少なかったものと考えられる。この場合には、溶融Al系めっき層に対して溶融Zn系めっき層を施して上層を形成しても、強固な中間層は形成されず、絞り加工によって上層が点状に脱落する。
【0028】
なお、中間層には、FeまたはZnといった他の元素も含まれることがある。しかし、これらの元素は上層の密着性には影響しないと考えられる。
【0029】
〔用語の定義〕
以下の説明において、基材鋼板を溶融Al系めっき浴に浸漬して、基材鋼板の表面に溶融Al系めっき層を形成することを第1の溶融めっきと称することがある。そして、前記第1の溶融めっき後の鋼板を溶融Zn系めっき浴に浸漬して、表面に溶融Zn系めっき層を形成することを第2の溶融めっきと称することがある。
【0030】
<複層めっき鋼板>
以下、本発明の一実施形態における複層めっき鋼板について説明する。
【0031】
図1は、本発明の一実施形態における複層めっき鋼板10の概略を示す図である。
図1に示すように、複層めっき鋼板10は、基材鋼板1と、基材鋼板1の表面に施された下層2(溶融Al系めっき層)と、下層2に対して施された上層3(溶融Zn系めっき層)と、下層2と上層3との間に形成された中間層4とを有する。以下に、基材鋼板および各種の層について詳細に説明する。
【0032】
〔基材鋼板1〕
めっき原板となる基材鋼板1としては、一般に、Zn系めっき鋼板やAl系めっき鋼板の基材として使用されている各種鋼板が適用可能である。
【0033】
〔下層2〕
本明細書において「下層」とは、第1の溶融めっきおよび第2の溶融めっきを施した後の複層めっき層中に存在する、第1の溶融めっきにより形成された溶融Al系めっき層に由来する層(後述の中間層を除く部分)をいう。
【0034】
この下層2は、溶融Al系めっき層に特有の優れた耐食性を発揮して鋼板表面の長期耐食性を担う。下層2の成分組成(上記第1の溶融めっきにおける溶融Al系めっき浴組成)は、質量%でSi:0.1~12%を含む。残部はAlであってよい。また、残部は各種の添加元素を含んでいてもよい。添加元素の例として、B:0~0.5%、Cr:0~2.0%、Sr:0~0.5%、Ti:0~0.5%などが挙げられる。残部は不可避的不純物を含んでいてもよい。
【0035】
下層2におけるSiは、Al系めっき浴の液相線温度を低減する作用を有する。ただし、めっき浴のSi含有量が12%を超えると共晶組成を過ぎて逆に液相線温度が上昇する領域に入りやすい。また、そのように多量のSiを含有すると下層2と後述の上層3との界面に多量のSi晶出相が形成して、下層2と上層3との密着性が低下しやすくなる。この場合、曲げ加工によって下層2と上層3の間に亀裂が生じることがあり、上層3のZnによる犠牲防食作用が十分に発揮されない原因となる。一方で、下層2がSiを含有しない場合、下層2と基材鋼板1との間に伸び性がなく脆いFe-Al合金層が厚く成長するため、絞り加工によりめっきが脱落しやすくなる。したがって下層2にはSiを0.1%~12%以下の範囲で含有させる。
【0036】
〔上層3〕
本明細書において「上層」とは、第1の溶融めっきおよび第2の溶融めっきを施した後の複層めっき層中に存在する、第2の溶融めっきにより形成されたZn系めっき層に由来する層(中間層を除く部分)をいう。この上層3は、AlおよびMgを随意的に含有するZn系めっき層である。上層3は、主として犠牲防食作用、並びにAl、Mgを含有したZn系腐食生成物の形成によるめっき面の保護作用およびMgを含有したZn系腐食生成物による保護作用を担う。
【0037】
上層3の成分組成(上記第2の溶融めっきにおける溶融Zn系めっき浴組成)は、質量%でAl:0~20%、Mg:0.5~8%を含む。残部はZnであってよい。また、残部は各種の添加元素を含んでいてもよい。残部は不可避的不純物を含んでいてもよい。特に、上層3の成分組成は、質量%でMg:3~8%を含むことがより好ましい。また、添加元素の別の例として、B:0~0.05%、Si:0~2.0%、Ca:0~1.0%、Ti:0~0.1%、Sn:0~1.0%などが挙げられる。
【0038】
上層3におけるMgは、めっき層表面に生成する腐食生成物を保護性腐食生成物として安定に維持し、めっき層の耐食性を著しく高める作用を有する。また、切断端面等の鋼素地露出部には、犠牲防食作用により生成したMg含有Zn系腐食生成物が堆積して保護皮膜を形成し、鋼素地露出部を保護する作用を発揮する。ただし、めっき浴のMg含有量が8%を超えるとめっき浴の表面にMg酸化物が多量に発生するため、溶融Mg系めっきを施して複層めっき鋼板を作成すること自体が困難となる。したがって上層3におけるMgの含有量の上限を8%とする。
【0039】
〔中間層4〕
本明細書において「中間層」とは、第1の溶融めっきおよび第2の溶融めっきを施した後の複層めっき鋼板10において、下層2と上層3との間に形成される層をいう。この中間層4は、下層2と上層3とを接合する作用を担う。
【0040】
中間層4の成分組成は、質量%でAl:30~50%、Mg:0.5~10%、O:40~60%およびSi:0~5%を、これらの合計が100%以下であるように含む。中間層4がこのような成分組成であれば、絞り加工によってめっきが点状に脱落することを防止できる。したがって、複層めっき鋼板10は、絞り加工に好適なものとなる。中間層4は、他の不純物を含んでいてもよい。
【0041】
(製造方法)
本発明の一態様における複層めっき鋼板は、基材鋼板1の表面に、第1の溶融めっき(溶融Al系めっき)を施し(第1のステップ)、第1の溶融めっきが施された溶融Al系めっき鋼板を加熱し、基材鋼板の温度が380~550℃に到達した状態で10秒以上保持し(第2のステップ)、加熱された溶融Al系めっき鋼板に第2の溶融めっき(溶融Zn系めっき)を施す(第3のステップ)ことによって製造することができる。具体的には、連続溶融めっきラインで第1の溶融めっきを施すことによって溶融Al系めっき鋼板を作成する。次に、作成した溶融Al系めっき鋼板を炉で380~550℃に加熱し、10秒以上保持する。最後に、加熱保持後の溶融Al系めっき鋼板に対して連続溶融めっきラインで第2の溶融めっきを施せばよい。上記の製造方法により、絞り加工に好適な複層めっき鋼板を製造することができる。
【0042】
特に、第2のステップにおいて、基材鋼板1の温度が400~500℃に到達した状態で60秒以上保持することが好ましい。上記の範囲の温度に加熱保持することで、第1の溶融めっきの表面の水酸化アルミニウムおよび酸化アルミニウム水和物に、酸化アルミニウムに変化するための熱量が十分に与えられる。したがって、複層めっき鋼板における上層がより強固になる。
【実施例】
【0043】
板厚0.8mmの普通鋼冷延鋼板を基材鋼板とし、連続溶融めっきラインを用いて、溶融Al系めっき(めっき付着量:片面30~90g/m2)を施し、室温まで冷却して、溶融Al系めっき鋼板を得た。次にバッチ式の溶融めっき試験機を用いて、溶融Al系めっき鋼板を300~600℃まで加熱し、一定時間加熱保持した後、その表面にめっき浴温400℃の溶融Zn系めっき(めっき付着量:片面30~180g/m2)を施し、複層めっき鋼板を得た。めっき組成、溶融Al系めっき鋼板の予熱温度、およびめっき付着量は表2および表3中に記載してある。
【0044】
得られた複層めっき鋼板について、以下の調査を行った。
【0045】
(1)上層めっき性の評価
複層めっき鋼板の外観を目視で観察し、上層めっきが施された領域の面積に対する不めっき部の面積の比率を計測した。不めっき5%未満のものを、めっき性良好と判定した。めっき性が不良である不めっきが5%以上のサンプルは、後述する絞り加工後密着性および絞り加工後耐食性の評価には用いなかった。表2および表3においては、めっきはじき(不めっき)が5%以上のものを×、1%以上5%未満のものを△、1%未満のものを○、不めっきが全くないものを◎として示している。
【0046】
(2)中間層組成の分析
平板状の複層めっき鋼板を収束イオンビーム(FIB、Focused Ion Beam)装置を用いて、断面切削し、球面収差補正機能付き走査型透過電子顕微鏡(Cs‐STEM‐EDX)を用いて、断面から中間層の組成分析を行った。表2および表3においては、中間層の組成について、A、BおよびCの3種類に分類して示している。A~Cのそれぞれの具体的な組成については表4を参照して後述する。
【0047】
(3)絞り加工後密着性の評価
複層めっき鋼板の外観を目視で確認し、不めっきのない部位を、68mmφに打ち抜いた。打ち抜いた複層めっき鋼板に対し、40mmφ5Rのポンチ、および42mmφ5Rのダイスを用いて、高さ16mmまで円筒状に速度30mm/minで絞り加工をし、円筒絞りサンプルを得た。円筒絞りサンプルの肩部および側壁部のそれぞれに粘着テープを貼付した後に剥離させ、上層の剥離面積を評価した。剥離面積が10%未満のものを密着性良好と判定した。表2および表3においては、上層の剥離が全くないものを◎、剥離面積が10%未満のものを○、剥離面積が10%以上のものを×として示している。
【0048】
(4)絞り加工後耐食性の評価
(3)で作製した円筒絞りサンプルの端面部をフッ素テープでシールしたものを耐食性評価サンプルとし、サイクル腐食試験(CCT)を200サイクル行った。その後、円筒絞りサンプルの肩部および側壁部における赤錆を目視で観察した。赤錆発生面積率が5%未満のものを耐食性良好と判定した。表2および表3においては、赤錆発生面積率が5%未満のものを○、5%以上のものを×として示している。
【0049】
上述した調査について、発明例についての結果を表2に示す。また、比較例についての結果を表3に示す。
【0050】
【0051】
【0052】
発明例No.1~26は、いずれも「上層めっき性」、「絞り加工後密着性」および「絞り加工後耐食性」について、良好な結果を示した。このうち、上層のMgの含有量が3~8%、かつ加熱温度が400~500℃であった、発明例No.1~4、6~10、14~19、23~26については、「上層めっき性」が○または◎という、より良好な結果を示した。特に、加熱温度が450℃、かつ保持時間が60秒以上である、発明例No.1~4、6~8、10、23~26は、「上層めっき性」および「絞り加工後密着性」の両方が◎という、際立って良好な結果を示した。
【0053】
なお、発明例No.23~26のそれぞれと、発明例No.3とは、めっき付着量についてのみ相違する。これらの発明例を比較した結果からは、下層および上層の、いずれのめっき付着量についても「上層めっき性」、「絞り加工後密着性」および「絞り加工後耐食性」への影響は認められなかった。
【0054】
表2および表3における、「中間層組成」について、A、B、およびCの組成を表4に示す。比較のため、第2の溶融めっきを施す前の、下層表面の酸化被膜の組成も併せて表4に示す。表4における各成分の総和が100%を超えることはない。
【0055】
【0056】
表4に示すように、中間層の組成におけるMgの含有量については、A~CのうちでAが最も少なく、Cが最も多い。逆に、中間層の組成におけるAlの含有量については、Aが最も多く、Cが最も少ない。ただし、中間層の組成がA~Cのいずれであっても、中間層の組成と、下層表面の酸化被膜の組成とで、大きな差異はない。
【0057】
表2においては、上層のMg濃度が低い発明例No.5では中間層組成はAであり、Mg濃度が高い発明例No.8では中間層組成はCであった。その他の発明例では中間層組成は全てBであった。すなわち、上層のMg濃度が高い程、中間層のMg濃度が増加し、Al濃度が減少していた。このことから、中間層においては、上層のMg濃度に応じて、AlがMgに置換されたと考えられる。
【0058】
第2の溶融めっきを施す前の加熱工程において加熱保持しなかった(すなわち、加熱温度まで到達した時点で即座に加熱を終了した)比較例No.27~31では、「絞り加工後密着性」および「絞り加工後耐食性」がいずれも発明例よりも劣っていた。この結果は、加熱工程において下層に与えられた熱量が不十分であったために、下層表面の酸化アルミニウム水和物および水酸化アルミニウムが十分に酸化アルミニウムに変化しなかったためと考えられる。
【0059】
上層にMgを含まない比較例No.32~39では、下層の組成に関わらず、「上層めっき性」が発明例よりも劣っていた。この結果から、発明例においては、上層に含まれていたMgが複層めっき鋼板のめっき性を向上させたと考えられる。
【0060】
下層にSiを含まない比較例No.40では、「上層めっき性」は良好であったものの、「絞り加工後密着性」および「絞り加工後耐食性」が発明例よりも劣っていた。この結果は、溶融Al系めっきである下層においてSiが存在しなかったために、下層の下部に、脆く、伸び性のないFe-Al合金層が著しく成長し、絞り加工時にその合金層が破壊されて下層自体が基材鋼板から脱落したためと考えられる。
【0061】
下層にSiが過剰である比較例No.41では、「上層めっき性」が発明例よりも劣っていた。この結果は、下層表面にSiおよびSi化合物が多量に析出し、上層めっき性を低下させたためと考えられる。
【0062】
第2の溶融めっきを施す前の加熱温度が低いNo.42~44では、「上層めっき性」が発明例よりも劣っていた。この結果は、第2の溶融めっきのめっき浴温が400℃であったのに対し、加熱温度が40℃以上低かったために、上層と下層との間でMgとAlとの置換が進まなかったためと考えられる。
【0063】
第2の溶融めっきを施す前の加熱温度が高い比較例No.45~47では、下層が溶融したため、上層と下層とで組成が異なる複層めっき鋼板を作製することができなかった。
【0064】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0065】
1 基材鋼板
2 下層(溶融Al系めっき層)
3 上層(溶融Zn系めっき層)
4 中間層
10 複層めっき鋼板